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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2011年12月5日~11日
☆ この日記は、透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は、一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのガイドです。

1205・月・
 昨夜寝る前に決めた通りの早起きは、4時半からの活動開始。冷凍庫で急速に冷やして凍結寸前のリポDでエネルギーチャージ、パソコンに向かう。
 「おはよう一直線」の運勢占いの吉兆レベルは最低ライン。さて、どんな1日になることやら。ただし、早起きのせいで、朝からリズミカルに動ける。ラジオも消したままでパソコンデスクにしがみついていた。
 世間ではまたまたカラスの話題。彼らの記憶力の持続性が証明されたという。そのカラスに比べると、鶏ははるかに能力が落ちるらしい。3歩歩くと忘れるというが、どうやらそれは本当らしい。ただ、ここで単純に彼らの記憶力と人間のそれを比較することに意味はないだろう。人間の暮らしは複雑怪奇。食べ物が何色の容器に入っていたかなんて、人間にはさほど重要ではない。それよりも、その食べ物を得るために稼ぐことで精一杯なのだから。この実験、中部電力からの要請で、その目的は、高圧送電線に巣を作る彼らを排除するためのもの。ただ、ここでも彼らの優秀性が明らかになったわけで、カラス排除や駆除を命じられている宮使いたちは苦戦しそうだ。だから放っておけ。カラスだってゾウリムシだってイノシシだって、みんなどこかで人間につながっているのだから、そのままにしておけばいい。
 成人男女の3人に1人が
「サンタクロースはいると思う」
と考えていることが、某靴下メーカーの調査でわかった。20代で最も多く、20代女性は51・0%がサンタクロースの存在を信じているという。クリスマスを目前にして出てきた数字だろうが、この数字を頭から信じているとしたら、正気の沙汰ではない。質問者よりも解答者の方がはるかに思考が進んでいるのだ。つまり、シャレである。これら解答者の洒落心や遊びに、真面目なメーカー側が惑わされて(まどわされて)いるのだ。このアンケートに対する解答に信頼性のないことは、以下の記事でもあきらかだ。
 クリスマスシーズンを前に「クリスマスの過ごし方」に関する調査で、20~59歳の男女800人にアンケートを実施した。 それによると、「サンタクロースはいるか、いないか」との質問で、27・4%が「いると思う」と回答した。世代別では20代が最も多く、世代が上がるにつれて減少。50代では、存在を信じている男性は13%、女性は18%だった。 「サンタクロースは何人いるか」との設問では、回答の平均が28万9501人だった。
 これを読めば、解答者がこのアンケートで遊んでいることは明らかだ。そもそもアンケートなんて、まるで当てにはならない。設問次第で解答の傾向はいくらでもコントロールできるし、解答者は誰も無責任。こういう数字を既成事実であるかのごとく発表するメディアのセンスを疑う。記事はただ面白ければいい、というのは間違いだ。情報についてのリテラシーを要求されるのは読者ばかりではないはずである。
 いつもの透析。昼寝もせずにパソコンデスクにしがみついていたせいか、透析中はやたらに眠い。それでも-Jam the World-の-Break Through-に出演したグリーンピースのメンバーによる、魚貝類に関する放射線調査結果には傾聴する。彼らのレポートによれば、東電も政府も、まさに無能、無責任、無策である。数十年後の国民の健康が心配でならない。
 と、ここで残留放射能についての日頃の疑問が頭をもたげてきた。過去、2千回にわたる核実験。それら放射能はどこへいったのだ。スリーマイルやチェルノブイリ、福島の原発事故による放射能被害はテーブルに乗せられても、ビキニ環礁やテキサスの砂漠での核爆発では、ウラニウムやプルトニウムは原発の核燃料とは比較にならないほど矮小であったのか。そんなことはないだろう。今回の原発事故でばらまかれた放射性物質と比較して論じる向きの不在なことが不思議でならない。それぞれの核保有国は、いかなる免罪符をもって、鉄面皮に徹していられるのか、ここが納得できない。平和利用と軍事使用の間には、我々一般市民には埋められない溝が存在することは明らかである。
 帰宅して、アドベントカレンダーを開く。チョコレートをつまみながらワインを飲む。「ラジオ深夜便」での藤沢修平作品朗読、『海鳴り』は既に83回。放送から1年半を過ぎて、ストーリーは大転換。主人公の運命にハラハラしていたら、ここが切れ場。また来週のお楽しみである。
 コボちゃんとあれこれおしゃべりをしていたら、2時を過ぎている。あわてて布団に潜りこむ。
▲ 十二月悪いサンタも動き出す

1206・火・
 5時半より活動開始。「おはよう一直線」の運勢占いで一日のリズムを作る。本日の吉兆レベルはスタンダード。真面目に生きるのだ。
 キジバトポッポの鳥篭を移動。これが大きくて、目の見えないボクにはかなりなお荷物。それでもパソコンルームの入り口まで運んでくる。すると、コボちゃんがポッポを解放。途端に傷ついた翼をはばたき、ポッポは新聞紙の運動場までハタハタと飛んでいく。そして、嬉しそうに新聞紙のグランドを、右に左に歩き回るのだ。
 そのポッポを足元に感じながらしばらくマッサージチェアにあたる。肩を刺激すると、不思議なことに腸が動き、便通がよくなるのだ。
 NHKラジオ第二、カルチャーラジオはラジオアーカイブス。1956年放送の内田百(うちだひゃっけん)のインタビューが紹介される。内田百は変人で知られていたらしいが、声の印象は悪くない。航空研究会の会長を任されていたというくらいの乗り物マニア。航空マニアがヨダレを流しそうな、旧式の、たとえばイギリスのフォッカー社製の航空機の搭乗体験などの話題はたまらない。この人、鉄道マニアの走りでもあり、「あさかぜ」の最初の乗客でもあったらしく、食堂車や展望車のエピソードも愉快である。1956年の、この放送の数年後、内幸町の東電の社宅から、ボクは毎日のように「あさかぜ」のブルーの車体を眺めていた。実際に、その美しい寝台車に乗車できたのは、それから20年の年月を隔ててからであった。
 寒いと眠くなる。というか、暖かい布団に潜りこみたくなる。その誘惑と闘いながらパソコンデスクに向かう。あれこれの作業をするが、まとまったことがなかなか仕上がらない。
 とある制約会社の仕事が始まった。エム ナマエのイラストレーションが表紙になっている印刷物を持参してYさんのご来訪。高知生まれで上方育ちの人。そこで前回と同じく、上方落語(かみがたらくご)の薀蓄を語ってしまう。落語の話題となると、どうもいけない。夢中になり過ぎて、すぐに仕事のことを忘れてしまうのだ。
 女性9人への強姦致傷で、犯人に懲役50年の実景判決が下った。米国では珍しくないこの加算刑罰、もっと採用されていい。被害女性の気持ちを考えれば、妥当な判決で、こうした決定は遅過ぎたくらいである。
 強姦といえば、柔道のゴールドメダリストが訴えられている。つまらん欲望に走って、もろもろの栄光や名誉が泥にまみれる。それを知りながら、男は欲望に走る。世の中、死ななければ治らない馬鹿はいくらでもいる。
 鈴木宗男氏が仮釈放された。彼の失墜で、日露関係が滅茶苦茶になったばかりでなく、対ロシアの専門家も消えてしまった。誰かを血祭りにあげれば、必ず反動がある。小沢一郎を血祭りにあげたら民主党はヘロヘロになった。霞ヶ関のどこかで誰かが大笑いしているような気がしてならない。
 フランフォーファー線というものがある。天体からの光のスペクトルに現れる黒井線で、この黒井線は、その星に存在する原子がその波長を吸収するために現れる。フランフォーファー線を調べれば、その星の構成元素を特定できるわけだ。また、スペクトルによって、その星の温度を測定できる。巨大な電波望遠鏡があれば、文明による電波の探索も可能となり、地球にいながらにして太陽系外の惑星探査ができるわけだ。こうして現在、様々な望遠鏡が太陽系の外にある惑星を調べている。つい最近も、NASAのケプラー宇宙望遠鏡が、ハビタブルゾーンに存在する惑星、つまり水が液体の状態で存在する地球型惑星を発見した。以下は共同通信による記事からの引用。
 惑星の地表付近の平均気温は推定セ氏22度。組成は不明だが、NASAは「地球型惑星の発見に一歩近づいた」としている。惑星は、地球から600光年離れており、大きさは地球の2・4倍。「ケプラー22b」と名付けられた。太陽よりもやや小さく温度の低い恒星から適度に離れた軌道を、約290日周期で公転している。 ケプラー宇宙望遠鏡は、太陽系の外側にある惑星とみられる天体をこれまでに2326個発見。このうち48個は、恒星との距離などから水が液体で存在する可能性があるが、実際に惑星であることが確認されたのはケプラー22bが初めて。
 最近、超光速のニュートリノ発見や、ヒッグス粒子など、これまでの宇宙概念を塗り替える話題が目白押しである。限界の見えてきた地球文明に、新しい風を吹き込もうとする、高次元からの意思の働きであろうか。すべての出来事は絶妙のタイミングでやってくる。ボクらは、出来事の意味を、じっくりと吟味するべきと考えていたら、いきなり眠くなる。だから、おやすみなさい。
▲ 街の窓電飾漏れる師走かな

1207・水・
 4時から活動開始。パソコンに向かい、朝のうちにできるだけのことを仕上げておく。「おはよう一直線」の運勢占いの吉兆レベルは最高。本日はいい日になるかもしれない。
 TBSラジオ「スタンバイ」の「日本全国8時です」の今朝の担当はお天気おじさんの森田君。国内の幸せ度数ランキングと、降雪量がリンクしているのだ。雪が深ければ都合の悪いことばかり、と思い勝ちだが、ボクは雪の深さと幸せの深さはリンクするはずと受け取った。よく考えればわかること。便利さや快適さは必ずしも幸せの味方ではない。だから森田君、不思議がることはないのだよ。
 透析を朝に変更したので、いつもとは違うベッド。電波の状態が悪く、AMラジオは雑音の霧の彼方から聞こえてくる。それでもNHKラジオ第二のカルチャーラジオを必死で傾聴。今朝は立教大学のアベジュリ教授のネイティブアメリカンについてのレクチャーなのである。
 アベ教授、アメリカ先住民の宗教儀式に参加して、ペイヨーテサボテンの洗礼を受けたらしい。このペイヨーテというサボテンにはメスカリンという強烈な幻覚成分が含まれており、その効果はベニテングダケやマジックマッシュルームに匹敵するという。このネイティブアメリカンチャーチの本質はビジョンシーク。幻の映像に気づきや癒しを求める。この宗教組織に、日本人は参加可能なところがアメリカ的ともいえる。白人はペイヨーテの使用を禁止されているのだ。アベ教授、先住民のスピリチュアルワールドに肉弾攻撃を仕掛けている。この人の魅力というか、オーラにボクは洗脳されそう。
 東電の発電と配電の分離が形になるのだろうか、火力発電所を売却するとの発表があったらしい。無限大に膨張しそうな賠償金、どうやっても贖える(あがなえる)わけがない。といって、東電が国営化されれば、電気料金は鰻上り。原発はどこまでいっても不経済。
 透析から戻り、青木のヒロコママの運転で上野文化会館へ。ボクが座席に座った途端、ヒロコママはお勧めのコーヒードリンクを飲ませてくれる。混じり気のない善意に服を着せると、ヒロコママになる。
 上野文化会館で青木のチャコちゃんが所属する立教大学グリークラブによるヘンデルのメサイアを鑑賞。3時間の曲である。フルオーケストラでフルコーラスを拝聴できるチャンスはボクには初めて。ラストのハレルヤコーラスには、客席の人間も全員起立して、舞台のメンバーと共に合唱する。毎年、イヴの礼拝で歌っているから、ボクは賛美歌が好きなので、嬉しい。それにしても、トランペットソロにはヒヤヒヤしたなぁ。
 長女のジュンちゃんも合流して、青木ファミリーで食事をする。明日はイラストレーター石原均氏の命日。その追悼の食事会である。
 途中から合流したジュンちゃんによれば、本日のメサイアでソロを歌っていたのは、彼女が舞台監督をしたオペラに出演していた、芸大や音大卒業のプロの声楽家たちであったとか。それらオペラの物語を、ジュンちゃん節(ぶし)で語ってくれる。その面白いことったら。ジュンちゃんに「前説」(まえせつ)をやられると、どうしてもそのオペラを見たくなってしまうのだ。そうして、これまで何本かのオペラを堪能させてもらってきた。いや、オペラは筋書きがわかっていれば面白いのです。あはは。
 クルマを降りると、なんだか匂ってくる。ボクのよく知っている界隈の匂いである。もしかして、ここは文京区。その直感は当たっていた。そこは護国寺(ごこくじ)。講談社のお膝元であったのだ。
 なんとなく出版文化の香るイタリアンレストランでキンさんに献杯。もしも彼が生きていて、ここにいたら愉快なのにと、みんなで残念がる。本来なら、とっくに見送られていたはずのボクが、既に何人もの友人や知人を見送っている。不思議なことである。
 酔っ払って帰宅したら午前様。キンさんの命日になっていた。
▲ メサイアは弥勒菩薩と見つけたり

1208・木・真珠湾攻撃から70年・ジョンレノン命日・石原均さん命日・
 「おはよう一直線」の運勢占いの吉兆レベルは最低。出る釘は打たれるとかで、目立つな、ということらしいが、ボクは生まれてからずっと、人より目立つことで苦労してきた。
 10時、カルチャーラジオは矢野誠一氏の「落語の楽しみ」。本日のテーマはテレビ時代の落語。三代目柳家小さんは登場人物が残って芸人が消える。そう語ったのは小説『三四郎』の中での夏目漱石。テレビ時代の落語は、落語の登場人物は消え、芸人のキャラクターだけが心に残る。夏目漱石は、こうした時代の到来を予言していたのだろうか。夏目漱石という作家は実に落語が好きであった。『草枕』に登場する床屋も、落語の『不精床』(ぶしょうどこ)がヒントになっている。
 立川流(たてかわりゅう)のお弟子一同から談志家元(だんしいえもと)とのお別れ会のお知らせが届く。本来は部外者のボクである。もしかしたら、談志家元は、このボクを家来にしてくれたことを覚えていてくれたもかもしれない。立川談志はエム ナマエを家来にするとおっしゃった。そのことを知っているのは談志家元だけなのである。そう考えたら、涙がこぼれてきた。
 真珠湾攻撃から70年目の今日、各地で行事が行われた。米国ではリメンバーパールハーバー。日本では悲劇の始まりとしての振り返り。90歳の元海軍航空兵が、真珠湾で最初の雷撃をしたときの記憶を語っていた。そのとき、魚雷攻撃を受けた戦艦の乗組員と50年後に再会。真実の友情が芽生えたという。誰も好きで戦争にいった人間はいないのである。ボクはボクで、スピルバーグの『1941』という映画を思い出していた。三船敏郎が元ドイツ海軍のオンボロ潜水艦の艦長を演じさせられていたのが不思議だった。東宝映画では常に真珠湾を攻撃する連合艦隊の指揮官や空母の艦長を演じていた三船敏郎である。アメリカ人のユーモアは、ときに残酷である。
 昨夜の酒が残っているのか、生活のリズムが狂っているのか、バイオリズムの狭間か、やたらに布団に潜りたい。そして、潜れば熟睡。夜中に起きたら目がランラン。いきなりパソコンに向かって、積み残しの整理。未明までキーボードの上でモゾモゾと蠢く(うごめく)。なんだか一日が勿体なかった。
▲ ストーブを消せばわびしさ染み渡る

1209・金・
 未明まで脳みそが蠢動していたので、中途半端な眠りとなって、朝寝坊。目覚めたらTBSラジオでは「スタンバイ」をやっていて、小沢遼子さん、今朝もお元気なおしゃべりで羨ましい。
 ボクが朝寝坊をしている間、東京郊外では初雪が降ったとの情報。そればかりでなく、大手町では未確認だが、ここ世田谷でも霙(みぞれ)が落ちたとの証言もある。いずれにせよ、冷たい雨の朝である。
 音声腕時計のアラームが鳴ったので、ラジオタイム。今朝の「お話の旅」は「小さな雪の町の物語」の中から『小さな旅』というエピソード。ところが、これが小さくもなんでもなく、とんでもなく厳しい冬の物語。少年がナップザックひとつ背負ってアノラック姿で吹雪の雪原をいくのである。少年は命の危険を感じ、吹雪に崩れそうになるのだが祖父の
「吹雪に向かって歩け」
の声が聞こえてきた。そのように歩いてみたら、目の前で吹雪が真っ二つに別れ、少年は力強く復活。雪原の彼方の祖父の家にたどり着く、という展開。途中、バスの窓から見える冬景色に、ボクは蔵王のスキー場で見たマイナス15度の冬景色を思い出していた。
 遅いランチは、ユデタマゴの殻をゆっくりとむきながら。TBSラジオの「キラキラ」を聴いていたら、パーソナリティーの小島慶子さんが、政府広報の依頼で、野田佳彦にインタビューをした、と語っている。その担当官の配慮で、いい仕事ができたらしいのだ。もしかして、その担当官はケンちゃんではないのかしらと思う。ボクが「アクセス」時代の小島慶子さんにお目にかかれたのも、ケンちゃんの紹介のおかげ。TBS時代から、ケンちゃんは小島慶子さんの才能に注目をしていたのだ。
 透析の時間がくるまでおえかきデスクにしがみつき、下絵に集中。狛犬(こまいぬ)という新しい素材に挑戦。帰宅したコボちゃんに見てもらうと、そう見えなくもないという頼りない反応。これはもっと工夫が必要かもしれない。
 いつもの透析。世の中が殺伐としているのは、師走のせいでも、不景気のせいでもないはずだが、最近どうも人の心が荒廃しているように思えてならない。刃物を振り回す通り魔が現れては消えている。鉈(なた)やナイフを不法所持して逮捕された少年もいれば、狂言がバレて叱られた少女もいる。けれども、本当に刃物を愛する人間は、容易には人を傷つけたりはしない。刃物は本質的に美しいもの。板前は包丁が命だし、武士も刀が命。やたら振り回すのはチャンバラ映画の中でだけ。刃物を畏敬する者は、無駄に刃物を汚さない。少なくとも、刃物マニアのボクはそう思っている。
 寒い中、透析より戻って、幼馴染の奥様が送ってくれた富山の銘酒を飲む。肴は生鱈子の煮物。青木のお母上の手作りである。この鱈は釣り鱈といい、魚網で一網打尽に捕らえた鱈とは味も風格も違う。青木のお母上は浄土宗のお寺を守ってこられた料理の名人。90歳に近い年齢だが矍鑠としておられる。皆がこのように加齢できれば、何も心配はいらないのだが。
▲ 初雪や布団の中でニュース聞く
▲ 生鱈子富山の酒で飲んでいる

1210・土・
 8時からの「ラジオ文芸館」を身支度をしながら聴く。ボクもお会いしたことのある、某有名作家による短編小説であるがその筆の巧みさに感服。おそらくは、現在の日本では最も注目されている作家であるが、その理由は歴然。本当に素晴らしい作品なのである。
 約束の時間に建物玄関におりていくと、青木裕子軽井沢朗読館館長自ら運転するクルマが到着。タクシーではなかった。打ち上げに飲めないではありませんかと問うと、今夜は飲まないとおっしゃる。いや、まったく申し訳のないこと。日本一の朗読家に、運転手をさせてしまったのだ。
 会場に向かっていると、ケンちゃんから電話。彼もイベント会場にきてくれるという。入江杏(いりえあん)さんは、彼の紹介であったのだ。
 イベント会場の建物2Fのレストランで青木さんとランチ。彼女と向かい合わせで食事をするのは、もしかしたらニューヨーク以来かもしれない。おしゃべりしながらモタモタ食べていたら、青木さんはリハーサルに呼ばれていった。ボクにリハーサルの必要はない。舞台に呼ばれたら、ノコノコと出ていって、アドリブで語るだけ。スクリーンに映写されるイラストレーションは、既にお渡ししてあるのだ。
 本日は14時より、ミシュカの森の集いに、スピーカーとして参加することになっている。以下はその呼びかけのホームページ記事である。
★ エム ナマエも参加するイベントのお知らせです
◆ 人と人をつなぐもの
 誰でも絶望を味わいたいとは思わない。それでも、いつか必ず運命のギロチンは落ちてくる。苦悩を知らない人生などあり得ないのだから。それでも歩んでいけるのは、絶望の谷底で、人は希望の光を見出すことのできる存在だから。
 もしかしたら、喜びや幸せよりも、悲しみの方が、より人と人を強く結びつけるものかもしれない。不思議なご縁が、エム ナマエと絵本作家の入江杏さんを出会わせた。あれから11年。悲しみを共有することが、よりよき明日を作ることを信じて、以下の入江杏さんによるお知らせを転載させていただく。

■ 「ミシュカの森2011」~悲しみを支えるもの~
世田谷事件から11年、
柳田邦男氏、日野原重明氏らの励ましを受け、
悲しみからの修復を探ってきました。

震災を経た今年は、
上智大学グリーフケア研究所や文学部哲学科の共催で、
悲しみを、いのちを育む力に変えていこうと模索する方々と
手を携える企画となりました。
軽井沢朗読館長 青木 裕子氏による珠玉の朗読
「銀河鉄道の夜」を基調に、
愛と夢溢れる画風で知られる全盲のイラストレーター、エムナマエ氏、
地域支援の担い手としても知られる子ども未来研究所所長 柴崎嘉寿隆氏、
人と人をつなぐアートセラピスト倉石聡子氏と
多彩なゲストをお迎えする今年の集い「ミシュカの森2011」、
従来の単線的な「援助する」・「援助される」と言う関係性を超えた、
支えの形を皆さんと一緒に探ってみたいと思います。
昨年同様、思いを繋ぐアートセッションにもご参加頂けます。
たくさんの方々のご来場を心よりお待ち申し上げております。

 イベントのスタートは青木裕子館長の『銀河鉄道の夜』の朗読。やはり、ボクは彼女を日本一の朗読家であると思う。その理由については、いつかじっくりと語ってみたい。
 入江杏(いりえあん)さんという人は、実にインテリジェンスに満ちていて、明るくユーモアにあふれていて、被害者遺族であることを、まるで感じさせないお人柄である。ただ、このイベントで、彼女は被害者の実姉としての素顔を初めてボクに見せた。心の震える講演であり、また、胸に迫る朗読であった。彼女は青木裕子朗読ワークショップのメンバーでもあるのだ。
 11年前、事件当時まで、8人家族だった彼女、今はご子息とふたりだけ。昨年、ホンダのF1のエンジン開発者だった最愛のご主人を失い、今年は、事件の第一発見者であったお母上を亡くされたのだ。事件以来、お母上は口をつぐみ、事件を目撃したその目は視力を失っていた。事件は仲のよい姉妹の2世帯家族を粉砕した。それでも強く社会に呼びかけ、殺人事件の時効を撤廃した彼女の情熱と努力に心よりの拍手を送りたい。
 休憩時間に、ケンちゃんに肩を叩かれる。ボクは最前列の座席に、青木裕子館長と並んで座っていたのだ。内閣官僚となって以来、初めて会うケンちゃんである。そして、考えていた通り、彼は何も変わらない、いつものケンちゃんであった。
 そこで、早速に確かめたのは、キラキラの小島慶子さんを感動させた政府広報官がケンちゃんであった、ということ。小島慶子という優れた才能に思い切りの仕事をさせられるのは、ケンちゃんしかいないと思っていたので、当たり前のことかもしれない。
 舞台での出番は、いつもの通り。青木さんとのトークはたちまち漫才になってしまうので、そこは入江杏さんがコントロールしてくださる。ボクは真ん中に座っていたのだが、優れた人格にはさまれて、緊張。いい体験をさせてもらった。
 イベントの最後を飾るのは、青木裕子軽井沢朗読館館長による『銀河鉄道の夜』の朗読。ラストの感動を、ボクは舞台で、それも語り手の隣で味わう幸運をゲットしたのである。
 サイン会には来年のエム ナマエカレンダーを販売。たちまち完売で驚く。背負って帰るのはつらいなあと心配していたので、皆さんのご厚意に感謝。老若男女、沢山のいい出会いがあった。
 内閣官僚の皮をかぶったケンちゃんのエスコートで打ち上げの会場へ。このミシュカの森を支えるメンバーの豪華なこと。またまた、素晴らしい出会いと交流に感動する。あっという間に気持ち良く酔っ払い、いつの間にか、マイク片手に『イマジン』を歌っていた。あはは。
 お言葉の通り、青木さんは一滴のアルコールも飲まなかった。彼女の運転で夜の東京を走る。今夜は日本全国、皆既月食で盛り上がっているのだろうか。
 学生時代、ボクも好条件で皆既月食を観測、撮影したことがあった。皆既月食は日食と異なり、意外に感動は小さい。それは太陽の反射で輝く月の陰性によるものかもしれない。いずれにせよ、夜空で真っ黒になった月に、それほどのインパクトは期待できない。そして、月は真っ暗になるわけでもなく、ボクの撮影した皆既月食の映像は、赤黒い玉だった。その映像は不思議なことに、失明直後からボクの網膜に見えている、おかしな玉に似ているのだ。今は慣れてしまったが、当時は、失明とは皆既月食を眺めることかと、複雑怪奇な気分に襲われたものだった。
 青木さんに送っていただき、心からのお礼を伝える。彼女との仕事を、ボクはいつも全身で楽しんでいる。これは滅多には味わえない人生の幸せ。ありがたいことである。
 疲れも酔いもあったし、緊張からの解放感もあったので、帰宅したらたちまち熟睡。青木さんの『氷河鼠の毛皮』の朗読も、冒頭部分を聴いただけ。ああ、勿体無い。
▲ 紅玉や一つ目玉の冬の夜

1211・日・東日本大震災から9ヶ月・
 熟睡のおかげで、ケータイ君の目覚まし小僧の呼びかけ通りに起きて活動開始。パソコンに向かう。
 6時になれば、志の輔(しのすけ)ラジオ『落語でデート』が始まり、パソコンから離れる。今朝のお相手はフィギアスケートの元選手。有名な人らしいが、テレビ音痴のボクは知らない。志の輔(しのすけ)がガッチリと受け止めるので、会話はいつも愉快に展開する。
 落語は三代目三遊亭金馬の『転宅』。先代金馬師匠の落語はリズミカルで明快で、落語ビギナーにも理解可能。それでも、ゲストが特別な意味を求めてしまうのは、落語を古典芸能と勘違いしているせいだろう。伝統芸と思われている落語も、今の形になったのは、比較的最近のこと。能や狂言、歌舞伎も、そもそもは大衆芸能であったのだ。新作落語などは、100パーセント今という時代の反映である。
 スケート選手のおしゃべりが始まったら、すぐにニッポン放送に回す。藤沢周平傑作選の朗読が始まってしまうからだ。間に合った。先週からの小説『鬼気』の続きが気になるのだ。藤沢周平作品、江戸時代のサラリーマン小説と思ってはいても、やっぱりチャンバラに期待してしまう。
 パソコンに向かうが、9時半にアラームをセットしてある。その時間になれば、NHKラジオ第二で伝統の番組「上方演芸会」が始まる。本日は若手のしゃべくり漫才が登場。といっても、キャリアは20年。落語も漫才も、本物になるまでは時間が必要。その通りで、20年のキャリアでは、まだまだ芸はスキだらけ。
 終日、絵の仕事。ボクはおえかきデスクにしがみつき、下絵に徹底する。コボちゃんは洗濯に専念。アルルはつまらない。
 午後、久しぶりの散歩で、豪徳寺へ向かう。最近、休みの日となると、雨ばかりであったのだ。世田谷線山下駅前で、カラスが不機嫌に警戒音を発していた。頭のすぐ上だったので、からかうのはやめておく。実はボクも、同じ警戒音を発することができるので、カラスと遊びたかったのだ。あのカラス、何があったのだろう。
 いつもの駅前花壇に到着すると、商店街の女将さんから声をかけてもらう。たまには顔を出さないと、余計な心配をかけてしまう。
 街の小さなスーパーの横手、遊歩道のガードレールによりかかり、アルルとコボちゃんの買い物を待つ。すると、アルルが小さく唸りをあげる。同じガードレールに、アルルよりも大きなブラックラブがつながれたのだ。そのワンちゃん、リードが長くて、遊歩道の半分を占領。通行人の中には犬の苦手な人もいるのに。
 帰宅して下絵に集中。けれども、昨日の緊張が残っていて、背中がバリバリになっている。そこで、暖かい日差しを浴びてマッサージチェアにあたる。キジバトポッポと一緒に日向ぼっこを楽しんだ。
 夕方のニュースは、東日本大震災から9ヶ月で、各地での追悼行事についての報道が心に残る。これだけの時間を費やして、結果を出しているのは民間と自衛隊と警察だけではないのか。放射能の後始末はもちろん、復旧も復興も、何も進んでいないように見えるのは残念なこと。情熱だけでは動かせない、国というシステムが恨めしい。
 20時からTBSラジオでは「爛漫寄席」。漫才は昭和ノイルコイルのお弟子。新鮮なのはいいが、まだ青臭い。落語は来年春に真打となる春風亭一之輔(いちのすけ)。初めて聴いたような気がするが、これが実にうまい。既に大物の風格もある。さすが、小三治師匠が会長になってから最初の真打昇進に選ばれただけのことはある。取りは11代桂文治(かつらぶんじ)の襲名が決まっている噺家(はなしか)。先代が亡くなってから7年である。少し早い襲名のような気もするが、今夜の『平林』の出来からすると、桂文治(かつらぶんじ)の生江にふさわしい芸風かもしれない。この爛漫寄席、落語世界の今をしっかりと反映している。
 朝日新聞文化厚生事業団のチャリティーイベントに提供する作品を描く。ボクが選んだ画題(がだい)はエンジェルピッグだが、このキャラクター、意外と難しい。顔の丸さや体とのバランスが微妙に崩れるのだ。5枚ほど下絵に挑戦し、最後の1枚に、やっとコボちゃんのOKが出て安堵する。もしかしたら、明日の朝までかかってしまうかと思われたのである。
 おえかきのBGMは有線放送の落語チャンネル。桂米團治(かつらよねだんじ)の『壷算』(つぼさん)がいい。柳家花緑(かろく)は東の人間国宝のお孫さん。米團治は西の人間国宝のご子息。政治の世界では許したくない世襲、落語業界では認めたい気分である。あっ。絵の話題が、いつの間にやら、落語の話になっている。
 エンジェルピッグにOKが出たので、ベッドに潜りこむ。昼間、コボちゃんの干してくれた羽布団が暖かい。
▲ 羽根布団冬の日差しの貯金箱




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