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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2017年12月4日~10日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

あんまりわかりやすいと よく考えないし
あんまり早くわかると すぐに忘れてしまう

 馬鹿でない人は自らの馬鹿をよく知っています。でも、馬鹿な人は自分を頭がいいと思いたがります。そして本当に頭のいい人というのは何も考えません。その必要がないからです。けれどもちょっぴりだけ頭のいい人は自分を馬鹿だと考えたがります。決して自分を賢いとは考えません。というのは、学べば学ぶほど、知れば知るほど知らなかった自分が見えてくるからです。
 こわいのはわかった気になることでしょう。本当にわかるためにはそれなりの努力をしなければなりません。本当に理解するためには相当な辛抱が必要なこともあります。もしかしたら背中に嫌な汗をかいたり、脂汗どころか、血の汗をかかねばならぬほどの、石の上に三年、臥薪嘗胆、針の山、血の池地獄の苦しみを求められることもあるでしょう。苦労もするし時間もかかる。ならば、わかったつもりになる方がはるかに楽です。わかったと早合点する方がはるかに早道です。わかったつもりになれば楽になれますし、安心もできます。わかることと、わかったつもりになることは月とスッポン、モスラとキャベツ畑の芋虫、宇宙戦艦ヤマトとポンポン蒸気、ティラノザウルスとカナヘビほどの違いがあるのです。本当にわかるためにはそれなりの努力が必要なのです。苦しみが必要なのです。わかったつもりになる前に、ちらりと振り返ってみませんか。


1204・月・満月・

 今朝の満月はスーパームーン。いつもの30パーセントも明るいという。みんなはそれを知ってるのかしら。空は晴れているのかしら。どうかたくさんの人たちが美しいお月様を見られますように。

 LGBTはレズにゲイにバイセクシャルにトランスジェンダー。最近はそれにQという文字が加わり、LGBTQとなっているとか。このQは疑問符のQ。自分が何だかわからない、という方々への配慮であるらしい。そうなのだ。多様性の時代なのだ。ダイバーシティー。自分らしくいられるという生き方は基本的人権のひとつなのである。世界はいよいよグラデーション、階調の時代へと突入していく。けれどもアメリカの西洋花札大統領は、そのことが気に入らないらしいのだ。

 慶應義塾マンガクラブOB会の幹事にメール。坐骨神経痛で今年の忘年会には残念ながら欠席すると伝える。憧れの先輩、このクラブの創始者である漫画家で恐竜評論家のヒサクニヒコさんや、素敵な兄貴、お姉様方、みんなに会いたかったけど、今のボクには遠方まで、歩いていくのはちょっと無理。今月になって始めた室内ジョギングでリハビリして、来年には必ず参加いたしますから、ごめんちゃい。

▲ 息白く吹き出しみたい妻がいう


1205・火・

 終日、平成30年の暦、声のカレンダーを使って来年のスケジュール表を制作する。これが毎年師走の恒例になっている。これ、このブログ原稿のフォーマットにもなってくれている。日付と曜日、そして24節気や月の満ち欠け、そしてもちろん祝日と休日を書きこんでいく。それからボク個人のメモとして物故された恩人や先輩、そして友人知人、見送ってきた方々の命日を書き加える。そしていちいちの日付に呆気なく訪れる人との別れを振り返るのだ。そして自分にその順番が訪れたときの瞬間を想像するのである。皆さん、どうもありがとう。お世話になりました。でもね、とても不思議なんだけど、ボクは皆さんといつも一緒のような気分なんです。そして思い出すということではなくて、ときどき皆さんがボクの隣に遊びにきているような不思議な気分に襲われるのです。そしてまた、どうせすぐにお会いできるのですから、その日を楽しみにしているのです。

▲ 日記買うつもりで作るスケジュール


1206・水・

 1945年の今日、戦後初の外国映画が東京で上映されたという。アメリカ映画の「ユーコンの叫び」という映画がそれで、終戦直後の娯楽に飢えていた人々の間で大変な人気を呼んだということであるが、ボクはその映画にまるで覚えがない。生まれてなかったから当たり前かもしれないが、リバイバルでも観てないということは、つまり面白い映画ではなかった、ということなのか。
 ボクが生まれたのはそれから3年してからだが、よちよち歩きのボクを連れて、父親は週に何度も映画館に通っていた。対面恐怖症で気の弱い父親は単独では映画館にも入場できなかったのだ。今は知らないけれど、当時の映画館は幼児は無料だったから、そういう理由もあったのだろう。ただし、映画館の観客席に売りにくるアイスクリームがボクの入場料になっていた可能性は充分にあると思う。
 近所に洋画の小屋が2軒、邦画の小屋が2軒あって、それぞれが週替わりで出し物をチェンジしていた。二本立て、三本立てが不通だったからボクは週に十本近い映画を見せられていたことになる。あの大きなスクリーンで初めて目にしたソフィアローレンの迫力には度肝を抜かれてしまった。ボクの周りにいる女の人たちとはまるで別の生き物なのだ。これは外国の女の人なんてもんじゃない。女の宇宙人だ。なんたる目玉、なんたる唇、なんたるオッパイ。幼少の頃から金髪で真っ赤な口紅の白人女性の半裸体やキスシーンを見せられて、ボクはエッチで助平で、こんな中途半端なオヤジになってしまったのだ。これもみな、父親が悪いのだ。と、ボクの話はすぐに父親の悪口になってしまう。

 東京の今日の日の出は6時36分、日の入りは16時28分。最低気温は3度、最高気温は10度ということで、ますます寒さが厳しくなってきているけれど、今日みたいに快晴だと窓からの日差しが温かくて、心から太陽の恵をありがたいと思う。生きている幸せを感じる今日この頃である。そしてもっとありがたいのが快食快便が続いていることで、幸せはますます大きくなっていく。
 そうなのだ。ここのところ半年くらい透析患者になってから手放せなかった下剤関係の薬と、まったく縁が切れているのである。ああ、気持ちがいいと思いながら洋式便座に座っていると、何故か裏磐梯スキー場のうらぶれた木造食道のうすら寒い和式トイレを思い出す。実にせこいトイレだった。ズボンをおろしてお尻を出すとたちまちお尻や金の球が風邪を引くんじゃないかと情けなくなるほどのうらぶれた風情なのである。寒くて暗い細長い廊下にずらりと個室トイレが並んでいて、それが見事にすべて和式なのである。いくら裏磐梯という地名がうらぶれているとはいえ、建物や料理やトイレまでがうらぶれている必要はないと思う。これも父親のせこさが原因なのだ。せこい自分に等身大の私設を捜すと、どうしてもこうなってしまうのである。父親は決して真新しい建物には入らない。お洒落な店にも入らない。ほとんど潰れかけてるドライブインとか、微妙に傾いている食道とか、隙間風の木造スキー食道とかを求めて入店するのである。父親と付き合うと、必ずこういう目に合される。生まれてからこのかたボクの人生はこの父親のせこさとの闘いだったんだけど、また父親の悪口になってしまうので、もうやめる。とにかく今は快食快便で感謝してますと、ここで締め括りたいと思います。

▲ 隙間風便所の匂い映画館


1207・木・大雪・

 NHKマイ朝ラジオによると1901年、明治34年の今日、日本で初めてのラグビーの国際試合が横浜で開催されたという。慶應義塾チーム対横浜在住外国人チームの対戦は35対5で外国人チームの圧勝。これが日本最初のラグビー国際試合となったのである。それから幾星霜、慶應義塾は日本のラグビーを牽引する存在になっていくのであるが、そのあたりはボクの無二の親友、慶應義塾のラグビーの鬼に聞いてもらいたい。

 今日は24節気のうちの大雪で、その通り。全国から雪の知らせが届いている。とにかく寒いのだ。そしてここは真白に雪景色をした富士山を仰ぎ見る足柄山のサービスエリアである。コボちゃんとアルルは冷たい空気にも負けず、さっきからワンちゃんの運動場、ドッグランに出かけたまんま戻ってこない。ということでボクはボクらの新しい相棒、スバル・アウトバックのナビゲーションパワーシートで暖かな日差しを浴びながらプレクストークで読書三昧。村上春樹の「ダンスダンスダンス」を読んでいる。雪に覆われた富士の山に見守られながら、ゆっくりじっくり楽しんでいる、と書きたいところだが、実はそうでもない。すぐ近くのクルマからは、早くこの狭い箱から出してくれと吠えまくる犬の声が聞えてきて、1メートル先を通り抜ける、あれを買ってくれ、じゃなきゃ早くお家に帰りたいと泣き叫ぶ幼児の声に邪魔をされ、かと思うと彼女に復縁を求めるケータイの若者の声が気になってちっとも読書が進まない。これだったらボクもドッグランに付き合えばよかったと悔やんだところで思い出す。そうだ。ボクは今、坐骨神経痛でドッグランまでたどり着く体力がないのである。ああ、腹減った。

▲ 賑わいを抱いてくれてる白い富士


1208・金・開戦記念日・ジョンレノン命日・

 1941年の今日、旧日本海軍の機動部隊がハワイのオアフ島、真珠湾を雷撃器や小型潜水艇で奇襲攻撃した。太平洋戦争の勃発である。ラジオの臨時ニュースは日本が米英と戦闘状態に入れりと伝え、アメリカに石油を止められていた日本国民は狂喜乱舞してその事実を歓迎したのである。そしてその5年後の1946年の今日、シベリアからの最初の引き揚げ船2隻が舞鶴港に入港、ハバロフスク収容所にいた元日本兵、5千人が帰国している。1941年から1946年の時間経過で、日本の運命が大きく激動していったことがよくわかる。兵士も民間人も軍部の軽挙妄動に嵐の中の木の葉のように翻弄されたのである。

 1980年の今日、ジョンレノンが射殺された。そのことでボクの人生が大きく方向転換をしたことは間違いがないだろう。そしてそのとき、ジョンレノンの仕事の百万分の一でもいいから引き継ぎたいと願ったことが、まさかその後の失明によって実現するとは想像もしていなかった。真剣に願うこと。ひたすら祈ること。きっとそのことは天に届くのだと思う。1998年のニューヨーク、セントラルパークの前に立ったとき、コボちゃんが、
「そこ、ダコタハウスよ」
と声をかけられ、ボクは思わず落涙した。ジョンが撃たれた瞬間のことが脳裏をよぎったのである。そして迷うことなくジョンレノンメモリアルに歩み寄り、個展案内状を託したのである。それがまさか奇跡を起こすとは。そのときオノヨーコと交渉中だったベビーアパレルメーカーの副社長がボクの個展会場を訪れ、ジョンレノンの次のアーティストをボクと決めてくれたのだ。ひたすら祈り、ひたすら生きれば、一度くらいは人生にこうした奇跡が起こるのかもしれない。絶望することもあるけれど、それでも素敵なことは起きるのである。

 んな、勝手に人の国の首都なんか決めるなよ。トランプがまたまた馬鹿な騒ぎをやらかしている。まさかの首都認定、いきなり突然、寝耳に水の奇襲攻撃はリメンバーパールハーバーなんて、あんまり人のことはいえないよな。これまでこんなにさもしくて薄汚いアメリカ大統領が存在しただろうか。欲望丸出しの指導者。歴史上最も下劣な非人格者がエルサレムをイスラエルの首都であると勝手に宣言したのだ。首都と認めて大使館を移動するといったのだ。支持者たちだけに向けられたポピュリズムは長い歴史が築き上げた民主主義を破壊する愚劣なる行為に他ならない。自らの保身しか考えない大統領であるから、この宣言がロシアンゲートへのメクラマシであることは想像に難くない。ま、日本人としては北朝鮮を攻撃して、第二次朝鮮戦争を勃発させられるよりはマシだと思うけど、中東各国にとっては迷惑な話である。

▲ イマジンと歌う星空ジョンレノン


1209・土・

 20年来の友人、川田龍平君が立憲民主党に入党したとラジオが伝えている。いいことだと思う。遠慮なんかしてないで、早くそうすりゃよかったのに。ま、とにかくみんなで安倍政権の憲法改悪を阻止しようよ。

 すごかった、すごかった。2015年の今日、日本の金星探査船あかつきが金星周回軌道に入ったのだ。この日、JAXAは5年ぶりに地球からはるか遠くの金星軌道周辺で迷子になっていたエンジンの再噴射に挑戦、探査船あかつきは金星をめぐる軌道への投入に成功したと発表した。日本の探査機が地球以外の惑星を回る軌道に入ったのはこれが初めて。また、一度深刻なトラブルを発生させた日本の探査機が復活したのは小惑星探査機はやぶさ以来の快挙だった。今また、JAXAの打ち上げた第二のはやぶさが新しい挑戦をしている。でかいことはやれないかもしれないけれど、細かいことなら得意な日本の宇宙開発、これからも頑張ってください。そういうことなら払える税金は払いますから。

 いい天気である。窓からの日差しで部屋は暖かく、電気掃除機をかけていると汗ばんでくる。昼間は掃除して、夜は机に向かう。もちろん夜は寒いけど、セーターを着て山賊ちゃんちゃんこを羽織り、レッグウォーマーで足を守れば暖房がなくても大丈夫。なんせ、膝では猫という生きた暖房装置がボクを温めてくれているのだから。

▲ 飼い猫に膝を貸します十二月


1210・日・下弦・世界人権デイ・

 東京の日の出は6時39分、日の入りは16時28分。本日の天気予報は晴れです。東京の予想最低気温は2度、最高予想気温は14度ということになっています。ついでに横浜は最低3度、最高14度。水戸の最低はマイナス1度、最高13度。宇都宮の最低はマイナス1度、最高11度。前橋の最低は1度、最高12度。長野は最低マイナス3度、最高9度てな予想ですが、この朝の北海道、標茶町では午前7時にマイナス21度を記録したという。この寒さだとバナナで釘が打てますと気象予報士が得意げに話していたけれど、あなたが自慢することでもないでしょ。落語で聞いたような気もするし。それよりシャボン玉も凍るそうですよ。凍ったシャボン玉は飛ぶのかしらね。シャボン玉同士がぶつかり合うと、チロチロリンと涼やかなメロディーが流れるのかしらね。ダイアモンドダストにせよ凍ったシャボン玉にせよ、マイナス20度の世界はファンタスティック。寒くなければ憧れちゃうんですけれどもね。

 1968年の今日、ボクが慶應義塾の2年生のときだが、3億円事件が発生している。東京府中市に白バイ警察官を装った犯人が出現、誰も傷つけることなく、見事に大金を奪って逃走したという事件である。拍手喝采してる場合ではないんだけれど、わはは、やっぱ拍手喝采しちゃうよな。そして喜んでちゃいけないんだけれど、わはは、世間を驚かせたこの事件は未解決のまま時効を迎えることになる。そして今も犯人は不明のまま。そろそろ出てきて、本でも書いてくれればベストセラー間違いなしなんだけどな。3億円というと、パブロフの犬みたいに白バイ警察官のモンタージュ写真が目に浮かぶのは笑ってしまいます。あの頃、3億円あれば1年間の利子が800万円とかで、遊んで暮らせるね、なんて夢のように語り合っていたよね。NHKラジオは3億円強奪事件と殊更に強奪を協調するのは、これは悪いことなのですよと念を押しておきたいからだろうね。でもやっぱり、快挙といいたくなってしまうのは、きっとボクが野次馬なのと、その3億円というお金は保険で保障されてるからです。それにしてもこの事件、やっぱ年末の事件、師走の出来事だったんだよね。この犯人も、きっと年越しの悩みを抱えていたのだと思います。

 今日はマンガクラブOB会だけれど、残念ながらボクは坐骨神経痛で欠席。そこで机にしがみつき、山下達朗とマンハッタントランファーのアカペラクリスマスをBGMに10月30日から11月5日までのブログ原稿を仕上げた。ここんとこ、ちょいと遅れてますなぁ。コボちゃん公認の美貌の第二夫人からもご注意を受けています。坐骨神経痛で各方面にご無沙汰だから、せめて頑張って年内にはリアルタイムに追いつきます。

▲ 犬の声今日も真似てる寒烏


◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。やっとこさ、象潟を通過しました。
次の村上まであと、238,703歩です。
この距離、坐骨神経痛の肉体には月の彼方のように思えますけど頑張ります。

現在の歩数、2,179,297歩。3度目の徘徊に挑戦中です。



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