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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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お知らせ


平成31年3月6日、突然ですが、エム ナマエは心不全にて、妻(愛称 こぼちゃん)に見守られ旅立ちました。

ここに故人が生前賜りましたご厚誼を深く感謝し、謹んでみなさまにお知らせ申し上げます。
なお、誠に勝手ではございますが、お香典、ご供花等の儀は、辞退させていただきます。

また、今後につきましては、急なので準備が整いしだいホームページにて掲載いたします。

生江きみ枝 
平成31年3月12日





2018年12月31日~2019年1月6日
☆1986年、完全失明をしたボクが人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの両親に、あなたの息子の余命はあと5年と告げたそうです。完全失明して余命が5年とくれば、そりゃ、親は息子をあきらめるかもしれません。けれども、ボクはボクをあきらめることができません。それより、目が見えないまま、新しい人生を進んでいく自分の姿を生き生きとイメージしていたのです。そしてその通り、ボクは今日まで、こうしてちゃんと生きています。青息吐息ながら、物書きとして、全盲イラストレーターとしてちゃんと生きています。お医者は神様ではありませんから、もしもお医者に余命を宣告されたら、どうかご自分の生きようとする意欲を、もっと信頼してあげてください。ちなみに総理大臣も神様ではなく、ただのオッチョコチョイですから、森羅万象をお任せするわけにはいきません。
 さて、この日誌はボクの毎日のリアルな記録ですが、透析患者が単なる病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけの、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしている事実を知っていただくためのものでもあります。それから難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名のしてあることがありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。また、ボクは決して嘘つきではありませんが、もしもエンターテイメントで嘘をつく場合は、嘘はどこまでも嘘らしく書いてありますので、どうかご安心ください。


1231・月・大晦日・除夜の鐘・年越し・

 1927年、昭和2年の今日、ラジオでの初めての除夜の鐘が放送された。このときは上野の寛永寺から東京管内に向けての生中継だったが、その2年後からは浅草の浅草寺の鐘の音が全国に中継されたという。やっぱ、日本人にとってこの除夜の鐘というイベントは欠かせないものなんだと思う。年が明けるというイメージは、紅白歌合戦が終わってテレビ画面に鳴り響く鐘の音と重なるのです。

 NHK「マイあさラジオ」の今朝の音楽は「蛍の光」。ああ、今年も終わるのだと思わず感傷的になってしまう。これは日本人としてのほとんど脊髄反射的な反応なんだけど、日本にやってきた外国人の多くが、ことにヨーロッパ系の外国人が、このスコットランド民謡がかかると、どの店からも追い出されてしまうのには納得がいかないと訴えているらしいのだが、実にお気の毒なことである。ま、卒業式も紅白歌合戦も、みんなこれで幕が閉じるんだもんね。ま、今年も本当にお疲れ様。お世話になりました。

 胸騒ぎの腰つき。これ、オイラはずっと、胸騒ぎ残し月、と思い込んでいた。平成最後の紅白歌合戦のラスト、いちばんおいしいとこはサザンの「勝手にシンドバッド」を熱唱する桑田佳祐とユーミンに持っていかれた。地上最強、さすがは桑田君。自分の役割をよくわきまえているんだよね。桑田佳祐に火っ掻き回されてオイラの血圧は上がりっぱなしでこの年は暮れていくのです。

▲ ユーミンと桑田で鳴らす除夜の鐘


■ 2019年

◆ 1月・睦月・
0101・火・元旦・

 トランプという法螺吹き大統領とアベちゃんという嘘つき総理大臣がやたらベタベタしていた2018年という年が奇跡的にも平和のうちに暮れてくれ、本当に明けましておめでたいんだけれども、ゆうべの飲み過ぎ食べ過ぎで、お腹の調子が悪く、血圧も高いのです。ま、アルコール摂取は一時的に血圧を低下はさせるけど、翌朝は必ず血圧を上昇させるのは常識なんだよね。そんなこと、プロの病人としては知っていて当たり前なんだけど、病気の歩く大博覧会としては、実に困ったもんです。情けなくも朝のおめざのオロナミンCも胃袋へスムースに落ちてくれず、全国的に歯素晴らしい初日の出が拝めたということらしいんだけど、オイラの元旦気分は最低だったのです。ううん、桑田君とユーミン、怨みますぞ。

 今年もNHK「マイあさラジオ」の受け売りが展開されますが、よろしくお願いいたします。ということで、1918年、大正7年の今日、警視庁が初めてオートバイによる交通取り締まりを始めた。自動車の数とともに増加する交通事故対策として導入されたもので、当時は白バイでなく、赤いオートバイで赤バイと呼ばれていたらしいけど、そういわれても消防庁のバイクみたいで、なかなかピンとはきませんよね。

 元旦といえば、お正月のついたち。となれば毎月恒例の全国日の出日の入りの時刻です。札幌の日の出は7時6分、日の入りは16時10分。仙台の日の出は6時53分、日の入りは16時27分。東京の日の出は6時50分、日の入りは16時38分。大阪の日の出は7時5分、日の入りは16時58分。福岡の日の出は7時23分、日の入りは17時21分、ということです。本年もなにとぞよろしくお願いいたします。

 夜になったら気分回復。肺癌で片肺になった愛犬アルルが元気にしていることの年賀メールも送信できたし、となれば気分爽快、天下泰平、アホなオイラは得意満面、泰然自若となれるのです。すると、いくつか、年賀メールに熱い返信が届いて、ありがたいことである。今年も頑張れるぞと思わせていただけるのです。

▲ 元旦や今年もいるぞ犬と猫


0102・水・初荷・初夢・書初め・

 1959年、昭和34年というとオイラが11歳になろうとしている年なんだけど、その年の今日、ソ連が世界で初めての月ろけっっとを打ち上げた。月の近くを通過した後、太陽を周回する軌道に入り、ソ連はその月ロケットを人類最初の人工惑星となったと喧伝してたけど、その意味するところは事実上の行方不明。今頃、どこを飛んでいることやら。

 箱根駅伝往路は波乱含みで展開。青山学園が苦戦して、またまた連覇、ということにはならないかもしれない。トップは東洋大学。さぁて、明日の復路はどうなるのか。

 おかげさまでこの新年もコボちゃんとアルルとの初詣を許された。神様に昨年のお礼を言上し、境内のお稲荷さんにもお礼を申し上げる。神社が賑わっていたのは不景気が理由なのか、それとも平成が無事に幕を閉じようとしている、そのことのお礼参りなのか。ここに集っている子どもと若者に、そのあたりを取材したい気持ちになるが、もちろんそんなことができるわけがない。人は集まっても神社は昨年も不景気が続いたらしく、台風で破壊されたまんまのガランガランのスズがまだ戻っていない。代わりにおみくじを販売していて、引いてみたら中吉だった。

 初詣の次の目的地は透析室。今年最初の人工透析である。看護師と透析技師とバイトのドクター、フロアの面々と、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

▲ おかげさま犬と並んで初もうで


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございました。
25番、津照寺を仮想参拝、通過しました。
次は26番、金剛頂寺。
あと7,576歩です。

現在の歩数、575,024歩。
3周目の仮想徘徊です。


0103・木・

 1951年、昭和26年の今日、NHKラジオで第一回の紅白歌合戦が放送された。大晦日に放送されるようになったのはその2年後の第四回から。このイベントの記録は2015年に「紅白が生まれた日」というタイトルで、その放送の様子がNHKテレビドラマとして再現されている。このドラマ、サピエ図書館の音声映画にもリストアップされていて、オイラもお勧めである。オイラが3歳になろうとしている頃のエピソードで、覚えているわけないんだけれど、なんか既視感があって、不思議な感動をしたんだよね。

 箱根駅伝、往路を見たら、やっぱ復路の結果を無視するわけにはいかないでしょう。とにかく、この中継を聴かないうちは、何にも手がつかないのです。というわけで、青山学院、よくぞ東洋大学を追い越した。けど、2着は残念。やっぱ、5連覇は難しいよね。来年は頑張ってください。とにかく学生ランナーの皆様、毎年のお正月を盛り上げてくれてありがとう。明けて早々のランニングで、高校時代、家族そろって慶應義塾を応援に、箱根に出かけていったことをいつも思い出しています。これで慶應義塾が参加できれば、もういうことはないんだけどね。

▲ 駅伝がゴールしたなら始めます


0104・金・官庁仕事始め・

 窓からの日差しが温かい。仕事机で日向ぼっこをしながらアルルの安眠しているオイラのベッドの片隅に両脚を乗せて転寝をしていたら夢を見た。それもお風呂の夢である。オイラが大きなお風呂でゆらゆらしていたら、そのうち誰かが外からのぞいているので不愉快になり、オイラはお湯に潜って潜水泳法。ぐんぐんとお湯を突っ切っていくうちに、いつの間にかオイラはオリンピックで金メダルを獲得しているのだ。てなわけ、ないのです。たとえ夢でも、オイラにはそんな夢、見させてはくれません。とほほ。

 透析中の夕食の話である。お節料理にはいい加減に飽きてきた。なのに、楽しみにしていたオリジンのカツカレーが売り切れていて、コボちゃんが買ってきてくれたのは肉野菜炒め弁当。ということで、今夜の肉野菜炒めの野菜、心なしか、パリパリして口の中に刺さるような気がした。まずくはないんだけど、口惜しいのです。

▲ トースター今日で四日目磯辺巻


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございました。
おかげさまで26番、金剛頂寺を仮想参拝、無事に通過しました。
次は27番、神峯寺。
あと64,140歩です。

現在の歩数、583,660歩。
ぐるぐる回って三度目の嘘つきです。


0105・土・

 1993年、平成5年の今日、フランスで再処理した日本の使用済み核燃料が初めて日本に到着した。1トンのプルトニウムを運んだ輸送船の航路や日程が一切公開されず、沿岸国や環境保護団体から批判の声があがったが、当然の話である。プルトニウムは猛毒なうえ、核爆弾の材料となる物質なのである。北朝鮮なんか、地下で製造している濃縮ウランなんかより、本当はこのプルトニウムが欲しくてたまらないのだ。輸送ルートが知られたら、ほっかむりをして包丁片手に強奪にくるかもしれないのだ。そもそも原発というのはアメリカが原子爆弾を製造するために仕立てた設備であって、電力はその副産物。原子力発電所の平和利用という喧伝は大量殺戮のエクスキューズに過ぎないのである。けれどもこの日本、核兵器製造の予定もないのに、そんなにプルトニウムを貯蓄してどうする気なのか。人の国に再処理を依頼して、その廃棄物を自分の国では処分もできず、打つ手もないのに放射性物質が余剰となっていく。日本がトイレのないマンションといわれる、これが所以なのである。

 毎週土曜日の午後は久米宏の「ラジオなんですけど」を愛聴しているんだけれど、本日は大滝詠一の未発表の音源「熱き心に」を初公開している。小林旭(こばやしあきら)のバージョンしか聴いたことがないので、とても新鮮な感じがする。どっちがいいか、なんて野暮はいわないけれど、大滝詠一の個人スタジオには、こうした未発表の貴重な音源が唸っているのかもしれない。どんどん公開していただきたい。

▲ 黒豆に熱き焼酎注いでる


0106・日・小寒・新月・部分日食・

 1912年、明治45年の今日、ドイツの地球物理学者、ウェゲナーが大陸移動説を発表した。およそ3億年前、南北アメリカ、ユーラシア、アフリカ、インド南極の各大陸がひとつにまとまっていて、次第に分裂移動して現在の形に至ったという説である。世界地図を目の付け所を変えて観察すれば一目瞭然。世界地図を巨大なジグソーパズルとして眺めるような発想の転換があれば、子供でも考えられるのだが、常識に拘束されている大人たちには簡単なことではない。幼い頃、世界の謎、というような書物で初めてこの説を前にした自分は、疑うことなく、この大陸移動説に納得し、地球物理学というカテゴリーに大いに興味を抱いたのである。

 2001年、平成13年の今日、中央省庁を12の省庁とひとつの府に再編成する新体制がスタートした。大蔵省は財務省、建設省や運輸省は国土交通省に統合されてしまったんだけど、この新省庁体制になってから、ボクら国民はますます誤魔化され易くなったような気がしてならない。大蔵省という唱え方には重みがあるけど、財務省という言語に歴史は感じられない。そして、財務大臣に重みがないのはみんなが感じる通りなのです。あの人、大蔵大臣という肩書きだったら、もうちっと真面目にやるのかもしれません。いずれにせよ省庁再編成以来、お役人のインチキがますますエスカレートしているような気がするのは錯覚ではないと思う。昨年来の官僚の忖度や嘘つきレポート、公文書改竄など、ますますその実体が明らかになっていることに、多くの国民は同意するに違いないのです。

 天気予報は晴れなのに、ガラス窓からの日差しがなくて寒くて仕方がない。アルルもミミコも暖房の効いているオイラの部屋でぬくぬくしている。なのに世の中は晴れているらしく、全国で部分日食が目撃されたらしい。東京では30パーセント。北海道では40パーセント。冬の新潟でも観察され、新潟の皆さんは感激されておられた様子。日食観察眼鏡、売れたんだろうな、きっと。

 ミミコがやってくれた。羽根布団一面に未消化の朝御飯を噴霧してくれたのだ。さあ大変、大掃除。するとミミコのやつ、迷惑をかけたのがわかったのか、オイラの膝に乗って胡麻をすろうとするから、あっちへいけと邪険にすると、いつもはいかない椅子の背中にかけてある革ジャンとセーターの隙間に挟まって、うじうじと声も発せず、行方不明となって、人間をさんざん心配させてくれて、ひどい復讐なんかするのです。

▲ 初春や猫の粗相の後始末


2018年12月24日~30日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1224・月・クリスマスイヴ・

 1878年、明治11年の今日、日本で初めてのチョコレートの広告が新聞に掲載された。広告主は東京の菓子店で当時のチョコレートの漢字表記は「貯古礼糖」、というもの。で、結果はまるで売れなかったらしい。古いとかお礼とか、ま、この文字の並びでは、ぜんぜんおいしそうじゃありません。もっと華やかな甘味とか香りとか、素敵にイメージさせるような語句を考えればよかったのだと思う。江戸時代だったらコピーライターの草分け、平賀源内がいてくれたのにね。

 1957年、昭和32年の今日、NHKでFMの実験放送が開始された。これが日本初のFM電波の発信である。それまでのラジオによるステレオは、ラジオを2台並べて、片方はNHKラジオ、もう片方はNHKラジオ第2で左右のチャンネルとして聴いてみろというもので、試しにやってみようと思ってはいたけれど、そもそも当時、同じようなラジオが2台もあるような家庭がどれだけあったんだろう。もちろんオイラの家にもあるわけなくて、一度だって試したことはありませんでした。けれど、ステレオ放送にはかなりの興味があって、初めて我が家にFMのレシーバーが導入されたのはその3年後、最初のステレオセットが購入されたときで、オイラは小学6年生でした。

 1968年、昭和43年の今日、人間を乗せた宇宙線が初めて月を回る軌道にのった。3人の宇宙飛行士を乗せたアメリカのアポロ8号は初めて月面の様子をテレビによる生中継を実施した。アメリカによる人類へのクリスマスプレゼントとなったわけだが、その最大の目玉は遠い宇宙空間からのまるごとの地球映像だった。台風の白い渦巻き雲を浮かべた青い球体の映像は人類に大いなる衝撃を与え、人々の心に地球市民という概念を定着させていくのであるが、その映像の衝撃性は月面着陸の数倍はあったと思う。タイム誌の表紙に採用されたその美しい写真が今でもこの網膜に焼き付けられている。

 東京の日の出は6時48分、日の入りは16時33分。クリスマスを過ぎれば、お日様も次第に元気になってくれるのだ。

 「きよしこの夜」から今日で200年ということです。そんな今夜、七面鳥の生まれそこないかと思うほど巨大なチキンの丸焼きをコボちゃんと山分けしてホクホクし、アルルカンのクリスマスケーキのジャムが、いつものジャムと違うみたいだねとアルルに意見を求めたら、アルルも同感を示していました。

▲ 二百年きよしこの夜輝いて


1225・火・クリスマス・

 航空機の酔っ払い運転はパイロットだけじゃなかった。どうやら客室乗務員もきこしめしていたらしいのだ。日本航空の客室乗務員の呼気にアルコールが検知された事件で、当人は口内洗浄液の使い過ぎだと主張していたけれど、機内のシャンパンが減っていたことが明らかになった。ま、小瓶とはいえ、目の前に高級銘柄、世界有数のおいしいシャンパンがずらり並んでいて、おまけにバレないというんだったら、そりゃ飲みたくなるわね。もしかしたら利き酒の練習をしていたのかもしれないしね。ま、おいしいシャンパンは悪魔の誘惑です。今夜はクリスマス。昨夜食べ切れなかった巨大チキンローストで、客室乗務員さんのお口には合わないでしょうけど、スペイン産、大安売りのカヴァの洞窟シャンパンでささやかな乾杯をしていたら、猫のミミコがまわりをうろつき、それをテーブルの下でアルルが羨ましそうに見上げていました。大型犬のありがたいのは、テーブルの上をうろつかないことなのです。

▲ 今宵またきよしこの夜肉と酒


1226・水・

 2004年、平成16年の今日、インドネシアのスマトラ島沖を震源とするマグニチュード9.1の巨大地震が起き、大津波が発生した。津波はインド洋に面したアジア各国やアフリカ東部までに達し、日本人42名を含む22万人を超える犠牲者を出した。いわゆるインド洋大津波であるが、東日本大震災以前に、これほどの巨大地震を知らなかったので本当におそれおののいた。こちらは盲導犬アリーナを失ったばかりで心がめげていたのでショックも大きかった。これはかなり後年になって知るのだけれど、オイラが通っていたことのある近所の健康道場のメンバーたちも、スリランカで犠牲になっていたという。
 今世紀になる直前から地球の活動が活発になるとかの都市伝説を聞かされていたが、この地震を最初に、そのほにゃらか予言が、もしかしたら本当のことかもしれないような気がしてきたのだ。そしてその7年後に東日本大震災が発生するのである。

 毎週、全国の音訳ボランティアの皆様のおかげで週刊朝日や週刊文春を楽しませてもらっている。ことにボクは週刊朝日の大ファンである。で、驚いた。本日拝読した週刊朝日、実に猫特集なのである。音訳スタッフのアイディアで猫特集関連のコンテンツ冒頭には猫の鳴き声が配してあるのだが、これが愛らしい。本物の猫かもしれないし、誰かが口真似しているのかもしれない。もしかしたら、江戸や子猫さんあたりが手伝っているのかもしれない。猫関連のコラムやエッセイがいい。内館牧子さん、嵐山光三郎さん、東海林さだおさんたちは、よほど猫がお好きなのだろう。心を動かされる内容だった。投稿コーナーの「犬馬鹿、猫馬鹿、ペット馬鹿」も猫特集。複数の週刊朝日リーダーたちが猫と暮らす感動をプロも顔負けの筆致で描いているのです。楽しませていただきました。

▲ 年の暮れ猫いてくれて温かい


1227・木・

 本日はホームページ管理人、絵夢助人(えむすけびと)さんによる新年ウェルカムメッセージの撮影である。ラジオや雑誌の取材、打ち合わせでいつもお世話になっていて、ホワイトデイのお返しクッキーやクリスマス、盲導犬アリーナの誕生日やアルルの誕生日の特別注文、バタークリームデコレーションケーキを作っていただく、経堂駅前ケーキショップ「アルルカン」での撮影である。ただ、お店は千客万来で、なかなか撮影のタイミングがやってこない。絵夢助人(えむすけびと)さんも苦労されておりました。アルルカンでの撮影も今年で最後。来年は店を閉じるそうなのです。
 撮影が終われば寿矢での恒例望年会。世間では忘年会といってます。カウンターでビールで乾杯して、おいしい料理をいただいて、絵夢助人(えむすけびと)さんの一年間の無料奉仕への心からの感謝を捧げます。ボランティア管理人に対する、エム ナマエのせめてもの気持ちなのです。絵夢助人(えむすけびと)さんがいてくださらなければ、ホームページもブログも、すべてお手上げなのです。エム ナマエがエム ナマエでいられなくなるのです。本当にいつもありがとうございます。
 寿矢からの帰り道、左から右へと火の用心の拍子木の音が移動していく。誰が叩くのだろう。こんな夜だから、おそらく子どもたちではないのだろう。もしも子どもたちだったら
「火の用心、マッチ一本火事のもと」
とかいいながら、歩いてくれるもんね。そこで落語『二番煎じ』を思い出す。あの登場人物たちは
「火の用心、さっしゃりませーい」
と声を競い合いながら深夜の町を徘徊するのだ。その昔、川崎ホールで古今亭新潮の独り会でこの落語をコボちゃんと聴いた帰り道も寒い夜で、思わず猪鍋(いのししなべ)とか桜鍋とか鹿鍋とか、何でもいいから鍋物を食べたくなったことを思い出す。ただ、桜鍋と鹿鍋は一緒にしない方がいいらしい。馬と鹿だもんね。

▲ 火の用心マッチ一本鍋の元


1228・金・御用納め・大納会・

 映画の話である。NHK「マイあさラジオ」によれば、1895年、明治28年の今日、世界で初めての本格的な映画の上映会がパリで開かれたそうである。スクリーンに投影される方式、シネマトグラフを開発したリミエール兄弟が自分たちで撮影した短編映画を上映したのだ。でも、オイラの乏しい知識によれば、これより少し前の1981年、トーマスエジソンによってキネトスコープが発明されている。と、こんなことにこだわるのは、幼い頃に読んだ漫画のエジソン伝記にいたく影響を受けていたからで、電話だって、ベルより早くエジソンが発明したんだと、今も文句をいいたくなる。
 まだ家庭にテレビがなかった頃、月刊漫画雑誌のページの隅っこに印刷されているパラパラ漫画で、パラパラとめくって動かすミニチュア漫画シアターを思い出す。とはいえ、せいぜいがワンアクション、時間にして1秒足らずなのだが。学校でも授業に飽きればノートの片隅にちょっとずつ違うキャラクターのポーズを描いて、自らパラパラ動かして楽しんだものだった。
 と、そんなことを考えていたらTBSラジオの昼の番組、「ジェーンスーの生活は踊る」で、クイーンのフレディ・マーキュリーの曲がかかっていた。今年は映画「ボヘミアンラプソディー」の大ヒットで再び注目されているクイーンであるが、カッコよかったよね。
 映画の話に無理矢理引き戻すけど、スペースオペラ、「フラッシュゴードン」はSF映画としてはお金をかけた割には不出来だったけど、クイーンの音楽がよくて、それで映画館に駆けつけました。今でもクイーンのベスト盤でテーマ曲がかかると、あのときのダサい映像が脳裏に蘇るのだ。ああ、情けない。と、無理矢理な話でした。

▲ 別れ際みかんもらって握りしめ


1229・土・下弦・

 大日本帝国が敗戦してくれた1945年、昭和20年の今日、戦後の深刻な食糧難の中、農業生産を増強し、食料を安定的に確保するための新しい農地調整法が公布された。戦後の農地改革である。で、またまた我田引水であるが、わが母校、慶應義塾志木高は開校当時は農業高校を目指していた。慶應義塾が食糧難解消のため、立ちあがったのである。その証拠に志木高の敷地は3万坪あり、そのほとんどは雑木林と果樹園と畑だった。オイラが入学した1964年当時、農芸という授業があって、週に一度は農芸服に身を包み、鎌などの農具を携えて畑に出ていった。草刈りをしたり、農地を耕したりしていると誰かがモグラを見つけて、直ちに鎌で真っ二つにしてしまったのを、今でも残念に思っている。日本全国から集まった高校生の中には、モグラを見たら直ちに殺せと育てられたやからもいたのだろう。本当はモグラたちは畑の土に空気を送り込んでくれた恩人たちだったのにね。

 夜のNHKラジオニュースである。中国で靴を脱いでホテルに盗みに入った男が、その足のあまりの臭さに逮捕された、という事件である。臭い足跡を追跡していったら、犯人が駐車場に隠れていたのを発見されたのだという。足の臭さで足がついたという、おそらくは笑っていい話であると思う。

▲ もういくつ数えた日々を抱きしめる


1230・日・

 2013年の今日、大滝詠一さんが65歳という若さでお亡くなりになっている。大滝詠一というと、日本を代表するロックアーティストみたいな言われ方をするけれど、ハッピーエンドの音楽はオイラがイラストレーターデビューした1969年当時はビートルズのアビーロードに隠れて、地下深くのアンダーグラウンドから聞こえていた印象がある。ナイアガラレーベルについてはある時期、オイラも聴きかじっていたことがあるけれど、やっぱり大滝詠一を強く意識したのはアルバム「ロングバケーション」以後である。全曲をウォークマンにぶち込んでハワイに飛んでいき、ホノルルの海岸で聴きまくっていたから、今でも曲が流れてくるとハワイの空気を感じてしまう。けれど、アルバム最大のヒット曲はラストナンバーの「さらばシベリア鉄道」であって、決して夏のイメージではないのだ。作詞・松本隆、作曲・大瀧詠一の名曲なのである。
 哀しみの裏側に何があるの?涙さえも氷りつく白い氷原。誰でも心に冬をかくしてると言うけど、あなた以上冷ややかな人はいない。
 今週一週間、NHKラジオの名物番組「昼の憩い」から連日この歌詞が聞えていた。マイトガイ、小林旭(こばやしあきら)が歌い、歌姫、坂本冬美が歌う。もちろん大滝詠一も歌っていた。それもそのはず。本日が大滝詠一さんのご命日であるのだ。

 昼間、師走というのにポカポカと温かい。気がつくと転寝をしている。いけない。これでは予定がちっとも進まない。今日もブログ原稿を頑張るけど、まだまだキャッチアップには遠いのだ。

▲ ドアノブに猫がじゃれつくしめ飾り


◇ バーチャル『四国八十八カ所』コース

ありがとうございました。
おかげさまで24番、最御崎寺を仮想参拝、通過しました。
次は25番、津照寺。
あと8,711歩です。

現在の歩数、563,689歩。
三度目のバーチャル徘徊です


2018年12月17日~23日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1217・月・

 1957年、昭和32年の今日、アメリカ合衆国がICBM、大陸間弾道弾のミサイルの発射実験に成功した。この4か月前、ソ連もICBMの実験に成功していて冷戦における米ソのミサイル開発競争はますます激化していくのだが、その成果と反映が人工衛星の開発競争となるわけで、軍事と宇宙開発は紙一重なのである。北朝鮮がミサイルを人工衛星打ち上げ実験と主張したのもそういうわけなのだ。てなわけで、戦争が航空機を劇的に進化させたようにミサイル開発が人類を宇宙へ飛躍させる。そして21世紀の今、米国の核戦略システムがインターネットとして人類がその恩恵に浴している。果たして人類、これら戦争による技術開発を終わりよければすべてよし、とまとめられるのだろうか。なんか、できそうでできないような気がしてます。

 東京の日の出は6時44分、日の入りは16時30分。さすが冬至直前である。何たる日の短さよ。ますます春が待ち遠しくなってくる。

 猫のミミコが破れ障子をあけろと騒いでいる。朝の予報だと、今日は曇天で寒いはず。どうしたことかとあけてみると、これが何といい天気。ピッカビカの日差しが部屋の奥まで飛び込んできた。たちまち頭のてっぺんが熱くなって、暖房を切りました。それにしても、また外れ。最近の天気予報、あまり当てにはなりません。けど、悪く外れたわけではないので、そこんとこは許して差し上げます。

 のんびりと午後の日差しを楽しんでいたら、いきなり警察ですと電話があって、特殊詐欺について、あれこれレクチャーを開始する。本当の警察だという証明はどこにもない。思わず、
「本物の警察ですか?」
と尋ねたら、相手も
「本物の警察です」
と解答する。そりゃそうでしょう。そう答える以外に答えようがないでしょう。警察のお気持ちはわかりますけど、なんか、無駄な努力のような気がしてなりません。詐欺グループは警察よりも上手をいっているようで、この電話も逆効果のような気がしてなりません。

▲ 長い夜いきつく先はクリスマス


1218・火・

 1997年、平成9年の今日、東京湾横断道路、東京湾アクアラインが開通した。神奈川県川崎市と千葉県木更津市の間を橋と海底トンネルでつなぐ、15.1キロの自動車専用道路である。ほら、例の新ゴジラが登場した、あのアクアラインのことである。で、年が明けた1998年の6月4日、オイラとコボちゃんと盲導犬アリーナは、朝も早くから起き出して、そのアクアラインに向かったのである。以下はその当日の日記からの引用。21年前の、それもブログのような、誰かに読んでいただくための文章ではないので、どうかその舌足らずを
お許しあれ。

以下、1998年6月4日の日誌より。
 首都高速を経てアクアラインへ。すんなりといく。海底トンネルは快適。車も少なく順調。海ホタルへ直行。アリーナがやけにはしゃいでいる。迷わずに駐車場へ。車を降りたとたん、アリーナが跳ねる。まるでディズニーランドへいったときみたい。とにかくはしゃいでいる。よほどドライブが好きなのだ。ゆうべからこの計画を予測していたらしく、アリーナはボクの部屋で待機していたのだ。
 エスカレーターで最上階へ。そこがレストランと展望台。観光客はまばら。まだ天気は曇り。空の下でアリーナの御飯。風が気持ちいい。どこかでウミネコが鳴いていた。船のエンジン音がする。木製のイルカの彫刻があり、とてもリアル。よく触ってそのディテイを見る。参考になった。他に魚のベンチなど。カジキマグロの彫刻があって、ボクがコボちゃんに『老人と海』の解説をする。みんなよくできていた。
 従業員の盲導犬アリーナを見る目を気にしながらセルフレストランへ。ボクは牛丼とアサリの味噌汁。どれもボリュームたっぷりの豪華版だが、とても安かった。しかし、外国産だと思われる木材を使ったワリバシが臭く、食べ物の味を悪くしていた。最近、こういうケースが多いんだよね。
 食事中に天気がよくなる。どんどん晴れてくる。日差しも強い。木更津への海上ハイウェイをバックに記念写真。人に撮ってもらう。海上ハイウェイはあっという間に終点へ。本当に東京と千葉が近くなった。
 房総半島を南下。ボクはCDを聴きまくり、歌いまくる。こぼちゃんはドライブに専念。アリーナは機嫌よく外を見ている。というより匂いを楽しんでいる。12時過ぎ、レストランへ。アリーナはすんなりと入れてもらえた。オーナーが犬好きだったのだ。ここではクロブタの焼肉定食。これもすごいボリューム。千葉は大食漢ばかりなのか。トラックが多かったから、トラックドライバー向けなのかもしれない。アイスコーヒーを飲む。外は真夏のような暑さ。オーナーと犬の話をする。
 満腹でまたドライブ。鴨川シーワールドへいくことになる。半島を横断。途中の田園がすがすがしい。アリーナはずっとご機嫌でドライブを楽しんでいる。森や林からはいろいろな鳥の声。やはりグイスがいい。携帯電話の電波状態も良好。医歯薬出版の田辺さん、愛育社の伊藤社長と打ち合わせ。
 いよいよシーワールドへ到着。ペットお断りといわれたが、盲導犬だというとスンナリ。まず、イルカショーを見る。アリーナが興奮したのか喜んだのか、ハアハアいいながら横目で見ている。イルカのコーラスが見事。これならボクにも楽しめる。アリーナの喜んだのがアシカショー。特にアシカとペンギンが気にいったらしく、ヒュンヒュンと鼻を鳴らしていた。自分から近寄っていこうとするので、引きとめるのが苦労。アリーナはペンギン、キタゾウアザラシ、トドなどに挨拶して帰る。特にトドのプールでは立ち上がってその正体を確認していた。でも、やはりアリーナの好きなのはペンギンらしい。次にシャチのショー。これはアリーナにその正体がよくわからなかったらしい。特にこわがることもなく見ている。シャチは客の頭にキスをしていた。シャチの子供がいて、それが愛らしいらしい。さすが巨大なシャチ。ジャンプすると、こちらまで水しぶきが飛んでくる。その鼻息もすごかった。けれど、アリーナはアシカほどの興味は示さなかった。三つも連続して海洋哺乳類ショーを見たので、ボクは疲れる。アリーナとベンチで休憩。こぼちゃんは白いイルカ、ベルーガのショーを見にいく。ここ、鴨川シーワールドでは人間と動物がうまくやっている。
 それからアリーナはセイウチとガラス越しのご対面。10センチほどの近さ。アリーナはやはりヒュンヒュンと鼻を鳴らす。セイウチもアリーナをしっかりと見ていたらしい。それから水族館へ。アリーナはラッコを見て、やはり鼻を鳴らす。とにかく可愛いい動物が好きなのだ。でも、マンボウや海ホタルには興味がない。海ホタルとは夜光虫のことなのだ。アクアラインの海ホタルにちなんで展示しているのだ。マンボウはここ鴨川シーワールドが飼育世界記録を保持しているという。でも、飼育されるようになったのが最近なので、残念ながらボクはその生きた姿を見たことがない。見たかったなあ。
 もう5時になっている。アリーナも空腹を訴えている。外に出ると、もう観光客はまるでいない。閉館時間なのだ。駐車場でアリーナに御飯。ここは波音がいい。すぐ側が海岸なのだ。しかし、拡張工事のブルドーザーやバックホウの音がやかましく、これだけが興ざめになっていたな。残念。
 さて、CDを聴きながら海ホタルへ直進。途中、山の中でウグイスを聞く。これほど近くで聞いたのは初めて。そして、その長い谷渡りの声。見事だった。感激だったなあ。千葉はやはりいい。木更津から海ホタルまで、道路はガラガラ。これじゃ採算が合わないよな。要するに通行料金が高過ぎるのだ。ボクは障害者割引で半額でいいから気楽だが。周囲は東京湾。東京の明かりは意外とパッとしたもんじゃなかったらしい。今朝と同じセルフレストランでラーメン。やはり最大公約数的な味。まあ、これが無難。お土産は買わず。フロアマネージャーらしき人物がアリーナを監視してたらしい。なにかいってみろ。かみついてやるぞ。
 海底トンネルから首都高速。居眠りしてたら帰宅。ずっとハンドルを握っていたこぼちゃんはクタクタ。部屋に戻ってすぐに眠る。ボクが目覚めたのは3時過ぎ。それからこの日記を書いた。今は朝の6時前である。楽しい一日だったな。
 と、ここまでが当日の日誌です。ただのメモですからひどい文章です。けど、あの頃はコボちゃんもアリーナもオイラもみんな元気で、あっちこっちを歩き回っていました。なんせ、その秋にはニューヨークで個展を開くのですから。

 あざとさと姑息さの安倍政権が支持率を下げている。ついでに自民党も支持率を下げている。これまでは政権に批判はあっても、自民党という政党は許されてきた。けれども、お人よしの国民も、そろそろ気づき始めたのかもしれないね。まともな議論もされないうちに日本の仕組みがどんどん変えられていく。海外人材を決まり事なしに導入し、国民の健康を左右する水道行政を海外企業に委ね、貴重な生物たちを育んできた美しい沖縄の海に土砂を投入し、護衛艦が空母に改造され、憲法までが改悪されようとしている。平成が幕を閉じようとしている今、国民の目の前で国の土台が崩れ去ろうとしているのだ。これでも平気でいられるのなら、日本国民であることをやめるしかないような気がする。

▲ 子どもたち冬眠ごっここぐまたち


1219・水・

 1971年の今日、ワシントンで開かれていた10か国蔵相会議で1ドルを308円とすることが決まった。戦後続いていた1ドル360円時代が幕を閉じたのである。それにしても、円は360度だから1ドルが360円とはひどい話である。とはいえ、安くなったドルのおかげでその翌年、このオイラも海外へ飛び立つことができたのである。でも、オイラの旅は1日10ドル。それが精一杯だったのです。おかげでみんなに助けてもらいました。

 オイラは憲法改悪絶対反対論者なんだけど、空母についてだけ、ちょっと意見をいわせてもらいます。護衛艦「いずも」と「かが」の空母改造計画が問題になっていますが、専守防衛における防衛能力に敵基地反撃能力はあっていいのだとも思っています。敵基地反撃能力のない防衛体制なんて抑止力にはなりません。憲法第九条はこのままに、防衛能力だけはきっちりと整備したいものです。蜜蜂も最後の一刺しで必ず相手に報います。

▲ 北風や器用な猫の置き土産


1220・木・

 1914年、大正3年というと第一次世界大戦の勃発した年であるけれど、その物騒な年の今日、日本では東京と当時の高島町、今の横浜駅の間で蒸気でなく、電車の運転が始まったという。けれど、日本で初めてのパンタグラフがうまく作動せず、運転は中止されてしまった。結局、電車の運転再開は翌年の5月になったらしい。パンタグラフというと仲良し三人組の山口君が動かしていたOゲージの電気機関車の天井にも立派なパンタグラフが装備されていたが、このパンタグラフ、普段は天井に畳まれていて、てっぺんを押してやるとピョンと飛び出すのだが、このパンタグラフ、形だけのとんでもパンタグラフだったのだ。蒸気が当たり前だった時代、パンタグラフというと、意味もなくわくわくしたんだよね。

 誰が何といおうと、紅毛碧眼がいかに抗議しようと、鯨はおいしいのだ。鯨食の復活を望むのだ。忘れられない遠足のおかずは鯨の大和煮缶詰だった。須の子肉の、あの脂肪のきらきらした美しい肉の缶詰だった。豚のベーコンは貧乏人の食卓には上がらなかったけれど、同じ値段で鯨のベーコンは山ほど買うことができた。そう。ボクらの子ども時代の栄養不足を鯨たちは救ってくれたのだ。上野の科学博物館の入り口では、巨大なクジラの骨格標本がずらり並んで、ボクらを歓迎してくれたのだ。なのに、いつの時代からだか知らないが、すっかり撤去されてしまったのは不愉快極まりない。と、そんなオイラの気持ちに応えてくれたのかどうかは知らないけれど、日本政府が商業捕鯨の再開に向かって国際捕鯨委員会、IWCから脱退することに決めたらしいのだ。そうなのだ。鯨が可愛いとか、鯨がお利口だからという感情的理由だけで捕鯨を反対する連中と、いつまでも不毛な議論を重ねていても仕方がない。だったら、牛は可愛くないのか、豚は馬鹿だから殺してもいいのか。他の生き物を殺すのが嫌ならば、完全生物の植物に生まれ変わるしか他に生きる術はない。鯨も豚も牛も、みんな可愛い。けれども、オイラは生きていたいから食べるのだ。感謝しながら、おいしく食べさせていただくのだ。

▲ 熱燗や鯨ベーコン赤と白


1221・金・

 1991年の今日、ソ連が消滅した。ソ連を構成するほとんどの共和国が連邦にかわる独立国家共同体への参加に合意したもので、ソ連は69年の歴史に幕を閉じたのであるが、心からソ連嫌いのオイラとしては、本当にホッとしました。1978年、パリ滞在中の最大の恐怖の体験はシャンゼリゼ通りのアエロフロートオフィスへのリコンファーム訪問体験だった。航空会社のオフィスなのに、入り口を入ると誰もいないのだ。広いフロアの奥にしつらえた広いテーブルに、平家蟹みたいなおっさんがただひとり、こっちを睨みつけて座っているだけなのだ。そんで、オイラはお客であるはずなのに、ずっと叱られている気分なのだ。平家蟹みたいなおっさんに、ずっと睨まれていなければならなかったのだ。平家蟹は地上ばかりではない。平家蟹は空にも勤務している。コーヒーをもらうにもビクビクのアエロフロートのスチュワーデスさん。あんまり顔を近づけてはいけません。平家蟹で、毛蟹でもないくせに、顔にはびっしりと毛が生えていたのです。でも、いくらソ連が崩壊しても、やっぱ平家蟹たちは今でも立派に暮らしているんだと思います。別に平家蟹に何の怨みもないのですが。ごめんね、平家蟹たち。

 今年もスタジオクラスターの青木岳志さんのご母堂、タケチャンママからおいしい生鱈子の煮物をいただいた。そればかりでなく、スタジオのマダム、ヒロコママから不思議な塩辛をいただいた。この塩辛、涙なしには聞かれない、エピソードがあるのだ。青木岳志さんのご実家のお寺のある柏崎市の塩辛屋さんの、笑えないけれども、ちょっとめでたい話を聞いてしまったのだ。この塩辛屋さん、北朝鮮の日本海における違法操業のおかげで烏賊の塩辛が作れなくなり大ピンチ。苦肉の策で魚卵の特別性の塩辛を販売したところ、それに目を付けた有名パスタレストランがあって、魚卵スパゲッティーを作ったところ、それがグルメサイトで評判になったとか。新鮮な鱈の子を原料に、昔ながらの製造方法で、一年以上も漬け込み仕上げた塩辛だから、湯で上がったスパゲティーとあえて食べれば最高と聞いて、コボちゃんも張り切っているのです。さぁて、いつ作ってもらおうかな。

▲ 風邪の朝祖母が作りし葛湯かな


1222・土・冬至・柚子湯・

 1947年、昭和22年の今日、新しい民法と戸籍法が公布された。封建的な家の制度が廃止され、結婚と離婚の自由、男女平等が保証された。ふたつの法律は10日後の1月1日に施行されたというんだけれど、これも戦争に敗けた国家へのアメリカからのプレゼントなんだろうね。よかったじゃないの。だからさ、現行憲法だって、素直にいただいていればいいのにさ。ずっとうまくやれてきたんだから。

 いよいよクリスマスを家で過ごせなくなりそうなゴーンちゃん。エアコンは効いてないし、贅沢三昧な食事に慣らされた胃袋には粗末に過ぎる三度の飯に悲鳴をあげたゴーンちゃん、保釈を期待するのは当たり前。なのにあっさりと再逮捕。さて、海外のメディアはいかなる反応をするのだろう。楽しみだな。これを機会に、弁護士なしの取り調べや、罪を認めなければ決して出してもらえないような、冤罪を製造し続けてきた、日本の悪しき司法体制に先進国なみの改善が加わることに、期待するのは間違いではないと思います。

 ここんとこ、旅客機の酔っ払い運転が話題になってます。空の交通安全も心配だけれど、2020年から高速道路上の自動運転が許されるようになるらしいと聞いて、ますます心配になってます。オイラもよくは知らないけれど、自動運転、レベルスリーがどんなもんか、皆さんだってよくは知らないと思います。ハイウェイというくらいだから、高速道路は常に安全速度を超えているわけで、そこに手足でクルマをコントロールしているドライバーもいれば、AIに運転を負かせて、スマフォをいじったり読書をしたりのドライバーも加わるわけで、おまけに安心して居眠りをしたり、飲酒をしたりのドライバーも混在している状況だと、オイラみたいな人間も機械も信用できない気の小さな人間は、どんな気持ちでクルマに乗っていたらいいのだろう。考えたら生きた心地もしなくなる。それにしても、いざというときの事故の責任を誰が負うのか、そのあたりの法律整備を、早く決めておいてもらいたい。安倍政権が前のめりなだけに、心配でたまりません。

 またまた謎の蟹屋さんから電話がありました。北海道からの長距離電話ということなのですが、なんとなく世田谷区内の匂いがします。売れ残りの蟹があるから、特別価格で売ってあげるという内容なんですけど、この電話のご当人、これが何度目かの電話であることを、すっかりご失念なさっておられるようなんです。それともオイラをボケ老人とでも思っておられるのかもしれません。で、オイラも応えてあげるのです。
「その手は桑名の焼き蛤!」
 もしかしたら、ボケているのは相手のインチキ蟹屋さんかもしれません。

▲ また電話暮れの嘘つき蟹屋さん


1223・日・天皇誕生日・満月・

 本日は天皇誕生日です。1933年、昭和8年の今日、皇太子誕生を知らせるサイレンが各地で鳴り響き、奉祝行事が執り行われました。その皇太子殿下が今上天皇に即位された1989年、平成元年から本日が国民の祝日とされました。そしてまた、1958年、昭和33年の今日、東京タワーが開業しています。高さ333メートル、パリのエッフェル塔を抜く、当時世界一高い自立鉄塔だったこの東京タワー、その翌年にご成婚なさる皇太子のお誕生日を祝福する意味で、この日に開業したんでしょうね、きっと。それにしても、今夜のニュースで拝聴した今上天皇のお言葉がわすれられません。明けてやってくる新しい年に、平成という御代を平和のうちに自ら幕を閉じる陛下に心からの感謝を捧げたいと思います。そうなんです。本日は平成最後の天皇誕生日となるのです。

 オイラのベッドで片肺アルルが楽しそうな声をあげ、パタパタと尻尾を振っている。どんな楽しい夢を見ているのだろう。猫のミミコはそのアルルが眠っている頭の上の羽根布団に深く沈みこみ、安心して丸まっている。アルルやミミコがそうして元気でいてくれることがオイラとコボちゃんの幸せであるのです。

▲ 深々と猫沈みこむ羽根布団

2018年12月10日~16日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


1210・月・世界人権デイ・

 2012年の本日、小沢昭一さんがお亡くなりになっている。大好きな役者さんだった。TBSラジオの長寿番組、「小沢昭一的ココロ」は毎日必ず楽しみに拝聴していて、ボクの生活リズムを作ってくれていた。また、小沢昭一さんは俳句の名手でもあって、「変哲」の俳号でたくさんの名句を残しておられる。永六輔、小沢昭一、野坂昭如の中年御三家の武道館コンサートはビートルズに次いであの武道館を満員にした実績があって、そしてこのボクも、その満員にした人数のひとりだったのだ。その三人も既に鬼籍に入られて、ボクは寂しくて仕方ありません。

 1968年、昭和43年の今日、3億円事件が発生する。東京府中市で白バイ警察官を装った男に、もしかしたら女かもしれないけれど、現金およそ3億円が盗まれた。3億円というと、今ならそれほどのサプライズではないのかもしれないが、当時の3億円は年間の利子が800万円で、貯金さえしておけば働かなくても食べていけるような大金だったのだ。社会を驚かせたこの事件、7年後には時効を迎え、そのまま今も事件は未解決のままで、あれこれと憶測が飛び交っている。誰も傷つけていなかったし、お金を使った形跡もないんだけど、この犯人、どうしているのだろう。ノンフィクション「私はこうして3億円を奪取した」てな暴露本でも執筆すれば、ベストセラー間違いなし。3億円稼いで、堂々と暮らしていけばいいのにね。

 NHKラジオ第2の「朗読の時間」は本日から軽井沢朗読館と中軽井沢図書館の館長、オイラが日本一の朗読家として仰ぐ青木裕子さんが有島武郎を読んでくれる。コボちゃんとらし始めた頃、今のようなサピエ図書館のおかげで自由自在の音訳読書が許されなかった頃は、CDブックで読書を楽しんでいたのだが、その当時で最も印象的だった作家のひとりが有島武郎だったのだ。ということで、青木裕子さんがいかに有島武郎を料理するか、楽しみで仕方ないのである。

 ガツンときました冬本番。いきなり寒くなりました。山では冬将軍が暴れてます。じんわりと積もるのではなく、気がついたら腰までの積雪だというのだからたまりません。考えてみれば、今日で師走の10日。寒くないのが不思議なんです。

▲ 年の瀬の雪の知らせで安堵する


1211・火・

 1957年、昭和32年の今日、百円硬貨が発行された。硬貨では当時の最高額面で、鳳凰のデザインが銀色に光り輝いていた。それまでの最高額面のコインは50円。穴あき銀貨で大きく重たく、堂々としていた。透明プラスティックの50円玉専用貯金ケースなんてものがあって、10枚貯めると500円。それを握って、目玉を光らせながらノッシノッシと歩くブリキのロボットを買いに走ったことを思い出す。当時の500円は子どもにとってのひと財産だったのだ。

 1989年、平成元年の今日、黒沢明監督が米国アカデミー賞の特別名誉賞を受賞することが決まった。世界中の映画ファンを夢中にさせ、世界上の映画監督たちに大きな影響を与えたことが受賞理由だった。ちなみにこの年、オイラも賞をもらっている。児童文芸新人賞。この年、失明後の処女長編童話でいただいたのである。賞の重さは違うけど、あの頃のオイラには第二の人生のスタートを祝ってくれるビッグプレゼントだったのです。

 東京の朝の最低気温は1.4度。今シーズンいちばんの寒さとか。エアコンのヒートポンプのおかげで生きてます。

 午後からエム ナマエの研究者、広島大学の奥田博子さんから電話がかかってくることになっている。その電話インタビューに備えて、奥田さんからいただいた質問リストを拝読しながら、仕事机でゆったりと心構えをしていたら、隣に毛むくじゃらのでかくて真っ黒なゴリラがやってきて、オイラのことを撫でたり突っついたり、顔をのぞきこんだり。優しい顔のゴリラで、どっかで見たことがあるなぁと考えていたら、それはメスのゴリラで、よくよく確かめてみたら、それはアルルがゴリラのヌイグルミをかぶっていたのでした。あんまりよくできたヌイグルミだったので、本物のゴリラかと思ったのでした。と、気がついたら夢でした。さっきから足を乗せていたベッドの足元でアルルも眠っていたのです。

▲ 日向ぼこゴリラの夢で目が覚める


1212・水・

 1901年、明治34年というと20世紀の始まりの年だと思うけど、その年の今日、イタリアのマルコーニが大西洋を横断する無線通信に成功した。イギリスと北アメリカのニューファウンドランド島の間、3200キロを隔てた通信に成功したのであるが、当時の人たちはビックリしたんだろうね。今なら、遠い太陽系の外側に向かっているボイジャーからの電波をキャッチしたと聞いても、誰も驚かないのにね。ま、マルコーニさんが、21世紀の人々がポケットにスマフォという超高性能無線電話を持ち歩いていて、世界中の人々と無駄話にうつつを抜かしていると聞いたら、おそらく気絶するのだと思います。

 海上自衛隊の護衛艦「いずも」が空母になるという噂はどうやら本当のことらしい。おまけに護衛艦「かが」まで空母化されるらしい。果たしてどれだけの人がご存じか知らないけれど、旧日本海軍は空母を実戦使用した世界最初の軍隊である。ご存じ真珠湾攻撃で奇襲雷撃とはいえ、空母を主体とした南雲機動部隊は大いに戦果を上げたのである。で、それら機動部隊の一群に空母「加賀」も参加していたのである。
 1960年に公開された東宝映画『太平洋の嵐』に、小学6年生になったばかりのオイラは夢中になっていた。当時、我が家では父親が不器用に仕上げた、50分の1のマルサンプラモデル、ゼロ戦がオイラと弟のハートを鷲掴みにしていたのである。東宝は海軍映画制作にえらく意欲的で、どこかの海岸に実物大の空母「赤城」の飛行甲板を築き上げ、そこに実物大の雷撃機やゼロ戦艦上戦闘機を並べてロケを決行したのであった。円谷英二特撮監督が再現するのは精密ミニチュアによる真珠湾攻撃に向かった機動部隊は、南雲忠一中将を指揮官に、大型空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「瑞鶴」「翔鶴」だった。真珠湾攻撃で大いに活躍したこれら空母たちだが、やがてミッドウェイ海戦で次々に雷撃を受け、沈没していくのだが、ああ、爆弾と魚雷さえ早く交換できていれば、勝てていたのになぁ、と子ども心に口惜しかったのを今でも鮮烈に覚えているのです。さて、今の日本における空母の存在って、どうなのでしょう。敵地反撃能力を専守防衛における防衛力、もしくは抑止力と認めても、オイラはいいような気がしてます。局地戦における戦力で、防衛が可能とはとても思えないからです。たとえ護憲派でも、そこの点ではリアリストであるべきでしょう。

 わぁ、驚いた。朝日新聞のウェブサイトからアルルとミミコに取材依頼があったのです。さぁ、大変。アルルはダイエットしなきゃならないし、ミミコはお洒落もしなくっちゃ。さて、実際の取材はいつになりますかね。

▲ 商店街まだ新鮮なクリスマス


1213・木・煤払い・

 1925年、大正14年の今日、東海道線と横須賀戦で電気機関車の牽引による列車の運転が開始された。東海道線は東京と神奈川、横須賀戦は大船と横須賀の間だった。芥川龍之介の「みかん」も横須賀線が舞台だが、作品の時代は列車を牽引するのは蒸気機関車。トンネル内で向かいの座席に座った少女が車窓のガラス窓を開けてしまって、車内が蒸気機関車の煤煙で真っ黒になるという場面が描かれているが、鉄道の電化は、喘息の持病がある方々には実に朗報であったに違いない。けれど、オイラのような蒸気機関車マニアにとっては国鉄全線電化はつらくて悲しくて寂しい知らせ。スティールカメラとムービーカメラ、そしてステレオデンスケをかついで、日本海を臨む山陰本線や北海道の原野を蒸気機関車の汽笛を求めてうろうろするはめになってしまったのです。

 いきなり寒くなって、ちょいとばかり血圧が高いけど、気にしていると何もできないので無視。パソコンの前に正座して、本当は椅子に正座するのは難しいので正座しているような真面目な気持ちになって、「しじまのおもちゃ箱」のテキストをしあげている。で、今日は勤務がお休みのコボちゃんはいつもの精肉店で特大のクリスマスチキンを予約してから帰宅。一度これを忘れたことがあり、スーパーやカーネルサンダースの適当なクリスマスチキンで悲しい思いをした経験があるので、これだけは忘れてはならないのだ。で、お土産はマックのほかほかフライドポテトと、精肉店のおいしいメンチカツ。今日はこれがおやつです。

▲ ごめんなさい気にはするけど煤払い


1214・金・

 1960年、昭和35年の今日、植民地に独立を与える宣言が国連で採択された。この年はカメルーンやナイジェリアなど17の国が次々と独立を果たし、アフリカの年と呼ばれた。でもさ、それで当たり前なんだよね。ちょっとばかり強いからといって、勝手に人の国に上がりこんで、そこで平和に暮らしている人々を門問答無用で連れ去り、自分の国でただ働き、自由も権利も認めないなんて人さらい商売をやらかしておいて、おまけに新しい国を見つけては植民地に仕立てていく。ひとつしかない地球の上で、そんなことが許されていたなんて、人類は1960年まで、いったい何をやっていたのでしょう。

 朝、コボちゃんが洗濯物を干そうとしたら、屋上に氷が張っている。昨夜だか未明だか、雨が降ったらしいのだ。それにしても氷とは。とうとう都内も冬将軍に陥落したらしい。やだな。これ以上血圧が上がったらどうしよう。

 プレクストークにクリスマスの音楽を並べる。それとなく流して家庭にクリスマスの空気よカムバック。短い期間だけど、幼い頃の華やいだ気分を呼び戻そう。

▲かまど猫一度なりたやかじけ猫 


1215・土・上弦・

 1965年の今日、米国の宇宙線が史上初めて宇宙空間での接近飛行、ランデブーに成功した。ジェミニ6号と7号が太平洋上空の軌道で3メートルまで接近したのである。これでアポロ計画の可能性が舞台的に大きく前進したのである。高校2年生のオイラもわくわくして大空を見あげていたのである。で、1977年の今日はというと、日本で最初の静止衛星、サクラが打ち上げられたのである。その後、この実験用静止通信衛星サクラを使って8年間、電送や衛星管制技術などの実験が行われるということで、アラサーとなった宇宙大好き人間のオイラは、ますます希望に満ちて大空を見あげていたのである。

 いつもだったら土曜の朝のお楽しみはNHKラジオ、「真打競演」なんだけど、年末の特別企画で、今朝は未来の真打を人間国宝、柳家小三治師匠が紹介する「ネクスト名人寄席」をやっている。うん。悪くない企画だと思います。頑張れ、若い衆たち。

 草津ではマイナス5度を記録したとか。TBSラジオによるとスキー場では雪が降っていたらしい。草津温泉というと、毎年夏の間お世話になっている山の透析室からクルマで数十分。コボちゃんがアルルを連れて散歩する温泉街なのであります。皆さん、ふゆによろしくお伝えください。

 いきなりの寒波で隙間風に悩まされている。工作好きの猫のミミコがオンボロ仕事部屋の障子に様々な加工をしてくれているのだ。充分に研磨された猫の爪で、障子紙を好みの形に切り裂いていく。実に器用なことである。熟練工も真っ青の腕前なのだ。そこで今朝はミミコ以上に器用なコボちゃんがその破れ目に応急処理をしてくれている。アルルとの朝の散歩の時間を犠牲にして補修してくれているのだ。器用といえば、愛猫ジュピターの爪を思い出す。夏の間、換気のためにセロテープで固定してあるガラス窓から、そのセロテープを爪の先で器用に切り裂いて、ジュピターは自由に出入りしていたのである。これを目撃したときは実に驚きましたね。

 無言館の館主、窪島誠一郎先生からお電話があり、八十二銀行でのエム ナマエミニ展覧会が好評のうちに延長されていたとのことである。窪島先生のおっしゃるには、
「ああいう、夢の中でオナラを踏んだような絵が好まれるんだよな」
 ま、いいのです。何手いわれようと、オイラの絵を好いてくれる方々がおられるのは、とってもありがたいことなのだ。おかげでホームページにカレンダーの注文があったと絵夢助人(えむすけびと)さんからもご報告がありました。

▲ 隙間風寒いはずです山は雪


1216・日・

 1909年、明治42年の今日の出来事だけど、路面電車の話ではない。東京山手線で電車の運転が始まったのだ。区間は今の新橋と品川、上野の間と、池袋と赤羽の間だった。これがやがて丸くつながってぐるぐる回る山手線になるわけだけど、よくつなげたもんだと思う。で、そこにゲートウェイてな駅を付けた総てんだから、とんでもない話です。

 アルルの鼻は便利である。オイラがオンボロ仕事部屋に滑り込み、後ろでで唐紙(からかみ)を閉めようとすると、これが閉まらない。隙間に何かがはさまっているのだ。アルルが自分の鼻先をちょこんと突っ込んで、あたしも入るわよ、と主張しているのだ。もしもオイラに思い切りの馬鹿力で閉められたらどうするのだろう。けれどもアルルは、人間が自分にそんなひどいことをするとは黒い毛の毛先ほども心配していないのだ。これが人と犬との信頼関係というものなのだ。

 今夜の晩酌の肴はいかめし。いかめしといってもあれこれのタイプがあるけど、今夜のいかめしはオイラの好きな函館のいかめし。うん。これでないと、オイラの顔はいかめしくなるのです。ちゃんちゃん。

▲ 日曜日いかめし欲しいかじけ猫





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