全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年3月19日~25日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉ですはお休みさせていただきます。


0319・月・

 東京の日の出は5時47分、日の入りは17時52分。布団から出ると温かい。パンツひとつの着替えも寒くない。予想最低気温が10度、最高気温が18度。これでずいぶん春らしくなったのです。

 1956年の今日、日本住宅公団が初めて団地の入居者を募集した。鉄筋コンクリート、洋式トイレとガス風呂完備で人気を呼び、本格的な団地時代の幕開けとなったのである。その頃、ボクはバリバリの小学生。当時のクラスメイト、横田君がこの団地に暮らしていて、遊びにいったことがある。戦災に焼け残ったオンボロ社宅に住んでいた身分としては、その鉄筋コンクリート暮らしがまぶしく見えたものだった。この横田君、設計技師の息子で、お父さんの真似をしているのか、ノートの悪戯書きも設計図みたいな図面で、理屈の多い少年だった。理屈っぽいところが気が合って、しばらくは仲良くしていたのが、遠足のとき、彼のまったくの不注意でお弁当のビフテキを河に流されてしまい、それを誤りもしなかったところで絶交した。それ以来、彼とは口もきいてない。食い物の怨みは恐ろしいのだ。

 月刊ラジオ深夜便の連載エッセイ「しじまのおもちゃ箱」で触れた映画「タランチュラ」について何か書こうと思ったのだが、その細部が思い出せず、ネット検索をかけてみた。そしてほぼ記憶に間違いのないことを確認したのだが、正式のタイトルはどうも違っているようで、タランチュラだけでは他の映画もヒットしてしまうのだ。
 食糧難解消のため開発された薬剤を食べてしまったために巨大化した蜘蛛の動きは実に滑らかで美しかったのは実写のタランチュラの映像を使ったため。1955年公開とは思えぬほどの見事なオプティカルプリントで、ボクらもタランチュラに夢中になったのである。
 このタランチュラ映画、改めてネット検索をかけてみたら、どうやらその映画にクリントイーストウッドが出演しているらしいのだ。クリントイーストウッド、ボクが最初に彼を意識したのはテレビ映画シリーズ「ローハイド」のカウボーイ役。牛の群れを先導して荒野を渡るカウボーイ集団の隊長がギル・フェイバー。演じるはエリック・フレミング。副隊長がロディで、演じるはクリント・イーストウッド、ということになっていた。声はあの山田康雄だった。麹町中学のとき、このふたりが訪日した際、近所のホテルに宿泊してると大騒ぎになったことがある。麹町中学は通りをはさんだ目の前が赤坂プリンスホテルで、当時の最高人気テレビ西部劇「ララミー牧場」のジェス役、ロバートフラーが宿泊しているとき、生徒たちがクラス単位で記念撮影をしているのを目撃した淀川長春さんとロバートフラーが校庭に侵入し、みんなで記念撮影をする、というハプニングがあった。そのときの写真は学校全体で販売され、もしかしたら今でも大切にしている人があるかもしれない。すいません。大蜘蛛からずいぶん話がそれました。

▲ 春だもの腰のピストル抜いちゃイヤ


0320・火・上野動物園開園記念日・

 本日は上野動物園開園記念日である。1882年、明治15年の今日、日本最初の動物園、上野動物園が開園した。当時の農商務省の博物館付属施設として運営され、クマ、サル、ヤギ、スイギュウなど、国産動物が展示の中心だった。ライオンやキリンなど、輸入動物はまだまだ見られなかったのだ。さて、我田引水である。この上野動物園開園を記念した入場券のデザインを失明後のエム ナマエが担当したことがあって、大変に名誉なことだと感激したことがある。東北新幹線開通時の時刻表の表紙、ただしこの仕事を依頼されたときのエム ナマエは失明寸前で泣く泣くお断わりしたのだが、そして世田谷区政50周年記念の世田谷公園のニミデゴイチの乗車券など、ボクが誇りに思っている仕事のひとつである。長くやっていると、いろいろな仕事をいただけるのである。

 各地の小学校では卒業式が執り行われたとか。卒業式といえば仰げば尊し。その歌には胸に一物を抱えたボクだって涙したのである。何で胸に一物ありかというと、6年生のときの教師は金持ちの子どもに胡麻を擂り、貧乏人の子どもは相手にしたくないというような教師の風上にも置けないタイプで、教壇でなよなよと腰を振りながらしゃべる、オカマの走りみたいなやつで、ボクは大嫌いだったのだ。それが伝わったのか、授業中に無実の罪で責め苛まれ、みんなの前で著しく自尊心を傷つけられてしまう。紛失した参考書を、勉強が嫌いだから捨てたんじゃないかと罵倒されたのだ。卒業記念の文集に描いたボクの絵に、これはブタですかと悪戯書きをするような教師でもあった。それがトラウマになるほど軟弱な自分ではなかったけれど、その口惜しさはいつまでも忘れることができなくて、今でもときどき、夢で殺してるくらいだ。ボクが卒業式で流した感涙は小学校時代の5年生までの先生に対して、なのである。この6年4組の担任教師、中学卒業のときの担任教師とは天国と地獄、雲泥の差だった。ボクが慶應義塾志木高校に入学できたのもその中学3年生のときの担任教師、内藤尤二先生のおかげなのである。昨年の4月25日に彼岸へ渡られた内藤先生、本当にありがとうございました。
 それにしてもどうして最近、この「仰げば尊し」を歌わなくなったのだろう。残しておいてもらいたい学校のしきたり、風習、カスタムなのだが、残念なことである。

▲ ファンファーレ卒業式の盲導犬


0321・水・春分の日・春分・彼岸中日・

 1934年、昭和9年の今日、北海道の函館市で大規模な火災が発生、2166人が死亡、全市の三分の一が焼失した。一軒の民家から出た火は風速20メートルの風にあおられ、瞬く間に広がり、およそ12時間燃え続けた。この火事を物理学者寺田寅彦が科学的に分析、文書として天災に対しての警告と防災についての提案を残している。あれこれ教えられ、さすが夏目漱石が愛した物理学者と納得したことを記憶している。

 東京の日の出は5時44分、日の入りは17時53分。予想最低気温が5度で、最高気温も5度。下がっても上がっても5度。つまりやたら寒いのだ。気象予報士さんは北関東では雪が降ると予想している。ところがだ、午後になるとラジオは都心でも雪が降り始めたといっている。で、本当だ。外に出ると雪が降っている。ラジオは外気温を2度といってたけど、まさにゲレンデの空気である。傘を差して駐車場にいくとスバル・アウトバックの屋根には白く雪が積もっている。コボちゃんはボクをアウトバックの座席に突っ込むと屋根の雪を落とし始めた。コボちゃんは仕事場から駆けつけてこれからボクを透析室に届けなくてはならない。春分の日の春の雪。菜種梅雨が転じた春の雪。催花雨(さいかう)が転じた春の雪。いつも書いている通り、透析室の理不尽な決まりのため、春分の日の春の雪は、ボクとコボちゃんにとって、ダブルでトリプルなダメージとなっているのだ。ただひとつ、ラッキーなのはコボちゃんの勤務先が歩いて5分、ということである。これは感謝に値します。

▲ カレーより牛丼食べたい春の雪


0322・木・NHK放送記念日・

 本日は放送記念日であるという。1925年、大正14年の今日、日本で初めてのラジオ放送が開始されたことを記念して1943年に制定されたというんだけれど、なんでわざわざ戦時中にそんなことをしたのか。戦争に忙しくて暇なんかなかったはずなのに、これも西洋音楽を禁止するとか、野球用語から英語を削除するとかの同類で、国民の戦争を嫌う気持ちをはぐらかすテクニックのひとつなんじゃないかと余分なことを考えさせる。とにかく明治維新から太平洋戦争敗戦までの大日本帝国をボクはいつも疑惑の目をもって見ているのです。

 プーチンに祝辞を述べたトランプが西側諸国から批判を浴びている。イギリスに亡命中の元スパイ親子を化学兵器で毒殺するような国家、ロシアでインチキ選挙で再選されたと噂されてるプーチンに何も考えずにおめでとうをいってたんじゃ、そりゃ批判もされるでしょう。何も考えてないといえば、我が国の総理大臣も当選した直後のプーチンに電話でおめでとうをいってたよね。

 桜も開花して、今日から温かくなる、温かくなるといわれてたけど、あまり温かくはならなかった。期待して損した。
 正午から緊急地震速報のシステムが変わると気象庁がアナウンスしている。リニューアルされるのは緊急地震速報だけかと思っていたら電話による天気予報の合成音声のおねえさんの声も変わったみたい。古いおねえさんと新しいおねえさん、どっちがいいかは個人の趣味だよね。ボクの見解はというと、女は古くなればなるほどよくなる、です。

 大相撲大阪場所、栃ノ心が鶴竜をを打ち破り、遠藤が魁聖を打ち負かした。これで今場所がやっと面白くなってきた。この遠藤の相撲には美学がある。姿形が美しいだけでなく、見たことはないけれど、そういう噂ですから、相撲の取り口が美しいのである。例えていえば横綱貴乃花の相撲。黙々とした態度が真の横綱を連想させるのだ。白鵬について横綱の品格があれこれ取沙汰されているが、この遠藤にこそ横綱の風格が備わっているような気がしている。今場所はぜひ勝ち越して、来場所は三役として活躍していただきたい。ボクは今場所、遠藤と逸ノ城、そして照ノ富士を応援しているのです。

▲ 気の早い燕の噂飛んでくる

◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。能生に到着、青息吐息で通過しました。
次は親不知(おやしらず)。あと、34,270歩です。

現在の歩数、2,745,730歩。3周目をうろついてます。


0323・金・世界気象デイ・

 東京の日の出は5時41分、日の入りは17時55分。春分を過ぎて昼が勢力を広げている。飽きることなく太陽の周囲を回り続ける地球。何十億年も自転と公転を繰り返し、狂うことなく季節を繰り返している。そして今年も生き物たちの期待を裏切ることなく春がやってきたのだ。

 さて、NHKマイ朝ラジオ情報によると今日は世界気象デイ。1950年の今日、気象観測や資料の交換を行う世界組織、世界気象機関が発足したことを記念して1960年に制定されたもの。第二次世界大戦中は気象情報は極秘扱い。飛行機を飛ばすにせよ、爆弾を落とすにせよ、お天気は作戦を決定する重要な情報だったのだ。つまりこの組織は平和の象徴なのである。
 1933年、昭和8年の今日、ドイツ連邦議会が全権委任法を可決した。当時のヒトラー内閣に法律制定のための主要な権限を与えるもので、これによりナチスは合法的に独裁を確率したのである。自民党はこの主砲を見習うべきであると語ったのは麻生太郎ではなかったか。あの人の発言の無責任さと無神経ぶりにはあきれるけれど、不勉強と見せかけて、本当は本当に本気なのかもしれない。安倍晋三と麻生太郎コンビ、どこまでも信用できない。早く辞めていただきたい。

 ラジオをつけたら高校野球をやっている。第90回選抜高校野球大会が始まったのだ。いよいよ本格的な春だなぁと思う。選抜高校野球が始まると、18歳、大学生になって生まれて初めてのひとり旅を思い出す。何もかも初めてで、飛行機に乗ったのもこのときが初めてだった。大阪に着くとマンガクラブの先輩に京都を案内していただき、それから広島へ。原爆ドームをスケッチして、今度は山陰地方の鉄道旅。松江、出雲、鳥取砂丘。心行くまで単線の風情を味わった。小泉八雲と宍道湖の町、松江が好きになったのもこの旅である。そして旅路のBGMが春の高校野球。このときの優勝校が広島代表で、今も選抜高校野球が聞えてくると、条件反射みたいにこの春の空気と旅の記憶が湧き上がってくるのである。

▲ 海に沿い春の山陰ひとり旅


0324・土・彼岸明け・

 気象庁による桜の満開宣言である。平年よりも10日間も早いとのことである。困るなぁ。それじゃエム ナマエのカレンダーとの整合性がとれないんだよね。
 ボクが4月に描いたのは桜吹雪の下の新任教師、キリンさんとカバさん。新任教師というよりは新米教師という感じに仕上げたつもり。生徒が桜の花びらで作った首飾りをプレゼントしている、という構図である。なのに3月に桜の満開じゃ、4月のカレンダーのお仕事がなくなるじゃありませんか。

 さて、月刊ラジオ深夜便の編集部からこのようなメールをいただきました。

エムさんの新連載へ、楽しみにしていますとの読者からのおはがきが届き始めました。76歳、枚方市の男性の方からのおたよりです。

 エムナマエさんの「しじまのおもちゃ箱」を読み、仲良し三人組の後の五行、何度も読み返しました。惜別のことばが、こんなにその人の未来と自分への心がけが書かれている、素晴らしいエッセイだと思いました。これからが楽しみです。

 これは秋田市の91歳の女性からです。

「しじまのおもちゃ箱」を読んでいて遠い日の吾が息子たちの日々を思い出しました。男の子たちは冒険が大好き。電力会社の社宅に住んでいたころは遊び場に事かかないのんびりした時代でした。近くのたんぼで蛙をつかまえてきては解剖学(?)、変電所の横の小川をせきとめてナマズをつかまえ泥だらけになる、小学校の高学年のころでした。

 編集部の皆様、読者さん、本当にありがとうございました。これからも月刊ラジオ深夜便の連載エッセイ、心から楽しんで書かせていただきます。もう、書いていて、楽しくてたまらないのです。

 さて、結婚記念日である。28回目の結婚記念日である。青息吐息、窒息寸前の賞味期限切れの全盲イラストレーターとしてはせいぜいの贅沢がスパークリングワインでの乾杯。とてもモエシャンドンとかルイロデレーヌ、とかの本物のシャンパンで、というわけにはいかない。ま、肴がスーパー大関の美登利寿司の極上握りセットで、このあたりが分相応というところだろう。そしてコボちゃん、28年間も一緒にいてくれてありがとう。明日からもまた、よろしくお願いいたします。

▲ 満開の桜につられコップ酒(コップざけ)


0325・日・上弦・電気記念日・

 1964年の今日、通信衛星を経由したテレビの日米同時放送実験が初めて行われた。国立競技場の聖火台や銀座の夜景などの映像が全米に放送され、当時は宇宙中継などと騒がれた。当時からすれば大変な出来事だったのだ。とはいえ、なんで聖火台なんだろう。やっぱ東京オリンピックの年なんだよね。それで銀座の夜景を見せて日本はすごいんだぞとアメリカ人に見せたかったんだよね、きっと。

 朝、NHKラジオ、「音楽の泉」でドビッシーを堪能する。こんなにドビッシーを素晴らしいと思ったことはなかったね。なんて生意気なことをいってるけど、要するにクラシックについてまるで不勉強ということなんです。ということで、毎週日曜日のこの時間がとても勉強になるということなんです。

 朝、クラシックの勉強をしたから、というわけではありませんが、夕方からは田辺ファミリーと音楽の夕べを満喫。このブログにもたびたび登場されている田辺ご一家である。今夜はご長男と三男がいて、その三男の彼女がいらしてて、そして田辺さんのお姉様とか、関係者の皆様が集ってて、とにかくご親戚が田辺宅に集まれるだけは全員集合ということになっているのです。田辺ファミリーは音楽一家で、奥様はピアノの先生で、その血縁者の片山治夫さんは元日本フィルのヴァイオリニストで、現在は日本有数のノコギリ奏者でいらっしゃる。西洋ノコギリをヴァイオリンみたいに奏でるのですが、その音階の正確なことに驚愕。そしてそのご長男がフルートの片山有治氏で、その奥様がヴァイオリンの美和さん。そして田辺さんの三男坊がフェンダーのプレシジョンのジャズベースを奏でて、飲むは歌うはしゃべるはの大騒ぎ。とにかくプロのクラシック音楽家の凄さを目の前、耳の傍で堪能させてもらったのです。ご馳走様でした。帰りは田辺宅の急な階段を三男坊が全盲のエム ナマエを誘導してくれる。この三男坊、根っからの正義感でスポーツマン。素敵な彼女がいて羨ましいのです。

 春場所が終わって、遠藤が9勝6敗で技能賞。来場所はいよいよ新三役だぞーい。よかった、よかった。

▲ この階段ちょっとコワイね春の宵

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[2018/04/20 07:46] | # [ 編集 ]


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