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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年7月2日~8日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0702・月・半夏生・

 昨日、群馬特産のうどんが届いたこととはまるで関係ないと思うが、本日はうどんの日である。讃岐うどんの本場、香川県ではこの時期、農家が収穫したばかりの麦でうどんを作り、農作業を手伝ってくれた人たちに振る舞う風習があったことにちなんで、1980年、昭和55年に讃岐うどん協同組合が中心になって制定したという。あちこちの協同組合がいろんな記念日を制定してくれるから、こうして話題には困らない。さて、小麦粉というやつは国家によってコントロールされていて、国内の小麦生産はあまり知られていないようだが、NHKマイ朝ラジオ土曜日の全国食べ物うまいものコーナーの農畜産物流通コンサルタントのヤマケンこと山本謙治さんが埼玉県特産の強力粉を紹介していた。ネット検索してみたら、この小麦粉、「ハナマンテン100」という商品であるらしい。コミュニケーションにひっかけて、コムギケーションということで商品展開しているらしいが、国内産小麦にかける情熱が感じられる。この小麦粉で焼いたパンがスタジオで試食されていたが、この小麦粉によるうどんはどうなのだろう。強力粉のうどんなら、讃岐うどんも真っ青の、噛み応えあるうどんができるのではないかしら、とは素人考えなんだろうな、やっぱ。讃岐うどんばかりがうどんじゃないもんな。ボクは江戸っ子で蕎麦育ちだけど、たまにはうどんも悪くないと思ってる。ことにカレーうどんなんか大歓迎だもんね。夏でも汗をかきながら、ふうふういってたぐります。

 東京の日の出は4時29分、日の入りは19時1分。朝の最低気温は24度、最高気温は33度。そして予報の通り、都心の温度は33度を超えたらしい。湿度が低いせいか、暑いけど、耐えられない気温ではない。けれどもどれだけ湿度が低くても毛だらけアルルには耐えられない。ということで、襖ひとつ隔てて、ボクの仕事部屋は亜熱帯、アルルのリビングは北極、ということになっている。アルルは黒犬だけど、我が家ではほとんどシロクマ扱いなんです。

 桂歌丸師匠の訃報が届く。享年81歳。閉塞性肺疾患ということだが、一日80本の喫煙では仕方ないかもしれない。実はこのボクも13年前まではヘビースモーカーだった。若くて猛烈イラストレーターだった頃は一日100本、二日でツーカートンを消費していた。透析患者になってからは、そんなクレイジースモーカーではなくなったが、それでも一日20本くらいは消費していた。煙草をやめて13年だが、いまでも間質性肺炎のチェックを怠れない。悪くすれば、これも死に直結する呼吸器疾患である。でも、これも仕方がない。煙草をやめるくらいなら死んだ方がいいと本気で思っていたのを、やめさせてくれたのは元女子医大、今は江戸川病院の新城孝道先生とコボちゃんである。と、話題が脱線して、脱帽して謝罪いたします。歌丸師匠に話題を戻します。
 さて、談志師匠が褒めたのは歌丸だけと誰かがいってたけど、それは嘘で、談志師匠が愛した芸人さんは数知れずいる。とはいえ、談志師匠が生みの親である「笑点」で歌丸師匠は大活躍したのは事実である。だが、桂歌丸の本番は高座での怪談話だったと思う。ことに圓朝祭での桂歌丸は迫力があった。落語家として心から尊敬できるお姿があった。2011年の談志師匠のお別れの会で挨拶する桂歌丸がボクがナマで聞いた最後の歌丸となったんだと思う。楽しませていただいてありがとうございました。ご冥福を心からお祈りいたします。合掌。

▲ あきれたねとっくに明けて半夏生


◇ バーチャル『奥の細道』コース  ありがとうございました。
永平寺をお参り、通過しました。次は福井。
あと、39,209歩です。

現在の歩数、3,448,791歩。三度目のバーチャル、奥の細道です。

0703・火・

 1912年、明治45年の今日、大阪天王寺に新世界がオープンした。遊園地や飲食街からなる娯楽施設で、シンボルとして有名なのが通天閣。美しい建造物で、子どものボクは絵葉書を見て憧れていた。その通天閣に初めて上がったのは1982年のこと。大阪の出版社「ひかりのくに」の森編集者に連れられてまずは新世界の飲食街。作業服や職人姿のおじさんたちに囲まれて串カツを食べたのがゴキゲンだった。何の肉かよくわからない揚げ立ての串カツをソースの巨大な容器にドブン。引き揚げてから「二度づけ無用」の文字に気がつく。通天閣に上がったときは東京タワーのときよりも感激した。通天閣の方がずっと先輩なのである。東京浅草にも新世界という室内娯楽施設があったけど、あれはせこかったな。やっぱ関西の方が企画力がありまっせ。

 午前3時からワールドカップ決勝リーグのベルギー戦があるのは知っていた。とはいえ、お昼からラジオの収録があるので寝不足ではまずいでしょう。そこで4時にアラームをセットして、まずは熟睡を試みる。そしてパッチリ目を覚まし、ここまでの引き分けを確認してから後半に耳を傾ける。その途端の先制点には驚いた。2点目にはもっと驚いた。思わず笑ってしまう。それを寝惚け半分で聞きつけたコボちゃんが、
「どうしたの?」
と尋ねるから、
「今ね、奇跡の時間帯に突入したの」
と教えてあげる。まさかの2点先制なのだ。これでポーランド戦のパス回しがチャラになったのだ。そしてこの奇跡の時間帯をコボちゃんと共有できるのだ。と、ここまではよかった。そして1点取られた未来の、充分に予測可能だった展開は、日本国民すべてが知っているのである。これで終わったオッサンジャパン、お疲れ様でした。インチキ満点、にわかサッカーファンのオイラまで、存分に楽しませていただきました。ありがとさん。

 午前9時半、絵夢助人(えむすけびと)さんが愛車のベンツで迎えにきてくださる。途中で井の頭通りの渋滞を乗り越えて、放送センターの駐車場の入り口にたどり着くと、たちまちベンツは発見され、丁寧に誘導される。あらかじめ、車種をお伝えしてあったのだ。遠田恵子ディレクターの上司、海老沢さん、元会長の海老沢さんの息子でも何でもない海老沢さんが、玄関で笑顔で迎えてくださった。
 11時、予定のスタジオで番組収録。以下はその内容と放送スケジュールです。

7月15日・日曜日・夜7時半・NHKラジオ第2・「視覚障害ナビ・ラジオ」、
『先輩×後輩 ナビラジ交友録』。

若い視覚障害アーティスト、川渕大成さんと対談をいたします。
川渕大成(かわぶちたいせい)さんは今年24歳。
高校1年生だった2011年、原因不明の病気により、わずか1週間で急激に視力が低下。
重度の弱視、色覚異常、中心暗点、砂嵐症候群になりました。
しかし、幼いころから好きだった絵が、前を向く力を与えてくれたということです。
細い線が見えないため、木炭を使って太い線を描いたり、クレヨンの色の並びを工夫、
温もりある表現を追求している、ということです。
現在は筑波技術大学で鍼灸を学びながら、創作活動にあたっています。
故郷の富山県で、毎年小さな個展を開いているそうです。
去年の二科展で準入選しました。

という優秀な青年と、ふたりで濃密な時間を共有しました。
なお、翌週の日曜日、7月22日の朝7時半にもNHKラジオ第2で再放送がありますので、
一度だけ、お聴き逃しのチャンスがあります。

なお、再放送終了後は、番組HPにアップされます。
よろしくお願いいたします。

 さて、収録が終わって安堵。川渕さん、遠田さん、絵夢助人(えむすけびと)さんと食道で食事。皆さん、お疲れ様でした。残念ながら今日は有名タレントさんは見当たらなかったみたい。

▲ 炎天下ボトルたちまちお湯になる


0704・水・アメリカ独立記念日・

 今日はアメリカの独立記念日です。1776年の今日、アメリカの13州がイギリス植民地からの独立を宣言したのです。その独立を勝ち取った瞬間にはためいていた星条旗を歌ったのがアメリカ国家で、あの旗の横に並んだ13本の赤い線がそのときの13州を意味しているのだそうです。よかったね、アメリカ。おめでとう、アメリカ。でも、トランプのアメリカは大嫌い。

 1951年、昭和26年の今日、初めてのプロ野球オールスター戦が始まった。この2年前に導入されたセパ2リーグ制を定着させるのが狙いだったという。最初のゲームはセリーグが2勝1敗で勝ち越したというけど、最近ではパリーグが圧倒的に優位に立っている。交流戦でもパリーグの強さが目立つけど、やっぱりハングリー精神がチームを鍛え上げているような気がする。ま、ボクはオールスターも交流戦にも興味がなくて、ひたすらセリーグのペナントレースでジャイアンツが最下位になることだけが楽しみなのです。最低なプロ野球ファンなのです。

 タイの洞窟で行方不明だったサッカー少年たち13名が生きて発見された。このニュース、最初は外国の話とは知らず、TBSラジオで洞窟に閉じ込められた少年たちがいると報じられて本当に驚いた。この梅雨時に、何手馬鹿なことを、と驚愕した。海軍の潜水舞台まで出動しているとは大事件じゃないか。その続報が気になって、それからいくら耳を澄ませても聞えてこない。あれは誤報だったのかとヤキモキしていたら、しばらくして、これがタイの事件だと知ったのである。それにしても全員が無事で発見されたのは奇跡的である。見つけた潜水舞台も優秀だが、サッカー少年たちとコーチも偉い。よくぞパニックにならずに救出を待てたものだと感心する。閉所恐怖症のボクには到底考えられない精神であるが、そもそもボクだったら洞窟なんかに入らない。これまで、いくつかの鍾乳洞や風穴に潜り込んだが、気持ちよかったのは秋吉台の秋芳洞だけで、あとは息がつまりそうだった。世の中には洞窟探検マニアという人種がいるけれど、ボクにはまるで理解できない。さて、彼らの救出であるが、時間がかかりそうということ。体力と気力の低下が心配である。次の大雨がやってくる前に、何かいい方法が見つからないものだろうか。これがテレビドラマなら国際救助隊が出動して巨大ドリルを装着した地底タンクでグリグリグリと穴を穿ってくれるんだけど。世の中は空想科学ドラマのようにはいかないのだ。スーパーマンでもウルトラマンでも、誰でもいい。早く助けてやってくれ。心から彼らの無事救出を祈っている。

▲ 痒みあり手遅れだけど蚊を叩く


0705・木・

 1947年、昭和22年の今日、NHKラジオで菊田和夫原作のラジオドラマ「鐘の鳴る丘」が始まった。戦地から復員した主人公が様々な困難と闘いながら戦災孤児たちの楽園を築き上げる物語で主題歌「とんがり帽子」も人気だった。戦災孤児というと「お菓子放浪記」の作者、西村滋先生を思い出す。先生は小さな頃に両親を失った孤児で戦災孤児ではないけれど、「お菓子放浪記」のモチーフになったような、孤児としての大変なご苦労をなさっていた。そのことから戦災孤児院でお仕事をなさるのである。その体験談をいつか一緒に絵本にしようとおっしゃっていたのを、とうとう実現できなかった。先生は一昨年の5月21日、別の世界へ旅立たれたのである。91歳だった。西村先生の作品はそれぞれ、映画やテレビとなり、舞台化もされている。ご自身も歌って語れるエンターテイナーで、そのファンも多かった。ラジオ深夜便にご出演なさっているのをこちらから一方的に片思いしてしまったのがご本人に伝わることとなり、静岡市でのボクの講演会にきてくださり、最前列でボクの稚拙な語りに耳を傾けてくださって、それ以来のお付き合いとなった。展覧会に駆けつけてくださったり、テープでお手紙をいただいたり、様々に心を砕いていただいた。今も心から尊敬する先輩のおひとりである。合掌。

 オッサンジャパンが帰ってきて、成田で大歓迎を受けていた。メンバーも大感激の様子で、NHKラジオの昼のニュースで、その記者会見に昼ご飯の茶碗片手に耳を傾けた。西野監督や長谷部選手の言葉に、最初はまるで期待されてなかったオッサンジャパンの苦悩が偲ばれ、結果を出せて本当にお疲れ様と思う。サッカーなんかにまるで興味のないこのボクまでが興奮させていただいたのである。ありがとうというのが当たり前。さて、西野監督、どこへいく。このまま監督としてサムライブルーを引っ張っていていいのではないか。大切なのはコミュニケーション。心と心の触れ合い。お互いの深い理解がチームを強くしていくのだと思う。世界に散らばって活躍する選手たちである。そのスキルを日本の監督が日本流にまとめ上げる方法論もあるような気がする。

 気象庁の臨時記者会見である。台風から変わった低気圧が北海道あたりをうろついていた梅雨前線を南の方に蹴っ飛ばして、それが戻り梅雨を関東地方以西にもたらした、というようなことをいっている。全国的な大雨である。日本中、土砂降りである。地球は必ず元を取る。乾いた梅雨だと思ったら、梅雨が明けた途端にこの大雨なのだ。昨年の今日は北九州豪雨だった。たくさんの人が亡くなった。川の巨大岩石がさらわれたり、川底が持っていかれたり、木立が立ったまんま流れ去ったり、みんなは見たこともない光景を目の当たりにしたという。今日もラジオからはこの一日で7月分の雨が降ってしまったと大騒ぎをしている。このままだと昨年と同じような大水害が心配される。京都では桂川が氾濫しそうだというので、女優の山下智子さんにお見舞いのメールをしたら、彼女はその桂川近辺に用事で出かけたとかで、どうやら情報の通り、大変なことになっているらしい。早い梅雨明けを喜んでいたところがこのバケツの引っくり返しである。これこそ地球のホメオスターシス、恒常性というやつなのだ。桑原桑原、なのである。

▲ 嘘つきを流してしまえ戻り梅雨


0706・金・下弦・

 1958年、昭和33年の今日、この年から設けられた大相撲名古屋場所が始まった。これにより、今と同じ、年間六場所制になる。さて、この日曜からその名古屋場所が開幕となる。なのに稀勢の里がまたまたお安にと聞いている。けどね、あんまりモタモタしてると忘れられちゃうよ。肉体の鍛錬も大切だけど、精神も鍛えないとね。ほら。怪我したばかりのときは痛くても優勝してたじゃないか。

 朝の臨時ニュースで驚いた。あのグルがポワされたというのだ。オウム真理教の教祖、麻原彰晃こと本名、松本智津夫の死刑が執行されたのだ。そしてその信者の死刑囚6人の死刑執行もやがて報じられる。まさか本当に麻原彰晃の死刑が執行されるとは。果たして麻原彰晃はいかなる十字架へのかけられ方をしたのだろうか。果たして平成の殉教者としてふさわしい死に方だったのだろうか。それは死刑執行人のみぞ知る。オウム事件というと親友のケンちゃんこと下村健一氏のことが自動的に頭に浮かぶ。彼はTBS時代、まさにオウムに肉薄していて麻原逮捕当時も現場にいたのである。それにしても、この時期に一挙に7人である。麻原彰晃の狂気が詐病であろうと真実であろうと、もう死人に話しは聞けない。死んだ弟子たちにも話は聞けない。オウム真理教の影に北朝鮮の暗躍はなかったのか。警察庁長官狙撃事件の実行犯は誰なのか。知りたいことを山ほど残したまま国家は事件に終止符を打とうとしている。けれども被害者の苦悩に終わりはない。痛みも傷も残るのだ。遠山の金さんみたいに一件落着とはいかないのである。

 日本列島をこれまでになかったような豪雨が襲っている。崖が崩れたり、家や人が流されたり、町が水没したり、ダムが満杯になったり。九州から東北までが元台風に蹴っ飛ばされてやってきた出戻り梅雨前線に、鬱憤払いされるように引っ掻き回されているのだ。あまりの被害にこれは地球のホメオスターシスだなんて評論家みたいなことはいってられない。熊本や広島や京都や、いろんな方々のお顔が浮かぶ。自分がみんなに守られて安全な場所にいるのが申し訳なくてたまらない。この雨はまだ続くと予報しさんたちはいっている。これまでになかったような雨、というような表現が大袈裟なのかどうか、各地で豪雨が記録を破っているところを見ると、そういう表し方しかないような気がする。とにかく危機感と緊張感と行動力と勇気に命を守ってもらうしかない。どうか、被害が大きくなりませんように。

▲ 無味無臭電子蚊取りの死刑かな


0707・土・小暑・七夕・

 1998年の今日、日本が世界で初めての無人衛星のドッキングに成功している。このふたつの衛星は彦星と織姫。七夕の日に彦星と織姫がめでたく宇宙でドッキングなんて、ロマンティックでエロティックで、日本の宇宙開発もなかなかやるじゃん。すべて自動でのドッキング。この成功のおかげで現在は日本の無人宇宙運搬船コウノトリが国際宇宙ステーションに物資を運搬するようになっている。さすがロボット技術の日本である。
 そして本日は、あの永六輔さんの三回忌である。ボクら団塊の世代に美しい歌の数々と正義とロマンティシズムと戦争の醜さと旅への憧れを教えてくれた、あの永六輔さんがお亡くなりになった日なのである。2016年、平成28年の今日、七夕のこの日に銀河へ旅立たれたのである。88歳で永さんは永眠されたのである。永さんのお世話になった方々は数知れず。そしてこのボクもそのひとり。展覧会にきていただいたり、編集者を紹介していただいたり、ラジオで呼びかけていただいたり、たくさんの恩をいただいた。歌曲「見上げてごらん夜の星を」を歌うとき、きっとボクらは永さんの星を捜すのである。ありがとうございました。

 既に遅刻である。今夜は青木岳志さんのスタジオクラスター主催の七夕の会。絵本作家の黒井健やカールおじさんの生みの親の彦根さん、そして造形大学の副学長のもりまさあきさんや、そして元アイドル歌手、いや失礼、今もアイドル歌手の西島三重子さんなど、それぞれ活躍の織姫彦星たちが年に一度のランデブー、飲んで食べて歌って踊っての集まりなのである。コボちゃんは後部座席にアルルを乗せて、遅れてなるものかとハンドルをしっかりと握る。そして神楽坂を目前にした夜8時23分、
「あ、揺れてる揺れてる」
 コボちゃんが声をあげてる。珍しく緊張している。そこでボクは直ちにラジオをNHKに回す。すると鳴り響く緊急地震速報。やっぱり地震なのだ。それも小さくない地震なのだ。
 千葉に震度5弱の地震発生。心配していたスロウスリップのでかいやつが発生したのである。ただ意外だったのは信号が青に変わった途端、周囲のドライバーたちがろくな安全確認をしないまま、ほとんど考えなしにクルマを発信させたこと。千葉で震度5弱であろうとも、東京は関係ないもんね、とでもいっているようである。
 神楽坂のスタジオクラスターに到着すると、地震なんて何のその。みんな飲んで騒いでいて、居座っている梅雨前線も知らなきゃ今の地震も知らない。ああ、酒とご馳走の威力はすごいです。
 扉を開けた途端、雰囲気を察したアルルも喜んで仲間入り。子どもたちとたちまち仲良しとなり、遊んでる。肺癌を克服したアルルは、こうして皆さんの歓迎を受けたのである。そしてアルルは会が終わればフラダンスの舞台の上でリラックス、後始末をしているスタッフたちを睥睨している。てなわけで、今夜も青木岳志カメラマンとヒロコママ、そしてクラスターのメンバーにご馳走になったのでした。おまけにボクは色っぽいお京お姉さんがボクのために作ってくれたという手作りちらし寿司をいただいて、頬っぺたを落とすのに忙しい。お京さんのお料理は神楽坂で天麩羅屋をやっていた、ボクのおばあちゃんの味がするのです。ああ、おいしかった。

▲ 平和です年に一度のランデブー


0708・日・

 1939年、昭和14年の今日、国民徴用令が公布された。国家総動員法によるもので、白い紙、シロガミと呼ばれた令状によって軍需産業などの生産現場に国民が集められた。アカガミとかシロガミとか、紙切れ1枚で兵隊に取られ、軍需工場に動員され、国民は夢も幸せも手放さなくてはならなかったのだ。軍需工場なら、まだ死ねとはいわれないだろうが、兵隊となって戦地へいけば地獄の苦しみが待っていて、玉砕の名のもとに死ぬことを強要されたのだ。安倍政権をいつまでものさばらせておくと、いつこんな時代が再現されるかわからない。安倍政権とはそんな時代を作ってきた連中の子孫たちなのだ。現行憲法を改悪して、明治憲法に引き戻したくてたまらない勢力なのである。若い人たちに必要なのは学習と想像力。安倍晋三の薄っぺらな言葉に騙されてはいけない。

 名古屋場所初日の朝である。いつものように5時に目覚め、NHKマイ朝ラジオに耳を傾けようとしたらサッカー中継をやっている。ワールドカップ、ロシア対クロアチア戦である。まだ決着がつかないでいるのだ。その延長戦も引き分けに終わり、とうとうPK戦まで付き合わされる。というわけで、サッカーと豪雨のおかげで今朝のNHKマイ朝ラジオはめっちゃくちゃ。サッカーファンと水害に見舞われた方々には申し訳ないが、今日のボクは調子狂いまくりである。おまけにお昼の楽しみ、素人喉自慢もこの雨で吹っ飛んだ。ニュースになれば水害の話ばかり。それにしても信じられない。まさかこんなに降り続くとは。いったいどんな気圧配置になれば日本列島がこんな雨雲ばかりになるのだろう。文字通りの日本列島水浸しで、これは冗談でもフィクションでもなく、死者と行方不明者の数は増加の一途をたどり、昨日からずっと被害の大きさに心が痛むばかりである。それにしてもいったい何をやってるんだ、安倍政権。ちっとも声が聞こえてこないぞ。唯一の救いはタイの洞窟からサッカー少年4名が救出されたこと。今はこの人数が増えることを心から祈っている。

▲ うんざりを通り越してる戻り梅雨


◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。福井を観光、通過しました。次は敦賀。
あと、119,751歩です。現在の歩数、3,488,249歩。
三度目のバーチャルな徘徊です。



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