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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年10月1日~7日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1001・月・都民の日・北海道狩猟解禁・共同募金・

 1920年、大正9年の今日、第1回の国勢調査が実施された。後にこの調査による人口は5千5百96万3千53人と発表された。今からほぼ100年前の人口である。今は少子化で人工減少が懸念されているけれど、それでもほぼ倍数の人間が日本国内で棲息しているわけだ。億という人数が維持できなければこの国は衰退する。安倍政権はそのあたりを危惧しているらしく、LGBTの人たちを非生産的だなんて決めつけている議員なんかを繁殖させている。ま、アベちゃんは明治政府を追従した、産めよ増やせよの精神がお好きなんだろうと思う。けれど、少ない人口で豊かな国家を作り上げることは可能であるはず。競走をあおるより共存を大切にする道があっていいはず。狭い国土である。少ない人間で豊かな国土を回復させて、豊かな精神生活を営む哲学なんて明治憲法を理想とするアベちゃんにはとても発想できないんだろうね。と、ボクはどんなネタでも安倍晋三の悪口へと導きたいのです。

 1964年、昭和39年の今日、東海道新幹線が開業した。5年半の歳月をかけ、3800億円の工事費を投じ、その年の10月10日開幕の東京オリンピックに滑り込みセーフ、間に合わせたのであるが、ボクは開業のときのテレビ中継を見て、何故か乗らないぞと決心してしまう。生まれて初めての関西への旅も新幹線でなく、スカイメイトで飛行機の旅を選んだ。そしてこれがボクにとっての生まれて初めての空の旅となったのである。清水の舞台から飛び降りる覚悟の、生まれて初めての新幹線の旅は万博の年の広島旅行のときだったと思う。それからは抵抗なく利用させてもらってるけど。なんであんなに嫌ったのかね。新幹線の形がイモムシに似ていたせいか、それとも小松崎茂先生デザインの地球防衛軍のアルファー号ペーター号のパクリと思ったせいかもしれない。確かめてくださいな。とってもよく似たデザインなんですから。

 毎月恒例、10月最初の日の全国の日の出と日の入りの時刻です。これで季節の移り変わりがわかります。札幌の日の出は5時31分、日の入りは17時17分。仙台の日の出は5時32分、日の入りは17時20分。東京の日の出は5時35分、日の入りは17時26分。大阪の日の出は5時52分、日の入りは17時43分。福岡の日の出は6時12分、日の入りは18時4分。ということで、お疲れ様でした。

 台風一過の朝である。まだ青い木の葉が道路一面に散らされたままになってる遊歩道を、アルルと散歩に出たコボちゃんが直径40センチの栗の木が倒れているのに遭遇。その下を通行人が背をかがめて注意深く通っていったという。今度の週末台風24号、それなりの被害を世田谷に与えていったということなのだ。我が家の窓ガラス、無事でいてくれてありがとう。さて、今日はアルルの抗癌剤投与があります。これも無事に終わってくれれば感謝なんですけど。

 ところが、その午後のことである。抗癌剤投与の終わったアルルが行方不明になってしまったのである。いや、もしかしたら盗まれたのかもしれない。ボクは呆然としながら建物の前でケータイの110番を回していた。
 2時15分のことだった。ボクは階段の下でアルルを待っていた。抗癌剤投与を終えたアルルを勤務の休憩時間を利用してコボちゃんが連れてくるのだ。コボちゃんはその足で職場に戻っていかねばならない。そして今度はボクがアルルを連れて階段を上がっていく番だ。抗癌剤投与はアルルの体力を著しく奪う。まずボクが階段を上がり、そしていつものようにアルルがそのあとをついてくる。いつもボクとアルルはこうして仲良く階段を上がっていくのである。もちろんリードは外していく。リードを引っ張ってはボクが階段を上がれないからだ。ところがいきなりアルルの気配が消えてしまった。ボクはすぐに逆戻り。以前にもこういうことがあって、親切な人がアルルを保護してくれたことがあったのだ。やはり下にアルルがいない。大声でアルルの名前を呼ぶと3丁目の交差点あたりから、
「黒いワンちゃんですか」
と女性の声がする。そうだと答え、連れてくるようにお願いするとアルルは首輪をつかまれ、やってきた。これも以前と同じである。ボクがアルルにリードをつけようとすると、その女性が上まで連れてきてくれるとおっしゃる。そこでリードをお渡ししてお願いすることにした。これも以前と同じで、ボクは世間には親切な人がまだまだおられると感謝の気持ちを強くした。先に3階まで上がってその女性とアルルが上がってくるのを待っている。ところが、いつまで経っても上がってくる気配がない。しばらくすると知らない男性がいきなりアルルのリードを持って上がってきて、
「犬が逃げました。今、つかまえてきますから、これを持って待っていてください。大丈夫です。早く部屋に上がって、安心して待っていてください。大丈夫ですから」
そういってボクにアルルのリードを押し付けたまま、現れたときと同じように煙のようにいなくなった。そしてそれっきり、さっきの女性もこの男性も二度と戻ってこなかったのである。大変だ。アルルが消えてしまった。ボクはこの事態を職場のコボちゃんに連絡し、そうして警察に通報したのである。
 たちまち若くて親切な警察官が駆けつける。丁寧に事情聴取をしてくれて各方面に手配してくれる。動物愛護相談センターにも通報する。コボちゃんも職場を早退して自転車で探し回る。近所の人も心配して声をかけてくださる。誰もアルルが賢い犬で、逃げてしまうなんて考えられないのだ。結局、アルルが発見されないまま、ボクが透析にいく時刻になってしまった。ボクとコボちゃんは心配なままアウトバックで透析室に向かったのである。
 透析中、ボクは生きた心地もしなかった。もしもアルルが盗まれたのなら、盗まれた先でどんな扱いを受けているのだろう。アルルはとことん人間を信用している。誰のことでもこころから安心してついていってしまう。ただの一度でもひどい目に合わされたことがないのである。今頃どこにいるのだろう。真っ黒な大型犬である。交通事故でもあれば発見されていないはずがない。となると、どこかに匿われている可能性が高いのだ。もう、それしか考えられないのだ。誰かと一緒にいるのなら、その人間がよい人であることを祈るしかない。ボクは黒沢明監督の映画「天国と地獄」を思い出していた。我が子を誘拐された主人公の気持ちが痛いほど身に染みたからである。栄養失調のカタツムリの歩みのように透析の時間が流れていく。悪いことばかりが脳裏を過る。そして地獄の秒と分と時間が通り過ぎ、コボちゃんが迎えにきた。
「アルル、我が家に戻っているよ」
 この一言で全身の力が抜けてしまった。瞬間にして生きた心地が爪先から髪の毛の末端まで戻ってきた。アルルはお腹をこわしていたという。トイレをしたかったのだという。それでひとり、遊歩道に向かったのである。その姿を、以前もアルルを保護してくれたのと同じ女性が発見してご自宅へ誘導してくれた。で、そのまんまご自宅で保護していたらご主人がご帰宅となり、もしも以前と同じワンちゃんなら飼い主が心配しているはずだから早く知らせた方がいい、ということになり、我が家のドアをノックした。という経過なのだという。そうなのだ。アルルは下痢になっていて、早くトイレにいきたいのをボクが対応してやれなかったのだ。ということで一件落着、大安心。それからボクの口から出てくる言葉はただ、よかった、よかった。神様、ありがとう、であったのだ。そう。天に感謝する毎日ではあるけれど、今夜ほど天に感謝したことはない。
 これまで人の親切に救われ生かされてきた。けれども、今度のことでわかったのは、世の中には無責任な人たちもいる、ということだ。こちらは目が見えない。相手が誰だかわからない。この午後の男女ふたりも親切そうで無責任なカップル。ボクは永久に相手が誰だかわからないままに終わるのだ。結局、親切に対応してくれたのは警察と動物愛護相談センターと顔の見える近所の方々。本当にありがとうございました。これからはメクラメッポウ、人を信用するのはやめたいと思います。

▲ 愛犬と共に過ごせる長き夜


1002・火・下弦・

 1985年というとボクが失明寸前の見えない目で国際ゴジラの原作シナリオを夢中で書いていた年だけど、というか、タイガーズファンにとっては日本一の年だけど、その年の今日、関越自動車道の前橋湯沢間の工事が完成して全線開通したという。これで東京と新潟が3時間半でつながったわけだ。失明したボクがボクを拾ってくれた看護婦のコボちゃんの運転で北軽井沢まで気軽にいけているのもこの関越道のおかげなのである。ということは本日は記念すべき日、ということになる。シャンパンでもあけましょうかね。

 秋晴れの気持ちのいい午後である。カラスも気持ちよさそうに鳴いている。昨夜遅くアルルの無事を知ったボクは今日は朝から忙しい。昨日お世話になった警察や動物愛護相談センターにアルルが無事に発見され、戻ってきていることをご報告、お礼を申し上げる。それから騒ぎの最中に偶然電話をくださって、結果的にご心配をおかけすることになってしまった愛育出版の伊東社長にもアルルの無事をお知らせする。アルルは愛育出版で出版の決まった「ひみつのブルブル・飛行猫」の主人公なのである。ブルブルの相棒、アルアルはアルルなのである。肺癌で死なれたり行方不明になられたりしたら困るのである。そのお守りのためにも出版を決めたのだから、どうかアルル、元気でいてください。

 姑息な総理の誰が誰だかわからない内閣改造は閉店セール内閣とか在庫一掃内閣とか呼ばれているけど、TBSラジオ、月曜デイキャッチャー、青木理(あおきおさむ)コメンテイターの称する、加齢臭内閣とか賞味期限切れ内閣が妥当のような気がする。アベちゃんは全員野球内閣とかいってるけどね。やっぱり決め球は内角攻めかな。
と、オイラもつまらんことをいっている。いいんだ、いいんだ。どうせオイラは無責任でいられる賞味期限切れ全盲イラストレーターなんだから。

▲ 加齢臭香る内閣暮れる秋


1003・水・アルル14歳の誕生日・

 1964年の今日、日本武道館が開館した。1週間後に始まった東京五輪では初めて正式競技に採用された柔道の会場として使用されることになる。と、そういうわけだけど、ボクにしてみればやっぱ、武道館の本番は2年後のビートルズ公演だと思うな。柔道には申し訳ないけど、あのときの武道館は刺激的でした。で、またまた我田引水になるけれど、ボクも武道館の舞台に立ったことがあります。霊的ご縁のある宗教団体に講演といって担ぎ出され、結果的にヨイショとなる発言をしただけなんだけど。でも、1万人の熱烈拍手を受ける体験はできました。悪くなかったです。

 噂によると埼玉県飯能市にムーミンを題材にしたテーマパークが誕生するらしい。称して、ムーミンバレーパーク。つまり、ムーミン谷公園である。ムーミンはもちろん、スナフキンにも会えるんだろうね、たぶん。けれどもボクにとってのムーミンはテレビで放映された虫プロ制作のムーミン。岸田今日子さんが声を担当したあのムーミン。ムーミンパパの声もよかったな。このおふたりの役者さん、ボクもお会いしたことあります。もしもあのムーミンに会えるのならコボちゃんといってみたいかも。

 本日のデイキャッチ時事川柳、安倍晋三の全員野球内閣に対する一句には笑いました。
▲ 野球でもオウンゴールのあるメンバー

 透析から戻ってアルルに乾杯。14歳の誕生日、おめでとう。片肺になっても行方不明になっても、いつだって尻尾をパタパタ。いつも元気でにこにこ笑う、そんな短足ブラックラブはいつもにんなの人気者。どうか来年の今日も、無事に15歳の誕生日を迎えてね。と、アルルはコボちゃん特製のオーストラリアンビーフステーキをペロリとたいらげたのでありました。

 ピロピロリン!
深夜0時15分、緊急地震速報にたたき起こされる。地震だ、地震だ、大変だ。慌てて目覚めて揺れに備えていたら、茨城で震度4が最大震度。世田谷はまるで揺れませんでした。なんだ、そんなら起こすなよ、と怒っちゃいけません。地震が小さかったことに感謝しなさい。そう自らに言い聞かせてまた眠るのでした。

▲ よかったね胡桃割り割り誕生日


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで10番、切幡寺を仮想参拝、通過しました。
次は11番、藤井寺。あと331歩です。

現在の歩数、64,469歩。三度目の徘徊中。


1004・木・

 1957年、昭和32年の今日、インドのネール首相が初来日して上野動物園を訪問した。8年前に日本の子どもたちに贈ったインドゾウのインディらに再会するためである。当時、我が家のお茶の間には父親の何か月文化のサラリーで購入したばかりのテレビがあって、その画面で特徴ある帽子をおかぶりになったネール首相の御尊顔おとくと拝見した記憶がある。インドゾウのインデイラにも会ったことがあるしね。そしてその同じ日、ソビエトが世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功していて、その人工衛星はおよそ95分で地球を1周してしまうことにも驚いた。それからは夜になるとみんなで夜空を見上げ、移動する光の点を見つけるのに必死だったことを覚えている。でも、このたったひとつの人工衛星が未来のインターネットを誕生させることの切っ掛けになるなんて、予想もしなかったんだけどね。そんじゃ本日はウェブ記念日でもあるわけだ。

 週末台風の影響だと思うけど、関東各地で塩害被害が続出している。電線から火花が出たりして、家庭や職場で停電したり、電車が止まったりして大混乱。碍子や電線に付着した塩分が絶縁効果を阻害するのである。そういえば台風がくると父親はいつも忙しそうだった。塩害が報告されると変電所勤務だった父親は慌ただしく出金していったのである。停電するとみんな平気で文句をいうけれど、電機は無数の人々によって支えられているのです。どれもこれも、すべて手作業なのだと思います。電気がきてること、当たり前だと葉思わないでね。昔は定期便みたいに停電があって、蝋燭は常備品だったのですよ。なんて、元東電貴族のエム ナマエが東電擁護に走っています。

▲ 台風の土産は青き火花かな


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございます。
おかげさまで11番、藤井寺
を仮想参拝、通過しました。
次は12番、焼山寺。
あと83,830歩です。

現在の歩数、68,570歩。
三度目の徘徊中です。


1005・金・時刻表記念日・

 1962年、昭和37年の今日、ザ・ビートルズがシングル・ラブミードゥーでレコードデビュー。ボクがこの曲を耳にするのは1964年、慶應義塾志木高1年生のクリスマス。自分へのプレゼントとして銀座ハンターで購入したファーストアルバム「ミートザビートルズ」に針を落としたときだった。シーラグズユウとか抱きしめたいとか、知っている曲はあったんだけど、心を打たれたのがこのデビュー曲。シンプルなんだけど、魅力の底なし沼みたいな感じがして、この曲以来、ボクはビートルズに逮捕されてしまったのです。そして判決は終身刑。もう脱獄不可能です。

 1969年の今日、アポロ11号が持ち帰った月の石の一部が東京に持ち込まれた。NASAからの委託を受けた東京大学が研究材料にしたらしいけど、その結果はどうだったか、あんまり覚えていません。ボクが記憶しているのは翌年に開催された大阪万博のアメリカ館で、ずらり並んだ行列の目的が月の石見物だったこと。あまりの長蛇の列にあきれて、とうとうボクは月の石を拝むことができなかったけど、写真で見たらただの石。隣の庭にいくらでもありそうなただの石。行列しなくてよかったと思いましたよ。


 さて、本日は北軽井沢への移動である。5日の金曜日だったけど、高速道路はスムースで、たちまち中軽井沢のツルヤスーパーに無事到着。駐車場でコボちゃんが買い物に出ようとしたら、観光客らしい女の子がクルマの中の猫のミミコに気がついたらしく、凝視しているのを発見。小型犬でなく、リードをつけられたトラネコが小型犬がするみたいに、自動車の窓から外を見物しているのだ。そりゃ珍しいと思いますよ。さて、北軽井沢まではいい天気。道端の松茸の旗が目立ちます。もしも松茸の匂いがしたら、そりゃ松茸スプレーに違いありません。

▲ 道端の松茸の旗軽井沢


1006・土・国際文通週間・国際協力の日・

 軽井沢朗読館の館長、青木裕子さんからお電話があって、面白い話を聞かせてくださる。ときどき青木さんとおしゃべりしないとボクの元気は在庫切れになってしまうのです。青木さん、いつもありがとうございます。

 山の透析室に出かけようと思って玄関でもたもたしてたらノックの音。ここんとこ星新一みたいだけど許してね。で、それは関東保安協会の人だったんだけど、それから配電盤やブレーカーをチェックしてくれました。で、配電盤の裏に小さなネズミの死骸が転がっているのを発見。小さいからノネズミなんだろう。干からびていたところを見ると外から入ってきて餓死したんだと思う。それを見たコボちゃん、思わず悲鳴をあげていた。けれども勇気をもって死骸を紙でくるみ、高原に埋めにいった。お疲れ様。おそらくお墓を立ててあげる余裕はなかったと思う。とにかく透析室には遅刻できないのです。

 おかげさまで今度の週末台風25号の影響はほとんどなかったけど、そのおかげで関東地方はフェーン現象だそうでやけに温かい。ボクが透析を受けている間、コボちゃんはアルルとプリンスランドでソフトクリームをシェアしてたらしい。片肺のアルル、元気になってくれて嬉しい。

 ここんとこ、山の透析室では若い看護婦さんからの質問攻めにあっている。ネットでエム ナマエを調べたらしく、へんなジイサンと思ってくれたらしいのだ。透析室にはエム ナマエのカレンダーも飾ってくれているらしいし、おしゃべりすれば信頼関係も生まれるし、いいことだと思います。この傾向、毎回ボクがしている枕カバーのタオルのデザインがボクの絵であることがわかってからです。都会では賞味期限切れの全盲イラストレーターでも、ここではまだ賞味期限は有効らしいのです。ありがたいことです。

▲ 団栗でおはじきしたい山の秋


1007・日・

 アルルの行方不明に始まった今週は不調の連続。デスクワークやドライブで座り続けのお尻の痛みもそうだけど、最大の苦悩は便秘。コボちゃんは下剤の使用を勧めるけど、そこは薬に頼りたくない。薬を使わなければ身体が何とかしてくれるのだ。その信念で辛抱していたら今朝のこと、やっと開通してくれた。安倍晋三の決まり文句、岩盤規制じゃないけれど、岩盤宿便が狭い出口からやっと去っていってくれたのである。安堵。これで少しは生きた心地を味わえる。万歳。それにしても苦しかったなぁ。

 夏目漱石の未完の絶筆「明暗」に引き込まれてきた。正直をいうと、やっと引き込まれてきた。なかなか作品世界に馴染めなかったのである。未完ということも気持ちに引っ掛かっていた。もしも面白くて、夢中にさせられたところで放り出されるのではないか、という不安もあったのだ。だから小説と自分との間の空気の層がいつまでも邪魔になっていたのである。けれどやっぱりそこは夏目漱石。読み進めていくうちに登場人物たちが生き生きと自分たちの芝居に目覚めてきて、いよいよ舞台が賑やかになってきた。役者の顔も見えてきた。ここまできて、それで芝居小屋から弾き出されるのなら仕方がない。絶筆の最後まで読ませてもらおうじゃないか。ボクにとって、この作品が最後の夏目漱石の長編小説になるのだから。

 台風25号、おかげさまで群馬県はちっとも被害はありませんでした。なのに台風一過といっていいのかわかんないけど、やたらにいい天気。関東地方は暑くて夏みたい。噂によれば東京は真夏日になったらしい。このお天気を利用してコボちゃんはスタジオ周辺のシダ退治。なんせ人類のはるかなる大先輩、喧嘩して勝てる相手じゃないのに無駄な戦いを挑んでる。コボちゃんは石炭が過去のシダ類の贈答品であることを知らないのである。ところでコボちゃんにいわせると、北軽井沢の森は山のキノコでモリモリ。キノコたくさん。食べられるのも食べられないのもキノコもりもりでキノコのホクトも真っ青になってます。今年の夏は暑くて雨がざんざか。それでキノコが元気でいるらしい。これで松茸もたくさん採れるといいんだけど。ただ、キノコ採りに夢中になって遭難者の出るのが心配です。そうそう。山は団栗もいっぱいとコボちゃんがいってました。これで今年の冬は熊さんたちも安心です。よかったね。

▲ 食べなよと群れて誘うは毒キノコ


2018年9月24日~30日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0924・月・十五夜・

 またまたNHK「マイあさラジオ」情報である。1965年の今日、国鉄がコンピューターによる制御で指定券を予約発売するみどりの窓口を開設した。便利になったかどうかは別にして、そのおかげでボクらは立川志の輔の新作落語「みどりの窓口」を楽しむことができるのだ。この新作落語、名作です。志の輔は古典落語もいいけれど、新作がこれまたいい。誰が考えるのか知らないけれど、登場人物たちが、いかにも近くにいそうな人たちばかり。みんな平成のはっつぁん、くまさんなのですよ。

 北軽井沢の朝はコボちゃんが眠っている間に「おえかき」をする。静かで集中できるのだ。おかげで来年度のカレンダーで最後まで悩んでいた9月の絵柄が浮かんできた。月刊ラジオ深夜便「しじまのおもちゃ箱」12月号の導入部分で触れた、幼い頃の自分が月に住んでいるというウサギの姿が見たくて、父親の双眼鏡で満月を見上げていたというエピソードから思いついて、ゾウの天文学者にお願いしてウサギの子が天体望遠鏡で月を見せてもらうという構図を思いついたのである。ちょっと苦しいけれど、9月としてはそんなに悪くはないでしょ。カレンダーや月刊誌の表紙で3月とか9月とか、中途半端な季節だから、いつも考えるのに苦労するのです。で、念のために触れますが、いくら幼いボクがバカだったからとはいえ、本当に月にウサギがいたとは思ってませんでした。ただ、月の表面に見えるというウサギの模様が見たかっただけなのです。

 コボちゃんがアルルを連れて目の前の人造湖、神原湖(かむばらこ)にいってみると久しぶり、鴨の親子連れを目撃したという。両親とおぼしき親鴨と子鴨が五羽。コボちゃんが音をたてると子鴨たちは一斉に水に潜ってしまった。敵が現れたらそうしろと親鴨に教えられているのだろう。今年は鴨たちの姿を見ないと思っていたけど、きっと水草の影で子育てに専念していたのだろう。先日はイノシシの親子連れが七匹。本日は鴨の親子連れが七羽。ラッキーセブンですなぁ。せっかくの十五夜のお月様は天気が悪くて見られなかったけど、この親子でガマンしますか。

▲ 秋日や鴨の親子の人造湖


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで6番、安楽寺を仮想参拝、通過しました。
次は7番、十楽寺。あと3,351歩です。

現在の歩数、34,649歩。三度目の徘徊です。


0925・火・満月・

 万歳。この朝、カレンダー原画の13点すべてが完成した。最後まで残っていた9月の「月のウサギを見てみたい」と10月の「飛行船のオールを漕いでるキャプテンアルル」の2点がボクの色指定でコボちゃんの手によって彩色され、完成したのだ。来年度のカレンダー、新しいものもあればいつもの顔ぶれもある。学生イラストレーターの頃から季節や暦をテーマにした仕事をずいぶんしてきたけれど、この歳になってもアイディアに苦労する。仕事というものはいくつになっても慣れることがないのだと思う。とにかく、今年も無事にカレンダーができて、心から安堵している。コボちゃんに感謝である。

 カエルが嬉しそうに鳴くはずだ。朝から晩まで雨なのだ。けれど、こんな雨ばかりの毎日で、いつ稲刈りをしたのだろう。山の透析室にいく途中の色づいた稲はすべて刈り取られていた。天然自然を相手にする職業を心から尊敬してしまう。雨だの風だのいってられないのだ。そして世界中の人たちが仕事をして、そのおかげで御飯を焚いたり魚を焼いたり、酒を飲んだりできるのだ。どれひとつとっても、みんな誰かの仕事なのである。

 透析が終わると迎えにきたコボちゃんが貴乃花が引退したといっている。引退したから親方をしてるんじゃないかと思ったら、その親方を退職したらしいのだ。まっすぐな人だから、相撲協会にいられなくなったのだろう。大切な弟子をモンゴル力士たちにボコボコにされて、それで黙っていられる親方なんているもんか。白鵬が何十回優勝しようとも、貴乃花の一度の優勝に匹敵するものではない。貴乃花の相撲は美しいのだ。勝てばよいという白鵬のハリサシ、カチアゲ相撲とは根っこから違うのだ。貴乃花、これからも相撲に携わっていくという。どうか相撲道が正しい道筋を外れないよう、陰となり、日向となり、見守っていていただきたいと思う。

▲ 雨の中すっかり稲が刈られてる


0926・水・彼岸明け・

 今日は大型台風が日本を襲った特異日であるという。昭和29年の洞爺丸台風。昭和33年の鴨川台風。昭和34年の伊勢湾台風。これらの台風が各地に大きな被害をもたらした。ということでラジオからは各地での慰霊祭のニュースが流れてくる。伊勢湾台風はボクが小学5年生のときだった。あのときテレビで目にした水の下の名古屋を今もなまなまと思い出す。
 戦争で焼け残った古い木造社宅に暮していた頃、台風というと父親が大工道具を出してきて釘と木切れで扉やガラス窓を補強していたけど、それでも激しい風で屋根が飛ばされそうでコワイ思いをした。今は台風が来襲する度に鉄筋コンクリートに感謝している。

 スタジオクラスターのマダム、ヒロコママによると、NHKで樹木希林さんの追悼番組をやっていたらしく、その中で無言館の成人式に触れていて、エム ナマエも映っていたとおっしゃっる。全員の記念写真のシーンも紹介されていて、じゃ、アルルも映っていたはずだと尋ねたら、それには気がつかなかったそうである。この番組、医歯薬出版の田辺さんも、愛育出版の伊藤社長ご夫妻も見ておられた。無言館の成人式に毎年のようにエム ナマエが呼ばれていることをご存じない方々は、なんで樹木希林さんとエム ナマエが一緒なのか、おわかりいただけなかったと思う。

 ざんざか雨の東京へ北軽井沢から戻ってきた。家に着いてもクルマを降りられず、自分の家を目の前にして扉を開けてもらえない猫のミミコは機嫌が悪い。いくら猫のミミコの頭がからっぽでも、いくら土砂降りであたりがよく見えなくても、目の前の建物が自分の家だと知っているのだ。

 マツダスタジオでヤクルトを完封して広島カープがリーグ優勝三連覇を遂げた。DeNAにストップをかけられたままになってたけど、マツダスタジオで優勝できて、広島市内でビールかけができて、本当によかったと思う。おめでとう。こういうニュースを聞くと1975年の広島カープ初めての優勝の年を思い出す。広島生まれの最初の奥さんの義理もあったし、広島への熱い思いもあって、ボクは今もカープファンであるのです。

▲ 恨めしく猫が見てます秋の雨


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで7番、十楽寺を仮想参拝、通過しました。
次は8番 熊谷寺。あと6,880歩です。

現在の歩数、39,320歩。三度目の徘徊中です。


0927・木・

 1945年、敗戦の年の今日、昭和天皇と連合国軍総司令部のマッカーサー最高司令官の間で一回目の会見が執り行われた。日本国民の神様がレーバンのサングラスをかけたでかいアメリカ人の横に立たされ、言葉にはしないまでも、はい、私たちは敗けましたと認めたのである。それ以来我が国はアメリカには頭が上がらない、歯が立たない。今日もアベちゃんが、わざわざニューヨークまで出かけていって、あの小学5年生の頭脳レベルのトランプにしてやられてる。国連でアメリカ第一主義の演説をやらかすようなアホなトランプに手玉にとられているのである。アメリカの大統領が馬鹿で、いくら世界中の顰蹙を買おうと日本には関係ないと思ったら大間違い。その馬鹿のトランプにすり寄りへつらいしている日本の総理大臣の存在を知られれば、やはり世界の笑い者。困るんです、アベちゃん。いわれるままにアメリカの武器を購入して国民の血税をばら撒くことが外交だなんて思われては。どうか余計なことはしないでね。お友だちの好きなアベちゃんだけど、あっちはアベちゃんをお友だちだなんて思ってはくれません。手下の猿と思ってくれるのがせいぜいなのです。

 東京は本日で17日間の連続の雨であるという。北軽井沢でも雨ばかり。もう、うんざりである。いくら秋雨前線とはいえ、少しは遠慮していただきたい。人間にもお天道様にも遠慮は必要です。

 長い間、牛丼を愛している。ことに吉野家の牛丼を愛している。年若いイラストレーターは新宿で夜明かしをして、始発の電車を待つ間、ガード下の吉野家で牛丼をかっこむ幸せを愛していた。ときどきは小田急線新宿駅のホームの横で、吉野家以外の、いとこんにゃくとか焼き豆腐とか、何やらゴチャゴチャと牛肉以外の具の入った牛丼に浮気をして後悔したこともあったが、今は吉野家の牛丼だけを愛している。ことに特盛の牛丼を熱愛している。本日はイレギュラーの夕食を伴わない透析だったので、帰り道に牛丼特盛をコボちゃんにリクエスト、買ってきてくれた。ついでにスーパーでナマタマゴをふたつも買ってきてくれた。これで帰宅すれば焼酎のお湯割りでスキヤキごっこができる。幸せなひとときを過ごすことができるのである。アメリカの牛はステーキにするとおいしくないのに、どうして牛丼にすると旨いのだろう。やっぱ、そこが吉野家のスキルなんだよね。

▲ 牛丼や深まる秋をいつくしむ


0928・金・

 東京の日の出は5時33分、日の入りは17時30分。ますます昼間が短くなってきた。けれども晴れていて、低くなったお日様からの光線が窓ガラスを通じてボクの左半身を温めてくれている。猫のミミコは早速窓枠に飛び上がり、日向ぼっこを始めてる。秋や冬だけじゃない。猫のミミコは真夏でもベランダで日向ぼっこをする。可愛いけれど、やっぱりバカなのだ。そしてバカなほど可愛いのである。この猫のミミコをモデルにした毎日新聞連載童話が「ひみつのブルブル」シリーズである。これを愛育出版からの単行本にするための推敲作業が進んでいる。皆様に読んでいただける日も遠くはないと思います。

 TBSラジオ「スタンバイ」で初めて耳にしたフレーズ、「遣り甲斐搾取」(やりがいさくしゅ)。オリンピックで莫大に稼いでいる企業や大人たちがいる中で、どうして学生たちが自腹を切手ボランティアをしなきゃなんないのさ。やめとけ、やめとけ。ボランティアとおだてられて納得できない奉仕なんか、やめておけ。欲望渦巻く東京五輪2020、ボランティアが集まらなくて、中止になればいいと思う。くたばれ既得権益者のためのオリンピック。バカヤロー!

 透析から戻ってきて、アルルと仲良く階段を上がっていく。もうすぐ14歳のアルル。体力も衰えたし肺癌で抗癌剤治療もしていて階段を上がるのも重労働。そして古希を迎え、病気の歩く博覧会のエム ナマエも階段を上がるのは重労働。そんな犬と人間が励まし合って上がっていく。でも、これもひとつの幸せの分配の形。心からそう思う。アルル、どうかいつまでも生きていてね。

▲ 暮れる秋共に生きよう愛犬よ


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。8番、熊谷寺を仮想参拝、通過しました。
次は9番、法輪寺。あと5,275歩です。

現在の歩数、46,525歩。三度目の徘徊中です。


0929・土・

 猛烈と噂の高い台風24号が沖縄から日本列島に接近中。昼から雨の予報が出てるけど、屋根があるから石でもなけりゃ、どんな土砂降りでも耐えられるけど、風速50メートルの風が吹いたらわからない。とにかくドキドキの猛烈台風である。

 1972年、昭和47年の今日、日本と中国の国交が正常化された。田中角栄総理大臣と中国の周恩来首相が北京で日中共同声明に調印しての日中国交回復である。その2年後の今日、日本と中国を結ぶ定期航空路線が羽田北京間に開通され、両国間の交流を一段と促進させた。ボクが初めて中国を訪れたのは1980年の初秋、ナイロビからカラチ経由、ヒマラヤ超えでの北京訪問だったが、ビザを取得したのがケニアはナイロビの中国大使館。当時、日本からは団体旅行以外の中国訪問は認められていなかったのを、ナイロビで個人旅行の資格を得ようというのだ。メンバーはボクと当時の奥さん、そして中学時代のマドンナとそのパートナーの4人。そういうわけだから北京空港では日本語の達者な中国青年が向かえてくれて、クルマを飛ばしてホテルまで案内してくれた。そこから先は英語も通じない世界だったけど、団体の日本人ツーリストたちがウロウロする中、万里の長城までタクシーを飛ばして運ちゃんに英語を教えたり、一度の夕食が当時の中国人の月給に匹敵する北京ダックのレストランで生まれて初めてというような豪華な食事をしたり、ホテルのレストランの無愛想を絵に描いたようなウェイトレスと仲良くするのに必死に知恵を絞ったり、まるで自由な個人旅行を楽しんだのである。それ以来、ボクは中国に好印象を抱いていて、今や三国志マニアでもある。2002年にはコボちゃんと上海にも滞在して、親切な中国人たちのおかげで愉快な思い出がたくさんある。で、これすべて田中角栄のおっさんのおかげなのである。あの頃は自民党にも偉大な政治家がおられたのですなぁ

 スタジオクラスターのヒロコママが来年度カレンダー原画13点を受け取るためにご足労くださる。ボクがお渡しするのは紙の原画が13点でキャリアケースに入れても軽々なのに、ヒロコママはそれより重たく大きな荷物をボクに引き渡す。中身はボクのランチのマイセンのロースカツドンと明日のボクのランチのヒレカツドン。そして今夜のコボちゃんとの酒盛りのためのマイセンのヒレカツサンドと海老カツサンドと崎陽軒の焼売をツーパック。そして毎日のおやつにするためのハラダのラスクをひと箱。ヒロコママ、膝は人工関節なのに、ボクがやっと上がれる階段を、これだけの大荷物を抱えて訪問してくださるのだ。地上には人の形の仏様や神様が本当におられて、心を打たれることがあるけれど、ヒロコママは間違いなくそのおひとりなのである。合掌。

▲ ありがたさ運んでくれて秋茜


0930・日・

 台風24号接近のため、ラジオのプログラムが滅茶苦茶になっている。NHKマイ朝ラジオの「生き物いろいろ」はパスされちゃったし、日曜日お昼のお楽しみ、「素人喉自慢」も飛ばされちゃった。やい、台風のやつ。人の家の屋根を飛ばすだけでなく、好きな番組まで飛ばすのはひどいじゃないか。

 嵐の前の静けさをたたえる午後8時過ぎ、ラジオが沖縄県知事選挙の速報を伝えてくれた。沖縄県知事選挙で辺野古移設に反対する前衆院議員、玉城デニー氏、58歳が、政権与党の自民党と公明党が推した前宜野湾市長、佐喜眞淳氏、54歳をはるかに引き離して初当選を実現した。この結末、薩長連合を前面に押し出して自民党総裁選挙を展開した安倍晋三に対する反感も後押しをしたような気がしてる。アベちゃん、薩摩藩が沖縄に何をしてきたのか、よくわかってないみたい。薩長連合が日本を未開国家から脱皮させたような誤解をしているらしい。沖縄県民は安倍晋三のバカを見抜けない内地の人間よりは歴史や人を見る力があるということだ。

 夜はGパンをはいたままで眠る。何かあったらすぐに逃げられるからだ。で、それで正解。あとで聞いた話だけど、東京都内の風は過去三番目の風速だったという。で、その通りコワかった。窓ガラスが今にも破られそうで、分厚い遮光カーテンが引いてあっても、障子が立ててあっても安心できない。アルルはベッドの下からボクに救いを求めてきて、そのまま離れない。コボちゃんと猫のミミコまでやってきた。犬も猫も人間も、不安を感じて当たり前の風なのだ。灯台ひとつ、この世から抹殺してしまうような風なのだ。奄美海上保安庁によると、消えていたのは名瀬湾に突き出た西防波堤の灯台。前日の後8時ごろは存在を確認していたのに本日、午前9時ごろ、台風の被害調査に出た海保職員が、コンクリート製の基礎部分を残して灯台が消えているのを発見したのである。この灯台、強化プラスティックで中身はからっぽ。とはいえ、強度はそれなりに計算されているはずで、猛烈台風は想定外ということになる。この想定外の嵐、これからどれだけ日本列島を襲ってくるのだろう。桑原桑原も救いのまじないにはならないような気がしてる。

▲ 台風の風に怯えて黒い犬


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。9番、法輪寺を仮想参拝、通過しました。
次は10番 切幡寺。あと10,054歩です。

現在の歩数、52,346歩。三度目の徘徊です。

2018年9月17日~23日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0917・月・敬老の日・上弦・

 1945年、昭和20年の今日から翌日にかけて枕崎台風が西日本に上陸、敗戦直後で気象情報に乏しく防災体制も不十分だったため死者行方不明者が3756人に達するなど各地で大きな被害が出た。これも無謀な戦争と衆愚による犠牲者と考えるべきなのだろう。今も衆愚が選んだ愚かな権力者によって無謀なる戦争が次々と仕掛けられようとしている。人間はどうして歴史から学ぼうとしないのだろうか。力で奪えば力で奪われる。そんなこと、考えなくてもわかるだろ。バーカ。

 1964年の今日、日本で初めての本格的モノレール、東京モノレール羽田線が営業運転を開始した。10月10日開会式の東京オリンピックに備えて開通したものである。開通当時は飛行機による旅なんて考えられる身分ではなかったが、大学生になってスカイメイトのメンバーとなり、羽田空港を利用するようになってからは飛行機に乗ることと同じように、モノレールからの眺望が楽しみになっていた。ボクらにとってモノレールは夢の乗り物。道路ひとつ隔てた分園までの短距離であっても上野動物園の懸垂式モノレールには長蛇の列ができていたし、駅から向ケ丘遊園地までのモノレールでも自動車たちを下に眺めながらの空中旅行は心ときめくものだった。東海道線大船駅から横浜ドリームランドまでのモノレールは技術上の欠陥があったとかで短期間で営業停止になってしまった。ボクが訪れたときはコンクリートのレールだけで、とうとうボクはその電車に乗ることは叶わなかった。当時、高校生だったボクの目に、田園地帯にコンクリートの虚ろな高架線が延びている風景が寂しげに映っていた。

 東京の日の出は5時25分、日の入りは17時45分。だんだん昼間が短くなっていく。蝉も聞こえなくなり、ちょっと寂しい気分です。でも、遊歩道でチョンワガラスが鳴いていて、この声を聞くと嬉しくなる。気がついたら朝に夕にこの声を聞いていて、ずいぶん長い付き合いだもんね。このチョンワガラス、器用なカラスで、ときどきバルタン星人(ばるたんせいじん)に化けたりもする。カラスは都の暮らしのアクセント。どうかあんまり苛めないでくださいな。

 未明、藝大、松下功副学長の訃報が届く。障がいとアーツでお世話になった松下先生が急逝されたのである。以下は先生の秘書さんからの文面である。

 東京藝術大学副学長・演奏藝術センター教授(作曲家)の松下功先生が、9月16日(日)午前11時32分、急性大動脈乖離のためご逝去されました。心から哀悼の意を表すとともに謹んでお知らせ申し上げます。

 バイオリニスト川畠成道さんと松下先生のご縁で憧れの芸大キャンパスでワークショップを開いたりレクチャーをさせていただいたり、いろいろな思い出ができた。松下先生は日本を代表する現代音楽の作曲家で、芸大副学長というお役目と同時に音楽家としての活動も目覚ましく、ボクは舞台でオーケストラを指揮する先生を忘れることができない。そのことを秘書さんにお伝えすると、以下のような返信をいただいた。

 先生にお会いしてまいりましたが、安らかな寝顔で、今にも起き出していらっしゃいそうで、余計に信じられぬ思いです。
オーケストラの練習の指揮をされている最中に倒れられ、突然逝ってしまわれました。
エムナマエさんをはじめ、素晴らしい方々との出会いに感謝しながら、先生が情熱を注がれた「障がいとアーツ」を微力ながら支えてまいりたいと存じます。
あたたかなメールを本当にありがとうございました。

 素敵な芸術家、松下先生のご冥福を心からお祈りする。いろいろとありがとうございました。

▲ 枝の柿赤く熟して落ちにけり


0918・火・

 2009年の今日、日本の無人宇宙輸送船HTV、コウノトリが国際宇宙ステーションとのドッキングに成功した。NASAのスペースシャトルが引退した後の物資の重要な輸送手段として国際的に注目される中、初めての役目を無事に果たしたのである。コウノトリというと何といってもボクはディズニー映画「ダンボ」の冒頭の場面を思い出す。コウノトリの
一団が赤ちゃんをくるんだ包みをクチバシにぶら下げて空を飛んでいく。その中の一際大きい包みがダンボ、ゾウの赤ちゃんなのである。だから重たいのは当たり前。そしてコウノトリはお母さんゾウのもとへやっとこさ、無事にダンボを届けるのである。コウノトリが宇宙運搬船の的確なニックネームであるかどうかはわからないが、伝えたいイメージは理解できるような気がする。そしていつか、このコウノトリが生きた人間を乗せて宇宙に飛び立つ未来がやってくることを楽しみにしている。

 パソコンに向かうと、たちまち睡魔に襲われる。眠くて眠くてたまらない。どうしてこんなに眠いのだろう。これは最近、夜によく眠れていない影響かもしれない。眠るにもエネルギーが必要なのだ。要するにもう若くはないということなのである。ああ、何も考えずに熟睡できる若さが羨ましい。

 大相撲秋場所で 稀勢の里が遠藤を負かして勝ち越した。これで希望がつながった。栃ノ心と御嶽海が気になる。このふたり、果たして大関でいられるのか、大関になれるのか。豪栄道と高安が快調で、優勝を期待する向きもある。モンゴルの横綱たちは負け知らずで可愛くない。やっぱり遠藤みたいなハラハラドキドキの力士が魅力的なんだと思うな。もうボクは古希なんだから、とっくに巨人大鵬玉子焼きは卒業しているのです。

 ゴルフがいけないんじゃない。友情がいけないんじゃない。公私混同の政権運営がいけないといってるんだよ安倍晋三。鍵穴から覗いたような世界観で政治をやられたらたまらない。安倍晋三やトランプの頭の中はどうなっているのだろう。常識の通じない人間がトップに座ると世の中が空回りする。キャパシティーが小さい分、融通がきかず自分の決めたことに束縛される。でも、国民まで束縛されるのは真っ平ごめん。早く辞めてくださいな。

▲ 横綱も褌担ぎも秋刀魚食う


0919・水・

 1958年、昭和33年の今日というとボクは10歳になったばかりだけど、長嶋茂雄にとってはルーキーイヤー。その日、長嶋茂雄選手が1塁ベースを踏み忘れてホームランを1本損したという珍事件が発生した。舞台は後楽園球場。相手は広島。せっかくの勝ち越し28号ホームランを広島チームの一塁手のアピールによってベース踏み忘れが発覚し、ホームランはピッチャーゴロとしてアウトとなった。この出来事以来、ナガシマは球界のギャグの王様として君臨していくことになる。赤ちゃんだった長嶋一茂を球場に置き去りにして帰宅した話はあまりにも有名である。ナガシマさん、また元気になって、新しいギャグを量産してください。巨人軍は嫌いになりましたけど、ナガシマさんは永遠に不滅です。

 オリジンのスパイシーカツカレーライスが復活して嬉しくてたまらない。今日も透析室での夕食はスパイシーカツカレーライスをコボちゃんにリクエスト。すると看護婦さんが気の毒そうにカレーの容器を運んできた。そしてスパイシーカレーは健在だけど、オリジンのキッチンにトンカツのタネが切れていて、ただのスパイシーカレーライスになってしまったというコボちゃんの伝言を伝えたのである。トンカツ抜きのカツカレーライスはスパイシーであろうとそうでなかろうと、牛肉抜きのビーフカレーライスよりも情けない。ところでペヤングのソース焼きそばにウルトラ劇辛が登場したのをご存じだろうか。この焼きそば、辛いというよりは痛いらしい。ま、トンカツレスのカツカレーライスも痛いけどね。

▲ カツくわえ秋の烏が飛んでいく


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。4番、大日寺を仮想参拝、通過しました。
次は5番、地蔵寺。あと2,089歩です。
現在の歩数、22,111歩。三度目の徘徊です


0920・木・彼岸入り・空の日・動物愛護週間・

 1945年、敗戦の年の今日、教科書の墨塗りが始まる。文部省の通達で教科書に書かれていた軍国主義的な記述を墨で塗りつぶすなどして削除したもので、無計画な戦争で国民に甚大なる迷惑を与えた明治憲法下の大日本帝国のお粗末さを端的に露呈した行為といえるだろう。国民が失った命や財産、権利や幸せやプライドは墨を塗っただけでは取り戻せない。

 1957年、昭和32年の今日、糸川英夫博士らが開発した日本で初めての国産観測用ロケット、カッパー4C型の打ち上げが成功した。飛行時間は3分間。目標高度4万5千メートルに達し、宇宙空間を飛び交う放射線や宇宙線を観測したという。その3年後の昭和35年6月から晴美国際貿易センターで開催された宇宙大博覧会の開場にその実物大模型が展示されていたことを思い出す。この博覧会、巨大な丸天上の下には大型ロケットの発射台のセットが組まれ、サイレンが鳴り響くと、おそらくドライアイスだったと思うけど、液体燃料の白い煙がたなびくロケットから燃料補給車が赤色灯を回転させながら静かに退き、やがてカウントダウンと共に轟音を発してロケットが大空に舞い上がる、ふりをするパフォーマンスが展開されるのだった。それでも観衆はポカンと口を開けてそのハリボテのロケットを熱心に見上げていたのである。米ソの人工衛星競争もたけなわのその時代、大人も子供も夢は宇宙に向けられていたのである

 子どもの頃の宇宙への憧れに想いを馳せていたら、突如として来年度カレンダーの10月のアイディアが浮かび出た。8月の星屑宅急便の空飛ぶ貨物船のキャプテンアルルが、魚の形の気球に下げられたボートに乗ってオールを漕いでいる構図である。絵柄をあれこれ思い描いていたら、気球よりは飛行船の方がいいような気がしてくる。そしてそれは魚の形にしてやろう。うん。これは楽しいに違いない。オールを漕いでるキャプテンアルルは盲目のボクにはかなり難しいけれど、たくさん練習すればきっと描けるに違いない。おお、ファイト満々、やる気になってきたぞ。

▲ 青空はどこへいったか秋の雨


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで5番、地蔵寺を仮想参拝、通過しました。
次は6番、安楽寺。あと9,185歩です。
現在の歩数、25,215歩。三度目の徘徊です。


0921・金・

 早朝の北軽井沢への移動である。アウトバックの助手席に座っていると彼方から猫のミミコがイヤーヨイヤーヨと騒いでいるのが聞えてくる。部屋の隅の隅、本人としては絶対に見つからないと信じていた隠れ場所からコボちゃんに引きずり出され、リードをつけられて無理矢理抱かれ、階段を連れ降ろされている声である。けれどもクルマに乗せられればたちまちあきらめ、ボクの膝でリラックス。高速道路を120キロで走っても、丸くなって眠っている。そうなんです。そろそろ猫のミミコだって、揃えた前足に頭を乗せて、ただひたすら静かに待機しているアルルのように、ドライブにも慣れてもらいたいのです。

 東京から北軽井沢まで、ずっと雨が降っていた。でも中軽井沢周辺ではゴルフ場の駐車場には高級外車が勢揃いして文句もいわずに雨に濡れていた。そのご主人様たちはカッパを頭からかぶってのゴルフざんまい。安倍晋三が国民はゴルフに偏見を抱いてると陶片僕(とうへんぼく)なコメントを述べていたけど、ざんざか雨の下でのゴルフざんまいを見てしまうと、そりゃ偏見も育つでしょうよ、と思ってしまう。肌寒い秋の高原で雨に濡れそぼ理、小さな白いボールを追いかけて、耳かきの親玉で引っ叩く、その遊びのどこが健康にいいのか、どう考えても理解できません。

 取れたて新鮮、黒豆の枝豆でビールをやってるうちに夜も更けて、パソコンに入っている音声映画「警部補古畑任三郎(ふるはたにんざぶろう)」の第2話、動く死体を再生する。2003年のテレビシリーズで、旬も過ぎて薹が立ってはいるけれど、これが面白かった。第1話はアキナちゃんの下手糞な演技を見せられたコボちゃんはあんまり期待してなかったみたいだけど、さすがは田村正和と堺正章の演技のぶつかり合い。これは見応え、聴き応えがありました。田村正和は名優、坂東妻三郎のご子息で、堺正章は名喜劇役者、堺駿二のご長男。サラブレッドの両者が演技を競うのだから、これが面白くないわけがない。というわけでゴキゲンなコボちゃんはメバチマグロの短冊を刺身に切り分け、鰻の蒲焼を温め直し、長野県特産の吟醸酒を開封して、北軽井沢の夜は贅沢に更けていくのでありました。

▲ 大粒の雨に芒もしょげている


0922・土・

 1968年というとボクが慶應義塾の2年生で、生まれて初めてのミニ絵本を自費出版した年のことだけど、その年の今日、エジプトのナイル川でアブシンデル大神殿の移転工事が完成した。アスワンハイダムの建設で神殿が水没する危機に直面したため、ユネスコが遺産の救済キャンペーンを展開し、大規模な工事を実施したのである。当時、アブシンデル大神殿の写真を見たボクも、これは水没させてはならないぞと強く思っていたので、移転工事の成功は心から嬉しい出来事だった。このムーブメントが後(のち)の世界遺産条約につながっていくわけで、そういう意味でも大きな事件だったのだ。

 北軽井沢の朝は来年度カレンダー10月の、空中ボートのオールを漕ぐキャプテンアルルの下絵の練習に集中する。1枚できるとコボちゃんに見てもらい、アドバイスを受ける。オールを漕ぐ腕の位置が不自然でないか確かめる。これを何度も繰り返し、自信ができたら本番。でも、それは明日のことになりそうです。

 お昼になったらお日様が出て一気に気温が上昇。山の透析室に向かう道路の温度計は28度を示している。病院の駐車場では蝉が鳴いていた。看護婦さんはこれを名残の蝉とお洒落なことをいってくれる。空が晴れて温かければ、誰でも幸せな気分になれるのだ。

 透析中に筒井康隆の「幻想の未来」を読了する。1971年の初版だから古い作品ではあるけれど、実に印象深い小説で、ボクは欧州放浪から帰ってきたばかりの頃に読んだこの作品が切っ掛けで筒井康隆の熱烈なるファンにされてしまう。以前から読み直したいと望んでいたのを、つい先日、サピエ図書館にアップされたのを発見して、プレクストークにダウンロードしてあったのだ。ボクにとっての三大文豪は夏目漱石、小松左京、筒井康隆。これはどうにも動かせない。もちろん宮沢賢治は床の間に飾ってありますけれど。

 透析終了後、仲良しのY看護婦さんと古い映画の話で盛り上がる。けれど驚いた。古希になったばかりのボクが東映の映画館で観慣れてきた映画俳優、月形龍之介(つきがたりゅうのすけ)や東千代の助(あずまちよのすけ)がカッこよかったという話をするのである。この役者さんたちはボクが小学校低学年の頃に夢中になったわけで、となるとY看護婦さんもかなりの年配者、ということになる。もっとずっと若いと思っていた。けれど、さすがは鞍馬天狗の名優、嵐寛寿郎(あらしかんじゅうろう)はご存じなかった。

 帰り道は月がきれいだった。今夜は花火大会があるらしい。アルルが怖がらなければよいのだが。と思っていたら、アルルがボクの夕食の食べかけのステーキまで狙っていて、遠くの花火大会までには気持ちが向いていないらしく、とうとう気がつかないでいてくれた。

▲ お日様が照れば啼きます秋の蝉


0923・日・秋分の日・秋分・彼岸中日・

 1943年、昭和18年の今日、政府は徴兵の男子を確保する目的で事務補助や車掌、理髪師など、17の職種について男子の就業を禁止したという。これに伴い男子に代わる労働力として25歳未満の未婚女子を中心に編成した女子勤労挺身隊を動員することになる。戦時下の労働力確保の方策を定める苦肉の策である。こんなことをしてまで戦争に勝てるなんて、国家は本当に信じていたのだろうか。本土決戦で死なばもろとも。そう考えていたに違いないのだ。自分たちの誤りを認める勇気がなくて、国民を犠牲にすることを優先させたのである。あなおそろしや。

 繰り返しの練習の成果である。おかげさまでカレンダー10月の下絵はうまくいった。キャプテンアルルにオールを漕がせ、魚の飛行船に吊り下げられたボートを前進させることに成功したのだ。そこでコボちゃんがご褒美に特製担担麺を作ってくれることになった。この担担麺、赤堤通りにあった中華料理店「王味」(わんみー)の担担麺をコピーしたもの。たっぷりの挽肉と竹の子と椎茸の微塵切りを胡麻油でさっと炒めてスープの胡麻の風味とコラボレーション、抜群のおいしさだったのだ。で、今は「王味」が廃業してからはコボちゃんの得意料理となり、ときどきボクがリクエストする。ただし、かなり面倒臭いから、たまにしかリクエストできないのだ。本日は幸運なことに材料がすべて揃っていたのである。ああ、滅茶苦茶旨かった。またリクエストしようっと。

▲ 秋の夜家内特製担担麺


2018年9月10日~16日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0910・月・新月・下水道の日・

 北軽井沢の月曜日である。キーボードが故障して正しい文字入力はできない、ネット環境の外だからウェブ情報は入らない、ガラケイだから電話とメール以外、手も足も出ない。というわけで、今日できたことはガラケイで視覚障碍者サポーティングユニット、ラビットに電話して、これで3台目の外付けキーボードを注文したことだけ。パソコンがなければ食べて眠るだけのダルマです。

 せめて頑張るカレンダー制作。コボちゃんのリクエストでキャプテンアルルというキャラクターに挑戦したんだけど、これがうまく描けてるらしい。コボちゃんがしきりに首をかしげてる。見たこともないのに、どうしてこんなにアルルにそっくりに描けるのだろう。ま、見なくても触れればわかることもあるのです。

 ありがたいことにスーパーに秋刀魚が並んでいた。そこで塩焼き、大根おろしたっぷりを添える。開きでも塩焼きでもボクは秋刀魚名人。頭と背骨と尻尾を残して、あっという間に平らげてしまいます。もしかしたら背骨も残っていないかもしれません。それを横目で恨めしそうに眺めているのが猫のミミコ。ヨダレが出てるかも。と、記憶だけだとつまんないことしか書けません。

▲ 蓑虫の黒い頭を撫でている


0911・火・二百二十日・

 思い切りの朝寝坊をする。パソコンに文字入力ができないとあらば、起きていたってしょうがない。猫のミミコが、まだ寝ていようよと、しきりに誘ってボクの自由を奪うし、山の秋は涼しくて朝寝坊には好都合なのです。

 よほどお腹が減っていたのだろう。おかしな夢を見る。高田馬場かもしれないし、新宿かもしれない。もしかしたら経堂かもしれないのだが、よく知っているラーメン屋のカウンターに小沢昭一とか殿山泰司(とのやまたいじ)とかの個性派役者たちと並んで酒を飲んでいる。肴は山盛りの搾菜と餃子。餃子はジュージューと湯気を上げている。もちろんコボちゃんもいて、小沢昭一先生と対等に会話していてボクはハラハラしている。けれども搾菜がおいしくて、ボクはただひたすらに箸を動かしている。餃子の他に何か注文しているのだが、なかなかそれが思い出せなくて、ああ、もうすぐ餃子がなくなってしまうよと焦っているうちに目が覚めた。そんな食欲増進の夢である。このラーメン屋の夢、よく見るのだが、どの店がモデルになっているのかは特定できないでいる。お世話になったあちらこちらの駅前には、思い出のおいしいラーメン屋がいろいろとあったのです。

 秋雨前線が退いて気持ちのいい秋がやってきた。コボちゃんはアルルを連れて近所の散歩に出ている。肺癌摘出の大手術や抗癌剤投与にも負けず、元気でコボちゃんの相手をしてくれるアルルよホントにありがとう。

▲ ひるめしは今日も秋刀魚だいわし雲


0912・水・水路記念日・宇宙の日・

 2013年の今日、惑星探査機ボイジャー1号が人類の手による物としては初めて太陽系外に達したことが判明した。1977年にアメリカから打ち上げられて以来、木星や土星を観測し、太陽からおよそ190億キロを離れた宇宙空間に到達したものと見られるとNASAが発表した。このボイジャー、金メッキをしたレコード盤を搭載している。これには宇宙人に向けての地球の情報や人類からのメッセージが記録されている。高度な知的生命体であるならば、レコード盤の溝からこれら文字や映像を解読できるはずなのである。ボイジャーよ、今頃お前はどこを飛んでいる。お友だちになった宇宙人たちによろしくね。

 スタジオクラスター青木岳志さんの奥様、ヒロコママ情報である。俳句専門誌「俳句と四季」の編集後記でエム ナマエカレンダーの俳句が紹介されていたというのだ。この編集長と青木岳志さんが旧友同士で、毎年エム ナマエのカレンダーをプレゼントしているそうなのだ。又聞きだから正確ではないんだけれど、紹介されたのは今年のカレンダーの以下の17文字であるらしい。
▲ 元気かね俺も元気と蝉が啼く
 まぁね。俳句の専門家だったら、こんなつまらない発句はしませんよね。

 いつもより早く世田谷に戻れたせいか、赤堤通りの深夜のほうきばあさんを見かけなかった。このばあさん、信じられない時刻に箒だけを手にして赤堤通りを徘徊している。集めたゴミをどうするのか、塵取りも持たずに徘徊しているのだ。思うにこのばあさん、実体はないのではなかろうか。つまり、赤堤通りの交通事故で亡くなったおばあさんが霊となり、安全運転を訴えるために、泣く子も黙る丑三つ時になると現れるのかもしれない、なんてくうだらない空想をしているのだが、見かけないとなると、成仏できたのかな、なんてもっとつまらないジョークが飛び出した。それにしてもばあさん、どうしたんだろうか。

▲ 徘徊は箒抱えて長き夜


◇ バーチャル『奥の細道』コース
おかげさまで大垣に到着しました。ついにここがゴールです。
長旅へのお付き合い、まことにありがとうございました。

現在の歩数、3,800,000歩。3周目の踏破です。わぁいわい!!!
次回より、「おまかせ四国八十八カ所コース」を歩き始めます。


0913・木・

 朝いちばん、午前9時過ぎにラビットからユーパックでキーボードが届く。助かった。これで文字入力ができる。日常のリズムも復活する。早速いただいたメールに返信する。気がかりになっていることが山ほどあるのだ。おかげで講演依頼が1本まとまった。

 早い午後、朝からやけにベタベタしているアルルを説得して透析に出かける。下に降りるとすぐ、コボちゃんが自転車で駆け付ける。勤務の休憩時間を利用してボクを透析室に送りこむのだ。

 今日はラジオの相撲中継に耳を傾けるつもりが、いつもと違うベッドなので電波が弱く、雑音ばかりで眠くなってしまった。残念。せっかくの稀勢の里の頑張りも聞き逃してしまった。

▲ 特盛の牛丼抱えいわし雲


0914・金・

 キーボードが復活してこれまで打ち込めなかった箇所への書き込みを開始する。ICボイスレコーダーの内容を文字化するのである。この作業であっという間に今日が過ぎていく。夏が失われ、秋が深まっていく。もう蝉の声も聞こえない。

 アベちゃんはシゲルちゃんに討論会やろうよと迫られると外交に逃げるけど、アベちゃんの外交って、ただ相手に屈服するだけ。トランプに武器を買えといわれれば言い値で購入し、プーチンに四島返還なしで平和条約締結しようといえば、その場で反論することもできない。つまりお坊ちゃまのイエスマン。決して外交と褒められるようなことはしてないのである。

 夜、25年前のラム酒を水割りにして飲んだらまだ大丈夫、香りもあったし旨かった。その昔、冷凍庫にラム酒やズブロッカなどのアルコール濃度の高い酒を半凍結状態に保存しておいて、そのトロリとした口触りを楽しんでいたことがあったのを、その冷蔵庫を廃棄してしまい、その瓶をしまったままにして忘れていたのだ。それにしても、ああ旨い。ラム酒の材料って何だっけ。調べたら糖蜜であることが判明。つまりラム酒の原料は砂糖黍だったのだ。じゃ、テキーラは。テキーラは竜舌蘭。別名カクタスミルクといって、サボテンのしぼり汁から作られているのです。ゃ、ウォトカは。ウォトカは大麦、ライ麦。つまり、糖分さえあれば何でもお酒になるのです。もしも糖分が足りなければ口の中で咀嚼して、無理矢理に糖分を作り出して発酵させる。それをくちかみ酒というらしいのです。

▲ 立ち止まり蝉の声を捜してる


0915・土・老人の日・

 1973年というとボクが最初の結婚をする年のことだが、その年の今日、国鉄中央線の電車内に高齢者や障害者のための優先席、シルバーシートが登場した。自分にはぜんぜん関係ない話、とばかり思っていたが、最近ではシルバーシートだけでなく、普通の席でも譲られる立場になって、時の流れを感じています。若い頃は自分が年寄りになるなんて想像もつかなかったし、まさかその自分が失明して、人工透析を必要とする慢性腎不全患者の第一級だぶる障害者になるなんて、想像の外にあったのです。まさか、子どもの頃から、ボクには病気の種が加速度的に成長しつつあったのです。人間、小さい頃から正しい教養を身につけることが大切。これだけは失うものがなければわからないものなのかもしれません。もしも医者が不勉強なら、それ以上の教養を身につけて、自分の身は自分で守らなければならないのです。

 土用の午後はTBSラジオ、久米宏の「ラジオなんですけど」を聴きながらランチをすることになっている。本日のテーマは「やめて欲しくない人、今すぐやめていただきたい人」特集。やめと欲しくない人の代表格は天皇皇后両陛下。そしてもちろん、書かなくてもおわかりになるだろうが、今すぐやめていただきたい人の代表は安倍晋三。圧倒的に安倍晋三。ほとんどが安倍晋三。笑ってしまうほどに安倍晋三。その他にはオリンピックの牽引役としての森さん。この人、音読みすると蜃気楼。決して誰とはいいません。

 さて、この土曜日は何となくセブンイレブンのスパゲッティーミートソースが食べたくなって、昨夜の透析からの帰り道、世田谷線松原駅前のセブンイレブンに立ち寄って、コボちゃんに買ってきてもらったのだ。で、まずはご先祖様に食べていただき、その御下がりを食べていたら、何となく物足りない。ラジオに気を取られるせいもあって、ミートソースの味にどうしても不足を感じてしまうのだ。何かが足りないのだ。単調な味に飽きてしまい、どうしてもアクセントが必要になってきたのだ。スパゲッティーと仲良くできる香辛料といえば、辛子でも山葵でもなく、唐辛子。そこで懐かしく思い出したのが小さな赤い瓶に入ったケチャップ色した香辛料。強烈なる香辛料。あれをケチャップと間違えてスパゲッティーナポリタンに大漁投与して食べられなくした地方出身者がいたそうだけど、無理もないことで笑えない。昔はどこの喫茶店でもスパゲッティーを注文すれば、粉チーズとカップルで出てきたやつ。あれ、なんていったっけ。なかなか思い出せない。で、苦し紛れにググってしまう。はい、わかりました。タバスコでした。唐辛子だからペッパーのPの文字が名前のどこかにあると想い、それをヒントに思い出そうとしていたのが、そもそもの間違いだったのだ。タバスコという固有名詞、地名由来だから、唐辛子とは関係ないのです。ただ、タバスコ唐辛子というのはあるらしいので、唐辛子由来といえないこともない。いずれにせよ、タバスコは確かに地名なのです。くだらない話題で、どうもすいません。ぜんぜん落ちはありません。

 キーボードが復活したので中断していたブログ原稿に集中してしまい、あっという間に今日も1日が過ぎようとしている。番組が始まる21時45分、ピタリとキーボードから指を放す。土曜日の夜の楽しみはNHKラジオ第2の「朗読の時間」の再放送。15分間を5日分、一気に放送してくれて、まとめて楽しめるのです。今夜は押切英希さん朗読の『草枕』。夏目漱石の『草枕』。押切さんならではの『草枕』世界を期待して傾聴するのです。そして万歳。今夜はその最も好きな場面。主人公の夏目漱石らしき人物が温泉で裸のヒロイン、お那美さんと対面する場面。このお風呂場、熊本のモデルとなった温泉地の宿まで訪れて、その客室や浴室を見学させてもらったのだけど、押切さんの朗読は、また別のイメージでその場面を見せてくれたのです。それぞれの語り手がそれぞれの草枕ドリームランドを展開してくれて、どれだけでも同じ小説で楽しむことができるのです。好きな小説が見つかったら、繰り返し鑑賞することをお勧めいたします。

▲ 秋の蚊は服の隙間を見つけます


0916・日・

 樹木希林さんの訃報が届く。75歳だった。意外にお若かったとの声が聞こえてきたが、彼女は老け役で有名になった影響で実年齢よりも老けて見られていたのだ。実際にお会いした樹木希林さんは実年齢の通り、ボクよりもほんのお姉さん、という印象だった。2016年4月の無言館成人式ではジョンレノンつながりで親しくお話をさせていただき、堅い握手をさせてもらった。全身癌を公表されていたけれど、こんなに早く旅立たれるとは惜しい気がする。オリジナルな発想で個性的な発言をなさってはいるけれど、相手の気持ちを第一に考える優しいお人柄だった。心よりご冥福をお祈りする。以下は2016年4月29日の無言館成人式のホームページ記事の抜粋である。

 晴れてはくれたが寒かった。癌より喘息がこわいとおっしゃる樹木希林さん。命の危機を乗り越えての三人が並んでいる。窪島誠一郎館主はクリスマスイヴにくも膜下出血で倒れたばかり。樹木希林さんは全身癌とカミングアウト。そしてエム ナマエは病気のデパート。満身創痍の大人たちが新成人を祝います。
 樹木希林さんは芸能人らしくなく、国家を信用するなと、きっちり国家批判をされていました。これは事務所にコントロールされていないお立場だからこそできること。ジョンレノンとオノヨーコのことで個人的にもお話ができて、なかなかの人物という印象でした。テレビではお婆さん役ばかりで作っていますが、実物は若くてお美しい。とコボちゃんがいってました。

▲ 走り去る麒麟の背中秋の暮れ


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース
ありがとうございます。おかげさまで2番、極楽寺、
3番 金泉寺を仮想参拝、通過しました。
次は4番 大日寺です。あと8,737歩です.
現在の歩数、12,063歩。三度目の徘徊です。


2018年9月3日~9日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0903・月・下弦・

 台風21号が勢力を維持したまま日本列島にやってくる。猛烈な勢いで周囲の大気を吸いこみながらボクらの暮しに襲いかかろうとしている。今年は台風の当たり年。という表現はもう時代錯誤になりつつある。これからは猛暑と台風の夏が当たり前になっていくのだ。つまり、地球温暖化なのだ。人類の文明作用により、二酸化炭素が急増し、その温室効果により地球の平均気温が上昇すれば地球はその恒常性で上がった分を海水が吸収して海水温が上昇する。そうなれば水蒸気が舞い上がり、上昇気流が発生して、それらは地球自転のエネルギー、コリオリの力によって回転を与えられ、上昇気流の渦巻きへと進化する。上昇気流、これ即ち低気圧。渦巻きこれ即ち台風。というわけで台風が大量生産されるようになるのである。北半球では時計回り。南半球ではその逆回り。北極側であれ、南極側であれ、熱帯低気圧はどんどん強大化する。たとえ呼び名が変わろうが、台風であれ、ハリケーンであれ、サイクロンであれ、とにかく熱帯低気圧の巨大化を地球温暖化途上にある人類は覚悟しなければならないのだ。もう、想定外なんていってられないのだ。堤防を強化し、建物を強化し、インフラを強化していかなければ、巨大台風時代の日本は生き残っていけないのである。で、この日本、本当にアベちゃんで大丈夫なのかなぁ。

 毎月、サピエ図書館のおかげで朝日新聞天声人語をまとめて読むことができている。朝日新聞をとっていなくても読むことができている。すいません。週刊朝日、週刊文春、週刊新潮も読むことができている。申し訳ない。視覚障碍者の特権を利用して、ロハで読ませていただいているのだ。おかげでこのテレビのない暮らしでも、何とか時代遅れにならずに済んでいる。いや、もしかしたらテレビの映像毒にさらされるよりは週刊誌の言葉毒の方が安全で思考力の刺激にもなるのかもしれない。映像の毒はどんどんエスカレートするけれど、言葉の毒には考える力が抵抗力となり、認識の地平線で毒は無力化されてしまい、知識と見識へと結晶化する。そうなんだよね。人間は言葉で考える生き物なんだよね。

▲ 蜻蛉たち嵐の夜はどこへいく


0904・火・

 1979年、昭和54年の今日、1972年に日中国交正常化を記念して中国から贈られて人気者になっていた上野動物園のメスのジャイアントパンダ、ランランが死亡した。その数年後、ボクは上野の国立科学博物館で剥製となったランランが、やはり剥製となった忠犬ハチ公と仲良く並んでいるのを目撃している。あれからずいぶん年月も経過して、カンカンも死んじゃった。次の世代のジャイアントパンダたちも死んだら剥製になって、あの展示室に並べられたのだろうか。白と黒の愛らしい姿のジャイアントパンダだけど、剥製はヌイグルミほどには愛らしくなかったような気がしてる。

 台風の影響の強い風の中、アルルはコボちゃんに連れられ、採血のため動物病院へ向かっている。アルルの体力が抗癌剤投与に耐えられるかどうか、先生に診てもらわなくてはならないのだ。もしも点滴が可能なら、アルルはそれから北軽井沢で静養する。不思議なことだが、北軽井沢のアルルは一切咳をしない。ここ世田谷では思い出したように苦しげな咳をすることがあっても、山の空気の中では完全に咳が止まるのである。ボクらは感じることがなくても、都会の空気はそれだけ汚染されているのである。そして抵抗力のない子どもたちや動物たちが真っ先にその被害者となるのである。

 西の彼方で台風21号が猛威を振るう気配を感じつつ、宮崎県産の団栗豚のしゃぶしゃぶでコボちゃんと酒を酌み交わす。アルルが抗癌剤の連続投与にも関わらず、元気でいてくれるのが嬉しい。ワンちゃんによっては副作用で抗癌剤投与をあきらめなくてはならないこともあるのに、幸いなことにアルルは元気でいてくれるのだ。肺癌摘出手術のとき、友人知人の皆様に手術成功への祈りを送ってくださいとお願いしたのが、その念波(ねんぱ)が継続して届いているとしか思えない。感謝しつつ、酒を酌み交わしているのである。

▲ 感謝して夫婦ふたりの秋祭り


◇ バーチャル『奥の細道』コース

ありがとうございます。
色の浜に到着、通過しました。
次は大垣。
あと、31,923歩です。

現在の歩数、3,768,077歩。
三度目の徘徊です。


0905・水・

 コボちゃんがしきりにアルルをなだめているので目が覚めた。雷が鳴っているらしいのだ。で、ラジオをつけたら地震のニュースまでやっている。茨城県で震度4。東京でも揺れたらしく、千代田区で震度2だったという。台風に雷に地震。実にご丁寧なことである。
 大阪では珍しいほどの強風で、関西空港がひどいことになっている。航空機の燃料タンカーが、アンカーを投じたにも関わらず、暴風で流されて空港への唯一の連絡通路の橋を破壊してしまい、数千人の旅行客が空港島に閉じ込められているという。市内では屋根瓦が飛んできたり、教会の屋根の十字架が落ちてひしゃげていたり、太陽光パネルが落ちていたりで相当にヒドイことになっているらしい。予想した通り、熱帯低気圧はますます凶暴化しているのである。

 苦労していた月刊ラジオ深夜便「しじまのおもちゃ箱」12月号の天文博物館をテーマにした「都会の星空」の原稿をやっとこさ仕上げて編集部に送信できて、とっても気分がよかったので、透析室ではコボちゃんにリクエストしてオリジンのカツカレーライスを買ってきてもらう。するとそれを受け取った看護師さんが笑いながらコボちゃんからの伝言を伝える。スパイシーカツカレーが復活したというのだ。このカツカレー、ここしばらくは寝惚けたようなお子様向けカレーソースになっていて、せっかくの揚げ立てホヤホヤのトンカツまで付き合わされて寝惚けた味になってしまっていたのである。濃厚トンカツには劇辛カレー。そうでなくっちゃオリジンのカツカレーライスとはいえません。安倍晋三の3千円カツカレーに負けないためにも、オリジンはどこまでもスパイシーカツカレーにこだわらなくてはならないのだ。劇辛復活、嬉しいな。てなことを考えていたら、ペヤングがウルトラ劇辛焼きそばを販売したというニュースが聞えてきた。この焼きそば、辛いというよりは痛いという。やだね。痛い焼きそばなんか、誰が食うもんか。

 いよいよ秋である。透析室からの帰り道がかなり涼しくなっている。ボクとコボちゃんとアルル。秋の虫のバイオリンに送られながらの家路は足取りも軽くなる。

▲ 秋虫を雇今夜は演奏会


0906・木・

 驚いた。未明3時8分に北海道で大地震である。あとで震度7に修正されるが、最初の発表でも震度6強の激震であった。大阪で猛威を振るった台風が北海道まで上がっていき、やっと温帯低気圧になって安堵した途端の激震である。2005年にボクの両脚を切断から救ってくれた旭川医大付属病院のある、あのボクが背を向けて眠ることのできない、恩ある北の大地が激しく揺すぶられたのである。そしてボクには北海道に長年の親友が暮らしている。北海道の木彫り職人、荒井秀(あらいしゅう)君である。午後になるのを待ち切れず、ケータイ電話回線の混雑も省みず、自制心を振り払って彼のお見せ、カフェギャラりー杢&木彫工房SYUに電話してしまう。やはり心配した通り、電気が止まっているという。北海道全域がブラックアウトしているのだ。けれども水道が大丈夫でプロパンガスだから、喫茶店は開業可能。そこで手回しでコーヒー豆を挽いてコーヒーを立てているという。さすがシュー君。その底抜けの明るさが彼の真骨頂なのである。とはいえこの時代、電気のない暮らしは考えられない。ここしばらくは北海道関連のニュースから耳が放せないのである。

 昼間、コボちゃんが勤務先の休憩時間を利用してアルルをなみき動物クリニックに連れていく。抗癌剤の点滴のためである。そしてアルルはそのまま預けられ、次の休憩時間で駆けつけるコボちゃんの迎えをひたすら待っている。アルルは従順なのだ。日本動物高度医療センターの高木先生にも、リードで導かれれば素直についていくし、なみき動物クリニックでは採血や点滴のため、針を刺されてもいつも静かにできるという。けれど、後ろ足の先だけは、ちょっと震えているのがいじらしい。アルルだって、治療は決して好きではないのだ。
 午後2時、アルルが戻ってきた。まず、コボちゃんが玄関を開いてアルルを迎えてあげてくれとボクに呼び掛けてから、階段を降りていく。もうコボちゃんの休憩時間が切れてしまうのだ。そしてボクは玄関を開いて廊下に顔を出し、ひとり上がってくる健気なアルルを待ち受ける。けれども、気配はあるけど上がってこない。ただ、呼吸音だけが聞こえてくる。まさか。ボクは慌てて靴を履き、階段を駆け下りる。見えない目だから、駆け下りたつもりでも、のろたら歩いて降りていく。すると、アルルがいない。どこにもいない。まさか。ボクがアルルに呼びかけると、道路の向こうから声がする。
「このワンちゃん、熱中症ではないですか。動けなくなっていたから、そこの動物病院の介護士さんを呼んできましたよ」
「いや、違うんです。そこの動物病院じゃなくて、違う動物病院で抗癌剤投与をしてきたばかりなんです。階段が上がれなくて、家内を追いかけていったんだと思います」
「じゃ、これから階段を上がるのですね」
「そうなんです。でも、ボクは盲目なんです。その子、落第盲導犬なんです」
 と、ここまでやりとりしたら動物病院の看護師さんが現れて、アルルをかついで階段を上げてくださったのだ。別の動物病院の患者なのに、アルルを介護してくださったのだ。
 助かった。世の中には親切な人たちがいる。見て見ぬふりができない真心の人たちがいる。心からお礼を申し上げてアルルを部屋に引き入れた。
 いつもだったら必ずひとり、階段を上がってくるのだが、アルルにとっても抗癌剤はヘビーなのだろう。こういうとき、本当に自分の無力が情けない。そして人の情けが身に染みる。それからのアルルは冷房の中で死んだように眠っていて心配だったが、コボちゃんが帰宅するまでには元気になってくれてボクらは助けられた。きっとアルルは神様に守られているのだろう。というか、ボクたち家族はみんなに守られているのだと、改めて思うのである。

▲ 北の土地電気の止まった秋の夜


0907・金・

 朝になったらアルルはすっかり元気になっている。それでも充分な体力回復を待って今日は午後の出発である。いつもと違う時間帯だから道路も混雑していて、いつもの北軽井沢が少しばかり遠いような気がする。そこで気掛かりな北海道のシュー君と非日常についての長電話をする。男同士だから、こういうときでないと長電話なんかしないのである。
 嬉しいことにこの朝、カフェギャラリーの電気は復活していた。シュー君が目覚めたら、電気がきていて、テレビが何か映し出していたという。それを見て初めて北海道がひどいことになっているのを知ったらしいのだ。それからのシュー君の話が実に彼らしくて興味深い。北海道全域の電気がブラックアウトして、交通信号の停止した北海道史上希に見る停電状態の世の中をドライブして非日常を満喫したというのだ。暗黒世界で煌々と明かりを点す会社はヤンマーディーゼル。自家発電装置は得意中の得意なのだ。湖を明るく照らしながら移動するのは花火見物のための観光船。そんな夜に花火大会をやったら、どんなに素敵だろうと思うけど、花火大会なんかやってなかったはず。なのにわざわざ船を走らせるのは単なる自己顕示欲か。クルマを降りて見上げれば、満天の星空の地平線から地平線まで星空の背骨のようにくっきりと天空を天の川が渡っていたという。今回の地震のしばらく前のこと、プラネタリウムの解説員をしている友人が天体望遠鏡を運んできて、シュー君に本物の土星の輪や木星のガリレオ衛星を見せてくれたことがあるという。イオ、カリスト、ガニメデ、エウロパが、もしもこの夜だったら、もっとクリアに見えたのかもしれない。どんな事態であれ、北の大地の暮らしを満喫するシュー君の生き方をボクは本当に羨ましいと思う。

 高速道路を降りて中軽井沢を過ぎれば、あたりは芒野原だとコボちゃんはいう。どの程度の芒野原かはわからないけど、あたりに秋の気配が忍び寄っていることに間違いはない。森林地帯を走ればうっすらと枯葉の香りがして、森の抗菌作用物質、ポリフェノールの勢いは失われ、もう森林浴に期待はできそうもない。

 夜になれば北軽井沢スタジオでアルルの健康に乾杯し、明日からの2019年度カレンダー完成に向けての前祝。ツルヤスーパーで求めた新鮮な枝豆を茹で上げてビールで乾杯し、ビンチョウマグロの刺身で、これまたツルヤスーパーオリジナルの長野特産の大吟醸でほろ酔い気分。やる気充分である。

▲ ほろ酔いは長野吟醸芒の穂


0908・土・白露・

 1977年の今日、日本最初の静止気象衛星ひまわり1号から最初の画像が送られてきた。台風9号の雲が写し出されていた。宇宙大好き人間だったボクにこの映像の記憶がないのが不思議だったが、記憶をひっくり返してみたら、当時のボクは生まれて初めてのケニア旅行中で、寺村輝夫先生や東君平さんとマサイマラあたりのロッジのプールサイドでプラスティック製の携帯麻雀で卓を囲んでいたのかもしれない。

 目覚めるとアマガエルたちが鳴いている。ここにきたばかりの頃はこの声をアヒルや鴨だと思ってやかましく感じていたけど、アマガエルと思って耳を傾けると、しきりに鳴いてるのが愛しく思えてくるから不思議である。でも、あの子たち、もちろん男の子たちだけど、あの子たちは天然のアメダスで、きっと今日は雨になるのだろうね。そう思いながらコボちゃんの運転で山のハイウェイを山の透析室に向かうのである。

 アベちゃんのプッシュ型支援って何なのよ。そう思っていたら、どうやら相手の事情も構わず政府の都合で物資や人員を送り付けることらしいことがわかってきた。それにしてもこの人、どうして普通に物が言えないのだろう。ただの支援とか援助とかいえばいいじゃん。アンタのすること、何でも特別といいたいのだろうけど、ちゃんとした大人たちは、アンタが特別に頭が悪いのではないかと心配してるのだ。我らが首相がただ嘘つきというだけでなく、限りなく姑息なのだと見破っているのだ。ウソツキしんちゃんの水害対応や震災対応が頼りなくて本当に大丈夫なのだろうかとハラハラドキドキ、不安でたまらないのだ。この人が日本のトップで、本当にいいのだろうか。ここは誰でもいい、石破茂さんでもいいから、とにかく頑張ってウソツキしんちゃんをトップから引き摺り下ろしてもらいたいのだ。

 透析中は黒沢明の「七人の侍」の全編と後編を鑑賞する。おかげで気がついたら透析が終わろうとしている。ここのところ、透析というと「椿三十郎」とか「用心棒」とか、黒沢作品の時代劇映画の音声映画を立て続けに鑑賞している。面白くて、透析の時間がとても短くなるのである。

 アルルを後部座席に乗せての帰り道、コボちゃんが声を上げる。
「わぁ、可愛い。イノシシの親子連れ。ひいふうみいよう、七匹も歩いてる。ねぇねぇアルル、見たわよね」
 親子イノシシが七匹、道路を横断していったのである。コボちゃんの説明によると、まず草むらからお母さんイノシシが顔を出して左右確認。それから振り向いて子どもたちに命令すると、六匹の子どもイノシシたちが正しく一列になって、トコトコトコとついていったというのだ。色は黒。みんな黒。子どもイノシシたちも既にウリボウではなくなっていた。これまでもイノシシを目撃することはあっても、七匹の親子連れは珍しい。イノシシだって子育ては大変なのだ。もちろんコボちゃんはイノシシを確認すると同時にアウトバックの速度を落とす。このあたりの道路は、様々な生き物たちが横断していく。三本脚のキツネもいたし、親子連れの雉を目撃したこともある。猫よりも細くて小さい生き物はおそらくイタチで、そのイタチなら毎回のようにクルマの前を渡っていく。気のせいかもしれないけど、野生の生き物たちは、どうしてクルマの直前を渡っていくのだろう。いや、直前を渡るしかないくらい道路がクルマで満ちているということなのか。野山を走るとき、交通事故を心配する以上に、コボちゃんは野生動物に気遣いしてハンドルを握るのである。それにしても来年はイノシシの年。エム ナマエのカレンダーも1月はイノシシ親子の絵で始まるのである。頑張れ、山のイノシシたち。

 アマガエルが鳴くはずである。夜から雨が降ってきた。そう思いながらパソコンを立ち上げると正しい文字入力ができなくなっている。キーボードの一部のキーが誤作動をしているのだ。これが六点式の悲しいところ。6個のキーだけを集中的に使用するので消耗が著しいのである。と、故障の理由を説明しても仕方がない。今は週末。月曜日になったらラビットに電話して新しい外付けキーボードを注文するしか他に解決の方法がないのである。それまでは入力お預け。手も足も出ないのです。

▲ 空きめいて猫すがりくる膝の上


0909・日・重陽の節句・救急の日・

 パソコンが使えないので意気消沈。9時まで朝寝坊をしてしまう。喜んだのが猫のミミコ。ボクが起き出すまで子泣きジジイのようにしがみついていたのである。

 午後になると軽井沢を舞台に夢の実現に奔走する人物の来訪がある。この人、とても興味深い。じっくりと話し合うのは今日が初めてだけど、もしかしたら面白いことになるかもしれないので、これから丁寧に報告できればと思います。で、その人物と打ち合わせをしたり、目の前でリクエストの通りに絵をかいたり、カッちゃんの店から天ザルを注文してランチをしたり、たちまち夕方になってしまった。彼を送り出すと大相撲秋場所の中継も終わっている。あああ、稀勢の里はどうなるのだろうか。心配だなぁ。

▲ 猫抱いてそろそろ夜が長くなる



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