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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年1月15日~21日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

夢は大きく 願いは小さく
小さな願いは はじめの一歩
ぼくにもできる はじめの一歩

 夢は見るものではなく、つかむもの。でも夢見るのは簡単ですが現実にするのは楽ではありません。夢の旅路に近道はないのです。それにあっちもこっちも曲がり角だらけ。油断してると、たちまち迷子になってしまうかもしれません。自分の人生ですから迷子になっても気にしなければいいんですけど、夢は見失うかもしれません。そこで提案です。どでかい夢ならどうでしょう。それなら見失いっこありませんし、忘れもしませんよね。そして願いを小さくするのです。人間は欲張りですから夢をどでかくするのは容易ですが、願いを小さくするのは難しいかもしれません。ただ、毎日を始めの一歩として、小さな歩みを続けていれば、いつかは遠い地平線にまでたどり付けるかもしれません。といっても、10億円の宝くじを当てる、なんて夢の地平線はダメですよ。毎日一枚宝くじを買ったとしても、死ぬまでに一等賞が当たる可能性は誰も保証してはくれません。
 ここまではエム ナマエの作詞「はじめの一歩」のパクリです。自分の作詞ですからパクリでも何でもないのですが、しばらく歌ってなかったんで、すっかり歌詞を忘れていて、CDを聴き直して思い出したんで、パクリということにしておきます。でもエム ナマエは宝くじのことは歌ってませんでした。あはは。で、その続きなんですけど、エム ナマエは夢の坂道のことを歌っています。夢の坂道にはのぼりもくだりもあって、のぼればくだるし、くだればのぼる。のぼりもくだりも同じ数、なんていっているのです。ピークを経験すれば必ずどん底も経験しますし、成功を経験しなければ失う経験もしなくて済みます。人生はプラマイゼロ。そう思います。
 どでかい夢がどんな夢なのか、それは本人次第です。毎日が感謝に値すれば、たとえそれが人から見えないものであっても、本人にとってはおつりがくるほどの幸せですけど、なんとかタワーのてっぺんでドル紙幣を山ほど積んで、ソロバンばかり弾いている人生ってどうでしょう。もしも自分だったら不安でたまらないと思います。財産を減らすことばかり考えて夜もおちおち眠れないと思います。けど、あの人だったら気にしません。底抜けの欲張りですし、想像力がないので脊髄反射のワンワードインプレッションをツイッターにアップして、人を不安に陥れるだけです。そうです。あの人は無責任にアメリカンプレジデントてなどでかい夢を実現してしまったのです。そういうのも困ります。誰かを幸せにしない限り、それを夢とは認めたくありません。


0115・月・

 いつものようにNHKマイ朝ラジオ情報です。それによると1874年、明治7年の今日、東京の警察業務を行う東京警視庁が創設されたということです。ヨーロッパの警察制度に習ったものらしいんだけど、じゃ、それまでは江戸時代の捕り物方式だった、ということかしらね。目明しがいて同心がいて、お奉行様がいて、豚箱はお座敷で牢名主がいたんだろうかね。その頃の明治政府は江戸時代の塗り替えに躍起になっていたんだろうね。別に褒めてもあげないけど。

 今日は1月15日で苺の日ということになっている。苺の日だからといって、別に苺がたくさん採れるわけではない。単なる数字合わせである。駅前ケーキショップ、アルルカンのオーナーもいっている。冬に苺ショートケーキの苺を確保するのが大変だってね。女の子たち憧れの商売だけど、楽な仕事ではないのです。お疲れ様、なのです。

 本日の東京の日の出は6時50分、日の入りは16時51分。予想最低気温はマイナス1度。最高気温は12度でした。朝は寒かったけど、午後は温かくなったのです。けれども夜になればまた寒くなり、猫のミミコがベッドに潜りこんできたのです。

▲ 春遠き猫が抱きつく苺の日


0116・火・藪入り・

 1980年の今日、ポールマッカートニーが成田空港で大麻所持により逮捕された。ポールはウィングスとしてコンサートのために来日したんだけど、これでライブ活動はキャンセル。チケットは払い戻し、刷り上がったプログラムは街角で投げ売りされた。このコンサート、ウィングスとして日本では最初のものだった。ボクはチケットをゲットできず落ち込んでいたので、というのはボクは猛烈にウィングスのファンだったので、それが幻のコンサートとなり、ガッカリしたような、どこかホッとしたような、複雑怪奇な心持になっていた。警察での取り調べ中、ポールは大量にサインさせられた、という年伝説が残っていて、それがスネイクマンショウのネタにされている。街で投げ売りされたこのコンサートのプログラム、ボクは早速入手しました。もちろんです。

 ノーベル平和賞をもらった反核団体アイキャンの事務局長が日本であれこれ活動をしているのに安倍晋三、外遊に逃げたっきり、会おうともしていないという。本当だったら情けない。この人、アメリカが核戦争を起こすといっても、反対できないんだろうな、きっと。

▲ 小三治の藪入り高座で聴いた夜


0117・水・新月・

 1991年の今日、湾岸戦争が勃発した。イランがクエートに侵攻して、その撤収を求めたアメリカを中心とする多国籍軍がバグダッドなどを爆撃したのである。このときボクは作家のさとうまきこさん、版画家の渡部広明氏とブッシュの戦争主義に対する抗議のポスターを制作、募金活動をして関係団体に送金をしたことがある。若くて元気で情熱があったのだ。行動力があったのだ。

 1994年の今日、ロスアンジェルスでマグニチュード6.6の地震が発生。都市機能が大きく損壊し、72人が死亡、5千人以上が怪我をした。この日が地震の特異日というわけではないのだろうが、その翌年の1995年の今日、阪神淡路大震災が発生、典型的な都市型被災となった。このときもどんどん寄付行為をしたことを覚えている。あの頃は全盲イラストレーターのエム ナマエ、全盛時代で、おまけに若くて元気でいくらでも稼げると思っていたのだ。今は自分が生きていくだけで精一杯の賞味期限切れの全盲イラストレーターで、寄付をしてもらいたいくらいなのだ。情けないのだ。とほほなのだ。

 長野県上田の無言館よりのご依頼で今年も成人式でスピーチをすることになりました。メインのプレゼンターは池上彰さん。新成人、たくさん参加していただきたいと思います。参加者が多ければ多いほどボクは本のプレゼントが大変なんだけど、愛育社の厚意で言葉の絵本「あなたの時間をありがとう」を参加者の数だけじゃんじゃん差し上げることにしているのです。

▲ 危ないよフグの肝臓あの心臓
 デイキャッチの時事川柳、リスナーの投稿である。あのしんぞうとは、もちろん安倍晋三のこと。魚にしろ人間にしろ、毒に気をつけなきゃならないのがいくらでもいる。日本の動物園にカモノハシがいない理由をご存じですか。鳥みたいな可愛いい顔してあの生き物、ほんとは哺乳類だってことは皆さん知っておられるとは思うけど、実はあの生き物には猛毒があるのです。人も見かけによらないけど、ペットにしたいような生き物でも油断はできないのです。気軽に手を出すとひどい目に合されるのです。見た目に誤魔化されてはなりません。その点、爬虫類や昆虫はいかにも毒があるらしく化粧をしてるけど、いちばん怖いのは人間の女という種類です。ご用心ご用心。

▲ あとちょっと猫を抱えて春を待つ


0118・木・

 どう見ても北朝鮮にやられっ放しの韓国。ピョンチャン五輪でなく、ピョンヤン五輪、なんて悪口もいわれてる。気の毒だけど仕方ない。38度線から近いからそんなことをいわれてるのかもしれないけど、近い場所で開催するのも何か韓国の文在寅側に理由があるのかもしれない。ま、成功はお祈りしてるけど。それより、オリンピックが終わった途端にボカン、なんてことをトランプは考えているんじゃないかな。コモンセンスがないということはつまり、予想がつかないということでコワイです。

 エンデの「モモ」が面白くてやめられない。これで何度目の再読になるのだろう。1976年に出版されて本屋に並んで、その作者エンデご自身の手による表紙の絵に心を鷲掴みにされてからこの年齢になるまで、主人公のモモはボクの永遠のガールフレンドになってくれている。そしてそれはこれからも変わらないだろう。いずれにせよ、永遠の名作なのです。

 昼寝から起きられないでいた。昼間の最高気温が15度とやたらに温かい上に湿度も高くなっている。おかげで眠くてたまらない。貝原謁見が指摘しているように冬至を過ぎて身体の中で命のエネルギーが活動を開始して、その証として精神の緩みが表出しているに違いないのだ。いよいよ春がやってくるのだ。

▲ もう冬は嫌だといえど春はまだ


0119・金・

 1946年、敗戦の翌年の今日、NHKラジオで喉自慢素人音楽会が始まった。初回はおよそ900名の応募で、そのうちの予選通過はわずか30名だったという。その頃よく歌われたのが「りんごの歌」で、その翌々年生まれのボクでさえ「りんごの歌」を聞くと敗戦後の活気ある空気を思い出すのである。あの頃のヒットソングは長生きだった、ということだけでなく、これ以下はないというほどどん底を味わされ、そこから這い上がるしかなかった日本人の健康な情熱の匂いがするのである。

 2013年の今日、元横綱の大鵬が72歳で亡くなった。巨人大鵬玉子焼きの、あの大鵬である。2回の6場所連続優勝を含む通算32回の優勝を果たしたのに、亡くなった翌月に国民栄誉賞を授与しても仕方ないんだよ。遅いんだよ。昨日の取り組みで大鵬の孫が朝青龍の孫に勝ったというニュースもあってよかったね。近い将来、きっと貴君の時代がくるよ。お父さんはあの貴闘力だしね。

 俳優の夏木陽介さんの訃報が届く。81歳だったという。清潔な印象のキャラクターだった。加山雄三の影に隠れていたけど、もっと注目されれもよかったと思う。ボクは好きだった。ご冥福をお祈りする。

 桜の開花予想は3月22日だそうです。当たるかな。ことしは猛烈に寒くて桜たちはきっと充分に休眠打破していることでしょう。咲いたらすごいぞ。

▲ 春を待つ烏一羽で鳴いている


0120・土・大寒・

 1947年、つまりボクが生まれた前の年の今日、東京の小学校で戦後初めて学校給食が再開された。給食は栄養不良の子どもたちのために戦前から行われていたが戦争の混乱と食糧難のために途切れていたもの。ただし一説には米軍のお余りやアメリカ国内の豚の餌が使われた、なんて悪口もいわれてる。とにかく日本は食糧難だったのだ。それにしてもまずかったね、あのミルクと騙されて飲まされてた脱脂粉乳。鼻をつまんで喉に流しこむのだが、そのゲップがまた臭い。そして貧弱なコッペパン。おかげでボクは今でもパンが苦手になっているのです。

▲ 大寒や重たい服にくたびれた


0121・日・

 本日の東京、日の出は6時48分、日の入りは16時57分。そして予想最低気温は3度、最高気温は11度とまだまだ昼間の時間は短く、寒さは続くのです。

 NHKマイ朝ラジオの朝の音楽を毎朝楽しみに聴いている。マイ朝ラジオだから毎朝聴いているのである。わはは、くうだらね。で、この朝の音楽というのは童謡とか子どものための楽曲をメインに、小鳩くるみとか真理ヨシコ(まりよしこ)とかの童謡歌手や、ダークだっくすやボニージャックスなどのコーラスグループ、児童や少年少女の合唱団の歌を聴かせてくれるのだが、今朝は「ヒマラヤ雪男くん」という愉快な曲。雪男(ゆきおとこ)の歌なんだけど、ついついウルトラマンに出てくる雪山の白い怪獣ヌーを思い出してしまう。そして歌ってるのが小林亜星(あせい)さん。この人、慶應義塾の医学部に在籍してたんだけど、途中から作曲家に転校した珍しい人。要するに頭がいいのである。おまけに歌も歌う死役者もできる、というのは皆さんご存じですよね。キッド・アイラック・アートホールで窪島誠一郎との暗黒対談のときはボクも聴きにいった。とてもフレンドリーな人で、たちまちファンになってしまいました。オイラ、ミーハーなのです。そして作詞が阿久悠(あくゆう)。あの偉大なる作詞家の阿久悠なのである。あの方、実にいろんな仕事をされていて、ピンポンパンの曲も書いておられるみたいなのだ。フジテレビのピンポンパン。またまた我田引水で恐縮なのだが実はボク、その昔、慶應義塾の学生時代にこのピンポンパンのスタッフのひとりだったことがあるのだ。といってもアルバイト程度の仕事で、番組内の紙芝居を描いたり、ピンポンパン体操のお兄さんや坂本新平さん、渡辺直子のお姉さんや河童のキャラクター、カータンの着ぐるみをかぶった、あの偉大な声優の大竹宏さんと共に地方のデパートの屋上などを訪れ、サイン会ツアーに参加していたのである。といってもボクは似顔絵かき。別にサインを求められるわけではない。でもあの頃は絵の仕事をもらえるなら何でもよかったのである。ピンポンパンの出演者の皆さんは実に優しくて親切だった。ことに大竹宏さんは当時から超有名だったのに、子どもたちをガッカリさせてはいけないと、たとえ夏でも人前では絶対にキグルミを脱がなかったのにはシャッポを脱ぎました。スゴイ人物でした。今でもいい思い出になってます。

 どこかのお寺に書いてあるそうな。嘘でも他人の悪口は面白いけど、本当でも自分の悪口は腹が立つと。ま、納得な文言ではあるが、本当だから腹が立つのかもしれない。人は無責任だから嘘でも何でも陰口をたたくけど、悪口をいわれつけてる立場からいわせてもらうと、嘘の悪口なら何をいわれても気にはならない。いいたいやつには勝手にいわせておけばいいのだ。他人の嫉妬くらい面倒なものはない。付き合うのもバカらしいのである。

 月刊ラジオ深夜便「しじまのおもちゃ箱」のタイトル文字を書きながら大相撲初場所の中継を聴いている。そしたら遠藤が敗けちゃった。敗けて嬉しい白鵬も、勝って嬉しい稀勢の里も休んでいるし、今場所は正直あんまり面白くないのです。ほんと。いったい誰が優勝するのだろう。予想がつきません。

▲ 今ここに鍋焼きうどんあればいい




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