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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年11月26日~12月2日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1126・月・ペンの日・いい風呂の日・

 1974年の今日、田中角栄総理大臣が辞意を表明した。金脈問題による政局混乱に対する道義的責任がその理由とされていた。ということで田中角栄で思い出せる話です。
 1972年、オイラが初めてヨーロッパに出発した直後の7月7日が田中角栄総理大臣就任の日だった。けれど、初めての欧州放浪旅行中のオイラに、田中角栄が総理になろうと、ゾウリムシになろうと、そんなこたぁ、オイラの知ったことじゃない。けれど、ロンドンからネス湖までヒッチハイクで旅したり、リバプール駅でジョンレノンの声帯模写でロンドンまでの切符を買ったり、憧れのパリの路上射的場で生まれて初めてルガーP08なんかの本物のピストルによる実弾射撃を体験した後、欧州大陸間急行、TEEでパリからジュネーブへ移動し、ユングフラウヨッホを擁するグリンデルワルドのホテルのカフェバーのテレビで田中角栄の姿が大写しにされているのを見て、ああ、この人が我が国の今の総理大臣なんだな、と改めて田中角栄という人物を認識させてもらったのである。そして忘れられないのが、カフェバーの専属ピアニストがそんなオイラのために彼の知っている日本の曲を次から次へと演奏してくれたことである。
 このホテルでは女性で初めて世界三大北壁を征服したアルピニスト、今井通子(いまいみちこ)さんが滞在しておられて、その昼間、一緒にお茶をするという名誉をいただいたし、ユングフラウヨッホを終点とする山岳登山電車の中で詩人で絵本作家、女優岸田今日子さんの実姉、岸田衿子さんに偶然に初お目見えして同じ絵本作家として意気投合し、それ以来、失明後も長くお付き合いを許されるという幸運にも恵まれた日で気分がよく、これら出来事と田中角栄総理就任は不思議にもめでたく結びついているのである。
 やがてその年、田中角栄は日中国交正常化を果たし、中国における英雄となっていくわけだが、この政治的判断にもボクは拍手を送っていた。ところが突然のロッキード事件である。金権政治問題である。途端にマスコミも世論も田中角栄に対して態度を硬化させた。オイラもえらく腹を立てていた。ところが田中角栄に有罪判決が下り、ご本人がお亡くなりになってから久しい今となって、田中角栄についての評価に方向変換が成されるようになってきた。石原慎太郎の著書「天才・田中角栄」も読みごたえがあったし、現在も週刊文春に連載中、真山仁(まやまじん)氏による巨弾ノンフィクション「ロッキード・角栄はなぜ葬られたのかを興味深く拝読しているところである。出来事から遠く離れてみないと、人はなかなか冷静に物事を判断しないものなのかもしれない。そういう意味ではこの自分も、過去を振り返って顔の赤らむことばかりである。大いに反省したいものです。

 今年は愛犬アルルの肺癌騒ぎで、生きた心地もしない半年間だったけど、アルルにその片肺除去というヘビーなオペに耐えられる体力をつけてもらおうと、コボちゃんはときどきアルルにステーキを焼いて食べさせていたし、今も食べさせている。というわけで、週末もコボちゃんはアルルのためにステーキを焼いていた。すると、アルルだけでなく、猫のミミコも、人間のオイラもステーキの出来上がりにわくわくする。コボちゃんがキッチンに立ってフライパンに牛肉を投じると、その音と匂いに誘われて、猫のミミコもオイラもキッチンに駆けつけることになる。コボちゃんの足元にはアルルと猫のミミコが仲良く並び、コボちゃんを見あげるだけでなく、猫のミミコなんか、ニャーニャーと声を発してやかましくてしょうがない。あんまりミミコが鳴くものだから、とうとうアルルはミミコのために焼いているのだと誤解して、コボちゃんの足元でくるりと方向転換、立ち去ってしまう。アメリカンステーキとかオーストラリアンステーキとか、決してお高いステーキじゃないけれど、こうして肉の塊を中心に犬と猫と人間のオイラのドラマが繰り広げられていくのである。ちゃんちゃん。

▲ 犬と猫ステーキ食って冬籠り


1127・火・

 1959年、昭和34年の今日、日米安保改定阻止を掲げたデモ隊、およそ2万7千人が二度にわたって国会構内に突入した。国会史上初めての騒乱となり、警官隊とデモ隊、合わせて300人以上が負傷した。当時、オイラは永田町小学校の5年生で、あの初冬は伊勢湾台風の爪痕に心を痛めていた頃だった。目と鼻の先でそんな大事件が勃発してるなんて、あんまり意識をしてなかったけど、本格的に安保反対運動が気になり始めたのはその翌年、オイラが6年生になって、教室が屋上よりも高い部屋に移されてからだったと思う。なんせ、全学連のデモ行進が連日のように目の下を通過していくのである。となれば、学生たちのシュプレヒコール、
「安保反対、岸信介、辞めろ」
が耳について離れなくなる。というわけでデモ行進にすっかり洗脳されたオイラは、それ以来反権力が全細胞に染みついて、現在の安倍政権嫌いも、その当時からのDNAなのである。ま、あの人のことが嫌いというのは、ほとんど人間としての生理的反応なんだと思うけどね。そういう人たちには、ぜひとも選挙は棄権なさらないでいただきたい。

 東京の日の出は6時28分、日の入りは16時29分。どんどん昼間が短くなります。そして来月になれば、あっという間の冬至。そしたらまたお日様が復活するのです。

 もしかして大阪方面は2025年の大阪万博で盛り上がってるのかもしれないけれど、今度も1970年万博みたいにうまくいくのかしら。喜んでるのはカジノで稼ぎたい外国資本だけじゃないのかしら。とにかくオイラは南海トラフで予想される巨大地震のことが気になって仕方ないのです。だってこの万博、埋め立て地でやるんでしょ。でっかい津波がやってきたら、火ともパビリオンも、みんな流されちゃうんじゃないかしらね。ついでにカジノも流されちゃえ。

 狭い上にオンボロな仕事部屋で、傍らの愛犬と愛猫、アルルとミミコの存在を感じながら、彼らをモデルにした童話「秘密のブルブル飛行猫」の執筆に集中している。実はこの童話、毎日新聞大阪版に3回に分けて連載したもので、本当は推敲と表現しなければならないところなんだけど、ますます没頭してきて、筆を加えるというより、まるで新しい作品を書き進めているような気分になってきた。最初は軽く加筆修正と思っていたのが、いつの間にかの大仕事になってしまったのだ。ま、この時期にこの作品を単行本にすることを決心したのはアルルの肺癌が切っ掛けであることに間違いはないのだけれど、これを書いているこの瞬間、何よりも嬉しいのはモデルのアルルとミミコが元気でいてくれることである。

▲ ドアノブに下げた焼き芋置き土産


1128・水・税関記念日・

 朝から外出である。おかげさまで温かい。あと少しで師走なんて、嘘みたい。代々木の山下医院で副甲状腺のエコー検査を終えると、一度帰宅して、今度はアルルを連れて川崎の日本動物高度医療センターへ。高木先生による定期健診である。アルル、高木先生にリードを取られると、いそいそとついていく。オイラは4階の待合室で待望のシーフードカップヌードルで遅いランチ。コボちゃんと待っている間にアルルのレントゲン検査も血液検査も終了。結果、アルルの健康状態は良好ということで、そのアルルが表紙になったり、女の子なのにキャプテンアルルとして登場する来年のカレンダーを高木先制に受け取っていただいた。
 赤堤に戻ったら透析まで時間がある。そこで面倒だから家に帰らずいつもの駐車場で午後の太陽光線を浴びながらジョンウィンダムの「トリフィド時代」に耽溺する。で、透析が始まっても夢中で読み続けることになる。その昔、この小説を映画化した『人類SOS』が面白くて、何度も観ていたのだが、全体の統一感がなくて、もっとこの作品を理解したいと長年にわたって気になっていたところ、とうとうサピエ図書館にその原作がアップされたのだ。ジョンウィンダムの作品はこれまでも愛読してきたが、『トリフィド時代』は彼の出世作。かなり深刻なる人類滅亡物語なのに、申し訳ない。何故かわくわくして読んでしまうのだ。ちなみにトリフィドというのは食人植物のことである。

 透析から戻ると国際ジャーナリスト、及川健二君から以下のようなメールが届いていた。

勝谷誠彦(かつやまさひこ)さんが亡くなりました。57歳でした。
お酒を飲み過ぎたみたいですね。

 ショックだった。勝谷(かつや)さんには彼のテレビ番組で取材を受けたことがある。美人アシスタントをはじめ、数人の撮影クルーを引き連れて我が家を取材してくれたのだ。ボクは彼の目の前で彼のリクエストに従い、ダックスフンドと歩くバニーガール姿の美人アシスタントのイメージ画を描いたのである。お互い、ザックバラン気質ということで意気投合し、それ以来、様々な場面で挨拶をすることになる。もちろん彼の出演するラジオにはいつも傾聴していた。及川健二君ともジャーナリスト仲間ということで、彼のパーティーでもご一緒したことがある。そういうとき、勝谷さんは必ず飛んできてくださり、丁寧に挨拶をしてくださった。いつでもどんな場面でも尊敬できる正義漢だった。心よりご冥福をお祈りする。

▲ 菊いちりん小春日和の訃報かな


1129・木・

 1947年の今日、パレスチナをアラブとユダヤのふたつの国家に分割し、聖地エルサレムを国際管理とする案が国連総会で採択された。それ以来、トラブルは多発しても、イスラエルとパレスチナはお互いの聖地を挟んでそれなりのガマンでやってきたのを、ここんとこのトランプの鶴の一声ならず、アホウドリの一声で卓袱台返しされてしまった。トランプは自分の周囲5メートルのことしか目に入らないし、おまけに人の話は聞かない、本は一切目にしないので、自分の決断の未来がまるで見えていない。自らの馬鹿を知らない馬鹿ほどコワイものはないのである。本当にこの人に核ミサイルの発射ボタンを預けておいといていいものだろうか。どうか、あの人のツイッターと一緒に、ぜひとも取り上げていただきたいものである。

 ほんじつはどこにもいく予定なしということで、童話「秘密のブルブル・飛行猫』のリライトに専念する。無責任かもしれないが、年単位の時間が経過すると、自分の作品でも修正したい箇所がいくらでも出てきて、どれだけ集中しても時間が足りなくなってしまうのだ。ただ、ありがたいのは、忘れていただけに、自分の作品を楽しめることである。

▲ 冬の空遠いサイレン気にかかる


1130・金・下弦・

 1963年、昭和38年のこの日、新宿駅西口と荻窪の間を走る都電杉並線の運転が最後となった。廃線の理由は自動車の増加と地下鉄開通による利用者の減少ということで、杉並線が撤去される都電の第一号となったわけだが、オイラは残念で仕方がない。自動車を運転しない人間にとって、都電で都会を走り回るということは、道を覚える最短の手段であったのだ。道だけじゃない。あの街のどの交差点に何の店があって、その界隈がどんな顔をしているか、移動するだけでデータ収集が可能だったのだ。そもそも路面電車だから時間の無駄がない。地下鉄なんて、いくらエレベーターやエスカレーターを完備しても、時間の無駄に変わりはない。そこでボクが興味をそそられるのが最近話題のLRTやスマートレールである。線路がなくても走れるならば、それ以上に魅力的なこともない。どうかもう一度、この東京を隅から隅まで変幻自在、自由に走り回る小さな電車の時代が再来することを心から祈るのである。そうなってくれれば、繰り返し繰り返し都電に乗る夢を見ることもなくなるような気がするのである。

 39年ぶりに木枯らし一号の発表がないということです。今日までに木枯らしが吹かなければ、今年は木枯らしなしの年となるらしいのです。となると暖冬なのか、それとも寒い冬となるのか、そのあたりは微妙と聞いてます。木枯らしが吹かないということは北極圏内に冷気が蓄積されるということで、たとえ師走が温かくても、年が明けて豪雪という事態もあり得るわけで、ここは油断ができません。ま、都会の人間としては、どうか交通マヒを引き起こす大雪だけは勘弁していただきたく、そこは冬将軍様、よろしくおねげえ、いたしますだ。

▲ 木枯らしやせめて一声鳴いとくれ


◆ 12月・師走・
1201・土・鉄の記念日・映画の日・世界エイズデイ・歳末助け合い運動・

 1873年、明治6年の今日、郵便葉書が発行されたとのこと。また1949年、昭和24年の今日、お年玉つき年賀葉書が初めて発行されたとも聞いている。師走の最初の日というのは、何か発行するのに都合がいいのかもしれないね。葉書だけじゃない。1958年、昭和33年の今日、初めて1万円札がお目見えした。それまでのお札は100円札と500円札、そして5千円札に加えての発行だった。図柄は聖徳太子で、1万円札の代名詞は長く聖徳太子とされていた。このお札、とても貫禄があって、お札まで何だか重たいような気がしてた。幼い頃の十円札なんて、お金という感じがしなかったもんね。
 一万円札というと、初めての欧州放浪のとき、懐に入れておいたこの1枚のお札が、旅の最後まで心のお守りになってくれた。不思議なもので、それさえあれば、何でもできるような気がしたものだった。今は我らが福沢諭吉先制が一万円の代名詞とされているが、あの頃から考えると、ずいぶん軽くなったよね。ま、幼年時代の十円札ほどではありませんけど。

 いよいよ師走です。平成最後の師走です。平成も今年も始まったら終わるのが決まりです。では、師走の始まり、毎月恒例、日の出、日の入りの時刻です。
 札幌の日の出は6時46分、日の入りは16時1分。仙台の日の出は6時34分、日の入りは16時17分。東京の日の出は6時32分、日の入りは16時28分。大阪の日の出は6時46分、日の入りは16時47分。福岡の日の出は7時4分、日の入りは17時10分、ということです。あああ、とうとう今年も終わっちゃうよぉ。

 サピエ図書館に2019年度版『声のカレンダー』があっぷされたので、それを参考に来年度のスケジュール表を制作しています。日の出や日没、月の満ち欠け、行事や祝日と、あれこれ書き込んでいきます。そして、お世話になった方々のご命日も。その人のご命日を決して忘れないようにと、丁寧に書き込んでいきます。師走になれば毎年の恒例になっていますが、今年も書き込むご命日が増えてしまったようです。心からご冥福をお祈りいたします。お世話になりました。

▲ 早いですこちら今年も師走です

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。22番、平等寺を仮想参拝、通過しました。
次は23番、薬王寺。あと42,347歩です。
現在の歩数、362,653歩。三度目の正直嘘つき徘徊です。


1202・日・

 本日は日本人宇宙飛行記念日です。1990年の今日、TBS記者、秋山豊寛氏を乗せたソユーズ11号が打ち上げられたからです。その当時、ボクは全盲イラストレーターとして世の中に出たばっかりで、そんなボクを、その後、親友となっていくTBSアナウンサー、下村健一氏が何度も取材してくれていて、ある夜、ふたりで寿司屋のカウンターに並んで寿司をつまんでいたら、店のラジオが宇宙からTBS記者が戻ってくると伝えている。で、同じTBSだから当然その話になるわけで、そうしたら下村氏が、もしも自分に耳鼻科的不都合さえなければ、秋山さんじゃなくって、自分が宇宙を飛んでいたのかもしれないというエピソードを披露してくれたのである。彼は最終選考でそいつが原因で落とされてしまったのだ。ということで、この記念日のことは死ぬまで忘れないことになっているのです

 NHKラジオ第2の「朗読の時間」が刺激となり、山本周五郎の短編集、「艶書」を読んでみる。するとやっぱり面白くて、以前からの山本周五郎ファンがますます猛烈ファンとなり、今度は作品「日々平安」をサピエ図書館から探り当て、何しろ単行本の表題となってないので、いちいちの目次から見つけるのは大変なんです、これも読破する。実はこの作品、黒沢映画「椿三十郎」の原作で、以前から読んでみたいと思っていたのだ。すると今度は映画が見たくなる。意外なことに、原作は浪人が偶然に出会った両家の息子を利用して職にあずかろうとするもので、原作には剣の達人、桑畑三十郎や椿三十郎というような強いおっさんは一切出てこない。黒沢明はただでさえ味わい深い原作を派手なチャンバラシーンを加えることで、誰にでも納得できる大衆娯楽作品に仕上げていたのである。となれば、「赤ひげ」はどうなのだ。ということで、またまたサピエ図書館から山本周五郎「赤ひげ診療譚」をダウンロード。これからじっくり、映画と比較しながら拝読するところです。

▲ 商店街師走たちまちクリスマス




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