全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年4月23日~29日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

頑張れといわれて
いわれなくても 頑張ってるじゃないかと思わずムッとして
なのに 頑張っている人を見ると
頑張れといいたくなるのは どういうわけだろう

 以前、
「頑張ろう、東北」
と生意気なガキドモがテレビやラジオで被災者に向けて語りかけていることがあった。このぉ、何を身の程知らずな、何を恥知らずな、何をこの無知な洟垂れどもがと、それら神経を逆なでする浅薄な呼び掛けを聞かされる度に激怒していたことを思い出す。
「頑張れといわれて、いわれなくても頑張ってるじゃないかと思わずムッとして、なのに頑張っている人を見ると頑張れといいたくなるのはどういうわけだろう」
 ボクが愛育社の言葉の絵本シリーズにこのフレーズを書いたのは東日本大震災のはるか以前のことで、まさか年端もいかない子どもたちが本当に千年に一度の大災害から立ち上がろうとしている人たちに向けて、
「頑張ろう」
などと不遜にも呼び掛ける恥知らずな行為が世の中に横溢するようになるとは想像もしていなかったし、まさかそれを許す親や教育者がいるとも思わなかったし、そしてまさかそれを電波や活字に乗せる業界人がいるとも考えていなかったのである。
 幼い頃から父親に、
「お前は馬鹿だから人の五倍は努力しろ。それでやっと半人前だ」
と繰り返しいわれてきた。ところが大人になってから考えると、そんな父親は家にいる限り、いつも畳に転がってテレビばかり見ていたし、職場にいるときの父親はどうだったかと振り返ると、母親に渡された弁当箱を運んでいったときなど、いつも同僚と無駄話ばかりしていて、ボクはその努力する姿を一度も見た記憶がないのである。
 大学に入るとき、ボクは文学部でアーティストになるための勉強がしたいと父親に願い出たら、直ちに却下され、お前は法学部に入学して官僚となり、お前を育てた父親を死ぬまで楽にしろ、と命じられた。努力しろ、勉強しろ、勉強も努力も自分のためだと教えられてきたけれど、その自分とは父親自身のことだったのである。クソ。あんまり口惜しかったので、法学部ではまるで勉強せずにマンガクラブで猛勉強して、卒業する前にプロのイラストレーターになってやった。おかげで大学は中退である。クソ。
 誰でもみんな自分は特別な存在だと思っている。もしかしたら自分だけは死なないと思っているのかもしれない。このボクだって若い頃は自分は病気なんかにかからないと信じていたし、その自分が重篤な糖尿病で、もうすぐ失明するとお医者から宣告されても絵描きの自分の目が見えなくなるはずがないと考えていた。けれども本当は自分も他人も同じ人類の一員で、同じ環境や病原体が与えられれば同じような病気になるし、切れば赤い血が流れるし、殺せば死んでしまう存在なのだ。というわけでお医者が予告した通り、ボクは見事に失明し、死ぬまで人工透析で生かされる身の上となったのである。
 きっと誰でも自分だけは特別で、他の人たちのことは普通だと思っている。普通に死ぬし普通に病気するし、普通にダメだし、普通に馬鹿だと思っている。考えるに、この世界をあまねく愛しておられる創造主は、それぞれの人間に存在自体が完璧である、という特典を与えているのかもしれない。それぞれの魂の成長、意識の成熟、経験の蓄積によって、自らをパーフェクトと評価する特権を与えているのかもしれない。多謝から見ればどんなに未成熟であっても、本人は自分を完全な存在と評価しているのだ。そう。人間は生まれた瞬間に完全であると認知されるべき存在なのである。
 政治家や官僚、権力者たちが何で国会であれだけの嘘を平気でつけるのか不思議でならなかったが、これでわかった。完璧な自分、特別な存在として選ばれてここにいる自分だけは、何をしても許されるはずだと、彼らは信じこんでいるのである。でなければ、誰から見ても明らかな嘘をあれだけ堂々と訴えられるわけがないのだ。


0423・月・上弦・世界本の日・

 1895年、明治28年の今日、ロシア、ドイツ、フランスが日清戦争で日本が領有した遼東半島を清(しん)に変換するように勧告した。日本は変換に応じたが国内で反ロシア感情が高まり、日露戦争開戦に影響を与えた。これがいわゆる三国干渉というやつで、後進国が何を生意気な、ということだったのだろう。日露戦争で日本海軍は戦艦三笠を擁した連合艦隊でバルチック艦隊を幸運にも撃破し、勝利する。これで明治政府は鼻息がますます荒くなり、やがては欧米列強を相手に宣戦布告するのである。馬鹿だね。

 10時から午後3時まで職人さんたちがやってきて、ドリルやらノコギリやら、あれこれの音をたてて工事をしてくれている。ボクはそれが子守唄になってしまい、次第に眠くなってくる。朝からあまり気温も上がらず、部屋を風が吹き抜けていくので、転寝してると風邪をひきそう。職人さんの声で目覚めると、いつの間にか水道が復活していた。万歳、安堵、感動。よかった。火曜日から今日まで、本当に辛抱しました。いちばん大変だったのがコボちゃんで、3階までの階段を水で満杯のバケツを何度も何度も持ち上げたのでした。これで安心、みんな安心。ボクも安心してトイレに座れます。

▲ 惜春やかなり甘めの缶コーヒー


0424・火・

 1990年というのはボクとコボちゃんが結婚した年で、3月24日のことなんだけど、その1か月後のこの日、ハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられた。打ち上げたのはスペースシャトル。全長13メートル、重さ12トンの宇宙天文台を背中の浦島太郎みたいにして、大海原に泳ぎ出すカメさんのごとく飛び出した。高度600キロの軌道上で背中のハッチを開いてこの宇宙観測機械を放出したのである。以後、直径2.4メートルの反射鏡を備えるこの宇宙天文台は地上の操作により、地球大気に邪魔されることなく直接遠い宇宙の天体を観測し続けるのである。この望遠鏡により系外惑星の発見が飛躍的に増大しているのは皆さんご存知の通りである。

 衣笠祥雄(きぬがささちお)さんの訃報が届いたとき、思わず驚きの声を発していた。あまりに突然の知らせである。お元気に活躍されているとばかり思っていたので暗闇で頭を殴られたような気分である。聞けば19日までテレビの野球中継で解説をなさっていたとか。どんなときでも明るく一生懸命の人だったと思う。バッターボックスで全力でスウィングするそのバッティングスタイルは実に美しかった。現役時代のその鍛え上げられた肉体美に見惚れたこともある。カープ初優勝の年だったと思うが、新幹線の広島駅で列車に乗り込む衣笠選手と瞬間、目が合ったことがある。スポーツマン独特のオーラを発しているその姿に特別なカープファンではなかったが、心を奪われた。巨人ヨイショ中心の野球中継の中で、それに賛同しない解説は、熱烈巨人ファンだったボクにはかなり抵抗があったが、アンチジャイアンツになってからは大歓迎だった。最後の最後まで野球を愛し続けたその壮絶な最期は、いかにも鉄人らしい振る舞いである。心からご冥福をお祈りする。合掌。

▲ 玉筋魚のくっつきあって睨めっこ


0425・水・国連記念日・

 1945年、昭和20年の今日、第二次世界大戦で東西からドイツ領内に進撃したアメリカ軍とソ連軍がエルベ川のほとりで合流した。これによりドイツ軍は二分され、第二次世界大戦は終結に向かう。ヨーロッパ戦線といえばソ連国策映画「ヨーロッパの解放」を思い出す。全5作、映写時間7時間を超す超大作すべてを渋谷の東急文化会館に通って鑑賞いたしました。ソ連兵が正義の見方、という描き方もあれだけの物量を動員しての超巨大スペクタクル戦争映画を制作したソ連に免じて許してあげてもいいかな、という気にさせられる。主人公がやたらハンサムで、バラライカ短機関銃を腰だめに連射しながら前進する勇姿が目に焼き付いている。弾丸が飛んでくる最前線で、んなことできるわけないじゃん。エルベ川だか何だか忘れてしまったが、夜間戦闘で川越しに打ち込む機関砲の曳光弾がやけに美しくて、着弾点で敵が殺傷されていることなんか忘れさせてしまうのが恐ろしかった。映画の力はスゴいと思う。それがフィクションであっても、事実を見てきたような錯覚に陥るのだ。エジソンが映画を発明して以来、本物のように動き回る映像によって、ボクらは洗脳されまくってきたのだ。ときとして、映画は事実よりもリアルなことがある。

 たまらない、たまらない。口惜しくてたまらない。不思議でたまらない。わからない、わからない。まともな野党がまともでない与党に勝てない理由がわからない。正論が邪論に抵抗できないのだ。税金を支払っている国民が税金で雇っている官僚に好きにされているのがわからない。安倍晋三を独裁者のように振る舞わせている民主主義がわからない。麻生太郎の下品な物言いを許しているメディアがわからない。たまらなくって、わからないことだらけで、もう頭がパンクしそうである。

▲ 春愁や民主国家の空回り


0426・木・

 1986年の今日、旧ソ連、今のウクライナのチェルノブイリ原発で炉心核燃料が溶融、水蒸気爆発と火災が発生した。大量の放射性物質が欧州地方に放出され国際基準でレベル7の原発事故は欧州産のパスタが汚染されているという風評被害も引き起こした。この当時、ボクは失明直後、人工透析導入の入院から退院したばかりで様々な出来事の中で翻弄されており、そこにこの深刻な原発事故のニュースを知り、ますます深刻な気分になっていた。ボクの霊的指導者、井村宏次先生がこの原発事故を予言しておられ、さすがと思ったことをよく覚えている。また、井村先生は東日本大震災に伴う東電福島第一原発の事故も予測しておられ、これも驚いたことを覚えている。ボクの命の恩人であり、霊的指導者でもある井村宏次先生は2014年2月に彼岸へと渡られた。あちらの世界でどんなご活躍をなさっておられるのだろう。いつかきっとまた新しい使命を背負ってこの世界に戻ってこられるに違いない。

 国民民主党とは何たるダサいネーミング。企画力のないこと、この上ない。そんなことではとても安倍政権には勝てません。なんせ、あっちには企画力抜群の広告代理店のブレインがいるのですから。と、ボクは勝手に想像しているのです。

 トキオの山口メンバーが酒の上での事件を引き起こして大騒ぎである。中年男が16歳の少女に無理矢理キスしては叱られても文句はいえないでしょう。それにしてもいかにも財務次官セクハラでマスコミの耳目を集めている安倍政権にとっては煙幕にもなる、まこと好都合なタイミングで、もしかしてこれ、誰かの企みではないかと疑いたくもなってしまう。ま、財務次官もアイドルグループのメンバーも、みんな下半身の問題で人生を台無しにしています。エリートもスターも、下半身は制御不能であるらしいのだ。この年齢になって、ボクの下半身も別な意味で思うがままにはなりませんけれど。とほほ。

▲ 惚れたなら猪突猛進猫の恋


0427・金・

 1978年の今日、日本大学の遠征隊が日本人として初めて北極点に到達している。カナダのヘクラ岬を出発して47日間、782キロを犬橇で走破した。ちなみに日本人の南極点到達は1968年の出来事である。1978年というとボクはこの年、モスクワ経由で欧州を往復しているが、それ以前の欧州までの飛行経由は北極回りだった。そのとき、機内では北極点通過証明書を発行してくれたものである。飛行機でひとっ飛びの北極点も、地上走破となると、海の上の氷を犬橇でとことこいって、やっとたどり着く。北極点到達とはそれほどに難しいことなのだ。極地探検家の荻田泰永(おぎたやすなが)さんも単独歩行による北極点到達には何度も挑戦しているが、実現できず、結局それ以前に今年、南極点到達に成功しているのは、やはり海に浮かぶ氷の上の難しさなのだろう。ま、南でも北でも、ボクは寒いのは真っ平ごめんですけれど。

 南北会談で世間は大騒ぎ。見識のある方々があれこれ論じておられるので、ボクなんかが口を出すなんておこがましいのも甚だしいのだが、図々しくてごめんなさい。さて、文在寅と金正恩がにこにこ笑って握手してるけど、腹の中は何を考えているのかはわからない。もしかしたら文在寅は金正恩の核ミサイルを欲しがっているのかもしれないし、金正恩が韓国の経済を欲しがっていることは間違いがない。忘れてならないのは実は北も南も同じ民族であること。もしもひとつになれば経済力に恵まれた核保有国が誕生するのである。
 さて金正恩、どんなに可愛く笑顔を見せたって、平気でおじさんを高射機関砲で撃ち殺し、お兄さんを毒殺するパーソナリティーであることは世界に広く知られている。いずれにせよ、金正恩の笑顔の下には危機感と焦燥感が渦巻いている。トランプもコワイし、国民もコワい。聞けば最近の北朝鮮国民の間では自由経済が発展しつつあるとか。自由経済といっても物々交換である。国を頼る前に自分で作物を作る方がまし、と考えているのだろう。国の貨幣より物々交換。そういうことなのだ。聞けば金正恩は自分の乗ったクルマの周囲をガードマンたちを走らせて警備させているとか。そんなことしちゃいけないよね。心配なのは地下核実験場で働いている人たちのこと。人権無視の北朝鮮のことだから、防護服なんかも着せてもらってないんだろう。当たり前のことだけど、人を大切にしない国に未来はないと思う。

 2001年発刊の鈴木秀子先生のご著書を読んでいたら、表紙がエム ナマエとある。驚いた。覚えていないのだ。2001年の頃となると、多忙を極めた時期である。先生からのご依頼で無条件で作品をお貸ししたのだろう。さて、どんな絵だったか。それはこれからこの音訳図書を読めばわかる。ただし、音訳者の方がボクの絵を説明してくれていれば、の話であるのだが。

▲ 胸に抱く御玉杓子と遊んだ日


0428・土・サンフランシスコ平和抄訳発効記念日・

 検索してみたらサピエ図書館に月刊ラジオ深夜便4月号がアップされていて、早速ダウンロードする。なんてったって巻頭カラーページがエム ナマエの新連載「しじまのおもちゃ箱」の特集だから音訳ボランティアの方がどんな風に読んでくださっているのかワクワクのドキドキである。先月まではイラストレーションの連載だったからどんな風に紹介されるかはパーフェクトに音訳ボランティアの方次第だったが、これからは文章である。責任の百パーセントはボクにある。で、結果は大満足の自画自賛。ボランティアの方に大感謝。実に丁寧に読んでくださっていました。

 そう思っていたところで月刊ラジオ深夜便の編集部から以下のようなメールをいただきました。

題名 : 読者からの感想です

青森県三沢市、65歳男性からの胸はずむようなお便りが届きました!
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エムナマエさんの「スプリングピストル」はまさに自分の子供時代の風景でした。
ゴム鉄砲、山吹鉄砲、銀玉を撃つ鉄砲、火薬をつかった巻きテープの粒……
すべてで遊んでいました。
木製の戦車ではもちろん木の弾を撃っていました。
すべて、祭りの露店で、小銭(子供にとっては大金ですが)を握りしめて買っていました。
田舎なので近所におもちゃ屋はなく、祭りのときの露店は子供心にたいへん夢のある世界でした。
今にしてみればどこにでもあるのでしょうが、あのわくわく感はこれからもいろんな形で大切にしていきたいと思います。
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▲ 音訳の本を読んでる夏隣り


0429・日・昭和の日・

 昭和の日のこの日、ボクとコボちゃんとアルルはいつものようにここ長野県は上田市、無言館にやってきている。そしていつものように今日も晴れている。日本全国、一点の曇りもない晴天である。そしてたとえ日本全国大嵐でも、ここ無言館だけは晴れているのである。なぜならば、ここには無言館で成人式を迎えようという心清らかな新成人たちが集うからである。
 会場に到着すると、メインゲストの池上彰さんをエスコートしてきた元厚労大臣の小宮山洋子さんが握手で迎えてくださった。司会役の青木裕子さんはリハーサルでお忙しいのだろう。気配がない。
 うろうろしていたら朝日新聞と信濃毎日と中日新聞の記者さんから簡単な取材を受けた。池上彰さんの周囲には黒山の人だかりがあって、あきらめてエム ナマエに声をかけたのかもしれない。そこへ窪島館主がやってきて今日もスピーチが長引いたら後ろから石を投げるぞと脅かされた。わはは。この人、必ず何かいわないと気が済まないのだ。
 池上彰さんの隣に座ると開会式。いつの間にか司会役の青木裕子さんが現れて開会を宣言をした。池上彰さんが参加者50名にそれぞれ、昨夜徹夜で書き上げたそれぞれの参加者への手紙を渡して握手をしている。金曜日に朝鮮半島の南北会談なんかがあって、次々にテレビ出演を済ませてから駆けつけたのである。さて、池上彰さんの濃厚で、しかも分かり易いスピーチの次はエム ナマエの出番である。そして池上彰さんがボクをマイクまでエスコートしてくださった。巧みで力強いエスコートで本当に助かった。あとで窪島館主が、お前の女房とインチキ盲導犬は何をやっていたのだといってたけど、聞けばコボちゃんはカメラマンをやっていたのでした。わはは。

 さて、以下がエム ナマエの本日のスピーチである。

 おめでとうございます。この成人式に参加なさる皆様を心からカッコいいと思います。
 そして、ありがたいです。今年も晴れてくれました。そしていつものようにウグイスも鳴いてくれてます。鳴いてくれてるのはウグイス嬢ではありません。みんなオスです。
 今から35年前、絵本作家で多忙を極めていた頃のことでした。ある日突然、お医者に、この目はやがて、見えなくなるといわれました。まさか、そんな馬鹿な。けれどもその3年後に本当に目が見えなくなりました。そして同時に人工透析も導入しました。目だけでなく、腎臓もパンクしていたのです。もう、踏んだり蹴ったりです。おかげで第一級障害のダブルチャンピオンとなりました。二階級制覇です。こうなったらオリンピックでもパラリンピックでも何でもどんどん出てやります。
 何度も入院して、目玉に注射したりレーザー光線を打ち込んだりして、それでも失明するとわかったとき、一晩ずっと炬燵で泣いていました。犬と猫を抱いて泣いていました。絶望して、無神論者のくせに神も仏もないと、運命を呪って泣いていました。炬燵布団がぐっしょり濡れて、気がつくと夜が明けようとしています。すると突然、ボクの目の前で金色の光がはじけたのです。そして、その光がいうのです。世界はあまねく愛されていると。するとボクの心と体は犬と猫と重なり、庭の小石や草木と重なり、世界と重なり、そして宇宙と重なっていきました。瞬間にしてすべてがわかったのです。見えたのです。ボクは幸せの絶頂に運ばれ、救われていました。そのときから、ボクは最後まで生きていけると思えるようになったのです。
 昔と違って今は便利です。パソコンがあります。インターネットがあります。そしてみんなしゃべってくれます。助かります。時計もしゃべってくれますし、電話もしゃべってくれます。ラジオもしゃべってくれます。当たり前です。だからみなさん、失明しても大丈夫です。かなり不便にはなりますけれど。
 視覚障碍者には著作権フリーの膨大なアーカイブズがあります。この音声図書館のおかげで自由な読書が可能になっています。ボクは年間250冊、この4年間で千冊の本を読むことができています。それとは別に週刊誌も読んでます。毎週必ず週刊朝日、週刊文春、週刊新潮を読んでいます。池上彰さんの週刊文春「そこからですか」も毎週拝読しています。本さえ読めれば、人生は大丈夫です。
 というわけで、いろいろとありましたけど、今も絵描きをやってます。ニューヨークで個展を開いたり、全米最大のアパレルメーカーにジョンレノンと並んで採用されたりして、自分には見えない絵をかいています。今はあんまり売れてませんけど、それでも絵描きをやってます。楽しくやってます。
 人工透析を導入したとき、お医者はボクを、あと5年しか生きられないといってました。けれどもそれから32年間、ボクは元気に生きています。金色の光が見せてくれたように生き生きと生きています。ボクはお医者より、金色の光を信用しているのです。
 いつか誰でも壁にぶつかる。そしてそこからドラマが始まる。生きていれば一難去ってまた一難。それでも大丈夫。ボクらは宇宙から愛されているのです。今日は皆さん、おめでとうございました。

 成人式が終わると皆さんにプレゼントしたエム ナマエの愛育社からの書籍、「あなたの時間をありがとう」にサインしながらおしゃべりする。コボちゃんによれば、新成人の50名は美男と美女ばかり。ま、コボちゃんに聞かないまでも、みんなとおしゃべりして握手をすればそれはわかる。音楽の仕事をしたかったり、女優になりたかったり、美術品の修復をやりたかったり建築家を目指していたり。ボクのスピーチに感動したと語ってくれたお嬢さんもいて、本当に見事な若者ばかりでした。

 つい先日、青木裕子作「再婚トランプ」を読了したばかり。何度も泣きそうになりながらの感動のノンフィクションで、会いたいと思っていたので、解散後のおしゃべりも楽しい。そしたらその青木裕子さんが不思議な人物をこの会場に連れてきていて、ボクと引き合わせた。キーワードはビルゲーツとジョンレノン。でもここから先は内緒です。いつか報告する日がくるかもしれません。で青木裕子さんとこの摩訶不思議な人物とずっと一緒だったのがエム ナマエ研究者の奥田博子さん。この方もファンタジーワールドの住人なのです。

 途中、休憩した燕の飛び交うサービスエリアでアルルの首っ玉にしがみついた小さな男の子なんかがいて、帰り道も楽しかった。コボちゃんがしきりに月がきれいといってたけど、そういえば明日は満月なのである。

▲ 無言館鶯今日も祝いけり


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