全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2017年9月18日~24日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

その人は あなたのそばにいるときから
ずっとずっと神様でしたし
あなたから遠く離れた今は
 もっともっと神様なのです


 どうしてそのときに気がつかなかったんだろう。いつもそう思ってしまいます。本当は感謝すべきことばかりなのに、自分は失ってしか気がつきません。本当に馬鹿なのです。


0918・月・敬老の日・

 本日は敬老の日である。ほんの少し前まで、地球の裏側の出来事ほどに縁がないと思われたはずのこの祝日を、気がついたら高齢者となっていた自分が北軽井沢という土地で向かえている。これを不思議といわず、何と表現すべきだろう。ああ、時の流れは非人情。泣きたくなってくる。
 そんな未明のことである。北軽井沢の高原では雨の音が激しくなり、風の舞う気配がしてきている。何だか部屋の空気まで動いているみたい。台風18号が接近しているのだ。けど、心配しても無駄。布団をかぶって寝てしまう。地球の発する巨大な開店エネルギーを前にして、他に何ができるというのだ。どうあがいても無駄なのである。それに嬉しいデータもある。この群馬県、雷はすごいが、台風被害が驚くほど少ないのである。
 目覚めたとき、台風18号は北の海へ向かっていた。この低気圧の渦巻き、北海道にまで迷惑をかけようというのだ。けれども関東地方は台風一過で朝からいい天気になっている。前橋や東京は33度の真夏日になるとのこと。山の中の透析室へのワインディングロードでは蝉が元気に鳴いていた。台風一過が思わぬ夏を連れてきてくれたのである。親子なのか夫婦なのか、茶色い鳥が三羽、山の道路を横断していく。カルガモか、それともウズラのファミリーか。とにかく無事に横断してくれ。そしてドライバーたち、どうか、山の道では制限速度を守ってくれ。

 本日やっと、大切に読んできた書物、惣路紀通(そうじのりみち)著「カブトガニの謎」を読了。そしてわかったことは、本文中のイラストレーションがヒサさんだったこと。あの偉大なる先輩、慶應義塾マンガクラブの創始者、ヒサクニヒコ大先輩だったのである。漫画家で恐竜博士、第二次世界大戦研究家、銃器マニア、玩具と民芸品のコレクター、そして古生物のオーソリティーのヒサクニヒコ先輩だったのである。
 これはまこと残念なことであるのだが、音訳図書の場合、ボランティアが自分の音訳している内容の重大性とか意味を理解せず、ただ活字を声にしているだけのケースがあり、この書物の場合もヒサさんがイラストレーションを担当されていることの意味が理解できず、本文最後のあとがきと奥付によってその事実を土壇場で知ることがあるのだ。
 ヒサさんのイラストレーションがいかなるものなのか、残念ながら音訳者の説明ではよく伝わってこない。音訳者の大半の方々は絵を読むことにあまり得意ではない。月刊ラジオ深夜便の毎月のボクのイラストレーションも音訳者に解説していただいているのだが、ときどき大笑いをしてしまうことがある。活字はそのまま言葉にできるけど、絵を読むことはそれほど楽な作業ではないのである。
 カブトガニは昔から大好きな生き物だった。その、5億年前の古生物、三葉虫を思わせる形や、蠢く足の怪しさや、頭の上の単眼の魅惑など、生きているカブトガニなら読売ランドの水族館に通って確かめたり、その形の美しさや手触りは江の島の土産物屋で買い求めた標本などで味わっていた。つまり、ボクが勝手にカブトガニに恋していたのである。もちろん今も、その標本とは一緒に暮らしている。
 読売ランドの水族館には生きたオウムガイも展示してあって、古生物ファンにはたまらない施設であったのだ。目の見えた時代、読売ランドには経堂からオートバイでときどき通っていた。あの水族館、今はどうなっているのだろう。カブトガニやオウム貝、ジュゴンたちはどうしているだろう。世代を超えて、どうか元気でいて欲しい。

▲ 台風や部屋の空気が動き出す


0919・火・

 な、な、なんだって。9月28日からの臨時国会の冒頭で解散だって。金正恩のミサイル応援団のおかげで安倍晋三、とうとうその気になってしまった、ということか。冗談じゃない。前原誠司の民進党は崩壊寸前だし、小池百合子の新党は準備不足だし、ここで選挙をやられたら、またまた安倍晋三が息を吹き返してしまうじゃないか。この政界の野良狐め。どこまで根性が汚いのだ。ふざけんなよ、と怒り狂っても解散権は狐の総理大臣が握っている。ここは野党の脆弱さを嘆くしかないのか。それともボクら愚民のアホさ加減を嘆くしかないのか。とにかく馬鹿にされてますよ。

 ついてない。カリッっと揚がったおいしい天麩羅で冷たいザルソバをつるつるっと食べたかったのに、カッちゃんのお店はお休み。明かりの消えた店内を横目に中軽井沢へ向かって方向転換、東京へ一直線。途中のサービスエリアで煎餅をかじりながら居眠りしたので帰宅したら午前様。そして未明、ラジオ深夜便をBGMにラップトップパソコンや外部スピーカーのセッティング。
 今夜のラジオ深夜便のアンカーは須磨佳津江さん。昭和32年のヒット曲特集をやっていた。「港町13番地」は美空ひばり。「東京のバスガール」は初代コロンビアローズ。「青春サイクリング」は小坂和也。「東京だよおっかさん」は島倉千代子。「有楽町で逢いましょう」はフランク永井。懐かしくて思わず一緒に歌ってしまう。この「有楽町で逢いましょう」は60年も昔の曲なのに、すらすらと歌詞が浮かんでくる。
 あなたを待てば雨が降る。濡れてこぬかと気にかかる。雨もいとしや歌ってる。甘いブルース。あなたと私の合言葉、有楽町で逢いましょう。ビルの谷間のティールーム。ああ、風景まで浮かんでくる。そうなのだ。この歌、有楽町駅前で開店したデパート「そごう」をPRするためのCMソングだったのだ。そしてこの歌がヒットした翌年、ボクの家族は内幸町に引っ越しをする。有楽町までは歩いて5分。それから毎日、有楽町駅前のデパート「そごう」はボクの遊び場になったのである。風景が浮かんで当たり前なのである。

▲ 懐メロを歌うラジオや秋の夜


0920・水・新月・動物愛護週間・

 またまたNHKマイ朝ラジオの受け売りである。1945年の今日、終戦の結末として教科書の墨塗りが始まった。当時の文部省の通達で教科書に書かれていた軍国主義的な記述を墨で塗りつぶして削除したのである。この方針の大変換を当事者の子どもたちはどう受け止めていたのだろう。それまで国のために死ぬことを教えてきた学校教師たちの態度変換に怒りを感じていたのではないだろうか。国は信用できない。大人は信用できない。そうした子どもたちの中には空襲で親を失った戦災孤児たちもいたことだろう。そしていつか、その子どもたちが日本を高度成長に押し上げていくのである。だからこの時代の後期高齢者たちを大切にしなければならないのである。勝手に年金のシステムをいじくったりしてはならないのである。

 もう世界のどの都市もオリンピックに立候補してくれない。ここにきてパリとロサンジェルスしかオリンピックをやってくれる都市がない。アテネに固定するか、それともオリンピックをやめてしまうか、もうそれしか選択肢がない。とにかく金がかかり過ぎるのだ。ことに2020年の東京オリンピック。コンパクトにやれるはずが、どんどん話がでかくなり、今や転がるユキダルマ状態。オリンピックを水戸黄門の印籠みたいに振り翳し、われもわれもで自らの懐に利益誘導する。それじゃオリンピックを安上がりにできるわけがない。おかしいじゃないか。日本国は世界最大の赤字国家じゃなかったのか。納得できないなぁ。

 これも台風18号の影響だろうか。また暑くなってきている。そして痒くてたまらない。そう。この暑さをチャンスに蚊のアマゾネス軍団が子孫繁栄のため、必死になって血液を集めているのである。

▲ 秋晴れや猫苛めるな下校の子


0921・木・

 1934年、昭和9年の今日、室戸台風が日本に上陸、猛威を振るった。四国の室戸岬測候所で912ヘクトパスカルという記録的な低い気圧を観測。その後、西日本を直撃し、死者行方不明者は3036人にのぼる。今も昔もこの季節、日本列島は台風銀座となるのだ。嬉しくない銀座となるのだ。

 存亡の機か、それとも存亡の危機か。足を掬うか、それとも足元を掬うか。文章の触りとはその要点のことなのか、それとも冒頭部分のことなのか。本日のラジオ世界では言葉が話題になっている。たとえば話の触りである。義太夫の世界では触りを最も感動的な部分としているが、一般的には話の概要ということになっている。けれど最近は話しの冒頭部分と思っている人が圧倒的だという。言葉は変化する。民衆が不勉強であればあるほど変化する。知恵熱(ちえねつ)もそう。幼児の発熱を意味するのが正しい説なのだが、このボクも知恵熱を無理して頭を使ったときに出る熱と誤解して覚えていた。言葉は社会のもの。ボクらは日本語の正しい意味と使い方を理解して、個人的な誤りを修正していかなければならない。でなければ言葉の正しい作法が失われ、やがては社会が機能不全に陥ってしまう。けれども衝突を懸念するあまり、人々は他人の誤りを指摘しなくなっている。だからラジオやテレビの言葉に耳を傾けたとき、アナウンサーでさえ日本語が怪しくなってきているのである。ああ、誰か修正してやってよ。ボクのこの言葉も含めてね。
 そうそう、言葉問題のついでですが、重箱読みに対して湯桶読み(ゆとうよみ)という言葉があるのをご存じでしたか。これ、コボちゃんに聞かれて調べたんだけど、まさか音訓読みの重箱読みに対して訓音読みみ該当する単語として湯桶読み(ゆとうよみ)なんて言葉が存在することも知らなかったのです。そう。どれもまとめて重箱読みで済ましていたわけです。ようするに我々は日頃、言葉を学ぶ努力を怠っているのです。と反省すること頻り。

▲ 曲がり角夕餉の匂い秋の暮れ


0922・金・

 本日の東京の予想最低気温は20度、最高気温は25度。日の出は5時29分、日の入りは17時38分。季節は確実に冬へと移行している。どんどん夏から遠ざかる。悲しくてたまらない。

 キーボードの打ち込みに難儀をしていたら、爪がのびているのに気がついた。専用研磨具で手入れをしていたら、TBSラジオ「おはよう一直線」のラッキー星占いで9月生まれは爪の手入れをするとよいといっているのが聞こえてくる。不思議なんだけど、この占い、よく当たるのです。

 野良犬といおうか、それとも野良狐といおうか、パタパタとトランプの横で尻尾を振っている安倍晋三が恥ずかしくてたまらない。この姿、他の国の人々の目にはどんな風に映っているのだろうか。独立している国々の指導者の目にいかに映っているのだろうか。あれは犬の態度だよな。属国の姿勢だよな。奴隷のポーズだよな。そんな感想ではないだろうか。そんな安倍晋三がトランプの隣で尻尾を振りながら解散風を吹かしている。その風を利用してモリカケ問題に煙幕を張ろうとしている。小池百合子の隙をうかがい、民進党の弱体化に乗じて卓袱台返しをしようとしている。冗談じゃない。逃げようたって、そうはさせるもんか。

 猛烈に久しぶり、初恋の人と長電話をしていたら、彼女がおれおれ詐欺に引っかかっていたことを知らされる。銀行員が気がついてくれ、未遂に終わったそうである。ラジオの広報で、
「あなたにもかかってくるオレオレ詐欺」
てなコピーがあるが、まさかの本当なのである。哲学者の内山節(うちやまたかし)さんによれば、日本人は狐に騙されなくなったそうだが、オレオレ詐欺にはどんどん騙されているし、アベちゃんにもまたまた騙されようとしている。それにしても初恋の人がオレオレ詐欺に引っ掛かるなんて、つまり、俺もそういう年齢になっているのです。ああ、ショック、ショック、大ショック。

▲ 秋の風吹き荒れている永田町


0923・土・秋分の日・秋分・彼岸・

 1943年の今日、旧日本国政府は徴兵で戦地へ赴く男子を確保するために事務補助や車掌、理髪師など17の職種について男子の就業を禁止。同時に男子に代わる労働力を確保するため、25歳未満の未婚女子を中心に編成した女子勤労挺身隊を動員する。戦時下の労働力を確保するための旧日本国政府の悪あがきである。そしてこうした無理強いを可能にしたのが旧大日本帝国憲法。今、安倍政権は国民を巧みに騙して現行憲法をこの帝国憲法に近づけるための画策をしている。今回の無理矢理の解散総選挙もその陰謀のひとつ。そして困ったことに北朝鮮がその手伝いをしているのである。アメリカに甘えてるだけに見えてる駄々っ子の金正恩。そして甘やかしている中国とロシア。風が吹けば桶屋が儲かり、ミサイルが飛べば憲法が改悪される。そうなのだ。本当に悪いやつは何が何でも利用するのだ。

 朝から雨が降っている。そして今日は秋分である。一日が夜と昼とで半分ずつということになっている。そしてボクは朝からトレーナーを着ている。もうTシャツ1枚ではいられない陽気となっているのだ。そしてボクは朝から桂米朝のご著書「落語と私」を読んでいる。小沢昭一がそのあとがきを書いている。この書物が出版された頃、おふたりともご存命だったのである。そして永六輔のご著書「大晩年」も並行して拝読している。2017年の秋分の今日、亡くなった先輩諸氏の言葉が生きている自分の中で生かされようとしている。書物は人生というリレー競技のバトンみたいなものなのかもしれない。

▲ 焙じ茶をすすりたくなる秋の雨

◇ バーチャル『奥の細道』コース  ありがとうございます。
立石寺に到着、通過しました。次は新庄。あと、118,665歩です。

現在の歩数は1,655,335歩。三度目の徘徊です。
奥の細道を三度もウロウロするなんて、よっぽど東北が好きなんです。
元気よく歩きます。


0924・日・

 日曜日の朝のお楽しみはNHKマイ朝ラジオの「生き物いろいろ」。今朝は東海大学海洋学部客員教授、西源二郎先生によるトビウオのレクチャーである。この魚、意外なことに回遊魚であるという。秋刀魚と同じく回遊魚であるという。夏になると熱帯から北海道まで北上してきているらしいのだ。稚魚の時代は海に浮かぶ藻の中に隠れて育つという。このあたりも秋刀魚とちょっと似ているかもしれない。けれども胸鰭と腹鰭の形が蝶みたいに見えるところはやっぱり秋刀魚とは違って、海の中に蝶がいると不思議がられることもあるという。胸鰭と腹鰭とで4枚、種類によっては蝶のように美しい模様まであるらしいのだ。
 トビウオが空を飛ぶのはもちろん捕食生物から逃れるためであって、レジャーやスポーツ、楽しみのためじゃない。時速30キロから50キロで海面から飛び出し、記録では400メートルを40秒も飛行することもあるという。釣り船に乗っているとき、船頭さんから
「ほれ、トビウオが飛んでいくよ」
と幾度も教えられたのに、その一度も見ることのできなかったのはボクの動体視力の悪いせいばかりでなく、そのスピードの速さを事前に知らされていなかったせいなのだ。もっと緩やかに飛ぶものとばかり思っていたせいなのだ。この飛行を可能にしているのがその肉体的構造。まず、胃袋がないことに驚かされる。食べた餌を可能な限り速やかに消化し、排泄するところは鳥類にも似ているが、似ているのはそればかりではない。骨格に空間が多く、あらゆる方向から体重を軽量化しているところも鳥類と酷似している。というわけで、体重を軽量化するため、無駄な脂肪分のないトビウオの刺身はとてもおいしいらしいのだが、残念ながらボクはまだ食したことがない。トビウオという食材に興味を覚えなかった自分の責任ではあるのだが、いつか食べたいものである。アゴといって、トビウオのだしもおいしいと聞いているが、これまで味わう機会に恵まれてないことも残念である。ああ、秋の朝にこういうことを考えていると、たちまち腹が減ってくる。

 と、そんな同じ朝なのに、朝から朝鮮半島の揺れがニュースになっている。朝だから朝鮮半島という駄洒落ではない。グラグラと揺れたのだ。原爆や水爆で穴だらけの朝鮮半島が揺れたのだ。観測された地震は2度。マグニチュード2.6とマグニチュード3.2の地殻変動。地震の規模が小さいので水爆などの核実験でなく、自然現象であろうと推測されている。震源は核実験場から6キロの地点。やっぱり先日の水爆実験の後遺症なのだろう。あれだけボカスカやられたら、地下とはいえ、地球に影響のないはずがない。人工衛星から見てもデッカイ穴がポッカリと空いているというじゃないか。さてトランプ、この連続核実験にどうリアクションするつもりだろう。ここはソウルのアメリカ人の動きに注目しておきたい。アメリカがアクションを起こせば北朝鮮も反撃するだろう。そしてソウルは38度線からわずか数十キロ。アメリカ人が消えたら、どうかみんなも逃げて欲しい。ソウルに暮らす韓国の友人たちに死んだり怪我をしてもらいたくないのだ。もちろんボクも逃げ出します。朝鮮半島はお隣ですから。でも、どこへ逃げればいいのだろう。とほほ。

 大相撲秋場所は今日が千秋楽。あんまり盛り上がらなかったよね。結局、ひとり横綱の日馬富士が優勝して役目を果たした感じ。頑張ったのは遠藤と琴奨菊。途中まで頑張って期待させてガッカリさせたのがひとり大関の豪栄道。せっかくのチャンスを逃して優勝できなかった。ここが彼の弱点なんだよね。力だけじゃ勝てないのが相撲の道なのです。あああ、勿体ないことをしたもんだ。

▲ ぽっかりと胸に風穴秋の夜




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