全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年2月5日~11日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

ひとりだけ 違っていい自由
ひとりで 決められる勇気

 幼稚園に入って驚いた。広い部屋に丸く椅子が並べてあって、自分と同じような年齢の子どもたちが座っている。ひとつだけ空いている席があって、そこに自分は座らせられる。もちろん抵抗などできない。他に座れる場所などないのだ。何が始まるのかとビクビクしていたら、名前を呼ばれた子どもがバネ仕掛けみたいに飛び上がり、丸く並べられた椅子の周囲をスキップしてグルリと一周し、また自分の席に戻るのである。どうやらそれがこの幼稚園の儀式らしく、この行為が終わらないとその子供の存在も健康に問題がないことも確認できないらしいのだ。まさか。もしかしたら自分もこれをやらされるのか。わなわなと震えていたらついに名前を呼ばれる。耳が聞こえないふりをしていようかとも思ったが、そうでないことは既にバレている。仕方がないから立ち上がる。バネ仕掛けでなく、電池の切れたロボットみたいにスローモーションで立ち上がる。そして見様見真似でスキップするのだが、これまた壊れたロボットみたいで手も足も滑らかに動かない。何しろ狭い家に育てられているから生活の中にスキップなどする習慣がないのだ。したこともないのだ。そもそもスキップをする理由がない。楽しくも嬉しくもないのにどうしてスキップなんかしなくてはいけないのだ。暗い顔でうつむき、のろのろとスタートする。けれどもスキップにはならない。かくんかくんと操り人形仕掛け、糸の切れたマリオネット。死ぬような恥ずかしい時間が経過して、倒れこむような気持ちで自分の席に座りこむ。こうして幼稚園の最初の日が始まったのだが、自分がこの幼稚園を中退する日が遠くないことは容易に予想できた。そう。スキップは下手糞だけど、自分は想像力には恵まれていたのだ。
 小学校に入学したときは驚きはしなかった。椅子はきちんと並べられ、正しく教壇を向いている。本で読んだ通りだ。でもいけない。何から何まで決められているのだ。遅刻というものがあって、決められた時間までに教室に入らなければならず、また決められた時間がくるまではそこにいなければならない。好きな時間に好きなことをする。そんな自由は学校では認められないのだ。許されないのだ。唯一、自由が許されるのは休み時間とトイレの時間。ただし、トイレだって休み時間にせねばならず、それ以外の時間にトイレにいくためには、今にも漏れそうというポーズをせねばならない。それでも認められなかったら漏らすしかないのだ。
 食べることも自由ではない。出された給食を残らず胃袋におさめなくてはならない。アメリカ大陸に生息するという家畜豚の餌だと噂されてた粉ミルク、脱脂粉乳。臭くて鼻をつままなければ飲むこともできなかった悪臭ミルク、脱脂粉乳。握り潰すと団子みたいになってしまうすかすかのコッペパン。バターみたいでバターでない、嘘つきバターのマーガリン。おかしな味の肝油。それらが並ぶ学校給食。ボクはこれでパンを嫌いにさせられた。ボクのランドセルにはいつもカビのはえたパンが格納されていて、どんなに母親に叱責されても、その飢えたリスのような行為をやめることができなかったのだ。小学生になった以上、出される給食がどんなにまずくても、どんなに嫌いでも、残すと先生に叱られる。ゆっくり食べても叱られる。学校という空間にはすべてに枠があって、学校が求める正しい子どもというのは、その枠の中で生きていくことのできる子どもだけに許される称号なのである。なら、自分はとてもそんな環境で生きていくことはできない。一刻も早く中退しよう。でも小学校だけは中退することなく、きちんと卒業できたのはナマハゲみたいに恐ろしい父親の存在があったからである。父兄参観の母親に授業中に天真爛漫に振る舞う自分の姿を目撃され、その事実を父親に報告された夜、両手両足をつかまれ、茶の間の座敷から庭に向かって父親に力ずくで放り出され、小学校は幼稚園の理屈が通らない場所であることを宙を舞いながら悟ったからである。どうして自分だけ違っていてはいけないのだ。みんなの顔色を見て決めなければいけないのだ。そう思いながらもその空中体験のおかげで父親に食べさせてもらっている間だけは先生に叱られないだけの生徒でいることができたのである。


0205・月・

 東京の日の出は6時38分、日の入りは17時12分。予想最低気温は0度、最高気温は8度と、立春を過ぎたとはいえ、まだまだ冬の気候なのである。

 自衛隊の攻撃ヘリが民家に墜落した。つまり、まるごと落ちたのである。部品を落としたというようなレベルでなく、ヘリ全体が部品ひとつ残さず、そっくり落ちたのである。それも人の暮らしの上に落ちてきたのである。さて、自衛隊はこれをどう説明するのだろう。アメリカ軍と違って、自衛隊は説明責任を問われても文句はいえないことになっている。アベちゃんは国民の命と安全を守るといつも鼻息が荒いが、国を守ることと国民の安全を守ることと、さて、どちらに優先順位の旗が上がるのだろうか。それにしてもボクたちはもっと国会に注目した方がいいと思う。安倍政権の不誠実な答弁に呆れてしまうけど、それでもペテンにかけられないよう、目を大きく開き、耳の穴をかっぽじって、一言残さず聴いた方がいいと思うのだ。そして政権が嘘をついていると思ったら、国民みんなでお灸の据え方を考えてあげよう。

▲ 如月やどうにも中途半端です


0206・火・

 1898年、明治31年の今日、築地と上野の間を日本で初めて自動車が走ったという。フランスの技術者が販売目的で輸入したのだが、今の価格で3千万円もしたので誰も買わなかった。だろうね。ボクも買わない。デコボコ道を高価なクルマで走っても意味がないからね。というわけでクルマは売れず、再びフランスに持ち帰ったというからご苦労な話である。それにしても当時の日本の路をよく走れたもんだと思う。馬が走ったり駕籠が走ったりするだけで、クルマがついているのはせいぜい荷車か人力車くらいしかなくて、クルマによるスムースな移動、という想定は存在しなかったはずなのだ。

 しばらくは余寒が続くという。残暑に対しての余寒。立春を過ぎた寒さは余寒というらしいのだ。余寒の予感があるなんて、わぁ、くうだらね。

 朝いちばんでNHK月刊ラジオ深夜便「しじまのおもちゃ箱」最初の原稿を仕上げ、担当者に送信する。OKをもらい、これで原稿は決定。よかった。夕方には経堂駅前ケーキショップ、アルルカンで月刊ラジオ深夜便巻頭カラーページの撮影があるのだ。新連載に当たり、全面的に宣伝してくれるのだ。連載させてくれるだけでありがたいのに、感謝感激金太郎飴なのだ。なんで金太郎飴かというと、金太郎飴はどこで切っても金太郎さんが笑っている。つまり、それくらい嬉しいという表現なんだけど、わかるかな。わからねえだろうな。とは松鶴家千とせ師匠のパクリです。
 さて、夕方の撮影は順調に運び、とても楽しかった。楽しいカメラマンさんだったのだ。インタビューに答えるボクに、ニコニコ返事をしながら撮影を続けるのだ。いつもニコニコ、カメラはニコン。そんなこともいうのだ。おかげで自然な気持ちでインタビューに答えられた。何も考えずに素敵な言葉が浮かんできた。
「共通体験をあぶり出したい」
とか、
「懐かしさをほめたたえてやりたい」
とか、担当編集者の琴線に触れるようなフレーズをいくつか提供できたみたい。ああ、よかった。

 インタビューも撮影も無事に終わった帰り道である。何か落ちてくるぞと見上げると、おお、雪が降っている。この淡い雪、どれくらいの人が気づいたことだろう。わぁい、雪だぞぉ。すぐに消えちゃう雪だぞぉ。こういう雪だったら、ときどきは許してあげるのだけど。

 恵方巻きの大量廃棄が問題になっている。勿体ない。食べてもらうために命を捧げた穴子さんたちが可哀想。捨てるんなら、ボクが食べてあげたのに。

▲ 細雪あと一息の帰り道


0207・水・

 2016年の今日、幼馴染の山下君が虹の橋を渡った。月刊ラジオ深夜便で連載が始まるエッセイ「しじまのおもちゃ箱」の主人公のひとりである。山下君と山口君、そしてボクは本物の仲良し三人組だったのである。この年齢になって、そのことを文章として残していけることを心からありがたく思っている。3月17日発売の月刊ラジオ深夜便4月号からいよいよ連載開始である。立ち読みでもいいから読んでね。よろしくお願いいたします。

 1964年の今日、ビートルズがアメリカに上陸した。いわゆるBデイである。各地での公演やテレビ出演、ことにエドサリバンショウでの出来事はスピルバーグが映画にしている。そしてボクはそのときのテレビ中継を当時のガールフレンドの家で見ているのだ。父親が見せてくれなかったのだ。ビートルズを毛嫌いしていたわけではない。父親はボクシング中継が見たかっただけなのだ。ボクシングがあるとき、いつもテレビは父親に独占されてしまう。子どもにテレビを譲るなんてことは絶対にしない父親だったのだ。ぐずり出すと子どもより始末に負えない父親だったのだ。戦車学校出身の父親はスパルタ教育の横暴オヤジだったのだ。わんわん。さて、ビートルズ。このときビートルズは全米ヒットチャートの上位5位までを独占していた。オヤジのテレビ独占とはスケールが違うのだ。当たり前なのだ。わんわん。

 福井県を中心に日本海側が記録的な大雪に襲われた。37年ぶりの積雪である。想定をはるかに上回る積雪に千台以上の自動車が立ち往生。死者まで出ている。ボクの身長ほどの積雪では引くも進もできないだろう。動くこともままならないのである。そこで頼りが自衛隊。アベちゃんがいつもいってる通り、文字通り国民の命を守る大活躍をしてくれたのだ。自衛隊が心強く思えるとき。それは災害と、そしてゴジラが上陸したときなのである。

▲ 友の死を思い出させし遠い雪


0208・木・

 1887年、明治20年の今日、逓信省が郵便のマークを発表した。逓信省のイニシャル、Tをデザインしたものだったが、その11日後、逓信省のテ、片仮名のテを図案化した現在のマークに変更されてしまった。Tがテになっただけの、どっちでもいいような気がしないでもない、とにかく郵便マークの制定である。それにしてもあの見慣れたマークが片仮名のテであったとは意外な展開。はい。あれって、いいマークだと思います。

 1950年、昭和25年の今日、日本画家の丸木位里(まるきいり)、丸木俊(まるきとし)さんご夫妻が原爆の図を発表されている。1982年まで描き続けた連作の最初の作品である。ご夫妻は毎年のように神田神保町、桧画廊で展覧会を開かれていて、ボクも数度、お邪魔したことがあった。気さくなお人柄で、ボクのような人間でも相手にしてくださった。いつも自作の焼き物、ぐい飲みなどの杯や茶碗を出品されていて、「とし」のサインが印象的。で、ボクもいくつか買い求め、所有している。おふたりとも既に虹の橋を渡っておられるが、原爆の図、丸木美術館は健在である。ちょっとでも目が見えるのなら、いかれてはどうだろう。

 1982年の今朝、ホテルニュージャパンが焼けた。煤で汚れた白亜のホテル。その映像がこの脳裏に、今も鮮明に刻まれている。このホテル、自動ドアを最初に導入して有名になったんじゃなかったっけ。ボクの伯母がその自動ドアに感動して、幾度もその話を聞かされたものである。そんなデビューをしたホテルだったのに、この火事で33人も焼き殺してしまった。ホテルニュージャパンと聞くと、この惨事と、あの蝶ネクタイのとぼけた社長の顔が浮かび上がる。あの人、本当に責任を感じていたのだろうか。金儲けのことしか頭にない。そんな印象の人物だった。今頃はあの世で被害者たちに責め苛まれていることだろう。その責め苦からは未来永劫逃れられないのだと思う。気の毒だけれど。

▲ 膝の上猫抱きしめる余寒かな


0209・金・

 東京の日の出が6時34分、日の入りが17時16分。まだまだ昼間が夜に敗けています。東京の予想最低気温が氷点下2度、最高気温が9度と、朝が寒いです。宇都宮なんか朝が氷点下8度です。ボクだったら凍死する気温です。早く春にきてもらいたいです。

 1982年の今日、東京湾に逆噴射のジェット旅客機が墜落した。福岡発の日本航空東京いきのDC8型機が羽田空港に着陸寸前、パイロットがプッツンしてエンジンを逆噴射させ、東京湾に墜落したのだ。おかげで24人が死亡、150人が怪我をして大騒ぎになった。この年はホテルニュージャパンの火災で煤で汚れた白亜の建物や、海に落ちた飛行機の映像を飽きるほど見せられて、失明宣告の前の年だったけど、テレビで火事や事故の映像を次々と見せられて、見ることにちょっとウンザリしてたよね。ま、それで失明したわけだとは思ってますけど。あはは。

 愛育社の伊東社長と打ち合わせの結果、「どこか短歌のようなもの」と題してナンチャッテ短歌のシリーズを出版することになった。日々の暮らしのインチキ俳句を上の句として、それに思いついた下の句を付け足して無理矢理の31文字にしたものをカレンダーなどで発表はしていたものの、いつかまとめてみたいという気持ちはあった。で、これまでのナンチャッテ短歌を伊東社長に読んでもらったら、いこうじゃありませんか、てなことになったのである。そういうことで現在その気になってナンチャッテ短歌の数々を推敲中。この春にでも出版できる勢で進行中です。よろしくお願いいたします。

▲ マイナスや予想気温の春はまだ


0210・土・

 土曜日の朝というのはいつもNHKで「ラジオ文芸館」をコボちゃんとコーヒータイムしながら聴くのを楽しみにしている。といっても、コボちゃんは途中から出勤せねばならず、作品が面白ければ後半から結末までをボクが覚えていてお話しすることになっている。ところがだ、れれれのれ。今朝はラジオ文芸館がどこかへいっちゃった。つまり消えちゃったのである。そして代わりの番組がいかにも予定調和のつまらないプログラム。出演者も気の利かない顔ぶればかり。吐き気がするくらい退屈なのである。こんなのを毎週聴かされることになったとしたら大変だ。NHKラジオ、何を考えているのだろう。これは調べなくては。と思ってネットにアクセスするがデジタル音痴の悲しさ、よくわからない。そこでNHKに電話したら、今回の特別番組は今週だけの限定的現象と聞いて安心した。ラジオ文芸館がなくなったら、とても生きてはいけません。

 いきなり桂米朝師匠が夢に出てきた。広い畳敷きの豪華な高座で米朝師匠が古典落語を語っていて、その背後で舞が披露されている。桜の花が散っていて、その背後にはどこまでも続く日本庭園。そして何故か立川談志師匠が飛び入りで参加してくるのだ。そこでボンヤリと高座を見物しているボクが発見され、怒られる、という夢なのだ。普段からあの世の談志師匠に悪いところがあったら叱ってくださいとお願いしているからって、米朝師匠と並んで夢見るボクを叱ることもないでしょう。なんて思いつつ、ありがたく感謝したのである。ああ、もうすぐ春なのだ。

▲ 立春や猫の門番美容院


0211・日・建国記念の日・

 東京の日の出が6時32分、日の入りが17時18分。東京の予想最低気温は3度、最高気温が14度と聞いてわくわくしてる。そう。温かくなるのだ。そしてその通り。夕方までは暖房なしで過ごすことができて、月刊ラジオ深夜便の「しじまのおもちゃ箱」のタランチュラのイラストレーションも凍えずに描くことができた。寒いと指がうまく動かないのです。

 1970年の今日、我が国は初の国産人工衛星の打ち上げに成功している。日本はソビエト、アメリカ、フランスに次いで世界で4番目の自力衛星の打ち上げ国となったのだ。ね、意外と早くに人工衛星保有国になっていたのです。その割には日本の宇宙開発は進んではいないと思いませんか。気象衛星とか、ハヤブサとかコウノトリとか、ミニロケットとか、いろいろと成功はしてるけど、まだ生きた人間を打ち上げてもいないし、中国にあれやこれやと追い抜かれているし、中国の技術がロシアのものだと想像はついても、日本にもっと頑張ってもらいたいのです。国にもっともっと予算を出して、宇宙に目を向けてもらいたい。そうすれば地球という星がもっとよく見えるようになると思うし、この日本という国にもっと誇りが持てるようになれるかもしれないのです。

 NHKラジオのお昼の時間に黒坂黒太郎さんのコカリナで、という注文つきで「どこかで春が」がリクエストされていた。バックを演奏しているコカリナの集団の音がまるで子どもたちの合唱のように聞こえていたのが印象的だった。いつもお会いしている黒坂黒太郎さん。今年もゴールデンウィークには長野県の無言館成人式でお会いできるので楽しみである。

 あんたら、勝てば金メダルだかんな。これくらいの風や寒さはガマンしろよな。といわれてるような過酷なピョンチャンオリンピック。ジャンプすればどこかへ飛ばされていってしまうような強風の中、日付をまたいで、夜も寝ないで、スキーをはいて空を飛ぶ。どうしてそうなるの。というわけで今から心配なのが再来年のオリンピック。すがすがしい秋じゃなくて、世界最悪の猛暑、真夏に開催される東京オリンピック。なんでそうなるの。これ、みんなアメリカのご要望なんだよね。アメリカはIOCに金さえ儲けさせてやれば何でも通ると思ってるのよ。アスリートファーストなんてとんでもない。いつだってアメリカファーストなのよ。ワガママなのはトランプだけじゃない。つまり、ヤな国なのよ。ざけんなよ、馬鹿野郎。

▲ 凍えるね風と寒さの金まみれ


◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。新潟に到着、通過しました。
次の出雲崎まであと、119,165歩です。
坐骨神経痛と闘いながら部屋の中をウロウロします。
バーチャルですからお許しください。
現在の歩数、2,498,835歩。3度目の嘘旅行です。



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