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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2014年 9月8日~14日
☆ この日誌は透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。 また、この文面では難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしてありますが、これは視覚障碍者のための音声出力をサポートするためのものです。決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではありませんので、どうかご容赦を。

0908・月・白露・中秋の名月・
 またまた北軽井沢のスタジオである。未明3時に、
「キリキリ、コリコリ」
 妙な音で目が覚めるのである。コボちゃんも目をさまし、音の震源地を調べている。どうやら窓のすぐ近く、何かが木材をかじっている雰囲気がある。昆虫だろうか、哺乳類だろうか。音の発信源に対してコボちゃんが壁をドンドンと叩いて威嚇する。それでも音はやまない。そこで何を思ったか、コボちゃんが1階の広いフォトスタジオで蟋蟀たちと運動会をしていたデブネコミミを抱いて連れてきた。キリキリコリコリの発信源にミミを近づけると、ミミが小さく
「ミーオ、ミーオ」
と鳴いた。するとたちまち音が消えてしまった。あれほどコボちゃんが叩いて威嚇してもひるまなかった相手が、猫のひと鳴きで消えてしまったのである。ということは、敵は猫がいかなる生き物であるかを知っている存在であるらしい。その存在が冬を過ごす目的でこの建物に白羽の矢を立てたのだ。いずれにせよ、デブネコミミが敵を追っ払ってくれたわけで、もしかしたらデブネコミミ、用心棒としては盲導犬崩れのアルルよりもはるかに頼りになるのかもしれない。
 白露である。中秋の名月である。今夜から明日にかけてが満月である。台風14号さえいってしまえば西から東に欠けて台風一過となり、皆さん名月を拝めることになるだろう。本当。月は美しい天体です。
 朝食なのにランチに行列のできるカレーレストランのレトルトカレーライスを食している。カレーなんかに誰が好き好んで行列なんかしてやるもんかと思っていたが、これならするする。行列だろうと行進だろうとマラソンだろうとなんでもするする。おいしいのである。欧風カレーという触れ込みだが、その通りの味になっている。最初の一口で自然な甘みが口中に広がる。しばらくして辛みがやってくる。そのタイムラグが欧風カレーなのだろうか。とにかくタマネギが贅沢に使われていることは確実。おまけにバナナ一本分も甘みエンジンとして仕込んであるとか。そういえばスウィスはグリンデルワルドのテラスレストランで食べたカレーライスにも丸ごとのバナナがカレーソースの中で泳いでいたっけ。忘れてならないのは牛肉の旨さ。安物のレトルトビーフカレーとは大違い。ほどよい脂身が舌の上でトロリと溶ける。ううん、マンダム。行列のできる欧風カレー、ワンダフル。
 今回の北軽井沢合宿で個展のための作品をすべて仕上げたことになる。目的の点数に達したわけだ。よかった。心から安堵する。檜画廊における7年ぶりの個展である。どうやらこれで恥をかかずに期日を迎えることができそうなのだ。北軽井沢スタジオ、万歳。オーナーご夫妻に心より感謝である。
▲ 鼠穴 猫が許さぬ 秋の夜

0909・火・
 北軽井沢スタジオの朝。夢中でパソコンに向かっていたら、
「負けたよ」
とキッチンから声がする。テニスのことである。決勝戦のことである。試合後の言葉、
「勝てると思ったから負けた」
は卓見である。いや、達見と書き直してもいい。世界有数の大会の決勝戦に挑んでの感想なのである。精進して得た結果からの見識なのである。いずれにせよ世界のヒエラルキーの頂点で闘っての冷静な分析であるのだ。自己分析であるのだ。すごいと思う。
 今年の夏は東京と北軽井沢をクルマで何度往復したことだろう。デブネコミミもあきらめて、移動中のクルマで少しは静かにしていられるようになってきた。わあわあ騒ぐだけのバカネコかと思えばそうでもなく、運転中のコボちゃんの邪魔はしない。絶対にしない。運転の邪魔をすることがどれだけ危険な事か、本能的に察知するのだろう。これを野生の本能というべきかどうかはわからないが、犬や猫は飼い主の気持ちを読んでいる。それだけは間違いなさそうだ。
 午後透析の時間に滑り込む。ベッドでは音声映画『はやぶさ・はるかなる機関』の鑑賞。宇宙マニアとしては物足りない部分もあったが脚本はよくできていた。実際のはやぶさプロジェクトには麹町中学のときの同級生、井上一(いのうえはじめ)氏が重要な役割を果たしていたはず。はずというのは、やはり同級生の首都大学名誉教授、深尾精一博士から聞いた話だからだ。それにしてもスズメの涙の予算で偉業を果たしたJAXAは偉大である。
「宇宙の始まりが、それほど大事なことなのですか」
という役人をいかに説得するかを考えるのも科学者の仕事なのである。その人にわかることしかわからない。学ばない人に学ばせるのは難しい。ボクらはどこからきてどこへいくのか。それを考え始めたときが哲学と科学の始まり。考えない人は、いつまで経っても始まらない。
 夜はスタジオクラスター制作の2015年エム ナマエオリジナルカレンダーの校正刷りのチェック。
「原画よりも美しい」
とはコボちゃんの言葉。ひと夏をかけて仕上げた喜びを噛みしめる。
 北軽井沢スタジオはインターネット不通。東京に戻って久しぶりにメールを開いたら「鉄道ホーム改善推進協会」の仲間から埼玉県の全盲女子高生が背後から何者かに膝の裏を蹴られて大けがをしたというニュースが飛び込んだ。盲導犬オスカーがフォークで突き刺された事件といえ、何も抵抗できない全盲の女史が襲撃された今回の事件といえ、視覚障碍者の受難が続いている。全盲の人間は自分を守る手段を持たない。たったひとつ、頼れるのは世間の良識だけ。それが守れない人は牢獄に入れてやるしかない。マナーとルール。法律よりも大切なことである。お互いの命と安全を守る最低単位の約束である。
▲ 税金の 高速道路 二重取り

0910・水・
 東京に戻ってきたら、やたらお線香の香りがする。世田谷区民、いつからこんなに信心深くなったんだろうと首をひねっていたら、あれれこれって蚊取り線香。デング熱騒ぎ、ますます深刻です。
 世の中には「相続を争う族」という人たちがいるらしい。幸か不幸かボクに財産を残すような人はいない。ごく近い周辺で聞くに堪えない骨肉の争いが次々に展開しているが、ボクにその心配だけはなさそうだ。人のお金は人のお金。欲しがる気持ちはまるでない。それよりも、ボクには地上の神仏というべき貴重な友人知人がいてくれる。お金の争いで世間をせまくするよりも、この世間に対して自分に何ができるのか、それを考えている方が幸せに決まってる。
 TBSラジオ「スタンバイ」のコーナー、「日本全国8時です」の話である。お天気おじさんの森田君と森本タケローさんのトークが面白い。先週この時間でそれとなく、というか、バレバレで自分の宣伝をしていた本『役に立たない本こそ読みなさい』がアマゾンのランキングを急上昇したとか。そりゃ、森田君の実力ではなく、ラジオのおかげでしょ。ネットで「役に立たない森田君」で検索をかけると、詳しい紹介が見られるらしい。それにしても全国放送で自分の本を宣伝して売れたといって喜んでいる森田君って、馬鹿なのか、図々しいのか、とぼけているのかよくわからない。とにかく恥ずかしがっていないところがスゴイ。見下げたもんです。いや、見上げたもんです。
▲ 涼しさに 切なく響く 蝉の声

0911・木・
 ニューヨーク、ナインイレブンから13年。2011年の東日本大震災から3年半。11という数字が不思議な符合となっている。そんなことを考えていた昨日、ニューヨークは北丸雄二さん情報で北アフリカの空港から11機のジェット機が行方不明になっているというニュースが聞こえてきた。またまた11の符合である。13年目のナインイレブンも反キリスト教の符合ではないのかと、つまらないことが頭に浮かぶ。防空体制の整備されたニューヨークより、北アフリカの対岸、欧州が危ないという声も聞こえてきた。今日1日、とにかく何もないことを祈っている。
 政治家の言葉の無駄遣いが気になって仕方がない。
「拝見させていただきます」
 それってさ、
「拝見いたします」
の一言で充分じゃないでしょうか。馬鹿丁寧な言葉遣いは、その人の下心が見え隠れしていて恥ずかしい。バレバレだから用心してね。
 10歳以下の子どもの入店を拒否する飲食店が増加しているという。つまり、
「うちはガキのくる店ではない」
と店主はいいたいわけである。ま、そういわれた親は、ファミレスでも町の食堂でも、子ども入店OKの店へいけばいいだけで、それだけの話である。要するに棲み分ければいいだけの話で、それだけのことである。TPOをわきまえない。そう思われたくなかったら、自分たちにふさわしい場所を見つければいいだけの話である。自分の子どもが、そのレストランにふさわしい人間になるまで待つだけの話である。お金さえ払えば何でも思い通りになるというのは思い違い。世の中をうまく滑らせるためには自らの要求を引っ込めなくてはならないときもあるのです。それだけの話なのです。
▲ 赤蜻蛉 九月の空の 一直線

0912・金・
 TBSラジオ「スタンバイ」の「日本全国8時です」で小沢遼子さん、
「北海道の大雨なんて聞いたことがない」
と吠えておられた。大好きな小沢遼子さんのお言葉ではあるが、それは違うでしょう。ボクはそういいたい。北海道にも大雨は降ります。列車は転覆するし怪我人も出る。昔の話なるけれど、乗り過ごしてしまった列車が大雨で脱線転覆し、命拾いをした、なんてことがあった。お天気について、人は実に曖昧で無責任な発言をする。それはつまり、誰にとっても目の前のお天気が興味のすべてで、過ぎ去ってしまえば関係ない。たちまち忘れ去ってしまう。どんな人格者であっても、お天気というのはそういう対象なのだ。けれども天気予報にはアテンションプリーズ。お天気ひとつで人は命を落とすこともあれば救われることもある。
 東電福島第一原発の元所長の証言、吉田調書がこれまで公表されなかった理由はただひとつ。それは原発事故が発生したら人間にはどうすることもできないという事実が明らかになるからだ。理性的で冷静で判断力に満ちていると思われている吉田所長であっても、あのとき実はパニックに陥っていた。権力は国民にそれを隠しておきたかった。それだけのことであるとボクは疑っている。原子力は人類の手には負えない。その原子力の平和利用なんてのは大量殺人兵器生産の余剰であり、言い訳で鹿ない。原発は原子爆弾製造工場。そんな原発にエネルギーを委ねずに済む路はただひとつ。それは不便をガマンすること。快適さと便利さは常に犠牲を要求してきます。
 朝日新聞バッシングはいい加減にした方がいいと思う。誤報は避けなければならないけれど、言論の自由は確保しなければならない。そしてまた、誤報もひとつの情報。誤報にはその生まれた背景がある。今ここで魔女裁判をするよりも、もっと必要なことがあるような気がしてならない。
▲ おさらばと 鳴いてくれるぜ 蝉たちが

0913・土・
 朝いちばんのメールは「鉄道ホーム改善推進協会」の仲間から。全盲女子高生を蹴飛ばして怪我をさせた犯人が逮捕されたという速報だった。それはそれで悪いことではないのだが、遣り切れないのはその人物が知的障害者であったこと。これには言葉が浮かんでこない。いろいろな人たちが同じ時空間で暮らしているこの世界。なんとか、思いやり合う世間であってもらいたい。
 午後の紀尾井ホール。カランコロンと鐘の音が右へ左へと移動していく。盲導犬たちである。彼らの首に下げられている鐘の音である。アルルがぶらさげているのと同じカウベルの音である。本日は川畠成道(かわばたなりみち)ソロコンサート。無伴奏のバイオリン演奏である。たったひとりの舞台である。そこに繰り広げられる超絶技巧のバイオリンに吸い寄せられ、多くの視覚障碍者たちも参加している。川畠さんはボクらのヒーローであるのだ。
 本日、ボクをエスコートしてくださるのはエム ナマエの在宅秘書、絵夢助人(えむすけびと)さん。彼女も川畠成道さんのバイオリンに魅せられてしまった。
 休憩時間。
「この列の端っこに新垣隆さんが座っておられますよ」
 新垣さんは皆さんご存知のあの作曲家、自称、耳が聞こえないという不思議な作曲家のお手伝いをしたことで有名になってしまった本物の作曲家。さっきまで川畠さんと並んで舞台に立っておられたのだ。実は新垣さん、川畠さんの学友で仲良し。このコンサートで川畠さんのために作曲した無伴奏曲を世界で初めて演奏したばかりだったのだ。その限りでいえば、非凡な作曲家という印象で、どうしてあんな人のお手伝いなんかしたんだろ、と首をひねる。おそらく、頼まれれば嫌といえない性格なんだろな。
 終演後、ホワイエへ出ると芸大の副学長、世界的な作曲家の松下功先生が声をかけてくださる。実はこの12月に松下先生が主催なさる「障害とアーツ」という芸大イベントに川畠さんと出演することになっているのだ。申し込めば誰でも参加できる企画らしいので、詳しい情報はいずれお知らせできると思う。
 夜は絵夢助人さんと経堂の寿司屋Tで食事。おいしい料理を肴に白ワインで乾杯し、来月開催のエム ナマエ個展の打ち合わせをする。外資系銀行の秘書経験を有する絵夢助人(えむすけびと)さん。彼女はボクには勿体ない在宅秘書であるのだ。ここまでやってこられたのも、彼女の縁の下の力持ちの貢献が大きい。ありがたいことである。
▲ 紀尾井坂 音楽堂と 赤蜻蛉

0914・日・
 アンソロジーは知らない作家との出会いを作ってくれる。『不思議の扉・午後の教室』で遭遇した不思議な学園ストーリー、ジョー・ヒル作『ポップアート』は体重たった100グラムの風船人形を親友にもった少年の物語。読み進めていくうちにこの風船少年が愛おしく迫ってくる。このリアリティーは何だろう。と考えたら、それもそのはず。この作家、ジョー・ヒルはスティーブン・キングのご子息なのである。DNAというか環境というか、心を動かされてしまう。もちろん、ジョー・ヒルという42歳の作家がスティーブン・キングの息子であると知らなくても心を動かされただろうことは当然である。早速サピエ図書館で彼の作品を検索してみたが、残念ながらアーカイブスには含まれていなかった。この出会いをチャンスに彼の作品との出会いを期待しよう。
 「おえかき」に疲れた頭を切り替えるため、アルルを真ん中にコボちゃんと散歩に出る。日没の豪徳寺駅前はお祭り騒ぎ。文字通りのお祭り騒ぎなのである。お神輿をかついだ青年たちが
「そいや、そいや」
とやっている。
「そいや、そいや」
じゃないだろう。
「わっしょい、わっしょい」
だろうと、江戸っ子のボクは面白くない。とはいえ、発生場所がどこであろうと世田谷八幡のお祭りに集まってくれる若者たちがこれほどにいるのはありがたいことに違いない。いつもと違う群衆にアルルはキョロキョロ。知らないワンちゃんに吠えられたりして跳び上がったりもする。偶然とはいえ、お祭りの雰囲気に触れられてラッキーだった。
 お祭りに付き合っていたらお腹がすいた。そこで豪徳寺駅前から経堂駅前の中華、光陽楼(こうようろう)にケータイで電話注文をする。出来上がった料理で我が家で酒盛り。よくやるパターンである。
 徒歩20分、アルルを従え、光陽楼の店先で料理の出来上がりを待っている。すると、
「何やってんの?」
と知らない男に声をかけられた。コボちゃんは店の中で娘さんとしゃべっている。最初はこの男、アルルをかまっているだけだったが、今度はボクの頭に手をかけたりしてくる。
「やめてよ」
とボクがいう。そこへ店から出てきたコボちゃんが
「うちの犬、煙草が嫌いなんです」
と男に声をかける。男、片手に火のついた煙草を持っていたのだ。光陽楼は昨日ボクが絵夢助人(えむすけびと)さんと食事をしたばかりの寿司屋Tの隣。男はTの客で禁煙の店内から煙草を吸うために外に出てきたのである。それでボクに目をつけたのだろう。
 この男、何を思ったか、頭に手を書けるだけでなく、今度は首に抱きつき、ボクの顔に顔を寄せてきた。酒臭い。煙草臭い。ヒゲヅラが気持ち悪い。
「おい、メクラだと思ってバカにすんなよ」
と押し殺した声で抗議する。すると、
「そんなこと、いわないでさ」
と悲しげにいう男。そのままにしておいたら、
「可哀そうと思ってやってんだからさ」
といいそうな雰囲気。失明して以来、何度聞かされた言葉であろうか。
「余計なお世話だ、馬鹿野郎。お前こそ相手のいない酔っ払い。寂しいのはわかるけど、ボクには付き合うつもりはない。あっちへいけ!」
 と口で叫んだわけではなく、心の中で叫ぶ。わはは。コボちゃんも男がしこたま酔っぱらっているのでボクが乱暴されないか、ハラハラしている。
「あんまりしつこくすると、Tの大将にいいつけるぞ」
といってやると、
「それだけはやめて」
とTの店内に戻っていった。誰だか知らないが、ベタベタしたかったら女の人にすればいいのに。いや、ボクは昔から男に迫られるタイプなので、仕方ないのかもしれない。あきらめてやるか。がはは。
 ここ最近、盲導犬が刺されたり、全盲女子高生が蹴飛ばされたり、視覚障碍者の受難が続いているが、無人駅で電車を待っていた全盲の女性が知らない男たちに体を触られた事件を聞いたばかり。
「障害者の中でも全盲の視覚障碍者がいちばん立場が弱い」
とは「鉄道ホーム改善推進協会」の仲間から聞いた言葉である。
「ああ、気持ち悪い」
 帰宅しても男の髭面の感覚と酒臭さがどこかに残っていて不愉快でたまらない。おいしい光陽楼の料理でそれを忘れよう。ニンニクの芽と豚肉細切り炒め。唐辛子たっぷりの料理なのだが、この唐辛子、辛い(からい)だけでないうまみが含まれていて、ボクははまっている。辛さ(からさ)にヒーヒーいいながら時間をかけて胃袋に運ぶ。このマゾな味わい方がたまらないのである。劇辛料理、万歳。あの男の目玉にすりこんでやりたい。
▲ スピーカー 駅前通り 秋祭り



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