全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年4月30日~5月6日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

泣きたい夜は 世界でいちばん長い夜
忘れていた人を 思い出す
 それが夢のせいでも、昨日の余波であっても、真夜中にふと目覚めて遠い思い出におののく瞬間がある。日常によって上から押さえつけられていた記憶が突然むくむくと、それ自体のエネルギーで蘇ることがあるのだ。忘れておけばよいのに、思い出した途端に腰を落ち着けていた安楽椅子の座り心地を悪くさせるような、そんな思い出があるのだ。
 いっぱしの人間のつもりであれこれと書きまくり、人前でしゃべくってきたけれど、自分のどこにそんな資格や権利があるのかと肝を冷やすことがある。記憶の扉の開け方をひとつ間違えれば、そんな立場からは百万光年も隔たった軽蔑すべき嫌な自分が見えてくるのである。
 ここに鮮やかな一枚の絵がある。おばあちゃんがひとりの少女を連れて玄関前の石段を降りてくる。そうして格子戸の門をくぐり、玄関に入ってくる。この景色は僕が小学校に入学するずっと前、幼稚園を中退した頃に暮らしていた社宅玄関の記憶である。おばあちゃんがどういう事情でその少女を我が家へ連れて帰ったのか、思い出すことはできない。ただ、その日から少女は我が家の一員となる。一緒に暮らし始めるのである。少女は僕より少し年上で小学生になっていたらしい。僕の父親は少女のために座机タイプのライティングビューローを庭に面した廊下の片隅に設置して、そこを少女のための勉強スペースとした。ライティングビューローを開くと真新しい二十四色のクレパスが顔を出して僕を羨望させた。幼稚園を中退していた僕にはちびたクレヨンしかなかったのである。
 ここまでは鮮明に覚えているのだが、少女との具体的な暮らしの思い出はほとんど再生できない。庭に面した廊下に並んで座り、殻つき南京豆を食べていると、いきなり少女が口の中の南京豆を庭に吐き出し、その咀嚼された南京豆の隙間で芋虫が蠢いていた、という記憶があるのだが、今でもそれが何かの見間違いであったことを疑っている。その他、脳味噌をフル回転させて手繰り寄せられる思い出といえば、少女の泣いている姿と、その少女を冷たく見ている自分の姿である。
 あるとき少女はきたときと同じようにおばあちゃんに手を引かれ、同じ玄関から同じ石段を上がってどこかへ消えていった。そして気がつけば、いつか廊下のライティングビューローもクレパスのセットも消えていた。
 思い出せば思い出すほど悲しい記憶である。もしも仲良くしていれば、少女は僕の優しいお姉さんになってくれていたのかもしれないのだ。僕は何といって少女を泣かせたのだろう。あの芋虫はボクの嫉妬と嫌悪の幻影でなかったことを祈っている。盲目となり、おばあちゃんも両親もあの世へいってしまった今となっては、あの少女が誰であったのか、それを確かめる手段はない。けれど、もしもできるなら、あの少女に今でも謝りたいと思っている。
 忘れていた人々に僕は謝りたいのかもしれない。それとも恋を打ち明けたいのかもしれない。今となっては取り返すことのできないその人に、たとえ夢の世界であろうとも、会ってみたいと切なく思う、そんな眠れない夜を過ごすことがあるのだ。


0430・月・振り替え休日・満月・図書館記念日・

 嘘つき大統領のトランプは嘘つき仲間の安倍晋三とは大の仲良しということになっていて、お互い国内問題から逃げては落ち合い、ゴルフをしたりお食事なんかしてるけど、そのトランプがアベちゃんとの電話会談中に「ながらツイッター」をやっていたことがバレてしまった。28日の午後10時33分から11時3分までの30分間の日米首脳電話会談中の午後10時45分にトランプがツイッターを投稿していたことがわかったのだ。天災トランプちゃんは会談の真っ最中に140文字の作文をやっていた、ということなのだ。アベちゃんとしては仲良しトランプちゃんと30分間もお話しちゃったもんね、と自慢したかったんだろうけど、本当はあっという間に話すことがなくなっちゃって、トランプは余った時間でツイッターごっこをやっていた、ということかもしれない。いずれにせよ、アベちゃんは恥をかかされたことになるのだろう。ま、嘘つき同士の仲良しだから、お互い信用してたらとんでもないことになる。と、そういうことなのだ。

 聖心のシスター、鈴木秀子先生の「幸せな死に方」を感動のうちに読了した。2001年出版当時、この貴重な書物を読めなかったのは人生で最も多忙な時期であったことと、当時はサピエ図書館を利用するスキルもプログラムも所持してはいなかった、ということなのだ。あとがきでわかったのだが、ボクのイラストレーションは表紙に使われているらしい。拝読できたのは音訳ボランティアのおかげなので、現物は手元にないのである。仕事場の整理の都合上、大量の資料を千葉の倉庫に運んでしまったので、現物はそちらにあるのだと思う。先生はあとがきでエム ナマエも臨死体験車と書いておられたけれど、先生もボクも光の体験者であることをおっしゃりたかったのだと思う。いずれにせよ、名誉なことである。お手伝いをさせていただいて、本当にありがとうございました。

 またまた夏日である。4月になって今日で9日目の夏日。今までの記録が6日ということだから、新記録ということになる。さて、明日からは5月。どんな5月になるのか、ちょっと心配な季節の移り変わりの早さではある。

▲ 布団から逃げていく猫夏近し


◆ 5月・五月
0501・火・メイデイ・

 1851年の今日、ロンドンで世界で初めての万国博覧会が開かれた。当時の英国の圧倒的な工業力を世界に示して大成功、その利益を元に科学博物館やロイアルアルバートホールなどの文化施設が建てられた。このロンドン、サウスケンジントンにある科学博物館は1972年に初めてロンドンに訪れたボクが、半月滞在していたアールスコートからそう遠くはないエリアだったので、てくてく歩いて訪ねていって、大感動したことを昨日のことのように思い出す。ことに建物を貫いてぐるぐる回転する産業革命当時の巨大な蒸気機関のクランクは往年の英国の鼻息で駆動しているような気がして、蒸気機関車マニアのボクとしては無条件降伏するしかなかったのである。

 さて、毎月恒例の月初め全国日の出日の入りの時刻である。札幌の日の出は4時29分、日の入りは18時35分。仙台の日の出は4時41分、日の入りは18時27分。東京の日の出は4時50分、日の入りは18時27分。大阪の日の出は5時8分、日の入りは18時43分。福岡の日の出は5時30分、日の入りは19時1分、ということで、めでたく五月を迎えたわけだが、東京は28.1度の夏日となった。真夏日を迎えてクーラーを入れた地域もあったらしく、日本列島は真夏並みの5月を迎えたことになる。
 ということで官庁街や会社員世界では本日からクールビズ。ノーネクタイやカリヨシルックのサラリーマンのインタビューをNHKラジオがニュースで流しているんだけど、誰でもみんな当たり前のことをいっていて、それを流しているNHKラジオも、当たり前のことしかいわない連中だと思っているに違いない。で、ボクも、そんなんちっともニュースじゃないじゃん、と思ってる。できればパンツ1枚の重役さんとか、水着姿の女子社員とか、そういう素材を見つけてこそ取材といえるんじゃないのかと言いがかりをつけたい気分である。うわぁ、やなやつ。

 夏日のこの日、アルルがお風呂に入れてもらった。これから並木さんのクリニックにいって、レントゲン撮影をするのである。なかなか咳が止まらなくて、かなり心配になってきたのである。ただの気管支炎であるといいのだが。

▲ 女房の散歩の土産柏餅


◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。
おかげさまで奈呉の浦に到着、ヘロヘロになって通過しました。
次の倶利伽羅峠まで、あと、78,548歩です。

現在の歩数、3,001,452歩。
三度目の徘徊です


0502・水・八十八夜・

 1992年、平成4年の今日、国家公務員の完全週休二日制がスタートした。一部の窓口を除いた国の機関で原則的に土曜日のすべてが休みとされた。国家公務員の完全週休二日制が保証されたわけである。けど、ちっとも羨ましくなんかないもんね。東電サラリーマンの父親を見て育ったせいで、小さい頃から公務員だけにはなりたくないと思っていた。東電は公社でもお役所でもないけれど、本質的には公社みたいなものである。東電を含めて東京都職員とか、親戚にも知人にも公務員はいるけれど、ちっとも面白くない人たちで、身分が保証されてしまうと、あんな風になってしまうのかと想い、心から気の毒になってしまう。ま、本人がそのことに気が付いてないのが救いでもあるのだが。ご愁傷様なことである。で、身分が保証されなくて、おまけに貧乏なボクだけど、毎日が幸せを見つける冒険旅行となっていて、退屈を知らない暮らしであることは、このブログを呼んでくださっている皆様はよくご存じなはずです。

 往年のハードロックグルプで、70年代初頭に武道館コンサートで熱狂させてくれたブリティッシュロックグループ「レッドツェッペリン」が思い出せなくて苦労しました。もう何もかも忘れていて、まるで手掛かりがないのでググることもできずにあきらめかけていたけれど、とうとう自力で思い出しました。リードギターのジミーページも思い出しました。はるか遠くの記憶のかけらみたいなものを強引に引き寄せてみたら、それが飛行船のレコードジャケットで、そこからツェッペリンを引き当てたのです。まだまだ脳味噌は壊れていないようで、少し安心しました。

 TOKIOが記者会見をやってたみたいだけど、すごく変。社長が出ないでTOKIOのリーダー城島茂が社長みたいな顔をして会見していた。山口メンバーが辞表を提出したということだけど、提出する相手が違うような気がする。おおい、ジャニーズの本当の社長、隠れてないで出てこい。それとも城島茂にジャニーズを譲るつもりなら、それはそれでいいけれど。ま、いずれにせよ中年になってもアイドルをやらされてりゃ、そりゃお酒に逃げたくもなるよね。

 愛媛県の開放型刑務所からの逃走犯が逮捕された。しかも23日もかかって広島市内で確保された。雨の日に、それまで隠れていた島から泳いで逃げ出したということだ。流れの速い海も凪のタイミングもあるし、距離もわずか200メートルというと、この季節であれば泳いで渡ることも可能だった、ということか。よっぽど刑務所に戻りたくなかったのだろう。その人にしかわからないイジメがあったのかもしれない。あとでわかったことだけど、この逃走犯、子どもの頃からルパン平尾というあだ名があったそうだ。頭がよくてずる賢くて運動神経が発達している。そんなイメージかもしれない。刑務所での知能検査でも高いIQを示していたそうで、追跡の警察官たちが苦労したのも納得できる。長い長い鬼ごっこで、本当にお疲れ様でした。

▲ 白日夢八十八夜茶摘み歌


0503・木・憲法記念日・

 ざんざか朝から雨が降ってるけれど、本日は憲法記念日である。1947年、昭和22年、オイラが生まれる前の年の今日、日本国憲法が施行されたのだ。基本理念は国民主権、平和主義、基本的人権の尊重である。敗戦後、この平和憲法に守られて日本丸という船がここまで漕ぎ着けたことを忘れてはならないのである。
 その憲法改正で鼻息の荒い安倍晋三だったけど、そろそろそんなこといってられる場合ではなくなってきた。安倍晋三も麻生太郎も今は外遊に逃げているけど、連休明けには尻に火がつくことになるんじゃないのかな。とはいえ、心配はなくならない。憲法記念日の今日、朝から憲法改正の話題が続いているけど、この平和憲法の日本を日中戦争当時に引き戻したいという勢力があることは現実だし、その中心人物がおじいちゃんの時代に憧れている安倍晋三やナチスドイツをお手本にすべきと公言する麻生太郎であることは困ったもんですね。自民党の基本的理念は憲法改正にあることを支持者の皆さんは本当にご存じなのだろうか。国民から権利を取り上げたくてたまらない安倍政権の下で憲法をいじくるなんてとんでもない。とはいえ、憲法改正のための国民投票の手続きについて国民の59パーセントが無知であるという現実の前で、憲法の意義さえ理解していない国民が、その自分たちを守ってきた大切な現行憲法を変えてしまい、自らの手から貴重な権利の数々が滑り落ちていくのを見つめることになるんではないかと心配でたまらないのです。ボクらは今、自らが手にしている人権という貴重な宝物をみすみすドブに捨てるようなことをしてはならないのだと思います。

 NHKラジオ第2「朗読の時間」の山本周五郎短編集を聴き終った午前10時、カルチャーラジオではカリスマ講師、出口汪による日本文学講座が始まった。本日から夏目漱石の「道草」。先週までは森鴎外で、ボクは興味なかったのだ。さすが出口汪先生。面白いの何の、たまらず引き込まれてしまう。この先生、国際ジャーナリストで友人の及川健二君の予備校時代の先生で、ボクも恵比寿で彼が主催する文化スペースで何度かお会いしたことがある。で、この出口汪さんはボクと霊的ご縁のある大本教の教祖、出口王仁三郎のお孫さんであられるのだ。で、この話になると長くなるのでやめるが、とにかく出口汪という人物の霊的パワーをもってすれば優れた教育者としての活躍は当然のことなのである。で、早速「道草」をプレクストークに転送して読み始める。パソコンには既にダウンロードしてあったのだ。この作品の主人公は夏目漱石ご本人。そう思って読むと興味深い。たちまちやめられなくなってしまう。舞台としては憔悴してロンドンより帰国した後、「吾輩は猫である」を書き始めた当時であると聞いてしまっては読みかけの本を後回しにしたって、真っ先に読まざるを得ないのである。

▲ 憲法が五月の雨に打たれてる


0504・金・みどりの日・

 就任後のトランプの嘘は三千回を超えるという。大統領としての職務遂行にあたっての問題はなしとの健康診断書も自作だったとか。その事実より、それを聞いてほんまかいなと笑いごとで済まされている世相自体が大問題である。あの人、世界で最も影響力のある超大国のリーダーなのです。決してお笑いタレントではありません。一刻も早く、あの人の手からツイッターを取り上げたい気分なんだけど、同じ手に核ミサイルの発射ボタンが握られていることも忘れてはならない。本当に困った人です。

 連休なんかクソクラエ。今日も午後の早い透析で面倒臭くてたまらない。せっかくの連休でも、透析患者に早くでてこいと無理強いする当病院の休日透析体制とは、人件費を節約したいという病院側の勝手な理屈で、せっかくの休日をまるごと楽しめなくしている理不尽で身勝手で迷惑なシステムであるのだ。とはいえ、通い慣れた透析室を鞍替えするのもリスキーなことで、嫌なら勝手にしろといわれるのも面倒で容易に喧嘩もできない。そこいらあたりが病院の経営側の鼻息の荒さなのである。と、満足に休めない連休に対して文句をいってるのだが、別に休みが欲しいわけではない。そんなことより、よっぽど仕事をしている方が楽しいのだ。それより、この病院側の身勝手な理屈で仕事の効率が落ちることの方が不愉快でたまらないのだ。無二の親友も休みなしで働いている。世の中には休みの嫌いな人もいるのだ。公務員みたいに身分が保証されていて、なおかつ休みたくてたまらない人種とは一緒にしてもらいたくないのだ。連中とはキリギリスと蟻ほどにかけ離れた生き物であるのだ。と、オイラは思いたい。

 ニッポン放送のナイター中継はDeNA対巨人。午後の早い時間から開始される患者置き去りの休日透析からの帰り道、ポケットラジオをつけたらたまたまやっていて、面白そうな試合になっていたので、帰宅してからもついつい聴いてしまう。帰宅して赤ワインをちびちびやりながら、吉野家の牛丼特盛とナマタマゴ2個で「すきやきごっこ」をしながらも、またまた聴いてしまう。とにかくゼロ対ゼロなのである。ずっとゼロが並んでいるのである。そして延長戦。ゼロ行進が続いて、巨人が満塁で得点できなかったり、ここでサヨナラにしなきゃしょうがないでしょ、という場面でヨコハマが打てなかったり、ヨコハマ球場を満杯にしたヨコハマファンの声援をBGMに、熱戦は12回まで続いた。結果は引き分けだったけど、久しぶりに野球中継を最後まで熱心に聴いてしまいました。本当は夏目漱石の「道草」を読む予定だったんだけどね。

▲ みどりの日よりどりみどり五月の日


0505・土・子どもの日・立夏・端午の節句・児童福祉週間・

 2012年、平成24年の今日、国内すべての原発で発電が停止した。当時、唯一運転を継続していた北海道の泊原発(とまりげんぱつ)3号機が定期検査のために発電を停止した瞬間、1970年以来、42年ぶりに国内50機すべての原子力発電所が停止した。で、どうしてそのままにしておかなかったのだろう。だって原発なしで国内の電力を融通できたわけで、その時点でトイレなきマンション状態の国内原発システムを解決の道へと方向転換できたはずなのだ。それを阻止する黒い手はどこから伸びてきたのだろう。やっぱ安倍政権とアメリカのいいなり官庁街から伸びてきたのだろうね。

 1891年の今日、アメリカニューヨークのカーネギーホールが開場した。実業家アンドレーカーネギーが建てた大型施設でこけら落としにはチャイコフスキーらが招かれた。ボクの拙い記憶によれば1964年にはビートルズがコンサートを開いているはずである。そして1998年のウィーン少年合唱団のコンサートにはコボちゃんが下村健一の奥様、カコさんと会場を訪れている。ボクにとっても憧れのカーネギーホールだけど、ボクはそのとき、ニューヨークダウンタウンのベスイスラエル病院で人工透析を受け手いたのでした。と、またまた我田引水のエム ナマエでした。
 で、朝、そのカコさんのご亭主、下村ケンちゃんがTBSラジオ、生島ひろしの「土曜一直線」に出ていて、コボちゃんと聴くことになる。メディアリテラシー絵本について語るケンちゃんはポスト池上彰なんて生島ひろしからいわれていて、ボクもそう思った。

 NHKラジオ「昼の憩い」で12歳の男の子からの投稿が紹介されていた。5月5日の出来事というより、子どもたちや若人に向けて必死のアピールを試みているNHKラジオとしては、まこと嬉しい限りの事件であると思う。おめでとうございます。

 夜になって並木動物診療所の並木先生からお電話があり、レントゲン検査の結果、アルルが肺癌と診断された。その瞬間、ボクとコボちゃんにとっての世界が暗転した。まさか。ボクはボクの父親よりもボクを可愛がってくれた伯父貴を肺癌で失っている。そして父親も肺癌で失っている。順番として次に肺癌になるのはヘビースモーカーだったボクのはずなのだ。それをアルルが身代わりになってくれたとコボちゃんがいう。アルルはボクが完全に煙草をやめてから我が家の子になってくれて、間接喫煙の経験は皆無なのである。なのにどうして。あらゆる可能性を模索して、最高の医療を受けさせよう。その夜からコボちゃんとボクはそれしか考えられなくなっている。

▲ 後戻りできる魔法があったなら


0506・日・

 朝、遊歩道でチョンワガラスが泣いている。宇宙では火星へ向けて探査機が飛んでいく。けれどもボクとコボちゃんにとっての世界は暗転したまま。とはいえ、じっとしてはおられない。夜明けとともに行動開始。ありとあらゆるチャンスを駆使してボクらはアルルを救うのだ。

▲ セコンドの回るすべてで祈りたい

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