全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2012年9月10日~16日
☆ この日記は、透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は、一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのガイドです。

0910・月・
 本日でパラリンピックは終了。メダルの総数は16個だそうで、これは北京に比べると、かなり少ないのだそうだ。日本アスリートたちの高齢化が原因だとすれば、それは選手養成に国が熱心でないせいだろう。可能性を秘めた人材はいくらでもいるはずだ。その人たちに、ぜひチャンスを与えてもらいたい。
 自転車にナンバープレートの装着義務を与えようとの議論がある。大賛成である。そのための天下り組織が心配されるが、自転車の無謀運転や自己がなくなるのなら、それはそれで仕方がないではないか。かてて加えて、自転車運転の免許制度も導入してもらいたい。無論、幼児や高齢者には自転車を与えない。理由は簡単だ。彼らの自転車運転は彼ら自身にとっても、周囲にとっても危険だからだ。自転車が道路交通法の適用範囲内の乗り物であることをもっと意識しなければ、歩行者は安心して世の中を渡っていけないのである。
 本日は世界自殺予防デイであるらしい。なのに、我が国の某大臣が自殺した。子どもたちに、あれだけ自殺はいけませんよと上から目線で呼びかけておきながら、大臣自ら命を絶っては、みっともなくって仕様がない。大人がいい見本にならなければ、子どもたちだって、どうしたらいいかわからない。きりっとした大人が見当たらない。それでは子どもたちの希望が育たないのだ。
 秋が深まったという印象はないのだが、ひさびさシングルモルトウィスキーの水割りを飲む。アイラスコッチだから、その個性的な香りがたまらない。こいつの味を覚えてしまったのは大失敗。普通のウィスキーじゃ物足りなくなってしまったのだ。
▲ スコッチが 氷鳴らして 虫の声

◇ バーチャル四国八十八カ所コース48番、西林寺を夢想参拝、通過しました。
次は49番、浄土寺。あと5,224歩です。現在の歩数1,765,976歩。1周目挑戦中!

0911・火・ナインイレブンから11年・東日本大震災から1年半・
 6時半に朝の散歩に出る。日の出が遅くなったとはいえ、この時刻となると、背中にあたる日差しが痛い。けれども、風の冷たさが9月であることを教えてくれる。
 髭剃りと着替えをしながらパール・バックを聴く。人類最初の原子炉が次第に形を現していく。原子炉はそもそも、原子爆弾の燃料工場であったのだ。
 南新宿の坂がきつい。いつも、おかしな歌声で迎えてくれる、あのカラス君の存在がないからかと思っていたら、低血糖。コボちゃんが自販機で冷たい缶コーヒーを買ってくれた。飲めばたちまち元気。坂道をすいすいのぼる。人間は糖分をガソリンにして動いている生き物なのだ。
 山下医院の検査が終わると、まっすぐにいつもの店へ。ここのチャンポン、ときどき猛烈に食べたくなる。本日の予想最高気温は33.5度。熱中症が危惧(きぐ)される暑さの中で、熱々のチャンポンをすする気分は悪くない。
 帰宅してラジオをつけると、空にはもくもく、入道雲がわいているという。誰だ。今週になったら涼しくなるといったやからは。空が高いのは早朝だけ。昼間になれば積乱雲。夕方になれば、ピカビカゴロゴロ、カミナリ注意報。いつになったら秋になるやら。
 夜、仕事をしながら、ときどきサッカーを聴いている。巨人軍のおかげでプロ野球がつまらない分、サッカーが気になっている。相手の監督はジーコ。日本のことをよく知っている監督だ。先発メンバーを控え選手にそっくり入れ替えるという奇襲作戦に少しはずっこけたらしいのだが、最小得点で日本の勝利。国内事情で国際ゲームもままならないイラクを相手に、ザック・ジャパンはもっと優位にゲームできてもよかったのではあるまいか。とにわかサッカー評論家のオイラの意見など、誰も聞いてはくれない。
 ニューヨークのグラウンドゼロと、東北の各地から、慰霊の行事のニュースが届く。傷ついた世界、傷ついた心。それらを癒す暇もなく、世界はいつも激動して、人々はいつも不安の中にいる。
 今週の「ラジオ深夜便」のナイトエッセイが面白い。今夜はラーマーヤナに出てくる猿の神様、ハヌマーンの話題。アジアには猿と融合して暮らしている民族もいるらしい。ハヌマーンは孫悟空の原型ともいわれ、ラーマーヤナの物語は西遊記にもつながるらしい。そういえば、日本の神話にも猿田彦(さるたひこ)という神様が出てくるし、英雄が猿たちの助けを借りて悪鬼を退治する桃太郎伝説はラーマーヤナの影響とも考えられているらしい。
 真夜中、ビールを飲みながら、某絵本作家と長電話。人間、どんなに認められても、還暦をいくつ過ぎても、悩みがなくなるわけではない。そういうわけで、男同士の秋の夜長の長電話は続くのである。
▲ どこからか 秋がおしくら してくるよ

◇ バーチャル四国八十八カ所コース50番、繁多寺を夢想参拝、通過しました。
次は51番、石手寺。あと7,014歩です。現在の歩数1,776,386歩。1周目挑戦中!

0912・水・
 降圧剤のノルバスクが告知なしで仕様を変更してくる。おかげでボクは薬を取り違え、危ないところだった。薬は使い方を間違えば命に関わる。そういうわけだから、ボクは口に入れた薬を、呑みこむ前にじっくりと味わう。どの薬にも特徴があり、味も匂いも違うから、それで危険を回避しているわけだ。夕方、透析室のスタッフに薬の確認をすることにしよう。
 ラジオでは、富士山が雪をかぶったと騒いでいる。お天気おじさんの森田君がTBSラジオ「スタンバイ」で吠えている。今年は11月まで暑いというのだ。その原因がエルニーニョ。つまり、神様のお子様である。このお子様がちり沖にだらだらと居続けをなさると、暑さはいつまでも続き、この冬は暖冬になるという。まあ、寒さが苦手のボクにとっては、まさにエルニーニョは神様の救いではあるが、それでは商売にならない人たちも大勢いらっしゃるのだろう。まあね。春夏秋冬、普通が何より。
 NHKラジオ第2「お話の旅」は佐々木たづさんの童話『子うさぎマシロのお話』。作者の佐々木たづさんは、このブログでも何度も触れてきたが、視覚障害の童話作家。つまり、エム ナマエの大先輩であるわけだ。失明当事、彼女の存在が、どれだけボクに勇気を与えてくれたかわからない。また、彼女の盲導犬、ロバータとの物語は、ボクが盲導犬アリーナと出会う勇気を与えてくれたといってもいい。ボクの想像するところ、作者は正直で純粋なお人柄。マシロの物語は、そんなお人柄を反映した真っ白なクリスマスファンタジーだった。
 月刊「ラジオ深夜便」のW記者がゆめぞうイラストレーションの原画を受け取りにいらっしゃる。W記者、スリランカから帰ったばかり。実はボクもスリランカにはいったことがあるが、ボクなんか、インチキボヘミアン。飛行機で着陸して、ちょっと地面にタッチして、いったつもりになっている。けれどもW記者は本物のボヘミアン。世界中を旅して歩いてる。そういうわけで、旅の話で盛り上がる。お土産はスリランカの紅茶。これが昔だったら、セイロン紅茶というべきところ。
 マキコ特派員からメール。昨日のオバQ線車内で、南新宿のホームでエム ナマエを目撃したとのこと。本人は目立つつもりはないのだが、このおかしな顔は、どこにいても目立つらしいのだ。きっと、よほど馬鹿な顔をしているのだろう。
 透析室、看護師のKさんに、薬のことで確認。親切に対応してくれた。彼女、若くて有能であるだけでなく、心優しい。
 昨日から大腸の一部が痛くて困っている。このくらいの痛さ、ガマンできなくもないのだが、原因不明がいちばん不安。というわけで、ボクとコボちゃんの敬愛する透析室主任のOドクターに診察を仰ぐ。Oドクター、先日もボクを透析室に誘導してくれた、このフロアで最も信頼できるドクター。そして、憩室炎(けいしつえん)とのお見立て。以前も同じお見立てで抗生物質を処方してもらい、治ったことがある。透析の仕上げに点滴をしてもらい、薬をもらって帰宅する。
▲ 富士山の てっぺんだけに 冬がきた

0913・木・
 完全に夏バテである。集中力も根気もなくなっている。考えもまとまらない。意欲そのものが減退しているのだ。それなのに、暑さはまだまだ続く。本日も、昼を前にして、既に32度を超えている。
 請求関連のメール。インタビューの依頼。エム ナマエに関する評論原稿。いろいろなメールが届くが、食べていける仕事に結びつくわけではない。ああ、不安。
 昨日の点滴が効力を発揮している。頓服の抗生物質も援護射撃をしているのだろう。ちょっと力んだだけで痛んだ左の大腸から苦痛が減少している。Oドクターのお見立ては正しかったのだ。
 日本政府がわざとらしく原発ゼロ宣言を発したが、ボクは眉にツバをつけて聞いている。原子力規制委員会の長に推進派が野田内閣の一方的ごり押しで就任したのを見れば明らかなように、原発ゼロを口実に、これからも原発の再稼動は繰り返される。ただし、安全な廃炉には原子力村の健在が不可欠ということもボクらは意識しておかねばならない。科学者も技術者も、現場の作業員も、安全な核廃棄物の処理には必要不可欠なのだ。原発ゼロの目的はただひとつ。それは放射能被害から人類を守ることである。
 東電福島第一原発で従事している作業員への健康管理に問題が生じている。癌検診への補助金が打ち切られてしまったのだ。厚生労働省は野田首相の原発事故終息大嘘宣言を根拠に、この援助を打ち切ったのだ。ここに霞ヶ関の縦割り行政の脆弱さを見る。東電福島第一原発の安全な廃炉は、現場で従事する作業員なしでは実現しない。よく経産省の大臣や役人がパニックを起こさないものと不思議に思う。国はあらゆる手立てをもって、東電福島第一原発の従業員をサポートしなければならないのだ。この未曾有うの一台事業、東電という組織だけに任せられるわけがない。
 ナイン・イレブンというタイミングでリビアの米国領事館が襲撃された。『無邪気なイスラム教徒たち』とかいうインチキ宗教偏見映画への抗議というのが表向きの理由とされているが、これは計画されたテロだろう。個別の宗教に対する侮辱は許されてならないが、引き金は何でもいいのだ。長年にわたるアメリカの独り勝ち。イスラエルへの援助。アメリカへの不満をつのらせる国や民は、きっかけさえあれば、いつでも暴徒に変貌する。これと同じようなことが中国で発生しないかが気がかり。よせばいいのに、尖閣諸島に手を出した日本政府への反発は、今後増大の一途をたどるのではないか。領土問題は棚上げに限る。曖昧でおさめられるものは、曖昧なまま放置しておいた方がいい。白黒つけて怪我人が出たのではつまらない。
 富士フィルムが映画用フィルムの製造を終えるという。以前から心配していたことだ。デジタルは便利だ。ボクは自分の作品をすべてポジフィルムで保存しているが、そのポジフィルムを製造していたコダック社は、どこかにいってしまった。カメラも映画もデジタルの時代だ。デジタルは便利でデジタルは安価。けれども、それで安心だろうか。デジタルの欠点はソフトにおいてもハードにおいても、その脆弱なこと。たとえソフトがしっかりしていたとしても、システムが変更されれば、再生は不能となる。その点、紙の上の文字に解読装置の必要はない。石に刻まれた文字はさらに協力だ。億年前の化石が健在であるように、石の文字は遠い未来にメッセージを送り続けることだろう。世界中の地下に、これから大量に埋蔵される高レベル核廃棄物の危険性を伝えるのに、デジタル情報は使えない。10万年の年月に耐える素材は岩石しかないのである。でもなぁ、岩石で映画は作れないよな。
 ニホンウナギが絶滅危惧種に指定されるらしい。それでいいのかもしれない。ハタハタを禁漁で絶滅から救ったように、日本人もしばらくは鰻をガマンして、増えるのを待つのが賢いのだと思う。欲望のままに食べ続け、永久に鰻の料理や文化を失ってしまうよりは、みんなで約束して、ガマンした方がいい。鰻を職業とする向きには、なんらかの救済策を考える。鰻に替わる食材を考えるのも悪くない。それから、日本全土を鰻たちにとって暮らし易い環境にしてやる。ダムやコンクリートの護岸を撤去してやれば、鰻だって海へのいったりきたりが楽になるし、住み家(すみか)も確保できる。イクラにキャビア、フカヒレにアワビ。おいしいおいしいと食べていれば、いつかはなくなる。考えればわかること。人類はそれほど愚かではないだろう。
 細かい振動で目覚める。いやな揺れ方。大きくなる地震なのか、小さなままの地震なのか、よくわからず、すぐにラジオをつけると、「ラジオ深夜便」。のんびりと音楽をやっている。音楽が終わると地震情報。2時22分、関東地方にやや強い地震。茨城や千葉が震度4。東京は震度3だという。東京直下型の前揺れ(まえゆれ)でなくてよかった。震源は千葉県北東部、深さ40キロ、マグニチュード5.1。被害のなかったことを天に感謝して、すぐに眠る。
▲ ひとり鳴く 蝉がいとしい 昼下がり

◇ バーチャル四国八十八カ所コース51番、石手寺を夢想参拝、通過しました。
次は52番、太山寺。あと26,670歩です。現在の歩数1,783,930歩。1周目挑戦中!

0914・金・
 要するに猛烈なる残暑なのである。この9月、記録的ではあるまいか。いつも頭が煮えていて、ろくな考えが浮かんでこない。意欲もわかない。といって、冷房病がこわいから、パソコンルームは外気温。せめて朝だけは秋の気配に包まれて仕事をしたいと心だけでは思い、5時に目覚めるのだが、キーボードに向かっても、ポカンとしてるだけじゃあ、何も生まれず、進まない。やるべきことはわかっているのに。とほほ。
 これまたニュースがつまらない。民主党の代表が誰になろうが、自民党の誰が総裁になろうが、根本が何も変わらないことを国民は知っている。といって、大阪の橋下市長の新党に本気で期待しているわけでもない。この時期、いきなり選挙をやられても、どこに投票すべきかをわかっている国民もいないような気がする。みんな知っているのは、このままではいけない、ということだけなのだ。
 このマヌケな官僚ロボ・屑鉄28号内閣の中途半端な政策のおかげで、とうとう隣国を怒らせてしまった。棚上げにしておけばよかったのに、東京都知事にフックされ、尖閣諸島を国有化なんかしたもんだから、もうお隣は本気になった。心配なのは現地の日本人や法人。ラーメンひっかけられてるくらいなら「あちち」ですむが、怪我人が出ないことを祈っている。お隣の後進性がどこまで本物なのかも気になるが、日本とイザコザになれば、自国の経済も危うくなるわけで、一党独裁という建前の政府、そろそろ燃える炎に冷たい水を注入する方向に向けていただきたい。
 聞こえてくるニュースのすべてにインチキが含まれているような気がしてならない。ことに原発関連。確実なのは使用済み核燃料が1万7千トンも未処理のまま貯蔵されていること。そして、原発が稼動する限り、それが毎年1千トンずつ増加していくこと。この使用済み核燃料、傍に立っただけで、どんな人間も10秒たてば死ぬ。もう経済だけで原発を議論する段階ではなくなったのだ。使用済み核燃料の処理方法は未来永劫見つからないだろう。人類の科学は、まだそこまでは至っていない。原子力村が謳う(うたう)再処理とは、プルトニウムを生産することで、これ以上原発や原爆の燃料を増殖させてどうするのだ。この議論、日本国内の問題ではなくなっている。この議論、人類存続に関わる大問題なのである。
 透析は柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)の「きんきら金曜日」を聴きながら。今夜のゲストは「ドラエモン学」の権威、某大学の名誉教授。いやぁ、面白かった。目が見えていた頃、ボクのトイレには本棚があって、そこには「サザエさん」、「ドラエモン」、そして「がきでか」が並んでいた。
 帰宅したら、キジバトポッポとデブネコミミのバトンタッチ。コボちゃんが新聞紙の運動場と鳥篭をきれいに掃除している。でも、キジバトポッポはいささか賢くなって、最近はあんまり素直にコボちゃんの命令に従わない。胸のところに指をあててやると、素直に飛び乗ったのだけれども、ここのところ、指にはとまらず、トコトコ歩いて、室内を逃げ回る。やはり、鳥篭よりは運動場がいいのだ。キジバトポッポがやっとサンルームの鳥篭におさまると、デブネコミミのお出まし。2日間、甘えられなかった分、ボクの首っ玉にすがりついて、顔をスリスリとおしつけてくる。こんな風にすがりついてくれるのは、最近はデブネコミミだけなのだ。ああ。昔はもてたのになぁ。
 あまりニュースが面白くないから、立川談志(たてかわだんし)師匠の形見分けでいただいた晩年収録の高座を拝聴。ボクがときどき人前で披露させていただく小話は、ほとんど師匠譲りなのだが、あんまりつまらないことばかり書いたから、本日はその小話のひとつを紹介させてもらう。
 人食い人種がニューヨークに現れた。ポリスボックスにいって、何か尋ねている。
「あのぉ、この大都会にはサンドウィッチマンという人たちがいると聞いたんですが、どこにいるか、教えてもらえませんでしょうか?」
ちゃんちゃん。
▲ 見上げれば とんぼおろおろ この残暑

0915・土・
 沖縄に猛烈な台風が接近している。最接近と満潮が重なっているので、高潮が心配されている。ラジオではトップニュースで警戒を促している。何事もなきよう祈る。
 8時からはNHKの「ラジオ文芸館」。江戸を舞台にした時代小説(じだいしょうせつ)。幼馴染のふたりの女性と戯作者の男性が登場人物。主人公は有名菓子屋の女主人だが、店は斜陽。金策に苦慮している。思いあまって裕福な戯作者に相談をもちかけるが、その彼も才能の限界に苦悩していた。商売の浮き沈み。金の苦労。才能の枯渇。誰もが抱える問題である。物語では、この人生の「むなつきざか」における救いが幼馴染の存在。ボクにも覚えのあることだ。
 10時からはNHKラジオの「真打競演」。夢路・歌路(ゆめじうたじ)という漫才コンビ、ボクは大好きである。2年前に某演芸ホールで拝聴したとき、つっこみが片足を骨折して、松葉杖で高座にあがっていたが、すっかり元通りになられたらしい。そのことで、最近は実際の寄席にいってないことに思い当たり、反省する。落語は林家彦一(はやしやひこいち)師匠。最近はラジオでしか拝聴していないが、いつも枕が同じような気がする。師匠、ずいぶんご多忙な様子だが、ちょっと充電の仕方が足りないのではないだろうか。注目されるお立場におられるのだから、根多(ねた)の充実も必要だが、枕ももっと練られた方がいい。いや、枕だからといって、寝るのではありませんよ。ちゃんちゃん。
 連休であることをすっかり忘れている。週末だからメールの少ないことはもちろんなのだが、それにしてもボクの周囲は静か。そこで思い当たる。世間は3連休なのである。そうか。そういうことだったのだ。
 ラジオから、蝉は人間に飼育されると、羽化してから1週間で死んでしまうと聞こえてきた。これが自然界であるならば、1ヶ月は生命活動が続くというのだ。あんなに長く地下で暮らして、太陽の下では1週間の命とはお気の毒にと思っていたのが、少しは気持ちが楽になった。
 夜が更けて、ラジオ第二では「朗読の時間」再放送。パール・バックの『神の火を制御せよ』-原爆を作った人々-の総集編をやっている。前半は筋力運動をしながら。後半はビールをちびちびやりながら傾聴する。なにしろ、5日分を一気に放送するのだから、時間はたっぷりある。22時25分から23時40分の1時間15分間なのである。今週は第31回から35回まで。放送が開始されてから既に7週間が経過している。
 ノーベル文学賞作家のパール・バックがなぜこのテーマに挑んだか。いつもそれを考えながら聴いている。パール・バックがアジア、ことに日本を敬愛していることは小説『津波』でよく伝わってきた。たとえ文化に対する多少の誤解はあっても、である。
 小説では、マンハッタン計画とも、トルーマン大統領とも、アイゼンハワー将軍とも書かれてはいない。おそらく、これはボクの想像だが、登場してくる固有名詞で実在の人物はアインシュタインだけではないだろうか。ヒトラーは別として。
 今も人類の大きなお荷物として存在する原子力エネルギー。それが武器であれ、平和利用であれ、原子力は人類に大きな影を落としている。このマンハッタン計画がいかに始動し、いかに運営され、そしていかなる結末をもたらすのか。パール・バックはそのプロセスを物語として描いていく。マンハッタン計画に女性科学者は存在しなかった。ナチスドイツは核兵器の開発には至っていなかった。そうした現実との相違をも超えて、パール・バックは原子力エネルギーの解放される過程を物語として紡いでいくのである。何故か。原子爆弾の誕生は歴史の必然であった。人類進化の結果であった。世界で最も有能で効率的な戦争デザイナー、米国が開発しなくても、ナチスから逃亡した優れた科学者たちの手によって、いずれは東西世界で開発された武器である。それがアメリカの手によることで、果たして人類は救われたのか。トルーマンは広島と長崎に原爆を投下する。戦後、アイゼンハワーは原子力の平和利用を口実に、原発を世界中にばら撒いた。この歴史的悲劇の罪と罰を、パール・バックはいかに描いていくのか。第35回で、とうとう「ファットマン」という固有名詞が登場した。リトルボーイはまだ出てこない。ファットマンは広島に投下されたウラニウム型原爆のニックネーム。リトルボーイは長崎に投下されたプルトニウム型原爆のニックネームである。
 日付が替わるまで、有線放送の落語チャンネル、米朝一門会の落語を聴いている。語るのは襲名したばかりの二代目桂南天(かつらなんてん)。出し物は『青菜』。この南天という落語家、声も口調もいい。さすが枝雀(しじゃく)師匠の孫弟子。南光師匠のお弟子さんである。今後を期待する。
 ボクの記憶だと、本日の最高気温は32度。サンルームは、少し傾いた太陽にジリジリと照らされ、キジバトポッポが焼き鳥になりそう。リビングでは黒い毛皮の愛犬アルルが、わざとらしくあえいでいる。平気なのはデブネコミミ。暑さには鈍感だが、この湿度をいかに感じていることか。というわけで、昼間は28度設定の冷房のお世話になる。けれども、日没を過ぎれば、キジバトポッポが焼き鳥になる心配は消える。夜、パソコンルームは外気温。どこからか、サンマの焼ける匂いがする。汗をかいて眠るのは、冬に備えての健康管理。夏に汗をかかないと、冬の体調を崩す原因ともなりかねない。
▲ 日没や さんまのやける 路地の裏

0916・日・
 開いた窓からおかしな声が聞こえてくる。今年生まれたカラスだろう。しきりに
「アーハー、イーヒー、エーヘー」
と鳴いている。このカラス、チョンワガラスみたいに、経堂や赤堤、豪徳寺あたりで有名なカラスになっていくのだろう。活躍を期待している。
 6時からは文化放送で志の輔(しのすけ)ラジオ「落語でデート」。今朝のお相手は有名なベテラン女優さん。といっても、ボクはよく知らないのだが。彼女、つい最近テレビの無謀な企画で13日間、30万円の予算で世界一周を実行したらしい。その話が面白いので、ついつい聞いてしまう。まともなホテルはドバイだけ。食事はほとんど屋台で、壁に囲まれて食事をしたかったというのが彼女の切実な希望であったらしい。落語は名人、五代目古今亭志ん生(ここんていしんしょう)師匠の『後生鰻』(ごしょううなぎ)。コモンセンスからいけば、ひどい結末なのだが、志ん生(しんしょう)が演じると笑えるから不思議。1961年のニッポン放送による録音であるとか。
 そのニッポン放送では藤沢周平傑作選をやっている。今朝は『神隠し』の最終回。登場人物の岡引(おかっぴき)やお店(おたな)の主人、その主人をゆする手代に、大長編『海鳴り』を思い出した。
 午後、TBSラジオをつけると、爆笑問題を相手にミッキー・カーチスが語っている。話題はやはり談志(だんし)家元のこと。ミッキーさんは家元の優秀なお弟子さんで、その演じる落語は秀逸。21人を飛び越えて真打になったことは有名である。昨年11月21日に立川談志(たてかわだんし)師匠が逝去して、そろそろ1年になろうとしている。本日のミッキーさんの話からも、談志家元が伝説の人になりつつあるのを感じる。帰宅したコボちゃんを相手に、ボクら夫婦にとっての談志家元を語り合う。お宅に呼ばれたこと。たくさんの録音を聞かせてもらったこと。麻婆豆腐を作ってくれたこと。家来にしてもらったこと。家元とふたり、抱き合ってチークダンスを踊ったこと。落語会にいけば、ロビーでボクを抱きしめてくれたこと。いつ、どこでお会いしても、
「おい。エム ナマエ!」
と声をかけてくださったこと。三越展のオープニングパーティーに、やなせ先生と並んで、ボクのお師匠としてスピーチしてくださったこと。晩年、紀伊国屋会長の田辺禮一氏の告別式で、
「自分にできることがあれば、何でもさせてもらうから、遠慮なくいってくれ」
とやさしい言葉をかけてくださったこと。談志家元を語るとき、ボクはどうしても涙ぐんでしまう。それぞれの個人にとっての、こうした伝説が次第に成長し、融合し、過去の名人伝説と並んで、立川談志伝説が育まれていくことをミッキーさんの話で実感したのである。
 マキコ特派員から豪徳寺の秋祭りの情報が入る。午後の子どもお神輿(おみこし)は、通り雨に降られて、せっかくの小さないきな若衆姿がずぶ濡れであったそうな。
 夜の散歩でボクらも豪徳寺に向かう。大人のお神輿に間に合うかもしれないのだ。けれども、雨の気配にUターン。帰宅してしばらくすると、開いた窓から雨の粒が振り込んでくる。通り雨ではあるが、濡れなくてよかった。
 コボちゃんがボクの黄緑色のTシャツの背中に蜂がとまっているのを発見。ボクは
「そのままにしといて」
といったが、コボちゃんはボクに動かないようにいってから、その蜂をティッシュにそっと包み、そのままベランダに置いてやる。蜂はすぐにでも、新しい緑を求めて飛んでいくのだろう。姿や形から、おそらくは蜜蜂だと思うが、ボクを植物と思ってくれたのだ。ボクはどんな蜂が近づいても怖いと感じたことがない。刺されないと思っていれば、刺されない。ずっとそう考えてきたから、ボクは蜂でも蜘蛛でも、まだ一度も刺されたことがないのだ。
 中国の半日デモとはいうが、彼らは暴徒ではないのか。領土問題を口実に略奪と放火を繰り返して、事実上の反政府活動でうっぷんをはらしている。15億人の国民である。広い国土である。いろいろな人がいて当然だ。経済では日本を追い抜いたというが、個人の平均経済的レベルは、まだまだ日本とは比較にならない。そして一党独裁の政権。抑圧された民の暴走のきっかけは何でもいいのかもしれない。そして中国政府はそれを最も恐れ、歪んだ民主主義を実行している。国民の暴徒化。中国で最も協力な武器は民の力なのだ。
▲ 通り雨 子らずぶ濡れの 秋祭り





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