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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年8月6日~12日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0806・月・広島平和記念日・

 二度寝をしてしまう。高原にいるせいか、猫のミミコもリラックスして、寝よう寝ようと誘ってくる。ボクもついつい眠くなる。寝なくていいのに眠くなる。そこで9時まで寝てしまう。今日は広島平和記念日で、ラジオでは8時15分の平和の鐘の中継があったはずなのに、しっかりと寝てしまう。で、ボクが起き出すまでは猫のミミコもしっかりと狸寝入りを決めているのです。

 目覚めると外でアマガエルが鳴いている。北軽井沢で耳にする今年最初のアマガエルである。天気がいいのにアマガエル。カラっとしてるのにアマガエル。もしかしたら、これは雨の知らせなのだろうか。

 第100回効果というのだろうか、どの高校も力の入った熱戦ばかり。聞き流すつもりがついつい夢中になってしまう。どっちが勝っても関係ないのに、いつの間にかどちらかを応援したりしている。けれどこの高校野球、おえかきのBGMとしては最高なんです。エンジン始動のつもりで始めたカレンダーの下絵制作だったが、かなりエンジンは温まってきましたよ。おかげで7月の下絵「お化け屋敷で納涼パーティー」にコボちゃんからのOKが出たのです。

 夕方になると高校野球中継に雷様のブツブツいう独り言が混じり出す。雷雲発生である。アルルには遠い雷鳴が聞こえているのだろう。ソワソワとボクの脚元ににじり寄ってくる。そして夕立。同時にアマガエルたちが一斉に歌い出す。降ったぞ降ったぞ、と歌い出す。そうか、そうか。朝の君たちの予報は当たりだったのだね。

▲ 天然の気象予報士アマガエル


◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。敦賀に到着、無事に通過しました。
次は色の浜です。あと、150,984歩です。またまた長旅になります。

現在の歩数、3,613,016歩。三度目の徘徊です。
もうよれよれです。


0807・火・立秋・

 さすが立秋である。今朝は東京でも21度と聞こえてきたが、ここ北軽井沢も朝から涼しい。昨日までの夏らしさが掻き消えて、今朝は秋の涼しさである。そうなのだ。この異常気象の今年の夏も、過去のデータの集積である伝統的な暦には従わざるを得ないのだ。

 高校野球を聴こうと思い、ラジオをつけたら早口な女子アナの声。チャンネルを間違えたかと思うけど、背景音はブラスバンドの応援。間違いない。これ、NHKラジオなのだ。高校野球なのだ。けどね、けどね、女子アナの高校野球中継がなかなか馴染めなくてすぐにラジオを消しちゃった。ごめん。このアナウンサー、とても頑張っているのです。よく訓練もされているのです。気遣いもあって、県名や学校名など、知りたくてもなかなか触れてくれない情報なんかも親切に挿入してくれていて、とても優秀なのです。でもごめん。あんまり精一杯なので、聴いていて疲れてしまうのです。解説者だって、どこで口を挟んでいいのか、戸惑ってるみたいです。男女機会均等のNHKの方針はよく理解できるけど、過去にTBSラジオが成功しなかったみたいに、女子アナのスポーツ中継は、定着するまでにはまだまだ時間がかかると思います。優秀なんだけど、落ち着いて聴いていられないのです。

 アルルの和牛ステーキのご相伴をしているうちに、猫のミミコがすっかり和牛の味を覚えてしまった。でも、さすがは猫である。犬よりははるかにグルメなのだ。アルルが喜んで食べるアメリカンステーキやニュージーランドビーフは、ちょいと口をつけただけで残してしまう。ところが驚いたことにコボちゃんが買ってきた群馬豚は喜んで食べる。つまり、群馬豚は猫のミミコも認めるスーパープロダクトなのだ。

 津川雅彦さんの訃報が届く。78歳だったという。この4月に奥様の朝丘雪路さんが亡くなられたばかりで、もしかしたら彼女が連れていったのかもしれない。仲の良いご夫妻というイメージだったけど、その通りの結末となったわけだ。お兄さんの長門裕之さんと南田洋子さんご夫妻も仲良しで、奥さんを追いかけるように亡くなられたけど、さすがご兄弟である。実は長門裕之さんと南田洋子ご夫妻とはずっとご近所で、南田さんが経営されていたアクセサリーショップ「ペリ」はボクの大のお気に入りで、よく買い物をさせてもらった。長年暮らした小田急経堂アパートの玄関横がその店で、南田洋子さんがその輝くような笑顔で迎えてくださったこともある。あれこれ噂されてるみたいだけど、津川雅彦さんと長門裕之さんは仲良し兄弟で、お宅を訪れる津川さんのお姿がときどき目撃されていたようである。いい役者さんだと思うけど、ボクは「グランパ」というおもちゃ屋を経営する津川さんが特に好きだった。ご冥福をお祈りする。

 南の海から台風13号が接近中。東京直撃かもしれない。明後日の午後にラジオ収録なので、東京には早く戻っておいた方がいいかもしれない。というわけで明日の予定を書き換える。

 予想に反して今夜の北軽井沢はちいとばかり寒かった。いや、かなり寒かった。夜、アルルがボクとコボちゃんのベッドの間に潜り込んでくる。といっても、そこは床の上。で、仕方がない。コボちゃんが起き出してそのフローリングにバスタオルを並べてやる。明日の出発が早くなったとはいえ、早々にアルルの布団をクルマに積み込んだのがいけなかったのだ。ごめんね、アルル。

▲ 蜩の声が名優惜しんでる


0808・水・算盤の日・

 高校野球が始まった途端に解説者のら抜き言葉が気になって仕方がなくなる。皆さん高学歴者ばかりなのに圧倒的にら抜き言葉が目立つということは、ある時期からの国語教育がかなり杜撰になっていて、その手抜き国語教育がら抜き言葉を養成してしまったのかもしれない。手抜きがら抜きを育てたのだ。最近は野球関係者ばかりでなく、言葉のお手本であってもらいたいNHKラジオでもら抜き言葉が氾濫している。さすが、アナウンサーのら抜き言葉には気がつかないが、相手役はら抜き言葉の連発。ほとんどダムの決壊状態である。放送前の打ち合わせで、ら抜き言葉はご遠慮くださいくらい、いっていいんじゃないのかしら。でないと、本当に日本語は滅茶苦茶になってしまいます。言葉に敏感な人なら、自分の放している日本語が、ら抜き言葉によって辻褄が合わなくなってることに、話している最中に気がついて、慌てたりしていて笑います。ま、ら抜き言葉の氾濫のおかげで、正しい日本語を使うオーディナリーパーソンがずば抜けて利口に聞こえてしまうのが愉快ではありますけれど。

 台風13号との競争である。どっちが早く東京に行き付くか。そのデスマッチである。ウサギとカメの競走と同じように、予測の難しい競走である。途中、パラパラだったりシトシトだったり、雨の強さが目まぐるしく変わり、その度に自動ワイパーのスピードも変わる。けれども四輪駆動のアウトバックはしっかりとハイウェイをホールドして走ってくれました。雨風がひどくなる前に我が家に到着。コボちゃんは役所へ走り、用事を済ませ、犬猫クリニックへアルルを連れていって採血を済ます。本日のコボちゃんはほとんどスーパーウーマンといえるでしょう。

▲ 台風の奴を都で迎え撃つ


0809・木・長崎原爆の日・

 本日は長崎原爆の日である。午前11時2分、NHKラジオから流れる鐘の音に合わせ、起立して黙祷。73年前に運命を閉ざされた無数の魂たちに想いを馳せる。平成最後の原爆の日に、長崎を世界最後の原爆の地でありますようにと、心からの願いを捧げた。

 ボクが生まれる前の年、1947年は昭和22年の今日、水泳の古橋廣之進(ふるはしひろのしん)選手が400メートル自由形で世界記録を出した。焼け跡の焼け野原の日本に勇気を与える輝かしい記録は、日本が馬鹿な戦争を仕掛けたおかげで国際水泳連盟から除名されていて、公認記録とは認められなかった。けれども古橋選手、その後も数々の好記録を樹立、圧倒的な強さを誇り、「フジヤマのトビウオ」と讃えられた。というわけで、小さい頃のボクは水泳ニッポンに夢中だった。中でも憧れたのが1939年生まれ、昨年逝去された山中毅(やまなかつよし)選手。真似をして、畳で足をばたつかせ、クロールの形をしたこともあった。ボクはまだ泳げなかったのだ。父親に連れられ、代々木の水泳競技場で山中選手を観戦したこともある。山中選手がオリンピックで4個の銀メダルに輝いたことは嬉しかったが、やっぱり金メダルを獲得してもらいたかったと今も残念でならない。

 NHKの遠田ディレクターにも、絵夢助人(えむすけびと)さんにも、自分は希代の晴れ男で、台風まで進路を譲ってくれるのだと大風呂敷を広げた手前、晴れてくれなかったら土下座しなきゃと覚悟してたら朝になって見事に晴れてくれた。約束の時間に絵夢助人(えむすけびと)さんが愛車のベンツでボクを拾ってくださり、渋谷の放送センターへ直行。絵夢助人さん、駐車場のガードマンに、
「あのぅ、ラジオ深夜便です」
と慣れた口調で挨拶。ガードマンさんも、はいはいどうぞ、てな感じで誘導してくださる。
 入り口を入るとお腹にゆめぞうを抱きかかえ、背中のリュックからゆめぞうが顔を出してるスタイルの遠田ディレクターが迎えてくださった。ゆめぞうはくりくり目玉の緑のフクロウ。ラジオ深夜便の番組キャラクター。ボクのデザインとはいえ、やたら目立つのである。エレベーターに乗り込み、廊下をいくと、みんなが振り返る。中には以前、ボクと仕事をしたという方も声をかけてくださる。
 スタジオの手前で月刊ラジオ深夜便の四釜記者が声をかけてくださる。絵夢助人さんを紹介してスタジオ入り。ふたりは金魚鉢で、ボクと遠田さんはスタジオに着席。いよいよ収録である。で、この先はどうぞラジオ深夜便の放送をお楽しみください。

 放送日は8月29日の水曜日、午前4時代「明日へのことば」。4時のニュースが終わるとラジオ深夜便のアンカーが番組紹介をしてくださり、それから「明日へのことば」が始まります。よろしくお願いいたします。

 放送センターからの帰り道、道路の曲がりくねった感じがどこか懐かしくて、絵夢助人さんに尋ねてみたら、やっぱりそうだった。左に小田急線、真下に環七。このあたり、オートバイで飛んで歩くのが好きだったのです。絵夢助人さん、本日もお付き合い、まことにありがとうございました。

▲ 秋立ちていつかの路をたどってる


0810・金・

 1950年、昭和25年の今日、警察予備隊が設置された。NHK「マイあさラジオ」情報によると、13日後には最初に応募したおよそ7千人が入隊したそうだけど、とても国を守れる勢力とはなり得ない。警察予備隊はその4年後の1954年に自衛隊に昇格、国の防衛任務を任されるようになっていく。そしてである、まるでそれに合わせるようにゴジラが東京湾に姿を現し、東京に上陸しようとする。海岸に高圧電線を張り巡らしても効果なし。そこで出来立てほやほやの自衛隊は米軍払い下げのパットン戦車で砲撃し、F86Fセイバージェット戦闘機のロケット弾で迎え撃つ。それ以来ゴジラは自衛隊のよきライバルであり、よきパートナーとして圧倒的優位さで自衛隊の広報責任を担っていく。東宝映画が生み出した怪獣ゴジラはその誕生以来、ずっと国の防衛に貢献してきたのである。

 沖縄県の翁長知事の突然の死去である。67歳。心残りがあるだろう。彼を惜しむ声が四方八方、津々浦々、全国各方面から聞こえてくる。けれど、ウソツキしんちゃんの言葉だけは信用できない。いくら悲しそうにしていても、残念そうに言葉をつないでも、ウソツキしんちゃんだけは信用できない。あの人だったら、鉄仮面のように顔のニュアンスひとつ変えずに嘘がつけるのだ。平気で黒を白といえるのだ。これで沖縄は俺の自由だ。そうほくそ笑んでるのがわかるから、よけい口惜しいのだ。クレヨンしんちゃんなら何をいっても許せるんだけどね。

 ネット環境にもどれたので早速サピエ図書館にアクセスして音訳図書の数冊をダウンロードする。その中には先月の天声人語も含まれていた。で、一気に読んだ。そして7月19日に俳優の常田富士男(ときたふじお)さんが81歳で亡くなられていたことを知る。その日は日本動物高度医療センターにおけるアルルの治療だったり、北軽井沢への移動だったり、情報収集にぬかりがあったのだ。テレビ番組「まんが日本昔ばなし」で長年、語り手を務めておられたことはあまりに有名で、
「おったそうじゃぁ」
と、誰でも物真似がしたくなるほど常田富士男さんの語りは耳の底にこびりついてる。ボクも大好きだった。黒沢明の「赤ひげ」で三船敏郎にボコボコにされるヤクザの役をやってる頃から好きだった。巨泉前武(きょせんまえたけ)の「ゲバゲバ90分」で、いちばん好きだったのは藤村俊二さんと常田富士男さんだった。看板の巨泉前武(きょせんまえたけ)よりも、
「あっと驚くタメゴロー」
のハナ肇(ハナはじめ)よりもずっとずっと好きだった。そんな大好きな人たちだから、近くにいればすぐにわかる。おいしいレストランでは目で挨拶して笑い合い、酒場では言葉を交わした。でも、これは目が見えていた頃の話で、失明してからはそうはいかない。嬉しかったのは常田富士男さんに全盲イラストレーターのボクが書き下ろしたミュージカル童話を演じていただいたこと。朗読して歌ってくださったのだ。おまけに各地で演じてくださったのだ。おかげで幾度もお話ができて幸せだった。酒場でのことは覚えていてくださらなかったけれども。優しい人柄だった。誠実な人柄だった。そして大好きな大好きな俳優さんだった。心からご冥福をお祈りする。

▲ ラブコールだけど素知らぬ法師蝉


0811・土・※山の日・新月・

 今日は山の日です。山に親しむ機会を得て山の恩恵に感謝する日として一昨年の2016年に国がほとんど勝手に国の祝日に定めたのです。湯気の立ってる記念日なのです。けど、おそらくは海の日のアゲインストとして、山関係者へのサービスなんだろうと思います。けれど、本日のTBSラジオ、久米宏の「ラジオなんですけど」に投稿された未確認情報によると、とある山岳地帯の県が、
「八は山の形をしてっから、おらとこは山の日を8月8日に決めたずら」
といえば、別の県が、
「うんにゃ、11月11日はずらりと木が並んで立ってるみたいだべ。んだから、うちんとこは山の日は11月11日ということにすべえや」
 とふたつの山の日があることで国は困ってしまって、その両県の顔を立てて、国の山の日を8月11日にしたんだそうです。本当のような嘘のような、初めて聞いた話です。嘘か本当か、誰か調べてみてください。

 サピエ図書館のおかげで毎週必ず週刊朝日を読ませていただいてます。いくつか大好きな随筆があって、必ず拝読しています。その中のひとつが内館牧子さんの連載エッセイ「暖簾に肘鉄」。その昔、内館さんはチャリティー協会の画集で、ボクのイラストレーションに文章を寄せてくださり、それ以来、直接間接でお世話になっているのです。ボクのニューヨークいきを触発してくださったのも内館さんの文化講演会でした。そして驚いたことに、今週のエッセイで、内館牧子さんとボクの長年の友人、谷口俊彦さんがフリーライター時代の仲間であったことを知ったのです。谷口さんとは目が見えていた頃からのお付き合い。イラストレーションでNHKサービスセンターのお仕事をさせてもらってました。そのご縁が今も続いているのです。つい先日、その谷口さんがNHKから離れるということで、これまでのことを自費出版なさり、ボクもそのご本をいただきましたし、内館さんもお読みになりました。その文章があまりに素敵なので「暖簾に肘鉄」で内館さんが内容紹介をされていたのです。羨ましいなぁ、内館さん、すぐに読むことができて。でもおかげで本の内容が少しだけわかりました。谷口さん、本当に素敵な人物でアイディアと理念の宝庫みたいなお人柄。ボクは本気でいつかNHK会長になっていただきたいと思っていました。でも納得です。内館牧子さんのこの回の文章で、彼の人格の素晴らしさの秘密がほんのちょっと理解できました。またまた今日は、友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ になりましたとさ。

 今日は臨時透析です。いつもより早い時間の透析です。コボちゃんの自転車にくっついて、駐車場にたどり着けば、どこかの高見でチョンワガラスが鳴いてます。うわお、久しぶり。元気でよかった、チョンワガラス。本当に長いお付き合いです。そして、どのカラスも面白いけど、チョンワガラスほど個性的なやつはいないのです。どうか餌に恵まれ、虜にならず、いつまでも健康で長生きしてください。お願いだからね。

 いつもより早めの帰宅である。今夜はペルセウス流星群の見頃らしい。本当は13日の昼間が沢山落ちてくるらしいのだが、昼間じゃ流れ星は見えないもんね。高校3年生の夏休み、地学の自由研究に流星群をテーマに選び、友人の藤平君の千葉のお宅の庭を借りて、一晩中夜空を見上げていたことがあった。波の音や灯台の明かりが回ってくるような海岸近くで、天の川がくっきり見えた。そして落ちてきたきた流星群。開放写真に写った人工衛星までカウントしちゃって、落第点をもらったけれど、いい思い出になっています。その後、親友の二島君と群馬の山の中で強行した流星観測は見事に失敗しましたけれど。あのときはクマが出るとおどかされて、それで落ち着かなかったのです。

▲ ぱらぱらと落ちてきそうなペルセウス


0812・日・君が代記念日・

 NHKマイあさラジオで坂本九の「上を向いて歩こう」がかかっている。そう、今日は8月12日。33年前に九ちゃんが日航ジャンボ機事故で虹の橋を渡った日であるのだ。1985年の今日の夕焼けの、あの美しくて不吉な赤をボクは生涯忘れないだろう。行方不明のジャンボ機がいる。それを聞いた瞬間から空の色が気になって仕方なかったのだ。
 当時のボクは失明直前で、毎日喫茶店に通って国際版ゴジラの脚本を書いていた。映画関係者の友人からの依頼であり、絵筆を文筆に持ち替えるための訓練でもある。そしてボクの巨大ゴジラは伊豆方面に上陸しようとしていた。そして日航ジャンボ機も同じようなコースをたどり、群馬県の山中に墜落するのである。国内の航空機事故では最も多い、乗客乗員520人が死亡する。やがてボクはその中に坂本九氏がおられたことを知り、愕然とするのである。九ちゃんにボクの絵を買ってもらったことは以前にも書いたことがあったと思うけど、ボクは小学生の頃から坂本九の大ファンだった。翌日、ボクはほとんど見えなくなっている目を潤ませて、恵比寿の街をうろつきながら「上を向いてあるこう」を口遊んで(くちずさんで)いたのである。

 さて、高校野球である。本日の第四試合は慶應義塾VS高知商業。慶應義塾の生井(なまい)投手にとっては強敵打線である。で、始まった途端に点を取られ、こりゃアカンと思ったら、その裏が慶應義塾の猛攻で、撃つわ打つわ、きた球をどれもひっぱたき、次々と塁に出る。あっという間に逆転し、こりゃいけるかもしれんと大声で「若き血」を歌う。ラジオの中の慶應義塾応援団に合わせて歌う。けど、あいては高知商業。次々とホームベースで刺され、追加点を許してくれない。
 慶應義塾の応援曲はリンダもピンクレディーも出てこない。ひたすら慶應義塾のオリジナルだ。くそ。いくら相手に点を取られても、こっちは応援歌で勝ってやる。ぐやじい。
 試合が終わった。前の試合が長引いたため、ナイターになってしまって、7時のニュースに邪魔されて、全部が放送されなかったが、結局慶應義塾の敗北だった。最初は点の取り合いだった。ただ、慶應義塾にミスが目立った。このミスさえなければヒット数では慶應義塾が上回っていたのだ。敗けちゃったけど、慶應義塾の野球部員たち、本当にありがとう。おかげでこの夏はラジオに合わせて塾歌(じゅっか)も「若き血」も歌えたし、拍手もできたし、甲子園にいる気分でハラハラドキドキもできたのだ。

 独り応援団で、いや、独りだから団じゃなくって独り応援で頑張ったのに、慶應義塾が負けちゃって、気が抜けてる耳に懐かしい音が聞こえてくる。秋虫だ。遊歩道の草むらから上がってくる秋虫の声だ。クーラーで冷やされっ放しだったから、午後から窓を開放してあって、声はその窓から忍びこんでくる。甲子園では高校野球真っ盛りだけど、ここ世田谷でもいよいよ蝉と秋虫の季節応援合戦が始まったのだ。

▲ 涼しさは美しい秋虫のソロ




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