全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2016年9月26日~10月2日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0926・月・

 さぁ、大変だ。秋場所でまさかの全勝優勝をしちゃった豪栄道がヒーローになっている。来場所の優勝と綱取りが話題になっている。そうはいうけど、実力がなくて横綱昇進なんかしたら大変だ。たちまち引退に追い込まれてしまう。万年角番大関ならカムバックのチャンスはいくらでもあるけれど、横綱に角番なんてない。ちょっとでも連敗すれば、あとは引退しかないのである。これまで何度もチャンスを逃している稀勢の里だって、もしも横綱に昇進していたら、とっくに引退していたのかもしれないのだ。

 うっすらと汗なんかかいて、妙に暑いと思っていたら知らない間に真夏日になっていた。となると上空との気温差で夕方からの雷雨が心配。出かける前、パソコンの電源ラインとネット回線を外しておかなくっちゃ。まさかのまさかってことがあるからね。

 透析中、血圧が急激に低下する。息苦しいと思ったら、100以下になっていた。もしかしたらこのまま死ぬのではないかと思って、酸素供給をしてもらった。でも、心電図では異常がないので安堵した。もしかしたら最近、痛みどめのロキソニンを頻繁に頓服していたので、その蓄積効果なのかもしれないぞ、なんて耳学問による素人考えでいたら、コボちゃんに
「肺梗塞というのもあるからね」
と驚かされた。こういうときは奥さんが看護師で臨床工学技士であることが恨めしくなる。
 夜中、気配がして、はっと目覚めると、コボちゃんが覗いてる。どうしたのかと尋ねると、あんまり静かに眠っているから、もしかしたら死んでるのではないかと心配になった、というのである。でも、取り敢えず大丈夫、ボクはまだ生きている。そしてお互いが生きているこの時間を最後の瞬間まで大切にしていきたいと心から願ったのである。
 それにしてもボクの透析室はありがたい。顔色が悪いといっては飛んできて、たちまち血圧を測定してくれ、息苦しいと訴えればすぐに酸素を吸わせてくれる。30年も無事でいられるのはこのスタッフのおかげなのである。なのに問題になっている横浜の例のあの病院は恐怖小説か怪談映画みたいで恐ろしい。呪われた4階病棟とか、点滴に混入された界面活性剤とか、切り裂かれたエプロンとか、ただれた唇とか、ホラーかスリラー映画、怪奇小説の話を聞いているようである。事件が報道されればされるほど連続無差別殺人の様相を呈してくる。患者は病院の選び方ひとつで、たちまち寿命が短くなってしまうのである。

▲ 蟋蟀の明滅してる帰り道

◇ バーチャル富士登山コース   八合目を通過しました。
次の地点は本八合目。あと、6,447歩です。現在の歩数、34,553歩。
3周目挑戦中でございまーす。

0927・火・

 気象庁発表によると、ここ最近の日照時間の少なさは1961年以来のことであるという。ということは、ボクが中学生になったばかりの9月は天気が悪かったことになる。ま、何の影響もないけれど、こうしたデータが記憶の風景を塗り替えてしまうことはありそうだ。いわし雲やうろこ雲の記憶の空が、いきなり鈍色の曇天に変わってしまうのである。ま、何の影響もないけれど。

 野田佳彦が出てくるようでは民進党はアウトだね。あの人が総理大臣をやってる頃、ボクは彼を官僚ロボット屑鉄28号とか、自民党の回し者とか呼んでいた。今になってノコノコと穴を出てくるとは、自分が何をしでかしたか理解してない証拠だね。あの頃の彼はおそらく、総理大臣の役を演じるのに精一杯だったんだろう。泥鰌とか蓮根とか、キャッチーな言葉を演出するのは得意だけれど、人の心はキャッチできない。不器用が器用の真似をするとロクなことにはならないのである。

 昔は馬鹿っぽいと思われていた「ら抜き言葉」が最近は市民権を獲得しているらしい。とはいえ、「ら抜き言葉」が馬鹿っぽく聞こえなくなったということは、世間が馬鹿っぽくなったってことなのかもしれないぞ。朱に交われば赤くなる。でも、どうしても赤くなれない人種はどうすりゃいいんだ。どう心を入れ替えても、やっぱり「ら抜き言葉ユーザー」を賢いとは思えない。いくら時代が言葉を流転させるのだと納得しようとしても、身についた習性は簡単には払しょくできない。例えば、どんなに強制されても布団の中でウンコができないのと同じなのである。教育と時代は「ら抜き言葉」をそれくらい恥ずかしい行為にしてしまうのである。

 臨時国会が始まっている。所信表明演説で繰り返されたアベちゃんの「未来」って、いったい何だったんだろう。何を意図する「未来」だったんだろう。過去を隠蔽するための「未来」なのか、それとも過去を再来させるための「未来」なのか。いずれにせよ、あまりに連発されたため、「未来」という言葉が軽くなって凧のように空中で踊っている。この人の口から放たれた瞬間、一億総活躍社会も働き方改革もアベノミクスも、火のついた紙屑のように軽くなり、空中で舞い踊る。海保も自衛隊も警察も、ネズミーランドの「スモールワールド」の丸い頭の人形みたいに一列に並んでピョコピョコと上下する。自民党員もナチスの党員みたいに立ち上がって拍手する。そのまえでヒトラーみたいに興奮している安倍晋三がボクの網膜には映っているのである。

▲ 湯の音に鼻歌混じる秋の夜

0928・水・

 台風18号が南方の海上で発生したという。10月3日に沖縄に接近するらしいのだが、この台風、それから先はどこへいくつもりなんだろう。ボクにそっと耳打ちをしておいてくれれば、あれこれ、スケジュールを都合できるんだけどな。
 中国の宇宙ステーションが制御不可能になってるって噂が飛んできた。来年、地球に墜落することは確実なんだけど、それがいつなのか、どこに墜落するかは見当がつかない。ここいらあたりが、いかにも中国なんだけど、そこは友だちを大切にするお国柄だから、「三国志」の熱烈ファンであるボクにだけはそっと耳打ちをして、避難する方法や方角をアドバイスしておいてもらいたい。

 日本ハムが優勝を決めた。あの大谷選手が優勝を決めた。ヒット1本で完封というドラマで優勝を決めた。花巻高校の先輩、菊池投手との投げ合いを制して優勝を決めた。これから先、この人、どれだけ活躍するかわからない。できるだけ長く日本にいてもらいたいと思う。で、みんなもそう思っているに違いない。おおい、日本ハム。ドルの札束に心を奪われなさんなよぉ。

▲ 街路樹や雀のお宿秋の暮れ

◇ バーチャル富士登山コース  本八合目を通過しました。
次の地点は八合五勺。あと、6,180歩です。現在の歩数、41,820歩。
3周目挑戦中であります。

0929・木・

 この週から吉川英治の「新書太閤記に没頭している。全12巻である。1巻が300ページの大作である。なんでこんな大作を読破する気になったかというと、それは三谷幸喜の映画「清州会議」の影響である。登場人物の関係がよくわからず、あまり楽しめなかったからである。原作となっている三谷幸喜の小説「清州会議」を読んでも誰が誰だか、ちんぷんかんぷんだったからである。とにかく戦国時代を舞台にした小説は漢字がやたら多くて目が疲れる。けれども音訳読書なら眼球の疲労を感じることはない。それでこの超大作を読破する気になった訳である。ところが、盲人のボクは音訳読書のし過ぎで聴力の低下を感じることはあっても、ちなみにこの聴力低下は短時間の睡眠でたちまち回復するのだが、音訳読書で目が疲れるはずがない、ということに気がつくのに時間がかかっているのである。つまり、馬鹿なのである。この音訳読書の完成は1967年のこと。それってビートルズがサージェントペパーロンリーハートクラブバンドをリリースした年ではないか。ということでこの朝、ビートルズを聴いている。そして1967年の過去に誘(いざな)われている。そう、ビートルズはボクのタイムマシンなのである。この完璧な演奏は4人の切磋琢磨があったから。とは最近のポールとリンゴスターの談話であるそうな。あれから50年、今はこのふたりしか残っていないのだ。と、この朝は太閤記からビートルズまでの飛び石思考になっている。

 安倍晋三がのぼせている。血迷っている。耳を傾けても何をいっているのか、よくわからない。ただ、ベラベラと上顎と下顎のぶつかり放題、舌の滑り放題、回り放題で、音の波が四方八方へと飛散する。意味のない言葉が意味のありそうな振りをして国会議事堂に反響する。それを止める人間がいない自民党、いったいどこへいくのだろう。日本をどこへ連れていくつもりなんだろう。そして日本の民主主義、そんなに無責任でいていいのだろうか。民主主義を任された日本国民、そんなに無責任でいていいのだろうか。ここはひとつ、テレビからラジオへ、そして新聞へと遡行し、しゃべり言葉から書き言葉を振り返り、世間で交わされる言葉をじっくり吟味して、自らの思考の質を向上させたいと願うのである。

▲ 秀吉もきっと見ていたいわし雲

0930・金・

 以前にも触れたような気がしているが、NHKラジオ第2、金曜日のカルチャーラジオ「化学と人間」にはまっている。特に今回のシリーズ「太陽系外の惑星を探す」が面白くてたまらない。講師は東京工業大学地球生命研究所教授、いだしげる先生。失礼ながらボクは漢字を存じ上げない。今週はその12で、系外惑星の生命体についての考察。いだ先生によれば、データは無数にあるのだが、サンプルはひとつの体系だけ。つまり、天体観測によって系外惑星に関するデータは観測技術の進歩と共に膨れ上がっていくのだが、サンプルは地球という惑星の生命系ひとつだけに限られている、とおっしゃる。そして地球生命系に関するサンプルは無数にあるが、系外生命体に関するデータは皆無である。そうもおっしゃっている。生命系について我々はひとつのサンプルしか持たない訳であるが、考え方を広げれば生命系の可能性は無限に広がるのである。我々は酸素によるエネルギー代謝で生命を維持しているが、太陽から遠い惑星では他のガスでのエネルギー代謝も考えられるし、もしかしたら金属や珪素による代謝、なんてのもあるのかもしれない。こうなるとSF作家の領域になってしまうが、これから先、系外生命体について、どんな発見が待ち受けているか想像もつかない。その根拠として、これまで考えられなかったようなホットジュピターやエキセントリックジュピターを包摂する惑星系が太陽系外に無数に発見されてきているからだ。そういう意味でこのシリーズは驚きの連続だった。来週でシリーズが終わってしまうのが残念でたまらない。

 季節の経過と共にお日様が傾いてきたのだろう。パソコンに向かっていると左腕に日差しを感じる。ぽかぽかと温かいのである。この温かさをありがたいと感じるのである。毎年のように、この椅子に座り、この机に向かい、窓ガラスから差し込んでくる日差しに照らされる左腕の温かさで秋の深まりを実感するのである。

▲ 左手を優しく包む秋うらら

◆ 10月・神無月・

1001・土・新月・都民の日・

 月初めの恒例、日本各地の日の出と日の入りの時刻です。札幌の日の出は5時32分、日の入りは17時16分。仙台の日の出は5時32分、日の入りは17時20分。東京の日の出は5時36分、日の入りは17時25分。大阪の日の出は5時53分、日の入りは17時42分。福岡の日の出は6時13分、日の入りは18時3分。日の入りもずいぶん早くなって、これじゃ太陽も傾いて、ボクの左半身を優しく温めてくれるはずです。そしてこの太陽、どこまで傾くのでしょう。傾いて傾いて、日差しは部屋の奥まで差しこんで、かじけ猫の日光浴場を広げてくれるのでしょう。そしてそれはクリスマスの少し前、冬至の頃まで続くのです。

 朝、トラネコミミコが行方不明で我が家は大騒ぎ。コボちゃんがどこを探しても見つからない。ボクがどう呼ぼうとも出てこない。キャットフードのタッパをマラカスみたいにシャカシャカ上下させても現れない。いつもだったら飛んでくるのにどうしたことだろう。使いこみがバレるのを恐れて夜中に家出でもしたのだろうか。そう、猫の恋の季節にはまだ早いのだ。心配がピークに達した頃、キャットフードのマラカスに忘れた頃に反応して、のそのそと姿を現した。朝が涼しくなってきたので、温かさを求めて秘密の場所に潜り込んでいたのだ。そうなのだ。トラネコミミコには人間には察知できない秘密の隠れ家があったのだ。寒くなると、猫も人間も、そのことを思い出すようになるのである。という訳で、気温が下がってきたので、トラネコミミコがやたらくっついてくる。ボクとキーボードの間に潜り込み、仕事をさせてくれない。こういうときこそ隠れ家にいってくれればよいのだが、秘密の場所には膝の温かさは存在しない。手軽に人間の体温を利用できる間は隠れ家の必要は感じないのである。猫は人間の求めるようには行動してくれない。飽く迄も自らの野生の叫びに忠実なのである。

▲ 秋寒や猫は隠れて朝寝坊

◇ バーチャル富士登山コース  八合五勺を通過しました。
次の地点は九合目。あと、6,724歩です。現在の歩数、48,276歩。
3周目挑戦中でありんす。

1002・日・

 昨日は猫が朝寝坊の口実にしたいくらいな秋寒(あきざむ)だったのに、一転して本日は真夏みたいな陽気となっている。突如として真夏が戻ってきたのである。とはいえ、これが今年最後の真夏を味わえるチャンスであることは明白だ。どんなに気持ちのいい真夏の雰囲気であっても、聞えてくるのは蟋蟀の声ばかり。雰囲気は真夏であっても、もう蝉は鳴いてはくれないのだ。法師蝉でさえ、鳴いてはくれないのである。

 夕方、中学時代のいちばんの仲良しから電話がある。この友人、新宿区戸塚第三小学校から永田町小学校に転校したその日にボクを自宅へ招待してくれた。5年生の初夏のことである。それから数日して、彼はボクを赤坂弁慶橋の蛍狩りに誘ってくれ、その優れた運動神経によって虫篭いっぱいの蛍を捕まえてくれた。それらはボクが生まれて初めて手にした蛍で、今もその夜の感動が蘇ってくる。麹町中学で最後のクラスも彼と一緒だった。彼のおかげで小学校も中学時代も、温かい思い出ばかりなのである。実は今日、その麹町中学の同期会があったのだ。ところが、ここ最近の世田谷と北軽井沢との往復でちょっとバテ気味、そしてまた来週早々から再び北軽井沢との往復が決まっており、どうにも同期会に出席する気力を奮い立たせることができそうもなかったのである。そのことを日本建築学会の重鎮、幹事の深尾博士には伝えてあったのだが、この友人に伝えるのを失念していたのである。同期会を欠席するのは今回が初めて。透析患者であるこのボクに、何かあったのではないかと思わせてしまったのである。この優しい友人に無駄な心配をさせて申し訳のないことをしてしまった。ここは反省をしなければならない。人間としての歴史が深まれば深まるほど友人の価値は増してくる。そして人間として古くなればなるほど未来の再会は保証されにくくなってくる。どんなに疲れていようとも、会えるときは会っておいた方がいいに決まっている。残された時間が短くなればなるほど友人はますます大切になってくるのである。

▲ コーヒーをドリップすれば虫時雨





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