全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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●6月15日~6月21日
0615・月・
 早起きをして散歩の準備。けれども、コボちゃんが起きてこない。と思ったら、アルルのベッドで寝ていた。よっぽど疲れているのだろう。
 散歩に出たのは8時過ぎ。おかげでスタンバイのクイズにメールで応募できた。ブランド犬軍団に遭遇する心配があるので、大回りをして豪徳寺へ。いつもの花壇でアイスブラックコーヒー。砂糖抜きで飲むと、コーヒーそのものの甘みがあって旨い。かなり年配の紳士がしきりにアルルに声をかけてくる。犬がお好きなのだと思う。けれども、もしかしたら盲導犬と勘違いをされているのかもしれない。駅周辺は人通りが多い。クルマの往復も頻繁なのは本日が月曜日の15日だからである。天気は不安定だが、晴れ間があるらしく、日差しを感じる。歩いていると汗が出てきた。
 コーヒータイムで手紙類を読んでもらう。キロンがじれて、その手紙を端からかじっている。
 遊歩道から騒音。エンジン式芝刈り機で草刈をしているのだ。その騒音の中で青木裕子アナウンサーと電話。朗読館の現場はうまくいっているらしい。深尾がいい仕事をしてくれている。
 キジバトポッポは見事に回復している。羽ばたきも強くなった。ただ、元気が良過ぎて水をこぼしたり、傷口が開いてしまうのが心配。完全に回復してくれないと、空へは戻せない。猫やカラスの餌食にはなってもらいたくない。窓辺に置いてやると、他の鳥たちの声が聞こえてきたり、風の匂いが気になって、自由を求めて羽ばたいているのかもしれない。キジバトはおもちゃのラッパのように、「プー」と鳴く。けれども、治療している間、コボちゃんに抱かれているとき、コネコのように「ミー」と鳴いたことがあるらしい。コボちゃんはそれを可愛いという。
 在米の友人にメール。おおたか静流さんを紹介して、パフォーマンスに招待されたのだ。ボクのホームページの静流さん関連記事を送信した。
 頭をからから回しても、アイディアがまとまらない。どうも仕事が進まない。あちらこちらに謝りを入れなくてはならない。
 外へ出ると、コボちゃんが忘れ物。通りの角でアルルと待機。戻ってきたコボちゃんが、アルルを
「まるで盲導犬みたい」
という。
 いつもの透析。どこやらで、鳩山が手紙をもらったと騒いでいる。NHKラジオ真打競演の取りは立川談四楼師匠。「三年目」を演じていた。ぬるくも熱くもなく、ちょうどよい湯加減の高座。下北沢の独演会にいきたいのだが、いつもタイミングが合わず、口惜しい思いをしている。
 帰宅するとキロンがうるさい。ふたりが戻ると、マグロの刺身がもらえると思いこんでいるのだ。今夜は半額セールのマグロがなくて、キロンは期待はずれ。ビールで鯖寿司をつまむ。24時半、ラジオ深夜便で藤沢周平作品朗読。作品は今夜から「小糠雨」。初めてではないのだが、よくは思い出せないので、次回が楽しみである。25時のニュースが終わるのと同時に眠りに落ちていた。
▲ お手紙で正義の鳩の返り討ち

0616・火・
 朝寝坊。コーヒータイムの後、コボちゃんは出勤。いつもの朝の運動と日記。
 キロンが浴室に入り、水を出せとうるさいので、扉を閉めてやる。しばらくして開けてやると、
「んにゃあん」
とお気楽な声を出して飛び出してきた。ミミはボクの膝の前のフットレストで寝ている。
 ホームページ執筆は17文字。仕上げて絵夢助人さんに送信。『ありがとうアリーナ』執筆。そろそろニューヨークについて書かねばならない。絵本「ねことしつけ」のテキスト。まだまとまらない。
 夕方から雷雨。コボちゃんの勤務が終わる頃には豪雨。落雷もあって、アルルがボクのベッドに飛び上がる。コボちゃんの帰宅は9時になる。それでもまだ雷雨は終わらない。西から東へ雨と雷が通過していった。
 アクセスをBGMに夜食はおいしい和牛の焼肉。不景気のせいで高級食材の安売りがありがたい。
▲ 最後まで解散できず野垂れ死に
▲ 雷神を供に従え通り雨

0617・水・
 スタンバイでは森田君が空からオタマジャクシの話題に触れていた。もちろん悪戯説。他の可能性は無限に小さい。埼玉県でも同類の事件が発生して、近所で白鷺が目撃されたとされているが、オタマジャクシの発見された家では、こんな事件は初めてだと証言している。もしも白鷺の生態故の事件であるなら、この季節に毎年発生してもよいのである。それが何故に今年だけの事件であるかと問えば、答えは人間にあり、なのである。
 コボちゃんが起きるのを待って、散歩に出る。既に日差しは強い。今朝は下高井戸方面へ出発。途中、関君の家の前で、アルルは猛烈にスピードを上げた。何かもらえると思ったのだろう。駅前の銀行花壇でコーヒー。すごい人通りだが、その大半は日大生。さすがマンモス大学。
 足利事件で無実の人物を犯人に仕立てた県警のトップが謝罪する。ボクには臭い演技に聞こえたが、被害者は優しい人なのだろう。本気にして許すと記者会見。いや、許すべきではないでしょう。これを機会に、無実の人間を犯人に仕立てる警察を本質から改革しなければならない。
 青木弘子ママと青木岳志氏のご両親がくる。ご挨拶。お手製の笹団子やチマキ、肩ロースの焼き豚をいただいた。いつもおいしいものを作ってくださるのだ。感謝。
 デイキャッチに川柳を投稿したが、やはり相手にされず。今回は悪くないと思ったのだが、残念。やはりボクのは弱毒性なのだ。
 いつもの透析。ラジオあれこれ。死に物狂いで都議選応援をしている麻生太郎。やればやるほど逆効果。選挙に負ければ退陣せざるを得ないだろう。脱出不可能、袋小路。ニュースのトップは党首討論。どちらが首相だか分からない。
 ジャムザワールドのシャッフルクイズはすぐに判明。「コワラ地蔵、復讐」は「興福寺、阿修羅像」。ボクは今でもこの阿修羅像の顔立ちを鮮明に映像として浮かび上がらせることができる。いや、それほど印象的で魅力的な仏像なのである。上野の国立美術館では100万人の来館者を記録したとか。これは企画展としては最高記録。ジャムザワールドに里中真智子さん出演。麻生太郎が地に落としたマンガの殿堂を擁護していた。つまり、あれはマンガの殿堂と呼ばれるべきの物ではなく、総合メディア文化センターである、という主張。マンガのオリジナルは必ず劣化する。それをデジタルデータ化して、永久に保存しようというのである。これはボクも当事者だから、よく理解できる。そして、オリジナルや著作権の所在を明らかにして、違法コピーによる被害を阻止し、そこから得られる利潤を作者に還元しようという試みなのだ。これを可能にするには、膨大な資金が必要である。そのスタートを国家に起動させようという試作であったらしい。ただ、麻生太郎が発言すると、国民もメディアも、たかがマンガ、たかがアニメとディスカウントしてしまうのだ。けれども、マンガのルネッサンスはこの日本で起きたのである。それを永遠に記録する殿堂はあってよいような気もした。
 透析よりの帰り道、赤堤通りを改造バイクのダサイ族が通り抜けていく。音だけは勇ましい。暖かくなり、そういう連中も地面から顔を出す季節になったのである。
 帰宅して焼き豚や笹団子を食べる。旨かった。
 Nさんからのメールがある。病に立ち向かっている。祈る気持ちでいっぱいになる。
▲ 謝って済めば警察いりません
▲ 応援をすればするほど逆効果

0618・木・
 目覚めてコーヒータイム。昨夜、焼き豚があまりにおいしくて食べ過ぎ。お腹がもたれて仕方がない。ずいぶんボクの胃袋も弱くなったもんだ。
 カズコおばちゃんから電話。長電話になる。青木のお母さんへ電話。手作りの笹団子やちまき、焼き豚のお礼をいう。本当においしいのだ。蓬は本物。春にとったものを茹でて乾燥させて、そして使うのだそうで、草の繊維があって、香りもある。笹は取れ立て。新潟の味である。
 夜6時半、寿矢にて生江隆之、三井ホーム社長、田所専務、青木裕子アナウンサーと会食。朗読館を中心にして有機的な波紋が広がっていく。ボクの本名は生江雅則。同族再会の楽しい時間。慶應義塾入学以来の42年間のブランクが吹き飛ぶ。途中、ライターの生江ゆうじ氏にも電話。彼らは高校時代の仲良しだったとか。不思議な縁である。愛知県の日本福祉大学の名前明氏にも声をかけ、今度ぜひ生江一族の会をやりたい。
 生江隆之氏は桐朋学園生江学園町のご子息。大学時代、カントリー音楽をやっていたとかで、意気投合してカラオケへ。深夜まで歌合戦。社長就任時期の最も多忙な時期の貴重な時間をいただいて感謝である。これも青木裕子アナウンサーがライフワークとしての朗読館の建設を決心したことが始まりなのだ。旧友、深尾教授のサポートにも感謝している。彼が生江隆之社長の経歴を調べてくれたので、この42年ぶりの再会が実現したのである。
 酔っ払って帰宅。コボちゃんに報告してからバタンキュー。楽しかった。
▲ 蓬餅梅雨の合間に春の味

0619・金・桜桃記・
 1948年のこの日、玉川上水で入水した太宰治が発見される。そしてまた、この日が彼の誕生日なのである。生誕100年。ちなみに、1948年はボクの生まれた年。2048年、ボクの生誕100年を誰が思い出してくれるのだろうか。あはは。
 どんどんと日差しが強くなる中、小田急線、総武線で信濃町へ。途中、白人が目立つ。新宿駅では白人の男性に秋葉原はこれでいいかと尋ねられた。相手は日本語。ボクは英語。口が勝手に英語をしゃべってしまうのだ。横でコボちゃんが笑ってる。
 信濃町慶應義塾病院。待合室でひさびさ、本を読んでもらう。最近、コボちゃんが勤務に慣れていないせいか、本を朗読するエネルギーが枯渇しているのだ。
 午前11時50分、慶應義塾病院心臓血管外科の四津良平教授の診察を受ける。ボクの頭脳は年齢相応。性能は悪いが、脳みそはまだ壊れてはいないらしい。四津教授は必ず触診して心臓の音を聞いてくれる。ボクの知る限り、リスペクトできる医師のすべてはスキンシップを大切にする。いや、医師ばかりでなく、優れた医療従事者はスキンシップを重んじる。触れ合いは信頼のスタートラインなのだ。今回も四津教授、ボクの筋肉を褒めてくれた。図に乗ったボクは、元クラスメイトのよしみとばかり、教授に筋肉トレーニングをレクチャーしてしまった。それにしても、友人が尊敬できる医師であることは嬉しい。
 透析の支度をしながらデイキャッチ。宮台先生が近藤編集長とタッグを組んでニュース解説をしていた。本日のニュースで気になった単語が「天の声」。曖昧な表現だ。本当にこの単語が法廷で議論されているのだろうか。それとも、この用語に執着しているのはマスコミだけなのだろうか。大衆の不安や疑惑を誘う言葉であるが、野党議員の事務所が天の声を発する力があるのかどうか、ボクには疑問である。西松建設献金疑惑については、情報のすべてが気にいらない。
 いつもの透析。ジャムザワールドのシャッフルクイズは「あさザクロ、クッソ」だった。これは簡単。すぐに「浅草ロック座」が頭に浮かぶ。このストリップ劇場は有名芸能人を育てた小屋。同じ建物には浅草演芸場がある。
 帰宅して赤ワインを飲みながらアクセスを傾聴。今夜は阿蘇山大噴火が出演。裁判所は信用できるか、がテーマ。いずれにせよ、裁かれるのも裁くのも人間。裁判所ではマスコミが報道しない真実のドラマが展開されている。
 桜桃記の夜、太宰治の作品をBGMに眠る。
▲ 天の声すぐに首相へ落ちてくる

◇東海道コース 府中到着

府中を通過しました。
 次は丸子。

0620・土・
 最近、どうも寝酒が残っていけない。コボちゃんがコーヒーを入れてくれたのがが分かっていても、すぐに起きられず、結局冷めたコーヒーを飲むことになってしまう。コボちゃんは出勤。ボクはもう一度寝る。気持ちが悪いのだ。目覚めてからいつもの朝の運動と日記。やっと調子が出てくる。
 久米宏の番組に漫画家のクロガネヒロシが出演。今年の上半期を振り返っていた。彼はいう。歴史はいつもひどかった。これは見識。ボクも考える。時代はいつも激動している。そして、歴史は決して反省しない。振り返っても振り返っても、人類は間違いを繰り返している。そういう宿命の中、個人の幸せの価値が問われる。
 ボクはクロガネヒロシ氏のおかしなユーモアのある漫画が好きだった。彼はいつも死が頭にあるという。生と死が同居しているからこそのブラックユーモア。彼は自分の漫画をそう評価していた。自分はどうだろうか。37歳のとき、長くてあと5年の命といわれ、明日は死ぬと思いながら還暦まで生きている。それなのに、つまらない仕事ばかりというのは、要するに才能がないのだ。考えて損をした。くそ。
 パカパカ行進曲をBGMにマッサージチェア。機械に背中をほぐしてもらう。今週は聴取率調査週間で、ラジオはやたらと懸賞募集。不景気のせいで商品は大したことはないのだが、ボクもついつい応募してしまう。ずいぶんTBSラジオの番組アドレスを登録してしまった。
 夕方から絵本テキストに向かう。いつも思うが、絵本は簡単ではない。けれども、テキストをいじっているうちに絵が見えてくるから面白い。あたかもそこに絵本があるかのように見えてくるのだ。ミケランジェロが大理石の塊に潜んでいる形を掘り出すように、ボクにも未来の世界に存在する絵本が見えるのかもしれない。という具合にいったら、こうは苦労しないのだ。とほほ。
 夢中で言葉と格闘していたら、いつかラジオ文芸館の時間になっていた。今夜は「とりつくしま」。いつか歌謡ドラマで取り上げた作品である。この作品に限っては、ラジオドラマの方がイメージの広がりを感じた。けれども、東直子という作家はもっと読んでみたい。
 イランでは市民が命がけで改革を実現しようと闘い続けている。自由をもてあまし、ダレている若者がいる国、自由を勝ち取るため、命を失う若者のいる国。どちらも、地球の上での話である。
▲ 缶の底湿気た煎餅ひとかじり

0621・日・
 目覚めてNHKラジオ「音楽の泉」でクラシックをBGMにいつもの朝の運動と日記。政治討論は環境問題。けれども、たちまち党利党略の道具となる。なんたる狭き視野だこと。
 最近気になったラジオCM。男、タクシーに乗り込む。
「新橋まで」
 運転手、答える。
「人はどこまで走ればいいんでしょうねえ」
 絵本「ネコのしつけ」は新しい視点が見えてきて、多重的な構造になってきた。これが客観的にどう評価されるかは不明。とりあえず、絵本テキストの形にまとめる。
 絵本アイディアのストックを再検討。思いついたときは面白いと感じても、時間が経過するとどうしても色あせる。恩師渡辺茂男先生の教えを思い出す。NPOのネーミングを考えるが、いい考えが浮かばない。心が飛んでくれないのだ。
 生江一読にメール送信。集まれれば面白いと思う。
 ラジオ深夜便は俳句。切れ字についてのレクチャー。ボクのような素人には基本からの説明はありがたい。
 24時のニュースの後、眠る。四方八方、雨のカーテンに囲まれて過ごした一日。
▲ 雨音に閉じ込められた日曜日



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