全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2009年11月16日~22日
1116・月・
 またまた朝寝坊で起床は6時半。朝の仕事が進まない。コーヒータイムはあわただしく。
 毎日新聞に『ひみつのブルブル』の完全原稿を送信。第一稿は既に送ってある。
 ランチタイムはラジオをBGMにして。11時37分、永六輔の『誰かとどこかで』は永さんが席を譲ってもらった話題。ボクも電車で席を譲ってもらうことがある。目が見えないだけなのに、白い杖をついていると、すぐに席を譲ってくれる。ボクの足は元気なのに、悪いと思うが、断るのはもっと悪いとコボちゃんがいう。立ったり座ったりが面倒だから、ボクは嬉しくないのだが、疲れているときはありがたい。わあ、勝手。で、ときどきはおじいさんまでがボクのために席を譲ってくださる。これには本当に申し訳ないと思う。
 午後からは17文字原稿をまとめる。
 キジバトポッポは窓辺をしきりに歩いている。ベランダには外のキジバトも集まってくる。立冬を過ぎ、自然の中に餌が少なくなったのだ。
 デイキャッチをBGMにシャワー。ホンマグロの漁獲量が制限されるというニュース。いや、むしろホンマグロは禁漁にしてもいい。何年かガマンして、数がふえてくれれば、また食べられるのである。これが絶滅してしまっては、永久にマグロが食べられなくなってしまう。マグロの漁獲量全体から見ると、ホンマグロやミナミマグロは爪の先ほどのパーセントである。メバチだってキハダだって、立派なマグロなのだ。高級食材はごくたまに口に入るからありがたい。養殖マグロの大トロをくるくる寿司で子どもが食べている図というものは美しくない。そもそも養殖マグロはうまくない。ハマチにせよ、ヒラメにせよ、養殖だと脂がまずいのはどうしてだろう。やはり餌の影響だろうか。薬もたくさん投与されているだろうし。といっても、鰻ばかりは養殖しか口に入らないので仕方がない。だいたい、ボクは天然物の鰻を食べた覚えもない。それより、ボクのいちばん食べたいのはナガスクジラの尾の身。これは養殖マグロの大トロなんぞより、百倍もおいしいのである。それからナガスクジラの須の子肉の大和煮缶詰は、牛肉よりも旨いのです。一部の環境団体が騒いでいるようだが、そもそも牛は食べていいが、鯨は利口だから食べてはいかん、という理屈は無知そのものの屁理屈。DNA的にいえば、牛と鯨は同類です。いや、鯨を海を泳いでいる牛と表現してもかまわないほど。欧米の文化が極東日本の文化を否定する。そんな横暴が許されてなるものか。まあ、マグロの保護は文化の蹂躙ではなく、生態系維持のための方策だから許そうではないか。一年に一度くらいマグロが口に入ればいいのだと思う。それよりも、鯨の大和煮缶詰は、ここ20年ほど食べていませんよ。世界の海から、ナガスクジラは消えてしまったのだろうか。
 ステラ海牛の肉は大変に美味と聞いたことがある。けれども、我々の口に入ることはない。何故ならステラ海牛は絶滅してしまったからだ。ああ、そういえばキャビアもずいぶん食べてない。これは絶滅の問題よりも、ボクの懐の問題ではあるが。
 いつもの透析。新型インフルエンザのワクチン接種。あれこれと説明を受けたが、半殺しにしているとはいえ、病原体を接種するのである。それは多少の体調不良は仕方ないでしょう。そんなことは分かった上で、お願いしているのです。どこの医療機関でも、このワクチンは不足しているらしい。早くに申し込んでおいたので、受けられたのだろう。担当の看護士も、まだ接種を受けていないと聞くから、これも競争です。まあ、とにかくこれで新型インフルエンザで死ぬようなことはなさそうだ。それにしても、このトンフルエンザ、20人にひとりは感染しているとの話だが、ボクはまだかかっていないらしい。要するに手洗いとうがいなのだ。これだけは励行している。もしかして、ワクチン接種よりも手洗いとうがいの方が大切かもしれない。
 透析中はずっとラジオ。やはりニュースに神経がいく。トップニュースは韓国の釜山、実弾射撃場火災。繁華街に射撃場があることが信じられないというコメントを聞くが、まさか、である。実弾ではないが、エアライフル射撃場なら、東京の繁華街にも数々あった。たとえば歌舞伎町映画街、たとえば日比谷映画街。ボクはそこへ通い、射撃訓練をしていたのである。目標はアジアオリンピック。いや、冗談ではなく、視力のあった頃は百発百中の名射手であった。それはライフルでもハンドガンでも同じで、施設さえあれば、ヨーロッパでもアメリカでも、ボクは真っ先に実弾射撃場にいったものである。話を戻す。興味本位は別にして、射撃は実に精神性の高いスポーツである。それは弓道にも写真撮影にも通じる集中力を要するのである。射撃を下品な趣味とする偏見は払拭させたい。
 NHKラジオの真打競演には地味な芸人さんも出る。けれども、これが寄席の味であって、それをラジオで楽しめるのはありがたい。TBSラジオには爛漫寄席というのがあるが、野球シーズンでも放送して欲しい。なんとかならないだろうか。昔のラジオは落語が中心だったのに、とはほとんど愚痴ですな。
 帰宅して酒は飲まない。ワクチンした夜はやめておくのだ。
 24時半、ラジオ深夜便で藤沢周平作品朗読は橋物語シリーズの『氷雨降る』。登場人物と謎の女が絡んできて、物語への興味がわいてくる。やはり読者の興味の引き方と構成が巧み。人物描写もリアルでさすが。作者はいつも人間観察を心がけていたのだろう。マンウォッチングほど面白いものはない。失明しても、耳で人間観察はしているつもり。でも、見えたらもっと面白いに決まってる。
 落語のMDと朗読のCDをセットしてベッドに潜ったが、何もかけず、ただ闇の音を聞きながら、あれこれの空想をしていたら、いつの間にか眠っていた。
▲ アスファルト鳴らして走る枯葉あり

1117・火・
 朝寝坊。昨夜の新型インフルのワクチン接種の影響かもしれないが、眠くて起きられない。まあ、半殺しにしているとはいえ、病原体を注入されたわけだから、多少の生理的反応は覚悟しなければならない。いや、この反応があってこそ、免疫が形成されるのだ。
 コーヒータイムはゆっくりと。ネコドモが膝に乗ってくるもんだから、食事のしにくいことったら。特にデブのミミが膝に乗ると、手がまるで使えない。赤ん坊を抱いて食事をするお母さんの心境が理解できる。いやご苦労様。
 どうにもボクは体調不良。やっぱりワクチン接種の影響だろうか。まるで頭が働かないのだ。いや、普段から働いてはいないのだが、ますます働かないので、少し横になる。
 昼に起きていつものルーティーンワーク。午後は『ひみつのブルブル』のキャラクターデザインと練習。
 夕方までパソコンに向かい、21日の「むさしの教育フォーラム」の講演の準備。この会のための構成を考える。ベースになっている基本原稿はあるのだが、おしゃべりする方も、同じだと飽きてしまうし、それぞれ会の主旨が違うのだから、アレンジは当然なのだ。それにしても、落語家さんも、高座の度に話の内容が若干違うのは、やはり同じでは飽きるからなのだろうか。それとも尺の都合なのだろうか。もちろん、意識的に落ちをアレンジしている落語家さんもおられる。高座でもっとも驚かせてくれるのが談志師匠。だからこそ、談志師匠は自分の高座を熱狂ライブと称し、また熱烈ファンも多いのだ。
 午後いっぱいかけて公園原稿を仕上げ、それをICレコーダーに収録した。午後5時からはNHKラジオの大相撲中継に傾聴。気になる力士がいるのである。透析以外ではテレビ音声でニュースを聴くことはない。午後7時からはNHKラジオのニュース。午後8時からはFM-J-WAVEでジャムザワールド。午後10時からのNHKラジオの今日のニュースに回すこともあれば、TBSラジオのアクセスに傾聴することもある。やはり世間の出来事をオブザーブしていたい。おえかきデスクにしがみつき、絵をかきながらの、ただの傍観者ではあるのだが。
 田英夫さんの訃報が届く。13日ご逝去。享年86歳。我々世代はこの人の活躍ぶりをよく見聞きした。ニュースキャスターの走りでもあって、この人のあり方に影響を受けた人は少なくない。ご冥福を祈る。
 中国でのオバマ発言に注目。日米と米中の関係を比較する向きがあるが、ナンセンスだと思う。経済発展著しく、また人口において絶対多数を誇る中国である。これを軽視できないのは当たり前。日米にとって中国のマーケットは重要。ただ、現状は中国の貿易黒字が増大して、それが問題。軍備を増強する中国も脅威ではあるが、ボクはその絶対的人口が最大の脅威であると考える。既に中国は食糧輸入国となっており、経済ばかりではなく、食糧問題においても、中国は世界に脅威を与えている。
 さて、オバマの中国での演説は全面的には公開されていない。それは人権問題や表現の自由やネットへのアクセス等、情報閲覧の自由、チベット問題等民族問題についてのオバマ発言を中国は歓迎していないからである。民主主義がいいのか、共産党の一党独裁がいいのか。そういう議論ではない。公称13億、実際は15億いるかもしれない巨大な欲望をコントロールするためには、すべての権利や自由の解禁に躊躇する権力側の不安も理解できないこともない。
 1980年、ボクが中国にいって最初に感じたのが、この民衆の欲望へのエネルギーであったのだ。いずれにせよ、国際関係はすべてパワーバランス。そこは大人の関係で折り合いをつけていくしかない。そういう点では米中二大首脳は大人であったと感じるが、両首脳の記者会見も、質問は受け付けない形で、軋轢を表面化させることだけは巧みに避けられていた。
 相変わらず事業仕分けにメディアの興味が向いているようだが、事業仕分けでGXロケットエンジンやスーパーコンピュータの開発費の削減が検討されているがこれには反対したい。箱物ではなく、未来の人材育成にはいくら税金を投じてもいい。日本には人的資源しか存在しないのだ。
 老朽化した牡蠣養殖筏の竹を炭にする計画がある。海水に浸っていても、内部は太陽にさらされ、充分に乾燥していて、備長炭に匹敵する良質の炭にできるのだそうだ。日本の新しい方向は環境ビジネスにあり。各地のベンチャーに期待したい。
 今週のラジオ深夜便は『ありがとう森繁久弥さん』と称して、月曜日から木曜日の夜まで、日曜名作座のアンコール。日曜名作座は昭和32年から平成20年までの50年間続いたラジオドラマ。しかも、出演者はたったふたり。そのふたりがすべての登場人物を演じ分けていたのだ。とりわけ森繁久弥の演技が光っていたのは、この天才役者が、ひとりひとりの気持ちになり切っていた故だろう。これは名人の落語家の高座にも通じること。現在は新しいシリーズで、西田○△という役者が森繁久弥を継いでいるが、比較にはならない。西田○△はラジオを軽視している。ラジオリスナーの耳の良さを考えていないから、軽い演技でお茶を濁している。嘘だと思ったら、注意して聴くとよい。誰を演じても、同じトーンなのだ。つまり、水面だけの巧みさで自分を納得させているのである。森繁久弥はラジオの出身。満州NHKのアナウンサーだったから、ラジオのこわさは熟知しておられる。ボクは、再び以前の日曜名作座をアンコール放送し続けることをリクエストしたい。
 さて、話を戻す。日本のラジオで最初にディスクジョッキーをしたのも森繁久弥。『森繁久弥の喫煙室』はボクも楽しみにしていた番組であった。ボクは小学校高学年のとき、トランジスタラジオというものを入手して、いつもラジオを聴いているおかしな子どもだったのだ。さて、今夜のラジオには、当時のディレクターが出演していて、この番組のライターのひとりが向田邦子であったことを語っていた。昭和56年、1981年放送分の再放送のタイトルは『かわうそ』。森繁久弥と加藤美智子のコンビが向田邦子の原作を演じていた。いや、鳥肌の立つほどの演技である。というのも、この収録は向田邦子が台湾の空に散った後、それを追悼しての収録であったからだ。
 余談ではあるが、1981年の8月12日、向田邦子さんは航空機事故でこの世を去られた。そしてその4年後の同じ8月12日、日航ジャンボ機が墜落した。世の中には偶然とは思えない偶然があるのである。森繁さんと向田邦子さんは『喫煙室』が終わっても、交流を続けていたらしいのだ。
 日曜名作座以前、NHKラジオは徳川夢声の『宮本武蔵』を放送していた。名作座が始まるとき森繁久弥は、「ボクは徳川夢声の『間』を超えることができるだろうか」と語っていたそうだ。そして30年後、「ボクは徳川夢声を超えられた気がする」と、当のディレクターに語ったそうである。森繁さんはご自分の発言を覚えておられたのだ。というように、巨大な星が落ちた後も、その波紋は広がり続けているし、ボクはその影響を受けている。
 と、ボクが暢気にあれこれ考えている間、コボちゃんは荷物移動の準備で終日動いていた。
 遅い夜食はすきやき風邪肉豆腐で、これが旨かった。忙しいのに、よく作る時間があったと感心する。満腹で眠る。
▲ 流行り風邪ひいたつもりで昼ねする

◇ 富士登山 頂上到着頂上を通過しました。 次の地点はお鉢巡り。

1118・水・
 寒くなったせいか、なかなかベッドから離れられない。いつも5時にケータイ君が起こしてくれるのだが、素直に目覚めることができないのだ。で、今朝の起床は6時。こうなると、朝の執筆は不調です。
 コーヒータイムは落ち着かず。いよいよ荷物の移動が本格的になり、コボちゃんも忙しい。もちろん勤務も続けている。もともとコボちゃんにとって看護は天職なのだと思っている。透析質で会ったときから、そういう人だと思っていた。とにかく、エンジンさえかかれば、本当によく動くので、ありがたい。そういうボクは不調。新型インフルのワクチン接種の影響が続いているのかもしれないし、ただの怠け病かもしれない。いずれにせよ、どうにも頭がスッキリしてくれないのだ。
 ネコドモが別宅にいきたいというので、連れていく。すると、ボクはパソコンデスクとおえかきデスクの往復が楽になる。なにしろ、キジバトとネコを、いかに遭遇させないか、その気配りが大変なのだ。
 『ひみつのブルブル』のキャラクターは、まだボクが満足できるほどは動いていない。文章で動かすのと、絵で動かすのとは違うのだ。スケッチブック一冊を消耗しないとダメかもしれない。
 いつものランチタイムの後、まとまっていない原稿の執筆。講演原稿に再び手を入れ、それを再び録音する。いつも思うのだが、どうして落語家さんたちは、ああも完璧に話を覚えられるのだろう。ボクは考える。言葉を言葉として覚えているのではないだろうと。つまり、ひとりひとりの登場人物を自分の中で生かしていくのだろうと。もうひとつは、あの手振りや身振りだ。頭ではなく、全身で話を自分のものにしていくのだと思う。いずれにせよ、我々凡人と、芸人さんの頭は出来が違うのだ。これがボクが芸人さんたちを尊敬する理由。もちろん、芸のない芸人さんは別ですが。
 夢中で絵をかき、パソコンを叩いていたら、時間になる。
 デイキャッチをBGMにシャワー。病院へ。透析前、心電図。担当はボクの知らないスタッフだった。看護士さんなのか、それとも技師さんなのかは不明。処置室が隣なので、新型インフルのワクチンを注射されている幼児の泣き声がすさまじかった。まあ、ボクも小さい頃には注射で泣いたもんですわ。
 いつもの透析。ドクターが心電図の結果は異常なし、と伝えてくれるが、透析患者にとって、三ヶ月に一度の心電図測定が妥当かどうかは不安。心電図で分かるような異常事態であれば、三ヶ月で手遅れになることは充分に考えられるのではないか。まあ、その前に、患者自身が不調を感じるだろう。以前は毎月の心電図測定が、いつの頃からか三ヶ月に一度に減らされた。要するに医療費についての国家の締め付けが厳しくなるのと、検査の頻度は連動しているのだ。それにしても、どうだろう。医者と経営者は両立しないと思うのだが。まあ、専門家ではないので、よくは分かりませんが。
 ずっとラジオをBGMにはしているが、あまり頭に入ってこない。本日は集中力が低下している。ただ、イナカッペイの『ぬくたまりの湯』のゲストの岩手の豆腐屋さんは愉快だった。いや、岩手弁は美しいのだ。もちろん、東北弁全体が美しいのだが。
 帰宅してNHKラジオに傾聴。午後11時、ラジオ深夜便で日曜名作座アンコールで「セロひきゴーシュ」を放送。MDを準備して録音体制にあったのだ。すべては順調。ドラマは面白いし、機会は快調に動いているし、と思ってばかりいた。けれども、機会の老朽化で録音失敗。もしかして、そういうこともあるかと不安でもあり、集中して聴いておいてよかった。森繁久弥の楽団長やゴーシュ、加藤美智子のネコやカッコーやタヌキやノネズミ母さんの声をしっかりと記憶できた。コセキユウジの音楽の録音を逃したことだけが口惜しい。かなりガッカリしてベッドに入る。MDの録音に失敗したのは初めてなのだ。
▲ 帰り道落ち葉追いかけ犬曲がる

1119・木・
 今朝も朝寝坊。FM-J-WAVEを聴いていたら、地表面積と雲の関係が気温に関係していると知り、驚く。この雲だが、これまた太陽の活動とリンクしていて、宇宙からの放射線がその面積を決定するらしい。そして、これら放射線を防御しているのが地球の磁場なのだ。で、この磁場に影響を与えているのが太陽からの風、太陽風なのである。皆さんご存知の通り、オーロラも太陽風と地球の磁場が作り出す現象。この宇宙のありとあらゆる状況が、地球を命の揺り篭にしてくれているのだ。でも、待てよ。ということは、温室効果ガスのコントロールだけが地球温暖化を防ぐわけではなかったのだ。国際社会は炭素経済機構を作り出そうとしているが、ここにも何らかの謀略があるのかもしれない。そう、フロンガスとオゾン破壊でも、米国は代替ガスを開発するまでは、この事実を隠していた、という歴史的事実がある。エコブームにしてもそうだが、結局すべてはビジネスチャンスにされていくのだ。
 豪徳寺へ散歩に出る。玄関の鉄のドアを開くと、冷たい空気の中に炭の香り。なんでだろう。今時、燃料に薪や石炭を使っている家庭なんかないのに、何故か冬の匂いは炭の香りなのだ。これはもしかして二酸化炭素の匂いかもしれないし、またはボクの気のせいかもしれない。けれども、ボクは間違いなくおっさん化炭素。いいや、そろそろじいさん化炭素かもしれない。とにかく炭の香りを感じながら、全身が冬に備えて熱を帯びてくるのを感じた。
 一生懸命歩くにはいい季節なのだ。アルルは寒いのが嬉しいのか、元気いっぱいに歩いている。
 モスでクラムチャウダーを飲んでいると、ガラスの向こうからアルルがボクらを見上げている。すると、ウェイトレスさんが、可愛いワンちゃんね、といってくれた。一応、賢そうに待機しているので、人によっては評価してくださるのだ。
 帰り道は雨に降られる。アルルはびっしょり。でも、大喜び。5歳になっても、アルルは赤ちゃんのまんま。それにしても、遊歩道はありがたい。木々のおかげで、それほど濡れずに帰宅できた。でも、アルルはずぶ濡れだったので、コボちゃんが丁寧に拭いてやる。
 もう一度、土曜日の講演原稿をアレンジして仕上げ、それを音声出力させてマスターする。
 遅い午後、『ひみつのブルブル』の原稿について、大阪毎日新聞編集部との打ち合わせ。原稿に加筆修正するが、リズムを壊すのが不安。なかなか難しい。もちろん、編集部のリクエストは合理的で理解できる。『ひみつのブルブル』のキャラクターデザインも同時に進める。そろそろ本格的に動いてもらわないと困るのだ。
 本日はボジョレヌーボーの解禁日らしい。でも、まるで興味なし。ずいぶんだまされて飲んできたが、決して旨いワインではない。むしろ、まずいワインのサンプルみたいなもので、お金を出して飲もうという気分は既に消えている。そもそも、ヌーボーは何年寝かしても、決して熟成はしないワインなのである。要するに本物のワインではない、解禁儀式のための即席ワインなのだ。とはいえ、好きな人はどんどんやってくださいな。ボクはワインであれば、どこのワインでも感謝していただきますから。
 大学生の就職内定率は64パーセントとか。いわゆる就職氷河期というやつだ。今回の氷河の厚みは、これまでで三番目のレベルにあるらしい。若者が希望を持てない国がいい国であるはずがない。けれども、富や幸せや価値について、もっと新しい基準を創作する機会が訪れているのかもしれない。このあたり、じっくりと考えたい。よく観察してみると、いつの間にか、人々の価値観にも変化が訪れているのだ。それは自分の胸に聞いてみても明らかなこと。世間でいうセレブな暮らしでなく、ブランドの服や品物に囲まれたり、贅沢な店で食事をすることよりも、もっと大切で基本的な暮らしを感謝し、心から楽しめるような精神構造に変化してきている。贅沢がいけないとか、エコな暮らしに徹底するとか、そういう問題ではなく、人にとって何が必要なのか、そのあたりが見えてきているのかもしれないし、それよりも、もしかしたら、単なる加齢なのかもしれない。まあ、これは時間をかけて分析してみたい。
 23時のNHKラジオは日曜名作座アンコール。平成15年、森繁加藤コンビ最後の収録である。作品は藤沢修平の『夜の雷雨』。壮絶な作品だが、ふたりの迫真の演技が、とても90歳を超えた人間の演技とは思わせない。当時、ボクはこれをリアルタイムで聴いたが、おふたりの加齢は無視できなくても、それでも感動して拝聴したものであった。そして、この録音がおふたり最後のものであったことは、このアンコール放送で初めて知ったのである。改めておふたりのご冥福を祈る。
 墨東奇譚をかけて睡眠導入剤にしようとしたが、作品に引き込まれてしまい、眠れなくなる。だから無音にして、たまには純粋空想の世界で遊んでみた。
 キジバトポッポのいるサンルームは夜になると気温が下がる。でも、あまり心配するとコボちゃんに笑われる。
▲ 枯れ枝が冷たい雨の傘となり

◇ 富士登山 お鉢巡り( 郵便局) お鉢巡り(郵便局前)を通過しました。 次の地点は剣が峰。

1120・金・
 今朝も朝寝坊。執筆に集中できない。
 コーヒータイムの後、コボちゃんはキジバトポッポを窓辺に解放し、あわただしく出勤していく。コボちゃんは人間とイヌネコ、キジバトの世話で忙殺されている。
 窓辺ではアルルとポッポが並んで日向ぼっこをしている。ボクはパソコンに向かい、カレンダー告知のBCC配信。たまにBCC配信をすると、つまらないことで失敗をする。でも、たちまちのうちに返信をくださる人もおられて、ありがたい。
 『ひみつのブルブル』の原稿に加筆するが、この作業が進まない。何もないところを原稿にしていく方が、はるかに楽しいし、作業もはかどるのだ。キャラクターのイラストレーションも思ったようには進まない。でも、締め切りだけは守りたい。
 いつものランチタイムでニュース三昧。そういえば、昨日の民主党は強行採決をやらかしたらしい。詳しいことは知らないが、野党になった自民党のしたことといえば、審議拒否。その昔、与党だった自民党が強行採決に対して審議拒否をした野党の民主党に民主主義の放棄だ、と非難していたのは、どこの政党だったのだろう。与党になっても、野党になっても、お互いが同じことをやっている。ただ、今の民主党は選挙前の自民党とは違い、圧倒的な支持率を誇っている。さあ、この強行採決を大衆はいかに審判するか。
 食器を洗いながらのラジオ。ゆうゆうワイドで、魚河岸から高級魚が消えたという情報。高級魚を仕入れても、それを買い上げていく業者がいないらしいのだ。氷河期は就職の場だけではなく、客商売の現場にも不景気の北風は吹き荒れているらしい。魚河岸が閑散としてる。麻布の高級料理人が語っていた。
 午後は明日の講演のリハーサル。ラストのポエムの朗読は声に出して。ただ、この公演原稿はもっと整理の必要ありと感じる。けれども、もうその時間はない。きちんと頭に入ったかどうかが不安。
 デイキャッチでは宮台先生が素敵なメッセージを送っていた。金の切れ目が縁の切れ目。そういう社会で、古い時代の価値観を再評価しなければならない。もっとも大切なのは地域の絆。地域に健全な人間関係があれば、個人が孤立することはない。いざとなれば、相互で助け合うことができるのだ。利害関係でない、魂の連携が、貧しくても人々に幸福を与えてくれる。そういう宮台教授に、友達は助けてくれませんよ、とは悲しい強啓氏の感想。もしかして、彼は豊かな少年時代を経験していないのかもしれない。個人の考え方に、その人の歴史が反映されている。
 朝、あまりに慌しく、コボちゃんが下着の着替えを忘れていった。なので、シャワーを浴びたボクは、フルチンの上にバスローブ。コボちゃんの帰宅を待って、急いで着替えを済ます。
 いつもの透析。昨日ラジオで聴いた地球表面席に対する雲の面積と気温の関係を考えた。暖めるなり、冷やすなり、複雑な要因が地球に影響を与えている。現在問題にされているのは温室効果ガスであるが、それは二酸化炭素ばかりではない。たとえば、人間がするオナラや、家畜のするゲップにはメタンガスが含まれていて、その温室効果は二酸化炭素の比ではない。そして、もうひとつ話題にされないのが水蒸気の温室効果。たとえば、金星が灼熱の惑星である理由は二酸化炭素と同時に、大量の水蒸気も関係しているのだ。もっとも、その高温の最大の理由は太陽に近いということなのだが。さて、水蒸気に温室効果があるのだとすれば、これから頻繁になる燃料電池の利用は、この地球温暖化に、どれだけの影響を与えるのだろうか。燃料電池の普及は、二酸化炭素の排出をコントロールするかもしれない。けれども、確実に増加する大気中の水蒸気は、気温ばかりではなく、その降水量にも影響するであろう。まあ、燃料電池の材料である水素ガスを発生させるにも、電気が必要なのであって、その発電はどのようなシステムで、と考えると不安のネタは尽きない。そうでしょう。原子力発電所の事故は、温室効果より、はるかに恐ろしいとも思えるのだが。まあ、人間の欲望をコントロールできれば、それが理想なんだと思います。
 金曜日のNHKラジオはオールディーズと歌謡ドラマと上方演芸会。今夜の歌謡ドラマは『鰻の寝床』。納谷五郎が昔気質の鰻職人。山下智子は鰻屋の若女将だったが、いい味を出していた。優れた女優というものは、どんな職業でもやれるのではないかと錯覚させてくれる。今夜の山下智子さんは若い女性と中年の女性を巧みに演じ分けて、ますます見事な女優ぶりを見せてくれました。新しいシリーズにも期待です。もちろん、今後の京ことば源氏物語の語りにも。
 透析後、レントゲン。ひさしぶり、あの親切で愉快な技師さんの担当だった。彼は偉くなって、あまり深夜勤務はしてくれないのだ。楽しく会話をしながら、放射線のシャワーを浴びました。
 帰宅すると、キジバトポッポはサンルーム。ネコドモが鈴の音多角歩き回っておりました。ミミはボクの胸に前足をかけて伸び上がり、そのおでこをボクのほっぺたに押し付ける。ネコと鳩が仲良くできればいいんだけど、残念だなあ。それぞれ、みんな可愛くて仕方がないのだ。
 TBSラジオのアクセスを途中まで聴き、朗読CDに切り替える。今夜はかなり後半まで萩原朔太郎の『猫町』を聴くことができた。やはり詩人の文章はボクにイメージを与えてくれる。
▲ 寒いとは顔が痛いということです

1121・土・
 6時に起床。パソコンに向かう。7時からはTBSテレビのサタズバ。下村健一氏の声さえ聞けばそれでいいのだ。
 さて 昨日は副総理がデフレ宣言をしたらしい。デフレは嬉しくないが、宣言は悪くない。国民が覚悟できるからだ。各方面も、真剣に対策を講ずるだろう。前政権は、現実を隠すことに勢力を傾けてきた。その勇気の欠如が今の日本にしたのである。民主党を攻めることはできない。支持されていないことが明白であるにも関わらず、いつまでも政権にしがみついた自民党の責任は軽くはない。
 昨日のカレンダー発売BCC送信に対する返信をいくつかいただく。ありがたいことである。ルポライターのなまえゆうじ氏からは、とうとう『生江会』発足の知らせ。三井ホーム社長の生江隆之氏の指揮棒で、三井ビル最上階の三井クラブでやるらしい。これで、隆之、有二と明、そしてボク、エム ナマエこと雅則が幹事として集合するのだ。返信の中にはデビュー40周年の記念行事についての問い合わせもあった。何かイベントが成立するとありがたい。宮台先生に昨日のメッセージに対するお礼のメールをする。本当にいい放送で、今の時代であればこそ、必要な精神なのだ。
 いつもよりゆっくりとした時間に散歩に出る。途中、コーギーのヤマト君と出会ったアルル、夢中で遊ぶ。アルル、嬉しくて吠えている。ヤマト君、真正面にきて、ボクの顔を見あげている。サングラスが珍しいのだろうか。ヤマト君は9歳だが、若々しくて可愛い。体をなでると、ころころと喜ぶ。アルルと盲導犬ごっこをしていたら、今度はコーギーのメイちゃんと出会う。メイちゃんは、すぐにお腹を見せて降参のポーズ。いつもの花壇は日当たりが悪いので、遊歩道側の花壇でコーヒーを飲む。すると、こんどは大型テリアのラナちゃんがやってくる。アルル、喜ぶ。ラナちゃんの飼い主さんは、ボクの尊敬するスポーツライターのお嬢さんだ。
 帰宅したらもう10時。コボちゃんはキジバトポッポを窓辺に解放してから、美容院へ。キジバトポッポ、鳥篭の天井を開くと、見事に飛び上がった。少しは飛行技術が上達しているらしい。
 ボクは午前中、ずっと講演準備。
 時間となり、バーバリの乗馬服タイプのジャケットに着替える。ひさびさ、バーバリのトレンチコートに身を包む。これだと、気温が5度以下でも暖かい。ヌイグルミのアリーナを連れていく。
 下高井戸近辺を歩いていると、いきなりイタリア語。コボちゃんに聞くと、パスタレストランがあるという。そこの料理人が外で会話していたのだ。うん。一度そこを試してみたい。
 京王線下高井戸から明大前。井の頭線に乗り換えて吉祥寺。JRで次の駅が三鷹。あっという間だった。
 午後2時半、会場へ到着。タクシーで大野田小学校に着いたのは、予定のかなり前の時間。教育委員会の鈴木先生と打ち合わせ。以前、オリンピック村での木村裕一氏との公演を聴いてくださったことがあり、以前から興味を持ってくださっていたことを知る。空気が乾いているのでお茶がおいしかった。
 三鷹の大野田小学校講堂は階段構造。会場に入り、座って前半の発表が終わると、歌手のみなみらんぼう(南寛康)さんが声をかけてくださった。あれれ、らんぼうさん、どうしてここにいるの?と尋ねると、教育委員会のメンバーであるらしい。でも、なんとなく安堵。地獄で仏、といったら、教育委員会に叱られてしまうが、会場のアカデミックな雰囲気に圧されていたので、救われた気分になれた。
 午後3時、武蔵野市教育委員会より依頼の「むさしの教育フォーラム」の講演は『自分を生きる』。この演題は教育委員会からのリクエストで決まった。午後4時までの1時間の予定だったが、前半で押していたので、実際には50分間の講演となる。まず、ヌイグルミのアリーナを紹介して、腹話術をするわけではないのでご安心をと伝えて挨拶とする。冒頭で絵のパフォーマンスに時間がかかったり、クロノグラフの時報設定をミスしたりで、時間がなくなってしまう。恥ずかしいことだが、前半はユーモアたっぷりにできたのが、後半は駆け足になってしまい、ボクとしては尻切れ蜻蛉の感あり。空気が乾燥しているせいもあり、やたらと喉が渇いたら、すぐに水の入ったコップを提供され、教育委員会の皆様はとても親切だった。
 急ぎ足のしゃべりはコボちゃんからは不評。でも、会場からは笑いもあり、公園終了後には控え室でみなみらんぼうさんからもお褒めの言葉をいただいた。寛康とは寛康と書く。どうして「らんぼう」と発音できるのかはいつかお尋ねしてみたいが、名は体を表すというが、寛康さんはまさに寛大そのものの人柄。相手のミスや失策を大きな包容力で許してくださる。まさにそういう人である。表面的な面識しかなかったのだが、ゆっくりとお話をさせていただき、よかった。名曲『ウィスキーの小瓶』は最初、中村正敏のために書いた曲だったのが、若い中村氏には難しい、ということで作者自身が歌うことになったとか。そういうわけで、ユニークなシンガーソングライターの誕生秘話をうかがうことができた。
 ホワイトボードにかいた絵にサインをして、色紙に絵をかいたが、筆記用具を忘れてしまい、普通の鉛筆でかいたものだから、何本も芯を折ってしまった。おまけに、中断したせいで、絵もお粗末で申し訳なかった。
 小学校からタクシーで下高井戸まで。駅前の喫茶店コロラドで、おいしいコーヒー。最近、こういう正統派の喫茶店がなくなったせいか、店内には年配の落ち着いたお客さんがいっぱい。やはり、喫茶店にはそれなりの風格が必要なのだ。たとえば、南新宿のトムもそうであるが、喫茶店にはコーヒーの香りばかりでなく、落ち着いた空気も重要なインテリアなのである。と、ここまでは褒めたのではあるが、ただし、空腹で注文したコボちゃんのピリカラオムライスとやらは、出鱈目な料理。つまり、オーソドックスな喫茶店で、きちんとした調理施設なしで作る料理だから、フライパンを使うわけでもなし、せいぜいがオーブンか電子レンジで作れるだけの料理なのだ。ボクは青山の伝統的な喫茶店で、堀プロのタレントさんたちにも好評だった、オムライス作りの名手だったので、たかがオムライスであろうとも、タマゴ専用のフライパンと、大きな中華鍋がなければ、理想のオムライスはできないことを知っている。自慢ではないが、ボクのオムライスは店のウェイトレスたちにも好評で、いつも注文よりも大量に作って、みんなに分けたものだった。ああ、懐かしい。場所は仁丹ビルの隣でした。
 下高井戸からはクオリスで帰宅。駐車場から歩いていると、誰かが追いかけてくる。慶應義塾志木高校の同輩、関夫婦だった。ボクのメガネを見て、似合っているな、といってくれるのだが、このポルシェの高級サングラスは、関がボクにプレゼントしてくれたもの。志木高校の卒業者は豪徳寺にもいて、世間は狭いのである。
 夜になってメールを開くと、宮台先生からのありがたい返信があった。先生はメッセージ通りの人生を生きておられる。ボクのような片隅の存在でも、大切にしてくださるのだ。
 さて、本日の講演の中心は高校時代の親友のこと。無心で遊んだ少年時代が、豊かな人生を作り出してくれる。このテーマは、さくじつの宮大先生のメッセージとも重なるのだ。そして、講演からの帰り道で、その志木高校の同期生と会ったりして、偶然は重なるものです。
 キジバトポッポを鳥篭に戻し、ボクはマッサージチェアでリラックス。21時を待たずに眠ってしまう。
 張り切って準備をしていた割には、満足できなかった講演となった。もっとしっかりとメッセージできるよう、来月の仙台までには、講演原稿を磨き上げたい。
▲ 日が落ちてトレンチコートの襟立てる

◇ 富士登山 剣が峰(ゴール)到着 剣が峰に到着しました。
ついにゴール地点の「剣が峰(標高3,776m)」に到着しました。富士山登頂本当にお疲れ様でした。
◇ 富士登山 1周目走破! 次回より、秩父札所めぐりコースを歩き始めます。

1122・日・
 未明より起きて動き出す。いただいたメールに返信したり、お礼のメールを送信したり。ありがたかったのは、昨日の講演を耳にして、このボクに講演のオファーをくださった中学校教師がおられたことだ。こういうとき、ホームページを開いておいてよかったと思う。
 ケータイの時計が進んでいるので、時刻設定で秒合わせができないか試す。音声ガイドがあまり親切でないので、うまくいかない。すると、本日の万歩計がクリアされていることに気づいてガッカリ。このあたりの説明がもう少し親切で丁寧でもいいと思う。今のボクにとって、歩くことは最大の楽しみのひとつなのだ。ドコモのサービス、いいようだが、やはり中途半端。これがそもそもの電電公社の体質でもあるのだ。ボクの電話機はNTTの製品だが、この作りが悪い。NTT製品を選んだことには今でも後悔している。以前はシャープの電話機を使用していたのだが、デザインも機能性も満足していた。けれども、玄関のドアフォンとの連携で、NTTの機会に交換したのである。でも、ワイアレス小型機のデザインも悪く、ポケットに入れておくと、ちょっとした動きでボタンが押されてしまったり、誤操作が生じる。やはり民間のメーカーの方がはるかに新設で合理的なデザインをしていると思う。ドコモのらくらくフォンも、以前よりはかなり進化したと喜んでいたが、パケット通信で稼ぐことには熱心だが、まだまだ盲人には親切とはいえない気がする。
 昨日の疲れが残っている。でも、空腹感はない。
 コボちゃんは休み。レンタカーのトラックで荷物の引越しをする。コボちゃんは倉庫にこもり、荷物の整理をしている。いちばん大変なのが、作品の仕分けだ。大量のスケッチブックや下絵、原画があるが、それらを仕分けしていく。とにかく、今度建てた新しい倉庫はかなりの信頼性。収納スペースも多く、また天井も高い。容積もあるし、断熱材も周囲と壁に張り巡らしてあるので、レベル4とはいえ、作品の保護には心配がない。ただ、4階からひとりで荷物を降ろすコボちゃんは大変。途中からは雨も降ってくるし、本当にコボちゃんはよく働く。頭が下がります。要するに、ボクが活動できているのは、友人の助と、コボちゃんの存在があってこそ、なのである。
 新政権はまだまだ日本丸の操船に不慣れだし、メディアは不安をつのらせるし、しばらくこの不景気風のやむことまないだろう。それでも、表現者として踏みとどまるためには、無駄な出費を抑えることでしか対抗策がない。ボクの仕事にとって、最も大切なのは仕事場環境なのである。すべてを忘れて創作に専念できること。振り返ってみれば、いつもこのことばかりに心を配ってきたような気がする。
 エジプトのミイラのかなりのパーセンテージが動脈硬化に侵されていることが判明。つまり、動脈硬化は文明以前にあった疾患なのだ。ボクは考える。糖尿病も動脈硬化もストレスに関係があるのではないかと。エジプトの為政者たちにストレスがなかったとは考えられない。ただ、現代人はエジプトの為政者以上にストレスを抱えているのかもしれない。
 午後、コボちゃんは雨の中、トラックで倉庫との往復。新しい倉庫に荷物を収納にいく。ボクはCDをBGMに、ずっとパソコンに向かう。
 幼馴染とアーティスト仲間と電話で話をする。たまにはメールではなく、電話でのおしゃべりもいい。
 夜、コボちゃん帰宅。コボちゃんはくたくた。NHKラジオの文化講演会をBGMにコボちゃんと食事。講演会のテーマは手作り弁当。で、ボクらが食べているのはケンタッキークライドチキンと吉野家の牛丼。でも、吉野家の豚汁は旨かったし、ケンタッキーのコールスロウも悪くない。
 ビールを飲んで、いい気持ちになりながら、ひさびさに第二期日曜名作座を聴いてみる。今週前半で、森繁加藤コンビの日曜名作座を味わったので、そんな気持ちになったのだ。新しいふたりも、少しは上達してるかもしれない。と、そんな僅かの期待もあったのだが、やっぱりダメだった。竹下さんは力み過ぎだし、西田○△は、まるで進歩もなく、いい加減にやっている。このふたり、まるで絡んでいないのだ。竹下さんの熱演には好感を抱けるが、でも、もっとリラックスして、それぞれの人物の気持ちにはなれないだろうか。そういう意味では、やはり加藤みち子という役者さんは人間観察ができていた。西田○△は、誰を演じても同じ。これは役者の技量の問題ではなく、人間性に起因している気がする。とにかく、よほど集中していないと、登場人物が識別できなくなり、物語そのものが見えなくなってくる。第一期日曜名作座では、そういうことは皆無であった。むしろ、ボクは過去の日曜名作座を、再び50年間、再放送し続けていただきたい。
 メールあれこれ。BGMはラジオ深夜便。でもまるで頭に入らない。
 『草枕』をBGMにベッドに潜る。けれども、ときどき分からない熟語があって、気になって仕方がない。この作品はデジタルデータでも持っているので、今度時間をかけて、デジタル辞書と首っ引きで読んでみたい。てなことを考えていたら眠っていた。
 仕事をしながら昨日の疲れを癒した日。でも、コボちゃんはよく働いていた。
▲ 日曜日雨のリズムは子守唄



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