全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2016年6月13日~19日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0613・月・

 本日の東京の日の出は4時25分、日の入りが18時58分。ずいぶん一日が長くなった。夏至が近いのだ。来週には一念でいちばん長い昼間がやってくるのだ。でもなぁ、24時間の昼間だけでなく、一日の全体を割り増しにしてくれたら、毎日が火の出るように忙しく、朝から晩まで時間に追われて死にそうになっていて、それで助かる人がたくさんいると思うのだけど、夏至でも冬至でも、春分でも秋分でも、朝から朝まで、くるりと地球が一回転する全体の長さは変わらない。つまり、地球は太陽とどのような位置関係にあろうと律儀に正確に回り続けている、ということなのだ。そしてここ東京の世田谷では朝から音をたてて雨が降っている。窓を開けば世界は雨の中。太陽が地球を暖め、地球は正しく回転して体温を調整し、大気と水を循環させている。この雨も、そんな地球の表情のひとつなのである。感謝なのである。

 秋田県の山の中で次々に人が熊に襲われている。聞くのも嫌な話だが、四人目の死体は男女の区別がつかなかったという。熊に襲われたくて山に入る人はいないだろう。人を襲いたくて山を歩いている熊もいないだろう。人と熊野衝突は悲劇なのである。そしてその悲劇を避けるなら、彼らのテリトリーを侵し続ける人間の側にその義務が生じるはずである。
 秋は木の実がおいしいし、春は木の芽がおいしい。そしてこの季節、竹の子がおいしい。人間にとっても熊にとっても山の味覚は変わらない。考えれば当然なんだけど、この事件があって初めて竹の子が熊の大好物であると聞いて驚いた。そうなると、竹の子を食べたい熊と、竹の子を掘り出して都会に売りたい人間が山の穴場で想定外の接近遭遇をするケースは充分に考えられる。腹が減って興奮し、おまけにテリトリーを荒らされて腹の立った熊が怒りのままに竹の子も人間も食い散らし、満腹になって気がついたときには人間の味を覚えてしまった。そうなれば悲しい。人間を食べ物だと思ってしまった熊が相手では、熊を避けるために鈴を鳴らしてもラジオをつけても無駄。むしろ、人食い熊を引き寄せることになってしまう。今、秋田の山の中では人と熊が最悪の事態で向かい合っている。どうか人間の知恵と責任において、熊に対する憎悪と恐怖を一掃してもらいたい。そしてその責任は一切、熊の側にはないのである。どうか犠牲は最小限にしてもらいたい。

▲ 熊の手は 竹の子掘りに うってつけ

0614・火・

 コペンハーゲンの人魚の像が小さいと不評をかっているが、クジラみたいにでかけりゃいい、というもんじゃないでしょう。あれはあの大きさだからこそ美しい像なのだと思いますよ。
 ガッカリの代表選手というか、グランドチャンピオンといおうか、期待外れの筆頭にいつも挙げられるのが札幌の時計台だと思う。旅行案内書を片手に期待に胸を弾ませて現地にたどり着けば、何だこりゃ。そんな体験者は少なくないと思う。プロのカメラマンが腕に縒りをかけてそれだけを大写しにすれば、風格のある堂々とした歴史的建造物なんだけど、たとえばバージニア・リー・バートンの絵本の小さなお家みたいに、問題の時計台を札幌という大都会の近代建築や現代建築のガラスやクロムの谷間に沈めてしまえば、普通の感情を有する人間だったら、その姿を目にして失望するのは仕方のないことかもしれない。
 同じようにガッカリの代表選手として思い浮かぶのがブリュッセルのマヌカンピス、小便小僧である。旧市街の中心部に佇むその小さな姿を見て期待外れに感じるのは人情かもしれない。では、その小便小僧が鉄人28号やガンダムのようにどでかく屹立していたら満足するかといえば、勿論そんなことはない。名物といえば、旨い。有名といえば、でかい。決してそんなことはないのである。小さくて有名な大仏。もちろんそんなのもないのである。腹が減っていればポテトチップスにも頬っぺたが落ちるし、大きさに感動したいなら、まず小人の国から旅を始めればよいのである。
 ボクは見たことがないので何ともいえないが、ガッカリの東の王者として君臨しているのがマーライオン。まあと絶句するからマーライオン。1972年にでっちあげられた歴史的裏付けには薄弱なシンボルだ。要するに国の宣伝が巧みなのである。頭がいいのである。だから経済もうまくいっているのだ。シンガポール、万歳。
 ガッカリしたくなかったら他人のでっちあげに期待しなければいい。自分の想像以上に素晴らしいものは存在しない。現実には限界があるのだ。だからどんなに優れた芸術家のイマジネーションであれ、最新技術のCGであれ、世界中から集めたアンケートの結果であれ、どんなに神々しい神仏の像を築いても、あなたの空想以上ということはない。だから優れた宗教は偶像崇拝を禁じているのだ。

▲ 溺れそう 部屋の湿気を 立ち泳ぎ

0615・水・

 1960年のこの日、当時東大生だった樺美智子さんが亡くなった。警察機動隊と全共闘の衝突の結果として発生した国会前での惨劇である。当時、小学6年生だったボクらは連日のように永田町小学校の屋上から国会へ行進していく全共闘の行列を見下ろしていた。60年安保闘争である。永田町小学校は国会議事堂を紋章とする、文字通り、政治の中枢に位置する小学校であったのだ。とはいえ、無論、その惨劇を目前にしていたわけではない。ではあるが、事件の後の国会周辺のリアルな緊張感の変化は身近の出来事として肌身に感じていた。これら政治的事件は少年の心に強い印象を残していった。当時の首相が岸信介。今はその孫の安倍晋三が憲法を、その祖父の望んだように書き換えようとしている。ここで与野党のバランスを整えておかないと日本は一気に右へ傾斜していくような気がしている。選挙を前にして、今からでも遅くはない。ボクらは過去の戦争と今の憲法の関係を、もう一度じっくりとおさらいしておきたいものである。そして今、こうした考えがボクを支配するのも、60年安保のトラウマかもしれないのだ。

 ラジオから蝉の噂が聞こえてきたけれど、リスナーの耳鳴りではなかったのかしら。ボクもそうだけど高齢者の仲間入りをすると蝉の鳴き声だか耳鳴りだか、簡単には区別がつかなくなってくる。夏でなければ耳鳴りだと思えるが、夏になるともうわからない。窓の外では蝉、頭の中では耳鳴り。やかましくなったら大音量でロックンロール。蝉も耳鳴りも空気の振幅で退治するしかない。
 日本各地ではますます加速する季節の移り変わりが囁かれているようだが、蝉が鳴くにはまだ早いような気がする。アナウンサーは春蝉の名前を挙げていたが、おそらく本物の春蝉を知らないのだろう。一般にいわれる蝉と春蝉では明らかに鳴き声が違うのである。
 さて、ボクの頭の中でも一年中、加齢による蝉が鳴いている。ところでウルトラマンシリーズに登場するバルタン星人(ばるたんせいじん)の顔は蝉がモデルだと知っているだろうか。あのでかいハサミが蝉のイメージを排除しているが、あの顔の配置は間違いなく蝉。ウルトラマン図鑑に書いてあるかどうかは知らないが、ボクはバルタン星人を見た瞬間からそう考えている。そしてバルタン星人がのりうつり、コントロールされていた科学特捜隊の毒蝮三太夫は傘寿を超えて今も大活躍である。セミロングでなく、スーパーロングな大活躍なのである。

▲ まだ若い 茄子を炒めて 夏の味

0616・木・

 警備のためのボートが浮かぶお堀を渡り、ボクはその日の武道館に向かっていた。ビートルズ東京公演。ステージは何の工夫もない、ただの真昼のような白けた光の下にあった。でも、ほんのしばらく司会のEHエリックと前座の面々をガマンしていさえすれば正真正銘、本物のビートルズが現れてくれるのだ。あれから50年。ということは半世紀じゃないか。俺も年寄りになったもんじゃわい。などとボンヤリ考えていたら突然、ラジオからソニービルがなくなると聞こえてきて愕然とする。まだ新しい建物だぞ。と、よくよく考えたらあのオープンもビートルズの東京公演と同じ1966年の出来事だから、新しさを満載して出現してくれたソニービルも半世紀を生きた老朽化を理由に、この地上から抹殺されてしまうのだ。
 ソニービルが立てられる、それよりもずっと前の数寄屋橋交差点で忘れられないのが阪急デパートのペット売り場である。メインストリートから見下ろせる場所にガラス張りのペット売り場があって、ボクはいつもこれから手乗りにして売りだそうというオカメインコやセキセイインコの雛たちと遊んでいた。外国からの観光客のリクエストでカメラに向かってポーズなどとって得意になっていたのである。地下の食料品売り場には舶来品が並んでいて、ボクはそこで遠足の為に買ってもらったスモークドチキンの味が今でも忘れられない。内幸町の東電社宅に住んでいたボクにとって、西銀座のデパート群や外人観光客のための店舗は気楽な遊び場であったのだ。だから洋書専門店イエナで立ち読みをしていて外国人に英語で語りかけられ、パニックになったこともある。要するにボクは銀座には不似合いなただのデブガキであったのだ。
 高校受験を前にして、ボクはこの懐かしい西銀座界隈を後にした。父親の転勤である。やがて慶應義塾の大学生になったボクは一人前な顔をして、自分のテリトリーとしての西銀座へ女の子を連れてくるようになる。そして目にしたのが阪急デパートの跡地に屹立する未来的構築物、ソニービルであったのだ。
 1967年10月、慶應義塾のフレッシュマンとなって、わくわくの秋の出来事である。彼女と足を踏み入れたソニービルのグランドフロアに設置された大型カラーテレビで偶然にもボクはウルトラセブン第一回のカラー放送を目にする。何たる幸運。まだ我が家のテレビは白黒だったので、初めて見る総天然色のウルトラマンシリーズに、どれだけ感激したことだろう。彼女に馬鹿にされ、蔑まされても気にしない。ボクは跪いてお願いし、放送の始まりから終わりまで、30分間を付き合ってもらったのだ。それから地下のパブ、カーディナルに場所を移動し、今見たモロボシダンやカプセル怪獣の話に花を咲かせたのである。

▲ 水無月の 晴れて嬉しい 雨上がり

0617・金・

 第三者と現れて、一生懸命に説明したけど、ますますしおれていく舛添さん、気の毒でならないがとうとう辞任を決意した。ところで舛添さん、どうしてあんなに辞めたくなかったんだろう。やっぱりリオへ家族旅行したかったんだよね。舛添さん、友だちがいないから、とにかく家族を大切にしたい。そのためだったら家族のため、旅行だってケチケチしないし、漫画の本だってどんどん買ってあげる。税金だからケチケチしないで、どんどん買ってあげる。もちろんリオのオリンピックにも連れていってあげる。きっと楽しみにしていたのに違いない。都民より、家族をガッカリさせたくなかったんだよね。お察しいたします。それにしても自分が悪いとはまるで思っていない舛添さん、すっかりすねちゃって、都庁ビルを退くときも、だんまりむっつりで、笑顔ひとつ見せないのに同情したくなるのは何故だろう。そう。誰にだっていい気になって失敗することはあるのです。
 そうそう。第三者といえば、東電にとっての第三者も突然のように現れて、メルトダウンという言葉の使用を禁じたのは官邸だなんて言い出した。参院選を前にしての、このタイミングで何だ、そりゃ。いい加減にしろ、安倍政権。そういいたいのはボクだけではきっとないはずだ。

▲ 本人が 金で雇った 第三者

0618・土・

 真夏日である。もしかしたら関東地方のどこかで、ことし最初の猛暑日、なんてことになるのかもしれない。なのに気持ちのいい午後である。遊歩道に向けて開いた窓からはよそのお宅の昼餉の匂い。玉葱を煮込んでいるのかな。ベーコンを炒めているのかな。こちらが何を食べていても、ちょっと気になる匂いである。ラジオでは久米宏さんと赤川次郎さんがさっきから明治の女流劇作家、長谷川時雨を話題にしている。彼女のお祖母さんが江戸市中を引き回しされる鼠小僧を目撃したとかで、赤川さんがそれを小説のヒントにした、というような内容である。ぼんやり耳にしているから、何か聞き逃しているかもしれない。そういえば数年前、NHKラジオ第2の「朗読の時間」で長谷川時雨の随筆を朗読していたが、日本橋に押し寄せた津波など、古い東京の興味深い史実だったことを思い出す。それにしてもラジオの生放送初出演の赤川次郎さん、意外といっては失礼だが、反体制で反権力で骨太で、おまけに正直なキャラクターで気取らず、愉快な人物だった。書いてるものからはちょっとボクには思い浮かばない人物像だったので、ついつい耳を傾けてしまった。
 赤川さん、最も忙しい頃は原稿用紙1枚を5分で書いていたという。指が動くよりも速く、考えるよりも速く書かないと間に合わないペースである。もちろん文字が文字になるかもわからない。物語が物語になるかもわからない。それで納得。以前にもこのブログで紹介したことがあったが、目が見えていた頃、赤川次郎さんの作品に挿絵を描いたことがあって、生原稿を読まされたのだが、あまりにお上手な文字のため、ゲラ刷りができるまで物語の内容を把握できなかったことがあるのだ。
 最新作「東京0年」が話題になっている、とのことでサピエ図書館で検索をかけると、さすがはサピエ図書館、既に登録されている。早速プレクストークにダウンロード、読み始めたらたちまち眠くなってしまった。ごめんなさい。ボクのプレクストークがタイトルを合成音声で読み上げると、「東京0年」が「東京冷麺」(とうきょうれいめん)に聞こえてしまう。何だか東京の新しい名物になりそうだ。冷やし中華と韓国冷麺のハーフ・アンド・ハーフ、なんてどうだろう。

▲ 冷たいの 始めましたと 壁の文字

0619・日・桜桃忌・

 北海道で若い警察官が酔っ払い運転で捕まった。これに関しての当局のコメントが心に引っ掛かる。重大な事案を起こして申し訳ない、というのである。いや、違うでしょ。これは事案じゃなくて事件でしょ。事件記者の取材と聞けば世間は緊張するかもしれないけれど、事案記者がきたからといって、町内新聞から商店街の人気野良猫が子猫を1ダース産んだから、その話を聞かせてくれとこられて、さて、何をどう語ろうか、くらいの緊張感しか浮かばない。最近の政府やお役所、積極的平和主義とか防衛装備移転とか言葉の入れ換えが気になります。言葉は明確で的確な方がいい。ことに世の中の治安に大きく係わる警察において言葉の使い方は重要です。身内の起こした事件を事案と言い換えたのでは、信頼が危うくなりそうで心配です。重大というネオンサインををどれだけ明滅させても事件を事案と言い換えた後ろめたさは隠せません。どうもお役人の皆さんはその場限りの言葉使いがちらちらしてよくありません。いってることがすべて保身に聞こえてしまうのです。世の中をよくしていくためには民間と警察、もっともっと信頼関係を密にして、心を開いてお付き合いした方がいいと思います。だってボクらはお巡りさん、大好きなんですから。決して権力の出先機関とか手先とかパシリとか、そんな風に思っているわけではないのです。自衛官に警察官、そして消防官。肉体を駆使して国民に奉仕する公務員の皆様を、ボクらは心から尊敬し、感謝しているのです。

▲ 暑くても ポリボックスの お巡りさん

◇ バーチャル東海道五十三次コース  池鯉鮒に到着、通過しました。
次は鳴海。あと22,059歩です。〓現在の歩数、664,941歩。
3周目挑戦中!






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