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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年11月5日~11日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1105・月・雑誌広告の日・津波防災の日・世界津波デイ・

 今日は津波防災の日です。2011年の東日本大震災を受けて日本政府が津波防災の日として定め、後に国際社会が津波の危険性を共有し、被害を軽減させようという日本の提案が国連で採択され、2016年から国連が定める世界津波デイとなった、というのです。今や津波は国際語。誰でも知っている言葉となりました。とはいえ、失明を宣告された目で見たテレビ映像、1983年の日本海中部地震津波の実際の津波の映像を目にするまでは、その本当の恐ろしさは理解できていませんでした。それまでは普通の波より、かなり大きな波。そのような安易な理解だったのです。けれども海面全体が膨れ上がって海が襲い掛かり、人や自動車が沖へ運ばれていく映像を見たとき、自分の間違いに気がついたのでした。東日本大震災ではスマフォの普及で、様々な映像を世界中の人々が共有したのだと思います。文明の発達が人々の自然理解を促進させていくのです。

▲ 枯葉舞いラジオが遠く歌ってる


1106・火・

 1973年、昭和48年の今日、石油危機の影響で東京銀座などの広告塔のネオンの一部が消されてしまった。電力業界が節電を呼びかけたもので、広告主の大手電機メーカーなどがこれに応じた。この年というのは貧乏イラストレーターのオイラが食べていけるかどうかまるで先の見えない結婚をした年で、結婚した途端に世の中からトイレットペーパーが消えたりして、石油と落とし紙とどんな関係があるんだよ、バカヤローと、トイレットペーパーの大きな買物袋を抱えながら怒り狂っていた頃だったけど、ネオンまで消えてしまって貧乏イラストレーターはますます暗い気分になってました。確か、深夜放送も自粛されたんじゃなかったかしら。ドルショックにオイルショック、ま、いろいろあったけど、みんな何とかやってきたよね。これからも頑張ろうね。

 ざんざか雨降り。気持ちのいいくらいの雨降り。雨の音でわくわくするなんて、本当に久しぶり。ボクはこういう日には新宿の漫画喫茶店コムで開かれていた永島慎二原画展のことを思い出す。漫画喫茶といっても今の漫画喫茶とはまったくの別物。ボクらが学生漫画家だった頃の漫画青年が集う喫茶店、本物の漫画青年たちのサロンだったのである。そして何故か、ボクがこの喫茶店にいこうとすると雨が降ったのである。春の雨、秋の雨。漫画喫茶には雨のアトモスフェアがやけに似合っていたのです。

 サピエ図書館でダウンロードした志駕晃(しがあきら)の「スマフォを落としただけなのに」を読み始める。作者は先週土曜日の「久米宏のラジオなんですけど」に出演した、元ニッポン放送のディレクターで、人物が面白かったので読む気になって読み始めたのだが、これが本当に面白い。予想よりもずっと面白い。今週は東海林さだおの分厚い自薦アンソロジー「なんてったってショージ君」を読み耽っていたんだけど、ここはひとつ、ショージ君に一休みしてもらって、この新参者を一気に読破しそうな雰囲気である。ミステリーというやつは、あんまり好きじゃないんだけれど、この作品には夢中になるかもしれない。ま、映画化もされていることだし、期待できるんじゃないかしら。

 わくわくわく。明日はアメリカ中間選挙の結果がわかる。権力というおもちゃをもらってはしゃいでいる子どもみたいなバカトランプがこのまま無事でいられるわけがない。アメリカ人がそれほど馬鹿であるはずがない。と、そう思えるのも今日だけとは思いたくない。

▲ 秋の雨明日は中間選挙です

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
おかげさまで17番、井戸寺を仮想参拝、通過することができました。
次は18番、恩山寺。あと36,231歩です。

現在の歩数、228,169歩。三度目の嘘の徘徊です。


1107・水・立冬・

 1936年、昭和11年の今日、帝国議会議事堂、今の国会議事堂が完成した。落成式には貴族院や衆議院の議員、政府関係者など2800人が参加した、ということです。小学5年生のときボクが転校した永田町小学校の徽章は国会議事堂でした。ボクが地下鉄で学校に通った最寄りの地下鉄駅は国会議事堂前駅でした。地下鉄を降りてエスカレーターで上がっていくと出口が開け、そこを右折すると国会議事堂が巨大戦艦みたいに堂々と横たわっていたのです。そしてボクは毎朝、その巨大さを確かめながら議事堂の前をゆっくり移動して小学校へ歩を進めていくのです。新宿区の高田馬場から千代田区へ引っ越して、国の象徴である国会議事堂が生活の風景となる学校生活は、小さな自分にとっての大きな変化であったことは間違いありません。6年生のときの担任には、ずいぶん意地悪をされましたけど、生徒同士は仲が良く、先月もその6年4組のメンバー5人と親しく会話をしてきたばかりです。彼らとの最大の思い出は学校の屋上から見下ろした国会議事堂へと進軍する全学連のデモ隊でしょう。東大の女子学生がデモ隊と機動隊の衝突に巻き込まれて亡くなったり、通学中の小学生が安保反対の署名をさせられたり、この生徒というのはボクの弟なのですが、と様々な事件がありました。東宝映画「世界大戦争」では核戦争で燃え落ちる国会議事堂のシルエットが象徴的に描かれていましたが、中でどんな醜い攻防があるにせよ、国会議事堂は国の象徴なのです。建物だけでなく、中身も大切にしたいですね。

 東京の日の出は6時08分、日の入りは16時41分。ずいぶん昼間が短くなったけど、温かい立冬となりました。窓からの日差しが温かく、気がつくとうとうとしてしまいます。猫のミミコも窓枠の狭い隙間に身を委ね、喜んで日向ぼこをしています。

 NHKラジオの昼のニュースでアメリカ中間選挙で民主党が下院の過半数を確保したという速報が流された。耳にした途端、思わずボクは
「よかった、よかった、よかった」
を連発していた。これで少なくともトランプの好き勝手は許されなくなる。アメリカ市民は世界の呼びかけに反応してくれたのだと思う。トランプの馬鹿を許さないという気概を見せてくれたのだと思う。民主主義は個人の欲望を充足させるための手段であってはならないのです。

▲ 早足で学校までの冬の朝


1108・木・新月・世界都市計画の日・

 1956年、昭和31年の今日、砕氷船に改造された南極観測船「宗谷」が東京晴海桟橋から出港した。第一次南極観測隊員53人を乗せ、翌年1月に南極の東オングル島に到着、昭和基地の設営を開始した。当時の南極観測熱には目覚ましいものがあって、この記録映画は小学校単位で映画館で見せられた。35ミリ、総天然色の映像は鮮明で美しく、氷を砕いて進む砕氷船「宗谷」の勇姿に低学年だったボクは大いに感激、模型店へ走って木星のソリッドモデルを買って組み立てて、見事に失敗してガッカリしたりした。タローとジローのエピソードも忘れることができないが、犬橇の話はまた今度。どんどん話が長くなってしまいます。

 1995年、平成7年の今日、文部省の国語審議会が見れる、食べれるなどの所謂ら抜き言葉について、共通語としては誤った使い方で、公に使うことは認めないとする中間報告をまとめた。ということだが、うんうん、まとめた方がいい。どんどんまとめた方がいい。野球解説でも相撲解説でも、ら抜き言葉が氾濫してるけど、その言葉づかいは日本語を正しく理解している側には、たまらなく醜いものだと明らかに指摘してあげた方がいい。作家の内館牧子さんもご著書「金を積まれても使いたくない日本語」で、このら抜き言葉でいかに日本語が崩壊しつつあるかを具体的に示されている。どんな高邁なことをいわれても、ら抜き言葉じゃ説得力がないもんね。言葉は人格と密接につながるのです。

 今日は朝から忙しい。前の晩はコボちゃんと夜更かしをして、午前1時からラジオ深夜便のエム ナマエ「特選・明日への言葉」のアーカイブス放送を聴く。前回の放送では居眠りをしていたコボちゃんだが、今回はしっかりと聴いていて、インタビュー役の遠田恵子アナウンサーを絶賛したりする。どうも気まぐれでいけません。で、朝はいつもの早起き。ルーティーンワークはいつもの通りだけれども、午前中、朝御飯抜きで病院にいって腹部エコーの検査を受ける。透析患者はあれやこれやと、やたらリスクがあるのです。で、禁飲禁食から解放され、家に戻ってヤクルトを飲んだり、ヨーグルトを食べたり、ミルクを飲んだりの朝の儀式を済ますと、最近お気に入りのシーフードカップヌードルで超特急のランチ。で、午後はエム ナマエの人生を論文にして博士号を取得しようと意欲的で積極的で真面目で、ちょっと珍しいご趣味であられる奇特な妙齢のご婦人のインタビューを受けるために待ち合わせの経堂駅へと急ぐ。これまで何度も取材を受けているのだが、そろそろ完成に向かっているらしいが、ボクには学術論文のことはよくわからないので、ご質問に素直に答えるしかできない。けれども無駄なおしゃべりの多いオイラは、やたら時間を無駄にして、午後2時に始まったインタビューが終わるのは午後5時という不始末。遠路はるばるおいでくださった質問者の大切な時間を浪費させてしまった。ご婦人はこれから岡山にお帰りになるのだが、その前にお食事ということで、鳥銀で焼き鳥と釜飯ディナー。ビールを飲んでいい気持ちになって鳥銀を出たら、目の前にコボちゃん。時間を読んで迎えにきてくれたのだが、何たるグッドタイミング。千鳥足でアルルとミミコの待っている我が家へ向かうのでありました。

▲ 焼き鳥はたれでなけりゃと冬の夜


1109・金・太陽暦採用記念日・119番の日・

 11月9日の今日は119番の日です。消防や救急の電話番号にちなんで1987年に消防庁が制定したとNHK「マイあさラジオ」がいってましたからきっと本当のことだと思います。それよりも驚きなのは今日が太陽暦採用記念日であるということです。それまでの我が国は太陰暦だったのですねぇ。月の満ち欠けに従って暦が進んでいく。だから閏月(うるうづき)なんてものが設定され、1年が13か月のこともあったんですねぇ。それに目を付けたのが明治政府。13か月目のお給料をチャラにして、1872年、明治5年の今日、太陽太陰暦を強引に太陽暦に変換してしまったんです。これにより、明治5年12月2日の翌日が明治6年1月1日となってしまいました。それで困ったのが俳句関係者。以後、カレンダーと季語の間に齟齬が生じてしまったんです。とボクは思ってますけど。
 さて、今でも太陰暦に頼っている業界があるという。それが漁業関係者。お魚たちは新月や満月、潮の加減でライフサイクルを繰り返しているのです。月夜の蟹はやせている。昔からそういわれてますけど、もしかしたら蟹の脱皮が月の満ち欠けと深く関係しているのかもしれないね。その昔、経堂駅前にトラック一杯にハナサキガニを積み込んでやってきたオヤジがいて、あまりの安さに何匹も買ってしまったのだが、これが実に月夜のヤセガニ。殻ばっかりで、中身がまるでありませんでした。それ以来、ボクはどうもハナサキガニが苦手なんです。そりゃそうでしょう。あの蟹、殻がやたらトゲだらけで、痛い思いをして殻をむいたのに中身がなかったなんて、そりゃあんまりですよね。

 1965年、昭和40年の今日、ニューヨーク州を中心とした広いエリアが大規模停電に見舞われた。ニューヨーク大停電と記憶されてはいるが、そのエリアはカナダにまで及び、停電の中心はナイアガラから2キロの発電所ということになっている。夕方のラッシュアワー時の、およそ12時間の大停電である。都市機能は麻痺し、多くの市民が地下鉄やエレベーターに閉じ込められて半狂乱、搬送先の病院もパニックとなり、大混乱となった。この大混乱に火を注いだのがUFO騒ぎである。大停電の直前にナイアガラの発電所に数十の謎の発光物体が飛来し、多数の人間がそれを目撃、撮影したという情報が流れたのだ。スピルバーグの映画「未知との遭遇」でもUFOの出現により、広範囲に停電する市街地や、コントロール不能になるトラックが描かれているが、UFOと電磁現象には深く関係があるとされている。この大停電でUFOの攻撃を恐れた多くの市民が教会に逃げ込んだ、というのも仕方ないかもしれない。事件当時のボクは高校生で、当時のボクの脳味噌にはニューヨーク大停電とUFO飛来は一組の事件として強く焼き付けられているのである。

 エム ナマエのラジオ深夜便アーカイブスを聴いてくださったのだろう。エム ナマエ公式ウェブサイトのボランティア管理人、絵夢助人(えむすけびと)さんに今年と来年のカレンダーの注文があったという。ありがたいことだと思っていたら、スタジオクラスターの青木岳志代表からお電話があり、カレンダーが刷り上がってきたとおっしゃる。このカレンダー、一度刷り上がってはいたのだけれど、表紙が1月で、12月が表紙という間抜けな出来上がりで、すべてやり直しになってしまい、今日まで遅れてしまったそうなのである。で、万歳。このエム ナマエオリジナルカレンダー、しばらくするとエム ナマエ公式ウェブサイトで発売されますので皆様、なにとぞよろしくお願いいたします。

▲ 目覚めれば祖母の湯たんぽ抱いている


1110・土・

 1968年というとオイラが大学2年生、生意気盛りの頃である。その年の今日、GSのコンサートで観客が失神するというハプニングが起こった。日比谷公会堂で開催されたオックスのコンサートで興奮したとされるファンの少女30人が次々に失神、15人が病院にかつぎこまれた、という出来事である。で、その前の前の年、ビートルズ公演を体験していた当時のボクは大笑い。そもそもオックスの音楽なんて芸能プロダクションがでっちあげた未熟な音楽グループそのもので、演奏している本人たちだって、あの煮え切れない演奏で、とても興奮するとも思えない。ましてやファンも興奮するとは思えない。ところがこのオックスというグループ、ステージで失神するというパフォーマンスで売り出したもんだから、親衛隊の女の子たちもお付き合いで失神せざるを得なかった。ひとりが大袈裟に倒れれば、それを見たもうひとりが、あたしも、あたしもで、敗けるもんかと失神をする。たちまち会場には集団心理が働いて、失神が大量生産されていく。出動した救急車も病院も大迷惑。あなたはヒステリーです、なんていおうもんなら女の子たちに顔も手足もバリバリにされてしまう。ま、この事件は単なる集団ヒステリーだったというのがボクの印象で、その証拠にこのオックスというグループ、失神騒ぎだけを人々の記憶に残し、音楽業界からオナラのように消滅していったのである。で、この事件の唯一の救いは出来事が失神であって、湿疹でなかった点だ。集団湿疹だったら保健所が黙っていませんから。

 スタジオクラスターからヒロコママがカレンダーを持ってきてくださる。あれこれ差し入れも。オイラのためのランチの差し入れのまい泉のロースカツドンということなんだけど、コボちゃんとの晩酌のための肴も買ってきてくれて、これが高級中華料理店の料理がどっさりで、とても食べ切れないと思っていると、次に出てきたのが比内地鶏のとろたま親子丼と唐揚げで、と、次々に料理とお菓子がテーブルの上に並んでいく。ヒロコママ、ありがとう。これでしばらく我が家は食糧難に悩むことはないでしょう。

 冷蔵庫を開き、オーストラリアビーフの塊を取り出すと、コボちゃんがガスレンジの上でフライパンを振り回す。すると、アルルとミミコが仲良く並んでステーキが焼き上がるのを待っている。オスワリして、夫婦茶碗みたいに並んで待っている。やがて焼き上がったステーキはコボちゃんが細かく切り分けてそれぞれのお皿に並べてやる。このステーキ、もちろんニンニクも潮も胡椒も使わない、アルルとミミコのためのステーキなのだ。アルルが肺癌と闘えるようにと食べ始めたビーフステーキ。ミミコもその魅力にとりつかれてしまい、アルルのお肉はあたしのお肉。いつの間にかそういうことになってしまったのだ。で、最近はアルルのためのポークソテーまでミミコは自分のお肉と思い込み、ペロペロと豚の脂までなめている。そこで困るのがボク。テーブルの上で、ボクのために焼いたステーキやポークソテーを落ち着いて食べられなくなってしまったのだ。食べてる先からビーフであろうとポークであろうと、ペロペロ、ペロペロ、猫のミミコがなめてくるのだ。イヌはテーブルにあがれないけど、ネコはテーブルも自分の世界。ネコはスリーDの生き物なのでした。

▲ デパチカの料理並べて冬籠り


1111・日・世界平和記念日・介護の日・煙突の日・ポッキーの日・電池の日・

 本日は介護の日、煙突の日、ポッキーの日、電池の日と、11月11日の1が並んだ形にちなんで、あれこれと記念日が制定されてるが、本日が世界平和記念日であることをわすれてはならないと思う。そう。本日は第一次世界大戦停戦記念日、11月11日記念日なのである。ちょうど100年前の1918年、大正7年の今日、第一次世界大戦が終結した。ドイツとアメリカ合衆国が停戦協定に調印し、4年あまり続いた第一次世界大戦が終結したのである。史上初めての世界規模の大戦は4年3か月に及び、1千万人以上が犠牲になった。戦場となったヨーロッパの各国では、この日を祝日としているのだ。この日を忘れず、世界大戦を再び起こさないようにとの祈りで設けられたのだ。今は第二次世界大戦から73年。忘れてはならないことばかりである。

 大相撲九州場所が始まった。平成最後の九州場所である。そしてひとり横綱の稀勢の里は、この平成最後の九州場所をひとりで盛り上げなくてはならないのだ。ガラスのハートの横綱に、その大役が果たせるだろうか。心配してたら、小結の貴景勝にあっさりと敗けちゃった。やっぱりね。けど、大丈夫かなぁ。心配だなぁ。

 志駕晃の「スマフォを落としただけなのに」を読了。プレクストークで聴いていたら、横でコボちゃんも耳を傾けている。やっぱり面白いのだ。コボちゃんみたいなミステリーファンにも面白いのだ。映画化がされるらしいが、ヒロインを大切に扱っていただきたいと思います。

▲ 窓越しに猫が欲しがる寒雀

2018年10月29日~11月4日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1029・月・

 NHK「マイあさラジオ」によると1945年、昭和20年の今日、第一階の宝くじが発売されたという。銀行員の初任給が80円ほどだった当時、宝くじは1枚10円だったというが、やけに高額である。果たして買う人がいたのだろうかとも思うが、当時はインフレであり、一等の賞金が10万円で偽物も出回るほどの人気だったというから、その金額でも買う人がいたのだろう。落語でも江戸時代当時の宝くじ、富籤をテーマにしたものが数々ある。富籤一枚が一分(いちぶ)、一両の四分の一の価格、現在のおよそ2万円と高額であったが、一等賞金の千両は現在のおよそ8千万円は魅力的。一攫千金を夢見て購入する人が後を絶たなかったのである。

 アルルの抗癌剤の点滴がうまくいかず、時間がかかってしまう。透析の前、なみき動物クリニックに寄って、アルルを迎えにいく。アルル、頑張ったね。そういって後部座席に手をのばすと、アルルはボクの手をペロペロとなめてくれる。アルル、元気でいてくれよね。

 透析から戻ると、ボクのベッドでアルルが深い寝息をたてて熟睡している。ボクは未経験だけど、抗癌剤のダメージはよっぽど大きいのだと思う。よく寝て疲れを回復して欲しい。仕方がない。ボクは椅子で眠ることにしよう。透析と抗癌剤じゃ、形は似ていても、ダメージが違うもんね。

 世の中ではデュシャン展をやっているらしい。あの自転車のホイールもやってきているのだろうか。あの自転車のホイール、ニューヨーク、モマ美術館で、触りたいだけ触らせてもらったな。タッチツアーのガイドをしてくれた学芸員の白人のおねえさんが愉快な人で、盲人のボクに銅像の女性のオッパイとか、前をおっ立てるポーズをしている男性の彫像とか、マチスの裸像とかのエッチな部分を触らせてはキャッキャッと笑っていた。ボクがブラインドアーティストであるとわかると、ほとんど恋人同士みたいに思い切りボクを抱きしめてくれたっけ。ま、彼女が特別に親切にしてくれた理由のひとつはコボちゃんや盲導犬アリーナの存在もあったと思っているけれど。ちなみにデュシャンの自転車のホイールがわからない方は、どうかググってください。

▲ 手に取れば目に浮かぶ色柿届く


1030・火・

 1938年というとオイラが生まれる10年前のことだけど、その年の今日、全米でラジオドラマ「宇宙戦争」が放送された。火星人の襲来を臨時ニュースで伝え、実況中継するというリアルな演出で、それを事実と思いこんだ市民が避難を始めるなどという騒ぎが各地で発生した。HGウェルズの空想科学小説をオーソンウェルズが演出したわけで、これぞウェルズの相乗効果、といえるのかどうかはわからない。だが、もしも何気なく身を傾けているラジオから、
「プリンストンから緊急ニュースです。ただいまニュージャージー州トレントンからあった発表によりますと、今日午後8時50分に、隕石と思われる巨大な炎に包まれた物体がトレントンから20マイルのグローバーズ・ミル付近の農場に落下しました!」
てな臨時ニュースが流れたら、一部の人が勘違いするのは仕方がないと思う。何しろ今から80年前のこと、テレビも普及してなかった時代、人々が素朴で純情だった時代のエピソードなのである。
 けど、この「宇宙戦争」。小学校低学年のときに見た映画もこわかったし、つい最近、サピエ図書館で読んだ原作もおっかなかった。この火星人、人間を食らうのである。空飛ぶ円盤と三脚の移動ロボットの違いはあっても、侵略者の超化学兵器は驚異の対象なのである。

 日本シリーズが熱戦で実力伯仲、面白くてたまらない。今夜は広島カープが敗けたけど、負けたような気はしてないんだと思う。そしてソフトバンクホークスは勝ったけど、勝ったような気はしてないんだと思う。というのは、8回の攻防でカープに満塁ホームランを含め、一挙に5点も取られて1点差に迫られたからだ。勢はカープにあったと思う。あのまま逆転されていてもおかしくはない試合だったのだ。というわけで、今年の日本シリーズは期待できます。どうぞこのまま、わくわくさせてくださいな。

▲ 寒いけどこのナイターは帰れない


1031・水・ガス記念日・ハロウィン・

 今日はガスの記念日である。1871年、明治3年、旧暦で9月29日の今日、横浜で初めてガス灯が点灯された。これにちなんで日本ガス協会が1972年に制定した。ということで本日がガスの記念日とされたのである。けど、ガス灯がどんな物なのか、実はよくわからない。どの程度に明るいのか、その色はどのようなものなのか、よくイメージがわいてこない。その昔、お医者さんの診察室なんかにガスストーブというのがあって、青白いような炎を噴き上げて部屋を暖めていたけれど、あの炎で世間を明るくするのはちょっと難しいような気がする。19世紀のフランス文学には蝋燭も石油ランプもガス灯も登場するけれど、あの頃のパリの夜の明るさはどんなものだったのか。年老いた娼婦にとって有利な明るさ、というか暗さだったのではあるまいか。いずれにせよ、ガス灯ではどうにも具体的なイメージがわかないのである。
 1907年、明治40年の今日、初めて外国の野球チームが来日して野球の試合が行われた。慶應義塾野球部がハワイから来日したセミプロの連合チーム、セントルイスを招いたもので、初めて入場料が取られ、およそ1万人の観客が詰めかけたという。結果は慶應義塾の2勝3敗。ちなみに早稲田は全敗だったという。だからどうだとはいわないけれど。

 インフルエンザワクチンを済ませました。毎年のワクチンのおかげで、ずっと何年も流行性感冒に悩まされてはいません。風邪もひいてません。でも、それはワクチンのおかげというよりも、アライグマというあだ名がつくほど、よく手洗いをしているせいだと思ってます。この冬も、風邪にやられませんように、せいぜい衛生観念の発達したアライグマとして暮らしていくつもりです。

 安倍晋三の答弁だけど、相変わらず何をいってんのかわかんない。滑舌が悪いとか、言語障害があるとか、もしくは頭が足りないというようなことではないと思う。わざと滑舌を悪くして明解な答弁とならぬよう努めているとしか思えない。つまり、安倍晋三は国民に説明する義務感に乏しいのである。そのしゃべりに彼の政治姿勢のすべてが明らかにされているのだと思う。でなければ、もっと明解に、そしてゆっくりと心をこめて語れるだろう。いつも思うことだけど、態度、よくないよな。ついでに菅官房長官も態度、よくないよな。

 やっぱり今夜もハロウィンで馬鹿騒ぎ。大トラが軽トラをひっくり返して喜んでいる。困ったもんです。ものをいわないトラなんか、あんまりいじめなさんなよ。

▲大トラが軽トラ倒すハロウィン 


◆ 11月・霜月・
1101・木・下弦・計量記念日・教育文化週間・自衛隊記念日・灯台記念日・

 本日は日本の点字制定記念日である。1890年、明治23年の今日、盲学校の教員だった石川倉次(いしかわくらじ)が提案した点字が日本独自の方式として正式に採用されたことにちなんでの記念日である。石川倉次は携帯点字機や点字タイプライターも開発している。現在、ボクはパソコンを6点展示入力で操作しているけれど、高価なパソコンを購入する前に、点字タイプライターで指使いを訓練した経験がある。おかげでパソコンが届いたその日に、文字入力ができたのである。視覚障碍者の権利確立に、この点字が果たした役割は無限大に大きい。日本点字図書館の存在も、本間一夫先生の貢献も、点字という床の上に立っているのである。

 1928年、昭和3年の今日、ラジオ体操の放送が始まった。アメリカの生命保険会社が実施していたものを参考に、当時の逓信省、簡易保険局が国民保健体操と名付けて導入した。ラジオ体操の創案者はNHKとばかり思っていたのが、実はそうではなかったのである。お勉強になりました。

 毎月恒例、月の初めの日の出と日の入りの時刻です。札幌の日の出は6時8分、日の入りは16時27分。仙台の日の出は6時2分、日の入りは16時38分。東京の日の出は6時2分、日の入りは16時46分。大阪の日の出は6時18分、日の入りは17時5分。福岡の日の出は6時37分、日の入りは17時27分。

 眠い、眠くてたまらない。だけど、コボちゃんとアルルといつもの公園まで散歩に出る。高齢で、おまけに片肺のアルルと、いつまで散歩できるか、わからないのよ、とコボちゃんに脅迫されながらの散歩である。公園のベンチに座り、アルルの頭や背中を撫でながら思い出すのは盲導犬アリーナとの最後の散歩。盲導犬を引退して、愛犬として最後までボクのパートナーを演じてくれたアリーナとの最後の散歩である。引退盲導犬のアリーナにハーネスを装着することはできない。けれどもアリーナは弱った体力で、引き綱一本で遊歩道のボクをガイドしてくれたのだ。アリーナが虹の橋を渡って14年。ボクとアリーナをつないでいた白いハーネスは、今も玄関の帽子掛けで、やってこない出番を待っている。引退でなく、キャリアチェンジ盲導犬のアルル。盲導犬は落第したけれど、アルルのハートは盲導犬。どんな雑踏の中でも、交通の多い場所でも、アルルとふたりきり、不安にさせられたことはない。しっかりとボクをガードし、その姿を人は盲導犬と思ってくれる。無言館の窪島館主は冗談でアルルをインチキ盲導犬と呼んでからかっていたが、アルルが本当にインチキ盲導犬と知って驚いていた。さて、アルル。来年の無言館成人式には片肺で堂々と参加して、また新成人のみんなと記念写真に写ろうね。

▲愛犬と霜月の朝分かち合う 

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで13番、大日寺を仮想参拝、通過しました。
次は14番、常楽寺。あと5,464歩です。

現在の歩数、208,136歩。三度目の徘徊です。


 1102・金・

 1920年、大正9年の今日、アメリカのラジオ局が世界で初めての定時放送を始めた。大手電機メーカーがピッツバーグに開局したラジオ局からニュースなどが定期的に放送されて、大きな関心を集めたのだ。日本初のラジオ放送といえば、1925年、大正14年のこと。ラジオの時代は昭和と共に開けたのだ。ラジオ、今でもお世話になってます。そして、これからもお世話になっていきます。

 1934年、昭和9年の今日、ベーブルースやルーゲーリックなどの一流選手を備えたアメリカの大リーグ選抜チームが来日し、ファンの大歓迎を受けた。全国で18試合が行われたが結果は大リーグ選抜チームが全勝した。我が国のチームは手も足も出なかったのである。ま、仕方ないよね。歴史が違うもん。

 無言館の窪島館主より電話をいただき、長野県の八十二銀行の支店ロビーでのミニ展覧会を命じられる。ありがたく拝受する。はい。無言館のためならエンヤコラ、です。

 春でもないのに、今日も眠くてたまらない。霜月となり、奥日光では氷点下を記録したのに、この眠気はどうしたことだろう。つまり、緊張感と集中力が不足しているのだ。ごめんなさい。

▲ 秋惜しみカップヌードルたぐる夜

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで14番、常楽寺を仮想参拝、通過しました。
次は15番、国分寺。あと1,159歩です。

現在の歩数、215,041歩。三度目のバーチャルです。
三度目の正直な旅ではありません。


1103・土・※文化の日・文化勲章親授式・

 今日は文化の日です。1946年、昭和21年の今日、日本国憲法が公布されたのを記念して自由と平和を愛し文化を進める国民の祝日として1948年、昭和23年に制定されたのです。つまり、文化の日とオイラの誕生日は同じ年なのです。そして現行憲法は少しだけ先輩なのです。みんなで仲良くいたしましょう。

 1954年、昭和29年の今日、映画「ゴジラ」が封切られた。水爆実験で目を覚ました怪獣が東京で大暴れするというストーリーで、これ以上は何もいうことはありません。誰でも知っていることですから。当時、ボクは小学校入学以前で、母親はボクに映画「ゴジラ」を見せてはくれなかった。代わりにゴジラかるたを買ってくれて、ボクはその絵札の絵を真似て、ゴジラの絵ばかり描いていた。やがてゴジラ絵師に成長したボクは小学校に入学し、クラスメートの下敷きにゴジラの絵を依頼されるようになるのだが、そのことは9月号の月刊ラジオ深夜便に書きました。よろしくお願いいたします。

 1957年の今日、ソ連のバイコヌール宇宙基地からスプートニク2号に乗せられたライカ犬が宇宙に旅立った。引力圏を離脱した最初の哺乳類になった訳であるが、酸素も食糧も満足に搭載されず、そのまま骸となって宇宙を飛び続けたのである。ということでソ連は世界中の愛犬家たちを敵に回すことになるのだが、1960年にその名誉挽回として宇宙に打ち上げたイヌ2頭などの生き物たちを地球に無事生還させることに成功するのだが、残念ながら、その事実は世界中の愛犬家たちの記憶には残ってはいないのです。つまり、手奥手なのです。

 残念。日本シリーズで広島が敗けちゃった。真剣に応援していたので本当に残念である。心から日本一になって欲しかったのだ。ペナントレースで優勝した広島なのに、今年はビールかけもガマンして日本一に挑戦していたのだ。こうなったら、おそらく来シーズンもカープから成績優秀なる選手を引っこ抜くだろう巨人軍をコテンパンにやっつけて、来年も優勝してもらい、ぜひともリベンジを実現していただこう。

 本日は手塚治虫先制の誕生日である。ということで、今週のNHKラジオ、「昼の憩い」は毎日、手塚治虫アニメの主題曲をかけていた。手塚漫画なくして子ども時代は語れない。手塚漫画とリンクする思い出ばかりなのである。家の中で怪物に追いかけられ、ボクは庭に飛び出して鉄腕アトムに変身して、空に逃げ出すのだが、両脚のジェット噴射だけでは飛び上がれず、それではと両腕のジェット噴射を加えて空への脱出に成功するという夢を今でも思い出す。あ、すいません。これ、夢の話です。当たり前じゃありませんか。
 手塚先生、「ジャングル大帝」では人と動物が言葉を交わし合い、共和国を建設するという夢を見せてくれた。若いイラストレーターだった頃、手塚先生のお母様に嫁さんを世話してあげようかといわれたり、漫画賞のパーティーで、手塚先生にビールをついでいただいたり、連れションをしたりで、手塚先生とは何度もお会いして言葉を交わすという名誉もいただいている。忘れられない作品ばかりだが、ふと1959年に少年サンデーに連載されていた「ゼロマン」のストーリーを思い出せないことに気がつき、ネット検索をかけたら、次々に記憶の場面が浮かび上がり、その夜は夢の中でリスの尻尾のゼロマンたちと漫画世界を駆け回ることになるのである。

▲ 暮れの秋あの絵この絵の漫画かな

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで15番、国分寺を仮想参拝、通過できました。
次は16番、観音寺。あと1,693歩です。

現在の歩数、218,307歩。3周目の徘徊に挑戦中です。


1104・日・ユネスコ憲章記念日・

 1946年、第二次世界大戦終結の翌年の今日、ユネスコ、国連教育科学文化機関が創設された。戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならないと謳うユネスコ憲章も発効したことから、今日はユネスコ憲章記念日に制定されている。現在、このユネスコ憲章の真逆(まぎゃく)のメッセージを世界最大軍事国家の大統領として発し続けている人物がいる。それに呼応するように国際社会の時計のネジをヒットラー以前に巻き戻そうとする勢力もある。世界大戦の悲劇からまだ70年しか経っていないのだ。忘れるには早過ぎる。学ぶに遅くはない。みんな仲良く正しい歴史を学んで、国連の存在をもう一度正しく認識したいと思う。欲望に身を委ねてはならないのです。

 あまり天気がよくなくて、天気予報も今日は雨だといっている。猫のミミコは散歩に出られないアルルと、ボクのベッドで仲良く眠っている。おかげさまで今朝も片肺のアルルは元気。毎日、そのことに感謝しつつ暮らしを送っているのです。

 みんなにとっては迷惑メールそのものだと思うけど、この午後、ラジオ深夜便のエム ナマエ出演分の再放送、アーカイブス放送のお知らせメールをBCC配信、させていただきました。毎度毎度のお邪魔虫で、ほんまにどうも、すいません。

 白内障のツキノワグマ、ノビタ君が手術で10年ぶりに視力を取り戻す、という嬉しいニュースが飛び込んできた。このノビタ君、ボクのお友だちというわけではないけれど、ボクはクマが大好きで、ことにツキノワグマが大好きで、その昔、裏磐梯には檻の中で飼われていた仲良しのツキノワグマがいて、ボクがいくと立ち上がり、そのつぶらな瞳で何か頂戴と訴えてくる。その口元にビスケットを差し出すと、実に愛らしく食べてくれたのである。また、コグマほど愛らしい生き物もなく、いつまで遊んでいても飽きないのであるが、そうしたクマ相手の事故を耳にすると、本当に悲しくなってしまう。人間側も気をつけて、事故の発生しないよう努めるべきだと思う。さて、このノビタ君、北海道の登別市のクマ牧場で飼育されているツキノワグマ。執刀した獣医師によると、クマの白内障の手術の成功はこれまで報告がないということらしい。ノビタ君は体長1メートル50センチ、20歳のオスで、白内障のために10歳で視力を失ったため、一般に公開されることなく施設の中で飼育されていたとか。これからは手術で明るくなった視力で、明るい老後をエンジョイしてもらいたいと思います。よかったね、ノビタ君。

▲ 寄せ鍋や眼鏡曇れば悲しいね

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。
おかげさまで16番、観音寺を仮想参拝、通過することができました。
次は17番、井戸寺です。イボジではありません。すいません。
あと6,304歩だそうです。

現在の歩数、220,896歩。三度目の仮想札所巡りです。
みんな嘘です。



2018年10月22日~28日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1022・月・

 1933年、昭和8年の今日、早慶戦で応援団が激しく衝突するという事態が発生した。いわゆる「リンゴ事件」である。早稲田の観客席から投げ込まれたリンゴの芯を守備側の慶應義塾の選手が投げ返したことが発端だったという。この早慶戦、双方が過剰に熱くなる傾向があることから、明治時代に一時お預けになったこともある。とはいえこの早慶戦、日本の野球人気を牽引する大きな役目を果たしていたわけで、ナガシマがプロ野球に登場するまでのプロ野球人気は早慶戦にはかなわなかったのである。今のプロ野球しか見てない人には想像もつかないことだと思うけどね。で、自慢じゃないけどオイラはその絶大なるプロ野球人気を獲得したナガシマの登場や天覧試合など、リアルタイムのテレビで見ているんだよね。あの頃はビディオテープなんか普及してなかったしね。ま、早慶戦でいえば、いや、慶應義塾の一員としては慶早戦といわなきゃならないんだけど、慶應義塾の一員としての早慶戦も体験させてもらってるわけで、優勝したときの神宮球場から慶應義塾の三田の山までの提灯行列や銀座での騒ぎなんかも経験して、そういう意味では野球三昧してるわけで、すいません。また自慢話になりました。

 今朝の北軽井沢は晩秋から冬への気配に支配されようとしている。コボちゃんがアルルに朝のトイレをさせようと外に出ると、息が白かったといっている。そう。それは今年初めてのことなのである。

 自分の国だけがよくて、他の国がよくなければ、そのどこが幸せなのだろう。自分だけよくて、他の誰もがよくなければ、そのどこが嬉しいのだろう。権力を自分に与えられたおもちゃと勘違いしてるバカとランプが今日も勝手な理屈をほざいてる。勝手な理屈が先行するのは無知のせいでなく、優秀な政治能力の結果だと思い込んでる。無知蒙昧なる議論をこねくり回し、レーガンやゴルバチョフが築き上げた、せっかくの核軍縮を台無しにしようとしている。ヒロシマとナガサキを擁するわが国の首相である安倍晋三さん、ここでバカトランプにいうべきことがあるとは思いませんか。いつまでもバカトランプの腰巾着の太鼓持ちであってはならないとは感じませんか。でないと、ウソツキしんちゃんからアホタレしんちゃんに昇格してしまいますよ。ま、そのときは思い切り笑ってあげますけど。

 単行本、「たんかのようなもの」の表紙イラストレーションの下絵に挑戦する。本のタイトルは「アンチョビひげのうそつきコック」。このコックさん、顔はチョビ髭のおじさんで、身体はワンちゃん。これを見たコボちゃんが、よく描けているといっていた。よかった。本当をいうと、あんまり自信がなかったのだ。

▲ 高原の秋の寒さが身に染みる


1023・火・霜降・電信電話記念日・

 本日は電信電話記念日ということである。NHK「マイあさラジオ」もそういってるし、ネットの「今日は何の日」でもそういってる。ずいぶん古い話である。それ以前は電線が走ってもいない旧暦の1869年10月23日、明治2年9月19日の今日、東京と横浜を結ぶ電信線の工事が始まったことを記念して当時の電気通信省が1950年に定めたものであるという。当時の人たちに、ポケットの小さな端末で世界中津々浦々に声でも映像でも文字でも、即時に双方向で通信可能な今という時代を信じることができるだろうか。とはいえ、時間の経過と共に、やがて世界はそうありたいと願う心の方向に実っていくのである。そう。夢は現実のタマゴなのである。

 気温が下がって血管が収縮して、透析開始時の血圧が高くなりつつある。というわけで、ずいぶん寒くなりました。けれども群馬県の山の中での透析も今年はこれで最後。仲良しの看護婦さんもできたことだし、来年も楽しみにやってきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 透析が終わって、北軽井沢スタジオに戻ると、もう山は真っ暗。スタジオの明かりだけが唯一無二の光となり、足元を照らしていてくれる。どこかでジャングルの怪鳥が鳴くような声がして不気味ったらありゃしない。明日から東京の暮しに戻れると思うと、山大好きのコボちゃんやアルルには申し訳ないけど、ボクは正直、胸を撫で下ろしているのです。

 今日のランチも鰻丼だった。昨夜の晩酌の肴も鰻の蒲焼だった。ありがたいことに、今年もずいぶん鰻さんを食べさせていただいた。絶滅に拍車をかけるみたいで極力遠慮していた鰻食だったけど、遠慮すればするほど本物の鰻と縁遠くなっていく。
 その昔、清水の舞台から飛び降りるつもりで新幹線浜松駅のホームで高価な鰻弁当を購入したことがある。けどその鰻のやつ、蛇の蒲焼じゃないかと勘違いするほど皮が堅くて噛み切れず、実に往生した。今もあの蒲焼は絶対に鰻なんかじゃなく、おそらくアフリカか南米あたりの湖沼で発見された鰻によく似た新種の生き物だったと思っている。それから数年した夏も近い昼下がりに新宿伊勢丹のデパチカで開催されてた鰻祭で、
「おいしいよ、本物だよ!」
と売り子のおばさんに太鼓判を押されて購入した蒲焼弁当が、これまたインチキ鰻で、またまた新種の生物の蒲焼を食べさせられてしまったとえらく悔やんだことがあった。
 それ以来、鰻購入にあたっては慎重に慎重を重ねてきたが、中軽井沢のとあるスーパーで売られている鰻の蒲焼が安価で、ボクが喜ぶと思い、試しにコボちゃんが買ったところ、これが美味、実に本物であったのだ。安い理由は不明だが、商人が引いた安価のレールの安全性を疑っても幸せに歯なれない。今回だけの大安売りと、ありがたく食べさせていただいたのだが、この鰻、いつきても売られている。というわけで、北軽井沢滞在の回数だけ、ボクは感謝しつつも、また後ろめたさを感じつつも、鰻を食べさせてもらっているのである。鰻絶滅は可能な限り阻止したい。けれども、殺されちゃった鰻は食べてあげなきゃ仕方がない。命を無駄にはできませんから。

▲ 秋の闇怪しき鳥のきたりけり


1024・水・国連デイ・

 今日は国連デイである。1945年、第二次世界大戦が終結した年、日本が太平洋戦争で降参した昭和20年の今日、国際連合が正式に発足したのである。これを記念したのが今日の国連デイなのである。その当日、その国連でバカトランプがバカな演説をやらかしたらしい。みんなで力を合わせて世界平和を実現しようという国連で自国第一主義を掲げたのである。自分たちだけ幸せでどこが嬉しいのか。満場失笑は当然の結果だろう。安倍晋三がどんな演説をやらかしたかは知らないが、彼の演説では聴衆はトイレか食事でほとんど席を立っていて、誰も話を聞いていなかったのは幸運としかいいようがない。おかげで馬鹿にされずに済んだのだから。

 わーい、帰れるぞ。喜んでいるボクのまわりでコボちゃんが、この夏もお世話になりましたと、スタジオの大掃除。隅から隅まで電気掃除機をかけている。カーテンの洗濯もしてきたし、トイレ掃除も済んでいる。これでいつでも世田谷に戻れるのだ。

 北軽井沢からの帰り道はいつも有料道路。高速道路でも何でもないのに有料道路。帰り道だけじゃなく、往復で有料道路。おまけに料金所はなぜか二カ所もあって、いちいちのお金を支払わなければならない。障害者手帳を見せて、おじさんたちは140円きっかりですとか、190円きっかりですとかいってくれるんだけど、それのどこがきっかりなんだかよくわかんない。とにかく不思議な料金所のおじさんたち、今年もお世話になりました。
 挨拶をして走り出すと猫のミミコがボクの膝から乗り出してフロントガラスからきれいな月を見上げている。魅せられたように見上げている。
「きれいなお月様。きっと満月なのね」
 コボちゃんが気にしてる。きっとそうなのだろう。世田谷へ帰ればボクが調べてあげるからね。ということで、北軽井沢のお月様、来年もよろしくお願いいたします。

▲ 高原を猫と戻れば冬支度


1025・木・満月・

 未明に帰宅して疲れたけれど、休む間もなくパソコンにネット回線をつないでスピーカーをセットして立ち上げる。で、最初に調べたのが月齢。やっぱり今日が満月でした。

 万歳。今日から世田谷での仕事だ。愛用の机と椅子に腰を落ち着けての仕事だ。ネットがあれこれお手伝いをしてくれる、という環境での仕事だ。移動をしなくて済むことがいちばんありがたい。
 漫画家としてスタートしたばかり、生意気盛りの青二才だった頃、大先輩の漫画家、鈴原研一郎先制に、
「この仕事はどれだけ机にかじりついていられるかが勝負だよ」
といわれたことがあった。んなことしてたら運動不足になるぞと脅かされそうだが、それから半世紀近く仕事をしてきて、まこと本当のことだと痛感している。体を動かすことも、人と会うことも、あちこち歩き回ることも勉強ではあるけれど、ボクらの闘う場所は机の上でしかないように思っている。
 というわけで、今も先生のお言葉をよく思い出している。失明記念展覧会のときにご来場くださって以来、お会いしていないような気がしたので、どうされているかとググってみたら、2008年に67歳で鬼籍に入られていたことを知る。若い頃、ボクは本当に生意気だったけど、お世話になりました。心からご冥福をお祈りいたします。

 昨日の分を今日に回しての午後からの透析である。時間が早いので夕食は透析後、ということになる。となれば、コボちゃんへの夕食のリクエストは吉野家の牛丼。それも特盛でツユダクの牛丼、ということになる。もちろんビールとナマタマゴをふたつつけてもらって、ということになる。家に帰れば、蓋を開いて、温かい御飯のてっぺんで押し競饅頭(おしくらまんじゅう)をしている山盛りの牛肉とアクセントの玉葱たちを、掻き混ぜたナマタマゴのお風呂に入浴させてやれば、これぞ天下のすきやきごっこ、ということになる。午後の透析はこれがオイラの楽しみなのだ。明日は連続透析だから、缶ビール500ミリリットルもまるごと許されるしね。

 バカトランプのおかげで、ますます世の中の劣化と分裂が進んでいる。馬鹿が自分の馬鹿に納得し、ますます馬鹿を促進させる。そういう馬鹿のエリートがオバマやクリントンにパイプ爆弾を送りつけてる。民主主義の結果の大統領なんだからあきらめるしかないけれど、民主主義なんだから、どんな発言であろうと、大統領にだって発言の自由は保障されてる。しかし、その影響によって暴力が拡散されては問題です。でも、いちばんの問題は、知能の低い大統領が世界大戦の引き金を握っていることだと思う。おそろしいったらありゃしない。

▲ いく秋や帰らぬ人のあるを知る


1026・金・原子力の日・

 1951年、昭和26年の今日、サンフランシスコ講和条約(対日講和条約)と日米安保条約が衆議院で承認された。翌月には参議院でも承認され、条約は批准され、米国による日本の信託統治の手続きが完了したこととなる。それ以来、日本は一度もアメリカに頭の上がったことがない。ペリー開国のときから、アメリカはこのときを待っていたに違いない。そう。アメリカはずっと日本が何か悪巧みをして、帝国アメリカに頭が上がらないようにしたくてたまらなかったのだ。その証拠に誰が総理大臣になろうとも、いつも日本はアメリカのいいなり。田中角栄みたいに勝手に中国と仲直りをした途端、犯罪者に仕立てられてしまう。アメリカに反抗せず、へいこらした分だけ、総理の椅子に長く座っていられるのである。ほら。アベちゃんなんか、いつまで座ってるか、わかんないよ。

 コボちゃんが某動物病院の玄関前で支払いの順番待ちをしていたときのことである。もちろんこの動物病院、地球の動物病院のことじゃない。だからこの動物病院、動物だけじゃなく、宇宙人の治療もできるという。で、コボちゃんの耳に診察室の会話が聞こえてきた。若いスタッフにベテランの動物看護師が指示しているらしいのだ。
「その犬、タマがあるのか、ちゃんと聞いといて」
 今度は地球の話である。地球はもうすぐハロウィン。コボちゃんが某駅前のスパゲッティーレストランを借り切って、ファミリーパーティーが繰り広げられている現場に遭遇したという。店の前には店内の椅子やテーブルが並べられていたという。ママゴンやチビッコモンスターで充分なのに、それでも化け物に仮装して、渋谷の騒ぎに負けないくらいの馬鹿騒ぎをするつもりなんだろう。

▲ ママだけは素顔でOKハロウィン

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございます。
おかげさまで12番、焼山寺を仮想参拝、通過しました。
次は13番、大日寺。
あと48,606歩です。

現在の歩数、158,594歩。
三度目のバーチャルうろつきです


1027・土・読書週間・

 本日から「読書週間」。ということで、今日は「文字活字文化の日」ということになっている。すべての国民が文字や活字により一層親しめるようにと、読書週間が始まる10月27日を文字活字文化の日とすることを2005年、平成17年に法律で定められた、ということらしい。それって、いちいち法律で定めることなのかしらね。日本ははるか以前から識字率は世界でもトップクラス。皆さん、文字の読み書きに関してはまるで問題がないと思うんだけど、それでも権力者たちは、最近の若者の本離れを気にしている、ということなのだろうか。ま、法律で決めたって文字よりも面白いカルチャーがどんどん生まれてくるのだから仕方がない。書き手は読んでもらって喜んでもらえるものをどんどん送り込んでいくしかない。読書は最高の娯楽。自信をもってそういえる、そんな出版文化が理想です。

 こんな秋の日なのに、いや、秋の日だからこそ、なのかもしれないけれど、調布で花火大会があると聞いて驚いていた。けど、夕方になったら本当にドドンドン、ドンパチドンパチと派手に始まった。特にあの、スターマインというやつがものすごい。まるで局地戦がおっぱじまったみたいだ。そんな中、コボちゃんがアルルを連れて散歩に出るという。なぜかアルル、今夜だけは花火を怖がっていないのだ。

 土曜の夜の楽しみはNHKラジオ第2「朗読の時間」再放送。今夜は永井荷風の「フランス物語」。その耽美の世界に思い切り耽溺させてもらう。コボちゃんが散歩のついでにボクのリクエストで買ってきてくれたケンタッキーのフライドチキンとオリジンのおかずだけバージョン・肉野菜炒めを酒の肴にコボちゃんと耽美の世界で酒盛りをしていたのである。で、23時に放送が終了してほっとして、NHKラジオに回したら、18時半に始まった日本シリーズ、カープ対ホークスをまだやっていた。「フランス物語」を聴き始めたときも2対2だったけど、日本シリーズは最後まで2対2で、結局の引き分けとなる。強い者同士だから仕方ないのかな。選手も観客もお疲れ様でした。もしかして終電に間に合わないんじゃありませんか。

▲ 熱燗や肴は日本選手権


1028・日・速記記念日・

 東京の日の出は5時59分とある。ぼやぼやしていると日の出が朝の6時を超えてしまう。そして今日の日の入りが16時51分。つまり午後の4時51分で、これももたもたしていると5時を超えてしまうのだ。涼しくなるのも当たり前。お日様の支配権を夜の闇が奪おうとしているのです。がんばれお日様。まだ冬になってもらっては困るのだ。

 NHK「マイあさラジオ」の今朝の音楽は
「パンダだ、パンパン」
てなフレーズをリフレインするパンダの曲だった。初めて耳にする歌だから、きっと新しい曲なんだろな、と思っていたらそのうち「今日は何の日」が始まって、今日がパンダと関係の深い日であることが判明した。
 1972年、昭和47年の今日、中国から初めて贈られたつがいのパンダ、カンカンとランランが上野動物園に到着したというのだ。誰でも知っている通り、このパンダのカップル、日中国交正常化を記念して贈られたもので上野動物園ではこれを記念して10月28日をパンダの日に定めたというのである。だったら今朝がパンダの歌であることは、どうにも仕方がないでしょう

 今年も麹町中学の同期会がやってきた。そして今年も会場には日本を代表する建築工学の権威、深尾精一博士がオイラを愛車で連れていく。ありがたいことである。会場に入ると某有名お菓子メーカーの女社長がオイラをウェルカムしてくれる。彼女も慶應義塾のキャンパスで声をかけ合っていた旧友なのである。永田町小学校から慶應義塾志木高、大学までずっと一緒だった友人も声をかけてくれ、今日は彼がこの会の司会進行をするという。オイラはたまたま東電勤務の父親の転勤先が千代田区だったという理由だけで麹町中学に自動的に入学できたんだけど、当時の麹町中学は東京大学への最短距離ということで、日本中の優秀な頭脳が集まっていて、オイラなんか足元にも及ばない優秀な人材がこの学びの庭に集い、そして通過していったのだ。慶應義塾志木高は麹町中学の卒業生だらけで、酔っぱらってくると、これが中学の同期会なのか、それとも慶應義塾の同期会なんだか、よくわからなくなってくる。オイラは小学校からの親友と酒を酌み交わしながら某有名俳優のスピーチに耳を傾けている。というわけで、今日も最後まで物語を背負った人たちとの再会で楽しいひとときを過ごさせてもらった。最後に握手した女性は某有名役者の奥様で、やはり慶應義塾のキャンパスで同じ時代を過ごした仲間である。オイラはほんの偶然と幸運だけで麹町中学や慶應義塾の一員になれたわけで、何も自慢することはないんだけれど、友だちを紹介するだけで自慢話になってしまうのが心苦しい。ということで、またまた自慢話のエム ナマエでした。

▲ 友が皆まぶしく見える秋の暮れ

2018年10月15日~21日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1015・月・新聞週間・神嘗祭・

 今日は世界手洗いの日だという。正しい手洗いの大切さを伝え、世界の子どもたちの命を守ろうと国際衛生年の2008年にユニセフが中心となって定めたのだという。別にユニセフが決めてくれなくても昭和30年代の日本の小学校では生徒たちに積極的な手洗いを勧めていた。ブックタイプの紙石鹸というのが流行して、みんなポケットに入れていた。給食の前など、洗面所にずらり並んで順番を待ち、みんな競って手洗いをしたもんである。けど、紙石鹸の泡立ちはいまいちで、こいつ、本当に紙でできてるんじゃないかと疑ったりもした。で、今もその当時の癖が残っていて、帰宅したときも、これから何かをするぞというタイミングでも、特に絵を描く直前に洗面所に立ってこまめに手洗いをすることを忘れない。おかげでコボちゃんにはアライグマと呼ばれている。

 朝からアルルはボクのベッドでたかいびき。猫のミミコは羽根布団の下から出てこない。空気がひんやりしてるのだ。日本列島各地から秋晴れの噂が聞えてくるのに、ここ関東は曇天続き。数日間で2時間の日照しかないという。お日様が低くなったから部屋の奥まで日差しが届いて、気温が低くなっても暖房費の心配のないこの部屋だけど、曇っていてはお手上げである。ということで、エアコンはしっかりと暖房にセットしました。

 姑息に振る舞った当然の結果として総裁選に勝利して、青息吐息で内閣改造をやらかして、賞味期限切れの加齢臭内閣を立ち上げたところで、ますます鼻息の荒いウソツキしんちゃん。今日も一年坊主の研究発表みたいな舌の回らないスピーチでニュースの出鼻をくじいている。今日は今日で、消費税率のアップを決めたとかで、世の中を騒がしている。どうせ目立ちたがり屋のウソツキしんちゃんのパフォーマンスに決まっていて、いよいよ選挙となれば、これまでと同じように、景気が悪いからとか、株価が下がったからとかのこじつけ口実で、消費税率の据え置きをして、次の選挙の得票を稼ごうという魂胆なのだ。見え見えの姑息な総理の下心。恥ずかしいったらありゃしない。

▲ 肌寒や猫に貸してる腕枕

1016・火・

 1964年というと、オイラが慶應義塾志木高の一年坊主の頃だけど、その年の今日、中国がタクラマカン砂漠で初めての核実験をやらかした。これで中国は世界で5番目の核保有国となってしまった。なんなくてもいいのに、なってしまったのである。で、それ以来、中国の鼻息が荒くなったのかどうかはわからないけど、世界に対する態度が小さくなったとは思えない。それにしてもタクラマカン砂漠である。本当は中国の土地ではないんじゃありませんか。んなところで放射能をばら撒いてもいいものでしょうか。当時のことだから地下核実験ではなかったのだろう。でも、たとえ人的被害があったとしても、中国のことである。内緒にしておこうよね、ということにされてしまうに決まってるのである。
 1981年、昭和56年の今日、北海道夕張市の北炭夕張新鉱でガス吐出事故が発生した。火災が起きたところからその1週間後、59名を坑内に残したまま水を注入するという苦渋の決断を迫られる。この事故で救護隊員を含む93名が死亡したとあるけど、そんなに昔の話ではない。そんなことがあるから日本から炭鉱が消えてしまったのだ。先月の北海道のブラックアウトで最もダメージを受けたのも石炭による火力発電だったはず。日本各地ではまだ石炭の採掘は可能なはず。ロボット技術が飛躍的に進歩する今、安全で効率のよい炭鉱を開発することはできないものだろうか。いつまでも人の国から安い資源ばかり入手するのはいい加減にした方がよいような気がする。

 ラジオで聞いた話かもしれないし、もしくは誰かから聞いた話かもしれない。地下鉄にニッカボッカの若者が乗ってきた。足には地下足袋、背中には道具袋、ノコギリなど、大工道具の木の柄がいくつものぞいている。そしておもむろに車内を睥睨したのである。それを見て息をのんだのが地下鉄車両に乗り合わせていた外国人団体観光客の一行。目を丸くする者、カメラやスマフォを向ける者、中には逃げようとする者もいる。そう。彼らはその若者を忍者と思いこんだのである。ま、もしも自分が外国旅行をしていたら、こんな唐突の驚異の出会いを期待するのも無理はない。アメリカ横断鉄道の旅では乗馬クラブの練習生をインディアンの襲撃と思いこんだり、ロンドンの地下鉄に乗ってきたアタッシュケースを抱えたダークスーツのサラリーマンをゼロゼロセブンと思いこんだり、北欧あたりの遊園地で遭遇した大男をバイキングと間違えたりするのは自由なのである。ま、さすがスコットランドのネス湖で遊んでいる水鳥をネッシーと申告するような、そんなインチキはしないと思うけど。ま、楽しみを期待しての海外旅行である。どんな期待をしても罰は当たらないと思います。

▲ 天高くそろそろ山はまっかっか


1017・水・上弦・貯蓄の日・

 1967年の今日、清王朝(しんこくおうちょう)の最後の皇帝、愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)が亡くなった。波乱に満ちた生涯はスピルバーグの映画「ラストエンペラー」にも描かれた。実はボクが失明した1986年から住み着いている我らがYコーポの管理人さんがこのラストエンペラーの親衛隊であられて、戦時中に少年戦車学校に入学し、そして少年戦車兵として満州に派遣されたボクの父親がその事実を知って驚愕していた。ま、ボクにとっての愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)と父親にとっての愛新覚羅溥儀の存在意義は月とスッポンほどにありがたさの相違があったのだろう。その管理人さんは面白い人物で、元軍隊のエリートらしく律儀なところもあって、あれこれと親切に面倒を見てくれた記憶がある。管理人さんも父親も既に鬼籍の人であるが、もっと戦時中の話を聞いておけばよかったと悔やんでいる。当事者が亡くなれば亡くなるほど本物の歴史が失われてしまうのだ。

 ジメンシグループと聞いて反射的におどろおどろしいイメージを抱く。それが地面師グループだと知ってもその禍禍しさは損なわれない。有名企業のセキスイハウスから55億円も騙し取ったとあらば、頭が良くて根性の悪い人間集団であるのだろう。それよりも納得できないのがKYBという会社名だ。空気の読めない馬鹿の会社。事件を知って反射的にそう思った。この会社は本来はそんな名称ではなかったはずだ。昨今流行のアルファベット名や片仮名言葉に変更したとしても、センスがなさ過ぎる。正に空気の読めない馬鹿としか思えない。建物の安全を支える免震装置のデータを改竄するなんざ、ばれれば大事件。ホテルや病院、オリンピック競技場などの重要建築物も地震で倒れるが、自分の会社も倒れて当然。やっぱりバカなのだ。

▲ 次々に烏飛び立ついわし雲


1018・木・統計の日・

 1967年というとボクが慶應義塾の日吉キャンパスで漫画ばかり描いていた頃のことだけど、この年の今日、ツイギーが来日した。痩せたボディーに小枝みたいな脚をして、ミニスカートをはいていて、これが大流行。豚みたいな脚をしたギャルもミニスカートをはいて街を闊歩。美空ひばりさんでさえミニスカートをはいて太陽が真っ赤だなんて吠えていた。小枝ちゃんてなチョコレートが発売されたのもその頃だったような気がしてる。ま、このミニスカートのブームで男たちは階段をあがる際の目のやり場に困ることになりました。見られたくないなら、そんなもん、はくなよ、ばあか。
 そしてその同じ日の今日、ソ連の宇宙探査機が金星への軟着陸を成功させている。その結果、金星の気温は40度から280度まで分布し、大部分がガスで覆われた惑星であるという観測結果が得られたのである。金星というとアダムスキーの空飛ぶ円盤がやってくる場所ということもいわれた惑星。美しい大気と水に覆われた地球のような惑星であることが期待されていたわけで、観測のデータにはみんな失望した。おまけに大気の大半は二酸化炭素で人も住めない高熱の惑星。これら観測結果が公になってから世間でも炭酸ガスの温室効果なんてことが喧伝され、温室効果なんて言葉が一般的知識になっていく切っ掛けになったような気がしてる。いや、ほんと。まことガッカリしたのです。

 東京の日の出は5時50分、日の入りは17時03分。ずいぶん昼間の長さが短くなりました。

 ここんとこ豊洲市場からあれこれのレポートが聞えてくる。これが所謂、豊洲レポートというやつである。いつになったら落ち着くのか、豊洲と築地の一騎打ち。結局、豊洲は小池百合子の選挙小道具にされただけのような気がしてる。迷惑なのが一般市民。せっかくお金をかけて整備した新しい魚市場なのに、地下に毒のマグマが煮えたぎっているような、そんな気持ちの悪いイメージが定着しちゃったように思えてならないのだ。これからのマグロの刺身が毒漬けになってしまうような、そんな気持ちの悪いイメージを払しょくするのが一般市民の勤めになってしまうのだ。ボクは築地のまんなでよかったと思うのだけど、巨大ネズミや大量ゴキブリの噂を聞くと、仕方がなかったような気もしてる。

▲ ぽちぽちとブログ打ってる長き夜


1019・金・

 未明のラジオ深夜便、朝のニュースは鹿児島県に鶴の初飛来があったというもの。例年並みということで、今年の11月は特別に寒くもないし温かくもないということらしい。TBSラジオのお天気おじさん、森田君によると、シベリアからの鶴たちは北極エリアから噴出される冷たい風に乗ってやってくるということで、鶴の飛来があればシベリア地方の冷気は品切れになることから、しばらくの間は寒気の心配がなくなるらしいのだ。毎年、この鶴の飛来はその秋冬の寒さ予報に利用されているという。この鶴の飛来、来年1月に始まる鶴の北帰行まで続くという。鶴さんたち、安心して羽を休めてくださいな。

 軽井沢を走ればかなり涼しい。コボちゃんによれば紅葉は思ったほどは進んでいないという。一般道に降りればアルルはキョロキョロ、ミミコはにゃーにゃー。景色が変わり、下からの振動が変わって、いよいよ目的地が近いことがわかっているのだ。何と旅慣れた犬猫たちであることか。

 北軽井沢スタジオはストーブがなければ生きていけない室温である。さっきからコボちゃんはカメムシを見つけては外に追い出している。カメムシが暖かなストーブのコードを嬉しそうに這い上がっているというのだ。コボちゃんはゴキブリとモスキートは別にして、決して虫は殺さない。蜘蛛だろうとアリンコだろうと、たとえカマドウマだってハサミムシだって、ティッシュペーパーのパラシュートに乗せて、窓から落下させてやるのだ。もちろんパラシュートは後で回収いたします。決してゴミにはいたしません。

 クライマックスシリーズのヤクルトには勝利できても、ファイナルシリーズのジャイアンツはヒロシマには歯が立たず、1勝もできないまま高橋由伸監督の気の毒な幕引きとなってしまった。高橋由伸君の慶應義塾卒業式には、実はオイラも卒業25周年のご褒美として卒業式に参加させてもらっているのだ。中退なんだから、そんなことができるわけがないんだけど、そこは温情なる慶應義塾。塾員たちがよってたかってオイラを参加させてくれたのである。だからオイラもコボちゃんも盲導犬アリーナも高橋監督と同じ卒業式を味わっていたのである。それにしてもお疲れ様、高橋由伸監督。なんか、ずっと気の毒な監督劇だったみたいな気がしてならない。本当はまだまだ現役を続けていたかったんだよね。そこが読売巨人軍への宮遣いのつらさなんだよね。高橋由伸君、ジャイアンツなんかにいかなきゃよかったのに。本当にお疲れ様でした。

▲ ストーブにカメムシすがる秋の暮れ


1020・土・皇后誕生日・新聞広告の日・

 1970年、昭和45年の今日、日本最初の防衛白書が発表される。経済大国にはなるが軍事大国にはならないとし、専守防衛を訴え、他国に脅威を与える兵器は保持しないとされていたけど、その年は大阪万博の年なんだよね。進歩と調和の年なんだから、そりゃそうでしょう。日本で最初の防衛白書から48年、総理大臣も次々に代わり、今は戦争の匂いを撒き散らしている安倍晋三の政権だから、もうすぐ海上自衛隊は航空母艦まがいの自衛艦を擁するようになるし、巡航ミサイルだって装備するらしい。このまま突き進むことのないよう、みんなで頑張って憲法改悪は阻止しようよね。

 朝、いきなりプレクストークに充電ができなくなって汗がたらーり。なんてもんじゃなく、焦りまくる。バッテリーを取り出し、リセットしても充電できない。あれこれトライしたがらちがあかない。おそらくアダプターの問題だろう。いずれにせよ、週が明けたら東京のラビットに電話して相談しなきゃなんないな。そう覚悟していたらコボちゃんが起きてきて、プレクストークの充電ができなくなったと泣きつくと、
「どれ、貸してみて」
とボクからプレクストークを取り上げて、ちょいちょいといじったら、たちまち元の通り、直ってしまったのである。どうやらコボちゃんは魔法使いでもあるらしい。安堵、安堵、大安心。プレクストークがないとボクは生きていけないのです。

 今年もお世話になった山の透析室である。ボクの血管に慣れてくださった看護婦さんもおられるし、表現者エム ナマエに興味をもってくださる看護婦さんも現れた。今年で4年目の山の透析室であるけれど、最近になってやっと緊張しないで透析を受けることができている。ありがたいことである。
 さて、いよいよ透析を始めるというタイミング、看護婦さんがボクの腕の血管あたりを消毒薬で丁寧に消毒しようとしたら、おかしな叫び声上げ、ガムテープを持ってきて、ボクのパジャマをペタペタとやり始めた。
「あ、とれた!」
 何かと思ったらカメムシだという。北軽井沢のスタジオから連れてきたのか、それともこの山の透析室で養殖していたのか、それはわからない。いずれにせよ、コボちゃんはティッシュペーパーで、ここの看護婦さんはガムテープ。この扱いの差は大きいと思う。悪く思わないでね、気の毒なカメムシさんよ。

 窓の方をしきりに眺めている看護婦さんに尋ねたら、外はきれいな夕焼けだという。今度は帰り道、コボちゃんがしきりに見あげているのはお月様。そう。明日は十三夜なのである。晴れてくれると嬉しいな。

▲ 夕焼けの空が終われば十三夜


1021・日・十三夜・

 1968年の今日、新宿駅騒乱事件が発生した。学生たちが新宿駅構内を占拠したのである。国際反戦デイの集会が暴動に発展したもので、野次馬も加わって投石や放火が繰り返され、新宿駅の機能は完全に失われた。この事態に対して警視庁は騒乱罪を適用した。これ以後、東京の街から歩道の敷石が撤去されてしまうのである。
 当時のボクは慶應義塾の現役学生で、渋谷駅から数分の宮下公園のすぐ近く、児童会館と目と鼻の距離の東京電力の社宅に暮らしていた。建物は内部が変電所で、頑丈な出来になっていて、ボクの窓は4階にあり、学生のデモ隊と機動隊の追いかけっこを上から見下ろして怪我人の出ないことを祈ったりしていた。
 ボクは完全なノンポリで、学生運動なんかまるで信用していなかった。どうせ卒業が近づけば、長髪を短く刈り込んで、ゲバルト学生も真面目な学生にヘアピンカーブのUターン。当たり前のサラリーマン生活に甘んじるに決まっているのだと思っていた。
 宮下公園が学生集会の拠点になっていたおかげで、大学からの登下校の途中、何度も警察の職務質問をされて迷惑をしていた。鞄を開けて見せろというのだ。こいつには困った。ボクの鞄にはときどきモデルガンが偲ばせてあったのだ。でも、このモデルガンは最近のエアガンみたいに弾丸が飛び出すわけでなく、ただ火薬で音と煙が発せられるだけの虚仮脅かしで、単なる趣味以外、何の特別な意味もない。ボクは反体制、反権力ではあるけれど、半暴力でもあったのだ。
 宮下公園から明治通りをいく70年安保のデモ行進を見つめていた当時の恋人がボクにデモ行進に参加するように促した。
「今行動しないと一生後悔することになるわよ」
 その誘い掛けにボクはこう応えていた。
「いや、今行動したら生涯悔やむことになると思う。ボクは漫画家になるのが目的だ。ずっと傍観者でありたいんだ」
 おかげさまでボクは失明した今でも表現者であり続けている。あのデモ行進に参加していたら、あのまま新宿駅に突っ込んで、腕の一本も失っていたかもしれないのだ。

 今夜は十三夜。天気予報は晴れである。きっときれいなお月様が見られるんじゃないのかな。けど、気象予報士さんは嬬恋地方では氷点下を記録したといっている。嬬恋地方といえばこのあたり。そんなに寒かったという覚えはないんだけど、聞いてしまうと悪寒がしてくる。数字は現実に優先するのである。

 ランチはコボちゃん特製担担麺。いつもの竹の子と椎茸と挽肉いっぱいの担担麺である。食後は「秘密のブルブル飛行猫」の推敲に集中する。気がついたら頭が痺れていて、仮眠のつもりで布団に潜ったらたちまち熟睡、真夜中の11時半まで眠ってしまい、目覚めて翌日のニュースを聴くというマヌケを演じてしまった。おかげで遅い夕食は酒のつまみばっかり。ま、おいしかったからよかったけれど。

▲ 目覚めれば浅間の山のもみじかな

2018年10月8日~14日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1008・月・体育の日・寒露・

 NHK「マイあさラジオ」によると今日は「木の日」だそうです。10月8日で漢数字の十と八を組み合わせると漢字の木になるということで1977年に決められたそうなのです。それ以来の毎年のこの日、木材の普及活動を行っているとのことですが、ボクはあんまり聞いたことがありません。きっと耳がよくないのでしょう。これはもっとよく聞こえるようにした方がいいのではないのでしょうか。どうやら我々は易くない外国の木材を騙されて買わされているらしいのです。日本の森林や水資源を大切にする意味でも林業を大切にして森林と共に生きる人々をみんなで盛り立てていく必要がありそうです。植物は地球生物のファンダメンタル。私たち動物は木や草の手の平で遊ばせてもらっているのですから。

 「ひみつのブルブル飛行猫」の推敲に専念したいが、またまた便秘の復活でお尻がつらい。どうも落ち着きません。イラストレーターもドライバーも座ってするオキュペーション。コボちゃんの職場のドライバーさんも、いつもお尻が悲鳴をあげているそうなのです。

 本日はカッちゃんの店でお蕎麦のランチ。お嬢さんのご亭主、韓国籍のジョンさんと初対面。お運びさんが板についてる男性がいるので、誰かと思ったらお婿さんだったのだ。お嬢さん、オーストラリアで知り合ったということで、おふたりとも国際人。でも、本日のボクのお目当てはジョンさんでなく、その胸に抱かれたロングヘアチワワのロメオちゃん。耳がパピオンみたいに大きくて、目がくりくりしてる。で、それさえわかれば目的達成。なんで目的達成化はあとでわかります。お嬢さん、12月にはベビー誕生。きっと可愛い赤ちゃんが生まれることでしょう。おめでとう。

 夕方、夏目漱石の「明暗」を読了する。これで漱石の長編小説をすべて読破したことになる。これすべてサピエ図書館のおかげです。失明当時、全盲になったボクにこんなことができるなんて想像もしていなかったのです。感謝です。

 夜、コボちゃんと酒を酌み交わしながら音声映画、三谷幸喜と東京サンシャインボーイズ脚本による「12人のやさしい日本人」を鑑賞。ボクは繰り返し楽しんできたけど、コボちゃんには初めてのエクスペリエンス。コボちゃんにすれば、ビジョンレスの映画。けど、よほど面白かったのだと思う。映像がないのに、最後まで付き合ってくれました。これ、何度見ても飽きません。皆様にも保証いたします。

▲ 暖かな蕎麦が食べたい寒露かな


1009・火・新月・世界郵便デイ・

 本日は世界郵便デイ、ということです。1874年、明治7年の今日、世界のどこへでも郵便が届くことを目的とした国際機関、万国郵便連合がスイスのベルンで発足したことを記念して設けられた記念日なんだそうです。国際郵便を利用するようになったのは英語を習い始める中学生になってからでしょうか。切手集めにも興味がありましたから使用済みの外国切手のためのグループもストックブックの片隅に並べてありましたよね。国際郵便のありがたさを具体て火に知ったのはやはり最初の外国旅行でした。ロンドンのケンジントンの郵便局にはずいぶん通って、お世話になりました。そのとき、トラベラーズチェックの入ったハンドバッグを郵便局に忘れていったのですが、しばらくして気が付いて、慌てて戻ったときに、さっきと同じようにそのハンドバッグが持ち去られもせずにボクを待っていたときは、ロンドンの郵便局は優秀だなんて、おかしな感動をしたことが今も忘れられません。あれがロンドンでなく、ローマやナポリだったら瞬間にして消滅していたのだと思います。国際郵便というと、いつもそのことを思い出します。

 1952年、昭和27年の今日、黒沢明監督の映画「生きる」が封切られた。主演の志村喬が演じる余命いふばくもない主人公が夜の公演でブランコをこぎながら歌う「ゴンドラの歌」が多くの観客の心を揺さぶった。この場面はあまりに有名ではあるが、残念なことにボクはスチールでしか見たことがない。結局チャンスに目部まれることなく失明してしまったが、いつかこの名画をサピエ図書館で音声映画化してくれることを望んでいる。日本点字図書館、よろしくお願いいたします。

 北軽井沢を擁する群馬地方は今日もいい天気。このエリアは台風の影響もなく、ずっと天気が安定している。山の透析室へのドライブウェイに設置してある温度計は21度を示していた。
 天気がいいと透析も快調。看護婦さんとの会話も弾む。無事に透析も終了し、病院の外にでると院長先生が気持ちのいい夕暮れの前庭に佇んで山並みに見とれている。でも、もしかしたらたそがれていたのかもしれない。待合室には大きな鐘の音で時を告げる歴史モノの柱時計が鎮座していて、この医院の歴史を物語っている。金色の文字から推測するに、先代がこの医院を開院するとき、出身医大から贈与された記念品らしいのだ。院長、何代目かは知りませんが、いつもこの医院の繁栄を祈りながら力いっぱいにネジを巻いているのだろうか。これからもよろしくお願いいたします。

▲ 歴史ある柱の時計山の秋


1010・水・目の愛護デイ・釣りの日・盲導犬アリーナ命日・

 未明、NHKラジオ深夜便の須磨佳津江さんの声が寝惚けたボクに活気と安心を与えてくれる。美しい声、優しい心遣い。日本中どこへいっても聴くことのできるこの放送の果たす役目は限りなく大きいのだと思う。この番組に長く係わらせてもらっていうことに感謝している。

 1964年の今日、東京オリンピックが開幕した。開会式のこの日、東京の青空に航空自衛隊のブルーインパルスが描いた巨大な五輪が今もこの目に焼き付いている。感動の五輪だった。15日間の大会で金メダルを16個、銀メダルを5個、銅メダルを8個獲得した日本はとても頑張ったのだといえるのだろう。ことに女子バレーボールの金メダルは全国のお茶の間を興奮の坩堝に巻き込んだ。お茶の間のテレビではなく、ボクは本物の体育館で体操男子の競技を目撃、目の前で日の丸の上がるのを見て歓声を上げたものである。その開会式の10月10日、1999年までこの日が体育の日だったのに、ハッピーマンデイとかいっちゃって、バカなシステムでせっかくの晴れの特異日をシャッフルしちゃって、自民党政権にはあきれるしかないのです。

 夕方である。ここは北軽井沢より無事に到着した多摩川べりにある日本動物高度医療センターの4階の待合室である。自販機のコーヒーが新しくなっていた。香り豊かなコーヒーということでボタンを押したら出てきたコーヒーは何だか甘い。この甘さみたいなのが香り豊かということなのかと考えてたら、コボちゃんが、
「あっ。ブラックのボタンを押すのを忘れた」
だって。じゃ、あの甘さは香りが高いんじゃなくって、ただの砂糖とミルクだったんじゃないか。ところで、待ち時間がやけに長いんじゃないかな。もしかしたらアルルのどこかに何かよくないものが発見されたのかも。心配していたら、
「ナマエアルルちゃん」
呼び出しのアナウンス。ボクらは階下の診察室まで飛んでいく。
「レントゲンでは何も病変は見つかりませんでした。エコー検査もしましたが、腹水も胸水もありません。このまま様子を観察していくということでよろしいかと思います」
 と、担当の高木先生。よかった。抗癌剤治療は順調らしい。おまけにエコーでもチェックしてくれていたのだ。問題は体重増加だけ。ま、ちょっとステーキの食べ過ぎかもしれない。それにしても何もなくてよかった。本当によかった。考えれば今日は盲導犬アリーナの命日。きっと雲の上からアリーナがアルルを守ってくれているのに違いない。
 駐車場のアウトバックに戻ると猫のミミコは車内で落ち着いている。ひとりでお利口に待っていられたのだ。そこへアルルがジャンプ。後部座席で仲良く並んで伏せをする。ほんじゃOK、レッツゴー!
 帰り道、経堂のオリジンで肉野菜炒めを注文。この野菜炒め、7種類の野菜を使ってとってもヘルシー。豚肉も旨いのです。実はボク、コボちゃんの料理の次にオリジンのファンなのです。というわけで、我が家での酒盛りはカヴァのシャンパンで乾杯といきたいと思います。

▲ 我が感謝高く無限な秋の空


1011・木・

 1945年、昭和20年の今日、GHQ、連合国軍総司令部が初めて検閲した映画「そよ風」が封切られた。サトウハチロー作詞、並木路子が歌った挿入歌「リンゴの唄」が敗戦で打ちひしがれた日本人の心に響いて大ヒットした。ボクは昭和23年の生まれだけど、そのボクの幼少時の記憶としてもこの歌声とメロディーが深く心に焼き付けられている。よほど繰り返しで聴かされたのだろう。どれだけのロングランヒットだったのかと驚かされる。目まぐるしく流行歌が移り変わる現在から見れば考えられないことである。この並木路子も登場する2015年NHK制作の映画「紅白が生まれた日」はつい最近サピエ図書館にアップされているので視覚障碍者はその特権としてご覧になるといいだろう。敗戦当時のことに多少でも興味のおありの方々にはきっと楽しめる作品だと思います。もちろん出てくる歌手や役者さんたちは本物ではありませんけれど、懐かしい面々ばかりです。

 星新一のショートショートはその生涯で一千作品を超えるそうだが、サピエ図書館にアップされているそれらショートショートのすべてを読破しようと頑張っている。ただし、星新一はSFブームの牽引車ということになってるが、その作品すべてが空想科学的とは限らない。空想科学少年だったボクにとってそこがちょっとつらいところ。ここしばらく星新一作品から離れていた理由のひとつがそれである。慶應義塾のマンガクラブのメンバーになったばかりの頃、大学漫画早慶戦というようなテレビ番組が企画されて、ボクも作品で参加したことがある。ボクの作品は毛生え薬をネタにしたSF的なものだったが、審査員の星新一がボクの作品を高く評価してくださって、ああ、さすがSF作家だなぁ、なんて感動したことがありましたっけ。で、その義理としても全作品読破に挑んでいるわけだけど、少し疲れました。ここいらあたりで小松左京の本格的ハードSF小説を味わって、ちょっと頭を切り替えようかと思います。ちなみに、その毛生え薬をテーマにした漫画ですけど、世界文化社からの月刊絵本「ピカリング博士」として生まれ変わっております。

▲ 力尽き猫の虜や秋の虫


1012・金・

 1983年、昭和58年の今日、ロッキード裁判で田中角栄に実刑判決が下された。東京地裁は総理大臣経験者に受託収賄の罪などで懲役4年、追徴金5億円を言い渡したのである。これをボクが気の毒と感じたのか、それともザマミロと思ったのかはほとんど記憶にない。それは当時のボクの田中角栄に対する評価が劣悪だったせいではなく、それは当時のボクが失明宣告を受けての入院中であり、毎日のように眼球注射を受けたり、目玉へのレーザー照射を受けていたせいだと思う。で、今から考えると、田中角栄はアメリカに撃ち落とされたんだと思います。アメリカを無視して中国と握手した田中角栄は猛烈にカッコよかったんだけどね。当時のボクから見ても英雄でした。

 スタジオクラスターのマダム、ヒロコママが来年度カレンダーの校正刷りを持ってきてくださった。そしてその数十倍の量と重さでボクのランチとおやつと夜食と酒の肴を差し入れてくださいました。おかげでボクは本日のランチとして竹の皮風の紙に包まれた天むす6個と、まい泉(まいせん)のロースカツ丼をいただき、透析中の夕食はオリジンのカツカレーライスでしたけど、ボクは毎食トンカツでもOKなのです、あ、失礼、そして透析から戻ってのコボちゃんとの晩酌の酒の肴がまい泉のヒレカツと崎陽軒の焼売、ということになったのです。そしてこれは単なる予測ですけど、来週あたり、ボクのドライウェイトは大幅に修正されそうです。

▲ ヒレカツや庭の蟋蟀ロースカツ


1013・土・

 2013年、5年前の今日、恩師、やなせたかし先生が身罷った。94歳だった。やなせたかし先生と立川談志師匠は、相手がどんな高いところにおられても、その胸に飛び込めば必ず受け止めてくれる、ということをボクに教えてくださった大切なお師匠たちである。漫画は絵で描くポエム。漫画は笑いです。このふたつのメッセージからヒントを得たエム ナマエのペンネームは、このおふたりからの賜物である。単なるイニシャルではないのである。高校生のとき、やなせ先生のご著書「まんが入門」で「漫画は絵で描くポエム」という言葉に触発され、漫画家を目指すようになる。実際の先制にお会いしたのは大学2年生のとき。サイン会で自費出版のミニ絵本をお渡ししたのがご縁で、それ以来、先生のお宅を出入りすることを許され、やがてお仕事をいただくようになる。全盲イラストレーターとして復活したときは本当に喜んでくださり、いろいろな形でのサポートやバックアップをいただいた。2002年の日本橋三越本店のエム ナマエ展覧会のオープニングパーティーではふたりのお師匠、やなせたかし先生と立川談志師匠が、NHKテレビ「まんが学校」以来、数十年ぶりで初めてふたりお揃いとなり、スピーチをしてくださったのには感動した。90歳を超えてもどんどん新しいことに挑戦していくやなせたかし先制。殺しても死なないと思っていたその先生の訃報を耳にしたときの衝撃は大きかった。四谷のやなせスタジオに駆けつけたとき、先生は既に骨壺の人となっていた。やなせたかしがいなければエム ナマエも生まれていなかった。今も毎日、心からの感謝の祈りを捧げているのである。立川談志師匠とのエピソードはまた今度にさせていただきます。

 夜のNHKラジオニュースで驚いた。オイラも70歳のジジイだけど、71歳のジイサンが熊退治をやらかしたというのである。今朝のこと、埼玉県は秩父あたりの雲取山で山歩きをしていた山小屋勤務の71歳のジイサンが木登りをしている子熊を見つけて眺めていたら、突然その母熊に襲われてしまった、というのだ。でも、山仕事の人だったら、子熊の傍には母熊がいるのは常識なはず。そこはマヌケだったと思う。でもこのジイサン、そこからがすごい。その母熊の背中をつかんで山の斜面に投げ落としたというのである。そりゃ母熊も子熊を守るのに必死だから再び斜面を駆け上がり、ジイサンに襲いかかったがこのジイサン、根性があるのです。またまた母熊は投げ落とされてしまったのです。この母熊、ジイサンに噛みついてやればよかったのに、やけに気の優しい熊さんなのです。で、71歳のジイサンは自力で下山し、現在は病院でひっかかれた両手を治療中ということでこの勝負、ジイサンの冷静さの勝利なんだと思います。足柄山の金太郎みたいなジイサンのお話でした。めでたし、めでたし。

 昼間はやけに眠たかったけど、夜も更けたらやたら元気。NHKラジオ第2の「朗読の時間」再放送、永井荷風の「フランス物語」をBGMに、出版当時はたちまち発禁になって、1968年にやっとまともに出版されたという禁断の書物「フランス物語」を肴に、コボちゃんと酒盛りをする。もうひとつの肴がヒロコママの差し入れの崎陽軒のレトルトバージョンの焼売。それとまい泉の千切りキャベツの山盛り。それにフレンチドレッシングをたっぷりかけて、バリバリと咀嚼しながら焼酎のお湯割りで流し込んだのでした。まい泉の千切りキャベツ、とってもおいしかった。この千切りキャベツ、ヒレカツの脇役なんだけど、主人公の風格がありました。念のためのご報告です。

▲ あんぱんを食べて飛んだよ秋の空


1014・日・鉄道の日・

 本日は鉄道の日であります。1872年の今日、新橋横浜間に日本で最初の鉄道が開通した。これを記念して大正11年に鉄道記念日が制定され、1994年からは鉄道の日となったのであります。汽笛一斉新橋を。鉄道唱歌でも歌われているその日なのであります。

 1974年の今日、長嶋茂雄が現役を引退した。記録よりも記憶。チャンスに強いバッティングでファンを魅了してプロ野球人気を一気に引き上げた存在はミスタージャイアンツ、と呼ぶよりはミスターベースボールと称すべき存在だと思います。ナガシマ以前の野球人気は早慶戦に支えられていたのですよ、ほんまの話。さてこの日、後楽園球場のグリーンの人工芝の中央にセットされたマイクロフォンの前で、巨人軍は永久に不滅ですと絶句し、片腕で目頭を押さえていた引退挨拶を今も昨日のことのように覚えている。そう。あれは昭和のひとつの歴史でした。今はアンチジャイアンツのボクでも、ナガシマは永遠の憧れの対象なのです。鯖は魚にブルーだから野球はひとつのベースボールなのです。わっかるかなぁ、わっかんねぇだろうなぁ。

 大ショック。いつもの時刻に文化放送に回したら、安倍晋三よりも滑舌の悪い早口の女の子の声がして、違うプログラムになっている。ボクが北軽井沢でタヌキやイノシシと遊んでいる間に志の輔ラジオがなくなってしまったと思い、死にたいくらいガッカリしていたけど、ネットで調べたら放送時間が変わっただけと判明、胸を撫で下ろす。放送開始が中途半端な6時20分から7時ジャストとなり、放送時間も延長されたのだ。そうだよな。それだけの価値のあるプログラムだと思います。万歳。

 クライマックスシリーズのファーストステージでジャイアンツがヤクルトに勝利して、ひどいことにノーヒットノーランで勝利して、ファイナルステージへの参加権を獲得してしまった。リーグ優勝3連覇の広島への挑戦権を獲得してしまったのだ。生涯終身ナガシマファンではあるけれど、アンチジャイアンツのボクはまったくもって面白くない。最悪の結果とならないことを全身全霊で祈ってる。ボクはハラタツノリではありませんから、全知全能では祈りませんけれど。わっかるかなぁ、わっかんねぇだろうなぁ。

▲ ナガシマの引退記念勝つ巨人



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