全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2011年5月16日~22日
☆ 漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのものです。

0516・月・
 予定の時刻に起きられず、欲しかった情報を逃がす。でも、命に別状なし。午前中のルーティーンワークは予定完了。
 午後、仮眠をしたら、山下達朗のコンサートの夢を見た。とてもリアルな夢だった。そういえば、達朗のコンサートにもご無沙汰をしているなぁ。
 花火大会の自粛で倒産寸前の東北の花火業者。大会の減少ぶりは悲劇的な数字。花火大会は慰霊の行事。節電の夏の夜、大輪の花火は都会の空に美しく咲くだろう。今からでも遅くはない。花火大会を復活すべき。また、各地の祭りや行事も復活すべきである。どこの人間であろうと、日本人なら元気でいたい。
 建物玄関に降りていくと、噂の豆太郎君(まめたろうくん)に会う。豆太郎君は豆柴(まめしば)の子犬。アルルと遊びたくて仕方がない。ボクも触らせてもらったが、子犬特有のボディーライン。コロコロとして可愛い。豆太郎君の先代は、ボクらがサイレン犬と呼んでいた柴犬。緊急自動車が赤堤通りをいくと、必ず一緒に遠吠えをしていて、人気者のワンちゃんであった。
 病院までの道、運転するコボちゃんが飛燕(ひえん)を目撃。よかった。東京にも燕がきていた。
 いつもの透析で、いつものようにニュースに傾聴。トップニュースは東電福島第一原発1号機のメルトダウンを関係者が認めたこと。そのうち、2号機も3号機もメルトダウンしていて、核燃料は地下に潜っていました、なんて発表があるかもしれない。原子力委員会も、安全保安院も保身にやっきになっている。とにかく、すべての原発を廃炉にするまでは、せいぜい働いていただきたい。
 被災後16時間でメルトダウンしていた事実、ボクは直感と科学的推論で、とっくに予見していた。誰だ。デマを飛ばすな、といったのは。これからは、いかなるエネルギーにせよ、安全神話の構築でなくダメージコントロールと、リスクマネージメントに徹底していただきたい。そのための税金だろう。
 FM-J-WAVE、ジャムザワールドの今週のケースファイルはシェールガスの情報。地下深い岩盤に眠る、従来の天然ガスに代わるエネルギーの可能性が大きい。どんな方法でもよい。早くエネルギーの原子力依存から脱却したい。
 地下資源といえば鹿児島湾で、レアメタルのアンチモン国内消費180年分の鉱床が発見された。現在は、その90パーセントを中国からの輸入に依存しているアンチモン。毒物であるので、安全な掘削方法さえ確立すれば、中国のでかいツラも少しは小さくなるだろうか。いやぁ、ならないだろうなぁ。
 透析終了間際、ラジオからスペースシャトル、エンデバーの最後のリフトアップが伝えられた。スペースシャトルには、ボクの絵本にもずいぶん登場してもらった。あの機体が宇宙開発の現場から消えることは寂しい。
 次回から濾過透析、HDFが再開される。被災でダウンした製薬工場が復活したのだ。ありがたい。速やかにHDFを再開してくれる透析質のM技師長とスタッフに感謝。
 本日は予定の水分はすべて除去。体が軽い。だからビールが飲みたい。コボちゃんは居眠りしている。ボクはひとりで、吉野家の牛皿をつまみに、ビールをちびちび。BGMは「ラジオ深夜便」の藤沢修平作品『海鳴り』の朗読。罠を仕掛けた人間の姿が次第に浮かび上がってくる。ううん。ここまでが長かった。朗読が始まってから1年間が経過しているのだ。
 寝る前に考える。原発事故は袋小路。この日本、沈没しないだろうか。心配。
▲ 電線にドレミで並ぶ燕かな

0517・火・
 5時半より活動開始。原稿執筆は昨日の続き。コーヒータイム以外、ずっと集中したので、疲れた。
 ラジオは9時半からのいつものラジオタイムだけ。「お話出てこい」は、どうしてこんなにつまらない話が書けるのだろうかと首をかしげる作品なんだが、これが驚き、名の知れた作者によるもの。ボクには理解できない。でも、こういう作品が「よい」とされる空気もあるのだ。
 『親鸞』の啓示のシーン、普遍性、もしくは共通性を感じる。作家は空想で書くのであろうが、五木寛之のイメージは外れていない。
 カルチャーラジオは谷崎潤一郎。NHKラジオの文芸四方山話(よもやまばなし)は1958年の放送。インタビュアは遠地文子(えんちふみこ)。このふたり、双方とも源氏物語の現代語訳を物している。
 原稿執筆の気分転換に、鉄アレイを振り回す。
 ずっとモーツァルトとチャイコフスキーがBGMだったので、耳に入るニュースがない。マキコ特派員の配信のみがニュースソースとなっている。
 永六輔の「誰かとどこかで」で、永さんが井上(いのうえ)ひさしについて語っている。井上ひさしは東北は小松の生まれ。だから、彼の劇団は小松座だったのだ。
 15時、天気予報の通り、雷雨。アルルの緊張が伝わってきた。アルル、雷が大嫌い。これからはアルルにとって、受難の季節。
 突然の訃報。児玉清さんが亡くなった。お医者嫌いであったらしい。胃癌が発見されたときは手遅れであったとか。一昨日の朝のニッポン放送でお声を拝聴したばかり。これから、あの藤沢周平傑作選の解説は誰が担当するのだろう。
 コボちゃんが成城学園前の高級洋菓子店のケーキを買ってくる。おいしい紅茶で食べるが、手作り感においても、材料においても、旨さにおいても、経堂駅前のアルルカンのケーキの方が数段上だと想う。大切なのは、作り手の顔が見えている、ということだ。商売は人である。
 夕方も原稿執筆に集中。懸案の作品に、やっと光が見えたのだ。でも、文章との格闘は楽ではない。無数の猛牛を相手にする闘牛士の気分である。
 疲れたので、ベッドで横になり、野球中継に傾聴する。でも、楽天が負けそうになったので、ラジオを消して眠る。けれども、夜に起き出して、再び原稿執筆。
 22時からのNHKジャーナルをBGMに夜食。東電福島原発は絶望的。それを御用学者が弁で誤魔化す。日本の原子力関係者、脳天気としか思えない。そもそも、知性が感じられない。これじゃあ事故も起きますよ。旧友の某博士がいっていた通りであることが明らかになってきた。ごく一部とはいえ、秀才や天才には、危ない人もいる。
 早起きをするため早寝をする。ちらりと耳にしたラジオ深夜便、ブラジルはサンパウロからの生中継だった。本来は須磨佳津江アンカーの担当の夜なのだ。
▲ 霹靂に犬身構えて(いぬみがまえて)いるらしき

0518・水・
 4時から活動開始。物語世界に没入。こうなると、他のことが頭に入らない。夢中になるから、肉体も神経もズタズタになる。運動よりもイラストレーションよりも、これがいちばん疲れるのだ。
 気分転換に『親鸞』を聴くが、筋力運動はお休み。いい天気。ダイニングテーブルに座ってお茶を飲んでいたら、きれいな風が通っていく。網戸に張り付いて、キジバトポッポが歌っている。アルルはボクのベッドで寝息をたてている。
 午後は仮眠。意欲はあるが、体力と気力が続かない。
 マキコ特派員に最新科学情報が知りたいとお願いしたら、興味ある記事が続々と届く。ネット音痴のボクにはありがたい。驚いたのが、忠犬(ちゅうけん)ハチ公の本当の死因。ハチ公の死因は癌だったのだ。東大に保管されているハチ公の内臓をMRIと顕微鏡で調べた結果がそれ。フィラリア死亡説もあるが、双方とも死亡につながる重病である。一説によると、ハチ公は飼い主への思慕ではなく、渋谷駅前の焼き鳥屋で、お裾分けを期待しての日参であったとする向きがあるが、焼き鳥の串が内臓に突き刺さって死んだという不名誉な噂が否定され、本人、ではなくて、本犬と、その飼い主の東大教授もあの世で喜んでおられることだろう。ちなみに、この記事は3月1日のもので、ハチ公は昭和10年の3月8日に亡くなっているので、命日を前にしての発表であったのだ。ハチ公ファンとしては嬉しいニュースである。
 さて、以前にも書いたかもしれないが、ボクらは今でも銅像ではない、本物のハチ公に面会できる。それは上野科学博物館に、日本で最初のパンダと並んで、ハチ公の剥製が展示されている。ただ、ボクが面会したのは30年も昔のことなので、今もハチ公に会えるかどうかは、調べてから訪れていただきたい。
 ホーキング博士が、天国と死後の世界(しごのせかい)を否定した。まあ、ホーキング博士だからお考えがあるのだろうが、この出来事の注目されるべきポイントは、キリスト教国における天国存在の否定は、ガリレオやコペルニクスと同じくらいの勇気ある発言である、ということ。天国こそは、キリスト教信者の目的地なのだ。皆様ご存知の通り、アメリカでは小学校で進化論を教えることができないほどの、聖書主義の非科学的な教育がされている。アメリカ人のかなりの部分は、この世界は聖書に書いてあった通りに誕生したと考えている。で、ボク自身は、いくらホーキング博士がおっしゃったとはいえ、天国も極楽もあの世も否定はできないと考えている。我々は物質ではなく、魂の存在なのである。
 ドアチャイムが鳴り、初めての宅急便の配達員。たちまち、熟睡していたアルルが跳ね起きて、ボクのガードに、玄関へ飛んでくる。ボクが扉を開く前から、身構えている。初めての人間がくると、アルルは必ずボクのボディーガードをしてくれる。アルル、知らない人が見れば、真っ黒な大型犬。ボディーガードとしては、それなりの迫力はあるのだ。
 今夜から、透析はHDFに戻る。救われる想いである。気のせいか、指の関節から痛みが消えている。透析質のスタッフに感謝である。
 ニュースを耳にする度に失望することばかり。ありがたいのは天皇皇后両陛下。感謝するのは自衛隊員と警察官と消防署員と、海上保安員。原子力安全保安院は頭を丸めろ。いや、カツラを取れ。菅直人の発言、ボクは支持したい。菅直人、本当にやりたいことがあるなら、政権に座っている間、勇気をもって決断しろ。それこそが、あんたが総理大臣になった理由ではなかったのか。役人の作った法律なんかに負けず、正しく筋を通して見せろ。
 NHKFMでラスマニノフの交響的舞曲を聴く。国は嫌いだが、ボクはロシアの芸術家は好きだ。
 迎えにきてくれたコボちゃんが歯痛で悩んでいる。彼女が体調不良を訴えるのはよほどのことだ。帰宅して鎮痛剤と安定剤を渡す。
 ひさびさ、永井荷風の墨東奇譚を睡眠導入剤にする。本物の肉声を知ってしまったので、この読み手の声には若干の違和感があるが、それでも巧みな語りである。いつしか眠りに落ちていて、ふと目覚めたとき、朗読のエンディングのメロディーが流れていた。
▲ 天使たち青葉吹き抜けやってこい

0519・木・
 いつものように早起きができず、朝寝坊。活動開始は6時10分。
 コボちゃんが歯痛で今朝は紅茶。トーストではなくて、カステラ饅頭。午前中から執筆に集中。
 NHKラジオ第二の朗読の時間とカルチャーラジオをBGMに筋力運動。カルチャーラジオはカタロニアの芸術家で、今朝はピカソ。20世紀の初頭のパリを舞台に芸術家が集い、影響し合い、競い合う。ボクにピカソの本質が見えてきたのは大学生の頃だったろうか。あの頃、ピカソが亡くなって、いろいろな展覧会が企画された。中でも池袋西武の回顧展が印象深い。やはり、いちばん強く印象に残っているのは、パリで見たゲルニカの本物である。ピカソのあのエネルギーはどこからきていたのか。
 いい天気。初夏というにふさわしい一日。夢中でキーボードをたたいていると、音声モニター以外、何も耳にはいらない。けれども、突然の窓の外のざわめきに、我に返ることがある。あれは雨なのか、それとも風なのか、瞬間、迷っている自分がいる。ほんの短い時間でも、我を忘れることがあるのは嬉しい。
 ふと、仕事場に頭を巡らせば、キジバトポッポが風に吹かれて鳴いている。アルルはひとりゴキゲンで、気持ちのよい場所を見つけては丸まったり長くなったり。デブネコのミミは、自分が童話のモデルにされていることも知らず、別宅でナンナンと遊んでいる。
 マキコ特派員から、サイエンス関係の興味ある記事が配信されてくる。これは後日、まとめてみたい。もしも事情が許してくれたなら、ボクは自然科学をやりたかった。今でもその憧れは忘れていない。
 あまりニュースに触れたくない。この国のリーダーたちは、いったい何をしているのだ。苦しむ人は苦しむだけ苦しみ、悲しい人は毎日悲しみの谷底にいて、不自由を強いられている人は、どこまでも不自由で、誰にも不安は大きくなるばかり。なのに、国は何をやっているのだ。戦争中、国は国民を裏切り続けた。今、この国難のとき、国は国民の期待に応えられないでいる。被災地で現地の地方公務員に、各地の地方公務員が支援に駆けつけている。けれども、国家公務員の姿はないという。永田町は、霞ヶ関は何をしているのだ。税金を払えといわれれば、払う。けれども、税金を無駄にしないでくれ。無駄にならない税金ならば、ボクは一生懸命働いて、たくさん税金を払いたい。
 生活が執筆モードに入ると、どうしても疲労が蓄積する。消耗する神経が違うのだ。仮眠をすれば、妙にリアルな夢を見る。とある画家さんが夢に出てくるのだが、彼女から幸せが感じられない。いや、実際にお会いしたときの印象が、そのまま夢になったのだろう。意外なときに、意外な人が気になっている。
 夜の執筆。けれども、夢の世界を引きずって、頭が執筆モードになってくれない。
 NHKジャーナルをBGMに、上海からきた料理人の手になる中華料理を肴に、ビールを飲む。日付が変わる前の就寝は、早起きのための早寝。
 4時に目覚めるが 、またまたリアルでおかしな夢を見ている。よく見るのはエベレストをのぼる夢だ。ボクは夢では何度もエベレスト登頂をやらかしている。このエベレスト、ボクのスイス山岳経験やヒマラヤ上空飛行体験が見せているモンタージュ。マッターホルンやアイガーの登山電車からの光景が、のぼることへの憧れを映像体験にしてくれているのだ。ボクはこの夢、好きである。
▲ 風に鳴る木の葉を雨と想う我

◇ バーチャル奥の細道コース   新潟に到着、通過しました。
     次は出雲崎。 あと、119,309歩です。 現在の歩数2,498,691歩。

0520・金・
 窓を全開にすると、すがすがしい空気が流れ込んでくる。これからの季節、この時間がいちばん好きである。執筆も、いちばん楽しいのがこの季節。今だからこそ、書ける気持ちになってくる。
 今朝のコーヒータイムはゆっくりと。いつものように、アルルと三角チーズを半分こ。といっても、本当はアルルに三分の二。細かく千切って、ひとつひとつをゆっくりと食べさせる。でないと、一口で呑みこんでしまうのだ。そうしていると、ボクの右手がアルルのヨダレでヌルヌルになる。
 今朝のNHKラジオ第二の「お話の旅」は、椋鳩十(むくはとじゅう)の人間と犬の絆の物語。悲劇的な結末をぼやかしてあるので、ちょっと辛かった。幼児向けであるのだから、結末は明らかにしたかった。悲劇なら悲劇。ハッピーエンドならハッピーエンドで、小さな子供たちも納得してくれるのではないか。印象を強める意図は理解できるが、主人公の犬の運命が気になって仕方がない。コボちゃんなど、下を向いて涙をこらえて聴いていた。さて、椋鳩十先生、ご存知原田泰治画伯の恩人である。これはご本人から聞いた話。
 「おはよう一直線」の三ツ星占いでは、本日のボクのラッキーカラーは薄ピンクと出た。そこで、ボクも薄ピンクのカラーTシャツを着用。お気に入りのカルバンクラインのサマージャケットを羽織って外出。
 途中、とある大手銀行で手続きをするのだが、ボクは銀行の慇懃無礼な雰囲気が大嫌い。やたらペコペコしてないで、無駄な人数を配置するより、もっとテキパキと仕事をせい。人のお金で商売をしているのだから。と、ほとんどお金を預けていないボクの意見なんて聞いてもらえるはずもない。
 某有名病院へ。本日は腰椎の海綿骨の密度の測定。でも、コボちゃんは海綿体の検査と言い間違える。この人、本当に看護師なのだろうか。ときどき不安になる。
 さて、この病院、名が知られている割には、いつも空いていて助かる。慶応病院、とまではいえないが、医師も検査技師も親切で丁寧である。本日の検査は、以前も受けたことがあり、そのときの検査技師は若くて親切な女性技師であった。そして、ラッキー。また同じ人なのだ。
 検査は、本当は検査着に着替えなくてはならないのだが、ブルージーンズを下にずらすだけでOKといってくれた。X線投射の撮影台に乗っかって、しばらくじっとしているだけで撮影終了。ブルージーンズを戻してください、というのでボタンをはめていたら、彼女、優しくチャックを上げてくれたのだ。ボク、正直に告白するが、ズボンのチャックを女性の手によって、上げてもらったのは生まれて初めて。相手が検査技師でも、若い女性なだけに、ドギマギしてしまう。検査技師がみんな彼女みたいにエレガンスで優しいといい。
 ロビーで支払い手続きをしていると、セカンドオピニオン外来という看板に、コボちゃんが気づく。あらゆる癌のカテゴリーが掲示してある。患者のセカンドオピニオンを求める権利も、認められるようになってから、それほど年月は経過していない。さすが、某有名病院である。ここ、お勧めかもしれない。
 徒歩で新宿駅方面へ。京王デパートを歩く。コボちゃん、以前から靴と傘を探している。けれど、なかなかピッタリの商品に出会わない。デパチカもほっつき歩く。売り子さんたちのすがすがしい
「ありがとうございます」
の声があちらこちらに響いている。訓練の結果かもしれない。とはいえ、感謝の気持ちのこもった言葉にボクは思わず感動する。ボクにあの気持ちのこもった
「ありがとうございます」
が声に出せるだろうか。これぞ、デパートの存在意義であると考える。だからこそ、たまのデパートは気分転換になるのだ。
 コボちゃんは主婦の行列が気になって仕方がない。いちいち、行列の源を確かめている。勝手に、ボクの口へ試食品を突っ込んでくる。それが、みんな甘い物。ボク、甘い物、苦手なんだけど。
 特別出店で、テリー伊藤さんのお兄さんの玉子焼きが売られていた。以前、テリーさんがボクの仕事場から生放送をしたとき、お土産に二人前を持参してくださって、それがめっちゃ旨かったのを思い出し、購入。テリー伊藤さん、一緒に歩いたことがあるが、視覚障害者への配慮のある、実に見事な歩行だった。そういう歩き方をしてくれたのは、他には落合福嗣君。意外なところで、人は本質を見せてくれる。
 出口へ向かって歩いていくと、追分団子の出店。そこでも甘辛団子を購入。甘い物でも、甘辛団子だけは別なのだ。
 歩くと暑い。これは真夏日だ。いや、そうじゃない。コボちゃんとつまらん議論をしながら歩く。
 経堂駅前図書館へ。コボちゃんはとあるファンタジーを借りている。棚にはずらり、さとうまきこさんの著書が並んでいた。
 いつもの透析。前回からHDF透析に戻ったせいか、なんとなく調子がよく、それを透析スタッフに伝える。ボクが元気でいられるのは、この透析質のスタッフのおかげなのである。感謝。
 透析中、疲れているのに眠れず、プロ野球の梯子をする。どのゲームも面白く、特にドラゴンズの大逆転は痛快。プロ野球をシナリオのないドラマとはよくいったもの。たった一球に泣くも笑うも野球の醍醐味。今夜は巨人軍も敗北。ボクは原監督の痩せ我慢で負け惜しみなコメントが聞きたくて、アンチジャイアンツになっている。
 帰宅したら悲しい知らせ。尊敬してやまない画家、井江春代(いえはるよ)先生が5月10日に88歳で逝去されていたことを知る。この28日に、笹塚のご自宅で小さな遺作展が開かれるので、お邪魔するつもりである。その昔、ボクも遊びにいったことのある、純和風のお宅である。井江春代さんは貼り絵画家(はりえがか)の第一人者。いい絵張るよ、と読めるが、これがご本名。この仕事のために生まれてきたような画家さんだった。若くて生意気だったエム ナマエを、とても可愛がってくださり、失明後も、コボちゃんともども、可愛がってくださった。大好きな山梨県の石和温泉をボクに教えてくださったのも井江張る代先生だった。語りたいことは山ほどある。今でも、優しかったそのお顔とお声が蘇る。ご冥福を心よりお祈りして献杯をする。いつだって、見送ることは寂しい。
 デブネコのミミが、やたらに甘えてくる。頭突きの連続である。イヌもネコも、どうして、人間などという、この冷酷でエゴイスティックな生き物を好きでいられるのだろう。
 コボちゃんの手料理でビールを飲み、名人、三遊亭圓生(さんゆうていえんしょう)の『子別れ』を聴いていたら、25時になっていた。
 永井荷風、墨東奇譚のCDをかけてベッドに潜ると、最初の3分間で熟睡していた。神様、本日もありがとうございます。
▲ 行列の先が気になる癖があり

0521・土・小満・
 思い切りの朝寝坊。これは意識的。いつもだったら、5時からのNHKラジオを楽しむのだが、今朝は朝寝坊に徹底する。
 季節は夏に向かっている。暑くならないうちに豪徳寺までの散歩。いつもの花壇に座っていたら、NHKの「ラジオ文芸館」が始まってしまう。そのまんま、花壇に座って、イヤフォンでじっくりと聴く。川上ひろみの、ちょっと風変わりな作品。この人の作風、好みである。再放送だったが、かなり楽しめる。その間、コボちゃんは、ボクのイヤフォンをしていない方の耳に、
「あ、足の短い若い女性が通る」
とか、
「足の長いお洒落なお婆さんが通る」
とか、
「廃業した人形焼き屋の、あのおっかないお婆さんが、牛丼のテイクアウトを一人前だけ買ってきた。あのお婆さんが怖くて、せっかくのおいしい人形焼きも売れなくなってしまったのよね」
とか、うるさいのだ。そういうボクらの会話を聞きながら、アルルはボクのスニーカーに顎を乗せて、くつろいでいる。もちろん、会話の内容は理解していないと想うが、
「そろそろ、帰ろうか」
などと一言いえば、アルルはたちまち立ち上がる。アルルも今年の誕生日で7歳になる。人間の言葉は、かなりの部分を理解できるようになっているはずだ。犬は、生きている最後の瞬間まで賢くなり続ける生き物なのだ。
 コボちゃんは開店したばかりのスミレのパンを購入している。お店が開いたばかりの頃、スミレちゃんとおしゃべりしたことがある。パン屋のスミレも、千客万来でおめでとう。
 萬来といえば、ラーメン一筋70年の萬来のご主人、くわえタバコで自転車にまたがり、さっそうと出かけていく。これから豚肉の仕入れにでもいくのかな。
 経堂駅前が再開発されてしまい、ボクらの憩いのメッカは豪徳寺。この商店街の平安を祈る。
 帰宅すると、デブネコのミミが歓迎の声をあげる。パソコンで、朝にできなかったルーティーンワークを完了させる。
 午後からはおえかきデスクに向かう。ひさびさ、半日以上、おえかきデスクに集中したが、右手には問題なし。東日本大震災の影響で製薬工場がダウン、薬液の都合で中断になっていたHDF、濾過透析が再開され、両手指の関節のこわばりや痛みが軽減されたおかげであると想う。マッサージチェアではコボちゃんが読書をしていて、一枚一枚の出来をその場で確認してもらう。デブネコのミミは、ずっとコボちゃんの膝の上で昼寝をしていた。
 夕方からはパソコンに集中。執筆を続ける。夢中になれる仕事のあることには感謝だが、ついつい他のことを忘れてしまう。いつも楽しみにしていたラジオ寄席「真打競演」のことも忘れ、執筆に没頭していた。
 夜になっても暑い。汗をかいての仮眠。内容は思い出せないが、やたら暑苦しい夢を見ていた。目覚めると『親鸞』の総集編をやっていた。
 明日も早起きをして執筆に集中したい。そこで、テリー伊藤さんの兄貴の玉子焼きを肴に日本酒をやり、熟睡に努める。玉子焼きは美味。もしもどこかで見かけたら、購入をお勧めしたい。
 菅直人首相、福島を日中韓首脳で訪れ、パフォーマンスのあれこれ。福島の野菜などを食べてもらって、ゴキゲンな様子。まあ、これでお隣の半島や大陸から観光客がやってきたり、日本の食べ物を輸入してくれればよいのだが。
 本日の最終ニュースで訃報は、長門寛之氏死去。享年77歳。オシドリ夫婦で有名だった南田洋子さんを一昨年に失い、彼女を追うような形と想うのは、ボクばかりではないはずだ。
 ご近所である。1973年、経堂へ引っ越した当時、ご夫妻の住居は鉄筋コンクリートで、堂々とそびえていた。ボクの暮らしていたビルの1Fには南田洋子さんのお店、輸入雑貨店のペリがあって、お洒落な商品が並んでいて、今でも愛用しているアクセサリーのいくつかは、その店で購入したものである。店頭に立っていた南田洋子さんの輝くような笑顔は今でも忘れられない。ときどき、ご親戚らしき、若い女性が店番をしていることがあったが、彼女も南田洋子さんに似た、理知的な美人であった。
 今、ペリのあった建物は経堂コルティーとして再開発され、駅前の風景も様変わりしてしまった。スーパーマーケット、レストラン街、駅ビル商店街はもちろんのこと、パチンコ、薬屋、喫茶店、寿司屋に飲み屋に合鍵屋。当時の経堂駅前は欲しい物は何でも入手できる、ボクにとっての理想郷であったのだ。
 睡眠導入は萩原朔太郎の不思議な旅の経験。これは何度聴いても飽きない。簡単な筋書きであるのに、表現が独特であるからだ。分かりにくいことは魅力である。最近、この塩梅(あんばい)が誤解されて、個人の学習能力が落ちてきている。てなことを考えているうちに、いつか眠りに落ちていた。
▲ 蜜蜂のかすめて飛んだ耳の先
▲ 小満や花の揺り篭雀たち

0522・日・
 6時に目覚め、志の輔ラジオ『落語でデート』に傾聴。出演しているフリーアナウンサーはボクが知らないだけで、有名人であるらしい。ボクはテレビにおける有名人は知らないのだ。落語は三代目三遊亭小圓朝(さんゆうていこえんちょう)の『富士参り』は1964年の収録だが、ボクには初めての落語だった。この落語家の録音、ボクはほんの少ししか所蔵しておらず、まだ魅力に気がついていない。
 ニッポン放送では藤沢周平傑作選朗読。児玉清氏を追悼して、氏自ら(みずから)の朗読の『山桜』を放送。以前もどこかで聴いたことのある作品であったが、児玉清氏の朗読には独特の格調があり、途中まで、そのことに気づかないでいた。長門寛之氏にせよ、児玉清氏にせよ、いい役者さんが消えていくのは寂しい。
 豪徳寺の花壇まで散歩。途中、アルルの仲良し、シベリアンハスキーの銀君に出会うが、銀君、手術を受けたばかりで、アルルと遊びたくても遊べない。
 花壇に腰掛けると、可愛い服を着て、シーズーがアルルの前で立ち止まる。飼い主のご婦人と会話。シーズーはトリミングしたばかりで、コボちゃんが可愛いを連発。そうしたら、隣に座っていた老年男性、
「最近の犬は過保護だ」
とぼやいていた。
 遊歩道を戻ると、犬を連れた自転車が道をふさいでいる。おいおい、自転車は車両だぜ。遊歩道に入るには、自転車から降りて、転がさなければならないのだ。おっさん、いい歳ぶっこいて、そんなことも知らんのか、アホ。と、目が見えていたら、いってやりたい。でもなあ、盲目は、ストリートファイトになったら、たちまちぶん殴られるのだよなあ。盲目はボクシングには向かない。
 マキコ特派員から電話。ペリで店番をしていた美女が南田洋子さんの姪ごさんであることが判明。憧れの彼女がマキコ特派員の親しい友人であったのだ。そして、その憧れの美女はエム ナマエを当時から知っていてくれたのだ。ボクにとっては目礼を交わすだけで、胸のときめく存在であった彼女が、実はボクを知っていてくれたとは、なんたる驚き、なんたる名誉。彼女こそ、ボクが理想とする知的美女。おお。あの頃、もっとボクに勇気があったなら。とは、もう手遅れです。
 午後は朝日小学生新聞の取材。担当編集者と記者のふたりの女性の訪問。インタビューとイラストレーション制作の実演。朝日小学生新聞の記者さん、とてもマジメだから、いちいちボクのギャグに反応してくれて、爆笑のインタビューになった。隣で聞いている編集者にもコボちゃんにもバカウケ。四人でゲラゲラ笑っていると、窓の外では猛烈な雨。夕立である。いつの間にか、夕方になっていたのだ。こういう楽しいインタビューと撮影なら、毎日でも悪くない。
 夜は無言館の赤レンガ倉庫展のBCC配信。BGMは野球中継。今年のプロ野球、やっぱり面白い。
 本日と明日をまたいで、1時間半の長電話の相手は絵本作家のきむらゆういち。ボクの長電話に付き合ってくれる人は少ない。彼と、青木裕子軽井沢朗読館館長と、和菓子屋の幼馴染だけかもしれない。
▲ 夕立や気がつけば声張り上げて




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