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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年10月8日~14日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1008・月・体育の日・寒露・

 NHK「マイあさラジオ」によると今日は「木の日」だそうです。10月8日で漢数字の十と八を組み合わせると漢字の木になるということで1977年に決められたそうなのです。それ以来の毎年のこの日、木材の普及活動を行っているとのことですが、ボクはあんまり聞いたことがありません。きっと耳がよくないのでしょう。これはもっとよく聞こえるようにした方がいいのではないのでしょうか。どうやら我々は易くない外国の木材を騙されて買わされているらしいのです。日本の森林や水資源を大切にする意味でも林業を大切にして森林と共に生きる人々をみんなで盛り立てていく必要がありそうです。植物は地球生物のファンダメンタル。私たち動物は木や草の手の平で遊ばせてもらっているのですから。

 「ひみつのブルブル飛行猫」の推敲に専念したいが、またまた便秘の復活でお尻がつらい。どうも落ち着きません。イラストレーターもドライバーも座ってするオキュペーション。コボちゃんの職場のドライバーさんも、いつもお尻が悲鳴をあげているそうなのです。

 本日はカッちゃんの店でお蕎麦のランチ。お嬢さんのご亭主、韓国籍のジョンさんと初対面。お運びさんが板についてる男性がいるので、誰かと思ったらお婿さんだったのだ。お嬢さん、オーストラリアで知り合ったということで、おふたりとも国際人。でも、本日のボクのお目当てはジョンさんでなく、その胸に抱かれたロングヘアチワワのロメオちゃん。耳がパピオンみたいに大きくて、目がくりくりしてる。で、それさえわかれば目的達成。なんで目的達成化はあとでわかります。お嬢さん、12月にはベビー誕生。きっと可愛い赤ちゃんが生まれることでしょう。おめでとう。

 夕方、夏目漱石の「明暗」を読了する。これで漱石の長編小説をすべて読破したことになる。これすべてサピエ図書館のおかげです。失明当時、全盲になったボクにこんなことができるなんて想像もしていなかったのです。感謝です。

 夜、コボちゃんと酒を酌み交わしながら音声映画、三谷幸喜と東京サンシャインボーイズ脚本による「12人のやさしい日本人」を鑑賞。ボクは繰り返し楽しんできたけど、コボちゃんには初めてのエクスペリエンス。コボちゃんにすれば、ビジョンレスの映画。けど、よほど面白かったのだと思う。映像がないのに、最後まで付き合ってくれました。これ、何度見ても飽きません。皆様にも保証いたします。

▲ 暖かな蕎麦が食べたい寒露かな


1009・火・新月・世界郵便デイ・

 本日は世界郵便デイ、ということです。1874年、明治7年の今日、世界のどこへでも郵便が届くことを目的とした国際機関、万国郵便連合がスイスのベルンで発足したことを記念して設けられた記念日なんだそうです。国際郵便を利用するようになったのは英語を習い始める中学生になってからでしょうか。切手集めにも興味がありましたから使用済みの外国切手のためのグループもストックブックの片隅に並べてありましたよね。国際郵便のありがたさを具体て火に知ったのはやはり最初の外国旅行でした。ロンドンのケンジントンの郵便局にはずいぶん通って、お世話になりました。そのとき、トラベラーズチェックの入ったハンドバッグを郵便局に忘れていったのですが、しばらくして気が付いて、慌てて戻ったときに、さっきと同じようにそのハンドバッグが持ち去られもせずにボクを待っていたときは、ロンドンの郵便局は優秀だなんて、おかしな感動をしたことが今も忘れられません。あれがロンドンでなく、ローマやナポリだったら瞬間にして消滅していたのだと思います。国際郵便というと、いつもそのことを思い出します。

 1952年、昭和27年の今日、黒沢明監督の映画「生きる」が封切られた。主演の志村喬が演じる余命いふばくもない主人公が夜の公演でブランコをこぎながら歌う「ゴンドラの歌」が多くの観客の心を揺さぶった。この場面はあまりに有名ではあるが、残念なことにボクはスチールでしか見たことがない。結局チャンスに目部まれることなく失明してしまったが、いつかこの名画をサピエ図書館で音声映画化してくれることを望んでいる。日本点字図書館、よろしくお願いいたします。

 北軽井沢を擁する群馬地方は今日もいい天気。このエリアは台風の影響もなく、ずっと天気が安定している。山の透析室へのドライブウェイに設置してある温度計は21度を示していた。
 天気がいいと透析も快調。看護婦さんとの会話も弾む。無事に透析も終了し、病院の外にでると院長先生が気持ちのいい夕暮れの前庭に佇んで山並みに見とれている。でも、もしかしたらたそがれていたのかもしれない。待合室には大きな鐘の音で時を告げる歴史モノの柱時計が鎮座していて、この医院の歴史を物語っている。金色の文字から推測するに、先代がこの医院を開院するとき、出身医大から贈与された記念品らしいのだ。院長、何代目かは知りませんが、いつもこの医院の繁栄を祈りながら力いっぱいにネジを巻いているのだろうか。これからもよろしくお願いいたします。

▲ 歴史ある柱の時計山の秋


1010・水・目の愛護デイ・釣りの日・盲導犬アリーナ命日・

 未明、NHKラジオ深夜便の須磨佳津江さんの声が寝惚けたボクに活気と安心を与えてくれる。美しい声、優しい心遣い。日本中どこへいっても聴くことのできるこの放送の果たす役目は限りなく大きいのだと思う。この番組に長く係わらせてもらっていうことに感謝している。

 1964年の今日、東京オリンピックが開幕した。開会式のこの日、東京の青空に航空自衛隊のブルーインパルスが描いた巨大な五輪が今もこの目に焼き付いている。感動の五輪だった。15日間の大会で金メダルを16個、銀メダルを5個、銅メダルを8個獲得した日本はとても頑張ったのだといえるのだろう。ことに女子バレーボールの金メダルは全国のお茶の間を興奮の坩堝に巻き込んだ。お茶の間のテレビではなく、ボクは本物の体育館で体操男子の競技を目撃、目の前で日の丸の上がるのを見て歓声を上げたものである。その開会式の10月10日、1999年までこの日が体育の日だったのに、ハッピーマンデイとかいっちゃって、バカなシステムでせっかくの晴れの特異日をシャッフルしちゃって、自民党政権にはあきれるしかないのです。

 夕方である。ここは北軽井沢より無事に到着した多摩川べりにある日本動物高度医療センターの4階の待合室である。自販機のコーヒーが新しくなっていた。香り豊かなコーヒーということでボタンを押したら出てきたコーヒーは何だか甘い。この甘さみたいなのが香り豊かということなのかと考えてたら、コボちゃんが、
「あっ。ブラックのボタンを押すのを忘れた」
だって。じゃ、あの甘さは香りが高いんじゃなくって、ただの砂糖とミルクだったんじゃないか。ところで、待ち時間がやけに長いんじゃないかな。もしかしたらアルルのどこかに何かよくないものが発見されたのかも。心配していたら、
「ナマエアルルちゃん」
呼び出しのアナウンス。ボクらは階下の診察室まで飛んでいく。
「レントゲンでは何も病変は見つかりませんでした。エコー検査もしましたが、腹水も胸水もありません。このまま様子を観察していくということでよろしいかと思います」
 と、担当の高木先生。よかった。抗癌剤治療は順調らしい。おまけにエコーでもチェックしてくれていたのだ。問題は体重増加だけ。ま、ちょっとステーキの食べ過ぎかもしれない。それにしても何もなくてよかった。本当によかった。考えれば今日は盲導犬アリーナの命日。きっと雲の上からアリーナがアルルを守ってくれているのに違いない。
 駐車場のアウトバックに戻ると猫のミミコは車内で落ち着いている。ひとりでお利口に待っていられたのだ。そこへアルルがジャンプ。後部座席で仲良く並んで伏せをする。ほんじゃOK、レッツゴー!
 帰り道、経堂のオリジンで肉野菜炒めを注文。この野菜炒め、7種類の野菜を使ってとってもヘルシー。豚肉も旨いのです。実はボク、コボちゃんの料理の次にオリジンのファンなのです。というわけで、我が家での酒盛りはカヴァのシャンパンで乾杯といきたいと思います。

▲ 我が感謝高く無限な秋の空


1011・木・

 1945年、昭和20年の今日、GHQ、連合国軍総司令部が初めて検閲した映画「そよ風」が封切られた。サトウハチロー作詞、並木路子が歌った挿入歌「リンゴの唄」が敗戦で打ちひしがれた日本人の心に響いて大ヒットした。ボクは昭和23年の生まれだけど、そのボクの幼少時の記憶としてもこの歌声とメロディーが深く心に焼き付けられている。よほど繰り返しで聴かされたのだろう。どれだけのロングランヒットだったのかと驚かされる。目まぐるしく流行歌が移り変わる現在から見れば考えられないことである。この並木路子も登場する2015年NHK制作の映画「紅白が生まれた日」はつい最近サピエ図書館にアップされているので視覚障碍者はその特権としてご覧になるといいだろう。敗戦当時のことに多少でも興味のおありの方々にはきっと楽しめる作品だと思います。もちろん出てくる歌手や役者さんたちは本物ではありませんけれど、懐かしい面々ばかりです。

 星新一のショートショートはその生涯で一千作品を超えるそうだが、サピエ図書館にアップされているそれらショートショートのすべてを読破しようと頑張っている。ただし、星新一はSFブームの牽引車ということになってるが、その作品すべてが空想科学的とは限らない。空想科学少年だったボクにとってそこがちょっとつらいところ。ここしばらく星新一作品から離れていた理由のひとつがそれである。慶應義塾のマンガクラブのメンバーになったばかりの頃、大学漫画早慶戦というようなテレビ番組が企画されて、ボクも作品で参加したことがある。ボクの作品は毛生え薬をネタにしたSF的なものだったが、審査員の星新一がボクの作品を高く評価してくださって、ああ、さすがSF作家だなぁ、なんて感動したことがありましたっけ。で、その義理としても全作品読破に挑んでいるわけだけど、少し疲れました。ここいらあたりで小松左京の本格的ハードSF小説を味わって、ちょっと頭を切り替えようかと思います。ちなみに、その毛生え薬をテーマにした漫画ですけど、世界文化社からの月刊絵本「ピカリング博士」として生まれ変わっております。

▲ 力尽き猫の虜や秋の虫


1012・金・

 1983年、昭和58年の今日、ロッキード裁判で田中角栄に実刑判決が下された。東京地裁は総理大臣経験者に受託収賄の罪などで懲役4年、追徴金5億円を言い渡したのである。これをボクが気の毒と感じたのか、それともザマミロと思ったのかはほとんど記憶にない。それは当時のボクの田中角栄に対する評価が劣悪だったせいではなく、それは当時のボクが失明宣告を受けての入院中であり、毎日のように眼球注射を受けたり、目玉へのレーザー照射を受けていたせいだと思う。で、今から考えると、田中角栄はアメリカに撃ち落とされたんだと思います。アメリカを無視して中国と握手した田中角栄は猛烈にカッコよかったんだけどね。当時のボクから見ても英雄でした。

 スタジオクラスターのマダム、ヒロコママが来年度カレンダーの校正刷りを持ってきてくださった。そしてその数十倍の量と重さでボクのランチとおやつと夜食と酒の肴を差し入れてくださいました。おかげでボクは本日のランチとして竹の皮風の紙に包まれた天むす6個と、まい泉(まいせん)のロースカツ丼をいただき、透析中の夕食はオリジンのカツカレーライスでしたけど、ボクは毎食トンカツでもOKなのです、あ、失礼、そして透析から戻ってのコボちゃんとの晩酌の酒の肴がまい泉のヒレカツと崎陽軒の焼売、ということになったのです。そしてこれは単なる予測ですけど、来週あたり、ボクのドライウェイトは大幅に修正されそうです。

▲ ヒレカツや庭の蟋蟀ロースカツ


1013・土・

 2013年、5年前の今日、恩師、やなせたかし先生が身罷った。94歳だった。やなせたかし先生と立川談志師匠は、相手がどんな高いところにおられても、その胸に飛び込めば必ず受け止めてくれる、ということをボクに教えてくださった大切なお師匠たちである。漫画は絵で描くポエム。漫画は笑いです。このふたつのメッセージからヒントを得たエム ナマエのペンネームは、このおふたりからの賜物である。単なるイニシャルではないのである。高校生のとき、やなせ先生のご著書「まんが入門」で「漫画は絵で描くポエム」という言葉に触発され、漫画家を目指すようになる。実際の先制にお会いしたのは大学2年生のとき。サイン会で自費出版のミニ絵本をお渡ししたのがご縁で、それ以来、先生のお宅を出入りすることを許され、やがてお仕事をいただくようになる。全盲イラストレーターとして復活したときは本当に喜んでくださり、いろいろな形でのサポートやバックアップをいただいた。2002年の日本橋三越本店のエム ナマエ展覧会のオープニングパーティーではふたりのお師匠、やなせたかし先生と立川談志師匠が、NHKテレビ「まんが学校」以来、数十年ぶりで初めてふたりお揃いとなり、スピーチをしてくださったのには感動した。90歳を超えてもどんどん新しいことに挑戦していくやなせたかし先制。殺しても死なないと思っていたその先生の訃報を耳にしたときの衝撃は大きかった。四谷のやなせスタジオに駆けつけたとき、先生は既に骨壺の人となっていた。やなせたかしがいなければエム ナマエも生まれていなかった。今も毎日、心からの感謝の祈りを捧げているのである。立川談志師匠とのエピソードはまた今度にさせていただきます。

 夜のNHKラジオニュースで驚いた。オイラも70歳のジジイだけど、71歳のジイサンが熊退治をやらかしたというのである。今朝のこと、埼玉県は秩父あたりの雲取山で山歩きをしていた山小屋勤務の71歳のジイサンが木登りをしている子熊を見つけて眺めていたら、突然その母熊に襲われてしまった、というのだ。でも、山仕事の人だったら、子熊の傍には母熊がいるのは常識なはず。そこはマヌケだったと思う。でもこのジイサン、そこからがすごい。その母熊の背中をつかんで山の斜面に投げ落としたというのである。そりゃ母熊も子熊を守るのに必死だから再び斜面を駆け上がり、ジイサンに襲いかかったがこのジイサン、根性があるのです。またまた母熊は投げ落とされてしまったのです。この母熊、ジイサンに噛みついてやればよかったのに、やけに気の優しい熊さんなのです。で、71歳のジイサンは自力で下山し、現在は病院でひっかかれた両手を治療中ということでこの勝負、ジイサンの冷静さの勝利なんだと思います。足柄山の金太郎みたいなジイサンのお話でした。めでたし、めでたし。

 昼間はやけに眠たかったけど、夜も更けたらやたら元気。NHKラジオ第2の「朗読の時間」再放送、永井荷風の「フランス物語」をBGMに、出版当時はたちまち発禁になって、1968年にやっとまともに出版されたという禁断の書物「フランス物語」を肴に、コボちゃんと酒盛りをする。もうひとつの肴がヒロコママの差し入れの崎陽軒のレトルトバージョンの焼売。それとまい泉の千切りキャベツの山盛り。それにフレンチドレッシングをたっぷりかけて、バリバリと咀嚼しながら焼酎のお湯割りで流し込んだのでした。まい泉の千切りキャベツ、とってもおいしかった。この千切りキャベツ、ヒレカツの脇役なんだけど、主人公の風格がありました。念のためのご報告です。

▲ あんぱんを食べて飛んだよ秋の空


1014・日・鉄道の日・

 本日は鉄道の日であります。1872年の今日、新橋横浜間に日本で最初の鉄道が開通した。これを記念して大正11年に鉄道記念日が制定され、1994年からは鉄道の日となったのであります。汽笛一斉新橋を。鉄道唱歌でも歌われているその日なのであります。

 1974年の今日、長嶋茂雄が現役を引退した。記録よりも記憶。チャンスに強いバッティングでファンを魅了してプロ野球人気を一気に引き上げた存在はミスタージャイアンツ、と呼ぶよりはミスターベースボールと称すべき存在だと思います。ナガシマ以前の野球人気は早慶戦に支えられていたのですよ、ほんまの話。さてこの日、後楽園球場のグリーンの人工芝の中央にセットされたマイクロフォンの前で、巨人軍は永久に不滅ですと絶句し、片腕で目頭を押さえていた引退挨拶を今も昨日のことのように覚えている。そう。あれは昭和のひとつの歴史でした。今はアンチジャイアンツのボクでも、ナガシマは永遠の憧れの対象なのです。鯖は魚にブルーだから野球はひとつのベースボールなのです。わっかるかなぁ、わっかんねぇだろうなぁ。

 大ショック。いつもの時刻に文化放送に回したら、安倍晋三よりも滑舌の悪い早口の女の子の声がして、違うプログラムになっている。ボクが北軽井沢でタヌキやイノシシと遊んでいる間に志の輔ラジオがなくなってしまったと思い、死にたいくらいガッカリしていたけど、ネットで調べたら放送時間が変わっただけと判明、胸を撫で下ろす。放送開始が中途半端な6時20分から7時ジャストとなり、放送時間も延長されたのだ。そうだよな。それだけの価値のあるプログラムだと思います。万歳。

 クライマックスシリーズのファーストステージでジャイアンツがヤクルトに勝利して、ひどいことにノーヒットノーランで勝利して、ファイナルステージへの参加権を獲得してしまった。リーグ優勝3連覇の広島への挑戦権を獲得してしまったのだ。生涯終身ナガシマファンではあるけれど、アンチジャイアンツのボクはまったくもって面白くない。最悪の結果とならないことを全身全霊で祈ってる。ボクはハラタツノリではありませんから、全知全能では祈りませんけれど。わっかるかなぁ、わっかんねぇだろうなぁ。

▲ ナガシマの引退記念勝つ巨人

2018年7月16日~22日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0716・月・海の日・閻魔参り・藪入り・お盆の送り火・

 7月16日は駅弁記念日だとミス「おはよう一直線」の檀れいさんがいっている。宇都宮駅で竹の皮に包まれたおにぎりと沢庵を販売したのが駅弁の始まりだといっている。果たして海苔は巻いてあったのだろうか。巻いてないと指に御飯粒がついて面倒臭いよね。でも、海苔は高級品だから、となると高くなってしまうよね。どうだったんだろう。ちょっと気になるよね。

 1945年、昭和20年の今日、米国ニューメキシコ州アラモゴードでアメリカが世界で初めての核実験をやらかした。そしてこの年の8月、広島と長崎にその原子爆弾を落っことした。砂漠の砂の上でなく、人間の頭の上で爆発させたのだ。砂漠での核実験でも危険の要素は数え切れなくあるのに、人の暮らしの上での核実験は言語道断歩道橋、許せない。広島長崎への原爆投下で、アメリカ軍はどれだけの人体実験の資料を獲得したことだろう。広島長崎への原爆投下はソ連への威嚇行為であると同時に放射能に関する人体実験だったのだ。白人社会にとって有色人種の命は限りなく軽い。レイシストのトランプが鼻息を荒くしているこの時代、これは覚えておいた方がいいだろう。

 1972年、昭和47年の今日、大相撲名古屋場所でハワイ出身の高見山が初優勝を遂げた。外国人力士による初めての優勝である。ボクは高見山という力士が好きだったので、とても嬉しかったはずなのにまるで記憶にないということは、ボクが日本にいなかった、ということになる。このとき、ボクはバックパッカーとしてヒッチハイクをしながらロンドンからネス湖を目指していたのです。本気でネッシーに会えると思って旅を続けていたのです。純粋で純情だったのです。いくらハンサムな高見山でもネッシーとは勝負になりません

 目覚めたら5時のニュースをやっている。ワールドカップでフランスが優勝したことを知る。前評判の通りです。それにしてもベルギーの3位はよかったね。ベルギーにとって日本戦が刺激になったといってるらしいが、同じマンションのベルギー人、ニコラも喜んでいることだろう。ニコラは犬仲間で、飼い犬のフレブル、フレンチブルドッグでハレンチブルドッグではありません、のレオポルド君とアルルは大の仲良しなのです。で、ボクもベルギーの首都ブリュッセルを幾度か訪れたとき、有名な小便小僧のあまりの小ささに驚いたり、にわか恋人との別れの食事をするタイミングだったりで、ベルギーにはいろいろな思い出があり、とても好きな国なのです。ちなみにニコラはフランスエリアのベルギー人。ときどきボクもインチキフランス語を使わせてもらいます。通じるのが不思議です。

 列島酷暑である。そしてアンハッピーマンデイである。ハッピーマンデイをいいことに病院は月曜日の透析を休日扱いにして採血検査をパスしたり、勤務体制を休日扱いにして経費節減に情熱を燃やす。おかげで午後の早い時間から透析室に入室を迫られ、患者の苦労が倍増する。単独行動ができないボクのため、コボちゃんは勤務先から飛んできて、昼休みを犠牲にしてボクを病院に連れていく。こういうとき、勤務先が歩いて3分、ということだけがありがたい。

▲ 木陰から日傘開いて歩き出す


0717・火・

 1971年、昭和4年の今日、登山家の今井通子さんが女性では世界で初めてアルプスの三大北壁を征服した。マッターホルン、アイガーに続き、グランドジョラスの登頂に成功したのである。実はボク、その翌年の1972年、スイスはアイガー北壁を望むグリンデルワルドの美しいホテルのレストランで今井通子さんとお茶を飲んだことがある。そのとき偶然一緒に旅をしていた看護師さんが登山マニアで、今井さんに声をおかけしたところ、それじゃお茶しながらおしゃべりしましょうよ、というとになったのである。この年の欧州放浪はは不思議な旅で、同じ日に乗った登山列車の車内で詩人で絵本作家の岸田衿子さん、この方、岸田今日子さんのお姉さんで、いきなり親しくなって、その後も長くお付き合い、いただくことになったりした。同じくスイス、チューリッヒでは大学マンガクラブの同輩、ローマはトレビの泉で高校剣道部の先輩、パリのシャンゼリゼでは高校の同級生、同じくシャンゼリゼのカフェではベルリンフィルのメンバーにシャンパンで誕生日を祝ってもらう、というように素敵な偶然と出会いが次々に発生する不思議な旅だったのである。本当は思い出せばもっともっと列挙できるのですが、このくらいでやめておきます。1972年の夏はボクの人生の大きな夏休みだったのです。

 TBSラジオ「おはよう一直線」情報によると本日は東京の日だそうです。慶応4年の今日、江戸が東京と改名されたことを記念する日です。当初、「東京」をどう発音するかが話題となり、素直にとうきょうと読む人もいれば、いやとうけいだと主張する向きもいたらしいのですが、さすがトンキンと読むトンチンカンはいなかった、ということです。普通に考えれば、東の京都という意味でとうきょうでいいのでしょう。

 デイキャッチ、荒川狂鶏、あんたそんなに偉いのか。自分の名前がついた番組だからといって、そんなに偉そうでいいと思っているのか。国会担当の沢田記者を沢田君、沢田君と呼ぶのはおやめなさいな。かなり聞きづらい。以前、国会担当が国会王子の異名をとるTBS政治部の武田一顯(たけだかずあき)記者だった頃はそんな言い方してなかったよね。裁判芸人の阿蘇山大噴火氏を阿蘇山君と呼んでいたことも不愉快だった。けれども相手によってはやけに卑屈になったりして、荒川狂鶏という人物、とってもチンケな人柄なのに、TBSでどうしてそんな力を保持しているのだろう。彼がTBSに登場した頃から不思議でならないのです。

 夕方からコボちゃんと猛暑のお出かけである。親しくさせてもらっている田辺さんとその息子たち、といってもアラサーの子どもたち、田辺兄弟と経堂駅での待ち合せ。おしゃべりと楽しい食事に誘われたのである。選ばれた店はオリジナル中華レストラン、経堂西通り商店街、「彩雲瑞」(さいうんすい)。以前よりもはるかにおいしくなっていて、感動。ここ、お勧めです。前はまずかったのに、おいしくなった、おいしくなったと騒いでいたら、コボちゃんに叱られた。どうもボクは口が軽くていけません。でも、本当においしかったのです。

▲ 乾杯のビールみるみるみんな汗


0718・水・

 1970年、昭和45年の今日、日本で初めての光化学スモッグの発生が東京都杉並区で確認された。高校のグラウンドで運動をしていた生徒たちが突然目の痛みや頭痛を訴えて病院に運ばれたもので、これが光化学スモッグと判定されたわけだ。幸いなことにボクは光化学スモッグを実感したことがないのだが、当時はよっぽど東京の大気の状態が悪かったのだろう。この時代、ボクは渋谷の代々木オリンピック公園を見下ろすコンクリートの社宅に暮らしていて、当時は学生イラストレーターになったばかりで、忙しくてあまり外出してなかったのがよかったのかもしれない。光化学スモッグとかPM2.5とか、もしくはサリンとかお化けとか、目に見えなくて包まれたらアウト、てな代物はあまりゾッとしません。お化けはゾッとしますけど。

 夏休みのよき思い出のひとつが高校3年生の美術部、夏休みの合宿で榛名山を訪れたことである。ユースホステルで過ごしたのだが、そこで合宿をしていた群馬医大のクラシックギター部の素敵なお姉さん、藤井H子さんと知り合って文通をしたり、影響を受けてギターを覚えたり、人形劇団プークの山根宏章さんという天才役者さんと知り合って、やがては人形劇団ポポロのお手伝いをさせていただくようになったり、人生登り始めの素敵なハプニングの発信地である。この榛名山の中腹にあるのが伊香保温泉。この伊香保ってどんな意味があるのだろうと思っていたらNHKマイ朝ラジオでご当地の人が解説していた。伊香保の語源はアイヌ語のイカホップで、たぎるお湯という意味であるらしい。江戸はアイヌ語の平らな所、富士はアイヌ語の高い所を示す言葉だと聞いたことがあるけど、もしかしたら記憶違いかもしれない。いずれにせよ日本列島はアイヌの暮す土地で、それをボクらヤマト民族が奪ったのである。

 京都で40度まであと少しとか岐阜で38度を超えたとか、暑さについての恐怖の話題があれこれ伝えられているけど、そんな暑さの中で電気が止まったとか、エアコンが壊れたとかになったらどうしよう。この酷暑列島で熱中症で命を奪われる人の数が鰻登りとなっている。冬は凍死、夏は熱中症。そしてちょうどいい春と秋はどんどん短くなっていく。快適と便利さを引き換えにして地球はどんどん暮らしにくくなっていく。

 お天気おじさんの森田正道(もりたまさみち)君が、この暑さを千年猛暑と呼ぼうと提案している。この猛暑、平安鎌倉以来の暑さであるというのだ。古い樹木の年輪調査によると、歴史上その頃がいちばん暑かったというのだ。けど、もっと古い樹木を調べればそれ以上暑い時代のこともわかるはずなんだけど、そんなに古い樹木、どこにもないもんね。森田君によると今夜はスーパー熱帯夜になるらしい。このままどんどん暑さがエスカレートすれば猛暑日なんて言葉では間に合わなくなり、酷暑日とか獄暑日とか、新しい基準が生まれるかもしれない。この地球、もう我々の知っている地球ではなくなりつつある。

▲ この頃は暑さ以外の話なし


0719・木・

 1980年の今日、モスクワオリンピックが開幕された。社会主義圏最初の開催だったがソ連によるアフガニスタン侵攻にアメリカがボイコットを宣言、日本も同調した。これにより多数のアスリートが出場をあきらめなければならない事態となった。アメリカに右へ倣えは安倍政権だけの得意技ではないのだ。

 ここは日本動物高度医療センターの四階のいつもの待合室。ボクとコボちゃんはアルルの診察が終わるのを待っている。アルルは獣医の高木先生にリードで導かれ、うきうきと歩いていった。先生を心から信頼しているのだ。
 さっきから小さな音でテレビがかかっている。いい年をしたおじさんおばさんが井戸端会議をやっている。馬鹿みたい。ひからびたオレンジを無理矢理ジューサーに突っ込んで、なけなしの果汁を搾り取り、それを悪い水でどんどん希釈するような、そんな議論をやっている。つまらん事件ばかりなのである。この暑さだもん。人間だって事件を起こすような気力を奪われている。元気なのは天然自然、暑さだけ。

▲ 氷水飲むよりいっそかぶりたい


0720・金・上弦・

 1969年の今日、アメリカのアポロ11号が人類史上初めて月面着陸に成功した。猿から進化した人類の代表として初めて月面に降り立ったアームストロング船長は、これは人間の小さな一歩に過ぎないが、人類にとっては大きな飛躍である、と地球にメッセージした。この年はボクの最初の個展「空」を開催した年。ボクは学生で高校時代の美術部の相棒、吉川清君の家に泊まっていて、アポロが月面を離れる瞬間の月面からの生中継を一緒にウォッチした記憶がある。もちろんこの生中継はリモートコントロールによるものである。撮影者を月面に置き去りにしたわけではない。でも、わかっていても心配したよね。

 ここは北軽井沢。暑さを避けての北軽井沢である。アルル静養のための北軽井沢である。で、もちろん猫のミミコも一緒である。自発的に朝の散歩に出たミミコ、ときどき声を上げてクラスター北軽井沢スタジオで朝寝坊をしてるボクに、お前もこいと呼んでいる。やがて太陽が高く昇ればウグイスがいい声で鳴き始める。それに対抗してミンミンゼミも勢いよく声を上げる。やけにでかい声である。あれ、本当に声って呼んでいいのかしらね。

 午後になるとラジオが雷雲の発する電波を捕えてガリガリとつぶやくようになる。そのうち遠雷が聞えてきて本物の雷雲が近づいてくる。冷たい風が吹いて涼しくなるのはありがたいが、雷が近くに落ちればアルルはパニック。数年前のように家から逃げ出して行方不明になるかもしれない。そこでコボちゃんが風通しのために開けておいた一階の扉を閉めて歩く。大きな別荘スタジオはありがたいが、こういうときが苦労なのだ。やがてヒグラシが鳴きはじめ、もう雷の心配がなくなってありがたい。

 夜10時、ニュースを聴こうとNHKラジオをつけたら安倍晋三が記者会見なんかやっている。声を聞きたくないので直ちに消してしまう。確か今日は国会最後の日。賭博法案か何か、また強行採決をやらかして、言い訳をしているのだろう。この人、いつも言い訳ばかりしている。ラジオを消してしまったのでパソコンの中の音声映画「ルドルフといっぱいあってな」をコボちゃんと一緒に観る。このアニメーション、以前から北軽井沢スタジオでコボちゃんと一緒に楽しみたかったのである。コボちゃん、この映画、とても喜んでくれて、ああ、よかった。

▲ ぶつぶつと雷予報ラジオかな


0721・土・土用の入り・土用の丑・

 2011年の今日、最後のスペースシャトル、アトランティス号がフロリダ州のケネディー宇宙センターに着陸した。それまで日本人7人を含む各国の宇宙飛行士350人が乗り組み、世界の宇宙開発を先導してきたスペースシャトルが、その30年の歴史を閉じたのである。ああ、勿体ない。お金がかかり過ぎたのかなぁ。惜しいなぁ。ジャンボジェットが開発当時のスペースシャトルを背中に乗せて、親子亀スタイルで空を飛んでいたのが懐かしい。最初の打ち上げのときはボクも目が見えていて、ずいぶん興奮したのを覚えている。プラモデルも作ったよな。絵本にも登場してもらったな。失明してからも描かせてもらったな。そのフォルム、今もしっかりと頭に刻まれているのです。スペースシャトル君、いつも連れて歩きたいよな、とっても可愛くて素敵な形です。

 群馬県伊勢崎で38度を超えたと聞こえてきた。そこがどれくらい遠いのか知らないけれど、同じ群馬県のここ北軽井沢でも殺人的な猛暑となっている。そして午後から温泉街の草津に近い、とはいえやはり同じ群馬県の山の透析室で透析を受け手いた。とにかくこんな暑いの初めて。冷房がまるで効いてない感じ。仕方ないからダイアライザーから戻す血液の温度を下げてもらった。もう、それしかないのである。
 いつもだったら北軽井沢は涼しい。朝と夜はもちろん、いつも涼しい。夏なのにストーブが必要なほど涼しい。ま、そういうのを寒い、というんだけどね。でも今年の北軽井沢、朝夕以外はただただ暑く、そのこと以外、何も考えられなくなる。涼しいのは夕方からのヒグラシの声だけ。ヒグラシさん、ありがとう。
 で、土用の丑の日ということで、ヒグラシの声と鰻の蒲焼を肴に一杯やってたら、いきなりコボちゃんが蝉の話題。ヒグラシさんだかどうだかはわからないのだけれども、木から落ちて倒れていた蝉さんをコボちゃんが発見。もしかしたら熱中症かと思い、樹液を吸ってもらおうと木の幹にすがらせてあげようとしたら、オシッコをかけられて飛んでいった。というのである。
「セミって本当にオシッコをかけるのね!」
 そういって感動するコボちゃんだったけど、オシッコは黄色かったといっている。

▲ この猛暑鰻食っても間に合わぬ


0722・日・

 午後3時半、上方演芸会を聴こうとNHKラジオをつけると大相撲が始まっていた。本日は千秋楽で、いつもより早いのだった。御嶽海の優勝が決まっていて、あまり熱い取り組みは期待できないのに客席は異様な熱気に包まれている。それもそのはず。千秋楽の今日の名古屋は39.5度と文字通り殺人的な暑さに見舞われているのだ。冷房が効かなくなったらもう大変。取り組みも観客も熱くならない方が見の為なのである。そんな愛知県体育館には申し訳ないけれど、ここ北軽井沢高原ではヒグラシが鳴き始め、別荘村に涼しさを送ってくれている。今年は山が乾いているせいかヒグラシもミンミンゼミもやけに声が美しい。

「あんた、ここで何をしてんの。あんたのおうちは外でしょう!」
 コボちゃんが話しかけているのはカマドウマの赤ちゃん。このカマドウマ、大きく成長するとちっとも可愛くない。コオロギみたいに美しい声で鳴くわけでもなく、でかい図体でただ無駄に餌を消費している。何を食べているかは知らないけれど。というわけでこのカマドウマのベイビー、コボちゃんが蜘蛛さんたちにしてあげてるのと同じようにティッシュのパラシュートに包まれて、やんわりと窓の外へ放り出されたのである。

 最近、きむらゆういちとのご縁で知り合いにさせていただいた直木賞作家の辻村深月さんの作品にはまっている。今夜も「冷たい校舎の時は止まる」のラスト部分をコボちゃんと一緒に聴いている。この作品、上中下の全3巻の大長編。その下巻のラスト部分だけでコボちゃんはすっかり魅了させられてしまったのだ。見上げた筆力である。そしてこの作品、辻村深月さんのデビュー作、24歳の筆である。サピエ図書館のプレクストークによる音訳図書の再生だと、このように同じ本を同時に楽しむことができるのだ。でもこれって、厳密にいうと著作権違反なんだけどね。目の見えるコボちゃんはサピエ図書館の恩恵に与ってはならないのです。

▲ カマドウマまたつかまってさようなら

2018年4月2日~8日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です、はお休みさせていただきます。


0402・月・

 東京の日の出は5時27分、日の入りは18時3分。かなり日が延びてきました。東京の未明の気温は13度、最高気温は24度。もう初夏の気候です。こうなるとボクは嬉しくてたまりません。

 1970年の今日、ママさんバレーの第一回全国大会が東京で開幕された。東京オリンピックの東洋の魔女が刺激になったのである。みんな魔女になりたかったのだ。魔女なら宅急便のキキ、あの黒猫を連れたキキみたいに可愛い魔女ならいいのだが、熊本からの帰り道、大阪で乗り換えた新幹線の車内でコボちゃんと一緒に遭遇したママさんバレーのオバハンたちは魔女の宅急便のキキとは百万光年も遠い恐怖の魔女で、集団で騒ぐ姿はベロキラプトル、食べる姿はピラニア、騒音はラッシュアワーの羽田空港みたいで、一刻も早く東京に着いてくれと祈っていたものである。ああ、コワかった。

 1982年の今日、アルゼンチンがフォークランド諸島の領有権を主張して軍事侵攻をした。これに頭にきたのがイギリス。垂直離着陸戦闘機ホーカーシドレー・ハリヤーを擁する航空母艦を派遣、2か月にわたる戦闘の結果、双方で千人近くが死亡、イギリスが勝利となる。この戦争、まさに近代兵器の実験場で、そのときの映像は軍事マニアにはヨダレもの。戦争は嫌だなどとのたまいながら、どこかワクワクして見たのを覚えている。これがオイラのダブルスタンダード。ガンマニアで軍事オタクの平和主義者。かなりフザけているのです。

 この朝、中国の宇宙実験室「天宮」がもうすぐ落ちてくるぞ、9時から10時の間だぞ、と聞かされて緊張していたら、落ちたのは南太平洋ということで一応安堵した。でもなぁ、それも中国の発表だからどこまで本当なのか、完全に安心はできません。とにかく、自分で打ち上げたものくらい、きっちりコントロールしてよね。

 朝から大谷翔平で大騒ぎ。投げて打つのは1919年ベイブルース以来、99年ぶりのことだというから納得である。よかったね。日本のファンの皆さんも、きっと安堵していることでしょう。マークン、マエケン、イチローも大活躍。おお、日本もアメリカも球春じゃ。今日は高校野球は休養日だけどね。あ、プロ野球もお休みじゃ。

▲ 目覚めれば上司の家やシジミ汁
 これ、NHKラジオ「昼の憩い」の暮らしの文芸のリスナーの投稿。いい俳句だと思う。

▲ 今日も晴れ明日も晴れよと春本番


0403・火・

 1911年、明治44年の今日、お江戸は日本橋の開通式が執り行われた。木の橋から石造りの二重アーチ橋に架け替えられた。ということはあの橋、もう100年も経っているわけで、さすが石は頑丈です。それで上を覆っている首都高速さえ撤去できれば、お江戸日本橋は生き返るんだけどね。ああ、邪魔だなぁ、首都高速。

 1947年の今日、後楽園球場にウグイス嬢が登場。日本最初の女性による場内放送係である。これが大変人気となり、他の球場にも伝染していく。日本中、あちらこちらでウグイスが鳴き始めた。山で鳴いてるウグイスたちは、みんなオスなのにね。今やってる高校野球のウグイス嬢も実に可憐でうっとりさせられる。

 春ですね。久しぶり、チョンワガラスが鳴いている。今年も仲良くしてね。たまには窓辺に遊びにきてね。長い付き合いじゃないですか。

 高校野球は準決勝です。強豪ぞろいのせいか、それとも休養したせいか、いい試合ばかりがふたつ。さすが。手に汗握る展開で、どうしても聴いてしまう。お昼から夕方まで、どっちが勝っても応援して、ちょっと疲れました。こうなったらどこでもみんな、優勝してくれや。
 ところで、今年の選抜が初めてなのか、よくは知らないけれど、始球式の小学女子の投球がいい。ストライクなのだ。きっと小学女子野球というものが流行っているのかもしれないね。ああ、そういえば落合福嗣君に付き合わされて赤堤小学校の野球チームの練習を見にいったとき、女の子もいたっけ。6年生だったら女の子の方がデカイということもあるしね。

▲ 球春や小学女子の始球式


0404・水・

 東京の予想最低気温が14度で最高気温が25度。夏日が予想されてます。そこで春バテ、という言葉を聞きました。卯月は年度が新しくなって環境が変わる、ということだけでなく、気温が不安定、ということもあるらしく、体内に蓄積された様々な不具合が体外に噴出するらしいのです。んだよね。ここんとこの初夏みたいな暑さだって、オイラはまだ慣れてないもんね。ま、オイラの場合は春夏秋冬バテだけどね。とほほ。で、午前11時40分、東京北の丸では25.1度を記録。夏日でーす。半年ぶりの夏日でーす。

 1879年、明治12年の今日、琉球藩の廃止と沖縄県の設置が布告される。これにより15世紀はじめに統一国家として成立して以来、450年あまり続いた琉球国の体制が終わりを告げたのである。でも、よかったのかね。日本の一部にされたことで戦争に巻き込まれ、本土決戦の防波堤にされ、地上戦が展開されたのは沖縄だけ、ということになった。アメリカも多大な犠牲を払って獲得した島だから、今も手放す気持ちはない。というわけで、沖縄県民は21世紀の今も塗炭の苦しみに喘いでいるのです。早く独立させてあげようよ。

 1905年、明治38年の今日、早稲田大学野球部13名が日本のスポーツチームとして初めて海外遠征に旅立つ。日露戦争のさなか、アメリカにおよそ3か月間遠征して、26戦7勝19敗の成績と本場の技術を持ち帰った。これが早稲田でなくて慶應義塾だったらもっと愉快なのにね。と思うのは慶應義塾関係者だけですけど。

 1964年の今日、ビートルズがビルボード誌トップファイブを独占する。5位、プリーズプリーズミー。4位、抱きしめたい。3位、シーラブズユウ。2位がツイストアンドシャウト。そして第1位がキャントバイミーラブ。最近、毎週土曜日の電気掃除機がけのBGMは大音量のビートルズと決めていて、毎回必ず大声でビートルズを歌いまくって電気掃除機のノズルを振り回しているんだけど、これらデビュー当時のヒットソング、ベストファイブのどの曲も古くなってないんだよね。どの時代の誰の音楽も好きだけど、ほとんど好きだけど、やっぱビートルズ以上にときめくグループはいないのです。以上、資料提供は「おはよう一直線」、檀れいさんでした。

 ラジオパーソナリティーの伊集院光さんがブラインドサッカーのチームを結成したという。ラジオパーソナリティーとしてブラインドサッカーに光を見出したらしいのだ。試合を見学したところ、参加者の表現力に感嘆し、その魅力に取りつかれ、チーム結成を決心したらしいのである。ラジオパーソナリティーとしての表現力の鍛錬、というメリットもあるだろうが、この人の好奇心の強さは尊敬に値すると思います。

 すごーい。大谷翔平が今度は本拠地の球場の第一打席でスリーランホームランをかっ飛ばした。それだけじゃなく、4打席3安打3打点という結果もおさめた。大リーグデビューの打席がヒットで、最初のマウンドが勝利投手で、最初の本拠地での打席がスリーランホームランとはデキスギでしょう。これでエンジェルスファンも、この買い物に納得したことでしょう。よかったね、大谷翔平君。

 ラジオ深夜便のミッドナイトトークは室井滋さん。この人、本当に変な人。といって失礼ならおかしな人。今夜も笑わせていただきました。ことに巨大魚と恋に落ちる夢の話が秀逸。イケメンの魚はシャチホコ、ということで、黄金の巨大魚と泳ぎまくり、こんなことをしていてはいけないと魚との交際をやめたら、魚が津波に乗ってやってきて、街で暴れまくり、
「シ・ゲ・ル」
と絶叫するのを家の中に隠れて忍び耐えている、なんて夢は普通の人には見られません。

▲ エイプリルいきなりの夏フーリッシュ


0405・木・清明・

 1939年、昭和14年の今日、映画法が公布される。戦時体制強化のため映画の制作や配給に許可が必要になっただけでなく、脚本の事前検閲、外国映画の上映制限、ニュース映画の強制上映などが定められた。1939年といえば真珠湾攻撃の2年前で、軍事国家としては戦争に対する反対や揶揄の空気をとにかく押さえつけたかったのだろう。欲しがりません、勝つまでは。進め一億火の玉だ。安倍晋三の働き方改革とどこかつながるようなスローガンだが、この時代は愛や平和の匂いがするものはすべてご法度であったのだ。

 エンジェルスの大谷翔平君、またまたホームラン。二試合連続のホームランである。それもツーランホームランで相手はインディアンズの昨年の最優秀投手なのである。どーしちゃったの、大谷翔平。オープン戦ではパッとせず、アメリカでは通用しないんじゃないの、なんて心配されてたのに、投げれば勝利投手だし、撃てばホームランだし、今度は同僚からねたまれるんじゃないか、なんて余計な心配をさせてくれてます。

 土俵の女人禁制が問題になっている。観客の女性医療従事者が市長の命を救おうと土俵に上がって人工呼吸をしたのは250パーセント正しい。でも、人命救助は別にして、オンナコドモの入ってはならない聖域があってもいいような気もしてる。世界の流れに逆らうつもりでいうけれど、オンナコドモはうるさいのだ。家でもうるさいし街でもうるさいし、男は落ち着いてものを考える場所がないのだ。と、内心で思っている男は糠味噌の中の乳酸菌みたいにウジャウジャいて、そんな男どもが、男同士が命がけでぶつかり合う土俵に女が揚がるのを愉快に思わないのは許していただきたい。真実を明かせば、男は根性の小さな生き物なのです。今度の場合は普段から土俵女人禁制をインプリント、つまり刷り込まれている若い行司が焦ったのだとも伝えられているので仕方がないでしょう。ま、相撲の世界くらいは伝統が守られてもいいとして、プロレスのリングに着物姿の美しい女性が揚がって花束を渡されたレスラーがその花束を客席に投げつける、なんてのをテレビで見たような気がするけど、あれも女が男の世界に無遠慮に足を踏み入れたことへの抗議だったのかもしれない。聞けば、オリンピックが女人禁制の時代もあったとか。気長に待てば、いつか横綱がハイヒールで土俵入りする時代もやってくるんじゃないのかな。わかんないけど。

▲ いつかあるハイヒールでの土俵入り


0406・金・

 1896年、明治29年の今日、第一回の近代オリンピックがギリシャはアテネで開かれた。14か国が参加したが女子禁制の大会だった。この頃のオリンピックは今の大相撲みたいに封建的だったのである。ま、女のいない大相撲ならガマンするけど、女子の出てこないオリンピックはつまんないよね、きっと。

 1978年の今日、池袋にサンシャイン60がオープンした。高さ240メートル、地上60階の超高層ビルで当時日本一、いや、東洋一の高さを誇っていた。霞が関ビルが完成したときは真っ先に駆けつけ、その最上階喫茶室でランチャーズの演奏なんかを聴いていたオッチョコチョイのボクが、やはり慌ててその最上階レストランに駆けつけたのは当然の出来事である。サンシャイン水族館には地球最大種のミズダコが狭い水槽の中で窮屈そうにのたくっていたり、砂の中から半身を出してゆらりゆらゆらと仲良く並んでいるチンアナゴが可愛くて、何度も訪れた。屋上のドームではレザリウム投影可能なプラネタリウムが魅力で、この建物には何度も通ったものである。

「キャッツ・オン、キャッツ・オン、オンオンオン」
 そんな鳴き方をするカラスが現れた。突然の登場である。既にこの界隈、
「ウーホーホー、ウーホーホー」
と吠えまくるバルタンガラスや、
「チョンワチョンワ」
と鳴きまくるチョンワガラスがボクらを楽しませてくれている。さて、この新メンバー、これからどのようにこの遊歩道界隈を賑わせてくれるのだろう。そこで頭に浮かぶのが、バルタンガラスもチョンワガラスも、そしてこの新メンバーも同じ個体ではないかという疑いである。カラスの世界にも、もしかしたらコロッケみたいな器用な個体が存在するのかもしれないのだ。

 驚いたことに財務省、厚労省、文科省、防衛省が嘘つき省であることが判明しました。次々に嘘の上塗りを重ねていたのです。上塗りして重ねるのですからご苦労なことではありませんか。みんな仲良く肩を並べて公文書の隠蔽、偽装、改竄を重ねていたのです。官僚の皆様、公文書は国民の財産ですよ。それを国民の税金で雇われている公務員の皆さんが自分たちの都合で勝手にしていいわけがないのです。これすべて安倍晋三への忖度の結果。なぜ忖度するかというと、安倍晋三さんに嫌われると自分の身文我危うくなるからです。ね。佐川さんの証人喚問、見苦しかったでしょ。ボクの場合は聞き苦しいですけど。あはは。佐川さんがなんでああなるかというと、自分の損得勘定を最優先とするからです。頭のいい人なのに、勿体ないことをするもんです。この国の民主主義を健全なものにするためにも、ボクたち国民も、そして公務員の皆さんも、もっと真面目にやんなきゃなりません。そして最も大切なのは、政治家選びをもっと慎重にやることです。決して損得基準であってはなりません。忖度計算してはならないのです。

▲ 鳴き交わすうかれカラスや春の朝


0407・土・世界保健デイ・

 土曜の朝はNHKラジオで一週間最大の楽しみ、「ラジオ文芸館」の始まり始まりである。ところが大変だ。ラジオ文芸館がどっかへいっちゃった。代わりに吐き気がするくらいのお子ちゃま迎合番組が登場した。悪いけど、いわせていただきます。子どもを子ども扱いする番組なんか、クソくらえ。で、とにかく一大事。NHKラジオ最高級のエンターテイメントが行方不明になってしまったのだ。このラジオ文芸館、ラジオ深夜便に引っ越したという噂もあって、これから必死になって追いかけます。

 1945年、敗戦の年の昭和20年の今日、戦艦大和(やまと)が九州南方で撃沈された。これを戦後の文部空想科学省の松本零士大臣が国家の威信をかけて修理することを発令、それに波動エンジンを搭載して復活したのが宇宙戦艦ヤマトであることはあまりに有名である。嘘です。

 大谷翔平君、3試合連続ホームラン。どーなっちゃってんの。とにかくもう、どーにも止まらない状態なのです。これで万歳、大谷翔平は大リーグ全部を敵に回したのです。こうなったら日本人一億が火の玉となって応援するっきゃないのです。

 午後になったら風が冷たく強くなってきた。氷みたいな風が部屋を通り抜けていく。そこでアルルとミミコをボクの部屋に入れてやり、久しぶりに暖房のお世話になる。先回りして冷房なんかにしておかなくてよかったと思う。昨日の透析室なんか、冷房になってたもんね。ま、コボちゃんの説によると、透析室の機械たちは暑さに弱いそうなのです。

▲ 黒犬のみやげ花びら春の朝


0408・日・下弦・花祭り・

 1900年、明治33年の今日、日本最初の寝台車が登場。当時の山陽鉄道、今のJR山陽線の急行に連結されたもので、進行方向に沿って通路をはさんで二段式の寝台が配置されていた。ボクがいちばん利用したのが国鉄山陽本線の急行安芸。三段式の普通寝台車で、コミュニケーションが楽しいのはいいのだけれど、スケベなオバサンに襲われそうになったことがある。コワかった。大阪からの寝台急行では東京駅に到着前、色っぽいおねえさんが目の前で着替えを始めて、純白のスーツに身を包んだ美女に変身するのを見せてくれて興奮した。ついていきたかった。東京から福岡までの個室寝台車という贅沢な経験もある。ナイロビからモンバサまでの高級寝台車の旅は最高だった。三等車にはニワトリやヤギが乗っていて、のんびり走る窓の外から並んで走る子どもたちが笑いながら声をかけてきた。ヨーロッパのファーストクラスはそのまま寝台車になるので、寝台車は一度も利用したことがない。コンパートメントにオランダの女の子とふたりきりになったとき、やっぱり襲われそうになってコワかった。オランダの女の子はプロレスラーみたいにデカイのだ。ファーストクラスを使えるユーレイルパスのおかげでホテル代をずいぶん節約できたものである。寝台車の旅にはいつもドラマがあったな。

 1820年の今日、エーゲ海のミロス島でミロのビーナス像が発見された。1964年の日本公開はえらい人気だった。ボクの高校生最初のデートがこのミロのビーナスを見にいくことで、彼女と並んだけれど、あまりの行列にあきらめ、上野動物園でオオサンショウウオのケツを見て帰ったことを思い出す。その後はこのミロのビーナス、パリのルーブルで飽きるほど眺めました。このビーナス、ファッションモデルにするにはちょっと太目です。

 うすら寒い。雪が降っている地方もあるらしい。この不安定さこそが春なのだ。油断してると風邪をひく。

 ここ最近、文章を書くときのBGMはクールドライブメイカーズ、ということになっている。久しぶり、プレクストークにダウンロードして聴いてみたら、これがゴキゲンなのだ。ボクはリーダーのネモという人物のキャラクターと、ベースマンの腕前が気に入っていて、ある時期、聴きまくっていたことがある。あの人たち、今はどうしているだろう。もしも元気なら、新しい曲を聴かせて欲しいよぉ。

 元航空自衛隊の戦闘機パイロット、佐藤守さんの著作「実録・自衛隊パイロットたちが目撃したUFO」を再び読んでいる。衝撃だったのだ。長年、否定的な論調が主流だったUFO。サイババまでがUFOに対して否定的だったのがショックで、子どもの頃から夢中だったUFOに懐疑的になってしまったのだけれども、この書物のおかげでその薄れかけていたボクのUFO熱が電子レンジにかけられたみたいに復活した。やっぱりきているらしいのだ。否定的な論調にはそれなりの理由があるのだ。日本では否定的なUFOだが、アメリカでは関連情報が開示されて、その結果がスピルバーグの「未知との遭遇」であるとも書かれている。というわけで、ボクのプレクストークには再び「未知との遭遇」がダウンロードされ、あの感動 的なクライマックスシーンを繰り返し味わうつもりになっている。この書物で最も印象的だったのがUFOがアメリカの核ミサイルシステムを無能力化したという衝撃のレポート。ここだけでも必読です。佐藤守という人物、信用に値する人物という印象だが、それでも無暗に興奮せず、再読は冷静になって進めます。

▲ 寝台車のびてくる手や春の夜

2018年2月26日~3月4日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。

◆ ウィークリーフレーズ 今週の言葉です

天は その人に耐えられない試練は 与えない
試練が大きいほど その人も大きいのだ

 ある日この言葉が天から落ちてきて、それから「言葉の絵本」に掲載して、この言葉は聖書にありますよと、あとから人にいわれて納得した。この自分に落ちてきたくらいだから、あちこちに落ちていても不思議ではないのである。凡人に落ちてくるくらいだから、聖者に落ちていても当然なのである。
 ボクは生粋の無神論者で絵本作家だった。それがいきなりの失明宣告を受けて憤慨し、冗談じゃないと糖尿病と闘って、それでも失明から逃れられないと判明して落胆していたら、担当のクリスチャンの眼科医から、あなたは神に選ばれたのだといわれて頭にきていた。冗談じゃない。それこそ藪医者の奥の手じゃないかと半年の入院から退院して、気持ちのおさまらないボクは炬燵の中で苦悶していた。ざけんな、バカヤロー。神がいるんなら出てこい。本当に神がいるんなら、何で世の中はこんなに不公平なんだ。画家が失明するなんて、そんな理不尽なことがあってたまるもんか。一晩中、涙が止まらなかった。涙が滝のように落ちて炬燵布団をぐっしょりと濡らした。失明を約束された哀れな網膜には、歴史の中で不遇なままに死んでいった魂や、世界各地の戦争で無慈悲に殺された無数の霊魂が、漆黒の虚空で暴れまくり、踊り狂っているのが投影されていた。神が存在するのなら、どうしてそんなことが起きるのだ。やい、神よ、その答えを見せてくれ。ボクはいつまでも泣き続けていた。ふと目を揚げるとガラス戸の向こうの夜が明けようとしていた。地平線に浮かぶ羊雲が上昇中の朝日を受けてピンク色に輝いている。そして次の瞬間、ボクは金色の光に包まれていた。
「天はあまねくすべてを愛している」
 黄金の鐘から発せられたような果てしのない優しい音色と、無限の温かさをこめた波動のメッセージがボクの心を満たしていた。ボクを中心に世界は万華鏡と輝き、ボクと並んで炬燵の中にいた犬も猫も、ガラス戸の向こうの庭の小石も藤棚も、そしてこの家から広がる世界の森羅万象が天からの愛を受けて輝いていた。そうだ。ボクは神に選ばれたのだ。なら、この命を最後の最後まで生きてみよう。光の体験は一瞬にしてボクに神の実在を信じさせていた。
 ところがそうは問屋が卸さない。失明の恐怖は死よりも怖いといわれてる。不可視の領域が視野を侵食し、暗黒の壁が四方八方からじりじりと迫りくる。それら壁にはムンクの叫びを思わせる悪魔の形相の数々。このまま見えなくなるのなら、死んだ方がまし。そう思っていたら完全失明と同時に人工透析を導入することになっていた。網膜だけでなく、腎臓もその機能を停止していたのだ。ボクの肉体は腎臓で排出すべき毒素と水分を貯めこんでゾウのように膨張していたのである。
 失明したばかりのボクはまるで宇宙遊泳のビギナーだ。上も下も、前も後ろもわからない。人工透析で強制的に肉体を浄化されたせいか、意識は研ぎ澄まされ、ボクはベッドで毎晩のように天からの声を聞いていた。
「今からがお前の人生の本番だ」
「これからは自由自在。これはお前に与えられたビッグゲームなのだ」
 それら言葉が真実であるかのように楽しそうに生きている未来の自分が見えてきた。それを周囲に話すと、とうとうこいつは狂ったかと、みんなボクから離れていった。気がつけば誰もいない。第二の人生のスタートはゼロよりもマイナスの地点となっていたのである。
 これら出来事のすべては拙著「失明地平線」にしたためてあります。視覚障碍者の皆様はサピエ図書館で読むことができますし、アマゾンで古書を入手可能であるとも聞きました。そしてまた、当ブログにおける今週の言葉は愛育社からの「言葉の絵本」シリーズからのピックアップです。まとめて読んでみたいという方は愛育社にお問い合わせください。
 とにかくボクは生きています。失明当時、余命5年といわれたこの肉体で、あれから32年間、不思議で愉快な人生を生きています。天からの予言通りの人生になっているのです。信じられないけれど、どうやら人生は奇跡に満ちているようです。この世界、目に見えるものだけではないらしいのです。


0226・月・

 未明、眠れないでイライラ、猫を抱きしめていたらグラグラグラ、ベッドが揺れ出した。地震である。すぐさまラジオをつける。すると1時48分に福島県沖を震源にやや強い地震があったという。津波の心配もないという。安心した。ラジオを消して再び眠る努力をする。気が小さいのでケチな地震でますます眠気が吹っ飛んでしまったのだ。井上陽水の歌じゃないけれど、昼寝をすると眠れないのはどういうわけなのだ。くそ。

 1936年、昭和11年の今日、226事件が起きる。旧陸軍の青年将校たちが首相官邸などを襲撃、当時の大蔵大臣など政府軍部の要人9人を殺害した。大事件です。映画にもなってます。結局、このクーデター計画は未遂に終わったんだけど、成功していたら日本の軍部は変わることができたのだろうか。戦争を阻止することができたのだろうか。よくわかりません。あの頃の戦争への勢は、もしかしたら誰も止められないものだったのかもしれません。世界が雪崩となって戦争という谷間へ落ち込もうとしていたのかもしれません。さて、今はどうなのでしょう。あの頃みたいに、独裁者みたいな雰囲気の政治家が世界を左右しそうで、不安を感じてマス。

 ビートルズの本と交互にアルバム「サージェントペッパーズロンリーハートクラブバンド」を聴いている。ビートルズを聴き始めてから54年。いつまで聴いても、何回聴いてもちっとも飽きない。ビートルズって、いったい何者なんだろう。イエローサブマリンの映画みたいに、きっと音楽の国からやってきた音楽突撃隊なんだろね。

 ラジオ深夜便のレポーター、最上川の女船頭、古瀬イツ子さんが今夜が最後の出演。3年間楽しませてくれたのに残念無念。できたらまた出ていただきたい。とても素敵なオバハンで、その堂々とした訛りが最高でした。お疲れ様でした。

▲ 雪解けや女船頭最上川


0227・火・

 NHKマイ朝ラジオリスナーからの投稿では、花粉が飛ぶようになってからそのお宅の猫がしきりにクシャミをして顔を洗っているそうです。それってやっぱ、花粉症でしょう。猫だって犬だって、花粉症になるのです。ボクの盲導犬アリーナだって花粉症だったんです。春になると、もうクシャミが止まりません。あのラブラドールレトリバー特有の、タプタプとしたほっぺたを、ブルンブルンと震わせながら特大のクシャミを連発していたのです。人の花粉症なら気の毒と思うしかないけど、犬や猫の花粉症は可哀想で仕方ない。あの人たちは、なんでそうなるのか、ちっともわけがわかってないのですから。

 裁量労働制の嘘が気になってしょうがない。安倍政権、そんなに個人に負担をかけなさんなよ。働き方改革なんて言葉はいいんだけど、雇用側が楽になるだけじゃないのかしら。国民みんなフリーランスじゃ、1億民がいつも働きっ放し、ということにならないか、心配なんだよ。と、生涯フリーランス生活者のエム ナマエは思うのであります。日曜も休日もなく働いてきたんですから。その代り、サンデー毎日、ともいえますけど。あはは。ま、自分で選んだ道です。

 TBSラジオ、デイキャッチの阿蘇山大噴火レポーター、とてもいいデス。その通り一遍でないレポートがとてもいいのデス。本日は2018年冬季オリンピックのメダリスト15人の解団式の取材をしてました。これがまた実に丁寧。ありとあらゆる取材チャンスを活かして立体的な報告をしてくれました。いちばん感心したのは記者会見を受けているメンバーに、ただひとり、メダリストがいないことに着目していたことです。ただし、その代表選手が選手団の中で最も尊敬されていること。それがスキージャンプのレジェンド、葛西紀明選手だったのデス。カーリングの選手それぞれに
「そだねー」
をいわせてたのもよかったと思います。寒い冬だったけど、たくさんのメダルのおかげでこの冬の日本、少しは温かく過ごせたのかもしれません。と、オリンピック嫌いなボクにしてはおとなしい感想を述べておきます。

▲ ちまたでは猫も花粉でくしゃみする


0228・水・

 東京の日の出は6時13分、日の入りは17時35分。予想最低気温は3度、最高気温は14度ということで今日で2月も終わり。あっという間の2月である。そしていよいよ明日から3月、春である。本物の春である。と、期待してるんですけど。

 今日はビスケットの日。江戸時代、栄養があって保存が効くということで水戸藩が注目、長崎に製法伝授を依頼した手紙を出した日、ということで決められたらしい。ビスケットといえば、ポケットで増える不思議なビスケットの歌を思い出す。そして今日はその作詞をした詩人、まどみちお先生のご命日でもあったのだ。先生、2014年、享年104歳で逝去された。以下は以前にも書いたことがあって、またまたの重複(これはちょうふくと読むのが正しいので、じゅうふくと読ませているのは国の妥協である)をどうかお許しください。
 ボクにとって最初の大型絵本、中野重治の詩の絵本「きかんしゃ」を制作中、その担当編集者がまどみちお先生の絵本を同時に進行中で、その卓越性を耳に胼胝ができるほど聞かされていたのと、まどみちお先生を神と崇めているその態度からボクもすっかり洗脳されてしまい、絵本作家のよちよち歩きの時代から先生の崇拝者となっていた。それだからご本人としばらくの間とはいえ、おしゃべりできたことは奇跡の栄誉である。今から20年ほど前、恩師の渡辺茂男先生の奥様、一恵さんの告別式の帰りに、小田急線車内で並んで座り、しばらく世間話をさせていただいたことがあったのだ。動物園にいった子どもたちが、クマ、トラ、ライオンと呼び捨てにするのに、ゾウだけはゾウさんとさんづけで呼ぶのも先生の
「ゾウさん、お鼻が長いのね。そうよ、母さんも長いのよ」
の作詞の功績である。誰か詩人の名前を挙げろといわれたら、ボクは迷いなくやなせたかしとまどみちお、というだろう。やなせ先生は94歳で、まどみちお先生は104歳で虹の橋を渡られた。偉大なる詩人たちの旅立ちである。そしてまた2015年の今日、松谷みよ子(まつたにみよこ)先生が亡くなられた。ボクが児童出版美術家連盟の理事をしている頃、JBBYの理事会で定期的にお目にかかっていた。優しい視線で挨拶をしてくださる素敵なおばちゃまだった。ほんのちょびっとでも、こうした偉大な先輩たちとコミュニケーションできたことに感謝している。あの世でお会いしたら、どんなご挨拶ができるだろう。今から楽しみである。

▲ 春の雲そこにあの人いるみたい


◆ 3月・弥生・
0301・木・

 1954年、昭和29年の今日、第五福竜丸が米国のビキニ環礁の水爆実験による死の灰を大量に被爆した。そしてこの事件によりゴジラが誕生するのである。ゴジラの怒りが爆発するのだ。後悔しても遅いのだ。ザマミロ。

 先週から予想されている本日の最高気温は19度。気の早いことに春いちばんまで噂されていて、そして本当に吹いてしまったのだ。つまり、今日から春なのだ。で、世田谷では心配されていた暴風雨も感じられず、それは風雨の責任ではなく、オイラの感受性に問題があるのかもしれないが、とにかく何事もなく昼間には空は晴れ渡り、遊歩道では幼い子どもたちがはしゃぎながら遊んでいた。気温もみるみる上がり、コボちゃんはアルルを連れて梅ヶ丘の羽根木公園まで梅の花の花たちに挨拶にいっている。ボクはガラス窓からの暖かな日差しに誘われ、思わずガラス窓を全開にしたのだが、それはもしかして今年になって初めての快挙ではなかったろうか。トラネコミミコも喜んで、ボクの足元から窓枠へ一気に飛び上がり、遊歩道を睥睨していたのである。ま、網戸越しではあるのだが。だって落ちられたら大変である。とにかくスプリングハズカム。3月になったのである。春いちばんが吹いて、そして幸いなことにその悪い影響もなかったのである。感謝、なのである。

 さて、本日からは弥生の三月。毎月一日恒例の日の出と日の入りの時刻である。札幌の日の出は6時11分、日の入りは17時23分。仙台の日の出は6時9分、日の入りは17時29分。東京の日の出は6時12分、日の入りは17時36分。大阪の日の出は6時28分、日の入りは17時54分。福岡の日の出は6時47分、日の入りは18時15分と、次第に世の中は春らしくなっていくのであります。めでたし、めでたし。

 温かかったせいか、とても眠い一日だった。なのに早寝をしようとはなんたる図々しいことだろう。もうすぐ11時というタイミングで、寝る前のニュースを聴こうとラジオをつけるといきなりの緊急地震速報。そこは落ち着いて立ち上がり、避難体制をとりながらラジオにアテンションすると、緊急地震速報の対象は沖縄地方であることが判明して気が抜ける。これで我が家のトラネコミミコは無事で済むけど、イリオモテヤマネコさんはどうなるのと、心配なことに変わりはないけど。今日は温かくて幸せな1日を過ごせたけれど、震度5に見舞われた沖縄の島々や、暴風雪の北海道など、日本のあちこちでは心配なことだらけなのだ。温かくなるのは嬉しいけれど、季節が動くと、天気も地面も動くのだ。桑原桑原。春一番より、誰もが無事であることが一番。

▲ 散らすなよ羽根木公園春いちばん


0302・金・

 1943年、昭和18年の今日、野球用語がすべて日本語とされる。つまり、今にもアメリカに敗けそうな軍事国家、大日本帝国の最後の八つ当たりである。それにしても
「セーフ」

「よし」
ではピンとこないよね。バカみたい。

 1958年の今日、イギリスの探検隊が世界で初めて南極大陸のを横断に成功した。3400キロを99日間で踏破したもの。意外と最近の出来事なので驚いた。つまり、つい最近まで南極点は未踏のベールに包まれていた、ということなのだ。そう考えると南極点まで歩いてたどり着いた荻田泰永(おぎたやすなが)さんはスゴイ、ということになるのである。
 で、南極点到達もすごいけど、もっとすごいのがパイオニア10号君。1972年の今日、この木星探査船パイオニア10号君が打ち上げられたのだ。地球外生命体へのメッセージを搭載して木星最接近、観測を終了すると10年後には人類が打ち上げた最初の船として、太陽系を離脱したのである。これをスゴイといわず、何としよう。

 北海道では数年に一度の暴風雪が暴れまくっている。襟裳岬では風速44メートルを記録したという。現地からは若いレポーターが大袈裟な声で報告している。気持ちはわかるんだけど、わざとらしいんだよ、お前。

 左とん平さんが亡くなっていた。最近やけに左とん平の曲、「ヘイユウブルース」がかかるなぁと思っていたら2月24日に80歳でお亡くなりになっていたのだ。あの人の「ヘイユウブルース」、カッコいい。とてもいい歌だと思う。この曲、ミッキーカーチスさんのプロデュースだったんだよね。道理で垢抜けていると思った。左とん平さん、脇役専門だったけど、いい役者だったと思う。あんまりテレビドラマなんか見なかったボクが知っているんだから、よっぽどテレビに出ておられたのだと思う。ご冥福をお祈りする。

 青くて澄んで、おまけに大きな満月がのぼってきたとコボちゃんが感激していた。なのにこの月はあまり騒がれてないのはどうしてなのと聞いてくる。スーパーでもブラッドでもない普通の月だからじゃないの。ボクはそう答える。だって、そう答えるしかないじゃん。

▲ 脇役にされてしまって春の月


◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。出雲崎に到着、通過しました。
次は直江津。あと、77,895歩です。
現在の歩数、2,620,105歩。3周目の徘徊です。

0303・土・雛祭り・耳の日・

 朝いちばんでブログ原稿を仕上げていたらNHKマイ朝ラジオの時間となる。今朝の音楽は子どもたちの歌う雛祭りの歌。明かりをつけましょぼんぼりに、と聞こえてくると、お大尽のお宅に飾られていた七段飾りの豪華絢爛雛人形が脳裏に浮かんでくる。同時に我が家の箪笥の上に置かれていた母親の古いお内裏様も目に浮かぶ。刀をお召しになっているのだがその刀、鞘がなくなっていて抜き身、ぶっそうな雛人形だったのだ。

 午後7時半から、この1年間ずっと楽しみにしていたNHK喉自慢チャンピオン大会が始まった。記憶にあるチャンピオンばかりである。そしてみんな鍛えてきたせいか、本物の歌手みたいに上手になっているし貫禄もついている。実に堂々とした歌いぶりなのだ。中には感動で涙腺がゆるむような歌い手までいる。ただ、ひとりひとりのチャレンジャーを紹介するミニドキュメンタリーのナレーションが大袈裟で鼻に着いた。民放のニュースワイドの特集みたいでゲップが出そうだ。NHKは正しくNHKのやり方に徹底すべきで、民放の真似をする必要はない。受信料が憲法で保障されたんだから、とにかくNHKは正しくNHKであるべきで、くだらないポピュリズムから足を洗うべきなんだと思う。どうかNHKのプライドを捨てないでいただきたい。NHKまで安倍政権みたいなことはして欲しくないのだ。あとひとつ、プログラムがやたらお涙頂戴モードになっていたのも不愉快。審査員が泣いてばかりでは興醒め。感動するのは観客や聴視者であって、出演者が落涙ばかりしていたんでは始末に負えない。落語家は絶対に自分では笑いませんよ。そんな審査員の中でミッツマングローブがクールでよかった。さすが慶應義塾の出身者である。と、身びいきもいい加減にしないとぶん殴られる。

 本日の最高気温は15度。温かくて暖房を使用したのは朝のうちだけ。あとは温かくてエレキテルの助けを必要とすることなく一日を過ごすことができた。ボクの場合、照明の必要もないので、エレキのお力におすがりしたのはパソコンと電気掃除機を駆動するときだけ。ありがたいことである。

▲ 飾られてホッとしている雛人形


0304・日・

 温かかった。めっちゃ、温かかった。南からの温かい風が流れ込んで全国的に気温が上昇したのだ。日中の最高気温は大分県で25.7度、鹿児島県で25.4度と夏日を記録。東京の都心でも21.2度と初夏のような陽気となる。とにかく温かくて助かりました。これを春二番と称する気象関係者もいるらしいが、どうして春の二番なんだかよくわからない。専門家はいろいろとうるさいことをいいたがるのだ。でないと商売にならないのだ。ま、いずれにせよ、春なのです。嬉しい春なのです。一番だろうが二番だろうが、春なら何でもいいのです。

▲ 嵐でも春の風なら文句なし




2017年8月28日~9月3日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌には本当のことも書かれていますが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はなにとぞご容赦ください。


0828・月・

 毎日必ず耳を傾けているNHKラジオの「昼の憩い」に天才ピアニスト、フェビアンレザパネ、パネさんの音楽がかかっていた。石垣島あたり、沖縄をテーマにした楽曲である。おそらく作曲とピアノがパネさん。その他、パーカッションやウッドベースが聞こえているのは彼の率いるユニットであるに違いない。パネさん、御健在。嬉しいことである。その昔、長谷川きよしさんのご縁で、パネさんのライブを聴きにいったり、一緒に食事をしたり、ずいぶん遊んでもらいました。実はパネさん、世田谷のご出身。駅前の美登利寿司(みどりずし)で並んで寿司をつまんでいたら、店主が、
「おい、パネ。お前、こんなとこで何してんだよ」
と声をかけてきた。実はクラスメイトだったのです。

 今夜は文化放送、金沢雅美の「ちょっと寄ってかない」のオンエアだから、というわけじゃないとおもうけど、よく眠れない。昼寝もできなかった。で、透析中にもしも居眠りをしていて本放送を聞き逃すのも口惜しいから、看護師に8時になったら起こしてもらうようにお願いしておいた。おかげで聴くことができた。そのためにいつもポケットラジオを携帯しているのである。それにしても、自分の声をラジオから聴くって、かなり恥ずかしいです。これまでは、ラジオ出演のほとんどが生番組だったから。帰宅したら、放送を聴いてくれた人たちからあれこれとメールが届いていた。ありがたかった。

▲ あの人の声が聞えるいわし雲


0829・火・上弦・

 またまた朝から大騒ぎである。朝の5時58分、懲りない金正恩がミサイルを打ち上げたのだ。すわ一大事。6時2分、日本政府はJアラーとを発令。頭をかかえろ、頑丈な建物に逃げこめ、地下道に潜れと大騒ぎ。んなこといわれたって、山で芝刈りをしているおじいさんや、川で洗濯をしているおばあさんはどうすんのさ。田んぼで野良仕事をしている善男善女はどうすればいいのさ。日本国民で核シェルターを準備している人なんていないんだから、パニックになるだけじゃんか。安倍晋三、あまり無責任に騒ぎなさんなよ。あの戦争が終わって72年も経ってるのに、あの頃の空襲警報と同じことをやってるなんて、進歩がないよね。いや、むしろ退歩してるのかな。少なくともあの頃の日本人は防空壕だけはお庭に掘っていたからね。それにしてもケータイ電話が普及してんのに、やれることが同じなんて、情けないじゃありませんか。頭を使ってない証拠です。で結局、ミサイルは北海道上空を通過し、太平洋に落下した。不審な物体を発見した場合、近寄ったり触ったりせず、すぐに警察や消防に通報してくださいとは納得のアナウンスメント。なんせ北朝鮮の液体燃料には毒性の高いジメチルヒドラジンという物質を使用しているという情報があるからね。大量に吸引すると死ぬというのだから恐ろしい。やっぱ北朝鮮には液体酸素や液体水素を取り扱うにはお金がかかり過ぎるのかもしれないね。

▲ 赤蜻蛉超えてミサイル飛んでいく


0830・水・

 蒸し暑くて冷房のお世話になりっ放しである。ここまで天気が悪く、まるで真夏らしくない8月だったけど、これって8月の最後の悪あがきなんだろうか。ま、夏が大好きなボクだから、暑いのはウェルカムなんだけどね。

 2005年の昨日って、ハリケーン・カトリーナがアメリカ本土に上陸した日なんだよね。それまでの最大級のハリケーンがルイジアナやミシシッピーを直撃して、1300人以上が犠牲になり、66万棟の家屋が全半壊したんだよね。というわけでアメリカを襲ったハリケーンとして記憶に残っているのがカトリーナなんだけど、実は今もアメリカを強大なハリケーンが襲っているのだ。このハリケーン・ハービーがもたらした降水量は1300ミリ。実に深さ1.3メートルの雨だからたまらない。アメリカ第四の都会、ヒューストンは腰の高さまで水につかり、大変な洪水被害となっている。これまでに判明しただけで死者10人、1万3千人が救助され、2万人が避難しているという。それでも現地の警察や消防はまだ被害の全体像をつかめていないらしく、取り残されている人たちもおられるらしい。現地ではこれからも雨が続くらしく、被害の拡大が懸念されている。ハリケーンが熱帯低気圧に変わったとしても、今後も線上降水帯なんて事態が発生して、地球温暖化を否定しているトランプも悲鳴を上げるんじゃなかろうか。アメリカ市民が被害をこうむるのは歓迎しないけど、トランプが右往左往するのはちょっと見てみたい気分である。これは後で聞いた話になるけど、お天気おじさんの森田君によると、このハリケーンで琵琶湖の三杯分の水がアメリカにもたらされたというのだ。ハリケーンの何と強力なことよ。とても人間に太刀打ちできる存在ではないのである。

 恩田陸の「錆びた太陽」に夢中になっている。この作家の作品に注目したのは2015年に週刊朝日にこの作品が連載されてから。それまではNHKのラジオ文芸館で放送された「かたつむり予報」や「観光旅行」で、ちょっと面白い作家がいるなと思ったくらいで、この作家が女性とは考えてもいなかったのだ。「錆びた太陽」で見せてくれた世界観はボクの興味をそそり、それからは次々にサピエ図書館からダウンロード、片っ端から読破してきた。「蜜蜂と遠雷」に耽溺したことは既に報告させていただいた。そして待望の『錆びた太陽」の一気読みが実現したのである。ああ、もうすぐ終わってしまう。勿体ないなぁ。

▲ 台風にけちらされてるいわし雲


0831・木・

 今日はいよいよ8月最後の日。そしてボクが68歳最後の日。いよいよ明日から69歳で、60歳代最後の1年間に突入するのである。あああ、いやんなっちゃうな。

 涼しい。北側のキッチンから吹き込んでくる風がやたら涼しくて、キーボードを叩く背中がゾクゾクする。昨日はやたら蒸し暑くて冷房を頼りにしっ放しで、今日は涼しいと文句をいっている。人間ほど当てにならない生き物はない。犬や猫の方がよっぽどまともだと思う。

 今日も北朝鮮のミサイルで大騒ぎをしている。安倍晋三が威勢のいいことをいっている。安倍晋三は北朝鮮がミサイルを打ち上げる朝には首相公邸に泊まっているという。それって、金正恩がミサイルを打ち上げるタイミングをあらかじめ知っているということではありませんか。そしてその情報はアメリカからもらっているのでしょうか、それとも金正恩から直接もらっているのでしょうか。とにかくあらかじめ知っているミサイル打ち上げを、わざわざJアラーとで大騒ぎするってことは、何か企みがあるってことでしょう。やっぱ金正恩はアメリカと日本の軍需産業を儲けさせてあげたいんだよね。そして日米軍需産業からの献金で核開発とミサイルの技術促進を謀っているんだよね、きっと。これって三方一両損(さんぽういちりょうぞん)といおうか、ギブアンドテイクといおうか、それとも共倒れといおうか、ううん、悩むなぁ。

▲ 秋風や誰かに名前呼ばれてる

◇ バーチャル『奥の細道』コース  尿前に到着、通過しました。
次は尾花沢。あと、96,880歩です。
現在の歩数、1,493,120歩。3周目の奥州をうろついてます。


◆ 9月・長月・
0901・金・二百十日・関東大震災記念日・

 本日はエム ナマエ69歳の誕生日である。そして二百十日であり、関東大震災記念日である。1923年、大正12年の今日、関東大震災が発生した。相模湾を震源とするマグニチュード7.9の大地震は東京と神奈川を中心に家屋の全壊はおよそ13万棟、焼失家屋は45万棟、死者行方不明者は14万人以上の大惨事となる。この体験を寺田寅彦は物理学者らしい冷徹な観察眼で記録している。そして吉村昭の「関東大震災」という優れたノンフィクションで当時の様子を知ることができる。自分がこの世に生まれてくる四分の一世紀前に発生した未曾有うの大災害を優れた文芸から想像でカバーできるのである。みんな、本を読もうよね。

 はっきりしないわけである。この8月の日照時間はこれまでの最低を記録したというのだ。それでも毎月恒例、その月の最初の日、全国の日の出と日の入りのレポートをさせていただきます。
 札幌の日の出は4時58分、日の入りは18時10分。仙台の日の出は5時6分、日の入りは18時7分。東京の日の出は5時13分、日の入りは18時9分。大阪の日の出は5時31分、日の入りは18時25分。福岡の日の出は5時52分、日の入りは18時44分、ということです。

 高速道路を東京から離れれば離れるほど天気がよくなっていく。空は薄い水色。一面のうろこ雲の下を軽井沢へ一直線。
 9月になった途端、あっという間に高原は秋の雰囲気。学校が始まったせいか、軽井沢のスーパーマーケットは大人の雰囲気。団塊の世代グループが酒売り場で談笑しながらスコッチだ、日本酒だと今夜の相棒を選んでいる。ラブラドールレトリバーの子犬を抱いたおじさんが入り口で愛想を振り撒いている。夏休みが終わった軽井沢の高原は団塊の世代のパラダイスとなるのである。

▲ 高速の空は一面うろこ雲


0902・土・

 北軽井沢スタジオで朝からカレンダーの下絵の練習。耳の大きなコウモリがうまく描けるかどうか、大きな革鞄が、らしく見えるかどうか、とにかく練習。この手が覚えてくれるまで、ひたすら繰り返しの練習なのである。けれども、ボクが納得したってコボちゃんからOKが出なければやり直し。彼女はボクの目。手がOKをしたって、目がOKしなければ、何も始まらないのである。それはそうと、あの蝙蝠君はどこへいってしまったのか。おおい、出てこい。

 またまたNHKマイ朝ラジオ「今日は何の日」の受け売りなんだけど、1985年の今日、1912年に沈んだ豪華客船タイタニック号の船体を発見したとフランス国立海洋科学研究所が発表している。カナダのニューハウンドランド島の沖合600キロ、深さ4千メートルの海底に船体の残骸が横たわっていたというのである。映画「タイタニック」は音声映画でしか観てないけど、あのオープニングシーンでは深海底に横たわるタイタニック号を調査する場面を見せられたけど、本当にあんな良好な保存状態が保たれているかどうかはわからない。ただ、その後の調査でタイタニック号に使われていた鋼鉄が安物だったということは聞いたことがある。ま、戦艦大和(やまと)の場合もそうだったけど、沈んだ物は沈んだ物として、空想の中に沈めたまんまにしておいた方がいいような気がするんだよね。そう。アポロ計画のときもそうだったけど、現実は空想の甘い夢を破壊します。

 北軽井沢滞在でいつもお世話になっている病院の9月冒頭の診察を受ける。今朝だけ山の院長先生のサポートは透析室の透析技師さん。とても優秀な人で、昨年も彼女のテキパキとした判断と対応で危ないところを助けてもらった。その手際のよさにはコボちゃんも感動していたほど。その彼女が面倒を見てくれる透析室だから、今日も安心してベッドで本を読んだり映画を観たりできるのだ。もちろん耳での読書、耳での映画鑑賞なんだけどね。
 さて、今日は音声映画、高倉健の「網走番外地」を観る。別に高倉健のファンではないんだけど、有名な作品だから少しは期待する心があった。なのに、あまりの馬鹿馬鹿しさで苦笑してしまう。あの頃の東映映画って、観客を馬鹿だと思っていたに違いない。脚本は穴だらけだし、突込みドコロ満載だし、リアリティーに欠けること、この上なし。日本のどこの刑務所が脱走する囚人に拳銃を乱射するのかよ。時間と空間の設定も滅茶苦茶で、役者のスケジュールで舞台を設定しているとしか思えない。ご都合主義で舞台がくるくる変わるのだ。ひとつだけ収穫は嵐勘十郎がカッこよかったこと。とにかく笑える網走番外地でありました。で、確認できたのは、やっぱり高倉健が大根役者であること。でも、大根役者が極道を演じると様になるんだよね。人気の秘密はそこいらにありそうです。

▲ 山の道銀の組員芒の穂


0903・日・

 5時に目覚めて活動開始。パソコンを前にルーティンワークを仕上げ、ダイニングテーブルへ移動してスケッチブックを開く。いつものスベスベの紙。うん、これこれ。筆圧をかけると描線がほどよく沈む紙。今朝はそこへカレンダー5月の下絵を仕上げていく。コボちゃんはまだ眠っている。その間に集中して仕上げておくのだ。不出来かどうかはコボちゃんが起きてくれば判明すること。とにかく今はできることのひとつ、下絵の制作に心を沈めていく。まずは蝙蝠。耳が大きくて吸血鬼でもないのに牙をはやしていて、鼻は獅子鼻、目はニッコニコ。蝙蝠傘みたいな翼をはばたいて、大きな革鞄をぶら下げている。革鞄には丸や四角のシールが貼ってあって、蝙蝠のこれまでの旅の遍歴を物語ってる。引っ越しの目的地はツリーハウス。いつも仲間外れにされている鳥たちの暮らす場所。ほうら、ミミズクやオオハシガラスが胡散臭そうに蝙蝠を見上げているぞ。ツリーハウスの根元にはウクレレガエルの家があって、ビッキーなんて表札がかかってる。5月の新緑の季節だから、ウクレレガエルも外に出て、ジェイクシマブクロなんかを夢見てウクレレを奏でている。その足元ではニワトリが餌をついばむ。ニワトリは飛べないくせに、蝙蝠をバカにしているのだ。許せないのだ。さぁ、どうする蝙蝠君。君の行く手は甘くない。と、こんな絵になるように頑張っているのです。

 林の彼方から蝉の声が聞こえてくる。涼しくはなったけど、まだ蝉が鳴いていると思うと嬉しい。秋、あんまり早くくるなよ。で、そんな秋の林の中でコボちゃんとアルルがウサギを目撃。まだ緑の草むらで茶色い姿をして、じっと動かないでいる。きっとお母さんウサギから、人の姿が見えたら見つからないようにするんですよ、といわれて育ったんだろうね。だからコボちゃんも気がつかないふりをしてそっぽを向いていたら、いつの間にか消えていたというのです。ウサギさん、悪いキツネには気をつけてね。

 NHKラジオのお昼の喉自慢をコボちゃんと仲良く聴いている。挑戦者たちはここが人生のワンチャンス。公開放送の晴れの舞台で磨きをかけた自分の歌声を披露している。なのにそこへ臨時ニュース。情け容赦のないアナウンスメント。気象庁が朝鮮半島で不自然な地震波を記録したというのだ。北朝鮮が核実験をやらかしたのだ。それも水爆。マグニチュードの大きさで、それが水爆であることは明らかだ。さぁ、大変。またまた安倍晋三の鼻息が荒くなる。考えただけでウンザリだ。ねぇねぇ、金正恩。いつまで安倍晋三の応援団をやるつもりなの。

▲ バス停や見渡す限り芒の穂






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