全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2017年5月22日~28日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0522・月・

 2002年の今日、身体障害者補助犬法が成立した。障害者が盲導犬、聴導犬、介助犬などを伴って交通機関や公共施設を利用できるようになたというんだけども、本当かなぁ。だったらいいんだけどね。ボクが盲導犬アリーナに導かれて街を歩くようになったのは1992年のことだった。けれど、ほぼ毎日が闘いだった。街に出るのがまるで喧嘩を売りに出るみたいで、いつも鼻の穴を膨らませ、肩を怒らせての臨戦態勢で歩いていた。この法律の成立過程においても、中部盲導犬協会の川西光所長に誘われ、アリーナとオブザーバーとして参加している。盲導犬が盲人の暮らしを助けるはずが、その盲導犬と行動することによって飲食店に拒否され、空腹を抱えて街をうろつくことなど、数え切れないほど経験していたからだ。盲人の暮らしをサポートするはずの盲導犬の活動を阻害しているのは街の無理解と差別だ。臭い物に(くさいものに)蓋。そう。盲人は他の客にとって単なる臭(くさい)い物に過ぎないのである。ボクとコボちゃんと、そしてアリーナと歩いた12年間で街の盲導犬環境をかなりなレベルまで改善できたのはボクが全盲のイラストレーターという職業のせいかもしれない。マスコミにもずいぶん助けていただいた。美術館、動物園、博物館、首相官邸に赤坂プリンスホテル、クラシックにロックコンサート。ときに闘いながら、ときに歓迎されながら、ボクとコボちゃんはありとあらゆる場所と機会にアリーナを伴って参加したのである。そして盲導犬の優秀性を認めさせてきたのであった。それら闘いは無駄には終わらなかった。今でもそう信じている。

 NHKのマイ朝(まいあさ)ラジオでは熊本県菊池のリスナーからの、ホタルが乱舞しているという便りが紹介されていた。菊池は清らかな水の名所。その美しい土地が水害でやられ、ホタルが激減してから久しいが、その激減していたホタルたちが復活して今年は乱舞しているというレポートである。水害にやられ、去年は地震にやられた菊池だが、ホタルたちが戻ってきて本当によかったと思う。それにしてもホタルたち、羨ましい限りである。ただ光るだけで無条件に持ち上げられ、チヤホヤされるんだから。あの臭くて嫌われてるカメムシだって、どこかが光っていれば少しは大切にされたかもしれないし、ゴキブリだってツヤツヤしてるんじゃなく、ピカピカ光っていれば、蛍の光みたいに歌に歌ってもらえたかもしれないのだ。
 さて、今度はオトシブミの話題。別のリスナーからのお便りである。このオトシブミという昆虫、実に魅力的な生き物。母親が葉っぱに卵をを産み付け、それをくるりと巻いて地面に落とし、やがて生まれてくる幼虫のお食事と住宅にしてやるなんて、とても気の利いた生き物。けれども残念ながら、ボクは一度も見たことがない。いや、見ていたのかもしれないが、気がついたことがないのである。見ないということは知らなかったということ。そしてまた知らないということは見えない、ということでもあるのだ。

▲ うるさいぞ蠅が出たぞと騒ぐやつ

0523・火・

 故人となられた西村滋先生の奥様からお電話をいただいた。先日、ご命日ということで留守電にメッセージを吹き込んでおいたのである。ご丁寧なお心遣いに観劇。思わず先生によろしくと申し上げたら、奥様もそうするとおっしゃった。さすがは西村先生の奥様。素敵なご返事である。先生からは何度も奥様のことをうかがっていたので、感激も一入だった。

 あのメガマウスが死んでいた。昨日、千葉沖で捕獲された深海鮫のメガマウスが生簀に放され、優雅に泳ぐ姿が映像などで紹介されていたというのだが、残念なことに本日、そのメガマウスが死んでいるのを発見されたという。仕方ないよね。深海に暮らすお魚を水面近くで泳がすのだから、そりゃ長生きはできないわさ。このメガマウスという鮫、鮫は鮫でもジンベエザメと同じようにプランクトンを餌とするおとなしい鮫。ただし、プランクトンを餌とするヒゲクジラやジンベエザメが巨大であるように、このメガマウスも巨体である。今回捕獲されたメガマウスも体長5メートルの巨大なメス。見る人によって印象は変わるのだろうけど、この大口の鮫、メガマウスを可愛いとする女性もいるという。残念ながらボクはこの深海鮫の姿を知らないのだが、かなり魅力を感じてます。ま、水槽で飼育しようとは思いませんけれど。

 午後、やり直した原画を抱えて打ち合わせのアルルカンにいったら編集長まで待っててくれて、ご丁寧に謝罪していただいた。そんな、申し訳ない。編集部とは長いお付き合い。たまにはそんなこともあるでしょう。と、そこからマニアックな会話が始まった。やり直し前の原画には旧日本陸軍のサンパチ式歩兵銃が描かれていた。作者が若くして戦地で散ったということで、そういうモチーフを選んだのである。盲人の描くサンパチ式歩兵銃が実に正確だったということでマニアックな会話が始まり、精巧な戦車や戦闘機で少年たちの心を奪ったタミヤのプラ模型までに話題は発展する。すると同席していた女性記者まで会話に加わった。プラモデルのボックスアートで高名なイラストレーター、高荷義之(たかによしゆき画伯の原画展を見たことがあるというのだ。実は氏のご子息と女性記者、友人関係にあるということで、話はますます盛り上がる。やり直しにはなったけど、今度の件は怪我の功名となったのである。
 怪我の功名が無事終了して、今度は犬も歩けば棒にあたる。経堂駅前から隣の豪徳寺駅前までアルルと散歩することになったのである。打ち合わせをしている間、コボちゃんが家からアルルを散歩させに連れてきたのである。ならばついでだ。豪徳寺の鳥武(とりたけ)まで焼き鳥を買いにいこう、ということになったのである。歩き出すと、気持ちのいい夕方だったため、次々に知り合いと鉢合わせ。温室喫茶店のマスター、ボクらは勝手にグラスハウスさんと呼んでいるのだが、実は喫茶店は廃業して、その後は不動産屋さんとしてお世話になっているオヤジさんにばったり鉢合わせ。しばらく立ち話をしてからまた歩き出すと今度はマルチーズのマリアちゃんに鉢合わせ。セレブな飼い主さんとそっくりで実にジェントル。下々の犬、アルルとはあまり遊んでくれない。けれどもまたまた歩いていくと、今度は仲良しのコーギー、メイちゃんとバッタリ鉢合わせ。すぐに空中戦が始まった。おばあちゃんのアルルだけれど、メイちゃんとだけは今でも空中戦を展開するのである。経堂から豪徳寺までの散歩道、夕方は犬だらけでアルルは実に幸せだったのであるる。

 稀勢の里がまた負けた。これで4敗である。そろそろ休場した方がいいような気がする。もう与えられた今場所分の役目は果たしたんだと思う。早く充分な休養をとり、来場所でまた優勝してもらいたいと思う。

 共謀罪法案が衆議院を通過してしまった。強行採決で通過してしまった。一方的な理屈で一方的に国が曲げられていく。そんなんでいいのか、馬鹿野郎。新しい体制になったとき、この法律が凶器とならない保証はどこにもないんだぞ。泣いたって知らないからな。

▲ 焼き鳥のけむにまかれて夕涼み

0524・水・

 1878年、明治11年の今日、日本で初めての障害児教育が始まった。視力や聴力に問題のある児童たちのための教育施設が京都に開かれたのだ。翌年、この施設は府立学校となり、本格的な障害児教育へと展開していく。明治政府のこの決断、意外に早いという印象もあるが、江戸時代の障害児教育はどのような実態だったのだろうか。伝承話芸の落語から想像すると地域社会が弱者に対して温かくケアしていたはず、という気がするが。いずれにせよ、日本にも世界にも優れた視覚障碍者や聴覚障害者が数多くおられるのは、こうしてあらゆる環境の人に学ぶ機会が与えられているからに相違ない。

 あのロジャームーアが亡くなっていた。三代目のジェームスボンドである。89歳、癌だったという。ゼロゼロセブンシリーズの原作者のイアンフレミングは大の鳥類マニアだったと聞いている。そしてその彼の愛読していた鳥類図鑑の著者の名前がジェームスボンド。そう。あのスーパーヒーローの正体は鳥の博士だったのである。

 稀勢の里がやっと休場を決意してくれた。そう。それでいいのだ。無理をしてはいけないのだ。大関だったら許されない休場だけど、横綱だったら休みたい放題。やっと横綱になれたんだもん。堂々とお休みを楽しんでくださいな。聞けばこれまで、たった1日だけしか休んでいないそうじゃありませんか。強い君の唯一の弱点はその真面目さにあると思うのだよ。

▲ もこもこと急げや毛虫つぶされる

0525・木・

朝の散歩から戻ってきたコボちゃんが前川喜平って誰、と聞いてくる。でボクは、今話題の人じゃないかなと答える。あんまり達筆なので、本当にそう書いてあるかどうかは確認できないんだけど、そういう名前の表札のある邸宅を見張っている黒塗りのクルマがいるらしいのだ。となると、もしかすると話題の人物はご近所、ということになるのかもしれないのだ。話題の人物といっても悪いことをしたわけじゃない。まともな人物なのだ。安倍政権の暴走を食い止めようとする正義の人なのだ。官房長官があいつは悪いやつなんだ、みたいなことをいってるけど、お前の方がよっぽど悪いやつじゃないか。どこかの新聞が怪しげな店に出入りしてたといってるけど、そんなん、個人の自由じゃないか。お役所の人間だろうと新聞社の人間だろうと昔は堂々とノーパン喫茶やノーパンシャブシャブに顔を出していたじゃないか。スケベだから悪人というのなら、男も女もすべて悪人になる。君もオイラも悪人だ。彼も彼女も悪人だ。なんで現役のときに訴えなかったのか、というご意見もあるらしいが、役人が役人でいる間、政権にあれこれ忖度するのは官邸に役人の運命を握られているからだ。だから辞めた役人しか本当のことをいえないのだ。それにしても黒井クルマの連中って、どんな連中かな。まさか殺し屋じゃないと思うけど、もしかしたらニッポンの人民日報と評判の高い例のあの新聞社が噂の人物の何か新しい弱みを探ろうと張り込んでいたのかもしれないね。知らないけど。

 憲法軽視の発言が続いている。首相にせよ自衛官にせよ、憲法改正を前提にした発現が許されていいものだろうか。そもそも公務員は憲法順守。それが憲法改正を前提にして公務員を続けてはならないはず。あんたら、憲法を理解して現在の業務を遂行してんじゃないの。この国ではね、憲法違反はしちゃいけないことになってんだよ。権力者が自分を縛る憲法を改竄しようとする。そんなん、エンガチョに決まってるじゃん。

▲ 蚊が出たぞ右手の甲が痒いのだ

0526・金・新月・

  朝の雨の音。静かな朝の雨の音。部屋の中に流れ込む。そういえば去年のこの日、ゾウのハナコが死んだのだ。井の頭文化園のシンボル、あのハナコが亡くなったのだ。昭和24年にタイからやってきた戦後初めてのゾウ。戦争で動物園の猛獣がみんな殺されて、猛獣じゃないゾウたちもみんな殺されて、動物園にゾウもライオンもトラもキリンもいなくなってしまったこの日本に、初めてやってきてくれた最初のゾウ。ボクが6歳になった昭和29年に井の頭文化園で飼育されるようになり、その頃からボクはおばあちゃんに連れられてハナコに会いにいくようになった。そのおばあちゃんが亡くなってからも何度も何度も会いにいった。電車で会いにいった。オートバイで会いにいった。恋人と会いにいった。奥さんと会いにいった。盲導犬とも会いにいった。そして奥さんと離婚してもボクが失明しても、その盲導犬が死んでしまってもハナコは元気で日本の子どもたちの相手をしてくれていたのだ。ハナコ、69歳だったという。今頃、ハナコは光のゾウとなり、神様の世界で遊んでいることだろう。

▲ 麦の秋やさしいゾウのおばあさん

0527・土・

 静かな午後である。窓を開け放してある。ラジオは消してある。だから外の音がすべて耳に飛び込んでくる。おや、あの音は何だろう。遠くで響く音楽。まさか駅前スーパーの呼び込みの放送が聞こえてくるわけではあるまいな。遊園地の広場で聞こえるような音楽にも似ているぞ。などと思っていたらいきなり、横浜ドリームランドを思い出した。高校受験に成功したら横浜ドリームランドに連れていく。そういう約束だった。ディズニーランドなんか夢のまた夢だった時代、横浜ドリームランドは文字通り、日本の夢の世界だったのである。1964年の春、高校受験に成功、ボクの夢は実現して、その夢の国へと母親がボクを連れていく。受験をしたんでもなく、ただ中学校に入学したということだけで弟も連れられていく。騎兵銃を捧げ持ち、バッキンガム宮殿の衛兵を真似て直立不動で突っ立っている赤い制服の門番を横目で眺めながら満艦飾のゲートをくぐると目の前に夢の世界が広がった。目玉のアトラクションは本当に水の中をいく潜水艦と月世界探検ロケット。潜水艦は本当に水の中を進んでいったが、月ロケットは本当に飛んではくれなかった。頭の上と足の下のふたつの丸いスクリーンを囲んだ座席に座り、ロケット発進の轟音の瞬間、椅子が揺すぶられるだけ。真っ暗な空間の足元には遠くなる地球、頭の上のスクリーンには迫りくる月。というだけのアトラクションであったが、それでもわくわくして、その未知の世界に心を奪われていた。月ロケットが月の裏側にさしかかると照明弾を発射して、真っ黒なその裏側を明るく照らす。不思議なことにこの月ロケット、裏側が夜になるタイミングで打ち上げられていたのである。そして月ロケットが裏側を離脱する直前、我々は文明の痕跡を月の裏側に発見するのである。ところが1968年にアポロ8号が実際に地球を離れ、月の周回軌道旅行に成功し、そのアトラクションの役目は終わってしまう。1971年、できたばかりの恋人と再び訪れたドリームランドからは、その月ロケットは消えていた。それでも横浜ドリームランドは頑張っていた。初めて経験した宙返りコースターも横浜ドリームランドだったし、カリブの海賊を思わせるアトラクションや、野生動物のかわりに恐竜の出現するジャングルクルーズは、長く日本のディズニーランドとしての役割を果たしてくれていたのである。横浜ドリームランド、今はどうしているのだろう。健在でいるのかしら。短い夢だったけど、今でも感謝しています。

 トランプがブリュッセルで開かれたNATOの首脳会議で記念撮影のとき、モンテネグロの首相、マルコビッチ氏を手でおしのけ、最前列に出たという映像が世界にばら撒かれて赤っ恥をかいちゃった。こうなるとトランプがただの馬鹿なおっさんであることがますますバレていく。アメリカよ、このただの馬鹿おやじを早く引っこめないと、世界から仲間はずれにされちゃうぞ。

 せっかく横綱になった稀勢の里が休場しているとはいえ、関脇高安が横綱日馬富士(はるまふじ)を破って大関昇進を確実にして、白鵬が1年ぶりの優勝を決めて、ますます盛り上がってる大相撲だが、ほんの最近まで、国技館は閑古鳥が鳴いていた。ではその前の相撲ブームはいつだったかというと、それは貴乃花と若乃花の兄弟力士が活躍していた世紀末の頃のこと。1998年の今日、その若乃花の横綱昇進が決定した。これで弟の貴乃花との史上最初の兄弟横綱が誕生したのである。

▲ 花の下ケムシのようなヒゲオヤジ

0528・日・

 お昼からは日曜日のお楽しみ、NHK「素人喉自慢」。本日は土佐の高知からの生中継。土佐の高知は歌の上手な人が多い。なのに合格者が少ないのはどうしたことだろう。審査員の機嫌が悪いのかな。さて、本日のゲストは演歌ポップスグループ、はやぶさ。三人組のユニットである。番組の中で自分たちの歌を披露するのだが、これがなかなかよくて、早速YOUTUBEで試聴した。うん。ますますいい。みんな筋金入り、本物の演歌歌手です。おまけにみんな若くて生きがいいらしい。これは注目ですよ。もしかしてファンになっちゃうかもね。

 15時18分、グラリとくる。地震だ。久しぶり、ぐらりときたのである。埼玉県南部、深さ120キロが震源の、大した揺れではなかったけれど、震源の深いから広範囲が揺すられたんだろう。そんな揺れ方だった。こいつはでかくはならないぞ。ボクもアルルもそう感じていたのは、ボクもアルルも居眠りを続けていられたからである。

 大相撲夏場所の千秋楽である。白鵬が観衆に
「ただいま戻って参りました!」
と叫んだ千秋楽である。横綱日馬富士を破っての全勝優勝であったのだ。おめでとう。白鵬の必死の奮戦に心からの拍手を送りたい。1年ぶりの完全復活。本当によかったね、おめでとう。白鵬の強さは肉体ばかりではない。知性の強さも無敵さを高めている。強くて当たり前、勝って当たり前の横綱がいると相撲人気が落ちてくる。白鵬もつらい立場にあったのかもしれないね。稀勢の里の横綱昇進で大相撲も救われたし、白鵬も救われた。そういうことなのかもしれない。

 世間はカールがなくなるというので大騒ぎ。闇カールまで出現するという騒ぎである。そんなに騒ぐのなら、もっと食べておけばよかったのに。食べてないからなくなるのだ、といっても既に手遅れ。で、ボクはカールが好き、というよりはカールのコマーシャルが好きだった。麦わら帽子をかぶったカールおじさんのキャラクターが好きだった。あののどかなキャラクターとその動きは今もボクの目の中に残っている。実はあのキャラクター、モデルはアニメーターの石原均さん、キンさんだという噂がある。ボクの周囲だけで、だけれども。カールおじさんはアニメーター、ひこねのりおさんの作品。そしてひこねさんとキンさんは大の仲良しだったのだ。キンさんが亡くなって久しいが、今も年に一度くらいは、そのキンさんを懐かしみ、ひこねさんと酒を酌み交わす。ひこねさんはカールおじさんがキンさんだとはいってくれないが、キンさんの顔を知らないボクはカールおじさんを思い出しながら、キンさんの顔をイメージするのである。カメラマンの青木岳志さんを誘ってニューヨークに駆けつけ、ボクの個展を手伝ってくれた恩人のキンさんは、実は失明後の友人であったのだ。そのキンさんのカールおじさんのお菓子が東日本から消えてしまうことは寂しい。まるでキンさんの思い出がこの世から消えてしまうように寂しい。ああ、またひこねさんと飲みたくなった。毎年の七夕では、カメラマンの青木岳志さんのスタジオクラスターで、ひこねさんと会えることになっている。来月はいよいよその会である。いよいよその日がやってくるのだ。もしかしてカール、食べられるかな。

▲ 白い鳥はばたき直す夏相撲

◇ バーチャル『奥の細道』コース  白石に到着、通過しました。
次は仙台。笹かまぼこが名物です。それをつまみにちょいと一杯やるには、
あと、82,821歩が必要です。

現在の歩数、917,179歩。三回目のトライです。



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