全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2016年4月18日~24日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0418・月・

 夏日である。窓を全開にして風を通してやる。すると窓枠にトラネコミミコが飛び乗り、窓枠を線路にしたモノレール状態になって日向ぼっこをする。網戸があるから外へ落ちることはない。ベッドでは愛犬がひっくり返って昼寝をしている。今、この日本列島で地震報道に影響されることなく、お気楽にしていられるのは犬と猫とカラスくらいのものである。
 視覚障碍者の実直な話し相手、音声腕時計が、いつものように律儀に時報を話しかけてくれて、いつものようにラジオをつければニュースは地震のことばかり。熊本ではまだまだ揺れが続いていて、政府関係者も地震学者もニュース解説者も誰もこの先を予測できないでいる。日本中の誰もが落ち着かず、何も手につかない状態にあるのだ。
 けれども、原子力規制委員会だけが原発の安全性は科学が保証していると胸を張っている。どうやら原子力村の化学は特別な科学であるらしい。熊本の地震は驚くことばかりで、人間にとって地面の下はまだまだ謎ばかりとあきらめはつくが、国民にとって原子力村は謎ばかりとあきらめるわけにはいかない。事故が起きれば泣くのは国民。これまでのことだって、原子力村の誰かが責任を取ったという話は聞いたことがない。

 TBSラジオ「デイキャッチ」のレギュラー、ニューヨーク在住のジャーナリスト、北丸雄二さんが水曜日から月曜日に引っ越して、本日も青木理(あおきおさむ)さんと作り出すフリージャーナリスト同士の微妙な緊張関係を楽しませてくれている。すると猫の声。我が家のトラネコミミコがいつものようにカリカリフードをねだって鳴いていると思っていたら、アメリカ大陸から電話線で運ばれてきたマンハッタンの猫の声。北丸雄二さんは猫と暮らしておられたのだ。それも我が家のトラネコミミコと間違えるほどの声だからメスネコに違いない。人間のメスはときどきナマハゲみたいになるけれど、猫のメスなら可愛いくて一緒に暮らしても大丈夫。きっと北丸雄二さんはそう考えておられるのかもしれないし、ボクは間違いなくそう思っている。

▲ 行く春や 猫は窓枠 モノレール

◇ バーチャル東海道五十三次コース  江尻に到着、通過しました。次は府中。
あと21,004歩です。
現在の歩数、329,996歩。3周目挑戦中!

0419・火・

 朝から地震のことばかり。無理もない。日本人にとっても、中国人やアメリカ人にとっても、いや、それがインド人でもタンザニヤ人でもパナマ人でも、たとえそれが地底人や火星人であっても、日本列島で暮らしている限り、地震は自分の問題なのだ。
 阪神淡路大震災が発生してからこっち、活動を活発にしているこの日本列島。それまではないとされていた所で次々に地震が発生している。けれどもこの日本列島で自分の住んでいる土地だけ地震がないと思うのは、自分の耕す畑だけはモグラが荒らさないとか、自分が散歩する時間だけは雨が降らないとか思うほどの無鉄砲。そもそも地球上で発生する地震の二割が日本列島で発生しているのだ。マントル対流に乗って移動するプレートたちが日本列島の手前で一斉に日本海溝へ潜り込むのだ。マグマの太平洋をやってくる岩盤のサーファーたちが浜辺に向かってダイビングしてくるのだ。落ち着いていられるわけがない。いつだって持ち上げられ、ゆらゆら揺らされている。だからほら、弓状列島といわれるように、あっちこっちから押された日本列島は窮屈そうに折れ曲がっているじゃないか。
 そもそもこの地球には最初のひとつ、パンゲアという巨大な大陸しか存在しなかった。それが地球中心部の核崩壊熱により、まるで熱せられたミルクの皮膜が揺れ動くように、マントル対流によって分割され、運ばれ、海を移動していった。その結果が現在の大陸分布である。世界地図を眺めれば一目瞭然。アフリカ大陸とアメリカ大陸をジグソーパズルみたいにくっつけてみればたちまち、ふたつの大陸は無理矢理に別れさせられた夫婦みたいにぴったりとひとつに重り合うのである。
 ヒマラヤ特産の名物で有名な物にアンモナイトの化石がある。我が家の玄関の棚には饅頭サイズの小石が置いてあって、持ち上げるとぱかりと割れる。中身はアンモナイトの化石。ネパールからのお土産である。世界の屋根に海野生物の死骸。大地はトランポリンみたいに上下していて、陸も海もないのだ。追われてばかりの人間の暮らしが嫌になり、貝のように黙って暮らしていたいとサザエやアワビやハマグリに生まれ変わり、暗い海の底でいくら死んだふりをしていても、億年万年の時間が経過すれば、やがては世界一高い山のてっぺんまで持ち上げられてしまう。そうなのだ。この星で安定した暮らしを求めたり、不動の地位を目指して立身出世をするなんて意味がないのだ。不動産なんてもちろんナンセンス。四丁目だろうと五番街だろうと、どんなに投資したって、いつかは暗い海の底。いつかは世界の屋根の上。大笑いなのである。
 推進派の皆様が本当に知らなかったのか、それとも知らないふりをしていたのかは知らないけれど、日本列島のこの陸地がたまたま静かだった頃に推進された原発たち。そろそろ真剣に考えた方がよいのではなかろうか。日本列島が予測不可能な動きを見せている今、原発を再稼働しようなんて考えは脳味噌が腐っているとしか思えない。そして腐った脳味噌に付き合わされて、再び放射能避難のための日本民族大移動の危機にさらされるなんてのは真っ平御免なのである。

▲ 行く春や 風を見ている 窓の猫

0420・水・穀雨・郵政記念日・

 帯状疱疹と診断され、2週間が経過した。診断されてすぐ特効薬を服用したら1週間で痛みはなくなり、痒み(かゆみ)も軽減した。痛いぞ痛いぞ、と先輩の経験者たちにさんざん脅かされてきたけれど、大事にならず、たちまちのように治ってしまった。助かった。おそらく運がよかったのだろう。
 生まれたときから全身すべての細胞で糖尿病の遺伝子を運んでいて、それが知らないうちに悪化していて、気がついたら目が見えなくなってきて、まごまごしてたら死にそうになっていて、人工透析に救われた。失明して絵をあきらめて文章を書いたら新人賞をいただいて、先妻に置き去りにされた所を拾ってくれた婚約者に勧められ絵を描いたら認められ、目が見えていた頃よりも売れてしまった。ジョンレノンに憧れてニューヨークで個展を開いたら、その憧れのジョンレノンの絵と並んでアメリカ大陸でブレイクしてしまった。けれどもいい気になってたら、いつの間にやら賞味期限切れの全盲イラストレーターになっていて青息吐息。もしかしたら虫の息かもしれない。運が悪いようなよいような人生だけれど、おかげで帯状疱疹も軽く済ませ、透析患者はリスクが高いとされている癌にも今の所は冒されてない。さてこの人生、七転び八起きとなるか、七転八倒となるか、それとも先細りは忘れられた終着駅。ぺんぺん草もはえてない。いやいやきっとどんでん返しの大逆転、ハッピーエンドの大団円。映画はラスト5分間、お代は見てのお帰りです。

▲ 行く春や 暴れ鯰の 目に泪

0421・木・民放の日・

 熊本地震発生から七日目の夜である。東京では音をたてて雨が降っている。熊本でもおそらく、雨は降っているのだろう。天然自然は時に優しく、そして時に情け容赦がない。
 そして今夜、男同士で酒を飲んでいる。いつもの寿司屋、いつものカウンター、そしていつもの板前さん。長い友情の酒である。変わらぬリスペクトの酒である。変わらぬ感謝の酒である。9年間、同じ専門誌の表紙を担当させてもらった。思い切り、自分の半生記を書かせてもらった。日本中、糖尿病啓蒙のため一緒に旅をして、様々な思い出を作ってきた。心から信頼のできるお医者たちに出会う機会をいただいた。おかげで命を救われた。
 人生はジグソーパズルだ。うまくはまるときもあれば、そうでないこともある。これまで、どれだけ満足に仕上げることができただろうか。思い返せば、数少ない完成図。ジグソーパズルのはずが福笑いになったこともある。チャンスは少ない。けれども、いつかは理想的なジグソーパズルを作る出会いが与えられる。そしてその出会いが人生の宝となる。ほろ酔いに身を委ね、雨の音を聞きながらジグソーパズルの絵の中で生きられている幸せを噛み締める。

▲ 行く春や パズルのピース そっと捨て

0422・金・満月・アースデイ・

 テレビ音声を聴かなくなってからどれだけ経過するだろう。もちろん困ることはない。テレビのニュースなど一度も信用したことはない。春の番組新編成でTBSラジオの昼のニュースも聴けなくなった。となると専らNHKラジオのニュースを聴くことになる。といっても勿論、全面的に信用しているわけではない。明らかに現政権の圧力を受けていると思えることがあるからだ。ボクは報道の公平性など信用しない。それよりも伝える人、解説する人の個性を重んじる。記者クラブ制度の影響でどの記事もソースは同じ。であるなら報道の個性が重要になるのは当然である。そしてラジオは人間を伝える。ナマの声を伝える。その分だけ信じていいような気がするのだ。
 それにしてもNHKのアナウンサーには頭が下がる。熊本地震発生以来、どれだけ同じ原稿を繰り返し読まされていることだろう。変化していくのは地震強度別の回数だけ。仕方ないとは思うけど、それってニュースとはいわないと思う。毎日これだけ同じ情報ばかり読まされるのはつらい。そして聞かされるのもつらい。そして聞かされるのが避難民だったらもっともっとつらい。過去に経験のない地震とはいえ気象庁、もっと展望のある情報を開示してはもらえないだろうか。人命のかかることだから慎重になるのは当然。責任を回避したくなるのも当然。立場を考えれば無理はいえない。となると、いちばんお気楽に見えてくるのが安倍晋三だから腹が立つ。あの人がどれだけ元気を示しても避難民に勇気や希望を与えられるとは思えない。安倍晋三にできるのはせいぜいオスプレイの宣伝くらいなもの。むしろこの災害を悪巧みに利用されないかと心配になる。数の論理で憲法を改悪し、国民の権利や自由を制限しようと考えていることが明らかな人物である。この非常事態、とても安心して任せてはおられない。

▲ くる夏は 闇か光か 鯰の地

◇ バーチャル東海道五十三次コース  府中に到着、通過しました。
次は丸子。あと11,207歩です
現在の歩数、351,593歩。  3周目挑戦中!

0423・土・世界本の日・

 風の通る中でキーボードに向かえる幸せに感謝する。窓辺では猫が日向ぼっこ、ベッドでは愛犬がひっくり返り、家内は職場で与えられた使命を果たしている。これ以上に考えられる幸せなどあるはずがない。それなのに九州新幹線は使命を果たせず、やっと一部復活ができただけ。今回の地震であちこちがグズグズになってしまったのだ。思っていたよりもずっと柔らかかった九州の大地。そういうことだろう。
 それにしても秒速2メートルから4メートルの加速度で突き動かされたらどんな大地だってたまらない。線路だって建物だって人間だって、あるべき形ではいられないだろう。本棚も食器棚も中身をぶちまけ、家の中は足の踏み場もなくなって、おまけに果てしなく続く余震の恐怖でいつもの屋根の下、いつものベッドで雨や風をしのぐこともできないでいる。けれども避難生活が続けばエコノミークラス症候群にさらされて、命を失う人もいる。そしてこれこそが、すべての日本人に共通に与えられた、この国に暮らすリスクなのである。もしも今、自分が避難所で暮らす立場であるならば、とても生きてはいられないだろう。今でさえ風前の灯のこの肉体でできることは、ただただ天から与えられる毎日の運の良さに感謝して、自分にできることが何なのか、ひたすら考えることだけなのである。

▲ たんぽぽや 今日も線路を 守ってる

0424・日・

 朝のNHKラジオで激震で傾いた熊本県益城町の家屋に燕が巣を作っているとの投書が紹介された。天災も渡り鳥の営みもこれすべて天然自然、人間の思惑に左右されることはない。そこに悲劇があり、感動がある。

 日曜日のお昼からのお楽しみ、NHK「素人喉自慢」が戻ってきた。いつもの日曜日が戻ってきた。九州の地震が終息したわけではないけれど、全国には歌いたくてたまらない人たちもいる。待ちに待って、そして与えられた千載一遇のチャンスを使いたくてたまらない人たちがいる。もしかしたらその人はその一分間のステージのため、それまでの全人生をかけて練習してきたのかもしれないのだ。とんでもない。歌なんか歌っている場合じゃない。そんな考えもあるだろう。それでも歌いたい人がいる。歌で救われる人もいる。だったら歌えばいいじゃないか。北の果ては稚内から九州へ元気な歌声が届けばいいじゃないか。たとえ素人でも、人生をかけた歌声には、きっと人の心を動かす力がある。そして稚内のみんなは本当に歌がうまかった。とても素人とは思えないほど見事な歌唱力だった。思わず拍手、しちゃうじゃないか。

 右手の指が痺れてきた。親指と人差し指に無理矢理、コロポックル専用のコンドームをはめさせられたら、こんな感じかもしれない。もちろん、そんなことをされたことはない。だからよくわからないけれど、もしもされたらそんな感じかもしれない、と思っただけだけど。
 やれやれ。帯状疱疹を済ませたと思ったらこれである。手根管症候群。去年左手のオペに成功したと思ったら今度は右手である。一難去ってまた一難。手根管症候群の世界的権威、おくつ先生にも先月、
「今度は右手にやってきますから気をつけててね」
といわれたばかり。そして本当にそうなった。小さい頃、頑張ればスーパーマンになれると思っていた。自分は他のやつらとは違う、そう信じていたのだ。若い頃、努力すれば一流になれると思っていた。自分は他の連中とは違う。本当にそう信じていたのだ。けれども今は違う。自分は他のみんなとちっとも違わない。同じように病気になり、同じように壊れていく。そしてもう、それはそれでいい。あきらめるしかないのだ。だから今日もその指先で絵を描き、キーボードをパンチしていくのだ。

▲ 震度七 傾く軒に 燕の巣

◇ バーチャル東海道五十三次コース  丸子に到着、通過しました。
次は岡部。あと14,948歩です。
現在の歩数、363,652歩。3周目挑戦中!




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