全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2016年10月10日~16日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

1010・月・体育の日・目の愛護デー・

 秋の気配に打ちのめされている。寂しい心持に掻き回されている。そう。今日はアリーナの命日なのである。2004年の今日、盲導犬アリーナの魂が地上を離れた日なのである。ボクにとって最もつらい出来事、いちばん大切な存在が離れていってしまった記憶を刻みつけてくれた日なのである。この日に戻れば、もっともっと大切にしてあげればよかったと悔やむ気持ちばかりが小さな池に落とされた小石の作る波紋のようにいったりきたりする。リフレインする。そんなブルーな心のターミナル。ただでさえメランコリックな秋の日に、ボクの生涯ただ一頭の盲導犬はこの世を去ってしまったのである。あれから12年、今でもボクは恥ずかしいくらい、悲しくて悲しくて仕方ないのである。恥ずかしいくらい狼狽えるのである。

 NHKラジオ第2「朗読の時間」は今日から高見順の「敗戦日記」。永井荷風の「断腸亭日乗」でもそうだったが、やはり戦争中の人々の暮らしに興味を引かれる。この日記ではその記述が中心になっているのだからこれは聞き逃せないのである。

 10月10日は毎年秋雨の終わる頃であるらしい。そういう理由で64年東京オリンピックの開会式にあてられたというのである。晴れの特異日、ということではなかったのだ。けれども、あの5機のブルーインパルスが5輪を描いた青い空の印象があまりに強かったため、10月10日は晴れの特異日、というイメージが定着したのだ。そんな説を本日は初めて耳にしたのである。

▲ ジェット機が五輪を描く秋の空

1011・火・

 いつ聞いても醜いヒラリーとトランプのディベート。口喧嘩、言い争いと言い換えてもいい。これまでで最も醜悪な討論会とマスコミは嘆くけど、それを面白がるのもマスコミだし、煽るのもマスコミである。大統領選のレベルを下げているのは一方的にトランプの側という印象があるが、それがトランプの作戦という見方だってある。それにヒラリーだって、相手がトランプでなければ闘い方も違ってくるはずだ。それにしてもヒラリーにとってのロッカールームトークってどんな話だろう。男子のいない更衣室で、女子たちはどんな話をしているのだろう。どうも男にとって、女たちの猥談を想像するくらい卑猥な行為はないような気がする。

 コボちゃんがアルルカンでケーキを買ってきた。太ったおじさんの肉も買ってきた。太ったおじさん、カーネルサンダースのお見せでケンタッキーフライドチキンを買ってきたのである。ケーキもフライドチキンも雲の上のアリーナが食べるのである。そう。昨日はアリーナの命日であったのだ。そしてコボちゃんにとってはアリーナの命日でさえケーキを囲む口実となるのである。どんなに悲しい思い出も、それが記念日である限り、ケーキを食べる理由になるのである。そしてケーキがあればアルルがうろうろする。トラネコミミコはチキンを狙う。アリーナの慰霊のための儀式なのに、たちまちにして我が家はお祭り騒ぎとなるのである。

 耳にしたくないワーストワンは安倍晋三の声だけど、国会中継だけには耳を傾けるようにしている。ガマンしながら聴いている。で、「かけつけ警護」がオイラにはわからない。理解できない。軍隊の格好をした集団が「いくさば」に駆けつけたら、それは戦争ということになるんじゃないか。どんな外国であろうと、駆けつける自衛隊を見て鬼ごっこをしているとは思わないだろう。おままごとをしているとも思わないだろう。で、この国会ではそうした議論でイナダ防衛大臣が槍玉に上がっていて戦争と衝突の総意を説明するのに苦慮している。それにしてもこの大臣、どうしていちいち言葉に詰まるのだろう。知らない人が見れば、誰だって勉強不足といじめたくなる。不適格者といじめたくなる。防衛大臣なんだから、それでは困るのである。この人がトップなら、とても攻められない。そう思わせられるような適任者はお友だちにいなかったのだろうか。安倍晋三、周囲5メートル以内で内角を作るからこういうことになるんだよ。

▲ 真っ白な生クリームに秋の風

◇ バーチャル富士登山コース  頂上に到着、通過しました。
次の地点はお鉢巡り。あと、2,593歩です。現在の歩数、71,407歩。
3周目挑戦中だもんね。

1012・水・

 窓から差し込んでくる日差しが温かい。晴れているのだ。いい天気なのだ。ラジオが嬉しそうにいっている。まるで自分の手柄のようにいっている。洗濯日和なのだ。布団も干した方がいいのだ。そうもラジオが勧めてる。何から何まで先回りして、やかましいのである。余計なお世話なのである。日本人の、その考える力を奪おうとする、これはロシアか中国の陰謀に違いない。北朝鮮によるテロ行為かもしれない。根拠はないけどそう思うのだ。それにしてもこの雨続きで、みんなの布団はどうなっていたのだろう。布団乾燥機の普及率が上がったとも聞いてないし。それにしても湿った布団は体によくないです。幸いなことにボクの羽根布団は猫が潜り込んだままになってるくらいに気持ちよく乾いてふかふか。おそらく我が家の猫は布団乾燥機の役割も演じてくれているのだろう。さて、羽根布団と猫の組み合わせ、どちらもアレルギーの発生源である。猫アレルギーと鳥アレルギーの人なら、潜り込んだだけで髪の毛から爪の先まで蕁麻疹になるだろう。予防法はただひとつ。犬や猫と暮らせばよい。できればネズミやゴキブリもいた方がいい。ノミやシラミやダニだって大歓迎。あの小さな仲間たちは恐竜の時代から地上に君臨していたのだ。恐竜たちの血を吸っていたのだ。病原菌を媒介してきたのだ。そして宿主が免疫システムを構築するのに貢献してきたのである。生き物と暮らせば人は強くなる。彼らは免疫を促進してくれるし、ときどきは布団乾燥機にもなってくれるのだ。

 南海電鉄の車掌がこんな車内アナウンスをしたと発覚し、問題になっている。
「外国人のお客様が多く乗車し、日本人のお客様にはご不便をおかけしております」
 車掌は差別の意図はなかったと弁明している。日本人乗客が外国人が邪魔だと叫んだのが発端だと説明している。わかっとらんのである。言葉が違う。顔が違う。習慣が違う。違うという理由で分けることが差別なのである。違いを認めないことが差別なのである。火星人の足が8本あって、まるで蛸みたいだから電車に乗せないといったら差別なのである。馬鹿な話である。そもそも乗客になれば日本人も外国人もないじゃないか。地球人も火星人もないじゃないか。世界中を旅してきたけれど、乗り物に乗って外国人だからといって差別なんかされたことはない。そんなことをするのは日本人の島国根性だけなのである。日本人は死ぬまでに一度くらい外国を旅した方がいい。それも団体旅行でなく、独り旅をした方がいい。誰も知らない国で途方に暮れ、知らない国の知らない人たちに救われ、そして親切にされる経験をした方がいい。でなければこのけち臭い島国根性を叩き直すことなんかできないのである。日本人の差別感覚の希薄さを鍛え直すことはできないのである。可愛い子には旅をさせろ。馬鹿な子にも旅をさせろ。狭い国土で甘やかされたガキなんか、死ぬまで使い物にはならないもんね。でなきゃ外国人観光客に対する山葵テロもなくならないもんね。

▲ 雨上がり干した布団に秋の猫

◇ バーチャル富士登山コース  お鉢巡りを通過しました。
次の地点はお鉢巡り(郵便局前)。あと、3,629歩です。現在の歩数、74,371歩。
3周目挑戦中だもんね。

1013・木・十三夜・

 朝、NHKラジオを点けっ放しにしてうとうとしていたらいきなり、「てのひらを太陽に」がかかってバッチリ目が覚めた。ご存じやなせたかしの作詞である。思わず体が動いて口が動いた。布団の中で一緒に歌いながら、そういえばやなせ先生を偲ぶ会のラストで、参加者の皆様の前でこの歌を代表で歌わせてもらったな、と想い出す。事前に実行委員会から依頼されていたので、そのために歌詞を暗記していたのだ。この歌詞、意外に難しい。サビの部分で
「ミミズだって、オケラだって、アメンボだって」
と歌い上げる。続いて2番は
「トンボだって、カエルだって、ミツバチだって」
と引き継ぐ。ここがこんがらがる。ややこしい。ミミズの顔やオケラの前足や、アメンボの細長い足が頭の中を駆け巡る。トンボとカエルとミツバチの関係性も理解できない。やなせ先生が何を思ってこの順番で並べたのか、ボクら凡人には想像もつかないからである。おそらく、やなせ先生は、みんなみんな生きているんだ、友だちなんだを強調したかったのに違いない。で、音楽が終わったNHKラジオはそれに続く「今日は何の日」で、2013年の今日、やなせたかし先生がご逝去されたことを伝えていた。そうなのだ。本日はやなせたかし先生のご命日なのである。我ら詩とメルヘン組みのメンバーにとって、生涯忘れられない日なのである。

▲ 秋の空アンパンマンが飛んでいく

◇ バーチャル富士登山コース  お鉢巡り(郵便局前)を通過しました。
次の地点は剣が峰。あと、3,503歩です。現在の歩数、80,497歩。
3周目挑戦中ということです。

1014・金・

 汚い紅葉だとコボちゃんが嘆いてる。これでは紅葉でなくて、茶葉だといっている。せっかくやってきたのに今年最後の軽井沢、期待外れだと泣いているのだ。それにしても今日は熊本の震度7から半年。阿蘇山だって噴火したばかりだけれど、浅間山だっていつ暴れ出すかわからない。自信も火山も明日は我が身なのである。

 1点も取れないと思っていた横浜が広島に快勝した。さて、どうなるのだろう。今年のペナントレース、ますます面白い。でもなぁ、これで横浜が日本選手権を獲得なんかしちゃったら広島のカープファンはもちろん、横浜に負けた読売巨人軍ファンももちろん、プロ野球ファンは激怒するだろうな。

 たまげたね。ラーメンから親指というニュース。ウィンナーソーセージの缶詰から指という都市伝説なら耳にしたことがあるけれど、本当に爪のついた親指がラーメンから出てきたとは水木しげるの漫画にもない筋書きである。スライサーで焼豚を切っていたら親指まで切り落としちゃった。その人、よほど不器用だったんだろうけど、これからはますます不器用になってしまうね。でもさ、そんな事故があったんだったら何で焼豚すべてを廃棄しなかったんだろう。そうすればこんな大騒ぎにはならなかったのだ。破廉恥な事件には発展しなかったのだ。ケチも大概にしないと看板を書き換えることになる。ラーメン亭「親指姫」。

▲ 青い空粧う山はみな茶色

1015・土・

 山の中に病院があって、その透析室で透析を受けた。分娩室では受けられないから透析室で受けたのである。幸いなことに今日も透析は成功だった。30年前に人工透析を導入したとき、担当医はオイラはあと5年しか生きられないと母親に伝えたそうだ。では5年以内に透析が失敗してオイラは死ぬのだなと勝手に思っていたら、そうはならなかった。担当医の予想を超越して、医学と医術は飛躍的に進歩したのである。担当医の脳味噌よりも速く高く飛躍したのである。あれから30年、医学の進歩と優れた医術のおかげで今日も透析は成功してオイラは命を永らえたという訳だ。その透析からの帰り道、オイラは生きているという喜びの絶頂でカーラジオのスウィッチを入れた。スピーカーからは広島VS横浜のクライマックスシリーズの中継が流れ出す。ファイナルステージをやっていたのだ。1回の裏で広島が6点を入れ、これは決まりだとラジオを切ってしまった。ところが北軽井沢スタジオに戻り、ラジオを入れたら8対7の激戦になっている。そう。どちらも譲らなかったのである。だから今年のプロ野球は面白いのだ。人々の予想を裏切るのだ。医者の予想を裏切るのと同じくらい意外な結果が生まれるのである。

 週刊朝日を読んでいたら川田龍平、堤未果(つつみみか)ご夫妻のインタビュー記事が掲載されていた。実にいい記事である。素直に人を感動させる内容である。そのロマンスについてはご当人たちから直接うかがってはいたけれど、記事で拝読するとまた感動は新たとなる。思わず電話をかけてしまったら留守番電話だった。そうだよな。川田龍平さんは国会議員。奥様の堤未果(つつみみか)さんはトランプ米大統領候補の優勢を伝えられ、ご著書の予想が的中して引っ張りだこのジャーナリスト。ウルトラご多忙なご夫婦なのである。そのおふたりに気軽に電話なんかしちゃって猛烈に反省、馬鹿なオイラの頭を自らポカポカぶん殴っていたらケータイからいきなりコール音。受話器のあちら側と、読んだばかりのインタビュー記事よりも仲睦まじいおふたりと会話ができたのである。それにしても不思議なご縁。21世紀になってからすぐのお友だち、龍平君と、学生時代から面識のあった女性社長のお嬢様が結婚して、そしてこうしてお付き合いをさせていただいているのである。世界は広いけど世間は狭いのである。

 コボちゃんの職場の女性のお母さんが北軽井沢に住んでいた。コボちゃんとアルルが散歩中に通りかかるお洒落な家。猫のいる素敵な邸宅。それが彼女の住まいなのである。とても大きなお宅なのである。それもそのはず、もとはペンションなのだ。猫が8匹。白黒やチャトラン。その猫たちの話はボクも聞かされていた。いつも思うのだが、世界は広く世間は狭い。みんなが考えているよりずっとずっと狭いのである。

▲ 曲がり道秋の日落ちて鳥の声

1016・日・満月・

 今日も野球をやっている。パリーグのクライマックスシリーズである。日本ハム対ソフトバンクのファイナルステージの闘いである。そして驚いた。指名打者だった大谷君がいきなりのリリーフ登板で、いきなりの165キロの剛速球を投げたのである。プロ野球新記録の剛速球を投じたのである。たまげました。球だけにたまげましたとは思っても書きません。あ、書いちゃった。

 この日に起きたニュースで気になったのが六本木交差点における事故であった。人々が往来する街角で長さ1.8メートルの鉄パイプが頭上に落下してきたのである。ビルの足場を撤去中に発生した作業ミスだった。鉄パイプは77歳の男性を直撃し、隣を歩いていた夫人にも怪我をさせた。ひどい事故である。不注意が引き起こした悲劇である。無論そのことで心が痛くなる。けれども捻くれ者のオイラにはもうひとつ気になることがあるのだ。それはその事実の伝え方。アナウンサーに読ませる原稿の書き方だ。鉄パイプが頭に直撃なのか、それとも頭を直撃なのか、その助詞の使い方が引っ掛かるのだ。頭を直撃なら鉄パイプが主語となり、鉄パイプが77歳の男性の頭を直撃したとなり、頭に直撃なら77歳の男性が主語となり、77歳の男性が頭に鉄パイプの直撃を受けた、となる。となるはずだ。ところがニュース原稿はここが曖昧になっていたのである。
 失明して以来、自分にとっての言葉の重要性が倍増して、日本語に対するこだわりが激しくなった。そう。日本語は助詞の使い方ひとつで主語と述語の関係性が入れ替わる。能動と受動も入れ替わる。けれどもその能動と受動を司る「ら」でさえ軽視され無視されて世間では「ら抜き言葉」が大手を振ってまかり通る。「来られる」は「来れる」となり、「見られる」は「見れる」となる。受動と可能がどんどんややこしくなっていく。「食べられる」だって「食べれる」と表現する芸能人だって存在する。さすが書物では見当たらないが、しゃべり言葉ではラジオでさえまかり通る。さすがNHKのアナウンサーは口の滑ることはないが、タレントや芸人やスポーツ関係者は滑り放題である。千歩も万歩も譲って「ら抜き言葉」を認めたとしても助詞の使い方については譲れない。
 日本語が乱れているのではない。言葉が進化するのだ。変化するのだ。そう説明されても助詞の使い方が曖昧になっては困るのである。無意識的になっては困るのである。人品骨柄卑しからぬ紳士が
「息子の嫁はどこに出しても恥ずかしくありません」
というべきところを
「息子の嫁はどこを出しても恥ずかしくありません」
といえば紳士は間違いなく恥をかくのである。

▲ リリーフはクライマックス剛速球





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