全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2016年1月18日~24日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0118・月・
 東京の日の出は6時49分、日の入りは16時53分なんだけど、お日様のことより今日は雪の心配が最優先。そう。雪の予報が出ているのである。やだよ。また南岸低気圧だとさ。 なのに何をやってんだ、東京ローカル。スマップどころではないだろう。生島アナウンサーが今朝ばかりは馬鹿みたい。いつも利口だとはいってないけど。この人、フリーランス宣言したTBS時代、有名人勘違い症候群と評されていたこともあって、ボクなんかちょいと心配してたことがある。けれども、ここまで頑張れているのも、このTBSラジオの早朝番組、「おはよう一直線」によるものが大きいだろう。それなのに、生放送中にでっかいクシャミを飛ばしたり、机に蜂蜜をぶちまけたり、原稿を読んでいる最中に突然息子の自慢話を始めたり、勘違い症候群がまだ完治していないことを暴露している。ま、そこんとこが魅力で、ときどき傾聴してるんだけどね。あはは。で、やはりこういうときはNHK。全国放送がぬるいなんていってられない。回せばきちんと首都圏の交通情報を流していた。特に朝6時からの新宿駅南口からの生中継がありがたい。NHKのリポーター、お疲れ様です。と、ここまで書いて思い出した。TBSラジオの「おはよう一直線」は全国放送だった。東京ローカルなんて過小評価して、本当にごめんなさい。
 先週の気になっていた出来事いくつか。まず、韓国に対する慰安婦関連の発言あれこれ。言論は自由だが、過去に日本が加害者であった事実を忘れてはならない。とにかく、苛められた気持ちのことは考えず、苛めた方は、すぐにその事実を忘れてしまう。ひどい場合には、あの併合は他国から解放するために、親切でしてやったのだなんて勝手な理屈を捏ねたりする。ライオンの王座に近くなればなるほど、狐は弱者の気持ちに鈍感になっていくのかもしれない。
 インドネシアのお偉いさんが市民に対して、
「テロを恐れたり負けたりしてはいけない」
と発言しておられたが、お気楽なもんである。警護されてる絶対安心の立場でいいたいことをいっていて、実に理不尽で無責任。ああ、不愉快なり。お前、丸腰で街を歩いていて、いきなり弾丸を打ち込まれて怖くないんかい。恐れたりしないんかい。失禁しないんかい。オイラだったら、たちまち脱糞して白旗を掲げて
「ごめんなさい」
とひれ伏して、
「打たないで」
と哀願するぜ。簡単に負けちゃうぜ。死ぬのも嫌だし撃たれて怪我をするのもイヤだ。だって、痛いのも手や足を失うのも自分だし、傷を負った生涯を生きていかなくてはならないのも自分だもん。恐れない、負けないなんて、どっかの国のパアパアいってる誰かさんみたいに威勢のいいことなんか、いってられない。だって暴力は絶対だもん。それに対抗しろなんて無理強いするのは権力の勝手だもん。そして、そういう絶対権力に対して有効だからこそ、テロルが発生するんだもん。そんなの、十字軍の勝ち馬に乗ってる側にはわかんないんだよね。
 先週、三代目桂春團治(かつらはるだんじ)が物故されていた。四天王最後の砦が崩れたのだ。米朝、文枝、松鶴、そして春團治。上方落語の危機を救った昭和の名人たち。ことに春團治の『代書屋』の、あの独特の軽妙さが好きだった。
 山下達朗の歌みたいに、夜更け過ぎに雨が雪に変わるんじゃなくて、昼までには雪が雨に変わってくれてハッピー。おかげで雪中行軍は免れた。素直に神様に感謝したい。

▲ 吉凶は 雪と雨との 紙一重

0119・火・
 連日伝えられているのが食品の横流し。冷凍のビーフカツやチキンカツの驚くほどの数が転売されている。食品衛生上の問題が懸念されるが、それによるトラブルは報告されていない。ま、ビーフカツにプラスティック片が混入されていようが腐っていようが、要は食べなければいいわけであって、自分の腹具合の責任は自分でとればいい。そんなことがわからないようでは腐敗と発酵の区別もつかず、納豆の食べごろも判断できないことになる。そもそも賞味期限と消費期限の区別がついているのであろうか。お上任せ人任せで生きていると自分の鼻もベロも信用できなくなる。そんなやからが料理人になったらお上は営業停止を連発しなきゃならなくなるだろう。ああ、ややこしい。
 フードロスが問題にされて久しいが、問題の根本は個人の能力が劣化していて、腐敗と発酵の区別のつかない人間が増えているところにある。糸が引いていても、食べておいしければ発酵、飲み下すことができなければ腐敗。その判断ができなければ人は自然界で生きていくことはできない。味覚と嗅覚を駆使して人類は食品の歴史を築いてきた。命がけで食材を開発してきた。でなければ酒も納豆も生まれなかったし、刺身という食文化も存在しなかったし、フグもナマコも食品として選ばれることはなかった。
 そもそもカレーチェーン店に工夫がない。食べれば食べられる食品の廃棄を依頼することは同時にそれらが転売されるリスクを生む。闇のビジネスチャンスを作る。その可能性は否定できないはずだ。廃棄業者と同様の責任が依頼者にもあると考えた方がいい。食品は生き物の加工品であって、それらが廃棄されることは命の無駄遣いであり、神への冒涜である。賞味期限や消費期限を理由に廃棄される食品という命たち。金で換算される生き物たち。もしもダンテの『神曲』の世界みたいな地獄があったら、フードチェーンの経営陣もここで裁かれなくてはならないだろう。
 食品が横流しされているニュースの陰で「こども食道」の話題が聞えてきた。様々な事情で食べられない子どもたちが存在しているという。ワイワイガヤガヤをモットーとする「こども食道」を推進する「わくわくネットワーク」の代表は、疑似家族でいいのだという。おのおのの子どもの居場所があること。温かい食卓があること。こどもを孤独にしないことが第一と語っている。孤食を余儀なくされている孤独状態にあるのは子どもばかりではない。都会の独居老人も然り。都会で暮らす地方出身の大学生も然り。代表がおっしゃる通り、疑似家族でいいのだと思う。食卓を囲む集まりが生まれればいいのだ。地域に発生した疑似家族を中心に老人、子ども、主婦、大学生が集い、食べる、しゃべる、癒される、作るを展開すればいいのだ。遠くの親戚より近くの他人。そう。夫婦だって最初は他人同士だったのだ。
 それにしても廃棄される食品たち。転売される食品たち。そして食品を必要とする社会活動。何かよい考えはないものだろうかと頭を抱えてしまう。もちろん答えなど見つからない。

▲ 冬の山 電車あれから 人気者

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース  68番、神恵院と69番、観音寺を仮想参拝、通過しました。
次は70番、本山寺。あと2,744歩です。現在の歩数、2,295,456歩。
2周目挑戦中!

0120・水・
 突如、頭の中で『手の平を太陽に』が鳴り出したので目が覚めた。NHKラジオの「まいあさラジオ」の5時のニュースをつけっ放しにしておいて眠ってしまったのだ。うん。元気の出る歌だ。寒い朝の誘う怠け心を部屋の片隅に追い込んでくれる。思わずつられてボクも歌い出す。この歌、意外に歌詞が複雑なのだ。始動したばかりの脳味噌にはちょっとばかり負担かもしれない。でも歌う。
「ぼくらはみんな生きている」
 そう。当たり前のこと。死んでたら歌えない。だから、生きているから歌うんだと続く。そしてやっぱりここがいい。
「てのひらを太陽にすかしてみれば」
とくる。うんうん、覚えがあるぞ。庭に出て頭上に輝く強力な光源から放射された熱いビームを、かざした手の平で遮断すれば、自分の手は真っ赤に燃え上がる。そう。ボクの血の色である。まるで目に見えるようだ。さて、これからである。
「ミミズだってオケラだってアメンボだって」
とスムースに出てくれば問題はないのだが、ここでつっかえると言葉が出ない。なんとなれば、友だちになれるかどうかは別の問題として、ミミズとオケラとアメンボには、みんなみんな生きているんだという共通点意外、相関関係を見出すのが容易でないからだ。ミミズとオケラは土つながり。オケラとアメンボは虫つながり。けれどもミミズとオケラとアメンボが並列になる理由が見つからない。二番ともなると、もっとややこしい。
「トンボだってカエルだってミツバチだって」
とくる。空を飛んで水煮潜り、再び空に戻るのである。だからこの歌、みんなで歌うときには歌詞カードが配られることになっている。ところがボクはそんなもんがなくても歌えるのだ。夢の中にいても歌えるのだ。なんとなれば、なんとなれば、である、ボクはこの歌詞を頭に叩き込んであるからだ。なんとなれば、2014年の秋の帝国ホテル、やなせたかしという巨星を失ったわれら「詩とメルヘン」同窓会、星屑望年会で、フィナーレで歌う「手の平を太陽に」のリードをボクが取ったからである。
 インフルエンザ流行の兆しが見えている中、日向ぼっこで居眠りして風邪をひきそうになる。ご用心ご用心。寒波がやってきて、部屋の中で北風と太陽が競い合っている。

▲ 宿敵は 布団へだてた 寒さかな

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース  70番、本山寺を仮想参拝、通過しました。
次は71番、弥谷寺。あと23,560歩です  現在の歩数、2,300,440歩。
2周目挑戦中!

0121・木・大寒・
 さすがは大寒なのだ。本当に寒いのだ。起きられないのだ。暖房をいれてもエアコンがなかなか始動せず、部屋が暖まらないのは外気温があまりに低いのでヒートポンプが戸惑っているから。それじゃ冷媒も立つ瀬がない。で、エアコンでさえそうなのだから人間も犬も猫も布団から離れたくない。というわけで、大寒の朝はなかなか始まらないのである。
 さすが大寒、猫がしがみついてきて、ついつい真夜中に目が覚めてしまう。で、眠れなくて、ミヒャエルエンデの『モモ』を読んでいる。失明した翌年あたり、ボランティアでアシスタントをしてくれていた美少女、マチコに朗読してもらって以来のことである。でも、最初にこの本を読んだのはオバQアパートの下の大型書店、レイクヨシカワで、その初版を手にした70年代前半のことだった。
「シュムシュムグミラスティクム」
 何故かこの怪物の名前が忘れられず、今夜も眠れないままにこの名前が頭の中で踊り出し、『モモ』の音訳図書を引っ張り出した、というわけである。そんなおかしなネーミングだけど、エンデという人はネーミングの巨匠。名作『ネバーエンディングストーリー』でも、シカンダという名刀が出てきたりして、頭に刻みつけられている。で、シュミシュミグミラスティクムというこの怪物は、南野海を荒らしまわる台風の中心でグルグル回転して風邪を起こしている、そんなコマの化け物なのだ。それにしてもエンデという人はお話し作りの神様。恩師渡辺茂男先生がエンデに、どうやってお話を考えるのかと質問したとき、エンデは、
「ムカデは歩くとき、どの足を動かせばいいのかとは考えない」
と答えておられた。のような気がする。うん。記憶ではボクもその現場にいたことになっているのだ。最初に『モモ』を読んだとき、エンデは日本ではまだ無名だった。そのエンデとご縁ができたのは渡辺茂男先生のおかげ。ミュンヘンの国際青少年図書館に先生の紹介で訪れたとき、接待をしてくださった図書館司書の日本女性が佐藤真理子さん、エンデ氏の将来の奥さんであったのだ。と、渡辺茂男先生が縁でエンデ氏とのご縁ができた、と、ダジャレのつもりで書いたのではありましぇん。

▲ 大寒や 猫に行火に されている

0122・金・
 朝からお出かけである。そしてすべての電車で親切な人たちに席を譲ってもらった。オバQ線では優しいお嬢さんが、わざわざ手を取って席まで誘導してくれた。代々木上原で乗り換えたら、元気な青年が席を譲ってくれた。
「すぐですから」
と断ろうとしたら、
「次ですから」
といってボクを座らせた。でも、その電車は急行で、次が終点なのである。わはは。エレベーターでおばちゃん軍団に潰されそうになりながら新宿駅で乗り換えたら、JRでも席を譲られた。けれども喜んでいいのか、深刻に受け止めるべきなのか、よくわからない。前はこんなこと、なかったのだ。世の中が親切になったのか、それとも、オイラがジジイになったのか。コボちゃんと一緒に考えていたら目的の駅を逃してしまった。あはは。やっぱりボケたかな。

▲ 譲られて 断る元気 今はなし

0123・土・
 冗談じゃない。またまた南岸低気圧だとさ。雪になるかもしれないとさ。なのに今日もお出かけです。絵夢助人(えむすけびと)さんとお出かけです。ちなみに絵夢助人(えむすけびと)さんとはエム ナマエの在宅秘書で、ボランティアのスタッフです。いつもお世話になっているのです。
 中学時代、四谷はオイラのテリトリー。学校が終わるとイグナチオ教会でクリスチャンごっこをして、帰り道は上智のグランドで遊ぶ。そんな紀尾井町のコンサートホールで、本日は友人、川畠成道(かわばたなりみち)さんのニューイヤーコンサートである。開演前、隣の席で川畠さんのご母堂が日本点字図書館理事長、田中徹二氏と言葉を交わしておられる。それから美織夫人がボクに気がついて声をかけてくださる。このお正月、メールを交わしてはいたけれど、実際にご挨拶するのは今年初めて。美織さんは理事長が箱根駅伝に夢中になっていると教えてくださった。そう。田中理事長は早稲田の出身で、箱根駅伝となると、慶應義塾の出番はない。今や、慶應義塾は陸の王者ではなくなったのだ。
 川畠さんの演奏はますます神がかりで、最初から最後まで圧倒されっぱなし。ことにアンコールの『ひばり』は、これぞ天才ヴァイオリニストの超絶技巧の見本みたいな出来で、ボクは
「ブラボー!」
を連発し、手が痛くなるほど拍手を続けた。
 電車ではまたまた席を譲られ、コンサートでは神がかりの演奏で心を満たされ、いい気持ちの土曜日だったのに、四谷駅員の馬鹿野郎。意地悪するのもいい加減にしろ。
 ご存じの通り、JR四ツ谷駅にはエレベーターがない。手摺を頼りに階段を一歩ずつ降りていくと、ボクの背後から数人の男性が声を合わせて同じ階段を降りてくる。友人であられるのだろう、車椅子歩行者のサポートをしているのだ。美しい友情である。
 さて、自動改札口を障害者割引で通過しようとすると、
「ピンポーン!」
と止められた。子ども用切符を受け付けてくれなかったのだ。それならば駅員の見張っている改札口を通ろうとすると、障害者手帳を見せろといわれた。ボクは思わず声をあららげる。
「割引してもらうために、メクラのふりなんかするわけ、ないでしょ!」
 なんたる意地悪、なんたる差別。自動改札口が機械の不備で止められさえしなかったら、ここは必ずフリーパス。なのに、駅員に対しては障害者手帳を見せなければならないとは何たる理不尽。本日は今年いちばんの寒波である。それに備えて防寒装備の厚着をしている視覚障碍者の内懐から障害者手帳を引っ張り出せと要求しているのである。すると、後ろから声がかかった。
「どうしたんですか」
 さっきの車椅子歩行者をサポートしていた友人グループのおひとりである。
「この駅員が手帳を見せろというんです」
 すると、ボクの白杖を見たおひとりが、
「見ればわかるじゃないか」
と声を上げた。障害者にそんな負担を負わすのなら、鉄道会社もエレベーターやホームドアの設置義務を完遂したらどうなんだ、馬鹿野郎。と、馬鹿野郎が喉まで出かかった。
 料金をただにするなら手帳提示義務も納得する。けれども割引はエスコートのひとり分をロハにするだけで、本来はボクひとりが正当な乗車料金を支払っているだけなのだ。それをナンだ馬鹿野郎。と、思わず馬鹿野郎とののしりたくなる。ここんとこの理屈を駅員はどう理解しているのか、腹立たしくてならない、馬鹿野郎。今度じっくり聞かせてもらおう。
 神がかりの演奏で心を見たし、駅員の馬鹿野郎に心を乱し、帰り道は絵夢助人(えむすけびと)さんと杯を交わす。つまり、新年会。ボランティアの在宅秘書さん、今年もよろしくお願いいたします。で、絵夢助人(えむすけびと)さんの行いが正しいので、雪には降られませんでした。

▲ 思い出の 四谷の駅に 泣かされて

0124・日・満月・
 大相撲初場所千秋楽である。そして見事、琴奨菊が優勝した。よかったね。思わずつぶやく。怪我に苦しめられた大関稼業だった。引退させてやればいいのにと感じたことが何度もあった。けれども真面目だったのだ。それ以上に力があったのだ。それを怪我や不運が邪魔をしていた。すべての技量が解放された今場所で、優勝が形になったと思いたい。今場所の琴奨菊の相撲には、昨今の大相撲に目立つ「勝てばいい」のマインドがかけらも見られず、実に堂々としていて美しかった。この精神が今後の力士たちのお手本となることを望みたい。
 朝からニュースは西日本の雪の被害のことばかり。奄美大島でも雪が降ったというのだからひどい寒波である。なのに東京は晴れて、その最高気温は沖縄と一緒。そして、その東京の最高気温と同じ沖縄では意外な選挙結果が出て、沖縄ばかりでなく、ボクも寒い気分に襲われている。
 組体操なんか早く止めた方がいい。ボクには北朝鮮のマスゲームや北京オリンピックの開会式が連想されてならない。校庭で繰り広げられる、強制的に築かれた子どもたちの人間ピラミッドなんか見せられて、その父兄たちが本気で喜んでいるとはどうにも思えないのだ。角兵衛獅子じゃあるまいし。いや、もしかしたらお母様たち、連日連夜のテレビや雑誌で現代の角兵衛獅子を見慣れているのかもしれない。そういえば、アベちゃんまで騒いでいたあの五人組の騒ぎは落ち着いたのかしら。そういえば、もっと大人数の角兵衛獅子少女合唱団が日本全国、アジア諸国で次々に発生していたような気もするけれど、みんなどこへいくのだろう。小さな魂たちが悪い大人に利用され、踊らされているような気がしてならない。ミヒャエルエンデの名作『モモ』が話題にならなくなったのを見計らって、あの時間泥棒たちが作品世界から抜け出して、日本の芸能界を支配しているのかもしれない。校庭に築かれる五段六段の子どもピラミッドの背後や、歌い踊る少女合唱団の舞台そでで、灰色の葉巻をくゆらせながら、剃刀のようにほくそ笑んでる灰色の男たちがいるのかもしれない。

▲ 百年目 南の島に 雪が降る

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース  71番、弥谷寺を仮想参拝、通過しました。
次は72番、曼荼羅寺。あと7,779歩です。現在の歩数、2,327,021歩。
2周目挑戦中!




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