FC2ブログ
全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
プロフィール

emunamae

Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



リンク

このブログをリンクに追加する



カテゴリ



最新記事



検索フォーム



月別アーカイブ



RSSリンクの表示



QRコード

QRコード



最新トラックバック



2018年11月19日~25日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1119・月・農協法公布記念日・鉄道電化の日・

 1956年、昭和31年の今日、東海道線の全線が電化されたおかげで、東京大阪間が特急で7時間半で結ばれた。ということは、それまでの特急つばめは蒸気機関車C-62が引っ張っていたということだと思う。だったら、何時間かかっても、ボクはやっぱり蒸気機関車に引っ張ってもらいたかったな。

 長野県上田市における無言館提供 エム ナマエ ミニ展覧会のお知らせをホームページの管理人、絵夢助人(えむすけびと)さんに送信する。

ぼくらの銀行、ぼくらの美術館
第18回 
全盲の画家 エムナマエ展
場所:八十二銀行 塩田支店ロビー
   長野県上田市本郷590?1
日にち:11月26日(月)~12月7日(金)
主催:八十二銀行塩田支店
協力:信濃デッサン館/無言館

 ニッサンのカルロスゴーン会長が逮捕された。もともと好きなおっさんじゃなかったけど、蓋をあければやりたい放題の悪玉さんだったんじゃないのさ。お金だけじゃなく、ニッサンの技術をルノーに移転させたり。知らない間にルノーの性能がニッサンを上回っていたとは事情通から聞くまで、オイラはまるで知らなかったな。ま、オイラはフランスもルノーも嫌いじゃなくて、シャンゼリゼのルノー経営の喫茶店なんか、店内がずらい並んだルノーの運転席みたいで、いつもコーヒー一杯で時間を稼ぎ、ニッポンへの手紙なんか書いていたよな。ま、それとニッサンとゴーンとは、何の関係もないけどね。

▲ 首にしたやつのサラリー俺のもの

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございました。
おかげさまで20番、鶴林寺を仮想参拝、通過することができました。次は21番、太龍寺。あと18,042歩です。
現在の歩数、306,158歩。三度目のバーチャルなお参りです。


1120・火・世界子どもの日・

 1936年、昭和11年の今日というと、真珠湾攻撃のほぼ5年前の出来事である。その日、秋田県の尾去沢鉱山で、金銀銅や錫などの金属精錬の滓を貯めていた、高さ60メートルの鉱滓ダムが決壊した。降雨により、鉱滓は泥流となり下流の住宅を押し流し、374人が死亡した。今なら振り返って考察することも可能であるが、戦争の準備のため、無計画な発掘が原因となったことは明らかだと思う。当時の憲法は個人が国のための犠牲になることを防いではくれなかったのだ。じゃ、今が大丈夫かというと、それも安心できないんだけどね。ま、用心深く国のやることを見守っていきましょうよ。

 札幌から初雪の知らせが届いた。観測史上最も遅い初雪であるらしい。平年より23日遅く、128年前の明治23年と並んで観測史上、最も遅い初雪の観測であるらしい。ま、ボクとしては、このまま温かい冬であってくれればいいと願っていたのだけれど、冬の神様は、やっぱり冬の方針は変えないおつもりなのだろう。

 九州場所、あんまり盛り上がってはいないようです。けど、貴景勝、滅茶苦茶に強いです。親方をいじめてくれた相撲協会への怒りがあの人を強くしているのです。このまま優勝して、貴乃花一門の意地を見せてもらいたいので、最後まで応援するつもりです。

▲ はっけよい親方見てよ強いでしょ


1121・水・

 NHK「マイあさラジオ」でも「今日は何の日」で触れているが、本日は立川談志師匠のご命日である。75歳だった。NHK「マイあさラジオ」では風変りだったとか、型破りだったとか紹介されているが、それは表面だけのこと。実はシャイで心優しい人で、ボクはあんなに優しい人を他に知らない。実はここんとこ、談志師匠の落語CDばかり聴いている。やはり聴けば聴くほど名人の芸であり、風格だと思う。人の心を捕えて放さないものがあるのだ。人はそれを「花」と呼ぶが、ボクはそれが他者への愛と優しさだと知っている。本当はとても熱いお人柄だったのだ。ま、わかんない人には永久にわかんないんだけどね。

 汗をかくくらいの上天気である。慶應義塾病院で心臓のエコー検査を終えると今度は麻布のおくつクリニック。定期健診である。でも、その前に腹ごしらえ。地下鉄乗換の恵比寿の駅ビルのチャイニーズレストランでしっかりランチをして、それから恵比寿駅前のマクドナルドで時間調整のためのコーヒータイム。で、二階にあがろうとしたら混雑していて階段しかない。困っていたら、よく気の利くウェイトレスさんがいて、ボクらのコーヒーを抱えて、外部のエレベーターまで誘導してくれる。こんなこと、マクドナルドでは初めて。ぜひとも表彰状を差し上げたい。

 手根管症候群内視鏡手術の世界的権威、おくつ先生に右手の手根管症候群のオペをお願いする。3年前の左手のオペも大成功。ほとんど死にかけていた左手の感覚が完全に復活していて、その完全復活を右手にも期待しているのだ。実は1年前から右手の痺れも頻繁になり、蚊に刺されたわけでもないのに妙に痒かったり、突然痛みが走ったりして、キーボードに対して30分も指を動かしていると右手から先がどこかへ飛んでいってしまうような気がしてたのだ。ということで、来年すぐのオペである。おそらく、先生は、
「見えない目で、どうやって絵を描くの?」
てなことをお尋ねになりながら、ちょいちょいちょいと内視鏡の先からオペレーションするのである。傷口はたったの1センチ。左手の傷口は、もう誰が見てもわかりません。

 透析からの帰り道、駐車場でアウトバックを降りた途端、ポツンときた。雨だ。あんなに晴れていたのに、である。けれどもこれが予報通り。雨の爆撃に撃たれながら、パジャマ姿で小走りで帰宅。温かいと油断して、着替えをサボってしまったのだ。とほほ。

▲ 外れたらいいのにやはり時雨かな


1122・木・小雪・

 ここのところ毎日、ゴーンのニュースばかりでつまんない。どんどん出てくるゴーンのずる賢さ。どれだけもらえば気が済むのか。お釈迦様は悪魔の誘惑に対して、人の欲望はエベレストを金塊に換えても満足はしないと応えたらしいが、ゴーンの姿はその証明であるといえるだろう。
 さて、長年にわたって小学館のドル箱だった学年誌の元編集長、立山誠浩さんはオイラの大の仲良し。ときどき仲間の近況報告を配信してくださり、エム ナマエもずいぶんお世話になっているのだが、そのお知らせメールの冒頭がいつもお洒落で愉快なコラム。必ず笑わせてくれるのだ。で、今回も爆笑ものだったので、立山さんにお許しをいただき、ここに転載させていただきます。

 ローマの政治家・シーザー(前100頃~前44)は無類の珈琲好きであった。
 とりわけ、ブルーマウンテン(通称ブルマン)に目がなかった。
 ローマの全権を掌握した前44年以降、シーザーはローマに持ち込まれるブルマンをすべてわがものにした。
 旧友で腹心のブルータス(前85~前43)も、無類の珈琲好きであった。
 前44年、シーザー邸を訪れたブルータスは、これまでの友誼に訴えて、一杯のブルマンを所望した。
 シーザーは、無言で杯をふたつ用意し、ひとつにはブルマンを、もうひとつには別の珈琲を注いだ。
 ブルマンの杯を持ったシーザーは、
「いいか、最高軍司令官であり終身独裁官である私は、ブルマン」
 そして、別の珈琲が入ったもうひとつの杯を突き付けて、
「ブルータス、お前、モカ」
 元老院登院途上でシーザーが暗殺されたのは、この出来事の直後であった。
 暗殺団のなかにブルータスの姿を認めたシーザーは、一杯のブルマンをケチったことを大いに後悔したが、時すでに遅し。
いまわの瞬間、彼の口から洩れたのは、非業の最期を引き寄せた自らの失言であった。
いかに辣腕の傑物も、権力を独占すると腐敗するという、ありがた~い教訓である。
判ったか? カルロス・ゴーン。

 午後7時開演、劇団「娯楽天国」の芝居にいく。もちろんコボちゃんのエスコートである。下北沢駅前劇場で娯楽天国30回記念公演「お父さんの休日」である。
 下北沢の駅も駅前もずいぶん様子が変わり、駅前劇場が見つからずにうろうろする。そしたら娯楽のスタッフがボクらを見つけ、エスコートしてくれた。それでも遅刻。座席は舞台の真ん前で、舞台に顎を乗せられそうな近さだから恥ずかしいったらありゃしない。でも笑った。この芝居、今回は再演で、筋書きは知っているけど、やはりポイントで笑わせられる。以前も確か、下北沢の劇場だったよね。若い女優の金金声で耳が痛くなったけど、ベテラン女優の演技にほろり。拍手喝采のカーテンコール。芝居が終わったら看板女優のマロこと高畠和子さんがそっと一言、
「ありがとう」
と囁いた。こちらこそ、いつもありがとう。いつかまた、脚本をやらせてね。

 帰り道、ぐんぐん気温が下がってくる。坐骨神経痛も出てくる。だから、オリジンのお見せの中がやけに温かい。おかずバージョンの肉野菜炒めのダブルサイズをほかほか抱えて帰宅して、それを肴に娯楽天国30周年に祝杯したのです。おめでとう。長い付き合いだよね。

 オイラがベッドにあがると、それまで羽根布団の上で丸くなってたミミコが、待ってましたとばかりにオイラにしがみつく。ありがとう。オイラも待っていたのです。お互い、生きた湯たんぽになろうよね。今夜もとっても寒いのです。

▲ 飼い猫としがみつき合う冬布団


1123・金・勤労感謝の日・満月・

 NHKラジオ「昼の憩い」でピアノマンの佐山雅弘(さやままさひろ)さんの音楽がかかっている。11月14日に64歳で亡くなられていたのである。そしてポンタボックスの音楽もかかっている。佐山雅弘さん、ポンタボックスのメンバーでもあったのだ。そんなこともつゆ知らず、オイラは佐山さんとも村上ポンタさんともお付き合いさせていただいたのである。佐山さんと初めてお会いしたのはおおたか静流さんとコラボされたとき。オイラとも楽しく会話が弾んで、ピアノの隣に座っていたオイラとコボちゃんのために、ガーシュインのラプソディーインブルーを全曲弾いてくださったのである。もちろん無料である。傍らには盲導犬アリーナ。それからは佐山さんのコンサートには可能な限り出かけていくようにしていたけれど、最近はずいぶんご無沙汰で、この訃報はショックだった。音楽をこよなく愛したジャズマンで、オイラは心から尊敬していたのである。村上ポンタさんはある時期、長谷川きよしさんと積極的にコラボしていた時期があって、その頃の顔見知りである。けれど誰にでもなつく盲導犬アリーナがポンタさんにだけは決して近寄ろうとはしなかった。ポンタさん、独特の雰囲気があったけど、特に犬に対するバリヤーを張っていたのかもしれない。それにしても佐山さんがポンタさんのユニットにおられたとは、オイラはジャズにはまったくの無知、いや、ジャズだから、音痴なのかもしれない。素敵なジャズマンだった佐山雅弘さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 今夜は満月である。そして、それを狙ったわけではないが、今夜は絵門組の望年会である。毎年恒例、寿矢の掘り炬燵ルームにおける望年会である。女優、絵門ゆう子さんが亡くなられて12年。今年もゆかりのメンバーが集まっての望年会である。絵門さんの朗読インストラクター、日本一の朗読家、軽井沢朗読館館長の青木裕子さん。絵門さんの元マネージャー、秋山佳江さん。絵門さんの絵本「うさぎのユック」のイラストレーター、山中翔之郎さん。そして絵門さんのご亭主、三門健一郎さん。そしてオイラ、というメンバーである。いつもだったらこの顔ぶれに絵門さんの元税理士の望月税理士が加わるのだが、今夜は関係者にご不幸があり、心ならずも不参加なのである。
 で、以下はその望月税理士からのメールである。もちろんお許しをいただいての転載である。ちなみに望月税理士は希代の日食フリークで、皆既日食とあらば、東西南北、表裏、地球であらばどこにだって飛んでいく人物であるのです。

 ところで、昨夜は綺麗な月夜でした。日食仲間から、以下の様なメールが届きましたので、雑学としてお知らせしますね。(昨日のメールです)
 明日は満月。
 満月の瞬間は明日14:38ですが、より真ん丸に近いのは今夜から明朝にかけてのお月様になりますかね?
 さて、突然ですが…
 「この世をば 我が世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」
 平安時代に、藤原道長が自身の隆盛を満月になぞらえて詠んだとして知られる「望月(もちづき)の歌」ですが、藤原実資(さねすけ)が書いた1018年10月16日の日記の中に、この日に詠まれたものだという記述が残っているそうです。
 これを新暦にすると11月の満月のことになり、今夜のお月様は、道長が詠んだ望月からちょうど千年後の満月になるとのこと!
 千年の時空を超えて、平安の栄華に思いを馳せるか…
 それとも、 満ちた月はいつかは欠けてゆくもの
 …としみじみ眺めるか。
 っていう話です。話のネタにして下さい。

ということで、体型だけが満月になっていく…望月1号でした。

 絵門組望年会は清く正しく盛り上がり、その望月税理士からのメールを心に抱きながら、みんなで件(くだん)の満月を振り仰ぎ、経堂駅でお開きとなるのでした。

▲ 寒月を仰いで契るまた来年

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。
おかげさまで21番、太龍寺を仮想参拝、通過しました。
次は22番、平等寺。あと37,069歩です。現在の歩数、324,531歩。
3周目のバーチャルです。


1124・土・東京天文台設置記念日・

 本日は早い午後の変更透析である。昨日の予定の透析を今日の午後に変更して、絵門組の望年会に参加したのです。
 さて、中途半端な時間帯なので、久米宏さんの「ラジオなんですけど」を最初から最後まで聴くことがならず、途中でラジオから離れなきゃならない。ということでせめて透析中は大相撲に傾聴し、余った時間を音声解説つきのDVD版「半沢直樹」のテレビシリーズに回そうと考えてた。けど、透析室では大相撲中継のラジオの電波が鉄筋コンクリートに邪魔されて雑音がひどい。おかげでレースのカーテン越しに見る相撲みたいで、やたら集中力を消耗させられた。おそらくそのせいだと思う。いつもだったら除水中にどんどん低くなる血圧が、下がるどころか上昇してきて、透析終了後の血圧があきれるほどに高くて途方に暮れた。帰宅してもまだ高いので、そこで秘密兵器の深呼吸。しばらく心を落ち着けていたら、いつもの値に下がってくれて一安心。呼吸は大切です。これはオイラの考えだけど、呼吸ひとつで治る病気はいくらでもありそうです。それにしても雑音と健康の関係は見過ごせません。音響環境には細心の注意を払いたいと思います。

▲ 繰り下げで中途半端な冬の夜


1125・日・

 1890年、明治23年の今日、日本で最初の議会、第一階帝国議会が招集された。当時は貴族院と衆議院の二院制で内閣総理大臣が山形有朋だった。この4日後に開院式が行われたということである。明治23年というと、キリンレモンの発案者、オイラの最初の奥様の祖父がお生まれになった年で、ボクの時代的指針、というか、時代観の物差しとなっている。ちなみにオイラは昭和23年の生まれである。

 1947年というとオイラが生まれる前の年だけど、その年の今日、第一階の共同募金運動が始まった。全国規模での展開はこれが初めてで1か月で当時の6億円、今の金額にしておよそ1500億円という巨額が寄せられた。このムーブメント、翌年から赤い羽根共同募金となるわけだが、これらのお金、巨額なだけに、その使い道が気になって仕方がないのです。本当に大丈夫なのかなぁ。

 大相撲九州場所は貴景勝の初優勝で幕が閉じられた。これ、相撲協会への怒りの優勝だとボクは思ってる。貴景勝の一直線な相撲に怒りのようなエネルギーを感じてしまったのだ。その初日に黒星をつけた相手、稀勢の里のこれからがきになる。ひとり横綱を意識した瞬間に相撲に勝てなくなるくらいのガラスのハートだったら、今後の横綱はもう無理かもしれませんね。それよりも新しい力士たちのため、道を開けることを考えた方がよさそうです。ボクは今場所の新十両、友風(ともかぜ)が気になってます。この新十両、関取になっても尊敬する先輩力士、嘉風(よしかぜ)の付き人を喜んで務めている、という好男子。相撲っぷりもまっすぐで、とうとう今場所は新十両で十両優勝を成し遂げた。来年から、この力士、友風勇太(ともかぜゆうた)。尾車部屋で出身地は川崎。ボクは熱烈応援していくつもりです。みんなもどうぞ、応援してあげてね。

▲ 湯豆腐や新十両をめてたがる

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する




FC2 Blog Ranking