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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年9月17日~23日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0917・月・敬老の日・上弦・

 1945年、昭和20年の今日から翌日にかけて枕崎台風が西日本に上陸、敗戦直後で気象情報に乏しく防災体制も不十分だったため死者行方不明者が3756人に達するなど各地で大きな被害が出た。これも無謀な戦争と衆愚による犠牲者と考えるべきなのだろう。今も衆愚が選んだ愚かな権力者によって無謀なる戦争が次々と仕掛けられようとしている。人間はどうして歴史から学ぼうとしないのだろうか。力で奪えば力で奪われる。そんなこと、考えなくてもわかるだろ。バーカ。

 1964年の今日、日本で初めての本格的モノレール、東京モノレール羽田線が営業運転を開始した。10月10日開会式の東京オリンピックに備えて開通したものである。開通当時は飛行機による旅なんて考えられる身分ではなかったが、大学生になってスカイメイトのメンバーとなり、羽田空港を利用するようになってからは飛行機に乗ることと同じように、モノレールからの眺望が楽しみになっていた。ボクらにとってモノレールは夢の乗り物。道路ひとつ隔てた分園までの短距離であっても上野動物園の懸垂式モノレールには長蛇の列ができていたし、駅から向ケ丘遊園地までのモノレールでも自動車たちを下に眺めながらの空中旅行は心ときめくものだった。東海道線大船駅から横浜ドリームランドまでのモノレールは技術上の欠陥があったとかで短期間で営業停止になってしまった。ボクが訪れたときはコンクリートのレールだけで、とうとうボクはその電車に乗ることは叶わなかった。当時、高校生だったボクの目に、田園地帯にコンクリートの虚ろな高架線が延びている風景が寂しげに映っていた。

 東京の日の出は5時25分、日の入りは17時45分。だんだん昼間が短くなっていく。蝉も聞こえなくなり、ちょっと寂しい気分です。でも、遊歩道でチョンワガラスが鳴いていて、この声を聞くと嬉しくなる。気がついたら朝に夕にこの声を聞いていて、ずいぶん長い付き合いだもんね。このチョンワガラス、器用なカラスで、ときどきバルタン星人(ばるたんせいじん)に化けたりもする。カラスは都の暮らしのアクセント。どうかあんまり苛めないでくださいな。

 未明、藝大、松下功副学長の訃報が届く。障がいとアーツでお世話になった松下先生が急逝されたのである。以下は先生の秘書さんからの文面である。

 東京藝術大学副学長・演奏藝術センター教授(作曲家)の松下功先生が、9月16日(日)午前11時32分、急性大動脈乖離のためご逝去されました。心から哀悼の意を表すとともに謹んでお知らせ申し上げます。

 バイオリニスト川畠成道さんと松下先生のご縁で憧れの芸大キャンパスでワークショップを開いたりレクチャーをさせていただいたり、いろいろな思い出ができた。松下先生は日本を代表する現代音楽の作曲家で、芸大副学長というお役目と同時に音楽家としての活動も目覚ましく、ボクは舞台でオーケストラを指揮する先生を忘れることができない。そのことを秘書さんにお伝えすると、以下のような返信をいただいた。

 先生にお会いしてまいりましたが、安らかな寝顔で、今にも起き出していらっしゃいそうで、余計に信じられぬ思いです。
オーケストラの練習の指揮をされている最中に倒れられ、突然逝ってしまわれました。
エムナマエさんをはじめ、素晴らしい方々との出会いに感謝しながら、先生が情熱を注がれた「障がいとアーツ」を微力ながら支えてまいりたいと存じます。
あたたかなメールを本当にありがとうございました。

 素敵な芸術家、松下先生のご冥福を心からお祈りする。いろいろとありがとうございました。

▲ 枝の柿赤く熟して落ちにけり


0918・火・

 2009年の今日、日本の無人宇宙輸送船HTV、コウノトリが国際宇宙ステーションとのドッキングに成功した。NASAのスペースシャトルが引退した後の物資の重要な輸送手段として国際的に注目される中、初めての役目を無事に果たしたのである。コウノトリというと何といってもボクはディズニー映画「ダンボ」の冒頭の場面を思い出す。コウノトリの
一団が赤ちゃんをくるんだ包みをクチバシにぶら下げて空を飛んでいく。その中の一際大きい包みがダンボ、ゾウの赤ちゃんなのである。だから重たいのは当たり前。そしてコウノトリはお母さんゾウのもとへやっとこさ、無事にダンボを届けるのである。コウノトリが宇宙運搬船の的確なニックネームであるかどうかはわからないが、伝えたいイメージは理解できるような気がする。そしていつか、このコウノトリが生きた人間を乗せて宇宙に飛び立つ未来がやってくることを楽しみにしている。

 パソコンに向かうと、たちまち睡魔に襲われる。眠くて眠くてたまらない。どうしてこんなに眠いのだろう。これは最近、夜によく眠れていない影響かもしれない。眠るにもエネルギーが必要なのだ。要するにもう若くはないということなのである。ああ、何も考えずに熟睡できる若さが羨ましい。

 大相撲秋場所で 稀勢の里が遠藤を負かして勝ち越した。これで希望がつながった。栃ノ心と御嶽海が気になる。このふたり、果たして大関でいられるのか、大関になれるのか。豪栄道と高安が快調で、優勝を期待する向きもある。モンゴルの横綱たちは負け知らずで可愛くない。やっぱり遠藤みたいなハラハラドキドキの力士が魅力的なんだと思うな。もうボクは古希なんだから、とっくに巨人大鵬玉子焼きは卒業しているのです。

 ゴルフがいけないんじゃない。友情がいけないんじゃない。公私混同の政権運営がいけないといってるんだよ安倍晋三。鍵穴から覗いたような世界観で政治をやられたらたまらない。安倍晋三やトランプの頭の中はどうなっているのだろう。常識の通じない人間がトップに座ると世の中が空回りする。キャパシティーが小さい分、融通がきかず自分の決めたことに束縛される。でも、国民まで束縛されるのは真っ平ごめん。早く辞めてくださいな。

▲ 横綱も褌担ぎも秋刀魚食う


0919・水・

 1958年、昭和33年の今日というとボクは10歳になったばかりだけど、長嶋茂雄にとってはルーキーイヤー。その日、長嶋茂雄選手が1塁ベースを踏み忘れてホームランを1本損したという珍事件が発生した。舞台は後楽園球場。相手は広島。せっかくの勝ち越し28号ホームランを広島チームの一塁手のアピールによってベース踏み忘れが発覚し、ホームランはピッチャーゴロとしてアウトとなった。この出来事以来、ナガシマは球界のギャグの王様として君臨していくことになる。赤ちゃんだった長嶋一茂を球場に置き去りにして帰宅した話はあまりにも有名である。ナガシマさん、また元気になって、新しいギャグを量産してください。巨人軍は嫌いになりましたけど、ナガシマさんは永遠に不滅です。

 オリジンのスパイシーカツカレーライスが復活して嬉しくてたまらない。今日も透析室での夕食はスパイシーカツカレーライスをコボちゃんにリクエスト。すると看護婦さんが気の毒そうにカレーの容器を運んできた。そしてスパイシーカレーは健在だけど、オリジンのキッチンにトンカツのタネが切れていて、ただのスパイシーカレーライスになってしまったというコボちゃんの伝言を伝えたのである。トンカツ抜きのカツカレーライスはスパイシーであろうとそうでなかろうと、牛肉抜きのビーフカレーライスよりも情けない。ところでペヤングのソース焼きそばにウルトラ劇辛が登場したのをご存じだろうか。この焼きそば、辛いというよりは痛いらしい。ま、トンカツレスのカツカレーライスも痛いけどね。

▲ カツくわえ秋の烏が飛んでいく


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。4番、大日寺を仮想参拝、通過しました。
次は5番、地蔵寺。あと2,089歩です。
現在の歩数、22,111歩。三度目の徘徊です


0920・木・彼岸入り・空の日・動物愛護週間・

 1945年、敗戦の年の今日、教科書の墨塗りが始まる。文部省の通達で教科書に書かれていた軍国主義的な記述を墨で塗りつぶすなどして削除したもので、無計画な戦争で国民に甚大なる迷惑を与えた明治憲法下の大日本帝国のお粗末さを端的に露呈した行為といえるだろう。国民が失った命や財産、権利や幸せやプライドは墨を塗っただけでは取り戻せない。

 1957年、昭和32年の今日、糸川英夫博士らが開発した日本で初めての国産観測用ロケット、カッパー4C型の打ち上げが成功した。飛行時間は3分間。目標高度4万5千メートルに達し、宇宙空間を飛び交う放射線や宇宙線を観測したという。その3年後の昭和35年6月から晴美国際貿易センターで開催された宇宙大博覧会の開場にその実物大模型が展示されていたことを思い出す。この博覧会、巨大な丸天上の下には大型ロケットの発射台のセットが組まれ、サイレンが鳴り響くと、おそらくドライアイスだったと思うけど、液体燃料の白い煙がたなびくロケットから燃料補給車が赤色灯を回転させながら静かに退き、やがてカウントダウンと共に轟音を発してロケットが大空に舞い上がる、ふりをするパフォーマンスが展開されるのだった。それでも観衆はポカンと口を開けてそのハリボテのロケットを熱心に見上げていたのである。米ソの人工衛星競争もたけなわのその時代、大人も子供も夢は宇宙に向けられていたのである

 子どもの頃の宇宙への憧れに想いを馳せていたら、突如として来年度カレンダーの10月のアイディアが浮かび出た。8月の星屑宅急便の空飛ぶ貨物船のキャプテンアルルが、魚の形の気球に下げられたボートに乗ってオールを漕いでいる構図である。絵柄をあれこれ思い描いていたら、気球よりは飛行船の方がいいような気がしてくる。そしてそれは魚の形にしてやろう。うん。これは楽しいに違いない。オールを漕いでるキャプテンアルルは盲目のボクにはかなり難しいけれど、たくさん練習すればきっと描けるに違いない。おお、ファイト満々、やる気になってきたぞ。

▲ 青空はどこへいったか秋の雨


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで5番、地蔵寺を仮想参拝、通過しました。
次は6番、安楽寺。あと9,185歩です。
現在の歩数、25,215歩。三度目の徘徊です。


0921・金・

 早朝の北軽井沢への移動である。アウトバックの助手席に座っていると彼方から猫のミミコがイヤーヨイヤーヨと騒いでいるのが聞えてくる。部屋の隅の隅、本人としては絶対に見つからないと信じていた隠れ場所からコボちゃんに引きずり出され、リードをつけられて無理矢理抱かれ、階段を連れ降ろされている声である。けれどもクルマに乗せられればたちまちあきらめ、ボクの膝でリラックス。高速道路を120キロで走っても、丸くなって眠っている。そうなんです。そろそろ猫のミミコだって、揃えた前足に頭を乗せて、ただひたすら静かに待機しているアルルのように、ドライブにも慣れてもらいたいのです。

 東京から北軽井沢まで、ずっと雨が降っていた。でも中軽井沢周辺ではゴルフ場の駐車場には高級外車が勢揃いして文句もいわずに雨に濡れていた。そのご主人様たちはカッパを頭からかぶってのゴルフざんまい。安倍晋三が国民はゴルフに偏見を抱いてると陶片僕(とうへんぼく)なコメントを述べていたけど、ざんざか雨の下でのゴルフざんまいを見てしまうと、そりゃ偏見も育つでしょうよ、と思ってしまう。肌寒い秋の高原で雨に濡れそぼ理、小さな白いボールを追いかけて、耳かきの親玉で引っ叩く、その遊びのどこが健康にいいのか、どう考えても理解できません。

 取れたて新鮮、黒豆の枝豆でビールをやってるうちに夜も更けて、パソコンに入っている音声映画「警部補古畑任三郎(ふるはたにんざぶろう)」の第2話、動く死体を再生する。2003年のテレビシリーズで、旬も過ぎて薹が立ってはいるけれど、これが面白かった。第1話はアキナちゃんの下手糞な演技を見せられたコボちゃんはあんまり期待してなかったみたいだけど、さすがは田村正和と堺正章の演技のぶつかり合い。これは見応え、聴き応えがありました。田村正和は名優、坂東妻三郎のご子息で、堺正章は名喜劇役者、堺駿二のご長男。サラブレッドの両者が演技を競うのだから、これが面白くないわけがない。というわけでゴキゲンなコボちゃんはメバチマグロの短冊を刺身に切り分け、鰻の蒲焼を温め直し、長野県特産の吟醸酒を開封して、北軽井沢の夜は贅沢に更けていくのでありました。

▲ 大粒の雨に芒もしょげている


0922・土・

 1968年というとボクが慶應義塾の2年生で、生まれて初めてのミニ絵本を自費出版した年のことだけど、その年の今日、エジプトのナイル川でアブシンデル大神殿の移転工事が完成した。アスワンハイダムの建設で神殿が水没する危機に直面したため、ユネスコが遺産の救済キャンペーンを展開し、大規模な工事を実施したのである。当時、アブシンデル大神殿の写真を見たボクも、これは水没させてはならないぞと強く思っていたので、移転工事の成功は心から嬉しい出来事だった。このムーブメントが後(のち)の世界遺産条約につながっていくわけで、そういう意味でも大きな事件だったのだ。

 北軽井沢の朝は来年度カレンダー10月の、空中ボートのオールを漕ぐキャプテンアルルの下絵の練習に集中する。1枚できるとコボちゃんに見てもらい、アドバイスを受ける。オールを漕ぐ腕の位置が不自然でないか確かめる。これを何度も繰り返し、自信ができたら本番。でも、それは明日のことになりそうです。

 お昼になったらお日様が出て一気に気温が上昇。山の透析室に向かう道路の温度計は28度を示している。病院の駐車場では蝉が鳴いていた。看護婦さんはこれを名残の蝉とお洒落なことをいってくれる。空が晴れて温かければ、誰でも幸せな気分になれるのだ。

 透析中に筒井康隆の「幻想の未来」を読了する。1971年の初版だから古い作品ではあるけれど、実に印象深い小説で、ボクは欧州放浪から帰ってきたばかりの頃に読んだこの作品が切っ掛けで筒井康隆の熱烈なるファンにされてしまう。以前から読み直したいと望んでいたのを、つい先日、サピエ図書館にアップされたのを発見して、プレクストークにダウンロードしてあったのだ。ボクにとっての三大文豪は夏目漱石、小松左京、筒井康隆。これはどうにも動かせない。もちろん宮沢賢治は床の間に飾ってありますけれど。

 透析終了後、仲良しのY看護婦さんと古い映画の話で盛り上がる。けれど驚いた。古希になったばかりのボクが東映の映画館で観慣れてきた映画俳優、月形龍之介(つきがたりゅうのすけ)や東千代の助(あずまちよのすけ)がカッこよかったという話をするのである。この役者さんたちはボクが小学校低学年の頃に夢中になったわけで、となるとY看護婦さんもかなりの年配者、ということになる。もっとずっと若いと思っていた。けれど、さすがは鞍馬天狗の名優、嵐寛寿郎(あらしかんじゅうろう)はご存じなかった。

 帰り道は月がきれいだった。今夜は花火大会があるらしい。アルルが怖がらなければよいのだが。と思っていたら、アルルがボクの夕食の食べかけのステーキまで狙っていて、遠くの花火大会までには気持ちが向いていないらしく、とうとう気がつかないでいてくれた。

▲ お日様が照れば啼きます秋の蝉


0923・日・秋分の日・秋分・彼岸中日・

 1943年、昭和18年の今日、政府は徴兵の男子を確保する目的で事務補助や車掌、理髪師など、17の職種について男子の就業を禁止したという。これに伴い男子に代わる労働力として25歳未満の未婚女子を中心に編成した女子勤労挺身隊を動員することになる。戦時下の労働力確保の方策を定める苦肉の策である。こんなことをしてまで戦争に勝てるなんて、国家は本当に信じていたのだろうか。本土決戦で死なばもろとも。そう考えていたに違いないのだ。自分たちの誤りを認める勇気がなくて、国民を犠牲にすることを優先させたのである。あなおそろしや。

 繰り返しの練習の成果である。おかげさまでカレンダー10月の下絵はうまくいった。キャプテンアルルにオールを漕がせ、魚の飛行船に吊り下げられたボートを前進させることに成功したのだ。そこでコボちゃんがご褒美に特製担担麺を作ってくれることになった。この担担麺、赤堤通りにあった中華料理店「王味」(わんみー)の担担麺をコピーしたもの。たっぷりの挽肉と竹の子と椎茸の微塵切りを胡麻油でさっと炒めてスープの胡麻の風味とコラボレーション、抜群のおいしさだったのだ。で、今は「王味」が廃業してからはコボちゃんの得意料理となり、ときどきボクがリクエストする。ただし、かなり面倒臭いから、たまにしかリクエストできないのだ。本日は幸運なことに材料がすべて揃っていたのである。ああ、滅茶苦茶旨かった。またリクエストしようっと。

▲ 秋の夜家内特製担担麺


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