全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2010年5月10日~16日
0510・月・
 「いせや」、山下の柏餅は最後のひとつとなっていた。味噌餡を楽しみにしていたのだが、気候が温かくなったので、残念なことに食べられなくなっていた。無添加ということは、つまりそういうことなのだ。昨日のうちに食べておけばよかったと後悔する。
 5月に入ってからずっとハードスケジュールだったので、一気に疲れが出ている。なかなか仕事に集中できず、頭もハッキリしない。
 スタジオクラスターのボス、青木岳志カメラマンから連絡がある。軽井沢朗読館の写真数百枚とデータのCDロムを送ってくださるとのこと。青木裕子さんの分もあるという。感謝。
 14時、月刊「ラジオ深夜便」の編集部、岩坂さんくる。ゆめぞうの締め切りなのだ。アルルとミミが岩坂さんを大歓迎。今回のイラストレーションはゆめぞうの天体観測だが、岩坂さんに人目で天体望遠鏡と分かっていただき、安堵。全盲のイラストレータとして、いちばん難しい題材は機械類である。岩坂さん、WWFのTシャツデザインに感動してくれた。彼女はあの絵で、外国のジャングルクルーズを思い出したという。岩坂さん、驚くほど世界各国を旅して歩いている。
 岩坂さんを送り出すとき、電話が鳴る。銀行からの保険の勧誘だが、断ったのに執念深くて迷惑。思わず声を荒げてしまう。これはボクの偏見であるが、銀行という商売、あまりいいとは思えない。
 本日のトップニュースはサッカー日本代表メンバーが決定したことらしいが、ボクはまるで興味がない。視覚障害者にとって楽しめるスポーツというのは、やはり情報ゲームの野球である。
 アップルのアイパッドの予約に行列ができているという。けれども、柳家一琴(やなぎやいっきん)、三之助(さんのすけ)情報によれば、アイフォンなどは6月まで待った方が賢いとある。アイフォンもアイパッドもソフトバンクの支配下にあるが、総務省がシグロックフリーを模索している気配があるので、もう少し待つ方が賢明なのかもしれない。とはいえ、タッチスクリーンのハードはボクとはまるで無縁である。
 いつもの透析。透析のある日
の夕食は透析室のベッドで食べるのであるが、これが悪くない。ときとして不満な献立もあるが、まずはOKの食事である。で、本日のメニューは玉子豆腐に野菜天麩羅盛り合わせと魚の照り焼き、獅子唐(ししとう)添え。もちろん、吸い物がついている。さて、この魚にくっついてきた獅子唐だが、間違えて唐辛子と結婚してしまったかなりオッチョコチョイな個体だったらしい。その辛いこと辛いこと。口に入れた途端、口の中が火事となり、咳き込んでしまった。なんとか呑み込んだが汗がどっと出てくる。唐辛子とハーフの獅子唐に遭遇したのは 何年ぶりのことだったろう。
 NHKラジオ寄席「真打競演」はフリーパーという漫才。普段はコンとをやっているらしいが、ラジオでのアクションは伝わらないので、漫才風におしゃべりを中心に演技。新しい芸人は歓迎だ。民謡万段は竜月三郎(りゅうげつさぶろう)。この人、三味線も歌も超一流。NHK素人喉自慢(しろうとのどじまん)から民謡日本一、でなくって、残念ながらの日本ナンバーツーになったらしいが、見事な芸である。実際の高座も何度も拝聴しているが、寄席の中で、音曲(おんぎょく)は空気を変える貴重な存在。落語は桂米助(かつらよねすけ)。今夜は野球万段ではなく、古典落語の『看板のピン』を演じていた。やはりベテランである。いい味を出していた。
 病院からの帰り道、クオリス車内にジャスミンの香りが流れ込んでくる。あまりに強い香りに、頭がくらくらする。良い香りというものも、適度がいい。
 帰宅してエビスビールのシルク、というやつを飲む。アサヒでいえば、スーパードライに該当する商品であろうか。でも、やはりボクはサントリーのモルツがいいなあ。と思いながら、ラジオ深夜便の藤沢周平作品朗読に傾聴。『海鳴り』の第五回。次第にドラマが見えてくる。週に一度の短い時間だが、これが楽しみになってくるのだから、みんなが連続ドラマを楽しみにする気持ちは理解できる。
▲ 酩酊は夜の都会に香る花

0511・火・
 いつもの時間に目覚め、ルーティーンワーク。コーヒータイムにおいしい苺(いちご)を食べる。アルルのお皿にも分けてあげる。コボちゃんはキジバトポッポを解放してから仕事に向かう。鳥篭からはばたき出たキジバトポッポはゴキゲンに新聞紙を歩いている。
 午前中は机に向かい、スケジューリング。けれども、どうにも集注できず、マッサージチェアにあたる。BGMは有線放送の落語チャンネル。柳家小さん(やなぎやこさん)、柳家小三治(やなぎやこさんじ)の師弟が次々にかかっていた。小三治(こさんじ)は『お茶汲み』(おちゃくみ)。枕は音の話題。小三治師匠がまだ二つ目の頃、独演会にいった青森の公民館で、当時まだ無名だった高橋竹山(たかはしちくざん)の楽屋での津軽三味線を聴いた話であった。その音色に見せられた小三治師匠であったが、舞台でマイクを通して聴くと、その魅力は半減していた。オーディオマニアで知られる小三治師匠であるが、電気を通した音に対する見識は鋭い。この小三治師匠、浅草演芸ホールの音響について、どのようなご意見をお持ちか興味がある。
 まだこのブログでは伝えてないと思うが、ボクの幼馴染、「いせや」の亭主は、小三治師匠とはオーディオ仲間である。高田馬場の住人同士ということもあって、お互いのオーディオルームを訪問し合っていたと聞く。「いせや」のオーディオルームには、あの長谷川きよし(はせがわきよし)も興味を持ったというが、あまりに危険な空間なので、訪問は実現しなかった。
 午後はパソコンに集注。空腹感がなく、食事もせずにパソコンに向かっている。ただ、疲れが体中に残っていて、仕事がはかどらない。雨という天気の影響もあるのだろう。
 今度の参院選、またまたスポーツマンやタレントが立候補するらしい。しかし、ピークを過ぎたスポーツマンや、売れなくなったタレントが政治家に転校する、というのはいかがなものか。政治家はそれほど安易な課業ではないはずだ。
 帰宅したコボちゃんが、早く病院にいこうとボクをせかす。どうやら曜日を間違えているらしい。今日は透析のない日だと分かると、途端に安心した様子。そうやって、コボちゃんの透析室への送迎で、ボクの命は維持されているのだ。
 スタジオクラスターから宅急便が届く。青木岳志カメラマンによる軽井沢朗読館の柿落とし(こけらおとし)のアルバムである。コボちゃんが開封すると、軽井沢朗読館の壁にはめこまれている銀色のプレートの写真があった。それにはエム ナマエと深尾精一の名前が刻まれている。最後に朗読家、青木裕子とある。NHKを退職した後の青木裕子さんの決意が伝わってきて心が洗われる気持ちがする。それにしても、そのプレートに自分の名前があること、青木裕子さんのボクに対する過分な評価で、嬉しいような恥ずかしいような不思議な気分である。
 夕食をしたら、途端に睡魔。熟睡してしまう。目覚めてからパソコンに向かった。
 TBSラジオの「DIG」ではデジタルブックの話題。キンドルにせよ、アイパッドにせよ、これまでの出版業界を揺るがす地震や津波であることには間違いない。ただし、ジンボクンこと神保哲生(じんぼてつお)氏によれば、デジタルブックの黒船襲来は、従来の出版業界に巣食っていた害虫駆除に役立つという見解もある。いずれにせよ、紙の書籍が地上から消えることはないだろう。本には存在という価値があるのだ。デジタルはインターフェイスが機能しなければ、地上から消滅してしまうイリュージョンである。単なる1と0の羅列である。アナログは神経につながるが、デジタルが神経につながることはない。デジタルは人間の神経系からは独立している。と、これはボクの屁理屈(へりくつ)かなあ。
 夜中までパソコンに向かっていたら、今度は眠れなくなった。早起きして仕事をしようと思っていたのに、けっきょくは寝過ごすことになる。雨はバイオリズムを狂わせる。
▲ 留守宅や雨音だけが来訪者

0512・水・
 最近すっきり目覚めない。天気がはっきりしないせいだろうか。けれども朝の苺(いちご)はおいしかった。アルルもぺろりと3粒食べた。
 マッサージチェアにかかり、届いた朗読CDを聴く。作品は田村泰次郎(たむらやすじろう)の『肉体の門』。敗戦直後の東京を舞台に売春婦たちの暮らしを描いた、当時の問題作。膝に乗ったデブネコ・ミミの頬擦り攻撃を受けながら聴いていたら、とある女優の顔がいきなりアップで浮かび上がった。そうだ。この映画をどこかで観たことがある。おそらくはテレビだったろう。敗戦直後の生まれとはいえ、その風景や風俗を克明に覚えているわけではない。けれども、その当時の匂いは記憶の底に深く刻まれている。心情的焼け跡派(やけあとは)のボクは、何か遠い懐かしい匂いを感じながら、しばらくの時を過ごした。
 日本点字図書館の展覧会は9月に決定。朗読家となった青木裕子さんとのコラボも企画されている。今度は指笛抜きでやりたい。
 透析までの時間、パソコンに向かう。いつも時間がなくなってしまい、創作活動に集注できないでいる。天候のせいにするのはずるいと思うが、何か頭がスッキリしない。これは天候ではなく、年齢のせいかもしれない。とはいえ、情熱だけは衰えていないことが自分への救い。とりあえずはバイオリズムのせいにしておこう。ブログへの原稿も停滞したままであって、とても気になる。
 いつもの透析。なんとなく野球を聴いている。敗北した巨人軍の監督がピンボケのコメントを発していた。
 FM-J-WAVEのジャムザワールドに毒入り葡萄酒事件の弁護士が登場。この死刑判決も強要された自白が決定的証拠とされている。やり直し裁判の過程を見る限り、日本はまだまだ法的な発展途上国であるらしい。お上絶対主義がはびこっている間は、この国の民主化は遠いだろう。
 ニュースに耳を傾けるが、心ときめくニュースがない。むしろ、馬鹿の繰り返しで、落胆することばかり。それでも、希望を捨てず、情熱に生きている人は少なくないはず。ひとりひとりがここに生まれたことの奇跡を心に年次て生きて欲しい。それさえ分かれば、人生はOKといえるのだ。いや、それに気づくことが人生の意味なのかもしれない。
 帰り道、驚くほど外気温が下がっている。予報によれば、明日の朝は内陸で霜が降りたり山では雪が降ったりするらしい。この春は夏と冬の往復で終わってしまう様子であり、何か大きなイベントを逃したような気分がする。
 アクセスがなくなった影響で、TBSラジオがつまらない。だから落語のCDをかけて、早く眠るのが楽しみになってしまった。なんか、世界中が元気を失ったような気がするが、本当はボクに元気がないのかもしれない。
▲ この春は夏と冬との繰り返し

0513・木・
 毎朝、コボちゃんがバナナの皮をむいてボクに差し出す。ボクはその先端を一口だけかじらせてもらうのだ。ボクはバナナが大好き。けれども、ボクがバナナ一房をを食べたら、心臓停止で確実に自殺は成功する。透析患者にとってバナナは毒薬なのである。でも、一口だけでも、バナナを食べられるのは幸せ。
 解放されたキジバトポッポが足元を歩き回るマッサージチェアで、古今亭志ん生を聴く。虎は死んで皮を残す。名人は死んで録音を残す。21世紀に志ん生を味わえる幸せ。
 肩がほぐれたので仮眠。しばらくの間、夢の世界で遊ぶ。午後からは集注して仕事。パソコンに向かう。
 天気がいいので窓を全開にして原稿執筆。すると、遊歩道か向かいのビルで作業をしている音が聞こえる。若者たちである。どこのお国言葉なのか、それとも外国語なのか、ボクにはよく聞き取れない早口。何かしゃべっているのだが、どうも遊びか何かの話題らしく、笑い声ばかりが窓まで上がってくる。おまけに鉄材を運んでいるらしく、その乱暴に積み上げる音や、触れ合う騒音が鋭く、気分を不愉快にする。若者たちは学級崩壊世代なのか、仕事と遊びの境界線が曖昧な様子。こうした仕事っぷりは好ましくなく、応援する気になれない。自分たちだけが仕事をしているのではない。やはり、社会人としてのたしなみだけは身につけてもらいたい。まあ、いちばん問題なのはリーダーの人間力と、雇用主の器量である。
 爪切りをするので、BGMにTBSラジオをつけたら、キラキラをやっている。リスナーからのメールを読んでいるのだが、愛犬が散歩中の主人にヒザカックンをするとある。特に赤信号で待機しているドライバーたちの注目を浴びる横断歩道でこれをやらかすらしい。すると、ドライバーたちは全員苦笑。なにしろ、犬にヒザカックンをされている飼い主である。面目丸潰れ。この愛犬、クロシバとビーグルのミックスらしいが、さぞや賢くて可愛い犬だろう。動物好きの小島慶子、滅茶苦茶に受けていた。
 中部盲導犬協会に「ありがとう」の400文字原稿と画像データを送信する。今年は中部盲導犬協会創立40周年。ボクはイラストレータデビュー40周年。何か縁があるような気がする。「ありがとう」の言葉は盲導犬アリーナと河西光所長に捧げるべき言葉。この「ありがとう」の短い原稿は、今年の秋に開催される記念行事に配られる記念誌に掲載されるらしい。もちろん、ボクも名古屋に駆けつける。
 夢中でパソコンを叩いているとすぐに時間が通り過ぎる。帰宅したコボちゃんが郵便物を読んでくれる。NHKの甲府から絵本『あしたのねこ』をテレビで紹介するという知らせ。その許諾を出版社を通じてしなければならないが、もちろんOKである。この情報、石和図書館の雨宮司書からも、NHK甲府の阿部陽子アナウンサーからも届いている。阿部陽子アナウンサーとは軽井沢朗読館で会ったばかり。渋谷のNHKにいた頃は一緒に飲んだこともあるが、この仕事は偶然の出来事である。彼女と飲んだ理由は、ボクが阿部陽子アナウンサーの朗読のファンであるからだ。
 アルルを連れてコボちゃんと豪徳寺へ散歩。寒いので冬用の革ジャンを着る。それでも、じっとしていると寒いので、猛烈に歩く。黄昏時ではあるけれど、アルルと盲導犬ごっこをする。いつものコースをぐるりと回り、帰宅すると、コボちゃんはダウン。ボクのベッドで高いびき。ボクは集注して17文字原稿を仕上げる。けれども、送信できたブログ原稿は4月30日までの分。
 コボちゃんとビールで乾杯して萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)の小説をBGMに眠りに就いたのは午前2時過ぎだった。
▲ 援護なし鳩が一羽で風に舞う

0514・金・
 腕時計のアラームできっちり目覚める。パソコンに向かい、ルーティーンワーク。朝のブラックコーヒーとバナナ一口がおいしい。天気がいいので窓を全開にしておくと、以外に風が冷たい。キジバトポッポは鳥篭で豆をついばんでいる。
 パソコンに向かっていると、今日も遊歩道が騒がしい。誰に雇われているか知らないが、あまり心意気のいい職人さんたちとは思えない。せっかくの五月晴れが台無しだ。
 外が静かになったので、昼間は横になって頭を休める。うとうとしたら、キロンが死んだ夢を見て泣いてしまう。目覚めてネコドモを捜すと、ミミは敷物の山で牢名主をやっているが、キロンが見当たらないので、少し心配になる。まさか、正夢ではないだろうな。既に老猫となり、病気があって、何度も死にそうになったキロンである。よくここまで生きていると思うが、盲導犬アリーナが連れてきた忘れ形見のネコであるから、病気でも元気でいて欲しい。妖怪物語(ようかいものがたり)に出てくる怪鳥(かいちょう)のような鳴き声はなんとかしてもらいたいが、仕方がない。と思っていたら、どこかでその怪鳥(かいちょう)のような雄叫び(おたけび)が聞こえてきて、鈴の音高く現れて安堵する。
 明日のことで下村健一氏と小森まなみちゃんから電話がある。ケンちゃんは珍しく風邪をひいていて、この声では明朝のサタズバのナレーションは無理だろう。
 15時までパソコンに集注。それからラジオを点けてキラキラの町山レポートを聴きながら筋力運動。お風呂ラジオが壊れているが、まだ使えるので、風呂場に持ち込み、シャワーを浴びる。もう防水効果(ぼうすいこうか)がないから、いつ鳴らなく(ならなく)なっても不思議ではない。
 髭剃りと着替えのBGMはデイキャッチ。宮台真司先生が地域社会のあり方について語っている。拝金主義を卒業し、人と人との絆を育てていかなければ、これからも老人の孤独死は増えていく。金の切れ目が縁の切れ目であるような風潮に歯止めをかけなければならないと語る宮台先生には同感である。これまで、ずっと友人たちに助けられてここまで生きてきた。頼れるのも友人である。そんな人間関係で、ボクも誰かの助になれるような人間でありたいと願う。
 野球中継は広島楽天がダラダラとした試合をやっていて、上方演芸会が放送中止になったのが不満。もっと真面目に野球しろ。
 夕方のデイキャッチの話題ともリンクするが、子どもの前の危険に蓋をして、危険を体験させないと、もっと危険なことになる。今の子どもたちは燃え盛る(もえさかる)炎(ほのお)を日常的に見ることがない。焚き火(たきび)もなければ、ガスコンロも消えつつあるからだ。炎の危険を知らない子どもたちにはライターの炎はタブーとならない。だからライターの悪戯による火災で犠牲になる子どもたちが絶えないわけだ。保護されて育てば、決して人間力(にんげんりょく)は育たない。
 いつもの透析より帰宅すると、ホームページを通じて執筆の依頼。留守電にメッセージがあったので、ラジオパーソナリティーのまなみちゃんに電話をかける。彼女はプライベートも仕事も、まるで表情が変わらない。彼女や小俣雅子(おまたまさこ)さんを見ていると安心する。本物は決してファンを裏切らない。
 久しぶり、太宰治を聴く。やはり気持ちのいい文体である。
▲ 雑音は五月の風の聞き流し

0515・土・
 朝はTBSテレビ、下村健一のサタズバレポートだが、寝坊をしてしまった。昨日のケンちゃんからの電話では、かなりの風邪声だったので、本番を心配していたのだが、番組は無事終了したのだろうか。
 パソコンに向かい、ルーティーンワーク。鎌倉春秋社からのイラストレーション執筆依頼メールに返信をする。
 太陽は高くなっているが、豪徳寺へ散歩。途中、経堂すずらん通りのパンの「木村屋」に寄る。隣の和菓子屋「甘坊」(あまぼう)の若旦那(わかだんな)、というか、はるか昔の若旦那と言葉を交わす。一度倒れた彼だが、すっかり元気になって、若旦那から本物の旦那になって久しい。目が見えている頃からの付き合いだから、顔を知っている数少ない知り合いのひとり。
 パン屋の前でアルルと待つ。するとコボちゃんが店内から顔だけ出して、あれは食べるか、これは食べるかと、あれこれ聞いてくる。ボクは最初からパンには興味がないのだ。
 遊歩道まで戻り、豪徳寺へ一直線。逆方向からきたものだから、いつもの柴犬たち、猛烈に吠え立てている。笑う。駅前花壇に座ってサンドウィッチの朝食をしようと思ったら、町のボランティアらしきおばさんたちが、花壇の花を抜いている。死にかかった花たちと土の匂いがするので、駅の南側に出る。まだ掘り返されていない花壇に座り、アイスコーヒーでサンドウィッチを食べる。日差しが強いので、日陰になっている向かいの歩道にアルルを座らせておいたら、鼻をくんくん鳴らしている。暑くても、やはり傍にいたいのだ。
 それにしても乾いたいい空気。日差しは夏であるが、乾燥した空気のおかげで、まるでケニアの高原にいるような気分。湿度が10パーセント下がると、体感音頭は1度下がるとか。
 花壇に座っていたら、ケンちゃんから電話。やはり風邪声である。けれども、今朝のテレビ本番はOKだったとのこと。どの程度のOKだったのかは、聞けなくて本当に残念なことをした。風邪なので、今夜のパーティーは欠席すると木村裕一に伝言を頼まれた。
 帰り道、コーギーのコロちゃんに出会う。アルルと早速遊び始める。コロちゃんの飼い主さん、アルルを盲導犬と思い込んでいる。知らない人から見ると、いかにもアルルは盲導犬らしい振る舞いをしているのだ。ボクはその飼い主さんに服従訓練の大切さをお伝えした。
 帰宅してからパソコンに集注。依頼されている絵本のテキストが浮かんだのである。いい調子で書いていたら、窓から騒音。土曜日の昼休みだというのに、遊歩道の向かいでは、例のあの工事である。何をやっているか知らないが、本当にうるさい。くだらないおしゃべりと鉄材を投げつける金属音がマンションとマンションの間に反響している。硬いコンクリートの中には柔らかい人間という存在があるのだ。デリカシーのある仕事をしてもらいたいものである。
 15時を目指して木村裕一宅へ。日差しと風邪が気持ちよく、アルルはドライブ気分になっている。
 木村裕一宅の門でラジオパーソナリティーの小森まなみさんが迎えに出てくれる。彼女は10年来の仲良しで、いつも親切にサポートをしてくださる。最近では木村裕一氏とも共通の友人なので、このパーティーにきてくださったのだ。アルルはコボちゃんと戻るのが不満らしく、当然のようにボクとパーティーに参加するつもりでいたらしい。後でコボちゃんに聞いたところ、かなりご立腹だったとのこと。
マグロの解体
 本日ののべ参加人数は120人とか。50キロのホンマグロの解体ショウは既に始まっていて、ホンマグロは刺身になっていた。しかし、同じホンマグロといっても、個体によって味が違うのはどうしてだろう。鮮度や冷凍技術の差は大きいと思う。まなみさんが本当に親切にサポートしてくださるので、ボクは安心。誰かと夢中でしゃべっていても、どこかでしっかりと見守ってくれている。でも、さすがはラジオパーソナリティーで声優のまなみさん。ドラエモンのジャイアンの声優さんたちと、アドリブでいろいろなパフォーマンスをしてくださる。
木村裕一氏
 本日の参加メンバーは絵本作家、編集者、図書館員、女子大生、絵本講座のメンバー、声優さんたち、ご近所と幅広い。ファンだったらヨダレが出そうな高名なアーティストたちが集合(しゅうごう)しているのだ。ダイアンの作者、イラストレータの池田晶子さんとは1年ぶりの再会。童心社の池田陽一編集長と並んでボクの前に座り、ボクはふたりの池田さんとおしゃべり。ダイアンの作者とはもちろんイヌネコの話題。
 ご近所の、中学生だったマユちゃん。今は大学をねらう高校4年生。この人には個展にもきてもらったが、かなり優れた個性と感性がある。
 三鷹図書館のいわまけい子さんにマッサージとストレッチの指導を受ける。この人のいうこと、東京女子医大の新城孝道(しんじょうたかみち)先生に共通する部分がある。彼女、絶対に整体のプロだと思う。
 新人絵本作家のみきすぐるさん、学生時代にボクを題材にしたドキュメンタリーを見たとのこと。彼のニチゲーでの同級生、ボクの親友の息子で、生きていくということは、縁と縁との出会いである。みきさん、アニメーションの仕事をしながらの作家活動。今度、最初の単行本が出るとか。
 柳家禽太夫(やなぎやきんだゆう)師匠と挨拶。先日の浅草演芸ホールでの出来事を語り合う。そこへスピーチを指名されたので、ずっと落語談義をしてしまった。禽太夫(きんだゆう)はボクが敬愛する柳家一琴(やなぎやいっきん)の兄弟子で、このふたりの真打披露(しんうちひろう)パーティーでは、小三治(こさんじ)師匠と並んでスピーチをさせていただいたのだが、あんなに緊張したことはなかった。で、このスピーチのシメは、落語と木村裕一をよろしく、だった。
 小森まなみさんが彼女持参の見事な苺を食べさせてくれた。美味だった。楽しく談笑しているうちに、あっという間に夜が更けていく。まなみさんはご自分の運転で家路へ。感謝して見送る。
 その後、絵本講座の若い女性と熱く語り合う。彼女がボクをコボちゃんの運転するクオリスまで誘導してくれた。木村裕一氏とスタッフが見送りをしてくれたが、絵本作家の宮本えつよし氏によれば、彼女はどうやら可愛い女の子であるらしい。
 クオリスに乗ると、アルルが歓迎してくれる。カーラジオからはNHKラジオのラジオ文芸館をやっている。山本周五郎作品だが、途中からだと何が何だか分からない。
 帰宅してビールの飲み直し。パーティーでは、缶ビールがすぐになくなってしまったのだ。いい気持ちになって、太宰治を聴く。たちまち熟睡していた。
▲ 50キロ解体されて腹の中

0516・日・
 朝6時からは文化放送の志の輔(しのすけ)ラジオ『落語でデート』だが、二日酔いで起きられず、逃してしまった。ゆうべ、帰宅してからの缶ビール500ミリリットルがいけなかったかもしれない。なにしろパーティーではチャンポンをしてしまったので、正確な酒量が把握できていない。二日酔いで気分が悪いことはボクとしては、あまりないこと。
 キジバトポッポを窓辺に解放してから豪徳寺へ朝の散歩。途中、アルルは上手に盲導犬をする。すると、向かいからエアデールテリアのラナちゃんがくる。けれどもアルル、勤務中だったので、ラナちゃんと遊ばない。ラナちゃんもボクの背中に隠れて、アルルの様子を見ている。それでアルルはラナちゃんの飼い主さんに褒められた。ラナちゃんの飼い主さんは、ボクの尊敬していたスポーツジャーナリストのお嬢さんである。昔のTBSラジオで大活躍だったが、亡くなられてから久しい。今後、あれほど高潔(こうけつ)なスポーツジャーナリストが出てくることはない、とボクは思っている。
 ラナちゃんと別れて、アルルはまたまた盲導犬。ユリの木公園の横を歩いて豪徳寺へ。昨日のおばさんたちの活躍で、花壇からは花が消えていた。
 帰り道、どうも元気が出ない。アイスコーヒーに糖分を入れなかったことを後悔する。この症状は低血糖に違いないからだ。帰宅してオロナミンCで糖分補給をする。
 散歩のあとの低血糖だけでなく、昨日の疲れもあったのだろう。3時間の熟睡。目覚めてから甘いミルクティーとドーナツを食べる。糖分補給さえすれば、頭は動いてくれる。
 パソコンに向かい、最近活発になってきた創作脳に仕事をさせる。昨日からは嘘のような静寂のおかげで、テキストやストーリーが飛び出してくる。遠くで吠えているワンちゃんの声だけが聞こえてくる。
 夕食はコボちゃんの作る具沢山のタンタンメン。これは特製で、ものすごくおいしい。毎日だって食べたいくらいだ。
 食後の運動に日大(にちだい)のキャンパスやグランド方面を散歩する。日曜の日暮れ時だからだろうか。あまりの静けさに、町から人が消えてしまったような錯覚を覚えた。土の公園には大きなベンチがあり、コボちゃんは疲れたといって、その上で横になっている。ボクはアルルにおやつをあげる。ポケットラジオでは野球をやっていたが、つまらない。静寂の黄昏(たそがれ)を歩いて帰る。歩いていると、またまたアイデアが浮かんでくる。とにかくICボイスレコーダーにメモだけしておいて、本当に使い物になるかどうかは後で考えることにする。
 夜中までパソコン。コボちゃんがキジバトポッポを鳥篭に入れて連れてくる。しばらくすると、パソコンルームの仕切りの外ではネコドモの声。早起きを決心してベッドに潜り込む。萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)の文体と岸田今日子(きしだきょうこ)の朗読がたちまちボクを眠りに落としていく。
▲ 昼下がり枝で鳴いてる四十雀(しじゅうから)





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