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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2015年10月12日~18日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから29年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

1012・月・体育の日・
 猛烈にいい天気なんだと思う。子どもの嬌声が聞える。公演で遊んでいるのか、それとも運動会なのか、集団で騒いでいる。体育の日、元気のいい連中は浮かれているが、オイラのような透析患者はおかしな連休体制で、昼間の休日透析がちっとも嬉しくない。いくら休日が増えてもすべて中途半端になってしまう。休日なんて、テンデンバラバラにやってくる方がいいに決まっている。連休ばかりだと、お父さんに対する要求がきつくなるばかりで、ただでさえお疲れ気味が、ますます疲れてしまうではないか。
 川田龍平参議院議員の応援演説のときも、上川あや世田谷区議の選挙ポスターのときも、ボクの応援キャッチフレーズは、
「国家があって個人があるのではない。個人があって国家があるのだ」
だった。そう。個人が国家を支えているのだ。アベちゃんが勝手気ままに世界各国に税金を大盤振舞できるのも、それは国民が汗水垂らして勤労し、誠実に税金を支払っているからなのだ。けれどもアベちゃんを見ていると、どうもそれを忘れているとしか思えない。もしかすると、あの人の周囲5メートルにはフロスティーガラスのシールドが張り巡らされているのかもしれない。まるでヤクザさんか売れっ子歌手の自家用車みたいだね。そういう人に限って周囲に人も張り巡らす。みんな裸の王様だから、きっと裸のままではいられないのだと思う。
 先週から引き続き、またまた音声映画レポートである。
『壬生義士伝』
 浅田二郎原作、滝田洋二郎監督作品である。ご存じ新撰組の大活躍。薩長に裏切られた会津藩。天皇に胡麻を擦り、錦の御旗(にしきのみはた)を掲げた薩長連合、官軍を相手にチャンチャンバラバラ。ボクみたいに、まるきり近現代史にうとい向きも、そのあたりの事情が少しは見えてくるかも。あまり期待しないで観たので役者さんたちの演技に感動した。つまり東宝映画系列の、ボクの好きな俳優が出ていたわけだ。もちろん浅田二郎の原作がいいのだろうと、早速サピエ図書館からダウンロードする。
『フラガール』
 やっぱり、何の期待もしないで観たのがよかった。何年か前、長野県知事を辞めたばかりの田中康夫さんを囲むパーティーで、この映画のフラガールを演じた女の子がヤッシーの目前でフラを踊っていたのを想い出した。映画にはテレビにはない熱がある。その熱が役者たちにのり移る。ボクはその熱が好きで、盲目になった今でも映画に熱中できるのだと思う。

▲ また休み 螺子のゆるみが とまらない

1013・火・
 やなせたかし先生のご命日である。あれから2年が経過した。魂は天に旅立ったが、その精神は地上に宿り、無数の人々に希望と救いを与えている。その精神を引き継ごうと情熱を燃やす弟子たちも少なくないはず。16歳のときに読んだやなせたかしの『まんが入門』に触発され、この世界に足を踏み入れたこのボクも、そのひとりでありたいといつも願っている。
 危機を排除したいというなら、普天間基地の代替がどうして沖縄じゃなければならないのか。どうして本土じゃいけないのか。永田町や霞が関の沖縄に対する差別が感じられて仕方がない。そろそろ沖縄、独立を考えた方がいいんじゃなかろうか。それで沖縄、中国にとられたら、そりゃ安倍政権のせいでしょう。
 裁判ウォッチャーの阿蘇山大噴火さん、大手町に温泉はわいたけど、イメージがわかないとは、なんてお洒落なコメントだこと。この温泉、地下1500メートルから汲み上げているとか。経費がかかると思うんだけど、どれだけの入浴料で元が取れるのだろう。東京にはけっこう温泉があるというけど、油や薬の匂いがしそうで、あんまり入りたいとは思わないとはボクの偏見に違いない。
 またまた音声映画レポートをさせてください。
『ザ・マジックアワー』
 再再再読である。一度でも三谷幸喜(みたにこうき)の世界に足を踏み入れると、もう一度訪れたくなる。二度訪れると、三度訪れたくなってしまう。まるでネズミーランドみたいだが、その通り。つまり仕掛けがいっぱいなのだ。決して難解ではないのだが、集中していないと聞き逃す。見えている人ならば見逃す。そういう類(たぐい)の仕掛けがいっぱいなのである。だから再読したくなる。映画を再読というのはおかしいかもしれないけれど、ボクは盲人だから音声映画を読むと表現するわけだ。お許し願いたい。さて、三谷幸喜という人はラジオマニアでテレビマニアで映画マニアと思われる。同じ心の持ち主だったら、必ずその罠にはまる。この映画、往年のスター、柳沢真一が登場する。名監督市川昆も友情出演する。メインでもチョイ役でも有名俳優がズラリ勢揃い。彼の脚本を見せられたら参加したい誘惑にかられるのにに違いない。オープニングからハリウッドのスタジオセットをイメージさせる舞台であって、アメリカ映画で育ったボクはもうたまらない。三谷幸喜の仕掛けた餌に飛びつくわけだ。そしてラストに、この映画セットをバラすシーンまで公開する。その風景にエンドロールが流れるわけだが、もしかしてこの音声映画、実際に映像を見ない方が現実以上にイメージを膨らませてくれるのかもしれない。とにかく、この映画の仕掛けでボクは三谷幸喜の泥沼にはまってしまった。あんなに嫌いだった西田俊之という役者も、嫌いではなくなってしまったのだ。それともうひとつ。ボクには東宝映画のバタ臭さに、たちまちはまるという俗物根性がある。これも原因のひとつだろう。

▲ えいえんに ひびく心の アンパンチ

1014・水・
 マイナンバーで早速汚職事件が発生した。そこでTBSラジオのデイキャッチも早速、時事川柳でカウンターパンチ。以下のような川柳が詠まれていた。
「マイナンバー 業者にせがみ 毎晩バー」
 毎晩バーと書けばわかりにくいが、マイナンバーとマイバンバーと発音だけで聞けば、ほら、笑えますよね。ここがラジオ川柳の妙。活字で見えないところは話芸でカバー。これがラジオの強み、言霊の世界の魅力、なのである。TBSラジオリスナーの優秀さを示した一場面である。
 笑うといえば、毎回耳にして必ず笑わせられるのがTBSラジオのイベント告知。
「天国にいちばん近いアイドル」
これって、最高齢80歳のおばあちゃんアイドルグループのこと。要するに高年齢者AKB48、というわけだ。天国に近いことだけは確かである。でもいいのかなぁ、TBSラジオ。こんなコピーを使っちゃってさ。
 TBSラジオのデイキャッチ、北丸雄二ニューヨークレポートでの話題。「一億総活躍」をナショナルモービライゼーション、国民総動員と訳した米国新聞があるという。一億を数字ではなく、ナショナルとしたところがミソ。これってかなり本質を見抜いた翻訳ではあるまいか。翻訳に窮したら、日本の新聞各紙も借用したらいかがだろう。ただし、政権から猛烈な抗議が浴びせられる可能性は十二分にありそうだ。
 またまた音声映画レポートをお許しください。
『ラジオの時間』
 これまた三谷幸喜(みたにこうき)監督作品である。再再読である。最初に観たのが2014年の5月。この作品で三谷幸喜の世界にはまってしまった。ボクはもともとラジオ人間だったのが、失明をきっかけにますますラジオ人間となってしまった。我が家ではボクが小学3年生のときにラジオがテレビに茶の間の王座を奪われた。それ以来、しばらくはテレビに夢中だった。放送のない時間帯でもテストパターンとか、それすらない時間帯でも砂嵐の白黒画面も見つめていた。そんな自分をラジオ世界に引き戻したのが小学6年生のとき、ひどい中耳炎で寝付いていたとき、布団に持ち込んだトランジスタラジオで聴いた落語だった。笑い過ぎて耳が痛くなったのをよく覚えている。それ以来トランジスタラジオが手放せなくなり、中学生時代は試験勉強の合間に深夜放送を聴くようになっていた。高校生時代はラジオ局を訪れ、当時の人気パーソナリティー、土井勝さんと公開番組で丁々発止とダジャレトークをしたこともある。テレビを本格的に卒業したのは大学生の頃のような気がする。イラストレーターになってからは情報源はもっぱらラジオだった。そんなわけでテレビドラマには興味ないが、ラジオドラマならば耽溺する、というヘソ曲がりとなっていた。この映画の舞台がラジオドラマを生放送中のラジオ局、という設定。役者も勢揃い。布施明の演技が自然でいいし、藤村俊二さん演ずる元効果音係りの守衛(しゅえい)さんもいい。ここは笑えないな、という無理な設定もあるが、そこは三谷幸喜のラジオに対する有り余る愛情の成せる業と優しい気持ちにさせられた。

▲ 一億と まとめたうえで 皆殺し

1015・木・
 一駅700メートルを5分間で走った車掌さんがいたという。国体に出られるんじゃないかとコボちゃんが笑う。空には筋雲、秋の空。けれども体育日和で走ったわけじゃない。京急のこの車掌さん、車内アナウンスを慌ててしたら、窓からマイクを落としてしまった。それを拾おうとホームに出た途端、電車が走っていってしまったのだ。運転手も慌てた。次の駅に着いてもドアが開かないのだ。そこで車掌のいないことに気がついた。でも、やっぱりすごい、この車掌。足に自信があったからこそ走ろうと決心したわけだから、やっぱり国体に出ていただきましょうよ。
 というわけで、何がというわけかは無責任にも知らないけれど、またまた音声映画レポートです。ごめんなさい。
『奇跡の林檎』
 周囲の冷たい視線に耐えながら全財産を投入し、貧乏のどん底であえぎながらも完全無農薬林檎を完成させた木村秋則さんをすごいと思う。ひとつことを続ければ、いつか答えが見つかる。その真理探究のための必死の努力に改めて尊敬の念を深くする。そして、そんな木村秋則さんの作った奇跡の無農薬林檎の清らかな味を思い出す。この映画ではないのだが、この奇跡の林檎で救われた少女をドキュメントした記録映画『いのちの林檎』のタイトル文字を書いたのが実はボク。そんなご縁でボクもこの奇跡の林檎を味わったことがあるのだ。この音声映画を観てすぐ、記録映画『いのちの林檎』の制作者のおひとり、ビックリバンの馬場民子さんに電話をして、その感動を伝えた。そうしたら馬場さん、視覚障碍者のための『いのちの林檎」の音声ガイドを執筆中。これをぜひサピエ図書館にかけてもらいたいと思った。その日のくるのを心待ちにしている。

▲ 鳴き交わし 烏渦巻く 高い空

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース  43番、明石寺を仮想参拝、通過しました。
次は44番、大宝寺。あと154,732歩です。現在の歩数、1,500,468歩。2周目挑戦中!

1016・金・
 雨の中を北軽井沢へ向かっている。運転するコボちゃんとナビゲーターシートのボクとの間から、後部座席で伏せの体勢のアルルが前方を見つめている。そして今日はアルル記念日。今から10年前の今日、アルルは初めてボクらのクルマに乗ったのである。当時の愛車は、このトヨタマークツー・クオリスではなく、ボディーにカンガルーのマークのあるオーストラリア三菱自動車製のステーションワゴン、マグナだった。盲導犬アリーナを12年間乗せて走ったマグナはきっとアリーナの匂いに満ちていたはず。そのアリーナが星になった翌年の今日、アルルはアリーナが育ったのと同じ中部盲導犬協会からそのマグナに乗って東京へやってきたのだ。今は前方を注視しているアルルだが、その日のアルルは、遠くなる名古屋の街をリアウィンドウからひたすら、悲しそうに見送っていたとコボちゃんは回想する。まだ出会ったばかりの人間に遠い世界へ連れられていくアルル。どれだけ心細かったか。そしてそんなアルルを出迎えたのが片目の猫、キロン。アリーナに育てられたキロンは、この真っ黒な大型犬をまるで恐れず、立ち上がって鋭い爪で歓迎した。この家では自分が親分であることを示したのである。そんなアルルがボクらの本物の家族になってくれたのはいつの頃だったろう。ありがとうアルル。よくきてくれたね。アリーナがそうだったように、今のボクらにとって、アルルのいない暮らしなど考えられないのである。
 北軽井沢のスタジオで橘屋塩蔵師匠ご逝去の訃報を知る。7日のことだったという。3年間高座には上がっておられなかったらしい。死因は心室細動(しんしつさいどう)というから、心臓が弱っておられたのだろう。実に楽しい師匠だった。末広亭で幾度も高座を拝聴したが、円蔵師匠が楽屋入りされると、途端に楽屋が賑やかになる。高座でも楽屋でも人を楽しませることに全力を注いでおられたに違いない。そんな円蔵師匠をボクらは敬愛していた。立川談志師匠のお宅に招待されたとき、談志師匠は、この円蔵師匠がまだ円鏡(えんきょう)と呼ばれていた頃にコンビで出演していた打ち合わせなしの熱狂ライブ番組の録音を、とても誇らしげにボクらに聴かせてくれたことがある。談志師匠の前では失礼とも思ったが、談志師匠の鋭い突っ込みを必死に掻い潜り、とぼけたギャグで切り返す月の家円鏡(つきのやえんきょう)には爆笑の連続だった。これまで数々の講座を拝聴してきたが、直接お声をうかがったのは2011年暮れの談志師匠お別れ会が最後となった。思えばあのとき、一緒に立川談志の『芝浜』の録音を聴いたことになる。心からご冥福をお祈りする。
 しつこいと思われようともまたまた音声映画レポートをさせていただくのである。
『ロッキー』
 テーマ音楽が流れてくるだけで興奮するのは、テレビで何度も予告編を見せられたせいだと思う。熱のあるボクシング映画であることだけはよく知っていた。手を打ち合せながら、というロッキースタイルの腕立て伏せが得意だったので、よく人前でやって見せた。けれどもよく考えてみると、最初から最後まで一度もきちんと観たことがなかった。というわけで1976年制作のこの映画を、盲目になったボクが2015年になって、初めて見ている、というわけだ。予告編で見ただけの、いろいろな場面が目に浮かぶ。見たことのない場面まで浮かんでくる。犬と走るシルベスタースタローンがいい。けれどもエイドリアンがどんな顔をしていたかは、まるで想い出せなかった。ちょっと残念な気がする。というのは、ボクは美人よりも、いい塩梅のブスが好みだからだ。ストーリーの流れからいっても、このエイドリアンが美人であるはずがない。そう思えたからである。

▲ よいしょして 裏も表も 笑わせて

1017・土・
 約束の待ち合わせ場所に近づくと何やら騒がしい。ロータリーを豪華なクラシックカーが整列してパレードを繰り広げていたのだ。もちろん、ギャラリーやカメラマンでごった返している。そこへ我がオンボロ車、泥だらけのクオリスが乱入したんだから申し訳ない。おまけにUさんのベンツも見当たらず、オロオロしているとケータイに着信。Uさんは仕事のための軽トラックでやってきていたのだ。それじゃ気がつかないはず。早速軽トラックのお尻にくっついた。
 奥行のある別荘地。さすがは3千戸の棟数を誇るだけのことはある。迷路のような道路をUさんの操る軽トラックに導かれていく。やがて到着した山小屋風の建築物。そのテラスでは白熊のようなグレートピレネーのアンドラ君が歓迎の声を上げていた。
 クオリスを降りたアルルは嬉しくてたまらない。助けてくれたUさんに、まるで本物の飼い主に巡り会ったみたいに猛烈に尻尾を振っている。一生懸命に後をついていく。まるきり、こっちの立場がない。そこへ巨大なアンドラ君の歓迎。もう犬だらけである。話題も犬の話ばかり。Uさんは、もしも飼い主が見つからなかった場合はアルルを引き取るつもりだったと打ち明けてくださった。愛犬家だからアルルの優秀性を一目で見抜いた、ということだろうと、これは親バカ(おやばか)の見解。やがて奥様もお戻りになり、みんなで再会を喜び合ったのである。
 昨夜の雨のゲームで王手をかけたヤクルトがジャイアンツを下し、日本選手権を獲得した。それは嬉しいのだけれども、今度の相手はソフトバンク。となると、セリーグが一丸となっても勝てそうにない。さてさて、どんなシリーズになるのやら。
 北軽井沢の夜が更けていく。プレクストークの音源をミニコンポが広げていく。今夜は朗読。立川談志と柳家小三治(こさんじ)を順番に聴いていく。談志師匠は司馬遼太郎を。小三治師匠は藤沢周平をそれぞれ語る。小三治の真面目な朗読と立川談志の巧みな話芸と流れる口調。色はまるきり違う。どちらが上か。そういうことではない。どちらも師匠の名人柳家小さんを心から愛しているという側面では同質なのだ。おふたりを個人的に存じ上げているボクは、その気持ちを肌身で感じているのである。ということなのだが、ここはぜひひとつ、一度でいいから立川談志の朗読を体験してもらいたい。お勧めはニッポン放送が制作した3枚組朗読CD「立川談志・司馬遼太郎を読む」である。
 ここでまたまた音声映画レポート。本日は長野原のS医院での臨時透析で、その間に傾聴した1本である。
『あの子をさがして』
 1999年制作の中国映画。不思議な国である。これが最初の印象。とにかくあらゆることが違い過ぎて心に入ってこない。文化も習慣も人々の思考も、まるで別の星の話みたいなのだ。中国って、お隣の国なんだよね。お隣の惑星じゃないんだよね。13歳の少女が小学校教師として採用される。いい加減な村長と出鱈目な校長先生。インチキ授業と崩れそうなオンボロ校舎。そしてこの13歳の少女は早く金を支払えと大人たちに要求してばかりいる。突然出稼ぎに消える生徒と借金まみれの家族。生徒たちはレンガ工場でインチキ仕事をして工場長に金を要求して、それを都会へのバス代にしようとする。13歳の小学校教師はわずかな金銭を握りしめ、都会へ出稼ぎに消えた生徒を捜索にいく。そして彼女をむかえた近代都市の、誰もが見せるあまりのドライさ。あらゆる局面で金を要求されるのだが、そのストレートさがこれまた強烈で、どうにもこの感覚が馴染めない。とはいえ、しばらくするとボクは1980年に訪れた最初の北京の印象を想い出して、懐かしささえ覚えている。最後にはこの13歳の少女のひたむきさに打たれ、胸を熱くしていたのである。テレビ局の局長さんがいい人だったのが救い。でも、よく考えれば、みんないい人で、ただその表現方法がボクらの習慣にない、ということだけなんだと思う。もしかして、この映画を切っ掛けに中国映画を好き煮なるかもしれない。

▲ いい香り 落ち葉の積もる 軽井沢

1018・日・
 10月後半の北軽井沢は実に美しい。あの人のいう「うちゅくちい」ではなく、本当に美しいのである。空気は乾き、地面も乾き、落ち葉がいい香りを発している。そして今日も滅茶苦茶にいい天気。日差しが強くてまるで夏のよう。いや、空気が乾燥している分、本物の夏より居心地がいいのかもしれない。すぐ近くの人工子にも北の国から野生の鴨がやってきて仲良く泳いでいる。そこでコボちゃんもアルルと一緒に人工湖のほとりで昼寝と決め込んだ。そこへパトカー。並べてある運動靴を目撃したパトロール中の警察官が先回りをして忠告を与えたというのだ。
「この湖、深さが1メートルしかないから、自殺なんか、できませんからね」
 アルルが行方不明になったときも大変お世話になったわけだが、群馬の警察は本当に親切である。
 またまた音声映画のレポートをさせていただきます
『レインマン』
 1988年制作のアメリカ映画。よい評判は噂に聞いていたが、こういう内容だとは思わなかった。最初はただの経済映画かと思っていたが、遺産問題が意外な局面に発展していく。たった一輪の枯れた薔薇とスーパークラシックカー。それ以外は存在さえ知らせてもらえなかった兄へと相続される。そして探し当てた兄は自閉症で長い施設生活を強いられていたのである。この兄を演ずるダスティーホフマンの声を演ずる野沢那智がいい。またまた余談になるが、ボクは野沢那智さんに何度もお目にかかっている。最初はイラストレーターになったばかりの頃。とある音楽事務所で打ち合わせの合間に個人的にお話しさせていただく時間に恵まれたのだ。人気絶頂当時だったが、静かで落ち着いた雰囲気が印象的だった。失明してから何度も招かれた文化放送の「やるまん」では、すぐ隣のスタジオで白石冬美さんと共演されていたので、そこへもお邪魔して話をさせていただいた。ナチチャコパック以来、長い間おふたりの大ファンだったので、えらく緊張したのを覚えている。お亡くなりになってから久しいが、忘れられないスターのおひとりである。

▲ 北の国 やってきました 一直線




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