全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2011年2月14日~20日
☆ 漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのものです。

0214・月・バレンタインデイ・
 空腹で寝たので、中途半端な眠りだった。「スタンバイ」ではエジプトの実質的独裁者だったムバラクの隠し財産について触れている。その金額、なんと5兆円。そりゃあ、すぐに辞めたらボロが出るから、選挙までの半年間で、それら腐敗した金を隠匿したかったのだろう。それに、親戚縁者の既得権構造も掃除しなきゃあならないし。まあ、ムバラクさん、汚れた大統領として、歴史から抹殺されていく定め。どこの世界でも、独裁者の末路は悲惨である。
 パソコンに向かっていたら、朝の9時からドアチャイム。インターフォンからは
「クロネコですよぉ。ジュンちゃんとチャコちゃんからですよぉ」
と、可愛い女性の声。彼女、宅急便のアルバイトなのである。ドアを開くと、
「チョコレートですから、涼しい部屋に置いてあげてくださいね」
と、こんなオッサンに、どこの物好きがバレンタインのチョコなどを、と思っているのかいないのかは知らないが、ドアの隙間から渡してくれたのだ。
 10時からはラジオタイム。「お話出てこい」は『妖精プーカ』。アイルランドあたりの昔話だと思うが、ストーリーの仕立てが、どこか日本の民話と共通している。ボクの嗅覚によると、ふたつの文明はインドあたりをセンターにしてつながっているような気がしてならない。まだ、キリスト教が生まれる以前の分化文明がベースになっている、とボクは空想している。まあ、これはボクお得意のあてずっぽうではあるが。
 ランチタイムのあとはテーブルをきれいにしておいた。14時、月刊「ラジオ深夜便」イラストレーションの締め切り。NHKサービスセンターのIさんがいらっしゃる。ミミがアトリエにいるので、猫フリークのIさんはゴキゲン。仕事も忘れて我が家のデブネコをいじり倒している。しまいには連れて帰るといったりする。冗談に決まっているが、自分の娘を褒められているようで悪い気はしない。もちろん優秀な編集者であるから、ボクのイラストレーションも褒めてくれる。おまけに、ギリチョコを本命チョコと偽りながら置いていってくれた。ありがたい。しかしなあ、締め切りをこの日に指定したのは、いかにもで、やばかった。面目ない。
 冷たい雨の中を病院へ。雪の予報だが、この雨では積もらないだろうとスニーカーで出かける。
 いつもの透析。日本テレビのニュース番組で、今年の冬の寒さを北極振動の影響だと解説していたが、この原稿を書いているライターが、どうも正しく北極振動を理解していないらしく、万人の誤解を生むようなナレーションになっていた。この冬の偏在的な寒さの本当の理由は偏西風の蛇行にある。北極振動などと表現するとキャッチーではあるが、本質的な説明にはなっていない。北極領域が冷気を蓄積したり放射しているのは通常のことであり、特別な現象ではないような気がする。まあ、お天気の話題は興味を外さないので、ニュースがなければ、気象情報を流すのが無難。
 21時からのラジオ寄席「真打競演」はチャーリーカンパニーのコント。いつか、彼らのナマの舞台を経験したい。新しい相方にはなったが、変わらぬ面白さである。物真似は四代目江戸家猫八(えどやねこはち)。もと子猫さんである。先代も大好きであったが、当代猫八(ねこはち)さんは動物物真似をアカデミックに展開している。末広亭(すえひろてい)では、この師匠に、キリンの鳴き声をリクエストしたことがあったが、見事に応えてくれた。キリンは鳴くのである。その唯一の録音が上の動物園に残されている。さすがは猫八師匠。動物のことなら知らないことはないとおっしゃるが、真実であった。
 透析質にコボちゃんから電話が入る。大変な積雪で、クルマでは迎えにこられないという。しばらくして、スノーブーツを抱えてコボちゃんが迎えにきた。もちろん、歩きである。そして、ボクも歩きで帰宅なのだ。
 世田谷線、下高井戸駅までの雪道をいく。ゲレンデにいるような錯覚に陥る。久しぶり、雪の匂いを嗅いだ気がする。
 どこもかしこも自動化。世田谷線の駅まで自動改札になっていたのには驚く。電車に乗ると、席を譲ってくださる方がいる。けれども、次の駅だからと、感謝をもってお断りをする。最近、やけに座席を譲られるのは社会が優しくなったのか、それとも、ボクが年老いたのか、どちらが真実の理由だろうか。
 世田谷線、松原駅で下車。そこからは雪道をひたすら徒歩。しんしんと雪が降りてきて、静かな夜の住宅街。通るクルマもなく、静寂そのもの。けれども、ときどきは自動車が動けずにいて、ガレージの前で、家族で押したりしている。やはり、都会のドライバーは雪道ドライブに、慣れてはいないのだ。
 雪道は歩きにくいので、汗をかく。コボちゃんが雪で重たくなる傘をときどき払いながら、さしかけてきて、ボクが雪だるまになるのを防いでくれている。
 無事に帰宅。転びもせず、骨折もなかったのはコボちゃんのおかげ。ドアを開くと、アルルとミミの歓迎を受けた。
 テーブルに座ると、小さなハートのチョコののっかっているイチゴのショートケーキで、熱いハーブティーを飲む。おそらく、オレンジピールとクローブのハーブティーではなかろうか。アリーナドッグカフェのユカリちゃん、つまり、カンちゃんの奥様からいただいたお茶である。
 アルルも、バレンタインケーキのお相伴(しょうばん)。食器のケーキを見下ろしていると、ミミがその匂いを嗅いでいる。すると、アルルは食べるのを中止、ミミの気が済むのを静かに待っている。アリーナもそうだったが、アルルも優しい。キジバトポッポに対してもそうであるが、決して相手を傷つけるような振る舞いはしない。ミミはショートケーキには興味がないらしく、すぐに離れた。そこでアルル、おもむろにケーキにありつく。
 ラジオは雪のことばかり。「ラジオ深夜便」の藤沢修平作品朗読、『海鳴り』がいい場面なのに、いきなり交通情報や竜巻警報などが、ストーリーの展開を無視して割り込んできて、重要な台詞をぶつ切りにする。許せない気分ではあるが、人の運命に関わる大切な情報ではあるので、我慢。ここはNHK。あきらめるしかない。それにしても、5秒、10秒くらい調節して、作品の流れを壊さずにいて欲しい、とも思う。
 しばらく雪情報に傾聴し、明朝の心配をしながら眠りに就く。
▲ 見上げれば我浮き上がる夜の雪
▲ さらさらと傘を鳴らして積もりけり
▲ 肩借りて雪の降る街遠い道

0215・火・
 今朝は5時には起きられず、運勢占いも逃す。つまらないことだが、小さなリズムは大切にしたいのだ。
 屋上では雪が溶けかけていて、アルルはベチャベチャの雪で遊ぶ。ドドッと走って、ツツーッと滑る。これを繰り返すのだ。そうして、ときどきコボちゃんを振り返り、一緒にやろうよと誘う。どうやら、アルルはコボちゃんを遊び仲間と思っているらしい。でも、ボクのことはボスだと思ってくれている。
 コーヒータイムはアルルカンのケーキ。結構なカロリー摂取で、ボクは満腹。豪勢なブレックファストである。
 10時からはラジオタイム。カルチャーラジオは歌う生物学者、東京工業大学のモトカワタツオ教授の「おもしろ生物学」。今朝のテーマは生物と人工物。生物は丸い。人工物は四角い。生物と人工物の関係は丸と四角だけでなく、水っぽい物と乾いている物、柔らかいと固い、常に化学変化をしているものと、安定している物とに分類が可能である。人工物は変わらない、腐らない。そうでなければ困るのだ。とはいえ、我々は人工物の中で、生物本来の感覚を失いつつある。幾何学的形状の中で、生き物の形を美しく思えないのは悲しい。濡れて柔らかい生命体。先週のテーマ、生命は水であることを再認識させられる。モトカワ先生、ますます尊敬しちゃう。
 今朝も『浮雲』に傾聴。『君の名は』で女風呂(おんなぶろ)が空っぽになったといわれるが、人は連続ドラマにはまるようにできているのだ。
 お日様が出ており、雪は溶けているらしい。サンルームの気温が上がるので、窓を開いてやると、キジバトポッポが餌をついばむ。日差しが暖かいので、久しぶりにマッサージチェアにあたる。肩と背中がコリコリと音をたてた。
 音声腕時計のアラームをセットして仮眠。昨夜の疲れのためか、いくらでも眠れそう。
 テレビ音声をBGMにランチ。14時半、NHK教育テレビ「NHK俳句」に山下智子さん出演。俳句は写生であると改めて学ぶ。梅という兼題でいくつかの投稿。山下智子さんの選句の言葉も彼女の高い見識が感じられ、よかった。声優とか女優とか、どう紹介してもOKの彼女だが、この番組では俳優と紹介されていた。本当はもっと元気な人なのに、風邪をひいていたのか、緊張していたのか、声の小さいのが気になった。それでも多面体の彼女のこと、すべてがボクには美しく思える。まだの人、山下智子さんの京ことば源氏物語、ぜひご参加いただきたい。
 エジプトの次はイランで民衆運動。世界が注目しているようだが、まるで日本人みたいなイラン人芸人のサラミさんによれば、イランではいつもこうした動きがあるらしく、珍しいことではないとのこと。むしろ、イランの政権が引っくり返るのを期待しているのはアメリカだという。
 夕食はテイクアウトの中華料理。値段の割にはボリュームがある。麻婆豆腐が本格的で、辛味が山椒であるのが気にいった。ニラレバ炒めも麻婆豆腐も、ラーメン屋さんの味とは違うところが、中国人の伝統の腕前。経堂のすずらん通りに開業している中国人料理人の成功を祈っている。
 最近ボクは思うのだが、デパチカの高級惣菜を持ち帰るより、ご近所の商店街を応援した方がいい。みんなで力を合わせ、地域を盛り立て(もりたて)よう。
 ラジオ深夜便をかけたら、アンカーは須磨佳津江(すまかつえ)さん。いつもと変わらぬシルキーボイス。今夜の睡眠導入剤は、この滑らかな(すべらかな)お声にしようかな。
▲ 雪掻きに一声かけて勤め人
◆ お日様に胸撫で下ろす白い朝

0216・水・
 5時より目覚めるが、作業能率は悪い。運勢占いも悪い。けれども、この運勢占い、いかなる根拠によるものなのか、ボクは知らない。まあ、御神籤(おみくじ)と同じで、根拠など、あってもなくてもいいのだ。
 生きていくということは、自力本願と他力本願の間だけれど、そのほとんどは他力本願。自分のことなのに、自分ではどうにもならぬことばかり。生まれてきて死んでいくことも、己で決められることではない。そうなると、根拠のない運勢占いでも、意味を見つけることはできるのだ。本日の運勢が停滞であるのなら、気をつけていればいい。それは戒めにはなるけれど、自らを暴走させて、不利益をこうむることはないのである。
 コーヒータイム。FM-J-WAVEで「ネリカマイ」という言葉を覚える。ニュウライスフォーアフリカ、の略らしい。旱魃や病気に強く、短期間で生育するとかで、アフリカの食糧難を解決する希望となるかもしれない。人口爆発、地球温暖化などで、これからの地球は食糧難の時代に突入する。
 横になってNHKラジオ第二の「お話出てこい」を聴く。昔話をラジオのパターンにはめていく作業は面白いに違いない。脚本家も作曲家も演奏者も演者も、それぞれが楽しんで仕事をしているのが伝わってきて、この番組が半世紀以上も続いている理由が分かる気がする。
 チュニジアからエジプトに発展した民衆運動、今度はバーレーンやリビアに展開している。民衆の怒りや不満の根源には食糧問題があるらしい。小麦粉や大豆、トウモロコシやコーヒー豆が高騰している。災害や温暖化の影響もあるだろうが、登記マネーの流入が大きく作用している。資産家の暗躍によって、ますます貧富の格差が開き、食べられない民が増加する。どこかで欧米的な資本主義に歯止めをかけなければならない。国家や地域、民族のエゴを捨て、危機を乗り越えて、人類全体の幸いを形にしていければいいのだが。
 日差しが暖かい。ミミが別宅にいったきりなので、部屋全体を解放して、エアコン一台だけで暖房をする。それでも暖かい。
 ひさびさ、アルルもクオリスに乗って病院へ。駐車場までの道、頭の上では雀たちが楽しげに鳴いている。さえずりではないと思うのだが、なんと春めいた歌声であることか。だんだんと日が長くなってきて、小鳥たちも嬉しそう。
 いつもの透析。8時からテレビ音声に傾聴。「試して合点」は降圧剤に新しい流れ、という触れ込みだったが、それが利尿剤であることは、すぐに見えてきた。残念ながら、ボクには関係がないのだ。
 帰宅して、アイラスコッチのハイボールを、チョコレートケーキのオペラをなめながら、ちびちびとやる。どうもウィスキーは頭を冴えさせるので、夜中に目覚めてしまい、中途半端な眠りとなり、起きているのに夢見心地のおかしな気分。
▲ 門限を無視して春の雀たち

0217・木・
 5時に目覚め、いつもの朝。昨日は停滞と出た占いも今朝は好調と聞く。根拠はないが、悪い気はせず、つまらぬ習慣にはまったなと後悔もする。それでも、このために、かっきり5時起きを守っていられるのは悪いことではない。何がモチベーションになるか分からない。
 コーヒータイムに青木ファミリーの手作りチョコを食べる。いいチョコレートの材料を使っているらしく、香りも味も高級チョコレートに負けていない。手作りチョコには、市販のチョコレートに劣るとも勝らない物ばかりだと思っていたが、最近は違う。アマチュアのパテシエをあなどってはいけない。ことに青木ファミリーは毎年のように腕前を上げているのだ。中にはブタの顔のチョコがあって、食べるのが勿体無いような気にさせる。実によくできているのだ。
 ラジオによれば、昨年の食糧価格の平均上昇率は29パーセントになるとか。これでは世界各地で暴動が起きるのが当たり前。登記マネーに制限をかけないと、世界秩序が瓦解する。
 知的障害者が施設関係者から性的暴行を受けている。恥ずべき行為。どうして人間は自らの劣情に勝てないのだろう。
 季節が春に向かっているためか、それとも何か原因があるのか、体の中心に緩み(ゆるみ)があって、眠くて仕方がない。まさか、あのバレンタインデイの雪道歩行の疲れがまだ残っているのではあるまいか。などとも考えてしまう。まあ、盲目で雪道を歩くことは、あまり楽でないことだけは確かではあるが。
 それでも、『浮雲』だけはしっかりと聴く。男と女の関係がぐずぐずになっていく。危うい綱渡りの表現に、ふと埋もれた記憶が動き出す。戦争があろうとなかろうと、男と女はいつも危うい。
 夕方から行動開始。やっとエンジンが回り始めた。
 ハーブティーでチョコレートを味わう。柚子の香りがマッチするのは、オレンジとチョコの相性がよいからかもしれない。バレンタインの思い出は、チョコと同じ、ちょっと苦い思い出。1986年のバレンタインのチョコレートを全部食べ終わらないうちに、ボクは緊急入院をして人工透析を導入、落命せずに助けられた。あれから25年。四分の一世紀が経過したのだ。本来はこの世から消えてなくなる人間を、25年も生かしてくれている人工透析、ありがとう。これからも、この天から拝受した人生、しっかりと歩いていく覚悟である。
 サラリーマン川柳が発表された。イメージからきているにせよ、リアリズムからきているにせよ、みんな、うまいなあ。
 西から雨がやってくる。心配なのは霧島連山。被害のないことを祈っている。
 22時のNHKジャーナルとラジオ深夜便をBGMに、ビールと中華料理。ゆっくりと食べる。満腹になったら、どっと疲れが出て、たちまち眠りに落ちていた。
 こんな食生活、あまり健康的とは思えない。でも、熟睡できたおかげで未明に覚醒、いつもより早い時刻の活動開始ができたので、これも悪くはないかもしれない。
▲ 手に包む手作りの豚チョコレート

0218・金・
 未明、4時に起きて風呂に入る。新しいお風呂ラジオは高性能。CDだって聴けるのだ。たっぷり1時間の入浴も、音楽があれば最高。
 TBSラジオ「スタンバイ」は民主党のゴタゴタを伝えている。でも、どうなのだろう。マスコミは所詮無責任な野次馬。選挙民だって、所詮は憂さ晴らしの有象無象(うぞうむぞう)。そう思いたくなる昨今の空気。投票行動に責任が伴わないはずがない。マニュフェストに騙されたというのなら、騙される貴方にも責任があるのだ。個人が覚醒してないで、政治が立てるはずもない。日本は一億総寝惚け症にかかってる。
 外に出ると、春一番が吹くのではあるまいかと思えるほどの春らしい陽気。バーバリーのトレンチコートを脱ぎ捨てたくなる。
 信濃町の慶應病院は相変わらずの混雑。呼び出しのアナウンスに耳を傾けながら、コボちゃんの朗読を楽しむ。かっきり1時間経過して、呼び出しのアナウンス。四津良平教授の診察を受ける。
 いつもと変わらず、こちらが納得するまで相手をしてくれて、感謝。高校時代のクラスメイト、今は世界的心臓外科医、四津教授と握手をして退室。外に出ると、春風が北風に変わっていて、寒かった。経堂駅を降りる頃になると、それは猛烈な強風となり、台風か、もしくは竜巻の中を歩いているような気分。まだまだ春一番には遠いのだ。
 帰宅してパソコンに向かう。TBSラジオでは米国在住の映画評論家、町山センセーのレクチャー。ジェファーソンエアプレインの『あなただけを』という名曲の本当の意味を知る。ボクは歌詞の意味など考えもせずに、こんな大それた歌を大学生バンドで歌っていたのだ。そこで歌詞を思い出し、意味を考えながら改めて歌ってみて驚く。町山センセーは旧約聖書のヨブ記についてレクチャーしていた。これはボクも知るところではあったが、八百万の神々に見守られて生きてきた我々と、土漠の厳しい自然と闘いながら生きてきた民族との信仰観の違いを感じざるを得ない。とにかく勉強になりました。
 いつもの透析。NHKラジオの「愛しのオールディーズ」でジャコパストリアスのベースを聴く。ボクもジャコに憧れてフェンダーのフレットレスジャズベースの中古を購入、練習したことがあったが、とてもボクの手に負える楽器ではなかった。でも、ジャコのベース、いつ聴いてもカッコいい。ウェザーリポートのステージでのジャコのパフォーマンスは忘れることができない。エイエンのベーシスト、ジャコパストリアス。彼がこの世にいないなんて、今でもボクは信じられない。
 当病院のFレントゲン技師は人柄のいい人物で、毎月の撮影を楽しみにしている。といっても、お見合い写真の撮影でもあるまいし、別に楽しいわけでもないが、F技師との会話が楽しいのだ。そこでF技師に質問。
「もしもレントゲン技師と喧嘩した場合、レントゲンの放射線量を倍増されたりする可能性はありますか?」
すると答えは
「ある」
これにはドキリ。実はボク、いつかあの南新宿のレントゲン技師に抗議したいと念願しているのだ。そして、来週には、その問題のレントゲン技師と対決しなければならない。やっぱり抗議するのはやめようかな。知らないうちに放射線を何百倍にされたって、こちらは痛くも熱くもならない。ただ、確実にダメージだけはあるのだ。ああ、あの人を人とも思わないレントゲン技師に一泡ふかせたい。
 帰宅して、熱いハーブティーの香りを喫すると、気分が落ち着いた。
▲ 北風を春の嵐と脳天気

0219・土・雨水(うすい)・
 本日は雨水(うすい)。これより、天から落ちるのは雨水なり、ということで、本格的な春が近づいている頃、ということだろう。でもなあ、まだ実感はありません。
 5時に起きても、あれこれ準備に忙しい朝。
 本当はアルルも連れていきたいが西新宿のパーキングはビルのエレベーター方式だから、そんな場所にアルルを残してはいけません。というわけで、アルルは本日もお留守番。クオリスで西新宿へ一直線。
 午前中の早い時刻、西新宿の病院でのエコー検査。笹嶋唯博教授に受診。この病院、笹嶋先生のおかげで大忙し。でも、その忙しさを捌くのに必死で、患者に対する配慮が欠落している。パンツひとつのボクに、廊下で着替えろ、とか、下半身丸出しで、タオルの腰巻だけの女性を検査室の外で待たせたり、どうもここの看護師長、病院の業務を勘違いしている。この時代、医療機関をサービス業と認識できないと、患者からのクレームが集中するだろう。現に、ひとりの勇気ある女性が、立派に抗議していて、気持ちよかった。
 笹嶋先生は、いつものように落ち着いて、しっかりと話を聞いてくださった。両脚のエコー検査は問題なし。笹嶋先生のゴッドハンドのおかげで、ボクは元気に歩いている。
 経堂に戻れば、今度はコボちゃんの歯医者さん。ボクらはメンテの必要な年齢になったのだ。
 昨日も今日も外出で疲れ、夕方にはベッドに倒れこむ。アルルも一緒にベッドに上がり、それを抱いて、しっかりと眠る。
 20時半からNHKラジオの土曜極楽亭に傾聴。柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)のナマ落語が聞けるはずなのだ。ラジオをつけると、お囃子(おはやし)。喬太郎(きょうたろう)師匠が自作の新作落語をやるという。外題(げだい)は『白日の記憶』。この白日とはホワイトデイのことなのだが、おかしな恋人とカッコいい上司の親切にはさまれた気の毒なサラリーマンのエピソード。3月14日は忠臣蔵で赤穂の殿様の命日。赤穂の塩とか、OLキラーとか、バラバラのキーワードが雪崩のようにオチに向かって流れていく。柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)の構成力には驚かされる。ラジオの枠内だから、時間の制約はあるのだろうが、あれで早口でなかったら満点の落語。いやあ、喬太郎(きょうたろう)の新作落語をラジオで聴けるなんて、なんたる幸せ。
 再びパソコンに戻ってあれこれ。本日は細切れの時間で、何ひとつまとまったことができないでいた。
 22時15分からはNHK「ラジオ文芸館」。再放送ではあったが、印象的な作品だったので、改めて味わえることができてよかった。この作家、おそらくは医療従事者、それも医師であると思う。医師と患者。病院という建物の中で雨に打たれない立場と、患者という雨にさらされる立場の陰影を描く。作家は想像力や空想力があれば不可能はないといわれるが、この作品はそればかりでは描けない病の実情を浮かび揚げている。この『雨に濡れて』という作品を著した「ははきみほうせい」という不思議なペンネームの作家に興味を感じた。女子アナの淡々とした語り口もいい。
 再びパソコンに戻ると、コボちゃんがラジオ深夜便をかけろ、という。面白い話らしいのだ。ラジオ深夜便の「人生私流」は森林カメラマンのトーク。彼が魅せられているミャンマーの原始林とゾウ使いのレポート。この人、語りがいいから、きっと面白い本を書くと思われる。人類と森林のこれからの関係について、強い説得力で新しい道筋を示していた。最初のうちは椅子にだらけて座っていたのだが、話が本筋に至ると、ボクは直立不動で傾聴していた。人の話を黙って聞くのは大切なこと。ラジオはそれを容易にさせてくれる。我々人間は、そうそう黙って人の話を聞いてはおられない存在なのだ。
 キジバトポッポが鳥篭に戻され、別宅からミミがやってくる。ミミ、ボクの膝に飛び乗ると、顔面をこすりつけてくる。しばらく、遊び相手がベテランネコのナンナンだったので、人間に甘えたかったのだろう。
 デブネコと料理を肴にビールを飲む。もうすぐ閉店するスーパーの特売でコボちゃんが買ってきたビールグラスがいい。BGMはそのままラジオ深夜便。作曲家、いずみたくの講演を流しているが、収録は1986年。話題が古いなあと思うのは当たり前。ボクが失明した年なのだ。いずみたく氏の作曲で、ボクがいちばん大切に思うのは『手の平を太陽に』。ご存知、やなせたかし先生の作詞である。
 アンパンマンのパーティーで、たまたま同じテーブルにいずみたくさんがおられたことがあった。話しかけるチャンスはなかったが、そのしばらく後に、いずみたくさんは逝去されている。先日の小林亜星さんも我々世代にとって印象深い曲を残しておられるが、いずみたくという作曲家も数知れぬ偉大な名曲を残していった。最近のボクは、人の仕事がよく見えて仕方がない。
 疲れていて、おまけに満腹になって、それでも永井荷風(ながいかふう)の『墨東奇譚』を聴いてから眠った。時間は2時半。明日5時に起きられるだろうか。
▲ 真珠の歯玉蜀黍(とうもろこし)の笑い顔  

0220・日・
 5時に起きられず、5時半からの当世キーワードを聞き逃す。こういった習慣となっていることを逃すのは気持ちが悪い。
 6時からは志の輔ラジオ『落語でデート』。三代目桂分朝(かつらぶんちょう)の『肥瓶』(こえがめ)。ボクのよく知っていた声であり、語りであった。小さい頃から、それとなく耳にしていた落語の数々。この年齢になって、やっとそれらの系譜がボクにも見えてきた。落語という魅力ある趣味のあることを心から幸せだと思う。
 ニッポン放送では藤沢周平傑作選朗読。先週逃してしまったため、結末に感動を覚えることができず、残念。女性アナウンサーのしっとりとして、けれんのない語り口に好感を覚える。
 TBS、文化放送、ニッポン放送のアナウンサーにはそれぞれの味がある。これは指導者の個性によるものだろう。伝統と理解してもいい。しかし、NHKのアナウンサーにはスタンダードとしての格調を期待したい。
 コボちゃんとアルルがボクのベッドを選挙している。おかげでボクの能率が落ちている。コボちゃんであれ、書斎に人の気配は禁物。けれども、イヌやネコ、キジバトは別。言葉が分かる、ということは不便に通じる。なにしろ、ボクのパソコンはしゃべるので、誰かに聞かれてると思うだけでコンセントレーションが崩壊してしまうのだ。
 ドアチャイムがしてインターフォンから女の子の声。
「クロネコですけれども、Yさんから蜂蜜が届いていますよ」
の可愛いしゃべり。ボクはドアを開く前に、必ず相手を確認するので、彼女はそれを覚えていてくれてるのだ。頭のいい彼女だが、アルバイトは3月までということで、惜しい。
 NHKラジオ、昼間のニュースと素人喉自慢をBGMにティータイム。いただいたゴディバのチョコレートを味わう。それにしても、このゴディバ、一粒で、毎朝ボクが食べているチョコレート2箱分の値段とは恐怖。その価格の開きほど味に開きがあるとは思えない。その昔、やたらとゴディバを食べていた時代を反省する。とはいえ、ゴディバという超恒久チョコレートを味わえるのも、聖者バレンタインのおかげ。
 風はないが寒い。完全防備をして外出。梅が丘の羽根木公園を目指してまっしぐら。
 以前は遠く感じられた距離が近くなったのは、最近の運動のおかげ。歩けることに感謝する。これも笹嶋唯博教授のゴッドハンドのおかげ。
 梅園の入り口には、いつものように石焼き芋。ここへくると、焼き芋の味を知っていた盲導犬のアリーナが喜んだものだった。
 梅は満開と期待していたが、そうでもないとコボちゃんがいう。アルルと一緒、梅園の丘を上っていく。梅の香りでなく、梅祭りの出店の食べ物の匂いで満ちている。犬は少ないが、人々の歩く間をカラスが歩き回っている。誰かが食べ物を落とすことを期待しているのだ。
 アルルを従え、ベンチに座っていたら、犬好きらしき女性から声がかかる。アルルを盲導犬と思ったらしい。コボちゃんが焼き鳥を買いにいって、不在だったので、ボクを孤独な盲人と誤解してくれたらしく、あれこれと親切にいってきてくれる。甘酒が温かいから、買ってきてくれるともいう。
 アルルの自慢話をしていると、コボちゃんが焼き鳥を買って戻る。空腹だったので、旨かった。近所の商店街の出店なのだろう。プロの味だった。
 頭の上でメジロの鳴き声。コボちゃんに見てもらうが、梅の枝で、姿は見えないという。梅にウグイス。でも、実は梅にメジロ。あの鶯色はメジロの体色なのである。現実の鶯は汚い茶色。鳴き声から勝手に姿を想像してはならないのだ。
 梅が丘から遊歩道を通って帰宅。途中、小鳥たちが鳴いている。こんな寒空でも、春を祝っているのだろう。
 梅が丘までの往復は8千歩。一駅2千歩とは、意外に近くて驚く。
 夜、TBSラジオでは「爛漫寄席」。漫才と漫談はちょっとマンネリ。客席が喜んでいるからって、ラジオの前の人間に受けているとは限らない。落語は昔昔亭桃太郎(せきせきていももたろう)。この人、昔は不良だったという。それを落語が救ってくれた。つまり、落語道が彼を鬼にせず、桃太郎にしてくれた、というわけ。だから昔昔亭桃太郎なのである。ボクはこの話かの大ファン。高座も拝聴しているが、この人が上がると、寄席の空気が変わる。これから、もっともっと人気が上がるだろう。
 コボちゃんが特製の味噌ラーメンを作ってくれた。「英」のラーメンとか、南新ぎゅくのチャンポンとか、旨いラーメンはいくらでもあるが、これほどの味噌ラーメンは外で食べたことがない。まあ、この豪華さでは商売にならないだろう。満腹で気持ちよくなり、早寝をする。
▲ 蛸焼きにソース焼きそば梅祭り
▲ 曇り空目白隠して梅の枝




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