全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年4月16日~22日
■ 
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

 痛みは知恵を さずけてくれる

 最初の注射はいつだったか、もう覚えちゃいないが泣いたことは確かだ。そして注射で泣いていたのはいつまでだったか、それもあんまり覚えちゃいない。中学生になると看護婦さんにされるお尻の注射から逃げたかった。痛いのは嫌だけど、恥ずかしいのはもっと嫌だった。
 昔は野蛮だった。校庭にずらり並ばされて予防注射を受けさせられた。敗戦直後の小学校には体育館なんてなかったのだ。校医が看護婦に渡される注射器で次々にチクリとやっていく。同じ注射針でやっていく。あの頃はデスポーザルの注射器なんかなくて、肝炎なんて感染のし放題だったのだ。これも野蛮だったね。ツベルクリン注射だから突然変異でちょっと巨大化した蚊が刺すようなものなのに、刺された順に生徒たちは約束のように泣いていく。ほとんど条件反射である。刺すが早いか泣くが早いか。もちろん自分も注射器を見た途端に泣いていた。
 何といっても痛いのが歯医者の麻酔注射だ。最近は電動注射器なんてのが開発されてずいぶん楽になってるらしいが、もう自分は関係ない。虫歯なんて一本もないのだ。みんな入れ歯なのだ。わはは。痛いm注射のキングオブキングスは眼球注射である。目の前に注射針が迫りくる恐怖とその破壊的な苦痛に耐えたのに失明して、本当に損をした。
 初めての無痛注射は海外渡航のための肝炎の予防ワクチンだった。とはいえ圧力注射の不快さは痛さといい勝負だ。あれだったらチクリとやられた方がさっぱりして気持ちがいい。
 歯医者の麻酔注射は劇的に痛かったが、劇的に効いた。歯を抜いてもまだ効いている。目の下あたりまで効いていて、ほっぺたをつねってもちっとも痛くない。まるで夢の中にいるようで気持ち悪かった。
 人工透析の注射針はほとんど畳張りと同じ立派さで、チクリどころか、ズババンバンとくる。穿刺の前の麻酔もあるが、自分はお断わり。痛いのが当たり前の注射針。脱血(だっけつ)と返血(へんけつ)の二カ所が無痛では透析をしている気がしないのだ。
 痛さは重要な情報である。人は痛さを知ることで命を守ることができる。痛いということは生きている証拠なのだ。とはいえ、ガマンできない痛みもある。血行再建オペのオーソリティー、笹嶋唯博先生は全身麻酔でないと耐えられない痛みがあるとおっしゃる。ところがボクの友人には気を失っていると何をされるかわからないと、癌の手術を局部麻酔で受けた豪傑がいる。医者を信じていないのだ。ちなみにその豪傑は女性である。かと思うとボクの知っている全盲のシンガーソングライターは麻酔で気絶している間に胃カメラ検査を受け手いた。よほど医者を信用しているのだろう。
 生きていれば濡れるのも乾くのも不快である。寒さも暑さも苦痛である。だから家も生まれた、服も生まれた。食べ物が豊富で寒くもなく猛暑でもない南の島で発明家が大量発生したという話はあまり聞いたことがない。そう、それでいいのだと思う。


0416・月・新月・

 1877年、明治10年の今日、札幌農学校初代教頭、ウィリアムクラーク博士がアメリカへ帰国した。見送りの学生たちに
「ボーイズビーアンビシャス」
少年よ大志(たいし)を抱け(いだけ)、との言葉を送ったとされている。ボクはこのエピソードを聞くと高校時代の北海道一周、修学旅行を思い出す。一学年がクラス単位の観光バスに乗り、北海道を一周したのである。そして繰り返し耳にしたのがクラーク博士の「ボーイズビーアンビシャス」の言葉とバスガイドのお姉さんが歌う森重久弥作曲「知床旅情」であったのだ。このお姉さん、石墨さんとおっしゃって、しばらく文通していたなぁ。純情高校生の美しい思い出です。

 安倍政権の支持率が急落した。当たり前といえば当たり前なのだが、いくらお人よしの日本国民でも、そこまでは騙されないということだろう。安倍政権の猿知恵もここまで、ということだ。ザマアミロ。

 TBSラジオ「セッション22「で過去の国会答弁のダイジェストを流している。安倍政権の嘘がバレていると安倍政権が認めていない頃の答弁だからおかしくて仕方がない。とっくにバレているのに、当人たちだけがバレてないと思っているのだから笑わせてくれるのだ。
「嘘つき」
の野次に激昂する安倍晋三。じゃ、嘘を認めたときの安倍晋三はどんなリアクションをするのだろうか。今から楽しみで仕方がない。佐川君の態度もでかい、でかい。あの頃は堂々と嘘をついていたんだね。聞いた話だけど毎日小学生新聞でも子どもたちに、一度嘘をつくとまた嘘をつかなければならなくなるよ、と書いてあったとか。日本中の空気が安倍政権に汚染されて、いちばん守らなくてはいけないのは子どもたち。そのためのメッセージである。さすが毎日小学生新聞。実はボクの文章を最初に掲載してくれたのが毎日小学生新聞。小学校3年生のときでした。

 油断してたらラジオ深夜便に引っ越したラジオ文芸館を聞き逃してしまう。大好きなラジオ文芸館だけど、深夜1時の放送は5時起床の早起き族のボクにはちょっとキツイのです。それに明日は朝から代々木駅前、山下医院に出かけなくてはならなくて、朝寝坊ができないのです。

▲ 改竄はやめてそろそろ解散に


0417・火・

 2010年の今日、強い寒波の影響で関東甲信の山沿いで雪や霙が降る。東京でも1969年以来、41年ぶりに降雪の最も遅い記録に並んだ。以下は2010年4月17日の日誌である。

0417・土・朝から雪が降っている。気温は2度。これで最も遅い降雪記録と並んだ。1969年以来の、実に41年ぶりのことである。その当時、ボクは渋谷の児童会館の真正面、深夜クラブでバーテンダーをしていた。その日、地下の店から階段を上がっていくと、雪が降っていたことを思い出す。ボクはそこで働きながら個展を開く準備資金を貯めていたのだ。そしてその11月、最初の個展「空」を開くのである。翌年の1970年、ラッキーなボクはイラストレータとしてデビューすることができたのだ。ボクにとって渋谷時代は人生の方向を決める重要な季節だったのだ。

 半年ぶり、代々木駅前の山下医院にきている。今日は副甲状腺エコー検査の日である。ベッドに仰臥して、エコーセンサーを捜査する女性技師さんのされるがままになっていると、壁の向こうで年配の患者さんに院長の山下賀正先生が丁寧に説明しているお声が聞えてくる。実に丁寧な説明である。丁寧な説明とはこういう説明なんだよと安倍晋三に教えてやりたいくらいの丁寧な説明である。人間が好きでなければお医者になってはいけない。今日は検査だけで診察の日ではなかったので山下先生にはお会いできなかったが、患者に向かう山下先生の態度は、いつもボクにそう思わせてくれるのだ。というのは、残念なことにそうでないお医者が相当数おられる、ということで、医療現場で発生する様々なトラブルの原因はそのあたりにあるのだと思う。脳裏に浮かぶのは、何でこの人はお医者になったのか、という疑問である。そういうとき、親が医者だから、どうしても医学部に進学しなきゃならないのだ、と苦悩していた慶應義塾志木高時代のクラスメイトを思い出す。気の毒だったなぁ。結局、彼は希望した留年も叶わず、医学部をあきらめていたっけ。

 帰り道、ボクもコボちゃんも黙って小田急線に乗っている。実は朝からピンチなのだ。実に大ピンチなのだ。経堂にこれまでふたり暮らして、ずっと平安にやってこられたけれど、それがピンチに揺すぶられているのだ。今日から水が使えない。古い建物が、とうとうそういう事態を引き起こしたのである。さぁ、これからどうするか。今夜から試練が始まるのである。

▲ 春曇り憂いを乗せて小田急線


0418・水・発明の日・

 今日は発明の日である。1885年、明治18年の今日、専売特許条例が公布されたことを記念して特許庁が1954年に制定したもの。発明といえばエジソンだが、小学生に上がる前の年、ボクは父親の煙草を買いにいく途中、自動車にはねられ、骨折でしばらく入院することになった。片足は太腿までのギプスで固定され、ベッドに仰臥している。仰向けだから大好きな読書ができない。そこで出動したのが読書機械。捜してきたのは父親である。当たり前だ。家でゴロゴロしている父親のためにした骨折である。読書機械くらい捜してきて当たり前なのだ。そしてボクは脚の骨がくっつくまで本を読み漁るのである。読んだ、読んだ。病院の売店にあった漫画をすべて読んだ。見舞客が売店の漫画を次々に買ってくれるので、とうとう売店の書棚には一冊の漫画も残っていなかった、とは聞いた話で本当のことかどうかはわからない。おかげで退院したときはボクの本棚にずらり、赤い背表紙の漫画全集が病院の売店から引っ越してきて、その中でいちばんのお気に入りが杉浦茂の「少年・猿飛佐助」と「発明王エジソンだったのである。白熱電灯を開発中のエジソンがフィラメントの素材を試行錯誤しているとき、日本の竹に着目したエピソードにはいたく感動して、自分はその電灯の下で読書ができているのだとエジソンを歴史上最高の偉人と洗脳されてしまったのだ。

 さぁ、大変。昨日から水がまったく使えなくなった。元栓を開けば階下に水漏れがしてしまうのだ。さぁ、どうしよう。幸い、無二の親友が不動産業だし、家主が好人物だし、ここの管理人も頼りになるし、階下の元理事長も理解があるし、いろいろな方々のお知恵を拝借して、この部屋の改装中は北軽井沢に避難しなければならないと絶望的な気分でいたところを救われる。これからいろいろな業者が出入りする、ということで朝からコボちゃんは荷物整理。大量の荷物である。それを整理しながら下から水を汲んできて水洗トイレのタンクに注入する。飲み水も洗顔の水も下から汲んでくる。これからしばらくは水道のない、ほとんどクロマニョンとかネアンデルタールとか、原始人と同じレベルの暮らしで、あの人たちの苦労が身に染みるのだ。そして最大の悩みがお風呂。それをこれから何とかせねばならないのだ。ま、最後の手段は近所のラブホ。もしも近所にあればね。

▲ 階段をバケツで上げる春の水


◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。へろへろですが、おかげさまで市振に到着、通過しました。
次は奈呉の浦。あと、77,894歩です。

現在の歩数、2,922,106歩。3周目をうろうろしています。

0419・木・

 NHKマイ朝ラジオ情報によると本日は飼育の日であるらしい。4月19日で飼育の日とは何の根拠もない単なる語呂合わせで、日本動物園水族館協会が2009年に勝手に決めたらしい。だからどうした、といわれたら動物園も水族館も立場がないだろうが、飼育の重要なポイントは人間にすべての責任があるということで、自由にしていた生き物たちを檻や水槽に閉じ込めてしまう以上、生かすも殺すも人間次第、ということになる。人間の責任は限りなく大きいのだ。本当は無闇に生き物を売買してはならない。と考えてみると、語呂合わせでも何でも、飼育の日を設定した日本動物園水族館協会の意図も納得できるのである。

 本日、サピエ図書館にアップされた週刊新潮4月19日号を読む。ここのところ非難轟々の福田淳一財務事務次官のセクハラ事件について詳細を知りたかったのである。ラジオやネットの情報が正しければ、権力による優越的な立場からのセクハラが許し難い行為であることは間違いない。そして往生際の悪い福田淳一財務事務次官の態度も問題にされて当然である。さて、これで日本にも「MeToo」運動が展開されるようになるのだろうか。もしもそうなればオートマティックに下半身の座り心地が危うくなる紳士諸君も相当数おられるはずである。そしてこの自分もそうなのかもしれない。当たり前だ。肉体的なオスとなり半世紀以上、酒に酔っても酔わなくても、女性を口説いた記憶はある。週刊新潮にあったような福田淳一財務事務次官の発言、オッパイ触ってもいいかとか、キスしたいとか、そんな直接的な表現はしなくとも、相手に好意を示したことはいくらでもある。そもそも男と女しかいないこの世界。あ、違った、ごめんごめん。3月3日が雛祭りで、5月5日が男の節句で、そして4月4日がオカマの節句、といわれるように、今はLGBTandQの存在を忘れてはならない。そうした様々な出会いの中で口説きは普通にあってもいいのではないか。でなければ、何が楽しいのか、この世界。もちろん、ボクだって男からも女からもさんざん口説きまくられてきましたとも。当たり前じゃないですか。それを許してきたかどうかは別にして、男と女の間で繰り広げられるゲームは、言葉の遊びでも何でも、人生の香辛料としてあっていい。そう思うのです。
 以前、画家や作家、編集者との酒の席で、カウンターで飲んでいると、隣の席で、絵本の仕事をさせてやるから俺と寝ないかと女性画家を口説く編集者の声を聞いたことがある。これが今回のセクハラ事件に該当するかどうかは別にして、立場の優位性を利用しての口説きだけはルール違反とすべきである。今度の事件で明らかなように、社会的立場と人間的価値は決して正比例とはならない。やっぱ、財務事務次官の福田ちゃんは最低な男、ということになるのである。ただ、世間ではどんな場面でも女性を口説くのが礼儀と考える向きもあるので、ここいらあたりが単純でないのかもしれない。ま、そこいらあたりを「MeToo」運動が改革していくのかもしれない。いずれにせよ権力をエゴの道具にする態度は最も醜い人間の態度である。わかるか、安倍晋三。

 貴乃花が一門から自分の名前を外すと宣言したらしい。先代も姿形が美しく、その相撲の取り口も大好きな力士だったが、今の貴乃花の姿形は見たことがなくとも、その頑迷とも思える相撲に向かう真摯な態度は好きだった。貴乃花の相撲協会という権力体制への抵抗をボクは支持する。どうか白鵬の陰謀だけには負けないでもらいたい。

▲ 貴乃花独り歩きの春の宵


0420・金・穀雨・郵政記念日・

 本日は郵政記念日である。1871年、明治4年の新暦の今日、国営郵便が開業したことを記念して1934年に逓信記念日が定められ、2001年にそれが郵政記念日と改められた。飯田橋の駅の近くに逓信博物館があって、小6のときの仲良しの田畑君の家も飯田橋にあって、遊びにいくと近所の逓信博物館に連れていかれ、館内を遊んで歩いた。入場無料だったのだ。ボクらの小学校時代は切手コレクションが大流行で、逓信博物館は見どころがいっぱいだったのだ。あの博物館もとっくに郵便博物館になっているのだろうな、きっと。

 今年二度目の夏日となる。25度を超えて最高気温が26.4度となる。暑いはずなのに気が付けば、いつも膝に猫が乗っている。犬と違って猫は暑さに鈍感なのだ。そしてコボちゃんは汗をかきかき部屋の整理。汗をかきかき専念している。水道の使えない原始人の暮らしはまだまだ続きそうである。コボちゃん、頑張っている。ボクはメクラで何もできない。申し訳ない。

 いつものようにNHKラジオ「昼の憩い」を聴いている。いつものように暮らしの文芸からの俳句に耳を澄ませている。
▲ 教室の窓から見える巣箱かな
 巣箱といえば軽井沢朗読館の青木裕子館長が森にムササビとフクロウの巣箱を設置したとおっしゃっていた。そしてこれは横浜のNHKラジオリスナーからの投稿である。鳥の溜り場になっていた近所の街路樹が伐採されて、そこにきていた九官鳥のハローハロー、という鳴き声が聞えなくなって寂しく思っていたところ、別の町の別の街路樹でハローハロー、と鳴いている九官鳥の噂を聞いて安堵している、という内容である。日本に野生の九官鳥が棲息するという話は聞いてないので、おそらく脱走した九官鳥だろうが、そんな九官鳥ならこの近所にもいてもらいたい。とはいえ、我が家の遊歩道にはチョンワガラスがいて、それなりに楽しませてくれている。物真似ならカラスも得意で、バルタン星人とか犬の声とか、チョンワガラスもときどき他の鳴き方にも挑戦しているらしいのだ。コロッケみたいなカラスなのだ。

▲ ホタルイカお風呂上がりは皿の上


0421・土・民放の日・

 東京の日の出は5時1分、日の入りは18時19分。ずいぶん日が長くなりました。

 1934年、昭和9年の今日、渋谷駅前で忠犬ハチ公の初代銅像の除幕式が執り行われた。当時、まだ生きていた忠犬ハチ公も招待され、その式典を見守っていたという。このブログではやたらハチ公が登場するが、とにかく渋谷とボクは縁が深いのだ。野原が続く風景とか、その中にポツンと立っていた東横デパートとか東急文化会館とか、毎月通ったプラネタリウムとか、そして青春時代を暮らした渋谷の街とか。そんな暮らしの中のハチ公の銅像である。ボクの知っているハチ公の銅像は二代目だが、ボクが上野化学博物館に会いにいったハチ公の剥製は、その除幕式に立ち会ったという本物のハチ公なのである。ボクは兄弟のようにしていた秋田犬がいたので、どうもハチ公も兄弟のような気がしてならないのだ。

 2015年の今日、山梨県の実験線で走行試験中のリニアモーターカーが鉄道世界最高速度、時速603キロを記録した。東京から大阪まで1時間という速さである。馬鹿みたい。そんな旅のどこが嬉しいのだ。

 「あの世のこと」という鈴木秀子先生のご著書を拝読した。気になるところは繰り返し拝読した。鈴木秀子先生とは某雑誌で対談をさせていただいたことがある。著名なシスターである鈴木秀子先生の臨死体験と自分の拙い体験を重ねるとは僭越至極ではあるのだが、先生の書いておられる金色(こんじき)の光体験と自分の体験は本質的に同じ体験であると感じている。ボクもその体験で人生が開けたのである。あの黄金に輝く光はまさに天界からの愛のメッセージだったのだ。

 坐骨神経痛の自主的リハビリ、というと大袈裟だが、室内でのスクワットや膝揚げ、その場ジョギングや腹筋運動のおかげで歩くのが楽になってきた。というわけで久しぶりの豪徳寺までの散歩である。駅でいえば一駅向こうまでの歩きである。ボクとコボちゃん、そしてアルルを草の香りが歓迎してくれている。聞けばタンポポの花も咲いているとか。いつも3階の窓から感じているだけの遊歩道だが、とっくに春爛漫となっていたのである。
 豪徳寺の花壇でパールのネックレスをかけたおパンツカットのトイプードルの隣で休憩。エマちゃんというワンちゃんである。飼い主さんも若くてお洒落なお嬢さん。ブランド志向かと思ったら可憐なトイプードルは保護犬だった。エマちゃんは肉球がひとつ足りないということで売れ残り、たった8か月で子どもを出産させられ、そして捨てられたのだ。エマちゃんもなみき動物診療所のお世話になっているという。エマちゃん、アルルの隣で吠えることもなく、沈黙して直立不動になっていた。もしかしたら緊張していたのかもしれない。
 鳥武の焼き鳥をぶら下げて帰路につくと、次々に散歩のワンちゃんたちと擦れ違う。初対面のワンちゃんもいれば顔見知りのワンちゃんもいて、ときどきは立ち止まって挨拶をする。遊歩道のベンチでアルルと並んで座り、コボちゃんの買い物を待っていると仲良しのコーギーのメイちゃんがやってきて、ボクにもアルルにも飛びついてくる。ついでに焼き鳥にも飛びついてくる。
「アリーナですか」
と声をかけてくれた女性もいる。
「いいえ、これはアルルです。アリーナは先代の盲導犬です」
と丁寧に挨拶を返す。初夏のような夕方である。皆さん、散歩を楽しんでおられるのだ。

▲ タンポポにトイプードルの後戻り


0422・日・アースデイ・

 1946年、昭和21年の今日、漫画「サザエさん」の連載が福岡県の新聞で始まった。作者の長谷川町子さんは当時、福岡に疎開中だったのだ。ボクが生まれる2年前から連載開始されたこの漫画には本当にお世話になったなぁ。歯医者や床屋、町のあちらこちらの待合室でお世話になった。我が家のトイレの本棚にも、ズラリと並んでいた。繰り返し読んでも決して飽きなかった。「サザエさん」、お世話になりました。今でも感謝してます。

 2012年の今日、新潟県佐渡市で自然に放されていたトキに雛が誕生しているのが初めて確認された。雛の誕生は野生のトキ以来36年ぶりのことで放鳥されたトキでは初めてのことである。ニッポニアニッポンの学名の鳥、トキ。美しい鳥である。絵本「にぎやかな夜」では鳥籠を持った男に追いかけられている鳥の群れの中に登場してもらった。日本における完全絶滅の前の作品だった。現在のトキは中国からのトキであるが、どうか日本のトキ、ニッポニアニッポンとして復活してもらいたい。

 鈴木秀子先生のご著書の流れでレイモンドムーディー博士の著作を読んでいる。「垣間見た死後の世界」というタイトルの、人の死についての本なのに、読んでいるとなぜか気持ちがよくなって知らないうちに転寝をしてしまうのだ。ほぼ真夏日のような日曜の午後である。窓から窓へとても4月とは思えない真夏のような風が通り抜けていく。遊歩道ではさっきから一羽のカラスが楽しそうに歌っている。リズミカルに繰り返し歌っている。いつものような伝言ゲームの鳴きかたではないのだ。この気持ちのよい季節を賛美するように歌っているのだ。死ぬことも黒井カラスも、決して不吉とは思わない。ボクら人間世界の出来事も含めて、森羅万象すべて許されてある存在なのだ。ボクは好きだなぁ、カラス。

▲ いく春や来世もきっとまたカラス




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