全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年4月30日~5月6日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

泣きたい夜は 世界でいちばん長い夜
忘れていた人を 思い出す
 それが夢のせいでも、昨日の余波であっても、真夜中にふと目覚めて遠い思い出におののく瞬間がある。日常によって上から押さえつけられていた記憶が突然むくむくと、それ自体のエネルギーで蘇ることがあるのだ。忘れておけばよいのに、思い出した途端に腰を落ち着けていた安楽椅子の座り心地を悪くさせるような、そんな思い出があるのだ。
 いっぱしの人間のつもりであれこれと書きまくり、人前でしゃべくってきたけれど、自分のどこにそんな資格や権利があるのかと肝を冷やすことがある。記憶の扉の開け方をひとつ間違えれば、そんな立場からは百万光年も隔たった軽蔑すべき嫌な自分が見えてくるのである。
 ここに鮮やかな一枚の絵がある。おばあちゃんがひとりの少女を連れて玄関前の石段を降りてくる。そうして格子戸の門をくぐり、玄関に入ってくる。この景色は僕が小学校に入学するずっと前、幼稚園を中退した頃に暮らしていた社宅玄関の記憶である。おばあちゃんがどういう事情でその少女を我が家へ連れて帰ったのか、思い出すことはできない。ただ、その日から少女は我が家の一員となる。一緒に暮らし始めるのである。少女は僕より少し年上で小学生になっていたらしい。僕の父親は少女のために座机タイプのライティングビューローを庭に面した廊下の片隅に設置して、そこを少女のための勉強スペースとした。ライティングビューローを開くと真新しい二十四色のクレパスが顔を出して僕を羨望させた。幼稚園を中退していた僕にはちびたクレヨンしかなかったのである。
 ここまでは鮮明に覚えているのだが、少女との具体的な暮らしの思い出はほとんど再生できない。庭に面した廊下に並んで座り、殻つき南京豆を食べていると、いきなり少女が口の中の南京豆を庭に吐き出し、その咀嚼された南京豆の隙間で芋虫が蠢いていた、という記憶があるのだが、今でもそれが何かの見間違いであったことを疑っている。その他、脳味噌をフル回転させて手繰り寄せられる思い出といえば、少女の泣いている姿と、その少女を冷たく見ている自分の姿である。
 あるとき少女はきたときと同じようにおばあちゃんに手を引かれ、同じ玄関から同じ石段を上がってどこかへ消えていった。そして気がつけば、いつか廊下のライティングビューローもクレパスのセットも消えていた。
 思い出せば思い出すほど悲しい記憶である。もしも仲良くしていれば、少女は僕の優しいお姉さんになってくれていたのかもしれないのだ。僕は何といって少女を泣かせたのだろう。あの芋虫はボクの嫉妬と嫌悪の幻影でなかったことを祈っている。盲目となり、おばあちゃんも両親もあの世へいってしまった今となっては、あの少女が誰であったのか、それを確かめる手段はない。けれど、もしもできるなら、あの少女に今でも謝りたいと思っている。
 忘れていた人々に僕は謝りたいのかもしれない。それとも恋を打ち明けたいのかもしれない。今となっては取り返すことのできないその人に、たとえ夢の世界であろうとも、会ってみたいと切なく思う、そんな眠れない夜を過ごすことがあるのだ。


0430・月・振り替え休日・満月・図書館記念日・

 嘘つき大統領のトランプは嘘つき仲間の安倍晋三とは大の仲良しということになっていて、お互い国内問題から逃げては落ち合い、ゴルフをしたりお食事なんかしてるけど、そのトランプがアベちゃんとの電話会談中に「ながらツイッター」をやっていたことがバレてしまった。28日の午後10時33分から11時3分までの30分間の日米首脳電話会談中の午後10時45分にトランプがツイッターを投稿していたことがわかったのだ。天災トランプちゃんは会談の真っ最中に140文字の作文をやっていた、ということなのだ。アベちゃんとしては仲良しトランプちゃんと30分間もお話しちゃったもんね、と自慢したかったんだろうけど、本当はあっという間に話すことがなくなっちゃって、トランプは余った時間でツイッターごっこをやっていた、ということかもしれない。いずれにせよ、アベちゃんは恥をかかされたことになるのだろう。ま、嘘つき同士の仲良しだから、お互い信用してたらとんでもないことになる。と、そういうことなのだ。

 聖心のシスター、鈴木秀子先生の「幸せな死に方」を感動のうちに読了した。2001年出版当時、この貴重な書物を読めなかったのは人生で最も多忙な時期であったことと、当時はサピエ図書館を利用するスキルもプログラムも所持してはいなかった、ということなのだ。あとがきでわかったのだが、ボクのイラストレーションは表紙に使われているらしい。拝読できたのは音訳ボランティアのおかげなので、現物は手元にないのである。仕事場の整理の都合上、大量の資料を千葉の倉庫に運んでしまったので、現物はそちらにあるのだと思う。先生はあとがきでエム ナマエも臨死体験車と書いておられたけれど、先生もボクも光の体験者であることをおっしゃりたかったのだと思う。いずれにせよ、名誉なことである。お手伝いをさせていただいて、本当にありがとうございました。

 またまた夏日である。4月になって今日で9日目の夏日。今までの記録が6日ということだから、新記録ということになる。さて、明日からは5月。どんな5月になるのか、ちょっと心配な季節の移り変わりの早さではある。

▲ 布団から逃げていく猫夏近し


◆ 5月・五月
0501・火・メイデイ・

 1851年の今日、ロンドンで世界で初めての万国博覧会が開かれた。当時の英国の圧倒的な工業力を世界に示して大成功、その利益を元に科学博物館やロイアルアルバートホールなどの文化施設が建てられた。このロンドン、サウスケンジントンにある科学博物館は1972年に初めてロンドンに訪れたボクが、半月滞在していたアールスコートからそう遠くはないエリアだったので、てくてく歩いて訪ねていって、大感動したことを昨日のことのように思い出す。ことに建物を貫いてぐるぐる回転する産業革命当時の巨大な蒸気機関のクランクは往年の英国の鼻息で駆動しているような気がして、蒸気機関車マニアのボクとしては無条件降伏するしかなかったのである。

 さて、毎月恒例の月初め全国日の出日の入りの時刻である。札幌の日の出は4時29分、日の入りは18時35分。仙台の日の出は4時41分、日の入りは18時27分。東京の日の出は4時50分、日の入りは18時27分。大阪の日の出は5時8分、日の入りは18時43分。福岡の日の出は5時30分、日の入りは19時1分、ということで、めでたく五月を迎えたわけだが、東京は28.1度の夏日となった。真夏日を迎えてクーラーを入れた地域もあったらしく、日本列島は真夏並みの5月を迎えたことになる。
 ということで官庁街や会社員世界では本日からクールビズ。ノーネクタイやカリヨシルックのサラリーマンのインタビューをNHKラジオがニュースで流しているんだけど、誰でもみんな当たり前のことをいっていて、それを流しているNHKラジオも、当たり前のことしかいわない連中だと思っているに違いない。で、ボクも、そんなんちっともニュースじゃないじゃん、と思ってる。できればパンツ1枚の重役さんとか、水着姿の女子社員とか、そういう素材を見つけてこそ取材といえるんじゃないのかと言いがかりをつけたい気分である。うわぁ、やなやつ。

 夏日のこの日、アルルがお風呂に入れてもらった。これから並木さんのクリニックにいって、レントゲン撮影をするのである。なかなか咳が止まらなくて、かなり心配になってきたのである。ただの気管支炎であるといいのだが。

▲ 女房の散歩の土産柏餅


◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。
おかげさまで奈呉の浦に到着、ヘロヘロになって通過しました。
次の倶利伽羅峠まで、あと、78,548歩です。

現在の歩数、3,001,452歩。
三度目の徘徊です


0502・水・八十八夜・

 1992年、平成4年の今日、国家公務員の完全週休二日制がスタートした。一部の窓口を除いた国の機関で原則的に土曜日のすべてが休みとされた。国家公務員の完全週休二日制が保証されたわけである。けど、ちっとも羨ましくなんかないもんね。東電サラリーマンの父親を見て育ったせいで、小さい頃から公務員だけにはなりたくないと思っていた。東電は公社でもお役所でもないけれど、本質的には公社みたいなものである。東電を含めて東京都職員とか、親戚にも知人にも公務員はいるけれど、ちっとも面白くない人たちで、身分が保証されてしまうと、あんな風になってしまうのかと想い、心から気の毒になってしまう。ま、本人がそのことに気が付いてないのが救いでもあるのだが。ご愁傷様なことである。で、身分が保証されなくて、おまけに貧乏なボクだけど、毎日が幸せを見つける冒険旅行となっていて、退屈を知らない暮らしであることは、このブログを呼んでくださっている皆様はよくご存じなはずです。

 往年のハードロックグルプで、70年代初頭に武道館コンサートで熱狂させてくれたブリティッシュロックグループ「レッドツェッペリン」が思い出せなくて苦労しました。もう何もかも忘れていて、まるで手掛かりがないのでググることもできずにあきらめかけていたけれど、とうとう自力で思い出しました。リードギターのジミーページも思い出しました。はるか遠くの記憶のかけらみたいなものを強引に引き寄せてみたら、それが飛行船のレコードジャケットで、そこからツェッペリンを引き当てたのです。まだまだ脳味噌は壊れていないようで、少し安心しました。

 TOKIOが記者会見をやってたみたいだけど、すごく変。社長が出ないでTOKIOのリーダー城島茂が社長みたいな顔をして会見していた。山口メンバーが辞表を提出したということだけど、提出する相手が違うような気がする。おおい、ジャニーズの本当の社長、隠れてないで出てこい。それとも城島茂にジャニーズを譲るつもりなら、それはそれでいいけれど。ま、いずれにせよ中年になってもアイドルをやらされてりゃ、そりゃお酒に逃げたくもなるよね。

 愛媛県の開放型刑務所からの逃走犯が逮捕された。しかも23日もかかって広島市内で確保された。雨の日に、それまで隠れていた島から泳いで逃げ出したということだ。流れの速い海も凪のタイミングもあるし、距離もわずか200メートルというと、この季節であれば泳いで渡ることも可能だった、ということか。よっぽど刑務所に戻りたくなかったのだろう。その人にしかわからないイジメがあったのかもしれない。あとでわかったことだけど、この逃走犯、子どもの頃からルパン平尾というあだ名があったそうだ。頭がよくてずる賢くて運動神経が発達している。そんなイメージかもしれない。刑務所での知能検査でも高いIQを示していたそうで、追跡の警察官たちが苦労したのも納得できる。長い長い鬼ごっこで、本当にお疲れ様でした。

▲ 白日夢八十八夜茶摘み歌


0503・木・憲法記念日・

 ざんざか朝から雨が降ってるけれど、本日は憲法記念日である。1947年、昭和22年、オイラが生まれる前の年の今日、日本国憲法が施行されたのだ。基本理念は国民主権、平和主義、基本的人権の尊重である。敗戦後、この平和憲法に守られて日本丸という船がここまで漕ぎ着けたことを忘れてはならないのである。
 その憲法改正で鼻息の荒い安倍晋三だったけど、そろそろそんなこといってられる場合ではなくなってきた。安倍晋三も麻生太郎も今は外遊に逃げているけど、連休明けには尻に火がつくことになるんじゃないのかな。とはいえ、心配はなくならない。憲法記念日の今日、朝から憲法改正の話題が続いているけど、この平和憲法の日本を日中戦争当時に引き戻したいという勢力があることは現実だし、その中心人物がおじいちゃんの時代に憧れている安倍晋三やナチスドイツをお手本にすべきと公言する麻生太郎であることは困ったもんですね。自民党の基本的理念は憲法改正にあることを支持者の皆さんは本当にご存じなのだろうか。国民から権利を取り上げたくてたまらない安倍政権の下で憲法をいじくるなんてとんでもない。とはいえ、憲法改正のための国民投票の手続きについて国民の59パーセントが無知であるという現実の前で、憲法の意義さえ理解していない国民が、その自分たちを守ってきた大切な現行憲法を変えてしまい、自らの手から貴重な権利の数々が滑り落ちていくのを見つめることになるんではないかと心配でたまらないのです。ボクらは今、自らが手にしている人権という貴重な宝物をみすみすドブに捨てるようなことをしてはならないのだと思います。

 NHKラジオ第2「朗読の時間」の山本周五郎短編集を聴き終った午前10時、カルチャーラジオではカリスマ講師、出口汪による日本文学講座が始まった。本日から夏目漱石の「道草」。先週までは森鴎外で、ボクは興味なかったのだ。さすが出口汪先生。面白いの何の、たまらず引き込まれてしまう。この先生、国際ジャーナリストで友人の及川健二君の予備校時代の先生で、ボクも恵比寿で彼が主催する文化スペースで何度かお会いしたことがある。で、この出口汪さんはボクと霊的ご縁のある大本教の教祖、出口王仁三郎のお孫さんであられるのだ。で、この話になると長くなるのでやめるが、とにかく出口汪という人物の霊的パワーをもってすれば優れた教育者としての活躍は当然のことなのである。で、早速「道草」をプレクストークに転送して読み始める。パソコンには既にダウンロードしてあったのだ。この作品の主人公は夏目漱石ご本人。そう思って読むと興味深い。たちまちやめられなくなってしまう。舞台としては憔悴してロンドンより帰国した後、「吾輩は猫である」を書き始めた当時であると聞いてしまっては読みかけの本を後回しにしたって、真っ先に読まざるを得ないのである。

▲ 憲法が五月の雨に打たれてる


0504・金・みどりの日・

 就任後のトランプの嘘は三千回を超えるという。大統領としての職務遂行にあたっての問題はなしとの健康診断書も自作だったとか。その事実より、それを聞いてほんまかいなと笑いごとで済まされている世相自体が大問題である。あの人、世界で最も影響力のある超大国のリーダーなのです。決してお笑いタレントではありません。一刻も早く、あの人の手からツイッターを取り上げたい気分なんだけど、同じ手に核ミサイルの発射ボタンが握られていることも忘れてはならない。本当に困った人です。

 連休なんかクソクラエ。今日も午後の早い透析で面倒臭くてたまらない。せっかくの連休でも、透析患者に早くでてこいと無理強いする当病院の休日透析体制とは、人件費を節約したいという病院側の勝手な理屈で、せっかくの休日をまるごと楽しめなくしている理不尽で身勝手で迷惑なシステムであるのだ。とはいえ、通い慣れた透析室を鞍替えするのもリスキーなことで、嫌なら勝手にしろといわれるのも面倒で容易に喧嘩もできない。そこいらあたりが病院の経営側の鼻息の荒さなのである。と、満足に休めない連休に対して文句をいってるのだが、別に休みが欲しいわけではない。そんなことより、よっぽど仕事をしている方が楽しいのだ。それより、この病院側の身勝手な理屈で仕事の効率が落ちることの方が不愉快でたまらないのだ。無二の親友も休みなしで働いている。世の中には休みの嫌いな人もいるのだ。公務員みたいに身分が保証されていて、なおかつ休みたくてたまらない人種とは一緒にしてもらいたくないのだ。連中とはキリギリスと蟻ほどにかけ離れた生き物であるのだ。と、オイラは思いたい。

 ニッポン放送のナイター中継はDeNA対巨人。午後の早い時間から開始される患者置き去りの休日透析からの帰り道、ポケットラジオをつけたらたまたまやっていて、面白そうな試合になっていたので、帰宅してからもついつい聴いてしまう。帰宅して赤ワインをちびちびやりながら、吉野家の牛丼特盛とナマタマゴ2個で「すきやきごっこ」をしながらも、またまた聴いてしまう。とにかくゼロ対ゼロなのである。ずっとゼロが並んでいるのである。そして延長戦。ゼロ行進が続いて、巨人が満塁で得点できなかったり、ここでサヨナラにしなきゃしょうがないでしょ、という場面でヨコハマが打てなかったり、ヨコハマ球場を満杯にしたヨコハマファンの声援をBGMに、熱戦は12回まで続いた。結果は引き分けだったけど、久しぶりに野球中継を最後まで熱心に聴いてしまいました。本当は夏目漱石の「道草」を読む予定だったんだけどね。

▲ みどりの日よりどりみどり五月の日


0505・土・子どもの日・立夏・端午の節句・児童福祉週間・

 2012年、平成24年の今日、国内すべての原発で発電が停止した。当時、唯一運転を継続していた北海道の泊原発(とまりげんぱつ)3号機が定期検査のために発電を停止した瞬間、1970年以来、42年ぶりに国内50機すべての原子力発電所が停止した。で、どうしてそのままにしておかなかったのだろう。だって原発なしで国内の電力を融通できたわけで、その時点でトイレなきマンション状態の国内原発システムを解決の道へと方向転換できたはずなのだ。それを阻止する黒い手はどこから伸びてきたのだろう。やっぱ安倍政権とアメリカのいいなり官庁街から伸びてきたのだろうね。

 1891年の今日、アメリカニューヨークのカーネギーホールが開場した。実業家アンドレーカーネギーが建てた大型施設でこけら落としにはチャイコフスキーらが招かれた。ボクの拙い記憶によれば1964年にはビートルズがコンサートを開いているはずである。そして1998年のウィーン少年合唱団のコンサートにはコボちゃんが下村健一の奥様、カコさんと会場を訪れている。ボクにとっても憧れのカーネギーホールだけど、ボクはそのとき、ニューヨークダウンタウンのベスイスラエル病院で人工透析を受け手いたのでした。と、またまた我田引水のエム ナマエでした。
 で、朝、そのカコさんのご亭主、下村ケンちゃんがTBSラジオ、生島ひろしの「土曜一直線」に出ていて、コボちゃんと聴くことになる。メディアリテラシー絵本について語るケンちゃんはポスト池上彰なんて生島ひろしからいわれていて、ボクもそう思った。

 NHKラジオ「昼の憩い」で12歳の男の子からの投稿が紹介されていた。5月5日の出来事というより、子どもたちや若人に向けて必死のアピールを試みているNHKラジオとしては、まこと嬉しい限りの事件であると思う。おめでとうございます。

 夜になって並木動物診療所の並木先生からお電話があり、レントゲン検査の結果、アルルが肺癌と診断された。その瞬間、ボクとコボちゃんにとっての世界が暗転した。まさか。ボクはボクの父親よりもボクを可愛がってくれた伯父貴を肺癌で失っている。そして父親も肺癌で失っている。順番として次に肺癌になるのはヘビースモーカーだったボクのはずなのだ。それをアルルが身代わりになってくれたとコボちゃんがいう。アルルはボクが完全に煙草をやめてから我が家の子になってくれて、間接喫煙の経験は皆無なのである。なのにどうして。あらゆる可能性を模索して、最高の医療を受けさせよう。その夜からコボちゃんとボクはそれしか考えられなくなっている。

▲ 後戻りできる魔法があったなら


0506・日・

 朝、遊歩道でチョンワガラスが泣いている。宇宙では火星へ向けて探査機が飛んでいく。けれどもボクとコボちゃんにとっての世界は暗転したまま。とはいえ、じっとしてはおられない。夜明けとともに行動開始。ありとあらゆるチャンスを駆使してボクらはアルルを救うのだ。

▲ セコンドの回るすべてで祈りたい

2018年4月23日~29日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

頑張れといわれて
いわれなくても 頑張ってるじゃないかと思わずムッとして
なのに 頑張っている人を見ると
頑張れといいたくなるのは どういうわけだろう

 以前、
「頑張ろう、東北」
と生意気なガキドモがテレビやラジオで被災者に向けて語りかけていることがあった。このぉ、何を身の程知らずな、何を恥知らずな、何をこの無知な洟垂れどもがと、それら神経を逆なでする浅薄な呼び掛けを聞かされる度に激怒していたことを思い出す。
「頑張れといわれて、いわれなくても頑張ってるじゃないかと思わずムッとして、なのに頑張っている人を見ると頑張れといいたくなるのはどういうわけだろう」
 ボクが愛育社の言葉の絵本シリーズにこのフレーズを書いたのは東日本大震災のはるか以前のことで、まさか年端もいかない子どもたちが本当に千年に一度の大災害から立ち上がろうとしている人たちに向けて、
「頑張ろう」
などと不遜にも呼び掛ける恥知らずな行為が世の中に横溢するようになるとは想像もしていなかったし、まさかそれを許す親や教育者がいるとも思わなかったし、そしてまさかそれを電波や活字に乗せる業界人がいるとも考えていなかったのである。
 幼い頃から父親に、
「お前は馬鹿だから人の五倍は努力しろ。それでやっと半人前だ」
と繰り返しいわれてきた。ところが大人になってから考えると、そんな父親は家にいる限り、いつも畳に転がってテレビばかり見ていたし、職場にいるときの父親はどうだったかと振り返ると、母親に渡された弁当箱を運んでいったときなど、いつも同僚と無駄話ばかりしていて、ボクはその努力する姿を一度も見た記憶がないのである。
 大学に入るとき、ボクは文学部でアーティストになるための勉強がしたいと父親に願い出たら、直ちに却下され、お前は法学部に入学して官僚となり、お前を育てた父親を死ぬまで楽にしろ、と命じられた。努力しろ、勉強しろ、勉強も努力も自分のためだと教えられてきたけれど、その自分とは父親自身のことだったのである。クソ。あんまり口惜しかったので、法学部ではまるで勉強せずにマンガクラブで猛勉強して、卒業する前にプロのイラストレーターになってやった。おかげで大学は中退である。クソ。
 誰でもみんな自分は特別な存在だと思っている。もしかしたら自分だけは死なないと思っているのかもしれない。このボクだって若い頃は自分は病気なんかにかからないと信じていたし、その自分が重篤な糖尿病で、もうすぐ失明するとお医者から宣告されても絵描きの自分の目が見えなくなるはずがないと考えていた。けれども本当は自分も他人も同じ人類の一員で、同じ環境や病原体が与えられれば同じような病気になるし、切れば赤い血が流れるし、殺せば死んでしまう存在なのだ。というわけでお医者が予告した通り、ボクは見事に失明し、死ぬまで人工透析で生かされる身の上となったのである。
 きっと誰でも自分だけは特別で、他の人たちのことは普通だと思っている。普通に死ぬし普通に病気するし、普通にダメだし、普通に馬鹿だと思っている。考えるに、この世界をあまねく愛しておられる創造主は、それぞれの人間に存在自体が完璧である、という特典を与えているのかもしれない。それぞれの魂の成長、意識の成熟、経験の蓄積によって、自らをパーフェクトと評価する特権を与えているのかもしれない。多謝から見ればどんなに未成熟であっても、本人は自分を完全な存在と評価しているのだ。そう。人間は生まれた瞬間に完全であると認知されるべき存在なのである。
 政治家や官僚、権力者たちが何で国会であれだけの嘘を平気でつけるのか不思議でならなかったが、これでわかった。完璧な自分、特別な存在として選ばれてここにいる自分だけは、何をしても許されるはずだと、彼らは信じこんでいるのである。でなければ、誰から見ても明らかな嘘をあれだけ堂々と訴えられるわけがないのだ。


0423・月・上弦・世界本の日・

 1895年、明治28年の今日、ロシア、ドイツ、フランスが日清戦争で日本が領有した遼東半島を清(しん)に変換するように勧告した。日本は変換に応じたが国内で反ロシア感情が高まり、日露戦争開戦に影響を与えた。これがいわゆる三国干渉というやつで、後進国が何を生意気な、ということだったのだろう。日露戦争で日本海軍は戦艦三笠を擁した連合艦隊でバルチック艦隊を幸運にも撃破し、勝利する。これで明治政府は鼻息がますます荒くなり、やがては欧米列強を相手に宣戦布告するのである。馬鹿だね。

 10時から午後3時まで職人さんたちがやってきて、ドリルやらノコギリやら、あれこれの音をたてて工事をしてくれている。ボクはそれが子守唄になってしまい、次第に眠くなってくる。朝からあまり気温も上がらず、部屋を風が吹き抜けていくので、転寝してると風邪をひきそう。職人さんの声で目覚めると、いつの間にか水道が復活していた。万歳、安堵、感動。よかった。火曜日から今日まで、本当に辛抱しました。いちばん大変だったのがコボちゃんで、3階までの階段を水で満杯のバケツを何度も何度も持ち上げたのでした。これで安心、みんな安心。ボクも安心してトイレに座れます。

▲ 惜春やかなり甘めの缶コーヒー


0424・火・

 1990年というのはボクとコボちゃんが結婚した年で、3月24日のことなんだけど、その1か月後のこの日、ハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられた。打ち上げたのはスペースシャトル。全長13メートル、重さ12トンの宇宙天文台を背中の浦島太郎みたいにして、大海原に泳ぎ出すカメさんのごとく飛び出した。高度600キロの軌道上で背中のハッチを開いてこの宇宙観測機械を放出したのである。以後、直径2.4メートルの反射鏡を備えるこの宇宙天文台は地上の操作により、地球大気に邪魔されることなく直接遠い宇宙の天体を観測し続けるのである。この望遠鏡により系外惑星の発見が飛躍的に増大しているのは皆さんご存知の通りである。

 衣笠祥雄(きぬがささちお)さんの訃報が届いたとき、思わず驚きの声を発していた。あまりに突然の知らせである。お元気に活躍されているとばかり思っていたので暗闇で頭を殴られたような気分である。聞けば19日までテレビの野球中継で解説をなさっていたとか。どんなときでも明るく一生懸命の人だったと思う。バッターボックスで全力でスウィングするそのバッティングスタイルは実に美しかった。現役時代のその鍛え上げられた肉体美に見惚れたこともある。カープ初優勝の年だったと思うが、新幹線の広島駅で列車に乗り込む衣笠選手と瞬間、目が合ったことがある。スポーツマン独特のオーラを発しているその姿に特別なカープファンではなかったが、心を奪われた。巨人ヨイショ中心の野球中継の中で、それに賛同しない解説は、熱烈巨人ファンだったボクにはかなり抵抗があったが、アンチジャイアンツになってからは大歓迎だった。最後の最後まで野球を愛し続けたその壮絶な最期は、いかにも鉄人らしい振る舞いである。心からご冥福をお祈りする。合掌。

▲ 玉筋魚のくっつきあって睨めっこ


0425・水・国連記念日・

 1945年、昭和20年の今日、第二次世界大戦で東西からドイツ領内に進撃したアメリカ軍とソ連軍がエルベ川のほとりで合流した。これによりドイツ軍は二分され、第二次世界大戦は終結に向かう。ヨーロッパ戦線といえばソ連国策映画「ヨーロッパの解放」を思い出す。全5作、映写時間7時間を超す超大作すべてを渋谷の東急文化会館に通って鑑賞いたしました。ソ連兵が正義の見方、という描き方もあれだけの物量を動員しての超巨大スペクタクル戦争映画を制作したソ連に免じて許してあげてもいいかな、という気にさせられる。主人公がやたらハンサムで、バラライカ短機関銃を腰だめに連射しながら前進する勇姿が目に焼き付いている。弾丸が飛んでくる最前線で、んなことできるわけないじゃん。エルベ川だか何だか忘れてしまったが、夜間戦闘で川越しに打ち込む機関砲の曳光弾がやけに美しくて、着弾点で敵が殺傷されていることなんか忘れさせてしまうのが恐ろしかった。映画の力はスゴいと思う。それがフィクションであっても、事実を見てきたような錯覚に陥るのだ。エジソンが映画を発明して以来、本物のように動き回る映像によって、ボクらは洗脳されまくってきたのだ。ときとして、映画は事実よりもリアルなことがある。

 たまらない、たまらない。口惜しくてたまらない。不思議でたまらない。わからない、わからない。まともな野党がまともでない与党に勝てない理由がわからない。正論が邪論に抵抗できないのだ。税金を支払っている国民が税金で雇っている官僚に好きにされているのがわからない。安倍晋三を独裁者のように振る舞わせている民主主義がわからない。麻生太郎の下品な物言いを許しているメディアがわからない。たまらなくって、わからないことだらけで、もう頭がパンクしそうである。

▲ 春愁や民主国家の空回り


0426・木・

 1986年の今日、旧ソ連、今のウクライナのチェルノブイリ原発で炉心核燃料が溶融、水蒸気爆発と火災が発生した。大量の放射性物質が欧州地方に放出され国際基準でレベル7の原発事故は欧州産のパスタが汚染されているという風評被害も引き起こした。この当時、ボクは失明直後、人工透析導入の入院から退院したばかりで様々な出来事の中で翻弄されており、そこにこの深刻な原発事故のニュースを知り、ますます深刻な気分になっていた。ボクの霊的指導者、井村宏次先生がこの原発事故を予言しておられ、さすがと思ったことをよく覚えている。また、井村先生は東日本大震災に伴う東電福島第一原発の事故も予測しておられ、これも驚いたことを覚えている。ボクの命の恩人であり、霊的指導者でもある井村宏次先生は2014年2月に彼岸へと渡られた。あちらの世界でどんなご活躍をなさっておられるのだろう。いつかきっとまた新しい使命を背負ってこの世界に戻ってこられるに違いない。

 国民民主党とは何たるダサいネーミング。企画力のないこと、この上ない。そんなことではとても安倍政権には勝てません。なんせ、あっちには企画力抜群の広告代理店のブレインがいるのですから。と、ボクは勝手に想像しているのです。

 トキオの山口メンバーが酒の上での事件を引き起こして大騒ぎである。中年男が16歳の少女に無理矢理キスしては叱られても文句はいえないでしょう。それにしてもいかにも財務次官セクハラでマスコミの耳目を集めている安倍政権にとっては煙幕にもなる、まこと好都合なタイミングで、もしかしてこれ、誰かの企みではないかと疑いたくもなってしまう。ま、財務次官もアイドルグループのメンバーも、みんな下半身の問題で人生を台無しにしています。エリートもスターも、下半身は制御不能であるらしいのだ。この年齢になって、ボクの下半身も別な意味で思うがままにはなりませんけれど。とほほ。

▲ 惚れたなら猪突猛進猫の恋


0427・金・

 1978年の今日、日本大学の遠征隊が日本人として初めて北極点に到達している。カナダのヘクラ岬を出発して47日間、782キロを犬橇で走破した。ちなみに日本人の南極点到達は1968年の出来事である。1978年というとボクはこの年、モスクワ経由で欧州を往復しているが、それ以前の欧州までの飛行経由は北極回りだった。そのとき、機内では北極点通過証明書を発行してくれたものである。飛行機でひとっ飛びの北極点も、地上走破となると、海の上の氷を犬橇でとことこいって、やっとたどり着く。北極点到達とはそれほどに難しいことなのだ。極地探検家の荻田泰永(おぎたやすなが)さんも単独歩行による北極点到達には何度も挑戦しているが、実現できず、結局それ以前に今年、南極点到達に成功しているのは、やはり海に浮かぶ氷の上の難しさなのだろう。ま、南でも北でも、ボクは寒いのは真っ平ごめんですけれど。

 南北会談で世間は大騒ぎ。見識のある方々があれこれ論じておられるので、ボクなんかが口を出すなんておこがましいのも甚だしいのだが、図々しくてごめんなさい。さて、文在寅と金正恩がにこにこ笑って握手してるけど、腹の中は何を考えているのかはわからない。もしかしたら文在寅は金正恩の核ミサイルを欲しがっているのかもしれないし、金正恩が韓国の経済を欲しがっていることは間違いがない。忘れてならないのは実は北も南も同じ民族であること。もしもひとつになれば経済力に恵まれた核保有国が誕生するのである。
 さて金正恩、どんなに可愛く笑顔を見せたって、平気でおじさんを高射機関砲で撃ち殺し、お兄さんを毒殺するパーソナリティーであることは世界に広く知られている。いずれにせよ、金正恩の笑顔の下には危機感と焦燥感が渦巻いている。トランプもコワイし、国民もコワい。聞けば最近の北朝鮮国民の間では自由経済が発展しつつあるとか。自由経済といっても物々交換である。国を頼る前に自分で作物を作る方がまし、と考えているのだろう。国の貨幣より物々交換。そういうことなのだ。聞けば金正恩は自分の乗ったクルマの周囲をガードマンたちを走らせて警備させているとか。そんなことしちゃいけないよね。心配なのは地下核実験場で働いている人たちのこと。人権無視の北朝鮮のことだから、防護服なんかも着せてもらってないんだろう。当たり前のことだけど、人を大切にしない国に未来はないと思う。

 2001年発刊の鈴木秀子先生のご著書を読んでいたら、表紙がエム ナマエとある。驚いた。覚えていないのだ。2001年の頃となると、多忙を極めた時期である。先生からのご依頼で無条件で作品をお貸ししたのだろう。さて、どんな絵だったか。それはこれからこの音訳図書を読めばわかる。ただし、音訳者の方がボクの絵を説明してくれていれば、の話であるのだが。

▲ 胸に抱く御玉杓子と遊んだ日


0428・土・サンフランシスコ平和抄訳発効記念日・

 検索してみたらサピエ図書館に月刊ラジオ深夜便4月号がアップされていて、早速ダウンロードする。なんてったって巻頭カラーページがエム ナマエの新連載「しじまのおもちゃ箱」の特集だから音訳ボランティアの方がどんな風に読んでくださっているのかワクワクのドキドキである。先月まではイラストレーションの連載だったからどんな風に紹介されるかはパーフェクトに音訳ボランティアの方次第だったが、これからは文章である。責任の百パーセントはボクにある。で、結果は大満足の自画自賛。ボランティアの方に大感謝。実に丁寧に読んでくださっていました。

 そう思っていたところで月刊ラジオ深夜便の編集部から以下のようなメールをいただきました。

題名 : 読者からの感想です

青森県三沢市、65歳男性からの胸はずむようなお便りが届きました!
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エムナマエさんの「スプリングピストル」はまさに自分の子供時代の風景でした。
ゴム鉄砲、山吹鉄砲、銀玉を撃つ鉄砲、火薬をつかった巻きテープの粒……
すべてで遊んでいました。
木製の戦車ではもちろん木の弾を撃っていました。
すべて、祭りの露店で、小銭(子供にとっては大金ですが)を握りしめて買っていました。
田舎なので近所におもちゃ屋はなく、祭りのときの露店は子供心にたいへん夢のある世界でした。
今にしてみればどこにでもあるのでしょうが、あのわくわく感はこれからもいろんな形で大切にしていきたいと思います。
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▲ 音訳の本を読んでる夏隣り


0429・日・昭和の日・

 昭和の日のこの日、ボクとコボちゃんとアルルはいつものようにここ長野県は上田市、無言館にやってきている。そしていつものように今日も晴れている。日本全国、一点の曇りもない晴天である。そしてたとえ日本全国大嵐でも、ここ無言館だけは晴れているのである。なぜならば、ここには無言館で成人式を迎えようという心清らかな新成人たちが集うからである。
 会場に到着すると、メインゲストの池上彰さんをエスコートしてきた元厚労大臣の小宮山洋子さんが握手で迎えてくださった。司会役の青木裕子さんはリハーサルでお忙しいのだろう。気配がない。
 うろうろしていたら朝日新聞と信濃毎日と中日新聞の記者さんから簡単な取材を受けた。池上彰さんの周囲には黒山の人だかりがあって、あきらめてエム ナマエに声をかけたのかもしれない。そこへ窪島館主がやってきて今日もスピーチが長引いたら後ろから石を投げるぞと脅かされた。わはは。この人、必ず何かいわないと気が済まないのだ。
 池上彰さんの隣に座ると開会式。いつの間にか司会役の青木裕子さんが現れて開会を宣言をした。池上彰さんが参加者50名にそれぞれ、昨夜徹夜で書き上げたそれぞれの参加者への手紙を渡して握手をしている。金曜日に朝鮮半島の南北会談なんかがあって、次々にテレビ出演を済ませてから駆けつけたのである。さて、池上彰さんの濃厚で、しかも分かり易いスピーチの次はエム ナマエの出番である。そして池上彰さんがボクをマイクまでエスコートしてくださった。巧みで力強いエスコートで本当に助かった。あとで窪島館主が、お前の女房とインチキ盲導犬は何をやっていたのだといってたけど、聞けばコボちゃんはカメラマンをやっていたのでした。わはは。

 さて、以下がエム ナマエの本日のスピーチである。

 おめでとうございます。この成人式に参加なさる皆様を心からカッコいいと思います。
 そして、ありがたいです。今年も晴れてくれました。そしていつものようにウグイスも鳴いてくれてます。鳴いてくれてるのはウグイス嬢ではありません。みんなオスです。
 今から35年前、絵本作家で多忙を極めていた頃のことでした。ある日突然、お医者に、この目はやがて、見えなくなるといわれました。まさか、そんな馬鹿な。けれどもその3年後に本当に目が見えなくなりました。そして同時に人工透析も導入しました。目だけでなく、腎臓もパンクしていたのです。もう、踏んだり蹴ったりです。おかげで第一級障害のダブルチャンピオンとなりました。二階級制覇です。こうなったらオリンピックでもパラリンピックでも何でもどんどん出てやります。
 何度も入院して、目玉に注射したりレーザー光線を打ち込んだりして、それでも失明するとわかったとき、一晩ずっと炬燵で泣いていました。犬と猫を抱いて泣いていました。絶望して、無神論者のくせに神も仏もないと、運命を呪って泣いていました。炬燵布団がぐっしょり濡れて、気がつくと夜が明けようとしています。すると突然、ボクの目の前で金色の光がはじけたのです。そして、その光がいうのです。世界はあまねく愛されていると。するとボクの心と体は犬と猫と重なり、庭の小石や草木と重なり、世界と重なり、そして宇宙と重なっていきました。瞬間にしてすべてがわかったのです。見えたのです。ボクは幸せの絶頂に運ばれ、救われていました。そのときから、ボクは最後まで生きていけると思えるようになったのです。
 昔と違って今は便利です。パソコンがあります。インターネットがあります。そしてみんなしゃべってくれます。助かります。時計もしゃべってくれますし、電話もしゃべってくれます。ラジオもしゃべってくれます。当たり前です。だからみなさん、失明しても大丈夫です。かなり不便にはなりますけれど。
 視覚障碍者には著作権フリーの膨大なアーカイブズがあります。この音声図書館のおかげで自由な読書が可能になっています。ボクは年間250冊、この4年間で千冊の本を読むことができています。それとは別に週刊誌も読んでます。毎週必ず週刊朝日、週刊文春、週刊新潮を読んでいます。池上彰さんの週刊文春「そこからですか」も毎週拝読しています。本さえ読めれば、人生は大丈夫です。
 というわけで、いろいろとありましたけど、今も絵描きをやってます。ニューヨークで個展を開いたり、全米最大のアパレルメーカーにジョンレノンと並んで採用されたりして、自分には見えない絵をかいています。今はあんまり売れてませんけど、それでも絵描きをやってます。楽しくやってます。
 人工透析を導入したとき、お医者はボクを、あと5年しか生きられないといってました。けれどもそれから32年間、ボクは元気に生きています。金色の光が見せてくれたように生き生きと生きています。ボクはお医者より、金色の光を信用しているのです。
 いつか誰でも壁にぶつかる。そしてそこからドラマが始まる。生きていれば一難去ってまた一難。それでも大丈夫。ボクらは宇宙から愛されているのです。今日は皆さん、おめでとうございました。

 成人式が終わると皆さんにプレゼントしたエム ナマエの愛育社からの書籍、「あなたの時間をありがとう」にサインしながらおしゃべりする。コボちゃんによれば、新成人の50名は美男と美女ばかり。ま、コボちゃんに聞かないまでも、みんなとおしゃべりして握手をすればそれはわかる。音楽の仕事をしたかったり、女優になりたかったり、美術品の修復をやりたかったり建築家を目指していたり。ボクのスピーチに感動したと語ってくれたお嬢さんもいて、本当に見事な若者ばかりでした。

 つい先日、青木裕子作「再婚トランプ」を読了したばかり。何度も泣きそうになりながらの感動のノンフィクションで、会いたいと思っていたので、解散後のおしゃべりも楽しい。そしたらその青木裕子さんが不思議な人物をこの会場に連れてきていて、ボクと引き合わせた。キーワードはビルゲーツとジョンレノン。でもここから先は内緒です。いつか報告する日がくるかもしれません。で青木裕子さんとこの摩訶不思議な人物とずっと一緒だったのがエム ナマエ研究者の奥田博子さん。この方もファンタジーワールドの住人なのです。

 途中、休憩した燕の飛び交うサービスエリアでアルルの首っ玉にしがみついた小さな男の子なんかがいて、帰り道も楽しかった。コボちゃんがしきりに月がきれいといってたけど、そういえば明日は満月なのである。

▲ 無言館鶯今日も祝いけり


2018年4月16日~22日
■ 
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

 痛みは知恵を さずけてくれる

 最初の注射はいつだったか、もう覚えちゃいないが泣いたことは確かだ。そして注射で泣いていたのはいつまでだったか、それもあんまり覚えちゃいない。中学生になると看護婦さんにされるお尻の注射から逃げたかった。痛いのは嫌だけど、恥ずかしいのはもっと嫌だった。
 昔は野蛮だった。校庭にずらり並ばされて予防注射を受けさせられた。敗戦直後の小学校には体育館なんてなかったのだ。校医が看護婦に渡される注射器で次々にチクリとやっていく。同じ注射針でやっていく。あの頃はデスポーザルの注射器なんかなくて、肝炎なんて感染のし放題だったのだ。これも野蛮だったね。ツベルクリン注射だから突然変異でちょっと巨大化した蚊が刺すようなものなのに、刺された順に生徒たちは約束のように泣いていく。ほとんど条件反射である。刺すが早いか泣くが早いか。もちろん自分も注射器を見た途端に泣いていた。
 何といっても痛いのが歯医者の麻酔注射だ。最近は電動注射器なんてのが開発されてずいぶん楽になってるらしいが、もう自分は関係ない。虫歯なんて一本もないのだ。みんな入れ歯なのだ。わはは。痛いm注射のキングオブキングスは眼球注射である。目の前に注射針が迫りくる恐怖とその破壊的な苦痛に耐えたのに失明して、本当に損をした。
 初めての無痛注射は海外渡航のための肝炎の予防ワクチンだった。とはいえ圧力注射の不快さは痛さといい勝負だ。あれだったらチクリとやられた方がさっぱりして気持ちがいい。
 歯医者の麻酔注射は劇的に痛かったが、劇的に効いた。歯を抜いてもまだ効いている。目の下あたりまで効いていて、ほっぺたをつねってもちっとも痛くない。まるで夢の中にいるようで気持ち悪かった。
 人工透析の注射針はほとんど畳張りと同じ立派さで、チクリどころか、ズババンバンとくる。穿刺の前の麻酔もあるが、自分はお断わり。痛いのが当たり前の注射針。脱血(だっけつ)と返血(へんけつ)の二カ所が無痛では透析をしている気がしないのだ。
 痛さは重要な情報である。人は痛さを知ることで命を守ることができる。痛いということは生きている証拠なのだ。とはいえ、ガマンできない痛みもある。血行再建オペのオーソリティー、笹嶋唯博先生は全身麻酔でないと耐えられない痛みがあるとおっしゃる。ところがボクの友人には気を失っていると何をされるかわからないと、癌の手術を局部麻酔で受けた豪傑がいる。医者を信じていないのだ。ちなみにその豪傑は女性である。かと思うとボクの知っている全盲のシンガーソングライターは麻酔で気絶している間に胃カメラ検査を受け手いた。よほど医者を信用しているのだろう。
 生きていれば濡れるのも乾くのも不快である。寒さも暑さも苦痛である。だから家も生まれた、服も生まれた。食べ物が豊富で寒くもなく猛暑でもない南の島で発明家が大量発生したという話はあまり聞いたことがない。そう、それでいいのだと思う。


0416・月・新月・

 1877年、明治10年の今日、札幌農学校初代教頭、ウィリアムクラーク博士がアメリカへ帰国した。見送りの学生たちに
「ボーイズビーアンビシャス」
少年よ大志(たいし)を抱け(いだけ)、との言葉を送ったとされている。ボクはこのエピソードを聞くと高校時代の北海道一周、修学旅行を思い出す。一学年がクラス単位の観光バスに乗り、北海道を一周したのである。そして繰り返し耳にしたのがクラーク博士の「ボーイズビーアンビシャス」の言葉とバスガイドのお姉さんが歌う森重久弥作曲「知床旅情」であったのだ。このお姉さん、石墨さんとおっしゃって、しばらく文通していたなぁ。純情高校生の美しい思い出です。

 安倍政権の支持率が急落した。当たり前といえば当たり前なのだが、いくらお人よしの日本国民でも、そこまでは騙されないということだろう。安倍政権の猿知恵もここまで、ということだ。ザマアミロ。

 TBSラジオ「セッション22「で過去の国会答弁のダイジェストを流している。安倍政権の嘘がバレていると安倍政権が認めていない頃の答弁だからおかしくて仕方がない。とっくにバレているのに、当人たちだけがバレてないと思っているのだから笑わせてくれるのだ。
「嘘つき」
の野次に激昂する安倍晋三。じゃ、嘘を認めたときの安倍晋三はどんなリアクションをするのだろうか。今から楽しみで仕方がない。佐川君の態度もでかい、でかい。あの頃は堂々と嘘をついていたんだね。聞いた話だけど毎日小学生新聞でも子どもたちに、一度嘘をつくとまた嘘をつかなければならなくなるよ、と書いてあったとか。日本中の空気が安倍政権に汚染されて、いちばん守らなくてはいけないのは子どもたち。そのためのメッセージである。さすが毎日小学生新聞。実はボクの文章を最初に掲載してくれたのが毎日小学生新聞。小学校3年生のときでした。

 油断してたらラジオ深夜便に引っ越したラジオ文芸館を聞き逃してしまう。大好きなラジオ文芸館だけど、深夜1時の放送は5時起床の早起き族のボクにはちょっとキツイのです。それに明日は朝から代々木駅前、山下医院に出かけなくてはならなくて、朝寝坊ができないのです。

▲ 改竄はやめてそろそろ解散に


0417・火・

 2010年の今日、強い寒波の影響で関東甲信の山沿いで雪や霙が降る。東京でも1969年以来、41年ぶりに降雪の最も遅い記録に並んだ。以下は2010年4月17日の日誌である。

0417・土・朝から雪が降っている。気温は2度。これで最も遅い降雪記録と並んだ。1969年以来の、実に41年ぶりのことである。その当時、ボクは渋谷の児童会館の真正面、深夜クラブでバーテンダーをしていた。その日、地下の店から階段を上がっていくと、雪が降っていたことを思い出す。ボクはそこで働きながら個展を開く準備資金を貯めていたのだ。そしてその11月、最初の個展「空」を開くのである。翌年の1970年、ラッキーなボクはイラストレータとしてデビューすることができたのだ。ボクにとって渋谷時代は人生の方向を決める重要な季節だったのだ。

 半年ぶり、代々木駅前の山下医院にきている。今日は副甲状腺エコー検査の日である。ベッドに仰臥して、エコーセンサーを捜査する女性技師さんのされるがままになっていると、壁の向こうで年配の患者さんに院長の山下賀正先生が丁寧に説明しているお声が聞えてくる。実に丁寧な説明である。丁寧な説明とはこういう説明なんだよと安倍晋三に教えてやりたいくらいの丁寧な説明である。人間が好きでなければお医者になってはいけない。今日は検査だけで診察の日ではなかったので山下先生にはお会いできなかったが、患者に向かう山下先生の態度は、いつもボクにそう思わせてくれるのだ。というのは、残念なことにそうでないお医者が相当数おられる、ということで、医療現場で発生する様々なトラブルの原因はそのあたりにあるのだと思う。脳裏に浮かぶのは、何でこの人はお医者になったのか、という疑問である。そういうとき、親が医者だから、どうしても医学部に進学しなきゃならないのだ、と苦悩していた慶應義塾志木高時代のクラスメイトを思い出す。気の毒だったなぁ。結局、彼は希望した留年も叶わず、医学部をあきらめていたっけ。

 帰り道、ボクもコボちゃんも黙って小田急線に乗っている。実は朝からピンチなのだ。実に大ピンチなのだ。経堂にこれまでふたり暮らして、ずっと平安にやってこられたけれど、それがピンチに揺すぶられているのだ。今日から水が使えない。古い建物が、とうとうそういう事態を引き起こしたのである。さぁ、これからどうするか。今夜から試練が始まるのである。

▲ 春曇り憂いを乗せて小田急線


0418・水・発明の日・

 今日は発明の日である。1885年、明治18年の今日、専売特許条例が公布されたことを記念して特許庁が1954年に制定したもの。発明といえばエジソンだが、小学生に上がる前の年、ボクは父親の煙草を買いにいく途中、自動車にはねられ、骨折でしばらく入院することになった。片足は太腿までのギプスで固定され、ベッドに仰臥している。仰向けだから大好きな読書ができない。そこで出動したのが読書機械。捜してきたのは父親である。当たり前だ。家でゴロゴロしている父親のためにした骨折である。読書機械くらい捜してきて当たり前なのだ。そしてボクは脚の骨がくっつくまで本を読み漁るのである。読んだ、読んだ。病院の売店にあった漫画をすべて読んだ。見舞客が売店の漫画を次々に買ってくれるので、とうとう売店の書棚には一冊の漫画も残っていなかった、とは聞いた話で本当のことかどうかはわからない。おかげで退院したときはボクの本棚にずらり、赤い背表紙の漫画全集が病院の売店から引っ越してきて、その中でいちばんのお気に入りが杉浦茂の「少年・猿飛佐助」と「発明王エジソンだったのである。白熱電灯を開発中のエジソンがフィラメントの素材を試行錯誤しているとき、日本の竹に着目したエピソードにはいたく感動して、自分はその電灯の下で読書ができているのだとエジソンを歴史上最高の偉人と洗脳されてしまったのだ。

 さぁ、大変。昨日から水がまったく使えなくなった。元栓を開けば階下に水漏れがしてしまうのだ。さぁ、どうしよう。幸い、無二の親友が不動産業だし、家主が好人物だし、ここの管理人も頼りになるし、階下の元理事長も理解があるし、いろいろな方々のお知恵を拝借して、この部屋の改装中は北軽井沢に避難しなければならないと絶望的な気分でいたところを救われる。これからいろいろな業者が出入りする、ということで朝からコボちゃんは荷物整理。大量の荷物である。それを整理しながら下から水を汲んできて水洗トイレのタンクに注入する。飲み水も洗顔の水も下から汲んでくる。これからしばらくは水道のない、ほとんどクロマニョンとかネアンデルタールとか、原始人と同じレベルの暮らしで、あの人たちの苦労が身に染みるのだ。そして最大の悩みがお風呂。それをこれから何とかせねばならないのだ。ま、最後の手段は近所のラブホ。もしも近所にあればね。

▲ 階段をバケツで上げる春の水


◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。へろへろですが、おかげさまで市振に到着、通過しました。
次は奈呉の浦。あと、77,894歩です。

現在の歩数、2,922,106歩。3周目をうろうろしています。

0419・木・

 NHKマイ朝ラジオ情報によると本日は飼育の日であるらしい。4月19日で飼育の日とは何の根拠もない単なる語呂合わせで、日本動物園水族館協会が2009年に勝手に決めたらしい。だからどうした、といわれたら動物園も水族館も立場がないだろうが、飼育の重要なポイントは人間にすべての責任があるということで、自由にしていた生き物たちを檻や水槽に閉じ込めてしまう以上、生かすも殺すも人間次第、ということになる。人間の責任は限りなく大きいのだ。本当は無闇に生き物を売買してはならない。と考えてみると、語呂合わせでも何でも、飼育の日を設定した日本動物園水族館協会の意図も納得できるのである。

 本日、サピエ図書館にアップされた週刊新潮4月19日号を読む。ここのところ非難轟々の福田淳一財務事務次官のセクハラ事件について詳細を知りたかったのである。ラジオやネットの情報が正しければ、権力による優越的な立場からのセクハラが許し難い行為であることは間違いない。そして往生際の悪い福田淳一財務事務次官の態度も問題にされて当然である。さて、これで日本にも「MeToo」運動が展開されるようになるのだろうか。もしもそうなればオートマティックに下半身の座り心地が危うくなる紳士諸君も相当数おられるはずである。そしてこの自分もそうなのかもしれない。当たり前だ。肉体的なオスとなり半世紀以上、酒に酔っても酔わなくても、女性を口説いた記憶はある。週刊新潮にあったような福田淳一財務事務次官の発言、オッパイ触ってもいいかとか、キスしたいとか、そんな直接的な表現はしなくとも、相手に好意を示したことはいくらでもある。そもそも男と女しかいないこの世界。あ、違った、ごめんごめん。3月3日が雛祭りで、5月5日が男の節句で、そして4月4日がオカマの節句、といわれるように、今はLGBTandQの存在を忘れてはならない。そうした様々な出会いの中で口説きは普通にあってもいいのではないか。でなければ、何が楽しいのか、この世界。もちろん、ボクだって男からも女からもさんざん口説きまくられてきましたとも。当たり前じゃないですか。それを許してきたかどうかは別にして、男と女の間で繰り広げられるゲームは、言葉の遊びでも何でも、人生の香辛料としてあっていい。そう思うのです。
 以前、画家や作家、編集者との酒の席で、カウンターで飲んでいると、隣の席で、絵本の仕事をさせてやるから俺と寝ないかと女性画家を口説く編集者の声を聞いたことがある。これが今回のセクハラ事件に該当するかどうかは別にして、立場の優位性を利用しての口説きだけはルール違反とすべきである。今度の事件で明らかなように、社会的立場と人間的価値は決して正比例とはならない。やっぱ、財務事務次官の福田ちゃんは最低な男、ということになるのである。ただ、世間ではどんな場面でも女性を口説くのが礼儀と考える向きもあるので、ここいらあたりが単純でないのかもしれない。ま、そこいらあたりを「MeToo」運動が改革していくのかもしれない。いずれにせよ権力をエゴの道具にする態度は最も醜い人間の態度である。わかるか、安倍晋三。

 貴乃花が一門から自分の名前を外すと宣言したらしい。先代も姿形が美しく、その相撲の取り口も大好きな力士だったが、今の貴乃花の姿形は見たことがなくとも、その頑迷とも思える相撲に向かう真摯な態度は好きだった。貴乃花の相撲協会という権力体制への抵抗をボクは支持する。どうか白鵬の陰謀だけには負けないでもらいたい。

▲ 貴乃花独り歩きの春の宵


0420・金・穀雨・郵政記念日・

 本日は郵政記念日である。1871年、明治4年の新暦の今日、国営郵便が開業したことを記念して1934年に逓信記念日が定められ、2001年にそれが郵政記念日と改められた。飯田橋の駅の近くに逓信博物館があって、小6のときの仲良しの田畑君の家も飯田橋にあって、遊びにいくと近所の逓信博物館に連れていかれ、館内を遊んで歩いた。入場無料だったのだ。ボクらの小学校時代は切手コレクションが大流行で、逓信博物館は見どころがいっぱいだったのだ。あの博物館もとっくに郵便博物館になっているのだろうな、きっと。

 今年二度目の夏日となる。25度を超えて最高気温が26.4度となる。暑いはずなのに気が付けば、いつも膝に猫が乗っている。犬と違って猫は暑さに鈍感なのだ。そしてコボちゃんは汗をかきかき部屋の整理。汗をかきかき専念している。水道の使えない原始人の暮らしはまだまだ続きそうである。コボちゃん、頑張っている。ボクはメクラで何もできない。申し訳ない。

 いつものようにNHKラジオ「昼の憩い」を聴いている。いつものように暮らしの文芸からの俳句に耳を澄ませている。
▲ 教室の窓から見える巣箱かな
 巣箱といえば軽井沢朗読館の青木裕子館長が森にムササビとフクロウの巣箱を設置したとおっしゃっていた。そしてこれは横浜のNHKラジオリスナーからの投稿である。鳥の溜り場になっていた近所の街路樹が伐採されて、そこにきていた九官鳥のハローハロー、という鳴き声が聞えなくなって寂しく思っていたところ、別の町の別の街路樹でハローハロー、と鳴いている九官鳥の噂を聞いて安堵している、という内容である。日本に野生の九官鳥が棲息するという話は聞いてないので、おそらく脱走した九官鳥だろうが、そんな九官鳥ならこの近所にもいてもらいたい。とはいえ、我が家の遊歩道にはチョンワガラスがいて、それなりに楽しませてくれている。物真似ならカラスも得意で、バルタン星人とか犬の声とか、チョンワガラスもときどき他の鳴き方にも挑戦しているらしいのだ。コロッケみたいなカラスなのだ。

▲ ホタルイカお風呂上がりは皿の上


0421・土・民放の日・

 東京の日の出は5時1分、日の入りは18時19分。ずいぶん日が長くなりました。

 1934年、昭和9年の今日、渋谷駅前で忠犬ハチ公の初代銅像の除幕式が執り行われた。当時、まだ生きていた忠犬ハチ公も招待され、その式典を見守っていたという。このブログではやたらハチ公が登場するが、とにかく渋谷とボクは縁が深いのだ。野原が続く風景とか、その中にポツンと立っていた東横デパートとか東急文化会館とか、毎月通ったプラネタリウムとか、そして青春時代を暮らした渋谷の街とか。そんな暮らしの中のハチ公の銅像である。ボクの知っているハチ公の銅像は二代目だが、ボクが上野化学博物館に会いにいったハチ公の剥製は、その除幕式に立ち会ったという本物のハチ公なのである。ボクは兄弟のようにしていた秋田犬がいたので、どうもハチ公も兄弟のような気がしてならないのだ。

 2015年の今日、山梨県の実験線で走行試験中のリニアモーターカーが鉄道世界最高速度、時速603キロを記録した。東京から大阪まで1時間という速さである。馬鹿みたい。そんな旅のどこが嬉しいのだ。

 「あの世のこと」という鈴木秀子先生のご著書を拝読した。気になるところは繰り返し拝読した。鈴木秀子先生とは某雑誌で対談をさせていただいたことがある。著名なシスターである鈴木秀子先生の臨死体験と自分の拙い体験を重ねるとは僭越至極ではあるのだが、先生の書いておられる金色(こんじき)の光体験と自分の体験は本質的に同じ体験であると感じている。ボクもその体験で人生が開けたのである。あの黄金に輝く光はまさに天界からの愛のメッセージだったのだ。

 坐骨神経痛の自主的リハビリ、というと大袈裟だが、室内でのスクワットや膝揚げ、その場ジョギングや腹筋運動のおかげで歩くのが楽になってきた。というわけで久しぶりの豪徳寺までの散歩である。駅でいえば一駅向こうまでの歩きである。ボクとコボちゃん、そしてアルルを草の香りが歓迎してくれている。聞けばタンポポの花も咲いているとか。いつも3階の窓から感じているだけの遊歩道だが、とっくに春爛漫となっていたのである。
 豪徳寺の花壇でパールのネックレスをかけたおパンツカットのトイプードルの隣で休憩。エマちゃんというワンちゃんである。飼い主さんも若くてお洒落なお嬢さん。ブランド志向かと思ったら可憐なトイプードルは保護犬だった。エマちゃんは肉球がひとつ足りないということで売れ残り、たった8か月で子どもを出産させられ、そして捨てられたのだ。エマちゃんもなみき動物診療所のお世話になっているという。エマちゃん、アルルの隣で吠えることもなく、沈黙して直立不動になっていた。もしかしたら緊張していたのかもしれない。
 鳥武の焼き鳥をぶら下げて帰路につくと、次々に散歩のワンちゃんたちと擦れ違う。初対面のワンちゃんもいれば顔見知りのワンちゃんもいて、ときどきは立ち止まって挨拶をする。遊歩道のベンチでアルルと並んで座り、コボちゃんの買い物を待っていると仲良しのコーギーのメイちゃんがやってきて、ボクにもアルルにも飛びついてくる。ついでに焼き鳥にも飛びついてくる。
「アリーナですか」
と声をかけてくれた女性もいる。
「いいえ、これはアルルです。アリーナは先代の盲導犬です」
と丁寧に挨拶を返す。初夏のような夕方である。皆さん、散歩を楽しんでおられるのだ。

▲ タンポポにトイプードルの後戻り


0422・日・アースデイ・

 1946年、昭和21年の今日、漫画「サザエさん」の連載が福岡県の新聞で始まった。作者の長谷川町子さんは当時、福岡に疎開中だったのだ。ボクが生まれる2年前から連載開始されたこの漫画には本当にお世話になったなぁ。歯医者や床屋、町のあちらこちらの待合室でお世話になった。我が家のトイレの本棚にも、ズラリと並んでいた。繰り返し読んでも決して飽きなかった。「サザエさん」、お世話になりました。今でも感謝してます。

 2012年の今日、新潟県佐渡市で自然に放されていたトキに雛が誕生しているのが初めて確認された。雛の誕生は野生のトキ以来36年ぶりのことで放鳥されたトキでは初めてのことである。ニッポニアニッポンの学名の鳥、トキ。美しい鳥である。絵本「にぎやかな夜」では鳥籠を持った男に追いかけられている鳥の群れの中に登場してもらった。日本における完全絶滅の前の作品だった。現在のトキは中国からのトキであるが、どうか日本のトキ、ニッポニアニッポンとして復活してもらいたい。

 鈴木秀子先生のご著書の流れでレイモンドムーディー博士の著作を読んでいる。「垣間見た死後の世界」というタイトルの、人の死についての本なのに、読んでいるとなぜか気持ちがよくなって知らないうちに転寝をしてしまうのだ。ほぼ真夏日のような日曜の午後である。窓から窓へとても4月とは思えない真夏のような風が通り抜けていく。遊歩道ではさっきから一羽のカラスが楽しそうに歌っている。リズミカルに繰り返し歌っている。いつものような伝言ゲームの鳴きかたではないのだ。この気持ちのよい季節を賛美するように歌っているのだ。死ぬことも黒井カラスも、決して不吉とは思わない。ボクら人間世界の出来事も含めて、森羅万象すべて許されてある存在なのだ。ボクは好きだなぁ、カラス。

▲ いく春や来世もきっとまたカラス




2018年4月9日~15日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

止まろうと思えば いつ 止まってもいい
そう思いながら 今もこの道 歩いてる

 決して止まろうと思ったわけではない。絵本作家として歩いてきて、突然の失明宣告を喰らっただけである。冗談じゃない。絵本が何であるか、おぼろげにわかりかけてきて、そして仕事をするのが面白くてたまらなくなってきて、そして理想の仕事場を手に入れたばかりだというのに、失明宣告を喰らったのである。おまけに腎臓までパンクして、排出されるべき毒素連合が体内を駆け巡り、余分な水分で手足がゾウみたいに膨れ上がり、失明と同時に人工透析を導入したときは余命5年まで言い渡された。踏んだり蹴ったり、言語道断の横断歩道なのである。
 どういうわけか生粋の無神論者の自分が失明宣告により神の実在を体験してしまう。といっても白い服を着た白い髭の老人が頭の上に金色に輝く発光リングをゆらゆら浮かべて登場したわけではない。あまねくこの世界を愛している存在から脳味噌の中心に直接メッセージを受け取り、自分の意識と肉体が宇宙と合一する体験をしたのである。どうしてそんなことが起こったのだろう。絶望から救おうと肉体のシステムがドーパミンとかエンドルフィンとか、脳内麻薬物質を総動員して、めくるめく幻想世界を目前に展開させてくれたのかもしれない。いずれにせよ、それはいかなる快感とも違う至福体験だった。そしてその体験はボクの肉体の中心を一本の柱のように陣取って、自分を揺るぎのない宇宙への信頼へと導いてくれたのである。
 とはいえ失明はコワい。四方八方から迫りくる暗黒の壁に浮かび上がるムンクの叫びの幻影に脅え、失明の暗闇に生きるくらいなら尿毒症で死んだ方がよいとさえ考えていた。それが人工透析で生かされる道へと運ばれていったのである。
 復活は希望への体験である。死んだらどうなるかはわからない。けれど生きていることは嬉しい。苦しいことはあるけれど、それ以上に楽しいこともある。時間はかかるけど見えないことにも慣れてくる。ただ命を限られて生きることはどうだろう。見えないで生きることにリスクはある。人工透析で生かされることにもリスクはある。おまけに自分の命は長くて5年。そう思いながら生きることにもリスクはある。理屈で考えれば何をしても間に合わないのだ。ところがどうだろう。失明してすぐ、白い紙の十円玉を目印にして一行ずつボールペンで文字を刻んで童話を書き、それで新人賞を獲得した。間に合ったのである。人生をマイナスゼロ地点からスタートしたのに、そんな自分と人生を共にする人が現れて、その人に勧められて見えない目で絵を描くことを覚えて、その方法を試行錯誤して全盲イラストレーターとなり、全国で展覧会を開いて次々に絵本を出して、なのにボクはまだ生きているのである。とっくに5年は過ぎているのに、である。
 失明するとわかったときから、いつ死んでもいいと思っていた。死ねば楽になるだろうと考えていた。ところが死んでない。まだ死んでない。絶望を目前にして、宇宙が至福の体験を与えてくれたように、今度はいつか、天がボクを死へと導くだろう。それはいつかわからない。けれどボクは至福体験をプレゼントしてくれた宇宙を全面的に信頼している。だからその瞬間まで、今日は昨日と同じように、そして明日は今日と同じように、ボクは生きていくつもりなのである。


0409・月・

 プロ野球の勝ち負けがバラけてきて面白くなってきた。ヒロシマがDeNAに敗けてるし、巨人はヤクルトに三連敗でまるで歯が立たないし、やっと日本ハムが勝ち始めたし、西武ライオンズだけが連勝街道まっしぐらで27年ぶりの開幕8連勝で文化放送も張り切ってる。さて、楽しみです。それにしてもガッカリがTBSラジオが野球中継から撤退したこと。なんせTBSラジオの音質が最高なんです。ニッポン放送の野球中継も悪くないけど、音質が最悪なんです。そこで頼りになるのがNHK。巨人中心主義でないところが評価できます。さてヤクルト、今年は頑張ってね。今年もボクはDeNAとヤクルトを応援しますから。広島の応援はもういいでしょう。今年も優勝候補のトップですから。

 さて、大リーグでは大谷翔平君がまたまた勝利投手。6回までパーフェクトピッチングを展開したとか。驚きの2連勝です。現地ではスーパーマンどころか、宇宙人扱いをされているらしいのです。大谷翔平君、どうかそのままゴーイングマイウェイを続けてください。

「ツチクッテ、ムシクッテ、シブーイ」
 これって、燕の聞きなしです。燕という鳥、大好きです。可愛くてたまらない渡り鳥です。燕は人間を利用しているだけだと考える人もいるようですが、それだけじゃないでしょう。人間が燕を大切にしているように燕だって人間が好きなのです。その昔、台風の夜に燕が家の中に逃げこんできて、一晩一緒に過ごしたことがありますが、あのように堂々とした野鳥をボクはそれまで見たことがありませんでした。とにかく家の中に迷いこんだ野鳥というものは、哀れなほどにパニックに陥るものなのです。ところがその燕、ティッシュをしいてやった本棚にチョコンとうずくまり、嵐が去るのを待っていたのです。声をかけて手の平に乗せてやっても慌てず騒がず、こちらを見上げています。顔を近づけてすりすりしてもパニくらないのです。そんな野鳥っているでしょうか。そのまま窓を開き、台風一過の青空を見せてやると、一瞬にして飛び立っていきました。そしてボクはますます燕が好きになっていたのです。

▲ 電線の燕見上げる窓の猫


0410・火・女性の日・

 1963年の今日、アメリカの原子力潜水艦、スレッシャー号がボストン沖の大西洋で行方不明になった。翌日、アメリカ軍はスレッシャー号の沈没と乗組員129人全員の死亡を発表した。当時、世間を騒がした事件である。ボクは中学3年生で高校受験を控えていたが漫画を描くのにも夢中で、このスレッシャー号沈没をネタに怪獣漫画を描いている。タイトルは「怪獣ライン」。スレッシャー号を沈没させた超弩級の怪獣が海から飛び上がるとなぜか日本列島へ一直線。そしてなぜか秩父の町に現れる、というストーリー。この怪獣、海にも潜るし空も飛ぶ。イメージとしては東宝映画「怪獣バラン」に近いのだが、近いというよりは完全にパクリ。安易な漫画で、当時の高校受験のプレッシャーを少しでも忘れたいというアクションだと思う。プレッシャーでスレッシャー号、ということなのかもしれない。なんで秩父かというと、ちょうどその頃、秩父に旅をしたばかりだったのである。で結局、このくだらない怪獣漫画は未完成のままとなる。でも不思議なもので、それら漫画の一コマ一コマを今でも詳細に覚えているのだ。人間の脳味噌ってスゴイと思う。

 財務省に厚労省に文科省、次々にインチキがバレてます。国民の財産であるはずの公文書をドガチャガして、自分たちの都合のいいようにいじくっているのデス。商家の番頭さんが旦那の目を盗んで帳面を筆でドガチャガして、お店のみんなに好きなだけ飲み食いさせるように、勝手なことをしてるのデス。国民の税金で雇われている身分のくせに、国民の財産である公文書を私物化しているのデス。霞が関に暮らしていると、自分たちが国民の上にいるような、そんな錯覚をしてしまうのかもしれませんね。これすべて安倍晋三の嘘を隠すための方便、とあきれるのは簡単ですけど、自衛隊は話が別でしょう。あの人たち、武器を持っているのです。一般市民には決して許可されないような飛び道具、ピストルや機関銃、バズーカ砲や火炎放射器、戦車や戦闘機、軍艦までも持っているのです。その人たちが、それら武器を私物化して、この国が好きなようにされたら大変でしょう。そういう事態をクーデターというのです。ある人は今回の日報隠しを226事件に匹敵する暴挙だともいっていました。稲田朋美なんて、あんなポーッとした防衛大臣をあてがわれたんじゃ自衛隊だって馬鹿にされたと思うでしょ。安倍晋三なんて、あんなワガママな総理大臣に好きにされて、自分たちには縁のない僻地に飛ばされて戦闘に巻き込まれて命を落とすなんてことになったらたまらないと思うのは当たり前でしょう。だったらいっそ、クーデターでもいてこましたろ、と考えられても不思議ではありません。安倍晋三夫妻のワガママな振る舞いにいい加減にストップをかけましょうよ。王室でも皇室でもないくせに、国のシステムを私物化して、それを国民が許していると誤解させているうちにこんなことになってしまったのデス。ということで、あの勘違いご夫婦には一刻も早く引き下がっていただき、この忖度国家の歴史にそろそろ終止符を撃とうではありませんか。

 空は晴れて春爛漫。コボちゃんとアルルはボクの憧れのおねえさま、ミサオが勧める豪徳寺、なみき動物診療所に出かけてる。先月あたりからアルルがちょっと心配なのだ。いつもと変わらず元気なんだけど、ちょっと心配なことがあるのだ。コボちゃんは自分の医療関係の知識を総動員して、そして知り合いの元獣医さんにあれこれ質問して、そしてボクはネットであれこれ調べて、そしてその結果、今日、近所でも評判のこの動物診療所に診ていただくことになったのだ。以前から飼い主さんと犬や猫、様々なペットたちが行列をしているこの動物診療所が気になっていたのだが、やっぱり人の噂は嘘をつかない。細かいことはまたいつか、ということにして、実に優れた先生方で、アルルとコボちゃんは元気に帰宅したのである。血液検査の結果はこれからだけど、とりあえず緊急性はなさそうなので、胸を撫で下ろしているところ。アルル、いつまでも元気でいておくれ。

▲ 動物のお医者に並ぶ人の群れ


0411・水・メートル法公布記念日・

 東京の日の出は5時14分、日の入りは18時11分。最低気温は12度、最高気温は21度。いよいよ春から夏へと急激に季節が移行しつつある。春は天候も人事も、そして気分も著しく不安定。最近は春バテなんて言葉も耳にするようになったが、春に浮かれておかしな事件だけは起こさないでいただきたい。

 1996年の今日、アフリカで核全面禁止条約が調印された。およそ50か国が核兵器開発や核廃棄物の投棄を全面的に禁止する条約に調印し、アフリカは中南米、南太平洋、東南アジアに次ぐ世界で四番目の広域な非核地帯となる。さて、日本はどうなのだろう。アメリカの核の傘の下、いつまでも非核化の論議から逃げ続けるつもりなのだろうか。そしてこの核全面禁止条約に原子力発電は該当するのだろうか。核廃棄物の投棄を禁止する以上、当然原子力発電所の利用は否定されるべきだろう。ところで、人類が核兵器を開発したと同時に世界でUFOが目撃されるようになっている。元自衛隊戦闘機パイロットの佐藤守さんのご著書「実録・自衛隊パイロットたちが目撃したUFO」によればチェルノブイリ原発にも東電福島第一原発にもUFOは現れている。にわかには信じ難いのだが、チェルノブイリの事故現場ではUFOの発する光線が近隣の放射能レベルを劇的に低下させたという、まるでSF映画みたいなレポートがある。アメリカの核ミサイルシステム上空に出現し、そのシステムを一時的に無能力化させたことも報告されている。ETも注目する人類の核開発、そろそろ世界中でこの核全面禁止条約に加入しましょうよ。UFOの乗組員たちも人類に、核物質はあなたたちの手には負えませんよ、と警告しているのだから。

 備忘録なんて言葉、初めてボクは聞きました。思わず辞書を引きました。その備忘録ですが、ちゃんと首相案件と控えてあるそうですよ。記憶にないと逃げられないための備忘録なんです。忘れたときの備えなんです。それがアベちゃん、話が違うじゃないですか。アベちゃん、そろそろ年貢の納め時じゃないんですか。あんまり往生際が悪いと孫子の代まで後を引きますよ。それともその往生際の悪さはおじいさまからの教えですか。ウチュクチイ日本を提唱するアベちゃんの、それはウチュクチクない態度だと思います。

 さて、本日の衆議院予算委員会でのアベちゃんの答弁、ボクはずっと耳を澄ませていましたが、アベちゃん、聞かれもしないことを長々と繰り返しおしゃべりして、まるでオウムになったみたい。そりゃ枝野議員も頭にくるでしょう。安倍晋三という人の答弁をこの政権成立以来、ずっと聞いてきたけれど、いつもはぐらかしで、質問とまるで噛み合っていなかった。今日もはぐらかし、摩り替え、時間稼ぎの答弁を繰り返してる。安倍晋三という人物は自民党も私物化して考えているみたいだけど、国会も自分の自由になる場所と勘違いしてるみたい。そして委員長までがこの安倍晋三の不誠実な対応にストップをかけられないでいる。こんな腐った政権と国会を具現化させた責任は、民主党の政権交代を容認できなかった霞が関の反撃で真実を見抜く力を奪われた国民にもあるのだと思う。

 さて、本日のデイキャッチ、時事川柳の秀逸です。
▲ 昭恵さんあなたは土俵あがってよ
▲ ありましたと日報には書いておこう

 外に出るとすごい風。スリムなボクなんか飛ばされてしまいそう。短足がっちりのアルルも飛ばされてしまいそう。とにかく頭の帽子をポケットに入れて歩き出す。はげちゃいないけど、少ない髪の毛が風にあおられ、悲鳴を上げてるけど、さらさらと髪の毛の感触も嬉しい春の嵐です。

▲ どこまでも嘘を重ねる春の午後


0412・木・世界宇宙飛行の日・

 今日は世界宇宙飛行の日であるという。1961年の今日、ソ連のガガーリン少佐がボストーク1号で地球を1周して無事帰還した。地球は青かったの明言を残している。これが人類初の宇宙飛行であるのだ。そして1981年の今日、米国NASAが最初のスペースシャトルコロンビア号の打ち上げに成功している。シャトルの名前の通り、繰り返しの使用が可能で、宇宙から戻ってくるときはグライダーみたいに飛んできて、着陸脚を出すと旅客機みたいに滑走路に滑り込んできて、そのスタイルで30年も宇宙開発をリードしてきたのだ。あるときはハッブル宇宙望遠鏡を背負って飛び上がり、背中のドアを開いて軌道に乗せたりしてきたのだ。大好きな機体でボクもプラモデルを作ったり、絵本に登場させたり、全盲イラストレーターとしてもずいぶん絵に描かせてもらいました。できればまた復活してもらいたいんだけど。

 1968年の今日、霞が関ビルが完成した。地上36階、地下3階、高さ147メートルの日本最初の超高層ビルとなった。これを記念して映画「霞が関ビル」が制作され、ボクは招待券をもらって喜んで観にいった。アホは高い所が好きというが、高い所の映画も好きなのだ。この映画、豪華スターたちがチョコチョコと顔を出すオールスタームービーだった。本物の霞が関ビルは、というと、またまた招待券をもらって霞が関ビルの最上階レストランでお茶を飲んでいる。加山雄三のバックバンドとしても知られるランチャー図が演奏しているのをたったひとり、ポツンと客席に座って聴いていた。窓からの展望が美しかったといいたいが、その日は雨が降っていたような気がする。暇な学生の身分なんだから、もっと晴れた日にいけばよいのにね。馬鹿みたい。

 最近、西部劇はあまり流行らないのかもしれない。未成年の新米警官が腰の拳銃で先輩警察官を撃ち殺してしまった。それも背後から後頭部と背中に2発も打ち込んだのである。これが西部劇だったら大変。打ち合いがあった場合、保安官はどっちが先にピストルを抜いたかとか、弾はどちらから撃たれているとか、ここをまず取り調べる。そして被害者が背後から撃たれている場合、犯人は最低な奴と人間扱いされなくなり、保安官は町のみんなから犯人がリンチにされないよう心配りをしなければならなくなるのだ。地デジ化以来、我が家は100パーセントテレビからフリー状態にあるのだが、テレビの名作劇場でも西部劇の放映はないのだろうか。いいよ、西部劇。特に警察学校の新入生たちには「真昼の決闘」とか「荒野の七人」とか「OK牧場の決闘」とか「シェーン」とか、名作西部劇を観ておいてもらいたいんだよね。で、そしたらどうなるか。それからは、警官同士が正々堂々と正しく街中で拳銃で打ち合うようになるのです。ま、これは冗談として、これからは絶対、未成年の警察官を罵倒してはなりません。即座に後ろから撃たれます。

 夕方、豪徳寺の動物診療所、「なみき動物診療所に電話すると、ご多忙なのだろう、そのときは電話に出られなかった並木先生から、夜になってわざわざ電話をいただいた。そしてアルルのヒラリアの疑いが晴れたのである。ひたすら感謝、なのである。この先生の素敵なところは無闇に高価な検査や治療、そして薬を勧めないこと。たとえばヒラリアの予防薬についても、都会のワンちゃんたちはヒラリアのリスクが低いことをまず知らせてくださり、予防薬を無闇に勧めるようなことはなさらないのだ。少しの時間だが、並木先生と直接お話しができて、いつも医院の前に人と動物たちが行列している理由がよくわかったのである。アルルはヒラリアではなかったが、またあれこれ、精密検査を受けさせるつもりである。

▲ 春眠や犬と猫ども元気なれ


0413・金・

 本日は13日の金曜日です。でも気にしません。だってオイラはクリスチャンじゃないもん。で、大安吉日も仏滅も気にしません。多少気にするのが毎朝のTBSラジオの「おはよう一直線」の占いくらいなもの。ただ、それを読んでる途中の生島ひろしの脱線が気に入りません。なんであの人、子どもの自慢ばかりするのだろう。気持ちはわかるけど、そこまで自慢することはないでしょう。

 今週もドタバタ、というか、ジタバタしたなぁ安倍政権。改竄の事実だけでなく、出てくる出てくる、備忘録やら日報やら。もしかしてこれ、関係者の誰かがバラス気で新聞社にバラ撒いてんじゃないの。チクッてんじゃないの、と勘繰ってしまいます。私や妻が関係していたら総理も議員も辞めるなんていっちゃって、そんな自らの前のめりな発言が引き起こした事態を目前にして、知らん顔する安倍晋三の鉄面皮ぶりに怒りを通り越して呆れてしまう。どう考えてもあの発言からすべてが空回りを始めたのです。国民も世論調査だけでなく、そろそろ投票という形で実力行使するしかないと思います。

 週刊朝日に文春に、そして新潮に現代に、プレクストークにやたら週刊誌が貯まってしまって、それを透析中に一気に読む。音訳ボランティアの皆様、毎週毎週、本当にありがとうございます。おかげさまで失明したばかりのときは考えられなかった、週刊詩を楽しむという幸せをいただいております。

▲ 春風や十三日の金曜日


0414・土・

 土曜日の朝の楽しみ、一週間最高のラジオの楽しみ、「ラジオ文芸館」がなくなってガッカリ。で、その代わりに出現したジャリ向き迎合番組を蹴っ飛ばし、TBSラジオを聴いている。そしてこれが内容豊富で面白いのだ。以前から興味があったのだが、ラジオ文芸館に勝てるプログラムではなかったのだ。これからはこの時間帯、TBSラジオに回すことになると思う。NHKラジオ、ラジオ文芸館をこの時間帯から外してかなり聴取率を失うことになるだろう。NHKラジオ幹部の嗅覚を疑わざるを得ない。勿体ないことをするものである。ただし、ラジオ文芸館が引っ越していったラジオ深夜便の聴取率が上がるかは微妙なところ。深夜1時という放送時間が問題なのだ。歯を食いしばってもボクは聴くつもりだが頑張り切れず、眠ってしまうような気もするんだよね。たとえラジオ文芸館でも眠気には勝てないと思うのだ。

 トランプがシリアに対する攻撃開始を指令した。巡航ミサイルのトマホーク100発が一斉に飛び出した。それを70機、撃墜したと撃たれた方が見栄を張る。どっちもどっちのような気がする。シリアの毒ガスが本当かどうかは知らない。倒れた子どもの姿を見て、本当にトランプが感情的になったかどうかもわからない。それよりは、北朝鮮に対する威嚇効果を意図したとする方が真実に近いような気がする。いずれにせよ、トランプに付き合わなければならなかったイギリスとフランスの兵隊さんがお気の毒。誰でもいいからトランプからツイッターというおもちゃを取り上げてくれないかな。たった140文字で世界が引っ掻き回されてはたまらない。

▲ 春なのにミサイル飛ばす馬鹿がいる


0415・日・

 1937年、昭和12年の今日、ヘレンケラーが初めて来日した。その後も来日を重ね、各地で講演を行うなど日本の障害者福祉の発展に大きく貢献した。ヘレンケラーで思い出すのが映画「奇跡の人」である。ヘレンケラーで心に残るのが映画「ヘレンケラー」で主演のパティ・デュークがポンプ井戸の流れる水を受けて、物には名前があることに気づくシーンだが、ボクはそのポンプに触れたことがある、といいたいのだが、実はそのレプリカ。1998年のニューヨーク滞在で、ボクはヘレンケラーの邸宅のオーナー、ミスターグリーンからご招待を受けたのである。彼は弁護士で奥様は日本人。おふたりは全盲イラストレーターに感動してくださったのだ。そのときグリーンさんは邸宅内に設置してあるそのポンプ井戸の実物大のレプリカに触らせてくれたのである。最も感動したのがヘレンケラーの書斎。壁一面の本棚には大きく点字がプリントしてあって、ボクはそれを勝手に百科事典専用の本棚ではないかと解釈したが、おそらく間違っているだろう。グリーンさんは別れるとき、「楽観主義は未来を開く」というヘレンケラーの言葉を刻印したガラスの文鎮を手渡してくれた。そして今でもその文鎮はこのデスクの上で宝物として輝いているのである。

 午後になって雨も上がり風もやんだので窓を開けた。カラスがうかれて鳴き交わしている。家の中では猫のミミコがお腹すいたとわめいてる。ここでは平和な日曜日だが、大分県中津市の山崩れ現場では自衛隊や消防や警察が命がけの日曜日を過ごしている。人命救助活動に専念しているのだ。国交省の自動機械が巨大な岩石や倒木を含む数百万立方メートルの水交じりの土砂を取り除く作業をしているのである。危険極まりないこの作業。通常の作業機械に遠隔操作のロボットを乗せて土砂撤去をさせようとの提案もあって、とにかく命がけなのである。この危険な日曜日の現場に対して、非力な自分はせめて二次災害の発生しないことを祈るしか他に手がないのである。

 何たるサプライズ。DeNAが8連勝なのである。弱いと思って応援しているのに、それが強いの何の。負け知らずで17年ぶりの8連勝なのである。まさかのまさかでDeNAの優勝を予測していた評論家がいたような気もするが、まさかの本当になるのかもしれない。意外なのが巨人の再会。既に10敗一番乗りで、シーズン初めとしてはちょうどいい塩梅のハンディという人もいる。ま、開幕したばかりのプロ野球。今のうちならいいたい放題なのでしょう。

▲ いく春や二階の窓に猫の顔


2018年4月2日~8日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です、はお休みさせていただきます。


0402・月・

 東京の日の出は5時27分、日の入りは18時3分。かなり日が延びてきました。東京の未明の気温は13度、最高気温は24度。もう初夏の気候です。こうなるとボクは嬉しくてたまりません。

 1970年の今日、ママさんバレーの第一回全国大会が東京で開幕された。東京オリンピックの東洋の魔女が刺激になったのである。みんな魔女になりたかったのだ。魔女なら宅急便のキキ、あの黒猫を連れたキキみたいに可愛い魔女ならいいのだが、熊本からの帰り道、大阪で乗り換えた新幹線の車内でコボちゃんと一緒に遭遇したママさんバレーのオバハンたちは魔女の宅急便のキキとは百万光年も遠い恐怖の魔女で、集団で騒ぐ姿はベロキラプトル、食べる姿はピラニア、騒音はラッシュアワーの羽田空港みたいで、一刻も早く東京に着いてくれと祈っていたものである。ああ、コワかった。

 1982年の今日、アルゼンチンがフォークランド諸島の領有権を主張して軍事侵攻をした。これに頭にきたのがイギリス。垂直離着陸戦闘機ホーカーシドレー・ハリヤーを擁する航空母艦を派遣、2か月にわたる戦闘の結果、双方で千人近くが死亡、イギリスが勝利となる。この戦争、まさに近代兵器の実験場で、そのときの映像は軍事マニアにはヨダレもの。戦争は嫌だなどとのたまいながら、どこかワクワクして見たのを覚えている。これがオイラのダブルスタンダード。ガンマニアで軍事オタクの平和主義者。かなりフザけているのです。

 この朝、中国の宇宙実験室「天宮」がもうすぐ落ちてくるぞ、9時から10時の間だぞ、と聞かされて緊張していたら、落ちたのは南太平洋ということで一応安堵した。でもなぁ、それも中国の発表だからどこまで本当なのか、完全に安心はできません。とにかく、自分で打ち上げたものくらい、きっちりコントロールしてよね。

 朝から大谷翔平で大騒ぎ。投げて打つのは1919年ベイブルース以来、99年ぶりのことだというから納得である。よかったね。日本のファンの皆さんも、きっと安堵していることでしょう。マークン、マエケン、イチローも大活躍。おお、日本もアメリカも球春じゃ。今日は高校野球は休養日だけどね。あ、プロ野球もお休みじゃ。

▲ 目覚めれば上司の家やシジミ汁
 これ、NHKラジオ「昼の憩い」の暮らしの文芸のリスナーの投稿。いい俳句だと思う。

▲ 今日も晴れ明日も晴れよと春本番


0403・火・

 1911年、明治44年の今日、お江戸は日本橋の開通式が執り行われた。木の橋から石造りの二重アーチ橋に架け替えられた。ということはあの橋、もう100年も経っているわけで、さすが石は頑丈です。それで上を覆っている首都高速さえ撤去できれば、お江戸日本橋は生き返るんだけどね。ああ、邪魔だなぁ、首都高速。

 1947年の今日、後楽園球場にウグイス嬢が登場。日本最初の女性による場内放送係である。これが大変人気となり、他の球場にも伝染していく。日本中、あちらこちらでウグイスが鳴き始めた。山で鳴いてるウグイスたちは、みんなオスなのにね。今やってる高校野球のウグイス嬢も実に可憐でうっとりさせられる。

 春ですね。久しぶり、チョンワガラスが鳴いている。今年も仲良くしてね。たまには窓辺に遊びにきてね。長い付き合いじゃないですか。

 高校野球は準決勝です。強豪ぞろいのせいか、それとも休養したせいか、いい試合ばかりがふたつ。さすが。手に汗握る展開で、どうしても聴いてしまう。お昼から夕方まで、どっちが勝っても応援して、ちょっと疲れました。こうなったらどこでもみんな、優勝してくれや。
 ところで、今年の選抜が初めてなのか、よくは知らないけれど、始球式の小学女子の投球がいい。ストライクなのだ。きっと小学女子野球というものが流行っているのかもしれないね。ああ、そういえば落合福嗣君に付き合わされて赤堤小学校の野球チームの練習を見にいったとき、女の子もいたっけ。6年生だったら女の子の方がデカイということもあるしね。

▲ 球春や小学女子の始球式


0404・水・

 東京の予想最低気温が14度で最高気温が25度。夏日が予想されてます。そこで春バテ、という言葉を聞きました。卯月は年度が新しくなって環境が変わる、ということだけでなく、気温が不安定、ということもあるらしく、体内に蓄積された様々な不具合が体外に噴出するらしいのです。んだよね。ここんとこの初夏みたいな暑さだって、オイラはまだ慣れてないもんね。ま、オイラの場合は春夏秋冬バテだけどね。とほほ。で、午前11時40分、東京北の丸では25.1度を記録。夏日でーす。半年ぶりの夏日でーす。

 1879年、明治12年の今日、琉球藩の廃止と沖縄県の設置が布告される。これにより15世紀はじめに統一国家として成立して以来、450年あまり続いた琉球国の体制が終わりを告げたのである。でも、よかったのかね。日本の一部にされたことで戦争に巻き込まれ、本土決戦の防波堤にされ、地上戦が展開されたのは沖縄だけ、ということになった。アメリカも多大な犠牲を払って獲得した島だから、今も手放す気持ちはない。というわけで、沖縄県民は21世紀の今も塗炭の苦しみに喘いでいるのです。早く独立させてあげようよ。

 1905年、明治38年の今日、早稲田大学野球部13名が日本のスポーツチームとして初めて海外遠征に旅立つ。日露戦争のさなか、アメリカにおよそ3か月間遠征して、26戦7勝19敗の成績と本場の技術を持ち帰った。これが早稲田でなくて慶應義塾だったらもっと愉快なのにね。と思うのは慶應義塾関係者だけですけど。

 1964年の今日、ビートルズがビルボード誌トップファイブを独占する。5位、プリーズプリーズミー。4位、抱きしめたい。3位、シーラブズユウ。2位がツイストアンドシャウト。そして第1位がキャントバイミーラブ。最近、毎週土曜日の電気掃除機がけのBGMは大音量のビートルズと決めていて、毎回必ず大声でビートルズを歌いまくって電気掃除機のノズルを振り回しているんだけど、これらデビュー当時のヒットソング、ベストファイブのどの曲も古くなってないんだよね。どの時代の誰の音楽も好きだけど、ほとんど好きだけど、やっぱビートルズ以上にときめくグループはいないのです。以上、資料提供は「おはよう一直線」、檀れいさんでした。

 ラジオパーソナリティーの伊集院光さんがブラインドサッカーのチームを結成したという。ラジオパーソナリティーとしてブラインドサッカーに光を見出したらしいのだ。試合を見学したところ、参加者の表現力に感嘆し、その魅力に取りつかれ、チーム結成を決心したらしいのである。ラジオパーソナリティーとしての表現力の鍛錬、というメリットもあるだろうが、この人の好奇心の強さは尊敬に値すると思います。

 すごーい。大谷翔平が今度は本拠地の球場の第一打席でスリーランホームランをかっ飛ばした。それだけじゃなく、4打席3安打3打点という結果もおさめた。大リーグデビューの打席がヒットで、最初のマウンドが勝利投手で、最初の本拠地での打席がスリーランホームランとはデキスギでしょう。これでエンジェルスファンも、この買い物に納得したことでしょう。よかったね、大谷翔平君。

 ラジオ深夜便のミッドナイトトークは室井滋さん。この人、本当に変な人。といって失礼ならおかしな人。今夜も笑わせていただきました。ことに巨大魚と恋に落ちる夢の話が秀逸。イケメンの魚はシャチホコ、ということで、黄金の巨大魚と泳ぎまくり、こんなことをしていてはいけないと魚との交際をやめたら、魚が津波に乗ってやってきて、街で暴れまくり、
「シ・ゲ・ル」
と絶叫するのを家の中に隠れて忍び耐えている、なんて夢は普通の人には見られません。

▲ エイプリルいきなりの夏フーリッシュ


0405・木・清明・

 1939年、昭和14年の今日、映画法が公布される。戦時体制強化のため映画の制作や配給に許可が必要になっただけでなく、脚本の事前検閲、外国映画の上映制限、ニュース映画の強制上映などが定められた。1939年といえば真珠湾攻撃の2年前で、軍事国家としては戦争に対する反対や揶揄の空気をとにかく押さえつけたかったのだろう。欲しがりません、勝つまでは。進め一億火の玉だ。安倍晋三の働き方改革とどこかつながるようなスローガンだが、この時代は愛や平和の匂いがするものはすべてご法度であったのだ。

 エンジェルスの大谷翔平君、またまたホームラン。二試合連続のホームランである。それもツーランホームランで相手はインディアンズの昨年の最優秀投手なのである。どーしちゃったの、大谷翔平。オープン戦ではパッとせず、アメリカでは通用しないんじゃないの、なんて心配されてたのに、投げれば勝利投手だし、撃てばホームランだし、今度は同僚からねたまれるんじゃないか、なんて余計な心配をさせてくれてます。

 土俵の女人禁制が問題になっている。観客の女性医療従事者が市長の命を救おうと土俵に上がって人工呼吸をしたのは250パーセント正しい。でも、人命救助は別にして、オンナコドモの入ってはならない聖域があってもいいような気もしてる。世界の流れに逆らうつもりでいうけれど、オンナコドモはうるさいのだ。家でもうるさいし街でもうるさいし、男は落ち着いてものを考える場所がないのだ。と、内心で思っている男は糠味噌の中の乳酸菌みたいにウジャウジャいて、そんな男どもが、男同士が命がけでぶつかり合う土俵に女が揚がるのを愉快に思わないのは許していただきたい。真実を明かせば、男は根性の小さな生き物なのです。今度の場合は普段から土俵女人禁制をインプリント、つまり刷り込まれている若い行司が焦ったのだとも伝えられているので仕方がないでしょう。ま、相撲の世界くらいは伝統が守られてもいいとして、プロレスのリングに着物姿の美しい女性が揚がって花束を渡されたレスラーがその花束を客席に投げつける、なんてのをテレビで見たような気がするけど、あれも女が男の世界に無遠慮に足を踏み入れたことへの抗議だったのかもしれない。聞けば、オリンピックが女人禁制の時代もあったとか。気長に待てば、いつか横綱がハイヒールで土俵入りする時代もやってくるんじゃないのかな。わかんないけど。

▲ いつかあるハイヒールでの土俵入り


0406・金・

 1896年、明治29年の今日、第一回の近代オリンピックがギリシャはアテネで開かれた。14か国が参加したが女子禁制の大会だった。この頃のオリンピックは今の大相撲みたいに封建的だったのである。ま、女のいない大相撲ならガマンするけど、女子の出てこないオリンピックはつまんないよね、きっと。

 1978年の今日、池袋にサンシャイン60がオープンした。高さ240メートル、地上60階の超高層ビルで当時日本一、いや、東洋一の高さを誇っていた。霞が関ビルが完成したときは真っ先に駆けつけ、その最上階喫茶室でランチャーズの演奏なんかを聴いていたオッチョコチョイのボクが、やはり慌ててその最上階レストランに駆けつけたのは当然の出来事である。サンシャイン水族館には地球最大種のミズダコが狭い水槽の中で窮屈そうにのたくっていたり、砂の中から半身を出してゆらりゆらゆらと仲良く並んでいるチンアナゴが可愛くて、何度も訪れた。屋上のドームではレザリウム投影可能なプラネタリウムが魅力で、この建物には何度も通ったものである。

「キャッツ・オン、キャッツ・オン、オンオンオン」
 そんな鳴き方をするカラスが現れた。突然の登場である。既にこの界隈、
「ウーホーホー、ウーホーホー」
と吠えまくるバルタンガラスや、
「チョンワチョンワ」
と鳴きまくるチョンワガラスがボクらを楽しませてくれている。さて、この新メンバー、これからどのようにこの遊歩道界隈を賑わせてくれるのだろう。そこで頭に浮かぶのが、バルタンガラスもチョンワガラスも、そしてこの新メンバーも同じ個体ではないかという疑いである。カラスの世界にも、もしかしたらコロッケみたいな器用な個体が存在するのかもしれないのだ。

 驚いたことに財務省、厚労省、文科省、防衛省が嘘つき省であることが判明しました。次々に嘘の上塗りを重ねていたのです。上塗りして重ねるのですからご苦労なことではありませんか。みんな仲良く肩を並べて公文書の隠蔽、偽装、改竄を重ねていたのです。官僚の皆様、公文書は国民の財産ですよ。それを国民の税金で雇われている公務員の皆さんが自分たちの都合で勝手にしていいわけがないのです。これすべて安倍晋三への忖度の結果。なぜ忖度するかというと、安倍晋三さんに嫌われると自分の身文我危うくなるからです。ね。佐川さんの証人喚問、見苦しかったでしょ。ボクの場合は聞き苦しいですけど。あはは。佐川さんがなんでああなるかというと、自分の損得勘定を最優先とするからです。頭のいい人なのに、勿体ないことをするもんです。この国の民主主義を健全なものにするためにも、ボクたち国民も、そして公務員の皆さんも、もっと真面目にやんなきゃなりません。そして最も大切なのは、政治家選びをもっと慎重にやることです。決して損得基準であってはなりません。忖度計算してはならないのです。

▲ 鳴き交わすうかれカラスや春の朝


0407・土・世界保健デイ・

 土曜の朝はNHKラジオで一週間最大の楽しみ、「ラジオ文芸館」の始まり始まりである。ところが大変だ。ラジオ文芸館がどっかへいっちゃった。代わりに吐き気がするくらいのお子ちゃま迎合番組が登場した。悪いけど、いわせていただきます。子どもを子ども扱いする番組なんか、クソくらえ。で、とにかく一大事。NHKラジオ最高級のエンターテイメントが行方不明になってしまったのだ。このラジオ文芸館、ラジオ深夜便に引っ越したという噂もあって、これから必死になって追いかけます。

 1945年、敗戦の年の昭和20年の今日、戦艦大和(やまと)が九州南方で撃沈された。これを戦後の文部空想科学省の松本零士大臣が国家の威信をかけて修理することを発令、それに波動エンジンを搭載して復活したのが宇宙戦艦ヤマトであることはあまりに有名である。嘘です。

 大谷翔平君、3試合連続ホームラン。どーなっちゃってんの。とにかくもう、どーにも止まらない状態なのです。これで万歳、大谷翔平は大リーグ全部を敵に回したのです。こうなったら日本人一億が火の玉となって応援するっきゃないのです。

 午後になったら風が冷たく強くなってきた。氷みたいな風が部屋を通り抜けていく。そこでアルルとミミコをボクの部屋に入れてやり、久しぶりに暖房のお世話になる。先回りして冷房なんかにしておかなくてよかったと思う。昨日の透析室なんか、冷房になってたもんね。ま、コボちゃんの説によると、透析室の機械たちは暑さに弱いそうなのです。

▲ 黒犬のみやげ花びら春の朝


0408・日・下弦・花祭り・

 1900年、明治33年の今日、日本最初の寝台車が登場。当時の山陽鉄道、今のJR山陽線の急行に連結されたもので、進行方向に沿って通路をはさんで二段式の寝台が配置されていた。ボクがいちばん利用したのが国鉄山陽本線の急行安芸。三段式の普通寝台車で、コミュニケーションが楽しいのはいいのだけれど、スケベなオバサンに襲われそうになったことがある。コワかった。大阪からの寝台急行では東京駅に到着前、色っぽいおねえさんが目の前で着替えを始めて、純白のスーツに身を包んだ美女に変身するのを見せてくれて興奮した。ついていきたかった。東京から福岡までの個室寝台車という贅沢な経験もある。ナイロビからモンバサまでの高級寝台車の旅は最高だった。三等車にはニワトリやヤギが乗っていて、のんびり走る窓の外から並んで走る子どもたちが笑いながら声をかけてきた。ヨーロッパのファーストクラスはそのまま寝台車になるので、寝台車は一度も利用したことがない。コンパートメントにオランダの女の子とふたりきりになったとき、やっぱり襲われそうになってコワかった。オランダの女の子はプロレスラーみたいにデカイのだ。ファーストクラスを使えるユーレイルパスのおかげでホテル代をずいぶん節約できたものである。寝台車の旅にはいつもドラマがあったな。

 1820年の今日、エーゲ海のミロス島でミロのビーナス像が発見された。1964年の日本公開はえらい人気だった。ボクの高校生最初のデートがこのミロのビーナスを見にいくことで、彼女と並んだけれど、あまりの行列にあきらめ、上野動物園でオオサンショウウオのケツを見て帰ったことを思い出す。その後はこのミロのビーナス、パリのルーブルで飽きるほど眺めました。このビーナス、ファッションモデルにするにはちょっと太目です。

 うすら寒い。雪が降っている地方もあるらしい。この不安定さこそが春なのだ。油断してると風邪をひく。

 ここ最近、文章を書くときのBGMはクールドライブメイカーズ、ということになっている。久しぶり、プレクストークにダウンロードして聴いてみたら、これがゴキゲンなのだ。ボクはリーダーのネモという人物のキャラクターと、ベースマンの腕前が気に入っていて、ある時期、聴きまくっていたことがある。あの人たち、今はどうしているだろう。もしも元気なら、新しい曲を聴かせて欲しいよぉ。

 元航空自衛隊の戦闘機パイロット、佐藤守さんの著作「実録・自衛隊パイロットたちが目撃したUFO」を再び読んでいる。衝撃だったのだ。長年、否定的な論調が主流だったUFO。サイババまでがUFOに対して否定的だったのがショックで、子どもの頃から夢中だったUFOに懐疑的になってしまったのだけれども、この書物のおかげでその薄れかけていたボクのUFO熱が電子レンジにかけられたみたいに復活した。やっぱりきているらしいのだ。否定的な論調にはそれなりの理由があるのだ。日本では否定的なUFOだが、アメリカでは関連情報が開示されて、その結果がスピルバーグの「未知との遭遇」であるとも書かれている。というわけで、ボクのプレクストークには再び「未知との遭遇」がダウンロードされ、あの感動 的なクライマックスシーンを繰り返し味わうつもりになっている。この書物で最も印象的だったのがUFOがアメリカの核ミサイルシステムを無能力化したという衝撃のレポート。ここだけでも必読です。佐藤守という人物、信用に値する人物という印象だが、それでも無暗に興奮せず、再読は冷静になって進めます。

▲ 寝台車のびてくる手や春の夜



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