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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年12月3日~9日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1203・月・障害者週間・

 またまたNHK「マイあさラジオ」情報である。1946年、昭和21年の今日、NHKラジオで「話の泉」の放送が開始された。日本の放送にクイズ番組が登場したのはこれが初めてのことである。出演者は堀内敬三、サトウハチロー、徳川夢声(とくがわむせい)、渡辺紳一郎と当時の人気者やご意見番が勢揃いしている。残念ながらラジオのチューニング、番組選択のイニシアチブを握っていたのはオイラの祖母、おばあちゃんで、オイラが一緒に聴かされたのは「とんち教室」。この「話の泉」についてはあまり記憶がないのである。で、この番組に大いに影響を受けたのが立川談志師匠。今世紀になってから「新話の泉」を立ち上げた。さすが談志師匠。その話芸でNHKラジオを説得したのである。出演者は山藤章二、毒蝮三太夫、桂文枝(6代目)、嵐山光三郎、松尾貴史と立川ファミリーが勢揃い。このメンバー、みんな大好きだけど、ことにキッチュこと松尾貴史さんがとても紳士で、立川談志50周年記念パーティーのときは、愛聴していたTBSラジオの「ヤングヒポポタマス」について話しかけたところ、実に気持ちよく相手をしてくださって、いろいろと個人的情報をくださったのには感激した。今でもその紳士的態度を忘れることができないでいる。

 長野県の新聞、信濃毎日から電話インタビューを受ける。実に丁寧なる取材だった。長野県上田市における八十二銀行の展覧会が好評なのだと思う。だったらこのミニ展覧会、子どもたちのためにもクリスマスまでやってくれればいいのにね、と思うのです。

 山本周五郎の『日々平安』を読んだら、黒沢映画の『椿三十郎』が観たくてたまらなくなり、オイラの音声映画ライブラリーからプレクストークへ移動させ、透析中にじっくりと鑑賞する。たちまち物語世界に引き込まれる。次から次へと映像が展開して、役者たちの表情までが生き生きと蘇る。そういえばボクはいつ、この映画を最初に観たんだっけ。中学生時代に『用心棒』とか『椿三十郎』などの黒沢監督の活劇映画が話題になっていたことは知っていたが、その当時は黒沢明よりは円谷英二に夢中で、オイラはいつまでもケツの青い、もしくはハナを垂らしたガキだったのだ。じゃ、いつだ。オイラが黒沢明の映画に目覚めたのは。おお、それは高校時代。だとしたら、あっ。思い出した。大学生になったばかり、慶應義塾日吉キャンパスの教室で、映画マニアの有志たちが上映してくれた『椿三十郎』を鑑賞したんだっけ。それから大人になり、VTRを自由に使えるようになってからは、ホームビディオで繰り返し、ハラペコウシが反芻するように、モグモグ、モグモグ、黒沢映画を繰り返し楽しんだのである。ということで、失明した今でも音声映画の刺激さえあれば、それぞれのシーンが記憶の底から噴き上がってくるのも当然であるのです。

▲ 股火鉢叱ってくれたおばあちゃん


1204・火・人権週間・

 まさかの温かさである。曇りの予報だったのでカーテンを引いたままにしておいたのだが、左右に開けば、日差しに顔が熱くなる。思い切り窓を全開にすると、春のような風が室内いっぱいになだれ込んでくる。今年は木枯らし一号がなかったけれど、地球温暖化の影響は師走になって春一番が吹くような事態をもたらしてしまったらしい。ちなみに本日の東京都心は23度。練馬では25度の夏日を記録したとかで、地球温暖化の師走は各地に夏日をもたらしたのである。

 新語流行語大賞の「そだねー」は納得です。妥当です。みんな忘れてしまったと思っていたけれど、安倍政権の悪巧みは忘れてしまっても、これだけは忘れてなかったんだよね。

▲窓開き冬の夏日にご挨拶 


1205・水・

 1900年、明治33年の今日、医師の吉岡彌生(よしおかやよい)が日本で初めて女子の医学校、東京女子医科大学を29歳の若さで創設した。で、実は今日、ボクはその女子医大に電話して、診察予約することになっていて、で、電話したのです。そしたら誰も出てくれない。わはは。どうやら創立記念日だったらしいのです。

 東京都心の朝の気温は17度。TBS界隈では19度あると朝のラジオの生島ひろしさんもいってます。また、この温かさは過去二番目の記録だとTBSラジオ「スタンバイ」の日本全国8時ですよのお天気おじさん、森田君もいってます。まぁ、ホントにあったかいこと。

 1機100億円の、短距離で離陸可能、垂直での着陸性能を誇る最新鋭ステルス戦闘機F35Bを100機購入するとアベちゃんはトランプと約束してるらしい。何と、1兆円の買い物である。自分の小遣いでもないのに、よくやってくれるよ。その戦闘機を搭載するために海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」を航空母艦に改装するらしいのだが、その費用が数千億円。で、この「いずも」は多用途軍用母艦とされていて、決して航空母艦とはいいません。ま、武器を防衛装備品と呼ぶくらいだから、これくらいの言い換えはウソツキしんちゃんなら平気なのです。この場合は平気で、防衛装備品とはいいません。

▲ 冬の朝犬と猫との鼻と鼻


1206・木・

 外は冷たい雨模様。いよいよ本格的な冬に向かっているらしい。温かい師走とばかり油断していたが、そんなに冬将軍は甘くない。セーターに冬帽子、手袋にマフラー君、そろそろ出番になりますよ。

 山手線の新しい駅の名前は高輪ゲートウェイてぇんだけど、なんかピンときませんね。南アルプス市とおんなじくらい、ピンときませんね。高輪とか芝浦とか芝浜とか、有力な候補がいくらでもあったのに、公募中の130位という下の方から選ばれてる。だったら公募の意味がなかったんじゃないの。応募した方々に失礼じゃなかったの。世間のコメンテイターたちが異口同音にいってたけど、オイラもまったく同じ意見です。JR内部では様々な都合や忖度があるんだと思うけど、あんまり露骨なことはしていただきたくありません。やっぱ、自然でスムースなネーミングがいちばんだと思います。高輪ゲートウェイは長年親しんだ山手線の駅名としては発音するにもひっかかる。だったらまだ高輪玄関口とか高輪大木戸前とか、他にもあれこれ候補があったとか。もしかして、ゲートウェイに何か利権があるのかな。ちょっと疑っちゃいます。

 外遊から戻ってきたアベちゃん、まだ時差ボケが治ってなくて、
「これから野党のややこしい質問攻めにさらされるんだ」
てな発言で味方の笑いを誘っていたけど、笑わせなさんなよ。その野党のややこしい質問から逃げるために外遊してきたんじゃないのさ。とにかく、ここのところの国会は言語道断、横断歩道。まともな議論を経ない、一方的な立法が続いている。移民を外国人材と言い換えたり、国民の水道業務を外国企業に委ねたり、いいのかな、こんなことで。安倍政権のような数の論理が絶対価値観の集団の暴挙を防ぐためには、民主主義で最も大切にされるべきは有権者のバランス感覚。政治家を選ぶという観点から、政党のバランスをコントロールするという基本的理念をボクらは確率しなきゃならないのです。

 ハロウィンで馬鹿騒ぎをして軽トラをひっくり返した若者のうち 、4名が逮捕された。巷間には防犯カメラ。みんなのポケットにはスマフォ。事件現場から自宅まで、あなたは確実にトレースされるのです。お化けやゾンビに変装しても無駄。今の画像処理システムは騙せません。あああ。名前を公表されたら、そのキャリアはいつまでもネット世界で輝き続けることになるんじゃないのかな。注意1秒、馬鹿一生。

▲ カタカナで車内放送舌をかみ


1207・金・大雪・新月・

 1944年、昭和19年の今日、三重県沖を震源とするマグニチュード7.9の東南海地震が発生した。熊野灘沿岸では高さ5メートルから9メートルの津波を記録、死者行方不明者1223人、1万7千戸あまりの
家屋が全壊している。こういう記録を知る度に埋め立て地で開催される新大阪万博が気になるのだ。

 東京の日の出は6時37分、日の入りは16時28分。夜明けは遅い詩日没は早い。でも、それは当然。もうすぐ冬至なのである。そして本日は暦の上での大雪なのである。じゃぁ、寒いのかというととんでもない。本日の東京の最高気温は16.3度。外を歩いていても汗ばむ陽気。朝から代々木山下医院と慶應義塾病院とお医者さんのハシゴだったんだけど、てくてく歩いて汗をかいて、上着の必要がなかったと後悔する。いやほんと、汗をかきました。
 でも、汗をかいたのは陽気のせいばかりではありません。下高井戸駅のエレベーターで、意地悪ばあさんにどやされて、思わず冷や汗をかかされた。扉が開いて降りようとすると、ひとりのばあさんが、
「早く降りろ!」
と、オイラをどやしつけたのだ。コボちゃんが、
「目が見えないのですいませんね」
といっても、いつまでも睨みつけていたという。ま、世の中には短気な年寄りが増えているとは噂に聞いてはいたけれど、本当のことだったんだね。けど、コボちゃんは、
「きっと認知症の始まりなのよ」
と職業上の優しさを示していた。
 このエレベーター、これまでも様々なエピソードがあって、意地悪ばあさんばかりでなく、意地悪じいさんにもいじめられたことがある。エレベーター
を降りた途端、オイラの目の前に立ちはだかったじいさんが、
「目が見えなかったら、俺だったらとっくに死んでるね」
とせせら笑ったのだ。で、オイラもいってやったね。
「余計なお世話だ、くそじじい」

 帰宅してしばらくすると、きむらゆういち絵本講座のレンジャー吉沢さんとジローさんがオイラをクルマで迎えにきてくれる。毎年恒例、きむらゆういち宅における忘年会である。若いのに脳梗塞にかかってしまい、それでも活躍している仲良しの絵本作家や、顔見知りの編集者、いや、顔見知りといっても一方通行の顔見知りなんだけど、親しくおしゃべりしたり、楽しい時間は過ぎるのもはやい。そのうち、今年70歳のきむら君の、今年0歳
の、生まれたばかりの赤ちゃんへの挨拶を許される。すると、オイラの指を握りしめ、とても愛らしいのだ。実に愛らしいのだ。それで、奥さんも若くて愛らしいのだ。ということで、おめでとうございました。来年はきむら君と新しい絵本を出してもらえることになってる出版社の社長さんが意外にも冗談の通じるキャラクターとわかり、意気投合できて、今年も愉快な忘年会となりました。

▲ 冬の朝エレベーターで通せんぼ

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございます。
おかげさまで23番、薬王寺を仮想参拝、通過しました。
次は24番、最御崎寺。
あと154,070歩です。

現在の歩数、405,330歩。
三度目の正直バーチャルです


1208・土・針供養・太平洋戦争開戦記念日・ジョンレノン命日・

 1941年、昭和16年の今日、旧日本海軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争に突入した。ラジオの知らせに日本国民はどのような思いに至ったのだろう。そのことについて著名人たちが書き残した『朝、目覚めたら戦争が始まっていた』をサピエ図書館でダウンロード、読んでビックリ、驚き桃の木。意外な人が意外にバンザイしていたり、意外な人が心配していたり。ま、あの頃の日本人は戦争に敗けた体験がないんだから、仕方がないといえば、それまでなんだけど。それにしても、新聞の責任は大きいと思います。
 1980年の今日、ジョンレノンが自宅、ダコタハウス前で撃たれた。アルバム『ダブルファンタジー』を発表直後の出来事で、ボクは購入したばかりのそのアルバムに、以後1年間は針を落とすことができなかった。そしてその衝撃は1998年のニューヨーク個展と、そしてジョンレノンと並んでベビーアパレルの総合コレクションで全米デビューすることにつながっていくのである。つながっていくのはそればかりではない。そしてまた、1991年のこの日はソビエト連邦の実質的崩壊の日でもあり、パールハーバーとジョンレノン、そしてソ連崩壊と、12月8日というのは、そういう歴史的な日なのです

 師走は慌ただしい。忘年会にクリスマス、大掃除に買い物に、皆さんも慌ただしいし、オイラも慌ただしい。机に向かってあれこれ。外に出かけてあれこれ。というわけで、日程がイレギュラー。金曜日の透析を忘年会で延期して、今日の昼間にコボちゃんが昼の休みを利用して、オイラを透析室にぶちこみます。ああ、オイラを生かしておくために、コボちゃん、いつもありがとう。

▲ 真珠湾ソ連崩壊ジョンレノン


1209・日・

 お昼から有楽町えきまえで慶應義塾マンガクラブのOB会である。参加者はマンガクラブの創始者で漫画家、恐竜博士としても知られ、TBSラジオの子ども電話相談室の解答者のレギュラーでもあったヒサクニヒコ大先輩を中心に9名。今年はやけに少ないけれど、これくらいの人数だと、テーブルひとつで間に合うし、みんなの顔も見えて話も聞こえる。
 というわけで、今日もコボちゃんのエスコートでお出かけ。北風が吹いていて寒い。今シーズン初めてのトレンチコートがやけに重たくて疲れます。体力がなくなったなぁ。駅の乗り換えの度にお世話になるのはエスカレーターとエレベーター。と、エレベーターの狭い箱の中でコボちゃんとベビーカーの赤ちゃんとの目が合った。けど、たちまち扉が開いて赤ちゃんとは別れなければならない。すると赤ちゃん、
「バイバイ」
と、コボちゃんににっこり笑って手を振った。先日は下高井戸のエレベーターで、
「早くしろ!」
の意地悪ばあさんに不愉快な思いをさせられたけど、今日は可愛い子どものおかげで幸せな思いをさせてもらった。
 マンガクラブが解散して、暗くならないうちに帰宅して、夜の散歩にでたコボちゃんが、階下の焼肉屋を出てきたファミリーの子どもたちにバッタリと遭遇して、アルルが可愛いといわれたそうで、またまた上機嫌。意地悪ばあさんやじいさんの毒気を、世の中の小さな魂たちが消毒してくれるのです。ありがとう。

▲ 忘年会会えて嬉しい諸先輩

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