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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2016年8月15日~21日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0815・月・敗戦記念日・

 今日という日は71年目の敗戦記念日である。国が決して使わない敗戦記念という日である。終戦記念日という呼び方で、いつまでも国家が責任回避をしている敗戦の日である。正午の黙祷が終わると天皇陛下のお言葉があり、謹んで敬聴する。列席している安倍晋三はどんな顔をして、どんな気持ちで陛下のお言葉を受け止めているのだろうか。正真正銘の平和主義の象徴と、積極的平和主義とかいうインチキな平和主義の使い手が武道館に並んでいる。そんな構図を見ることのできる個人がこの国にどれだけ存在することだろうか。歴史が遠くなればなるほど、その歴史を改竄しようとする勢力が蔓延る。自分たちの都合のよい歴史に書き換えようとする集まりが形成される。悪性の蔦が蔓延するのである。だから正しく歴史を見つめる必要があるのだ。歴史の当事者たちの言葉に耳を傾ける必要があるのだ。それは世界を構成する個人としての義務であるのだ。心からそう思う。

 敗戦記念の本日から「朗読の時間」は永井荷風の断腸亭日乗。この日記を書くようになった切っ掛けの作品である。断腸亭日乗の朗読CDを入手したのはいつのことだったろう。永井荷風の気高い個人主義の思想と美しい文体が無教養で低脳なボクの精神を刺激してくれたのである。慶應義塾の独立自尊の精神を高揚させてくれたのである。永井荷風はこの日記で戦争に突入しようとする愚かな軍事政府と、それに付和雷同する愚民を厳しく批判していく。物資不足と空襲による疲弊と敗戦までの過程を克明に記録していく。もしもこの文章が官憲の目に触れていたら荷風は直ちに罰せられたことだろう。けれども断腸亭日乗はブログではない。ネットに公開されることもない。荷風はこれら日記を常に携帯して移動する。家を焼かれ、食料不足に追われ、日本各地を転々とする。荷風が全身全霊で守ったおかげで今、ボクたちはこれら日記から学ぶことができるのだ。敗戦記念日から始まるこの期間、「朗読の時間」で断腸亭日乗が紹介される意義は深い。さすがNHKと拍手喝采したい気分である。

▲ 玉音のあの日と同じ夏野空

0816・火・

 台風が接近しているはずなのに蝉たちは元気一杯に鳴いている。そうなのだ。気温が25度に達すると蝉たちは鳴き始めるのだ。蝉の声は夏日であることの証明なのである。それにしてもツクツクボウシ、どうしてそんなに音楽的に鳴いてくれるの。オーシンツクツク、オーシンツクツクと強く弱く調子をつけて鳴き続けて、最後はオイオーイ、オイオーイとエンディングまで盛り上げていく。すごいね、その音楽的センス。芸もなく、ただただ一本調子で声を発するアブラゼミとかミンミンゼミとかにいにいぜみとか、そんな蝉がいたかどうかは知らないけれど、とにかく他の蝉たちとはちょっと違うのだ。やかましいだけのクマゼミとはちょっとだけじゃなく、まるで違うのだ。すごいじゃないか。泣き始めから最後までのあの変化と変調はまさに交響楽、シンフォニー。英才教育を受けることなく音楽学校にも通うことなく、ツクツクボウシたちは最初から芸術の才能をまとってこの世に誕生したのだね。ツクツクボウシは蝉業界のベートーベン。となると、ヒグラシは蝉の世界のモーツァルトかもしれないね。
 ところで蝉というと、巨木に蝉のナナハンライダーを思い出す。競馬の騎手は体重が軽いほど有利。けれどもナナハンライダーは別。身体が小さければ重い車体をコントロールするのが難しくなる。けれどもボクが目撃したそのライダーは競馬の騎手みたいに小さな肉体でナナハンバイクを見事に乗りこなしていたのだ。巨木に蝉となって見事に乗りこなしていたのだ。ボクが呆然と見とれていたらそのライダー、こちらを見て鼻でふふんと笑った。そう。ボクはその当時、50CCのゼロハンライダーであったのだ。鼻で笑われても仕方のない存在だったのだ。

 ここんとこ、メダルメダルと同じ話題ばかりで馬鹿みたい。駄菓子屋とかゲームセンターでメダルをねだる子どもみたいに連呼するラジオ。きっとテレビもそうなんだろな。オリンピックは参加することに意義があります。なんてのは誰でも知っていて誰でも無視してるお題目。でもね、やっぱメダルですよ。誰でもメダルをねだるのですよ。ボクもメダルが嬉しいのですよ。だから期待してなかったリオ五輪にだって次第に興奮してきたのですよ。だからオイラも馬鹿なのです。

 ところで何だ、台風のやつ。こちらは原画渡しの予定があったのに、台風がやってくるということで約束を延期してもらったのだ。原画は北軽井沢でとっくに仕上げてあるのだ。そんな人騒がせをしておいて、台風7号のやつ、ちっともこないじゃないか。ここは反省してもらいたい。

▲ 気がつけばつくつくほうし風立ちぬ

0817・水・

 台風7号のやつ、目覚めたら東京からは既に遠くなっている。ホントに人騒がせなやつである。けれども何事もなく台風一過となってよかったと思っていたら群馬館林で39.6度という猛暑の置き土産。フェーン現象による高温であるらしいが、東京も無茶苦茶な蒸し暑さとなってきた。エアコン26度の設定が北極の涼しさみたいに思えてくる。そう。暑さ寒さって、相対的に感じるものなんだよね。

 ラジオをつければ今日もオリンピック。バドミントンをやっていたが日本人同士の対決でちっとも興味が湧いてこない。すぐに消したが、あとで勝利インタビューが耳に入り、オリンピック村の同室、ルームメイトの闘いだったことを知る。ライバル同士の心理的闘争もあったのではないかとお気の毒なことである。この試合、何とかならなかったのだろうか。とにかく、せっかくのオリンピックなのである。ぜひとも面白くしていただきたい。
 福原愛ちゃんが号泣したという。みんなもらい泣きをしたという。でもボクは熟睡していてちっとも知らなかったのだ。昨夜ラジオをつけたらリオ五輪の卓球中継をやっていた。日本女史が団体戦で銅メダルを争っていたのである。福原愛ちゃんが必死にプレイしている様子を中継していたのである。でも、愛ちゃんの必死さがびしばしと伝わってきて、とても聴いてなんかいられなかった。座ってなんかいられなかった。愛ちゃん、もしかしたら調子がよくなかったのかもしれない。自分のプレイに納得していないような雰囲気があったのだ。敗けたらどうしよう。聴いていてそう思うのだから、本人はもっとそう思っていたに違いない。というわけでじっと聴いていられなくなり、ラジオを消して寝てしまった、という訳である。ごめんなさい。小さい頃からの頑張りが実ることをみんな願っていたのです。だから聴いていられなかったのです。でも、勝利したのですね。よかった、よかった。眠っていて、ほんとうにごめんなさい。
 ソウル五輪以来、韓国女史がアーチェリーで金メダルを取り続けていることをご存じだろうか。その要因がキムチであることを韓国アナリストが分析しているという噂を耳にした。韓国女性の指先は世界でいちばん繊細だそうで、その理由は長年キムチを漬け続けているから、という分析である。だとしたら日本女性はどうなのか。ヌカミソじゃダメなのか。大和撫子は日本昔話の過去からヌカミソを掻き回し続けているのだけれど、掻き回すだけじゃダメなのか。洋弓がダメなら和弓(わきゅう)じゃどうだろう。指先の繊細さなら韓国に負けないはずなんだけどな。と、なんのかんのといっていて、オイラもオリンピックの話題ばっかり。やだね。

▲ この暑さ蝉がゆだって落ちてくる

0818・木・満月・

「やったあ!」
とか、
「よーし!」
 とか、オリンピック中継で聞こえてくるけど、そんなん、解説じゃないじゃん。ダメだよ、ダメ、ダメ。あんたらは応援団や観客じゃないんだから。与えられた仕事を忘れないでやってくれよな。あんたらの仕事は応援じゃなくて伝えることだろう。会場の歓声とアナウンサーの絶叫で、勝ち負け以外の状況がまるでわからない。これで実況放送といえるのだろうか。そんなに興奮しないでくれよな。あんまり騒ぐと世の中の裏側で起きていることがますます見えにくくなってくる。このスポーツ騒乱の影で、まさか悪巧みをしている勢力はいないよね。もしもいるとしたら、このタイミングは絶好のチャンスでしょう。そう。オリンピック以前と以後。戦争法案とか憲法改悪とか選挙とか。オリンピック健忘症にだけはなりたくないよね。

 8月15日、悲惨な事故が発生した。銀座線「青山一丁目」駅で盲導犬使用者がホームから転落して死亡したのである。銀座線は国内で最も古い地下鉄である。地上から近いため、階段は楽でいいのだが、なんせ設備が旧式。おまけに設計の考え方も旧式。そもそも昭和初期にバリアフリーなんて発想そのものがあった訳がない。高齢者や障害者の社会参加なんて頭の隅っこにも浮かんでこなかったのに決まってる。明治憲法の下、人権意識だって希薄だったんだから弱者の権利なんて認めるはずがないのである。老人や障害者は引っこんでろ、迷惑だから出てくんな、と思っていたに相違ないのである。その証拠にホームは狭くて柱だらけ。それも当たり前。トンネルを深く掘れなかったのも、ホームが狭いのもすべて経済が最優先だったからである。当時はもちろん点字ブロックなんて存在そのものも発想もなかったし、今だって点字ブロックの敷設について当事者である視覚障碍者の意見がどれだけ取り入られているかは怪しい限りである。なんせ、ホームドアの設置もまだまだ遠い先の話であるのだから。つまり、今も経済が最優先、ということなのだろう。
 以上のような状況で視覚障碍者に事故の起きない訳がない。視覚障碍者であると同時に失格障害者であるこのボクがこれまで無事にいられたのはボクには常に誰かのサポートがあり、たとえ盲導犬と一緒であっても、人に助けられながら鉄道ホームを歩いてこられたからである。
 それにしてもホームに残された盲導犬は今、どんな気持ちでいるのだろう。自分の守るべきご主人を失って呆然としているのに違いない。11年間も盲導犬使用者だったボクはその盲導犬の呆然自失がリアルに想像できるのだ。自分の誘導の失敗でボクを転倒させたときの盲導犬アリーナの焦りと後悔を実際に体験しているからである。
 ボクが中部盲導犬協会で訓練を受けていた当時、盲導犬使用者の死亡事故は一切発生していなかった。けれども最近、盲導犬使用者の死亡事故が発生するようになってしまった。これには何か理由があるのだろうか。社会のモラルの低下、感情の劣化、ケータイやスマフォの普及と関係のないことを祈るだけである。

▲ 轟くはオリンピックと蝉の声

◇ バーチャル東海道五十三次コース  水口に到着、通過しました。
次は石部。あと25,445歩です。現在の歩数、888,355歩。
3周目挑戦中!

0819・金・

 ニュースによればオバマの核兵器先制不使用宣言に対する安倍晋三の反対表明があったとか。ということはオバマの核兵器に対する考え方に安倍政権は賛成するつもりがないのだ。だったら何でオバマを広島に招待なんかしたんだろう。核兵器使用が大前提の政権がオバマを世界最初で唯一の被爆地に招いたのだろう。それが積極的平和主義というやつなんだろうか。アベちゃん、いってることとやってることがバラバラじゃんか。核兵器なき世界の可能性がいかばかりなものかはちょっとおぼつかないけれども、先生核兵器不使用宣言については米国の反撃能力を考えれば当たり前の話である。核兵器の本質から考えればその使用は報復のみで事足りる。そんなことがわかんないアベちゃんは、かなり賢いのではありませんか。

 ここんところ、NHKラジオ第2の「朗読の時間」を欠かさず聴いている。断腸亭日乗の永井荷風がカッこいいのだ。今朝は浅草、東橋(あずまばし)から自分の使っている金製品を惜し気もなく隅田川へ投げ込んでいる。戦争を推し進める軍国政府の役人の手に渡り、連中の勝手にされるくらいなら捨てた方が増し、との考えなのである。それにしても何たる傲慢、恐るべき不遜、許されざる横暴。軍事政府の理屈にかかれば個人の資産や基本的人権は捕まえたイナゴの頭を捻るより簡単に無視されるのである。これからだってわからない。同じ政権を許し続ければその体制は必ず腐敗する。民主政治を正しく維持できるのは政権交代というバプテスマだけなのである。
 「朗読の時間」が終われば10時からはカルチャーラジオ。そして金曜日のカルチャーラジオが格別に面白い。「化学と人間」は太陽系外の惑星を探す、というシリーズ。講師は東京工業大学地球生命研究所の教授である。今朝はその六でテーマはホットジュピター。これは中新星(ちゅうしんせい)のすぐ近くを軌道とする木星型の惑星のこと。ホットジュピターの存在が確認されるまで、木星型惑星は太陽系がそうであるように中心星(ちゅうしんせい)のはるか彼方を周遊するパターンしか考えられていなかった。それが系外惑星の発見を遅らせたのである。来週はエキセントリックジュピター。これは楕円軌道の木星型惑星。木星型惑星に何らかの天体が衝突し、その軌道を著しく変更させられたものであることが考えられる。このように太陽系外の惑星系には様々なパターンが存在するのである。

 ラジオをつければオリンピック。これを中継するアナウンサー、どの放送もプロレスの実況中継に聞こえてくる。その昔、猪木やタイガーマスクの動きを伝えていた誰かさんの絶叫みたいに聞えてくる。興奮の連続で、勝ち負けだけは伝わってくるけれど、試合の内容は何が何だかよくわからない。どうかもっと落ち着いてもらいたい。なんせこれ、テレビじゃないんですから。
 テレビといえば、ボクは長いことテレビを見ていないので黒人の水泳選手の存在を確認できたことがない。というか、これまで黒人がプールで泳いでいるのを見たことがない。ラジオでは黒人の水泳選手の存在について、誰も触れていないような気がしてる。失明以前のことだからずいぶん昔の話になるが、ケニアのプールで泳いでいたのは白人と日本人だけで、アフリカ人は誰も泳いではいなかった。陸上競技なら人種の壁は問題にならない。けれども同じ水の中で競い合う水泳競技だといきなり人種の壁が現れる。日本には存在しなくても、世界には厳然たる人種の壁が存在するのだ。人種差別の大きな障壁が立ちはだかるのだ。だから条件反射みたいに米国の警察官は黒人を射殺するのだ。果たして今、21世紀のオリンピックで、この人種の壁は取り払われているのだろうか。誰か教えてくれませんか。

 透析は明日の午後に変更しているので今夜は忙しい。駅前喫茶店、エクセシオールで月刊ラジオ深夜便の新任編集長と面会、原画をお渡しして、その足で散髪にいく。思い切り短くして気持ちいい。コボちゃんは図書館で本の発掘。それから合流して光陽楼で食事。餃子とオムレツと豪華版冷やし中華で満腹となり、今夜はゆっくり眠れることだろう。

▲ 店の奥冷やし中華と声かける

0820・土・

 いつもだったら土曜の朝はNHKで「ラジオ文芸館」を楽しむんだけど今朝はパスされる。10時からのNHKのラジオ寄席「真打競演」もパスされた。これみんなオリンピック放送になっちゃった。日本のメダルの数が40個に届くとは驚きだが、アスリートのみんなにとっては大変な4年間だったんだと思う。お疲れ様。結果の出た人、本当によかったと思う。
 それにしてもこのリオ五輪を舛添さんや賭博でつかまった元バドミントン男子選手たちはどんな気持ちで見ていることだろう。いや、観てはいられないかもしれないね。ボクだったら知らないふりをしていると思う。死んだふりをしていると思う。世の中、後悔しても仕切れないことがいくらでもある。そして、そういうときには上手にあきらめる方法を学ぶしかないのである。失明したボクみたいにね。

 うたた寝をしていたら頭上からの爆発音で飛び起きる。落雷ではない。巨大な空中放電である。青天の霹靂でもない。朝から雨が降っているからである。アルルをベッドサイドに呼び寄せてからラジオをつける。するとアナウンサーの絶叫と解説者の咆哮が群衆の歓声を伴って耳に飛び込んできた。桐生がどうとか、ボルトがどうとか叫んでる。日本がトップだ、とも吠えている。ニッポン陸上男子が400メートルリレーで銀メダルを獲得したのだ。その瞬間をライブで聴いてしまったのだ。ほんの一瞬ではあったけど、日本選手がボルトの先を走っていたのだ。追いつかれて追い抜かれたけれど、ボルトのジャマイカに次いでの銀メダルを獲得したのはすごい。ニッポン陸上にこんな底力が秘められていたとは何たる驚き。世界を驚天動地させる偉業なのだ。ニッポン男子陸上短距離の4人の選手がボルトと並んで表彰台に上るのである。これぞ本物の青天の霹靂、ウサインボルト、いや、数億ボルトの空中放電も真っ青な青天の霹靂なのである。ロシアが国家的ドーピング事件を起こしてくれたおかげなのである。さぁ、東京オリンピックではどうなるか。なんて粉をかけるとオリンピックを口実にして儲かりたい連中が喜ぶのだろうな。築地の移転はどうなるのだろうな。ますます建築費が高騰するのだろうな。魚河岸を潰して道路ができてしまうのだろうな。わはは。

 道路といえば、道路がただの一直線である限り、いつまでも交わることはない。けれども道路が複数存在すれば、いつかは交わり、交差点という社会的現象が誕生する。そしてこの無数に道路が走る世の中では三叉路の交差点というのは珍しくないのかもしれないけれど、五叉路(ごさろ)というのはもしかしたらすごく珍しいのかもしれない。そしてその五叉路(ごさろ)の交差点がこの近所に存在するのだ。そしてその交差点にセブンイレブンも存在するのだ。セブンイレブンはちっとも珍しくはない。けれどもこの五叉路(ごさろ)のセブンイレブンはもしかして、ちょっとばかり珍しいのかもしれない。というのは、ここの経営者がふざけてると、我が家では以前から大評判であるからだ。弁当であれ、おにぎりであれ、このセブンイレブンで欲しい商品を購入できることはほとんどない。人気商品であればあるほど入手のチャンスがまったくない。というのは、黙っていても売れる商品は隠しておいて、売れ残っている品物からお客様にお引き取り願いたいと棚に並べておくからである。お客様から選ぶ楽しさと権利を剥奪しているのである。そしてコボちゃんによれば、その犠牲者にされるのが高校生であるらしい。通学の途中、セブンイレブンでランチをゲットしなきゃならない高校生であるらしいのだ。彼らには時間がない。そして選ぶ権利も余裕もない。目の前に並んでいる品物だけが彼らのランチとなるのである。コボちゃんによれば、経営者の狙いはそこにあるらしい。だからコボちゃんは今日も怒りに震えて戻ってくる。今日も何もなかったと帰ってくる。TBSラジオで遠藤やす子アナウンサーがコマーシャルで紹介してる、あのおいしそうな商品など、最初から入手をあきらめている。だからどうしても欲しい商品がある場合、ボクらはクオリスを走らせて世田谷線松原駅のセブンイレブンに遠征する。そこで希望の商品と出会うのである。おい、五叉路(ごさろ)のセブンイレブン、そのうちファミリーマートにもローソンにも敗北してしまうぞ。という訳でこのオヤジ、いや、もしかしたらオバハンかもしれないけれど、この経営者の因業なやり方をいつも許せない気持ちでコボちゃんから聞いているのである。

▲ 稲妻のごとく輝く銀メダル

0821・日・

 そんなはずじゃなかったのに、朝から熱心に傾聴してしまった。コーヒータイムでたまたまラジオをつけたらオリンピックサッカーの決勝戦だったのだ。どちらも負けられないドイツとブラジル。熱戦に次ぐ熱戦で勝負がつかず、どちらも譲らない。結局はPK戦での雌雄決着となる。文字通り手に汗握るPK戦である。ブラジルのキックは正確。そしてドイツのゴールキーパーは鉄の壁。見渡せば会場はブラジルのサポーターだらけで一触即発の雰囲気に満ちている。で、結果はブラジルの勝利。ホントにブラジルが勝ってよかったね。あれで敗けていたらオリンピック会場に血の雨が降ったかもしれないのだ。とにかくネイマールがヒーローになっておめでとう。心からブラジル市民に拍手喝采したい気分です。何せ、皆さんリオ五輪を成功させた納税者たちだもんね。
 さて、日本のオリンピックはおもてなしで裏ばかり。これからどれだけ税金が無駄に使われるかわからないのでご用心。

 さぁ、今日はいよいよ「新ゴジラ」の鑑賞会。視覚障碍者とボランティアたち36名が集ってみんなでゴジラの鑑賞会。企画は鈴木大輔さんとメータンこと美月めぐみさん。映画館で同時解説してくれるのが鈴木大輔さんで、スーパーバイザーがメータンこと美月めぐみさん。ボクはひたすら馬鹿面をさらして家で待機していて、やがて絵夢助人(えむすけびと)さんがベンツで迎えにきてくれて、たちまち彼女の家までドライブ。そこから大江戸線の駅まで歩き、集合場所の「としまえん」駅まで地下鉄電車で一直線。改札口で大輔さんグループに合流、皆さんとご挨拶ができたのである。
 ところが集合場所でぼんやり突っ立っていたら、ドシン!
「あ、失礼」
 視覚障碍者同士の正面衝突である。何と、この愚かなるボクは、盲人失格のボクは、失格障害者であるこの馬鹿なボクは視覚障碍者でありながら点字ブロックの上でボンヤリ突っ立ち、視覚障碍者の通行を妨げていたのである。ああ、恥ずかしい。中途失明とはいいながら、ボクは30年目の盲人なのである。普段、どれだけ甘やかしておけば、これほど馬鹿な盲人になるものなのかと、自分のことながら呆れてしまうのである。ピコピコハンマーで頭をぶっ叩いてやりたくなるほどの愚かなる中途失明者なのである。皆さん、本当にごめんなさい。
 これまでどれだけサピエ図書館の音声映画にお世話になってきたことだろう。けれども本物の映画館で映画を観るのは本当に久しぶり。絵夢助人(えむすけびと)さんにポケットラジオの周波数を合わせていただき、イヤフォンをかけると、おお、聞こえてきた。次々とかかる予告編を大輔さんが同時解説してくれてる。めくるめく移り変わる画面を説明してくれている。そうなると予告編も面白い。それはそれ、立派なエンターテイメントに昇華するのである。そして本編、「新ゴジラ」のはじまりはじまり、となるのである。
 大輔さん、お疲れ様でした。おかげさまで「新ゴジラ」、心から楽しむことができました。そして新ゴジラはふくいちでしたね。東電福島第一原発の化身でしたね。ボクには動きを停止した新ゴジラが政権から無理矢理に冷温停止を宣言され、廃炉の運命にさらされた事故原発に思えたのです。
 さて、フルCGだから新ゴジラはいかなる形にも生まれ変わることができる。作り変えることができる。目玉ギョロギョロのウツボかオタマジャクシの化け物みたいだった新ゴジラの幼生がやがてゴジラの成獣へと成長していく。最初は足だけ、それから手が生えてきて、ゴジラの成体へと進化していく。それがまるで画面を観ているがごとく、脳味噌のスクリーンで展開していったのである。すべて大輔さんのおかげなのである。
 身長50メートルの初代ゴジラは強かった。80ねーとるに巨大化した85年版ゴジラもしぶとかった。でも新ゴジラは滅茶苦茶に強い。これまでになかったくらい強い。理屈抜きに強い。理不尽に強い。物理学や生物学の決まり事を超越して強いのである。命中すればただの1発で人間の五体を飛散させてしまう20ミリ機関砲弾を1分間に6000発も発射可能なバルカン砲の攻撃にも、戦車でさえ悲鳴を上げる30ミリガトリングガンの連射にも新ゴジラはビクともしない。へっちゃらなのである。自衛隊の攻撃ヘリは数万発の弾丸を撃ち込んだ結果、
「残弾なし!」
の悲痛な叫びを上げるのである。
 けれども自衛隊ヘリは安易にこの機関砲攻撃に踏み切った訳ではない。ゴジラ上陸の当初は射線の延長上に人影を見出し、トリガーにかけた指を躊躇させるのである。国際ジャーナリスト及川健二情報によれば作品中の防衛大臣を演技指導したのは元防衛相の小池百合子だったそうだが、この内閣、かなりよく描けていたような気がする。実際にゴジラが東京に上陸すれば、自衛隊を防衛出動させるにあたり、こうした苦悶が想像できるからだ。結局、ますます巨大化し、破壊の化身となって凶暴化するゴジラに対して東宝映画伝統の内角は火器使用を許可する。そして残弾なしの悲痛な叫びを上げるに至るのである。完全生物ゴジラに白旗を掲げるのである。そこで思い出す。完全生物って言葉、どこかで耳にしたことあるぞ。確かエイリアンのことだったよな。でもあのエイリアンのフォルム、ゴジラのオマージュだったよね。ということはお互い様ということなのだ。
 やがて安保条約を口実にアメリカがしゃしゃり出てくる。ステルス爆撃機B2でゴジラに対して貫通式爆弾を投下し、これまでにないダメージを加えるのである。ここまで観てきて想い出したのが失明直前に執筆訓練のために書いたハリウッド版ゴジラのための原作。人間側の裏切りをきっかけに凶暴化するエム ナマエ版ゴジラとの共通点に思いが至ったのである。ボクのゴジラプロットについては拙著「失明地平線」にあるので、どうぞサピエ図書館でご確認ください。といいながら、ちょっとだけよとここにほんの一部を紹介します。
“ 半島を北上する巨獣。赤い満月。焔に包まれる地方都市。木端微塵の建て売り住宅。迷子の幼い主人を死守する雌のドーベルマン。剥き出される歯列。咆哮に飛散する窓ガラス。対戦車ヘリコプター。二十ミリバルカン砲。曳光弾が作るオレンジのアーチ。崩壊する駅前デパート。停電。焔に浮かび上がる巨獣のシルエット。それを映す病院の窓ガラス。逃げ惑う患者たち。誘導する看護婦。非力な重火器。超自然の前に脱走する戦闘員。スクランブル発進の最新鋭主力ジェット戦闘機。ミサイルの雨。流れ弾。火災。紅蓮の竜巻き。炎上する巨獣の通過地点。多摩川を渡る巨大な赤い影。首都に現れた動く超高層ビル。待機する首都防衛軍。サイレンと赤いランプ。避難命令。ペットを胸に逃げ惑う都民。コンピューターシステム、プロジェクト『GOD』の緊急発動…”
てな具合です。サピエ図書館をご利用の皆様はどうぞアクセスしてください。書名は「失明地平線」です。
 さて、大輔さんの解説のおかげで本物の映画館で楽しく映画鑑賞ができました。素敵な音声解説でした。カッこいい大輔さん、本当に感謝です。

 本編の新ゴジラが終了すれば移動して、メータンを中心に中華レストランでお茶会。円卓を囲んで視覚障碍者とボランティアで楽しく自己紹介。驚くべきはみんなゴジラが大好きという事実でした。それぞれのスピーチに納得させられたのです。ボクの右隣は原則子さん、左には中村隆さん。この日をきっかけに知り合うことができて幸せでした。本日の集まりに参加した皆さん、それぞれ背負っているものは違うけど、それぞれの闘いに支えられた意味あるヒューマンライフなのです。
 お茶会なのに会場は中華レストラン。メニューにはずらり中華料理が並んでいた。そこで全員、メニューを睨んで中華料理を注文する。たちまちおいしそうな匂い。ラーメンとか炒飯とか、チンジャオルースーの匂いをさせながら中華料理を食べていた。でもボクと絵夢助人(えむすけびと)さんは指をくわえてガマン。だってこれから寿矢でお寿司での納涼食事会を企画していたからだ。そしてガマンして正解。寿矢で遭遇したのは豪華松茸土瓶蒸し。今朝まで読んでいた東海林さだおのエッセイで、松茸の土瓶蒸しを読んだばかりで、ちょっと早いけど松茸の土瓶蒸しが食べたい気分になっていた。そしたら寿矢にその土瓶蒸しがあるという。出してくれるという。東海林さだおのエッセイで読んだばかりの松茸は薄くてヘナヘナで微かに松茸の香りがして、その他の鶏肉とかの具がゆらゆらと遊んでいる悲しい松茸の土瓶蒸しだったが、寿矢の土瓶蒸しはそれとは偉い違いで、豪華にまるごと松茸を贅沢に切り刻み、その切り身だけがたっぷりと満員電車状態の山手線か、もしくは夏休みのとしまえんプールか、それとも満員御礼の銭湯みたいに芋洗い状態で泳いでいる松茸オンリーの土瓶蒸しだったのである。ゴジラの後の土瓶蒸しは格別。そういう一日となったのである。絵夢助人(えむすけびと)さん、いつも本当にありがとうございます。

▲ 松茸とゴジラが泳ぐ土瓶蒸し





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