全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2017年11月27日~12月3日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

夢は現実のタマゴです
だから いい夢を見たいね

 あんまり当たり前のことを書くので顔から火が出そうです。でもそうなんです。この世界はみんなの思っていることの結果なんです。ネアンデルタールかクロマニヨンか、それとも北京原人かもしれませんが、誰か大昔の人が満天の星空を仰ぎながら、あの人はどうしているかしら。なんてことを考えて、今すぐ会いたい、お話ししたいと思っているうちに、いつか人類はどんどん頭がよくなって、腕も上達して文字ができたり、それを郵便にしたりしてるうち、電報や電話が完備して、ラジオもテレビも生まれて、今やネットで瞬間に地球の裏側の人とコミュニケーションできる世界。これ、昔の人の願ったことなんですよね。
 鉛筆、消しゴム、電動鉛筆削り。スマフォにパソコン、万能手帳。もしかしたらAIスピーカー。あなたの目の前に何があるか知りませんが、それが生まれた理由は、誰かがそれを願ったからです。そしてあなたがそれを欲しいと思ったからです。さて、民主主義。おかしな大統領や横暴な総理大臣が誕生するのも、それを誰かが望んだからです。海の向こうでは望まないのに勝手に君臨している人もおられるみたいですけど、抑圧された民の思いはいつか形になり、その人は必ず地上から消えていくことになるでしょう。そうなって欲しかったら、そんな夢を見ればよいのです。協力に強烈に、そして激しく見ればよいのです。それを夢の力と呼ぶのです。


 1127・月・上弦・

 1959年の今日、日米安保協定改定阻止を掲げ、全学連を中心にしたデモ隊が国会構内に新入、警官隊と衝突、双方合わせて300人が負傷した。当時、ボクは地下鉄丸ノ内線国会議事堂前から永田町小学校に通学していて、この騒ぎを肌で感じる環境にあった。当時の総理大臣が岸信介で、ものすごい悪党としてボクの脳裏には焼き付けられている。ボクは小学生の頃から権力を嫌悪していたのである。これが安倍晋三のおじいちゃんだってことは、みんな知ってるはずなんだけど、最近の人たちはどうなんだろう。あんまり重要に考えてないのかもしれないし、そのおじいちゃんが満州で東条英機なんかと一緒に重要な役割を演じていたことから東京裁判にかけられて巣鴨プリズナーに収容されていたことも知らないんだろうな。そしてこのとき、東条英機は絞首刑にされて、岸信介は檻の中で復讐を誓ったはずなんだけど、安倍晋三の憲法を変えたいという野望は、おそらくこのあたりからきているとボクは考えています。考えるのは自由ですから。

 公式な場面で
「なんであんな黒井のが好きなんだ」
と発言するような山本幸三議員を日本国民はどうして辞めさせられないのだろうか。
「アフリカを黒井大陸というじゃありませんか」
 とかいっちゃって、発言もひどいけど、その言い訳も恥ずかしい。会ってしゃべればいい人なのかもしれないけれど、あんまり政治家には向いていないのではありませんか。そのあたり、安倍政権はいかがお考えなのだろう。

 忍者、霧の遁兵衛(きりのとんべえ)を演じておられた牧冬吉(まきふゆきち)さんのことをいきなり思い出す。テレビ映画「隠密剣士」、懐かしい。もう半世紀も昔の連続テレビ映画だけれど、白黒テレビで見ていたのだけれど、巻冬吉さんの逆手斬りの剣術スタイルや、目にも止まらぬ速さで繰り出す八方手裏剣の連続打ちなど、ユニークな動きが記憶の中で生き生きと動き始めるのです。牧冬吉さん、男らしくて思慮深い雰囲気の、素敵な俳優さんでした。

▲ あの声はいつもの烏冬の朝


1128・火・

 NHKマイ朝ラジオによると1910年、明治43年の今日、日本で最初の南極探検隊出航記念式典が東京芝浦で行われたという。隊長は白瀬矗(しらせのぶ)でその翌日に木造帆船の開南丸(かいなんまる)が出航した。わずか240トンのこの木造帆船で探検隊は奇跡的に南極上陸を実現し、南極点に到達の悲願は達成できなかったものの、到達した地点を大和雪原(やまとゆきはら)と命名したという。こういう話を聞くと、思わず昔の日本人は偉かったなんて月並みなことを考えてしまいます。最近の日本ではお役人の
「金額は交渉したけど価格の交渉はしなかった」
なんて不思議な言葉づかいが目立つので、ますますそう思ってしまいます。
「魚類は食べたけど魚ではなかった」
とか
「お金は盗んだけど貨幣ではなかった」
とか、これからはそういう言い回しが流行るかもしれません。

 村上春樹の「ダンスダンスダンス」を読み直している。今度は時間をかけて読んでいる。「ダンスダンスダンス」はデビュー作の1979年発表の「風の歌を聞け」と同じ主人公が過去を追体験する物語。それに次いで1980年の「1973年のピンボール」。1982年の「羊をめぐる冒険」。そして1988年の「ダンスダンスダンス」。発表順に村上春樹作品をトレースすしているのだ。同じ主人公の時間的経過を追体験しているのだ。ストーリーを追っての読書ではない。だからディーテイルを楽しむことができるのだ。最近ボクはこの人の作品の特徴はディーテイルのリアルさにあると考えている。この人の脳味噌の中には無数のパラレルワールドがあって、作者は自由自在にその世界を旅して、その街角や店先での出来事や会話を取材しているに違いないのだ。そうならばストーリーなんかどうでもよくなる。物語なんかどこに流れ着いても構わないから、ボクの知らない世界を旅するように、ボクは村上春樹の作品世界を旅して歩きたいと思うのだ。

▲ おいお前またきてくれた寒烏


1129・水・

 1887年、明治20年の今日、東京電力の前身、東京電灯会社が日本で初めて電線による電力の供給を開始した。東京日本橋に小規模な火力発電機を設置して周辺の企業や銀行、郵便局などに電力を送った。で、これが始まりとなり、あの巨大企業が進化し発展し、地方の地形や水系を利用した水力発電や化石燃料を燃やしての火力発電がやがて原子力発電所の事故につながっていくのである。その巨大組織が運営していた東京信濃町の東電病院がエム ナマエを生み出すわけだが、なんでそうなるかはこのブログを読んでいるうちにおわかりいただけると思います。そうなのです。エム ナマエは東電の申し子なのです。

 本日の東京の日の出は6時30分、日の入りは4時28分。予想最低気温は6度、最高気温は19度となっていて、昼間は小春日和が期待できるのだ。そんな朝にぬくぬくと目覚めると北朝鮮からミサイルが飛んできたと官房長官が騒いでる。ほら見ろこれだと得意げに鼻の穴を広げてアナウンスしている。きっとその表情はどや顔に決まってるけど、その滑舌、何とかならないものなのか。つい先日も長崎で大袈裟なミサイル避難訓練をやったばかりなので、得意で仕方ないのかも。それにしても金正恩、困った様子も懲りた素振りも見せない。我が国の日本海側の海岸に次々に北朝鮮からの難破漁船や死体が漂着し、乗組員が救いを求めて民家を訪ねたりするのは北朝鮮の食糧事情の劣悪さを物語っているのだろう。漁船の乗組員は漁民ではなく兵士だという噂もある。腹が減っては戦はできぬ、ということなのかもしれない。国際的な経済制裁で困窮する北朝鮮。けれども悪口の名手の北朝鮮、新鮮で工夫を凝らした悪口が次々に発せられるのは、優れたスピーチライターが存在するからだ。泉のごとく新しい悪口を創作するその意欲と修辞能力は、ツイッターでつまらぬ悪口雑言を撒き散らしているアメリカの西洋花札大統領よりは、はるかにクレバーでスマートである。それにしても壊れた蓄音機みたいに圧力を最大限にと繰り返す安倍晋三、その最大限が気にかかる。最大限を超えたときアメリカの実力行使があるとすれば安倍晋三、日韓のダメージのすべての責任を覚悟してもらいたい。

 日馬富士が引退を決意した。当然の成り行きだと思う。土俵の外での乱暴行為は厳しく裁かれなくてはならないだろう。とはいえ、土俵の上での乱暴が許されていいとも限らない。そもそも日馬富士の相撲は勝てばいいという乱暴さが目立つ取り口だった。日馬富士の相撲を解説していた相撲解説者の前の海さんはその搗ち上げをエルボーパンチともエルボースマッシュとも表現し、相手は技で倒れるのではなく、脳震盪で気絶しているのだと解説していたこともある。日馬富士の相撲は相手力士を壊しても勝ちたいという無意識が窺えて、それが稀勢の里を壊したのだとボクは分析している。けれど相手がモンゴル出身力士の場合は事情が別で、そこにはモンゴル互助会の力学が作用しているのだろう。今回の被害者の親方、貴乃花親方の沈黙の原因もそこにあるような気がしてならないのである。陰険な横綱、白鵬の存在が見え隠れして仕方がないのである。

▲ 木枯らしや海の彼方のロケットマン


1130・木・

 1963年、東京オリンピックの前年の今日、新宿駅西口荻窪間を走る都電、杉並線の最後の運転が行われた。自動車の増加と地下鉄代替利用での利用者減少を理由に撤去される路面電車の第一号になったわけだが、本当の目的はオリンピックを前にした東京の大改装だと思う。この路線の跡地、今は遊歩道になっているけど、あの線路のあった風景は実に絵になっていた。軒下すれすれにゆったり走る路面電車。家々には猫がいて犬がいて、洗濯物が風に靡き、庭には盆栽が並んでいたりして、生活環境すれすれに路面電車のある風景って素敵だったよな。またぜひLRT、ライトレールトランジットとして復活してもらいたいと思ってるんだけど。

「ジェネリックはダメですよ」
 おくつ先生が診察室から患者さんを追いかけて待合ロビーに現れる。そうなのだ。ジェネリックは薬の効果が不安なだけでなく、その周辺も使い勝手が悪いのだ。広尾のおくつクリニック、今日も千客万来である。予約制度でこれなのだから、その人気ぶりがわかる。ボクもこの先生に左手を手根管症候群から救ってもらった子羊の一匹である。子豚かもしれないけど。手根管症候群。おくつ先生はその世界的権威なのである。世界で初めて内視鏡手術を導入して、その症例数も世界一。つまり、手を治すゴッドハンドに手を助けてもらったのである。
「右手も危なくなったら、すぐにくるのですよ」
 おくつ先生がお元気ならばボクの手も大丈夫。手根管症候群なんかあっちの山に飛んでいけ、なのである。

 広尾から恵比寿、恵比寿から下落合までヨタヨタと歩く。コボちゃんと喧嘩しながら歩く。
「そんなにノロタラしてたら遅刻しちゃうわよ」
 叱責が飛んでくる。困ったな。実は最近、坐骨神経痛であんまりうまく歩けないのだ。そのことをまだコボちゃんに伝えてなかったのだ。手の次は足。これじゃコボちゃんも嫌になっちゃうよな。
 というわけで喧嘩しながら下落合に到着。
本日は劇団「娯楽天国」の第43回公演「お寺でポン」。ますます完成度の高い舞台になっている。これも座長のオグラ、脚本も演出も主演もする天才エンターテイナー、小倉昌之氏と、それを支える看板女優のマロこと高畑加寿子さん夫婦の精進の結果。もちろん劇団員の血と汗と涙の賜物でもある。ウィークデイの昼間なのに満席で立錐の余地もない。ますますの人気である。なのに座長、オイラとコボちゃんのために最善席を用意しておいてくれたのに遅れて御免。許してちゃぶだい。来年は30周年。よせばいいのにボクの書いた芝居なんかも舞台にしてくれて、潰れもせずに30年。すごいことだと思う。

▲ 隙間風なのに熱気で客は汗


◆ 12月・師走・
1201・金・映画の日・世界エイズデイ・

 本日は映画の日、そして世界エイズデイ。そしてNHKマイ朝ラジオ情報によると1912年、大正元年の今日、警視庁が初めて警察犬を採用、訓練を開始した日であるという。犬はイギリスから購入して、その2頭で翌年、警視庁内の広場で訓練の成果を披露した。これが日本における使役犬の最初かもしれない。今では盲導犬、介助犬、牧羊犬が大活躍。お手伝い犬、お料理犬、家庭教師犬なんかも当たり前になってきて、嘘です、昔の日本では犬のお仕事はせいぜいが番犬で、あとは放し飼いで飼い犬も野良犬も区別がつかなかったのである。ま、犬たちは自由で、そっちの方がずっと幸せなのかもしれないけれど。

 今日も坐骨神経痛と闘いながら都内を移動。あちらこちらのお医者様のゴキゲンうかがいと来年のカレンダー配りに走り回る、いや、這いずり回るのである。
 それにしてもますます親切な人が増えている。電車で席を譲ってくれる人。乗車するとき、手を出して引っ張り上げてくれる人。コボちゃんが階段の下で、白杖をついてノロタラと降りていくボクを待っていたら、中年の女性が
「上から目の不自由な人が降りてくるから、そこにいたら邪魔ですよ」
と声をかけてくれたりする。おまけに鉄道環境はエレベーターやホームドアがどんどん整備されて、安全係数が上昇していく。やろうと思えばやれたんじゃないの、電鉄会社さんよ。それにしても、これまでの鉄道環境の悪さで命を落としてきたたくさんの視覚障碍者たちの犠牲が惜しくてたまらない。主人を失った盲導犬だっていたはずだ。ボクは何も貢献できていないけど、鉄道ホーム改善推進協会の活躍と貢献に感謝を捧げたいと思う。

 本日から師走である。そして恒例、全国の日の出と日の入りの時刻である。札幌の日の出は6時46分、日の入りは16時1分。仙台の日の出は6時34分、日の入りは16時17分。東京の日の出は6時32分、日の入りは16時28分。大阪の日の出は6時47分、日の入りは16時47分。福岡の日の出は7時4分、日の入りは17時10分。こんなに昼間が短くなっちゃったけど、もうすぐ冬至。それさえ過ぎれば、今度はお日様、だんだん復活してくれるのだ。

 J-WAVE、金沢雅美さんのSomewhere in Asiaを聴こうとラジオをFMにセットした瞬間、グラグラグラ。地震である。すかさずAMに逆戻り、NHKを聴くと、茨城県あたりで震度3の強さで地面が揺れたらしい。NHKラジオによると12月2日、0時12分にやや強い地震が発生とレポートしている。震源地は茨城県南部、震源の深さは50キロ、マグニチュードは4.3ということだった。東京での震度は聞きそこなったが、グラグラグラと、それなりに揺れたと思う。ここんとこやたら茨城県あたりが揺れていたので気になっていたのだ。これ以上デカいのがこないといいのだが。と、地下のナマズさんが気になるけど、ボクは金沢雅美さんの美しい英語と中国語も気になるので、J-WAVEに逆戻り。

▲ 北風や人の親切温かい


1202・土・

 NHKラジオリスナーからの投稿によれば、枝に雀が群れていて、みんな北風に向かって仲良く頭を揃え、マリみたいに丸く膨らんでいるという。きっと羽にいっぱい空気をためて体温を維持しているのだ。その体温を支えるエネルギーはどこからくるのだろう。あの小さな身体のどこからくるのだろう。食べ物の少ない冬である。どうか皆さん、食べ残しのパン屑でも御飯粒でも、食べられるものなら何でもいいから、庭でも道でもどこにでも、どうかじゃんじゃん撒いてあげてくださいな。遊歩道や公園には餌をあげないでくださいなんて、無慈悲な看板がぶら下がっているけれど、そんなケチなことはいわずに、どうかよろしくお願いいたします。

 天皇が代わると憲法理解も変えられる。喜んでるのが安倍晋三。皇室会議ではしゃいでいるのが目に浮かぶ。この人、おじいちゃんにどんな教育を受けてきたのだろう。やっぱ、薩長連合の築き上げてきた戦前の体制を復活させるべきと教えられてきたのだろうね。

 大きな音でビートルズをかけて、大きな声で発声練習をしたり、またはFMJ-WAVEを大きな音で流し、ゴキゲンになりながら部屋中に電気掃除機をかけている。大きな音でないと電気掃除機に敗けてしまうからね。これがなかなか楽しくて面白いのだ。盲目で電気掃除機をかけるというのは、ほとんどアクロバットみたいで、あっちにぶつかり、こっちに躓き、椅子に座ったりベッドに腰掛けたりしながら手探りでノズルをコントロールする。ゴミやアルルの抜け毛をバキュームする音で正しいポジションを推測する。これがゲームみたいで面白いのだ。疲れるけれど愉快なのだ。やっぱ体を動かすって気持ちがいいよね。そんなことをしていたらボクのアンテナに引っかかる声がする。あれれ、これ、よく知っている声、好きな声。そうなのだ。偶然だけど、FMJ-WAVEで金沢雅美さんがリンレイのラジオCMをやっているのをキャッチしたのである。ご活躍で嬉しいな。

 音楽家のはしだのりひこさんが本日お亡くなりになった。72歳だったという。不思議に気になる人物だった。フォーククルセダーズのメンバーで、北山修や加藤和彦と並ぶと、果物屋の店先に並んでいるスイカとメロンの隣に無理矢理乱入したカボチャ、というか、もしくは林檎と梨のグループに乱入した無花果(いちじく)みたいで、ひとり不揃いな印象を与えていた。ハンサムでもないしスマートでもない。どうしてこの人、ここにいるの、という感じなのである。けれどもそれゆえのオーラを発していて、すごいアーティストであることを無言のうちに伝えていた。人は見かけではないのである。そのチンチクリンな姿が天才的な音楽的才能とプロデュース能力をメクラマシしていたのである。グループ解散後の活躍は目覚ましく、新しいユニットによる楽曲、「風」や「花嫁」のメロディーは一世を風靡した。クライマックスやエンドレス、シューベルツというユニットを構成してスターを次々と送り出していた。独特のちりめん声も忘れ難い。とある雑誌のインタビューで目にした、煙草のフィルターをコーヒーで濡らしてから点火するというスタイルに触発されてしばらく真似をしていたこともある。醜男だけど、ボクはとても好きだったのである。この人の才能に惚れていたのである。ご冥福を心よりお祈りする。

▲ うまそうに丸く膨れて寒雀


1203・日・障害者週間・

 今日はカレンダーの日であるという。旧暦明治5年のこの日、明治政府が欧米諸外国と外交上で足並みを揃えるため暦を太陽暦に切り替えた。これを記念して1988年、全国団扇扇子カレンダー協議会が制定したもの。どうして団扇と扇子なの。そう。この団扇と扇子という組み合わせが好奇心をそそるでしょ。そうなのです。店舗や会社の宣伝はその昔、団扇と扇子とカレンダーなのですよ。そこに店舗名や会社名を刷り込んで、それで宣伝するんですよ。来年あたりは早目に次の元号が制定されるらしく、団扇扇子カレンダー協議会は胸を撫で下ろしていることでしょう。

 本日の東京の日の出は6時34分、日の入りは4時28分。予想最低気温が5度、最高気温が15度ということで、師走としてはちょいとばかり暖かいような気がする。とはいえ、油断して薄着で外出なんかしたら、ひどい目に合うことだけは間違いなし。
 さて、毎年、師走の恒例はエム ナマエ公式ウェブサイトの年賀メッセージとウェルカムメッセージの撮影ということになっていて、本日はその撮影なのである。朝のうちにメッセージ原稿を仕上げ、お昼にそれらを暗記して、午後になったらセリフの練習。そして夕暮れの遊歩道で絵夢助人(えむすけびと)さんによる撮影です。暗くなっても安心なのは、絵夢助人(えむすけびと)さんが最近になってゲットした高性能一眼レフデジカメが人間の目よりも明るいため。先日も夜のディズニーランドで、パレードを昼間のように撮影できたとか。世の中は日進月歩。絵夢助人(えむすけびと)さんは常にスキルを磨いておられるのです。さて、この映像は年が明ければホームページにアップされます。ぜひ覗いてみてください。

 撮影が終われば絵夢助人(えむすけびと)さんとの忘年会。今年もホームページとブログでお世話になりました。カレンダー販売もよろしくお願いいたします。そういうことで寿矢(としや)のカウンターに並んで座れば恒例の行事なので、大将がボクらをいつものように新鮮なネタと巧みな包丁さばきと饒舌トークでウェルカム。今夜もおいしく楽しく時は過ぎていくのでありました。

▲ 年忘れ今年も忘れられません




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