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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2011年2月7日~13日
☆ 漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのものです。

0207・月・
 6時起床とは、いつもより朝寝坊。
 コーヒータイムのBGMはスタンバイ。鰻の卵の発見が話題になっている。ボクも小さいときから鰻の産卵や遡上には興味があり、浜辺で捕まえた鰻を庭の池に放したこともあった。けれども、今から考えると、あれは穴子だったのかもしれない。もしもそうであったなら、あの穴子には気の毒なことをした。
 名古屋市長選挙では現職市長の圧倒的勝利。市民の圧倒的支持。けれども、これが真実の民主主義となり得るのか。もしかしたら、市民政治ではなく、民衆政治なのではあるまいか。さあて、名古屋はこれからどこへいく。
 いつものような午前中。ランチタイムは篠田寿司の助六を食べる。旨かった。午後はパソコンを叩く。
 いつものように、透析中はテレビとラジオのニュースの梯子。トリテツに鉈(なた)を振り上げた男が逮捕される。愛知県と名古屋でトリプル選挙、トリフルエンザの猛威が止まらず。トリトリトリでトリプルニュース。頭もこんがらがる。
 トリテツといえば、ボクも世界中の蒸気機関車を追いかけていたトリテツ。だから、その気分はよく分かる。でも、迷惑をかけられる立場はどこまでも気の毒。
 愛知県や名古屋市の首長選挙。この首長(しゅちょう)をクビチョウとする言い方が流行っている。ラジオだと、それは合理的ではあるけれど、どうにも「組長」と聞こえてしまい、愛知県や名古屋市の暴力団の首領(しゅりょう)占拠かと思ってしまう。
 心配なのは新燃岳(しんもえたけ)の噴火。相手がお天気や自然では、人間に勝てるはずがない。天災だけはどうにもならない。普段、何もないということは、神様からどれだけ守られているか、その証なのである。天災に遭遇しないと、人はそのことが分からない。病気もまた同じこと。神様など、いないと豪語する人間ほど、神様の恩恵を受けているのだ。でも、そのことを知ったときは後の祭り。運命は残酷で非情。
 東京ドームシティーのコースター事故、女子アルバイトが気の毒でたまらない。結局、責任は全面的に会社にあったわけだが、当初の報道では、この女史アルバイトに事件の原因が言及された。誰が彼女の十字架を払拭してやるのか。報道の責任は重い。会社の責任はもっと重い。人件費削減と効率優先主義は、結局破局を呼び込むのだ。
 チュニジアやエジプトでは独裁政治が民衆に倒されようとしている。独裁から民衆政治へ。日本では菅直人政権の臨終が叫ばれている。市民政治へのファンタジーが崩壊しようとしている。市民政治、民衆政治。さて、民主主義はどこへいくのか。中国や北朝鮮のこれからはどうなっていくのだろう。
 日付が新しくなってからの「ラジオ深夜便」では藤沢修平作品朗読『海鳴り』。物語がいよいよ煮詰まってきた印象。カタストロフが近いのではあるまいか。
▲ 窓越しに光の春が舞い踊る

0208・火・
 5時半に目覚める。すぐにラジオをつけて、本日の運勢をチェック。それが済めば、ラジオは沈黙。朝のパソコンに集中するのだ。けれども、音声腕時計の6時55分のアラームが鳴るまで。ラジオをつければ、TBSラジオのニュース番組、スタンバイの朝刊読み比べが始まるのだ。
 「スタンバイ」はラジオ最高の聴取率を誇るプログラム。それにしても、いつも思うこと。ニュース用語、もう少し細やかで(こまやか)で懇切丁寧な解説があっていい。分からない言葉をそのままにしていると、いつまでも本来の意味を知らずに聞き続けることになる。ニュース用語は略語が多いだけでなく、最近は横文字もやたらに増えてきた。万人に伝わってこそニュース。誰もが同じ知的レベルではないのだ。若い人、お年寄り、子どもたち、そしてボクのような無教養な人間が取り残されていくのを見放してはならない。
 鳥篭から出たキジバトポッポ、歩いて新聞紙の運動場へ。途中、アルルと擦れ違う。キジバトとクロラブは立ち止まり、ちょっと見合ってご挨拶。それからキジバトは運動場へ。アルルはボクの隣へ。我が家の平和はこうして維持されている。
 NHKラジオ第二のカルチャーラジオ、「おもしろ生物学」は生き物と水の関係について。生命は水から発生した。細胞とは油の幕で囲まれた水分なのである。生き物はリアクティブ。つまり、水っぽいから化学反応が起こり続けていくのだ。この反応が停止することが、即ち「死」なのである。
 有線放送の落語チャンネル、「うきうき落語会」をBGMにランチタイム。今月前半は鈴々舎馬るこ(れいれいしゃまるこ)の特集だが、小話除夜の鐘は評価できる企画だが、落語「芝浜」(しばはま)や「初天神」(はつてんじん)の出来は悪い。早口で乱暴。狭い小屋の客にだけ受けているのでは本当の上達はない。馬るこの才能は認める。だが、たとえ不器用でも芸は大切に磨く方がいい。長い目で見れば、その方が成功する。急がば回れ、なのである。
 有線放送で繰り返し耳にする番組は、何度でも楽しめる上に、演者の欠点を暴くのにも有利。出演者はその落とし穴を知らなくてはならない。
 朝日小学生新聞の連載絵本アイディアをまとめる。これまでずっと、ボクのキャラクターたちを活躍させる物語が書きたかったのだが、こんどの企画で、それが実現するかもしれない。ヒーローとヒロインのイメージも固まった。13回分のプロットもまとまった。午後いっぱいかけて、練っていたアイディアを言葉のラフスケッチとしてまとめる。いい感触。あとは編集者の意見を待つばかりとなった。楽しい連載になるだろう。今から執筆が楽しみである。新聞の仕事は締め切りがかっちりとしているので、緊張感があっていい。
 ない頭を使ったので、疲れた。夜の食事は軽く済ませて早く眠る。
▲ ラジオから熱海あたりの梅便り

0209・水・
 5時前から起きてはいるけど、今朝は忙しい。ブラックコーヒーでハニートーストを流し込むと、外に飛び出る。すると、空からはボタン雪。顔が冷たかった。
 鈍行でもオバQ線は混雑してる。そういう時間帯なのである。代々木山下医院の待合室でコボちゃんに本を読んでもらう。今日が静かなのは、山下先生の診察日であるからだ。山下賀正先生は、じっくりと患者に向き合う。患者が納得するまで説明をしてくださる。そのため、診察時間の幅を大きくしているので、待合室が混雑しないのだ。
 本日の山下先生のご助言により、悩んでいたことから解放された気分になる。いちばんの名薬は、医師への信頼である。
 外に出ると、雪はやんでいた。いつものパン屋さんでコボちゃんが買い物をしていると、あのラーメン屋のおねえさんもパンを買いにきている。ここのパン、懐かしい味の、郷愁のパン屋さん。本日は時間が早くて、あのラーメン屋さんはまだ開いていない。残念。このラーメン屋さんだけは誰にも教えてやりたくない。既に評判の店だから、これ以上混雑して欲しくないのだ。それに、人気のメニューがすぐ品切れになってしまうのもコワイ。ああ、この次こそ、あれが食べたい、これが食べたい。
 駅への下り坂、朝日小学生新聞の連載絵本のストーリーをコボちゃんに放したら、すごく受けた。最近はボクのストーリー、コボちゃんからけなされてばかりだったので、これは希望があるかもしれない。
 経堂駅に到着すると同時に『浮雲』が始まる。ボクはポケットラジオのイヤフォンで歩きながら聴く。コボちゃんが話しかけてくる。空でカラスが会議をしている。甘坊さんで大葉入り稲荷寿司を買う。そうして、『浮雲』のストーリーは進んでいく。
 午後はパソコンに向かい、時間になったら、着替えをする。
 いつもの透析。米国の運輸省がトヨタの安全宣言をする。結局、トヨタはバッシングされたまま。もっと謝ってもいいのではないかな。米国では、出る釘は必ず叩かれる。この構図は戦前でも戦後でも変わることはない。搾取があるから不平等が起きる。自分だけ得ようとするから争いが絶えない。
 志の輔(しのすけ)の「試して合点」では、愉快なロバのエピソード。高齢で弱っていた人気者のロバ、入れ歯をしたら、たちまち元気回復。流動食も受け付けず、痩せ衰えていた体がどんどん太り、しまいにはヤギに入れ歯でかみつく始末。これは50年前の上野動物園の子ども動物園での実話。当時、ボクはこの子ども動物園が大好きで、必ず動物たちと遊んでいたから、きっとこのロバとも会っている。ちなみに、このロバの名前は「一文字号」。大切にされたのは、みんなの人気者だったから。
 昔の動物園、やっぱりゾウがいちばんの人気者。そう。おばあちゃんと会いにいったあの井の頭自然園のゾウのハナコは、今も元気でいるはずだ。動物園は夢の世界。いつまでも、子どもたちの解放区であって欲しい。
 明日の霧島地方、雨の予報が出ている。火山灰による土石流が心配されている。ことに高齢者の避難が問題になっている。インタビューを受けたおばあちゃん、
「アタシをいちばんに助けてね」
という気持ちはよく分かる。
 帰宅したら絵本の増刷の知らせ。1974年に出版したボクの最初の絵本である。おかげさまで、毎年必ず増刷の知らせをもらっている。一見、とてもシンプルに見えるこの絵本、実は大変に手がこんでいる。おまけに、キャラクターのデッサンやデザインだけで半年以上も費やしている。心をこめた作品が愛されることほど嬉しいことはない。
 ここ最近の睡眠導入剤は永井荷風(ながいかふう)の『墨東奇譚』(ぼくとうきたん)の朗読CD。けれども、当時の浅草方面の風俗が面白くてついつい傾聴しちゃうから、どんどん頭が冴えてくる。要するに、ボクは江戸情緒が好きなのだ。そういうわけで、永井荷風の睡眠導入剤はあきらめて、沈黙を枕に深呼吸。
▲ 春の雪上がれば烏舞い踊る

0210・木・
 5時に起きて活動開始。いつもの朝だが、運勢占いは停滞。けれども、気にしない。占いは自分で勝手に解釈する。
 音声腕時計のアラームで頭を切り換え、ラジオタイム。NHKラジオ第二の朗読の時間、『浮雲』を聴く。インターネットで林芙美子を検索。無知を披露して恥ずかしいが、初めて知ることばかり。昭和26年、ボクが3歳のとき、彼女は47歳で他界していたのだ。世間ではジャーナリズムに殺された、というような言われ方をしたそうだが、苦労の多かった彼女にとって仕事をすることは幸せの最も具体的な形であったのだと思う。その経歴から『浮雲』が生まれた背景も納得できた。彼女は仏印(フランス領インドシナ)に従軍記者として取材をしていたのだ。それで、現在のベトナム、当時の仏印(ふついん)をあれほどまでにリアルに描写できたのだ。林芙美子、短いが、濃密な人生であった。
 ボクが林芙美子に触れなかったのには理由がある。それは、彼女のデカダンを好まない空気がボクのつい近所にあったからだ。
 朝日小学生新聞のH記者から電話。連載絵本の第一案にOKをもらう。自分でも気に入っていたプロットとキャラクターたちだから、楽しい連載にしたい。いや、する。
 夕方になって熟睡。コボちゃんが入れてくれたハーブティーの効果である。目覚めるとNHKラジオで山本リンダが語っている。これが面白くも美しい。彼女のチャーミングな人間性に感動してしまう。伊達に芸能生活を50年も続けているわけではないのだ。ボクが山本リンダに魅了されたのは高校生のとき。それも、モデルとしての彼女に。歌手デビューしたときは、その舌足らずな歌にガッカリだったが、その数年後からの活躍は目覚しい。そして、こういっちゃうと生意気になるのだが、かなりクレバーで感性の鋭い人と見た。これからの活躍も期待できるのだが、その声の若いのにも驚いたなあ。鍛錬しているのですよ、きっと。
 で、この芸能ラジオ番組をBGMにすずらん通りの中国人のお料理を食べる。安くて旨くて本物。特に焼きビーフンの塩梅がいい。よくぞここまで繊細に、と脱帽。この店、もっと流行っていいはずなのに、ちょっと不思議である。
 ビールと料理で満腹になりながら、22時のNHKジャーナルに傾聴。明日からの雪と、新燃岳(しんもえたけ)の噴火が心配。それでも、申し訳ない。こちらは暢気(のんき)にも『草枕』を睡眠導入剤にしてベッドに潜る。すぐに眠りに落ちている。
▲ 春の雪梅の蕾に綿帽子

◇ バーチャル奥の細道コース最上川に到着、通過しました。
     次は月山。あと、79,641歩です。現在の歩数1,914,359歩。

0211・金・建国記念日・
 5時からパソコンに向かうが、夜更かしをしていたコボちゃんがボクのベッドに潜り込み、居眠りをしているので、仕事ははかどらず。襖の向こうではアルルとミミが入れろと抗議している。
 朝のニュースでは、恐竜の前足の指と鳥類の翼の骨が、親指と人差し指と中指の3本であることが発生学的に証明された。これまで異論のあった、鳥類の恐竜祖先説がこれで確定したわけだ。隣の鳥篭で餌をついばんでいるキジバトポッポも、恐竜の子孫なのである。そのキジバトポッポ、雪の振りそうな空に向かって、ボウボウと鳴いている。
 10時からはラジオタイム。体を動かしながら聴く。「お話出てこい」はたかしよいち作の童話「げんこつどろぼう」。気のいい鬼が主人公の愉快なストーリー。カルチャーラジオは「永井荷風再考」。いよいよテーマは『断腸亭日乗』である。この朗読CDをボクは愛聴してきた。日記文学の最高峰ともいわれるこの作品が、何故そう認識されるかについて解説していた。納得して傾聴する。明治の作家は文語と口語、そして漢文を使い分けることができた。それに比べれば、戦後の我々の学識の、なんと貧弱なことか。勉強してこなかった自分が恥ずかしい。
 中目黒の老夫婦殺傷事件の容疑者が逮捕される。それも福島県で。なんと、彼は高速バスで上京していたのだ。窃盗が目的というが、疑問。ボクは強烈な憎しみを事件から感じている。この容疑者の川崎時代に事件の布石があると見ている。しかし、すごいのは防犯カメラの威力。犯罪抑止力として、これからますます防犯カメラが増えていくことだろう。そうなれば、ますます監視社会になり、ますます警察の能力が落ちていく。
 雪が降ってきた。積もるのを覚悟して、雪ブーツを履き、完全武装で外出。雪は水っぽく、積雪はまだない。
 休日の透析は15時から。18時からは、NHKラジオでKディレクター制作の「大人の補修授業」の俳句ラジオ、「俳句・虎の穴」。声優の古谷徹(ふるやとおる)氏を俳句の先生が「あんた」呼ばわり。若者であろうと、ベテラン声優であろうと、差別しないコミュニケーションのやり方が笑える。俳句は兼題と席題の二部構成。兼題はシャボン玉。席題は猫の恋。全国から集まった俳句は傑作揃い。日本人は一億が俳人とメタモルフォーゼ。若人から老人まで、誰もが松尾芭蕉になっている。全開のラジオ俳句と同じく、今回も、あまりに基礎過ぎて、誰も教えてくれないようなことに触れ、改めて俳句を面白いと思った。Kディレクターに拍手。
 雪道を歩いて帰宅する覚悟だったが、雪は積もらず。コボちゃんがクオリスで迎えにきてくれた。
 ラジオ俳句が終われば「新話の泉」。我らが家元、立川談志(たてかわだん)師匠が出演。ミッキーカーチスを筆頭に、いつもの豪華メンバー。この夜、特に面白かったのがミッキーさん。力道山(りきどうざん)とのエピソードは強烈で、力士やプロレスラーの体力が人間離れしていることに、改めて驚愕させられた。「新話の泉」、次回も楽しみである。
 それにしても、渡辺あゆみほどのアナウンサーでも、正確に発音できない単語があるのに驚く。この百戦錬磨のメンバーの前だと、渡辺あゆみもただの無知な人になってしまう。
 さて、談志家元が田辺禮一さんについて触れられていたのには感動。田辺禮一氏にはボクも大変お世話になった。談志家元にとって、最大の恩師は田辺茂一(たなべもいち)氏。禮一氏はそのご子息で、同じく紀伊国屋書店の長。落語マニアのボクもお世話になった人で、そもそもはNHKの著名なスポーツアナウンサー。現役を引退され、紀伊国屋書店を引き受けられたのだ。ボクは青木裕子アナウンサーのお引き合わせで、それ以来、ずっと可愛がっていただいた。そのお葬式のとき、ボクは談志家元から優しいお言葉をいただいて、猛烈に感激したことがある。立川談志、想像を絶する人情家。心の底から優しい人物である。
 旨い稲荷寿司をつまみながら上方演芸会(かみがたえんげいかい)を聴く。アメリカザリガニ、勢いはあるが、まだ練れていない。どうも最近、東京漫才の方がいいように思えてならない。関西人は最初からしゃべくりが面白いから、そこに満足してしまうのではなかろうか。東京漫才は不器用なだけに、しゃべくりに努力を感じてしまう。まあ、東西漫才、ボクはどちらも好きである。
 雪と火山の心配をしながら眠る。
▲ 積もるなよ傘に重たいボタン雪

0212・土・
 5時から起きて動いているが、どうにも眠くて仕方がない。午前中は、うつらうつらしてしまう。
 エジプトのムバラクが辞任した。民衆は狂喜乱舞。統治権は軍部に委譲されたが、エジプトの未来、どこへいくのか。独裁を倒した民主主義について、新しい試みと実験の時代がやってきた。地球上の民主主義、さあ、どこへ向かうのか。
 月刊「ラジオ深夜便」イラストレーション4月号の下絵。午後はパカパカ行進曲をBGMに。夜はNHKラジオの土曜極楽亭をBGMに。
 極楽亭では立川志らく(たてかわしらく)が俳句教室をやっている。この人の俳句論も傾聴の価値あり。
 22時15分からのNHK「ラジオ文芸館」は宮本輝(みやもとてる)の『五千回の生死』という作品。一人称の語りで進んでいくのだが、ダイアログも大阪弁で、全体に大阪の埃っぽく(ほこりっぽく)乾いた空気が伝わってくる小説だった。乾いたというのは、季節が零下の真冬だから。登場人物がすべて不思議で不可解。それをラジオ文芸館が見事なエンターテイメントに仕上げていた。先週といい、今週といい、ラジオ文芸館、昔の格調が復活している感じ。面白かった。
 サントリーのブレンドウィスキー「響」12年ものををハイボールにして、オペラというチョコレートケーキで飲む。BGMは有線放送の落語チャンネル。桂米朝(かつらべいちょう)の語る『ふたなり』。志ん生(しんしょう)でしか聴いたことのない珍しい出し物であった。昔の録音であろう。元気のいい米朝(べいちょう)師匠であった。
 下絵に半日以上もかかってしまったので、日付が変わってからの睡眠だが、明日も5時に起きるつもり。
▲ 春の雪熱い紅茶はいかがかな

0213・日・
 5時に目覚め、パソコンに向かう。気になっていたメールがいくつかあって、誠意をこめて返信をする。途中、NHKラジオの「当世キーワード」に傾聴。ところが、思い出せるキーワードがない。これはボクの記憶力の劣化のせいなのか、それとも記憶すべき言葉がなかったせいなのか。
 再びパソコンに集中。少し夢中になり過ぎて、いつもの日曜の朝のラジオを忘れてしまう。志の輔(しのすけ)も藤沢周平も逃してしまった。ことに藤沢作品朗読は連続朗読なので、来週が心配。
 日差しを感じる。いい天気なので、午後から散歩に出る。ところが、なんと冷たい北風だろう。さすがのお日様も負けそうである。それでもアルルを促して早足で豪徳寺まで。ポケットラジオはNHKの素人喉自慢を鳴らしている。今週は採点が甘く、次々に合格の鐘。でも、ひとりだけ、最近にしては珍しい超弩級(ちょうどきゅう)の音痴が熱唱。久しぶりに聞く鐘ひとつ、カーン!
 世田谷線山下駅前の花壇でアルルにおやつをあげる。けれども、ボクらは寒くてコーヒーを楽しんでいる余裕がない。すぐさまUターン。
 いつものワンちゃん姉妹に吠えられながらの帰り道。遊歩道に入ったら「アルル」と声がかかる。同じ建物の幼稚園児、テンリ君だった。
「アルル、大きくなったねえ」
 テンリ君がいうと、コボちゃんが
「違うわよ。アルルはね、太ったの」
と答える。
「それよりも、テンリ君の方が大きくなったわよ」
 アルルにじゃれつかれて泣いていたテンリ君も、もう5歳になるのだ。
 アルルを乗せてクオリスで明大前へ。このクオリスというのは我が家の愛車。というか、たまたま予算との相性がよくて入手したセコハン。以前の、オーストラリアから逆輸入のマグナこそ、我が家の本当の愛車だったのだが、とうとう本物のポンコツとなり、アリーナの思い出を乗せて廃車となった。それで、このクラスの大型ステーションワゴンを探していたら、たまたまクオリスに遭遇したのだ。けれども、このクオリスはコンピュータの塊みたいなクルマで、ボクは好まない。コボちゃんも好まない。なにしろ、ずっと20世紀の中古車に乗っていたのだから、21世紀に生産されたクルマとは相性が悪いのだ。とはいえ、トヨタマークツーのクオリス。マグナほどのパワーも居住性もないが、アルルは後部座席全体を床にして、ドライブを楽しんでいる。
 18時半開演、キッド・アイラック・アートホールで暗黒対談は、窪島誠一郎VS小林亜星(こばやしあせい)。フルート演奏家の安いマリさんが、ボクと青木裕子さんの座席を確保するため、並んでいてくれた。安井さんと最前列の座席を確保。白ワインを飲んでいると、青木裕子さん、登場。みんなで飲んで開演を待つ。でも、安井さんの飲んでいるのはウーロン茶。
 さて、小林亜星(こばやしあせい)さん、本当に頭脳明晰で素敵なお人柄。さすが、慶應義塾の大先輩。おまけに頭脳明晰なのも当たり前。慶應高校から医学部へ進学。つまり、亜星さんはトップから7人に選ばれる資格を有していた、ということなのだ。もちろん、そんなこと自慢したりはしない。ただ、ボクが事情を知っているということ。そして亜星さんは自らの粗忽を認め、医師になることは危険と判断、経済学部へ編入したのであった。
 あの有名なレナウンの『わんさか娘』のCMソングなど、ボクと安井さんは思わず亜星さんの目の前で歌って、亜星さんに喜ばれた。まだ覚えている人がいた、と。でも、忘れる方がよほど信じられない。それほど一世風靡したCMソングなのである。
 窪島さん、
「あのうるさいのがエム ナマエ」
といいたいのだろうが、そこは抑えて、それとなく対談相手にボクを紹介していた。絵と楽器の関係についての談話でも、わざわざエム ナマエを引き合いに出してくださり、配慮のあるところをを見せている。そうなのだ。大物の対談に、ボクなど入る余地はないのである。
 亜星さん、戦時中は非国民の名前といわれた。亜星の亜は亜米利加(あめりか)の亜。亜星の星は星条旗の星。でも、この名前には深い所以があるという。また、太平洋戦争勃発について、独自の論を展開されていて、ボクは共感を覚える。そうなのだ。あの当時、日本人全体が戦争を望んでいたのだ。民主主義でなくって、民衆主義。今だって、政権はポピュリズムの上に立っている。カリスマが現れれば、たちまち独裁者が仕立てられ、同じ過ちが繰り返される。今もその可能性は大なのだ。
 トークが終わって、窪島さん、亜星さんに青木裕子さんとボクを紹介してくださった。握手をしてくださった亜星さん、意外にも小さくて繊細な手をされていた。
 青木さんのタクシーに同乗させてもらい、帰宅。今夜のあまりの寒さに食欲も吹き飛び、全身が冷えてしまって、羽根布団に潜り込む。まだ時間は早いが、そのまま寝てしまった。
▲ 鼻水や光の春の痩せ我慢



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