全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年5月14日~20日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉はお休みさせていただきます。


0514・月・

 NHKマイ朝ラジオによれば、2008年の今日、アメリカ政府はアラスカ州などに棲息するホッキョクグマを絶滅危惧種法の対象に指定、保護することを決めたという。地球温暖化の影響を根拠に挙げられた最初のケースというのだが、何だかやたら遅いような気がする。1972年の7月、生まれて初めて海外へ飛び出したボクの目に飛び込んだ文字が、
「たとえこの生き物と闘ってもあなたに勝ち目はありません。この生き物は法律で守られているのです」
というものだった。この文字はアラスカのアンカレッジ空港に展示されていた巨大なホッキョクグマの剥製に対するキャプションなのである。ボクの記憶によれば、当時からシロクマさんたちは人間よりもはるかに大切にされていたのである。

 残念な電話である。-JARMeC-日本動物高度医療センターの獣医師から電話があり、アルルが悪性の肺癌であることが確定されてしまった。できることはすべてやってくださいとお願いすることしかボクらにできることはない。けれどもオペの日取りがまだ決まらない。アリーナはボクの盲導犬だった。けれどもアルルはコボちゃんの子どもである。早く治して、この夏もコボちゃんと楽しく北軽井沢の高原を散歩してもらいたい。

 国会中継を聴いている。安倍晋三の誰から見ても明らかな嘘をどうして打ち崩せないのだろう。どうしてこんな嘘を許しているのだろう。それとも明らかな嘘を許しているということは、正しいことより損得勘定がすべてに優先するということなのか。それにしても38パーセントの支持率が信じられない、わからない。でも、アメリカでもトランプに対する35パーセントの岩盤支持率があるんだよね。この日本の安倍政権支持率も、アメリカのトランプ支持率も、国民に対する馬鹿の比率ということなんだろうね。そしてこの馬鹿の定数が世界を見えない程度の緩慢さで、けれども着実な歩みでじわりじわりと壊していくんだよね。

 透析中は音声映画「この世界の片隅に」を観る。刻々と原爆投下に迫る危機感。次々に通過する山陽本線の駅名。呉の軍港に浮かぶ軍艦の数々。広島という舞台と太平洋戦争の歴史に深く心を揺すぶらされて送った若き日々が物語の展開とともに走馬灯のように脳裏を過ぎていく。このリアリティーをどのようにして次の世代へバトンタッチしていくのか。それが我々世代の使命なのだと思う。そういう意味でもこの映画の存在価値は大きい。

▲ 新緑や中途半端に暑い午後


0515・火・新月・沖縄本土復帰記念日・

 本日は沖縄本土復帰記念日である。1972年の今日、沖縄が日本に復帰した日であるのだ。戦後27年も続いた沖縄のアメリカ統治が終わりを告げた日なのだ。長いご苦労だったと思う。無理矢理に太平洋戦争に引きずり込まれ、本土決戦の予防線にさせられ、億千万の砲弾や爆弾を打ち込まれ、火炎放射器で焼き払われ、そして幾十万の犠牲を強いられた上での統治だったのである。なのに復帰後の沖縄が解放されたかというとそんなことはない。沖縄は今も中国の侵略からの予防線とされ、アメリカ軍だけでなく、自衛隊の前線基地とされている。今も昔も沖縄には多大なるご迷惑をおかけしているわけで、そんな沖縄を独立させてあげられないのなら、せめて税金から解放してあげてはどうなのか。

 眠くてたまらない。椅子に座ればたちまち眠るし、立っていても眠くなる。そして瞬間でもうとうとすれば、膝に猫が乗っている。そしてまたこいつがもっと深い眠りを誘うのだ。猫は眠りの国からの使者。眠くない人でも眠くさせられる。というわけで朝から何も手につかないでいる。

 今夜もボクはアルルのステーキのお余りをいただいている。オーストラリアンビーフの巨大なステーキを仲良く並んで食べている。アルルのステーキは食塩フリー。そしてボクのステーキは山葵醤油。アルルはミルクでボクは1995年ものの赤ワイン。アルルは手術に備えての体力作り。そしてボクはその応援のための体力作り。そしてステーキを焼くコボちゃんの肩にアルルとボクと、そしてミミコの運命がかかっているのだ。仲良し家族はこれから黒犬の長女の闘病という重大なミッションに向かっていくのである。

▲ 温度計上げるな五月まだ早い


0516・水・

 またまたNHKマイ朝ラジオ情報です。それによると今日は旅の日だそうです。元禄2年の3月27日、太陽暦の5月16日、松尾芭蕉が奥の細道へ旅立ったことにちなんで、1988年に日本旅のペンクラブが定めたのだそうです。ご苦労なことです。でも奥の細道はいいです。麹町中学の修学旅行も奥の細道の体験旅でした。その準備として奥の細道の全文を学んだことも俳句に接するよい機会になったと思っています。この修学旅行は平泉まで足を延ばす本格的なもので、岩手県からの帰り道、東北本線の車窓から展開する日本の美しい水田風景を今も忘れることができません。ボクはその間、ずっとスケッチブックにその美しい情景を写し続けていたのです。

 よい子になったと思ったのに、またまた悪い子に逆戻りの北朝鮮。でも、これがいつもの北朝鮮。唯一の交渉材料、核ミサイルをそうは簡単に手放すはずがないのです。トランプは国内の人気取りのことしかそのオツムリにないから、北朝鮮としてはいくらでも打つ手はあるのです。

 今か今かと-JARMeC-日本動物高度医療センターからの電話を待っている。アルルのオペのスケジュールが決まるのを待っている。肺癌と診断されても、たとえそれが末期癌であったとしても、とにかくできることは何でもしてやりたいのだ。医者には最善の医術を期待し、そしてボクは朝に夕に、天に向かってアルルの全快を祈るのだ。

▲ この空に力ありそな五月かな


0517・木・

 お昼のニュースをボンヤリ聴いていたら世界がゆらりと傾いた。メニエルになったかと思ったら本当に地面が揺れたのだ。0時12分、震源は千葉県の東方沖、震源の深さは50キロ、マグニチュードは5.3と推定され、津波の心配はなしとのこと。身体が揺れるのも地面が揺れるのも楽しくない。メニエルも嫌だけど、でかい地震はもっと嫌だ。みんな仲良く、無事がいちばん。それ以上のことはない。

 いきなりの訃報で声も出ない。悲しいのだ。あの西城秀樹が63歳で亡くなってしまったのだ。出来事が伝わるとラジオからは3年前の録音で「YMCA」が流れ出す。二度の脳梗塞を乗り越えての歌声だが、現役絶好調の歌声よりもエネルギーがあって迫力がある。それは彼の熱さの照明であるのだ。
「西城秀樹の芸名は読者に決めてもらったのだ」
 これはボクがイラストレーターデビューした芸能誌「女学生の友」の編集者の言葉であって、嘘ではないと思う。当時、新御三家の出てこない芸能誌は三流といわれていて、ボクもその渦の中で芸能イラストルポライターとして、その世界の隅っこでチマチマとした仕事をさせてもらっていた。だが、新御三家は女性編集者のお仕事で、ボクが担当したのは女性歌手ばかり。デビューほやほやの南沙織とか、セブンツーオーに出演していたアグネスチャンとか、「噂のチャンネル」の山口百恵とかに胸をときめかせていた。一度ぐらい新御三家の誰かに会えないかと期待もしていたが結局、編集者に野口五郎のお兄さんの経営するお店に連れていかれ、酒を飲んだだけだった。
 西城秀樹は広島駅近くのパチンコ屋の息子というのは広島生まれのボクの最初の奥さん情報で、彼女も西城秀樹の熱烈ファンだった。で、その影響というわけでもなく、実はボクも彼の熱烈ファンであったのだ。何といっても彼は純粋なるロックンローラーだった。ローラを歌ってオーラを放つロックンローラーだったのだ。新御三家唯一のロックンローラーだったのだ。そしてもちろん歌のうまさも抜群で、ユーモアもインテリジェンスも抜群で、「女学生の友」で応援しているということだけでなく、ボクは猛烈に応援していたのである。
 脳梗塞以後の彼の努力と復活も見事だった。秀樹、還暦。カレーのコマーシャルもゴキゲンだったよね。彼の還暦記念の収録もカッコよくって、このまま見事に復活と思っていただけに本当に残念でならない。彼の死で日本中が悲しみに落ち込んでいる。ボクらは決して彼の勇姿と歌声を忘れないだろう。あの世にいってもどうか歌い続けてもらいたい。

▲ 歌声が五月の空に消えていく


0518・金・

 未明、目覚めるとコボちゃんがアルルとの別れを決心している。一晩中眠らないでアルルを抱きしめていたらしいのだ。呼吸数は1分間に70回だというのだ。努力呼吸をしているというのだ。酸素吸入をしても間に合わないんじゃないかというのだ。いつまで待っても-JARMeC-日本動物高度医療センターからオペの日程を知らせてこないということは、要するに老犬の末期癌だから、もうあきらめろ、ということなのか。冗談じゃない。ボクにできることは、コボちゃんにそんなことはないといってあげることだけなのだ。そしていうだけでなく、本当にボクはアルルの復活を信じているのだ。

 若大将シリーズのマドンナ、澄子さんこと女優の星由里子さんが74歳で亡くなっていた。加山雄三の若大将と田中邦衛の青大将にはさまれた美しきマドンナが虹の橋を渡ってしまったのだ。
 中学生のボクを震撼とさせた恐怖映画「マタンゴ」の同時上映も若大将シリーズだった。その映画プログラムで水着の星由里子が背後から加山雄三に抱きすくめられている姿は中学生のボクにはかなり刺激的なポーズで、キノコ人間マタンゴとの対象性もあって、今でも網膜に焼き付けられている。ボクは東宝映画系の女優さんが好みだったが、その中でも星由里子の美しさは格別だったと記憶しているのだが、冷静になって振り返ると星由里子の出演している映画は若大将シリーズ以外は思い出せないのである。清潔な美しさの代表、星由里子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

▲ 悲しみも美しきなり風五月


0519・土・

 1910年、明治43年の今日、ハレー彗星が地球に最接近した。当時、地球がハレー彗星の尾の中に入るとその成分と地球大気が反応して生物が死滅すると噂され、世界中が大騒ぎとなる。これを映画化したのが「空気のなくなる日」で、主に敗戦直後の時代に学校で上映された。当時の小学校での映画上映というと、夜間に校庭に張られたスクリーンとか、体育館に張られたスクリーンとか、まともな条件での映画鑑賞ではなかったが、それだけに小学生のボクらには映画鑑賞は刺激的だった。特にこの「空気のなくなる日」は克明に覚えている。空気のなくなる5分間だけ自転車のタイヤチューブやゴム製の空気枕で空気を確保しようとするのだが、それらの品物は途端に値段が跳ね上がり、金持ちの手にしか入らなくなる。首のまわりにタイヤチューブをぶら下げて金持ちの子どもが貧乏人の子どもたちに見せびらかすという場面が、貧乏人のボクにはむかついた。当時としては珍しい特撮も成功していて、今でも観てみたい作品のひとつである。

 待ちに待った-JARMeC-日本動物高度医療センターからの電話があり、アルルのオペが24日、木曜日の午後に決まった。どうぞ皆様、アルルの手術が成功するよう、そして無事に退院できますよう、木曜日の午後から祈りの念力、癒しのパワーを川崎の-JARMeC-日本動物高度医療センターのアルルに送ってあげてください。心からお願いいたします。

▲ 黒犬に祈りの念力集めたい


0520・日・東京港開港記念日・

 東京の日の出は4時33分、日の入りは18時43分。予想最低気温が14度、最高気温が22度ということで、かなり涼しい。これでアルルもオペの日まで、体力を温存できる。毎晩のようにステーキを食べて、そして気候に目部まれて、とにかく手術に耐えて、見事に退院して欲しい。もう頭にはそのことしかないのです

 今日は東京港開港記念日であるという。NHKマイ朝ラジオ「今日は何の日」によれば1941年、昭和16年の今日、それまでの輸出入は横浜港を経由していたのが日中戦争の軍需拡大で貨物取扱量の増大により東京港が整備拡充されて国際港となったという。当時の軍部は明治政府の野心を反映して日清日露戦争の勢いでアジア侵略を拡大させ、強い者が弱い者を征服するという欧米列強システムを踏襲して大日本帝国の勢力拡大を狙っていたのだ、というのはボクの個人的理解ですからほとんど参考にはなりませんけど。

 1960年の今日、衆議院本会議で新しい日米安全保障条約がこの未明に、安倍晋三のおじいちゃん、岸信介を総裁とする自民党の単独で強行採決された。これ以後、安保条約に対する反対運動が一段と激化していく。いわゆる60年安保闘争である。当時のボクは永田町小学校の6年生で、連日のようにその屋上から国会議事堂に向かう全学連の長いデモ行進を6年4組のクラスメイトたちと肩を並べて眺めていた。デモ隊と機動隊の衝突で東大生の樺美智子(かんばみちこ)さんが亡くなった現場を見下ろしていたわけである。登校駅は地下鉄丸ノ内線の国会議事堂前駅で、けれども激しいデモのために閉鎖され、赤坂見附駅から登校することもあって、安保闘争のおかげで登校アプローチのバリエーションが豊富になってしまった。明けても暮れても「安保反対、岸信介辞めろ」のシュプレヒコールをシャワーのように浴びていたおかげで、安保という猛毒が日本を汚染し、岸信介という化け物が日本を破壊するというイメージがボクの潜在意識に焼き付けられるのも致し方ないわけだが、この平成の世の中に嘘つきピグモン、安倍晋三を生み出したことを考えると、それは正しい理解だったのである。

 是枝裕和監督の映画「万引き家族」がカンヌ映画祭の最高栄誉、パルムドールに輝いた。サピエ図書館のおかげで是枝裕和作品をいくつも楽しませてもらってきたが、今から音声映画「万引き家族」がアップされるのも楽しみである。頑張れ、日本映画。頑張れ、樹木希林。

 説明責任といえば、アメフト反則問題の日本大学の説明もグロテスクだが、もりかけ問題の安倍晋三の釈明もグロテスク。このふたつ、権力者は何をやっても許されるという地下水脈でつながっている。権力を目的化すると人間がグロテスクになる。力は正しく使わなければ力にはなりません。

▲ 五月晴れミントキャンディー冴え渡る




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