全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2017年9月18日~24日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

その人は あなたのそばにいるときから
ずっとずっと神様でしたし
あなたから遠く離れた今は
 もっともっと神様なのです


 どうしてそのときに気がつかなかったんだろう。いつもそう思ってしまいます。本当は感謝すべきことばかりなのに、自分は失ってしか気がつきません。本当に馬鹿なのです。


0918・月・敬老の日・

 本日は敬老の日である。ほんの少し前まで、地球の裏側の出来事ほどに縁がないと思われたはずのこの祝日を、気がついたら高齢者となっていた自分が北軽井沢という土地で向かえている。これを不思議といわず、何と表現すべきだろう。ああ、時の流れは非人情。泣きたくなってくる。
 そんな未明のことである。北軽井沢の高原では雨の音が激しくなり、風の舞う気配がしてきている。何だか部屋の空気まで動いているみたい。台風18号が接近しているのだ。けど、心配しても無駄。布団をかぶって寝てしまう。地球の発する巨大な開店エネルギーを前にして、他に何ができるというのだ。どうあがいても無駄なのである。それに嬉しいデータもある。この群馬県、雷はすごいが、台風被害が驚くほど少ないのである。
 目覚めたとき、台風18号は北の海へ向かっていた。この低気圧の渦巻き、北海道にまで迷惑をかけようというのだ。けれども関東地方は台風一過で朝からいい天気になっている。前橋や東京は33度の真夏日になるとのこと。山の中の透析室へのワインディングロードでは蝉が元気に鳴いていた。台風一過が思わぬ夏を連れてきてくれたのである。親子なのか夫婦なのか、茶色い鳥が三羽、山の道路を横断していく。カルガモか、それともウズラのファミリーか。とにかく無事に横断してくれ。そしてドライバーたち、どうか、山の道では制限速度を守ってくれ。

 本日やっと、大切に読んできた書物、惣路紀通(そうじのりみち)著「カブトガニの謎」を読了。そしてわかったことは、本文中のイラストレーションがヒサさんだったこと。あの偉大なる先輩、慶應義塾マンガクラブの創始者、ヒサクニヒコ大先輩だったのである。漫画家で恐竜博士、第二次世界大戦研究家、銃器マニア、玩具と民芸品のコレクター、そして古生物のオーソリティーのヒサクニヒコ先輩だったのである。
 これはまこと残念なことであるのだが、音訳図書の場合、ボランティアが自分の音訳している内容の重大性とか意味を理解せず、ただ活字を声にしているだけのケースがあり、この書物の場合もヒサさんがイラストレーションを担当されていることの意味が理解できず、本文最後のあとがきと奥付によってその事実を土壇場で知ることがあるのだ。
 ヒサさんのイラストレーションがいかなるものなのか、残念ながら音訳者の説明ではよく伝わってこない。音訳者の大半の方々は絵を読むことにあまり得意ではない。月刊ラジオ深夜便の毎月のボクのイラストレーションも音訳者に解説していただいているのだが、ときどき大笑いをしてしまうことがある。活字はそのまま言葉にできるけど、絵を読むことはそれほど楽な作業ではないのである。
 カブトガニは昔から大好きな生き物だった。その、5億年前の古生物、三葉虫を思わせる形や、蠢く足の怪しさや、頭の上の単眼の魅惑など、生きているカブトガニなら読売ランドの水族館に通って確かめたり、その形の美しさや手触りは江の島の土産物屋で買い求めた標本などで味わっていた。つまり、ボクが勝手にカブトガニに恋していたのである。もちろん今も、その標本とは一緒に暮らしている。
 読売ランドの水族館には生きたオウムガイも展示してあって、古生物ファンにはたまらない施設であったのだ。目の見えた時代、読売ランドには経堂からオートバイでときどき通っていた。あの水族館、今はどうなっているのだろう。カブトガニやオウム貝、ジュゴンたちはどうしているだろう。世代を超えて、どうか元気でいて欲しい。

▲ 台風や部屋の空気が動き出す


0919・火・

 な、な、なんだって。9月28日からの臨時国会の冒頭で解散だって。金正恩のミサイル応援団のおかげで安倍晋三、とうとうその気になってしまった、ということか。冗談じゃない。前原誠司の民進党は崩壊寸前だし、小池百合子の新党は準備不足だし、ここで選挙をやられたら、またまた安倍晋三が息を吹き返してしまうじゃないか。この政界の野良狐め。どこまで根性が汚いのだ。ふざけんなよ、と怒り狂っても解散権は狐の総理大臣が握っている。ここは野党の脆弱さを嘆くしかないのか。それともボクら愚民のアホさ加減を嘆くしかないのか。とにかく馬鹿にされてますよ。

 ついてない。カリッっと揚がったおいしい天麩羅で冷たいザルソバをつるつるっと食べたかったのに、カッちゃんのお店はお休み。明かりの消えた店内を横目に中軽井沢へ向かって方向転換、東京へ一直線。途中のサービスエリアで煎餅をかじりながら居眠りしたので帰宅したら午前様。そして未明、ラジオ深夜便をBGMにラップトップパソコンや外部スピーカーのセッティング。
 今夜のラジオ深夜便のアンカーは須磨佳津江さん。昭和32年のヒット曲特集をやっていた。「港町13番地」は美空ひばり。「東京のバスガール」は初代コロンビアローズ。「青春サイクリング」は小坂和也。「東京だよおっかさん」は島倉千代子。「有楽町で逢いましょう」はフランク永井。懐かしくて思わず一緒に歌ってしまう。この「有楽町で逢いましょう」は60年も昔の曲なのに、すらすらと歌詞が浮かんでくる。
 あなたを待てば雨が降る。濡れてこぬかと気にかかる。雨もいとしや歌ってる。甘いブルース。あなたと私の合言葉、有楽町で逢いましょう。ビルの谷間のティールーム。ああ、風景まで浮かんでくる。そうなのだ。この歌、有楽町駅前で開店したデパート「そごう」をPRするためのCMソングだったのだ。そしてこの歌がヒットした翌年、ボクの家族は内幸町に引っ越しをする。有楽町までは歩いて5分。それから毎日、有楽町駅前のデパート「そごう」はボクの遊び場になったのである。風景が浮かんで当たり前なのである。

▲ 懐メロを歌うラジオや秋の夜


0920・水・新月・動物愛護週間・

 またまたNHKマイ朝ラジオの受け売りである。1945年の今日、終戦の結末として教科書の墨塗りが始まった。当時の文部省の通達で教科書に書かれていた軍国主義的な記述を墨で塗りつぶして削除したのである。この方針の大変換を当事者の子どもたちはどう受け止めていたのだろう。それまで国のために死ぬことを教えてきた学校教師たちの態度変換に怒りを感じていたのではないだろうか。国は信用できない。大人は信用できない。そうした子どもたちの中には空襲で親を失った戦災孤児たちもいたことだろう。そしていつか、その子どもたちが日本を高度成長に押し上げていくのである。だからこの時代の後期高齢者たちを大切にしなければならないのである。勝手に年金のシステムをいじくったりしてはならないのである。

 もう世界のどの都市もオリンピックに立候補してくれない。ここにきてパリとロサンジェルスしかオリンピックをやってくれる都市がない。アテネに固定するか、それともオリンピックをやめてしまうか、もうそれしか選択肢がない。とにかく金がかかり過ぎるのだ。ことに2020年の東京オリンピック。コンパクトにやれるはずが、どんどん話がでかくなり、今や転がるユキダルマ状態。オリンピックを水戸黄門の印籠みたいに振り翳し、われもわれもで自らの懐に利益誘導する。それじゃオリンピックを安上がりにできるわけがない。おかしいじゃないか。日本国は世界最大の赤字国家じゃなかったのか。納得できないなぁ。

 これも台風18号の影響だろうか。また暑くなってきている。そして痒くてたまらない。そう。この暑さをチャンスに蚊のアマゾネス軍団が子孫繁栄のため、必死になって血液を集めているのである。

▲ 秋晴れや猫苛めるな下校の子


0921・木・

 1934年、昭和9年の今日、室戸台風が日本に上陸、猛威を振るった。四国の室戸岬測候所で912ヘクトパスカルという記録的な低い気圧を観測。その後、西日本を直撃し、死者行方不明者は3036人にのぼる。今も昔もこの季節、日本列島は台風銀座となるのだ。嬉しくない銀座となるのだ。

 存亡の機か、それとも存亡の危機か。足を掬うか、それとも足元を掬うか。文章の触りとはその要点のことなのか、それとも冒頭部分のことなのか。本日のラジオ世界では言葉が話題になっている。たとえば話の触りである。義太夫の世界では触りを最も感動的な部分としているが、一般的には話の概要ということになっている。けれど最近は話しの冒頭部分と思っている人が圧倒的だという。言葉は変化する。民衆が不勉強であればあるほど変化する。知恵熱(ちえねつ)もそう。幼児の発熱を意味するのが正しい説なのだが、このボクも知恵熱を無理して頭を使ったときに出る熱と誤解して覚えていた。言葉は社会のもの。ボクらは日本語の正しい意味と使い方を理解して、個人的な誤りを修正していかなければならない。でなければ言葉の正しい作法が失われ、やがては社会が機能不全に陥ってしまう。けれども衝突を懸念するあまり、人々は他人の誤りを指摘しなくなっている。だからラジオやテレビの言葉に耳を傾けたとき、アナウンサーでさえ日本語が怪しくなってきているのである。ああ、誰か修正してやってよ。ボクのこの言葉も含めてね。
 そうそう、言葉問題のついでですが、重箱読みに対して湯桶読み(ゆとうよみ)という言葉があるのをご存じでしたか。これ、コボちゃんに聞かれて調べたんだけど、まさか音訓読みの重箱読みに対して訓音読みみ該当する単語として湯桶読み(ゆとうよみ)なんて言葉が存在することも知らなかったのです。そう。どれもまとめて重箱読みで済ましていたわけです。ようするに我々は日頃、言葉を学ぶ努力を怠っているのです。と反省すること頻り。

▲ 曲がり角夕餉の匂い秋の暮れ


0922・金・

 本日の東京の予想最低気温は20度、最高気温は25度。日の出は5時29分、日の入りは17時38分。季節は確実に冬へと移行している。どんどん夏から遠ざかる。悲しくてたまらない。

 キーボードの打ち込みに難儀をしていたら、爪がのびているのに気がついた。専用研磨具で手入れをしていたら、TBSラジオ「おはよう一直線」のラッキー星占いで9月生まれは爪の手入れをするとよいといっているのが聞こえてくる。不思議なんだけど、この占い、よく当たるのです。

 野良犬といおうか、それとも野良狐といおうか、パタパタとトランプの横で尻尾を振っている安倍晋三が恥ずかしくてたまらない。この姿、他の国の人々の目にはどんな風に映っているのだろうか。独立している国々の指導者の目にいかに映っているのだろうか。あれは犬の態度だよな。属国の姿勢だよな。奴隷のポーズだよな。そんな感想ではないだろうか。そんな安倍晋三がトランプの隣で尻尾を振りながら解散風を吹かしている。その風を利用してモリカケ問題に煙幕を張ろうとしている。小池百合子の隙をうかがい、民進党の弱体化に乗じて卓袱台返しをしようとしている。冗談じゃない。逃げようたって、そうはさせるもんか。

 猛烈に久しぶり、初恋の人と長電話をしていたら、彼女がおれおれ詐欺に引っかかっていたことを知らされる。銀行員が気がついてくれ、未遂に終わったそうである。ラジオの広報で、
「あなたにもかかってくるオレオレ詐欺」
てなコピーがあるが、まさかの本当なのである。哲学者の内山節(うちやまたかし)さんによれば、日本人は狐に騙されなくなったそうだが、オレオレ詐欺にはどんどん騙されているし、アベちゃんにもまたまた騙されようとしている。それにしても初恋の人がオレオレ詐欺に引っ掛かるなんて、つまり、俺もそういう年齢になっているのです。ああ、ショック、ショック、大ショック。

▲ 秋の風吹き荒れている永田町


0923・土・秋分の日・秋分・彼岸・

 1943年の今日、旧日本国政府は徴兵で戦地へ赴く男子を確保するために事務補助や車掌、理髪師など17の職種について男子の就業を禁止。同時に男子に代わる労働力を確保するため、25歳未満の未婚女子を中心に編成した女子勤労挺身隊を動員する。戦時下の労働力を確保するための旧日本国政府の悪あがきである。そしてこうした無理強いを可能にしたのが旧大日本帝国憲法。今、安倍政権は国民を巧みに騙して現行憲法をこの帝国憲法に近づけるための画策をしている。今回の無理矢理の解散総選挙もその陰謀のひとつ。そして困ったことに北朝鮮がその手伝いをしているのである。アメリカに甘えてるだけに見えてる駄々っ子の金正恩。そして甘やかしている中国とロシア。風が吹けば桶屋が儲かり、ミサイルが飛べば憲法が改悪される。そうなのだ。本当に悪いやつは何が何でも利用するのだ。

 朝から雨が降っている。そして今日は秋分である。一日が夜と昼とで半分ずつということになっている。そしてボクは朝からトレーナーを着ている。もうTシャツ1枚ではいられない陽気となっているのだ。そしてボクは朝から桂米朝のご著書「落語と私」を読んでいる。小沢昭一がそのあとがきを書いている。この書物が出版された頃、おふたりともご存命だったのである。そして永六輔のご著書「大晩年」も並行して拝読している。2017年の秋分の今日、亡くなった先輩諸氏の言葉が生きている自分の中で生かされようとしている。書物は人生というリレー競技のバトンみたいなものなのかもしれない。

▲ 焙じ茶をすすりたくなる秋の雨

◇ バーチャル『奥の細道』コース  ありがとうございます。
立石寺に到着、通過しました。次は新庄。あと、118,665歩です。

現在の歩数は1,655,335歩。三度目の徘徊です。
奥の細道を三度もウロウロするなんて、よっぽど東北が好きなんです。
元気よく歩きます。


0924・日・

 日曜日の朝のお楽しみはNHKマイ朝ラジオの「生き物いろいろ」。今朝は東海大学海洋学部客員教授、西源二郎先生によるトビウオのレクチャーである。この魚、意外なことに回遊魚であるという。秋刀魚と同じく回遊魚であるという。夏になると熱帯から北海道まで北上してきているらしいのだ。稚魚の時代は海に浮かぶ藻の中に隠れて育つという。このあたりも秋刀魚とちょっと似ているかもしれない。けれども胸鰭と腹鰭の形が蝶みたいに見えるところはやっぱり秋刀魚とは違って、海の中に蝶がいると不思議がられることもあるという。胸鰭と腹鰭とで4枚、種類によっては蝶のように美しい模様まであるらしいのだ。
 トビウオが空を飛ぶのはもちろん捕食生物から逃れるためであって、レジャーやスポーツ、楽しみのためじゃない。時速30キロから50キロで海面から飛び出し、記録では400メートルを40秒も飛行することもあるという。釣り船に乗っているとき、船頭さんから
「ほれ、トビウオが飛んでいくよ」
と幾度も教えられたのに、その一度も見ることのできなかったのはボクの動体視力の悪いせいばかりでなく、そのスピードの速さを事前に知らされていなかったせいなのだ。もっと緩やかに飛ぶものとばかり思っていたせいなのだ。この飛行を可能にしているのがその肉体的構造。まず、胃袋がないことに驚かされる。食べた餌を可能な限り速やかに消化し、排泄するところは鳥類にも似ているが、似ているのはそればかりではない。骨格に空間が多く、あらゆる方向から体重を軽量化しているところも鳥類と酷似している。というわけで、体重を軽量化するため、無駄な脂肪分のないトビウオの刺身はとてもおいしいらしいのだが、残念ながらボクはまだ食したことがない。トビウオという食材に興味を覚えなかった自分の責任ではあるのだが、いつか食べたいものである。アゴといって、トビウオのだしもおいしいと聞いているが、これまで味わう機会に恵まれてないことも残念である。ああ、秋の朝にこういうことを考えていると、たちまち腹が減ってくる。

 と、そんな同じ朝なのに、朝から朝鮮半島の揺れがニュースになっている。朝だから朝鮮半島という駄洒落ではない。グラグラと揺れたのだ。原爆や水爆で穴だらけの朝鮮半島が揺れたのだ。観測された地震は2度。マグニチュード2.6とマグニチュード3.2の地殻変動。地震の規模が小さいので水爆などの核実験でなく、自然現象であろうと推測されている。震源は核実験場から6キロの地点。やっぱり先日の水爆実験の後遺症なのだろう。あれだけボカスカやられたら、地下とはいえ、地球に影響のないはずがない。人工衛星から見てもデッカイ穴がポッカリと空いているというじゃないか。さてトランプ、この連続核実験にどうリアクションするつもりだろう。ここはソウルのアメリカ人の動きに注目しておきたい。アメリカがアクションを起こせば北朝鮮も反撃するだろう。そしてソウルは38度線からわずか数十キロ。アメリカ人が消えたら、どうかみんなも逃げて欲しい。ソウルに暮らす韓国の友人たちに死んだり怪我をしてもらいたくないのだ。もちろんボクも逃げ出します。朝鮮半島はお隣ですから。でも、どこへ逃げればいいのだろう。とほほ。

 大相撲秋場所は今日が千秋楽。あんまり盛り上がらなかったよね。結局、ひとり横綱の日馬富士が優勝して役目を果たした感じ。頑張ったのは遠藤と琴奨菊。途中まで頑張って期待させてガッカリさせたのがひとり大関の豪栄道。せっかくのチャンスを逃して優勝できなかった。ここが彼の弱点なんだよね。力だけじゃ勝てないのが相撲の道なのです。あああ、勿体ないことをしたもんだ。

▲ ぽっかりと胸に風穴秋の夜




2017年9月11日~17日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

泣いて暮らそうと 笑って暮らそうと
どちらも あなたの作る一日です


 毎日、どうにもならないことばかり。いつも頭にきています。でも、人は思うように動いてはくれない。世の中、簡単には変わらない。みんな、それぞれ自分が正しいと思っているに違いないからです。やれることがあるとしたらまずは自分から。への字に曲がっているこの口の両端を、勇気をもって吊り上げて、にっかりと見事に笑って見せましょう。


0911・月・

 本日の東京の日の出は5時20分、日の入りは17時55分。ということで、どんどん昼間が短くなっていく。夏の大好きな自分としては、寂しい気分に打ちひしがれる今日この頃なのである。とほほ。さて、本日はナインイレブンから16年。あの衝撃の同時多発テロからこっち、世界はずいぶん変わってしまった。秋の風が季節を分けるように、あの事件が新しい世紀を旧世紀とクッキリ、ふたつに分けてしまった。本来はもっと柔らかい転換のはずだったんだが。それからこっち、ふたつの文明が世界をクッキリ、ふたつに分けてしまい、音をたててぶつかり合った。そしてその争いは今も続いているのである。

 またまたNHKマイ朝ラジオ「今日は何の日」の受け売りである。1945年の今日、連合国軍総司令部、GHQがA級戦犯容疑者の逮捕を指令した。東条英機をはじめ、軍の最高幹部や政治家など39名が逮捕される。もちろんこの中にはあの人のおじいちゃんもいたはずである。そして彼が獄中で何を考えていたかは想像するしかないのだが、いつかあの戦争の正しさを証明したいと願っていたことに間違いはないだろう。そしてその正しさを現行憲法の改正という形で示そうと考えていたのである。今、その孫がありとあらゆる策謀を弄して彼の悲願を実現しようとしている。そう。彼は草葉の陰のおじいちゃんに褒められたくて頑張っているのである。

 大相撲秋場所が始まった途端、人気力士の宇良と高安が怪我をしてしまった。これで休場ともなると、もう秋場所は満身創痍。人気の復活した大相撲、欲張って全国巡業をやり過ぎたんじゃなかろうか。無敵の相撲取りとはいえ、やっぱ休まないと体がもたないと思います。

 北朝鮮の、あの威勢のよいアナウンスメントを耳にする度に、ああ、追い詰められているんだなと思う。世界でいちばん貧乏な国が世界でいちばん裕福な国と闘おうというんだから、そりゃつらいだろう。たとえ口喧嘩とはいえ、命がけに違いない。でも、真っ先に頭に浮かぶのは、ボスの代わりに力強いアナウンスメントをするあの人物のパンツのこと。きっと洗濯が大変だろうな。絶対にチビッていると思います。

▲ 電線や燕帰りて茜空


0912・火・

 始まったばかりの大相撲秋場所だが、今日から宇良と高安が休場。やっぱり怪我は軽くなかったのだ。それにしても、どんどん人気力士が抜けていく。横綱と大関が欠けたら、大相撲なんて、猫に生クリームをすっかり舐められてしまった苺ショートケーキみたいなもんで、楽しみの大半が吹っ飛んでしまっている。その中でここまでは琴奨菊が全勝、ふたりの大関と唯一の横綱、日馬富士(はるまふじ)を破って頑張っている。とはいえ、琴奨菊にあっさりと敗けてしまった今日の日馬富士はどうしたことだろう。相手の背中をタップしても、プロレスじゃないんだから相手は取り組みをやめやしないよ。ひとり横綱で緊張しているはずが、どこかで気が抜けてしまったんだろうか。ああ、この秋場所、どこに向かっていくのだろう。

 前から何度もここに書かせてもらってきてるけど、ますます菅官房長官の滑舌の悪さが気になって仕方がない。この人、自分のいいたいことさえ言葉にできれば、国民にどう伝わるかなんて考えてはいないのだ。だから声が前に出ていないし発音が不明瞭で、勝手な理屈を独り言で並べているようにしか聞こえてこない。もちろん安倍晋三の滑舌の悪さは皆さんご存知の通りだけど、要するに安倍政権は国民を心の底から侮っていて、真正面から向かおうとしてはいないのだ。法律に触れさえしなければ、たとえ法律に抵触していてもバレさえしなければ、そして次々に目新しい政策を並べ立て、やることはやってますというポーズさえ見せていれば、何をやってもいい、と考えているのだ。そして国民にはそれを見抜く力がないと決めつけているのである。だからそのしゃべり方、不愉快でたまらないのだ。どうか、世の中の放送局の皆さんよ、こんな連中の録音なんか、お茶の間に流さないでもらいたいと思うのです。ま、お仕事だから仕方ないけどね。

▲ 胃袋を駆け抜けていく秋の風


0913・水・下弦・

 これまたNHKマイ朝ラジオ情報。1988年の今日、日本で最初のコンピューターウィルスが確認されたそうである。日本のコンピューター通信網にウィルスが侵入していることが明らかになったのである。日本でのコンピューターウィルスの発見はこれが最初だとされているが、その当時、どれだけのパソコンが普及していたことだろう。ボクのデスクにもパソコンのパの文字もなかったと書きたいところだが、実はボク、目が見えていた1982年からパソコンをいじくっていたのである。ところがその翌年に医師からの失明宣告を受け、パソコンはそれっきり縁がないものと決めつけてしまった。ところがドッコイ、1989年、失明後の処女長編童話で児童文芸新人賞をもらったばかりのこのボクに、点字毎日新聞の編集長が音声パソコンの存在を教えてくれたのだ。見えない文字で原稿制作をしているボクに素敵な助言をくださったのである。それからは一心不乱。自分には無理とあきらめていた点字を独習し、音声パソコンを導入したのである。そのパソコンがインターネットにつながり、ウィルスの心配をするようになるまでは先の先のことではあるのだが、さてこのウィルス、迷惑な存在ではあるけれど、賢いキツネのマッチポンプで、ビジネスチャンスの複雑怪奇な発展には貢献しているようである。世の中、道を曲がる度に金儲けの隠れた扉を発見する目のいい人間たちが存在するのである。

 本当かどうかは知らないけれど、TBSラジオの気象予報士は今日の真夏日が今シーズンで最後といっている。でもボクはあまり信用しない。この気象予報士のボスがあの噂のお天気おじさんであるからです。あはは。これは冗談。あの人、ボクは好きですよ。で、そのお天気おじさんの森田正道(もりたまさみち)さんによると毎年の台風の18号は例年、強大なものになる傾向があるという。そして今、この台風18号が着々と日本列島に近づいているのである。困ったな。週末はまたまた北軽井沢へ移動することになっているのだ。

 永(えい)さん、昨年お亡くなりになった永六輔さんの本を読んでいる。ある時期、次々に読んでいたのが久しぶりの永さんの本である。永さんがお亡くなりになってからは初めてのことである。そして永さんの言葉のひとつひとつが心に染みこんできている。2013年出版の「男のおばあさん」の文字のひとつひとつがまるで遺書のように心に効いてくるのである。79歳になったばかりの永さんが語る人生が、この9月に69歳になったばかりのボクの心に響いてくる。テレビの黎明期、小学生や中学生だったボクは永さんの送り出す番組や歌にどれだけの影響を与えられてきたことだろう。子どもの頃から永さんにどれだけのことを教わってきたことだろう。この本のネタとなったTBSラジオの「誰かとどこかで」は最後の放送まで聴かせてもらった。活字になっているそれら一言一言をラジオの記憶の中から拾い出している。永さんには個展にもきていただいた。お葉書も頂戴した。幾度もラジオから呼びかけていただいた。沢山の宝物をいただいたこと、あの世で永さんにお会いしたとき、思い切りお礼をいわせていただきます。だって永さん、せっかく個展会場にきてくれても、言葉もかけてくれないんだもの。意外や意外、すごい照れ屋さんだったんだもん。

▲ 先人の言葉が染みる秋の暮れ


0914・木・

 ルーティーンワークを仕上げてボンヤリとしていた9時27分、ミシミシッとくる。地震だ。脊髄反射的な素早さでNHKラジオに回す。するとたちまち地震速報。震源地は埼玉県の南部で震源の深さは50キロで、マグニチュードは4.6で津波の心配はなし、ということがたちまち判明。東京の震度は3ということだった。やっぱさ、NHKはやることはやってくれるよね。感謝してます。

 おっ!元気なのが、まだまだいるじゃないか。窓の外で蝉が鳴いていると思ってよく耳を澄ませたら、道路工事のマシンの発する音だった。なんだ、がっかり。そう。蝉が復活したかと思うほど暑いのである。今日もまたまた真夏日なのである。なんだ、お天気おじさん。今日も31度あるじゃないか。昨日で真夏日は終わったんじゃなかったの。それとも、この暑さが今シーズン最後ということだったの。気象予報士の競争が大変なのは理解できるけど、あんまり先走りしないよう、よろしくお願いいたします。

▲黄昏や 名残の夏をそっと抱く

◇ バーチャル『奥の細道』コース  尾花沢に到着、通過しました。
次は立石寺で、あと、59,617歩です
現在の歩数、1,590,383歩。3周目をオロオロしています。


0915・金・

 ラップトップパソコンと外部スピーカー、コネクターあれこれとACアダプター。荷物のパッキングができたら机の拭き掃除をして、それからシャワーを浴びる。着替えをしてクルマに乗ると、猫のミミコがコボちゃんに抱かれて階段を降りてくる。ワァワァと抗議の声をあげている。でも東京を離れれば離れるほど天気がよくなっていくのはこの前と同じ。秋の日差しが熱くて、ぼやぼやしてると低温火傷をしそう。騒ぐのに疲れた膝の上の猫のミミコは日差しにゴロゴロと喉を鳴らしている。
 快調に関越道を走っていたら、いきなり渋滞、あたりのクルマの速度が落ちてきた。と、TBSラジオの「スタンバイ」からJアラーとが発令されたとの情報。どうやら北朝鮮がミサイルを打ち上げたらしいのだ。ミサイルが日本上空を飛び越えて、どこやらへ向かって飛んでいくというのだ。コボちゃんが、
「見えるかしら?」
と聞くから
「見えっこないよ。なんせ、国際宇宙ステーションよりもはるかに高いところを飛んでいくんだからね」
と答えながらボクは今から半世紀の昔にアメリカとソ連が競争で大陸間弾道弾の飛ばしっこをやっていた時代を思い出す。北朝鮮にすれば、アメリカとソ連は核実験もミサイル発射もやってよくって、北朝鮮がやると世界中からバッシングされるのはどうしてか。と頭にきてるのはよくわかる。今、安倍晋三が出張してるインドが核兵器を所有していて、どうして北朝鮮が核兵器を持っていちゃいけないんだ、と思ってることも容易に想像がつく。そうだよね。インドだってパキスタンだって、核拡散防止条約を無視して核実験をやったんだよね。ミサイルの発射実験だってやったんだよね。なのに今、誰も文句をいってない。ま、金正恩が臍を曲げるのはわからないではない。まずはトランプの挑発に乗らず、戦争にならないよう、ここは北朝鮮幹部の冷静さと賢さに期待するしかないのかも。ところでミサイルが飛んで困るのが安倍晋三がまたまた元気になること。さて、今度は何を言い出すことやら。桑原桑原。

 さて、スタジオクラスター北軽井沢分室に到着。ラップトップパソコンとスピーカーをセットしたらプレクストークで山口百恵をかける。やっぱ北軽井沢は山口百恵です。別に理由はないんだけど。

▲ うろこ雲超えてミサイル飛んでいく
▲ 天高くミサイル飛んでこの騒ぎ


0916・土・

 1961年の今日、第二室戸台風が西日本を襲った。最大瞬間風速は84.5メートルと猛烈な風。死者行方不明者は200名、浸水したり倒壊した家屋は88万戸と甚大な被害をもたらしたのだが、これが第二室戸台風で、1934年、昭和9年の9月21日に日本列島に上陸して猛威を振るったのが最初の室戸台風だった。この台風、四国の室戸岬測候所で912ヘクトパスカルという記録的に低い気圧を観測した。その後、西日本を直撃し、死者行方不明者は3036人を記録。今でもその悪名を轟かせている。今、日本列島に大型の台風18号が接近しているけれど、この室戸台風と第二室戸台風と、どっちの台風がその年の18号だったのだろう。先日お天気おじさんの森田君が毎年の台風18号は大きな被害をもたらすといってたけど、気になるな。これから日本列島を襲おうとしている今年の台風18号が、過去の室戸台風たちみたいに日本列島に大きな被害をもたらさないことをひたすら祈るばかりである。台風と地震、そして北朝鮮。日本人は強い子でないと、やってけないのである。さて、安倍晋三は果たして強い子であるのかどうか。

▲ 餌くれとせがむ猫の手秋の夜


0917・日・

 台風の話題ばかりで恐縮だけど、1945年の今日、枕崎台風が西日本に上陸した。1945年、昭和20年の今日は戦争が終わったばかり。終戦直後の混乱で気象情報が乏しく、防災体制も不備で、死者行方不明者が3756人など、各地で大きな被害が続出した。地球温暖化の影響で台風の動きも変わりつつある最近だけれど、今も9月のこの頃はやたら台風がやってくる季節なのである。困ったこどです。

 日曜日のお楽しみ、お昼のNHK、素人喉自慢は台風18号の接近でお流れ。けれども大相撲、秋場所の中継はやってくれるみたい。横綱も大関も休場だらけで、お客は満員御礼で鮨詰めなのに、肝心の土俵の上はがら空きという感じなんだけれど、遠藤も豪栄道も頑張っている。北勝富士(ほくとふじ)がライバルの御嶽海(みたけうみ)を破って喜んでいる。それぞれの力士たち、与えられた役目をしっかりと果たしているのである。そこでボクもその大相撲をBGMに「おえかき」で頑張る。月刊ラジオ深夜便「しじまのことば」の11月のポエムのテーマは十三夜。十三夜の月の形は曖昧だけれど、そもそも満月に足りない十三夜が中途半端なんだから仕方がない。その十三夜の月に向かって乾杯をしている白い髭のおじいさん。大事そうに酒瓶を抱えている。その足元には白いむく犬。片方の前足で舞い踊る落ち葉をつかまえている。そんな絵なのだが、酒瓶をホールドする左手と、杯を掲げる右手の表情がなかなか難しい。そこは繰り返しの練習である。プラクティス、プラクティス、世界は何でもプラクティス。大相撲も稽古を重ねて強くなる。みんな揃って頑張るしかないのである。

 未明、風が強くなり、部屋の空気が動いているのがわかる。そんな不穏な空気の中、隠れていたカマドウマがコボちゃんに見つかり逮捕され、そのまんま台風の仲へ追放される。せっかく独り、このスタジオで春を迎えるつもりでいたのにね。気の毒なことです。
 さて、夜明けが近くなればなるほど世界が静かになっていく。どうやら北軽井沢は台風被害から免れたようである。これも浅間山が踏ん張ってくれてるおかげ。ありがたいことである。

▲ 浅間山拝んで過ぎる野分かな




2017年9月4日~10日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。
◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

小さな痛みでも 大きな痛みでも
本人にとっては 最大の痛みなのです

 足掛け32年、人工透析で生かされている。週に三回、左腕に畳張りみたいに太い注射針を2本も刺されている。一年間は50週間よりも多いから、左腕に刺された回数はボクの頭脳ではとても覚え切れない。これまで生きてきて、ずいぶん痛い思いをしてきた。毎日のように眼球注射をされたこともあったし、自動車に正面衝突されたこともあった。けれども、みんなすっかり忘れてしまった。その代わり、いつでもこれから刺されるこの注射針が世界でいちばん痛いような気がしてならないのである。


0904・月・

 高原の朝である。秋の朝である。この乾いた空気の中で「おえかき」できる幸せを味わっている。描くのはマッシュルームのビートルズ。そう。初期のビートルズはマッシュルームカットで売り出したのである。そしてキノコのポールも左利き。ホフナーのバイオリンベースを左の指で爪弾いている。ジョンのギターはリッケンバッカー。もちろん蟹股で掻き鳴らす。キノコのポールとジョンも仲良く並んで演奏する。ポールが左利きだから、ギターとギターがぶつからないのです。ちょっと離れてギターをこねくり回しているのがキノコのジョージ。ちょっとはにかんで、マイペースです。スティックで太鼓を叩くキノコのリンゴスターは真面目におどけます。四人のサウンドにゴキゲンになってるネズミのコックさん、フライパンを振りながら踊ってます。もちろん今夜はキノコ料理。この絵のタイトルは「キノコはアイドル」。さて、本当にこのキノコたち、ビートルズに見えるかどうか。カレンダーができたら確かめてね。

 外に出るとすっかり秋の雰囲気。青空の下、コボちゃんが鼻歌でハンドルを握ってる。ここんとこ、雨も降ってないので道端の滝の水も減っている。観光シーズンが終わったせいか、病院までの路はガラガラ。けれどもスピードは控え目に。秋のグルメに浸っているイノシシや鹿さんを病院送りにしたくないからです。そう。これから病院にいくのは透析患者のボクなのです。

▲ 外に出て乾いた風に秋の雲


0905・火・

 朝いちばんで表紙の練習。五語いちばんで下絵を仕上げる。2枚仕上げて1枚をコボちゃんに選んでもらった。夕方、コボちゃんに色指定をして仕上げ作業に突入する。これで俳句の最終選考をして文字原稿を完成させればカレンダー2018の準備は完了。肩の荷物がひとつ軽くなるのです。

 今朝も北軽井沢は秋の雰囲気に満ちている。一昨日までは聞こえていたのに、今日は蝉の声もしない。ずっと雨が降っていないので林も乾燥している。下草がすっかり刈られているので斜面も歩き易い。クルマに乗り込みカッちゃんの店へ。カッちゃんというのはスタジオクラスターのヒロコママの幼馴染。北軽井沢ではときどきお世話になっているお蕎麦屋さんである。けれど、お見せの前までいったら、カッちゃんはこれから眼医者さんにいくという。おお、バッドタイミング。そういうことで店はお休み。残念ながらカッちゃんのおいしいお蕎麦は次回にお預け。仕方がないからご近所のお店でランチする。でもやっぱ、カッちゃんのお蕎麦と天麩羅で天ざるを食べたかったな。

 夜中のロケット花火ならば迷惑ではあるけれど、遊び足りない若者たちのために納得はできる。けれど北の若い三代目の花火遊びやロケット遊びには不安を覚える。そのせいで浅間山の上空で繰り返し、ジェットエンジンの轟音がしているのだ。あれは民間機ではない。間違いなく軍用機である。ロケット遊びに夢中になってる北朝鮮に備えての自衛隊の軍用機の訓練飛行である。もしも米軍機であったなら、北朝鮮へのアクションが近いということになるのだろうか。いずれにせよ、北野水爆実験からこっち、不穏な空気が満ちている。 とはいえ、戦争だけは避けてもらいたい。太平洋のあっち側、はるか遠くのアメリカはいいだろうが、朝鮮半島でドンパチやられたら日本と韓国がたまらない。年寄りや子どもたちや障害者がたまらない。戦争になれば被害はたちまち弱者に及ぶのである。

▲ 新しきスケッチブック秋うらら


0906・水・満月・

 感染症に対する注意喚起を呼びかける記者会見場で恐怖のウィルスを媒介する草原のエイリアン、マダニが脱走したというニュース。体長50メートルのゴジラなら見つけようがあるけど、体長3ミリメートルのマダニを逃がしたんだから簡単に見つかるわけがない。結局殺虫剤をぶちまけて一件落着。わざわざ本物を連れてきて、どんな意味があったというのか。標本でも映像でもよかったのにね。バッカじゃなかろか。

 カレンダーの全作品を仕上げていたら帰りは日没を過ぎてしまった。クルマで移動する人と犬と猫。ボクらを見送るのは秋の虫の名演奏。高速道路を突っ走っているのに、彼らの声は、あの翅(はね)と翅(はね)を擦り合わせて発する振動を声といっていいのかどうかはわからないけれど、蟋蟀さんたちの名演奏がクルマの仲にも響いてくる。あんな小さなボディーの、どこにそんな力があるのかと思わず感動してしまう。秋の虫さんたち、どうかそのフィルハーモニー、いつまでも続けてくださいね。

▲ 奏でるねあの蟋蟀を雇いたい


0907・木・白露・

 未明、北軽井沢より無事に帰宅。ラップトップパソコンや外部スピーカーなどをセッティングしながらラジオ深夜便を聴いている。今朝の音楽特集はクレイジーキャッツ。あの愉快で楽しくて懐かしい歌声が聞こえてくる。無責任とか適当とかC調とかスーダラとか、高度成長時代の希望にあふれた時代の雰囲気を反映した青島幸男の作詞の数々を、ハナ肇や植木等(うえきひとし)、谷啓(たにけい)などのメンバーが底抜けに明るく歌っている。そういえば今週の「昼の憩い」もずっと植木等(うえきひとし)の曲をかけていたけど、今週はクレイジーキャッツと何か関係があるのだろうか。考えてみれば、メンバーのほとんどは既にあの世の人たち。でも、その歌声を聴いていると、今もテレビの中から全員が飛び出してきそうな気がするのは不思議なこと。優れた仕事は永遠に生き続けるのである。

 本日は白露ということだが、東京の朝夕も本当に涼しくなったと思う。そして今日は午後からぱらぱらと雨も落ちている。その中をコボちゃんの運転するクルマで透析室に向かっている。街路樹からは蝉の声。もしかしたら、これが最後の蝉の声かもしれないと思うと、やっぱりちょっと寂しいよね。

▲ コーヒーをドリップすれば白露かな


0908・金・

 またまたNHKマイ朝ラジオ、「今日は何の日」の受け売りですが、1977年の今日、日本最初の静止気象衛星ひまわり1号から最初の画像が送られてきた、ということです。台風9号の雲が映し出されていたそうで、ということは、それまではレーダーか、アメリカの気象衛星の情報を頼りにしていたんだよね。でもさ、最近の天気予報の外れっぷりもすごいよね。とても気象衛星をいくつも飛ばしてきたとは思えないほどの成果です。これも地球温暖化の影響なんでしょかね。天気予報が当たらないのは温暖化の影響で、その天気予報をしている気象関係者が予測する地球温暖化って何なのでしょうかね。

 6日、この11年間で最大クラスの巨大な太陽フレアが観測された、という情報が入ってきた。本日の午後3時頃、地球に太陽嵐、大量の荷電粒子がやってくるのではないかと懸念されている。GPSが狂ったり、ケータイ電話に影響があるなんて噂されているけど、さて、どうなるか。ボクはその頃、透析を受けているけれど、機械に悪い影響がないといいんだけどね。もしかして、北海道あたりでオーロラが見られるかもと期待している向きもあるらしい。けど、詳しく聞いてみると今回の巨大フレアは観測史上14番目の強さということ。2006年以来最大ということで、そんなに脅(おど)かすなよ、といいたくなるけど、太陽観測に人々の注目が集まるということでは意味ある報道だったのかもしれない。北朝鮮のミサイルや核実験でとんがってる世の中だから地球や宇宙規模のニュースがあってもよかったんだよね。それにしても北朝鮮は安倍晋三の応援団をやってるとしか思えない節(ふし)がある。森友や加計学園問題であれだけシュンとしていた安倍政権が北朝鮮が何かやる度に元気になっていくのだ。もしかしたら金正恩は中国との石油パイプラインだけでなく、東西各国首脳と軍事的パイプラインがあるのかもね。緊張関係と軍需産業は深い関係があるからね。と、関係のない話をしてるみたいだけど、水爆実験と太陽フレアは核融合というテーマでは強く結ばれているのです。チャンチャン。

 窓の外ではツクツクボウシが鳴いている。木の上で元気よく鳴いている。そして草むらでは蟋蟀も鳴いている。気温は23度。Tシャツ1枚では涼しいくらい。そりゃ当たり前。この時期は夏と秋との交差点。けれどもボヤボヤしてもいられない。白露を過ぎて、いよいよ季節は秋に向かって落ちていく。今年の夏、あんまり夏らしさを楽しませてくれることなく、尻すぼみに消えていく。寂しいなぁ。

 脇の甘い山尾志桜里(やまおしおり)議員。アバンチュールするんなら、もっと慎重にやんなくっちゃね。週刊誌は鵜の目鷹の目、生き馬の目を抜こうと、ありとあらゆる有名人の周囲をうろついている。山尾議員、離党記者会見のとき、声を震わせながら男女の関係はありませんよ、などと見得を切っていたけれど、そんなに無理することないのに。男と女のことです。何があっても不思議じゃない。この世間、自分がいい思いをするのは許せるけれど、人がいい思いをすることだけは許せないというやからだらけ。そんな世間が不倫を絶対悪のように取り扱っているけれど、ついこの前までは政治家や社長の二号三号は当たり前。晩酌と妾は二号までね、なんてジョークが普通に囁かれていたんだから。そもそも一夫一婦制とか神前結婚とかは明治からのことで、単なる西洋の猿真似。江戸時代までは誰でも夜這いをしてたんだからね。トカゲなんか、今でも夜這いをしてんだからね。日本の伝統的結婚の形式は通い婚なのですよ。とにかく、結婚していようといまいと、男と女が恋に落ちるのは自然現象で防げるもんじゃない。ニュートンが観ていようといまいと、リンゴが木から落ちるようなもんなのです。あんまりいじめなさんなよ。

▲ 法師蝉おいてけぼりの夏ひとつ


0909・土・重陽の節句・救急の日・

 太陽フレアの地球到達とは関係ないと思うけど、想いたいけど、ここのところ地震がやたらに多い。メキシコで大きな地震があったし、昨夜は秋田県で震度5強の直下型地震を記録した。今朝もその余震であろう、同じ秋田県で震度4の地震を記録している。太陽フレアとメキシコの地震が秋田県に影響して直下型地震を連動させたとは考えにくいが、そんなことは絶対にあり得ないが、日本の東北、太平洋側海岸に津波が押し寄せる可能性があると聞いては何となくお尻が痒くなる。人間は無知だし不安に動かされるから、地球の裏側とか太陽とかの天文レベルの異変にはちょっとばかり弱いのだ。そしてこうした人間の無知や不安に乗じてくるのが詐欺師たち。科学の格好をしただけのエネルギー不滅の法則をまるで無視した偽科学商品とか、人の心の隙間に潜り込むオレオレ詐欺とか、ぼんやりしてるといつ騙されるかわからない。桑原桑原、なのである。

 TBSラジオ、久米宏の「ラジオなんですけど」のリスナー投稿によると、北朝鮮の水爆実験の翌日は、夜9時を過ぎた横浜でも、爆音を轟かせて上空をジェット戦闘機が幾度も幾度も通過していったという。ボクとコボちゃんが北軽井沢の浅間山上空で轟くジェットエンジンの通過を経験したのはその翌日のこと。いよいよ航空自衛隊が忙しくなってきた。本日、グアムからB1爆撃機2機が飛来し、それに航空自衛隊のF15戦闘機2機が合流、東シナ海で合同訓練を行った。本日は北朝鮮の建国記念日ということで、ミサイルの発射実験が懸念されている。この日米合同訓練は以前から計画されていたものとされているが、さてどうだろう。日本はアメリカと仲良しなんだから、大陸間弾道弾なんかを日本上空に黙って飛ばしたらひどいからね、と脅(おど)かしているようにしか思えない。B1爆撃機といえば泣く子も黙る協力兵器。脅しにはもってこいの暴力装置なのである。こうした暴力装置に国の平和が守られているという現実も忘れてはならない。悲しいけれどね。

▲ 戦闘機突っ切っていく星月夜


0910・日・

 東京の本日の日の出は5時20分、日の入りは17時56分。月齢は19.4ということです。一日が短くなりつつある、ということです。

 1960年の今日、NHKと民放でテレビのカラー放送が始まる。カラーテレビの本放送が開始されたのである。その頃のこと、近所の子どもたちと我が家の白黒テレビを眺めていると、画面の端っこにカラー試験放送という文字が現れた。こりゃすごい。黙って見ていれば白黒画面がそのうち総天然色に変化するものと大騒ぎ。みんなわくわくして画面を見つめていると、目の錯覚で白黒画面にいろいろな色彩がちらちらしてくる。ほうら、カラーになったぞと狂喜乱舞してたら父親に馬鹿にされてしまった。父親は東京電力の社員でラジオでもテレビでも何でも修理してしまう家電製品のプロであったのだ。東電は家電メーカーじゃないけどね。1967年、大学生になってから我が家で初めてウルトラセブンをカラー画面で見られて感激したことを鮮明に記憶しているので、我が家のお茶の間にカラーテレビが出現したのはカラー放送が始まってから7年後のことだったのだ。そしてやっぱりウルトラセブンはカラー放送がよかったのだ。

 予想最高気温は30度。そう聞いたからではないけれど、やたら蒸し暑い。けれども冷房は入れてない。アルルが足元にやってきて、はあはあと喘いで見せ、冷房の要求をしない限り不必要な冷房は入れないことにしているのだ。そして中途半端に汗っぽいのでTシャツの両腕がだんだん痒くなってくる。そのうち猛烈に痒くなってくる。しまいには痒くて痒くてたまらなくなってくる。なんだ。蚊に食われてるじゃないか。両腕とも食われているじゃないか。涼しくなって油断してたら、蚊のやつらは少しでも気温が上昇すれば、たちまち活動を開始してくる。秋の蚊がしつこいのは子孫繁栄の最後のチャンスに賭けているから。ご存じの通り、吸血するのはみんなメス。産卵にはエネルギーが必要なんです。

 大相撲秋場所が始まって嬉しいけれど、初日から三横綱が休場なのはやっぱり緊張感に欠けますね。その証拠に三人しかいない大関のふたりまでが敗けてしまった。こうなると、若手力士に頑張ってもらうしかないでしょう。てなこと考えながら相撲中継に傾聴していた午後4時過ぎ、小田急線の電車が火事だというアナウンスメントが飛び込んできた。走っていた電車が沿線の火事からもらい火をしたというのだ。おかげで小田急線は止まってしまい、その情報が繰り返し挿入されるので、大相撲を楽しんでいるどころではなくなってしまった。それにしても走っている電車に燃え移るような火事って、どんな火事なんだろうと思っていたら、沿線の誰かさんが緊急停止ボタンで電車を火災現場で止めてしまったらしいのだ。そりゃ燃え移るよな。結局小田急線が動き出したのは夜の9時半。大騒ぎなことでした。

▲ 秋の蚊に思考能力吸われてる




2017年8月21日~27日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。


0821・月・

 1911年、明治44年の今日、パリのルーブル美術館からモナリザが盗まれた。ダビンチの名画、あの永遠の微笑が盗まれたのだ。そしてその2年後、イタリアのフィレンツェで発見され、ルーブル美術館に出入りしていたイタリア人が逮捕される。いやぁ、見つかってよかった。今は分厚いガラスに守られて本来の色彩を味わうことが難しくはなっているけど、それでもやっぱり本物から発せられる魅力は圧倒的だった。とは、1972年のぱり、ルーブル美術館で初めて本物のモナリザを目にしたオイラの感動である。そう。その頃のモナリザは、ガラス越しでない、間を隔てる物質は空気しかなかった時代なのである。わぁ、自慢しちゃった。美術品はそのオリジナルに作者のエネルギーが生きたままに封印されているのであって、それをオーラというのかもしれない。そしてそのオーラ故に盗まれても隠されても発見されるのかもしれない。

 コボちゃんがスタジオクラスター北軽井沢分室のお風呂場の掃除をしていたら、頭の上をひらひらと何かが舞い込んできた。見上げて驚いた。あのコウモリなのである。放してあげたはずの、あの耳の大きな可愛いコウモリなのである。アゲハチョウみたいに可憐に舞い飛ぶ、あのコウモリ君なのである。それがひらひらひらとコボちゃんを確かめるように周囲を飛び回ったかと思うと、また小さな換気窓から外へ飛んでいった、というのである。蝙蝠の恩返し。まさかね。それともコボちゃんが、
「またおいで」
といったのを理解したのだろうか。これまた、まさかね。もしかしたらあの蝙蝠、自分の家の引っ越し候補地を探しているのかもね。蝙蝠は人間と同じ哺乳類なので、人間と犬と猫の我々家族に親近感を抱いたとしても不思議ではない。蝙蝠、素敵な生き物だと思う。
 で、そんなことを考えていたらグッドアイディアが浮かんできた。カレンダー5月の絵が決められずに悩んでいたのが解決したのである。構図はコウモリのお引越し。耳の大きな蝙蝠君がこれまた大きな革鞄をぶら下げて鳥たちのアパートメントへ引っ越してくる。そしてその樹の家は2月に登場するウクレレガエル君の住んでる家でもあるのだ。そして5月だから、樹の家は新緑。若い緑の葉っぱで飾られているのである。さぁて、うまく仕上がるかなぁ。

 またまたイージス艦が衝突事故を起こした。それもまたまた横須賀基地に所属しているイージス艦なのである。トランプが大統領になって以来、アメリカ海軍は機能不全に陥っているのではなかろうか。ま、あんな大統領だと軍人もやる気をなくすのも不思議ではないと思う。世の中で起きていることのすべては必然の結果なのです。

▲ 真昼間秋の蝙蝠お引越し


0822・火・新月・

 1944年の今日、学童疎開船「対馬丸」に米海軍の潜水艦が魚雷攻撃を仕掛け、鹿児島県沖で撃沈し、沖縄の子どもたち、およそ800人を含む1400人以上を犠牲にさせた。また、1945年の今日、樺太からの引き揚げ船3隻が北海道沖で国籍不明の潜水艦に攻撃され、2隻が沈没、1隻が大破して1700人以上が犠牲となった。そして同じ1945年の今日、ラジオの天気予報が復活する。太平洋戦争中は国防上の理由で天気予報は極秘情報、放送禁止だったのだ。翌日からは新聞の天気予報も解禁。8月のこの頃というと、こうした情報をよく耳にするようになり、戦争を忌避する気持ちと平和に感謝する気持ちが高まってくる。そして現行憲法のありがたさが身に染みるのである。憲法改悪絶対反対。

 昼間、猫のミミコがオニャオニャと叫びながらスタジオクラスター北軽井沢分室を駆け回っている。そして網戸に繊細な羽根のぶつかる音。聞けば大きなトンボであるという。あ、これコボちゃんに聞いたんです。猫のミミコが教えてくれたわけじゃないんですけど、それってトンボじゃなくてヤンマ。それもオニヤンマかギンヤンマです。そりゃ猫のミミコのおやつにするには非人情。すぐに網戸を開放し、ヤンマを空に解放してあげた。
 で、夜になってコボちゃんと音声映画「ローマの休日」でヘップバーンとグレゴリーべっくの禁じられた恋に心を揺すぶられていたら、ヒラヒラヒラ。頭の上を蝙蝠が飛んでいる。今夜は夜行性の生き物らしく、まともに夜の中を飛んでいるのだ。蝙蝠君、よっぽどこのお家が気に入ってしまったのね。それにしてもスタジオクラスター北軽井沢分室の何たる広さよ。天上が高いからこそ蝙蝠も安心して飛んでいるのである。さあ、蝙蝠君。いっぱい蚊を食べて頂戴な。

▲ ギンヤンマ窓から窓へ一直線


0823・水・処暑・

 1988年の今日、宝くじで大変珍しい当選番号が出たという。ダブルチャンスくじの一等1千万円の当選番号が09組の111111番という、6ケタの数字がすべて1という1並びの数字が出たのである。こうした番号が出る確率は420万分の1ということだが、この確率って、数億円の宝くじが当たる確立とどっちが希少なんだろう。いずれにせよ、籤運の悪い自分に宝くじが当たる、というような事態を予測したことは一度もない。けど、ニューヨーク個展を開くとき、ジョンレノンのポートレート版画を持っていき、それを100パーセント面識のないオノヨーコに渡せる確率は宝くじが当たる確率とどっちが高いか低いかなんてことを考える以前に、渡せることを疑わずに持っていき、そして渡せたのである。宝くじは当たらないけど奇跡は起きる。今もそれを信じて生きているのである。

 これから東京へ戻るというのに集中力を発揮してカレンダーの下絵1枚を仕上げた。4月は「新任教師」。カバとキリンの新任教師にウサギの子が桜の花びらの首飾りをプレゼントするという構図である。カバさんもキリンさんもスーツに身を包み、ネクタイをしめている。頭の上は桜が満開なのだろう。次から次へとピンクの花びらが落ちてくる。そんな絵である。
 さて、「おえかき」のBGMは山口百恵のヒット曲の数々。不思議なことにスタジオクラスター北軽井沢分室にくると、山口百恵が聴きたくなるのだ。この人の歌は時代が経過すればするほどよくなっていく。歌の意味が深くなっていく。存在の価値が低下しないのである。つまり、美空ひばりと同じく、偉大なる歌い手であったのだ。そしてこんな偉大な歌手にボクは挨拶をされたことがあるのだ。おまけにその楽屋で彼女が食べていた苺を手渡され、ボクも食べたことがあるのだ。70年代、ボクは芸能イラストルポライターとして仕事をしていた時代があったのである。アグネスチャンや南沙織。いつかそんな自慢話をさせていただきます。さて、東京の天気予報は猛暑日。戻った途端、熱気に包まれた。ボクらが北軽井沢にいる間、東京はずっと涼しかったのにね。今年の夏はアンラッキー。ついてません。

▲ 夕空はいつの間にやら秋の雲


0824・木・

 昨日が高校野球の決勝戦で、埼玉県の代表校が優勝して、にぎにぎしくも高校野球も閉幕し、今日からはめでたく子ども科学電話相談室が始まった。その最初の朝の質問である。
「暑いので扇風機の風にあたりながらアイスクリームを食べていました。そしたらアイスクリームがどんどんとけていってしまいました。私は涼しかったのに、アイスクリームは涼しくなかったんですか」
 さて、どうでしょう。解答者の先生方の四苦八苦の解答ぶりをご想像ください。それにしても司会のアナウンサーがうるさいような気がして仕方がないのです。せっかく解答者が苦労して答えているのに、それをアナウンサーの理解力で要約して子どもたちに無理矢理に納得させようとするのがうるさいのです。要するに子どもたちをリスペクトしていないのです。密かではありますが、心の中では子どもたちを劣った存在として考えているのではないのかと疑いたくなるのです。質問の理由を子どもたちから聞き出そうとするのも余計なお世話であるような気がします。子どもたちが返答に苦慮していると、電話機のあちらで聞き耳を立てている母親が必ず助け舟を出そうとして、それが電話口の子どもに反映するのも愉快ではありません。鬱陶しいのです。子ども科学電話相談の熱烈ファンといたしましては、どこまでも子どもたちにのびのびとしてもらいたいのです。夏休みももうすぐ終わることですし。

 NHKラジオ第2「朗読の時間」は谷崎潤一郎の猫談義。小説「猫と庄造とふたりの女」が終わってしまったからで、この作品で谷崎潤一郎が無類の猫好きであることが判明したわけだけど、その猫についての随想なのである。けれども谷崎は小説「蓼食う虫」では犬好きであることも暴露している。谷崎は女好きで犬好きで猫好きであったのだ。ああ、誰かさんと同じなのであったのだ。

▲ 階下から秋刀魚の煙猫の髭


0825・金・

 またまたNHKマイ朝ラジオ「今日は何の日」の受け売りなんだけど、今日は1931年に東京飛行場、今の羽田空港が開港された日であるらしい。中国の大連に向けて飛び立った1番機にはスズムシトマツムシの合わせて6千匹が積み込まれていたというんだから、よっぽど積んでいくものがなかったんだろうね。ま、スズムシもマツムシも軽くて安全だし、中国の人たちにも喜ばれると思ったのか、それとも現地で働いている日本人を慰めるためだったのかこれはいつか調べてみよう。いずれにせよ、この積荷情報には心を引かれる。
それからもうひとつの受け売りだけど、1958年の今日、あのチキンラーメンが発売された。世界初めてのインスタントラーメンである。お湯を注いで3分間待つのだぞ。あのチキンラーメンである。もちろんウルトラマンのカラータイマーの3分間もインスタントラーメンと関係がないはずがない。このチキンラーメン、発売当時は入手困難で、手に入ったときは欣喜雀躍、家族一同が手を取り合って舞い踊ったものである。お湯を注がれた丼を前にして、家族一同、時計を睨みながら3分間、ひたすら期待に胸を膨らませていたのである。でもねぇ、ちっともラーメンの味じゃなかったんだよね。ラーメンという単語にチキンという枕詞をつけるだけの理由のある味だったんだよね。でも、その味がいつか定着して、今は人気の的となり、その味と香りはカップヌードルに受け継がれているのはご存じの通りであるのだ。あの人生最初のチキンラーメンの記念日は今も心に熱く刻まれているのである。

 暑かったのでずっと冷房のお世話になっていた。なのにアルルが目の前であえいで見せ、冷房の設定温度をもっと下げろと催促する。そこでリモコンを取り上げ、コマンドボタンを押してやる。ピッと温度設定の音がした途端、アルルのあえぎはボタンを押したみたいに停止する。ま、本当にボタンは押したんだけど、そんなにすぐに温度が下がるわけはないのだ。もしかするとアルルはこのボクを世の中の天候を支配する存在と思いこんでいるのかもしれないのだ。

▲ 一番機旅をするのは秋の虫


0826・土・

 朝も早くから北朝鮮がまたまた何やら打ち上げたらしい。昨日あたりからそろそろ大陸間弾道弾を打ち上げるんじゃなかろうかと騒がれていたタイミングだったので、すぐにラジオは飛距離1万3千キロでアメリカ大陸まで届くとか届かないとか騒いでいたけど、結局のところ打ち上げたのは短距離ミサイル3発で、そのうち1発は打ち上げ直後に爆発して、まともに飛んだのは2発だけで、それもたったの250キロを飛んだだけで、日本海に落っこちた。ま、ミサイル発射は失敗に終わったのかもしれないけれど、ウィークエンドの日本列島を朝から大騒ぎさせたという点では大成功で、それを安倍政権が迷惑と感じているかというと実はそうでもなくて、加計学園問題で真っ青になってるはずの安倍晋三はますます元気になっているのである。同じことを何度もいうようだが、北朝鮮のミサイル打ち上げは安倍晋三の援護射撃にしかなっていないのである。

 秋の蚊と闘いながらNHKラジオの昼のニュースを聴いていたら、「昼の憩い」にエポの曲、「音楽のような風」がかかった。久しぶりに彼女の歌声を堪能したけど、エポ、やっぱりいいな。あの歌声は神様が彼女に与えたプレゼント、というような気がする。もっとラジオにかかればよいのにね。そういえば彼女のアルバムをプレクストークに入れてあったことを思い出した。別に忘れてたわけじゃないけど、人生の残りの時間が少なくなると、なかなかポップソングに浸っていることができなくなってくるのです。本を読むだけで精いっぱいになってくるのです。そしてボクは今、恩田陸の「錆びた太陽」に夢中。昨日、サピエ図書館に恩田陸の「錆びた太陽」がアップされているのを発見、早速ダウンロードしたのです。週刊朝日に連載中からいつか、最初から最後までまとめて一気に読みたいと願っていたのです。だからエポ、ごめんね。

▲ 秋の蚊はみんな貧血飢えている


0827・日・

 1971年の今日、政府は翌日から円を変動相場制に移行することを発表。米国のドル防衛対策、ニクソンショックによる影響である。これで戦後22年間続いた1ドル360円の固定相場制が崩壊した。もっともこの360円という数値、円は360度からきているもので、要するにアメリカが円を馬鹿にしてた数字。でも、この360円の固定相場制のおかげで日本の経済は滅茶苦茶に救われたんだよね。安い円のおかげで日本は貿易国として有利な立場におかれたのです。けど、ボクは変動相場制に救われた。変動相場制が導入された翌年の1972年、初めて海外旅行をしたボクは価値の上がった円に救われることになる。1ドル360円で海外を旅することはとても大変なんです。そして時間が経過すればするほど円は価値を上昇させ、ボクらはその後の海外旅行で金持ち気分を味わえることになるのです。

 ヒラリークリントンがその回顧録の中でトランプをこの世で最もおぞましい男として描いているという。大統領選の討論会の舞台でヒラリークリントン候補にトランプがやたらつきまとい、後ろから近づいてきて彼女の首筋に息を吹きかけるというのだ。おお。想像しただけで全身に鳥肌がって、思わず白色レグホンに変身したくなってしまう。ヒラリーにとっては、この男に敗けたという事実だけで、これからの人生を生きていけないほどにショックを受けたに違いないのだ。けど、それ以上にトランプを当選させたアメリカはショックを受けている。未来をどう生きていこうかと混迷の真っ最中で右往左往しているのだ。今、アメリカの政治は文字通り五里霧中なのである。

 日曜日のお昼はウィークエンドのお楽しみ、「NHK素人喉自慢」。やっと高校野球が終わってくれて、今日は喉自慢。嬉しいな。「夜桜お七」を歌っていた感動的に歌のうまい女の子がチャンピオン。坂本冬美さんに
「私よりもうまく歌ってくれないでよ」
と喜ばせていたほどの見事な歌声だった。納得のチャンピオンである。

 今日は朝から涼しい。かなり涼しい。ここんとこ、朝夕はずいぶん涼しくなってきて、ちょっぴり寂しい気分なんだけど、遊歩道では蝉君たちが頑張って鳴いてくれている。ちょっと弱弱しい鳴き声だけど、頑張って鳴いてくれている。そうだよな。まだまだ夏におさらばしたい気分ではないのです。今年はまだ、夏を満喫したような気分にはなってないのです。

▲ 腹を見せ空を見上げる秋の蝉




2017年 8月14日~20日
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☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。


0814・月・

 1945年の今日、御前会議でポツダム宣言の受諾が決められた。米英、中国による日本に対する無条件降伏を迫る条約を昭和天皇の見守る中、受諾することを決定したのである。そしてその翌日、日本国民は昭和天皇のアナウンスにより、その事実を知らされることになる。これが敗戦記念日。公式には終戦記念日と呼ばれているが、事実は敗戦記念日。日本は停戦を勝利と書き換えるような北朝鮮じゃないんだから、事実は事実として認めるべきなのである。とはいえ、今でも歴史を書き換えたくてたまらない人たちが政府の中枢にいるんだから、あんまり安心はできないのだ。

 スケッチブックに向かいながら、高校野球のラジオ中継を聞き流していたんだけれど、だんだんむかついてきた。不愉快になってきた。このアナウンサー、ゲームを実況中継することに精一杯で、それ以外のことにはまるで気持ちが向いてない。プレイをどんなに精緻に描いても、選手たちの名前をどんなに正しく発音しても、どことどことが対戦してるのかわからないと、どっちを応援していいのかわからない。そう。世の中、判官びいきの人もいれば都道府県にこだわる人もいる。それぞれ「ひいき」というものがある。本当は応援していてもいなくても、取りあえずどちらかを応援するモードでないと、高校野球を聴いていても、あんまり面白くはないのである。あれれ。BGMのつもりが、いつの間にか高校野球に引き込まれていたじゃないか。で、むかついているうちにゲームは終了。この試合、鹿児島の神村学園と京都の京都成章のゲームだったんだけど、試合中は学校名を連呼するだけで、いつまで経ってもどこの代表だか教えてくれない。片や「神村」、こなた「京都成章」を連呼するだけ。こなたの「京都成章」は頭に京都とついているので、京都の代表だな、ということは誰にもわかる。けれども片やの「神村」がどこの「神村」だかわからないし、そもそも「神村」なんだか「上村」なんだかもわからない。ここがラジオのウィークポイント。そこへアナウンサーがテレビ中継が専門だったりすると、聴いている側が情報的に画面のサポートをまるで得られていないということに思いが至らない。というわけで、ゲームが終了した時点で初めてこのゲームは鹿児島と京都の対戦であったことが判明したのである。あああ。ここまで、どれだけイライラしてスケッチブックに向かわなければならなかったことか。ところが続く試合を担当したアナウンサーは実に気が利いていて、校名の頭に必ず出身都道府県名を加えてくれる。で、やっと安心して高校野球中継をBGMに「おえかき」に集中できたのである。ちゃんちゃん。

 ボクが透析を受けている間、コボちゃんは新宿へと画材の買い出し。帰りは伊勢丹のデパチカ見物。そしてまさか、見物だけで終わるはずがない。今年の秋刀魚か去年の秋刀魚か知らないけれど、ボクの大好物、秋刀魚の南蛮漬けと、伊勢丹お勧めの豪華幕の内弁当を買ってきてくれた。聞けば、半額セールだったという。この秋刀魚の南蛮漬けでコボちゃんと乾杯。夜中に盛り上がる。けれども豪華幕の内弁当よ、お前にだけは一言いいたいことがある。白いご飯に勝手に「ゆかり」なんかかけさせるな。せっかくの白飯がまずくなる。ボクは赤紫蘇が好きでないのだ。この世でいちばんのご馳走は白い御飯と信じているのだ。そもそも白飯に「ゆかり」をかけるなんぞ、古米であることを誤魔化すためのズルじゃないのかね。伊勢丹の豪華丸の内弁当なら、そんなズルはやらない方がいいと思います。

▲ 迎え火やあの敗戦を忘れない


0815・火・下弦・敗戦記念日・月遅れお盆・

 グアムにミサイルをぶっ放すの放さないの、金正恩とトランプの口げんかはエスカレートするばかり。そんな真っ最中、安倍晋三は高度数百キロを飛来する北朝鮮のミサイルを本気で撃ち落とすつもりなのか、国民の生命と安全を確保するんだと鼻息が荒くなっている。けれど聞くところによると自衛隊の迎撃ミサイル、パックスリーの射程は20キロ。それってまるでB29をパチンコで撃ち落とせると思っている幼児みたいな発送。この敗戦記念日というタイミングにもう少し金正恩とトランプの間に入って両者をなだめるような気の利いた言葉を投げかけることはできないのだろうか。ま、安倍晋三も金正恩やトランプに負けないくらいお坊ちゃまで、戦争の好きな血筋なんだよね。安倍晋三、国民という常識ある大人たちが民主主義の力で何とかせにゃあかん、と思う。とにかくこの日、武道館における今上天皇のお声に傾聴したい。この日本で陛下ほど平和を望んでおられる方はおられないのである。

 ザンザカと音をたてて雨が落ちていたかと思ったら、今度は晴れ間が出たらしい。頭の上でいきなり蝉が鳴きだした。その声のでかいのなんの。最初はどこかのサイレン機械が故障して、騒音を発生させたのかと思ったほど。あんな小さな身体のどこからそんな音が出るのかと脅威に思うほどの声である。考えてみれば夏の間、窓の外のすぐ傍で蝉に鳴かれるなんてことは滅多にあるもんじゃない。この蝉、何手種類なんだろう。いろんな蝉がいるけれど、その種類について考えることなんてほとんどない。ああ、蝉が鳴いてるなとか、蝉時雨が落ちてくるなとか、蝉という単位でまとめて受け取るだけで、蝉単体で受け取るなんてこと、あんまりないのである。それにしても、何と不思議な声だろう。とても生き物の声とは思えない。まるでマシーンである。なのに今、ボクはこの蝉に激しく愛おしさ(いとおしさ)を感じている。たまらなく懐かしさも感じている。地面の下で歳月を費やし、そこから這い出して殻を脱ぎ捨て、この夏のために鳴いている、この蝉に燃える命を感じているのである。蝉さん、ありがとう。

▲ 武道館敗戦の日や秋の蝉


0816・水・

 1943年の今日、東京都が上野動物園に対して猛獣を処分するよう命令する。戦時下の東京へ空襲の可能性が高まってきた、ということで猛獣の脱走を恐れたのである。ゾウ、ライオン、ヒョウ、トラ、クマなど27頭が殺された。これを童話にしたのが土家由岐雄(つちやゆきお)のかわいそうなゾウ」であり、毎年敗戦記念日に評論家の秋山ちえ子さんがその童話をラジオで朗読してくれていた。この朗読、秋山さんがお亡くなりになるまで、最期まで続けられた。今、この朗読がラジオから聞こえてこないことを心から残念に思う。誰か引き継いでもらえないものだろうか。伊集院光さんあたり、やってみませんか。意外とよいかも。

 ここんとこ、ボクがやたら注目している役者さん、小日向文代(こひなたふみよ)がTBSラジオの伊集院光(いじゅういんひかる)の朝の番組に出演、本当にいい人なのだと納得させられる。この役者さんを好きになったのは三谷幸喜監督作品のおかげ。「ザ・マジックアワー」や「清州会議」の好演でボクのハートに火を点けたのである。 そして最近ではいすずのトラックのラジオCMでの、往年の名優、あの藤村俊二さんを彷彿とさせるとぼけた語り口調と歌声がますますボクのハートに火を点けたのである。この人、意外と若くない。どちらかというとボクに近い年齢のおっさん。そして苦労人。つい昨日もプレクストークで三谷幸喜監督の「素敵な金縛り」で小日向さんの好演ぶりを拝聴したばかり。今朝のラジオでますます好感を抱いてしまいました。

 今日までの東京は8月になってから毎日雨が降っている。まるきり、お日様が顔を出してくれないのだ。これじゃ農家はたまらない。作物たちもたまらない。そのうち野菜も高騰し、家庭の主婦も音(ね)をあげる。もちろん主夫も悲鳴をあげる。こんなことって、1977年以来のことだとラジオがいってたが、そんなことあったっけと振り返ってみたら、その年の8月はボクは寺村輝夫先生に連れられて東君平さんや和歌山静子さんらとケニアを旅していたので、まるで記憶がないのだ。そして帰りの飛行機の中で白人の乗客がエルビスプレスリーが亡くなったという一面記事の新聞を広げているのを目撃し、愕然としたのである。そう。1977年の今日、エルビスプレスリーが42歳で亡くなっている。来月になれば69歳になる今の自分が振り返ると、あまりの若さに改めて愕然とするのである。

▲ 見上げれば青空染めて秋茜


0817・木・

 軽井沢の路は混雑している。久しぶりにお日様が顔を出したから。そういうわけでもないと思う。やっぱり軽井沢なのである。ゴルフ場では若い人たちが普段着でゴルフを楽しんでいる。ゴルフウェアなんて約束事に若い人たちは惑わされないのだ。レンタルのゴルフクラブでお金をかけず、休暇を楽しむ術を心得ているのである。だから晴れてよかったね。

 天気が悪いのにアルルはコボちゃんをサンランドまで引っ張っていく。黒雲が湧いて遠雷が轟いているのに足は止まらない。ぐいぐいと引っ張っていく。そして待望のソフトクリームを胃袋に納めたのである。ところが北軽井沢スタジオに戻ってきてすぐ、頭の上で雷が鳴りだすとたちまちボクの足元に救いを求めて飛んでくる。アルルはボクが天候をコントロールする力があるとでも思い込んでいるのだ。その証拠に世の中が耐え難いほど暑くなると、やっぱりボクの足元にやってきて、これ見よがしにハァハァと喘いで見せて、ボクに冷房のスウィッチを入れさせるのである。

 北軽井沢の夜である。北軽井沢スタジオの屋根で雨がパラパラとパーカッションをして遊んでる。鰻の蒲焼と筋子と蛸ぶつをつまみつつ、アイラスコッチのボウモアをちびちびやりながらコボちゃんと映画「ジョーズ」を観る。物語世界に没頭する。スピルバーグの脚本がいいのは勿論、檀鼓太郎の音声解説がいいのだ。夢中にさせてくれるのだ。そして音声解説が何であるかをよく理解してくれてる檀鼓太郎は音楽が大きくなればナレーションする自分の声も大きくするという工夫も凝らしてくれる。原稿を美しい声で正しく読みさえすればよいと思いこんでる、音声解説にありがちな落とし穴にはまらないのである。おかげで東京から北軽井沢への移動でくたびれたボクやコボちゃんのこの夜を檀鼓太郎のナレーションがすっかりリラックスさせてくれたのである。そして傍らではそれぞれ自分たちにあてがわれた布団やクッションで、やっぱり移動でくたびれ果ててるイヌやネコドモがしっかりと寝息をたてているのである。檀鼓太郎さん、ありがとう。

▲ 雨音は秋の気配の山の夜


0818・金・

 未明、イノシシのクシャミで目を覚ましたコボちゃんがアルルとしっかり雨に濡れて朝の散歩から戻ってきた。今日も天気が悪い。天気予報は当たらないし、ちっとも夏らしくないし、こんなんじゃ北軽井沢にいる意味がない。こんなんじゃ避暑にならないのだ。寒いのだ。「おえかき」をするにもストーブが必要なのだ。でないと、手がかじかんで動かなくなってしまうのだ。今年の夏、怨んでやるぞ。

 午後になって少しは温かくなり、冷えた頭もウォームアップ、回り始めた脳味噌の中で構図もまとまってきた。1月のタイトルは放浪者。棒に包みをぶら下げた旅人さんが、マルチーズを連れて旅路をいく。そんな絵である。2月はハッピーバレンタイン。冬眠中のカエルの家にリスさんが大きなハートのチョコレートを抱えてやってきた。ストーブのポットはスチームでホイッスルを鳴らしている。10月は親友の建築工学博士、深尾精一君がモデルの絵。本の積まれた部屋の片隅でミミズク博士が片手で家の模型を持ち上げて、テーブルの上の都市計画の模型に配置しようとしている。模型の家には窓の明かり。部屋の中なのに、模型の街の家々は月の明かりに照らされている。タイトルは「月明かり」。7月は閃光花火。線香花火じゃないんです。キツネの子がバチバチと閃光を発する花火で遊んでいる絵です。でも、このキツネの子の表情が妙にうまくいかず、コボちゃんからなかなかOKがもらえず、紙の無駄遣いをしてしまう。ボクがモタモタしている間にコボちゃんはボクの色指定の通り、放浪者の彩色を仕上げてしまった。2018年度のカレンダー、順調に仕上がってます。

▲ いのししの声で目覚める軽井沢


0819・土・

 階下のスタジオで角が1センチ、全長が17センチの巨大なナメクジが壁に貼りついているのをコボちゃんが発見。茶色の斑点まであったという。自分の目を信じられないコボちゃんは巻き尺を持ち出し、実際に長さを測定したのだから、17センチは間違いない。そしていくら巨大だからといって、そのナメクジが大切にされるわけではない。壁にピッタリと貼りついているのを杉の木の枝でそっとはがされ、そのまま木の枝に乗せられて外まで連行される。ホットしたのもつかの間、今度は3センチのスズメバチが部屋の中を飛び回っている。猫のミミコが見つけたら、ちょっかいを出して刺されるかもしれない。んなことになったら小さな猫の肉体がアナフェラキシーショックを起こすかもしれない。虫取り網を持ち出し、そいつで優しく捕獲して、窓の外に解放して差し上げる。おかげでスズメバチ君、何の悪さもせずに自分の家に戻ってくれた。ところが今日は訪問者の多い午後で、今度は頭の上をヒラヒラ、ヒラヒラと舞うものがいる。最初は大きなクロアゲハだと思ったという。でも、よく見ると黒よりも茶色という感じ。鳥だったら大変。たちまち猫のミミコの餌食になってしまう。ところがこのアゲハだか鳥だかの謎の生物、窓と網戸の間に潜り込んでしまった。で、網戸を開けてやろうと近づいたら何と、大きな耳があるではないか。それが窓と網戸の隙間をヨチヨチと歩いているのである。それは体長10センチのコウモリ君だった。コウモリという生き物を間近に見るのは初めてのコボちゃん、そのあまりの可愛さにたちまち親近感を覚えてしまった。だったらなおさら猫のミミコにやられたら可哀想。遊び相手が欲しくてたまらない猫のミミコは寝室に閉じ込められてしまう。何が起きたのかと猫のミミコは大声で抗議する。その間にコウモリ君は窓と網戸の隙間から這い出してヒラヒラヒラ。階下へ飛んでいき、いつの間にか姿を消していた。このことでコボちゃん、すっかりコウモリファンになってしまったのである。ちなみに、ボクもコウモリファン。彼らとはお近づきになりたいと以前から思っていたのである。

▲ 舞いこんだ秋の蝙蝠ご転宅


0820・日・

 小説「学校の怪談」を聴きながら来年のカレンダーの下絵を描いている。広い北軽井沢スタジオはボクと猫のミミコ以外、誰もいない。コボちゃんとアルルは散歩に出たっきり、まだ戻ってきていない。怪談はますますコワくなる。いきなり階下で何かの音がする。空気が急に冷たくなる。もしも頭の上でこないだのコウモリ君が飛び回りでもしたら、きっと腰が抜けるだろう。こういうとき、大型犬のアルルなら少しは頼りになるけれど、猫のミミコは何の役にも立ちゃしない。この北軽井沢スタジオ、実はスタジオクラスター仲間のキンさんの霊魂が宿っているのだ。キンさんはスタジオクラスターの青木岳志さんと一緒にニューヨークのボクをサポートするために飛んできてくれた大切な仲間のおひとりなのである。ところがこのキンさん、2008年に別の世界へ飛び立ってしまった。ここにはそのキンさんが残していった貴重な作品が大事に保管されているのだ。だからもちろん、その仕事にこめられたキンさんの魂も遊んでいる。ひとりで仕事をしているときなど、
「エムさん、何してんの?」
とパソコンの画面を後ろから覗き込んできたりする。そんなキンさんの気配を現実のものとして感じることがあるのだ。でも、霊魂の存在を感じるのはここだけじゃない。家で仕事してるときは幼馴染の霊魂がときどき遊びにくる。昨年、彼がこの世から旅立つときは、ちょいとした手痛い挨拶をしていってくれたものである。やっぱり幼馴染なのである。出られたら悪い気はしないのである。彼らはちっともコワくない。本物の霊魂とか幽霊とかは、決して恐怖を感じさせたり危害を与えたりはしないのだ。恐怖を与えるのは作り話の幽霊。怪談の中のお化けや幽霊たちだけ、なのである。

▲ 幽霊とおえかきしてる秋の暮れ






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