全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2013年5月13日~19日
☆ この日誌は透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は、一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この文面では難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしてありますが、これは視覚障碍者のための音声出力をサポートするためのものです。決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではありませんので、どうかお許しください。それから余談ではありますが、この4月から真新しいパソコン君とクレバーなプログラム諸君がやってきて心強い限りではあるのですが、そのおかげでボクは新米のユーザーとなってしまいました。しばらくはモタモタいたしますが、この点もなにとぞご容赦ください。

0513・月・
 せっかく、最新のパソコン君とクレバーなプログラム諸君が援軍にきてくれたのに、インターネットがつながらず、苦労している。便利になったはずが、オンラインでなければ使えないわけで、毎日がイライラの連続なのだ。
 東電福島第一原発が不安定な状態のままになっている。ネズミ1匹で関東から東が不安に怯えるようでは情けない。天下の東電、事態をちっとも改善できないままでいる。この使用済み核燃料が不安定なままの東電福島第一原発にテロリストが攻撃を仕掛けたら、間違いなく日本は沈没する。そこで東電福島第二原発を舞台に、警察の特殊部隊、SATと、海上保安庁の特殊警備隊SSTがテロ対策訓練を行使した。機関銃の連続発射音や爆発音など、ドンパチと派手にやらかしたらしい。けれども、いちばん心配なのはミサイル攻撃や飛行機による爆撃。アベノミクスもいいけれど、原発や富士山など、爆発すれば経済など吹き飛んでしまう心配の種がいくらでもあるこの日本、おいしい話だけでなく、危機管理の方も、もっともっと真剣にやっていただきたい。出戻り晋ちゃん、田植え機
に乗ってハンドルを握り、無意識に右にいってしまうなんて、遊んでいる暇はないのである。
 マキコ特派員によると、本日は愛犬の日であるそうな。とってもいいことだけれど、毎日が愛犬の日であることをワンちゃんたちは願っているに違いない。
 「母さん助けて詐欺」とは、なんと覚えにくいネーミングであろうか。それに、これもマキコ特派員のご意見であるけれど、母さんの場合でないこともあるではないか。そうなのだ。騙されている父さんだって、いくらでもいるはずなのだ。とにかく、金をくれといわれたら、何が何でも用心しなくちゃいけません。だって、命より大切にしてきたお金でしょ。それを、どうしてそんなに簡単に他人に渡してしまうのだろう。やっぱり、お金の威力も、「親馬鹿の心」には勝てないのだろう。
▲ ランドセル 小さき花の 群れて咲く

0514・火・
 ネコドモは別宅。キジバトポッポが鳥籠から解放され、新聞紙の運動場を闊歩している。本日の予想最高気温は28度。あと少しで真夏日である。ボクもTシャツ1枚。窓を全開にして、5月のそよ風で室内をクリーンアップ。
 視覚障害者情報総合ネットワークの「サピエ図書館」にはまってしまった。ネットとの接続がいいときは、スムースにアクセスして、これまで読みたかった本を読んでいる。NHKラジオ第2の「朗読の時間」で、ちょっといいなと思った村上春樹作品にも、もっとトライするつもりだが、これは一般教養みたいなもんかな。本当にボクが好きなのは小松左京や筒井康隆などの日本SF作家。昔の気持ちでまた楽しみたい。まぁ、ボクの場合は単純な読書。分相応の読書体験である。それにしても日本点字図書館をセンターに、各地の点字図書館の音訳ボランティアの皆様、本当にすごい。
 村山談話や河野談話を消しゴムで消去したい連中がいる。あの戦争が侵略であったことを否定したいのである。植民地とされた国民や国家にとって、歴史を交渉の材料にする、というよりも、過去に受けた傷の重さを、迷惑をかけた張本人に思い知らせたいのである。その気持ちをいかに汲み取るかが、この国の採るべき態度であるはず。過去の日本が侵略を仕掛け、そして負けた。どれだけ時間が経過しようとも、負けた国は負けた国。その敗戦国である日本が繁栄を勝ち得たのも武力行使を放棄した原稿憲法があったからこそ。今、過去の歴史を消しゴムにかけるため、新しい歴史認識を主張するならば、アジアにおける日本の繁栄も放棄せざるを得ない国際情勢へと傾いていくのではないだろうか。この平和を謳歌している日本が、過去の反省の上に成り立っていることを忘れてはならないのだが、忘れてしまいたい連中のいることは危険なる楽屋裏。
 夜、 ロコとすずらん通りの「秋田屋」で飲む。キッド・アイラック・アートホールのブックカフェ槐多の海野さんご夫妻と偶然に合流。我が家のインチキ盲導犬アルルの話題となる。さっきコボちゃんと一緒に店の前までボクを送ってくれたのだ。ブックカフェ槐多の早川さんの結婚を知って、祝福する。無言館の成人式の話題も出て、窪島先生のお噂もする。楽しかった。
 「秋田屋」のカウンターではヤキトリのシロを6本も食べる。ここのシロは秀逸なのだ。大将の仕込んだ筋子も抜群の旨さだった。日付が変わった帰り道、北教会の日曜学校の校長先生とも偶然に遭遇。でも、教会でお釈迦様の話をするようなエム ナマエは二度と講師に迎えてはいただけないだろう。エムも歩けば棒にあたるの夜だった。
▲ 夏の夜 そぞろ歩けば 顔見知り

0515・水・
 TBSラジオの「スタンバイ」、水曜日の朝はお天気おじさんの森田君。ハワイの測候所で観測された二酸化炭素の400PPMについて語っていた。この数値、太古の地球の大気組成に逆戻りしているとのこと。太古の地球は二酸化炭素だらけの空気であった。それを濃密な植物相が頑張って光合成によってそれを体内に取り込んだのであった。その骸が石油となり、石炭となり、人類の利用するところとなる。我ら人類、せっかく太古の地球全土の密林が閉じ込めてくれた二酸化炭素を、20世紀になってからはやっきになって大気へ逆戻りさせているわけだ。そのうち、地球の生物相は崩れ、海面は上昇し、人類も石油や石炭を燃やして遊んではいられなくなるのである。さて、お天気おじさんの森田君、さすがの識見というべきであろう。このタイミングでの二酸化炭素濃度の発表、米国のシェールガス事業とのリンクを指摘する。ここで、石油や石炭に比較しての天然ガスの優位性をセールスしたいのではあるまいか、との視点である。もしかしたら、そうなのかもしれない。
 サピエ図書館で筒井康隆を読む。久しぶりの筒井康隆。目が見えて、あちらこちらを飛び回っている頃、いつもショルダーバッグに入れてあったのが、小松左京や星新一や筒井康隆などのSFだった。電車で読むにはSFがちょうどいい。面白くて、ちょいと頭の体操になって。とはいえ、小松左京や筒井康隆の長編はボクに少なからずの影響を与えている。今朝は小松左京を1編読み上げたのだが、ボクはこの作家のSFマインドがボクと同じ場所からきていることを知っている。それは東宝映画の円谷作品。だが、筒井康隆の作品はボクに別の興奮を与えてくれる。それは社会風刺と示唆に富んで、くるくると頭の回転を手伝ってくれるのだ。視覚障害者情報総合ネットワークの「サピエ図書館」に感謝である。
 東京タワーの足元にある、南極探検のヒーロー、タローとジローの銅像が撤去されると聞いて衝撃。当時、東京タワーもタローとジローも、時代の象徴、英雄だった。たとえ銅像が撤去されても、南極の冬を生き残ったタローとジローのことをボクが忘れることはないだろう。それにしても、この銅像撤去とスカイツリーが関係あるとしたら、ボクはますますスカイツリーが嫌いになっていく。
 透析中、いつものように堤未果(つつみみか)さんの-Jam the World-を拝聴。日本の奨学金には返済義務があり、利子までつくと知って驚く。それじゃ学生ローンみたいなもんで、ちっとも奨学金にはならない。どうやら、日本には足長おじさんは存在しないらしい。
 昼間の暑さで安心して薄着で外出したが、ボクが透析を受けている間、気温がぐっと下がっていた。けれども夜の帰り道、花の香りで満ちていた。
▲ 袖を引く 夜のジャスミン 戻り道

0516・木・旅の日・
 松尾芭蕉が奥の細道の旅に出た日ということで、それを記念して5月16日は旅の日であるとか。これはTBSラジオ「スタンバイ」の8時からのパーソナリティー、月尾嘉男(つきおよしお)東大名誉教授のレクチャーによるもの。
 ゆうべから禁食で、お腹ペコペコで、いつもの透析でお世話になっている病院へ。ロビーで待機していたら、経営者のドクターから声がかかる。ボクが元気で活動できているのは、この病院のおかげ。そこで真摯に
「お世話になってます」
と謝意を伝える。
 やがて、s先生から声がかかり、エコー検査室へ。S先生は某医大の教授。この病院、優秀なドクターが勢ぞろいしているのである。ボクはS先生が好きで、腹部エコー検査はこの先生にしていただくことに決めている。丁寧に診ていただく途中、いきなり機会が沈黙。どうやらコンピューターがフリーズしたらしい。このシステム、XPというから驚く。医療機器は高価で生産台数も少ないので、市販のOSに追いつかないのだそうである。コンピューターが立ち上がるのを待つ時間、S先生と楽しくおしゃべりできたので良かった。この医大教授、誰でも知っている有名お菓子メーカーの御曹司。そのせいか、明るく生き生きと仕事を楽しんでおられる様子。いい雰囲気を発しておられる。検査の結果は問題なし。これで1年間、膵臓や肝臓、腎臓の変化などについては安心していられるのである。
 帰宅して、すぐに「おえかきデスク」にしがみつく。昨夜考えたゆめぞうのイラストレーション下絵にかかる。本日から有線放送の落語チャンネル、「うきうき落語会」は新しいプログラム。当代金原亭馬生(きんげんていばしょう)師匠の独演会を流している。先代の馬生師匠(ばしょうししょう)は、ご存じ、昭和の大名人(だいめいじん)、古今亭志ん生(ここんていしんしょう)師匠のご長男、これまた名人の古今亭志ん朝(しんちょう)師匠の兄上で、やはり名人として知られる師匠である。だからではあると思うが、当代馬生師匠も、努力を惜しまず、いつも見事な芸を聞かせてくださる。で、その芸をBGMにして、午後までかかってゆめぞうイラストレーションの下絵を仕上げたのである。
 午後、パソコン君と仲良くしていたら、窓の外で激しい雨音。雷鳴までしてくるからパソコン君の電源を落とす。電源コードを引き抜き、ランケーブルも引き抜き、外部スピーカーとの接続も抜き取って、落雷に備える。ラジオでは相撲中継。その放送に、ガリガリッという雑音がしたかと思うと、空からドロドロ、ゴロゴロと、雷様が太鼓を叩く音。今年初めての、ボクにとっての雷様であった。と、ボクは呑気にかまえているが、コボちゃんは屋上まで駆け上がり、洗濯物を抱えて戻ってきた。
 西武新宿線、西武柳沢駅はボクにとって、とっても懐かしい駅。まだ乗車券の必要もない幼年時代から、運転席の隣に乗せてもらって、高田馬場からこの駅まで、祖母の家に通っていたのである。昔は離れ小島のような小さな駅だったのが、今は立派な駅となり、周囲の武蔵野の雑木林や麦畑は消滅して、ただのつまらない住宅街になってしまった。その駅で、視覚障碍者の白杖をはさんだまま、電車が発車したのである。この白杖、ボクが愛用しているものと同じ折り畳み式。視覚障碍者は無事だったが、白杖はバラバラになって、次の駅、東伏見の手前で発見されたのである。これには(仮称)鉄道ホーム改善推進協会立ち上げ準備会のメンバーも注目、ただちにメール配信があった。ボクはボクで、NHKラジオのニュースで知って驚いていた。
▲ 雷鳴に 今年の若葉 首すくめ

0517・金・
 午前中、ネット接続不良のため、サーバーから若い技術者が修復にきてくれる。ところが、我が家の電話線周辺、かなりゴチャゴチャしていて苦労している様子。それでも2時間半も頑張って、遊ぼうよと誘うアルルに困りながらも、いろいろとトライしてくださった。インターネットとのつながりは改善されたが、電話と接続していたドアチャイムやドアフォンが殺されてしまった。結局、明日に再度来訪となる。
 いい天気。けれども、外を歩いてくる人にとっては暑い季節となる。月刊ラジオ深夜便のW嬢、できたてホヤホヤのゆめぞうイラストレーションを受け取りにきてくださる。ふたりで冷たい缶コーヒーを飲むが、今日のボクは落ち着かず、ゆっくりとお話もできず、失礼してしまう。
 とても疲れて眠かったが、熱いシャワーを浴びたら目が覚めた。すぐに着替えて、さあ今日もこれから透析だ。
 透析中はNHKラジオ第2のカルチャーラジオに傾聴。今夜は小林一茶の俳句。その心を学ぶ。64歳でも、知らないことばかり。もっと勉強しなければ。
 最近、政治家のお軽い発言が問題になっている。前東京都知事、現東京都知事の発言や行動が国際問題を引き起こしたのは周知の事実だが、今度は元大阪府知事、現大阪市長の発言。知事になってしまうと、どうしてこうも傲慢になり、差別的発言をしてしまうのか。それに比べ、田中康夫元長野県知事の、なんとヒューマンであったことか。長野県民、彼を知事としておかなかったことを、いつか後悔する日がくるのではないかとは、余計なお世話かもしれない。ところで、歴史的解釈がどうであれ、学者の主張がどうであれ、政治家として、国益に反する発言は禁物。政治家になったりして、初対面の人からも「先生」などと呼ばれるようになると、コモンセンスが薄弱になってしまうようだ。政治家個人の立場よりも大切なのは国と国との関係。相手へのリスペクトを忘れては、外交もクソもない。いや、外交とクソを並べてはいけなかった。こらまった、失礼いたしやした。政治家もオイラも、もっと言葉を謹んで使わなければならない。さて、話を元に戻す。まずは他国へのリスペクト。歴史的議論は、それからの問題であるような気がする。
 透析からの帰り道、運転中のコボちゃんが急ブレーキをかけて、クラクションを連続的かつ攻撃的に鳴らした。後部座席からアルルも飛び出しそうになる。原因は自転車少年の暴走。急ブレーキにもクラクションの連続攻撃にもひるまず、平然と走り去っていったという。飛び出してきた路地は下り坂の終点。駅前から外れた夜の通りだから、こちらのヘッドライトは見えていたはず。それでもクルマは止まってくれると思っているのだろうか。恐るべき想像力の貧困と、脆弱な危機管理能力である。本人の責任もあるが、やはり親の指導に問題があるのだろう。以前、コボちゃんが目撃した自転車同士の衝突も下り坂の終点だった。出会い頭の衝突で、コボちゃんは空飛ぶ女子高生を目撃したのである。けれども、さすがは無敵の女子高生。何もなかったように立ち上がると、自転車に乗って走り去ったという。最近の若者、度胸がいいのはおめでたいが、命がいくつあっても足りないだろう。
▲ 時超えて 一茶の俳句 ここにあり

0518・土・
 未明から作品の推敲。とはいえ、どんどんと日がのびてきて、少し前から未明だった時刻も夜明けとなりつつあるので、もしかしたら朝日の中でパソコンに向かっているのかもしれない。そう。午前5時は、既に未明ではなくなっているのだ。
 気分転換は朝8時からのNHK「ラジオ文芸館」。今朝は田辺聖子の『シクラメンの窓』は再放送。よく覚えている作品のひとつ。何年前の放送だったかは記憶していないのだが、今回の再放送で、主人公たちがとうとうボクと同年齢になってしまった。というか、ボクの年齢が彼らに追いついたので、ボクの心を微妙に刺激してくれる。年齢差や個体差は千差万別で、年齢や世代で人間を区切ることはできないが、この作品にあるように、自分もいつまでも好奇心にあふれた人間でいたいものである。田辺聖子作品、必ず何かをボクの心に残していく。カッコいいおばちゃまである。
 インターネットとのつながりが修復せず、ドアフォンの復旧もあったので、再び技術者にきてもらうが、接続は変わらず。もっと根本的な問題がありそうだ。いずれにせよ、しばらくは不便なままでパソコンを使わなくてはいけないようである。
 15時からのTBSラジオ、「パカパカ行進曲」。途中から聴くが、あまり面白くない。もしかしたら、番組の知名度が上がった影響で、電話参加リスナーの質が低下しているのかもしれない。それでもさすがの宮川賢(みやかわまさる)、決して「ら抜き言葉」は使わない。そこは一流ラジオパーソナリティーの証である。
 この番組から東京FMの「サタデイ・ウェイティングバー・アバンティー」へ梯子するのが毎週土曜日の楽しみだったが、「アバンティー」も閉店してしまったので、つまらない土曜日になりつつある。
 18時からTBSラジオでは司馬良太郎作品集。ポケットラジオで朗読を聴きながら、夕方の散歩。ワンちゃんのお散歩タイムなので、いろいろなワンちゃんたちと遭遇。ひさしぶり、イヌゾリ犬の銀君とも挨拶。ますます立派なシベリアンハスキーとなっていた。
 20時からJ-WAVEで「浅田二郎ライブラリー」。『草原よりの使者』というタイトルの競馬小説。ハイセイコーの活躍を柱として、競馬にまつわる人生と、その運命を描いていく。朗読が黒沢久男というのが面白かった。ボクは気楽に鉄アレイなどを振り回しながらの傾聴。あっという間の1時間である。
 22時25分からラジオ第二で「朗読の時間」再放送。室生犀星の『我が愛する詩人の伝記』をBGMにセロリとボイルドソーセージを肴に寝酒をやる。膝にはデブヌコミミ。キジバトポッポはサンルームの鳥籠で、ネコドモに気配を悟られぬよう、慎み深い暮らしをしている。
 サピエ図書館の筒井康隆を聴いてからベッドに潜り込む。この音訳ボランティアの女性、何度聴いても関心させられる。音訳ボランティアは朗読とはまた別のジャンルであるとの印象を深くする。これもまた、大変貴重な特殊技能であるのだ。勢いで読めないところなど、朗読とは違った困難さがあるのである。音訳ボランティアの皆様に、いくら感謝してもし過ぎということはないだろう。
 というわけで、ラジオとサピエ図書館の朗読でボクの土曜日が暮れていった。
▲ 夕闇で 香るジャスミン 白い花

◇ バーチャル東海道五十三次コース 桑名を通過しました。
 次は四日市。 あと20,225歩です。 現在の歩数、758,975歩。 2周目挑戦中!

0519・日・
 朝寝坊をして、いつもの日曜日の朝のラジオを逃す。今朝の志の輔(しのすけ)師匠、どんな落語デートをしたのだろう。
 お昼前に経堂駅前で人形劇団ポポロの座長、山根宏明さんと奥さん、照明の渡辺さんと、記念誌の編集の方と合流。できたばかりの経堂コルティアのレストランでランチをしながらの鼎談。ポポロ創立40周年記念の鼎談である。ボクはこの劇団と創立以来、お手伝いをさせていただき、素晴らしい思い出ばかり。座長の山根さん、照明の渡辺さんをボクは心から尊敬している。ボクの役目は主に宣伝美術だったが、脚本もやらせていただいたし、演出助手も、大道具の制作や、人形デザインも経験させていただいた。失明後もC.w.ニコルさん原作の『林檎の園』の宣伝美術もさせていただいた。今年は、ボク原作の絵本の舞台化を再演するとあり、今のボクの絵で、人形デザインをすることになり、面白くなりそうだ。
 楽しくおしゃべりをした後、経堂コルティアの空中庭園からエレベーターで降りて解散する。
 いい天気。経堂コルティアの前のベンチでコボちゃんとアルルが迎えにくるのを待つ。ちょうど日陰だったので、風が涼しかった。そのうち、ボクの膝を柔らかなものがいったりきたりするので、それをアルルと思わず、通行しているお嬢さんたちのスカートだと想像するところが情けない。アルルに決まっているじゃんか。
 帰宅したら、午後のNHKラジオ、伝統番組「上方演芸会」に間に合った。本日は新人とベテランの組み合わせ。パソコンを立ち上げながら聴いている。
 大相撲は8日目。稀勢の里(きせのさと)が勝ち越しを決めた。まだまだ全勝を続けているのだ。今場所こそ優勝を。そう願っている相撲ファンはたくさんいるはず。ボクもそのひとりである。
 相変わらずネットとの接続が安定しない。たまたま状態がよかったので、サピエ図書館を開き、途中だった筒井康隆の『走るとりてき』を最後まで読む。この筒井康隆を朗読されている音訳ボランティアの女性、かなりお上手。とくに、その正確な読みと滑舌は称賛に値する。おかげさまで楽しめた。それにしても、ああ怖かった。これ、こんなに救いのない作品だったっけ。日常のシュールリアリズム。この感覚もボクの愛するところ。心地よい刺激となってくれる。
 オリジナル作品の加筆修正を続ける。面白くて、ついつい夢中になり、時間を忘れている。そして、疲れも忘れている。
 いきなり気分が悪くなる。原因は疲れとコーヒーの飲み過ぎ。疲れているのに眠れないのだ。そこで精神安定剤を服用し、ベッドに潜って野球中継をぼんやりと聴く。巨人軍が負けたのは知っていたが、いつか眠り、目覚めたのは日付が変わる頃。
 寝酒をやり、本格的に寝る前、サピエ図書館で筒井康隆の『遠い座敷』を聴く。その昔、深い感動をもって読んだ作品を、こうして視覚障碍者として、朗読ボランティアによるアーカイブスで聴くのも、ひとつの感慨がある。耳からの読書であるせいだろう。まるで違った印象を抱く。でも、この夢の感覚をボクは愛する。これは同じ作家の『エロティック街道』に通じる独特の傾向である。
▲ 色つきの 風に吹かれて 日曜日





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