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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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emunamae

Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年9月10日~16日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0910・月・新月・下水道の日・

 北軽井沢の月曜日である。キーボードが故障して正しい文字入力はできない、ネット環境の外だからウェブ情報は入らない、ガラケイだから電話とメール以外、手も足も出ない。というわけで、今日できたことはガラケイで視覚障碍者サポーティングユニット、ラビットに電話して、これで3台目の外付けキーボードを注文したことだけ。パソコンがなければ食べて眠るだけのダルマです。

 せめて頑張るカレンダー制作。コボちゃんのリクエストでキャプテンアルルというキャラクターに挑戦したんだけど、これがうまく描けてるらしい。コボちゃんがしきりに首をかしげてる。見たこともないのに、どうしてこんなにアルルにそっくりに描けるのだろう。ま、見なくても触れればわかることもあるのです。

 ありがたいことにスーパーに秋刀魚が並んでいた。そこで塩焼き、大根おろしたっぷりを添える。開きでも塩焼きでもボクは秋刀魚名人。頭と背骨と尻尾を残して、あっという間に平らげてしまいます。もしかしたら背骨も残っていないかもしれません。それを横目で恨めしそうに眺めているのが猫のミミコ。ヨダレが出てるかも。と、記憶だけだとつまんないことしか書けません。

▲ 蓑虫の黒い頭を撫でている


0911・火・二百二十日・

 思い切りの朝寝坊をする。パソコンに文字入力ができないとあらば、起きていたってしょうがない。猫のミミコが、まだ寝ていようよと、しきりに誘ってボクの自由を奪うし、山の秋は涼しくて朝寝坊には好都合なのです。

 よほどお腹が減っていたのだろう。おかしな夢を見る。高田馬場かもしれないし、新宿かもしれない。もしかしたら経堂かもしれないのだが、よく知っているラーメン屋のカウンターに小沢昭一とか殿山泰司(とのやまたいじ)とかの個性派役者たちと並んで酒を飲んでいる。肴は山盛りの搾菜と餃子。餃子はジュージューと湯気を上げている。もちろんコボちゃんもいて、小沢昭一先生と対等に会話していてボクはハラハラしている。けれども搾菜がおいしくて、ボクはただひたすらに箸を動かしている。餃子の他に何か注文しているのだが、なかなかそれが思い出せなくて、ああ、もうすぐ餃子がなくなってしまうよと焦っているうちに目が覚めた。そんな食欲増進の夢である。このラーメン屋の夢、よく見るのだが、どの店がモデルになっているのかは特定できないでいる。お世話になったあちらこちらの駅前には、思い出のおいしいラーメン屋がいろいろとあったのです。

 秋雨前線が退いて気持ちのいい秋がやってきた。コボちゃんはアルルを連れて近所の散歩に出ている。肺癌摘出の大手術や抗癌剤投与にも負けず、元気でコボちゃんの相手をしてくれるアルルよホントにありがとう。

▲ ひるめしは今日も秋刀魚だいわし雲


0912・水・水路記念日・宇宙の日・

 2013年の今日、惑星探査機ボイジャー1号が人類の手による物としては初めて太陽系外に達したことが判明した。1977年にアメリカから打ち上げられて以来、木星や土星を観測し、太陽からおよそ190億キロを離れた宇宙空間に到達したものと見られるとNASAが発表した。このボイジャー、金メッキをしたレコード盤を搭載している。これには宇宙人に向けての地球の情報や人類からのメッセージが記録されている。高度な知的生命体であるならば、レコード盤の溝からこれら文字や映像を解読できるはずなのである。ボイジャーよ、今頃お前はどこを飛んでいる。お友だちになった宇宙人たちによろしくね。

 スタジオクラスター青木岳志さんの奥様、ヒロコママ情報である。俳句専門誌「俳句と四季」の編集後記でエム ナマエカレンダーの俳句が紹介されていたというのだ。この編集長と青木岳志さんが旧友同士で、毎年エム ナマエのカレンダーをプレゼントしているそうなのだ。又聞きだから正確ではないんだけれど、紹介されたのは今年のカレンダーの以下の17文字であるらしい。
▲ 元気かね俺も元気と蝉が啼く
 まぁね。俳句の専門家だったら、こんなつまらない発句はしませんよね。

 いつもより早く世田谷に戻れたせいか、赤堤通りの深夜のほうきばあさんを見かけなかった。このばあさん、信じられない時刻に箒だけを手にして赤堤通りを徘徊している。集めたゴミをどうするのか、塵取りも持たずに徘徊しているのだ。思うにこのばあさん、実体はないのではなかろうか。つまり、赤堤通りの交通事故で亡くなったおばあさんが霊となり、安全運転を訴えるために、泣く子も黙る丑三つ時になると現れるのかもしれない、なんてくうだらない空想をしているのだが、見かけないとなると、成仏できたのかな、なんてもっとつまらないジョークが飛び出した。それにしてもばあさん、どうしたんだろうか。

▲ 徘徊は箒抱えて長き夜


◇ バーチャル『奥の細道』コース
おかげさまで大垣に到着しました。ついにここがゴールです。
長旅へのお付き合い、まことにありがとうございました。

現在の歩数、3,800,000歩。3周目の踏破です。わぁいわい!!!
次回より、「おまかせ四国八十八カ所コース」を歩き始めます。


0913・木・

 朝いちばん、午前9時過ぎにラビットからユーパックでキーボードが届く。助かった。これで文字入力ができる。日常のリズムも復活する。早速いただいたメールに返信する。気がかりになっていることが山ほどあるのだ。おかげで講演依頼が1本まとまった。

 早い午後、朝からやけにベタベタしているアルルを説得して透析に出かける。下に降りるとすぐ、コボちゃんが自転車で駆け付ける。勤務の休憩時間を利用してボクを透析室に送りこむのだ。

 今日はラジオの相撲中継に耳を傾けるつもりが、いつもと違うベッドなので電波が弱く、雑音ばかりで眠くなってしまった。残念。せっかくの稀勢の里の頑張りも聞き逃してしまった。

▲ 特盛の牛丼抱えいわし雲


0914・金・

 キーボードが復活してこれまで打ち込めなかった箇所への書き込みを開始する。ICボイスレコーダーの内容を文字化するのである。この作業であっという間に今日が過ぎていく。夏が失われ、秋が深まっていく。もう蝉の声も聞こえない。

 アベちゃんはシゲルちゃんに討論会やろうよと迫られると外交に逃げるけど、アベちゃんの外交って、ただ相手に屈服するだけ。トランプに武器を買えといわれれば言い値で購入し、プーチンに四島返還なしで平和条約締結しようといえば、その場で反論することもできない。つまりお坊ちゃまのイエスマン。決して外交と褒められるようなことはしてないのである。

 夜、25年前のラム酒を水割りにして飲んだらまだ大丈夫、香りもあったし旨かった。その昔、冷凍庫にラム酒やズブロッカなどのアルコール濃度の高い酒を半凍結状態に保存しておいて、そのトロリとした口触りを楽しんでいたことがあったのを、その冷蔵庫を廃棄してしまい、その瓶をしまったままにして忘れていたのだ。それにしても、ああ旨い。ラム酒の材料って何だっけ。調べたら糖蜜であることが判明。つまりラム酒の原料は砂糖黍だったのだ。じゃ、テキーラは。テキーラは竜舌蘭。別名カクタスミルクといって、サボテンのしぼり汁から作られているのです。ゃ、ウォトカは。ウォトカは大麦、ライ麦。つまり、糖分さえあれば何でもお酒になるのです。もしも糖分が足りなければ口の中で咀嚼して、無理矢理に糖分を作り出して発酵させる。それをくちかみ酒というらしいのです。

▲ 立ち止まり蝉の声を捜してる


0915・土・老人の日・

 1973年というとボクが最初の結婚をする年のことだが、その年の今日、国鉄中央線の電車内に高齢者や障害者のための優先席、シルバーシートが登場した。自分にはぜんぜん関係ない話、とばかり思っていたが、最近ではシルバーシートだけでなく、普通の席でも譲られる立場になって、時の流れを感じています。若い頃は自分が年寄りになるなんて想像もつかなかったし、まさかその自分が失明して、人工透析を必要とする慢性腎不全患者の第一級だぶる障害者になるなんて、想像の外にあったのです。まさか、子どもの頃から、ボクには病気の種が加速度的に成長しつつあったのです。人間、小さい頃から正しい教養を身につけることが大切。これだけは失うものがなければわからないものなのかもしれません。もしも医者が不勉強なら、それ以上の教養を身につけて、自分の身は自分で守らなければならないのです。

 土用の午後はTBSラジオ、久米宏の「ラジオなんですけど」を聴きながらランチをすることになっている。本日のテーマは「やめて欲しくない人、今すぐやめていただきたい人」特集。やめと欲しくない人の代表格は天皇皇后両陛下。そしてもちろん、書かなくてもおわかりになるだろうが、今すぐやめていただきたい人の代表は安倍晋三。圧倒的に安倍晋三。ほとんどが安倍晋三。笑ってしまうほどに安倍晋三。その他にはオリンピックの牽引役としての森さん。この人、音読みすると蜃気楼。決して誰とはいいません。

 さて、この土曜日は何となくセブンイレブンのスパゲッティーミートソースが食べたくなって、昨夜の透析からの帰り道、世田谷線松原駅前のセブンイレブンに立ち寄って、コボちゃんに買ってきてもらったのだ。で、まずはご先祖様に食べていただき、その御下がりを食べていたら、何となく物足りない。ラジオに気を取られるせいもあって、ミートソースの味にどうしても不足を感じてしまうのだ。何かが足りないのだ。単調な味に飽きてしまい、どうしてもアクセントが必要になってきたのだ。スパゲッティーと仲良くできる香辛料といえば、辛子でも山葵でもなく、唐辛子。そこで懐かしく思い出したのが小さな赤い瓶に入ったケチャップ色した香辛料。強烈なる香辛料。あれをケチャップと間違えてスパゲッティーナポリタンに大漁投与して食べられなくした地方出身者がいたそうだけど、無理もないことで笑えない。昔はどこの喫茶店でもスパゲッティーを注文すれば、粉チーズとカップルで出てきたやつ。あれ、なんていったっけ。なかなか思い出せない。で、苦し紛れにググってしまう。はい、わかりました。タバスコでした。唐辛子だからペッパーのPの文字が名前のどこかにあると想い、それをヒントに思い出そうとしていたのが、そもそもの間違いだったのだ。タバスコという固有名詞、地名由来だから、唐辛子とは関係ないのです。ただ、タバスコ唐辛子というのはあるらしいので、唐辛子由来といえないこともない。いずれにせよ、タバスコは確かに地名なのです。くだらない話題で、どうもすいません。ぜんぜん落ちはありません。

 キーボードが復活したので中断していたブログ原稿に集中してしまい、あっという間に今日も1日が過ぎようとしている。番組が始まる21時45分、ピタリとキーボードから指を放す。土曜日の夜の楽しみはNHKラジオ第2の「朗読の時間」の再放送。15分間を5日分、一気に放送してくれて、まとめて楽しめるのです。今夜は押切英希さん朗読の『草枕』。夏目漱石の『草枕』。押切さんならではの『草枕』世界を期待して傾聴するのです。そして万歳。今夜はその最も好きな場面。主人公の夏目漱石らしき人物が温泉で裸のヒロイン、お那美さんと対面する場面。このお風呂場、熊本のモデルとなった温泉地の宿まで訪れて、その客室や浴室を見学させてもらったのだけど、押切さんの朗読は、また別のイメージでその場面を見せてくれたのです。それぞれの語り手がそれぞれの草枕ドリームランドを展開してくれて、どれだけでも同じ小説で楽しむことができるのです。好きな小説が見つかったら、繰り返し鑑賞することをお勧めいたします。

▲ 秋の蚊は服の隙間を見つけます


0916・日・

 樹木希林さんの訃報が届く。75歳だった。意外にお若かったとの声が聞こえてきたが、彼女は老け役で有名になった影響で実年齢よりも老けて見られていたのだ。実際にお会いした樹木希林さんは実年齢の通り、ボクよりもほんのお姉さん、という印象だった。2016年4月の無言館成人式ではジョンレノンつながりで親しくお話をさせていただき、堅い握手をさせてもらった。全身癌を公表されていたけれど、こんなに早く旅立たれるとは惜しい気がする。オリジナルな発想で個性的な発言をなさってはいるけれど、相手の気持ちを第一に考える優しいお人柄だった。心よりご冥福をお祈りする。以下は2016年4月29日の無言館成人式のホームページ記事の抜粋である。

 晴れてはくれたが寒かった。癌より喘息がこわいとおっしゃる樹木希林さん。命の危機を乗り越えての三人が並んでいる。窪島誠一郎館主はクリスマスイヴにくも膜下出血で倒れたばかり。樹木希林さんは全身癌とカミングアウト。そしてエム ナマエは病気のデパート。満身創痍の大人たちが新成人を祝います。
 樹木希林さんは芸能人らしくなく、国家を信用するなと、きっちり国家批判をされていました。これは事務所にコントロールされていないお立場だからこそできること。ジョンレノンとオノヨーコのことで個人的にもお話ができて、なかなかの人物という印象でした。テレビではお婆さん役ばかりで作っていますが、実物は若くてお美しい。とコボちゃんがいってました。

▲ 走り去る麒麟の背中秋の暮れ


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで2番、極楽寺、
3番 金泉寺を仮想参拝、通過しました。
次は4番 大日寺です。あと8,737歩です.
現在の歩数、12,063歩。三度目の徘徊です。


2018年9月3日~9日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0903・月・下弦・

 台風21号が勢力を維持したまま日本列島にやってくる。猛烈な勢いで周囲の大気を吸いこみながらボクらの暮しに襲いかかろうとしている。今年は台風の当たり年。という表現はもう時代錯誤になりつつある。これからは猛暑と台風の夏が当たり前になっていくのだ。つまり、地球温暖化なのだ。人類の文明作用により、二酸化炭素が急増し、その温室効果により地球の平均気温が上昇すれば地球はその恒常性で上がった分を海水が吸収して海水温が上昇する。そうなれば水蒸気が舞い上がり、上昇気流が発生して、それらは地球自転のエネルギー、コリオリの力によって回転を与えられ、上昇気流の渦巻きへと進化する。上昇気流、これ即ち低気圧。渦巻きこれ即ち台風。というわけで台風が大量生産されるようになるのである。北半球では時計回り。南半球ではその逆回り。北極側であれ、南極側であれ、熱帯低気圧はどんどん強大化する。たとえ呼び名が変わろうが、台風であれ、ハリケーンであれ、サイクロンであれ、とにかく熱帯低気圧の巨大化を地球温暖化途上にある人類は覚悟しなければならないのだ。もう、想定外なんていってられないのだ。堤防を強化し、建物を強化し、インフラを強化していかなければ、巨大台風時代の日本は生き残っていけないのである。で、この日本、本当にアベちゃんで大丈夫なのかなぁ。

 毎月、サピエ図書館のおかげで朝日新聞天声人語をまとめて読むことができている。朝日新聞をとっていなくても読むことができている。すいません。週刊朝日、週刊文春、週刊新潮も読むことができている。申し訳ない。視覚障碍者の特権を利用して、ロハで読ませていただいているのだ。おかげでこのテレビのない暮らしでも、何とか時代遅れにならずに済んでいる。いや、もしかしたらテレビの映像毒にさらされるよりは週刊誌の言葉毒の方が安全で思考力の刺激にもなるのかもしれない。映像の毒はどんどんエスカレートするけれど、言葉の毒には考える力が抵抗力となり、認識の地平線で毒は無力化されてしまい、知識と見識へと結晶化する。そうなんだよね。人間は言葉で考える生き物なんだよね。

▲ 蜻蛉たち嵐の夜はどこへいく


0904・火・

 1979年、昭和54年の今日、1972年に日中国交正常化を記念して中国から贈られて人気者になっていた上野動物園のメスのジャイアントパンダ、ランランが死亡した。その数年後、ボクは上野の国立科学博物館で剥製となったランランが、やはり剥製となった忠犬ハチ公と仲良く並んでいるのを目撃している。あれからずいぶん年月も経過して、カンカンも死んじゃった。次の世代のジャイアントパンダたちも死んだら剥製になって、あの展示室に並べられたのだろうか。白と黒の愛らしい姿のジャイアントパンダだけど、剥製はヌイグルミほどには愛らしくなかったような気がしてる。

 台風の影響の強い風の中、アルルはコボちゃんに連れられ、採血のため動物病院へ向かっている。アルルの体力が抗癌剤投与に耐えられるかどうか、先生に診てもらわなくてはならないのだ。もしも点滴が可能なら、アルルはそれから北軽井沢で静養する。不思議なことだが、北軽井沢のアルルは一切咳をしない。ここ世田谷では思い出したように苦しげな咳をすることがあっても、山の空気の中では完全に咳が止まるのである。ボクらは感じることがなくても、都会の空気はそれだけ汚染されているのである。そして抵抗力のない子どもたちや動物たちが真っ先にその被害者となるのである。

 西の彼方で台風21号が猛威を振るう気配を感じつつ、宮崎県産の団栗豚のしゃぶしゃぶでコボちゃんと酒を酌み交わす。アルルが抗癌剤の連続投与にも関わらず、元気でいてくれるのが嬉しい。ワンちゃんによっては副作用で抗癌剤投与をあきらめなくてはならないこともあるのに、幸いなことにアルルは元気でいてくれるのだ。肺癌摘出手術のとき、友人知人の皆様に手術成功への祈りを送ってくださいとお願いしたのが、その念波(ねんぱ)が継続して届いているとしか思えない。感謝しつつ、酒を酌み交わしているのである。

▲ 感謝して夫婦ふたりの秋祭り


◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。
色の浜に到着、通過しました。
次は大垣。
あと、31,923歩です。

現在の歩数、3,768,077歩。
三度目の徘徊です。


0905・水・

 コボちゃんがしきりにアルルをなだめているので目が覚めた。雷が鳴っているらしいのだ。で、ラジオをつけたら地震のニュースまでやっている。茨城県で震度4。東京でも揺れたらしく、千代田区で震度2だったという。台風に雷に地震。実にご丁寧なことである。
 大阪では珍しいほどの強風で、関西空港がひどいことになっている。航空機の燃料タンカーが、アンカーを投じたにも関わらず、暴風で流されて空港への唯一の連絡通路の橋を破壊してしまい、数千人の旅行客が空港島に閉じ込められているという。市内では屋根瓦が飛んできたり、教会の屋根の十字架が落ちてひしゃげていたり、太陽光パネルが落ちていたりで相当にヒドイことになっているらしい。予想した通り、熱帯低気圧はますます凶暴化しているのである。

 苦労していた月刊ラジオ深夜便「しじまのおもちゃ箱」12月号の天文博物館をテーマにした「都会の星空」の原稿をやっとこさ仕上げて編集部に送信できて、とっても気分がよかったので、透析室ではコボちゃんにリクエストしてオリジンのカツカレーライスを買ってきてもらう。するとそれを受け取った看護師さんが笑いながらコボちゃんからの伝言を伝える。スパイシーカツカレーが復活したというのだ。このカツカレー、ここしばらくは寝惚けたようなお子様向けカレーソースになっていて、せっかくの揚げ立てホヤホヤのトンカツまで付き合わされて寝惚けた味になってしまっていたのである。濃厚トンカツには劇辛カレー。そうでなくっちゃオリジンのカツカレーライスとはいえません。安倍晋三の3千円カツカレーに負けないためにも、オリジンはどこまでもスパイシーカツカレーにこだわらなくてはならないのだ。劇辛復活、嬉しいな。てなことを考えていたら、ペヤングがウルトラ劇辛焼きそばを販売したというニュースが聞えてきた。この焼きそば、辛いというよりは痛いという。やだね。痛い焼きそばなんか、誰が食うもんか。

 いよいよ秋である。透析室からの帰り道がかなり涼しくなっている。ボクとコボちゃんとアルル。秋の虫のバイオリンに送られながらの家路は足取りも軽くなる。

▲ 秋虫を雇今夜は演奏会


0906・木・

 驚いた。未明3時8分に北海道で大地震である。あとで震度7に修正されるが、最初の発表でも震度6強の激震であった。大阪で猛威を振るった台風が北海道まで上がっていき、やっと温帯低気圧になって安堵した途端の激震である。2005年にボクの両脚を切断から救ってくれた旭川医大付属病院のある、あのボクが背を向けて眠ることのできない、恩ある北の大地が激しく揺すぶられたのである。そしてボクには北海道に長年の親友が暮らしている。北海道の木彫り職人、荒井秀(あらいしゅう)君である。午後になるのを待ち切れず、ケータイ電話回線の混雑も省みず、自制心を振り払って彼のお見せ、カフェギャラりー杢&木彫工房SYUに電話してしまう。やはり心配した通り、電気が止まっているという。北海道全域がブラックアウトしているのだ。けれども水道が大丈夫でプロパンガスだから、喫茶店は開業可能。そこで手回しでコーヒー豆を挽いてコーヒーを立てているという。さすがシュー君。その底抜けの明るさが彼の真骨頂なのである。とはいえこの時代、電気のない暮らしは考えられない。ここしばらくは北海道関連のニュースから耳が放せないのである。

 昼間、コボちゃんが勤務先の休憩時間を利用してアルルをなみき動物クリニックに連れていく。抗癌剤の点滴のためである。そしてアルルはそのまま預けられ、次の休憩時間で駆けつけるコボちゃんの迎えをひたすら待っている。アルルは従順なのだ。日本動物高度医療センターの高木先生にも、リードで導かれれば素直についていくし、なみき動物クリニックでは採血や点滴のため、針を刺されてもいつも静かにできるという。けれど、後ろ足の先だけは、ちょっと震えているのがいじらしい。アルルだって、治療は決して好きではないのだ。
 午後2時、アルルが戻ってきた。まず、コボちゃんが玄関を開いてアルルを迎えてあげてくれとボクに呼び掛けてから、階段を降りていく。もうコボちゃんの休憩時間が切れてしまうのだ。そしてボクは玄関を開いて廊下に顔を出し、ひとり上がってくる健気なアルルを待ち受ける。けれども、気配はあるけど上がってこない。ただ、呼吸音だけが聞こえてくる。まさか。ボクは慌てて靴を履き、階段を駆け下りる。見えない目だから、駆け下りたつもりでも、のろたら歩いて降りていく。すると、アルルがいない。どこにもいない。まさか。ボクがアルルに呼びかけると、道路の向こうから声がする。
「このワンちゃん、熱中症ではないですか。動けなくなっていたから、そこの動物病院の介護士さんを呼んできましたよ」
「いや、違うんです。そこの動物病院じゃなくて、違う動物病院で抗癌剤投与をしてきたばかりなんです。階段が上がれなくて、家内を追いかけていったんだと思います」
「じゃ、これから階段を上がるのですね」
「そうなんです。でも、ボクは盲目なんです。その子、落第盲導犬なんです」
 と、ここまでやりとりしたら動物病院の看護師さんが現れて、アルルをかついで階段を上げてくださったのだ。別の動物病院の患者なのに、アルルを介護してくださったのだ。
 助かった。世の中には親切な人たちがいる。見て見ぬふりができない真心の人たちがいる。心からお礼を申し上げてアルルを部屋に引き入れた。
 いつもだったら必ずひとり、階段を上がってくるのだが、アルルにとっても抗癌剤はヘビーなのだろう。こういうとき、本当に自分の無力が情けない。そして人の情けが身に染みる。それからのアルルは冷房の中で死んだように眠っていて心配だったが、コボちゃんが帰宅するまでには元気になってくれてボクらは助けられた。きっとアルルは神様に守られているのだろう。というか、ボクたち家族はみんなに守られているのだと、改めて思うのである。

▲ 北の土地電気の止まった秋の夜


0907・金・

 朝になったらアルルはすっかり元気になっている。それでも充分な体力回復を待って今日は午後の出発である。いつもと違う時間帯だから道路も混雑していて、いつもの北軽井沢が少しばかり遠いような気がする。そこで気掛かりな北海道のシュー君と非日常についての長電話をする。男同士だから、こういうときでないと長電話なんかしないのである。
 嬉しいことにこの朝、カフェギャラリーの電気は復活していた。シュー君が目覚めたら、電気がきていて、テレビが何か映し出していたという。それを見て初めて北海道がひどいことになっているのを知ったらしいのだ。それからのシュー君の話が実に彼らしくて興味深い。北海道全域の電気がブラックアウトして、交通信号の停止した北海道史上希に見る停電状態の世の中をドライブして非日常を満喫したというのだ。暗黒世界で煌々と明かりを点す会社はヤンマーディーゼル。自家発電装置は得意中の得意なのだ。湖を明るく照らしながら移動するのは花火見物のための観光船。そんな夜に花火大会をやったら、どんなに素敵だろうと思うけど、花火大会なんかやってなかったはず。なのにわざわざ船を走らせるのは単なる自己顕示欲か。クルマを降りて見上げれば、満天の星空の地平線から地平線まで星空の背骨のようにくっきりと天空を天の川が渡っていたという。今回の地震のしばらく前のこと、プラネタリウムの解説員をしている友人が天体望遠鏡を運んできて、シュー君に本物の土星の輪や木星のガリレオ衛星を見せてくれたことがあるという。イオ、カリスト、ガニメデ、エウロパが、もしもこの夜だったら、もっとクリアに見えたのかもしれない。どんな事態であれ、北の大地の暮らしを満喫するシュー君の生き方をボクは本当に羨ましいと思う。

 高速道路を降りて中軽井沢を過ぎれば、あたりは芒野原だとコボちゃんはいう。どの程度の芒野原かはわからないけど、あたりに秋の気配が忍び寄っていることに間違いはない。森林地帯を走ればうっすらと枯葉の香りがして、森の抗菌作用物質、ポリフェノールの勢いは失われ、もう森林浴に期待はできそうもない。

 夜になれば北軽井沢スタジオでアルルの健康に乾杯し、明日からの2019年度カレンダー完成に向けての前祝。ツルヤスーパーで求めた新鮮な枝豆を茹で上げてビールで乾杯し、ビンチョウマグロの刺身で、これまたツルヤスーパーオリジナルの長野特産の大吟醸でほろ酔い気分。やる気充分である。

▲ ほろ酔いは長野吟醸芒の穂


0908・土・白露・

 1977年の今日、日本最初の静止気象衛星ひまわり1号から最初の画像が送られてきた。台風9号の雲が写し出されていた。宇宙大好き人間だったボクにこの映像の記憶がないのが不思議だったが、記憶をひっくり返してみたら、当時のボクは生まれて初めてのケニア旅行中で、寺村輝夫先生や東君平さんとマサイマラあたりのロッジのプールサイドでプラスティック製の携帯麻雀で卓を囲んでいたのかもしれない。

 目覚めるとアマガエルたちが鳴いている。ここにきたばかりの頃はこの声をアヒルや鴨だと思ってやかましく感じていたけど、アマガエルと思って耳を傾けると、しきりに鳴いてるのが愛しく思えてくるから不思議である。でも、あの子たち、もちろん男の子たちだけど、あの子たちは天然のアメダスで、きっと今日は雨になるのだろうね。そう思いながらコボちゃんの運転で山のハイウェイを山の透析室に向かうのである。

 アベちゃんのプッシュ型支援って何なのよ。そう思っていたら、どうやら相手の事情も構わず政府の都合で物資や人員を送り付けることらしいことがわかってきた。それにしてもこの人、どうして普通に物が言えないのだろう。ただの支援とか援助とかいえばいいじゃん。アンタのすること、何でも特別といいたいのだろうけど、ちゃんとした大人たちは、アンタが特別に頭が悪いのではないかと心配してるのだ。我らが首相がただ嘘つきというだけでなく、限りなく姑息なのだと見破っているのだ。ウソツキしんちゃんの水害対応や震災対応が頼りなくて本当に大丈夫なのだろうかとハラハラドキドキ、不安でたまらないのだ。この人が日本のトップで、本当にいいのだろうか。ここは誰でもいい、石破茂さんでもいいから、とにかく頑張ってウソツキしんちゃんをトップから引き摺り下ろしてもらいたいのだ。

 透析中は黒沢明の「七人の侍」の全編と後編を鑑賞する。おかげで気がついたら透析が終わろうとしている。ここのところ、透析というと「椿三十郎」とか「用心棒」とか、黒沢作品の時代劇映画の音声映画を立て続けに鑑賞している。面白くて、透析の時間がとても短くなるのである。

 アルルを後部座席に乗せての帰り道、コボちゃんが声を上げる。
「わぁ、可愛い。イノシシの親子連れ。ひいふうみいよう、七匹も歩いてる。ねぇねぇアルル、見たわよね」
 親子イノシシが七匹、道路を横断していったのである。コボちゃんの説明によると、まず草むらからお母さんイノシシが顔を出して左右確認。それから振り向いて子どもたちに命令すると、六匹の子どもイノシシたちが正しく一列になって、トコトコトコとついていったというのだ。色は黒。みんな黒。子どもイノシシたちも既にウリボウではなくなっていた。これまでもイノシシを目撃することはあっても、七匹の親子連れは珍しい。イノシシだって子育ては大変なのだ。もちろんコボちゃんはイノシシを確認すると同時にアウトバックの速度を落とす。このあたりの道路は、様々な生き物たちが横断していく。三本脚のキツネもいたし、親子連れの雉を目撃したこともある。猫よりも細くて小さい生き物はおそらくイタチで、そのイタチなら毎回のようにクルマの前を渡っていく。気のせいかもしれないけど、野生の生き物たちは、どうしてクルマの直前を渡っていくのだろう。いや、直前を渡るしかないくらい道路がクルマで満ちているということなのか。野山を走るとき、交通事故を心配する以上に、コボちゃんは野生動物に気遣いしてハンドルを握るのである。それにしても来年はイノシシの年。エム ナマエのカレンダーも1月はイノシシ親子の絵で始まるのである。頑張れ、山のイノシシたち。

 アマガエルが鳴くはずである。夜から雨が降ってきた。そう思いながらパソコンを立ち上げると正しい文字入力ができなくなっている。キーボードの一部のキーが誤作動をしているのだ。これが六点式の悲しいところ。6個のキーだけを集中的に使用するので消耗が著しいのである。と、故障の理由を説明しても仕方がない。今は週末。月曜日になったらラビットに電話して新しい外付けキーボードを注文するしか他に解決の方法がないのである。それまでは入力お預け。手も足も出ないのです。

▲ 空きめいて猫すがりくる膝の上


0909・日・重陽の節句・救急の日・

 パソコンが使えないので意気消沈。9時まで朝寝坊をしてしまう。喜んだのが猫のミミコ。ボクが起き出すまで子泣きジジイのようにしがみついていたのである。

 午後になると軽井沢を舞台に夢の実現に奔走する人物の来訪がある。この人、とても興味深い。じっくりと話し合うのは今日が初めてだけど、もしかしたら面白いことになるかもしれないので、これから丁寧に報告できればと思います。で、その人物と打ち合わせをしたり、目の前でリクエストの通りに絵をかいたり、カッちゃんの店から天ザルを注文してランチをしたり、たちまち夕方になってしまった。彼を送り出すと大相撲秋場所の中継も終わっている。あああ、稀勢の里はどうなるのだろうか。心配だなぁ。

▲ 猫抱いてそろそろ夜が長くなる

2018年8月27日~9月2日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0827・月・

 今月で60代ともオサラバです。60代のエム ナマエはあと数日の命を残すのみ。さて、70代のエム ナマエの目の前に広がる地平線とは、いかなる世界でありましょうか。ヨダレをたらたらと流しながらステゴサウルスを追いかけてティラノサウルスが走り回るシダの茂ったサバンナでしょうか。ま、あんまり不毛でなけりゃ、どんな世界も歓迎ですけど。

 何たる時代錯誤、無教養。桜島をバックに自民党総裁選挙に立候補表明をしたという安倍晋三、バッカじゃなかろか。おまけに薩長同盟を旗印にしたとか。どう考えても正気の沙汰ではありません。この人の体内では明治政府の好戦的な遺伝子が暴れまくっているのです。明治150年の年に酔いしれているのです。でも、その歴史観、あまりに頭、悪過ぎるのではありませんか。薩摩と長州の文化だけが日本ではないのです。でも、その歴史観と文化観で日本列島を一色にしようとしたところが明治政府の決定的な誤りで、だから日本は戦争大好き国家になってしまったのではありませんか。その方法論を復活させ、おまけに明治憲法まで復活させようとは、ちと歴史の反省が足りなさ過ぎるのではありませんか。

 星新一のショートショートに夢中になっていると報告したばかりだけど、実はそれと並行して米国作家、H.F.セイントの「透明人間の告白」にもはまっている。この作品、椎名誠先生がご著書「蚤のジャンプと銀河系」の中で熱烈にお勧めしているもので、それではとサピエ図書館からダウンロードしたもの。467ページという大作で星新一のショートショートに甘やかされた脳味噌としてはかなりなエネルギーと根気を要するロングロングなのである。導入部が緩慢で、なかなか物語世界に夢中になれなかったのが、主人公が透明人間になってからがスリリングで「透明人間の告白」というよりは「透明人間サバイバル」とか「透明人間として生きるには」という印象の小説となっている。で、ここにきて面白くてたまらなくなっていて、ちょっと星新一先制にはご遠慮いただいているわけだ。

 月曜日は透析だけど、機械が回り始めてからずっと「透明人間の告白」の世界に耽溺していた。オリジンの肉野菜炒め弁当の味もわからないくらい溺れていた。このまま透析終了まで同じ状態が続くかと思っていたら、いきなり激しい爆発音が轟いたかと思ったら東京大空襲みたいに連続的な落雷が始まった。それも至近距離に連続して落ちてくるのだ。後で聞いた話だと、1秒に2発の頻度で落雷したという。酷暑の夏に苛められ続けた21世紀東京都民のルサンチマンの爆発みたいな雷鳴が果てることなく押し寄せてきたのである。ボクに見えているわけではないけれど、このピシャッという雷鳴は稲光と同時に轟いているのだと思う。透析機械に落雷したらオイラも感電、一巻の終わり。まさか、そんなことがあるはずはないのだけれど、思わず緊張してしまう。病院が停電しても透析続行は困難となり、透析スタッフにも緊張が走る。それから雷の急降下爆撃は半時間も継続して、これでもかと患者とスタッフの肝を充分に冷やしてくれてから、おもむろに去っていった。迎えにきたコボちゃんによれば、我が家での雷のいちばんの被害者はアルル。コボちゃんにしがみついて震えっ放し。そのお尻にひっついてたミミコは雷に脅えていたわけでなく、ただみんなが集まっているから集まっただけのことであるらしい。窓の外を覗けば、世界が真っ白になるほどの豪雨で、気象庁によれば世田谷は時間110ミリの降水だったという。ま、堅牢な作りの病院のおかげでボクは安心して「透明人間の告白」世界で遊んでいましたけれど。

▲ 愛犬の苦手雷尻に猫


0828・火・

 1953年というとオイラが5歳の年だけど、この年、昭和28年の今日、日本で最初の民間テレビ局、日本テレビが本放送を開始した。我が家にテレビが導入されるのはその4年後だったと思う。当時のテレビ放送はフルタイムではなく、ときどきお休みタイムが挿入されて、こっちはテレビが見たくて見たくてたまらなくて、動いていれば何でもよくて、放送の最後の最後のお別れ映像までしっかりと凝視してる。日本テレビの場合は番組終了のサインとして、画面に白い鳩が現れて美しく舞飛ぶ影絵のようなアニメーションが流れるのだが、ボクはこの映像がたまらなく好きで、画面が砂嵐に変わってしまうまでしっかりと眺めていた。テレビ黎明期の忘れられない美しい映像のひとつである。

 TBSラジオの気象予報士さんによれば、本日は気象予報士の日であるとか。1994年のこの日、最初の気象予報士国家試験が行われて、それを記念したものらしい。ボクの仲良し、今は亡き女優、絵門ゆう子さんのご主人、三門のケンちゃんもその狭き門、三門さんだから狭き門、わはは、その狭き門にチャレンジして、今は立派な気象予報士さんになられている。職業にするしないは別にして、とにかくカッコいいのである。
 で、その三門さんではなく、TBSラジオの気象予報士さんによると秋雨前線が接近しているらしい。今日も暑いといえば暑いのだが、その暑さもこれまでとは勢が違い、朝からエアコンを切り、部屋の隅の扇風機の弱の風で快適に過ごしている。もちろん窓は全開。もう蝉の声からも勢が失われている。耳を澄ますと遠くで法師蝉。夏休みの宿題を早くやってしまえとオーシンツクツク、オーイオイと鳴いている。親切のような、余計なお世話のような法師蝉なのである。

 NHKラジオ第2「朗読の時間」は月曜日から夏目漱石の「草枕」。目で読んでいるときは難しい漢字だらけの小説で、ちっとも馴染めなかったのに、失明前の年、FMNHKの草野大悟(くさのだいご)さんの語る「草枕」がリズムもよく、心に染みこんできて、たちまち夢中にさせられた。その後、日本点字図書館の点字独習プログラムで初めて点字で読んだ小説も「草枕」。ますますご縁を感じて購入したCDブックが日下武(くさかたけし)の朗読で「草枕」。これは繰り返し再生して、まるで子守唄のように聴いていた。サピエ図書館の音訳図書の「草枕」も難解な言語を解説してくれて、これも貴重な体験だった。今回の押切英希(おしきりひでき)さんの朗読も役者ならではの朗読で、これまた別の「草枕」世界を見せてくれるに違いない。

▲ 宿題や親も気になる法師蝉


0829・水・

 午前3時50分。早起きをしてエム ナマエ出演、ラジオ深夜便、明日への言葉「色と言葉とゆめぞうと」を聴く。アンカーの須磨佳津江さんの紹介があって番組が始まる。収録では緊張して、何をしゃべったかはあまり覚えてなかったけど、遠田アナウンサーの巧みなリードで、何とか役目を果たすことができたみたい。滑舌にほとんど自信がなかったのだが、何をいってるかは聞き取れたので、すれすれで合格のハンコを押してやりたいと思った。番組が終わってからの、エムさんはビートルズの歌がとてもお上手との須磨佳津江さんのコメントが嬉しかった。須磨さんとはやなせたかし先生とのご縁で、長年のお付き合いなのである。この偶然を心からありがたいと思う。いつも思うのは、この世界はいろいろな色の縦糸と横糸で構成された豪華絢爛、美しきタペストリーだということなのです。

 NHK「マイあさラジオ」情報によると1926年、大正15年の今日、陸上の人見絹枝(ひとみきぬえ)選手がスウェーデンで開かれた第2回国際女子競技大会で個人総合優勝を果たしたという。走り幅跳びでの世界記録を初めとして各種目で好成績を残したというのである。関東大震災から3年目のことである。天災なのか、環境なのか、どんな育ち方をしたかは知らないが、できる人は最初からできてしまうのです。いや、もしかしたらスゴイ努力の結果かもしれないけど。

 一昨日の夜は記憶に残る凄まじい雷だったけど、TBSラジオ「スタンバイ」、お天気おじさんの森田君によれば、東京の月曜日の落雷は1万8千発、一説によれば2万発に及んだという。夜の8時代は10分間で1200回、1秒で2回の落雷だったというから驚きである。雨もすさまじく、1時間120ミリを記録したらしい。今年の夏はすべてが記録破り。最高気温が40度超えも当たり前になってしまい、8月に発生した台風も9個を数えてしまった。となると、今度はどんな冬になるのだろう。寒さが苦手なボクにはこの暑さの反動がまた恐怖である。

 病院がエアコンを故障したままに放置して熱中症で患者を次々に死亡させた。警察は殺人の疑いで捜査を開始したというが、仕方がないのかもしれない。院長は暑いのが好きな患者もいたといって責任を回避しようとしているが、高齢者は暑さ寒さに鈍感になることくらい医療関係者の常識であるはず。コボちゃんは真夏でも寒いとセーターを着ている高齢者を説得して、その過剰な衣類を脱がしている。いや、積極的に剥ぎ取るという。そのまま放置しておけば熱中症で倒れる可能性のあるのを医療責任者として放置しておくわけにはいかないのである。真っ赤な顔をして寒いと訴えられても、そのまま信じて死なせるわけにはいかないのである。

▲ 夏の朝ラジオの自分照れ臭い


0830・木・

 どうも筆が進まない。頭が回らない。おそらく夏バテなんだと思う。今年の夏は猛暑で酷暑で6月から梅雨明けだったから、バテバテの夏バテは仕方ないのかもしれない。

 ニコラとみどりさんの愛犬、ピットブルの子犬、シャーロットちゃんの心臓がよくないといわれ、手術の必要があるかもしれないといわれ、そんな小さな心臓にメスが入るのかと痛々しく思っていたら、シャーロットちゃんの急激な成長に心臓が追いついていなかっただけなのだと判明し、みんなで安堵している。そうなのだ。フレブルのお兄ちゃん、レオパルド君をとっくに追い抜いて、ぐんぐん成長するシャーロットちゃん。これからもどんどん大きくなって、立派なブルドッグになってくださいな。

 H.F.セイントの「透明人間の告白」を再び読み始める。もう一度、じっくりと透明人間の世界に耽溺したかったのだ。この透明人間、周囲の環境とまるごと透明になってしまうという設定。その状態が失明当時の自分に共通するところがあって、とても共感してしまうのだ。また、この主人公を研究材料として確保しようとするFBIだかCIAだかの国家機関のエージェントたちが透明になってしまった建築物を捜査する状態も見えない世界で活動する盲人の姿によく似ている。つまり、全盲のボクにとって、この世界は透明なのと同じこと。読んでいると、主人公と自分がいつか同化していて、とても小説世界の出来事とは思えなくなってしまうのだ。透明人間になってしまうという、この主人公のあり得ない架空の運命を、作者はリアルに描き出すことに限りなく成功しているのである。近年、この作品の評価が上昇していることにも納得させられている。みんなに読んでもらいたいし、ボク自身、しばらくは繰り返し読むことになりそうである。

▲ 秋めいてまた繰り返し読んでいる


0831・金・

 1994年、平成6年の今日、第二次世界大戦以後、半世紀に渡って東ドイツに駐留していたロシア軍、旧ソ連軍の最後の部隊がベルリンから撤退した。その1週間後にはアメリカ軍も撤退を完了、東西両陣営が冷戦構造を解消したのである。で、喜んでいいはずなのにこの世界、ちっとも平和になってないんです。口実を見つけては戦争を繰り返しているんです。結局、人類は争いからなかなか卒業できないのです。

 つい先日、軟式野球の公式ボールが以前より重くなり、これからの軟式野球は面白いぞ、というニュースを聞いたばかりだけど、2014年の今日、全国高校軟式野球で岐阜県の中京高校が4日間続いていた広島県の崇徳高校との準決勝を延長50回で制した、という出来事があった。そればかりでなく、その2時間後に始まった決勝戦でも勝利を収め、2年ぶり、7回目の優勝を果たしたという。自分が知らないだけで高校野球のドラマは甲子園ばかりではないのである。

 平成最後、8月最後の雷が鳴っている。それはエム ナマエの60代最後の日の雷でもある。平成最後であろうと人類最後であろうと、雷が鳴り響けばアルルは迷惑、ボクの仕事部屋に駆け込んできて、足元でひたすら震えているのである。

▲ 庭にでて下手な縦笛夏休み


◆ 9月・長月・
0901・土・二百十日・関東大震災記念日・防災の日・エム ナマエ古希の誕生日・

 1923年、大正12年の今日、関東大震災が発生した。相模湾を震源とするマグニチュード7.9の大地震である。東京神奈川を中心に家屋の全壊が13万棟、焼失家屋が45万棟、死者行方不明者が14万人以上の大惨事となる。みんな逃げ出して誰もいない酒屋で一杯ひっかけた、というエピソードを落語家の古今亭志ん生師匠がネタとして語っているのを聴いたことがあるが、誰にとっても忘れられない日であるのだ。ボクの祖母はボクが小さい頃からこの日のことを繰り返し語って聞かせてきた。御昼どきに発生したこの地震、祖母も奉公先の炊事場でこの地震に遭遇、壊滅した家屋から命からがら逃げ出したという。おかけで関東大震災の恐怖はボクの心にも深く焼き付けられていて、この年齢になってもその恐怖は増大する一方である。ボクの祖母は次の震災が発生するまで70年と信じていたが、国家もそれを警告したいのだろう。1960年にはこの9月1日を防災の日と定めている。幸いなことにまだ起きてはいないのだが、まだ起きてないということは、発声する確率が一方的に増大しつつある、ということなのである。

 1983年、昭和58年の今日、ニューヨークからソウルに向かっていた大韓航空機がサハリン沖でソ連軍の戦闘機に撃墜され、28人の日本人を含む乗客乗員269人全員が死亡した。このニュース、ボクは失明と闘う入院生活で耳にすることになる。待合室の大型テレビに駆けつけ、詳しく知ろうと画面に注目していたら、入院中のおばさま軍団が横から手を伸ばしてきてチャンネルを変えてしまった。おばさんたちは戦争になるかもしれない一大事よりも、連続テレビ小説「おしんの方が大切だったのだ。そしてもちろん、おばさんたちにボクが勝てるはずもなかったのである。そして仕方なく見せられたこのテレビドラマが意外に面白く、それから夢中になってしまうのである。おそろしや、テレビ小説。

 9月になった。エム ナマエが70歳になった。あと5年しか生きられないと東大のお医者からいわれて32年、それなのに古希を迎えて感謝と幸せの70歳の誕生日である。プレゼントが届いてシャンパンが届いてお菓子が届いてメールが届いて電話がかかってきて、エム ナマエの誕生日なんかを覚えていてくださる方々がまだまだいらして、感涙にむせぶ9月の最初の日なのである。セプテンバーなのである。そして一気に空気が変わった。秋になったのである。気分だけじゃない。本当に季節が変わったのである。空気が変わったのである。
 ステーキとシャンパンでコボちゃんとアルルと猫のミミコに祝ってもらい、酩酊し、猫のミミコを抱いて眠るときも、羽根布団が欲しくなる夜となったのである。

 毎月1日の恒例、全国の日の出日の入りの時刻である。札幌の日の出は4時58分、日の入りは18時10分。仙台の日の出は5時5分、日の入りは18時7分。東京の日の出は5時13分、日の入りは18時9分。大阪の日の出は5時31分、日の入りは18時25分。福岡の日の出は5時52分、日の入りは18時45分。ということである。

▲ おかげさま今もありますこの命


0902・日・宝くじの日・

 1985年、昭和60年の今日、1912年に沈没した豪華客船タイタニック号の船体を発見したとフランスの国立海洋科学研究所が発表した。カナダのニューファウンドランド島の沖合600キロ、深さ4千メートルの海底に残骸が横たわっていたのを見つけられたのである。で、その影響だと思うけど、映画「タイタニック」では沈没した船体をロボット潜水艇が捜索する場面から始まったように記憶している。けれどもボクにとってのタイタニック沈没は、やはり宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の、あの悲しい場面を連想するのである。作者と事件が時代を共有しているせいだろう、その悲劇がリアルに伝わってくるのである。

 台風21号がやってくる。この台風、かなりヤバい。図体は小さいけれど、とても威勢がいいらしいのだ。現在925ヘクトパスカルだそうで、これがどれだけ勢力を維持したまま日本列島に突っ込んでくるのか、かなり心配である。それにしても今年は台風がやたら多い。酷暑で水害で台風の当たり年。これすべて、地球温暖化の影響。人類の欲望の結果のような気がします。地球の平均気温が上昇すれば水の惑星のホメオスターシスとして、その過剰となった熱エネルギーを海水が吸収する。すると当然、海水温が上昇する。結果として大量の水蒸気が発生して上昇気流が湧き上がり、台風へと進化するのである。そして明らかなのは台風の数だけ、台風の大きさだけ、地球温暖化の進んでいることを示しているのである。それでもトランプはまだ地球温暖化がフェイクニュースだと言い張るのでしょうか。こういう困った人には早々に権力の座から退いてもらいましょうよね。

 映画「いのちの林檎」の映像作家、藤澤勇夫監督の奥様、馬場民子さんがオイラの古希のお祝いで手作りアイスクリームを持参してくれて、みんなでおいしくいただいた。たとえば赤毛のアンが感激しながら食べたような、たとえば江戸の将軍様が試食なさったような、たとえば古き良き銀座の資生堂のフルーツパーラーを連想するような、そんな伝統的な手作りアイスクリームだと思う。馬場さんを玄関でお迎えしたアルルとミミコも、ちょっぴりお相伴。けど、猫のミミコはアルルと違って、冷たい食べ物はあんまり得意じゃないみたいで、おそるおそる舐めてました。

 この時期にしては珍しく、エム ナマエ公式ウェブサイトに今年のカレンダーの注文をいくつもいただいたそうである。ホームページ管理人の絵夢助人さんは、ラジオ深夜便出演の反響とおっしゃる。ありがたいことである。

▲ 一つ目が背中丸めてやってくる




2018年8月20日~26日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0820・月・

 1960年、昭和35年の今日、宇宙空間を旅した哺乳動物が初めて地球に生還した。2頭の犬などを搭載したソ連の人工衛星を地球を17周させた後、地上に無事帰還させたもので、これでそれ以前、ソ連がライカ犬を宇宙で見殺しにした悪評判を払拭できたかどうかはわからない。生き物を宇宙に飛ばした実績だけを強調したくて、その命のアフターケアをしなかったソ連は自国の後進性をアピールしてしまったわけだが、評判を取り戻すのはなかなか楽ではないんだよね。とにかくライカ犬のことではみんな怒っていたのです。ぷんぷん。

 1988年、昭和63年の今日、イランイラク戦争、いわゆるイライラ戦争の停戦が実施された。死傷者100万人、8年に及んだ長期消耗戦が集結したのである。長い戦争だったと思う。実は開戦のその日、ボクは砂漠の近代都市、ダッカの空港で足止めを食らっていたのである。ケニアからタンザニア経由、パキスタンへ向かう途中、トランジットで降りた空港でいきなり戦争が始まったと伝えられたのだ。砂漠の真ん中の近代的な空港のカウンターバーで、ちょっと癖のあるビールをちびりちびりとやりながら、今か今かと出発を待っていたのである。外は砂漠。もしも足止めが長引いたらアウト。何も状況がわからないまま不安な時間を過ごしたのである。なんせ航空会社がパキスタンエアウェイ。かろうじて英語がわかる程度のスタッフしかいないのだ。いや、ちゃうちゃう。オイラの英語が危ないのだ。で、結局離陸がOKされ、ボクらの飛行機は無事カラチに到着、数日間を過ごしてから北京へ飛び立つのである。そしてその頃にはイライラ戦争のことなんか、すっかり忘れていたよね。

 北軽井沢の蝉たちが鳴き始めた。ヒグラシでも法師ゼミでもなく、普通のミンミンゼミが鳴き始めた。おかげで夏らしい気分になっている。19号と20号の連続台風、まだ北軽井沢には影響しないでいる。それにしても台風まで安倍政権みたいに金魚のうんこじゃしょうがないなぁ。

 夏の高校野球準決勝で金足農業が勝利した。出場校唯一の公立農業高校である。口の減らない連中は金が足りない農業高校と悪口をいうが、農業高校のどこが悪い。オイラなんか農業高校と聞いてずっと応援してきたんだぞ。慶應義塾志木高という慶應義塾唯一の元農業高校を卒業したボクとしては、そりゃ応援しなきゃならんでしょう。いよいよ明日は決勝戦。白川の関を超えて優勝旗をどうか東北に持ち帰ってね。と、会津がルーツのボクは心から声援するのです。明日も勝利を祈ってます。

 気持ちよくシャワーを浴びていたらお湯がどんどん水煮なる。こりゃやばい。コボちゃんを呼んでチェックしてもらう。プロパンガスのボンベが空っぽになってしまったのかもしれないのだ。そうはならないと聞いていたのに、そうなってしまったのだ。ガス会社の人が飛んできて、切り替えがうまくいってなかったと説明される。その間、ボクは下着なしのGパントレーナー姿で脱衣場でプレクストークを聴いている。コボちゃんが退屈だろうと持ってきてくれたのだ。それにしてもお湯が出るってありがたいよね。

 遠くでロケット花火の音がする。考えてみればまだ夏休み。小学生か大学生か、それとも小学生みたいな大学生かどうかはよくわからないけど、まだ花火で遊びたい年齢なんだよね。でもアルルが可哀想。遠くの花火を気にしてます。

▲ 昼寝から犬飛び起きる遠花火


0821・火・

 2013年、平成25年の今日、ヤンキー図のイチローが日米通算4千本安打を達成。このときイチローはどんなコメントをしたっけ。覚えてないんだよね。あの人、人を喜ばせるのが苦手なのか、サービスコメントはあんまりしなかったような気がしてる。で、イチローさんは鈴木一郎時代はほとんど目立たなかったんだけど、高校野球のときはどうだったっけ。これも覚えていないのです。というか、まるで知らないのです。で、今日は夏の高校野球の決勝戦。噂によると史上初、観客動員百万人を突破するとかしないとか。100回記念大会で100万人。で、ボクは群馬の山の中の透析室から金足農業を応援してます。建物が鉄筋コンクリートじゃないので電波がよく届いてくれるのです。でもなぁ、結果はかなり面白くなかったよね。だって相手はプロだもん。

 昨日からアルルの食欲がなくなってる。コボちゃんは抗癌剤の副作用だと青くなってる。けどね、どんなに健康なワンちゃんだって、毎日ソフトクリームやアイスクリーム、200グラムのステーキを食べさせられたらお腹をこわすと思います。その証拠に夜になったら食欲回復、またまたモリモリ食べてます。よかったね、アルル。

▲ 決勝戦今日で超えたぞ百万人


0822・水・

 1981年、昭和56年の今日、台北空港を飛び立った台湾の旅客機が墜落して乗客乗員110人全員が死亡した。その中に作家の向田邦子さんもおられてテレビドラマファンや文学ファンに衝撃が走った。あれから数十年、やっとこのボクにも向田邦子さんの存在価値が少しは理解できるようになって書物や舞台で彼女のすごさをイヤというほど味わっているのです。世の中、すごい人ばかり。でも、そういう人も死んでしまうのです。ある日突然だったり、気がついたりだったり、いつか死んでしまうのです。そして特に最近、そうした人の生き死にがとても気になるのです。

 こないだは家の中に迷いこんだオニヤンマを助けてあげていたけれど、北軽井沢のコボちゃんは虫出し大作戦に忙しい。蜘蛛さん、蟻さん、カマドウマ。
「家の中にいたら死んじゃうよ」
と声をかけながら、ティッシュにくるんで窓から下へ落下させる。ティッシュのパラシュート、というわけである。このティッシュ、散歩に出たときコボちゃんが回収するんだけど、虫たちはまた努力して家の中に戻ってくるような気がする。たとえ家の中でも、虫たちはコボちゃんの知らない方法で力強く生き抜いているのです。きっとね。

 東京へ戻るまで、広い北軽井沢のスタジオを隅から隅まで掃除してコボちゃんはオーバーワークで低血糖。突然、気持ちが悪いと運転席でうずくまる。困った。甘いジュースも缶コーヒーも手元にない。とりあえずチョコレート。で、コボちゃん、しばらくして落ち着きを取り戻す。山で遭難したときの頼りがチョコレート。無駄に甘くてカロリーがあるわけではないのです。

 ハンドル操作をしながらコボちゃんが見上げると、月の横に赤い星があるという。大接近から時間は経過しているけれど、火星はまだそこいらをうろついているらしい。ま、ご近所と惑星レベルじゃ比較にならないから、ボクの感覚は物差しにはなりませんけど。

 信頼関係にある犬や猫は素晴らしい。広大なサービスエリアのパーキング、大型トラックのエンジンの唸りの真っ只中、クルマの窓を開放していても落ち着いている猫のミミコ。助手席と運転席の真ん中で伏せをして周囲をキョロキョロと見まわしている。念のためミミコのリードは手首に巻いてしっかりとホールドはしているものの、落ち着いた猫はありがたい。この地球で暮らす以上、同じ哺乳類同士、信頼関係を維持することが大切なんだと思う。とはいえ、育てておいて食べてしまう、というような残酷なことも人間はやっているけど。環境を見渡せば、そりゃ、食べればおいしい生き物だらけ。土地が変われば犬も食べます、猫も食べます。あなおそろしや。

▲ 秋の猫唸るエンジン子守唄


0823・木・処暑・

 NHK「マイあさラジオ」情報によると2015年、平成27年の今日、ブルートレイン最後の列車、北斗星が引退したという。1958年、昭和33年から運行されてきた青い客車の寝台特急として長く親しまれ、鉄道ファンのみならず、みんなの憧れの対象だったブルートレインはその半世紀以上の歴史に幕を閉じたのである。高田馬場から内幸町の鉄筋コンクリートの社宅に引っ越して、その4階のベランダから目の下の東海道本線を眺めていると、運河いいと青い色のスマートな「あさかぜ号」を目にすることがあった。最後尾には展望室。そしてきっと、あのどこかには食堂車。ああ、いつかあの青い列車に乗ってみたい。その夢がかなうのはずっと大人になってからだけど、ブルーの車体は憧れの的だったのだ。でも、調べてみたら「あさかぜ号」はブルートレインには分類されないと知ってショック。ボクは中途半端な鉄道ファンなのだ。

 本日は処暑ということで暑さも今日までということらしいが、本当にそうなってくれるかしらね。もう暑いのは充分に堪能させていただきましたから。

 吉野家の牛皿を肴に500ミリリットルの缶ビールをグビリグビリ。今日と明日との連続透析なのでそんなこともできるのだ。それにしても蒸し暑い。台風接近で蒸し暑い。19号と20号のアベック台風は20号が熱帯低気圧に格下げになったと思ったら、ひとつ年寄りのはずの19号がまだ台風として頑張っていて、朝鮮半島あたりをうろついているとか。今年はハリケーンがこちら側にやってきて台風として数えられたり、台風関係も地球温暖化の影響でやたらややこしくなってるみたいです。

▲ 遠慮して啼いてくれんか秋の虫


0824・金・

 1968年、昭和43年というとボクが大学2年生になる年で、生まれて初めて飛行機に乗ったり、京都や広島にいったりできた年だけど、その年の今日、フランスが南太平洋の海底で初めての水爆実験をやらかした。アメリカ、ソ連、イギリス、中国に次いでの5番目の水爆保有国になったんだけど、そんなもんにならんでもいいのにね。原爆でも充分なのに、水爆まで保有しようとしたのである。それにしても自分の国土が狭いからといって、お魚さんやクジラさんたちが泳ぎ回る南野海で水爆を破裂させるなんて、海洋学者のクストーさんはどうして黙っていたのかしらね。多様性かどうかは知らないけれど、フランスも不思議な国です。

 高校野球が終わってしまい、せっかくの夏休みも寂しくなってしまったけれど、今度は子ども科学電話相談室が始まった。日本全国の可愛い子どもや、可愛くない子どもの声を耳にするのは幸せな気分です。やっぱり夏休みは楽しくて、いつまでも続いて欲しい気がします。

 石破茂ちゃんが頑張っている。この人、敬虔なクリスチャンで、とある街の教会に呼ばれてお話をさせていただいたとき、毎週日曜日に必ず顔をお見せになる好人物であると、教会関係者にとても評判が高かったので、それ以来、ちょっと見直している。映画「新ゴジラ」の評論なんかもしちゃって、ゴジラファン、自衛隊ファン、軍事マニアということでもシンパシーを感じている。自民党議員でなければもっと好きになれるかもしれない。で、その石破茂ちゃんが安倍晋三の対抗馬としてファイティングポーズをとっているのである。その正直と公正というスローガンが笑える。石破茂が笑えるんじゃなくて、安倍晋三が笑える。でも、対抗馬の売り物が正直でも公正でも、安倍晋三は蛙のつらにしょんべんなんだと思う。ウソツキしんちゃんは勝てばよいので、勝ってからのことは何も考えてはいないのである。あの人はお空のおじいちゃんにただ褒めてもらえれば、あとはどうでもいいのである。だからそこで、頑張れ石破茂と声を挙げたい。心から応援しちゃうもんね。少なくとも彼が総理になれば、滑舌が悪くて意味不明の演説を聞かなくてもいいようになるのだから。

 ネットロアという言葉を耳にする。インターネットによる都市伝説というような意味だろうが、これはTBSラジオのセッション22で荻上チキちゃが口にしていたもの。今夜は柳田国男の「遠野物語」がメインテーマで、フォークロアと対比させるために使用した単語なんだと思う。このネットロア、ネット伝承だから民間伝承よりははるかに伝播するスピードに優れている。どんどん話もでかくなるだろうし、尾ひれがつくだろうな。バリエーションも増加するし、話しも面白くなるだろうな。で、話しが面白くなると事実よりも力を持つようになるんだよな。だからフェイクニュースがコワイのです。

▲ 秋鯖を猫にとられしお弁当


0825・土・

 1958年、昭和33年の今日、チキンラーメンという名称で日本最初のインスタントラーメンが発売された。それまでは店や屋台でしか食べられなかったラーメンが丼に乾燥麺の塊を放り込み、上からお湯を注いで蓋をして3分間待つだけで食べられたのだから画期的であった。見せや屋台ではなく、自分の家でラーメンが食べたくなったら我が家では祖母が近所の製麺工場から麺の玉を購入し、肉屋でトリガラと豚の挽肉を購入し、トリガラでスープをとり、挽肉を醤油で煮てその煮汁を「かえし」にしてラーメンを完成させる。豚挽肉はチャーシューみたいにラーメンのトッピングにする。ネギや生姜がアクセントに使われていたような気がするが、祖母のラーメンは、祖母は「しなそば」と呼んでいたが、この特製ラーメンはどこにもないくらいおいしかった。新宿のコマ劇場裏に台湾ラーメンの店があって、そこのラーメンが祖母のラーメンによく似ていて、元気な頃はよく食べにいった。今でも台湾ラーメンという看板に遭遇すると食べてみたくなる。
 さて、チキンラーメンの話である。袋入りで価格は確か35円。街のラーメン屋の価格とほぼ同じだったと思う。発売と同時に人気沸騰だったから、なかなか手に入らなかった。我が家ではどうして入手したのだろう。もしかしたら誰かがどこかで並んだかもしれない。さて、お湯を注いで3分間。丼の蓋が見つからなくて、いい加減な皿を上に乗せて蓋にしたっけ。で、3分間。ドキドキしながらスープを味見。ワクワクしながら麺をすする。で、正直いってガッカリしたなぁ、もう。祖母のラーメンと比べたら可哀想だけど、戦艦ヤマトと手漕ぎボート、B29とアカトンボほどの開きがあったな。袋から出したばかりで、乾いたまんまの麺をかじって、このままがおいしいねといったのは父親だったかボクだったか。というのが昭和33年の我が家のチキンラーメン風景だった。でもこのチキンラーメンの風味、現在のカップヌードルに生かされてます。カップヌードルを食べるとき、チキンラーメンを思い出すのです。ちなみにこの昭和33年は当時の皇太子陛下、今上天皇ご婚約とか、東京タワー完成の元気な年でもあって、懐かしくて胃袋がでんぐり返しをしそうです。

 目覚めて窓を全開にする。遊歩道から夏の気配が襲いかかってくる。今日も猛暑日になるらしい。けれどアルルの居住エリアはクーラーに守られていて、いつも27度に保たれている。そうしておくと、電気代はそんなにかからないらしいのだ。

 とある人物からおいしい蜜豆をいただいた。夏の蜜豆は最高である。けれどフルーツはというと、缶詰ミカンがふたつ入っているだけ。ボクはフルーツ蜜豆が好きなのだ。そこでコボちゃんに缶詰のミックスフルーツを開けてもらい、その蜜豆のトッピングとして豪華にぶちまけてもらう。今日の都心の最高気温は35.6度と聞こえてきた。フルーツも蜜豆もよく冷えていて、外気温で過ごしたボクの喉には快感でした。ああ、馬かった、牛まけた。

 ヨーロッパも猛暑であるらしい。ベルリン近郊では森林火災が発生して地面に埋まったままの第二次世界大戦中の不発弾が誘発しているとか。そのため消防作業がはかどらず、ヘリコプターが上空からおそるおそる消火作業を続けているらしい。それじゃいつまで経っても火事は消せないよね。でもね、相手が爆弾じゃ喧嘩にはなりません。東京郊外にもB29は無駄に爆弾を落としていった。麦畑の真ん中のおばあちゃんちの隣には1トン爆弾のでかい穴があって、ゴミの投棄場にされていた。東京郊外に地下鉄の少ない理由はこのアメリカ爆撃機が残していった不発弾のためらしい。アメリカの兵隊さんも税金の無駄遣いが好きだったみたいです。

▲ 今年こそ秋刀魚大漁たのんます


0826・日・満月・

 日曜日の早朝のお楽しみはNHKマイ朝ラジオの「生き物いろいろ」。今朝はカービン具作家による鳥のお話。北海道の野鳥はウミガラス、別名オロロン鳥の話題である。北のペンギンと呼ばれるように、ペンギンみたいに黒いボディーに白いアクセントのずんぐりとしたスタイルであるらしい。そしてペンギンのように泳ぎが得意でおまけに空も飛べるという優秀な種族。オロロンと鳴くのでオロロン鳥と呼ばれるらしいのだが、個体数の減少が原因かどうかは知らないが、その録音は聴かせてもらえなかった。繁殖方法が稚拙なためなのか、天敵に卵や雛を奪われ易く、北海道では絶滅寸前とか。シマフクロウとかウミガラスとか、北海道には守ってもらいたい魅力的な鳥たちがあちらこちらにいるのです。

 1972年、昭和47年の今日、ミュンヘンオリンピックが開幕した。この大会で忘れられないのが男子バレーボールと男子体操団体の金メダル。時間差攻撃とか月面宙返りとか、あれこれ衝撃でした。けど、それらを知るのは秋も深まってからのこと。当時のボクはヨーロッパをウロウロしていて、オリンピックの旗で飾られたミュンヘンでは、あの有名なホフブロイハウスでビールを飲んだり、メインストリートのレストランで慶應義塾の後輩ギャルと豪華な食事を楽しんだりしていたのです。あまりに人がいないので、これはオリンピックがとっくの昔に終わってしまったせいなんだと、訳知り顔で彼女に説明したりして、実は今朝までそう思いこんでいたのだが、このNHK「マイあさラジオ」情報でボクがミュンヘンあたりをうろついていたのは、オリンピック開幕のかなり前であったことを初めて知ったのである。ああ、恥ずかしい。スイスのルツェルンからオーストリアのウィーンに向かうヨーロッパ特急、TEE「ウィンナーワルツ」の車内で知り合った日本人グループでウィーンの街を楽しんだ。駅を降りたところで知り合った不思議なカメラマンのお兄さんが親切に愛車フォルクスワーゲンの大型バンでウィーンの街を案舞してくれて、学生ホステルに泊まったり、プラーター遊園地で蚤のサーカスを観たりして、ウィーンの街を楽しんだのである。その中に理知的な女の子がいて、それが慶應義塾の後輩で、実はボクも当時は慶應義塾の現役学生だったのだが、その彼女と意気投合してオーストリアのとある田舎駅で、そのグループからふたりだけで脱出、もっと山の中に分け入っていったのである。山頂の鉱山町でヒトラーそっくりのオジサンを目撃したり、生まれて初めて食べたズッキーニのサラダを巨大胡瓜と間違えたり、愉快な体験をしたのである。実はこの鉱山町で働くアプト式蒸気機関車の撮影がボクの目的で、彼女に付き合ってもらったのだ。やがて山を下りると、彼女が東京へ戻るためのベルギー空港への旅の途中でミュンヘンに立ち寄ったのである。お別れがベルギーのブリュッセル。これ、以前にも書いたことがあるかもしれない。ブリュッセルで食べたランプステーキがおいしかったな。でもちろん、ボクは最初から最後まで紳士でしたよ。当時はちゃんとした婚約者もいましたしね。

 ここ最近、星新一を集中的に読んでいる。連続的に読んでいる。次々に読んでいる。爆発的に読んでいる。偏執狂的に読んでいる。モノマニアックに読んでいると言い換えてもいい。とにかく朝から晩まで読んでいるのだ。星新一を読み始めたのは中学生だったか、高校生だったか。小松左京を知る頃には読んでいたんだと思う。電車の中で読んだり、旅の途中で読んだり、この人生を通じて楽しませてもらっている。サピエ図書館のお世話になるようになってから、こんなに夢中になって読んでいるのは今回が初めてだと思う。とはいえ、面白かったり面白くなかったり。長い星新一のショートショート作家としての歴史の中で生み出され続けてきた千を超える作品群であるから、いろいろあって当然なのだ。楽しんで書かれたもの。苦しんで生み出されたもの。マンネリズムの沼から浮かび上がったもの。締切に脅迫されて捏造されたもの。ただただ枚数をかせいだ挙句の結果として誕生したもの。千を超える作品群には光るアイディアもあれば光らないアイディアだってあるだろう。それでも星新一はアイディアを出し続けてきた成功者なのである。ボクだって50年間締切と闘ってきたけれど、成功者の地平線との距離は永遠に縮まりそうもないのである。

 東京都心は36度。今日も猛暑と闘ってきた。人も生き物もグッタリである。猫のミミコはボクの枕をベッドにして長々と伸びて寝ている。さっきまではアルルもボクのベッドで丸くなっていたから、ふたり仲良く寝ていたのだ。で、ボクはアルルがいなくなったのを確認して横になる。とはいえ、枕をミミコに占拠されているので頭蓋骨は枕の片隅に乗せるだけ。ま、熟睡はできましたけど。

▲ この秋は残暑酷暑と蝉も啼き

2018年8月13日~19日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0813・月・

 1927年、昭和2年の今日、日本で初めてのスポーツ実況中継がラジオで放送された。甲子園球場で開かれた第13回全国中等学校野球大会、現在の夏の高校野球の試合を中継したもので、当時から夏の高校野球は人気があったんです。そう考えると野球はやっぱり日本の国民的スポーツなんだよね。サッカーも嫌いじゃないけど、失明してからはあまり楽しんでません。

 1986年というとボクが完全失明した年だけど、この年の今日、日本のH1ロケットの1号機の打ち上げに成功している。国産技術で初めて開発した液体燃料、液体水素と液体酸素の化学反応によるエンジンを搭載したもので、ペンシルロケットに始まった日本の固体燃料ロケット開発から考えると画期的なもの。日本のロケット開発を注視してきたボクとしては誇らしい気分だったが、失明のため、液体燃料から発生する霧をまとった国産ロケットの勇姿を自分の目で確認できないことを心から残念に思ったのを覚えている。あれ以来、H型ロケットは大活躍。ヒマワリとかコウノトリとかハヤブサとか、ずいぶんいろいろと打ち上げてきましたよね。

 午後3時、雷鳴とともに豪雨。雷はまるで急降下爆撃をするように落ちてくる。建物が振動するほどの落雷である。弱虫アルルは当然のこと、鈍感な猫のミミコまでボクの膝に跳び上がって脅えている。ラジオはガリガリといいっぱなし。雷はゴロゴロ止まらない。アルルの震えも止まらない。上空に冷たい空気がやってきて、あああ、とうとうアルルの嫌いな季節が始まってしまったのだ。

▲ 急降下爆撃みたい稲光


0814・火・

 1945年、昭和20年の今日、日本がポツダム宣言の受諾を決定する。あめりか、イギリス、中国が日本に無条件降伏を求めたもので御前会議で受諾が決まる。それ以前から昭和天皇は全面幸福を意図していたのが、軍部が握りつぶしてきたという説もある。早くそうしていたら東京大空襲も沖縄も広島も長崎もなかったのである。馬鹿が国の中枢にいると死ななくていい人々が死んでいく。えげつなさが売り物のトランプとか、嘘つきの安倍晋三が権力を握っている今のアメリカや日本がそうならないことを心からいのるしかない。

 とうとうツクツクボウシが鳴き始めた。そろそろ夏が終わるぞ、と鳴き始めた。小学生や中学生がこれを聞くと、オーシンツクツク、オイオーイ、早く宿題やってしまえ、と聞こえるらしい。そういえばボクもそう聞いていたような気がする。法師蝉さん、焦らせる名人です。ヒグラシさんたちとはえらい違いです。

▲ 法師蝉夏を追い出しなさんなよ


0815・水・月遅れお盆・全国戦没者追悼式・敗戦記念日・

 本日は平成最後の敗戦記念日である。国は終戦の日と呼ばせたいらしいが、そうはいくもんか。日本は立派に負けたのだ。73年前の今日の正午、昭和天皇がラジオでポツダム宣言の受諾を宣告したのだ。言葉が難し過ぎて、直ちに理解できた人がどれだけいたかは心許ないが、日本が戦争に敗けたんだということは、その事実を伝える陛下の雰囲気で充分に国民は理解したんだと思う。そういうことで73年前の今日の正午、昭和天皇がラジオを通じてポツダム宣言の受諾と敗戦を国民に認めたのである。

 NHK「マイあさラジオ」情報によると1946年、昭和21年、敗戦の翌年の今日、戦時中中止されていた全国中等学校優勝野球大会、現在の夏の高校野球が再開された。甲子園球場がGHQ、連合国軍総司令部に接収されていたため、西宮球場で開催された。地方大会には前例をしのぐ745校が参加した。そうだよ。みんな待っていたんだよ。そしてそれ以来、高校野球は平和のシンボルとして礼賛されてるんだよ。

 1995年、平成7年の今日、当時の村山富一総理大臣が戦後50年の敗戦の日に、いわゆる村山談話を発表。過去の植民地支配と侵略に対し痛切な反省を表明したのである。あの頃の自民党は社会党のおかげで権力の座にしがみついていたもんだから、何も文句をいわなかったけど、鼻息の荒い安倍晋三は何か文句あるかとばかり、決して謝らないもんね。戦争を始めて何が悪かったかとばかり、おじいちゃんの味方をしてるもんね。

 お昼を前にラジオの前に立つ。平成は明治維新以来、戦争のなかった初めての時代である。ラジオに合わせて小さく君が代を歌うと、平成最後の全国戦没者追悼式が開始された。そして正午の黙祷。今後二度と戦争の惨禍が繰り返されることのないようにとの平成天皇陛下としての最後のお言葉がある。その深い反省のお言葉は目の前の、就任以来一切、加害者責任について触れることのない安倍晋三に向けたものであることは間違いないと思う。

 突如として漫画「ロボット三等兵」を思い出す。前谷惟光(まえたにこれみつ)という漫画家のことも思い出す。この漫画、「いせや」の山下君ちの隣の本屋で発見した。小学生低学年だったから戦後間もない時代の漫画である。丁寧なペン画で、作者の真面目な気質が感じられて、その分身みたいな真面目な鉄のロボットが二等兵以下の三等兵という架空の兵隊の位で働く物語である。本屋でこれを見つけたボクは母親にねだるのだが、母親はどうしても買ってはくれない。戦争を忌避しているのか、それとも礼賛しているのかはボクにはよく理解できなかった。父親も母親も徹底的な軍事教育に育てられたのである。結局、この本はこつこつとお小遣いを貯めてボクが買った、ような気がしてる。同じ作者の「火星の八ちゃん」という漫画もあったが、中学生になると田川水泡のファンになったボクは「蛸の八ちゃん」のオマージュみたいな気もしたが、この漫画も嫌いではなかったな。敗戦の日に突如として思い出した漫画の話である。

▲ 平成のこれが最後の敗戦の日


0816・木・

 いつの間にかいなくなっていたのの「いつの間にか」を作っているのは大人たち。そういうのはTBSラジオデイキャッチ水曜日の近藤勝重コメンテイターであるが、山口県でいつの間にか行方不明になっていた2歳の男の子が無事発見、保護された。保護したのは大分県からやってきた78歳の男性。ご家族から事情を聞いて30分で見つけてしまった。150人の警察官が3日間かかって発見できなかったものを、たったの30分間である。このボランティアのご老人、経験豊富で、過去も2歳の女の子を発見した実績がある。聞けば幼い子どもは上野方へ隠れる癖があるそうで、結局男の子は家から数百メートルの裏山にいたのだ。それにしても無事でよかった。よっぽど家族と砂浜にいくのが嫌だったのだろう。水が嫌いか、それとも熱い砂浜が気に入らなくて、何かのトラウマがあったんだとボクは勝手に想像している。

 集中して月刊ラジオ深夜便「しじまのおもちゃ箱」を2か月分仕上げる。たった千文字にあれこれ書き込みたくて、これまで仕上げられないでいたのだ。おばあちゃんの話である。ボクの根源的な記憶の話である。あまりに熱が入り過ぎての空回りであったのだ。書きたいから書けるわけでもなく、書きたくないから書けないわけでもないのである。

▲ 海パンの幼児見つける裏の山


0817・金・

 北軽井沢への出発は5時半ということになった。下に降りていったらフレンチブルドッグのレオ君と妹のシャーロットちゃんを連れたベルギー人のニコラと鉢合わせ。シャーロットちゃんはピットブルの子犬で既にフレンチブルのレオ君よりも大きくなっている。歯の生え始めで痒くて仕方がなくて、やたらカミカミする。早速、二の腕に噛みつかれた。デッカイ口で噛みつかれた。細かい歯で噛みつかれた。けれどGジャンを着ていたので、ちっとも痛くはない。そう。今朝は涼しいのだ。秋風みたいな北風に吹かれて、大きな枯葉が、カラカラと音をたててアスファルトを転がっていく。涼しくなってくれるのは悪くないけど、ちょっと寂しい気分です。ということで、ニコラたちにいってきますをしてから北軽井沢へ出発。そして北軽井沢はもっと涼しかったのです。

 大阪富田林の留置場からの逃走犯、どうやら警察よりもはるかに上手(うわて)らしく、 まだまだつかまらない。この逃走犯、ふくらはぎに米俵(こめだわら)の刺青をしているとか。そしてその米俵にウサギが片足をかけて打ち出の子図地を振っているとか。ずいぶんいい趣味をしてるけど、頼んでも見せてはくれないだろな。

 北海道では初雪が観測されたという。おいおい、涼しいと思ったら早速雪の話題かよ。最近は暑くなるのも早いけど、寒くなるのも早いんだよな。

 夜、アルルにオーストラリアのステーキ肉を焼いて食べさせ、その塩気のない肉に山葵醤油をつけてボクに御相伴をさせたコボちゃんがいきなり寒いといい出して、ストーブに点火した。こうなれば日本酒が飲みたくなる。そこでボクらはメバチマグロの刺身で長野特産吟醸酒。いい気分になっちゃった。途端にコボちゃんは眠くなり、満腹のアルルの横でうとうとする。今日はお疲れ様でした。

▲ 駐車場外車ばかりの軽井沢


0818・土・上弦・

 1969年の秋はボクの最初の個展でボクは学生だったが、この年の今日、夏の全国高校野球の決勝で初めて再試合が決行された。青森県の三沢高校と愛媛の松山商業は延長18回、0対0で勝負がつかず、翌日の再試合となった。結局、松山商業が4対2で勝利、4回目の優勝を果たしたのだが、この試合はよく覚えている。どちらを応援していたわけでもないが、手に汗握る名勝負だった。この頃から東北勢の優勝が悲願だったんだよね。今年はどうなるかね。高校野球とか素人喉自慢とか、若い頃は夢中になれないと思っていたのが、振り返ると結構楽しんでいたことを思い出す。はい。ボクはひたすら凡人であり続けているのです。

 1986年はボクが失明した年なんだけど、この年の今日、子どもの本・世界大会が東京で開催された。国際児童図書評議会、IBBYの日本支部、JBBYが主催したもので、IBBYの加盟国が2年に一度開かれるもので、アジアでの開催は初めてだった。これを推進したのが慶應義塾図書館情報学部の教授で児童文学者、恩師渡辺茂男先生で、実はボクもある時期、このJBBYの理事だったことがある。でも、ボクはやがて失明を宣告され、すべての場面から消えていくのであり、全盲となってこのニュースを聞いたときは祝いたいような口惜しいような、実に複雑な心境だったのです。

 イタリアジェノバの高速道路の崩壊事故が気になります。40人が亡くなって、まだ行方不明者がおられるとか。この高速道路は1960年代の建築で老朽化が懸念されていたらしい。となると東京の首都高速も1964年の東京オリンピックを目指して建設したもので、もしも直下型の地震がくれば、間違いなくアウトです。

 朝のうちにカレンダーの下絵をいくつか仕上げることができた。「しじまのおもちゃ箱」のイラストレーションの下絵も完成。今回は3か月分で、テーマはおばあちゃんと西武新宿線、交通博物館、そしてプラネタリウムということになっている。そして午後は透析のため、群馬の山の中のクリニックに出かけていくのである。蝉が鳴いていたのである。

▲ いく夏のやけのやんぱち蝉の声


0819・日・

 1980年、昭和55年の今日、東京の新宿駅西口で停車中の路線バスが放火された。火を点けた新聞紙が投げこまれ、ガソリンがまかれたもの。乗客ら6人が死亡、14人が負傷した。いわゆる新宿バス放火事件である。当時のボクはパキスタン経由でケニアを訪れる準備中だったが、あまりに衝撃的な事件だったので鮮明に覚えている。過酷なほどの暑さ故の凶行だったのか、人が信じられなくなったり、安心して街が歩けなくなる事件だった。今年の暑さも異常だけど、こんな事件が起こらないことを心から祈るばかりである。

 高校球児はお休みもらってとっても静かな甲子園。お昼はNHKの素人喉自慢も復活してBGMをしてくれる。というわけで本日は2019年度カレンダー制作に徹底的に専念してる。5年前からのデータを繰り返しチェックしてるので今年はあんまりアイディアに苦労しないで済んでいる。といっても、わざとマンネリにしてるところもあるのです。例えば2月とか4月とか6月とか。ことに6月のカタツムリの紫陽花団地は譲れないのです。と、ボクは頑張っているのに、横目で見ているコボちゃんは、またカエルの絵、とため息をついてます。どうしてもアルルを描いてもらいたいといってます。で、来年のカレンダーにはキャプテンアルルが登場することになりそうです。

▲ 窓開けて逃げていきますオニヤンマ



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