FC2ブログ
全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
プロフィール

emunamae

Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



リンク

このブログをリンクに追加する



カテゴリ



最新記事



検索フォーム



月別アーカイブ



RSSリンクの表示



QRコード

QRコード



最新トラックバック



2018年11月12日~18日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1112・月・

 NHK「マイあさラジオ」によると、今日は洋服記念日なんだそうです。1872年、明治5年の旧暦の11月12日、政府の高官が着用する礼服は洋服とするとの太政官布告例が発令されたということで、これにちなんで東京都洋服商工共同組合が昭和4年に制定した、ということですが、本当にいろんな記念日があるものですよね。

 1948年、昭和23年の今日、東京裁判で太平洋戦争のA級戦犯25人の被告に有罪判決が下された。東条英機元総理大臣ら7人に絞首刑、16人に終身刑、2人に禁固刑が言い渡された。このとき、アベちゃんのおじいちゃんはどんな刑を言い渡されたんだっけ。調べてみたら見えてくるものがあるはず。それとも記録から削除されてしまってるかもしれないね。わかんないけど。

 無言館の館主、窪島誠一郎先生から電話があって、ラジオ深夜便アーカイブスを聴いてくださった、ということです。深夜に自分と同じようなインチキ野郎が怪気炎を飛ばしているとおっしゃる。ということは、どうやらオイラのしゃべくりは、窪島先生には好評のようでした。あはは。

 昼間、集中して机に向かい過ぎたせいか、透析中はしんどかった。あんまり真面目じゃいけません。リラックスして適当に。日本一の無責任男、スーダラ節の植木等方式が理想なのかもしれません。とはいえ、植木等とか加藤茶とか、あの方たちの真面目さは、映画撮影現場で目撃したオイラがいつでも証人になってあげます。

▲ あの蜻蛉今はどうしているだろう


1113・火・

 1981年、昭和56年の今日、沖縄本島北部で新種の鳥、ヤンバルクイナが発見されたことが明らかになった。この鳥、山原(やんばる)地域だけに棲息するクイナ科の野鳥で、飛ぶことができず、後に国の天然記念物に指定されていく。飛ぶことのできない鳥というと、駝鳥やエミュー、もしくはキーウィなんかがイメージされるけど、実はオイラ、ヤンバルクイナって鳥のことはよく知らないのです。ま、1981年まで発見されなかったんだから、要するに目立たない鳥、ということでしょう。で、話しは相変わらずの我田引水なんですけど、学生時代に渋谷東横デパートの屋上動物園で飼育されていたエミューと仲良くしてもらっていて、このエミュー、ボクを見つけると歩き寄ってきて、何かくれと睫毛バチバチの大きな目玉でオイラにウィンクするのです。可愛かったな。で、オイラが初めて英国にいったとき、オイラのペンネームを紙に書くと、英国人はエミューと発音してました。それ以来、エミューとは親戚みたいな気がしてます。あはは。

 夜、朝からお出かけだったコボちゃんがオリジンの肉野菜炒め・おかずバージョン・ダブルサイズをお土産に戻ってきた。本日は看護学校仲良し三人組の秋の恒例、日帰りツアーだったのだ。で、メンバーはこの日のプランに毎年脳西郷を酷使している。で、今年のプランナーはコボちゃん。クルマを出すのもドライバーもコボちゃん。そして結局の結論は、犬猫ともども、エム ナマエファミリーが通い慣れた軽井沢で、みんなでお食事ということになったらしい。軽井沢との往復だったら、お手の物。送り出すボクだって安心していられる。ボクらの北軽井沢と違って旧軽井沢は歴史の宝庫。三人組はレンタサイクルで走り回る。旧三笠ホテルは歴史的建造物。国の重要文化財、ということになっている。ネットによれば、三笠ホテルという名称は、敷地前方の愛宕山が奈良県の三笠山に似ていることから、有島生馬、里見弴、山本直光によってつけられたらしいのだ。おお、歴史的。でも、歴史の1ページを飾る三笠ホテルよりも、ボクはジョンとヨーコの愛したという。万平ホテルに興味がある。実はボク、その昔、この喫茶店のチーフとジョンレノンミュージアム公式追悼コンサートでビートルズナンバーを歌ったことがあったのだ。で、コボちゃんはそこでジョンレノンが好きだったというアップルパイを食したらしいのだ。ボクも好物のアップルパイ。で、コボちゃんがボクのためにテイクアウトをお願いしたら、宿泊客じゃないからと、丁寧に断られたとか。残念。そこでアップルパイが肉野菜炒めに化けてしまった、という顛末なのである。ま、留守番のご褒美としては、ボクはどちらでもいいのです。

▲ 霜月や三笠万平軽井沢

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。
おかげさまで18番、恩山寺を仮想参拝、通過することができました。
次は19番、立江寺。あと8,272歩です。
現在の歩数、265,128歩。三度目の嘘の正直です。


1114・水・

 サピエ図書館にアクセスができない。ID番号が違うを繰り返すのだが、番号は間違ってはいない。そこで視覚障碍者のためのデジタルサポートユニット「ラビット」に電話して、いつもお世話になっている木下さんのサポートを受ける。あれこれの指示をいただき、無事開通。こういうとき音声出力はありがたい。こちらが指示通りにアクションしていることが電話でしっかり伝わるからである。というわけで、マイブックのプログラム更新が無事完了。ありがとうございました。

 外は快晴である。冬の日差しが部屋の奥まで差し込んできて、ポカポカと温かい。アルルとミミコはボクのベッドで大の字になって、いや、犬と猫だからDの字かEの字になって寝ている。アルルが大の字で、その頭のあたりにミミコが丸くなっていて、犬の字になってたら愉快なんだけどね。でも残念ながら、こっちの思うようにはなかなかならないのです。

 透析前に造影剤を使用したCT検査を受けました。つまり、それまでは禁飲禁食だったのでお腹がすいているのです。だから、透析が始まればコボちゃんの買ってきてくれたオリジンのカツカレーライスのおいしかったこと。透析ベッドの上で、揚げ立てほやほやトンカツのベッドになってるカレーライスを、ペロリと平らげたのでありました。ご馳走様。

▲ 犬と猫冬の陽浴びて丸くなる


1115・木・上弦・七五三・

 今日は昆布の日だという。子どもたちの健康を祝う七五三に栄養豊かな昆布を食べてもらおうと、日本昆布協会が定めたというのである。そしておまけに今日は着物の日でもあるという。和服を着る機会が多い七五三ということで、その日に着物の良さを知ってもらおうと全日本着物振興会が提唱したものであるそうな。七五三(しちごさん)、貢献してますなぁ。
 というわけで、昆布と七五三はとっても関係があるのです。子どもたちに栄養をつけ、元気になってもらおうという意図があるのです。昆布って、そんなに栄養があるのかと考えてみたら、みんなの大好きな雲丹は昆布の根元に棲息して、昆布をかじりながら暮らしているんです。ま、昆布とカツオは和食の根本。グルタミン酸とイノシン酸の関係で、これはイタリア料理のトマトとチーズの関係に当たるのです。

 またまた安倍晋三がわざわざシンガポールにまで出かけていって、プーチンとふたりだけの秘密会議をやらかしている。北の島を返してもらうという安倍晋三のお手柄のために税金を無駄使いさせて許されるものだろうか。安倍晋三が何を考えようとプーチンは日本という国家を島が質草のセブン銀行くらいにしか思っていないのである。いずれにせよ、温室育ちの安倍晋三が怪物プーチンと対等に闘えるはずがなく、我々国民は安倍晋三がプーチンと仲良しごっこをする度にハラハラドキドキするのである。

 オイラには見えないけれど、本日は文句のつけようのない快晴であるという。朝から晩までピッカピカの晴れだという。ということは放射冷却で地上の熱が奪われたということでしょう。聞けば、今朝の嬬恋地方はマイナス2.8度だったとか。北軽井沢スタジオの水道も凍ってしまったかもしれません。あのあたり、関東ではいちばん寒いエリアなのです。皆さん、どうしておられるでしょう。

 つい最近、ラジオでキャロルの曲を耳にしたような気がしていたが、今日もNHKラジオの「昼の憩い」でキャロルの曲がかかっていた。これがめっちゃ、カッコよくて心が踊った。思わず耳も心も奪われてしまった。これぞロックンロール、なのだ。今もオイラが欲しているロックンロール、なのだ。初めてキャロルを聴いたのは1972年の春だった。文春漫画賞のパーティーの二次会で赤塚不二夫さんにキャロルというすごいバンドがいるから聴いておけ、と命じられ、レコードショップに走ったのが切っ掛けだった。レコードジャケットから革ジャン姿の暴走族みたいな四人の若者がこっちを睨みつけている。とっても優良青少年とは思えないグループだが、レコードに針を落とせばリズム安堵ブルースでロックンロール。もうたまりません。たちまちノックダウンさせられてしまいました。それからのキャロル旋風はすごかった。ビートルズがリバプールのダウンタウンから生まれた奇跡も不思議だったが、キャロルみたいな連中が日本の風土から生まれた奇跡も驚異だった。今日の「昼の憩い」はそのことを思い出させてくれたのである。ありがとう、伝統のラジオプログラムよ。

▲ 昆布食べ和服着ている七五三

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございます。
おかげさまで19番、立江寺を仮想参拝、通過しました。
次は20番、鶴林寺。あと30,293歩です。
現在の歩数、274,307歩。三度目のバーチャル徘徊です。


1116・金・

 NHK「マイあさラジオ」情報によると1876年、明治9年の今日、日本で初めての官立幼稚園が開園したらしいのだが、東京女子師範学校付属幼稚園には高級官僚の子どもなど、およそ50人が入園したとのこと。つまり、平民の子どもたちは相手にされていないのだ。でもな、家庭の経済的環境が子どもの教育に大いに影響するのは今も変わりがないと思う。

 1930年、昭和5年の今日、川崎市の紡績工場で、高さおよそ40メートルの煙突によじ登り、ストライキを応援する煙突男が登場した。男は労働争議が解決するまでの5日間、煙突の上に居座り続けたというけど、おしっこやうんこはどうしたんだろう。この事件、よく知られてはいるけれど、そのあたりのことはあんまり聞いたことがない。ネットで調べてもよくわからない。ただ、この煙突紳士、ひもじさのせいか、それとも寒かった影響か、もしくはおしっこやうんこを必要以上にガマンしたせいか、気の毒なことにあまり長生きはされなかったと聞いている。ご本人としては世の中の労働者に貢献したい一心で行動を起こしたのだろう。つまり、なかなかの人物なのである。ご冥福をお祈りする。

 夕方、コボちゃんが無言館へエム ナマエの額装作品を発送してくれた。お疲れ様。これで無事に長野県におけるエム ナマエのミニ展覧会が実現するのである。

▲ 部屋の奥届く日差しにかじけ猫


1117・土・将棋の日・

 今日は将棋の日であるとか。江戸時代、将棋好きの八代将軍徳川吉宗が毎年旧暦の11月17日に将軍の前で対局させる、いわゆるお城将棋が行われていたとされることから昭和50年、1975年に日本将棋連盟が定めたらしいのだ。で、ボクは将棋のことは皆目わからない。できます将棋は「回り将棋」と「はさみ将棋」、「お金将棋」と「軍人将棋」。それと、チェスならできるんだけどね。オイラ、漢字が苦手だからさ。

 1869年の今日、地中海と紅海を結ぶスエズ運河が開通した。着工から10年、全長165.2キロの運河の完成で、ロンドンからインドのボンベイ、今のムンバイまでの移動距離が半分近くに短縮されたという。そう。それまでは大変だったのだ。人はいつも明るい未来に向かって働き続けるのだ。ボクらも頑張らなくちゃね。

 東京の日の出は6時18分、日の入りは16時33分。これからどんどん日差しが部屋の奥まで入り込んでくるのです。

 やたらくしゃみが出る。外気温が下がってきたらしい。リビングでは換気のため、開けてある窓があるらしい。だとしたら暖房を入れても無駄。厚着をするしかない。でも、猫のミミコは厚着ができない。ということで、ひたすら膝に乗りたがってます。

 なんか、相撲が面白くありません。とっても残念です。

▲ 糖衣錠つまめぬ指の夜寒かな


1118・日・狩猟解禁・北海道以外・

 1950年、昭和25年の今日、旧国鉄の京都駅が全焼したとNHK「マイあさラジオ」が教えてくれた。当時の京都駅は1914年、大正3年に建てられた木造建築だったそうで、アイロンの電源の切り忘れが原因だったというから勿体ないことをしたもんだ。古都の京都のことだから、どんなに素敵な建物だったのか、鉄道ファンのオイラとしては、一度はこの目で見ておきたかったよな。京都駅というと、梅小路蒸気機関車館を思い出す。新幹線から見ていると、京都駅から大阪に向かってすぐ、右側の窓に梅小路機関区の転車台が見えてきて、その転車台を中心に整備したのが梅小路機関車館だった。目玉はC62の2号機で、特急つばめ号を牽引してきた日本最大級の旅客蒸気機関車だった。今は京都交通博物館とか呼ばれているらしい。きっとずいぶん変わってしまったのだろうね。会館当時の出版物コーナーにはエム ナマエの絵本「きかんしゃ」も展示してあって、鉄道ファンのオイラとしては名誉に思い、大感動をさせてもらったな。テキストは詩人の中野重治先生で出版は国土社だった。出版当時は中野重治先生はご存命で、オイラの拙い絵をとても喜んでくださったという。ありがたいことである。

 朝、遊歩道でチョンワガラスが鳴いている。しきりに何か話しかけてる。かと思うと、カカカと警告音を発している。相手は誰なのだろう。君さえよければ、ボクがいつでも相手をしてあげるのに。

 舟崎克彦(ふなざきよしひこ)氏の晩年の作品、「月光の小判」を読んでいる。人物は俗物だったけど、作品は素晴らしい。本当に素晴らしい。この印象は親しくお付き合いをしていた当時も、そして作者が亡くなられた今も変わらない。とはいえ、今のこのボクの作品へ対する尊敬の念を伝えられないのが残念でならない。これからサピエ図書館で見つけた「ぽっぺん先生帰らずの沼」を拝読するつもりである。出会った頃の気持ちに戻り、しっかりと精読させていただこう。

▲ 日向ぼこ小春日和の猫いいな


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する




FC2 Blog Ranking