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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2013年12月9日~15日
☆ この日誌は透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この文面では難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしてありますが、これは視覚障碍者のための音声出力をサポートするためのものです。決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではありませんので、どうかご容赦を。

1209・月・
 ちょっとした記憶のエアポケットがあって、それを確かめるために某スーパーの映像記録を確認させてもらいたいと、その店次長に依頼した。そこで壁となったのが個人情報保護の規定。予想していた通りの経過である。けれども、確認したい情報はこちらのものそれ以外の情報開示は要求していない。店次長は本社に許可を要請、やっと実現の運びとなる。このように、当事者が要求する当事者の当該情報であっても、そこで個人情報保護の規定が障壁となってしまう。特定秘密保護法案が可決された今後、その法律が盾となり、国民のものである国家の情報が永久に闇に葬られるという事態が現実になりそうである。個人情報保護も特定秘密情報保護も、実は役所にとっての「臭いものに蓋法」。すべてを闇から闇に葬るためのお役人の知恵の産物なのである。とは、ボク個人の印象なのかもしれないが。で、話しを元に戻すと、某スーパーの協力で、こちらの疑問は解消された。いろいろと面倒な手間をパスしてではあったが、まずは問題クリアである。
 この「情報保護」をネタにして、落語家の桂みきおさんが面白い新作落語を演じている。彼は小田急線沿線の某大学法学部の出身。おそらくは通学経験から誕生したストーリーであるのだが、成城学園駅のホームで電車の時刻表を「情報保護」を盾に、開示を拒絶されるというもの。次の電車がホームに入らない限り、それがどこ行きなのか、各駅なのか、急行なのか、快速急行なのかもわからない。と、これは情報保護という法律がなくても、駅員の怠慢で起こり得る事態。ボクのような視覚障碍者にとっては、不真面目なアナウンスひとつで、日常茶飯事の出来事となっているのだ。
 月曜デイキャッチのコメンテイターは経済ジャーナリストの町田徹氏。本日、元官僚の某大学教授と消費税軽減税率について討論をしていた。この議論、本日だけはボクは町田氏に賛成したい。この元官僚の税金再配分の主張は、役人の数と権益拡大を意図するものとしかボクには映らなかった。国であれ税金であれ、システムはシンプルに限る。シンプルであれば透明性も確保され、無駄な役人も必要がなくなるのである。
 それにしてもスペシャルウィークというのはつまらない。やっぱり、いつものように、いつもの番組がいいのだ。そもそもラジオは日常のペースメイカー。いつもと同じことが肝心。サプライズは余計なお世話であることを放送当事者はもっと自覚した方がいい。
 国会が閉幕されてからアベちゃんが特定秘密保護法案についての誤解を解きたいと謝罪している。んな馬鹿な。弁護する暇があるのなら、もっと充分な議論を展開すればよいのだ。そもそも、国会で満足な答弁もできないマッドプライムミニスターの説明で、誤解を解くことができるとも思えないのだが。アベちゃん、暴落した支持率に臆したかな。つまみダネを肴にして、というと酒飲みの話題みたいだがそうでなくて、文脈全体ではなく、録音ネタのつまみだけで語るのは片手落ちだとは思うのだが、このアベちゃん発言や猪瀬都知事発言は国や東京都のヘッドとして、まこと心細い印象であるのは残念なことである。
▲ 落ち葉道 一塊に ボランティア

1210・火・
 朝は雨の音が激しく、夕方は風が吹いている。やたらと寒く、本格的な冬到来を感じる一日となった。いよいよ苦手な冬である。ちゃっぷいちゃっぷい。
 川柳作家のナオミさんからお元気なメールが届く。よかった。そして早速、川柳を一句いただいてしまう。それにしても、この拙いブログを続けて読んでくださっていること、まこと光栄である。感謝。
 これはボクの偏見以外の何物でもないのだが、北の国の三代目と、我が国の三代目のやること、どうしてもお子チャマに見えて仕方がない。我が国の三代目とは、もちろんあの人。60年安保からの三代目である。
 いきなり空腹を感じる。柿の種でもトンボでもアブラムシでも何でも、口に入るものなら何でも食べたい。あ。これは「あのねのね」の歌を知らないとギャグにならない。ゴメン。とにかく、そう思ってカップカレーうどんを作る。熱湯を注ぎ、ふたに崎陽軒の焼売についてくるひょうたんの醤油入れの瀬戸物を重しにして待機。あ、これも説明すると、ボクはこの瀬戸物を箸置きとして気に入っているのである、と説明おわり。すると、
「ポン!」
と大きな破裂音。醤油入れのコルク栓が空気の熱膨張で天井へ発射されたのである。飛んでしまったコルク栓を、あとでコボちゃんに見つけてもらおうと思いながらボクは中身をスープまでしっかりとたいらげたのであった。チャンチャン。
 昨日から村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』を読んでいる。一気に読んでしまいそうな勢いである。村上春樹作品の面白さのひとつは会話のドライブ感。これには無条件に引き込まれるが、その源泉はフィッツジェラルドやサリンジャーの翻訳文学。それをボクは村上作品から教えられた。世間の評判は知らないが、ボクは『海辺のカフカ』以後の作品が特に好きである。『1Q84』のヒロイン、青豆というキャラクターは秀逸。あれ以来、ボクは彼女に恋をしているのだ。けれども、あのウルトラベストセラー、『ノルウェーの森』は残念ながら期待外れだった。明日あたり『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』を読破する予定なので、また感想を書かせていただきたい。といって、ボクは村上春樹のビギナー。ろくな知識もありません。あはは。
▲ 雨上がり 木枯らし吹いて ドライヤー

1211・水・
 本日の日の出は6時40分、日の入りは16時28分、月齢は8.1とのこと。ここでひとつ、疑問。日の出の時刻はどんどん後退しているのに、日の入りの時刻は変わらない。どうしてだろう。ここはやはり地球の軸の傾きと太陽の位置、それに惑星軌道の問題だろうか。その太陽と地球の関係を斜めに観察しながら、青く冷静なお月様が痩せたり太ったりしながら真面目にくるくる巡回しているのだ。億年万年も。おお、これをひたむきといわず、何といおうか。
 スタジオ・ジブリが「かぐや姫」の映画を作ったと聞いた。そして頭に浮かんだのが円谷英二監督のこと。円谷監督のもっとも作りたかった映画も「かぐや姫」であったからだ。そもそも円谷監督と宮崎駿監督には飛行機好きという共通点がある。円谷監督を有名にした最初の映画が戦時中に作られた『ハワイ・マレー沖海戦』。これは真珠湾奇襲攻撃を特撮で再現したもので、主役は飛行機だった。円谷監督を世界的にならしめた映画『ゴジラ』の脇役もF86Fセイバー戦闘機。この飛行機は『空飛ぶ大怪獣ラドン』でも『モスラ』でも名脇役を演じた。そしてラドンもモスラも空を飛ぶのである。超航空を飛行するラドンが引き起こす飛行機雲や雲の動きなど、これは宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』に通じる見せ場。戦時中、B29の空襲を受けながら円谷監督は空想した。いつかマンハッタンを暴れ回る脚のあるクジラのような怪獣を映画にしたいと。そして生まれたのがゴジラ。ただしゴジラは水棲爬虫類で攻撃対象は東京であったのだが。つまり、ゴジラという名称はクジラ由来なのである。やがて無数の脚のあるクジラではなく、地面をはい回る巨大芋虫モスラが、巨大な蛾となり、マンハッタンを空襲することになる。それが映画『モスラ』であった。ゴジラ公開が1955年で、モスラ公開が1961年と記憶している。ゴジラからモスラまで、それなりの時間がかかったわけだ。ただし、モスラが打ち壊したのはアメリカではなく、ロシリカという国の摩天楼都市。もちろんロシリカはロシアとアメリカの混合語。ま、被占領国として、アメリカに気を使ったわけだ。さあて、話しがずれてきた。話しを「かぐや姫」に戻すと、ウルトラマンやウルトラセブン制作で多忙だった円谷監督は「かぐや姫」を映像化する夢を実現することもなく、この世を去ってしまった。そして新しい世紀となった今、宮崎監督のスタジオ・ジブリがその夢を形にした。というストーリーをボクが勝手に頭の中で練り上げたのである。だから真相は知らない。でも、おそらくこれが真実であると思うのだが、さぁ、どうかしらね。
「なぜか、正しい言葉は遅れてやってくる」
 これは村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』の中で心に残った言葉。村上春樹作品にはこうした気の利いたフレーズがちりばめられている。それも魅力のひとつだろう。小説において大切なのは筋書きではなくディーているである、とはボクの考え。もちろん会話のドライブ感も読者を引きつけているのだろう。そしてボクも引きつけられた人間のひとり。本日、『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』を読了。今後も村上春樹の送り込んでくるリトルピープルに心を奪われないよう、用心して生きていきたい。
 アベちゃんが、せっかく決まった事柄を、まるでおもちゃ箱をひっくり返すようにぶち壊している。菅直人政権が約束した原発ゼロ宣言をチャラにして、原発中心のエネルギー政策に逆戻りさせようとしているのだ。アベちゃんも野田佳彦とおんなじ、官僚ロボットなのかもしれないね。
▲ 年の瀬や 朝の匂いは 排気ガス

1212・木・
 「おはよう一直線」に経済評論家の荻原博子さんが出演している。あれれ。この人、今夜の忘年会に参加することになってるんだけど、こんな早起きして大丈夫なのかしら。
 ネルソンマンデラ元南ア大統領の告別式におけるオバマとカストロの握手もお見事だったが、出鱈目な手話通訳もお見事。これは驚きでも何でもなく、そりゃあるだろうな、と思っていた。この堂々たる出鱈目をやらかした人物がいかなる通訳をしたか詳しくは知らないが、
「つまらん演説はもうすぐ終わり。さぁ、これからはパーティーだ。大きな魚。小さな魚。キッスだってやってくる」
とかなんとかやらかしたらしい。こういうやつがどこかに必ずいるはずと、ボクは常々想像していたのである。だって、ほとんどの人は手話なんか、わかんないんだもん。
 さて、今年亡くなったふたつの偉大な魂、マンデラ氏は95歳でのご逝去。やなせたかし先生は94歳でのご逝去であった。おふたりとも、100歳まで長生きをしていただきたかった。そして、やなせ先生にもノーベル平和賞をもらっていただきたかった。
 アベ政権になってから次々と死刑が執行されている。法務大臣の谷垣さん、身勝手な犯罪を理由にその正当性を強調していた。けれども、肝心なのはそれが冤罪でないこと。命を奪ってしまってからでは、すべてが間に合わなくなる。そして死刑はない方がいいに決まっているのだ。犯罪で人が殺され、刑罰で人が殺される。どちらの殺人も殺人であることに変わりはない。
 コボちゃんと東北沢の改札口を通り抜けると、美しいフランス女性に声をかけられる。彼女は日仏会館でフランス語を教えているマユ・コリーヌさん。彼女もこの改札口で国際ジャーナリスト、及川健二氏、オイケンと待ち合わせているのだ。彼女の流暢な日本語を頼りにおしゃべりをしていると、やがてオイケンが駆けつける。
 日仏交流忘年パーティーの会場は下北沢の某バル。既に人が集まっている。ボクのテーブルには宮台真司教授と下村健一氏。もともと、この会はボクとオイケン、宮台先生とケンちゃんの四人の忘年会のはずだったのだが、いつの間にか錚々たるメンバーの日仏交流パーティーとなってしまったのだ。その理由はひとつ。このメンバーから、これは特定秘密保護法に抗議する集会と勝手に思い込んだ方々が大勢いらした、ということだ。最初のオイケンの呼びかけは30名で、そのうちの一部の人が参加してくれればよいと思っていたところ、実際には49名の方々が参加してくださったのだ。
 ボクの背後にはキャスターの堀潤さん。下村のケンちゃんが紹介してくれる。聞けば、堀さんがNHKを辞めたのはケンちゃんの言葉がきっかけとなったらしい。頭脳警察のパンタさんは宮台先生の古いお知り合いらしい。ボクがスピーチしているとき、経済評論家の荻原博子さんもお見えになった。オイケンとの共通の友人、川田龍平議員は、「時の人」となってしまった関係上、残念ながらこられなかった。けれども、多忙を極める保坂展人世田谷区長は会の最後までいらっしゃり、ボクの隣に腰掛けると、中学校の思い出話などされている。保坂区長もボクも同じ中学なのだ。保坂さんとはオイケンを通じての不思議な御縁。彼の事務所はボクが愛しているラーメン屋、光陽楼の隣にあったのだ。
 お歴々のスピーチがオフレコであることは残念だが、あっと驚く発言もあり、得した人もおられるだろう。フランス語の見事な通訳は映画監督の藤原敏史氏。耳だけで聞いていると、まるでフランス人のトークで、とても日本人とは思えない。こういう方に通訳していただくと、スピーチするにも力が入る。というわけで、エム ナマエもおとぼけトーク。
 いつも恐縮であるのだが、この夜の宮台先生も、ボクの面倒を見てくださる。マイクへ誘導してくださったのも宮台先生だったし、食事の世話をしてくださったのも先生。おそらく、目の片隅で状況を判断してくださり、飛んできてお世話くださるのだ。先生お目当てのご来客が大勢いらっしゃるのに、まこと申し訳ないことである。その上、スタジオ・ジブリの「かぐや姫」の話題で盛り上がったり、武道の話で盛り上がったり、ボクに話を合わせてくださる。実は宮台先生は空手の有段者。ボクをエスコートしてくださった腕は見事に鍛え上げられていた。
 酔っぱらって帰宅、日付が変わってパソコンを立ち上げようとしたら、沈黙したまま。故障かと頭が涼しくなる。トライ・アンド・エラーの結果、やっと立ち上がった。なんだろう、これ。もしかして13日の金曜日の呪いかな。およよ。
▲ 悪法を うれいてつどう 忘年会

1213・金・
 本日は13日の金曜日。いきなりピンポンとドアチャイム。ふんわりと気が遠くなり、誘われるままに鍵をあけ、扉を開いたら…。そこには、おそろしい吸血鬼が。こわいこわい殺人鬼が。それとも血染めのサンタクロースが…。なんてことはないのです。なぜなら、ボクの神様は天照大見の神(あまてらすおおみのかみ)だから。若者よ、テンテルオオカミと呼んではならぬぞよ。
 さて、未明のパソコンの不具合について視覚障碍者のためのパソコンサポーティングユニット「ラビット」に相談しようと思っていた矢先、そのラビットからメルマガが届く。本日は13日の金曜日。そういうネーミングのウィルスに振り回された時代もあったね、という話題が先頭にきていた。最近ではそういう悪戯もなくなったそうで、まずは一安心。
 さて、この13日の金曜日は空っ風の晴天。太陽光線がガラス窓を透かして部屋に流れ込み、ボクを激しく焼いている。ただし、南西の風は強く、窓ガラスを打楽器に変えていて、その音にアルルは落ち着かない。夏は雷鳴、冬は木枯らし、一年中やってくるのは地震と、犬だって苦労があるのだ。
 ずっこけニュースとばかり思っていた南アフリカの出鱈目手話通訳、実は統合失調症と、セキュリティーの問題を含むシリアスな事案と判明。この件について、ニューヨークの北丸雄二さんがレポートされていた。このデイキャッチの金曜ニュースクリップ、北丸さんはいつも心に残るメッセージを発信する。昨夜、アホなボクのお相手をしてくださった宮台先生は、その北丸さんと遠い距離を隔ててプロトコルについて語り合っていた。組み合わせが変わると、これだけ話の中身も変わってしまうのだ。ああ、勉強しなければ。
 デイキャッチに初めてご出演なさった永六輔(えいろくすけ)先生、荒川強啓氏に
「キョーケーって、どんな文字?ラジオは文字がわからないと意味がわからない」
と突っ込んでおられた。ごもっとも。ボクも最初、キョーケーは狂った鶏、狂鶏だとばかり思っていたのだ。
 シャワーを浴びていたら赤堤通りをサイレンとスピーカーからの警告を発しながら、次々と緊急自動車の群れが走り抜けていく。大きな火事なのか。それともこの乾いた強風を用心しての対応なのか。これでもか、というくらい沢山の消防自動車の出動なのだ。消防署の皆様、ご苦労様です。おかげさまでボクらは安心して暮らしていけるのです。
 群馬県の前橋では初雪が記録されたとか。そのうち東京でも降雪があるのだろうが、どうか積もらないでいただきたい。雪は美しいけれど、東京では殺人兵器。転倒すれば骨はバラバラ。桑原桑原。
▲ ラジオから 雪の知らせが 届く夜

1214・土・
 本日の日の出は6時42分、日の入りは16時29分、やっと28分ではなくなったのね、ここのところの不思議はまだ解明してない。月齢は11.1と、お月様は順調に成長している。お日様とお月様、そして地球。クルクルと、仲良しダンスよ、永久(とわ)に続け。
 土曜の朝のコーヒータイム。BGMはNHKのラジオ文芸館。今朝はボクのグル、小松左京大先生の『ゆきずり』。1970年代、昭和の人間が150年前の江戸時代へタイムスリップする、というシンプルな物語ではあるのだが、そこは大先生、料理の仕方が半端じゃない。江戸の人間が昭和の衣服を目撃したら、確かにこう表現するだろうな、と納得させられる。そこはさすが、博覧強記の大先生、見事な筆である。150年先の人であろうと、人情は変わらない。その感慨を胸に、江戸時代の商人は未来の霧にかすむ近代建築の団地へ消えていく昭和の人物を見送るのであった。やっぱし、いいなぁ、小松左京。ところで朗読。先週と同じ感想になるかもしれないけど、朗読は演劇ぎゃない。どうかお手柔らかに、聴く方が疲れないようにやってください。それから細かいことだけど、「土間」という単語のアクセントが気になった。NHKという組織でさえ、共通語の正確なアクセントを伝える人がいないらしい。というか、ボクのような江戸弁のアクセントにこだわるモノマニアックな団塊の世代人間が現場にいなくなった、ということかもしれない。
 東シナ海で作戦行動中の米国海軍のイージス艦に対して、あそこの海軍の軍用艦が国際ルールを無視して急速接近したとのニュースが伝えられた。どうやら、イージス艦があそこのハリボテ空母の活動状況を偵察していたのが気に入らなかったらしいのだ。どうもここの海軍、「おのぼりさん」でいけない。いや、空軍も「おのぼりさん」であるらしい。それが例の防空識別圏の過剰適用だ。某国首脳部が「おのぼりさん」であるとは決して思わないのであるが、軍部は人間の下半身と同じで、頭脳とは別に機能するらしい。以下は今年の2月8日に記した文面。今もまったく同じことを考えているので、ここに転載させてもらう。
 どうも、あそこの海軍は「おのぼりさん」の集団であるらしい。大陸の奥地から出てきた党幹部のご子息たちが、親の威光を背景に威張り腐っているらしいのだ。正当な教育機関のもと、近代軍事理論や国際条約を学んだ軍人よりも威張っているから始末に負えない。そういうお坊ちゃまたちが近代装備の戦争玩具を手にしたものだから、使いたくてムズムズしている。銀玉コルトを買ってもらったばかりの、幼児のようなものである。山から出てきたばかり、相手の実力を知らない「おのぼりさん」だから、天下無敵の海軍と勘違いをして、やたら引き金を引く真似をする。(ここの部分、某国軍艦が海上自衛隊の護衛艦に対して射撃照準レーダーを照射、ロックした事件のこと)この連中、かなり出鱈目な国際常識を植えつけられているから、客観的歴史観に乏しく、暴走を暴走とも思わない。その昔、零戦や戦艦ヤマトで世界を相手にできると思いこんでいた、どこかの国の軍人や国民に似てはいないだろうか。大気汚染も軍事暴走も、そのオッチョコチョイな失敗経験者の先輩が、そろそろ忠告を差し上げる時期かもしれないのだ。大丈夫。誰も見てはいないから、早くテーブルの下で、がっちり握手をしようじゃないか。
 SF小説『ツイス』や『ヘッドワイフ』を広瀬正作品と書いてしまったが、どうやらとんでもない間違いをやらかしてしまった。これら作品、別の人によるもの。その名前を思い出してはいるのだが、サピエ図書館では発見できないでいる。広瀬正作品と同じ頃に読んだため、混同してしまったのだ。お許しあれ。
 パカパカ行進曲は特別番組。放送開始以来13年間におけるお色気ベストテン。あまりの馬鹿馬鹿しさに吐きそうになりながら笑った。本当か嘘かはわからないが、世の中には信じられない人がいる。けれど、自分が馬鹿だと認識しながら電話出演するのだから、本物の馬鹿ではないのだ。つまり、放送局に利用されてやろう、という度胸の持ち主なのである。お見事。
 深夜、ラジオ第二で「朗読の時間」再放送。岡本綺堂の随筆集。朗読は夜夢の会(よむのかい)の長谷川克彦氏。さすが見事な語りで、たちまち明治の世界に引き込まれてしまった。20世紀になったばかりの麹町の庭には、どこからか逃げ出した脚のちぎれた蟹が遊び、作者はそれを皇居の堀につながっている溝川に放してやる。アマガエルや蜘蛛など、作者と庭の生き物の間に去来する感情の縞模様が巧みに描かれていた。わかり易い、いい文章だった。
▲ 日が照れば 縁側に出て 年の暮れ

◇ バーチャル『奥の細道』コース那須を通過しました。
次は芦野。あと、47,113歩です。現在の歩数、526,887歩。2周目挑戦中!

1215・日・
 日曜の朝のボクの音声腕時計は6時20分にアラームがセットされている。それは志の輔(しのすけ)ラジオ「落語でデート」を聴くため。今朝のお相手は山本リンダさん。ご自分のデビューは1966年と語っておられた。ボクにとって印象が強かったのは彼女のモデル時代。実はファンだったのだ。けれども『困っちゃうな』という歌ではガッカリ。ボクの高校時代の夢は破壊されたのだ。落語は三代目三遊亭金馬(さんゆうていきんば)師匠。出し物は、残念ながら外題を聞き逃した。初めて聴いた根多だったのだ。いや、勿体ないことをした。
 ワンちゃん集会に間に合うよう散歩に出る。空気は冷たいが日差しは強い。今朝もいろいろなワンちゃんたちと遭遇。中でもオーバーオールを着たミニチュュアシュナイザーが可愛かったとコボちゃんが喜んでいた。
 午後、キッド・アイラック・アートホールの地階、ブックカフェ槐多で絵夢助人(えむすけびと)さんと待ち合わせ。ホームページのウェルカムメッセージを撮影する。もちろんお店に許可はいただいてある。それからホームページの来年についての打ち合わせ。これを続けていられるのも絵夢助人(えむすけびと)さんのおかげなのである。彼女にプレクストークをお見せすると、早速撮影。このブログで話題にはなっていても、百聞は一見にしかず。どうぞ写真をご覧ください。
 絵夢助人(えむすけびと)さんと一緒に山下智子さんの『源氏物語』を拝聴。久しぶりだったので、なかなか物語についていけず、とうとう眠くなってしまった。いけない。こいつは反省である。
 語り会が終われば、打ち上げでまたまたブックカフェ槐多に逆戻り。絵夢助人(えむすけびと)さんも加わって楽しく談笑。ボクは雑誌「風の旅人」の佐伯編集長と熱く語り合う。この集まりではいつも面白い時間を過ごすのだが、今夜は格別。たまには時間と距離をあけるのも必要なのかもしれない。
▲ 枯れ枝で 朝のカラスが ご挨拶




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