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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年8月20日~26日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0820・月・

 1960年、昭和35年の今日、宇宙空間を旅した哺乳動物が初めて地球に生還した。2頭の犬などを搭載したソ連の人工衛星を地球を17周させた後、地上に無事帰還させたもので、これでそれ以前、ソ連がライカ犬を宇宙で見殺しにした悪評判を払拭できたかどうかはわからない。生き物を宇宙に飛ばした実績だけを強調したくて、その命のアフターケアをしなかったソ連は自国の後進性をアピールしてしまったわけだが、評判を取り戻すのはなかなか楽ではないんだよね。とにかくライカ犬のことではみんな怒っていたのです。ぷんぷん。

 1988年、昭和63年の今日、イランイラク戦争、いわゆるイライラ戦争の停戦が実施された。死傷者100万人、8年に及んだ長期消耗戦が集結したのである。長い戦争だったと思う。実は開戦のその日、ボクは砂漠の近代都市、ダッカの空港で足止めを食らっていたのである。ケニアからタンザニア経由、パキスタンへ向かう途中、トランジットで降りた空港でいきなり戦争が始まったと伝えられたのだ。砂漠の真ん中の近代的な空港のカウンターバーで、ちょっと癖のあるビールをちびりちびりとやりながら、今か今かと出発を待っていたのである。外は砂漠。もしも足止めが長引いたらアウト。何も状況がわからないまま不安な時間を過ごしたのである。なんせ航空会社がパキスタンエアウェイ。かろうじて英語がわかる程度のスタッフしかいないのだ。いや、ちゃうちゃう。オイラの英語が危ないのだ。で、結局離陸がOKされ、ボクらの飛行機は無事カラチに到着、数日間を過ごしてから北京へ飛び立つのである。そしてその頃にはイライラ戦争のことなんか、すっかり忘れていたよね。

 北軽井沢の蝉たちが鳴き始めた。ヒグラシでも法師ゼミでもなく、普通のミンミンゼミが鳴き始めた。おかげで夏らしい気分になっている。19号と20号の連続台風、まだ北軽井沢には影響しないでいる。それにしても台風まで安倍政権みたいに金魚のうんこじゃしょうがないなぁ。

 夏の高校野球準決勝で金足農業が勝利した。出場校唯一の公立農業高校である。口の減らない連中は金が足りない農業高校と悪口をいうが、農業高校のどこが悪い。オイラなんか農業高校と聞いてずっと応援してきたんだぞ。慶應義塾志木高という慶應義塾唯一の元農業高校を卒業したボクとしては、そりゃ応援しなきゃならんでしょう。いよいよ明日は決勝戦。白川の関を超えて優勝旗をどうか東北に持ち帰ってね。と、会津がルーツのボクは心から声援するのです。明日も勝利を祈ってます。

 気持ちよくシャワーを浴びていたらお湯がどんどん水煮なる。こりゃやばい。コボちゃんを呼んでチェックしてもらう。プロパンガスのボンベが空っぽになってしまったのかもしれないのだ。そうはならないと聞いていたのに、そうなってしまったのだ。ガス会社の人が飛んできて、切り替えがうまくいってなかったと説明される。その間、ボクは下着なしのGパントレーナー姿で脱衣場でプレクストークを聴いている。コボちゃんが退屈だろうと持ってきてくれたのだ。それにしてもお湯が出るってありがたいよね。

 遠くでロケット花火の音がする。考えてみればまだ夏休み。小学生か大学生か、それとも小学生みたいな大学生かどうかはよくわからないけど、まだ花火で遊びたい年齢なんだよね。でもアルルが可哀想。遠くの花火を気にしてます。

▲ 昼寝から犬飛び起きる遠花火


0821・火・

 2013年、平成25年の今日、ヤンキー図のイチローが日米通算4千本安打を達成。このときイチローはどんなコメントをしたっけ。覚えてないんだよね。あの人、人を喜ばせるのが苦手なのか、サービスコメントはあんまりしなかったような気がしてる。で、イチローさんは鈴木一郎時代はほとんど目立たなかったんだけど、高校野球のときはどうだったっけ。これも覚えていないのです。というか、まるで知らないのです。で、今日は夏の高校野球の決勝戦。噂によると史上初、観客動員百万人を突破するとかしないとか。100回記念大会で100万人。で、ボクは群馬の山の中の透析室から金足農業を応援してます。建物が鉄筋コンクリートじゃないので電波がよく届いてくれるのです。でもなぁ、結果はかなり面白くなかったよね。だって相手はプロだもん。

 昨日からアルルの食欲がなくなってる。コボちゃんは抗癌剤の副作用だと青くなってる。けどね、どんなに健康なワンちゃんだって、毎日ソフトクリームやアイスクリーム、200グラムのステーキを食べさせられたらお腹をこわすと思います。その証拠に夜になったら食欲回復、またまたモリモリ食べてます。よかったね、アルル。

▲ 決勝戦今日で超えたぞ百万人


0822・水・

 1981年、昭和56年の今日、台北空港を飛び立った台湾の旅客機が墜落して乗客乗員110人全員が死亡した。その中に作家の向田邦子さんもおられてテレビドラマファンや文学ファンに衝撃が走った。あれから数十年、やっとこのボクにも向田邦子さんの存在価値が少しは理解できるようになって書物や舞台で彼女のすごさをイヤというほど味わっているのです。世の中、すごい人ばかり。でも、そういう人も死んでしまうのです。ある日突然だったり、気がついたりだったり、いつか死んでしまうのです。そして特に最近、そうした人の生き死にがとても気になるのです。

 こないだは家の中に迷いこんだオニヤンマを助けてあげていたけれど、北軽井沢のコボちゃんは虫出し大作戦に忙しい。蜘蛛さん、蟻さん、カマドウマ。
「家の中にいたら死んじゃうよ」
と声をかけながら、ティッシュにくるんで窓から下へ落下させる。ティッシュのパラシュート、というわけである。このティッシュ、散歩に出たときコボちゃんが回収するんだけど、虫たちはまた努力して家の中に戻ってくるような気がする。たとえ家の中でも、虫たちはコボちゃんの知らない方法で力強く生き抜いているのです。きっとね。

 東京へ戻るまで、広い北軽井沢のスタジオを隅から隅まで掃除してコボちゃんはオーバーワークで低血糖。突然、気持ちが悪いと運転席でうずくまる。困った。甘いジュースも缶コーヒーも手元にない。とりあえずチョコレート。で、コボちゃん、しばらくして落ち着きを取り戻す。山で遭難したときの頼りがチョコレート。無駄に甘くてカロリーがあるわけではないのです。

 ハンドル操作をしながらコボちゃんが見上げると、月の横に赤い星があるという。大接近から時間は経過しているけれど、火星はまだそこいらをうろついているらしい。ま、ご近所と惑星レベルじゃ比較にならないから、ボクの感覚は物差しにはなりませんけど。

 信頼関係にある犬や猫は素晴らしい。広大なサービスエリアのパーキング、大型トラックのエンジンの唸りの真っ只中、クルマの窓を開放していても落ち着いている猫のミミコ。助手席と運転席の真ん中で伏せをして周囲をキョロキョロと見まわしている。念のためミミコのリードは手首に巻いてしっかりとホールドはしているものの、落ち着いた猫はありがたい。この地球で暮らす以上、同じ哺乳類同士、信頼関係を維持することが大切なんだと思う。とはいえ、育てておいて食べてしまう、というような残酷なことも人間はやっているけど。環境を見渡せば、そりゃ、食べればおいしい生き物だらけ。土地が変われば犬も食べます、猫も食べます。あなおそろしや。

▲ 秋の猫唸るエンジン子守唄


0823・木・処暑・

 NHK「マイあさラジオ」情報によると2015年、平成27年の今日、ブルートレイン最後の列車、北斗星が引退したという。1958年、昭和33年から運行されてきた青い客車の寝台特急として長く親しまれ、鉄道ファンのみならず、みんなの憧れの対象だったブルートレインはその半世紀以上の歴史に幕を閉じたのである。高田馬場から内幸町の鉄筋コンクリートの社宅に引っ越して、その4階のベランダから目の下の東海道本線を眺めていると、運河いいと青い色のスマートな「あさかぜ号」を目にすることがあった。最後尾には展望室。そしてきっと、あのどこかには食堂車。ああ、いつかあの青い列車に乗ってみたい。その夢がかなうのはずっと大人になってからだけど、ブルーの車体は憧れの的だったのだ。でも、調べてみたら「あさかぜ号」はブルートレインには分類されないと知ってショック。ボクは中途半端な鉄道ファンなのだ。

 本日は処暑ということで暑さも今日までということらしいが、本当にそうなってくれるかしらね。もう暑いのは充分に堪能させていただきましたから。

 吉野家の牛皿を肴に500ミリリットルの缶ビールをグビリグビリ。今日と明日との連続透析なのでそんなこともできるのだ。それにしても蒸し暑い。台風接近で蒸し暑い。19号と20号のアベック台風は20号が熱帯低気圧に格下げになったと思ったら、ひとつ年寄りのはずの19号がまだ台風として頑張っていて、朝鮮半島あたりをうろついているとか。今年はハリケーンがこちら側にやってきて台風として数えられたり、台風関係も地球温暖化の影響でやたらややこしくなってるみたいです。

▲ 遠慮して啼いてくれんか秋の虫


0824・金・

 1968年、昭和43年というとボクが大学2年生になる年で、生まれて初めて飛行機に乗ったり、京都や広島にいったりできた年だけど、その年の今日、フランスが南太平洋の海底で初めての水爆実験をやらかした。アメリカ、ソ連、イギリス、中国に次いでの5番目の水爆保有国になったんだけど、そんなもんにならんでもいいのにね。原爆でも充分なのに、水爆まで保有しようとしたのである。それにしても自分の国土が狭いからといって、お魚さんやクジラさんたちが泳ぎ回る南野海で水爆を破裂させるなんて、海洋学者のクストーさんはどうして黙っていたのかしらね。多様性かどうかは知らないけれど、フランスも不思議な国です。

 高校野球が終わってしまい、せっかくの夏休みも寂しくなってしまったけれど、今度は子ども科学電話相談室が始まった。日本全国の可愛い子どもや、可愛くない子どもの声を耳にするのは幸せな気分です。やっぱり夏休みは楽しくて、いつまでも続いて欲しい気がします。

 石破茂ちゃんが頑張っている。この人、敬虔なクリスチャンで、とある街の教会に呼ばれてお話をさせていただいたとき、毎週日曜日に必ず顔をお見せになる好人物であると、教会関係者にとても評判が高かったので、それ以来、ちょっと見直している。映画「新ゴジラ」の評論なんかもしちゃって、ゴジラファン、自衛隊ファン、軍事マニアということでもシンパシーを感じている。自民党議員でなければもっと好きになれるかもしれない。で、その石破茂ちゃんが安倍晋三の対抗馬としてファイティングポーズをとっているのである。その正直と公正というスローガンが笑える。石破茂が笑えるんじゃなくて、安倍晋三が笑える。でも、対抗馬の売り物が正直でも公正でも、安倍晋三は蛙のつらにしょんべんなんだと思う。ウソツキしんちゃんは勝てばよいので、勝ってからのことは何も考えてはいないのである。あの人はお空のおじいちゃんにただ褒めてもらえれば、あとはどうでもいいのである。だからそこで、頑張れ石破茂と声を挙げたい。心から応援しちゃうもんね。少なくとも彼が総理になれば、滑舌が悪くて意味不明の演説を聞かなくてもいいようになるのだから。

 ネットロアという言葉を耳にする。インターネットによる都市伝説というような意味だろうが、これはTBSラジオのセッション22で荻上チキちゃが口にしていたもの。今夜は柳田国男の「遠野物語」がメインテーマで、フォークロアと対比させるために使用した単語なんだと思う。このネットロア、ネット伝承だから民間伝承よりははるかに伝播するスピードに優れている。どんどん話もでかくなるだろうし、尾ひれがつくだろうな。バリエーションも増加するし、話しも面白くなるだろうな。で、話しが面白くなると事実よりも力を持つようになるんだよな。だからフェイクニュースがコワイのです。

▲ 秋鯖を猫にとられしお弁当


0825・土・

 1958年、昭和33年の今日、チキンラーメンという名称で日本最初のインスタントラーメンが発売された。それまでは店や屋台でしか食べられなかったラーメンが丼に乾燥麺の塊を放り込み、上からお湯を注いで蓋をして3分間待つだけで食べられたのだから画期的であった。見せや屋台ではなく、自分の家でラーメンが食べたくなったら我が家では祖母が近所の製麺工場から麺の玉を購入し、肉屋でトリガラと豚の挽肉を購入し、トリガラでスープをとり、挽肉を醤油で煮てその煮汁を「かえし」にしてラーメンを完成させる。豚挽肉はチャーシューみたいにラーメンのトッピングにする。ネギや生姜がアクセントに使われていたような気がするが、祖母のラーメンは、祖母は「しなそば」と呼んでいたが、この特製ラーメンはどこにもないくらいおいしかった。新宿のコマ劇場裏に台湾ラーメンの店があって、そこのラーメンが祖母のラーメンによく似ていて、元気な頃はよく食べにいった。今でも台湾ラーメンという看板に遭遇すると食べてみたくなる。
 さて、チキンラーメンの話である。袋入りで価格は確か35円。街のラーメン屋の価格とほぼ同じだったと思う。発売と同時に人気沸騰だったから、なかなか手に入らなかった。我が家ではどうして入手したのだろう。もしかしたら誰かがどこかで並んだかもしれない。さて、お湯を注いで3分間。丼の蓋が見つからなくて、いい加減な皿を上に乗せて蓋にしたっけ。で、3分間。ドキドキしながらスープを味見。ワクワクしながら麺をすする。で、正直いってガッカリしたなぁ、もう。祖母のラーメンと比べたら可哀想だけど、戦艦ヤマトと手漕ぎボート、B29とアカトンボほどの開きがあったな。袋から出したばかりで、乾いたまんまの麺をかじって、このままがおいしいねといったのは父親だったかボクだったか。というのが昭和33年の我が家のチキンラーメン風景だった。でもこのチキンラーメンの風味、現在のカップヌードルに生かされてます。カップヌードルを食べるとき、チキンラーメンを思い出すのです。ちなみにこの昭和33年は当時の皇太子陛下、今上天皇ご婚約とか、東京タワー完成の元気な年でもあって、懐かしくて胃袋がでんぐり返しをしそうです。

 目覚めて窓を全開にする。遊歩道から夏の気配が襲いかかってくる。今日も猛暑日になるらしい。けれどアルルの居住エリアはクーラーに守られていて、いつも27度に保たれている。そうしておくと、電気代はそんなにかからないらしいのだ。

 とある人物からおいしい蜜豆をいただいた。夏の蜜豆は最高である。けれどフルーツはというと、缶詰ミカンがふたつ入っているだけ。ボクはフルーツ蜜豆が好きなのだ。そこでコボちゃんに缶詰のミックスフルーツを開けてもらい、その蜜豆のトッピングとして豪華にぶちまけてもらう。今日の都心の最高気温は35.6度と聞こえてきた。フルーツも蜜豆もよく冷えていて、外気温で過ごしたボクの喉には快感でした。ああ、馬かった、牛まけた。

 ヨーロッパも猛暑であるらしい。ベルリン近郊では森林火災が発生して地面に埋まったままの第二次世界大戦中の不発弾が誘発しているとか。そのため消防作業がはかどらず、ヘリコプターが上空からおそるおそる消火作業を続けているらしい。それじゃいつまで経っても火事は消せないよね。でもね、相手が爆弾じゃ喧嘩にはなりません。東京郊外にもB29は無駄に爆弾を落としていった。麦畑の真ん中のおばあちゃんちの隣には1トン爆弾のでかい穴があって、ゴミの投棄場にされていた。東京郊外に地下鉄の少ない理由はこのアメリカ爆撃機が残していった不発弾のためらしい。アメリカの兵隊さんも税金の無駄遣いが好きだったみたいです。

▲ 今年こそ秋刀魚大漁たのんます


0826・日・満月・

 日曜日の早朝のお楽しみはNHKマイ朝ラジオの「生き物いろいろ」。今朝はカービン具作家による鳥のお話。北海道の野鳥はウミガラス、別名オロロン鳥の話題である。北のペンギンと呼ばれるように、ペンギンみたいに黒いボディーに白いアクセントのずんぐりとしたスタイルであるらしい。そしてペンギンのように泳ぎが得意でおまけに空も飛べるという優秀な種族。オロロンと鳴くのでオロロン鳥と呼ばれるらしいのだが、個体数の減少が原因かどうかは知らないが、その録音は聴かせてもらえなかった。繁殖方法が稚拙なためなのか、天敵に卵や雛を奪われ易く、北海道では絶滅寸前とか。シマフクロウとかウミガラスとか、北海道には守ってもらいたい魅力的な鳥たちがあちらこちらにいるのです。

 1972年、昭和47年の今日、ミュンヘンオリンピックが開幕した。この大会で忘れられないのが男子バレーボールと男子体操団体の金メダル。時間差攻撃とか月面宙返りとか、あれこれ衝撃でした。けど、それらを知るのは秋も深まってからのこと。当時のボクはヨーロッパをウロウロしていて、オリンピックの旗で飾られたミュンヘンでは、あの有名なホフブロイハウスでビールを飲んだり、メインストリートのレストランで慶應義塾の後輩ギャルと豪華な食事を楽しんだりしていたのです。あまりに人がいないので、これはオリンピックがとっくの昔に終わってしまったせいなんだと、訳知り顔で彼女に説明したりして、実は今朝までそう思いこんでいたのだが、このNHK「マイあさラジオ」情報でボクがミュンヘンあたりをうろついていたのは、オリンピック開幕のかなり前であったことを初めて知ったのである。ああ、恥ずかしい。スイスのルツェルンからオーストリアのウィーンに向かうヨーロッパ特急、TEE「ウィンナーワルツ」の車内で知り合った日本人グループでウィーンの街を楽しんだ。駅を降りたところで知り合った不思議なカメラマンのお兄さんが親切に愛車フォルクスワーゲンの大型バンでウィーンの街を案舞してくれて、学生ホステルに泊まったり、プラーター遊園地で蚤のサーカスを観たりして、ウィーンの街を楽しんだのである。その中に理知的な女の子がいて、それが慶應義塾の後輩で、実はボクも当時は慶應義塾の現役学生だったのだが、その彼女と意気投合してオーストリアのとある田舎駅で、そのグループからふたりだけで脱出、もっと山の中に分け入っていったのである。山頂の鉱山町でヒトラーそっくりのオジサンを目撃したり、生まれて初めて食べたズッキーニのサラダを巨大胡瓜と間違えたり、愉快な体験をしたのである。実はこの鉱山町で働くアプト式蒸気機関車の撮影がボクの目的で、彼女に付き合ってもらったのだ。やがて山を下りると、彼女が東京へ戻るためのベルギー空港への旅の途中でミュンヘンに立ち寄ったのである。お別れがベルギーのブリュッセル。これ、以前にも書いたことがあるかもしれない。ブリュッセルで食べたランプステーキがおいしかったな。でもちろん、ボクは最初から最後まで紳士でしたよ。当時はちゃんとした婚約者もいましたしね。

 ここ最近、星新一を集中的に読んでいる。連続的に読んでいる。次々に読んでいる。爆発的に読んでいる。偏執狂的に読んでいる。モノマニアックに読んでいると言い換えてもいい。とにかく朝から晩まで読んでいるのだ。星新一を読み始めたのは中学生だったか、高校生だったか。小松左京を知る頃には読んでいたんだと思う。電車の中で読んだり、旅の途中で読んだり、この人生を通じて楽しませてもらっている。サピエ図書館のお世話になるようになってから、こんなに夢中になって読んでいるのは今回が初めてだと思う。とはいえ、面白かったり面白くなかったり。長い星新一のショートショート作家としての歴史の中で生み出され続けてきた千を超える作品群であるから、いろいろあって当然なのだ。楽しんで書かれたもの。苦しんで生み出されたもの。マンネリズムの沼から浮かび上がったもの。締切に脅迫されて捏造されたもの。ただただ枚数をかせいだ挙句の結果として誕生したもの。千を超える作品群には光るアイディアもあれば光らないアイディアだってあるだろう。それでも星新一はアイディアを出し続けてきた成功者なのである。ボクだって50年間締切と闘ってきたけれど、成功者の地平線との距離は永遠に縮まりそうもないのである。

 東京都心は36度。今日も猛暑と闘ってきた。人も生き物もグッタリである。猫のミミコはボクの枕をベッドにして長々と伸びて寝ている。さっきまではアルルもボクのベッドで丸くなっていたから、ふたり仲良く寝ていたのだ。で、ボクはアルルがいなくなったのを確認して横になる。とはいえ、枕をミミコに占拠されているので頭蓋骨は枕の片隅に乗せるだけ。ま、熟睡はできましたけど。

▲ この秋は残暑酷暑と蝉も啼き



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