全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
プロフィール

emunamae

Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



リンク

このブログをリンクに追加する



カテゴリ



最新記事



検索フォーム



月別アーカイブ



RSSリンクの表示



QRコード

QRコード



最新トラックバック



2009年12月21日~27日
1221・月・
 未明、4時半に起きてパソコンに向かう。週末の反芻と記録、メールあれこれ。
 ボクは牛タン弁当の麦飯を温めてもらい、それでブレックファスト。この牛タンもいい味。仙台の牛タンはもしかして外れがないのかもしれない。満腹になったら週末の疲れが噴出、1時間半の仮眠。
 目覚めたら週末にいただいたメールへの返信。先週の日記より17文字原稿のまとめ。
 元ソ連領、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から日本人宇宙飛行士、ノグチ氏がソユーズに乗って国際宇宙ステーションへ出発。日本人としてはふたり目のソユーズでの宇宙飛行。ひとり目は1990年のTBS秋山記者。これには愉快なエピソードがある。この宇宙飛行士の候補のひとりが、あの仲良しのケンちゃんこと、下村健一氏だったのだ。そして、秋山宇宙飛行士が地球に戻る実況中継を、経堂の寿司屋で並んで見物したのであった。このときのエピソードでは、もっと笑える話があるのだが、勿体無いので次の機会に記述するか、もしくは本でも書こうかな。
 さて、ノグチさん、今回のミッションでは、パイロットもなさるとか。つまり、彼は子どもの頃からの夢、宇宙パイロットになれたわけ。彼の夢はあのサンダーバードに影響されてのことらしい。
 午後、毎日新聞全国版の記事のチェック。現在執筆中の『ありがとうアリーナ』について書いてくださった。来年1月1日からは毎日新聞の関西版では、いよいよ『ひみつのブルブル』の連載が始まる。同時にネットにも配信されるので、東京の皆さんにも読んでいただける。
http://mainichi.jp/life/edu/yonde/
 TBSラジオ、デイキャッチをBGMにシャワーと髭剃り、着替え。いつもの透析で、採血があったので、ボクの予想は外れた。とすると、あの中途半端な定時薬のシフトにはどんな意味があったのだろう。まあ、医療には複雑な仕組みと事情があるのだろう、ということだけは予測可能な、ボクにとっての重要案件である。
 ラジオからは伊東の東方沖の群発地震の終息宣言が出る。これで温泉街も伊東市役所も安堵の息をはいておられることだろう。
 帰宅して吟醸酒を飲む。24時半からはラジオ深夜便で藤沢周平作の『殺すな』の朗読。今回は4回の連続なので、展開も早い。もう起承転結の「転」の流れにきている。ラジオの朗読が終わったとき、コボちゃんも眠っていた。これでまた、ドラマの流れを説明しなくてはならない。
 今夜の睡眠導入剤は夏目漱石。さて、このボクにとっての睡眠導入剤となっている小説や落語というものは、すべて旅がテーマのもの。たとえばこの『草枕』もそうであるし、萩原朔太郎の『猫町』も太宰治の『竹青』も旅の物語である。太宰治の『佐渡』は文字通り佐渡のトラベルレポートとなっている。落語では特に『三人旅』が好き。言葉を受け止めているうちに、様々な風景が見えてきて、いつかそれが夢の映像となって、自分は夢の世界の住人となっているのだ。
▲ 長き夜見果てぬ夢の旅路かな

◇ 秩父札所めぐりコース 竜河山大渕寺に到着、通過しました。 次は石龍山橋立堂。

1222・火・冬至・
 本日は冬至。日の長さは10時間。明日からは日が長くなっていく。
 5時より目覚めてパソコンに向かい、メールあれこれと17文字原稿のまとめ。コボちゃんはボクのベッドで眠っている。
 青木裕子アナウンサーが電話で、19日のキッドアイラック・アートホールにおける朗読会と忘年会の様子を再現実況中継してくれた。いや、本当に参加できなかったことが残念。窪島誠一郎先生、満面の笑みだったそうで、ボクの想像だと、政権交代により、もろもろの問題が解決したのではなかろうか。それとも、問題解決は窪島先生の筆力の賜物かもしれない。
 空腹になり、外出。すずらん通りの「英」でバリカタこってりのラーメンを食べる。トッピングはしゃきしゃきのキャベツ。このガーリックオイルがたまらない。コボちゃんはチャンポン。ベースになっているスープが旨いので、これもおいしい。お店の人に、最近はよくきますね、なんていわれた。「英」のラーメンは、はまるとしつこく通いたくなる。
 駅までの商店街、途中のマーケットの肉屋でクリスマスチキンの予約。昨年はこのタイミングだと間に合わなかったのだが、今年は不景気の影響で予約が少ないらしく、まだ受け付けていた。
 駅前のケーキ店、アルルカンではケーキの予約。オヤジさん、この季節は愛想も振りまけないほど多忙。奥さんが受け付けてくださった。肉屋さんもケーキ屋さんも、クリスマスおめでとう。
 商店街、すずらん通りに洒落たバーが出現。昔からお世話になっていた写真スタジオの跡地にできたのだ。この写真スタジオのご主人、病気で亡くなられたが、昔の仲間つながりの人で、奥さんやお母さんにも大変にお世話になったものである。世の中は常に移り変わる。生き残ることとは、それを体験すること。この酒場、早速にでものぞいてみたい。
 帰宅したら、大阪毎日新聞から電話。連載童話のゲラ刷りの確認。すると、続きの連載のゲラ刷りのファックスが次々に送られてくる。
 夜、アリーナドッグスクールからアルルが帰ってくる。カンちゃんとアリーナ二世が連れてくる。アリーナ二世はお茶目。いつもボクに猛烈なる愛想を振りまいてくれる。カンちゃんとアリーナが帰ってしまうと、アルルはがっかり。早速マッサージチェアで熟睡していた。アリーナとの遊びで疲れたのだろう。
 パソコンに向かう。FM-J-WAVEのジャムザワールドでは東京大空襲の体験者が出演。裁判のレポートをしている。当時の悲惨な状況はもちろんだが、多くの民間人が犠牲になった米国の無差別爆撃と、それを招いた日本国家の責任は問われて当然である。けれども、裁判所はこの判断に決して真正面から向かうことはない。保障されているのは軍人とその遺族だけ。国家とは国民を裏切り続ける存在である。だからみんな権力側の公務員になりたがるのかもしれない。寄らば大樹の陰、というわけだ。
 マッサージチェアで熟睡しているアルルにタッチすると、アルルはボクのベッドへ一直線。で、ボクはマッサージチェアでラジオのニュース解説をBGMに肩をもみもみ。背中がコリコリいっているが、ラジオもあれこれいっている。
 今年はまだシーズナルのインフルエンザ患者が全国でふたりしか出ていないとか。新型のウィルスと旧ウィルスとの陣地争いで、新型が陣地を確保してしまったのだ。もちろん、その陣地とは人体。こういうウィルスの新旧交代は過去にもあったそうな。ただ、新旧双方が流行したこともあったという。これから季節性のインフルエンザが流行らないとも限らないので、まあ、両方のワクチンを接種しておいて後悔することはない。
 参議院議員、川田龍平君から本が届く。PHP新書「誰も書けなかった国会議員の話」。サインがありがたい。今、コボちゃんに対面朗読してもらっている談春の「赤めだか」を読破したら、じっくりと拝読したい。
 大阪毎日新聞からファックスされた、連載童話と告知記事のゲラ刷りをコボちゃんと確認。送られてきた童話は連載7回まで。自分で書いたのに、コボちゃんに朗読してもらうと、やっぱり愉快で、自然に笑える。
 新潟の吟醸酒を味わってから眠る。その昔は高価で買えなかった日本酒も、この不景気で安値になっている。けれども、こうした状況はあまり喜ぶべきことではない。物価が低いということは、自分の賃金も安くなる、ということなのだ。これぞデフレスパイラル。震源地はウォールマートかユニクロか。
 気がついたら2時になっていた。群馬からいただいた天然物のゆずがあったのだが、今夜は結局ゆず湯にはありつけなかった。残念。
▲ 不景気でNG出されたサンタさん

◇ 秩父札所めぐりコース 石龍山橋立堂に到着、通過しました。 次は笹戸山長泉院。

1223・水・天皇誕生日・
 5時に目覚め、パソコンに向かうがリズムがつかめない。週末の疲れ、というよりは、この中途半端な休日が不愉快なため。病院の方針で、昼過ぎには透析に入らなければならない。休日を一日として使う権利を病院は患者に認めるつもりはないのである。
 8時からはTBSラジオのスタンバイ、モーニングブレイクは森田お天気キャスター。寒波と暖冬の関係を語っていた。お天気のメカニズムは面白いが、予測を間違えば人が命を失う。
 コボちゃんは勤務がないのでゆったりと過ごす。先月と今月、ずっと動いていたから眠いのは無理もない。だからボクのベッドはコボちゃんとアルルが占領。ボクは缶コーヒーで独りコーヒータイム。
 ウィークデイの昼前は必ず永六輔の『誰かとどこかで』を拝聴。永さんによれば「いただきます」の前文は
「あなたの命を私の命にさせていただきます」
であるという。
 永さんの言葉は常にボクの心の琴線を震わす。環境問題は以前は公害問題といわれていた、もそのひとつ。ボクの最初の自費出版絵本も公害問題を扱ったもの。最初の個展『空』もテーマは公害問題だった。まだまだそういうテーマがビジネスにつながらない時代のことである。今はエコとさえ枕詞をつければ、人が群がる時代となるが、インチキなエコばかりでエゴを満たしているやからが少なくないからご用心。国際社会も、エコのための会議をエゴでつぶしたばかり。
 最近絶版になった『二人三脚+わん』を録音図書にしたいとの要望書が届く。もちろんサインをして返却する。この本は、実現はしなかったものの、映画化やドラマ化の話がきた内容。主人公はコボちゃんと盲導犬アリーナ。ボクにとっては抱腹絶倒のラブコメディーなのであるが。きっと今でも図書館にいけばあるはずである。NHKの「私の本棚」にも取り上げられて青木裕子アナウンサーに朗読していただいたこともある。
 昼過ぎまでパソコンに向かい、ランチを食べたらすぐにシャワーと髭剃り、着替え。休日透析は午後2時半に透析質へ。いつものデイキャッチはベッドの上で。
 ニュースは76歳になられた天皇陛下のお言葉。鳩山総理の指導力を疑う声が高くなっている。お母様から9億円というお小遣いをもらって、気がつかなかったと不起訴になるのはいいけれど、インタビューに何でもかんでも即答するのはやめた方がいい。支持率の低下はあるものの、まだまだ支持はされているのだから、落ち着いて国の方向転換をすればよい。
 透析終了間際、手違いがあって、透析時間の延長。4時間の透析がさらに長くなる。おかげで、透析後の予定が滅茶苦茶。買い物や友人訪問のスケジュールが狂った。最も慌てたのが、楽しみにしていたラジオドラマを歩きながら聴いたこと。
 夜9時、TBSラジオでビートルズをモチーフにしたラジオドラマは重松清原作『小さき胸に』。祖父、父、息子をビートルズがつないでいくストーリー。ビートルズは誰にとっても永遠なのだ。
 慌しく帰宅して、自分のミニコンポでラジオドラマに集中した。落ち着いて食卓テーブルにつくと、コボちゃんが夕方、テーブルをクリスマスバージョンにセットしておいたことに気づく。歌うクリスマスツリー。石原均さんの作品、サンタとトナカイの立体イラストレーション。ツリーのチカチカをイメージしながらウィスキーグラスを傾けて、耳はラジオに傾ける。
 アクセスは評論家の宮崎哲也最後の夜。1998年以来最後の出演となった。最近、少し疲れを見せていた彼、もっと休養をとられるといい。ボクはまだアクセスが始まったばかりの頃、この宮崎さんを相手に電話出演したことがあった。その直前に小島慶子アナウンサーにお目にかかって絵本を渡したばかりだったので、彼女が援護射撃してくれたのを覚えている。小島慶子アナウンサーは今、キラキラできらきらと活躍しておられる。彼女のディレクターは当時も今も村沢あお子さん。この方にもお目にかかったことがあるが、ボクのことなどは覚えていらっしゃらないだろう。
 コボちゃんが洋酒をあれこれと買ってきた。その昔、バーテンダーをやっていたボクのレクチャーを聞いて、その気になったらしい。グレンフィディックとマッカラムのピュアモルトウィスキーが用意されていた。早速オンザロックにて飲む。旨かった。それぞれの香りの違いを楽しむ。これで本物のオールドファッショングラスでもあれば最高なのだが。
 いい気分でベッドにいき、朗読CDで夢の旅路へ。
 本日も午後透析のため、中途半端な休日。しかし、まともには抵抗できないその理由は、我々透析患者は、病院から命を人質にとられているからだ。
▲ お利口ね息子は総理お小遣い

◇ 秩父札所めぐりコース 笹戸山長泉院に到着、通過しました。 次は瑞龍山法雲寺。

1224・木・クリスマスイブ・
 5時にケータイ君に起こされたが、ベッドを離れられず、二度寝をしてしまう。最近、朝のバイオリズムがベターにならず、執筆もはかどらない。少し疲れが出ているか、もしくは残っているか。とにかくパソコンを開いて頭脳のエンジンをふかしてみる。
 TBSラジオ、スタンバイはあまり耳に入ってこないが、あれこれの番組の、欲しい情報だけが耳に飛び込んでくる。
 1906年のクリスマスイブ、世界で最初のラジオ放送が実施されたとか。内容はクリスマスイブのためのクリスマスソングの生演奏。でも、一体誰が誰のために演奏したのだろう。そして、この放送を誰が聴いていたのだろう。と、ボクにあれこれの疑問を残しながらも、ラジオは貴重なインフォメーションを与えてくれた。来年は2010年。たった100年と少しで、ラジオは滅茶苦茶進化した。ボクの周囲で鳴っているラジオたちのほとんどはAMでもFMでもステレオなのだ。特にFM放送の音色の美しさは格別。まるでCDをそのまま聴いている印象で、毎日満足している。
 パソコンをたたきながら、缶コーヒーで独りコーヒータイム。コボちゃんはゆったりと朝寝坊を楽しんでいる。
 10時を過ぎたので、アルルを連れて豪徳寺へ。風邪が強く冷たいので、日差しがあっても寒い。できるだけ日向を歩いて豪徳寺へ。
 日向になっている某銀行の前庭にアルルを待たせ、デニーズで劇辛タンタンメンを食す。慣れていないと、むせるほどの辛さではあるが、ピークを過ぎると快感。最後は御飯を入れて、スープをみんな胃袋にいれてしまう。冬のデニーズは劇辛タンタンメンに限るのである。
 某銀行に戻るとアルルは大喜び。日当たりのよい、いつもとは別の花壇でおやつをあげる。
 帰宅して、キジバトポッポを窓辺に解放。ポッポはベランダのキジバトたちに挨拶をしている。ソトバトたちはこの家をどう感じているのだろう。窓の網戸からは、ときとしてキジバト、ときとしてネコが顔を出す。それもネコは網戸に飛びかかる。ここに住んでいるのは天敵のネコなのか、それとも仲間のキジバトなのか。ソトバトたちはいつも頭をひねっていることだろう。
 で、アルルはボクのベッドで居眠り。コボちゃんはマッサージチェアで居眠り。あまりの日差しに、ボクにも睡魔。アルルにタッチをすると、アルルはたちまちマッサージチェアに飛んでいって、コボちゃんのフトモモに鼻先でタッチ。そこで仕方がなく、コボちゃんはアルルにマッサージチェアを譲るという構図。これで我が家の序列が分かるというもの。
 でも、ボクが眠ろうとすると、必ずといっていいくらい電話がかかるか、宅急便がやってくる。
 眠っていられないので、起きてパソコンに向かう。クリスマスのメッセージを書き、クリスマスメイルとしてBCC配信。『ひみつのブルブル』のインターネット配信のお知らせもする。するとたちまち返信をいただく。ひさしぶり、社民党の社会新報の曾戸正明編集長から電話。あれこれと愉快に談笑。なんせ政権与党の機関紙編集長である。それを伝えると、なんにも変わっちゃいませんよ、と笑うのはいつもの曾戸さん。今、戯作者の松崎菊也さんにネコを預けているらしいのだが、このネコが人気者になり、菊也さんのブログが炎上しているとか。で、しゃべっているうちに、コラムを1本書かせていただくことになり、ありがたい。
 毎日新聞から電話があり、『ひみつのブルブル』の連載打ち合わせが終わると、急いで髭剃りと着替え。
 18時半、外出。経堂北教会へ。礼拝堂に着席すると、静かにオルガンが流れている。告白するのであるが、ボクはときたまクリスチャンになる。実はボクとコボちゃんはこの教会で結婚式を挙げていただいたのである。クリスマスや結婚式のときだけのにわかクリスチャンとは、なんたる非道。敬虔なるクリスチャンの皆様から袋叩きにされても文句のいえない立場にあるのだが、不思議なことに、この非道なボクに、この北教会は常に両手を広げて迎えてくださるばかりでなく、ときとして日曜学校の講師まで依頼してくださるのだ。
 もちろんボクは歴史の中のイエスを信じている。そして、イエスにおける奇跡も信じている。いや、こんな不謹慎なボクにさえ、イエスは祝福をくださり、クリスチャンでもないボクの傍に常にいてくださるのだ。そのイエス降誕を祝うクリスマスのミサである。事情が許せば、常に参列したいとは願っているのだ。けれども、透析があったり、仕事があったりで、不義理をしてしまう。いや、不義理というのじゃない。クリスチャンでないボクは、心から頭(こうべ)をたれたくて礼拝堂へ赴くのである。
 礼拝堂では若い信徒がイエス降誕の物語を語る。そしてキャロル。知っていても、そうでなくても、賛美歌を歌う。心から歌う。すると、キリストの奇跡が目の前に展開し、導きの星がボクの頭上で輝く。こういうとき、ボクは本気でクリスチャンになってもいいと思うことがある。岸先生のお話はいつも心にしみる。岸先生は声も心も美しい。ことに、ご自分の理解で説かれておられるだろうお説教は哲学的であり、科学的であり、ステレオタイプの説教でないところがいい。この夜はマッチョとマリアを仰ぐ女性たちの関係について、また、マリアの苦悩について、そして、信仰と実現の関係について、ボクの心に響く話をしてくださった。
 ボクは失明の苦悩の中で、創造主に救われた経験がある。その1点を透かして、すべての宗教的奇跡と神の言葉を信じることができるようになった。ボクは特定の宗教に属することはないだろう。けれども、どの立場にあろうとも、信仰の心を失ったこともない。そして、ボクにとってのクリスマス礼拝は、その日常の自分の確認なのかもしれないのだ。
 この夜、2000年のクリスマス礼拝で起きたような奇跡はなかったが、賛美歌の言葉に熱く涙があふれてきた。賛美歌を歌うとき、いつもコボちゃんが歌詞を耳元で伝えてくれる。ボクとコボちゃんは礼拝堂の中での迷える羊なのかもしれない。
 礼拝が終わると、ロコやケンちゃん、村田さんや杉本さんたちとメリークリスマス。皆さん、温かく迎えてくださった。岸先生にご挨拶をして教会を離れる。
 帰宅してBさんを迎える支度。それから25時まで、3人でシャンパン2本とローストチキン。仕上げはスコッチのピュアモルト。
 さて、こころみ学園のシャンパン、グランノボはまことスペシャルな味で、本場のシャンパンに負けないクリーミーなテイストと、泡の細かさであった。さすが、沖縄サミットで先進国の首脳に供された銘酒である。これぞ葡萄の魂。感謝していただいた。
 25時まで飲んで食べておしゃべり。かなり酔っ払って眠る。いつもの習慣で朗読CDはかけてみたものの、回すのも忘れて熟睡していた。
▲ 聖夜あり吾を導く星ひとつ

1225・金・
 クリスマスは朝寝坊。最近、朝のリズムが狂い、バイオリズムの谷間である。執筆もはかどっていない。けれども、昨夜が上等のシャンパンだったので、二日酔いはなかった。
 クリスマスが過ぎてもまだまだ宅急便が続々。こんな人間に、まこと申し訳なく感謝。でも、おかげさまで貧しくない正月を迎えられそうな雰囲気である。
 ランチタイムのBGMはラジオ。街では門松が目立つという。早速正月気分にチェンジして、新たなる商戦の開始である。毎年、年末はクリスマスで街はガラリと模様替え。
 ラジオをお供にシャワーと髭剃り、着替え。デイキャッチはコップ15のコペンハーゲンから戻った宮台真司教授のレクチャー。この会議は失敗であったと現地レポートしておられた宮台先生だが、既に新しい展望を説いている。それが「風の谷のナウシカ的環境対応方策』。谷とは自治体。自治体から始まる環境対策とは、地球的規模の問題を他人事にしない政治意識と環境行動である。市民から自治体から結果を提示し、国際社会を変革していく道筋であろうかとボクは受け取った。
 いつもの透析。熟睡していたら、イヤフォンからの青木裕子アナウンサーの声で目覚める。「愛しのオールディーズ」のゲストは若山玄蔵。懐かしい曲がかかっていた。思い返せば、ボクの最初のレコード体験はSP盤だった。若山玄蔵さんによって知ったのだが、LPはロングプレイ。SPはショートプレイとばかり思っていたのだが、実はスタンダードプレイであった。若山玄蔵さん、この1時間を自分のDJ番組にしてしまい、青木アナウンサーは単なる進行係にされてしまった。ほとんど出番はなく、ひたすら「ほう」とか、「はあ」とかの相槌を打つばかり。これは若山玄蔵さんが青木アナウンサーにしゃべる暇を与えなかった、というか、しゃべらせてなるものか、という意気込みさえ感じられたのだが、さて、真実はいかがだったのだろう。
 歌謡ドラマは作家もりひろみさんの原作で『通信簿』。山下智子の演じる主婦が出てきた途端に死んでしまうので、ガッカリ。ドラマの夫よりも、こっちが悲しいよ、とほほ。でも、女優山下智子は、いかなる役割でも全力で演技しているところがいい。これからも真っ直ぐな演技であって欲しい。
 迎えにきたコボちゃんが、安売りしているクリスマスケーキを横目に運転。かなり気になっている。けれども、我が家に戻れば、まだまだケーキが残っている。
 帰宅してアクセスをBGMにピュアモルトウィスキーでゆうべのチキンとバタークリームケーキとブッシュドノエル。辛口のグレンフィディックにチョコレートの相性がいい。
 アクセスにはニューヨーク支局長の兼平氏がスタジオ出演。外から見得た日本を語っていた。今年の漢字は「新」。果たして日本は新しく見得たのだろうか。草薙クン事件でヒートアップしている日本メディアが情けなかったと語るTBSニューヨーク支局長。1998年、ニューヨークでは、この支局にお世話になったものである。感謝。
 年末の空気の中、いい気持ちになって眠る。
▲ クリスマス過ぎてしまえば特売品

1226・土・
 胸部の痛みで起きてニトロペンを舌下。けれども効果はなし。どうやら狭心症の発作とは違うらしい。以前から気になっている、このほんのときどきやってくる症状は、やはり胃痛なのだろうか。まあ、いずれにせよ、来年早々には胃カメラを呑みこむことになっている。
 パソコンを開く前、6時40分、下村健一のサタズバレポートのテレビ音声を聴く。今朝はいつもより早いとケンちゃんから知らせてもらっていた。社民党の福島党首を横に、ケンちゃんが母子加算、父子加算について語る。母子加算だけで、父子加算が認められていない現状は改善されなくてはならない。そうだ、とボクも同感。これこそ性差別ではなかろうか。特に幼い子どもを育てているお父さんは若く、収入の少ない可能性が高いのである。
 土曜ワイドにオスギとピーコが出演。オスギさんは今時花粉症だと語っている。けれども、よく聞いてみたら、多糞症だった。朝、トイレにいってばかり、という話題であったのだ。
 コーヒータイムにクリスマスケーキ。生クリームとは違い、バタークリームは時間の経過と共にしっとりとしておいしくなる。これが楽しみで毎年のクリスマスはバタークリームケーキに決めているのだ。
 ひさびさ、美容院にいく。店内は忙しく、ボクの相手をしてくれたのは店長。彼が洗髪とカットを担当してくれた。以前からそうではあるのだが、この髪の毛に不自由なボクに美容院は必要ない、もしくは勿体無いとコボちゃん。薄毛割引があるのなら話は別だが、最近はなかなか美容院にいくことを許してもらえない。で、ボクの髪はずいぶん長く伸びて、肩まで届いてしまった。こうなると、リュックを背負うときも髪が抜けるし、食事をすれば、髪の毛も食べてしまうし、邪魔で仕方なかったのだ。
 美容院の洗髪というものはデリケートにソフトにしてくれる。薄毛割引がない代わりに、店長はボクの髪の毛がいかにもいっぱいありますよ、てな具合に優しく洗ってくださる。これが心地いいのだ。そしてまた、店長は時間をかけてカットもしてくれる。本当ならば、10秒ジャストで終わってしまうカットも、たっぷりと料金の分だけは時間をかけてくれるのだ。この親切で心温かい美容院はインクスポット。経堂駅前、すずらん通り商店街にある。
 帰宅するとパカパカ行進曲の後半をやっていた。それをBGMに着替え。ゲラゲラ笑いながらバーバリのトレンチコートをひっかけて、5時かっきりに外出。窓辺のマッサージチェアにはアルルとキジバトポッポが留守番をしている。
 小田急線で新宿へ。西口の地下道をまっしぐら。都庁への動く歩道は停止して、がっちりとシャッターで保護されている。ああ、そうか。この動く歩道は都庁職員のために存在するのであって、税金を払っている我々都民は使えないのだ。それに、地下道の端っこはおかしな三角形が並んでいて、ホームレスを排除している。こんな所に都庁ができて、迷惑している人間も少なくないだろう。以前、この近所で並んでいるタクシーに乗ったら、降りろといわれたことがある。これらタクシーは都庁職員待ちの行列だったのだ。遅くまで残業して、タクシーでご帰宅とは、この国はやっぱり役人天国なんだな、と痛感したものである。まあ、新政権発足と、石原都知事が引退すれば、少しは何かが変わるかもしれない。
 さて、三井ビルの高速エレベーターは、垂直移動の新幹線。あっという間に54フロアの最上階。
 18時、三井ビル最上階、三井クラブにて『生江の会』。隆之、有二、明、雅則が幹事。
 隆之は三井ホーム社長。有二は日本を代表するルポライター、なまえゆうじ。明は日本福祉大学教授。雅則はご存知、アホのエム ナマエのことである。
 さて、この会の発足について書くとなると、長い。まず、生江隆之は桐朋学園創始者の二代目で、現三井ホーム社長。彼とは慶應義塾日吉キャンパスの体育の授業で出会った。彼は文学部。ボクは法学部。けれども、体育の授業は合同だったのだ。それ以来、40年以上の隔たりがあったが、ボクの旧友、建築工学の重鎮、深尾博士が、三井ホームの生江隆之氏は慶應義塾で生江と同期だぞ、と連絡をくれた。で、どうして判明したのか、というと、来年オープンの青木裕子の軽井沢朗読館の建築を指導したのが深尾教授で、サポートしたのが三井ホームであったからだ。その縁で、青木裕子アナウンサーと隆之氏と会食をした。その場で判明したのが、ルポライターなまえゆうじが隆之の高校時代からの友人であったこと。そして、以前から交流のあった明を誘いこみ、生江の会を発足しよう、ということになったのだ。

なまえの会
 日本福祉大学の生江明教授は、ボクがまだ若いイラストレータだった頃、個展会場で「私もエム ナマエなのよ」といって挨拶してくださったご婦人のご子息である。そしてまた偶然なことに、この明が、ボクの幼馴染の「いせや」の山下嘉和の高校時代の友人であったのだ。本当に不思議なことだが、みんなどこかで繋がっている。
 さて、なまえゆうじはミクシーで「生江一族の陰謀」というサイトを率いている。メンバーの方々に呼びかけたところ、総勢14名のメンバーが、ここ三井クラブに終結した、というわけだ。
 結婚して生江姓を名乗っている人もいるから、すべてではないにせよ、生江、つまりナマエという名前で生きるということは、それだけでひとつの個性を作り上げる。ミュージシャンの名前匠氏は、
「こんな名前はいやだ」
と父親に伝えたら、
「テレビに出ている、なまえゆうじ氏も、画家のエム ナマエも、みんなナマエという名前で活躍しているぞ」
といわれたそうだ。
 それにしても、やっぱりDNA。饒舌なこと、自己主張の強いこと、芸術家であること、薄毛であること、酒に強くないこと。どれも共通点である。話によれば、先代は身長は高からず、であったそうな。残念ながら、ボクは当代にして、まだ身長が低いまま。
 皆で集合写真。生江明教授の夫人はカメラマンであるとか。けれども、集合写真だから、シャッターはクラブのボーイさん。
 持参していった言葉の絵本10冊を皆さんにプレゼント。サインもさせていただいた。
 三井ビルの前で解散。ボクはなまえゆうじご夫妻と小田急線で帰る。
 経堂駅で降り、オリアン2へいくが、以前と少し雰囲気が変わっていた。新しいママの個性が反映してきたのだろう。ひさびさ、カラオケ5曲を歌い、午前様で帰宅。酔っ払って眠る。
▲ 超高層師走の星座見下ろして

◇ 秩父札所めぐり コース 瑞龍山法雲寺に到着、通過しました。 次は鷲窟山観音院。

1227・日・
 目覚めたら7時半。しまった。またまた朝寝坊。志の輔ラジオを逃してしまった。
 朝のコーヒータイムで毎日新聞からのゲラ刷りファックスをコボちゃんに朗読してもらう。改めて読んでもらえば、やっぱり気づく点が出てくる。一部、文章に加筆修正。毎日新聞大阪にメール。
 おえかきデスクに向かい、生江匠(なまえしょう)氏のサックスを中心にして彼がプレイした音楽CDを聴きながら、礼状を書く。手書きの文字と絵をかくと、下敷きのボール紙がすぐにへなへなになる。
 昼、ボクの従兄弟が経営する日本蕎麦店「山泉」(さんせん)の十割蕎麦を食べる。新蕎麦なのだろうか。香りが高い。
 従兄弟、荒川勝弥の蕎麦はすべてが手作り。鍛えられた腕で回す石臼から粉にされた蕎麦粉だけで蕎麦切りを作るのだ。この蕎麦、香りだけでなく、独特のぬめりがあり、これぞ本物の蕎麦であることを勝弥氏から教わったものである。また、コボちゃんがきっちり15秒で上手に茹でてくれたので、とても旨い。冬の冷水でさらすから、ますます旨い。
 勝弥氏は目の前で蕎麦掻も作ってくれる。ボクはそれまで蕎麦掻というものをまるで誤解していた。これは想像を絶する美味さで、蕎麦という穀類が優れた食材であることを教えてくれる。考えてもみてください。あのクレープだって蕎麦で作るのですから。店は国分寺にあるので、ぜひネット検索をして、食べにいってもらいたい。
 山泉(さんせん)の電話は
0423の27の7400
である。
 午後も手書き礼状の続き。BGMは落語。不思議なのは、落語をBGMにワープロで作文はできないが、手書きだったら文章が書けることである。とはいえ、手紙の文面だから、ことさら難しいことを書くわけでもないし、難しい漢字を使うわけでもない。
 さて、ボクもコボちゃんもかなり疲れている。夜は大切な会があるのだが、年末の支度もまだなので、本日の外出はあきらめた。で、夕方もおえかきデスクに向かい、あれこれ手仕事。それからは疲れてベッドに倒れこむ。
 18時より、成城学園ホールにて、ミシュカの会。入江杏さん主催。聖路加病院の桧原先生や柳田国雄さんらもメッセージするという。9年前の大晦日の悲惨な事件が、ここにきて再び注目されている。警察は威信をかけてことに当たり、また新政権は刑法体制の改革を考えていただきたい。心から入江杏さんを応援するのだが、会に参加できなかったのは残念であった。
 20時、TBSラジオはラジオ寄席。志ん生特集であったが、それを夢の中で聴いた。
 目覚めたら、ラジオ深夜便がかかっていた。みなみらんぼうさんの出演。いつものように「山」を型っていた。北方領土での山登り体験だが、日本本土では珍しい高山植物を踏みつけながらの登山は心苦しいものがあったと語っておられた。とはいえ、現地では一面高山植物ののお花畑で、そんな花は珍しくもなんにもないそうなのだ。湿地ではモウセンゴケがトンボなどを捕まえていて、それは興味ある光景らしい。やはり目が見えて元気な人が羨ましい。
 盲人にとっても、晴眼者にとっても、この世界は見るべきものばかり。真実は見え方によって違ってくるが、本物の真実は個人の中心で結実するとボクは考える。まあ、ゆっくりと語り合い、じっくりと考えることである。
 この夜はラジオ深夜便で目覚め、ラジオ深夜便が終わる時間まで、パソコンに向かっていた。明日のバイオリズムが心配。それにしても、怠惰なような勤勉なようなおかしな一日だった。
▲ 手の切れる冷たい水や冬の蕎麦




FC2 Blog Ranking