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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年8月13日~19日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0813・月・

 1927年、昭和2年の今日、日本で初めてのスポーツ実況中継がラジオで放送された。甲子園球場で開かれた第13回全国中等学校野球大会、現在の夏の高校野球の試合を中継したもので、当時から夏の高校野球は人気があったんです。そう考えると野球はやっぱり日本の国民的スポーツなんだよね。サッカーも嫌いじゃないけど、失明してからはあまり楽しんでません。

 1986年というとボクが完全失明した年だけど、この年の今日、日本のH1ロケットの1号機の打ち上げに成功している。国産技術で初めて開発した液体燃料、液体水素と液体酸素の化学反応によるエンジンを搭載したもので、ペンシルロケットに始まった日本の固体燃料ロケット開発から考えると画期的なもの。日本のロケット開発を注視してきたボクとしては誇らしい気分だったが、失明のため、液体燃料から発生する霧をまとった国産ロケットの勇姿を自分の目で確認できないことを心から残念に思ったのを覚えている。あれ以来、H型ロケットは大活躍。ヒマワリとかコウノトリとかハヤブサとか、ずいぶんいろいろと打ち上げてきましたよね。

 午後3時、雷鳴とともに豪雨。雷はまるで急降下爆撃をするように落ちてくる。建物が振動するほどの落雷である。弱虫アルルは当然のこと、鈍感な猫のミミコまでボクの膝に跳び上がって脅えている。ラジオはガリガリといいっぱなし。雷はゴロゴロ止まらない。アルルの震えも止まらない。上空に冷たい空気がやってきて、あああ、とうとうアルルの嫌いな季節が始まってしまったのだ。

▲ 急降下爆撃みたい稲光


0814・火・

 1945年、昭和20年の今日、日本がポツダム宣言の受諾を決定する。あめりか、イギリス、中国が日本に無条件降伏を求めたもので御前会議で受諾が決まる。それ以前から昭和天皇は全面幸福を意図していたのが、軍部が握りつぶしてきたという説もある。早くそうしていたら東京大空襲も沖縄も広島も長崎もなかったのである。馬鹿が国の中枢にいると死ななくていい人々が死んでいく。えげつなさが売り物のトランプとか、嘘つきの安倍晋三が権力を握っている今のアメリカや日本がそうならないことを心からいのるしかない。

 とうとうツクツクボウシが鳴き始めた。そろそろ夏が終わるぞ、と鳴き始めた。小学生や中学生がこれを聞くと、オーシンツクツク、オイオーイ、早く宿題やってしまえ、と聞こえるらしい。そういえばボクもそう聞いていたような気がする。法師蝉さん、焦らせる名人です。ヒグラシさんたちとはえらい違いです。

▲ 法師蝉夏を追い出しなさんなよ


0815・水・月遅れお盆・全国戦没者追悼式・敗戦記念日・

 本日は平成最後の敗戦記念日である。国は終戦の日と呼ばせたいらしいが、そうはいくもんか。日本は立派に負けたのだ。73年前の今日の正午、昭和天皇がラジオでポツダム宣言の受諾を宣告したのだ。言葉が難し過ぎて、直ちに理解できた人がどれだけいたかは心許ないが、日本が戦争に敗けたんだということは、その事実を伝える陛下の雰囲気で充分に国民は理解したんだと思う。そういうことで73年前の今日の正午、昭和天皇がラジオを通じてポツダム宣言の受諾と敗戦を国民に認めたのである。

 NHK「マイあさラジオ」情報によると1946年、昭和21年、敗戦の翌年の今日、戦時中中止されていた全国中等学校優勝野球大会、現在の夏の高校野球が再開された。甲子園球場がGHQ、連合国軍総司令部に接収されていたため、西宮球場で開催された。地方大会には前例をしのぐ745校が参加した。そうだよ。みんな待っていたんだよ。そしてそれ以来、高校野球は平和のシンボルとして礼賛されてるんだよ。

 1995年、平成7年の今日、当時の村山富一総理大臣が戦後50年の敗戦の日に、いわゆる村山談話を発表。過去の植民地支配と侵略に対し痛切な反省を表明したのである。あの頃の自民党は社会党のおかげで権力の座にしがみついていたもんだから、何も文句をいわなかったけど、鼻息の荒い安倍晋三は何か文句あるかとばかり、決して謝らないもんね。戦争を始めて何が悪かったかとばかり、おじいちゃんの味方をしてるもんね。

 お昼を前にラジオの前に立つ。平成は明治維新以来、戦争のなかった初めての時代である。ラジオに合わせて小さく君が代を歌うと、平成最後の全国戦没者追悼式が開始された。そして正午の黙祷。今後二度と戦争の惨禍が繰り返されることのないようにとの平成天皇陛下としての最後のお言葉がある。その深い反省のお言葉は目の前の、就任以来一切、加害者責任について触れることのない安倍晋三に向けたものであることは間違いないと思う。

 突如として漫画「ロボット三等兵」を思い出す。前谷惟光(まえたにこれみつ)という漫画家のことも思い出す。この漫画、「いせや」の山下君ちの隣の本屋で発見した。小学生低学年だったから戦後間もない時代の漫画である。丁寧なペン画で、作者の真面目な気質が感じられて、その分身みたいな真面目な鉄のロボットが二等兵以下の三等兵という架空の兵隊の位で働く物語である。本屋でこれを見つけたボクは母親にねだるのだが、母親はどうしても買ってはくれない。戦争を忌避しているのか、それとも礼賛しているのかはボクにはよく理解できなかった。父親も母親も徹底的な軍事教育に育てられたのである。結局、この本はこつこつとお小遣いを貯めてボクが買った、ような気がしてる。同じ作者の「火星の八ちゃん」という漫画もあったが、中学生になると田川水泡のファンになったボクは「蛸の八ちゃん」のオマージュみたいな気もしたが、この漫画も嫌いではなかったな。敗戦の日に突如として思い出した漫画の話である。

▲ 平成のこれが最後の敗戦の日


0816・木・

 いつの間にかいなくなっていたのの「いつの間にか」を作っているのは大人たち。そういうのはTBSラジオデイキャッチ水曜日の近藤勝重コメンテイターであるが、山口県でいつの間にか行方不明になっていた2歳の男の子が無事発見、保護された。保護したのは大分県からやってきた78歳の男性。ご家族から事情を聞いて30分で見つけてしまった。150人の警察官が3日間かかって発見できなかったものを、たったの30分間である。このボランティアのご老人、経験豊富で、過去も2歳の女の子を発見した実績がある。聞けば幼い子どもは上野方へ隠れる癖があるそうで、結局男の子は家から数百メートルの裏山にいたのだ。それにしても無事でよかった。よっぽど家族と砂浜にいくのが嫌だったのだろう。水が嫌いか、それとも熱い砂浜が気に入らなくて、何かのトラウマがあったんだとボクは勝手に想像している。

 集中して月刊ラジオ深夜便「しじまのおもちゃ箱」を2か月分仕上げる。たった千文字にあれこれ書き込みたくて、これまで仕上げられないでいたのだ。おばあちゃんの話である。ボクの根源的な記憶の話である。あまりに熱が入り過ぎての空回りであったのだ。書きたいから書けるわけでもなく、書きたくないから書けないわけでもないのである。

▲ 海パンの幼児見つける裏の山


0817・金・

 北軽井沢への出発は5時半ということになった。下に降りていったらフレンチブルドッグのレオ君と妹のシャーロットちゃんを連れたベルギー人のニコラと鉢合わせ。シャーロットちゃんはピットブルの子犬で既にフレンチブルのレオ君よりも大きくなっている。歯の生え始めで痒くて仕方がなくて、やたらカミカミする。早速、二の腕に噛みつかれた。デッカイ口で噛みつかれた。細かい歯で噛みつかれた。けれどGジャンを着ていたので、ちっとも痛くはない。そう。今朝は涼しいのだ。秋風みたいな北風に吹かれて、大きな枯葉が、カラカラと音をたててアスファルトを転がっていく。涼しくなってくれるのは悪くないけど、ちょっと寂しい気分です。ということで、ニコラたちにいってきますをしてから北軽井沢へ出発。そして北軽井沢はもっと涼しかったのです。

 大阪富田林の留置場からの逃走犯、どうやら警察よりもはるかに上手(うわて)らしく、 まだまだつかまらない。この逃走犯、ふくらはぎに米俵(こめだわら)の刺青をしているとか。そしてその米俵にウサギが片足をかけて打ち出の子図地を振っているとか。ずいぶんいい趣味をしてるけど、頼んでも見せてはくれないだろな。

 北海道では初雪が観測されたという。おいおい、涼しいと思ったら早速雪の話題かよ。最近は暑くなるのも早いけど、寒くなるのも早いんだよな。

 夜、アルルにオーストラリアのステーキ肉を焼いて食べさせ、その塩気のない肉に山葵醤油をつけてボクに御相伴をさせたコボちゃんがいきなり寒いといい出して、ストーブに点火した。こうなれば日本酒が飲みたくなる。そこでボクらはメバチマグロの刺身で長野特産吟醸酒。いい気分になっちゃった。途端にコボちゃんは眠くなり、満腹のアルルの横でうとうとする。今日はお疲れ様でした。

▲ 駐車場外車ばかりの軽井沢


0818・土・上弦・

 1969年の秋はボクの最初の個展でボクは学生だったが、この年の今日、夏の全国高校野球の決勝で初めて再試合が決行された。青森県の三沢高校と愛媛の松山商業は延長18回、0対0で勝負がつかず、翌日の再試合となった。結局、松山商業が4対2で勝利、4回目の優勝を果たしたのだが、この試合はよく覚えている。どちらを応援していたわけでもないが、手に汗握る名勝負だった。この頃から東北勢の優勝が悲願だったんだよね。今年はどうなるかね。高校野球とか素人喉自慢とか、若い頃は夢中になれないと思っていたのが、振り返ると結構楽しんでいたことを思い出す。はい。ボクはひたすら凡人であり続けているのです。

 1986年はボクが失明した年なんだけど、この年の今日、子どもの本・世界大会が東京で開催された。国際児童図書評議会、IBBYの日本支部、JBBYが主催したもので、IBBYの加盟国が2年に一度開かれるもので、アジアでの開催は初めてだった。これを推進したのが慶應義塾図書館情報学部の教授で児童文学者、恩師渡辺茂男先生で、実はボクもある時期、このJBBYの理事だったことがある。でも、ボクはやがて失明を宣告され、すべての場面から消えていくのであり、全盲となってこのニュースを聞いたときは祝いたいような口惜しいような、実に複雑な心境だったのです。

 イタリアジェノバの高速道路の崩壊事故が気になります。40人が亡くなって、まだ行方不明者がおられるとか。この高速道路は1960年代の建築で老朽化が懸念されていたらしい。となると東京の首都高速も1964年の東京オリンピックを目指して建設したもので、もしも直下型の地震がくれば、間違いなくアウトです。

 朝のうちにカレンダーの下絵をいくつか仕上げることができた。「しじまのおもちゃ箱」のイラストレーションの下絵も完成。今回は3か月分で、テーマはおばあちゃんと西武新宿線、交通博物館、そしてプラネタリウムということになっている。そして午後は透析のため、群馬の山の中のクリニックに出かけていくのである。蝉が鳴いていたのである。

▲ いく夏のやけのやんぱち蝉の声


0819・日・

 1980年、昭和55年の今日、東京の新宿駅西口で停車中の路線バスが放火された。火を点けた新聞紙が投げこまれ、ガソリンがまかれたもの。乗客ら6人が死亡、14人が負傷した。いわゆる新宿バス放火事件である。当時のボクはパキスタン経由でケニアを訪れる準備中だったが、あまりに衝撃的な事件だったので鮮明に覚えている。過酷なほどの暑さ故の凶行だったのか、人が信じられなくなったり、安心して街が歩けなくなる事件だった。今年の暑さも異常だけど、こんな事件が起こらないことを心から祈るばかりである。

 高校球児はお休みもらってとっても静かな甲子園。お昼はNHKの素人喉自慢も復活してBGMをしてくれる。というわけで本日は2019年度カレンダー制作に徹底的に専念してる。5年前からのデータを繰り返しチェックしてるので今年はあんまりアイディアに苦労しないで済んでいる。といっても、わざとマンネリにしてるところもあるのです。例えば2月とか4月とか6月とか。ことに6月のカタツムリの紫陽花団地は譲れないのです。と、ボクは頑張っているのに、横目で見ているコボちゃんは、またカエルの絵、とため息をついてます。どうしてもアルルを描いてもらいたいといってます。で、来年のカレンダーにはキャプテンアルルが登場することになりそうです。

▲ 窓開けて逃げていきますオニヤンマ

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