全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2014年9月15日~21日
☆ この日誌は透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この文面では難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしてありますが、これは視覚障碍者のための音声出力をサポートするためのものです。決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではありませんので、どうかご容赦を。

0915・月・敬老の日・
 敬老の日。ということは休日である。人気取り政治が続いている影響で休みがやたらに増えているような気がする。その休みを片っ端からつなげて月曜日を休みにしてしまう。そんなに休みをつなげるなよ。ボクは休みが大嫌い。フリーランスですから。きっと自由業はみんな休みが好きじゃない。休みが好きなのは大企業にお役所の、仕事環境と生活が安定している人たちばかりでしょう。
 土曜日に購入したCDアルバム『川畠成道・映画音楽を弾く』を聴きながらこれを書いている。超絶技巧による夢のような音色。よく知った映画音楽が天からの調べのようにボクの脳内へ注がれる。ついつい聴き惚れてしまって筆が進まない。繰り返しになってしまうが、このように偉大な音楽家と一緒に仕事をさせてもらうなんて、これも夢のよう。どう頑張ってみても彼の足元にも及ばないのだが、それでも精進したいと思う。
 SNS世界でときどき炎上が話題になるが、あれは欧米ではサイバーカスケードというらしい。つまり、滝である。賛成と反対。承認と否認。右と左。中間の無いデジタルワールドには安全地帯も緩衝地帯も存在しないのかもしれない。ゼロと1がめまぐるしく点滅するデジタルワールドではきっと、迷いも躊躇もしている暇がないのだろう。じっくり考えることを許されない人たちの思考の滝。そんな滝壺に落ちたらちっぽけな個人は木端微塵。だからボクはSNSには近寄らない。桑原桑原。
 コボちゃんがセブンイレブンでスパゲッティーペペロンチーノを見つけて買ってきた。試しにチンして食べてみる。旨い。それも想像以上に旨いのである。本物の唐辛子とニンニク。ベーコンにウィンナーソーセージ。これでワンコインでは外食産業がたまらない。安くて旨くて、おまけに便利。高校生からおばあちゃんまで。やっぱ、コンビニは都会のオアシスなんだろな。
▲ あいびきは 敬老の日のコンビニで

0916・火・
 鰻に鯨。世界からとってはいけないとつっつかれてる日本。鰻はわかります。日本人、やたらと鰻を食べまくる。贅沢品だった鰻。特別な食べ物だった鰻。ところが豊かになって贅沢になった日本人、勘違いをして牛丼の代わりに鰻丼をランチにするようになった。500円の鰻丼。それじゃ鰻はたまらない。絶滅だってしたくなる。500円の鰻丼のため、日本は世界から安い鰻を買いまくる。中国、韓国、台湾。鰻の稚魚をを取りまくる。それじゃ鰻はたまらない。大切な物は大切なままに、貴重なものは貴重なままに、贅沢な物は贅沢なままに、慎ましく生きていけばみんな守れるのです。けれども鯨。これは違うでしょ。そりゃ乱獲をしてナガスクジラやシロナガスクジラを激減させてしまったことは反省しなければならないけど、鯨のことで日本人を攻撃することは西洋人の思い違い。世界の捕鯨、という観点から歴史を振り返れば、それは明らかなのだ。機械油のため、脂を搾り取られて海に捨てられた無数のマッコウクジラたち。これ、石油時代以前のアメリカ捕鯨の実態でしょ。それを知らないのは欧米人の怠慢と不勉強と傲慢。
「鯨はペットではありません」
といえば西洋人は抗議するだろう。
「イルカは人類のお友だちです」
「だったら牛もお友だち。ペットにだってなってくれるし、農業のお手伝いもしてくれる。クルマを引いて人も運ぶし、出来立てほやほやのゼロ戦だって運んでくれたんだよ」
 日本に捕鯨を禁止して牛肉を売りつけようとするオーストラリアやニュージーランド。鯨のおいしさを知っている人間としては、そのあたりが納得できないのである。要するに鰻も食べたいし、鯨も食べたい。ビフテキよりもずっと美味。ボクとしてはそういう気持ちです。
 プレクストークで土星の衛星タイタンに生き物がいる、という本を読みながらランチをしていたら胃袋が揺れている。体も揺れてテーブルも揺れている。途端に東日本大震災の記憶が蘇る。
「あのときと同じだ!」
 箸を放り出し、立ち上がる。玄関に駆けつけるとアルルも飛んでくる。東日本大震災のときと同じだ。アルルもあのときのことは忘れていないのだ。ロックを外してドアノブを握る。玄関からいつでも脱出できるようにしてポケットラジオをオンにする。緊急地震速報が鳴っていた。
 12時28分、関東地方に強い地震。震源は茨城県南部。震源の深さは50キロ。マグニチュードは5.6とされ、津波の心配はなし。群馬や埼玉県が震度5弱と激しく揺れたのは利根川で形成されたゆるい地形のせいであるらしい。東京23区の震度は4。長く長く揺れていた。これも東日本大震災を思わせた。やはりボクのどこかに東日本大震災がトラウマとして残っているのだ。いつかくる、でかいやつがくる。そう思っていた方がいい。
▲ 音もなく 血を奪い去る 憎いやつ

0917・水・
 ラジオから北海道での初冠雪の話題が聞こえてくる。
「ええっ。秋が早いと思っていたら、もう雪の話題かよ。やめてくれよ」
 寒さが苦手なボクは反射的にそう思う。でも、赤堤の遊歩道では元気よく蝉が鳴いてくれていて安心する。夏よ、どうかいかないで。そんなに早くいかないで。まだまだTシャツ1枚で暮らす自由を味あわせてくださいな。
 夢中で仕事をしていたら、鈴の音(すずのね)が聞こえてハッとする。キジバトポッポの遊び場から聞こえてきてハッとする。猫の鈴の音すずのね)だ。デブネコミミの鈴の音(すずのね)だ。ああ、やられちゃったか。ボクの知らない間にキジバトポッポの遊び場にデブネコミミが入り込んで、キジバトポッポに襲いかかったのだ。そして哀れなキジバトポッポはデブネコミミのお弁当となり、お陀仏してしまったのだ。
 2009年、キジバトと自動車の正面衝突。その交通事故の現場から救い出して看病し、今まで守ってきたのに、ここまでの命となってしまったのか。たったの5年間の付き合い。長生きのキジバトだから、もっともっと生き続けるはずだったのに。ああ、申し訳のないことをした。と、ここまで考えるのに0.5秒。湧き上がってくる胸の悲しみに備えていたら、
「あれれ?これ、鈴の音(すずのね)とは違うみたいだぞ」
 よく聞いたら、これ、お皿の中の豆をつっつく音じゃないか。なんだ。落ち着いて聞いてみれば、それはキジバトポッポのお食事の音でした。そそっかしくてゴメンナサイ。
▲ 登校児 雪の知らせの 届く朝

◇ バーチャル『奥の細道』コース  村上を通過しました。
次は新潟。あと、75,505歩です。現在の歩数、2,422,495歩。2周目挑戦中!

0918・木・
 話題の中心はスコットランド独立の住民投票。スコットランドがイングランドとは別の独立した地域であることは1972年のスコットランド滞在で思い知らされたことだった。「ここ、イングランドでしょ?」
「ノァオウ」
 これはノーといっているのです。どうしたって素直に発音はしてくれないのです。なんせ、スコットランド人ですから。
「スカッタランド!」
 これ、スコットランドといっているのです。
「ねえねえ、おじさん。グラスゴーにはどういくの?」
「グラズゴーならあっちだよ」
 23歳のボクがスコットランドを旅してる。街でおじさんに道を聞いている。でも、いちいち発音を訂正されている。グラスゴーではなく、どうやらグラズゴーが正しい発音であるらしい。
「エジンバラは?」
「エディンバロウ!」
「ネス湖は?」
「ロクホ・ネス」
 と、おじさん。発音にはいちいちうるさいのだ。ニューキャッスルはヌーカースルだと、何度言い直させられたことだろう。スコットランド人はプライドが高いのだ。灰色の都市、グラズゴー。お城を囲む緑の都会、エディンバラ。モンスターの潜む湖、ロッホネス。ロンドンからのヒッチハイクの旅だった。ハラハラドキドキ、愉快な旅だった。日本からロンドンで落ち合ったガールフレンドとの旅だった。ただし、彼女は恋人ではない。本当に旅好き同士の旅だったのだ。ボクらはついたり離れたりしながらスコットランドを旅して周り、グラズゴーで別れた。それ以来、彼女とは二度と出会うことはなかった。風の噂によると彼女は英国人と結婚したらしい。グラズゴーで独りになったボクは同性愛者のドライバーから襲われたりしながらヒッチハイクでマンチェスターにたどり着き、フランス人のヒッピー少女と友だちになって歩いているところを黒人少年たちに恐喝され、そのピンチをアイルランド人の大男に助けられ、近所のユースホステルに送り込まれたり、それは先の見えない旅を続けた。ヒッチハイクに疲れた旅の最後はリバプールからのロンドン急行の切符を買う窓口だった。ビートルズの映画でお馴染みだった街並みを背景にしてロンドンへ戻っていったのである。あれからリバプールを訪れることはあったが、グラズゴーもエディンバラへもそれきりである。大英帝国に包摂されたままであれ、独立するにせよ、スコットランドがどこへいくかは知らない。その昔、スコットランドで愉快なことも不愉快なこともあったのを昨日のように記憶している、ということを書きたかっただけ。遠い過去のこと。夏のスコットランドは、どこまでも美しかった。それだけは間違いない。
 今回の独立議論は、スコットランドが欧州核戦略における重要拠点と知る機会となった。これは驚きだった。住民投票の結果次第では北極圏の安全保障問題に発展し、日本の経済にも影響があるとなると傍観者ではいられなくなる。独立という観点では中国やスペイン、ロシアも傍観者ではいられない。いや、日本だっていられない。沖縄がいつ独立したいといい出すかわからないからだ。でかい国がいつまでもでかいツラをしていられるわけじゃない。
 横綱の日馬富士(はるまふじ)が休場する。眼球周辺の骨折が原因というが、昨日の相撲の結果だろう。チョンマゲをつかんでの反則負けであったが、最近の日馬富士の相撲を見ていると、心配していた通りの結果だったと思わざるを得ない。今場所の横綱軍団の決まり手が透かし技ばかりなのも気になっている。ボクは横綱の透かし技も嫌いだけれど、「張り差し」はもっと嫌いだ。小さい横綱といえば千代の富士を想い出すが、彼の相撲はいつも美しかったという記憶がある。モンゴル横綱たちの横綱としての覚悟は大丈夫なのだろうか。
 駅前喫茶店で打ち合わせをしてからコボちゃんに迎えにきてもらう。涼しい。お腹もすいた。そこで駅前中華の光陽楼、雲呑が秀逸の光陽楼で、誰でも一度はこの雲呑を食べた方が幸せとお勧めの光陽楼で、五目そばでも湯麺でも、この具だくさんの雲呑を追加できる光陽楼で、熱々の雲呑麺を口をとがらし、ふうふう冷ましながらたぐり寄せる。唇を火傷しないようにたぐり寄せる。タラコクチビルはこのあたりが苦労なのだ。とほほ。
 秋の風情に熱い麺類は最高。この間まで冷やし中華をすすりこんでいたのが、ふうふうさましながらの熱々雲呑麺である。季節の変化は待ってはくれないのだ。
 帰り道、涼しさにやつれたゴキブリがヨロヨロしながら道路を横断していった。その哀愁に満ちた後姿をコボちゃんがいつまでも見送っていた。
▲ 涼しさは 駅前中華 雲呑麺

0919・金・
 今年は秋が早い。昨夜は死にそうなゴキブリが道路を横断していた。けれども今日は蝉が鳴いている。まだまだ蝉が鳴いている。映画の背景音としての蝉の鳴き声が有効なのは、その鳴き声が限定的だからに他ならない。蝉。まだまだいかないでくれ。頑張って、もっと鳴いていてくれ。寒さが苦手なボクは、これからが遣り切れない。長くて寒い冬が遣り切れない。君たちの鳴き声はボクにとっての冬への砦なのだ。
 最近、打ち合わせでよくしゃべる。昨日は駅前喫茶店でK社のN記者と1時間もしゃべっていた。大袈裟にいえば文学論。雑駁にいえばベストセラーの噂話。そんな馬鹿話をまくしたてていた。笑ってくれてはいたけれど、彼女にとっては迷惑な話ではなかっただろうか。悔やんでも遅い。本日は月刊ラジオ深夜便のH記者の耳に動物の薀蓄話を流しこむ。ケニアで友だちになったレオパルドやチータ、飼っていた犬や猫、鳩や梟、果ては近所のカラスまで、ボクの無駄話はなかなか終わらない。どうしてこんなにおしゃべりなんだろう。夢中でしゃべればしゃべるほど、それが楽しければ楽しいほど、振り返って落ちこんでいる。悔やんでいる。ああ、世界でいちばん自分が恥ずかしい。どうしてこんな人間になってしまったんだろ。
 生き物の話といえば、昨夜のニュース、猫の虐殺事件が許せない。数十匹も殺していたというこの犯人、猫を飼育していたというから理解不能、驚きである。その実像が把握できない。ワイド賞や週刊誌をチェックすれば、何かが浮かび上がるのかもしれないが、知りたくもない気がする。ストレスやプレッシャー、自分の弱さに負けて弱い者や無抵抗な相手を傷つける。ときとして人間は恐ろしい存在となる。認めたくはないけれど、それは人間が生き物すべての敵であることの証明かもしれない。動物たちからそのことを指摘されそうでコワイ。動物裁判にかけられたら人類なんかひとたまりもないだろう。でも、この猫虐殺犯は動物裁判にかけてやりたい気がする。
 午後になって結果が聞こえてきた。スコットランド、独立派せず。地球温暖化。食糧難。地球的レベルの水不足。誰が敵になるか、誰が味方になるか、予測できない不気味な時代に、安定を求める気持ちが勝利したのだろう。そしてボクも安心している。スコットランドが欧州核戦力バランスの要所であるなんて、独立問題がなければわからなかったこと。この世界、知らなくてわからないことばかり。
▲ 少しだけ スコッチうまい 反対派

0920・土・
 アルマーニのサングラスが直ってきた。ボクには珍しいブランドものだから修理に金がかかるとばかり思ってほったらかしにしていたのだが、思い切っていつもの眼鏡屋に持っていったら明日にでも直るといわれた。金がかかるんでしょと聞いたら500円だという。なんだ。だったらもっと早く修理しとけばよかった。だからブランドものはヤなんだ。
 毎年、イグノーベル賞が話題になっている。日本は8年連続で受賞しているとか。今年は北里大学の研究グループの「バナナの皮はよく滑る」というテーマでの受賞。そんなこと誰でも知ってらい。もちろんそうなんだけど、それを科学のテーブルに載せた、というところがスゴイ。ということでの受賞となったらしい。ベーコンを鼻の穴につっこむと鼻血がとまるとか、犬はウンチをするとき、東西ではなく、南北のラインでするとかの研究の中での受賞だから、本当に喜んでよいものかどうか。とはいえ、このイグノーベル賞、選んでいるのはハーバード大学。となると、やっぱり喜んでいいのかな。
 久しぶり、土曜の午後のTBSラジオを聴く。永六輔に久米宏。おふたりとも変わらずにお元気で嬉しい。聴いてしまえば夢中にさせられるので可能な限り聴いてない。その方が無難なのだ。仕事ができるのだ。そして永さんについていえば、今はご著書を次々に拝読。その面白さと深さに夢中にさせられている。つまり、どっちにせよ夢中にさせられているのだ。永六輔、ボクらのヒーロー。
 日没後の豪徳寺駅前花壇。
「エムさん!」
とボクを呼ぶ声。作家のさとうまきこさんである。親友のさとうまきこさんである。40年の付き合いのさとうまきこさんである。彼女は美しいネパール青年と一緒。以前からインドの神様、クリシュナみたいに美しいと聞かされていたヒンズー僧侶、Shyam Shundarjさんである。彼は27歳。お若いが少年の頃からネパールやインドのアシュラムで厳しい修行を積んだ僧侶である。たちまち始まる英会話。中途半端とはいえ、英語がしゃべれてよかったわぁ。Shyamさんもまきこさんも英語が得意。普段の井戸端会議みたいに会話ができたのは不思議だった。まきこさんはこれからシャームさんと共に日本中をレクチャーと儀式で旅するという。詳しくはさとうまきこさんの「晴れときどき曇り」で検索してください。きっと興味ある世界が開かれると思います。
▲ 招き猫 ヒンズー僧侶 豪徳寺

0921・日・
 本日の日の出の時刻である。全国の日の出の時刻である。札幌は5時20分、仙台は5時23分、東京は5時28分、名古屋は5時39分、金沢は5時40分、大阪は5時45分、広島は5時57分、松江は5時54分、松山は5時56分、福岡は6時5分、那覇は6時17分と、いつも想わされるのは日本列島の長さである。この長さがゆえ、世界有数の領海の広さを誇っているわけで、そこを中国が欲しがって仕方がない。中国の計画では最初は那覇まで。次が名古屋まで。もうとっくに実現している予定だったらしいが、そうは問屋が卸さない。地上戦は別として日本の自衛隊、空軍と海軍は中国軍より強いのです。と、これは出鱈目を書いているわけではなく、最近になって読みあさっている中国関連の資料によるものです。このあたり、ボクは素直に信じるのです。
 今朝の文化放送、志の輔ラジオ(しのすけらじお)「落語でデート」のお相手は歌姫おおたか静流(しずる)さん。志の輔師匠も静流(しずる)さんが大好きかもしれないが、もちろんボクも大好き。静流姫(しずるひめ)、なんてったって歌姫ですから、が志の輔師匠と高座をご一緒したとき、終演後の静流さんの楽屋で師匠にお目にかかったのが最初で、あとは立川談志高座・50周年記念パーティーでお目にかかったのが二度目。で、それ以来、ボクは志の輔師匠にお会いする機会には恵まれてはいない。高座は何度も拝聴してるけど。と、ここは志の輔師匠の話をするとこではない。元の線路に戻ります。静流さんは志の輔師匠と仲良しで羨ましいと思っている。この放送も静流さんに出演をお知らせいただいたのである。で、この番組は毎週聴いておりますと早速のご報告を申し上げたのである。歌姫おおたか静流の魅力について語ったら、いくら時間があっても足りない。NHKの「日本語で遊ぼう」で才能を爆発させている彼女だが、その面白さと頭の良さと人柄のナチュラルさと、美点を数え上げたら無限大。そんな彼女と舞台を作ったり、一緒にステージしたり、絵本を作ったり、エスコートをお願いしたり、振り返れば穴に入りたいことばかりしてきた。静流さん、いつもゴメンナサイ。
 今朝の落語は四代目柳亭痴楽師匠の『隅田川』。1965年の録音である。この師匠についてあれこれ書きたい気持ちはあるが、いずれまた番組にかけられることもあると予想できるので、また今度、ということにしておく。
 日差しが秋になっている。斜めに傾いている。おかげでボクの左腕が日光に照らされ、温かい。きっとキジバトポッポも温かい。でも、日陰は作ってあげておかないとね。
▲ 気がつけば 傾く日差し 秋の午後




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