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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年2月26日~3月4日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

天は その人に耐えられない試練は 与えない
試練が大きいほど その人も大きいのだ

 ある日この言葉が天から落ちてきて、それから「言葉の絵本」に掲載して、この言葉は聖書にありますよと、あとから人にいわれて納得した。この自分に落ちてきたくらいだから、あちこちに落ちていても不思議ではないのである。凡人に落ちてくるくらいだから、聖者に落ちていても当然なのである。
 ボクは生粋の無神論者で絵本作家だった。それがいきなりの失明宣告を受けて憤慨し、冗談じゃないと糖尿病と闘って、それでも失明から逃れられないと判明して落胆していたら、担当のクリスチャンの眼科医から、あなたは神に選ばれたのだといわれて頭にきていた。冗談じゃない。それこそ藪医者の奥の手じゃないかと半年の入院から退院して、気持ちのおさまらないボクは炬燵の中で苦悶していた。ざけんな、バカヤロー。神がいるんなら出てこい。本当に神がいるんなら、何で世の中はこんなに不公平なんだ。画家が失明するなんて、そんな理不尽なことがあってたまるもんか。一晩中、涙が止まらなかった。涙が滝のように落ちて炬燵布団をぐっしょりと濡らした。失明を約束された哀れな網膜には、歴史の中で不遇なままに死んでいった魂や、世界各地の戦争で無慈悲に殺された無数の霊魂が、漆黒の虚空で暴れまくり、踊り狂っているのが投影されていた。神が存在するのなら、どうしてそんなことが起きるのだ。やい、神よ、その答えを見せてくれ。ボクはいつまでも泣き続けていた。ふと目を揚げるとガラス戸の向こうの夜が明けようとしていた。地平線に浮かぶ羊雲が上昇中の朝日を受けてピンク色に輝いている。そして次の瞬間、ボクは金色の光に包まれていた。
「天はあまねくすべてを愛している」
 黄金の鐘から発せられたような果てしのない優しい音色と、無限の温かさをこめた波動のメッセージがボクの心を満たしていた。ボクを中心に世界は万華鏡と輝き、ボクと並んで炬燵の中にいた犬も猫も、ガラス戸の向こうの庭の小石も藤棚も、そしてこの家から広がる世界の森羅万象が天からの愛を受けて輝いていた。そうだ。ボクは神に選ばれたのだ。なら、この命を最後の最後まで生きてみよう。光の体験は一瞬にしてボクに神の実在を信じさせていた。
 ところがそうは問屋が卸さない。失明の恐怖は死よりも怖いといわれてる。不可視の領域が視野を侵食し、暗黒の壁が四方八方からじりじりと迫りくる。それら壁にはムンクの叫びを思わせる悪魔の形相の数々。このまま見えなくなるのなら、死んだ方がまし。そう思っていたら完全失明と同時に人工透析を導入することになっていた。網膜だけでなく、腎臓もその機能を停止していたのだ。ボクの肉体は腎臓で排出すべき毒素と水分を貯めこんでゾウのように膨張していたのである。
 失明したばかりのボクはまるで宇宙遊泳のビギナーだ。上も下も、前も後ろもわからない。人工透析で強制的に肉体を浄化されたせいか、意識は研ぎ澄まされ、ボクはベッドで毎晩のように天からの声を聞いていた。
「今からがお前の人生の本番だ」
「これからは自由自在。これはお前に与えられたビッグゲームなのだ」
 それら言葉が真実であるかのように楽しそうに生きている未来の自分が見えてきた。それを周囲に話すと、とうとうこいつは狂ったかと、みんなボクから離れていった。気がつけば誰もいない。第二の人生のスタートはゼロよりもマイナスの地点となっていたのである。
 これら出来事のすべては拙著「失明地平線」にしたためてあります。視覚障碍者の皆様はサピエ図書館で読むことができますし、アマゾンで古書を入手可能であるとも聞きました。そしてまた、当ブログにおける今週の言葉は愛育社からの「言葉の絵本」シリーズからのピックアップです。まとめて読んでみたいという方は愛育社にお問い合わせください。
 とにかくボクは生きています。失明当時、余命5年といわれたこの肉体で、あれから32年間、不思議で愉快な人生を生きています。天からの予言通りの人生になっているのです。信じられないけれど、どうやら人生は奇跡に満ちているようです。この世界、目に見えるものだけではないらしいのです。


0226・月・

 未明、眠れないでイライラ、猫を抱きしめていたらグラグラグラ、ベッドが揺れ出した。地震である。すぐさまラジオをつける。すると1時48分に福島県沖を震源にやや強い地震があったという。津波の心配もないという。安心した。ラジオを消して再び眠る努力をする。気が小さいのでケチな地震でますます眠気が吹っ飛んでしまったのだ。井上陽水の歌じゃないけれど、昼寝をすると眠れないのはどういうわけなのだ。くそ。

 1936年、昭和11年の今日、226事件が起きる。旧陸軍の青年将校たちが首相官邸などを襲撃、当時の大蔵大臣など政府軍部の要人9人を殺害した。大事件です。映画にもなってます。結局、このクーデター計画は未遂に終わったんだけど、成功していたら日本の軍部は変わることができたのだろうか。戦争を阻止することができたのだろうか。よくわかりません。あの頃の戦争への勢は、もしかしたら誰も止められないものだったのかもしれません。世界が雪崩となって戦争という谷間へ落ち込もうとしていたのかもしれません。さて、今はどうなのでしょう。あの頃みたいに、独裁者みたいな雰囲気の政治家が世界を左右しそうで、不安を感じてマス。

 ビートルズの本と交互にアルバム「サージェントペッパーズロンリーハートクラブバンド」を聴いている。ビートルズを聴き始めてから54年。いつまで聴いても、何回聴いてもちっとも飽きない。ビートルズって、いったい何者なんだろう。イエローサブマリンの映画みたいに、きっと音楽の国からやってきた音楽突撃隊なんだろね。

 ラジオ深夜便のレポーター、最上川の女船頭、古瀬イツ子さんが今夜が最後の出演。3年間楽しませてくれたのに残念無念。できたらまた出ていただきたい。とても素敵なオバハンで、その堂々とした訛りが最高でした。お疲れ様でした。

▲ 雪解けや女船頭最上川


0227・火・

 NHKマイ朝ラジオリスナーからの投稿では、花粉が飛ぶようになってからそのお宅の猫がしきりにクシャミをして顔を洗っているそうです。それってやっぱ、花粉症でしょう。猫だって犬だって、花粉症になるのです。ボクの盲導犬アリーナだって花粉症だったんです。春になると、もうクシャミが止まりません。あのラブラドールレトリバー特有の、タプタプとしたほっぺたを、ブルンブルンと震わせながら特大のクシャミを連発していたのです。人の花粉症なら気の毒と思うしかないけど、犬や猫の花粉症は可哀想で仕方ない。あの人たちは、なんでそうなるのか、ちっともわけがわかってないのですから。

 裁量労働制の嘘が気になってしょうがない。安倍政権、そんなに個人に負担をかけなさんなよ。働き方改革なんて言葉はいいんだけど、雇用側が楽になるだけじゃないのかしら。国民みんなフリーランスじゃ、1億民がいつも働きっ放し、ということにならないか、心配なんだよ。と、生涯フリーランス生活者のエム ナマエは思うのであります。日曜も休日もなく働いてきたんですから。その代り、サンデー毎日、ともいえますけど。あはは。ま、自分で選んだ道です。

 TBSラジオ、デイキャッチの阿蘇山大噴火レポーター、とてもいいデス。その通り一遍でないレポートがとてもいいのデス。本日は2018年冬季オリンピックのメダリスト15人の解団式の取材をしてました。これがまた実に丁寧。ありとあらゆる取材チャンスを活かして立体的な報告をしてくれました。いちばん感心したのは記者会見を受けているメンバーに、ただひとり、メダリストがいないことに着目していたことです。ただし、その代表選手が選手団の中で最も尊敬されていること。それがスキージャンプのレジェンド、葛西紀明選手だったのデス。カーリングの選手それぞれに
「そだねー」
をいわせてたのもよかったと思います。寒い冬だったけど、たくさんのメダルのおかげでこの冬の日本、少しは温かく過ごせたのかもしれません。と、オリンピック嫌いなボクにしてはおとなしい感想を述べておきます。

▲ ちまたでは猫も花粉でくしゃみする


0228・水・

 東京の日の出は6時13分、日の入りは17時35分。予想最低気温は3度、最高気温は14度ということで今日で2月も終わり。あっという間の2月である。そしていよいよ明日から3月、春である。本物の春である。と、期待してるんですけど。

 今日はビスケットの日。江戸時代、栄養があって保存が効くということで水戸藩が注目、長崎に製法伝授を依頼した手紙を出した日、ということで決められたらしい。ビスケットといえば、ポケットで増える不思議なビスケットの歌を思い出す。そして今日はその作詞をした詩人、まどみちお先生のご命日でもあったのだ。先生、2014年、享年104歳で逝去された。以下は以前にも書いたことがあって、またまたの重複(これはちょうふくと読むのが正しいので、じゅうふくと読ませているのは国の妥協である)をどうかお許しください。
 ボクにとって最初の大型絵本、中野重治の詩の絵本「きかんしゃ」を制作中、その担当編集者がまどみちお先生の絵本を同時に進行中で、その卓越性を耳に胼胝ができるほど聞かされていたのと、まどみちお先生を神と崇めているその態度からボクもすっかり洗脳されてしまい、絵本作家のよちよち歩きの時代から先生の崇拝者となっていた。それだからご本人としばらくの間とはいえ、おしゃべりできたことは奇跡の栄誉である。今から20年ほど前、恩師の渡辺茂男先生の奥様、一恵さんの告別式の帰りに、小田急線車内で並んで座り、しばらく世間話をさせていただいたことがあったのだ。動物園にいった子どもたちが、クマ、トラ、ライオンと呼び捨てにするのに、ゾウだけはゾウさんとさんづけで呼ぶのも先生の
「ゾウさん、お鼻が長いのね。そうよ、母さんも長いのよ」
の作詞の功績である。誰か詩人の名前を挙げろといわれたら、ボクは迷いなくやなせたかしとまどみちお、というだろう。やなせ先生は94歳で、まどみちお先生は104歳で虹の橋を渡られた。偉大なる詩人たちの旅立ちである。そしてまた2015年の今日、松谷みよ子(まつたにみよこ)先生が亡くなられた。ボクが児童出版美術家連盟の理事をしている頃、JBBYの理事会で定期的にお目にかかっていた。優しい視線で挨拶をしてくださる素敵なおばちゃまだった。ほんのちょびっとでも、こうした偉大な先輩たちとコミュニケーションできたことに感謝している。あの世でお会いしたら、どんなご挨拶ができるだろう。今から楽しみである。

▲ 春の雲そこにあの人いるみたい


◆ 3月・弥生・
0301・木・

 1954年、昭和29年の今日、第五福竜丸が米国のビキニ環礁の水爆実験による死の灰を大量に被爆した。そしてこの事件によりゴジラが誕生するのである。ゴジラの怒りが爆発するのだ。後悔しても遅いのだ。ザマミロ。

 先週から予想されている本日の最高気温は19度。気の早いことに春いちばんまで噂されていて、そして本当に吹いてしまったのだ。つまり、今日から春なのだ。で、世田谷では心配されていた暴風雨も感じられず、それは風雨の責任ではなく、オイラの感受性に問題があるのかもしれないが、とにかく何事もなく昼間には空は晴れ渡り、遊歩道では幼い子どもたちがはしゃぎながら遊んでいた。気温もみるみる上がり、コボちゃんはアルルを連れて梅ヶ丘の羽根木公園まで梅の花の花たちに挨拶にいっている。ボクはガラス窓からの暖かな日差しに誘われ、思わずガラス窓を全開にしたのだが、それはもしかして今年になって初めての快挙ではなかったろうか。トラネコミミコも喜んで、ボクの足元から窓枠へ一気に飛び上がり、遊歩道を睥睨していたのである。ま、網戸越しではあるのだが。だって落ちられたら大変である。とにかくスプリングハズカム。3月になったのである。春いちばんが吹いて、そして幸いなことにその悪い影響もなかったのである。感謝、なのである。

 さて、本日からは弥生の三月。毎月一日恒例の日の出と日の入りの時刻である。札幌の日の出は6時11分、日の入りは17時23分。仙台の日の出は6時9分、日の入りは17時29分。東京の日の出は6時12分、日の入りは17時36分。大阪の日の出は6時28分、日の入りは17時54分。福岡の日の出は6時47分、日の入りは18時15分と、次第に世の中は春らしくなっていくのであります。めでたし、めでたし。

 温かかったせいか、とても眠い一日だった。なのに早寝をしようとはなんたる図々しいことだろう。もうすぐ11時というタイミングで、寝る前のニュースを聴こうとラジオをつけるといきなりの緊急地震速報。そこは落ち着いて立ち上がり、避難体制をとりながらラジオにアテンションすると、緊急地震速報の対象は沖縄地方であることが判明して気が抜ける。これで我が家のトラネコミミコは無事で済むけど、イリオモテヤマネコさんはどうなるのと、心配なことに変わりはないけど。今日は温かくて幸せな1日を過ごせたけれど、震度5に見舞われた沖縄の島々や、暴風雪の北海道など、日本のあちこちでは心配なことだらけなのだ。温かくなるのは嬉しいけれど、季節が動くと、天気も地面も動くのだ。桑原桑原。春一番より、誰もが無事であることが一番。

▲ 散らすなよ羽根木公園春いちばん


0302・金・

 1943年、昭和18年の今日、野球用語がすべて日本語とされる。つまり、今にもアメリカに敗けそうな軍事国家、大日本帝国の最後の八つ当たりである。それにしても
「セーフ」

「よし」
ではピンとこないよね。バカみたい。

 1958年の今日、イギリスの探検隊が世界で初めて南極大陸のを横断に成功した。3400キロを99日間で踏破したもの。意外と最近の出来事なので驚いた。つまり、つい最近まで南極点は未踏のベールに包まれていた、ということなのだ。そう考えると南極点まで歩いてたどり着いた荻田泰永(おぎたやすなが)さんはスゴイ、ということになるのである。
 で、南極点到達もすごいけど、もっとすごいのがパイオニア10号君。1972年の今日、この木星探査船パイオニア10号君が打ち上げられたのだ。地球外生命体へのメッセージを搭載して木星最接近、観測を終了すると10年後には人類が打ち上げた最初の船として、太陽系を離脱したのである。これをスゴイといわず、何としよう。

 北海道では数年に一度の暴風雪が暴れまくっている。襟裳岬では風速44メートルを記録したという。現地からは若いレポーターが大袈裟な声で報告している。気持ちはわかるんだけど、わざとらしいんだよ、お前。

 左とん平さんが亡くなっていた。最近やけに左とん平の曲、「ヘイユウブルース」がかかるなぁと思っていたら2月24日に80歳でお亡くなりになっていたのだ。あの人の「ヘイユウブルース」、カッコいい。とてもいい歌だと思う。この曲、ミッキーカーチスさんのプロデュースだったんだよね。道理で垢抜けていると思った。左とん平さん、脇役専門だったけど、いい役者だったと思う。あんまりテレビドラマなんか見なかったボクが知っているんだから、よっぽどテレビに出ておられたのだと思う。ご冥福をお祈りする。

 青くて澄んで、おまけに大きな満月がのぼってきたとコボちゃんが感激していた。なのにこの月はあまり騒がれてないのはどうしてなのと聞いてくる。スーパーでもブラッドでもない普通の月だからじゃないの。ボクはそう答える。だって、そう答えるしかないじゃん。

▲ 脇役にされてしまって春の月


◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。出雲崎に到着、通過しました。
次は直江津。あと、77,895歩です。
現在の歩数、2,620,105歩。3周目の徘徊です。

0303・土・雛祭り・耳の日・

 朝いちばんでブログ原稿を仕上げていたらNHKマイ朝ラジオの時間となる。今朝の音楽は子どもたちの歌う雛祭りの歌。明かりをつけましょぼんぼりに、と聞こえてくると、お大尽のお宅に飾られていた七段飾りの豪華絢爛雛人形が脳裏に浮かんでくる。同時に我が家の箪笥の上に置かれていた母親の古いお内裏様も目に浮かぶ。刀をお召しになっているのだがその刀、鞘がなくなっていて抜き身、ぶっそうな雛人形だったのだ。

 午後7時半から、この1年間ずっと楽しみにしていたNHK喉自慢チャンピオン大会が始まった。記憶にあるチャンピオンばかりである。そしてみんな鍛えてきたせいか、本物の歌手みたいに上手になっているし貫禄もついている。実に堂々とした歌いぶりなのだ。中には感動で涙腺がゆるむような歌い手までいる。ただ、ひとりひとりのチャレンジャーを紹介するミニドキュメンタリーのナレーションが大袈裟で鼻に着いた。民放のニュースワイドの特集みたいでゲップが出そうだ。NHKは正しくNHKのやり方に徹底すべきで、民放の真似をする必要はない。受信料が憲法で保障されたんだから、とにかくNHKは正しくNHKであるべきで、くだらないポピュリズムから足を洗うべきなんだと思う。どうかNHKのプライドを捨てないでいただきたい。NHKまで安倍政権みたいなことはして欲しくないのだ。あとひとつ、プログラムがやたらお涙頂戴モードになっていたのも不愉快。審査員が泣いてばかりでは興醒め。感動するのは観客や聴視者であって、出演者が落涙ばかりしていたんでは始末に負えない。落語家は絶対に自分では笑いませんよ。そんな審査員の中でミッツマングローブがクールでよかった。さすが慶應義塾の出身者である。と、身びいきもいい加減にしないとぶん殴られる。

 本日の最高気温は15度。温かくて暖房を使用したのは朝のうちだけ。あとは温かくてエレキテルの助けを必要とすることなく一日を過ごすことができた。ボクの場合、照明の必要もないので、エレキのお力におすがりしたのはパソコンと電気掃除機を駆動するときだけ。ありがたいことである。

▲ 飾られてホッとしている雛人形


0304・日・

 温かかった。めっちゃ、温かかった。南からの温かい風が流れ込んで全国的に気温が上昇したのだ。日中の最高気温は大分県で25.7度、鹿児島県で25.4度と夏日を記録。東京の都心でも21.2度と初夏のような陽気となる。とにかく温かくて助かりました。これを春二番と称する気象関係者もいるらしいが、どうして春の二番なんだかよくわからない。専門家はいろいろとうるさいことをいいたがるのだ。でないと商売にならないのだ。ま、いずれにせよ、春なのです。嬉しい春なのです。一番だろうが二番だろうが、春なら何でもいいのです。

▲ 嵐でも春の風なら文句なし




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