全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2017年1月30日~2月5日
 ☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦くださいませです。あはは、なのです。

0130・月・
 今朝の日の出は6時43分。まだまだゆっくりの夜明けである。毎朝5時起きを習慣としている身の上にとって7時前の夜明けはかなり遅く感じるのである。それに比べて今日の日の入りは午後5時6分。退社時間を過ぎたらたちまち暗くなるのでは勤め人はかなわない。もうお酒を飲むしかないじゃありませんか。でもボクは飲むことができない。毎週月曜日の午後6時からは人工透析のブルーマンデイなのである。
 外に出ると春のように温かい。青空駐車場のクオリスの窓が汚れているとコボちゃんがいう。もしかしたら既に花粉が飛んでいるのかもしれない。やめてよ。杉の木たち、せめて温かくなってから花粉を飛ばしてよ。寒い上の花粉じゃ、春の知らせにはなりませんよ。
 お子様トランプとお坊ちゃまの安倍晋三。どちらも他者との違いを認める大人の知恵が足りないところが共通している。相手の話を聞かずに自分の言葉を重ねるところがそっくりである。権力に酩酊するところが瓜二つである。このふたりがいかなる日米同盟を展開していくのか、ボクは不安でたまらない。で、その不安な気持ちがそうさせるのかもしれないがホロコースト関係の書物や映画に接することが多くなっている。スピルバーグのシンドラーのリスト」やロマンポランスキー監督の「戦場のピアニスト」をはじめ、つい最近はアメリカ映画「優しい本泥棒」を観たばかり。ナチスの圧政下にあった人々の苦悩が再び現実のものとならないよう祈るばかりである。フレデリックフォーサイスの「オデッサファイル」を読了したのもつい最近のことである。中学生になったばかりの頃、「わが闘争」とか「ニュールンベルグ裁判」といったような映画が次々に公開され、その宣伝でホロコーストの凄惨な映像を見せられてから実は距離をおいていたのである。けれども今この時代、もう一度歴史を振り替えなければならないような、そんな気持ちにさせられているのである。
▲ 鼻水は山から春の宅急便
◇ バーチャル『奥の細道』コース  千住に到着、通過しました。
次は春日部。あと、50,536歩です。現在の歩数、33,464歩。
3周目を歩きはじめてます。

0131・火・
 昼の憩いといわれて何を心に浮かべるだろう。ボクが小さい頃は「憩い」という名の煙草があった。茶色のパッケージで、フィルターなんかついてない、両切りのシガレットで、父親によくその煙草を買いにいかされた。まだ小学生にもなっていない頃のことである。そしてあるとき、ボクはその帰り道、自動車事故に遭遇、骨折して長く入院することになるのだが、その話はまた今度。
 で、話しは「昼の憩い」に戻すことにする。ボクは正午になるとまずTBSラジオのニュースに傾聴する。報道姿勢が好みであるからだ。そして短いそのニュースが終わるとNHKラジオのニュースに回す。報道姿勢はともかくとして、NHKはひとつの指針となるからだ。以前は正午までがTBSラジオ、正午からはNHKラジオと民放と公共放送の両者をまるごとカバーできたのだが、昨年の秋からはTBSラジオの番組編成が変わってしまい、今はそういうルーティーンになっている。そしてNHKの全国ニュースがおわり、関東ローカルのニュースと天気予報が終わるといきなり懐かしい空気に包まれる。古色蒼然というと失礼になるが、小さい頃から耳に慣れた音楽、あの古関裕而さんのテーマミュージックが流れてくるのである。1952年11月17日から今日まで変わらず続いているNHKラジオのウルトラ長寿番組、よちよち歩きの幼少期から真空管ラジオで耳に慣らされた「昼の憩い」が始まるのである。若くて生意気だった頃は農業番組と鼻で笑って消してしまうか他に回していたのを今はありがたがって拝聴している。リスナーからの手紙やメールも農作業レポートというよりは、季節の便りという趣で全国津々浦々の風物を伝えてくれるのが気持ちがいい。この年齢になると人の心を素直に受け取ることができるようになるのである。その年齢にならないとわからないことが山ほどあるのだとわかるようになるのである。そして選曲がいい。バラエティーに富んでいてときどきはあっと驚く冗談音楽も流される。こっちから飛び込んでいかなければ生きている間に決して耳にしないような楽曲にも遭遇する。という訳でボクは日曜日を除く毎日、このルーティーンでNHKラジオに傾聴しているのである。ちなみに日曜日のこの時間は素人喉自慢を楽しむことにしている。思い切り頑張って若者向きに番組構成をしているNHKラジオだが、やっぱその本当の良さを理解しているのは人生経験を積んできた年配者なのだと思いますよ。
▲ 一月が過ぎればすぐに十二月

◆ 2月・如月・
0201・水・
 今日から2月である。如月である。そして恒例、日本全国の日の出と日の入りの時刻である。札幌の日の出は6時50分、日の入りは16時47分。仙台の日の出は6時42分、日の入りは16時59分。東京の日の出は6時41分、日の入りは17時8分。大阪の日の出は6時56分、日の入りは17時27分。福岡の日の出は7時15分、日の入りは17時50分。以上のような予定をお日様と地面君は相談の上に決めているのである。ときどきお月様も助言をしているらしいのである。
 ボクもいってるが、ラジオ君も花粉が飛んでいるかもしれないといっている。花粉症の人は既に気がついているのだ。そしてそれは自慢することでも何でもないのだ。そして悲観することでもないのである。というのは最近、いい薬が次々にリリースされているからだ。さあ、お医者にいこう。ただし専門医のところへね。コボちゃん情報によると、某クリニックではひとりのお医者が内科から整形から痔の手術までやらかしているらしい。何から何までやりますということは、何もできないということなのだ。
 本日のデイキャッチ、時事川柳の秀逸は、
▲ 包囲網壁より先にできるかも
 トランプさんがいる限り、川柳のネタは尽きないのです。当分の間、馬鹿の壁が役立ってくれるのです。
▲ 春がきた鼻水くしゃみ予報官

0202・木・
 温かいという訳でもないのだが、雨も降っていないので夕刻の散歩に出てみたら、住宅街の庭先では梅の花が咲いていた。俳句なら季語くらいには使えるだろうが、目の見えないボクにとっては春を喚起させるものでも何でもなく、現実はただ寒いだけなのである。コボちゃんが見上げながら、カラスが何かくわえて飛んでいくとシンプルに状況説明をしてくれる。下校途中の子どもたちの元気な声がボクらを追い越していく。会話を聞いているだけで誰にイニシアティブがあるのかがたちまち判明する。アルルは自分のテリトリーの知らない匂いのチェックに忙しい。取引先からの帰り道だろうか、エンジン音が交錯して排気ガスが鼻をつく。そんな時刻なのである。商店街ではラーメン屋の豚骨スープの香りがしてきて、いつか食べてみたいと思わせる。トマトとチーズのアンサンブルはおいしいイタリアンレストランのサイン。チェックをしておいて損はない。つんと酸っぱい匂いは寿司屋でもあるのだろうか。果物屋の店先では女将さんが常連客相手に大きな声を張り上げる。そして焼き鳥の炭の香り。そう。今夜も「とりたけ」さんの焼き鳥で一杯やりたいと思っていたのだ。
 帰宅して計測すると、散歩後の血圧は116だった。じっとしてると高い血圧も一生懸命歩いているうちに下がるものなのだ。メタボの皆さん、元気に散歩をいたしましょう。
▲ 黄昏や暮色を染める梅の花

0203・金・節分・
 どどど、どうしよう。腎臓のCTスキャンを受けなくてはならない。腹部エコー検査で腎臓に何か見つかったらしいのだ。それの再検査なのだ。造影剤を静脈注射して、精密に検査するのである。検査が終わったらすぐに透析して造影剤を体内から除去する。そんなリスクをかけて検査をして、そして悪性腫瘍でも見つかったら、どどど、どうしよう。と考えても仕方ない。どうせ透析をしなきゃならない腎臓なら、いくらでも切り取ってくださってかまいませんから。
 節分である。そしてスーパーにもコンビニにもずらり並んだ恵方巻き。お菓子屋には恵方ロール。コンビニの店員はこれでもかと並んだ恵方巻きのノルマに脅えているし、買い物の主婦たちは何時になったら半額セールが始まるのかと目と耳のセンサーの精度を最大限にしてスキャンする。でもその大量の恵方巻き、売れ残ったらどうなるんだ。めでたいはずの節分に恵方巻きで食品ロスに拍車をかけて、命を粗末にするのはやめてくださいな。
 トランプさん、米国車は日本では人気がないんです。売れないのは為替操作が理由じゃないんです。わかってるはずなんだけど、そんなに馬鹿のふりをされると説明する意欲が萎えてしまうんだよね。
 メルトダウンした核燃料は数十秒で人間を死亡させるだけの放射線を発しているとか。なんせ2時間でロボットも破壊される放射線量なのである。鉄人28号だって鉄腕アトムだってドラエモンだって、たちまちポンコツにされてしまう放射能なのである。廃炉なんて不可能に決まっている。国にも東電にも、それをできると言わせる根拠なんてあるはずがない。ここは謙虚にあきらめてチェルノブイリ方式に変換してはいかがだろう。鋼鉄やコンクリートの壁で強力な石棺を建築して、事故原発を地面に埋めて、あとは野となれ山となれ、福島原発事故パークにしてしまえばよいのだよ。安全さえ確保できれば観光の目玉になるかもよ。
▲ 叩かれてずらり並んだ恵方巻き

0204・土・立春・上弦・
 土用の午後はTBSラジオで久米宏さんの「ラジオなんですけど」の冒頭、独白エッセイ12分間を聴くことにしている。TBSラジオという世界に久米宏という人物が登場してからずっと注目してきた。ボクは根っからのTBSラジオファンなのである。ことに久米宏と小島一慶が大好きでパックインミュージック以来、今もお慕い申し上げているのである。さて、本日は藤村俊二さんのことについて語っておられた。そう。突然ヒョイといなくなることからおヒョイと呼ばれていた、あの藤村俊二さんが逝去されていたのだ。この世からヒョイといなくなってしまったのだ。25日のことである。昭和9年、1934年生まれの82歳。日劇ダンシングチーム出身、ドリフターズ、全員集合の振り付けでも有名であるが、ボクは「ゲバゲバ90分」などの自然でひょうひょうとした演技が大好きだった。
 経堂駅前の小田急ビルに暮らしていた頃のことである。地下レストラン街でランチをすることが多かったのだが、あるとき目の前のテーブルでひとり慎ましく食事をする男性がいて、それが藤村俊二さんだとわかったときの嬉しさはどう表現していいかわからない。目が合った瞬間、はにかむように微笑んで、
「この店、旨い物を出すんですよね」
と聞こえない声で語りかけられたような気がしたのを覚えている。國光苑という北京料理店で、今もここ以上においしい中華料理店をボクは知らない。そして藤村俊二さんもそれに近い評価をしておられたのだろう。それからしばらくして、今度は成城学園前のカレーショップ、インデイラを訪れたときのことである。席につこうとして店内を見渡したときである。他にお客はひとりだけ。それが藤村俊二さんだったのである。ボクの視線を感じると、
「あなたもおいしい店をよくご存じですね」
 そうつぶやいたような気がしたのはボクの勝手な妄想である。独立自尊な食べ歩きがご趣味と拝察したのだが、藤村さんはそれから南青山に素敵なワインバーをオープンされ、我々は食通が趣味の領域を超越してしまったことを知らされたのである。
 さて、失明してからというもの書籍や映画からも離れ、テレビにも縁のない盲人暮らしだったが、ここ最近はサピエ図書館のおかげで音声映画に親しむ毎日である。そして三谷幸喜の「ラジオの時間」で元擬音係の守衛という役割を藤村俊二さんが好演されていたことを知る。生放送のラジオドラマでトラブルが発生して急遽守衛室から召集された藤村俊二さんが掃除機でロケットの発射音を表現したり、ピスタチオの粒で機関銃の音を演出するのである。他の役者さんが演じていたのなら感動する場面でも何でもないのだが、藤村俊二さんだからこそボクはいたく感動してしまったのである。お元気にされているとばかり思っていたのだが、残念でならない。心からご冥福をお祈りする。大好きな役者さんたちが次々にこの世からあの世へ引っ越してしまい、この世界がどんどん寂しくなっていく。
▲ カレンダー今日から春は嘘でしょう

0205・日・
 日曜日はいつもコボちゃんとクラシッックを楽しんでいる。NHKラジオの「音楽の泉」である。今朝はベートーベンで、ずいぶん古い録音だなと聴いていたらパブロカザルスの演奏で1926年の収録。ということはSPじゃありませんか。それにしては鮮明な録音で、どんな技術を使ったのだろうか。世の中には貴重な音源があるものだ。
 あまり寒さを感じないので窓を開くと、細かい雨が声を殺して落ちていた。音もなくといいたいところだが、それだとボクが感じる訳がなく、嘘になってしまうので、こういう場合は盲人は表現に制限を受けるので苦労する。けれども、見えないからこそ許されていい虚構があるはずなんだよね。
▲ 霧雨に濡れて咲いてる梅の花
◇ バーチャル『奥の細道』コース  春日部に到着、通過しました。
次は室の八島。あと、128,544歩です。現在の歩数、95,456歩。
3周目を楽しく徘徊しています。



2017年1月9日~15日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0109・月・成人の日・

 成人式と耳にすると思い出す風景がある。渋谷駅から西武デパートを通り越し、本のデパート大成堂を右に見てから左折して、渋谷公会堂に向かう公園通りの風景である。その日、ボクはバイトで手に入れたベージュのコンティネンタルスーツに身を包み、喫茶店、時間割を横目に見ながら歩を進めていた。急がなくてはならない。遅刻しそうなのである。いや、もしかしたら寒かったから急いでいたのかもしれない。若かった。もしも今だったら、とてもスーツひとつで街は歩けないだろう。成人式の舞台で誰が何をしゃべったなんてまるで覚えてはいないが、成人式が嬉しかったことだけはしっかりと覚えている。けれども思い出の渋谷公会堂はもう存在しない。CCレモンホールなんて名前にされてから、今は老朽化を理由に壊されてしまったのである。渋谷の景色も変わってしまった。ボクの成人式はどんどん過去の彼方に埋没していくのである。で、今のボクにとっての成人式といえば長野県無言館におけるゴールデンウィークの成人式。今年も正式に参加を要請されている。無論、新成人としてではない。お祝いのためである。そこで皆さんにお伝えしたいことは、おめでとう。20年間、よくぞここまで死なせずに育ててこられました。そして、よくぞここまで生きてこられました、ということである。今年もまた無言館の庭で会いましょう。

▲ 蟹股じゃ晴れ着が泣くよお嬢さん

0110・火・110番の日・

 大相撲初場所が気になって仕方がない。日馬富士(はるまふじ)が連敗している。そして遠藤が勝てない。そんな中、稀勢の里が黙々と自分の相撲をとっている。でも期待はしないんだもんね。するとまた、負けちゃうんだもんね。

 少女像問題で韓国から日本大使が召還されてしまった。いいのかな、そんな前のめりで、アベちゃん。お隣の大統領問題の解決を待ってもよかったんじゃなかろうか。大使を呼び戻したりして、少女像設置という市民レベルの問題を国家間の問題にまでレベルアップさせてしまっただけなんじゃなかろうか。レームダック状態の韓国大統領には、国家どころか、市民をコントロールする力もないのである。約束を守れない国も市民も困りものだが、少女像の設置については国家間の問題の手前で止めておくべきだったような気がする。過去の事実は変わらない。けれども歴史に対する解釈は時代によって移り変わる。過去に日本が加害者であった事実を永遠にネゴシエーションの材料にしようとする韓国国家と国民を相手にするとき、日本はどこまでも冷静であるべきなのだ。そして過去のこととはいえ、日本が加害者の立場にあったことを大人の態度としてわきまえておくべきなんだとも思うのである。

▲ この餅を今日はどうして食おうやら

◇ バーチャル熊野古道コース  熊野本宮大社を仮想参拝、通過しました。
次は湯峰王子。あと945歩です。現在の歩数、80,055歩。
3周目を挑戦しているところです。

0111・水・鏡開き・

 今朝の日の出は6時51分、そして日の入りが16時47分。まだまだ昼間より夜の時間が勝ってます。

 猫を抱いて気持ちよく仮眠してたらデスクの上でコール音。受話器を取ったらいきなり商品名を連呼された。女優さんか声優さんみたいに若く美しい声である。魅力的な声である。思わず反応してしまう。
「あの、これ、何の電話ですか」
「はい。地域の方々に目のビタミンをお勧めしているところです」
「ああ、そうなんですか。でも、すいません。私は全盲なんです。さようなら」
 自らの不運を嘆きつつ、ボクは受話器を置いたのである。

▲ 空腹に鏡開きの餅を焼く

◇ バーチャル熊野古道コース  湯峰王子を仮想参拝、通過しました。
次は百間ぐら。あと21,303歩です。現在の歩数、81,697歩。
3周目を挑戦している最中です。

0112・木・満月・

 日本時間の未明、トランプタワーの記者会見で爆風トランプがダメ大統領ぶりを発揮した。今まで逃げに逃げて、初めて実現した記者会見で何の具体策も示せず、ただ記者たちと喧嘩しただけという印象である。なのに本人は恥とも思っていない様子なのだ。もしかしたらプーチンにとんでもないセックススキャンダルを握られているかもしれないのに、それら情報もすべてフェイクニュースと決めつけた。とはいえ、こういう大統領に対してもメキシコに工場は作りません、なんて胡麻をすっている自動車メーカーもある。困ったもんである。恥を知らない馬鹿をこれ以上増長させてどうすんだよ。トランプはアメリカの愚かさの集約じゃないか。民主主義のリスクの象徴じゃないか。ジャマイカはアメリカのお隣じゃないか。魔法使いでも魔術師でも詐欺師でも漫才師でも何でもいい、誰かこのトランプを消してくれ、ジャマじゃないか。

▲ トランプの出る目に右往左往する

0113・金・

 今日は13日の金曜日です。お正月なのに、です。日本人は神道を崇め、仏壇に手を合わせ、各家庭にクリスマスツリーが飾られ、ハローウィンには軒先にカボチャを吊るすような国民性ですから、そんなことを気にするのです。え、誰も気にしてないって。すいません。

 またまた大相撲初場所の話題である。大関では稀勢の里ひとりが順調で、残りはとても大関とは思えない成績。横綱では日馬富士(はるまふじ)も鶴竜も連敗続きで、横綱らしいのは白鵬ひとり。という訳でここまで、全勝は白鵬と稀勢の里だけとなる。次第に優勝争いの概要が見えてきたけど、稀勢の里と優勝を関連付けるようなことをいうと、たちまち負けるのが稀勢の里だから、それは忘れた方がいい。なんせ、白鵬はおつりが返ってくるほど優勝してるけど、稀勢の里はただの一度も優勝したことがないのである。力はあるけれど、ガラスのハートが邪魔しているのである。

 うちとこのアベちゃん、フィリピンに出かけていってドゥテルテ大統領に5年間で1兆円の約束をしてきた。人の金だと思うと気前よくなれるよな。豆腐屋の御用聞きじゃあるまいし、一ちょう二ちょうと約束して、クルクル世界を駆け回っているけれどその外交、果たしてどれだけの効果があるのだろうか。世界中を駆け巡り、金をばら撒いただけ、国際ニュースに取り上げてもらえるんならいいけれど、振り向いてももらえない悲しい首相になってはいませんか。アベちゃん、世界の指導者の中でどれほどの位置にいるのか調べてみたら、はるかな下方に名前がありました。ご本人もガッカリかもしれないけれど、税金を支払っている国民はもっと情けないのです。

▲ お正月十三日の金曜日

0114・土・

 またまた盲導犬使用者がホームから転落した。どうしたことだろう。ボクが中部盲導犬協会で訓練を受けていた時代、盲導犬使用者の交通事故死は皆無だった。故にボクは盲導犬に絶対的な信頼感を寄せていた。そしてその通り、つい最近まで盲導犬使用者の安全は確保されていたのである。ところがここのところ、その事故死が連続的に発生している。盲導犬の数が飛躍的に増大しているのだろうか。数が増えれば事故率も増加する。犬も歩けば棒に当たる、なんてのは冗談にもならない。もしかしたら原因は社会の劣化にあるのかもしれないが、ボクの印象だと盲人に対する声かけは以前より増えているような気もしている。最近は日本盲導犬協会の熱心な活動によりラジオコマーシャルが目立つようになっているが、盲導犬の現状はどうなっているのだろう。残念ながらよくわからない。ボクは盲導犬使用者でなくなってからずいぶん久しいのである。まさか盲導犬、もしくは使用者の質が低下しているのではなかろうね。それとも犬、または人に対する訓練士が不足しているのかもしれないが、これは無責任な推測である。いずれにせよ、よくわからない。ただわかっているのは今回の転落事故で亡くなられた盲導犬使用者が転落の際、ハーネスを手離していたことである。おかげで盲導犬は救われた。昨年の地下鉄ホームでの転落事故でも盲導犬は救われているのだが、そのことでボクは途方に暮れている。残された盲導犬は相棒を失い、どうしているのだろうかと。一度だけ、ボクは盲導犬アリーナとの歩行中に転倒したことがある。そのときのアリーナの狼狽え気味は気の毒なほどだった。転倒させただけで盲導犬はそれほどの責任を感じるのである。相棒を失った今、2頭の盲導犬たちはどれだけ悲嘆に暮れていることだろう。悲しい盲導犬をこれ以上生み出さないためにも個人と社会の力によりホームからの転落事故を根絶したいと思うのである。

 マイナス42度以下というこの冬いちばんの寒波到来により各地で大雪被害が続出している。山のお寺ではご住職が雪の重みに耐えられず折れて倒れた松の木の下敷きとなり、亡くなられてしまった。発見したのは奥様である。除雪作業中の事故ということで正に悲劇であるが、この不運なご住職が最後に目にされたのは奥様のお姿だったのだろうか、それとも雪景色だったのか。それがどちらにせよ、美しかったことと、そしてご冥福をお祈りする。

▲ 坊さんの目に残りしは雪景色

◇ バーチャル熊野古道コース  百間ぐらを仮想参拝、通過しました。
次は円座石。あと12,575歩です。現在の歩数、104,025歩。
3周目挑戦中をまっしぐら。

0115・日・

 大雪である。こんな日にセンター試験とはお気の毒。ボクの高校受験の最初の試験日も雪に降られて苦労した。入学試験、もっと違うシーズンにすればいいのに。たとえば秋のすがすがしい頃に試験だけ済ませておけば、あとは卒業までのんびりできるのにと思うけどな。で、とにかくこのシーズンいちばんの寒波が到来しているのだ。西も東も大雪で、晴れているのは東京だけ、なんだそうである。大雪に見舞われた地域ではいくつもの人命が失われてしまったのである。雪、あんまり迷惑かけるなよな。
 そんな寒波到来の中でアルルとミミコがまるでシャム双生児みたいにくっついて眠っている。顔を寄せて眠っている。鼻と鼻がくっつくんじゃなかろうか。ここだけは寒さと無縁の世界である。

 大相撲初場所に注目している。目が見えないのに注目している。優勝は期待してないけど、横綱になれなんて思ってもいないけど、稀勢の里が頑張って全勝をキープしている。なのに白鵬が荒鷲に敗けた。若手の頑張りが目立って今場所は面白い。ただし横綱大関は白鵬と稀勢の里以外はまるでダメ。とても横綱大関とは思えない。ところでさすが日曜日、子どもたちの声援が目立っていて、相撲ファンとしては嬉しくなる。これだったら相撲の未来はまだまだ期待できるかもしれない。

▲ 大雪の朝に仕上げの参考書



2016年11月28日~12月4日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

1128・月・

 宮城県気仙沼に氷の水族館という施設がある。この施設、岡本製氷という氷屋さんが始めたもの。美しいアイスブルーに閉じ込められた魚たちの標本は鑑賞の価値があるに違いない。それのオマージュだというのだが、秋刀魚や鯵などの鮮魚5千匹を凍結したスケートリンクが北九州のテーマパーク「スペースワールド」に登場した。ただし氷の水族館は氷のアートとして評価されるが、スケートリンクの氷は不透明で魚の体液が染み出して不愉快、氷の表面から秋刀魚などが顔を出し、スケーターの滑りを阻害する心配があると不評。本来は食品となるべき命の冒涜、という批判が殺到してこの悪趣味なスケートリンクが閉鎖されることになったのは至極当たり前の反応であると思う。氷から顔を出してる秋刀魚君も思っているに違いない。
「仲間と泳いでいるときに一網打尽にされて連れてこられたのは口惜しいけれど、炭で焼かれてお皿に乗せられ、食卓に供せられるのならまだガマンができる。なのに何だこれ。スケート靴の足蹴にされ、緩慢に腐敗していく。これじゃ運命、悲し過ぎるよ」
と。このテーマパークのコンセプトは「悪乗り」であるとTBSラジオデイキャッチで漏れ聞いたのであるが、ここの企画者たち、悪ふざけが高じて命という資源の取り扱いを間違ってしまったのか。宇宙がテーマというこの「スペースワールド」が宇宙の結晶ともいわれ、奇跡の結果である生命の取り扱いを間違ってしまっては仕方がない。人間中心主義という悪ふざけが高じると命が不遜な取り扱いを受ける。ここ最近トリインフルエンザの流行でニワトリやアヒルが万単位で殺処分されようとしているが、狭いケージで大量に飼育するというこの人間中心のシステムがこうした結果を招いている。すべて人間側の勝手な理屈であるのだ。そして自分が恩恵を浴しているこの文明社会がそうした人間中心主義の上に成立していることを忘れてはならないのである。

▲ 寒過ぎて氷の魚泣きにけり

◇ バーチャル秩父札所めぐりコース  石龍山橋立堂を仮想参拝、通過しました。
次は笹戸山長泉院。あと3,080歩です。現在の歩数、86,720歩。
3周目挑戦中、という設定です。

1129・火・新月・

 もしもオイラがウルフガイだったら今日は最低のコンディションになるはずだ。そう。今夜は新月なのである。幸いオイラは狼でなく、野良犬男。だからいつでもコンディションは最低なのである。満月も新月も関係ないのである。とほほ。

 全国の音訳ボランティアのおかげで素晴らしい読書環境にいる。視覚障害者情報総合ネットワークの「サピエ図書館」というシステムを利用できるようになってからもう三年。既に読書数は800冊を超えている。失明してから30年、この幸せを失明当時は想像することもできなかった。すべて全国の点字図書館と音訳ボランティアの皆様のご尽力の賜物である。一瞬でも感謝を忘れたことはない。つい先日も「月刊ラジオ深夜便」の9月号のボクのイラストレーションを説明してくれている音訳者の紳士に感動してしまった。実に丁寧に、そして描き手の気持ちを、本人以上に汲み上げて説明してくださっているのである。読み手としても表現者としても、ひたすら感謝、なのである。

 福島県の原発事故被害から自主避難した子どもたちがイジめられている。名前の下に黴菌のキンという言葉をつけられ、尊厳を傷つけられている。この子たちをキンづけで呼んでいるのはクラスの子どもたちばかりではない。相談を受けていたはずの担任教師までがキンづけに参加していたのだ。戦時中、学童疎開という出来事があった。都会の児童たちを空襲から守るため田舎へ避難させたのである。ところがこの疎開児童たちがイジめられた。永六輔さんは反戦思想でも知られているが、その根っこにこの学童疎開経験がある。彼もイジめられていたのだ。そしてそのことを長く怨んでいたのである。原発の根っこにも戦争がある。アメリカの口実を鵜呑みにすれば、戦争終結を目的とした原爆生産のための手段が原発であり、原子力の平和利用は後付のエクスキューズなのである。誰が始めたのか、この戦争。誰が責任をとるのか。ボクの知っている限り、誰も責任は取りはしない。戦争でも原発事故被害でも、ただ不運な個人が悲惨な運命と闘っているだけなのである。

▲ 木枯らしや小さな胸で吹き荒れる

◇ バーチャル秩父札所めぐりコース  笹戸山長泉院を仮想参拝、通過しました。
次は瑞龍山法雲寺。あと13,854歩です。現在の歩数、90,146歩。
3周目挑戦中と聞いております。

1130・水・

 今夜は爆笑喜劇集団「娯楽天国」の第42回公演「ただいマカロニ」の初日である。午前と午後、ふたつの病院でふたつの検査を終え、透析のローテーションを変更して午後7時、西武新宿線は下落合駅前の劇場に到着。開演前から終演まで、じっくりと楽しませてもらう。17名の役者たちが狭い舞台で大暴れ。オグラ座長の脚本も演出も、そして演技もますます冴えて、ボクは満足して家路をたどったのである。

 深夜、音訳図書、「愛しのブロントサウルス」を読みながら、いや、正確に描写すれば聴きながら、恐竜の子孫、ケンタッキーフライドチキンの軟骨をかじってる。ここ、説明しないとわかっていただけないかもしれないので解説いたしますと、現在の地球で飛び回ったり歩き回ったりしている鳥類のすべては恐竜たちの成れの果て。つまり子孫たち、というのが今は通説となっているのです。で、話しを元に戻します。昨日からこの本、最新科学で生まれ変わる恐竜「愛しのブロントサウルス」に夢中になっている。そう。オイラはゴジラやキングコングのおかげで小さい頃から恐竜に夢中になっているのである。人類が誕生するはるかな昔にこの地上に君臨していた巨大生物たち。その姿や生き様を空想すること以上に愉快なことってあるだろうか。そう。恐竜は人類共通のロマンなのである。それにしてもプロントザウルスが恐竜リストから外されてしまったのは、冥王星が惑星リストから外されてしまったのと同じくらいに寂しい。科学の進歩は歓迎だが、もうちょっとお手柔らかに願いたいものである。

▲ 熱燗や舞台を終えた者同士

◆ 12月・師走・
1201・木・映画の日・

  月初めの恒例、日本各地の日の出と日の入りの時刻です。札幌の日の出は6時46分、日の入りは16時1分。仙台の日の出は6時34分、日の入りは16時17分。東京の日の出は6時32分、日の入りは16時28分。大阪の日の出は6時47分、日の入りは16時47分。福岡の日の出は7時4分、日の入りは17時10分、ということで今月もよろしくお願いいたします。

 小池のお嬢と森の狸の化かし合い。朝からオリンピック関連の話題ばかりでニュースが面白くないったらない。やめればいいのだ。ニュースでなくってオリンピックを。2兆円という金額を聞いて驚いた。国民や都民が知らないふりをしていたらこの予算、どこまで膨張するかわからない。ただでさえ税収が減っているのに、前代未聞のこの予算、どこから引っ張り出してくるのだろう。国もIOCもオリンピックという口実があれば国民からいくらでもお金を引き出せると考えているのに違いない。冗談じゃない。オリンピックなんかに化かされてたまるもんか。森の狸や狐に馬鹿にされてたまるもんか。

▲ お土産は冷たいみかん掘炬燵

1202・金・

 カジノ法案が採決されようとしている。すべての新聞が反対している賭博法案が可決されようとしているのだ。あの自民党のお友だち、読売新聞までがこの法案に批判的になっているのだ。こんな法律が満足に議論されないまま国会で承認されようとしている。ますますエスカレートするスピード審議と強行採決。この調子でどんどん法案が通されていったらこの国はどんなことになるのだろう。世論調査によれば安倍政権の政治姿勢は必ずしも国民から支持はされていない。けれども選挙をすれば政権与党の優勢は揺らがない。そうなのだ。安倍政権以前、霞が関に民主党政権がコケにされて以来、野党は国民の信頼を根っこから失ってしまった。安倍政権の優位はその過去に乗っかっているのである。国民は早くその事実に気づいて、次の選挙では政権を誰に取らせるかではなく、与野党のバランスをいかに取るかにフォーカスして投票してもらいたい。でないとこの国はヤバイ、です。

▲ ふと触れた壁の冷たさ十二月

◇ バーチャル秩父札所めぐりコース 瑞龍山法雲寺を仮想参拝、通過しました。
次は鷲窟山観音院。あと35,215歩です。現在の歩数、104,785歩。
3周目挑戦中だってさ。

1203・土・

 朝のラジオがいっていた。お日様が沈んだら、西の空に目をやってください。新月から間もない細い月に並んで、金星が輝いていますよ、と。予報だと今夜は晴れなのだ。見えないボクの代わりにコボちゃんに見てもらおうと思っていた。で、宵の口にそのことを伝えるとコボちゃんは屋上にすっ飛んでいった。しっかり見られたらしく、ちょっと興奮している。そこで、望遠鏡だと金星も三日月に見えることがあるのだと教えてあげると、どうしてなのだと聞いてくる。
「それはね、金星が地球より太陽に近いからだよ」
「近いと三日月になるの。じゃ、お月様も地球より太陽に近いのね」
「月は近くないよ。ただ金星と同じように地球と太陽の間に割り込むことがあるんだよ。そうすれば地球から見た裏側に太陽の光が当たるだろ。で、三日月に見える訳」
「わかんない」
「三日月ってのはね、お月様が人間たちに自分のダークサイドとライトサイドの両側を同時に見せているってことなのさ」
「やっぱ、わかんない。そういう難しいお話は猫のミミコにしてあげてちょーだい。あたしはアルルとあのおじさんの肉を買いにいきます」
「何だ、それ!?」
「ケンタッキーフライドチキン」
「だったらボクもおじさんの肉、大好き。フライドポテトも忘れないでね」
 こうして我が家の平和な一日は暮れていくのだった。

▲ 明星に引かれ三日月冬の宵

1204・日・人権週刊・

 いい天気である。目覚めたときから寒くない。おかげで朝から晩まで一度もエアコンのお世話にならずに過ごすことができました。こういう温かい冬であれば暖房費の節約になるのです。

 NHKの技術スタッフにより、戦艦武蔵の壮絶な最期が明らかにされた。NHKが単独で入手したフィリピン沖で撃沈された戦艦武蔵の沈没映像から立体的にデータを解析されたのである。高さ30メートルの艦橋に開けられた6メートルの爆裂口や魚雷による艦体の損傷も痛々しい。千切れた艦首から引っくり返った艦尾まで、船体は1キロに渡ってバラバラに沈んでいるというから米軍の雷撃部隊の攻撃の凄まじさが想像できる。吉村昭著「戦艦武蔵」によれば、極秘に完成されたこの無敵の不沈戦艦、世界最大の武装を誇った巨大戦艦も航空機の前には無力であった訳だが、マレー沖海戦で日本軍が撃沈したプリンスオブウェールズを考えれば、この巨大戦艦の建造が無駄に終わることは明らかであったはずなのだ。日本軍部のこの頭の悪さこそが結局は無謀な戦争を回避できなかった最大の理由なのである。

 偶然、NHKラジオ・ゲキラジライブ2016「お墓詣り」の再放送に傾聴するチャンスを得た。以前、ラジオから流れてくる台詞の遣り取りを耳にして、これはどんな映画のワンシーンなのだろうと興味を引かれた番組である。ラストになって、それがラジオドラマのスタジオライブであることに気が付いたのではあるが、実に見事な演技と演出だった。最初から聴けなかったことを悔やんでいたのでこの幸運が嬉しい。改めてNHKラジオのドラマ作り、効果音制作の見事さに感心する。この技術があるからこそ「ラジオ文芸館」のクオリティーの高さがあるのだと納得する。それにしても効果音までがスタジオライブで手作り、というのには驚かされる。三谷幸喜の映画「ラジオの時間」でも藤村俊二さん演じる元効果音制作者の警備員が急遽依頼されて生放送のラジオドラマに協力する、という場面があるが、その意外な工夫と発想が面白い。電気掃除機がロケットの噴射音になったり、バケツに落下するピスタチオがマシンガンの発射音になったり。今日のこの番組でも効果音係りが貝殻をこすり合わせてカエルの鳴き声を演出していた。

▲ オリオンの噂気になる超新星

2016年9月26日~10月2日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0926・月・

 さぁ、大変だ。秋場所でまさかの全勝優勝をしちゃった豪栄道がヒーローになっている。来場所の優勝と綱取りが話題になっている。そうはいうけど、実力がなくて横綱昇進なんかしたら大変だ。たちまち引退に追い込まれてしまう。万年角番大関ならカムバックのチャンスはいくらでもあるけれど、横綱に角番なんてない。ちょっとでも連敗すれば、あとは引退しかないのである。これまで何度もチャンスを逃している稀勢の里だって、もしも横綱に昇進していたら、とっくに引退していたのかもしれないのだ。

 うっすらと汗なんかかいて、妙に暑いと思っていたら知らない間に真夏日になっていた。となると上空との気温差で夕方からの雷雨が心配。出かける前、パソコンの電源ラインとネット回線を外しておかなくっちゃ。まさかのまさかってことがあるからね。

 透析中、血圧が急激に低下する。息苦しいと思ったら、100以下になっていた。もしかしたらこのまま死ぬのではないかと思って、酸素供給をしてもらった。でも、心電図では異常がないので安堵した。もしかしたら最近、痛みどめのロキソニンを頻繁に頓服していたので、その蓄積効果なのかもしれないぞ、なんて耳学問による素人考えでいたら、コボちゃんに
「肺梗塞というのもあるからね」
と驚かされた。こういうときは奥さんが看護師で臨床工学技士であることが恨めしくなる。
 夜中、気配がして、はっと目覚めると、コボちゃんが覗いてる。どうしたのかと尋ねると、あんまり静かに眠っているから、もしかしたら死んでるのではないかと心配になった、というのである。でも、取り敢えず大丈夫、ボクはまだ生きている。そしてお互いが生きているこの時間を最後の瞬間まで大切にしていきたいと心から願ったのである。
 それにしてもボクの透析室はありがたい。顔色が悪いといっては飛んできて、たちまち血圧を測定してくれ、息苦しいと訴えればすぐに酸素を吸わせてくれる。30年も無事でいられるのはこのスタッフのおかげなのである。なのに問題になっている横浜の例のあの病院は恐怖小説か怪談映画みたいで恐ろしい。呪われた4階病棟とか、点滴に混入された界面活性剤とか、切り裂かれたエプロンとか、ただれた唇とか、ホラーかスリラー映画、怪奇小説の話を聞いているようである。事件が報道されればされるほど連続無差別殺人の様相を呈してくる。患者は病院の選び方ひとつで、たちまち寿命が短くなってしまうのである。

▲ 蟋蟀の明滅してる帰り道

◇ バーチャル富士登山コース   八合目を通過しました。
次の地点は本八合目。あと、6,447歩です。現在の歩数、34,553歩。
3周目挑戦中でございまーす。

0927・火・

 気象庁発表によると、ここ最近の日照時間の少なさは1961年以来のことであるという。ということは、ボクが中学生になったばかりの9月は天気が悪かったことになる。ま、何の影響もないけれど、こうしたデータが記憶の風景を塗り替えてしまうことはありそうだ。いわし雲やうろこ雲の記憶の空が、いきなり鈍色の曇天に変わってしまうのである。ま、何の影響もないけれど。

 野田佳彦が出てくるようでは民進党はアウトだね。あの人が総理大臣をやってる頃、ボクは彼を官僚ロボット屑鉄28号とか、自民党の回し者とか呼んでいた。今になってノコノコと穴を出てくるとは、自分が何をしでかしたか理解してない証拠だね。あの頃の彼はおそらく、総理大臣の役を演じるのに精一杯だったんだろう。泥鰌とか蓮根とか、キャッチーな言葉を演出するのは得意だけれど、人の心はキャッチできない。不器用が器用の真似をするとロクなことにはならないのである。

 昔は馬鹿っぽいと思われていた「ら抜き言葉」が最近は市民権を獲得しているらしい。とはいえ、「ら抜き言葉」が馬鹿っぽく聞こえなくなったということは、世間が馬鹿っぽくなったってことなのかもしれないぞ。朱に交われば赤くなる。でも、どうしても赤くなれない人種はどうすりゃいいんだ。どう心を入れ替えても、やっぱり「ら抜き言葉ユーザー」を賢いとは思えない。いくら時代が言葉を流転させるのだと納得しようとしても、身についた習性は簡単には払しょくできない。例えば、どんなに強制されても布団の中でウンコができないのと同じなのである。教育と時代は「ら抜き言葉」をそれくらい恥ずかしい行為にしてしまうのである。

 臨時国会が始まっている。所信表明演説で繰り返されたアベちゃんの「未来」って、いったい何だったんだろう。何を意図する「未来」だったんだろう。過去を隠蔽するための「未来」なのか、それとも過去を再来させるための「未来」なのか。いずれにせよ、あまりに連発されたため、「未来」という言葉が軽くなって凧のように空中で踊っている。この人の口から放たれた瞬間、一億総活躍社会も働き方改革もアベノミクスも、火のついた紙屑のように軽くなり、空中で舞い踊る。海保も自衛隊も警察も、ネズミーランドの「スモールワールド」の丸い頭の人形みたいに一列に並んでピョコピョコと上下する。自民党員もナチスの党員みたいに立ち上がって拍手する。そのまえでヒトラーみたいに興奮している安倍晋三がボクの網膜には映っているのである。

▲ 湯の音に鼻歌混じる秋の夜

0928・水・

 台風18号が南方の海上で発生したという。10月3日に沖縄に接近するらしいのだが、この台風、それから先はどこへいくつもりなんだろう。ボクにそっと耳打ちをしておいてくれれば、あれこれ、スケジュールを都合できるんだけどな。
 中国の宇宙ステーションが制御不可能になってるって噂が飛んできた。来年、地球に墜落することは確実なんだけど、それがいつなのか、どこに墜落するかは見当がつかない。ここいらあたりが、いかにも中国なんだけど、そこは友だちを大切にするお国柄だから、「三国志」の熱烈ファンであるボクにだけはそっと耳打ちをして、避難する方法や方角をアドバイスしておいてもらいたい。

 日本ハムが優勝を決めた。あの大谷選手が優勝を決めた。ヒット1本で完封というドラマで優勝を決めた。花巻高校の先輩、菊池投手との投げ合いを制して優勝を決めた。これから先、この人、どれだけ活躍するかわからない。できるだけ長く日本にいてもらいたいと思う。で、みんなもそう思っているに違いない。おおい、日本ハム。ドルの札束に心を奪われなさんなよぉ。

▲ 街路樹や雀のお宿秋の暮れ

◇ バーチャル富士登山コース  本八合目を通過しました。
次の地点は八合五勺。あと、6,180歩です。現在の歩数、41,820歩。
3周目挑戦中であります。

0929・木・

 この週から吉川英治の「新書太閤記に没頭している。全12巻である。1巻が300ページの大作である。なんでこんな大作を読破する気になったかというと、それは三谷幸喜の映画「清州会議」の影響である。登場人物の関係がよくわからず、あまり楽しめなかったからである。原作となっている三谷幸喜の小説「清州会議」を読んでも誰が誰だか、ちんぷんかんぷんだったからである。とにかく戦国時代を舞台にした小説は漢字がやたら多くて目が疲れる。けれども音訳読書なら眼球の疲労を感じることはない。それでこの超大作を読破する気になった訳である。ところが、盲人のボクは音訳読書のし過ぎで聴力の低下を感じることはあっても、ちなみにこの聴力低下は短時間の睡眠でたちまち回復するのだが、音訳読書で目が疲れるはずがない、ということに気がつくのに時間がかかっているのである。つまり、馬鹿なのである。この音訳読書の完成は1967年のこと。それってビートルズがサージェントペパーロンリーハートクラブバンドをリリースした年ではないか。ということでこの朝、ビートルズを聴いている。そして1967年の過去に誘(いざな)われている。そう、ビートルズはボクのタイムマシンなのである。この完璧な演奏は4人の切磋琢磨があったから。とは最近のポールとリンゴスターの談話であるそうな。あれから50年、今はこのふたりしか残っていないのだ。と、この朝は太閤記からビートルズまでの飛び石思考になっている。

 安倍晋三がのぼせている。血迷っている。耳を傾けても何をいっているのか、よくわからない。ただ、ベラベラと上顎と下顎のぶつかり放題、舌の滑り放題、回り放題で、音の波が四方八方へと飛散する。意味のない言葉が意味のありそうな振りをして国会議事堂に反響する。それを止める人間がいない自民党、いったいどこへいくのだろう。日本をどこへ連れていくつもりなんだろう。そして日本の民主主義、そんなに無責任でいていいのだろうか。民主主義を任された日本国民、そんなに無責任でいていいのだろうか。ここはひとつ、テレビからラジオへ、そして新聞へと遡行し、しゃべり言葉から書き言葉を振り返り、世間で交わされる言葉をじっくり吟味して、自らの思考の質を向上させたいと願うのである。

▲ 秀吉もきっと見ていたいわし雲

0930・金・

 以前にも触れたような気がしているが、NHKラジオ第2、金曜日のカルチャーラジオ「化学と人間」にはまっている。特に今回のシリーズ「太陽系外の惑星を探す」が面白くてたまらない。講師は東京工業大学地球生命研究所教授、いだしげる先生。失礼ながらボクは漢字を存じ上げない。今週はその12で、系外惑星の生命体についての考察。いだ先生によれば、データは無数にあるのだが、サンプルはひとつの体系だけ。つまり、天体観測によって系外惑星に関するデータは観測技術の進歩と共に膨れ上がっていくのだが、サンプルは地球という惑星の生命系ひとつだけに限られている、とおっしゃる。そして地球生命系に関するサンプルは無数にあるが、系外生命体に関するデータは皆無である。そうもおっしゃっている。生命系について我々はひとつのサンプルしか持たない訳であるが、考え方を広げれば生命系の可能性は無限に広がるのである。我々は酸素によるエネルギー代謝で生命を維持しているが、太陽から遠い惑星では他のガスでのエネルギー代謝も考えられるし、もしかしたら金属や珪素による代謝、なんてのもあるのかもしれない。こうなるとSF作家の領域になってしまうが、これから先、系外生命体について、どんな発見が待ち受けているか想像もつかない。その根拠として、これまで考えられなかったようなホットジュピターやエキセントリックジュピターを包摂する惑星系が太陽系外に無数に発見されてきているからだ。そういう意味でこのシリーズは驚きの連続だった。来週でシリーズが終わってしまうのが残念でたまらない。

 季節の経過と共にお日様が傾いてきたのだろう。パソコンに向かっていると左腕に日差しを感じる。ぽかぽかと温かいのである。この温かさをありがたいと感じるのである。毎年のように、この椅子に座り、この机に向かい、窓ガラスから差し込んでくる日差しに照らされる左腕の温かさで秋の深まりを実感するのである。

▲ 左手を優しく包む秋うらら

◆ 10月・神無月・

1001・土・新月・都民の日・

 月初めの恒例、日本各地の日の出と日の入りの時刻です。札幌の日の出は5時32分、日の入りは17時16分。仙台の日の出は5時32分、日の入りは17時20分。東京の日の出は5時36分、日の入りは17時25分。大阪の日の出は5時53分、日の入りは17時42分。福岡の日の出は6時13分、日の入りは18時3分。日の入りもずいぶん早くなって、これじゃ太陽も傾いて、ボクの左半身を優しく温めてくれるはずです。そしてこの太陽、どこまで傾くのでしょう。傾いて傾いて、日差しは部屋の奥まで差しこんで、かじけ猫の日光浴場を広げてくれるのでしょう。そしてそれはクリスマスの少し前、冬至の頃まで続くのです。

 朝、トラネコミミコが行方不明で我が家は大騒ぎ。コボちゃんがどこを探しても見つからない。ボクがどう呼ぼうとも出てこない。キャットフードのタッパをマラカスみたいにシャカシャカ上下させても現れない。いつもだったら飛んでくるのにどうしたことだろう。使いこみがバレるのを恐れて夜中に家出でもしたのだろうか。そう、猫の恋の季節にはまだ早いのだ。心配がピークに達した頃、キャットフードのマラカスに忘れた頃に反応して、のそのそと姿を現した。朝が涼しくなってきたので、温かさを求めて秘密の場所に潜り込んでいたのだ。そうなのだ。トラネコミミコには人間には察知できない秘密の隠れ家があったのだ。寒くなると、猫も人間も、そのことを思い出すようになるのである。という訳で、気温が下がってきたので、トラネコミミコがやたらくっついてくる。ボクとキーボードの間に潜り込み、仕事をさせてくれない。こういうときこそ隠れ家にいってくれればよいのだが、秘密の場所には膝の温かさは存在しない。手軽に人間の体温を利用できる間は隠れ家の必要は感じないのである。猫は人間の求めるようには行動してくれない。飽く迄も自らの野生の叫びに忠実なのである。

▲ 秋寒や猫は隠れて朝寝坊

◇ バーチャル富士登山コース  八合五勺を通過しました。
次の地点は九合目。あと、6,724歩です。現在の歩数、48,276歩。
3周目挑戦中でありんす。

1002・日・

 昨日は猫が朝寝坊の口実にしたいくらいな秋寒(あきざむ)だったのに、一転して本日は真夏みたいな陽気となっている。突如として真夏が戻ってきたのである。とはいえ、これが今年最後の真夏を味わえるチャンスであることは明白だ。どんなに気持ちのいい真夏の雰囲気であっても、聞えてくるのは蟋蟀の声ばかり。雰囲気は真夏であっても、もう蝉は鳴いてはくれないのだ。法師蝉でさえ、鳴いてはくれないのである。

 夕方、中学時代のいちばんの仲良しから電話がある。この友人、新宿区戸塚第三小学校から永田町小学校に転校したその日にボクを自宅へ招待してくれた。5年生の初夏のことである。それから数日して、彼はボクを赤坂弁慶橋の蛍狩りに誘ってくれ、その優れた運動神経によって虫篭いっぱいの蛍を捕まえてくれた。それらはボクが生まれて初めて手にした蛍で、今もその夜の感動が蘇ってくる。麹町中学で最後のクラスも彼と一緒だった。彼のおかげで小学校も中学時代も、温かい思い出ばかりなのである。実は今日、その麹町中学の同期会があったのだ。ところが、ここ最近の世田谷と北軽井沢との往復でちょっとバテ気味、そしてまた来週早々から再び北軽井沢との往復が決まっており、どうにも同期会に出席する気力を奮い立たせることができそうもなかったのである。そのことを日本建築学会の重鎮、幹事の深尾博士には伝えてあったのだが、この友人に伝えるのを失念していたのである。同期会を欠席するのは今回が初めて。透析患者であるこのボクに、何かあったのではないかと思わせてしまったのである。この優しい友人に無駄な心配をさせて申し訳のないことをしてしまった。ここは反省をしなければならない。人間としての歴史が深まれば深まるほど友人の価値は増してくる。そして人間として古くなればなるほど未来の再会は保証されにくくなってくる。どんなに疲れていようとも、会えるときは会っておいた方がいいに決まっている。残された時間が短くなればなるほど友人はますます大切になってくるのである。

▲ コーヒーをドリップすれば虫時雨



2016年8月1日~7日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから30年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。

0801・月・花火の日・

 恒例、日本各地の日の出と日の入りの時刻です。昼間の長さと暑さの関係は必ずしも一致しません。それは北半球という巨大な入れ物が熱し易くもなく、また冷め易くもないからです。では、札幌から。日の出は4時25分、日の入りは18時56分。仙台の日の出は4時39分、日の入りは18時46分。東京の日の出は4時49分、日の入りは18時45分。大阪の日の出は5時8分、日の入りは19時00分。福岡の日の出は5時31分、日の入りは19時18分、ということです。

 天災政治家かモンスターか。東京都民はとうとう小池百合子の厚化粧の中身を見抜けなかった。それにしても善戦した上杉隆さん、お見事。
 以前、細川の殿様と小泉ジュンちゃんコンビが都知事選で頑張っていたときに上杉さん、ジャーナリストとしておふたりに密着していたことがあった。もしかして上杉さん、その当時から立候補を 考えておられたのかもしれない。その頃、国際ジャーナリストの及川健二さんが企画した ニューヨーク在住のジャーナリスト、北丸雄二さんを囲む会があって、ごく少数の集まりであったにも関わらず、上杉隆さんも参加してくださって、ボクもご一緒することになった。上杉さん、意外や意外、サービス満点の人で、取材したばかりの都知事選における小泉ジュンちゃんの奮闘ぶりを本人そっくりの声音で再現して、会場を大いに盛り上げてくれたことがあった。もちろん上杉さん、小泉ジュンちゃんをコケにするつもりなんてない。原発全面廃止を主張する小泉ジュンちゃんに尊敬をこめて報告するのである。上杉さんは東電福島第一原発の事故以来、福島を拠点にジャーナリズム活動を継続してこられたのだ。それ以来、ボクはこの人物に注目していた。上杉さん、この前線に気を良くしてもらい、またの機会を狙っていただきたい。でも、次の機会が都知事選挙でなくてもいいような気はしている

▲ 飛べるかな 化粧落とした 渡り鳥

0802・火・

 あの血も凍る事件から1週間。障害者たちが枕を高くして眠れなくなってから1週間。この事件が与える今後の影響を懸念する。同調する愚か者が現れないことを心から祈っている。マスコミは何から何まで馬鹿がつくほど丁寧に報告するけれど、受け取る側は常に自らの中心に太い鉄骨製の冷静さと精神的背骨を通しておきたいものである。

 北軽井沢の朝は鳥の声で目覚める。世田谷の朝は馬鹿な犬の声で目覚める。近所に猛烈、馬鹿な犬がいるのだ。あきれるくらい馬鹿なのだ。この犬、通りかかるものなら人間であれ、犬であれ、自動車であれ、猛然と吠えかかる。今にも噛みつきそうに吠えかかる。動くものなら何でもいい。大人であれ、子どもであれ、吠えかかる。ポストマンであれ、宅配便であれ、吠えかかる。大型犬であれ、小型犬であれ、吠えかかる。要するに馬鹿なのである。欲求不満なのである。喧嘩したくてたまらないのである。だから朝からうるさくてたまらない。迷惑しているのである。けれども笑ってしまうのはこの犬、飼い主の奥さんそっくりに吠えかかり、噛みつくこと。たまたまこの奥さんがご亭主に噛みついている現場に遭遇したことがあるので、犬の噛みつき方が奥さんそっくりであることをボクはよく知っているのである。子どもを見れば飼い主、いや、親がわかるというが、犬を見ても親、いや、飼い主がわかる。人懐こい犬の飼い主は社交的だし、すぐに歯を見せる好戦的な犬の飼い主は人嫌いが多いような気がする。会話のなくなったご夫婦や、孤独に飽きた独身者でペットの飼育を考えておられる人がいたとしたら、犬は鏡になるからご用心。秘密主義を堅持したいなら、ペットは猫にした方がよい。

▲ 七日間 過ぎても震え 止まらない

◇ バーチャル東海道五十三次コース

関に到着、通過しました。次は坂下。あと11,201歩です。
現在の歩数、834,799歩。3周目挑戦中!

0803・水・新月・

 ものすごい音がして目覚める。気がつくと窓の外が滝になっている。これじゃ昼寝などしていられない。怖いほどの豪雨というけれど、最近はこういうのを夕立と呼ばなくなった。ゲリラ豪雨というのである。名称が変わるだけでイメージも変わる。夕立だったら風情があるが、ゲリラ豪雨じゃ嬉しくない。すっかり被害者になった気分にさせられてしまう。ネーミングは大切です。

 とうとう石破茂さんが内角を脱出するらしい。それにしてもこの内閣、一億総活躍大尽とか働き方改革大臣とか、わけのわからない大臣が次々に誕生している。アベちゃん、彼らに何をさせる気なのだろう。それってそもそも、厚労省の仕事ではないのか。以前、自民党政権が誤魔化しみたいに省庁統合して見かけには役所の仕事を小さくしたのに、安倍政権がせっかく整理整頓したつもりの卓上のパイを引っ掻き回してチャラにしてしまった。サラリーマン時代、同僚からワガママ人間というレッテルを貼られたことのあるアベちゃん、やっぱり噂は本当だったのだ。

▲ 温暖化 雨もゲリラに してしまう

0804・木・

 そらいろめがね。ちょっと素敵なラジオネーム。ふと耳に飛び込んで、いつまでも頭の中で飛んでいた。

「答えられないと撃つぞ!」
と学生にモデルガンの銃口を向けて威嚇し、キャンパス内で殺傷能力のあるエアマシンガンをぶっ放し、模造等を振り回す大学教授が首になったというのは当たり前のことであるが、農業用エアガンというのがあって、電動式で害獣や害鳥駆除を目的としてネット通販で購入が可能であるというのは当たり前のことだろうか。この電動式エアマシンガンで失明させられたラブラドールレトリバーを記憶しているが、ナントカに刃物で、万人に危険物を購入できるチャンスを与えるということは、つまりそういうことなのである。誰でもが常識人だという保証はない。ああ、コワ。

 2015年の中国映画「妻への家路」、ひどい映画だった。救いのない物語だった。国家や体制に反逆すると、こういう目に合うのだという脅迫映画、という感じがした。これまでに体験した中国映画はどれも面白かったのに、習近平体制はこんな映画しか作らせないのかもしれない。本当だとしたらコワい話である。
 吉川英治の宮本武蔵を夢中で読んでいる。戦前の小説でその昔、我が家の物置に全巻揃って並んでいるのを目撃して、理屈っぽい剣豪小説とばかり思って敬遠していたのだが、純粋な魂を描く青春小説だったのだ。もしかしたらあの重厚な徳川夢声(とくがわむせい)の朗読が悪影響したのかもしれない。思い込みや偏見、間違った先入観はあまりよい結果はもたらさない。ああ、もっと早く読んでおくべきだった。
 先日亡くなった大橋巨泉さんのご著書を読んでいる。肉体は滅びてもその言葉は生きている。精神は活動し続けている。これが文字の力である。そしてその文字の力を視覚障碍者に解放してくれたサピエ図書館に心から感謝している。

▲ ありがたく カレーライスで 汗をかき

◇ バーチャル東海道五十三次コース

坂下に到着、通過しました。次は土山。あと19,501歩です。
現在の歩数、846,099歩。3周目挑戦中!

0805・金・

 朝の5時過ぎから道路が混雑している。夏休み真っ盛りの週末である。お盆も近づく週末である。だから混雑するのは当たり前。おまけに貧乏人のボクまでが避暑に出かけていく。蒸し暑いと肌と紙がべたついて、おえかき作業がはかどらないと涼しい場所へと移動するのだ。贅沢にも移動するのだ。奥さんの運転で、犬も猫も連れて民族大移動、とは大袈裟で、せいぜい家族小移動と洒落こむのである。やれやれ。
 本日の東京は猛暑日になるらしい。けれども関越道を飛ばして3時間、軽井沢なら涼しいとばかり思っていたら、とんでもない。軽井沢にも夏がきていたのである。けれども、やっぱり風だけは涼しい。だから納得。ボクのような貧乏人も、アベノミクス大好きなお金持ちも、みんな軽井沢が好きなのである。
 軽井沢の町に入れば、いつものツルヤスーパー駐車場。広い売り場をたっぷり時間をかけてコボちゃんはお買いもの。その間、ボクは犬と猫との子守りをする。トラネコミミコは膝の上から開いた窓の外を眺めている。すると買い物客がクルマの中をのぞいて
「あら、ワンちゃんのお留守番。まぁ、猫ちゃんもいるのね」
とつぶやく。猫とのドライブを羨ましく思う人は少なくない。犬と猫は仲が悪い。猫はクルマに酔う。そんな固定観念を払拭できない人は意外に多いのだ。
 スタジオクラスター北軽井沢分室に到着する。コボちゃんが荷物の移動をしている間、熊除けと思ってラジオをつけたらサッカーをやっていた。相手はナイジェリア。あっという間に点を重ねられている。日本メディアの前評判ほど不確かなものはない。誰だ、大言壮語していたやつは。
 停電かと思ったらブレーカーが上がったまんま。落雷があったのだ。冷蔵庫の内部が温まっている。けれども冷凍庫は無事だった。となると、電気が止まってからそれほどの時間が経過してないのかもしれない。いずれにせよ、中の食べ物は匂いを確かめてから口に入れることにしよう。
 可哀想なここの蜘蛛たち。ティッシュでつままれてポイポイと窓の外に捨てられている。せっかく屋内に蜘蛛の巣をせっせと建築したのに、これから山の中で蜘蛛の巣設営をしなくてはならない。でもコボちゃんは決して殺したりはしないので、殺虫剤とかスリッパとかで殺戮されるゴキブリに生まれなくてよかったね、蜘蛛さんたち。

 着いて早速下絵の練習をしている。セロ弾き蟋蟀の練習をしている。月刊ラジオ深夜便「しじまのうた」の今月の主人公は蟋蟀なのである。糸車を回している蟋蟀なのである。けれどもボクは糸車の構造がよくわからない。そこでカザルスみたいなセロ弾き名人の蟋蟀の出演を思いついたのだ。けれどもこの絵、あまり簡単ではない。セロ弾き蟋蟀の形がボクの手に刷り込まれるまで、何度も何度も描いて納得するまで練習するのである。でなかったら全盲のボクが絵なんか描けるはずがないのである。

▲ 都会から 暑さ連れての 軽井沢

0806・土・広島平和記念日・

 目覚めてセロ弾き蟋蟀の絵を描く。蟋蟀は落ち葉の色と形のセロを弾いていることにする。月刊ラジオ深夜便「しじまのうた」のために浮かんだ絵だったが、あまりに気に入ったので来年度カレンダーの11月にも採用、掲載することにした。梟を角に乗せたヤギ博士と同様、ボクのキャラクターに仲間入りさせることにする。

 土曜日である。いつものNHKラジオだったらこの朝は「ラジオ文芸館」なのだが、今朝は広島から平和式典の中継である。リオ五輪の開会式も始まっているはずなのだが、さすがはNHK。ここはやっぱり広島なのである。

 そとに出ると、周囲はイノシシの掘った跡だらけ。腐葉土なのでミミズが豊富に存在するのだ。地球のミルクと呼ばれているミミズがいるのだ。それはイノシシにとっても御馳走なのである。
 昼になるとものすごい暑さ。アルルはエアコンを入れてくれと死にそうにあえいでいる。けどね、このスタジオクラスター北軽井沢分室には冷房の設備なんかないんだよ。こんなに暑くなることなんて滅多にないんだよ。そう説得するんだけど、アルルは納得しない。世田谷ならば、あえぎさえすればエアコンの涼しい風が流れてくるはずなのである。

 午後から透析ということで熱いシャワーを浴びてくる。二階へ上がってきてラジオをつけると激しいサンバのリズム。リオ五輪の開会式の録音である。いや、もしかしたらライブかもしれないぞ。初めからほとんど興味がないし、普段のリズムが壊されるからオリンピック中継はどちらかといえば嫌いなのだが、どうもこのリズムを耳にしてしまうと思わず体が動いてしまう。ブラジル市民の熱狂に染まってしまう。1964年の東京五輪の記憶が蘇ってしまう。澄みきった青空に航空自衛隊ブルーインパルスの描き出した巨大な五輪を思い出してしまう。亜細亜最初の五輪であった。そして2016年、リオ五輪は南米最初の五輪である。瞬間、ブラジル市民の狂喜乱舞に心臓をひとつかみされたような気分になった。やばいな。もしかしてオリンピック風邪に感染したかもしれないぞ。

▲ 裏側で サンバのリズム リオ五輪

0807・日・立秋・

 立秋である。そして高原の風は乾いていて気持ちがいい。窓を全開にしてひとりきり、広いスタジオで絵を描いている。最近、キンさんは現れない。このスタジオに住み着いている友人の霊魂である。ここには彼の魂が心残りにしているはずの彼の分身ともいえる作品群が存在しているのだ。でも、現れなくなったということは彼の魂が完全にこの世を離れた、ということかもしれない。ボクがひとりきりで仕事をしているときなど、ときどき背後からのぞいているのを感じることがあったのだが、ボクは彼の存在が嫌でなかったので、ちょっと寂しいような気もしている。恐怖は自分の中から発生する。会いたいという気持ちがあれば、実体でも霊魂でも怖がる理由はない。霊魂が悪さをするというのは、それをされる理由を抱える人間側の妄想であるのだ。
 それにしても散歩が長い。コボちゃんとアルルは出かけたきり。きっと今頃プリンスランドで濃厚ソフトクリームを人間と犬同士、シェアしているのだろう。それとも別荘友だちとのおしゃべりに忙しいのかもしれない。とにかくここはドローイングに集中できてありがたいと思い、このひとりきりの時間を無駄にしないよう心がけるのだ。
 と思っていたら遠くからカウベルの音が近づいてくる。すると今まで熟睡していたトラネコミミコがチリリンと鈴を鳴らして目を覚ます。階段の上り口まで走っていって出迎えの準備をする。ドアの開く音がしてコボちゃんとアルルのお帰り。今日もヒグラシが鳴いている。もうそんな時間になっていたのだ。そして本日の土産話はリスの目撃談。果たしてどんなリスだったのだろう。

 オリンピック中継では重量上げをやっている。ついつい力が入ってしまう。関係ないはずなのに始まるとメダルの数が気になり出す。オリンピックとは不思議なもの。ついつい自分の中のナショナリズムが元気になってくる。困ったものである。

▲ 金銀銅 こだわるわけじゃ ないけれど





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