全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
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2017年5月29日~6月4日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0529・月・

 大変だ。上方落語の重鎮、あの米朝事務所のキーパーソン、桂ざこば師匠が倒れるというニュースが飛び込んできた。脳梗塞であるという。大丈夫だろうか。速やかに対処したということで、命に別状はないらしいのだが、復帰してからの語りに支障は出ないのだろうかと、心配でたまらない。実はボク、大ファンなのである。いちばん拝聴したい上方落語化が桂ざこばなのである。その昔、日本テレビのウィークエンダーでレポーターをやっていた頃から注目していたのである。テレビの人気者から落語家一本で勝負するようになってからはますます注目しているのである。ざこばの落語は人間国宝、あの米朝師匠のお弟子さんとは思えないほどの型破りでユニークなもの。常に落語の壁に挑戦している。だから不思議な笑いの世界へとボクたちをいざなってくれる。上方の落語家は努力家が多い。人気に溺れず、芸の精進を忘れない。芸の進歩のため、毎日の努力を惜しまない。だから期待を裏切ることもない。とボクは思っている。当初は大阪弁に馴染めず、苦手だった上方落語だが、有線放送の落語チャンネルで無数の上方落語を耳にしているうちにその面白さが理解できるようになっていた。ことに最初は難解と感じていた桂枝雀(しじゃく)師匠の爆笑落語にずぶずぶと、まるで底なし沼に引きずり込まれるようにはまってしまった。座席が確保できる限り、東京の落語会に出かけていった。そのお弟子、南光師匠の高座も拝聴した。枝雀師匠が亡くなったとき、ボクは涙を流して泣いた。そのことをボクは談志師匠にも打ち明けている。本当に悲しかったのだ。人間国宝、桂米朝師匠が亡くなってからは米朝事務所の大黒柱はざこば師匠の肩にかかっている。米朝事務所であとひとり、ざこばの高座を経験すれば、ボクは満足できるはず。自分勝手のようではあるが、ざこば師匠の完全なる復活を心よりお祈りし、ボクを満足させてくれることを期待しているのである。

 朝からまたまたのミサイル騒ぎである。それだから安倍晋三、嬉しくてたまらない。金正恩、次々に打ち上げて3週間連続、これで12発目だとか。不思議なのは森友学園問題とか加計学園問題とかで安倍政権の旗色が悪くなると必ず、金正恩がミサイルをぐち上げることだ。前からいってることだけど、もしかして安倍晋三と金正恩、お友だちじゃなかろうか。お友だちどころではなく、無二の親友かもしれない。夜な夜な長距離電話して、どんな独裁国家を築こうかなんて、未来の夢を語り合っているかもしれないのである。だってタイミングがよ過ぎるもん。

 噂の前文科省事務次官、あの前川喜平氏が夕方のTBSラジオ、デイキャッチに出演して様々な質問に解答した。公明正大で実にまともな人物であるという印象。身分を伏せて夜間中学やフリースクールでボランティアをするほどの教育熱心な人物、さすが文科省事務次官経験者である。出会い系の店に出入りしていたのは貧困調査のためだった、というのはただの言い訳でなく、本当のことだったことが充分に伝わってくる。この人物を悪者呼ばわりする政権や新聞社の方がよっぽど胡散臭いような気がしてならない。おそらく、番組でインタビューしていたジャーナリスト青木理(あおきおさむ)氏も同じ感触を抱いたのではなかろうか。そしてこの番組リスナー全体が前川喜平氏の応援団になっていくことも間違いないだろう。ぜひ国会で証言して、正しい国のあり方のため、現政権と闘っていただきたい。

 カープに勝てないジャイアンツが話題になっている。これまでの対戦でカープの8勝1敗。赤いヘルメット、広島の鯉軍団は読売巨人軍にまだ一度しか負けてないのだ。ということで、今年もまた優勝していただきたい。

▲ 国会でしかとしっかりしかとする

0530・火・

 今日は5月30日でゴミゼロの日。今日から6月5日までの1週間、ゴミ減量リサイクル推進週間とされているらしい。そういうことでボクのところにもリサイクル会社から電話があったのかしら。ま、さっきの電話はリサイクルはリサイクルでもゴミのリサイクルではなく、お宅にあるものでリサイクルできるような品物はありますか、というリサイクル。問われてみた瞬間、心に浮かんだことはリサイクルに値するようなグランド品が我が家には見当たらないこと。世間でいうブランド品が見当たらないこと。これまでの人生で愛した数少ないブランド品といえば、バーバリーとグッチ。筆記用具だとモンブラン。あとは何でもいい。店で勧められたもの、目についたものをホイホイ買ってしまう。だから電気製品なんかやたらソニーが多かったりする。という訳でリサイクル会社に喜んでいただけるような品物は皆目見当たらなかったのである。ま、いちばんリサイクルしてもらいたいのがこの自分なんだけどね。と、そうお答して電話を切りました。

 1972年の今日、日本赤軍の三人組がイスラエルのテルアビブ国際空港を襲撃。マシンガンを乱射し、24人を殺害、76人を負傷させた。実行犯のふたりは手榴弾で自爆、もうひとりの岡本公三(こうぞう)は逮捕された。そしてこの事件の影響でボクはひどい目に合うのである。その事件当時はまったく予定していなかったのだが、その夏、ボクは3か月のヨーロッパ放浪の旅に出たのである。鉄道旅行のその途中、ボクはひとりの旅連れを獲得するのだが、その男の名前が岡本こうぞう。要するに岡本もこうぞうも日本人には珍しくない名前なのだが、当時のヨーロッパ人には強烈な名前で、ボクの旅連れは税関にパスポートを見られる度に尋問され、すったもんだで汗をかきかき、自分は赤軍派とは何の関係もないことを弁明する。そういうことが連続して、この岡本という男、いい男だったんだけど、旅の途中で別れました。その後のボクはオリンピックの終わった直後のミュンヘンにもいくのだが、ここでも黒井九月によるテロ事件が発生する。この年は激動の年だったのだ。でもテロルに満ちている今のヨーロッパから考えればはるかに平和だったんだけどもね。

 暑い。だからセブンイレブンの冷やし中華が食べたくなる。アナウンサーの遠藤泰子さんがTBSラジオで宣伝しているセブンイレブンの冷やし中華が食べたくなる。セブンイレブンの最大公約数的おいしさは実に魔力的。ボクも見事にその罠につかまっているのだ。ああ、食べたいな。

 午後、アリーナドッグスクールのボス、訓練士のカンちゃんにお悔やみの電話をする。カンちゃんは神田豊茂さん。元盲導犬訓練士である。そしてカンちゃんが最初に手掛けた盲導犬がボクの盲導犬、アリーナだったのだ。それ以来、ボクとカンちゃんは強い絆で結ばれている。盲導犬アリーナが現役だった頃、カンちゃんは二代目アリーナと暮らし始めた。ボクが初代アリーナと恵比寿ガーデンプレイスでサイン会をしているとき、カンちゃんは二代目アリーナと突如として現れた。当時の初代アリーナは既に盲導犬を引退していて白いハーネスを装着してはいなかった。けれどもガーデンプレイスはそのアリーナを現役の盲導犬として扱い、入場を許可してくれていたのである。おそらく会場係りはカンちゃんの二代目アリーナも同様に考えてくれたのだろう。初代も二代目もアリーナはイエローラブラドールレトリバー。その初代アリーナそっくりのまだ幼い二代目アリーナは嬉々としてサイン会場へ飛び込み、そしてサイン会のテーブル越しに初代と面会、お互いを承認し合ったのである。初代アリーナが天に召されたのはその翌年、2004年の秋だった。そして今年、二代目アリーナが同じ14歳で虹の橋を渡ることになったのである。
 昨夜のことである。透析が終わってケータイをチェックすると留守電にメッセージが残されていることに気がついた。カンちゃんからだった。こんな時刻に何だろう。そして悲しみ。前日の日曜日、28日午後10時50分、カンちゃんのアリーナ2世が死んでしまったのだ。悪性リンパ腫だったという。発症から1か月で力尽きたという。アルルと仲良くしてくれたアリーナ、初代アリーナを思い起こさせてくれたアリーナ、ありがとう。虹の橋を渡ったら、ボクのアリーナと仲良く遊んでもらいたい。

▲ 真夏日になれば目につく冷やしそば

0531・水・世界禁煙デイ・

 イエローチョーク大作戦って聞いたことがありますか。イエローストーンではありません。黒板にコツコツと書いていく、あの白墨の黄色いやつのことです。そのイエローチョークを使った大作戦のことなのです。京都は宇治市のイエローチョーク大作戦をレポートしてくれたのはTBSラジオデイキャッチの時事芸人、プチ鹿島さん。プチ鹿島さんはお上品な芸人さんだからウンチを落し物と表現するんだけど、その迷惑物質、犬の落し物の周囲を黄色いチョークの線で囲み、そこに日付と時刻を書き込んでおくと、たちまち犬の落し物の不始末が激減したというレポートなのです。これ、最初は市の役人が朝夕の帰り道、ボランティアで始めたこと。あまりの効果に驚き、今は市民が引き継いで続けているとのことです。これで街から犬糞(けんふん)が消えてくれるなら安上がりでありがたい。スペインのマドリッドでは犬の糞が落ちていると、その横に空気でふくらます巨大なウンチの模型を置いておくらしい。そのウンチの模型の大きさ、なんと人の背の高さの2倍。ちょっと見たところ、家ほどもあるという。なんつうか、このセンス、よくわかんない。とてもラテン系のセンスとも思えないし、そもそもウンチの巨大おもちゃにどれだけ金がかかったのか、そればっかりが気になって仕方がないのです。

 何でもかんでも否定する安倍政権。嘘つきで駄々っ子の安倍政権。もうどうにもなりません。数の論理で押し通すのなら、数の論理が強行できないようにして差し上げるだけ。さあ、日本国民よ立ち上がれ。日本が民主国家であることを現実の形で安倍政権にお示しして差し上げようではありませんか。このままじゃ私たちの国はあのキツネさんみたいに悪賢い安倍晋三の独裁国家になってしまうのです。中国や北朝鮮みたいに名ばかりの共和国や民主国家になってしまうのです。
 それにしても野党がだらしないとは誰もが思うこと。民進党よ、もっと正々堂々としろよと、どうして自民党に迫らないのかと水曜デイキャッチのコメンテイター、近藤勝重先生がおっしゃっていた。与党がのさばるのも野党の攻め方が幼稚で知恵がないからだとおっしゃていた。それにしても最近の新聞や放送局、加計学園問題について、どうして世論調査をしないのだろう。国民のどれだけが安倍政権を信用してないか、その具体的数字を示してくれないのだろう。まさか忖度なんかしてないよね。このまま総理大臣が平気で嘘をついていると、国民の間でも嘘が当たり前になってしまう。それを見た子どもたちの間でも嘘が当たり前になってしまう。嘘つきは泥棒の始まりというけれど、嘘が当たり前になった国はいったいどこへいくのだろうか。

▲ 午後の窓犬のあえぎが遠ざかる

◆ 6月・水無月・
0601・木・上弦・

 今日は気象記念日だそうです。1875年、明治8年の今日、東京で気象と地震の観測が開始されたのを記念して1942年に気象庁が制定したということです。するってえと、明治8年より前の気象や地震のデータはこのよに存在しないってえことですかい。調べるとしたら、古文書しか頼りにならないってえことですかい。そりゃまた寂しいことではありやせんか。
 さて、今日から六月、衣替え。美しい女性の真っ白なブラウス姿はまぶしいものです。そして今日から値上げのあれこれ。葉書が値上げ、ビールが値上げ、バターが値上げされてしまう。上がらないのはオイラのギャラだけ。さぁ、便乗値上げに気をつけよう。と、そういうことで毎月一日、恒例の全国日の出と日の入りの時刻です。札幌の日の出は3時58分、日の入りは19時7分。仙台の日の出は4時15分、日の入りは18時54分。東京の日の出は4時27分、日の入りは18時51分。大阪の日の出は4時46分、日の入りは19時6分。福岡の日の出は5時9分、日の入りは19時23分。

 外でいきなりすごい音。土砂降りが始まったのだ。予報通りとはいえ、ひどいじゃないか。今日がお休みのコボちゃんは午後から散歩がしたかったのに、これじゃどこへもいけやしない。ボクもガッカリ、アルルもガッカリ。豪徳寺、山下商店街の鳥武(とりたけ)の焼き鳥が食べたかったのに。経堂駅前ラーメン店、光陽楼の雲呑も上海焼きそばも食べたかったのに。仕方ない。このままキーボードを叩いていよう。雨の日は雨音がキーボードをパンチするリズムに拍子をつけてくれるから。

 小池都知事が自民党を離れるといっている。まだそんなことをいっている。遅いんじゃありませんか。築地にするのも豊洲にするのも、決めるのが遅いんじゃありませんか。この人、要するに何でもかんでも遅いのです。だから用心しちゃうんです。

 ラジオからはオタマジャクシの噂が聞こえてきた。子ども時代、さんざん遊んでもらったあのオタマジャクシたちの噂である。子ども時代を振り返るとき、真っ先に浮かび上がるのが高田馬場と内幸町1丁目の東電社宅からの風景である。高田馬場の社宅は戦災を切り抜けて生き残った古色蒼然とした木造住宅。雨が降れば雨漏りがしたし、地震がくれば今にも崩れそうに音をたてて動揺したし、台風がくればこれが最後だと震えながら夜を過ごしたオンボロ家屋である。そこから移り住んだ内幸町の社宅は鉄筋コンクリートの四階建て、関東大震災が一度にふたつやってきても大丈夫という堅牢な建物で、ベランダからは銀座から新橋までの風景が一望できた。高田馬場から引っ越してきてすぐの夏の夕方、まだできたてホヤホヤの東京タワーに落雷したときの夕闇を横切る巨大なギザギザ、美しい稲妻を昨日のことのように思い出す。で、オタマジャクシの話である。鉄筋コンクリート四階のベランダからの東京ど真ん中のネオンの風景はボクに都会の「いろは」を教えてくれたけど、古い社宅の縁側から広がる庭の池はボクにリアルな遊び場を提供し、命のいろいろを教えてくれた。その最大の功労者が池に生まれたオタマジャクシたちだった。命のはかなさ、命の貴さ、そして命の驚きを具体的に示してくれた。透明なゼリーに包まれた無数の黒い卵のひとつひとつが泳ぎ出し、やがて水面はオタマジャクシの佃煮状態になっていく。それら泳ぐ音譜たちに手足が生え揃い、たった5ミリのカエルとなって池から旅立つまでの命のドラマを見せてくれたのである。今、彼らが提供してくれたたくさんの命の犠牲をボクは忘れない。そしてまた、その池を作ってくれた父親の姿もときどきは思い出すのである。

▲ 水面の黒い卵が泳ぎ出す

0602・金・

 ロシアが北方領土を返さないといっている。もしも返せば日本は米軍に基地を許すだろう。そうなったらロシアの安全はどうなるのだ。そうプーチンはいっているのだ。なんだ、アベちゃん。最初から騙されていたんじゃないか。馬鹿だな、アベちゃん。

 TBSラジオ「デイキャッチ」放送中の5時過ぎ、気象予報士が現在の湿度が18パーセントだといっている。これは機械の誤作動ではなく、東京が乾いた高気圧に覆われた影響であるらしい。昨年の今日も同じ現象が現れて、これは梅雨入り前の特徴であるらしい。六月って梅雨でじめじめしているイメージがあるけど、今ごろがいちばん紫外線が強かったりするんだよね。からりと晴れればとても気持ちがいいんだよね。意外に観光シーズンなのです。

 トランプ大統領、各国首脳にやたら自分のケータイ番号を教えているらしい。喧嘩してるはずのメキシコ大統領にも教えているらしい。いいのかな。こういう人に自分の国の大切な秘密情報や核ミサイルの発射ボタンを委ねたりして。そろそろ大統領の椅子から寄ってたかって引き摺り下ろされるんじゃなかろうか。ただ、こういう馬鹿が頂点にいると、民主主義の恐ろしさが見えてくるので、馬鹿は馬鹿なりの役目を果たしているんだと気づかせてくれる。ま、この世に無駄なものはないのだと、お釈迦様もおっしゃっていたじゃありませんか。確かそういってたよね。

▲ 六月の梅雨にならない今こそを

0603・土・

 今朝もNHKマイ朝ラジオを聴いている。リスナーからの便りに耳を傾けている。5分間前に届いたメールだそうである。その奥さんのキッチンのガラス窓には夜になるとヤモちゃんたちが現れるという。ヤモリのことである。15センチを最大に3匹もやってくるという。そして明かりに集まってくる小さな蛾たちをパクリパクリと器用に食べるというのだ。きっと可愛いだろうな。ボクもヤモリが大好きです。あの小さな目がたまらないのです。それにお手手も可愛い。まるで赤ちゃんのもみじの手みたいじゃありませんか。よくぞあんな手でピッタリと壁やガラスにはりつけるもんだと思います。スパイダーマンのお手本みたいです。

 1991年の今日、雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生した。親友の、元TBSの下村健一が命からがらスタッフを引っ張って脱出したあの火砕流である。そのときの音声と映像はその後何度もテレビで紹介された。TBSだけでなく、いろんな局で紹介された、それほどショッキングな映像だったのだ。消防団員や報道関係者が巻き込まれ、死者行方不明者は43名を数えた。下村健一の瞬間の判断がなければTBSスタッフもその数の中に加えられていたのかもしれないのだ。命からがら脱出した彼はその直後、結婚する。命の危機が結婚を決意させたのである。

 沖縄は梅雨の真っ最中だけど、東京はいい天気。窓を全開にしておくと子どもたちの声が窓の下を右から左へと移動する。遊歩道の向かいからは赤ん坊の泣き声もする。気持ちのいい午後である。そしてTBSラジオでは又吉直樹が久米宏と話をしている。小学生時代、学芸会の「赤ずきんちゃん」が東京弁であることを不自然に感じ、それを大阪弁に書き直させてくれと頼み、上演したところ大変受けて、それがきっかけとなり、書くことが大好きになったという。サッカー少年がお笑い芸人に憧れ、やがて作家になっていくその不思議を久米宏が解いていく。巧みな聞き手が人生を浮かび上がらせる。素敵な30分間だった。

▲ ソーダ水子どもの声が走り去る

0604・日・

 1989年、平成元年の今日、中国北京で天安門事件が勃発した。人民を解放するはずの軍隊が実力行使で天安門広場に集まった民主化を求める人民や学生を鎮圧、多数の死傷者を発生させたのだ。その数は数知れず。けれども中国政府はその数を正しく伝えていない。共産党独裁がその本質を明らかにした瞬間、とボクは理解している。天安門広場を思うとき、ボクはその広大な広場の夕方、大きな鳥の形の凧を一心に上げていた老人の姿を思い出す。あの頃の中国は純粋な社会主義国家だった。中国はいつ、その本質を変貌させてしまったのだろうか。今は中国も嘘つきだし、トランプも嘘つき、そして安倍政権も嘘つきで、世界中が嘘つきだらけになっている。権力を手にすると、いかなる嘘をついてもかまわない。少なくともこれら三つの政権はそう想いこんでいるようだ。

 イギリスでまたまたテロが発生した。ロンドン橋でクルマが暴走。次々に人をはねた直後、クルマを飛び出した男たちがナイフでマーケットやレストランの人々を襲撃、次々に傷つけていった。ロンドンでクルマが歩道に乗り上げ、暴走したという大一報を聴いた瞬間、これはテロに違いないと直感した。このようなとき、ボクらはいったいどうしたらよいのだろう。国と国、人と人の連係をはかる。そういう言い方は簡単だけど、そうすればするほどテログループはいきり立つのではないだろうか。卑劣なテロに対してボクらはまったく無力であるような気がしてならない。ボクは初めてイギリスに渡ったとき、生まれて初めての被差別体験をした。白人至上主義の都市において、有色人種であるが故の差別を受けたのである。ボクは殺意というものを一度も感じたことがない。けれども差別に対する怒りは感じる。卑劣な行為だと思う。そしてその怒りがパーソナリティーによっては殺意に変わることを余寒する。もしかしてテロの行為者たちも、こうした経験を重ねてきたのではないだろうか。テロが卑劣であると同様、また差別も卑劣で理不尽な行為なのである。われわれは卑劣なテロを憎むだけでなく、その温床となり得る差別という行為も同時に憎む必要があるのだと思う。

 プロ野球、交流戦が面白い。いつもはパリーグばかりが勝利してるのに今日はセリーグが頑張った。セリーグで敗北したのは読売巨人軍だけだったのだ。巨人軍はこれで10連敗。こう負けが続くと猛烈なるアンチジャイアンツのボクも監督のタカハシ君が気の毒でならなくなる。今年こそと、うんとお金をかけて選手を補強したはずなのに、選び方がまずいのか、それとも使い方がまずいのか、よくわかんない。ま、そのあたりはフロントや監督とでよく話し合い、責任のなすり合いをやってください。

▲ カッコーと啼いてそのまま呼ばれけり



2017年5月22日~28日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0522・月・

 2002年の今日、身体障害者補助犬法が成立した。障害者が盲導犬、聴導犬、介助犬などを伴って交通機関や公共施設を利用できるようになたというんだけども、本当かなぁ。だったらいいんだけどね。ボクが盲導犬アリーナに導かれて街を歩くようになったのは1992年のことだった。けれど、ほぼ毎日が闘いだった。街に出るのがまるで喧嘩を売りに出るみたいで、いつも鼻の穴を膨らませ、肩を怒らせての臨戦態勢で歩いていた。この法律の成立過程においても、中部盲導犬協会の川西光所長に誘われ、アリーナとオブザーバーとして参加している。盲導犬が盲人の暮らしを助けるはずが、その盲導犬と行動することによって飲食店に拒否され、空腹を抱えて街をうろつくことなど、数え切れないほど経験していたからだ。盲人の暮らしをサポートするはずの盲導犬の活動を阻害しているのは街の無理解と差別だ。臭い物に(くさいものに)蓋。そう。盲人は他の客にとって単なる臭(くさい)い物に過ぎないのである。ボクとコボちゃんと、そしてアリーナと歩いた12年間で街の盲導犬環境をかなりなレベルまで改善できたのはボクが全盲のイラストレーターという職業のせいかもしれない。マスコミにもずいぶん助けていただいた。美術館、動物園、博物館、首相官邸に赤坂プリンスホテル、クラシックにロックコンサート。ときに闘いながら、ときに歓迎されながら、ボクとコボちゃんはありとあらゆる場所と機会にアリーナを伴って参加したのである。そして盲導犬の優秀性を認めさせてきたのであった。それら闘いは無駄には終わらなかった。今でもそう信じている。

 NHKのマイ朝(まいあさ)ラジオでは熊本県菊池のリスナーからの、ホタルが乱舞しているという便りが紹介されていた。菊池は清らかな水の名所。その美しい土地が水害でやられ、ホタルが激減してから久しいが、その激減していたホタルたちが復活して今年は乱舞しているというレポートである。水害にやられ、去年は地震にやられた菊池だが、ホタルたちが戻ってきて本当によかったと思う。それにしてもホタルたち、羨ましい限りである。ただ光るだけで無条件に持ち上げられ、チヤホヤされるんだから。あの臭くて嫌われてるカメムシだって、どこかが光っていれば少しは大切にされたかもしれないし、ゴキブリだってツヤツヤしてるんじゃなく、ピカピカ光っていれば、蛍の光みたいに歌に歌ってもらえたかもしれないのだ。
 さて、今度はオトシブミの話題。別のリスナーからのお便りである。このオトシブミという昆虫、実に魅力的な生き物。母親が葉っぱに卵をを産み付け、それをくるりと巻いて地面に落とし、やがて生まれてくる幼虫のお食事と住宅にしてやるなんて、とても気の利いた生き物。けれども残念ながら、ボクは一度も見たことがない。いや、見ていたのかもしれないが、気がついたことがないのである。見ないということは知らなかったということ。そしてまた知らないということは見えない、ということでもあるのだ。

▲ うるさいぞ蠅が出たぞと騒ぐやつ

0523・火・

 故人となられた西村滋先生の奥様からお電話をいただいた。先日、ご命日ということで留守電にメッセージを吹き込んでおいたのである。ご丁寧なお心遣いに観劇。思わず先生によろしくと申し上げたら、奥様もそうするとおっしゃった。さすがは西村先生の奥様。素敵なご返事である。先生からは何度も奥様のことをうかがっていたので、感激も一入だった。

 あのメガマウスが死んでいた。昨日、千葉沖で捕獲された深海鮫のメガマウスが生簀に放され、優雅に泳ぐ姿が映像などで紹介されていたというのだが、残念なことに本日、そのメガマウスが死んでいるのを発見されたという。仕方ないよね。深海に暮らすお魚を水面近くで泳がすのだから、そりゃ長生きはできないわさ。このメガマウスという鮫、鮫は鮫でもジンベエザメと同じようにプランクトンを餌とするおとなしい鮫。ただし、プランクトンを餌とするヒゲクジラやジンベエザメが巨大であるように、このメガマウスも巨体である。今回捕獲されたメガマウスも体長5メートルの巨大なメス。見る人によって印象は変わるのだろうけど、この大口の鮫、メガマウスを可愛いとする女性もいるという。残念ながらボクはこの深海鮫の姿を知らないのだが、かなり魅力を感じてます。ま、水槽で飼育しようとは思いませんけれど。

 午後、やり直した原画を抱えて打ち合わせのアルルカンにいったら編集長まで待っててくれて、ご丁寧に謝罪していただいた。そんな、申し訳ない。編集部とは長いお付き合い。たまにはそんなこともあるでしょう。と、そこからマニアックな会話が始まった。やり直し前の原画には旧日本陸軍のサンパチ式歩兵銃が描かれていた。作者が若くして戦地で散ったということで、そういうモチーフを選んだのである。盲人の描くサンパチ式歩兵銃が実に正確だったということでマニアックな会話が始まり、精巧な戦車や戦闘機で少年たちの心を奪ったタミヤのプラ模型までに話題は発展する。すると同席していた女性記者まで会話に加わった。プラモデルのボックスアートで高名なイラストレーター、高荷義之(たかによしゆき画伯の原画展を見たことがあるというのだ。実は氏のご子息と女性記者、友人関係にあるということで、話はますます盛り上がる。やり直しにはなったけど、今度の件は怪我の功名となったのである。
 怪我の功名が無事終了して、今度は犬も歩けば棒にあたる。経堂駅前から隣の豪徳寺駅前までアルルと散歩することになったのである。打ち合わせをしている間、コボちゃんが家からアルルを散歩させに連れてきたのである。ならばついでだ。豪徳寺の鳥武(とりたけ)まで焼き鳥を買いにいこう、ということになったのである。歩き出すと、気持ちのいい夕方だったため、次々に知り合いと鉢合わせ。温室喫茶店のマスター、ボクらは勝手にグラスハウスさんと呼んでいるのだが、実は喫茶店は廃業して、その後は不動産屋さんとしてお世話になっているオヤジさんにばったり鉢合わせ。しばらく立ち話をしてからまた歩き出すと今度はマルチーズのマリアちゃんに鉢合わせ。セレブな飼い主さんとそっくりで実にジェントル。下々の犬、アルルとはあまり遊んでくれない。けれどもまたまた歩いていくと、今度は仲良しのコーギー、メイちゃんとバッタリ鉢合わせ。すぐに空中戦が始まった。おばあちゃんのアルルだけれど、メイちゃんとだけは今でも空中戦を展開するのである。経堂から豪徳寺までの散歩道、夕方は犬だらけでアルルは実に幸せだったのであるる。

 稀勢の里がまた負けた。これで4敗である。そろそろ休場した方がいいような気がする。もう与えられた今場所分の役目は果たしたんだと思う。早く充分な休養をとり、来場所でまた優勝してもらいたいと思う。

 共謀罪法案が衆議院を通過してしまった。強行採決で通過してしまった。一方的な理屈で一方的に国が曲げられていく。そんなんでいいのか、馬鹿野郎。新しい体制になったとき、この法律が凶器とならない保証はどこにもないんだぞ。泣いたって知らないからな。

▲ 焼き鳥のけむにまかれて夕涼み

0524・水・

 1878年、明治11年の今日、日本で初めての障害児教育が始まった。視力や聴力に問題のある児童たちのための教育施設が京都に開かれたのだ。翌年、この施設は府立学校となり、本格的な障害児教育へと展開していく。明治政府のこの決断、意外に早いという印象もあるが、江戸時代の障害児教育はどのような実態だったのだろうか。伝承話芸の落語から想像すると地域社会が弱者に対して温かくケアしていたはず、という気がするが。いずれにせよ、日本にも世界にも優れた視覚障碍者や聴覚障害者が数多くおられるのは、こうしてあらゆる環境の人に学ぶ機会が与えられているからに相違ない。

 あのロジャームーアが亡くなっていた。三代目のジェームスボンドである。89歳、癌だったという。ゼロゼロセブンシリーズの原作者のイアンフレミングは大の鳥類マニアだったと聞いている。そしてその彼の愛読していた鳥類図鑑の著者の名前がジェームスボンド。そう。あのスーパーヒーローの正体は鳥の博士だったのである。

 稀勢の里がやっと休場を決意してくれた。そう。それでいいのだ。無理をしてはいけないのだ。大関だったら許されない休場だけど、横綱だったら休みたい放題。やっと横綱になれたんだもん。堂々とお休みを楽しんでくださいな。聞けばこれまで、たった1日だけしか休んでいないそうじゃありませんか。強い君の唯一の弱点はその真面目さにあると思うのだよ。

▲ もこもこと急げや毛虫つぶされる

0525・木・

朝の散歩から戻ってきたコボちゃんが前川喜平って誰、と聞いてくる。でボクは、今話題の人じゃないかなと答える。あんまり達筆なので、本当にそう書いてあるかどうかは確認できないんだけど、そういう名前の表札のある邸宅を見張っている黒塗りのクルマがいるらしいのだ。となると、もしかすると話題の人物はご近所、ということになるのかもしれないのだ。話題の人物といっても悪いことをしたわけじゃない。まともな人物なのだ。安倍政権の暴走を食い止めようとする正義の人なのだ。官房長官があいつは悪いやつなんだ、みたいなことをいってるけど、お前の方がよっぽど悪いやつじゃないか。どこかの新聞が怪しげな店に出入りしてたといってるけど、そんなん、個人の自由じゃないか。お役所の人間だろうと新聞社の人間だろうと昔は堂々とノーパン喫茶やノーパンシャブシャブに顔を出していたじゃないか。スケベだから悪人というのなら、男も女もすべて悪人になる。君もオイラも悪人だ。彼も彼女も悪人だ。なんで現役のときに訴えなかったのか、というご意見もあるらしいが、役人が役人でいる間、政権にあれこれ忖度するのは官邸に役人の運命を握られているからだ。だから辞めた役人しか本当のことをいえないのだ。それにしても黒井クルマの連中って、どんな連中かな。まさか殺し屋じゃないと思うけど、もしかしたらニッポンの人民日報と評判の高い例のあの新聞社が噂の人物の何か新しい弱みを探ろうと張り込んでいたのかもしれないね。知らないけど。

 憲法軽視の発言が続いている。首相にせよ自衛官にせよ、憲法改正を前提にした発現が許されていいものだろうか。そもそも公務員は憲法順守。それが憲法改正を前提にして公務員を続けてはならないはず。あんたら、憲法を理解して現在の業務を遂行してんじゃないの。この国ではね、憲法違反はしちゃいけないことになってんだよ。権力者が自分を縛る憲法を改竄しようとする。そんなん、エンガチョに決まってるじゃん。

▲ 蚊が出たぞ右手の甲が痒いのだ

0526・金・新月・

  朝の雨の音。静かな朝の雨の音。部屋の中に流れ込む。そういえば去年のこの日、ゾウのハナコが死んだのだ。井の頭文化園のシンボル、あのハナコが亡くなったのだ。昭和24年にタイからやってきた戦後初めてのゾウ。戦争で動物園の猛獣がみんな殺されて、猛獣じゃないゾウたちもみんな殺されて、動物園にゾウもライオンもトラもキリンもいなくなってしまったこの日本に、初めてやってきてくれた最初のゾウ。ボクが6歳になった昭和29年に井の頭文化園で飼育されるようになり、その頃からボクはおばあちゃんに連れられてハナコに会いにいくようになった。そのおばあちゃんが亡くなってからも何度も何度も会いにいった。電車で会いにいった。オートバイで会いにいった。恋人と会いにいった。奥さんと会いにいった。盲導犬とも会いにいった。そして奥さんと離婚してもボクが失明しても、その盲導犬が死んでしまってもハナコは元気で日本の子どもたちの相手をしてくれていたのだ。ハナコ、69歳だったという。今頃、ハナコは光のゾウとなり、神様の世界で遊んでいることだろう。

▲ 麦の秋やさしいゾウのおばあさん

0527・土・

 静かな午後である。窓を開け放してある。ラジオは消してある。だから外の音がすべて耳に飛び込んでくる。おや、あの音は何だろう。遠くで響く音楽。まさか駅前スーパーの呼び込みの放送が聞こえてくるわけではあるまいな。遊園地の広場で聞こえるような音楽にも似ているぞ。などと思っていたらいきなり、横浜ドリームランドを思い出した。高校受験に成功したら横浜ドリームランドに連れていく。そういう約束だった。ディズニーランドなんか夢のまた夢だった時代、横浜ドリームランドは文字通り、日本の夢の世界だったのである。1964年の春、高校受験に成功、ボクの夢は実現して、その夢の国へと母親がボクを連れていく。受験をしたんでもなく、ただ中学校に入学したということだけで弟も連れられていく。騎兵銃を捧げ持ち、バッキンガム宮殿の衛兵を真似て直立不動で突っ立っている赤い制服の門番を横目で眺めながら満艦飾のゲートをくぐると目の前に夢の世界が広がった。目玉のアトラクションは本当に水の中をいく潜水艦と月世界探検ロケット。潜水艦は本当に水の中を進んでいったが、月ロケットは本当に飛んではくれなかった。頭の上と足の下のふたつの丸いスクリーンを囲んだ座席に座り、ロケット発進の轟音の瞬間、椅子が揺すぶられるだけ。真っ暗な空間の足元には遠くなる地球、頭の上のスクリーンには迫りくる月。というだけのアトラクションであったが、それでもわくわくして、その未知の世界に心を奪われていた。月ロケットが月の裏側にさしかかると照明弾を発射して、真っ黒なその裏側を明るく照らす。不思議なことにこの月ロケット、裏側が夜になるタイミングで打ち上げられていたのである。そして月ロケットが裏側を離脱する直前、我々は文明の痕跡を月の裏側に発見するのである。ところが1968年にアポロ8号が実際に地球を離れ、月の周回軌道旅行に成功し、そのアトラクションの役目は終わってしまう。1971年、できたばかりの恋人と再び訪れたドリームランドからは、その月ロケットは消えていた。それでも横浜ドリームランドは頑張っていた。初めて経験した宙返りコースターも横浜ドリームランドだったし、カリブの海賊を思わせるアトラクションや、野生動物のかわりに恐竜の出現するジャングルクルーズは、長く日本のディズニーランドとしての役割を果たしてくれていたのである。横浜ドリームランド、今はどうしているのだろう。健在でいるのかしら。短い夢だったけど、今でも感謝しています。

 トランプがブリュッセルで開かれたNATOの首脳会議で記念撮影のとき、モンテネグロの首相、マルコビッチ氏を手でおしのけ、最前列に出たという映像が世界にばら撒かれて赤っ恥をかいちゃった。こうなるとトランプがただの馬鹿なおっさんであることがますますバレていく。アメリカよ、このただの馬鹿おやじを早く引っこめないと、世界から仲間はずれにされちゃうぞ。

 せっかく横綱になった稀勢の里が休場しているとはいえ、関脇高安が横綱日馬富士(はるまふじ)を破って大関昇進を確実にして、白鵬が1年ぶりの優勝を決めて、ますます盛り上がってる大相撲だが、ほんの最近まで、国技館は閑古鳥が鳴いていた。ではその前の相撲ブームはいつだったかというと、それは貴乃花と若乃花の兄弟力士が活躍していた世紀末の頃のこと。1998年の今日、その若乃花の横綱昇進が決定した。これで弟の貴乃花との史上最初の兄弟横綱が誕生したのである。

▲ 花の下ケムシのようなヒゲオヤジ

0528・日・

 お昼からは日曜日のお楽しみ、NHK「素人喉自慢」。本日は土佐の高知からの生中継。土佐の高知は歌の上手な人が多い。なのに合格者が少ないのはどうしたことだろう。審査員の機嫌が悪いのかな。さて、本日のゲストは演歌ポップスグループ、はやぶさ。三人組のユニットである。番組の中で自分たちの歌を披露するのだが、これがなかなかよくて、早速YOUTUBEで試聴した。うん。ますますいい。みんな筋金入り、本物の演歌歌手です。おまけにみんな若くて生きがいいらしい。これは注目ですよ。もしかしてファンになっちゃうかもね。

 15時18分、グラリとくる。地震だ。久しぶり、ぐらりときたのである。埼玉県南部、深さ120キロが震源の、大した揺れではなかったけれど、震源の深いから広範囲が揺すられたんだろう。そんな揺れ方だった。こいつはでかくはならないぞ。ボクもアルルもそう感じていたのは、ボクもアルルも居眠りを続けていられたからである。

 大相撲夏場所の千秋楽である。白鵬が観衆に
「ただいま戻って参りました!」
と叫んだ千秋楽である。横綱日馬富士を破っての全勝優勝であったのだ。おめでとう。白鵬の必死の奮戦に心からの拍手を送りたい。1年ぶりの完全復活。本当によかったね、おめでとう。白鵬の強さは肉体ばかりではない。知性の強さも無敵さを高めている。強くて当たり前、勝って当たり前の横綱がいると相撲人気が落ちてくる。白鵬もつらい立場にあったのかもしれないね。稀勢の里の横綱昇進で大相撲も救われたし、白鵬も救われた。そういうことなのかもしれない。

 世間はカールがなくなるというので大騒ぎ。闇カールまで出現するという騒ぎである。そんなに騒ぐのなら、もっと食べておけばよかったのに。食べてないからなくなるのだ、といっても既に手遅れ。で、ボクはカールが好き、というよりはカールのコマーシャルが好きだった。麦わら帽子をかぶったカールおじさんのキャラクターが好きだった。あののどかなキャラクターとその動きは今もボクの目の中に残っている。実はあのキャラクター、モデルはアニメーターの石原均さん、キンさんだという噂がある。ボクの周囲だけで、だけれども。カールおじさんはアニメーター、ひこねのりおさんの作品。そしてひこねさんとキンさんは大の仲良しだったのだ。キンさんが亡くなって久しいが、今も年に一度くらいは、そのキンさんを懐かしみ、ひこねさんと酒を酌み交わす。ひこねさんはカールおじさんがキンさんだとはいってくれないが、キンさんの顔を知らないボクはカールおじさんを思い出しながら、キンさんの顔をイメージするのである。カメラマンの青木岳志さんを誘ってニューヨークに駆けつけ、ボクの個展を手伝ってくれた恩人のキンさんは、実は失明後の友人であったのだ。そのキンさんのカールおじさんのお菓子が東日本から消えてしまうことは寂しい。まるでキンさんの思い出がこの世から消えてしまうように寂しい。ああ、またひこねさんと飲みたくなった。毎年の七夕では、カメラマンの青木岳志さんのスタジオクラスターで、ひこねさんと会えることになっている。来月はいよいよその会である。いよいよその日がやってくるのだ。もしかしてカール、食べられるかな。

▲ 白い鳥はばたき直す夏相撲

◇ バーチャル『奥の細道』コース  白石に到着、通過しました。
次は仙台。笹かまぼこが名物です。それをつまみにちょいと一杯やるには、
あと、82,821歩が必要です。

現在の歩数、917,179歩。三回目のトライです。



2017年5月15日~21日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0515・月・

 今朝は沖縄の本土復帰から45年目の朝である。けれども沖縄の基地はまったくなくなってない。本土並みと約束したはずなのに現状は一向に改革されてない。地位協定もそのまんま。これまで日本の政権与党はいったい何をしてきたのだろう。さんざん戦争で迷惑をかけてきたのに、戦後70年以上を経過しても沖縄は日本とアメリカ軍の横暴から一向に脱出できないのである。

 ランサムウェアで世界が震えあがっている。ワナクライ。それをもらうと鳴き出したくなるという英語の意味のコンピューターウィルスである。そしてランサムは身代金。こいつに侵略されると身代金を払わない限り、その悪影響から逃げられない。まるでアメリカ軍に侵されている沖縄みたいだね。日本もアメリカ軍に思いやり予算という名の身代金を払っているんざなかったっけ。その割にはアメリカ軍の横暴は続いているみたいだけど。

▲ 皮肉にも鮫肌治す鱶の鰭
 この川柳、週刊文春の柳家喬太郎選「川柳のらりくらり」への投稿句。お題はコンドロイチン。サラリーマン川柳にシルバー川柳。いつも思うことだが、この国には川柳名人が次から次へと湧いてくる。俳句にせよ川柳にせよ、短歌にせよ、日本語は七五調の言語なのである。

 NHKラジオ第2「朗読の時間」は今日から太宰治の「人間失格」。この作品を仕上げた直後、太宰治は入水して死んじゃった。こんなに美しい文章が書けるのに、女と心中して死んじゃった。どうしてもこのあたり、自分のような凡人には理解不能なのだ。それでも今でも太宰治を読んでいる。繰り返し読んでいる。そう。太宰治の文章、本当に美しいのです。

▲ 暑くなれ結びの塩も旨くなる

0516・火・

 今日は旅の日であるそうな。元禄2年の今日、松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったことを記念して1988年に旅のペンクラブによってさだめられたということであるそうな。それにしても松尾芭蕉はすごい人。この人のおかげで中学校の修学旅行は奥の細道の旅だったし、そのために奥の細道全文を暗記させられたし、もう最初のとこしか覚えてないけど、そして今はドコモによってバーチャル『奥の細道』コースを歩かされている。芭蕉先生、ほんとにありがとうございます。

 ショック。ボクの間違いじゃないのに、ひとつ、イラストレーションを制作し直さなければならなくなった。そのせいか、その夜はプレクストークとケータイと財布を電車の中で盗まれるという不注意な夢を見る。やたらリアルな夢だったので、本当に焦った。電車の車内や駅のホームのシーンがとても鮮明で夢とは思えず、悪夢から目覚めたときは心から安堵して神様に感謝した。おかしいのは夢の中のボクは目が見えていて、死んだはずのおふくろも生きているのに、それを不思議と思わなかったことである。そのおふくろにホームの公衆電話から電話したら、気をつけて帰ってらっしゃいなんて他人事のようにいわれてしまい、そこで自分は一文無しになっていることを思い出し、項垂れていたら目の前に点々と十円玉が落ちていて、これを帰りの電車賃にしようか、それとも友だちに電話をかけまくろうかと考えながらそれらを拾い上げてたら、ケータイの電話番号リストがないと誰にも電話をかけられなくなっている自分に気が付いて愕然とするのである。あああ。どうせあんなリアルな夢を見るんなら、もっと素敵な夢を見たかったよな。

▲ 千鳥足蛙と帰る夜の路

0517・水・

 はっきりしない天気である。晴れるなら晴れる、降るのなら降る。暑いなら暑い、涼しいなら涼しい。はっきり決めてもらいたい。何を着たらいいかわからないじゃないか。
 それにしても、どうしてこんなに眠いんだろう。今にもまぶたとまぶたがくっつきそうだ。ふと気がつけば、また寝息をたてている。ツエツエ蠅にでも刺されたのだろうか。あの眠り病を流行らせるアフリカのツエツエ蠅がボクの知らない間に外来生物になっていたのかもしれない。ボクだけ知らなかったけど、あのミドリガメやカミツキガメみたいに日本で爆発的に繁殖していたのだ。デング熱を流行らせる蚊が問題になってたけど、今度は蠅とはたまらない。
 そうだ。ツエツエ蠅退治ならケニアから神部俊平にきてもらわなくちゃ。俊平、どうしているだろう。今もマサイ族のためにツエツエ蠅トラップを仕掛け続けているのだろうか。ああ、会いたいな。四輪駆動車の運転席にふたり並んでサバンナの一直線道路をキリマンジャロに向かってひたすら走り続けてからもう37年。なんか昨日のことのように思えてくる。足の下でケニアのデコボコ道が暴れているみたいに思えてくる。あれれ、あれはバオバブの樹じゃないか。その横をマサイキリンが歩いている。その彼方にはキリマンジャロ。ああ。ボクの目はいつの間にか見えるようになっていたんだ。そう思った瞬間、ボクは目覚めた。また居眠りをしていたのです。

 小松左京の「こちらニッポン」に夢中である。もう、面白くてたまらない。ボクの人生にSF小説という深みを与えてくださった小松左京先生、本当にありがとうございます。雲の上にいってしまわれてからも、ひたすら感謝差し上げております。高校生のとき、「日本アパッチ族」に遭遇できて、本当に幸せでした。小松先生、ボクの人生の恩人です。で、そのことを一度でいいから直接先生にお伝えしたかったんですけど、小学館の漫画賞のパーティーのとき、ご挨拶はさせていただけたんですけど、あまりに緊張してしまって、ご挨拶が精一杯で、一言も発せられなかった自分が恥ずかしい。そんなこと、ボクの人生にはたった一度だけだったんです。ボクが人前であがってしまうなんてね。それくらい先生がまぶしかったんですよ。

▲ あの山はナンジャロ夏の夢の路

0518・木・

 今日は全国的にいい天気。東京地方だけはそうでもないと天気予報はいってるけど、朝からやたら気持ちのいい天気である。当然眠くなる。少しうとうとしてたら、何だか外が騒がしい。ドシャドシャドシャ。最近あまり聞かない音である。ドシャドシャドシャ。あ、雨だ。土砂降りだ。そうだよ、今は夏なんだ。夕立の季節がやってきたんだ。雷、鳴らなかったのかな。アルル、大丈夫だったのかな。
 大丈夫といえば、アベちゃんとトランプは大丈夫なのだろうか。忖度やロシアンゲートで足元が火事になってはいないのだろうか。こちらは心配してあげてるのに、ご当人たちは割に平気な顔をしてるよね。アベちゃん、自分が関係していたら総理も議員も辞めるなんてカッコのいいこといっちゃったもんだから関係者は大慌て。何が何でも否定する。森友学園問題も加計学園問題も、何もないのだと否定する。おそば屋さんにはもりもかけもないのだと、何でもかんでも否定する。誰でも彼でも否定する。それにしても官房長官の、あの木で鼻をこくるような態度はすごいね。カエルのツラにしょんぺん、てな言い方があるけど、あれは正にその見本だね。日本もアメリカも、トップの嘘は当たり前。それで人を嘘つきと公言する。前のめりなところも似てるけど、嘘つきキャラクターもそっくりで、どうせ嘘をつくのなら、国民相手でなく、もっとうまい嘘を中国やロシア相手についたらどうだろう。そうすれば、少しは外交上手になれるんじゃなかろうか。

▲ 今頃は高き枕の鯉のぼり

0519・金・下弦・

 治安維持法というか共謀罪法案というか、法務大臣にいくら質問をしてもよくわからない例のあの法律を政権与党がまたまた強行採決してしまった。こういう日はニュースを耳にする度に心が暗くなる。都内では9千人が参加する抗議デモが開催されたが、安倍政権は馬耳東風、猫に小判に豚に真珠である。あれ、ちょっと違うかな。そういえば明日は1960年に当時の自民党が新安保法案を強行採決した日。昔から自民党はこういうことばっかりやってるのだ。そして、あの安保体制を作り出したのは安倍晋三のおじいちゃんの岸信介。今、あの世の祖父とこの世の孫とでこの日本を戦争の色に染め上げようとしている。

▲ ピーマンノこぶし怒りで赤くなる

0520・土・

 夕方になったら涼しくなってきた。だから散歩に出たくなる。ついでに焼き鳥も食べたくなる。鳥武のフォアグラみたいな焼き鳥レバー、いくらでも食べたくなるのである。それにしても1本110円の焼き鳥レバーはリーズナブルを通り越して安過ぎる。鳥武のご夫婦、ちゃんと食べていけるのだろうか。ここのご主人、山下商店街の重鎮らしく、イベントでは背広姿で登場するのだが、これがなかなかハンサムであるとコボちゃんが噂している。普段は炭火を前にして、顔なんかしかめながら一心に焼き鳥を焼いている姿との落差がまた魅力的とかいわれてんじゃないかな。以前、個展のオープニングパーティーのため、大量注文したとき、わざわざ絵を見にきてくださるところなんか、かなり奥の深い人物であられるとボクは心密かに尊敬しているのである。ああ、そのオヤジさんが焼いてくれるあの焼き鳥レバーが食べたいよぉ。1本でいいから残っていてくれよぉ。という祈りも空しく、鳥武の焼き鳥はすべて売り切れていた。レバー1本、つくね1本、皮1本残さずに売り切れていた。仕方ない。今夜は焼き鳥の缶詰でもつまにながら一杯やるしかないのだよ。

 今週は海の王子の婚約が話題になってたが、藤子不二雄(ふじこふじお)の漫画に「海の王子」というのがあったことをご存じだろうか。実は藤子不二雄は素敵な海洋漫画をいくつも描いていたのである。この「海の王子」は日本最初の少年週刊誌、少年サンデーに連載されたもの。小学校5年生だったボクは夢中で読んだものだった。はやぶさ号というスーパーなロケット潜水艇を自由自在に操って海の王子とその妹が悪者の武装軍団を次々に退治していく、という海洋スペクタクルだった。巨大な白い鯨が巨大戦艦と向き合う「ビッグワン」という海洋漫画にも夢中になり、それを切り抜いて一冊の単行本みたいにして長く愛読していたこともある。海の王子というキーワードが、藤子不二雄先生の海洋漫画を思い出させてくれたのである。

▲ 遠き水噂に飛んだ蛍かな

0521・日・小満・

 またまた北の国からミサイルが打ちあがった。するとたちまちアベちゃんがはしゃぎ出す。そして喜んでいるとしか思えない記者会見。鼻の穴をおっぴろげ、ボクちゃん、敗けないんだもん、強いんだもん、と得意げなどや顔(どやがお)がボクの空想の画面に浮かんでくる。反撃可能な重武装は専守防衛の原稿憲法でも可能なはず。平和憲法第九条を破棄しなくても、日本の平和と安全は確保できるのです。

 真夏の暑さである。あちらこちらで熱中症による被害の続出が予想されている。そして今日のランチはセブンイレブンの冷やし中華をかっこむことになっている。冷蔵庫できんきんに冷やした麺の上に特製スープをぶっかけ、焼豚や錦糸卵や水母など、豪華絢爛な具を並べ、胃袋につるつるとたぐるのである。それからTシャツ1枚になっておえかき。やり直しのおえかきをする。たったひとりで下絵の制作をするのである。汗をかきながらのBGMはもちろん大相撲夏場所。やり直しのボクも痛かったが、稀勢の里も痛かった。だから、あんまり無理してくれなさんなよ。

 夜、ダイニングから柑橘系のいい匂いが流れてくる。コボちゃんが夏みかんを食べているらしい。そして食べないかと誘ってくる。よく聞いたらポンカンだという。柑橘系の香りがすると、すぐに夏みかんを連想するのは、夏みかんの香りには思い出があるからだ。ボクを大変可愛がってくれた伯母の部屋にはいつも夏みかんが置いてあって、いつも柑橘系の香りがしていた。生まれて初めて後楽園遊園地に連れていってくれたのもこの伯母だったし、東京オリンピックの体操競技のプレミアムティケットをボクのために入手してくれたのもこの伯母だった。この伯母は皇室関係者やセレブな奥様方の洋服を仕立てていたミシンの名人で、伯母の部屋はプロフェッショナルと柑橘系の香りに満ちていたのである。仕事机の上に人生を傾ける。その生き方に少なからずボクは影響を受けているのである。

 本日は小満である。草木が茂り、天と地に満ち始めるという頃である。そんな世界が緑色に染まり始めた昨年の今日、作家の西村滋先生がお亡くなりになっていた。後になって奥様から先生直筆のお葉書が送られてきて、その事実を知ったのである。もしも自分に何かがあったときは、僕が自分で書いた葉書がいくからね。そう先生が自ら吹き込んだ音声テープをいただいていたのである。先生は1925年生まれ、91歳であの世に旅立たれた。ボクが先生を知ったのはラジオ深夜便だった。そのお人柄と作品にたちまちのうちに魅了され、放送局を通じて連絡を差し上げたところ、ご自宅のある静岡市内でボクが講演会を開いたとき、最前列でその拙い話を聴いてくださった。それ以来、長年に渡って可愛がってくださり、展覧会の度に遠くまで足を運んでくださったのである。先生の偉大さを知るためには、自伝的小説「お菓子放浪記」をぜひ読んでいただきたい。先生がいかに孤児となり、たったひとつのお菓子を盗んだために、どれだけ苦労をされ、そして旅芸人を経て作家として立ち上がっていくか、その物語を読んでいただきたい。これまで先生の作品は数々の映画屋テレビドラマとして広く知られている。ボクはこの先生ほどドラマティックに生きた人を知らない。ボクの最も尊敬する先生のおひとりだったのである。合掌。

▲ 食べようよ香りで誘う夏みかん

◇ バーチャル『奥の細道』コース  飯塚に到着、めでたく通過しました。
次は白石です。あと、61,560歩なのです。必死で歩くつもりなのです。

現在の歩数、854,440歩。三度目の正直な徘徊です。
なのにバーチャルなのです。



2017年5月8日~14日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0508・月・

 ほぼ夏日である。ラジオではしきりに熱中症に対する警告を訴えている。とっても気持ちいいのにね。と、寒いのが嫌いなボクはこうした呼びかけを余計なお世話と思うのだ。けどね、世間には今が熱いのか寒いのかよくわからなくなっている肉体の認知能力の衰えているご高齢の方々もおられるので、やはりそれは親切と受け止めた方がよいのだと思う。オイラもご高齢であるのだけどね。
 トラネコミミコは全開にした窓枠に乗って、この場合は虫除けというよりは転落防止の網戸があるのをよいことに、お得意のモノレール猫状態になってうたた寝をしているし、アルルはボクのベッドで人間でいえば大の字になって、けれども犬だから大の字にはなれず、四本もある足をコの字型に突っ張らかって引っくり返り、寝息をたてている。春とは名ばかりの寒い春が続いていたけれど、今年のゴールデンウィークはお天気に恵まれた。ゴールデンウィークという、文字の通りの本当の黄金週間でいてくれた訳である。どうかこの勢で今年の五月全体が美しい風の吹く季節でありますようにと心から祈っているのである。ああ、幸せだなぁ。

 昨日、京都の高級ホテル、ウエスティンミヤコホテルのロビーに体長1メートルの野生のイノシシが出現した。もちろん招待されたわけじゃない。約束があったわけでもない。要するにホテルにとっては大変に迷惑な客なわけである。当然従業員が騒ぎ出す。警察官も出動する。よってたかってサスマタで逮捕しようとする。テレビや映画なんかの時代劇の捕り物シーンで、目明し役人や岡っ引きたちがよってたかって人相の悪い、いかにも曲者といった人物を包囲して二股に分かれた鉄製のサスマタでつつき回すようにしていたんだと思う。ボクの勝手な想像だけれども。そうしていたら、従業員のひとり、68歳のボクと同じ年齢のおっさんが手を噛まれてしまって、救急車で運ばれた。サスマタでつつかれたら、そりゃ誰だって噛みつきたくなるわさ。マムシやコブラに噛まれたわけじゃないのでおっさん、死ぬこともなかったけれど、きっと消毒くらいはしたんだと思う。このイノシシ君、ホテルのお客になる前に、マナーやエチケットをわきまえておくべきだった。これからは山から下りてくる動物たちのために、エチケット教室とかマナースクールとか、そうした教育施設を人間たちが準備しておくべきだと思う。

▲ 盗み見る胸の谷間の夏日かな

0509・火・

 1983年の今日、ローマ法王ヨハネパウロ2世がガリレオガリレイに謝罪した。はるかな昔のガリレオガリレイに謝罪した。はるかな昔の教会が地動説を主張していたガリレオ先生を宗教裁判にかけ、それでも地球は回っていると主張を取り下げなかったガリレオ先生を裁判にかけ、有罪にしたことについて、教会側の誤りを長い歴史を経てやっと認めたものである。これでガリレオは350年ぶりに名誉回復できた訳である。これで天国のガリレオはすっきりできたんだけど、ダーウィン先生はどんな気分でいるのだろう。ピューリタン国家のアメリカ合衆国ではまだまだダーウィンの進化論を認めない州がいくらでもあるらしいのだ。キリスト教会は21世紀になっても科学の発展にまだまだ逆貢献しているのである。だからトランプみたいな大統領が生まれてくるのである。

 晩酌でバッテラをつまむ。今年最初のバッテラである。そろそろビールで冷たいものが食べたいのである。味噌煮でなく、バッテラにした鯖が旨いのである。

▲ 手土産は青きバッテラ午前様

0510・水・愛鳥週間・

 盲人になっても喧嘩早くて困っている。ボクはときどき自分が盲人であることをすっかり忘れてしまうのだ。喧嘩も強ければ逃げ足も速い。んじゃなくって、喧嘩も弱ければ逃げ足も遅い、ということをすっかり忘れてしまうのである。話はこうである。
 今日は昼まで雨の予報だった。そこで傘を持って出かける。丸められた蝙蝠傘、いわゆる折り畳み式の傘というやつをぶら下げて出かける。ぶら下げるのも、そして雨になればそれを開いて掲げるのもコボちゃんの役目。だからコボちゃんにとって、これは雨にならないことを祈りながらの外出である。この外出、午前中に慶應義塾病院、午後に代々木駅前の山下医院で検査を受けるための外出である。となると、昼間の間は何もすることがない。何もしなければ時間が勿体ない。時は金なりの時が無駄になる。そこでコボちゃんは心に決めた。その時間を利用してボクのため、新宿のデパートでパジャマを買おうと心に決めたのである。エム ナマエにはそろそろ、新しいパジャマが必要だ。そう思ってくれていたらしいのである。
 コボちゃんがパジャマを買いにいってる間、ボクは新宿の駅中喫茶店のカウンターで時間を潰す。本を読んで時間を潰す。目でなくて耳で本を読んで時間を潰す。プレクストークによる読書である。カウンターの下の棚に折り畳み式の傘と折り畳み式の白杖を乗せ、コーヒーを飲みながらプレクストークに耳を傾けるのである。考えてみれば時分どきだった。右の方からスパゲッティーのトマトソースの匂いが流れてきた。うまそうだな。思わずそう思う。すると今度は左の方から濁声(だみごえ)が、それも大阪弁の濁声が聞こえてきた。隣の男がケータイで、何か商売の話を始めたらしいのだ。でかい声である。それで金の話をするのである。大阪弁でするのである。東京では考えられない状況である。不愉快に思っていたところでそのおっさん、話しが聞えないのか、いきなり左手のケータイを右手に持ち替えた。そしてボクの左耳に向かって声を張り上げたのである。傍若無人にも声を張り上げたのである。けれどそこにはボクがいたのである。思わずボクも声を張り上げた。
「うるさい!ボクの耳はあんたの携帯電話じゃない。あんたの話も聞きたくない。それにここは東京だ。大阪じゃないんだ。東京の喫茶店では携帯電話をかけちゃいけないことになってんだ。話をしたいんなら外でやってくれ!」
 気が付いたらボクは早口でそうまくしたてていた。そして気がついたら左の肩を思い切りつかまれていた。
「なんやとぉ!われぇ、外へ出ろ!」
 やばい、この口調。こいつ、もしかしてヤクザかもしれない。殴られるかもしれない。白杖はカウンターの下の棚。相手はボクが盲人だと知らない。ここは怪我をするかもしれないぞ。コンマ数秒で決断し、ボクも言い返す。
「お前、メクラを相手に喧嘩をする気か。面白い。俺は目が見えないんだ。外に出たくてもひとりじゃ出られないんだ!さぁ、どうする」
 するとその男、一瞬黙ってからボクの左肩を何度も力いっぱい揺すぶると、何もいわずに外に出ていった。ああ、よかった。正直、肝を冷やした。そうなのだ。盲人は喧嘩早くてはならないのだ。気が短くてはならないのだ。今度から気をつけようと素直に反省しなくてはならないのだ。とほほ。

▲ 丸まった蝙蝠連れて走り梅雨

0511・木・満月・

 またまたほぼ真夏日である。かなり暑くなってきて、黒犬アルルが部屋から部屋へとうろうろしている。少しでも涼しい場所を求めて移動しているのである。ボクの足元をすり抜けていく真っ黒なアルルは日本近海を徘徊する潜水艦みたい。うるさいったらありゃしない。それでも夕方になって涼しくなればコボちゃんはボクとアルルを引っ張って散歩に出る。豪徳寺まで早く着けば焼き鳥の鳥武(トリタケ)の閉店に間に合うかもしれない。そうすれば焼き鳥で晩酌ができるのだ。そこで焦ってそとに出たらサングラスを忘れてしまった。ヤバい。素顔が丸出しである。そしてこういうときに限って誰か知っている人に出会うのである。
「だいじょぶよ。そんな顔、誰も見ないわよ」
 コボちゃんはそういうけれど、心配していた通り、鳥武(トリタケ)に到着する寸前、豪徳寺の商店街で声をかけられて思わず目をパチクリ。相手がはっと息をのむのがわかって、ああ、失敗した。そのお母さん、ボクの絵本の読者であったのだ。いつか誰かに、
「意外に素顔、可愛いんですね」
なんていわれたことあるけど、んなわけないじゃん。この見えなくなった目が外から見るとどう見えるか、それは正直、気になっているのです。コボちゃんは賢いから何もいわないけどね。

 日本でも巡航ミサイルのトマホークを装備しようという企みが進行しているらしい。これ、いくしまひろしの「おはよう一直線」にもときどき顔を出す自民党の元防衛大臣が音頭取りをやっているらしい。だから先日も一方的な安倍政権擁護の発言をしていた訳だ。おとなしそうな人物だけど裏ではすごいことをやっている。トマホーク装備は現実的には爆撃機を持つことと同じで、専守防衛を逸脱する行為なのである。ここのところの安倍政権の動きは憲法第九条を取っ払うことを前提にしている、憲法改正ありきの態度としか思えない。そういえば先日、民進党の蓮舫代表に憲法改正案を提出せよと迫っていたけれど、民進党にだって憲法擁護論じゃだっているはずだぜ。おいおい、アベちゃん、前のめりもいい加減にしてくれや。

 小池都知事がオリンピック予算についてあれこれ発言している。省エネのはずだったオリンピックがどんどん巨大になっていく。この予算、どこまで膨張するのだろう。そんなん、東京都が払う必要はないのだ。みんなアベちゃんに出させればいいのだ。このワガママなキツネ、オリンピックを口実に共謀罪を成立させ、憲法を改正させ、開会式では自分が開いたオリンピックであります、てな顔をするつもりなのだから。

▲ 黒犬はほぼ真夏日でネをあげる

0512・金・

 岩手県大槌町の東大研究所ではカラス被害に頭を悩ませていた。賢いカラスを追い払うことに苦慮していたのだ。そこで専門家に相談したところ、
「カラス進入禁止」
の看板を掲げなさいとのアドバイスを得た。まさかとは思わずに、素直に実行したらカラスが消えてしまった。さすが頭のいいカラスたち。既に人間の文字を解読していたのだ。と早合点してはいけない。実はここ東大研究所では生き物に興味のある関係者ばかり。そこでこの看板を目にすると誰でも興味を覚え、周囲の木の枝に群がるカラスたちに目をやることになる。実はカラスは人間の目線を極端に嫌う。カラス、ああ見えても本当は気が小さいのだ。センシティブなのだ。すぐにナーバスになるのだ。そしてカラスは頭もいいけど目もいい。人間環境で暮らすカラスの生きる道は人間観察にかかっている。いつも呑気に遊んでいるとしか思えないカラスだが、ああ見えても人間観察に命を懸けているのである。
 ところで、街で売られているのがコワガラス。死んだカラスのヌイグルミをぶら下げてカラスを追い払うグッズであるのだが、その商品名がコワガラスとは笑わせてくれる。それでもカラス、頭がいいから、これがただの脅しであることをすぐに見破ってしまう。侵入禁止の看板も年がら年中ぶら下がっているわけではなく、季節物だから効果が出ている、という話であった。以上、裁判傍聴芸人の阿蘇山大噴火さん情報である。

▲ 真夏日や烏は肩で息をする

◇ バーチャル『奥の細道』コース  福島を通過しました。
福島は元気でした。次は飯塚。あと、69,840歩です。

現在の歩数、784,160歩。3周目をうろちょろしています。

0513・土・

 沖縄と奄美が梅雨入りしたという。ここ東京でもざんざかと雨が空から落ちてくる。こう騒々しくやられると、さすが夏の雨だと思わせられる。部屋の仲が雨音に満たされて実に気持ちがいい。鳥たちは沈黙しちゃったけれど、カタツムリたちはきっと喜んでいることだろう。
 ところでカタツムリたちがときどき空を飛ぶことはご存じだろうか。こんな話題を提供してくれたのは本日のTBSラジオ、久米宏の「ラジオなんですけど」に出演されていた森林総合研究所の主任研究員、鳥類学者の川上和人さん。この人、最近出した本「鳥類学者だからって鳥が好きだと思うなよ」というふざけたタイトルの本で話題の人物。おかしなことを書かないと話題にしてもらえないと語るだけに、おしゃべりもユニーク。でもカタツムリが空を飛ぶことは口から出まかせではない。このカタツムリ、大きさが数ミリレベルで、鳥に食べられても丈夫な殻に守られて一部は消化を免れる。鳥の短い消化器官から排出された極小カタツムリたちはその土地で再び繁殖を再開する、という自然界の仕組みであるとか。島から島へと旅する鳥たち。こうしてカタツムリたちは子孫を世界中の島々へばら撒くのである。ただし肝心なことをボクは聴き忘れてしまった。どうして鳥がカタツムリなんかを食べるのか、そこがよくわからないのだ。ごめんなさい。

▲ 夏の雨音をたてなきゃおさまらぬ

0514・日・

 北朝鮮のミサイル発射で安倍晋三が朝から狂喜乱舞している。記者会見なんかやらかして無駄に国内の危機感を煽っている。なんせ2020年までに憲法九条を改悪すると宣言しちゃったんだから北の国のミサイル発射は実に好都合。もしかしたら金正恩に内緒でお願いしてるかもしれない。今回の発射で東京メトロが止まることはなかった。北朝鮮の打ち上げ花火でいちいち電車を止めていたら日本のサラリーマンや学生諸君はたまらない。日本の鉄道システムがテロに対して脆弱であることをわざわざ北朝鮮に宣伝してやることもない。それにしても安倍晋三、日本国民の命と安全を不退転の覚悟で守るてなことを声高に叫んでいたけど、その根拠ってどこにあるのだろう。北朝鮮のミサイル発射と同時にその弾道と着弾点を予測するシステムって完備しているのだろうか。その迎撃システムは万全なのだろうか。Jアラートは正しく作動するのだろうか。発射から10分もしないうちにやってくる北朝鮮のミサイル。そんなミサイル迎撃について、国民にあまり幻想を抱かせない方がいいんじゃないの。勇ましいことをいうのは勝手だが、この人のいうことはいつも中身がゼロ。何がどうあれ、この幼稚なキツネ、おじいちゃんが成し遂げられなかった憲法改悪を成就するつもりなのである。

 夕方はいつものように豪徳寺まで散歩する。世田谷線山下駅前商店街鳥武(とりたけ)の、とびきりの焼き立ての焼き鳥、一本たった110円なのに、とびきりおいしい焼き鳥の鳥武に出かけていく。実はここんとこ鳥武のレバー焼き鳥にありつけてないのである。レバーだけ、いつも売り切れているのである。なんせそのレバーの焼き鳥、たった110円なのに、フォアグラみたいにとろけるのである。で、そのフォアグラもどきのレバー欲しさに豪徳寺までまっしぐら、猪突猛進するのである。
 鳥武の焼き鳥を満載した袋を下げて豪徳寺駅前花壇にお尻を落ち着ける。今日は母の日の日曜日。久しぶりの上天気で街は賑わっている。最近は花より団子であるらしく、母の日の食べ物屋さんが大人気である。最近の母の日は祖母と母と孫の組み合わせが目立つとコボちゃんがいっている。そしてその通り、隣に座っているおばあちゃんが路上でお座りをしているアルルにしきりに声をかけてくる。母親と子どもは花壇を前にしてバナナムシについて盛んに議論を闘わせている。バナナムシって、ボクらの時代には存在しなかったよな。いつからこの日本に発生したんだろう。いや、そうじゃない。ボクらの知っている虫に、新しい呼び方が加わっただけなのである。無責任だけれど、きっとそうだと思うのである。

 大相撲夏場所が始まったけど、やっぱり稀勢の里が敗けちゃった。みんなで無理、させちゃったかな。ごめんね。

 釧路で桜の開花宣言があったとか。全国で最も遅い開花宣言であったとか。これで全国、桜にありつけたわけである。よかったね。

▲ 母の日はお料理してるお父さん



2017年4月24日~30日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0424・月・

 日の出は4時57分、日の入りは18時22分。とうとう日の出が5時よりも前になりました。5時起きのボクにとって、目覚めたときが既に明るくなっているということは猛烈に素敵です。たとえ見えなくても、それだけで気分が滅茶苦茶、あかるくなるのです。

 フランス大統領選挙で、ルペンが票をのばせなかった最大の理由はアメリカ大統領のトランプの不人気と、イギリスの総選挙のような気がする。EU離脱をいつまでもグズグズしているのを見てフランス人、考えちゃったんじゃなかろうか。アメリカと同時に大統領選挙をやっておけばルペン大統領は当選確実だったかもしれないのにね。それにしてもマクロンさん、若くて精力的。奥様は中学生時代の恩師で、25歳も年上だなんて、すごいロマンスの持ち主です。やっぱフランスだよね。年齢なんか関係ないなんて、男も女も羨ましいよね。

  三代目三遊亭圓歌(さんゆうていえんか)師匠の訃報が届く。寄席や名人会で何度も何度も高座を拝聴させていただいた大好きなお師匠である。同じ出し物なのに、同じ所で何度も何度も笑わせられて、どれだけ腹筋を酷使させられたことだろうか。文字通り腹がよじれるほど笑わせられたのである。いつも精力的な講座で、いつまでもお若いと思っていたのに、いつの間にか85歳になられていたのだ。坊さんの修業中に心臓発作を起こしたという芸談を高座にかけておられたから、心臓発作で亡くなられたかと思っていたのに、翌日のニュースで腸閉塞と知らされた。歌奴(うたやっこ)時代から破格の人気者だったが、実は圓歌師匠、吃音を克服しての落語家修行だったのである。吃音に悩む人たちの星でもあった訳だ。楽しませていただいた感謝をお伝えすると共に、心からのご冥福をお祈りする。合掌。

▲ お師匠もお弟子もみんなシャボン玉

0425・火・

 ツピーツピーツピー。窓を開けると四十雀の声が勢いよく飛び込んでくる。この声、春というより初夏の香りがする。
 TBSラジオをつけると「伊集院光とラジオと」に山口進さんが出ておられた。失明したとき、東大医科学研究所病院へ東君平さんに連れられて見舞いにきてくれた、あの昆虫写真家の山口進さんである。愛犬の背中に餌のつまったリュックを背負わせ、山の中にキャンプを張って虫の写真を撮り続けていたあの山口進さんである。南米でヘラクレスオオカブトを空飛ぶ電話機と間違えた、あの山口進さんである。ちょっと会いたい気分である。きっといいおっさんになっていることだろう。

 「騎士団長殺し」の罠にはまっている。ゴキブリホイホイのベタベタに捉えられた迷子の天道虫みたいにもがいている。上巻の「現れるイディア編」を完読し、下巻の「うつろうメタファー編」を読み始めた。一気に完読して自由になりたい気分でもあるのだが、それも勿体ないような気もする。繰り返しの、ちょっと無駄と思えるような会話が次第に意味を帯びてくる。そんなダイアログの展開が心地よい。こちらがそう感じるのだから、書いている村上春樹はもっともっと気持ちがいいのだろう。わかるような気はするのだが、とても真似はできないのである。

▲ 春の宵春樹に学び暮れてゆく

0426・水・新月・

 1937年の今日、スペイン内戦に介入したナチスドイツのコンドル軍団がバスク地方の古都、ゲルニカを無差別爆撃、多数の市民が犠牲になった。このことを知ったパブロピカソは、わずか1か月で対策ゲルニカを制作、世界にその怒りを示した。この巨大な作品、パリの美術館で独り占めで鑑賞するという幸運に恵まれたことがある。会場は驚くほど静かで誰もおらず、心行くまで作品世界に没頭したことをよく覚えている。あれれ、そうかな、これ本当かな。もしかしたらこの記憶、夢かもしれない。いや、それくらいピカソのゲルニカは心に食い込んでしまっている絵なのだ。物凄い迫力なのだ。

 天気が崩れるとの予報だったが幸いなことに日付が変わるまでは降らなかった。透析の行き帰りだけは傘をささずにいられると助かるのだ。相合傘といえば聞こえがよいが、ふたり分の大きな傘をひとりで支えるコボちゃんが苦労なのである。
 その透析中の食事だが、今日はオリジンのほかほかカツカレーが食べたかったので、ランチは野菜サラダだけにしておいた。このカツカレー、しっかりと厚みのあるトンカツはあっちっちの揚げたてで、それにピリカラのカレールーがからまって、ライスもたっぷり。汗をかきかき完食するにはちょっとした勇気と決意が必要の、覚悟のメニューなのである。ま、アベちゃんの3千円のカツカレーには敗けるけどね。

▲ 春帽子脱いで食べなよカツカレー

0427・木・

 別に驚くことはない。大震災は東北でよかったと常識はずれの失言をした今村復興大臣の更迭は当たり前。お友だちとか、自分にすり寄ってくる人間ばかりを次々とにわか大臣、馬鹿大臣じゃありません、として起用する安倍政権のたるみとゆるみ、思い上がりはどこまでエスカレートするのだろうか。そしてそれを許している日本国民のたるみとゆるみ、油断はどこまで広がるのだろうか。そしてこれらを許しているマスコミの怠慢と義務放棄も見逃せない。安倍政権と日々のニュースが金正恩のミサイルが飛んでくる飛んでくるとおびやかし、防げるはずのないミサイルを防げる防げると役にも立たない迎撃ミサイルを、アメリカのふっかけただけの高額で購入、導入し、幻のJアラートシステムで国民に真っ赤な嘘の安心幻想をばら撒いている。オリンピックを口実にしたテロ対策法案と憲法改正と、北朝鮮の暴走を根拠に今後も続くだろう重武装化と、安倍政権の戦前回帰は日本をどこまで迷わせるのだろうか。憲法改正なんかしなくても、専守防衛で、反撃可能な重武装の自衛隊は確保できるはずなのに。

▲ レコードで四月の恋を聴いた日々

0428・金・

 今朝の日の出は4時53分。ラジオ深夜便の放送終了よりも前に世の中は明るくなっているのである。そして日の入りは午後6時25分。家路を急ぐサラリーマンや学生諸君を満載にした下りの電車を夕陽が真っ赤に染め上げていくのである。
 そんな晩春の朝のNHKマイ朝ラジオのリスナーからの投稿は車庫を燕に取られ、今日から愛車は外で寝る、という話題。とうとう北海道まで燕が飛来したらしい。つちくってむしくってくちしぶー。これを早口でいうと燕の鳴き声になる。子どもの頃、学校からの行き帰りに真上を見上げると、電線に燕が仲良く並んでいた。曇天になると燕たちは歩いている自分すれすれに飛んできて、目にもとまらない。あちらこちらの軒先には燕の巣があって、雛たちが大きな口を開けてひたすら親の帰りを待っていた。鉄筋コンクリートに暮らすようになって、なんだか燕たちとの距離が遠くなったような気がしている。今年、ボクはまだ燕たちの声を聞いてない。この窓の外の遊歩道の空に、早く燕たち、やってきてくれ。

 またまたプレミアムフライデイである。でも明日からゴールデンウィーク。働き方改革もいいけれど、上から強制的に休め休めといわれるのはどうかと思う。働くにせよ、休むにせよ、どこかで誰かの役に立っていたいものである。

▲ 電線にずらり並んで燕尾服

0429・土・昭和の日・

 ひたすら関越道を走ってきた。途中、横川で峠の釜飯も手に入れた。あとは11時から開催される無言館の成人式に遅刻しないことを祈るだけである。
 高速のインターを降りると窓を開く。すると後部座席ではクロラブのアルルが山から染み出してくる新緑のポリフェノールに狂喜してキョロキョロと周囲を見回す。犬は色盲と決めつけられていたけれど、アルルを見ていると実はそうではないのだと思わせられる。そして最近、犬が特定の色を除いて、色彩の識別能力があることが科学的に証明されている。
 さて、無言館への坂へとかかった。山では鶯が鳴いている。草むらからは雉が現れて道路を横断していく。急いでいるからって、轢いたら大変。なんせ日本の国鳥なのである。
 うわぁい、間に合った。メインゲストの小栗康平監督は名画「泥の川」のメガフォンをとった映画人。ボクの尊敬する名監督である。以前、山下智子さんの源氏物語語り会で一度だけお会いしたことがある。ボクの画集『銀河鉄道の夜』をご覧いただいたこともある。ま、そういう事情もあって、それ以来、音声映画「泥の川」をサピエ図書館からダウンロードして繰り返し鑑賞し、ますますファンになっている。実は映画以前からボクは宮本輝の「泥の川」の世界にはまっている。橋爪功朗読のCDを繰り返し繰り返し傾聴していたのである。そういうことで監督に続いてのスピーチは緊張した。監督のお知り合いということで、仲良しの青木裕子さん、軽井沢朗読館館長もきているし、小宮山洋子元厚労大臣もいらしている。そして今回の成人式にはコボちゃんの同僚が新成人のご子息と共に参加しておられるのだ。緊張を誤魔化しながら予定していたことを語り終えると窪島館主から、
「長い!」
と一言、苦言を呈された。去年とまったく同じである。黒坂黒太郎さんのコカリナ演奏もこれまた去年と同じである。カーネギーホールでの演奏会が決まっていても、これまた同じである。でも、ちょっとだけ違ったのは詩の朗読のあったこと。すると窪島館主がまた一言、何か文句をつけていた。この窪島誠一郎という無言館館長、作家なだけに、何か一言、文句をつけたいのである。
 ウグイスの声をBGMにして、アルルも加わっての記念撮影が終わると食事会である。青木裕子さんの愛犬、ロングヘアーチワワのシンノスケ君はちゃんとボクを覚えていてくれて、顔を見上げてくれている。アルルのことも覚えていてくれて、顔をそむけていてくれる。黒くて大きなアルルのことは怖くてたまらないのだ。アルルを見ると、青木さんの肩までずるずると這い上がっていく。小宮山洋子さんともご挨拶。実はこれで三度目のご挨拶。一度は小宮山さんのNHK時代、糖尿病シンポジウムの司会をされているとき、パネラーとして参加したことがあったのだ。それから昨年、中軽井沢で窪島誠一郎さんやおおたか静流さんとお茶したことがあったのだ。青木さんも小宮山さんも軽井沢組。そして最近のボクも軽井沢組に仲間入りしているのである。ま、ボクの場合は人様の別荘だけれども。
 コボちゃんの同僚は介護士。そして驚いたことに、その認可をしたのが民主党時代の小宮山洋子厚生労働省大臣だったこと。こういう偶然は嬉しいものである。そしてコボちゃんの同僚は息子を連れてボクらのテーブルにやってくる。ボクらというのは、ボクとコボちゃんとアルル、そして青木さんと小宮山さんと、そして監督である。そしてボクは皆さんの見ている前で、新成人にプレゼントした拙著「あなたの時間をありがとう」に絵をかき、サインをするのである。そしてそれが終わると、今日のボクのお役目は御免となるのである。

▲ コカリナに鶯つられ歌ってる

0430・日・

 中国が甘やかし、ロシアも甘やかす。それで北朝鮮の三代目が我儘坊主にならないはずがない。おじいちゃんが甘やかし、お友だちが甘やかし、霞が関が甘やかす。おまけに国民が甘やかし、テレビも甘やかす。それでニッポンの三代目がワガママ坊主にならないわけがない。いつまでたっても美しいニッポンにはなれないような気がする。

▲ 葉桜や恥ずかしそうな烏の子

◇ バーチャル『奥の細道』コース   郡山に到着、通過しました。
小さい頃、こおりやまと聞いて氷のお山だと思っていた、あの郡山です。
次は福島。みんなで応援したい、あの福島の県庁所在地です。
あと、87,587歩です。

現在の歩数、694,413歩。3周目をうろちょろと挑戦中です。
うろちょろと頑張ります。





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