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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年12月31日~2019年1月6日
☆1986年、完全失明をしたボクが人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの両親に、あなたの息子の余命はあと5年と告げたそうです。完全失明して余命が5年とくれば、そりゃ、親は息子をあきらめるかもしれません。けれども、ボクはボクをあきらめることができません。それより、目が見えないまま、新しい人生を進んでいく自分の姿を生き生きとイメージしていたのです。そしてその通り、ボクは今日まで、こうしてちゃんと生きています。青息吐息ながら、物書きとして、全盲イラストレーターとしてちゃんと生きています。お医者は神様ではありませんから、もしもお医者に余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとする意欲を、もっと信頼してあげてください。ちなみに総理大臣も神様ではなく、ただのオッチョコチョイですから、森羅万象をお任せするわけにはいきません。
 さて、この日誌はボクの毎日のリアルな記録ですが、透析患者が単なる病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけの、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしている事実を知っていただくためのものでもあります。それから難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名のしてあることがありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。また、ボクは決して嘘つきではありませんが、もしもエンターテイメントで嘘をつく場合は、嘘はどこまでも嘘らしく書いてありますので、どうかご安心ください。


1231・月・大晦日・除夜の鐘・年越し・

 1927年、昭和2年の今日、ラジオでの初めての除夜の鐘が放送された。このときは上野の寛永寺から東京管内に向けての生中継だったが、その2年後からは浅草の浅草寺の鐘の音が全国に中継されたという。やっぱ、日本人にとってこの除夜の鐘というイベントは欠かせないものなんだと思う。年が明けるというイメージは、紅白歌合戦が終わってテレビ画面に鳴り響く鐘の音と重なるのです。

 NHK「マイあさラジオ」の今朝の音楽は「蛍の光」。ああ、今年も終わるのだと思わず感傷的になってしまう。これは日本人としてのほとんど脊髄反射的な反応なんだけど、日本にやってきた外国人の多くが、ことにヨーロッパ系の外国人が、このスコットランド民謡がかかると、どの店からも追い出されてしまうのには納得がいかないと訴えているらしいのだが、実にお気の毒なことである。ま、卒業式も紅白歌合戦も、みんなこれで幕が閉じるんだもんね。ま、今年も本当にお疲れ様。お世話になりました。

 胸騒ぎの腰つき。これ、オイラはずっと、胸騒ぎ残し月、と思い込んでいた。平成最後の紅白歌合戦のラスト、いちばんおいしいとこはサザンの「勝手にシンドバッド」を熱唱する桑田佳祐とユーミンに持っていかれた。地上最強、さすがは桑田君。自分の役割をよくわきまえているんだよね。桑田佳祐に火っ掻き回されてオイラの血圧は上がりっぱなしでこの年は暮れていくのです。

▲ ユーミンと桑田で鳴らす除夜の鐘


■ 2019年

◆ 1月・睦月・
0101・火・元旦・

 トランプという法螺吹き大統領とアベちゃんという嘘つき総理大臣がやたらベタベタしていた2018年という年が奇跡的にも平和のうちに暮れてくれ、本当に明けましておめでたいんだけれども、ゆうべの飲み過ぎ食べ過ぎで、お腹の調子が悪く、血圧も高いのです。ま、アルコール摂取は一時的に血圧を低下はさせるけど、翌朝は必ず血圧を上昇させるのは常識なんだよね。そんなこと、プロの病人としては知っていて当たり前なんだけど、病気の歩く大博覧会としては、実に困ったもんです。情けなくも朝のおめざのオロナミンCも胃袋へスムースに落ちてくれず、全国的には素晴らしい初日の出が拝めたということらしいんだけど、オイラの元旦気分は最低だったのです。ううん、桑田君とユーミン、怨みますぞ。

 今年もNHK「マイあさラジオ」の受け売りが展開されますが、よろしくお願いいたします。ということで、1918年、大正7年の今日、警視庁が初めてオートバイによる交通取り締まりを始めた。自動車の数とともに増加する交通事故対策として導入されたもので、当時は白バイでなく、赤いオートバイで赤バイと呼ばれていたらしいけど、そういわれても消防庁のバイクみたいで、なかなかピンとはきませんよね。

 元旦といえば、お正月のついたち。となれば毎月恒例の全国日の出日の入りの時刻です。札幌の日の出は7時6分、日の入りは16時10分。仙台の日の出は6時53分、日の入りは16時27分。東京の日の出は6時50分、日の入りは16時38分。大阪の日の出は7時5分、日の入りは16時58分。福岡の日の出は7時23分、日の入りは17時21分、ということです。本年もなにとぞよろしくお願いいたします。

 夜になったら気分回復。肺癌で片肺になった愛犬アルルが元気にしていることの年賀メールも送信できたし、となれば気分爽快、天下泰平、アホなオイラは得意満面、泰然自若となれるのです。すると、いくつか、年賀メールに熱い返信が届いて、ありがたいことである。今年も頑張れるぞと思わせていただけるのです。

▲ 元旦や今年もいるぞ犬と猫


0102・水・初荷・初夢・書初め・

 1959年、昭和34年というとオイラが11歳になろうとしている年なんだけど、その年の今日、ソ連が世界で初めての月ろけっっとを打ち上げた。月の近くを通過した後、太陽を周回する軌道に入り、ソ連はその月ロケットを人類最初の人工惑星となったと喧伝してたけど、その意味するところは事実上の行方不明。今頃、どこを飛んでいることやら。

 箱根駅伝往路は波乱含みで展開。青山学園が苦戦して、またまた連覇、ということにはならないかもしれない。トップは東洋大学。さぁて、明日の復路はどうなるのか。

 おかげさまでこの新年もコボちゃんとアルルとの初詣を許された。神様に昨年のお礼を言上し、境内のお稲荷さんにもお礼を申し上げる。神社が賑わっていたのは不景気が理由なのか、それとも平成が無事に幕を閉じようとしている、そのことのお礼参りなのか。ここに集っている子どもと若者に、そのあたりを取材したい気持ちになるが、もちろんそんなことができるわけがない。人は集まっても神社は昨年も不景気が続いたらしく、台風で破壊されたまんまのガランガランのスズがまだ戻っていない。代わりにおみくじを販売していて、引いてみたら中吉だった。

 初詣の次の目的地は透析室。今年最初の人工透析である。看護師と透析技師とバイトのドクター、フロアの面々と、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

▲ おかげさま犬と並んで初もうで


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございました。
25番、津照寺を仮想参拝、通過しました。
次は26番、金剛頂寺。
あと7,576歩です。

現在の歩数、575,024歩。
3周目の仮想徘徊です。


0103・木・

 1951年、昭和26年の今日、NHKラジオで第一回の紅白歌合戦が放送された。大晦日に放送されるようになったのはその2年後の第四回から。このイベントの記録は2015年に「紅白が生まれた日」というタイトルで、その放送の様子がNHKテレビドラマとして再現されている。このドラマ、サピエ図書館の音声映画にもリストアップされていて、オイラもお勧めである。オイラが3歳になろうとしている頃のエピソードで、覚えているわけないんだけれど、なんか既視感があって、不思議な感動をしたんだよね。

 箱根駅伝、往路を見たら、やっぱ復路の結果を無視するわけにはいかないでしょう。とにかく、この中継を聴かないうちは、何にも手がつかないのです。というわけで、青山学院、よくぞ東洋大学を追い越した。けど、2着は残念。やっぱ、5連覇は難しいよね。来年は頑張ってください。とにかく学生ランナーの皆様、毎年のお正月を盛り上げてくれてありがとう。明けて早々のランニングで、高校時代、家族そろって慶應義塾を応援に、箱根に出かけていったことをいつも思い出しています。これで慶應義塾が参加できれば、もういうことはないんだけどね。

▲ 駅伝がゴールしたなら始めます


0104・金・官庁仕事始め・

 窓からの日差しが温かい。仕事机で日向ぼっこをしながらアルルの安眠しているオイラのベッドの片隅に両脚を乗せて転寝をしていたら夢を見た。それもお風呂の夢である。オイラが大きなお風呂でゆらゆらしていたら、そのうち誰かが外からのぞいているので不愉快になり、オイラはお湯に潜って潜水泳法。ぐんぐんとお湯を突っ切っていくうちに、いつの間にかオイラはオリンピックで金メダルを獲得しているのだ。てなわけ、ないのです。たとえ夢でも、オイラにはそんな夢、見させてはくれません。とほほ。

 透析中の夕食の話である。お節料理にはいい加減に飽きてきた。なのに、楽しみにしていたオリジンのカツカレーが売り切れていて、コボちゃんが買ってきてくれたのは肉野菜炒め弁当。ということで、今夜の肉野菜炒めの野菜、心なしか、パリパリして口の中に刺さるような気がした。まずくはないんだけど、口惜しいのです。

▲ トースター今日で四日目磯辺巻


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございました。
おかげさまで26番、金剛頂寺を仮想参拝、無事に通過しました。
次は27番、神峯寺。
あと64,140歩です。

現在の歩数、583,660歩。
ぐるぐる回って三度目の嘘つきです。


0105・土・

 1993年、平成5年の今日、フランスで再処理した日本の使用済み核燃料が初めて日本に到着した。1トンのプルトニウムを運んだ輸送船の航路や日程が一切公開されず、沿岸国や環境保護団体から批判の声があがったが、当然の話である。プルトニウムは猛毒なうえ、核爆弾の材料となる物質なのである。北朝鮮なんか、地下で製造している濃縮ウランなんかより、本当はこのプルトニウムが欲しくてたまらないのだ。輸送ルートが知られたら、ほっかむりをして包丁片手に強奪にくるかもしれないのだ。そもそも原発というのはアメリカが原子爆弾を製造するために仕立てた設備であって、電力はその副産物。原子力発電所の平和利用という喧伝は大量殺戮のエクスキューズに過ぎないのである。けれどもこの日本、核兵器製造の予定もないのに、そんなにプルトニウムを貯蓄してどうする気なのか。人の国に再処理を依頼して、その廃棄物を自分の国では処分もできず、打つ手もないのに放射性物質が余剰となっていく。日本がトイレのないマンションといわれる、これが所以なのである。

 毎週土曜日の午後は久米宏の「ラジオなんですけど」を愛聴しているんだけれど、本日は大滝詠一の未発表の音源「熱き心に」を初公開している。小林旭(こばやしあきら)のバージョンしか聴いたことがないので、とても新鮮な感じがする。どっちがいいか、なんて野暮はいわないけれど、大滝詠一の個人スタジオには、こうした未発表の貴重な音源が唸っているのかもしれない。どんどん公開していただきたい。

▲ 黒豆に熱き焼酎注いでる


0106・日・小寒・新月・部分日食・

 1912年、明治45年の今日、ドイツの地球物理学者、ウェゲナーが大陸移動説を発表した。およそ3億年前、南北アメリカ、ユーラシア、アフリカ、インド南極の各大陸がひとつにまとまっていて、次第に分裂移動して現在の形に至ったという説である。世界地図を目の付け所を変えて観察すれば一目瞭然。世界地図を巨大なジグソーパズルとして眺めるような発想の転換があれば、子供でも考えられるのだが、常識に拘束されている大人たちには簡単なことではない。幼い頃、世界の謎、というような書物で初めてこの説を前にした自分は、疑うことなく、この大陸移動説に納得し、地球物理学というカテゴリーに大いに興味を抱いたのである。

 2001年、平成13年の今日、中央省庁を12の省庁とひとつの府に再編成する新体制がスタートした。大蔵省は財務省、建設省や運輸省は国土交通省に統合されてしまったんだけど、この新省庁体制になってから、ボクら国民はますます誤魔化され易くなったような気がしてならない。大蔵省という唱え方には重みがあるけど、財務省という言語に歴史は感じられない。そして、財務大臣に重みがないのはみんなが感じる通りなのです。あの人、大蔵大臣という肩書きだったら、もうちっと真面目にやるのかもしれません。いずれにせよ省庁再編成以来、お役人のインチキがますますエスカレートしているような気がするのは錯覚ではないと思う。昨年来の官僚の忖度や嘘つきレポート、公文書改竄など、ますますその実体が明らかになっていることに、多くの国民は同意するに違いないのです。

 天気予報は晴れなのに、ガラス窓からの日差しがなくて寒くて仕方がない。アルルもミミコも暖房の効いているオイラの部屋でぬくぬくしている。なのに世の中は晴れているらしく、全国で部分日食が目撃されたらしい。東京では30パーセント。北海道では40パーセント。冬の新潟でも観察され、新潟の皆さんは感激されておられた様子。日食観察眼鏡、売れたんだろうな、きっと。

 ミミコがやってくれた。羽根布団一面に未消化の朝御飯を噴霧してくれたのだ。さあ大変、大掃除。するとミミコのやつ、迷惑をかけたのがわかったのか、オイラの膝に乗って胡麻をすろうとするから、あっちへいけと邪険にすると、いつもはいかない椅子の背中にかけてある革ジャンとセーターの隙間に挟まって、うじうじと声も発せず、行方不明となって、人間をさんざん心配させてくれて、ひどい復讐なんかするのです。

▲ 初春や猫の粗相の後始末


2018年12月10日~16日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1210・月・世界人権デイ・

 2012年の本日、小沢昭一さんがお亡くなりになっている。大好きな役者さんだった。TBSラジオの長寿番組、「小沢昭一的ココロ」は毎日必ず楽しみに拝聴していて、ボクの生活リズムを作ってくれていた。また、小沢昭一さんは俳句の名手でもあって、「変哲」の俳号でたくさんの名句を残しておられる。永六輔、小沢昭一、野坂昭如の中年御三家の武道館コンサートはビートルズに次いであの武道館を満員にした実績があって、そしてこのボクも、その満員にした人数のひとりだったのだ。その三人も既に鬼籍に入られて、ボクは寂しくて仕方ありません。

 1968年、昭和43年の今日、3億円事件が発生する。東京府中市で白バイ警察官を装った男に、もしかしたら女かもしれないけれど、現金およそ3億円が盗まれた。3億円というと、今ならそれほどのサプライズではないのかもしれないが、当時の3億円は年間の利子が800万円で、貯金さえしておけば働かなくても食べていけるような大金だったのだ。社会を驚かせたこの事件、7年後には時効を迎え、そのまま今も事件は未解決のままで、あれこれと憶測が飛び交っている。誰も傷つけていなかったし、お金を使った形跡もないんだけど、この犯人、どうしているのだろう。ノンフィクション「私はこうして3億円を奪取した」てな暴露本でも執筆すれば、ベストセラー間違いなし。3億円稼いで、堂々と暮らしていけばいいのにね。

 NHKラジオ第2の「朗読の時間」は本日から軽井沢朗読館と中軽井沢図書館の館長、オイラが日本一の朗読家として仰ぐ青木裕子さんが有島武郎を読んでくれる。コボちゃんとらし始めた頃、今のようなサピエ図書館のおかげで自由自在の音訳読書が許されなかった頃は、CDブックで読書を楽しんでいたのだが、その当時で最も印象的だった作家のひとりが有島武郎だったのだ。ということで、青木裕子さんがいかに有島武郎を料理するか、楽しみで仕方ないのである。

 ガツンときました冬本番。いきなり寒くなりました。山では冬将軍が暴れてます。じんわりと積もるのではなく、気がついたら腰までの積雪だというのだからたまりません。考えてみれば、今日で師走の10日。寒くないのが不思議なんです。

▲ 年の瀬の雪の知らせで安堵する


1211・火・

 1957年、昭和32年の今日、百円硬貨が発行された。硬貨では当時の最高額面で、鳳凰のデザインが銀色に光り輝いていた。それまでの最高額面のコインは50円。穴あき銀貨で大きく重たく、堂々としていた。透明プラスティックの50円玉専用貯金ケースなんてものがあって、10枚貯めると500円。それを握って、目玉を光らせながらノッシノッシと歩くブリキのロボットを買いに走ったことを思い出す。当時の500円は子どもにとってのひと財産だったのだ。

 1989年、平成元年の今日、黒沢明監督が米国アカデミー賞の特別名誉賞を受賞することが決まった。世界中の映画ファンを夢中にさせ、世界上の映画監督たちに大きな影響を与えたことが受賞理由だった。ちなみにこの年、オイラも賞をもらっている。児童文芸新人賞。この年、失明後の処女長編童話でいただいたのである。賞の重さは違うけど、あの頃のオイラには第二の人生のスタートを祝ってくれるビッグプレゼントだったのです。

 東京の朝の最低気温は1.4度。今シーズンいちばんの寒さとか。エアコンのヒートポンプのおかげで生きてます。

 午後からエム ナマエの研究者、広島大学の奥田博子さんから電話がかかってくることになっている。その電話インタビューに備えて、奥田さんからいただいた質問リストを拝読しながら、仕事机でゆったりと心構えをしていたら、隣に毛むくじゃらのでかくて真っ黒なゴリラがやってきて、オイラのことを撫でたり突っついたり、顔をのぞきこんだり。優しい顔のゴリラで、どっかで見たことがあるなぁと考えていたら、それはメスのゴリラで、よくよく確かめてみたら、それはアルルがゴリラのヌイグルミをかぶっていたのでした。あんまりよくできたヌイグルミだったので、本物のゴリラかと思ったのでした。と、気がついたら夢でした。さっきから足を乗せていたベッドの足元でアルルも眠っていたのです。

▲ 日向ぼこゴリラの夢で目が覚める


1212・水・

 1901年、明治34年というと20世紀の始まりの年だと思うけど、その年の今日、イタリアのマルコーニが大西洋を横断する無線通信に成功した。イギリスと北アメリカのニューファウンドランド島の間、3200キロを隔てた通信に成功したのであるが、当時の人たちはビックリしたんだろうね。今なら、遠い太陽系の外側に向かっているボイジャーからの電波をキャッチしたと聞いても、誰も驚かないのにね。ま、マルコーニさんが、21世紀の人々がポケットにスマフォという超高性能無線電話を持ち歩いていて、世界中の人々と無駄話にうつつを抜かしていると聞いたら、おそらく気絶するのだと思います。

 海上自衛隊の護衛艦「いずも」が空母になるという噂はどうやら本当のことらしい。おまけに護衛艦「かが」まで空母化されるらしい。果たしてどれだけの人がご存じか知らないけれど、旧日本海軍は空母を実戦使用した世界最初の軍隊である。ご存じ真珠湾攻撃で奇襲雷撃とはいえ、空母を主体とした南雲機動部隊は大いに戦果を上げたのである。で、それら機動部隊の一群に空母「加賀」も参加していたのである。
 1960年に公開された東宝映画『太平洋の嵐』に、小学6年生になったばかりのオイラは夢中になっていた。当時、我が家では父親が不器用に仕上げた、50分の1のマルサンプラモデル、ゼロ戦がオイラと弟のハートを鷲掴みにしていたのである。東宝は海軍映画制作にえらく意欲的で、どこかの海岸に実物大の空母「赤城」の飛行甲板を築き上げ、そこに実物大の雷撃機やゼロ戦艦上戦闘機を並べてロケを決行したのであった。円谷英二特撮監督が再現するのは精密ミニチュアによる真珠湾攻撃に向かった機動部隊は、南雲忠一中将を指揮官に、大型空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「瑞鶴」「翔鶴」だった。真珠湾攻撃で大いに活躍したこれら空母たちだが、やがてミッドウェイ海戦で次々に雷撃を受け、沈没していくのだが、ああ、爆弾と魚雷さえ早く交換できていれば、勝てていたのになぁ、と子ども心に口惜しかったのを今でも鮮烈に覚えているのです。さて、今の日本における空母の存在って、どうなのでしょう。敵地反撃能力を専守防衛における防衛力、もしくは抑止力と認めても、オイラはいいような気がしてます。局地戦における戦力で、防衛が可能とはとても思えないからです。たとえ護憲派でも、そこの点ではリアリストであるべきでしょう。

 わぁ、驚いた。朝日新聞のウェブサイトからアルルとミミコに取材依頼があったのです。さぁ、大変。アルルはダイエットしなきゃならないし、ミミコはお洒落もしなくっちゃ。さて、実際の取材はいつになりますかね。

▲ 商店街まだ新鮮なクリスマス


1213・木・煤払い・

 1925年、大正14年の今日、東海道線と横須賀戦で電気機関車の牽引による列車の運転が開始された。東海道線は東京と神奈川、横須賀戦は大船と横須賀の間だった。芥川龍之介の「みかん」も横須賀線が舞台だが、作品の時代は列車を牽引するのは蒸気機関車。トンネル内で向かいの座席に座った少女が車窓のガラス窓を開けてしまって、車内が蒸気機関車の煤煙で真っ黒になるという場面が描かれているが、鉄道の電化は、喘息の持病がある方々には実に朗報であったに違いない。けれど、オイラのような蒸気機関車マニアにとっては国鉄全線電化はつらくて悲しくて寂しい知らせ。スティールカメラとムービーカメラ、そしてステレオデンスケをかついで、日本海を臨む山陰本線や北海道の原野を蒸気機関車の汽笛を求めてうろうろするはめになってしまったのです。

 いきなり寒くなって、ちょいとばかり血圧が高いけど、気にしていると何もできないので無視。パソコンの前に正座して、本当は椅子に正座するのは難しいので正座しているような真面目な気持ちになって、「しじまのおもちゃ箱」のテキストをしあげている。で、今日は勤務がお休みのコボちゃんはいつもの精肉店で特大のクリスマスチキンを予約してから帰宅。一度これを忘れたことがあり、スーパーやカーネルサンダースの適当なクリスマスチキンで悲しい思いをした経験があるので、これだけは忘れてはならないのだ。で、お土産はマックのほかほかフライドポテトと、精肉店のおいしいメンチカツ。今日はこれがおやつです。

▲ ごめんなさい気にはするけど煤払い


1214・金・

 1960年、昭和35年の今日、植民地に独立を与える宣言が国連で採択された。この年はカメルーンやナイジェリアなど17の国が次々と独立を果たし、アフリカの年と呼ばれた。でもさ、それで当たり前なんだよね。ちょっとばかり強いからといって、勝手に人の国に上がりこんで、そこで平和に暮らしている人々を門問答無用で連れ去り、自分の国でただ働き、自由も権利も認めないなんて人さらい商売をやらかしておいて、おまけに新しい国を見つけては植民地に仕立てていく。ひとつしかない地球の上で、そんなことが許されていたなんて、人類は1960年まで、いったい何をやっていたのでしょう。

 朝、コボちゃんが洗濯物を干そうとしたら、屋上に氷が張っている。昨夜だか未明だか、雨が降ったらしいのだ。それにしても氷とは。とうとう都内も冬将軍に陥落したらしい。やだな。これ以上血圧が上がったらどうしよう。

 プレクストークにクリスマスの音楽を並べる。それとなく流して家庭にクリスマスの空気よカムバック。短い期間だけど、幼い頃の華やいだ気分を呼び戻そう。

▲かまど猫一度なりたやかじけ猫 


1215・土・上弦・

 1965年の今日、米国の宇宙線が史上初めて宇宙空間での接近飛行、ランデブーに成功した。ジェミニ6号と7号が太平洋上空の軌道で3メートルまで接近したのである。これでアポロ計画の可能性が舞台的に大きく前進したのである。高校2年生のオイラもわくわくして大空を見あげていたのである。で、1977年の今日はというと、日本で最初の静止衛星、サクラが打ち上げられたのである。その後、この実験用静止通信衛星サクラを使って8年間、電送や衛星管制技術などの実験が行われるということで、アラサーとなった宇宙大好き人間のオイラは、ますます希望に満ちて大空を見あげていたのである。

 いつもだったら土曜の朝のお楽しみはNHKラジオ、「真打競演」なんだけど、年末の特別企画で、今朝は未来の真打を人間国宝、柳家小三治師匠が紹介する「ネクスト名人寄席」をやっている。うん。悪くない企画だと思います。頑張れ、若い衆たち。

 草津ではマイナス5度を記録したとか。TBSラジオによるとスキー場では雪が降っていたらしい。草津温泉というと、毎年夏の間お世話になっている山の透析室からクルマで数十分。コボちゃんがアルルを連れて散歩する温泉街なのであります。皆さん、ふゆによろしくお伝えください。

 いきなりの寒波で隙間風に悩まされている。工作好きの猫のミミコがオンボロ仕事部屋の障子に様々な加工をしてくれているのだ。充分に研磨された猫の爪で、障子紙を好みの形に切り裂いていく。実に器用なことである。熟練工も真っ青の腕前なのだ。そこで今朝はミミコ以上に器用なコボちゃんがその破れ目に応急処理をしてくれている。アルルとの朝の散歩の時間を犠牲にして補修してくれているのだ。器用といえば、愛猫ジュピターの爪を思い出す。夏の間、換気のためにセロテープで固定してあるガラス窓から、そのセロテープを爪の先で器用に切り裂いて、ジュピターは自由に出入りしていたのである。これを目撃したときは実に驚きましたね。

 無言館の館主、窪島誠一郎先生からお電話があり、八十二銀行でのエム ナマエミニ展覧会が好評のうちに延長されていたとのことである。窪島先生のおっしゃるには、
「ああいう、夢の中でオナラを踏んだような絵が好まれるんだよな」
 ま、いいのです。何手いわれようと、オイラの絵を好いてくれる方々がおられるのは、とってもありがたいことなのだ。おかげでホームページにカレンダーの注文があったと絵夢助人(えむすけびと)さんからもご報告がありました。

▲ 隙間風寒いはずです山は雪


1216・日・

 1909年、明治42年の今日の出来事だけど、路面電車の話ではない。東京山手線で電車の運転が始まったのだ。区間は今の新橋と品川、上野の間と、池袋と赤羽の間だった。これがやがて丸くつながってぐるぐる回る山手線になるわけだけど、よくつなげたもんだと思う。で、そこにゲートウェイてな駅を付けた総てんだから、とんでもない話です。

 アルルの鼻は便利である。オイラがオンボロ仕事部屋に滑り込み、後ろでで唐紙(からかみ)を閉めようとすると、これが閉まらない。隙間に何かがはさまっているのだ。アルルが自分の鼻先をちょこんと突っ込んで、あたしも入るわよ、と主張しているのだ。もしもオイラに思い切りの馬鹿力で閉められたらどうするのだろう。けれどもアルルは、人間が自分にそんなひどいことをするとは黒い毛の毛先ほども心配していないのだ。これが人と犬との信頼関係というものなのだ。

 今夜の晩酌の肴はいかめし。いかめしといってもあれこれのタイプがあるけど、今夜のいかめしはオイラの好きな函館のいかめし。うん。これでないと、オイラの顔はいかめしくなるのです。ちゃんちゃん。

▲ 日曜日いかめし欲しいかじけ猫



2018年11月26日~12月2日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1126・月・ペンの日・いい風呂の日・

 1974年の今日、田中角栄総理大臣が辞意を表明した。金脈問題による政局混乱に対する道義的責任がその理由とされていた。ということで田中角栄で思い出せる話です。
 1972年、オイラが初めてヨーロッパに出発した直後の7月7日が田中角栄総理大臣就任の日だった。けれど、初めての欧州放浪旅行中のオイラに、田中角栄が総理になろうと、ゾウリムシになろうと、そんなこたぁ、オイラの知ったことじゃない。けれど、ロンドンからネス湖までヒッチハイクで旅したり、リバプール駅でジョンレノンの声帯模写でロンドンまでの切符を買ったり、憧れのパリの路上射的場で生まれて初めてルガーP08なんかの本物のピストルによる実弾射撃を体験した後、欧州大陸間急行、TEEでパリからジュネーブへ移動し、ユングフラウヨッホを擁するグリンデルワルドのホテルのカフェバーのテレビで田中角栄の姿が大写しにされているのを見て、ああ、この人が我が国の今の総理大臣なんだな、と改めて田中角栄という人物を認識させてもらったのである。そして忘れられないのが、カフェバーの専属ピアニストがそんなオイラのために彼の知っている日本の曲を次から次へと演奏してくれたことである。
 このホテルでは女性で初めて世界三大北壁を征服したアルピニスト、今井通子(いまいみちこ)さんが滞在しておられて、その昼間、一緒にお茶をするという名誉をいただいたし、ユングフラウヨッホを終点とする山岳登山電車の中で詩人で絵本作家、女優岸田今日子さんの実姉、岸田衿子さんに偶然に初お目見えして同じ絵本作家として意気投合し、それ以来、失明後も長くお付き合いを許されるという幸運にも恵まれた日で気分がよく、これら出来事と田中角栄総理就任は不思議にもめでたく結びついているのである。
 やがてその年、田中角栄は日中国交正常化を果たし、中国における英雄となっていくわけだが、この政治的判断にもボクは拍手を送っていた。ところが突然のロッキード事件である。金権政治問題である。途端にマスコミも世論も田中角栄に対して態度を硬化させた。オイラもえらく腹を立てていた。ところが田中角栄に有罪判決が下り、ご本人がお亡くなりになってから久しい今となって、田中角栄についての評価に方向変換が成されるようになってきた。石原慎太郎の著書「天才・田中角栄」も読みごたえがあったし、現在も週刊文春に連載中、真山仁(まやまじん)氏による巨弾ノンフィクション「ロッキード・角栄はなぜ葬られたのかを興味深く拝読しているところである。出来事から遠く離れてみないと、人はなかなか冷静に物事を判断しないものなのかもしれない。そういう意味ではこの自分も、過去を振り返って顔の赤らむことばかりである。大いに反省したいものです。

 今年は愛犬アルルの肺癌騒ぎで、生きた心地もしない半年間だったけど、アルルにその片肺除去というヘビーなオペに耐えられる体力をつけてもらおうと、コボちゃんはときどきアルルにステーキを焼いて食べさせていたし、今も食べさせている。というわけで、週末もコボちゃんはアルルのためにステーキを焼いていた。すると、アルルだけでなく、猫のミミコも、人間のオイラもステーキの出来上がりにわくわくする。コボちゃんがキッチンに立ってフライパンに牛肉を投じると、その音と匂いに誘われて、猫のミミコもオイラもキッチンに駆けつけることになる。コボちゃんの足元にはアルルと猫のミミコが仲良く並び、コボちゃんを見あげるだけでなく、猫のミミコなんか、ニャーニャーと声を発してやかましくてしょうがない。あんまりミミコが鳴くものだから、とうとうアルルはミミコのために焼いているのだと誤解して、コボちゃんの足元でくるりと方向転換、立ち去ってしまう。アメリカンステーキとかオーストラリアンステーキとか、決してお高いステーキじゃないけれど、こうして肉の塊を中心に犬と猫と人間のオイラのドラマが繰り広げられていくのである。ちゃんちゃん。

▲ 犬と猫ステーキ食って冬籠り


1127・火・

 1959年、昭和34年の今日、日米安保改定阻止を掲げたデモ隊、およそ2万7千人が二度にわたって国会構内に突入した。国会史上初めての騒乱となり、警官隊とデモ隊、合わせて300人以上が負傷した。当時、オイラは永田町小学校の5年生で、あの初冬は伊勢湾台風の爪痕に心を痛めていた頃だった。目と鼻の先でそんな大事件が勃発してるなんて、あんまり意識をしてなかったけど、本格的に安保反対運動が気になり始めたのはその翌年、オイラが6年生になって、教室が屋上よりも高い部屋に移されてからだったと思う。なんせ、全学連のデモ行進が連日のように目の下を通過していくのである。となれば、学生たちのシュプレヒコール、
「安保反対、岸信介、辞めろ」
が耳について離れなくなる。というわけでデモ行進にすっかり洗脳されたオイラは、それ以来反権力が全細胞に染みついて、現在の安倍政権嫌いも、その当時からのDNAなのである。ま、あの人のことが嫌いというのは、ほとんど人間としての生理的反応なんだと思うけどね。そういう人たちには、ぜひとも選挙は棄権なさらないでいただきたい。

 東京の日の出は6時28分、日の入りは16時29分。どんどん昼間が短くなります。そして来月になれば、あっという間の冬至。そしたらまたお日様が復活するのです。

 もしかして大阪方面は2025年の大阪万博で盛り上がってるのかもしれないけれど、今度も1970年万博みたいにうまくいくのかしら。喜んでるのはカジノで稼ぎたい外国資本だけじゃないのかしら。とにかくオイラは南海トラフで予想される巨大地震のことが気になって仕方ないのです。だってこの万博、埋め立て地でやるんでしょ。でっかい津波がやってきたら、火ともパビリオンも、みんな流されちゃうんじゃないかしらね。ついでにカジノも流されちゃえ。

 狭い上にオンボロな仕事部屋で、傍らの愛犬と愛猫、アルルとミミコの存在を感じながら、彼らをモデルにした童話「秘密のブルブル飛行猫」の執筆に集中している。実はこの童話、毎日新聞大阪版に3回に分けて連載したもので、本当は推敲と表現しなければならないところなんだけど、ますます没頭してきて、筆を加えるというより、まるで新しい作品を書き進めているような気分になってきた。最初は軽く加筆修正と思っていたのが、いつの間にかの大仕事になってしまったのだ。ま、この時期にこの作品を単行本にすることを決心したのはアルルの肺癌が切っ掛けであることに間違いはないのだけれど、これを書いているこの瞬間、何よりも嬉しいのはモデルのアルルとミミコが元気でいてくれることである。

▲ ドアノブに下げた焼き芋置き土産


1128・水・税関記念日・

 朝から外出である。おかげさまで温かい。あと少しで師走なんて、嘘みたい。代々木の山下医院で副甲状腺のエコー検査を終えると、一度帰宅して、今度はアルルを連れて川崎の日本動物高度医療センターへ。高木先生による定期健診である。アルル、高木先生にリードを取られると、いそいそとついていく。オイラは4階の待合室で待望のシーフードカップヌードルで遅いランチ。コボちゃんと待っている間にアルルのレントゲン検査も血液検査も終了。結果、アルルの健康状態は良好ということで、そのアルルが表紙になったり、女の子なのにキャプテンアルルとして登場する来年のカレンダーを高木先制に受け取っていただいた。
 赤堤に戻ったら透析まで時間がある。そこで面倒だから家に帰らずいつもの駐車場で午後の太陽光線を浴びながらジョンウィンダムの「トリフィド時代」に耽溺する。で、透析が始まっても夢中で読み続けることになる。その昔、この小説を映画化した『人類SOS』が面白くて、何度も観ていたのだが、全体の統一感がなくて、もっとこの作品を理解したいと長年にわたって気になっていたところ、とうとうサピエ図書館にその原作がアップされたのだ。ジョンウィンダムの作品はこれまでも愛読してきたが、『トリフィド時代』は彼の出世作。かなり深刻なる人類滅亡物語なのに、申し訳ない。何故かわくわくして読んでしまうのだ。ちなみにトリフィドというのは食人植物のことである。

 透析から戻ると国際ジャーナリスト、及川健二君から以下のようなメールが届いていた。

勝谷誠彦(かつやまさひこ)さんが亡くなりました。57歳でした。
お酒を飲み過ぎたみたいですね。

 ショックだった。勝谷(かつや)さんには彼のテレビ番組で取材を受けたことがある。美人アシスタントをはじめ、数人の撮影クルーを引き連れて我が家を取材してくれたのだ。ボクは彼の目の前で彼のリクエストに従い、ダックスフンドと歩くバニーガール姿の美人アシスタントのイメージ画を描いたのである。お互い、ザックバラン気質ということで意気投合し、それ以来、様々な場面で挨拶をすることになる。もちろん彼の出演するラジオにはいつも傾聴していた。及川健二君ともジャーナリスト仲間ということで、彼のパーティーでもご一緒したことがある。そういうとき、勝谷さんは必ず飛んできてくださり、丁寧に挨拶をしてくださった。いつでもどんな場面でも尊敬できる正義漢だった。心よりご冥福をお祈りする。

▲ 菊いちりん小春日和の訃報かな


1129・木・

 1947年の今日、パレスチナをアラブとユダヤのふたつの国家に分割し、聖地エルサレムを国際管理とする案が国連総会で採択された。それ以来、トラブルは多発しても、イスラエルとパレスチナはお互いの聖地を挟んでそれなりのガマンでやってきたのを、ここんとこのトランプの鶴の一声ならず、アホウドリの一声で卓袱台返しされてしまった。トランプは自分の周囲5メートルのことしか目に入らないし、おまけに人の話は聞かない、本は一切目にしないので、自分の決断の未来がまるで見えていない。自らの馬鹿を知らない馬鹿ほどコワイものはないのである。本当にこの人に核ミサイルの発射ボタンを預けておいといていいものだろうか。どうか、あの人のツイッターと一緒に、ぜひとも取り上げていただきたいものである。

 ほんじつはどこにもいく予定なしということで、童話「秘密のブルブル・飛行猫』のリライトに専念する。無責任かもしれないが、年単位の時間が経過すると、自分の作品でも修正したい箇所がいくらでも出てきて、どれだけ集中しても時間が足りなくなってしまうのだ。ただ、ありがたいのは、忘れていただけに、自分の作品を楽しめることである。

▲ 冬の空遠いサイレン気にかかる


1130・金・下弦・

 1963年、昭和38年のこの日、新宿駅西口と荻窪の間を走る都電杉並線の運転が最後となった。廃線の理由は自動車の増加と地下鉄開通による利用者の減少ということで、杉並線が撤去される都電の第一号となったわけだが、オイラは残念で仕方がない。自動車を運転しない人間にとって、都電で都会を走り回るということは、道を覚える最短の手段であったのだ。道だけじゃない。あの街のどの交差点に何の店があって、その界隈がどんな顔をしているか、移動するだけでデータ収集が可能だったのだ。そもそも路面電車だから時間の無駄がない。地下鉄なんて、いくらエレベーターやエスカレーターを完備しても、時間の無駄に変わりはない。そこでボクが興味をそそられるのが最近話題のLRTやスマートレールである。線路がなくても走れるならば、それ以上に魅力的なこともない。どうかもう一度、この東京を隅から隅まで変幻自在、自由に走り回る小さな電車の時代が再来することを心から祈るのである。そうなってくれれば、繰り返し繰り返し都電に乗る夢を見ることもなくなるような気がするのである。

 39年ぶりに木枯らし一号の発表がないということです。今日までに木枯らしが吹かなければ、今年は木枯らしなしの年となるらしいのです。となると暖冬なのか、それとも寒い冬となるのか、そのあたりは微妙と聞いてます。木枯らしが吹かないということは北極圏内に冷気が蓄積されるということで、たとえ師走が温かくても、年が明けて豪雪という事態もあり得るわけで、ここは油断ができません。ま、都会の人間としては、どうか交通マヒを引き起こす大雪だけは勘弁していただきたく、そこは冬将軍様、よろしくおねげえ、いたしますだ。

▲ 木枯らしやせめて一声鳴いとくれ


◆ 12月・師走・
1201・土・鉄の記念日・映画の日・世界エイズデイ・歳末助け合い運動・

 1873年、明治6年の今日、郵便葉書が発行されたとのこと。また1949年、昭和24年の今日、お年玉つき年賀葉書が初めて発行されたとも聞いている。師走の最初の日というのは、何か発行するのに都合がいいのかもしれないね。葉書だけじゃない。1958年、昭和33年の今日、初めて1万円札がお目見えした。それまでのお札は100円札と500円札、そして5千円札に加えての発行だった。図柄は聖徳太子で、1万円札の代名詞は長く聖徳太子とされていた。このお札、とても貫禄があって、お札まで何だか重たいような気がしてた。幼い頃の十円札なんて、お金という感じがしなかったもんね。
 一万円札というと、初めての欧州放浪のとき、懐に入れておいたこの1枚のお札が、旅の最後まで心のお守りになってくれた。不思議なもので、それさえあれば、何でもできるような気がしたものだった。今は我らが福沢諭吉先制が一万円の代名詞とされているが、あの頃から考えると、ずいぶん軽くなったよね。ま、幼年時代の十円札ほどではありませんけど。

 いよいよ師走です。平成最後の師走です。平成も今年も始まったら終わるのが決まりです。では、師走の始まり、毎月恒例、日の出、日の入りの時刻です。
 札幌の日の出は6時46分、日の入りは16時1分。仙台の日の出は6時34分、日の入りは16時17分。東京の日の出は6時32分、日の入りは16時28分。大阪の日の出は6時46分、日の入りは16時47分。福岡の日の出は7時4分、日の入りは17時10分、ということです。あああ、とうとう今年も終わっちゃうよぉ。

 サピエ図書館に2019年度版『声のカレンダー』があっぷされたので、それを参考に来年度のスケジュール表を制作しています。日の出や日没、月の満ち欠け、行事や祝日と、あれこれ書き込んでいきます。そして、お世話になった方々のご命日も。その人のご命日を決して忘れないようにと、丁寧に書き込んでいきます。師走になれば毎年の恒例になっていますが、今年も書き込むご命日が増えてしまったようです。心からご冥福をお祈りいたします。お世話になりました。

▲ 早いですこちら今年も師走です

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。22番、平等寺を仮想参拝、通過しました。
次は23番、薬王寺。あと42,347歩です。
現在の歩数、362,653歩。三度目の正直嘘つき徘徊です。


1202・日・

 本日は日本人宇宙飛行記念日です。1990年の今日、TBS記者、秋山豊寛氏を乗せたソユーズ11号が打ち上げられたからです。その当時、ボクは全盲イラストレーターとして世の中に出たばっかりで、そんなボクを、その後、親友となっていくTBSアナウンサー、下村健一氏が何度も取材してくれていて、ある夜、ふたりで寿司屋のカウンターに並んで寿司をつまんでいたら、店のラジオが宇宙からTBS記者が戻ってくると伝えている。で、同じTBSだから当然その話になるわけで、そうしたら下村氏が、もしも自分に耳鼻科的不都合さえなければ、秋山さんじゃなくって、自分が宇宙を飛んでいたのかもしれないというエピソードを披露してくれたのである。彼は最終選考でそいつが原因で落とされてしまったのだ。ということで、この記念日のことは死ぬまで忘れないことになっているのです

 NHKラジオ第2の「朗読の時間」が刺激となり、山本周五郎の短編集、「艶書」を読んでみる。するとやっぱり面白くて、以前からの山本周五郎ファンがますます猛烈ファンとなり、今度は作品「日々平安」をサピエ図書館から探り当て、何しろ単行本の表題となってないので、いちいちの目次から見つけるのは大変なんです、これも読破する。実はこの作品、黒沢映画「椿三十郎」の原作で、以前から読んでみたいと思っていたのだ。すると今度は映画が見たくなる。意外なことに、原作は浪人が偶然に出会った両家の息子を利用して職にあずかろうとするもので、原作には剣の達人、桑畑三十郎や椿三十郎というような強いおっさんは一切出てこない。黒沢明はただでさえ味わい深い原作を派手なチャンバラシーンを加えることで、誰にでも納得できる大衆娯楽作品に仕上げていたのである。となれば、「赤ひげ」はどうなのだ。ということで、またまたサピエ図書館から山本周五郎「赤ひげ診療譚」をダウンロード。これからじっくり、映画と比較しながら拝読するところです。

▲ 商店街師走たちまちクリスマス


2018年11月19日~25日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1119・月・農協法公布記念日・鉄道電化の日・

 1956年、昭和31年の今日、東海道線の全線が電化されたおかげで、東京大阪間が特急で7時間半で結ばれた。ということは、それまでの特急つばめは蒸気機関車C-62が引っ張っていたということだと思う。だったら、何時間かかっても、ボクはやっぱり蒸気機関車に引っ張ってもらいたかったな。

 長野県上田市における無言館提供 エム ナマエ ミニ展覧会のお知らせをホームページの管理人、絵夢助人(えむすけびと)さんに送信する。

ぼくらの銀行、ぼくらの美術館
第18回 
全盲の画家 エムナマエ展
場所:八十二銀行 塩田支店ロビー
   長野県上田市本郷590?1
日にち:11月26日(月)~12月7日(金)
主催:八十二銀行塩田支店
協力:信濃デッサン館/無言館

 ニッサンのカルロスゴーン会長が逮捕された。もともと好きなおっさんじゃなかったけど、蓋をあければやりたい放題の悪玉さんだったんじゃないのさ。お金だけじゃなく、ニッサンの技術をルノーに移転させたり。知らない間にルノーの性能がニッサンを上回っていたとは事情通から聞くまで、オイラはまるで知らなかったな。ま、オイラはフランスもルノーも嫌いじゃなくて、シャンゼリゼのルノー経営の喫茶店なんか、店内がずらい並んだルノーの運転席みたいで、いつもコーヒー一杯で時間を稼ぎ、ニッポンへの手紙なんか書いていたよな。ま、それとニッサンとゴーンとは、何の関係もないけどね。

▲ 首にしたやつのサラリー俺のもの

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございました。
おかげさまで20番、鶴林寺を仮想参拝、通過することができました。次は21番、太龍寺。あと18,042歩です。
現在の歩数、306,158歩。三度目のバーチャルなお参りです。


1120・火・世界子どもの日・

 1936年、昭和11年の今日というと、真珠湾攻撃のほぼ5年前の出来事である。その日、秋田県の尾去沢鉱山で、金銀銅や錫などの金属精錬の滓を貯めていた、高さ60メートルの鉱滓ダムが決壊した。降雨により、鉱滓は泥流となり下流の住宅を押し流し、374人が死亡した。今なら振り返って考察することも可能であるが、戦争の準備のため、無計画な発掘が原因となったことは明らかだと思う。当時の憲法は個人が国のための犠牲になることを防いではくれなかったのだ。じゃ、今が大丈夫かというと、それも安心できないんだけどね。ま、用心深く国のやることを見守っていきましょうよ。

 札幌から初雪の知らせが届いた。観測史上最も遅い初雪であるらしい。平年より23日遅く、128年前の明治23年と並んで観測史上、最も遅い初雪の観測であるらしい。ま、ボクとしては、このまま温かい冬であってくれればいいと願っていたのだけれど、冬の神様は、やっぱり冬の方針は変えないおつもりなのだろう。

 九州場所、あんまり盛り上がってはいないようです。けど、貴景勝、滅茶苦茶に強いです。親方をいじめてくれた相撲協会への怒りがあの人を強くしているのです。このまま優勝して、貴乃花一門の意地を見せてもらいたいので、最後まで応援するつもりです。

▲ はっけよい親方見てよ強いでしょ


1121・水・

 NHK「マイあさラジオ」でも「今日は何の日」で触れているが、本日は立川談志師匠のご命日である。75歳だった。NHK「マイあさラジオ」では風変りだったとか、型破りだったとか紹介されているが、それは表面だけのこと。実はシャイで心優しい人で、ボクはあんなに優しい人を他に知らない。実はここんとこ、談志師匠の落語CDばかり聴いている。やはり聴けば聴くほど名人の芸であり、風格だと思う。人の心を捕えて放さないものがあるのだ。人はそれを「花」と呼ぶが、ボクはそれが他者への愛と優しさだと知っている。本当はとても熱いお人柄だったのだ。ま、わかんない人には永久にわかんないんだけどね。

 汗をかくくらいの上天気である。慶應義塾病院で心臓のエコー検査を終えると今度は麻布のおくつクリニック。定期健診である。でも、その前に腹ごしらえ。地下鉄乗換の恵比寿の駅ビルのチャイニーズレストランでしっかりランチをして、それから恵比寿駅前のマクドナルドで時間調整のためのコーヒータイム。で、二階にあがろうとしたら混雑していて階段しかない。困っていたら、よく気の利くウェイトレスさんがいて、ボクらのコーヒーを抱えて、外部のエレベーターまで誘導してくれる。こんなこと、マクドナルドでは初めて。ぜひとも表彰状を差し上げたい。

 手根管症候群内視鏡手術の世界的権威、おくつ先生に右手の手根管症候群のオペをお願いする。3年前の左手のオペも大成功。ほとんど死にかけていた左手の感覚が完全に復活していて、その完全復活を右手にも期待しているのだ。実は1年前から右手の痺れも頻繁になり、蚊に刺されたわけでもないのに妙に痒かったり、突然痛みが走ったりして、キーボードに対して30分も指を動かしていると右手から先がどこかへ飛んでいってしまうような気がしてたのだ。ということで、来年すぐのオペである。おそらく、先生は、
「見えない目で、どうやって絵を描くの?」
てなことをお尋ねになりながら、ちょいちょいちょいと内視鏡の先からオペレーションするのである。傷口はたったの1センチ。左手の傷口は、もう誰が見てもわかりません。

 透析からの帰り道、駐車場でアウトバックを降りた途端、ポツンときた。雨だ。あんなに晴れていたのに、である。けれどもこれが予報通り。雨の爆撃に撃たれながら、パジャマ姿で小走りで帰宅。温かいと油断して、着替えをサボってしまったのだ。とほほ。

▲ 外れたらいいのにやはり時雨かな


1122・木・小雪・

 ここのところ毎日、ゴーンのニュースばかりでつまんない。どんどん出てくるゴーンのずる賢さ。どれだけもらえば気が済むのか。お釈迦様は悪魔の誘惑に対して、人の欲望はエベレストを金塊に換えても満足はしないと応えたらしいが、ゴーンの姿はその証明であるといえるだろう。
 さて、長年にわたって小学館のドル箱だった学年誌の元編集長、立山誠浩さんはオイラの大の仲良し。ときどき仲間の近況報告を配信してくださり、エム ナマエもずいぶんお世話になっているのだが、そのお知らせメールの冒頭がいつもお洒落で愉快なコラム。必ず笑わせてくれるのだ。で、今回も爆笑ものだったので、立山さんにお許しをいただき、ここに転載させていただきます。

 ローマの政治家・シーザー(前100頃~前44)は無類の珈琲好きであった。
 とりわけ、ブルーマウンテン(通称ブルマン)に目がなかった。
 ローマの全権を掌握した前44年以降、シーザーはローマに持ち込まれるブルマンをすべてわがものにした。
 旧友で腹心のブルータス(前85~前43)も、無類の珈琲好きであった。
 前44年、シーザー邸を訪れたブルータスは、これまでの友誼に訴えて、一杯のブルマンを所望した。
 シーザーは、無言で杯をふたつ用意し、ひとつにはブルマンを、もうひとつには別の珈琲を注いだ。
 ブルマンの杯を持ったシーザーは、
「いいか、最高軍司令官であり終身独裁官である私は、ブルマン」
 そして、別の珈琲が入ったもうひとつの杯を突き付けて、
「ブルータス、お前、モカ」
 元老院登院途上でシーザーが暗殺されたのは、この出来事の直後であった。
 暗殺団のなかにブルータスの姿を認めたシーザーは、一杯のブルマンをケチったことを大いに後悔したが、時すでに遅し。
いまわの瞬間、彼の口から洩れたのは、非業の最期を引き寄せた自らの失言であった。
いかに辣腕の傑物も、権力を独占すると腐敗するという、ありがた~い教訓である。
判ったか? カルロス・ゴーン。

 午後7時開演、劇団「娯楽天国」の芝居にいく。もちろんコボちゃんのエスコートである。下北沢駅前劇場で娯楽天国30回記念公演「お父さんの休日」である。
 下北沢の駅も駅前もずいぶん様子が変わり、駅前劇場が見つからずにうろうろする。そしたら娯楽のスタッフがボクらを見つけ、エスコートしてくれた。それでも遅刻。座席は舞台の真ん前で、舞台に顎を乗せられそうな近さだから恥ずかしいったらありゃしない。でも笑った。この芝居、今回は再演で、筋書きは知っているけど、やはりポイントで笑わせられる。以前も確か、下北沢の劇場だったよね。若い女優の金金声で耳が痛くなったけど、ベテラン女優の演技にほろり。拍手喝采のカーテンコール。芝居が終わったら看板女優のマロこと高畠和子さんがそっと一言、
「ありがとう」
と囁いた。こちらこそ、いつもありがとう。いつかまた、脚本をやらせてね。

 帰り道、ぐんぐん気温が下がってくる。坐骨神経痛も出てくる。だから、オリジンのお見せの中がやけに温かい。おかずバージョンの肉野菜炒めのダブルサイズをほかほか抱えて帰宅して、それを肴に娯楽天国30周年に祝杯したのです。おめでとう。長い付き合いだよね。

 オイラがベッドにあがると、それまで羽根布団の上で丸くなってたミミコが、待ってましたとばかりにオイラにしがみつく。ありがとう。オイラも待っていたのです。お互い、生きた湯たんぽになろうよね。今夜もとっても寒いのです。

▲ 飼い猫としがみつき合う冬布団


1123・金・勤労感謝の日・満月・

 NHKラジオ「昼の憩い」でピアノマンの佐山雅弘(さやままさひろ)さんの音楽がかかっている。11月14日に64歳で亡くなられていたのである。そしてポンタボックスの音楽もかかっている。佐山雅弘さん、ポンタボックスのメンバーでもあったのだ。そんなこともつゆ知らず、オイラは佐山さんとも村上ポンタさんともお付き合いさせていただいたのである。佐山さんと初めてお会いしたのはおおたか静流さんとコラボされたとき。オイラとも楽しく会話が弾んで、ピアノの隣に座っていたオイラとコボちゃんのために、ガーシュインのラプソディーインブルーを全曲弾いてくださったのである。もちろん無料である。傍らには盲導犬アリーナ。それからは佐山さんのコンサートには可能な限り出かけていくようにしていたけれど、最近はずいぶんご無沙汰で、この訃報はショックだった。音楽をこよなく愛したジャズマンで、オイラは心から尊敬していたのである。村上ポンタさんはある時期、長谷川きよしさんと積極的にコラボしていた時期があって、その頃の顔見知りである。けれど誰にでもなつく盲導犬アリーナがポンタさんにだけは決して近寄ろうとはしなかった。ポンタさん、独特の雰囲気があったけど、特に犬に対するバリヤーを張っていたのかもしれない。それにしても佐山さんがポンタさんのユニットにおられたとは、オイラはジャズにはまったくの無知、いや、ジャズだから、音痴なのかもしれない。素敵なジャズマンだった佐山雅弘さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 今夜は満月である。そして、それを狙ったわけではないが、今夜は絵門組の望年会である。毎年恒例、寿矢の掘り炬燵ルームにおける望年会である。女優、絵門ゆう子さんが亡くなられて12年。今年もゆかりのメンバーが集まっての望年会である。絵門さんの朗読インストラクター、日本一の朗読家、軽井沢朗読館館長の青木裕子さん。絵門さんの元マネージャー、秋山佳江さん。絵門さんの絵本「うさぎのユック」のイラストレーター、山中翔之郎さん。そして絵門さんのご亭主、三門健一郎さん。そしてオイラ、というメンバーである。いつもだったらこの顔ぶれに絵門さんの元税理士の望月税理士が加わるのだが、今夜は関係者にご不幸があり、心ならずも不参加なのである。
 で、以下はその望月税理士からのメールである。もちろんお許しをいただいての転載である。ちなみに望月税理士は希代の日食フリークで、皆既日食とあらば、東西南北、表裏、地球であらばどこにだって飛んでいく人物であるのです。

 ところで、昨夜は綺麗な月夜でした。日食仲間から、以下の様なメールが届きましたので、雑学としてお知らせしますね。(昨日のメールです)
 明日は満月。
 満月の瞬間は明日14:38ですが、より真ん丸に近いのは今夜から明朝にかけてのお月様になりますかね?
 さて、突然ですが…
 「この世をば 我が世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」
 平安時代に、藤原道長が自身の隆盛を満月になぞらえて詠んだとして知られる「望月(もちづき)の歌」ですが、藤原実資(さねすけ)が書いた1018年10月16日の日記の中に、この日に詠まれたものだという記述が残っているそうです。
 これを新暦にすると11月の満月のことになり、今夜のお月様は、道長が詠んだ望月からちょうど千年後の満月になるとのこと!
 千年の時空を超えて、平安の栄華に思いを馳せるか…
 それとも、 満ちた月はいつかは欠けてゆくもの
 …としみじみ眺めるか。
 っていう話です。話のネタにして下さい。

ということで、体型だけが満月になっていく…望月1号でした。

 絵門組望年会は清く正しく盛り上がり、その望月税理士からのメールを心に抱きながら、みんなで件(くだん)の満月を振り仰ぎ、経堂駅でお開きとなるのでした。

▲ 寒月を仰いで契るまた来年

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。
おかげさまで21番、太龍寺を仮想参拝、通過しました。
次は22番、平等寺。あと37,069歩です。現在の歩数、324,531歩。
3周目のバーチャルです。


1124・土・東京天文台設置記念日・

 本日は早い午後の変更透析である。昨日の予定の透析を今日の午後に変更して、絵門組の望年会に参加したのです。
 さて、中途半端な時間帯なので、久米宏さんの「ラジオなんですけど」を最初から最後まで聴くことがならず、途中でラジオから離れなきゃならない。ということでせめて透析中は大相撲に傾聴し、余った時間を音声解説つきのDVD版「半沢直樹」のテレビシリーズに回そうと考えてた。けど、透析室では大相撲中継のラジオの電波が鉄筋コンクリートに邪魔されて雑音がひどい。おかげでレースのカーテン越しに見る相撲みたいで、やたら集中力を消耗させられた。おそらくそのせいだと思う。いつもだったら除水中にどんどん低くなる血圧が、下がるどころか上昇してきて、透析終了後の血圧があきれるほどに高くて途方に暮れた。帰宅してもまだ高いので、そこで秘密兵器の深呼吸。しばらく心を落ち着けていたら、いつもの値に下がってくれて一安心。呼吸は大切です。これはオイラの考えだけど、呼吸ひとつで治る病気はいくらでもありそうです。それにしても雑音と健康の関係は見過ごせません。音響環境には細心の注意を払いたいと思います。

▲ 繰り下げで中途半端な冬の夜


1125・日・

 1890年、明治23年の今日、日本で最初の議会、第一階帝国議会が招集された。当時は貴族院と衆議院の二院制で内閣総理大臣が山形有朋だった。この4日後に開院式が行われたということである。明治23年というと、キリンレモンの発案者、オイラの最初の奥様の祖父がお生まれになった年で、ボクの時代的指針、というか、時代観の物差しとなっている。ちなみにオイラは昭和23年の生まれである。

 1947年というとオイラが生まれる前の年だけど、その年の今日、第一階の共同募金運動が始まった。全国規模での展開はこれが初めてで1か月で当時の6億円、今の金額にしておよそ1500億円という巨額が寄せられた。このムーブメント、翌年から赤い羽根共同募金となるわけだが、これらのお金、巨額なだけに、その使い道が気になって仕方がないのです。本当に大丈夫なのかなぁ。

 大相撲九州場所は貴景勝の初優勝で幕が閉じられた。これ、相撲協会への怒りの優勝だとボクは思ってる。貴景勝の一直線な相撲に怒りのようなエネルギーを感じてしまったのだ。その初日に黒星をつけた相手、稀勢の里のこれからがきになる。ひとり横綱を意識した瞬間に相撲に勝てなくなるくらいのガラスのハートだったら、今後の横綱はもう無理かもしれませんね。それよりも新しい力士たちのため、道を開けることを考えた方がよさそうです。ボクは今場所の新十両、友風(ともかぜ)が気になってます。この新十両、関取になっても尊敬する先輩力士、嘉風(よしかぜ)の付き人を喜んで務めている、という好男子。相撲っぷりもまっすぐで、とうとう今場所は新十両で十両優勝を成し遂げた。来年から、この力士、友風勇太(ともかぜゆうた)。尾車部屋で出身地は川崎。ボクは熱烈応援していくつもりです。みんなもどうぞ、応援してあげてね。

▲ 湯豆腐や新十両をめてたがる

2018年11月12日~18日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1112・月・

 NHK「マイあさラジオ」によると、今日は洋服記念日なんだそうです。1872年、明治5年の旧暦の11月12日、政府の高官が着用する礼服は洋服とするとの太政官布告例が発令されたということで、これにちなんで東京都洋服商工共同組合が昭和4年に制定した、ということですが、本当にいろんな記念日があるものですよね。

 1948年、昭和23年の今日、東京裁判で太平洋戦争のA級戦犯25人の被告に有罪判決が下された。東条英機元総理大臣ら7人に絞首刑、16人に終身刑、2人に禁固刑が言い渡された。このとき、アベちゃんのおじいちゃんはどんな刑を言い渡されたんだっけ。調べてみたら見えてくるものがあるはず。それとも記録から削除されてしまってるかもしれないね。わかんないけど。

 無言館の館主、窪島誠一郎先生から電話があって、ラジオ深夜便アーカイブスを聴いてくださった、ということです。深夜に自分と同じようなインチキ野郎が怪気炎を飛ばしているとおっしゃる。ということは、どうやらオイラのしゃべくりは、窪島先生には好評のようでした。あはは。

 昼間、集中して机に向かい過ぎたせいか、透析中はしんどかった。あんまり真面目じゃいけません。リラックスして適当に。日本一の無責任男、スーダラ節の植木等方式が理想なのかもしれません。とはいえ、植木等とか加藤茶とか、あの方たちの真面目さは、映画撮影現場で目撃したオイラがいつでも証人になってあげます。

▲ あの蜻蛉今はどうしているだろう


1113・火・

 1981年、昭和56年の今日、沖縄本島北部で新種の鳥、ヤンバルクイナが発見されたことが明らかになった。この鳥、山原(やんばる)地域だけに棲息するクイナ科の野鳥で、飛ぶことができず、後に国の天然記念物に指定されていく。飛ぶことのできない鳥というと、駝鳥やエミュー、もしくはキーウィなんかがイメージされるけど、実はオイラ、ヤンバルクイナって鳥のことはよく知らないのです。ま、1981年まで発見されなかったんだから、要するに目立たない鳥、ということでしょう。で、話しは相変わらずの我田引水なんですけど、学生時代に渋谷東横デパートの屋上動物園で飼育されていたエミューと仲良くしてもらっていて、このエミュー、ボクを見つけると歩き寄ってきて、何かくれと睫毛バチバチの大きな目玉でオイラにウィンクするのです。可愛かったな。で、オイラが初めて英国にいったとき、オイラのペンネームを紙に書くと、英国人はエミューと発音してました。それ以来、エミューとは親戚みたいな気がしてます。あはは。

 夜、朝からお出かけだったコボちゃんがオリジンの肉野菜炒め・おかずバージョン・ダブルサイズをお土産に戻ってきた。本日は看護学校仲良し三人組の秋の恒例、日帰りツアーだったのだ。で、メンバーはこの日のプランに毎年脳西郷を酷使している。で、今年のプランナーはコボちゃん。クルマを出すのもドライバーもコボちゃん。そして結局の結論は、犬猫ともども、エム ナマエファミリーが通い慣れた軽井沢で、みんなでお食事ということになったらしい。軽井沢との往復だったら、お手の物。送り出すボクだって安心していられる。ボクらの北軽井沢と違って旧軽井沢は歴史の宝庫。三人組はレンタサイクルで走り回る。旧三笠ホテルは歴史的建造物。国の重要文化財、ということになっている。ネットによれば、三笠ホテルという名称は、敷地前方の愛宕山が奈良県の三笠山に似ていることから、有島生馬、里見弴、山本直光によってつけられたらしいのだ。おお、歴史的。でも、歴史の1ページを飾る三笠ホテルよりも、ボクはジョンとヨーコの愛したという。万平ホテルに興味がある。実はボク、その昔、この喫茶店のチーフとジョンレノンミュージアム公式追悼コンサートでビートルズナンバーを歌ったことがあったのだ。で、コボちゃんはそこでジョンレノンが好きだったというアップルパイを食したらしいのだ。ボクも好物のアップルパイ。で、コボちゃんがボクのためにテイクアウトをお願いしたら、宿泊客じゃないからと、丁寧に断られたとか。残念。そこでアップルパイが肉野菜炒めに化けてしまった、という顛末なのである。ま、留守番のご褒美としては、ボクはどちらでもいいのです。

▲ 霜月や三笠万平軽井沢

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。
おかげさまで18番、恩山寺を仮想参拝、通過することができました。
次は19番、立江寺。あと8,272歩です。
現在の歩数、265,128歩。三度目の嘘の正直です。


1114・水・

 サピエ図書館にアクセスができない。ID番号が違うを繰り返すのだが、番号は間違ってはいない。そこで視覚障碍者のためのデジタルサポートユニット「ラビット」に電話して、いつもお世話になっている木下さんのサポートを受ける。あれこれの指示をいただき、無事開通。こういうとき音声出力はありがたい。こちらが指示通りにアクションしていることが電話でしっかり伝わるからである。というわけで、マイブックのプログラム更新が無事完了。ありがとうございました。

 外は快晴である。冬の日差しが部屋の奥まで差し込んできて、ポカポカと温かい。アルルとミミコはボクのベッドで大の字になって、いや、犬と猫だからDの字かEの字になって寝ている。アルルが大の字で、その頭のあたりにミミコが丸くなっていて、犬の字になってたら愉快なんだけどね。でも残念ながら、こっちの思うようにはなかなかならないのです。

 透析前に造影剤を使用したCT検査を受けました。つまり、それまでは禁飲禁食だったのでお腹がすいているのです。だから、透析が始まればコボちゃんの買ってきてくれたオリジンのカツカレーライスのおいしかったこと。透析ベッドの上で、揚げ立てほやほやトンカツのベッドになってるカレーライスを、ペロリと平らげたのでありました。ご馳走様。

▲ 犬と猫冬の陽浴びて丸くなる


1115・木・上弦・七五三・

 今日は昆布の日だという。子どもたちの健康を祝う七五三に栄養豊かな昆布を食べてもらおうと、日本昆布協会が定めたというのである。そしておまけに今日は着物の日でもあるという。和服を着る機会が多い七五三ということで、その日に着物の良さを知ってもらおうと全日本着物振興会が提唱したものであるそうな。七五三(しちごさん)、貢献してますなぁ。
 というわけで、昆布と七五三はとっても関係があるのです。子どもたちに栄養をつけ、元気になってもらおうという意図があるのです。昆布って、そんなに栄養があるのかと考えてみたら、みんなの大好きな雲丹は昆布の根元に棲息して、昆布をかじりながら暮らしているんです。ま、昆布とカツオは和食の根本。グルタミン酸とイノシン酸の関係で、これはイタリア料理のトマトとチーズの関係に当たるのです。

 またまた安倍晋三がわざわざシンガポールにまで出かけていって、プーチンとふたりだけの秘密会議をやらかしている。北の島を返してもらうという安倍晋三のお手柄のために税金を無駄使いさせて許されるものだろうか。安倍晋三が何を考えようとプーチンは日本という国家を島が質草のセブン銀行くらいにしか思っていないのである。いずれにせよ、温室育ちの安倍晋三が怪物プーチンと対等に闘えるはずがなく、我々国民は安倍晋三がプーチンと仲良しごっこをする度にハラハラドキドキするのである。

 オイラには見えないけれど、本日は文句のつけようのない快晴であるという。朝から晩までピッカピカの晴れだという。ということは放射冷却で地上の熱が奪われたということでしょう。聞けば、今朝の嬬恋地方はマイナス2.8度だったとか。北軽井沢スタジオの水道も凍ってしまったかもしれません。あのあたり、関東ではいちばん寒いエリアなのです。皆さん、どうしておられるでしょう。

 つい最近、ラジオでキャロルの曲を耳にしたような気がしていたが、今日もNHKラジオの「昼の憩い」でキャロルの曲がかかっていた。これがめっちゃ、カッコよくて心が踊った。思わず耳も心も奪われてしまった。これぞロックンロール、なのだ。今もオイラが欲しているロックンロール、なのだ。初めてキャロルを聴いたのは1972年の春だった。文春漫画賞のパーティーの二次会で赤塚不二夫さんにキャロルというすごいバンドがいるから聴いておけ、と命じられ、レコードショップに走ったのが切っ掛けだった。レコードジャケットから革ジャン姿の暴走族みたいな四人の若者がこっちを睨みつけている。とっても優良青少年とは思えないグループだが、レコードに針を落とせばリズム安堵ブルースでロックンロール。もうたまりません。たちまちノックダウンさせられてしまいました。それからのキャロル旋風はすごかった。ビートルズがリバプールのダウンタウンから生まれた奇跡も不思議だったが、キャロルみたいな連中が日本の風土から生まれた奇跡も驚異だった。今日の「昼の憩い」はそのことを思い出させてくれたのである。ありがとう、伝統のラジオプログラムよ。

▲ 昆布食べ和服着ている七五三

◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございます。
おかげさまで19番、立江寺を仮想参拝、通過しました。
次は20番、鶴林寺。あと30,293歩です。
現在の歩数、274,307歩。三度目のバーチャル徘徊です。


1116・金・

 NHK「マイあさラジオ」情報によると1876年、明治9年の今日、日本で初めての官立幼稚園が開園したらしいのだが、東京女子師範学校付属幼稚園には高級官僚の子どもなど、およそ50人が入園したとのこと。つまり、平民の子どもたちは相手にされていないのだ。でもな、家庭の経済的環境が子どもの教育に大いに影響するのは今も変わりがないと思う。

 1930年、昭和5年の今日、川崎市の紡績工場で、高さおよそ40メートルの煙突によじ登り、ストライキを応援する煙突男が登場した。男は労働争議が解決するまでの5日間、煙突の上に居座り続けたというけど、おしっこやうんこはどうしたんだろう。この事件、よく知られてはいるけれど、そのあたりのことはあんまり聞いたことがない。ネットで調べてもよくわからない。ただ、この煙突紳士、ひもじさのせいか、それとも寒かった影響か、もしくはおしっこやうんこを必要以上にガマンしたせいか、気の毒なことにあまり長生きはされなかったと聞いている。ご本人としては世の中の労働者に貢献したい一心で行動を起こしたのだろう。つまり、なかなかの人物なのである。ご冥福をお祈りする。

 夕方、コボちゃんが無言館へエム ナマエの額装作品を発送してくれた。お疲れ様。これで無事に長野県におけるエム ナマエのミニ展覧会が実現するのである。

▲ 部屋の奥届く日差しにかじけ猫


1117・土・将棋の日・

 今日は将棋の日であるとか。江戸時代、将棋好きの八代将軍徳川吉宗が毎年旧暦の11月17日に将軍の前で対局させる、いわゆるお城将棋が行われていたとされることから昭和50年、1975年に日本将棋連盟が定めたらしいのだ。で、ボクは将棋のことは皆目わからない。できます将棋は「回り将棋」と「はさみ将棋」、「お金将棋」と「軍人将棋」。それと、チェスならできるんだけどね。オイラ、漢字が苦手だからさ。

 1869年の今日、地中海と紅海を結ぶスエズ運河が開通した。着工から10年、全長165.2キロの運河の完成で、ロンドンからインドのボンベイ、今のムンバイまでの移動距離が半分近くに短縮されたという。そう。それまでは大変だったのだ。人はいつも明るい未来に向かって働き続けるのだ。ボクらも頑張らなくちゃね。

 東京の日の出は6時18分、日の入りは16時33分。これからどんどん日差しが部屋の奥まで入り込んでくるのです。

 やたらくしゃみが出る。外気温が下がってきたらしい。リビングでは換気のため、開けてある窓があるらしい。だとしたら暖房を入れても無駄。厚着をするしかない。でも、猫のミミコは厚着ができない。ということで、ひたすら膝に乗りたがってます。

 なんか、相撲が面白くありません。とっても残念です。

▲ 糖衣錠つまめぬ指の夜寒かな


1118・日・狩猟解禁・北海道以外・

 1950年、昭和25年の今日、旧国鉄の京都駅が全焼したとNHK「マイあさラジオ」が教えてくれた。当時の京都駅は1914年、大正3年に建てられた木造建築だったそうで、アイロンの電源の切り忘れが原因だったというから勿体ないことをしたもんだ。古都の京都のことだから、どんなに素敵な建物だったのか、鉄道ファンのオイラとしては、一度はこの目で見ておきたかったよな。京都駅というと、梅小路蒸気機関車館を思い出す。新幹線から見ていると、京都駅から大阪に向かってすぐ、右側の窓に梅小路機関区の転車台が見えてきて、その転車台を中心に整備したのが梅小路機関車館だった。目玉はC62の2号機で、特急つばめ号を牽引してきた日本最大級の旅客蒸気機関車だった。今は京都交通博物館とか呼ばれているらしい。きっとずいぶん変わってしまったのだろうね。会館当時の出版物コーナーにはエム ナマエの絵本「きかんしゃ」も展示してあって、鉄道ファンのオイラとしては名誉に思い、大感動をさせてもらったな。テキストは詩人の中野重治先生で出版は国土社だった。出版当時は中野重治先生はご存命で、オイラの拙い絵をとても喜んでくださったという。ありがたいことである。

 朝、遊歩道でチョンワガラスが鳴いている。しきりに何か話しかけてる。かと思うと、カカカと警告音を発している。相手は誰なのだろう。君さえよければ、ボクがいつでも相手をしてあげるのに。

 舟崎克彦(ふなざきよしひこ)氏の晩年の作品、「月光の小判」を読んでいる。人物は俗物だったけど、作品は素晴らしい。本当に素晴らしい。この印象は親しくお付き合いをしていた当時も、そして作者が亡くなられた今も変わらない。とはいえ、今のこのボクの作品へ対する尊敬の念を伝えられないのが残念でならない。これからサピエ図書館で見つけた「ぽっぺん先生帰らずの沼」を拝読するつもりである。出会った頃の気持ちに戻り、しっかりと精読させていただこう。

▲ 日向ぼこ小春日和の猫いいな




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