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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年3月12日~18日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


◆ 今週の言葉はお休みさせていただきます。


0312・月・

    1969年というのはエム ナマエの個展デビューの年なんだけど、この年の今日、関東地方を中心に太平洋側を大雪が襲ったらしいのだ。東京都心の積雪が30センチ。観測開始以来の大雪となったらしいのだ。ボクの第一回個展「空」はこの年の11月1日のスタートだったが、この個展の成功で、他のことはほぼ忘れている。とにかくこの個展で認められ、ボクはイラストレーターとしてスタートできたのである。他のことは忘れちゃうよね。

 森友文書改竄が明らかになった。さぁ大変。安倍晋三、いよいよ奥さん隠しに難儀するぞ。と思っていたが、マスコミの論調がなぜか穏やか。まさかマスコミまで安倍政権に忖度してるんじゃないよね。でも、どこか慎重、という雰囲気。マスコミや世間まで安倍晋三に代わる人材がいないと思っているようでは困ります。それとも、政権を追い込むとは、それほどに難しい作業なんでしょうか。これからのマスコミと野党の腕前に注目です。でも、いちばん早道は選挙で安倍政権を撃ち落とすことなんだけどな。

▲ 気の早い桜の噂ちらほらと


0313・火・

 昨夜の透析中にももらったし、今朝もメールをいただいたのだけど、立憲民主党、参議院議員の川田龍平氏がこれから経堂駅前で演説をするという。長いお付き合いの戦友でもある龍平君だけど、ちょっと時間がなさ過ぎる。コボちゃんも第二夫人も、そんなにいきなりだとサポートできない。最前列から応援したかったけど、今回はあきらめます。龍平君、ごめんなさい。

 麻生太郎の悪役ぶりが目立ってきた。こうなるとオリンピック選手だった過去がかえってお荷物になってくる。元理財局長を佐川、佐川と呼びつけにして、あんたいったい何様のつもりなんだ。福岡での立候補のとき、群衆に向かって、
「下々の皆様」
と呼びかけたのはどうやら本当のことらしい。ところで佐川さん、彼を貶めたのはお前ら安倍政権ではないのかよ。人がひとり死んでいるのだぞ。安倍晋三も安倍昭恵もそろそろ年貢の納め時と覚悟して、首を洗っておいた方がいいような気がするよ。首相だけに首を洗う、なんちゃって。うわお、くうだらね。

 本日はサンドウィッチの日。3月13日は1という数字が3という数字にはさまれていて、それでサンドうぃち。よく考えるものです。笑ってしまいます。初めてヨーロッパにいったとき、ドイツからデンマークへ向かうフェリーの船上レストランで食べたオープンサンドが忘れられません。おいしくて、そして高かった。なんせ貧乏旅行だったから。で、そのカーフェリーとはちょっと違うけど、忘れられない渡し船といえば青函連絡船。初めて乗ったのが高校3年生の北海道一周修学旅行のとき。銅鑼が鳴らされ、「蛍の光」が流れ、船が岸壁を離れる。見送る人たちがすべて自分との別れを惜しんでいるかのように見えてくる。初めて体験する旅情であった。ところがだ、今はこの旅情、味わいたくても味わえない。実は1988年、昭和63年の今日、北海道と本州を結ぶ青函トンネルが開業したのだ。これによって明治41年以来、津軽海峡を往復していた青函連絡船がその80年にわたる歴史に幕を降ろしたのである。うわお、サンドウィッチからずいぶん話が飛びました。

▲ 涙目に蕾もちょっと遠慮して


0314・水・ホワイトデイ・

 東京の日の出は5時54分、日の入りは17時47分。いよいよ昼と夜の長さが拮抗してきた。春分も目の前である。で、4時に目覚めたら温かい。天気予報に電話したら9度あるという。予想最高気温が21度だから、いよいよ本格的に温かくなるのだ。ウェザーマップの桜開花予想も3月18日に訂正されたし、東京の満開は25日だという。いよいよ待ちに待った春である。

 1970年の今日、日本万国博覧会、エクスポ70、大阪万博が幕を落とした。開会式が行われたのである。人類の進歩と調和をテーマに開かれたアジアで最初の万博に77か国が参加した。ボクが初めて大阪を訪れたのは1968年の春だったが、そのときマンガクラブの先輩が自家用小型三輪車にボクを乗せ、工事中の万博用地を見せてくれた。まさかその万博のイラストマップがエム ナマエのプロイラストレーターのデビューの仕事になるとは思ってもみなかった。そんなご縁でもなかろうが、会場には何度も訪れた。生まれて初めての本物のインドカレーやマンゴージュースに感激し、本場ドイツのハムソーセージに舌鼓を打ち、ミロのアドリブによる黒ペンキの芸術的悪戯書きに感動の涙を落とし、岡本太郎のアートに触発され、万博は若いイラストレーターに数多くの刺激を与え、世界を身近に引き寄せてくれたのだ。おかげでその翌々年、ボクは3か月の欧州放浪の旅に出ることになる。それ以来、ボクにとっての地球は一回りも二回りも小さくなった。東京オリンピックと大阪万博。このふたつのビッグイベントはボクにとっても大きな働きをしてくれたのである。これからのオリンピックとエクスポ、今の若者たちを大いに刺激してくれたらいい。

 NHKラジオ「昼の憩い」でウグイスの話題が投稿されていた。近所の山に登ったおっさんがウグイスをからかって遊んだというエピソード。口笛でウグイスの鳴き真似をしていたら遠くで本物のウグイスが鳴き返してくる。これがなかなかの鳴き声なので、口笛をやめないでいると、そのウグイスはすぐ目の前にやってきて、小さなボディーの、その羽を膨らませて必死に鳴き返していたという。おっさん、嬉しかったのだろうね。ウグイス、あれで縄張り意識がとても強いのです。

 ホーキング博士が宇宙へ飛び立った。車椅子の人生から無限に広がる自由なる時空間へ飛翔したのである。これまで培ってきた自らの宇宙論をその目で確かめることができるのだ。魂だけになったホーキング博士の、これからが本領発揮なのである。よかったね、ホーキング博士。わからないながらも、ボクもご著書を拝読させていただきましたよ。

 本日はホワイトデイ。本当はボクがどこかでお菓子を買ってきてバレンタインデイのお返しをしなきゃならないのだが、その代理を何であたしがしなくちゃならないのよ、とコボちゃんが口をとがらせている。チョコレートを食べたのはあなたでしょ。はい、そうです。でも、ボクも今年で古希だから、鼻の下をのばしてチョコレートをもらうの、もうそろそろやめようかな。バレンタインデイのチョコレートを送る習慣もどこかのお菓子メーカーの陰謀だったらしいけど、ホワイトデイもマシマロ屋さんの陰謀という説を聞いたことがある。チョコレートのお返しに白くて柔らかいマシマロ。それでホワイトデイ。ホントか嘘か、よくできた話である。

▲ マシマロの噂聞こえるホワイトデイ

◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。直江津に到着、通過しました。次は能生。
あと、40,870歩です。

現在の歩数、2,699,130歩。三度目の徘徊です。


0315・木・

 夢中で読んでいる本がある。読み終えるのが勿体なくて仕方ない。それは「小松左京さんと日本沈没・秘書物語」という書物。著者は乙部順子さん。映画「さよならジュピター」制作会社「イオ」の代表でもある乙部順子という元秘書さんが語る小松左京物語である。小松左京という人物は、手塚治虫と堂々と連れションをしたり、永井豪にため口をきいたりするようなアホで図々しいボクが唯一、緊張して言葉が出なかった巨人である。小松左京先生、
「そんなに緊張しなさんなよ」
と優しくいってくださったけど、これ、小学館の漫画賞受賞パーティーのときのエピソードです。この書物でボクはますます小松左京という偉人に感動して、更に心の底の底より尊敬するようになってしまうのだ。驚くことに小松左京という個人は漫画家でもバイオリニストでも歌い手でもあったという。サピエ図書館の小松左京作品はほぼ完読している。そしてもっともっと多くの作品を音訳していただきたいと願っている。よろしくお願いいたします。

▲ たちまちに蕾膨らむ温かさ


0316・金・

 ビートルズが日本にやってくる、とボクらが騒いでいる1966年の今日、アメリカが宇宙線同士のドッキングに成功している。二人乗りの友人宇宙線ジェミニ8号と前もって軌道に打ち上げてあった無人機との結合だったが、直後にシステムがトラブルを起こし、沖縄東宝の海上に緊急着水したという。沖縄に米軍基地があるからそこを選んだのかもしれないが、そんなことがあったのをすっかり忘れている。やっぱ、ボクらはビートルズ来日と、そのチケットをゲットすること以外、何も考えられなかったのである。

 ここんとこ嘘つき財務省の話ばっかり。でも、なんてったって嘘つきの王様は安倍晋三でしょう。あの人の場合は自分が嘘つきであることをすっかり忘れて嘘をつくんだから始末に負えない。だからさ、嘘がバレたことが公然の事実となったときは大変だろうね。財務省も厚労省も文科省も、みんなお尻を向けるだろうね。

 大変だ。我が家の娘、猫のミミコが食欲をなくしてる。いつものランチタイムに愛用のハート型のピンクのお皿に大好物、鰹節フレーバーのカリカリキャットフードを入れてやっても見向きもしない。いくら名前を呼んでやっても、ベッドの端っこで丸くなったっきり、動こうともしない。うわぉ、大変だ。いつもだったら飯くれ、餌くれとうるさくつきまとうミミコがうっとおしくてたまらないのだが、ああ、ごめん。うっとおしくなんて、ないない。お願いだからどうか食欲猫に復活してくれ。そういうわけでこの夜、ミミコの食欲が復活するまで、ボクは生きた心地もしなかったのである。

▲ 春愁や我が家の猫はジーニアス


0317・土・新月・

 昼間の長さは太陽の出始めと沈み終わりまでの時間。つまり日の出は太陽が地平線から顔をのぞかせた瞬間で、日の入りは太陽が最後の光が地平線に沈んだ瞬間、ということで、昼間の長さが太陽1個分余計にカウントされてる計算となる。で、何の話かというと、春分についての熟考である。夜の長さと昼間の長さが同じになる春分だが、太陽1個分の狂いが生じた昼の長さと夜の長さがイーブンになる、つまり12時間VS12時間となるのは今日、3月17日だというのだ。これってNHKラジオの気象予報士のおねえさんの解説。はい。素直に信じることにいたします。そしてこのおねえさんの所属するウェザーマップの予測より1日だけ早く桜の開花宣言が告げられた。あと一輪の蕾が開き、おしべが顔をのぞかせたのだ。このおしべを見せることが開花の条件であるらしい。気象庁の監視員、開くのをずっと待っていたのかしら。

 1988年、昭和63年の今日、東京ドームの落成式が執り行われた。国内初めての室内野球場でコンサートや各種イベントも可能な全天候型多目的スタジアムの誕生だった。初めて訪れたのは巨人対ヤクルトのゲーム。王貞治監督最後の試合だった。狂ったように応援してる巨人ファンの真っ只中、コボちゃんと並んでどでかい弁当をつついていたことだけをよく覚えている。その後、東京ドームではポールマッカートニー、ジョージハリソン、エリッククラプトン、サイモンとガーファンクルなど、様々なアーティストのコンサートを体験している。バルコニー席で飲んだビールの味、忘れられません。

 夕方からは親友きむらゆういち宅で角野栄子さんの講演会に呼ばれている。迎えにきてくれたのが絵本講座のレンジャー吉沢君。気持ちのいい青年である。きむら宅に到着すると誘導してくれたのが絵本作家の宮本えつよし氏。特等席に座らせてくれた。それにしても若々しかった角野栄子さんの講演。とても82歳とは思えません。思えば古いお付き合いです。デビューしたばかりの角野さんの「ズボン船長の話」の手書き原稿のコピーを送っていただき、その斬新なストーリー展開に驚いたことがありました。現在、国際アンデルセン大賞の最終選考、5人のうちのおひとりとして、その決定を待っておられるとか。結果は現地からお知らせいただけるらしい。失明後の最初の童話で新人賞をいただいて、その記念パーティーでは、
「エムちゃんは女性関係の噂はあれこれとあったけど、あたしのことは口説かなかったわね」
なんて素敵なスピーチをいただいた。久しぶりにお会いする角野さん、相変わらず若々しくて、今からでも恋人になっていただきたいと思わせてくれました。一緒に新宿で映画「スタートレック」を観たときの角野さんの美しさが今も網膜に焼き付いている。その角のさんがもはや世界的作家になられて、「魔女の宅急便」のジジとキキは、今や世界共通語になっているとか。絵本講座制たちとの記念撮影ではボクと角野さんがしっかりと寄り添ってセンターに座り、ちょっとAKB気分を味わいました。角野さん、昔の仲間たちが次々とこの世を去っていることを惜しんで、またお互い元気に再開しましょうと言葉を残して会場を去っていった。アンデルセン大賞受賞と、変わらぬご活躍をお祈りしています。

▲ 心待ち開花宣言あと一輪


0318・日・彼岸の入り・

 1984年の今日、江崎グリコの社長が自宅から誘拐された。グリコ森永事件の始まりである。日本中を震撼させたこの事件、動機や犯人像が絞り切れないまま、2000年2月に時効を迎えるのだが、この事件を小説化して卓越な推理展開したのが塩田武士さんの小説「罪の声」である。ドキュメンタリーを読むがごとく、登場人物や団体の名前が仮名であるだけで、出来事はすべて真実であるがごとくの錯覚をしてしまう優れた作品である。3億円事件とグリコ森永事件はこれからも様々な推理を触発することだろう。それにしても犯人の皆さん、時効を過ぎたんだから名乗りを上げてくれてもいいんだけどね。人を殺したわけじゃないんだし。匿名で本を書いてもいいんだよ。売れると思うけどね。

 玉井次郎という人物の「ソープランドでボーイをしていました」を一気に読了。水商売の現場で働いたことはあっても、風俗の現場には一度も足を踏み入れたことのない立場としては、とにかく興味深く、大変面白く読ませていただいたのである。泡嬢たちの知られざる苦労と苦心、意外なほどさわやかな人間関係など、読後感は清らかだった。ソープランドといえばイラストレーターとして歩き始めた頃、お世話になったフレンドールプロダクションは新宿駅南口、倒れそうな木造ビルの2階、トルコ風呂の隣にあった。打ち合わせをしていると妙齢のトルコ嬢が顔をのぞかせて落ち着かなかったことを思い出す。ボクとしてはあまりお世話になりたい、という雰囲気ではなかったのである。

▲ 春うららソープランドの夢を見る

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