全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年4月9日~15日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

止まろうと思えば いつ 止まってもいい
そう思いながら 今もこの道 歩いてる

 決して止まろうと思ったわけではない。絵本作家として歩いてきて、突然の失明宣告を喰らっただけである。冗談じゃない。絵本が何であるか、おぼろげにわかりかけてきて、そして仕事をするのが面白くてたまらなくなってきて、そして理想の仕事場を手に入れたばかりだというのに、失明宣告を喰らったのである。おまけに腎臓までパンクして、排出されるべき毒素連合が体内を駆け巡り、余分な水分で手足がゾウみたいに膨れ上がり、失明と同時に人工透析を導入したときは余命5年まで言い渡された。踏んだり蹴ったり、言語道断の横断歩道なのである。
 どういうわけか生粋の無神論者の自分が失明宣告により神の実在を体験してしまう。といっても白い服を着た白い髭の老人が頭の上に金色に輝く発光リングをゆらゆら浮かべて登場したわけではない。あまねくこの世界を愛している存在から脳味噌の中心に直接メッセージを受け取り、自分の意識と肉体が宇宙と合一する体験をしたのである。どうしてそんなことが起こったのだろう。絶望から救おうと肉体のシステムがドーパミンとかエンドルフィンとか、脳内麻薬物質を総動員して、めくるめく幻想世界を目前に展開させてくれたのかもしれない。いずれにせよ、それはいかなる快感とも違う至福体験だった。そしてその体験はボクの肉体の中心を一本の柱のように陣取って、自分を揺るぎのない宇宙への信頼へと導いてくれたのである。
 とはいえ失明はコワい。四方八方から迫りくる暗黒の壁に浮かび上がるムンクの叫びの幻影に脅え、失明の暗闇に生きるくらいなら尿毒症で死んだ方がよいとさえ考えていた。それが人工透析で生かされる道へと運ばれていったのである。
 復活は希望への体験である。死んだらどうなるかはわからない。けれど生きていることは嬉しい。苦しいことはあるけれど、それ以上に楽しいこともある。時間はかかるけど見えないことにも慣れてくる。ただ命を限られて生きることはどうだろう。見えないで生きることにリスクはある。人工透析で生かされることにもリスクはある。おまけに自分の命は長くて5年。そう思いながら生きることにもリスクはある。理屈で考えれば何をしても間に合わないのだ。ところがどうだろう。失明してすぐ、白い紙の十円玉を目印にして一行ずつボールペンで文字を刻んで童話を書き、それで新人賞を獲得した。間に合ったのである。人生をマイナスゼロ地点からスタートしたのに、そんな自分と人生を共にする人が現れて、その人に勧められて見えない目で絵を描くことを覚えて、その方法を試行錯誤して全盲イラストレーターとなり、全国で展覧会を開いて次々に絵本を出して、なのにボクはまだ生きているのである。とっくに5年は過ぎているのに、である。
 失明するとわかったときから、いつ死んでもいいと思っていた。死ねば楽になるだろうと考えていた。ところが死んでない。まだ死んでない。絶望を目前にして、宇宙が至福の体験を与えてくれたように、今度はいつか、天がボクを死へと導くだろう。それはいつかわからない。けれどボクは至福体験をプレゼントしてくれた宇宙を全面的に信頼している。だからその瞬間まで、今日は昨日と同じように、そして明日は今日と同じように、ボクは生きていくつもりなのである。


0409・月・

 プロ野球の勝ち負けがバラけてきて面白くなってきた。ヒロシマがDeNAに敗けてるし、巨人はヤクルトに三連敗でまるで歯が立たないし、やっと日本ハムが勝ち始めたし、西武ライオンズだけが連勝街道まっしぐらで27年ぶりの開幕8連勝で文化放送も張り切ってる。さて、楽しみです。それにしてもガッカリがTBSラジオが野球中継から撤退したこと。なんせTBSラジオの音質が最高なんです。ニッポン放送の野球中継も悪くないけど、音質が最悪なんです。そこで頼りになるのがNHK。巨人中心主義でないところが評価できます。さてヤクルト、今年は頑張ってね。今年もボクはDeNAとヤクルトを応援しますから。広島の応援はもういいでしょう。今年も優勝候補のトップですから。

 さて、大リーグでは大谷翔平君がまたまた勝利投手。6回までパーフェクトピッチングを展開したとか。驚きの2連勝です。現地ではスーパーマンどころか、宇宙人扱いをされているらしいのです。大谷翔平君、どうかそのままゴーイングマイウェイを続けてください。

「ツチクッテ、ムシクッテ、シブーイ」
 これって、燕の聞きなしです。燕という鳥、大好きです。可愛くてたまらない渡り鳥です。燕は人間を利用しているだけだと考える人もいるようですが、それだけじゃないでしょう。人間が燕を大切にしているように燕だって人間が好きなのです。その昔、台風の夜に燕が家の中に逃げこんできて、一晩一緒に過ごしたことがありますが、あのように堂々とした野鳥をボクはそれまで見たことがありませんでした。とにかく家の中に迷いこんだ野鳥というものは、哀れなほどにパニックに陥るものなのです。ところがその燕、ティッシュをしいてやった本棚にチョコンとうずくまり、嵐が去るのを待っていたのです。声をかけて手の平に乗せてやっても慌てず騒がず、こちらを見上げています。顔を近づけてすりすりしてもパニくらないのです。そんな野鳥っているでしょうか。そのまま窓を開き、台風一過の青空を見せてやると、一瞬にして飛び立っていきました。そしてボクはますます燕が好きになっていたのです。

▲ 電線の燕見上げる窓の猫


0410・火・女性の日・

 1963年の今日、アメリカの原子力潜水艦、スレッシャー号がボストン沖の大西洋で行方不明になった。翌日、アメリカ軍はスレッシャー号の沈没と乗組員129人全員の死亡を発表した。当時、世間を騒がした事件である。ボクは中学3年生で高校受験を控えていたが漫画を描くのにも夢中で、このスレッシャー号沈没をネタに怪獣漫画を描いている。タイトルは「怪獣ライン」。スレッシャー号を沈没させた超弩級の怪獣が海から飛び上がるとなぜか日本列島へ一直線。そしてなぜか秩父の町に現れる、というストーリー。この怪獣、海にも潜るし空も飛ぶ。イメージとしては東宝映画「怪獣バラン」に近いのだが、近いというよりは完全にパクリ。安易な漫画で、当時の高校受験のプレッシャーを少しでも忘れたいというアクションだと思う。プレッシャーでスレッシャー号、ということなのかもしれない。なんで秩父かというと、ちょうどその頃、秩父に旅をしたばかりだったのである。で結局、このくだらない怪獣漫画は未完成のままとなる。でも不思議なもので、それら漫画の一コマ一コマを今でも詳細に覚えているのだ。人間の脳味噌ってスゴイと思う。

 財務省に厚労省に文科省、次々にインチキがバレてます。国民の財産であるはずの公文書をドガチャガして、自分たちの都合のいいようにいじくっているのデス。商家の番頭さんが旦那の目を盗んで帳面を筆でドガチャガして、お店のみんなに好きなだけ飲み食いさせるように、勝手なことをしてるのデス。国民の税金で雇われている身分のくせに、国民の財産である公文書を私物化しているのデス。霞が関に暮らしていると、自分たちが国民の上にいるような、そんな錯覚をしてしまうのかもしれませんね。これすべて安倍晋三の嘘を隠すための方便、とあきれるのは簡単ですけど、自衛隊は話が別でしょう。あの人たち、武器を持っているのです。一般市民には決して許可されないような飛び道具、ピストルや機関銃、バズーカ砲や火炎放射器、戦車や戦闘機、軍艦までも持っているのです。その人たちが、それら武器を私物化して、この国が好きなようにされたら大変でしょう。そういう事態をクーデターというのです。ある人は今回の日報隠しを226事件に匹敵する暴挙だともいっていました。稲田朋美なんて、あんなポーッとした防衛大臣をあてがわれたんじゃ自衛隊だって馬鹿にされたと思うでしょ。安倍晋三なんて、あんなワガママな総理大臣に好きにされて、自分たちには縁のない僻地に飛ばされて戦闘に巻き込まれて命を落とすなんてことになったらたまらないと思うのは当たり前でしょう。だったらいっそ、クーデターでもいてこましたろ、と考えられても不思議ではありません。安倍晋三夫妻のワガママな振る舞いにいい加減にストップをかけましょうよ。王室でも皇室でもないくせに、国のシステムを私物化して、それを国民が許していると誤解させているうちにこんなことになってしまったのデス。ということで、あの勘違いご夫婦には一刻も早く引き下がっていただき、この忖度国家の歴史にそろそろ終止符を撃とうではありませんか。

 空は晴れて春爛漫。コボちゃんとアルルはボクの憧れのおねえさま、ミサオが勧める豪徳寺、なみき動物診療所に出かけてる。先月あたりからアルルがちょっと心配なのだ。いつもと変わらず元気なんだけど、ちょっと心配なことがあるのだ。コボちゃんは自分の医療関係の知識を総動員して、そして知り合いの元獣医さんにあれこれ質問して、そしてボクはネットであれこれ調べて、そしてその結果、今日、近所でも評判のこの動物診療所に診ていただくことになったのだ。以前から飼い主さんと犬や猫、様々なペットたちが行列をしているこの動物診療所が気になっていたのだが、やっぱり人の噂は嘘をつかない。細かいことはまたいつか、ということにして、実に優れた先生方で、アルルとコボちゃんは元気に帰宅したのである。血液検査の結果はこれからだけど、とりあえず緊急性はなさそうなので、胸を撫で下ろしているところ。アルル、いつまでも元気でいておくれ。

▲ 動物のお医者に並ぶ人の群れ


0411・水・メートル法公布記念日・

 東京の日の出は5時14分、日の入りは18時11分。最低気温は12度、最高気温は21度。いよいよ春から夏へと急激に季節が移行しつつある。春は天候も人事も、そして気分も著しく不安定。最近は春バテなんて言葉も耳にするようになったが、春に浮かれておかしな事件だけは起こさないでいただきたい。

 1996年の今日、アフリカで核全面禁止条約が調印された。およそ50か国が核兵器開発や核廃棄物の投棄を全面的に禁止する条約に調印し、アフリカは中南米、南太平洋、東南アジアに次ぐ世界で四番目の広域な非核地帯となる。さて、日本はどうなのだろう。アメリカの核の傘の下、いつまでも非核化の論議から逃げ続けるつもりなのだろうか。そしてこの核全面禁止条約に原子力発電は該当するのだろうか。核廃棄物の投棄を禁止する以上、当然原子力発電所の利用は否定されるべきだろう。ところで、人類が核兵器を開発したと同時に世界でUFOが目撃されるようになっている。元自衛隊戦闘機パイロットの佐藤守さんのご著書「実録・自衛隊パイロットたちが目撃したUFO」によればチェルノブイリ原発にも東電福島第一原発にもUFOは現れている。にわかには信じ難いのだが、チェルノブイリの事故現場ではUFOの発する光線が近隣の放射能レベルを劇的に低下させたという、まるでSF映画みたいなレポートがある。アメリカの核ミサイルシステム上空に出現し、そのシステムを一時的に無能力化させたことも報告されている。ETも注目する人類の核開発、そろそろ世界中でこの核全面禁止条約に加入しましょうよ。UFOの乗組員たちも人類に、核物質はあなたたちの手には負えませんよ、と警告しているのだから。

 備忘録なんて言葉、初めてボクは聞きました。思わず辞書を引きました。その備忘録ですが、ちゃんと首相案件と控えてあるそうですよ。記憶にないと逃げられないための備忘録なんです。忘れたときの備えなんです。それがアベちゃん、話が違うじゃないですか。アベちゃん、そろそろ年貢の納め時じゃないんですか。あんまり往生際が悪いと孫子の代まで後を引きますよ。それともその往生際の悪さはおじいさまからの教えですか。ウチュクチイ日本を提唱するアベちゃんの、それはウチュクチクない態度だと思います。

 さて、本日の衆議院予算委員会でのアベちゃんの答弁、ボクはずっと耳を澄ませていましたが、アベちゃん、聞かれもしないことを長々と繰り返しおしゃべりして、まるでオウムになったみたい。そりゃ枝野議員も頭にくるでしょう。安倍晋三という人の答弁をこの政権成立以来、ずっと聞いてきたけれど、いつもはぐらかしで、質問とまるで噛み合っていなかった。今日もはぐらかし、摩り替え、時間稼ぎの答弁を繰り返してる。安倍晋三という人物は自民党も私物化して考えているみたいだけど、国会も自分の自由になる場所と勘違いしてるみたい。そして委員長までがこの安倍晋三の不誠実な対応にストップをかけられないでいる。こんな腐った政権と国会を具現化させた責任は、民主党の政権交代を容認できなかった霞が関の反撃で真実を見抜く力を奪われた国民にもあるのだと思う。

 さて、本日のデイキャッチ、時事川柳の秀逸です。
▲ 昭恵さんあなたは土俵あがってよ
▲ ありましたと日報には書いておこう

 外に出るとすごい風。スリムなボクなんか飛ばされてしまいそう。短足がっちりのアルルも飛ばされてしまいそう。とにかく頭の帽子をポケットに入れて歩き出す。はげちゃいないけど、少ない髪の毛が風にあおられ、悲鳴を上げてるけど、さらさらと髪の毛の感触も嬉しい春の嵐です。

▲ どこまでも嘘を重ねる春の午後


0412・木・世界宇宙飛行の日・

 今日は世界宇宙飛行の日であるという。1961年の今日、ソ連のガガーリン少佐がボストーク1号で地球を1周して無事帰還した。地球は青かったの明言を残している。これが人類初の宇宙飛行であるのだ。そして1981年の今日、米国NASAが最初のスペースシャトルコロンビア号の打ち上げに成功している。シャトルの名前の通り、繰り返しの使用が可能で、宇宙から戻ってくるときはグライダーみたいに飛んできて、着陸脚を出すと旅客機みたいに滑走路に滑り込んできて、そのスタイルで30年も宇宙開発をリードしてきたのだ。あるときはハッブル宇宙望遠鏡を背負って飛び上がり、背中のドアを開いて軌道に乗せたりしてきたのだ。大好きな機体でボクもプラモデルを作ったり、絵本に登場させたり、全盲イラストレーターとしてもずいぶん絵に描かせてもらいました。できればまた復活してもらいたいんだけど。

 1968年の今日、霞が関ビルが完成した。地上36階、地下3階、高さ147メートルの日本最初の超高層ビルとなった。これを記念して映画「霞が関ビル」が制作され、ボクは招待券をもらって喜んで観にいった。アホは高い所が好きというが、高い所の映画も好きなのだ。この映画、豪華スターたちがチョコチョコと顔を出すオールスタームービーだった。本物の霞が関ビルは、というと、またまた招待券をもらって霞が関ビルの最上階レストランでお茶を飲んでいる。加山雄三のバックバンドとしても知られるランチャー図が演奏しているのをたったひとり、ポツンと客席に座って聴いていた。窓からの展望が美しかったといいたいが、その日は雨が降っていたような気がする。暇な学生の身分なんだから、もっと晴れた日にいけばよいのにね。馬鹿みたい。

 最近、西部劇はあまり流行らないのかもしれない。未成年の新米警官が腰の拳銃で先輩警察官を撃ち殺してしまった。それも背後から後頭部と背中に2発も打ち込んだのである。これが西部劇だったら大変。打ち合いがあった場合、保安官はどっちが先にピストルを抜いたかとか、弾はどちらから撃たれているとか、ここをまず取り調べる。そして被害者が背後から撃たれている場合、犯人は最低な奴と人間扱いされなくなり、保安官は町のみんなから犯人がリンチにされないよう心配りをしなければならなくなるのだ。地デジ化以来、我が家は100パーセントテレビからフリー状態にあるのだが、テレビの名作劇場でも西部劇の放映はないのだろうか。いいよ、西部劇。特に警察学校の新入生たちには「真昼の決闘」とか「荒野の七人」とか「OK牧場の決闘」とか「シェーン」とか、名作西部劇を観ておいてもらいたいんだよね。で、そしたらどうなるか。それからは、警官同士が正々堂々と正しく街中で拳銃で打ち合うようになるのです。ま、これは冗談として、これからは絶対、未成年の警察官を罵倒してはなりません。即座に後ろから撃たれます。

 夕方、豪徳寺の動物診療所、「なみき動物診療所に電話すると、ご多忙なのだろう、そのときは電話に出られなかった並木先生から、夜になってわざわざ電話をいただいた。そしてアルルのヒラリアの疑いが晴れたのである。ひたすら感謝、なのである。この先生の素敵なところは無闇に高価な検査や治療、そして薬を勧めないこと。たとえばヒラリアの予防薬についても、都会のワンちゃんたちはヒラリアのリスクが低いことをまず知らせてくださり、予防薬を無闇に勧めるようなことはなさらないのだ。少しの時間だが、並木先生と直接お話しができて、いつも医院の前に人と動物たちが行列している理由がよくわかったのである。アルルはヒラリアではなかったが、またあれこれ、精密検査を受けさせるつもりである。

▲ 春眠や犬と猫ども元気なれ


0413・金・

 本日は13日の金曜日です。でも気にしません。だってオイラはクリスチャンじゃないもん。で、大安吉日も仏滅も気にしません。多少気にするのが毎朝のTBSラジオの「おはよう一直線」の占いくらいなもの。ただ、それを読んでる途中の生島ひろしの脱線が気に入りません。なんであの人、子どもの自慢ばかりするのだろう。気持ちはわかるけど、そこまで自慢することはないでしょう。

 今週もドタバタ、というか、ジタバタしたなぁ安倍政権。改竄の事実だけでなく、出てくる出てくる、備忘録やら日報やら。もしかしてこれ、関係者の誰かがバラス気で新聞社にバラ撒いてんじゃないの。チクッてんじゃないの、と勘繰ってしまいます。私や妻が関係していたら総理も議員も辞めるなんていっちゃって、そんな自らの前のめりな発言が引き起こした事態を目前にして、知らん顔する安倍晋三の鉄面皮ぶりに怒りを通り越して呆れてしまう。どう考えてもあの発言からすべてが空回りを始めたのです。国民も世論調査だけでなく、そろそろ投票という形で実力行使するしかないと思います。

 週刊朝日に文春に、そして新潮に現代に、プレクストークにやたら週刊誌が貯まってしまって、それを透析中に一気に読む。音訳ボランティアの皆様、毎週毎週、本当にありがとうございます。おかげさまで失明したばかりのときは考えられなかった、週刊詩を楽しむという幸せをいただいております。

▲ 春風や十三日の金曜日


0414・土・

 土曜日の朝の楽しみ、一週間最高のラジオの楽しみ、「ラジオ文芸館」がなくなってガッカリ。で、その代わりに出現したジャリ向き迎合番組を蹴っ飛ばし、TBSラジオを聴いている。そしてこれが内容豊富で面白いのだ。以前から興味があったのだが、ラジオ文芸館に勝てるプログラムではなかったのだ。これからはこの時間帯、TBSラジオに回すことになると思う。NHKラジオ、ラジオ文芸館をこの時間帯から外してかなり聴取率を失うことになるだろう。NHKラジオ幹部の嗅覚を疑わざるを得ない。勿体ないことをするものである。ただし、ラジオ文芸館が引っ越していったラジオ深夜便の聴取率が上がるかは微妙なところ。深夜1時という放送時間が問題なのだ。歯を食いしばってもボクは聴くつもりだが頑張り切れず、眠ってしまうような気もするんだよね。たとえラジオ文芸館でも眠気には勝てないと思うのだ。

 トランプがシリアに対する攻撃開始を指令した。巡航ミサイルのトマホーク100発が一斉に飛び出した。それを70機、撃墜したと撃たれた方が見栄を張る。どっちもどっちのような気がする。シリアの毒ガスが本当かどうかは知らない。倒れた子どもの姿を見て、本当にトランプが感情的になったかどうかもわからない。それよりは、北朝鮮に対する威嚇効果を意図したとする方が真実に近いような気がする。いずれにせよ、トランプに付き合わなければならなかったイギリスとフランスの兵隊さんがお気の毒。誰でもいいからトランプからツイッターというおもちゃを取り上げてくれないかな。たった140文字で世界が引っ掻き回されてはたまらない。

▲ 春なのにミサイル飛ばす馬鹿がいる


0415・日・

 1937年、昭和12年の今日、ヘレンケラーが初めて来日した。その後も来日を重ね、各地で講演を行うなど日本の障害者福祉の発展に大きく貢献した。ヘレンケラーで思い出すのが映画「奇跡の人」である。ヘレンケラーで心に残るのが映画「ヘレンケラー」で主演のパティ・デュークがポンプ井戸の流れる水を受けて、物には名前があることに気づくシーンだが、ボクはそのポンプに触れたことがある、といいたいのだが、実はそのレプリカ。1998年のニューヨーク滞在で、ボクはヘレンケラーの邸宅のオーナー、ミスターグリーンからご招待を受けたのである。彼は弁護士で奥様は日本人。おふたりは全盲イラストレーターに感動してくださったのだ。そのときグリーンさんは邸宅内に設置してあるそのポンプ井戸の実物大のレプリカに触らせてくれたのである。最も感動したのがヘレンケラーの書斎。壁一面の本棚には大きく点字がプリントしてあって、ボクはそれを勝手に百科事典専用の本棚ではないかと解釈したが、おそらく間違っているだろう。グリーンさんは別れるとき、「楽観主義は未来を開く」というヘレンケラーの言葉を刻印したガラスの文鎮を手渡してくれた。そして今でもその文鎮はこのデスクの上で宝物として輝いているのである。

 午後になって雨も上がり風もやんだので窓を開けた。カラスがうかれて鳴き交わしている。家の中では猫のミミコがお腹すいたとわめいてる。ここでは平和な日曜日だが、大分県中津市の山崩れ現場では自衛隊や消防や警察が命がけの日曜日を過ごしている。人命救助活動に専念しているのだ。国交省の自動機械が巨大な岩石や倒木を含む数百万立方メートルの水交じりの土砂を取り除く作業をしているのである。危険極まりないこの作業。通常の作業機械に遠隔操作のロボットを乗せて土砂撤去をさせようとの提案もあって、とにかく命がけなのである。この危険な日曜日の現場に対して、非力な自分はせめて二次災害の発生しないことを祈るしか他に手がないのである。

 何たるサプライズ。DeNAが8連勝なのである。弱いと思って応援しているのに、それが強いの何の。負け知らずで17年ぶりの8連勝なのである。まさかのまさかでDeNAの優勝を予測していた評論家がいたような気もするが、まさかの本当になるのかもしれない。意外なのが巨人の再会。既に10敗一番乗りで、シーズン初めとしてはちょうどいい塩梅のハンディという人もいる。ま、開幕したばかりのプロ野球。今のうちならいいたい放題なのでしょう。

▲ いく春や二階の窓に猫の顔


2018年3月26日~4月1日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です、はお休みさせていただきます。


0326・月・

 1978年の今日、4日後に開港を予定していた成田空港の管制塔が建設反対派の過激派に占拠された。中央管制室の機器が破壊され、開港が2か月延期されたのである。この年の7月、ボクは成田空港から欧州へ飛び立つ予定をしていたのだが、開港はそれには無事に間に合った。そしてボクはその旅でまだ絵本作家になってはいなかった絵本作家のきむらゆういちと知り合うのである。

 音声腕時計が死にかけている。早く電池交換をしてやらなければいけないのだが、ここのところ時計屋がやたら早じまいをしていて、コボちゃんがいくと、必ず店が閉まっているのだ。困った。アラームはヘロヘロと臨終の蟋蟀みたいに力がないし、時を告げる声も近くでラジオが鳴っていたら、もう聞こえない。音声腕時計、声が聞えなければもう時計じゃない。万事休すと思っていたら今夜は時計屋さんが開いていた。というわけでボクの音声腕時計は息を吹き返し、今はこの春のスカイラークみたいに元気に歌っているのです。

 音訳ボランティアの方からメールが届き、月刊ラジオ深夜便新連載エッセイについてのご質問をいただいた。以前、新幹線の運転手をされていたという方で、こうしたボランティアの皆様の献身に支えられ、ボクら視覚障碍者は自由に本が読めるようになっているのだ。これまでも月刊ラジオ深夜便のイラストレーション連載を音訳ボランティアの皆様に解説していただいていたが、これからは文章である。皆さん、よろしくお願いいたします。

▲ いく春や声のきれいなお姉さん


0327・火・

 桜の満開、雲雀の初鳴き、銀杏の発芽。NHKマイ朝ラジオに届いた各地からの春の知らせである。本日の東京、予想最低気温が10度、最高気温が21度と春本番の雰囲気なんだけど、これで佐川君の証人喚問が清く正しく執り行われたら春爛漫といくのだが、さてどうなったでしょう。
 それがひどかったのです、佐川君。関門の前に宣誓なんかしてたから、少しは真面目にやるかと期待したんだけど、嘘の上塗りでひどかったのです、佐川君。結局この人、保身に徹し、上ばっかり見てるヒラメオトコだったのだ。ヒラメオトコとはボクのオリジナルでなく、ラジオの、とあるパーソナリティーがおっしゃっていたのです。それにしても佐川君、東大を優秀な成績で卒業なさり、エリート街道をまっしぐらに進んだ結果がヒラメオトコじゃ情けない。でも、ヒラメオトコじゃ恥を知らなくても仕方ないかもしれません。だって魚類だもん。

 40年来の古い友人、角野栄子さんがアンデルセン大賞の作家賞に決定した。先週、肩を並べて記念撮影をしたばかりの人が児童文学のノーベル賞といわれる大きな栄冠に輝いたのだ。これが嬉しくないわけがない。いつかおめでとうを百回くらい直接お伝えしたいと思います。とりあえず、心から心へ、おめでとうございます。

▲ 啼く雲雀芽がでる銀杏散る桜


0328・水・

 1876年、明治9年の今日、廃刀令が布告される。これにより当時の最上級の正装、大礼服を着る際や軍人や警察官が制服を着る場合などを除き、刀を腰に差して歩くことを禁じた。ということで腰に差すのではなく、持って歩くのはいいだろう、といつも革袋に入れた刀を持ち歩き、ことあらば人前で抜き放ち、やたら振り回すという武道の名人を知っていた。この人、ボクの家にきたときも狭い部屋で抜き身を振り回し、危なくって仕方がない。ボクも狭い部屋で日本刀を振り回す癖があったので怖いとは思わなかったが、人騒がせな人だと思ったことは確かです。今でもアメリカでは腰にピストルを下げてあるく民間人がいるという噂だし、スイスでは鉄道の一時預かりに機関銃が預けられているのを目撃したことがあるので、すべて人次第ということで、いつでも人間のモラルが問われるのだ。大相撲の行司さんも素っ裸の力士のすぐ隣で刀を腰に差して動き回っているのだから、その横でにらみ合ってる相撲取りだっておっかないといえばおっかないのです、きっとね。

 1940年の今日、片仮名の芸名を日本語に置き換えるよう国から命令される。戦時下に英語の使用は好ましくない、ということだが、何たる狭量、ちんけな判断で歌手のミスコロンビアやディック峰(みね)など16人が改名を余儀なくされた。んなことしてるから戦争に敗けたんだよ。しなくても負けたけど。

 日本列島では桜前線が西から東へ驀進しているが、金正恩が21両編成の特別列車に乗って国境超えの驀進をして、習近平に会いにいった。やっぱりね。まっすぐトランプに会いにいくはずないもんね。それにしてもやるね、金正恩。やっぱこの人、トランプや安倍晋三と仲良くするより、習近平の手下でいる方が賢いと思ったのだろう。北朝鮮という小さな国で世界と対等にやり合う知恵をあれこれ工夫して、核兵器やミサイルもその道具のひとつとして考えているだけなら許せるのかもしれないけれど、いや、許してはいけないんだけど、さて、どうなのだろう。金正恩という人物、危険さという点ではトランプとどっこいどっこいなのかもしれない。核兵器という人類を絶滅させられる危険な道具がこの世界にある限り、我々は権力者の倫理に期待するしかないのである。そしてまた、民主主義において、我々の倫理だけが唯一、権力者の倫理に影響を与えられるのである。

 朝から高校野球は慶應義塾VS彦根高校。起立して母校のため、慶應義塾の校歌である塾歌(じゅっか)を歌う。正確にいうとボクの母校は埼玉県にある慶應義塾志木高校なのだが、もちろん神奈川県日吉の慶應義塾高校も同じ慶應義塾なのである。だから心をこめて応援するのである。

慶應義塾・塾歌・
一番
見よ
風に鳴るわが旗を
新潮寄する(にいじおよする)あかつきの
嵐の中にはためきて
文化の護り(まもり)たからかに
貫き樹てし(つらぬきたてし)誇りあり
樹てんかな(たてんかな)この旗を
強く雄々しく樹てんかな(たてんかな)
あゝわが義塾
慶應 慶應 慶應 

 久しぶり、塾歌を正しく歌えて朝からもう一度、顔を洗い直した気分である。ゲームの間も応援歌「若き血」が聞えてきて、どうしてもラジオのボリュームを大きくしてしまい、オイラの若き血も騒ぎ出す。慶應義塾の投手の名前が生井(なまい)君。生江(なまえ)じゃなくて生井(なまい)君。きっとこの子も名前でいじめられたんだろうな。アナウンサーがなまいくんとコールすると、どうしてもなまえくんに聞こえてしまう。さて、試合は流れがいったりきたりの好ゲームで始めから終わりまで手に汗握っていたので疲れてしまった。おまけに敗けたのでもっと疲れてしまった。残念無念。勝てば最後にもう一度、塾歌(じゅっか)を歌えたのに。

 FMで聴いていた高校野球、NHKラジオに回したら国会の参議院予算委員会で川田龍平議員が質問に立ち、自らの前のめりな発言で自殺者を出してしまった安倍晋三に命の問題で肉薄していてカッこよかった。川田龍平議員とは彼が参議院議員になるずっと前からの友人で、彼は北海道の旭川までお見舞いにきてくれた間柄。何故か気が合って長いお付き合いになっている。龍平君は薬害エイズで命の問題を迫られ、ボクは糖尿病で余命を5年と宣告され、お互いが命の戦友という共通点で結ばれたのかもしれない。そうしたご縁で彼の応援演説にも立ったことがある。とても不思議なことに、彼の奥様、ジャーナリストの堤未果(つつみみか)さんのお母様とは、これまた古いお付き合いで、学生時代、お母様の経営していた渋谷西武デパートの紙専門店「カミカ」で展覧会をさせていただいたり、本を売らせてもらっていたことがあったのだ。と、またまたどんどん話が長くなる。で、龍平君に国会中継、拝聴していて、カッこよかったとメールしたら、出来は50パーセントだったと以下のような返信がありました。

 川田龍平 様
国会でのご活躍、拝聴していました。
さっそうとしていて感動しました。
これからも応援しています。
エム ナマエ 拝 

お聞きいただき、どうもありがとうございました。
自分の中では、100点満点中、50点くらいだったのですが、
そう言っていただけて、ほっとしています。
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
今週末、四谷主婦会館で、川田龍平といのちを守る会総会を開催します。
ご連絡は届いていますでしょうか?
またお会いできるのを楽しみにしています。
川田龍平

ということですが、謙遜だと思います。

 これは本日のデイキャッチ、時事川柳の秀逸作品です。
▲ 佐川ですお荷物ですよ昭恵さん
わらわせてもらいました。

▲ いざいかん桜前線一直線

◇ バーチャル『奥の細道』コース
おかげさまで無事、親不知(おやしらず)を通過しました。
次は市振、あと、137,254歩です。

現在の歩数、2,782,746歩。三度目の徘徊です。


0329・木・

 桜前線と燕前線は重なるのだそうです。本日は5月下旬から6月並みの気候で、各地で夏日を記録してるとか。東京の最高気温は24度。練馬区の局地的気温は25.8度を記録したそうです。この晴天、来週の木曜日まで続くということで、これはほぼ100年ぶりのことであるとか。この晴天に恵まれた桜前線は東西南北、日本列島規模で楽しまなければ損だと思います。

 1973年の今日、ベトナムからアメリカ軍が完全撤退した。和平協定締結から2か月、南ベトナムに駐留していた最後の兵士を乗せた航空機が飛び立ち、これでアメリカのベトナム介入が終了したのである。当時、ボクは米軍基地の町に暮らしていて、日常的に米兵と飲み歩いていた。米軍基地に何度も呼ばれ、基地の酒場で酒を飲んだり、ビリヤードのエイトボールで遊んだり、スロットマシーンで小銭を稼いだりしていた。戦争が終わっていたせいか、基地の雰囲気は落ち着いていて、そこが戦争の現場とはとても思えなかったのである。不十分とはいえ英語で通訳ができたおかげでウィスキーやビートルズのレコードなど、PXで安く入手できる様々な貢物を仲良しの米兵から日々受け取って、語学のおかげで得をした数少ない経験をさせてもらったのである。この米兵、人殺しが仕事ではなく、航空母艦の仲での郵便兵でサージェント、つまり軍曹。広大で階層のいくつもある航空母艦の中を郵便物を配ってあるいていたのであって、人殺しには関与していなかったのが気に入って親しくしていたのである。

 朝からコボちゃんは看護学校の仲間たちと小田原にお花見にいっている。ボクは家出お留守番。月刊ラジオ深夜便の連載エッセイ「しじまのおもちゃ箱」執筆のため、東宝映画「地球防衛軍」をネット検索して調べてる。するとYOUTUBEで映画の予告編を観ることができた。音声を聴いていると記憶の中の映像がどどどんどんと蘇る。映画館でもビディオでも、何度も何度も繰り返し観た映像で、ボクの脳味噌映画館の銀幕で、宇宙人の工作ロボット、モゲラや、地球軍の空中戦艦アルファー号やペーター号、巨大反射鏡兵器、マーカライトが生き生きと動き出すのである。

▲ 擦れ違う桜の下の外国語


0330・金・

 東京の日の出は5時31分、日の入りは18時1分。とうとう日の入りが午後6時を超えたのである。その日の入り寸前の17時40分、透析に向かうアウトバックのステアリングを捜査しながらコボちゃんがいう。
「今日は満月なのかしら?」
「うん、今日か明日が満月だよ」
 聞けば真正面から真っ白な満月が昇ってくるという。そして背中には沈みつつある真っ赤な太陽。月と太陽にはさまれて、春分の時期だからこそ見られる景色なのだ。

 カラスたちが春めいて鳴き交わしている。ボクも仲間に入ろうとカラスの鳴き真似をするのだが、そういうときはたいがいカラスたちは黙るか遠くへいってしまう。コボちゃんに聞くと、最近のカラスたちは巣作りに忙しいという。道に落ちている小枝だけでなく、木の枝をクチバシでへし折って巣の材料にしているという。道に落ちている針金ハンガーとか如雨露の口とか、わけのわからない物はだいたいカラスの仕業なのである。

 透析中、週刊文春3月29日号でビートたけしの書き下ろし小説「ゴンちゃん、またね」を読む。ゴンちゃんというのは柴犬のこと。犬と人間の友情物語なのである。犬でゴンちゃんというと、きむらゆういちの愛犬を思い出すのだが、たけしの愛犬もゴンちゃんだったのだ。この小説を読む限り、ビートたけしという人物は意外や優しい人なのかもしれない。けど、最後まで犬を殺したりしたら許さないぞ、とハラハラして読まされたのだ。だってこの人の映画やたら暴力シーンが多いんだもん。

▲ 春野原月と夕陽のにらめっこ


0331・土・満月・会計年度末・学年年度末・教育基本法・学校教育法公布記念日・

 1981年の今日、ピンクレディーの解散コンサートが後楽園球場で開催された。3万人のファンがつめかけ、その別れを惜しんだ。ペッパー警部でデビューしたときはミーもケイも田舎から出てきたばかりの女の子、という感じで、ことにミーなんか、ミニスカートの脚がやたら太く見えて、大丈夫なのか、この子たち、なんて心配させられたのが、解散時のミーなんか、ドキドキするような美女に成長して、そのまぶしい姿をテレビ画面や雑誌のグラビアで惜しみなく見せつけていたのだ。山口百恵でもキャンディーズでも、さよならコンサートは後楽園球場で、他人事ながらいつも雨の心配をさせられた。あの頃、東京ドームがあったら、集まるファンは5万人。ま、大変な人気であったのです。

 すごい。今日は満開の桜と満月のコラボレーションである。天気は晴れ。これからもずっと晴れ。この晴天は100年ぶりのこと。そりゃ楽しまなければ損でしょう。今夜はお酒が売れるぞぉ。

 金正恩が習近平やIOC会長に次々に会えるのも核ミサイル効果だろう。そういう意味で彼は世界と対等に和田り合えるアイテムを手にしたのである。そんな使い方なら核ミサイルも納得、とはいかない被爆国日本の立場なんだけど、安倍晋三は馬鹿のひとつ覚えみたいに圧力、圧力と繰り返し、後に引けなくなっている。金正恩の中国保険やオリンピック保険、効果があるような気がする。それにしても金正恩の笑顔が気になる。小泉純一郎が訪朝したときの金正日の笑顔も評判になったが、さすが親子。その笑顔の影に北朝鮮のしぶとさが光っている。考えてみれば、いちばん危ない指導者はトランプで、金正恩ではないような気がする。いずれにせよ、世界はうかれてる場合じゃないのです。

▲ 満月と満開桜満天だ


◆ 4月・卯月・
0401・日・新学期・新会計年度・エイプリルフール・

 1994年の今日、詩人のまどみちおさんが日本人として初めて小さなノーベル賞と呼ばれる国際アンデルセン賞を受賞した。児童文学の分野で国際的に最も権威のある賞で、その選考基準の高さで小さなノーベル賞と呼ばれている。つい先日も長年の友人、角野栄子さんもこの賞に輝いていて、その1週間前にお会いしたとき、最後の5人に絞られた段階と聞いたので、もう受賞は決まりですねといったら、そんなことないわよと笑っておられたけど、まどみちおさんにもボクはお会いして絵本についてお話しするという栄誉をいただいたことがある。ちなみにアンデルセン賞の画家賞に輝いた赤羽末吉先生とは画家仲間という間柄で、一緒に旅をしたり、並んでサイン会をしたり、様々な経験をさせてもらったことがある。ま、長く生きていると、いろいろあるのです。

 最高気温が21度のいい天気。窓をガラリと開けると気持ちのよい風が吹き込んでくる。窓枠にトラネコミミコが飛び上がり、早速日向ぼっこと決め込む。オニャオニャとたちまち寝惚けているけど、ご安心。この窓、一年中網戸がしてあるのです。ということで、本日の東京の最高気温は21度となりました。桜も満開。もたもたしてると散ってしまい、お花見も間に合いません。急げや急げ。ということで、何が間に合わないのかわかりませんが、とにかく恒例、毎月一日の全国の日の出日の入りの時刻です。
 札幌の日の出は5時18分、日の入りは18時00分。仙台の日の出は5時22分、日の入りは17時59分。東京の日の出は5時28分、日の入りは18時2分。大阪の日の出は5時46分、日の入りは18時19分。福岡の日の出は6時7分、日の入りは18時39分。

 本日は高校野球の準々決勝である。NHKラジオでは朝から晩まで高校野球が流される。朝の「音楽の泉」もすっ飛ばし、昼の素人喉自慢も蹴っ飛ばし、午後の「上方演芸会」もうっちゃって、高校野球を流しまくる。強豪8チームが力を競い合う、高校野球で最も面白い一日である。とはいえ、
「ホームランが打っている」
とのテニオハ滅茶苦茶のアナウンサーと、
「ボールが投げれません」
のら抜き言葉の解説者を何とかしてください。NHKには日本語を正しく伝えるという責務があるんじゃありませんか。

▲ 四月馬鹿嘘つく君の正直さ

2018年3月19日~25日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉ですはお休みさせていただきます。


0319・月・

 東京の日の出は5時47分、日の入りは17時52分。布団から出ると温かい。パンツひとつの着替えも寒くない。予想最低気温が10度、最高気温が18度。これでずいぶん春らしくなったのです。

 1956年の今日、日本住宅公団が初めて団地の入居者を募集した。鉄筋コンクリート、洋式トイレとガス風呂完備で人気を呼び、本格的な団地時代の幕開けとなったのである。その頃、ボクはバリバリの小学生。当時のクラスメイト、横田君がこの団地に暮らしていて、遊びにいったことがある。戦災に焼け残ったオンボロ社宅に住んでいた身分としては、その鉄筋コンクリート暮らしがまぶしく見えたものだった。この横田君、設計技師の息子で、お父さんの真似をしているのか、ノートの悪戯書きも設計図みたいな図面で、理屈の多い少年だった。理屈っぽいところが気が合って、しばらくは仲良くしていたのが、遠足のとき、彼のまったくの不注意でお弁当のビフテキを河に流されてしまい、それを誤りもしなかったところで絶交した。それ以来、彼とは口もきいてない。食い物の怨みは恐ろしいのだ。

 月刊ラジオ深夜便の連載エッセイ「しじまのおもちゃ箱」で触れた映画「タランチュラ」について何か書こうと思ったのだが、その細部が思い出せず、ネット検索をかけてみた。そしてほぼ記憶に間違いのないことを確認したのだが、正式のタイトルはどうも違っているようで、タランチュラだけでは他の映画もヒットしてしまうのだ。
 食糧難解消のため開発された薬剤を食べてしまったために巨大化した蜘蛛の動きは実に滑らかで美しかったのは実写のタランチュラの映像を使ったため。1955年公開とは思えぬほどの見事なオプティカルプリントで、ボクらもタランチュラに夢中になったのである。
 このタランチュラ映画、改めてネット検索をかけてみたら、どうやらその映画にクリントイーストウッドが出演しているらしいのだ。クリントイーストウッド、ボクが最初に彼を意識したのはテレビ映画シリーズ「ローハイド」のカウボーイ役。牛の群れを先導して荒野を渡るカウボーイ集団の隊長がギル・フェイバー。演じるはエリック・フレミング。副隊長がロディで、演じるはクリント・イーストウッド、ということになっていた。声はあの山田康雄だった。麹町中学のとき、このふたりが訪日した際、近所のホテルに宿泊してると大騒ぎになったことがある。麹町中学は通りをはさんだ目の前が赤坂プリンスホテルで、当時の最高人気テレビ西部劇「ララミー牧場」のジェス役、ロバートフラーが宿泊しているとき、生徒たちがクラス単位で記念撮影をしているのを目撃した淀川長春さんとロバートフラーが校庭に侵入し、みんなで記念撮影をする、というハプニングがあった。そのときの写真は学校全体で販売され、もしかしたら今でも大切にしている人があるかもしれない。すいません。大蜘蛛からずいぶん話がそれました。

▲ 春だもの腰のピストル抜いちゃイヤ


0320・火・上野動物園開園記念日・

 本日は上野動物園開園記念日である。1882年、明治15年の今日、日本最初の動物園、上野動物園が開園した。当時の農商務省の博物館付属施設として運営され、クマ、サル、ヤギ、スイギュウなど、国産動物が展示の中心だった。ライオンやキリンなど、輸入動物はまだまだ見られなかったのだ。さて、我田引水である。この上野動物園開園を記念した入場券のデザインを失明後のエム ナマエが担当したことがあって、大変に名誉なことだと感激したことがある。東北新幹線開通時の時刻表の表紙、ただしこの仕事を依頼されたときのエム ナマエは失明寸前で泣く泣くお断わりしたのだが、そして世田谷区政50周年記念の世田谷公園のニミデゴイチの乗車券など、ボクが誇りに思っている仕事のひとつである。長くやっていると、いろいろな仕事をいただけるのである。

 各地の小学校では卒業式が執り行われたとか。卒業式といえば仰げば尊し。その歌には胸に一物を抱えたボクだって涙したのである。何で胸に一物ありかというと、6年生のときの教師は金持ちの子どもに胡麻を擂り、貧乏人の子どもは相手にしたくないというような教師の風上にも置けないタイプで、教壇でなよなよと腰を振りながらしゃべる、オカマの走りみたいなやつで、ボクは大嫌いだったのだ。それが伝わったのか、授業中に無実の罪で責め苛まれ、みんなの前で著しく自尊心を傷つけられてしまう。紛失した参考書を、勉強が嫌いだから捨てたんじゃないかと罵倒されたのだ。卒業記念の文集に描いたボクの絵に、これはブタですかと悪戯書きをするような教師でもあった。それがトラウマになるほど軟弱な自分ではなかったけれど、その口惜しさはいつまでも忘れることができなくて、今でもときどき、夢で殺してるくらいだ。ボクが卒業式で流した感涙は小学校時代の5年生までの先生に対して、なのである。この6年4組の担任教師、中学卒業のときの担任教師とは天国と地獄、雲泥の差だった。ボクが慶應義塾志木高校に入学できたのもその中学3年生のときの担任教師、内藤尤二先生のおかげなのである。昨年の4月25日に彼岸へ渡られた内藤先生、本当にありがとうございました。
 それにしてもどうして最近、この「仰げば尊し」を歌わなくなったのだろう。残しておいてもらいたい学校のしきたり、風習、カスタムなのだが、残念なことである。

▲ ファンファーレ卒業式の盲導犬


0321・水・春分の日・春分・彼岸中日・

 1934年、昭和9年の今日、北海道の函館市で大規模な火災が発生、2166人が死亡、全市の三分の一が焼失した。一軒の民家から出た火は風速20メートルの風にあおられ、瞬く間に広がり、およそ12時間燃え続けた。この火事を物理学者寺田寅彦が科学的に分析、文書として天災に対しての警告と防災についての提案を残している。あれこれ教えられ、さすが夏目漱石が愛した物理学者と納得したことを記憶している。

 東京の日の出は5時44分、日の入りは17時53分。予想最低気温が5度で、最高気温も5度。下がっても上がっても5度。つまりやたら寒いのだ。気象予報士さんは北関東では雪が降ると予想している。ところがだ、午後になるとラジオは都心でも雪が降り始めたといっている。で、本当だ。外に出ると雪が降っている。ラジオは外気温を2度といってたけど、まさにゲレンデの空気である。傘を差して駐車場にいくとスバル・アウトバックの屋根には白く雪が積もっている。コボちゃんはボクをアウトバックの座席に突っ込むと屋根の雪を落とし始めた。コボちゃんは仕事場から駆けつけてこれからボクを透析室に届けなくてはならない。春分の日の春の雪。菜種梅雨が転じた春の雪。催花雨(さいかう)が転じた春の雪。いつも書いている通り、透析室の理不尽な決まりのため、春分の日の春の雪は、ボクとコボちゃんにとって、ダブルでトリプルなダメージとなっているのだ。ただひとつ、ラッキーなのはコボちゃんの勤務先が歩いて5分、ということである。これは感謝に値します。

▲ カレーより牛丼食べたい春の雪


0322・木・NHK放送記念日・

 本日は放送記念日であるという。1925年、大正14年の今日、日本で初めてのラジオ放送が開始されたことを記念して1943年に制定されたというんだけれど、なんでわざわざ戦時中にそんなことをしたのか。戦争に忙しくて暇なんかなかったはずなのに、これも西洋音楽を禁止するとか、野球用語から英語を削除するとかの同類で、国民の戦争を嫌う気持ちをはぐらかすテクニックのひとつなんじゃないかと余分なことを考えさせる。とにかく明治維新から太平洋戦争敗戦までの大日本帝国をボクはいつも疑惑の目をもって見ているのです。

 プーチンに祝辞を述べたトランプが西側諸国から批判を浴びている。イギリスに亡命中の元スパイ親子を化学兵器で毒殺するような国家、ロシアでインチキ選挙で再選されたと噂されてるプーチンに何も考えずにおめでとうをいってたんじゃ、そりゃ批判もされるでしょう。何も考えてないといえば、我が国の総理大臣も当選した直後のプーチンに電話でおめでとうをいってたよね。

 桜も開花して、今日から温かくなる、温かくなるといわれてたけど、あまり温かくはならなかった。期待して損した。
 正午から緊急地震速報のシステムが変わると気象庁がアナウンスしている。リニューアルされるのは緊急地震速報だけかと思っていたら電話による天気予報の合成音声のおねえさんの声も変わったみたい。古いおねえさんと新しいおねえさん、どっちがいいかは個人の趣味だよね。ボクの見解はというと、女は古くなればなるほどよくなる、です。

 大相撲大阪場所、栃ノ心が鶴竜をを打ち破り、遠藤が魁聖を打ち負かした。これで今場所がやっと面白くなってきた。この遠藤の相撲には美学がある。姿形が美しいだけでなく、見たことはないけれど、そういう噂ですから、相撲の取り口が美しいのである。例えていえば横綱貴乃花の相撲。黙々とした態度が真の横綱を連想させるのだ。白鵬について横綱の品格があれこれ取沙汰されているが、この遠藤にこそ横綱の風格が備わっているような気がしている。今場所はぜひ勝ち越して、来場所は三役として活躍していただきたい。ボクは今場所、遠藤と逸ノ城、そして照ノ富士を応援しているのです。

▲ 気の早い燕の噂飛んでくる

◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。能生に到着、青息吐息で通過しました。
次は親不知(おやしらず)。あと、34,270歩です。

現在の歩数、2,745,730歩。3周目をうろついてます。


0323・金・世界気象デイ・

 東京の日の出は5時41分、日の入りは17時55分。春分を過ぎて昼が勢力を広げている。飽きることなく太陽の周囲を回り続ける地球。何十億年も自転と公転を繰り返し、狂うことなく季節を繰り返している。そして今年も生き物たちの期待を裏切ることなく春がやってきたのだ。

 さて、NHKマイ朝ラジオ情報によると今日は世界気象デイ。1950年の今日、気象観測や資料の交換を行う世界組織、世界気象機関が発足したことを記念して1960年に制定されたもの。第二次世界大戦中は気象情報は極秘扱い。飛行機を飛ばすにせよ、爆弾を落とすにせよ、お天気は作戦を決定する重要な情報だったのだ。つまりこの組織は平和の象徴なのである。
 1933年、昭和8年の今日、ドイツ連邦議会が全権委任法を可決した。当時のヒトラー内閣に法律制定のための主要な権限を与えるもので、これによりナチスは合法的に独裁を確率したのである。自民党はこの主砲を見習うべきであると語ったのは麻生太郎ではなかったか。あの人の発言の無責任さと無神経ぶりにはあきれるけれど、不勉強と見せかけて、本当は本当に本気なのかもしれない。安倍晋三と麻生太郎コンビ、どこまでも信用できない。早く辞めていただきたい。

 ラジオをつけたら高校野球をやっている。第90回選抜高校野球大会が始まったのだ。いよいよ本格的な春だなぁと思う。選抜高校野球が始まると、18歳、大学生になって生まれて初めてのひとり旅を思い出す。何もかも初めてで、飛行機に乗ったのもこのときが初めてだった。大阪に着くとマンガクラブの先輩に京都を案内していただき、それから広島へ。原爆ドームをスケッチして、今度は山陰地方の鉄道旅。松江、出雲、鳥取砂丘。心行くまで単線の風情を味わった。小泉八雲と宍道湖の町、松江が好きになったのもこの旅である。そして旅路のBGMが春の高校野球。このときの優勝校が広島代表で、今も選抜高校野球が聞えてくると、条件反射みたいにこの春の空気と旅の記憶が湧き上がってくるのである。

▲ 海に沿い春の山陰ひとり旅


0324・土・彼岸明け・

 気象庁による桜の満開宣言である。平年よりも10日間も早いとのことである。困るなぁ。それじゃエム ナマエのカレンダーとの整合性がとれないんだよね。
 ボクが4月に描いたのは桜吹雪の下の新任教師、キリンさんとカバさん。新任教師というよりは新米教師という感じに仕上げたつもり。生徒が桜の花びらで作った首飾りをプレゼントしている、という構図である。なのに3月に桜の満開じゃ、4月のカレンダーのお仕事がなくなるじゃありませんか。

 さて、月刊ラジオ深夜便の編集部からこのようなメールをいただきました。

エムさんの新連載へ、楽しみにしていますとの読者からのおはがきが届き始めました。76歳、枚方市の男性の方からのおたよりです。

 エムナマエさんの「しじまのおもちゃ箱」を読み、仲良し三人組の後の五行、何度も読み返しました。惜別のことばが、こんなにその人の未来と自分への心がけが書かれている、素晴らしいエッセイだと思いました。これからが楽しみです。

 これは秋田市の91歳の女性からです。

「しじまのおもちゃ箱」を読んでいて遠い日の吾が息子たちの日々を思い出しました。男の子たちは冒険が大好き。電力会社の社宅に住んでいたころは遊び場に事かかないのんびりした時代でした。近くのたんぼで蛙をつかまえてきては解剖学(?)、変電所の横の小川をせきとめてナマズをつかまえ泥だらけになる、小学校の高学年のころでした。

 編集部の皆様、読者さん、本当にありがとうございました。これからも月刊ラジオ深夜便の連載エッセイ、心から楽しんで書かせていただきます。もう、書いていて、楽しくてたまらないのです。

 さて、結婚記念日である。28回目の結婚記念日である。青息吐息、窒息寸前の賞味期限切れの全盲イラストレーターとしてはせいぜいの贅沢がスパークリングワインでの乾杯。とてもモエシャンドンとかルイロデレーヌ、とかの本物のシャンパンで、というわけにはいかない。ま、肴がスーパー大関の美登利寿司の極上握りセットで、このあたりが分相応というところだろう。そしてコボちゃん、28年間も一緒にいてくれてありがとう。明日からもまた、よろしくお願いいたします。

▲ 満開の桜につられコップ酒(コップざけ)


0325・日・上弦・電気記念日・

 1964年の今日、通信衛星を経由したテレビの日米同時放送実験が初めて行われた。国立競技場の聖火台や銀座の夜景などの映像が全米に放送され、当時は宇宙中継などと騒がれた。当時からすれば大変な出来事だったのだ。とはいえ、なんで聖火台なんだろう。やっぱ東京オリンピックの年なんだよね。それで銀座の夜景を見せて日本はすごいんだぞとアメリカ人に見せたかったんだよね、きっと。

 朝、NHKラジオ、「音楽の泉」でドビッシーを堪能する。こんなにドビッシーを素晴らしいと思ったことはなかったね。なんて生意気なことをいってるけど、要するにクラシックについてまるで不勉強ということなんです。ということで、毎週日曜日のこの時間がとても勉強になるということなんです。

 朝、クラシックの勉強をしたから、というわけではありませんが、夕方からは田辺ファミリーと音楽の夕べを満喫。このブログにもたびたび登場されている田辺ご一家である。今夜はご長男と三男がいて、その三男の彼女がいらしてて、そして田辺さんのお姉様とか、関係者の皆様が集ってて、とにかくご親戚が田辺宅に集まれるだけは全員集合ということになっているのです。田辺ファミリーは音楽一家で、奥様はピアノの先生で、その血縁者の片山治夫さんは元日本フィルのヴァイオリニストで、現在は日本有数のノコギリ奏者でいらっしゃる。西洋ノコギリをヴァイオリンみたいに奏でるのですが、その音階の正確なことに驚愕。そしてそのご長男がフルートの片山有治氏で、その奥様がヴァイオリンの美和さん。そして田辺さんの三男坊がフェンダーのプレシジョンのジャズベースを奏でて、飲むは歌うはしゃべるはの大騒ぎ。とにかくプロのクラシック音楽家の凄さを目の前、耳の傍で堪能させてもらったのです。ご馳走様でした。帰りは田辺宅の急な階段を三男坊が全盲のエム ナマエを誘導してくれる。この三男坊、根っからの正義感でスポーツマン。素敵な彼女がいて羨ましいのです。

 春場所が終わって、遠藤が9勝6敗で技能賞。来場所はいよいよ新三役だぞーい。よかった、よかった。

▲ この階段ちょっとコワイね春の宵

2018年3月12日~18日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


◆ 今週の言葉はお休みさせていただきます。


0312・月・

    1969年というのはエム ナマエの個展デビューの年なんだけど、この年の今日、関東地方を中心に太平洋側を大雪が襲ったらしいのだ。東京都心の積雪が30センチ。観測開始以来の大雪となったらしいのだ。ボクの第一回個展「空」はこの年の11月1日のスタートだったが、この個展の成功で、他のことはほぼ忘れている。とにかくこの個展で認められ、ボクはイラストレーターとしてスタートできたのである。他のことは忘れちゃうよね。

 森友文書改竄が明らかになった。さぁ大変。安倍晋三、いよいよ奥さん隠しに難儀するぞ。と思っていたが、マスコミの論調がなぜか穏やか。まさかマスコミまで安倍政権に忖度してるんじゃないよね。でも、どこか慎重、という雰囲気。マスコミや世間まで安倍晋三に代わる人材がいないと思っているようでは困ります。それとも、政権を追い込むとは、それほどに難しい作業なんでしょうか。これからのマスコミと野党の腕前に注目です。でも、いちばん早道は選挙で安倍政権を撃ち落とすことなんだけどな。

▲ 気の早い桜の噂ちらほらと


0313・火・

 昨夜の透析中にももらったし、今朝もメールをいただいたのだけど、立憲民主党、参議院議員の川田龍平氏がこれから経堂駅前で演説をするという。長いお付き合いの戦友でもある龍平君だけど、ちょっと時間がなさ過ぎる。コボちゃんも第二夫人も、そんなにいきなりだとサポートできない。最前列から応援したかったけど、今回はあきらめます。龍平君、ごめんなさい。

 麻生太郎の悪役ぶりが目立ってきた。こうなるとオリンピック選手だった過去がかえってお荷物になってくる。元理財局長を佐川、佐川と呼びつけにして、あんたいったい何様のつもりなんだ。福岡での立候補のとき、群衆に向かって、
「下々の皆様」
と呼びかけたのはどうやら本当のことらしい。ところで佐川さん、彼を貶めたのはお前ら安倍政権ではないのかよ。人がひとり死んでいるのだぞ。安倍晋三も安倍昭恵もそろそろ年貢の納め時と覚悟して、首を洗っておいた方がいいような気がするよ。首相だけに首を洗う、なんちゃって。うわお、くうだらね。

 本日はサンドウィッチの日。3月13日は1という数字が3という数字にはさまれていて、それでサンドうぃち。よく考えるものです。笑ってしまいます。初めてヨーロッパにいったとき、ドイツからデンマークへ向かうフェリーの船上レストランで食べたオープンサンドが忘れられません。おいしくて、そして高かった。なんせ貧乏旅行だったから。で、そのカーフェリーとはちょっと違うけど、忘れられない渡し船といえば青函連絡船。初めて乗ったのが高校3年生の北海道一周修学旅行のとき。銅鑼が鳴らされ、「蛍の光」が流れ、船が岸壁を離れる。見送る人たちがすべて自分との別れを惜しんでいるかのように見えてくる。初めて体験する旅情であった。ところがだ、今はこの旅情、味わいたくても味わえない。実は1988年、昭和63年の今日、北海道と本州を結ぶ青函トンネルが開業したのだ。これによって明治41年以来、津軽海峡を往復していた青函連絡船がその80年にわたる歴史に幕を降ろしたのである。うわお、サンドウィッチからずいぶん話が飛びました。

▲ 涙目に蕾もちょっと遠慮して


0314・水・ホワイトデイ・

 東京の日の出は5時54分、日の入りは17時47分。いよいよ昼と夜の長さが拮抗してきた。春分も目の前である。で、4時に目覚めたら温かい。天気予報に電話したら9度あるという。予想最高気温が21度だから、いよいよ本格的に温かくなるのだ。ウェザーマップの桜開花予想も3月18日に訂正されたし、東京の満開は25日だという。いよいよ待ちに待った春である。

 1970年の今日、日本万国博覧会、エクスポ70、大阪万博が幕を落とした。開会式が行われたのである。人類の進歩と調和をテーマに開かれたアジアで最初の万博に77か国が参加した。ボクが初めて大阪を訪れたのは1968年の春だったが、そのときマンガクラブの先輩が自家用小型三輪車にボクを乗せ、工事中の万博用地を見せてくれた。まさかその万博のイラストマップがエム ナマエのプロイラストレーターのデビューの仕事になるとは思ってもみなかった。そんなご縁でもなかろうが、会場には何度も訪れた。生まれて初めての本物のインドカレーやマンゴージュースに感激し、本場ドイツのハムソーセージに舌鼓を打ち、ミロのアドリブによる黒ペンキの芸術的悪戯書きに感動の涙を落とし、岡本太郎のアートに触発され、万博は若いイラストレーターに数多くの刺激を与え、世界を身近に引き寄せてくれたのだ。おかげでその翌々年、ボクは3か月の欧州放浪の旅に出ることになる。それ以来、ボクにとっての地球は一回りも二回りも小さくなった。東京オリンピックと大阪万博。このふたつのビッグイベントはボクにとっても大きな働きをしてくれたのである。これからのオリンピックとエクスポ、今の若者たちを大いに刺激してくれたらいい。

 NHKラジオ「昼の憩い」でウグイスの話題が投稿されていた。近所の山に登ったおっさんがウグイスをからかって遊んだというエピソード。口笛でウグイスの鳴き真似をしていたら遠くで本物のウグイスが鳴き返してくる。これがなかなかの鳴き声なので、口笛をやめないでいると、そのウグイスはすぐ目の前にやってきて、小さなボディーの、その羽を膨らませて必死に鳴き返していたという。おっさん、嬉しかったのだろうね。ウグイス、あれで縄張り意識がとても強いのです。

 ホーキング博士が宇宙へ飛び立った。車椅子の人生から無限に広がる自由なる時空間へ飛翔したのである。これまで培ってきた自らの宇宙論をその目で確かめることができるのだ。魂だけになったホーキング博士の、これからが本領発揮なのである。よかったね、ホーキング博士。わからないながらも、ボクもご著書を拝読させていただきましたよ。

 本日はホワイトデイ。本当はボクがどこかでお菓子を買ってきてバレンタインデイのお返しをしなきゃならないのだが、その代理を何であたしがしなくちゃならないのよ、とコボちゃんが口をとがらせている。チョコレートを食べたのはあなたでしょ。はい、そうです。でも、ボクも今年で古希だから、鼻の下をのばしてチョコレートをもらうの、もうそろそろやめようかな。バレンタインデイのチョコレートを送る習慣もどこかのお菓子メーカーの陰謀だったらしいけど、ホワイトデイもマシマロ屋さんの陰謀という説を聞いたことがある。チョコレートのお返しに白くて柔らかいマシマロ。それでホワイトデイ。ホントか嘘か、よくできた話である。

▲ マシマロの噂聞こえるホワイトデイ

◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。直江津に到着、通過しました。次は能生。
あと、40,870歩です。

現在の歩数、2,699,130歩。三度目の徘徊です。


0315・木・

 夢中で読んでいる本がある。読み終えるのが勿体なくて仕方ない。それは「小松左京さんと日本沈没・秘書物語」という書物。著者は乙部順子さん。映画「さよならジュピター」制作会社「イオ」の代表でもある乙部順子という元秘書さんが語る小松左京物語である。小松左京という人物は、手塚治虫と堂々と連れションをしたり、永井豪にため口をきいたりするようなアホで図々しいボクが唯一、緊張して言葉が出なかった巨人である。小松左京先生、
「そんなに緊張しなさんなよ」
と優しくいってくださったけど、これ、小学館の漫画賞受賞パーティーのときのエピソードです。この書物でボクはますます小松左京という偉人に感動して、更に心の底の底より尊敬するようになってしまうのだ。驚くことに小松左京という個人は漫画家でもバイオリニストでも歌い手でもあったという。サピエ図書館の小松左京作品はほぼ完読している。そしてもっともっと多くの作品を音訳していただきたいと願っている。よろしくお願いいたします。

▲ たちまちに蕾膨らむ温かさ


0316・金・

 ビートルズが日本にやってくる、とボクらが騒いでいる1966年の今日、アメリカが宇宙線同士のドッキングに成功している。二人乗りの友人宇宙線ジェミニ8号と前もって軌道に打ち上げてあった無人機との結合だったが、直後にシステムがトラブルを起こし、沖縄東宝の海上に緊急着水したという。沖縄に米軍基地があるからそこを選んだのかもしれないが、そんなことがあったのをすっかり忘れている。やっぱ、ボクらはビートルズ来日と、そのチケットをゲットすること以外、何も考えられなかったのである。

 ここんとこ嘘つき財務省の話ばっかり。でも、なんてったって嘘つきの王様は安倍晋三でしょう。あの人の場合は自分が嘘つきであることをすっかり忘れて嘘をつくんだから始末に負えない。だからさ、嘘がバレたことが公然の事実となったときは大変だろうね。財務省も厚労省も文科省も、みんなお尻を向けるだろうね。

 大変だ。我が家の娘、猫のミミコが食欲をなくしてる。いつものランチタイムに愛用のハート型のピンクのお皿に大好物、鰹節フレーバーのカリカリキャットフードを入れてやっても見向きもしない。いくら名前を呼んでやっても、ベッドの端っこで丸くなったっきり、動こうともしない。うわぉ、大変だ。いつもだったら飯くれ、餌くれとうるさくつきまとうミミコがうっとおしくてたまらないのだが、ああ、ごめん。うっとおしくなんて、ないない。お願いだからどうか食欲猫に復活してくれ。そういうわけでこの夜、ミミコの食欲が復活するまで、ボクは生きた心地もしなかったのである。

▲ 春愁や我が家の猫はジーニアス


0317・土・新月・

 昼間の長さは太陽の出始めと沈み終わりまでの時間。つまり日の出は太陽が地平線から顔をのぞかせた瞬間で、日の入りは太陽が最後の光が地平線に沈んだ瞬間、ということで、昼間の長さが太陽1個分余計にカウントされてる計算となる。で、何の話かというと、春分についての熟考である。夜の長さと昼間の長さが同じになる春分だが、太陽1個分の狂いが生じた昼の長さと夜の長さがイーブンになる、つまり12時間VS12時間となるのは今日、3月17日だというのだ。これってNHKラジオの気象予報士のおねえさんの解説。はい。素直に信じることにいたします。そしてこのおねえさんの所属するウェザーマップの予測より1日だけ早く桜の開花宣言が告げられた。あと一輪の蕾が開き、おしべが顔をのぞかせたのだ。このおしべを見せることが開花の条件であるらしい。気象庁の監視員、開くのをずっと待っていたのかしら。

 1988年、昭和63年の今日、東京ドームの落成式が執り行われた。国内初めての室内野球場でコンサートや各種イベントも可能な全天候型多目的スタジアムの誕生だった。初めて訪れたのは巨人対ヤクルトのゲーム。王貞治監督最後の試合だった。狂ったように応援してる巨人ファンの真っ只中、コボちゃんと並んでどでかい弁当をつついていたことだけをよく覚えている。その後、東京ドームではポールマッカートニー、ジョージハリソン、エリッククラプトン、サイモンとガーファンクルなど、様々なアーティストのコンサートを体験している。バルコニー席で飲んだビールの味、忘れられません。

 夕方からは親友きむらゆういち宅で角野栄子さんの講演会に呼ばれている。迎えにきてくれたのが絵本講座のレンジャー吉沢君。気持ちのいい青年である。きむら宅に到着すると誘導してくれたのが絵本作家の宮本えつよし氏。特等席に座らせてくれた。それにしても若々しかった角野栄子さんの講演。とても82歳とは思えません。思えば古いお付き合いです。デビューしたばかりの角野さんの「ズボン船長の話」の手書き原稿のコピーを送っていただき、その斬新なストーリー展開に驚いたことがありました。現在、国際アンデルセン大賞の最終選考、5人のうちのおひとりとして、その決定を待っておられるとか。結果は現地からお知らせいただけるらしい。失明後の最初の童話で新人賞をいただいて、その記念パーティーでは、
「エムちゃんは女性関係の噂はあれこれとあったけど、あたしのことは口説かなかったわね」
なんて素敵なスピーチをいただいた。久しぶりにお会いする角野さん、相変わらず若々しくて、今からでも恋人になっていただきたいと思わせてくれました。一緒に新宿で映画「スタートレック」を観たときの角野さんの美しさが今も網膜に焼き付いている。その角のさんがもはや世界的作家になられて、「魔女の宅急便」のジジとキキは、今や世界共通語になっているとか。絵本講座制たちとの記念撮影ではボクと角野さんがしっかりと寄り添ってセンターに座り、ちょっとAKB気分を味わいました。角野さん、昔の仲間たちが次々とこの世を去っていることを惜しんで、またお互い元気に再開しましょうと言葉を残して会場を去っていった。アンデルセン大賞受賞と、変わらぬご活躍をお祈りしています。

▲ 心待ち開花宣言あと一輪


0318・日・彼岸の入り・

 1984年の今日、江崎グリコの社長が自宅から誘拐された。グリコ森永事件の始まりである。日本中を震撼させたこの事件、動機や犯人像が絞り切れないまま、2000年2月に時効を迎えるのだが、この事件を小説化して卓越な推理展開したのが塩田武士さんの小説「罪の声」である。ドキュメンタリーを読むがごとく、登場人物や団体の名前が仮名であるだけで、出来事はすべて真実であるがごとくの錯覚をしてしまう優れた作品である。3億円事件とグリコ森永事件はこれからも様々な推理を触発することだろう。それにしても犯人の皆さん、時効を過ぎたんだから名乗りを上げてくれてもいいんだけどね。人を殺したわけじゃないんだし。匿名で本を書いてもいいんだよ。売れると思うけどね。

 玉井次郎という人物の「ソープランドでボーイをしていました」を一気に読了。水商売の現場で働いたことはあっても、風俗の現場には一度も足を踏み入れたことのない立場としては、とにかく興味深く、大変面白く読ませていただいたのである。泡嬢たちの知られざる苦労と苦心、意外なほどさわやかな人間関係など、読後感は清らかだった。ソープランドといえばイラストレーターとして歩き始めた頃、お世話になったフレンドールプロダクションは新宿駅南口、倒れそうな木造ビルの2階、トルコ風呂の隣にあった。打ち合わせをしていると妙齢のトルコ嬢が顔をのぞかせて落ち着かなかったことを思い出す。ボクとしてはあまりお世話になりたい、という雰囲気ではなかったのである。

▲ 春うららソープランドの夢を見る

2018年3月5日~11日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

合鍵の祈りは いつまでも 出番のこないこと

 日本昔話で知られる声優の常田富士男(ときたふじお)さんのためにミュージカル童話を書いたことがある。気象研究科のノネズミ博士、カルパッチョとその奥さん、ファルファーレの物語である。いつものように研究に没頭しているカルパッチョにファルファーレがいう。
「あなた、食事はまたスパゲッティーでいいのね」
「ああ、いいとも」
「いつも同じで、よく飽きないこと」
「いつも同じってことは、決して退屈なことじゃないさ。いつも同じだからこそ、わかることもあるからね」
 そしてここで常田富士男さんが歌い出すのである。
SONG
いつもおんなじ いつもおんなじ いつもおんなじ おもしろい
いつもへんてこ いつもデコボコ いつもデタラメ おそろしい
いつもおんなじ だからきこえる いつもとちがう ふしぎなこえ
いつもおんなじ だからしらせる いつもとちがう てんきよほう
いつもおんなじ きみのおりょうり だからあんしん きみのけんこう
いつもちぐはぐ きみのおりょうり それじゃわからん きみのごきげん
 と、ここまで歌って会話に戻る。
「でも、今日はキノコをいれましょうね。いいキノコがあるの」
「それはいい。あれはうまいからな」
 ここでキノコが話題にのぼるのは、この企画のスポンサーの群馬県の依頼で物語にキノコを登場させるのが条件となっていたからである。
 これを書いた頃、ボクとコボちゃんは盲導犬アリーナと一緒に毎日のように駅前のイタリアンレストラン、ベラベーラでスパゲッティーペペロンチーノを食べていた。ウェイトレスのお嬢さんに、
「本当に飽きませんね」
といわれるくらい毎日のように食べていた。ニンニクの代わりに麻薬でも入っているのではないかと疑うほど、当時のボクはこのスパゲッティーを食べずにいられなかったのである。「いつもおんなじ」の歌が生まれたのはそんな頃だった。
 毎日が同じことは幸せなこと。そう思えるようになったのはどうしてだろう。毎日が違っていて刺激的であることを願って自分はクリエイティブの世界に飛び込んだのだとばかり思っていた。その自分が毎日が同じ手あることを望んでいるのだ。盲導犬アリーナがいて片目の猫キロンがいて、そして盲導犬アリーナを追いかけてきて、そのまま我が家の猫になってしまったナンナンがいて、その幸せがいつまでも続くことを願っていたのである。けれど、もうアリーナもキロンもナンナンもいない。どれだけ願い祈っても、いつまでも同じではないのである。
 ボクが常にベルトにぶら下げている金属製のキーホルダーは既に37年間の愛用品である。そしてこのキーホルダーの鍵のグループに自動車の合鍵が加わって27年間。三菱のオーストラリアマグナ、トヨタのマークツー、クオリス、そしてスバル・アウトバックとバトンタッチされている。仲良く中古でバトンタッチされている。いつもボクのキーホルダーにはそれらクルマの合鍵がぶら下げられていた。以前は盲導犬アリーナと、そして今は落第盲導犬のアルルと、ボクはコボちゃんの運転で移動する。クルマの合鍵をぶら下げて移動する。そしてこの合鍵の祈りのおかげでこれまで、事故もなく、違反もなく、鍵の閉じ込めもなく、無事のドライブが続いているのである。
 ボクがいつも同じを願うようになったのは、きっと幸せの意味がわかるようになったから。そして今は愛犬アルルと愛猫ミミコと、そしてコボちゃんとの幸せを、ベルトのキーホルダーで揺れている、この合鍵に託しているのである。


0305・月・

 1970年の今日、核保有国の増加を防止する核拡散防止条約、NPTが発行した。インドやパキスタン、イスラエルが今も加わっておらず、北朝鮮は加盟後に脱退を表明した。早いもん勝ちのこのルール。北朝鮮じゃなくったって、インチキだと思うよな。

 予報では曇りのち雨、ということになっている。東京の日の出は6時6分、日の入りは17時39分と、ずいぶん昼間が勢力を伸ばしてきた。予想最低気温が11度、最高気温が19度と、これもかなり温かい。でも夜になれば雨の予報なのだ。西の方からは春雷の噂も聞こえてくる。もうすぐ愛犬アルルの受難の季節がやってくるのだ。
 夕方、透析に向かうため、外に出るとざんざか雨。蒸し暑い。おお、懐かしきこの言葉。マンションの壁が湿度で潤って、これまで乾ききっていたコンクリートの壁が春の到来に歓喜して泣いているようだ。

 安倍政権がまたまた支持率を低下させているという。TBSの世論調査によると、内閣支持率は50パーセントすれすれ。もうすぐ不支持率に追いつかれそうである。でも、この国会が終わり、しどろもどろで言い訳をする安倍晋三の姿が国民の目や耳から遠くなると、たちまちこの政権、息を吹き返してしまう。そりゃそうだろう。国会を乗り切ってしまえば、あとは好き放題。自分たちに都合のいい情報ばかりをテレビに垂れ流し、囲碁や将棋、オリンピックチャンピオンに国民栄誉賞を大盤振舞、トランプの真似をしてポピュリズムに訴えかける。テレビは安倍政権の味方みたいだし、ますます一億総白痴化に拍車をかけているのに、どうしてもっとラジオを聴かないんだろう。それにしてもひっちゃかめっちゃかの森友文書問題。これ、いかに決着をつけるのか、安倍政権。
 それにしても可哀想なのが籠池さん。入れられたっきりで、出てこられる気配もない。窓もない独房で、私が悪かったと謝るまで、飼い殺しにしておくつもりなんだろね。それにしても日本の司法って、正義とはまるで無縁のシステムみたい。おい、日本の三権分立、しっかりしろよ。

▲ 春雷や電子レンジの肉団子


0306・火・啓蟄・

 カプリ!。未明、ミミに耳をかじられて目が覚める。うっすら血の匂いがするので見てもらうと、小さく、赤くポツポツンとふたつ並んで犬歯の跡があるという。猫なのに犬歯の跡とはこれいかに。ああ、驚いた。ふたつ並んだ歯の跡のことを尋ねられたら、ドラキュラと一緒に寝ているのだと答えるつもりです。

 NHKマイ朝ラジオ情報によると、1890年、明治23年の今日、明治政府は東京丸の内一帯の土地を三菱財閥に払い下げたという。明治維新後、丸の内は草原と化していたのだが、その4年後に三菱一号館が完成、そこから丸の内ビル街の歴史が始まったという。いくらで払い下げてもらったかは知らないが、きっと三菱さん、相当儲かったんだろうな。

 どうしちゃったんだろ、小学館。どんな文脈化は知らないけれど、モンゴルの英雄、ジンギスカンの顔にオチンチンの落書きをしちゃまずいでしょ。そのあたり、どうして編集者がブレーキをかけられなかったのだろう。おかげでコロコロコミックを販売中止する書店が続出してるという。どうするんだろ、小学館。大変お世話になった出版社である。そんなことでつぶれる会社じゃないけれど、ちょっと心配です。

 啓蟄である。地面から虫たちが這い出してくる季節である。オイラは虫じゃないけれど、そろそろ暖房の必要を感じなくなっている。ボクのベッドで引っくり返っているブラックラブのアルルも、暖房が温かいと切なくため息をついたりして抗議してくる。それでも暖房を落とさないと部屋から出せと扉の前に座り込む。我が家で寒がりなのはボクとトラネコのミミコだけらしいのだ。

▲ 啓蟄や目覚めて猫にかじられた


0307・水・消防記念日・サウナの日・魚の日・

 今日は消防記念日であるという。1948年、昭和23年の今日、これってボクが生まれた年なんだけど、その年の今日、消防組織法が施行され自治体による消防制度が発足したことを記念して1950年に当時の国家消防庁が制定したものであるらしい。あれこれ、いろいろ、様々な記念日を考えるものである。とはいえ、こちら覚える気がないから、毎日の記念日がやたら新鮮で楽しにのである。

 朝、ミミコに吐かれる。慌ててティッシュを取り出して手探りで始末する。吐いたもの、まだ温かい。これで一日のリズムがすっかり狂ってしまった。もっとリズムを狂わせているのが韓国と北朝鮮。いきなり仲良くなって、金正恩なんか、もう核兵器を必要としない、なんて言い出しているそうだ。ほんまかいな。本音はアメリカ次第ということなんだけど、北朝鮮が核ミサイルを放棄しちゃうと、いちばん困るのが安倍晋三とトランプだよね。鼻息を荒くする口実がなくなるし、兵器産業がうまくなくなる。金正恩は世界の兵器産業に最高に貢献してるはず。

▲ 春めいて猫が見下ろす遊歩道


0308・木・国際女性デイ・鯖の日・

 1935年、昭和10年の今日、忠犬ハチ公が死んだ。亡くなった飼い主を出迎えるため通っていた渋谷駅の近くで発見されたのだ。近所の焼き鳥屋で飲み食いしていた酔っ払いが戯れに食べさせた焼き鳥の串がどこかに刺さって死んだのだ、というような説もあるが、本当のことはわからない。忠犬のエピソードが軍事国家の民衆教育に利用されたのだ、という意地悪なことをいう人もいるが、ボクは素直にこの忠実な秋田犬の逸話を信じたい。ハチ公の剥製はどうしているだろう。今も上野の化学博物館で会うことができるのだろうか。考えてみれば最近は渋谷駅前のハチ公の銅像にも会っていないような気がする。渋谷に住んでいた頃は、その銅像の見える喫茶店で毎日のようにお茶を飲んでいたのに。ところで最近ますます秋田県の人気が高まっているとか。あのロシアの氷上のクイーン、ザギトワさんが秋田犬を欲しがって、たちまちプレゼントすることになったらしい。そういえばロシアはプーチンも秋田犬をペットにしてるんじゃなかったっけ。ボクも秋田犬は特別に好きで、犬小屋に潜り込んだり、引っ越しのトラックの荷台に並んで乗ったり、兄弟みたいにしていた秋田犬がいたのです。ま、大型でも小型でも、犬は可愛くて仕方がない。

 朝、醤油煎餅が食べたくてたまらない。とにかく塩気が欲しいのだ。欲しくて欲しくてたまらないのだ。いつもなら絵本作家のきむらゆういちの奥さんのお父さん、といってもきむらゆういちよりもずっと若いのだが、そのお父さんが発明したという乾燥保管ケースにスナック煎餅をキープしておくんだけど、それが切れてなくなっていたのだ。じゃ、つないでよ。と志の輔落語みたいなことにはならない。ここんとこ、志の輔落語マニアでないとわからない。わからない人は立川志の輔の「緑の窓口」を聴いてください。で、コボちゃんに醤油煎餅、それもでかいのをつないでもらう。いや、補充してもらったのである。バリバリバリ。一気に2枚平らげる。ああ、うまかった。煎餅とグリコのアーモンドチョコレート、これはボクのデスクに欠かせないのです。

 朝からずっと雨。誰も出かけず、みんなそれぞれ、家での時間を楽しんでいる。コボちゃんは朝から晩まで映画三昧。アルルとミミコは昼寝三昧。そしてボクは執筆と読書三昧。ということで終日の雨も悪くないのです。

 3月8日は鯖の日ということで夜、焼酎のお湯割りで一杯やりながら鯖の水煮缶詰をつつく。醤油を一滴垂らしてやると鯖のドコサヘキサアシッド、DHAと反応して、これが実に馥郁たる香りとなるのだ。鯖を薔薇みたいに表現して馬鹿みたいと思われるかもしれないけれど、そうなんだから仕方ないじゃん。鯖は味噌煮にしてもバッテラ寿司にしても塩焼きにしても、そして足が速いと悪口をいわれても、缶詰という奥の手がある。缶詰なら骨まで全部食べられるしね。これって完全栄養食品です。鯖ちゃん、もっと大切にしてあげましょうよ。

▲ 春愁やため息ばかりお嬢さん


0309・金・下弦・

 1991年、平成3年の今日、今の東京都庁舎の落成式が行われた。本庁舎は高さ243メートルとビルとしては当時日本一の高さだったという。だから最近の都知事はみんな自分を偉いと勘違いするのかもしれない。あのビルになってから、長持ちした都知事って、あんまりいないような気がしてる。

 雨の音で起こされた。朝から東京方面に線上降水帯がやってきて大雨を降らせているらしいのだ。あちこちで洪水が心配されている。でも、それより大変なのが森友文書問題。あちこちから別の書類が洪水みたいに漏れ出している。昭恵隠しに青くなってるのが首相官邸と財務省。元気なのが野党と朝日新聞。さぁ、どうする安倍政権と思っていたら夕方になって元理財局長、現在の国税庁、佐川長官が辞任を発表した。安倍政権、ついに奥の手、トカゲの尻尾切り大作戦と出たか。明日からは週末でニュース番組も手薄となる。金曜日の夕方、これから週末というタイミングの表明というのも、安倍政権、さては考えておったな。なんせあの人、悪賢さでは日本一のキツネ君なんですから。

 気が付いたら晴れている。窓を全開にして仕事を続ける。鳥の声を聞きながらパソコンを打つ。コーヒーを飲む。前身に春を感じて幸せになる。とにかく冬にはもう飽き飽きなのです。

 NHKラジオ「昼の憩い」で関敬六(せきけいろく)さんの歌がかかる。とてもおかしな歌である。関敬六はエノケン劇団出身の浅草芸人。浅草フランス座では渥美清、谷幹一(たにかんいち)、関敬六の三羽烏として活躍、後にスリーポケットを結成、テレビ映画「月光仮面」にも出演して活躍していた、そのおひとりなのである。人気絶頂の頃、小学校5年生のボクが有楽町そごうデパートのおもちゃ売り場で遊んでいたら、隣のドライビングゲームで谷幹一とふたりでハンドルを大袈裟に切りながら関敬六が周囲の反応を確かめながらはしゃいでいた。この人、私生活でもエンターテイナーとして周囲にサービスする人なんだなと子どもながらに感心したのを覚えている。法政大学出身のインテリで、「男はつらいよ」シリーズにも出演して大活躍されていた。「昼の憩い」は懐かしい人たちに光を当て、聴く人間にいろいろなことを思い出させてくれる必聴のラジオなのである。

▲ 窓開けて音も嬉しや春時雨


0310・土・

 土曜日の午後はTBSラジオで久米宏の「ラジオなんですけど」が始まる。冒頭の独白エッセイ12分間が秀逸なんだけど、本日は小島一慶さんがピンチヒッターで登場してそれはやらない。久米宏さんは語学勉強とやらでどこかへ旅行中らしいのだ。久しぶりに拝聴する一慶さん、お元気な声で嬉しい。そうメールしたら一慶さん、私も嬉しいとボクのメールを読んでくれた。ボクも嬉しかった。ボクは学生時代から小島一慶のパックインミュージックの大ファンだったのだ。一慶さん、ボクの葉書を泣きながら読んでくれたこともある。独立して経堂に暮らし始めた頃、一慶さんが近所の牧場経営のレストランに現れたので駆けつけたところ、そのレストランでヨーグルトとお茶をご馳走してくれたのだ。一慶さん、ボクの失明記念展覧会にもきてくださった。ちなみに今暮らしている建物は、そのレストランのあった建物なのである。これは単なる偶然だけど。一慶さん、カルチャースクールで俳句を教えておられるとか。ボクも短歌の本を出すことになっていると伝えて、その部分も紹介してくださった。お互い、いつまでも夢の続きを歩いていたいものである。

 本日は東京大空襲のあった日。1945年、昭和20年の今日、東京の下町一帯が米軍の超大型爆撃機B29の大編隊による焼夷弾の無差別絨毯爆撃を受け、下町一帯を焼き尽くされ、10万人が焼き殺された。この日から広島長崎への原爆投下まで、米軍の日本全土焦土化作戦の容貌が明らかになってくる。東京都は1990年にこの日を東京都平和の日と定めたのである。
 1982年の今日、惑星直列が起こる。太陽系すべての惑星が太陽から見て95度の角度内に並んだものでおよそ千年に一度の現象となった。もちろんボクも見ましたよ。空の一角に火星や木星、土星が並んで見えたのです。

▲ 焼夷弾降りし天より春の雨


0311・日・東日本大震災より7年・

 1970年の今日、当時の世界最大旅客機ボーイング747型機が初めて羽田空港に飛来した。ロサンゼルスと羽田を結ぶ路線で初めて導入されたもので、その姿を一目見ようと1万人が空港に押し寄せた。ジャンボジェットの日本デビューである。ちなみにボクが初めてこの機体に搭乗したのはこの2年後の1972年の秋。デンマークの首都、コペンハーゲンから羽田への空路だった。初めて乗ったのに座ったのはファーストクラスの最前列席。そんな贅沢なことが可能だったのはそれが学生生協のチャーター便だったから。つまり貸切で、実質全席自由だったのである。となれば勝手にふらふらと歩き回る。階段をあがって二階ラウンジを見学したり、そして最前列に座ってみたり。最前列の窓というのは斜め前方に開いており、それは素晴らしい展望だった。日本列島へ向かう途中の日の出を、この窓から眺めたときの感動は永遠に忘れることができないだろう。あれれ、あれは夕日だったのかもしれない。

 本日の東京、予想最低気温が4度、最高気温が15度。日の出が5時58分、日の入りが17時45分と、昼間の長さが夜の長さに追いつこうとしている。頑張れ、昼間。どんどん温かくなれ。

 朝からあれこれ、やたら涙腺を刺激される一日となる。もちろん東日本大震災から7年というタイミング、という意味ではあるのだが、ピョンチャンパラリンピックのスキー大回転も涙ものである。チェアスキーの村岡桃佳さん。心から尊敬してしまう。パラリンピックのスキー大回転で銀メダルに次いでの銅メダルはスゴイ。落差580メートル、2キロの雪の壁を椅子に座って滑り落ちるのである。とても人間技とは思えない。いかなる恐怖と闘っての結果なのか。急斜度の壁を滑り落ちるスキーの恐怖を知っている者として、これは落涙の感動に値するのだ。

▲ 春の海もっていかれて残されて



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