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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年8月6日~12日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0806・月・広島平和記念日・

 二度寝をしてしまう。高原にいるせいか、猫のミミコもリラックスして、寝よう寝ようと誘ってくる。ボクもついつい眠くなる。寝なくていいのに眠くなる。そこで9時まで寝てしまう。今日は広島平和記念日で、ラジオでは8時15分の平和の鐘の中継があったはずなのに、しっかりと寝てしまう。で、ボクが起き出すまでは猫のミミコもしっかりと狸寝入りを決めているのです。

 目覚めると外でアマガエルが鳴いている。北軽井沢で耳にする今年最初のアマガエルである。天気がいいのにアマガエル。カラっとしてるのにアマガエル。もしかしたら、これは雨の知らせなのだろうか。

 第100回効果というのだろうか、どの高校も力の入った熱戦ばかり。聞き流すつもりがついつい夢中になってしまう。どっちが勝っても関係ないのに、いつの間にかどちらかを応援したりしている。けれどこの高校野球、おえかきのBGMとしては最高なんです。エンジン始動のつもりで始めたカレンダーの下絵制作だったが、かなりエンジンは温まってきましたよ。おかげで7月の下絵「お化け屋敷で納涼パーティー」にコボちゃんからのOKが出たのです。

 夕方になると高校野球中継に雷様のブツブツいう独り言が混じり出す。雷雲発生である。アルルには遠い雷鳴が聞こえているのだろう。ソワソワとボクの脚元ににじり寄ってくる。そして夕立。同時にアマガエルたちが一斉に歌い出す。降ったぞ降ったぞ、と歌い出す。そうか、そうか。朝の君たちの予報は当たりだったのだね。

▲ 天然の気象予報士アマガエル


◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。敦賀に到着、無事に通過しました。
次は色の浜です。あと、150,984歩です。またまた長旅になります。

現在の歩数、3,613,016歩。三度目の徘徊です。
もうよれよれです。


0807・火・立秋・

 さすが立秋である。今朝は東京でも21度と聞こえてきたが、ここ北軽井沢も朝から涼しい。昨日までの夏らしさが掻き消えて、今朝は秋の涼しさである。そうなのだ。この異常気象の今年の夏も、過去のデータの集積である伝統的な暦には従わざるを得ないのだ。

 高校野球を聴こうと思い、ラジオをつけたら早口な女子アナの声。チャンネルを間違えたかと思うけど、背景音はブラスバンドの応援。間違いない。これ、NHKラジオなのだ。高校野球なのだ。けどね、けどね、女子アナの高校野球中継がなかなか馴染めなくてすぐにラジオを消しちゃった。ごめん。このアナウンサー、とても頑張っているのです。よく訓練もされているのです。気遣いもあって、県名や学校名など、知りたくてもなかなか触れてくれない情報なんかも親切に挿入してくれていて、とても優秀なのです。でもごめん。あんまり精一杯なので、聴いていて疲れてしまうのです。解説者だって、どこで口を挟んでいいのか、戸惑ってるみたいです。男女機会均等のNHKの方針はよく理解できるけど、過去にTBSラジオが成功しなかったみたいに、女子アナのスポーツ中継は、定着するまでにはまだまだ時間がかかると思います。優秀なんだけど、落ち着いて聴いていられないのです。

 アルルの和牛ステーキのご相伴をしているうちに、猫のミミコがすっかり和牛の味を覚えてしまった。でも、さすがは猫である。犬よりははるかにグルメなのだ。アルルが喜んで食べるアメリカンステーキやニュージーランドビーフは、ちょいと口をつけただけで残してしまう。ところが驚いたことにコボちゃんが買ってきた群馬豚は喜んで食べる。つまり、群馬豚は猫のミミコも認めるスーパープロダクトなのだ。

 津川雅彦さんの訃報が届く。78歳だったという。この4月に奥様の朝丘雪路さんが亡くなられたばかりで、もしかしたら彼女が連れていったのかもしれない。仲の良いご夫妻というイメージだったけど、その通りの結末となったわけだ。お兄さんの長門裕之さんと南田洋子さんご夫妻も仲良しで、奥さんを追いかけるように亡くなられたけど、さすがご兄弟である。実は長門裕之さんと南田洋子ご夫妻とはずっとご近所で、南田さんが経営されていたアクセサリーショップ「ペリ」はボクの大のお気に入りで、よく買い物をさせてもらった。長年暮らした小田急経堂アパートの玄関横がその店で、南田洋子さんがその輝くような笑顔で迎えてくださったこともある。あれこれ噂されてるみたいだけど、津川雅彦さんと長門裕之さんは仲良し兄弟で、お宅を訪れる津川さんのお姿がときどき目撃されていたようである。いい役者さんだと思うけど、ボクは「グランパ」というおもちゃ屋を経営する津川さんが特に好きだった。ご冥福をお祈りする。

 南の海から台風13号が接近中。東京直撃かもしれない。明後日の午後にラジオ収録なので、東京には早く戻っておいた方がいいかもしれない。というわけで明日の予定を書き換える。

 予想に反して今夜の北軽井沢はちいとばかり寒かった。いや、かなり寒かった。夜、アルルがボクとコボちゃんのベッドの間に潜り込んでくる。といっても、そこは床の上。で、仕方がない。コボちゃんが起き出してそのフローリングにバスタオルを並べてやる。明日の出発が早くなったとはいえ、早々にアルルの布団をクルマに積み込んだのがいけなかったのだ。ごめんね、アルル。

▲ 蜩の声が名優惜しんでる


0808・水・算盤の日・

 高校野球が始まった途端に解説者のら抜き言葉が気になって仕方がなくなる。皆さん高学歴者ばかりなのに圧倒的にら抜き言葉が目立つということは、ある時期からの国語教育がかなり杜撰になっていて、その手抜き国語教育がら抜き言葉を養成してしまったのかもしれない。手抜きがら抜きを育てたのだ。最近は野球関係者ばかりでなく、言葉のお手本であってもらいたいNHKラジオでもら抜き言葉が氾濫している。さすが、アナウンサーのら抜き言葉には気がつかないが、相手役はら抜き言葉の連発。ほとんどダムの決壊状態である。放送前の打ち合わせで、ら抜き言葉はご遠慮くださいくらい、いっていいんじゃないのかしら。でないと、本当に日本語は滅茶苦茶になってしまいます。言葉に敏感な人なら、自分の放している日本語が、ら抜き言葉によって辻褄が合わなくなってることに、話している最中に気がついて、慌てたりしていて笑います。ま、ら抜き言葉の氾濫のおかげで、正しい日本語を使うオーディナリーパーソンがずば抜けて利口に聞こえてしまうのが愉快ではありますけれど。

 台風13号との競争である。どっちが早く東京に行き付くか。そのデスマッチである。ウサギとカメの競走と同じように、予測の難しい競走である。途中、パラパラだったりシトシトだったり、雨の強さが目まぐるしく変わり、その度に自動ワイパーのスピードも変わる。けれども四輪駆動のアウトバックはしっかりとハイウェイをホールドして走ってくれました。雨風がひどくなる前に我が家に到着。コボちゃんは役所へ走り、用事を済ませ、犬猫クリニックへアルルを連れていって採血を済ます。本日のコボちゃんはほとんどスーパーウーマンといえるでしょう。

▲ 台風の奴を都で迎え撃つ


0809・木・長崎原爆の日・

 本日は長崎原爆の日である。午前11時2分、NHKラジオから流れる鐘の音に合わせ、起立して黙祷。73年前に運命を閉ざされた無数の魂たちに想いを馳せる。平成最後の原爆の日に、長崎を世界最後の原爆の地でありますようにと、心からの願いを捧げた。

 ボクが生まれる前の年、1947年は昭和22年の今日、水泳の古橋廣之進(ふるはしひろのしん)選手が400メートル自由形で世界記録を出した。焼け跡の焼け野原の日本に勇気を与える輝かしい記録は、日本が馬鹿な戦争を仕掛けたおかげで国際水泳連盟から除名されていて、公認記録とは認められなかった。けれども古橋選手、その後も数々の好記録を樹立、圧倒的な強さを誇り、「フジヤマのトビウオ」と讃えられた。というわけで、小さい頃のボクは水泳ニッポンに夢中だった。中でも憧れたのが1939年生まれ、昨年逝去された山中毅(やまなかつよし)選手。真似をして、畳で足をばたつかせ、クロールの形をしたこともあった。ボクはまだ泳げなかったのだ。父親に連れられ、代々木の水泳競技場で山中選手を観戦したこともある。山中選手がオリンピックで4個の銀メダルに輝いたことは嬉しかったが、やっぱり金メダルを獲得してもらいたかったと今も残念でならない。

 NHKの遠田ディレクターにも、絵夢助人(えむすけびと)さんにも、自分は希代の晴れ男で、台風まで進路を譲ってくれるのだと大風呂敷を広げた手前、晴れてくれなかったら土下座しなきゃと覚悟してたら朝になって見事に晴れてくれた。約束の時間に絵夢助人(えむすけびと)さんが愛車のベンツでボクを拾ってくださり、渋谷の放送センターへ直行。絵夢助人さん、駐車場のガードマンに、
「あのぅ、ラジオ深夜便です」
と慣れた口調で挨拶。ガードマンさんも、はいはいどうぞ、てな感じで誘導してくださる。
 入り口を入るとお腹にゆめぞうを抱きかかえ、背中のリュックからゆめぞうが顔を出してるスタイルの遠田ディレクターが迎えてくださった。ゆめぞうはくりくり目玉の緑のフクロウ。ラジオ深夜便の番組キャラクター。ボクのデザインとはいえ、やたら目立つのである。エレベーターに乗り込み、廊下をいくと、みんなが振り返る。中には以前、ボクと仕事をしたという方も声をかけてくださる。
 スタジオの手前で月刊ラジオ深夜便の四釜記者が声をかけてくださる。絵夢助人さんを紹介してスタジオ入り。ふたりは金魚鉢で、ボクと遠田さんはスタジオに着席。いよいよ収録である。で、この先はどうぞラジオ深夜便の放送をお楽しみください。

 放送日は8月29日の水曜日、午前4時代「明日へのことば」。4時のニュースが終わるとラジオ深夜便のアンカーが番組紹介をしてくださり、それから「明日へのことば」が始まります。よろしくお願いいたします。

 放送センターからの帰り道、道路の曲がりくねった感じがどこか懐かしくて、絵夢助人さんに尋ねてみたら、やっぱりそうだった。左に小田急線、真下に環七。このあたり、オートバイで飛んで歩くのが好きだったのです。絵夢助人さん、本日もお付き合い、まことにありがとうございました。

▲ 秋立ちていつかの路をたどってる


0810・金・

 1950年、昭和25年の今日、警察予備隊が設置された。NHK「マイあさラジオ」情報によると、13日後には最初に応募したおよそ7千人が入隊したそうだけど、とても国を守れる勢力とはなり得ない。警察予備隊はその4年後の1954年に自衛隊に昇格、国の防衛任務を任されるようになっていく。そしてである、まるでそれに合わせるようにゴジラが東京湾に姿を現し、東京に上陸しようとする。海岸に高圧電線を張り巡らしても効果なし。そこで出来立てほやほやの自衛隊は米軍払い下げのパットン戦車で砲撃し、F86Fセイバージェット戦闘機のロケット弾で迎え撃つ。それ以来ゴジラは自衛隊のよきライバルであり、よきパートナーとして圧倒的優位さで自衛隊の広報責任を担っていく。東宝映画が生み出した怪獣ゴジラはその誕生以来、ずっと国の防衛に貢献してきたのである。

 沖縄県の翁長知事の突然の死去である。67歳。心残りがあるだろう。彼を惜しむ声が四方八方、津々浦々、全国各方面から聞こえてくる。けれど、ウソツキしんちゃんの言葉だけは信用できない。いくら悲しそうにしていても、残念そうに言葉をつないでも、ウソツキしんちゃんだけは信用できない。あの人だったら、鉄仮面のように顔のニュアンスひとつ変えずに嘘がつけるのだ。平気で黒を白といえるのだ。これで沖縄は俺の自由だ。そうほくそ笑んでるのがわかるから、よけい口惜しいのだ。クレヨンしんちゃんなら何をいっても許せるんだけどね。

 ネット環境にもどれたので早速サピエ図書館にアクセスして音訳図書の数冊をダウンロードする。その中には先月の天声人語も含まれていた。で、一気に読んだ。そして7月19日に俳優の常田富士男(ときたふじお)さんが81歳で亡くなられていたことを知る。その日は日本動物高度医療センターにおけるアルルの治療だったり、北軽井沢への移動だったり、情報収集にぬかりがあったのだ。テレビ番組「まんが日本昔ばなし」で長年、語り手を務めておられたことはあまりに有名で、
「おったそうじゃぁ」
と、誰でも物真似がしたくなるほど常田富士男さんの語りは耳の底にこびりついてる。ボクも大好きだった。黒沢明の「赤ひげ」で三船敏郎にボコボコにされるヤクザの役をやってる頃から好きだった。巨泉前武(きょせんまえたけ)の「ゲバゲバ90分」で、いちばん好きだったのは藤村俊二さんと常田富士男さんだった。看板の巨泉前武(きょせんまえたけ)よりも、
「あっと驚くタメゴロー」
のハナ肇(ハナはじめ)よりもずっとずっと好きだった。そんな大好きな人たちだから、近くにいればすぐにわかる。おいしいレストランでは目で挨拶して笑い合い、酒場では言葉を交わした。でも、これは目が見えていた頃の話で、失明してからはそうはいかない。嬉しかったのは常田富士男さんに全盲イラストレーターのボクが書き下ろしたミュージカル童話を演じていただいたこと。朗読して歌ってくださったのだ。おまけに各地で演じてくださったのだ。おかげで幾度もお話ができて幸せだった。酒場でのことは覚えていてくださらなかったけれども。優しい人柄だった。誠実な人柄だった。そして大好きな大好きな俳優さんだった。心からご冥福をお祈りする。

▲ ラブコールだけど素知らぬ法師蝉


0811・土・※山の日・新月・

 今日は山の日です。山に親しむ機会を得て山の恩恵に感謝する日として一昨年の2016年に国がほとんど勝手に国の祝日に定めたのです。湯気の立ってる記念日なのです。けど、おそらくは海の日のアゲインストとして、山関係者へのサービスなんだろうと思います。けれど、本日のTBSラジオ、久米宏の「ラジオなんですけど」に投稿された未確認情報によると、とある山岳地帯の県が、
「八は山の形をしてっから、おらとこは山の日を8月8日に決めたずら」
といえば、別の県が、
「うんにゃ、11月11日はずらりと木が並んで立ってるみたいだべ。んだから、うちんとこは山の日は11月11日ということにすべえや」
 とふたつの山の日があることで国は困ってしまって、その両県の顔を立てて、国の山の日を8月11日にしたんだそうです。本当のような嘘のような、初めて聞いた話です。嘘か本当か、誰か調べてみてください。

 サピエ図書館のおかげで毎週必ず週刊朝日を読ませていただいてます。いくつか大好きな随筆があって、必ず拝読しています。その中のひとつが内館牧子さんの連載エッセイ「暖簾に肘鉄」。その昔、内館さんはチャリティー協会の画集で、ボクのイラストレーションに文章を寄せてくださり、それ以来、直接間接でお世話になっているのです。ボクのニューヨークいきを触発してくださったのも内館さんの文化講演会でした。そして驚いたことに、今週のエッセイで、内館牧子さんとボクの長年の友人、谷口俊彦さんがフリーライター時代の仲間であったことを知ったのです。谷口さんとは目が見えていた頃からのお付き合い。イラストレーションでNHKサービスセンターのお仕事をさせてもらってました。そのご縁が今も続いているのです。つい先日、その谷口さんがNHKから離れるということで、これまでのことを自費出版なさり、ボクもそのご本をいただきましたし、内館さんもお読みになりました。その文章があまりに素敵なので「暖簾に肘鉄」で内館さんが内容紹介をされていたのです。羨ましいなぁ、内館さん、すぐに読むことができて。でもおかげで本の内容が少しだけわかりました。谷口さん、本当に素敵な人物でアイディアと理念の宝庫みたいなお人柄。ボクは本気でいつかNHK会長になっていただきたいと思っていました。でも納得です。内館牧子さんのこの回の文章で、彼の人格の素晴らしさの秘密がほんのちょっと理解できました。またまた今日は、友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ になりましたとさ。

 今日は臨時透析です。いつもより早い時間の透析です。コボちゃんの自転車にくっついて、駐車場にたどり着けば、どこかの高見でチョンワガラスが鳴いてます。うわお、久しぶり。元気でよかった、チョンワガラス。本当に長いお付き合いです。そして、どのカラスも面白いけど、チョンワガラスほど個性的なやつはいないのです。どうか餌に恵まれ、虜にならず、いつまでも健康で長生きしてください。お願いだからね。

 いつもより早めの帰宅である。今夜はペルセウス流星群の見頃らしい。本当は13日の昼間が沢山落ちてくるらしいのだが、昼間じゃ流れ星は見えないもんね。高校3年生の夏休み、地学の自由研究に流星群をテーマに選び、友人の藤平君の千葉のお宅の庭を借りて、一晩中夜空を見上げていたことがあった。波の音や灯台の明かりが回ってくるような海岸近くで、天の川がくっきり見えた。そして落ちてきたきた流星群。開放写真に写った人工衛星までカウントしちゃって、落第点をもらったけれど、いい思い出になっています。その後、親友の二島君と群馬の山の中で強行した流星観測は見事に失敗しましたけれど。あのときはクマが出るとおどかされて、それで落ち着かなかったのです。

▲ ぱらぱらと落ちてきそうなペルセウス


0812・日・君が代記念日・

 NHKマイあさラジオで坂本九の「上を向いて歩こう」がかかっている。そう、今日は8月12日。33年前に九ちゃんが日航ジャンボ機事故で虹の橋を渡った日であるのだ。1985年の今日の夕焼けの、あの美しくて不吉な赤をボクは生涯忘れないだろう。行方不明のジャンボ機がいる。それを聞いた瞬間から空の色が気になって仕方なかったのだ。
 当時のボクは失明直前で、毎日喫茶店に通って国際版ゴジラの脚本を書いていた。映画関係者の友人からの依頼であり、絵筆を文筆に持ち替えるための訓練でもある。そしてボクの巨大ゴジラは伊豆方面に上陸しようとしていた。そして日航ジャンボ機も同じようなコースをたどり、群馬県の山中に墜落するのである。国内の航空機事故では最も多い、乗客乗員520人が死亡する。やがてボクはその中に坂本九氏がおられたことを知り、愕然とするのである。九ちゃんにボクの絵を買ってもらったことは以前にも書いたことがあったと思うけど、ボクは小学生の頃から坂本九の大ファンだった。翌日、ボクはほとんど見えなくなっている目を潤ませて、恵比寿の街をうろつきながら「上を向いてあるこう」を口遊んで(くちずさんで)いたのである。

 さて、高校野球である。本日の第四試合は慶應義塾VS高知商業。慶應義塾の生井(なまい)投手にとっては強敵打線である。で、始まった途端に点を取られ、こりゃアカンと思ったら、その裏が慶應義塾の猛攻で、撃つわ打つわ、きた球をどれもひっぱたき、次々と塁に出る。あっという間に逆転し、こりゃいけるかもしれんと大声で「若き血」を歌う。ラジオの中の慶應義塾応援団に合わせて歌う。けど、あいては高知商業。次々とホームベースで刺され、追加点を許してくれない。
 慶應義塾の応援曲はリンダもピンクレディーも出てこない。ひたすら慶應義塾のオリジナルだ。くそ。いくら相手に点を取られても、こっちは応援歌で勝ってやる。ぐやじい。
 試合が終わった。前の試合が長引いたため、ナイターになってしまって、7時のニュースに邪魔されて、全部が放送されなかったが、結局慶應義塾の敗北だった。最初は点の取り合いだった。ただ、慶應義塾にミスが目立った。このミスさえなければヒット数では慶應義塾が上回っていたのだ。敗けちゃったけど、慶應義塾の野球部員たち、本当にありがとう。おかげでこの夏はラジオに合わせて塾歌(じゅっか)も「若き血」も歌えたし、拍手もできたし、甲子園にいる気分でハラハラドキドキもできたのだ。

 独り応援団で、いや、独りだから団じゃなくって独り応援で頑張ったのに、慶應義塾が負けちゃって、気が抜けてる耳に懐かしい音が聞こえてくる。秋虫だ。遊歩道の草むらから上がってくる秋虫の声だ。クーラーで冷やされっ放しだったから、午後から窓を開放してあって、声はその窓から忍びこんでくる。甲子園では高校野球真っ盛りだけど、ここ世田谷でもいよいよ蝉と秋虫の季節応援合戦が始まったのだ。

▲ 涼しさは美しい秋虫のソロ


2018年7月30日~8月5日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0730・月・

 1971年、昭和46年の今日、岩手県雫石町の上空で全日空のジェット旅客機ボーイング727と訓練中の自衛隊ジェット戦闘機F86Fが空中衝突した。全日空機の乗客乗員162人全員が死亡、国内最大の航空機事故として大騒ぎとなって、当時大学生だったボクは大いに胸を痛めていた。というのは、この事故が大型旅客機を爆撃機に見立てた自衛隊のジェットファイターが過剰接近したために発生した事態であるとの噂が流れたからである。青山透子さんが昨年出版された「日航123便墜落の新事実」という書物に、1985年に群馬県の山中に墜落した日航ジャンボ機の後方を追尾する謎のファントム戦闘機について書いておられるが、まさかあの事件の真相が類似の出来事ではなかったのかという疑惑が浮かんでくる。本当にまさかとは思うけど。

 第100回高校野球、夏の甲子園に慶應義塾高校が北神奈川代表で出場することになりました。バンザイ。またまた母校のブラスバンドをバックに、慶應義塾の応援ができるのです。わが母校の塾歌、できるだけ聴かせてよね。でも、炎暑の甲子園です。どうか熱中症で倒れたりはしないでください。

 透析中は音声映画、美空ひばりの「花笠若衆」を観る。面白かった。楽しかった。ひばりちゃんって、何てお歌がお上手なんだろと、改めて感動してしまう。高田馬場時代、早稲田松竹で東映映画を数え切れないほど母親に見せられたが、ボクはひばりちゃんの映画がいちばん好きだった。それはミュージカル仕立てだったから。この映画は1958年制作で、この頃のボクは東映映画を卒業していて記憶にはないのだが、大河内傳次郎とか大川橋蔵(おおかわはしぞう)とか、古い時代劇映画ファンだったボクには懐かしい面々がひばりちゃんと共演していて、懐かしいこと甚だしい。

 透析からの帰り道、コボちゃんが夜空を見上げて不思議がってる。これまで見たこともないような赤い星が、お月様の隣ででっかい顔をしているというのだ。で、明日が火星大接近なのだ、ということを天文が大の苦手のコボちゃんに教えてあげる。月刊ラジオ深夜便の8月号エッセイ「しじまのおもちゃ箱」は仲良し三人組と火星大接近の話題だが、この記事も今月の火星大接近のタイミングで掲載したもの。実はこの原稿、いちばん最初に仕上げた原稿だったのです。火星大接近の話題となると、この酸っぱい記憶が戻ってくるのです。なんで酸っぱいかは月刊ラジオ深夜便8月号を読んでね。

▲ 夕涼み路地のラジオの馬鹿笑い


0731・火・

 1982年、昭和57年の今日、大貫映子(おおぬきてるこ)さんが日本人で初めてドーバー海峡を泳いで横断した。そのとき彼女は早稲田の大学3年生。英国のフォークストンから仏国のグリニッジ岬までの34キロを9時間半で泳ぎ切ったのである。大貫映子さんは1960年生まれで、コボちゃんと同い年。うん。となれば具体的にイメージできますなぁ。この人、カヌーで、3500キロのアマゾン川を45日間で下るという公認記録も保持している。すごいなぁ。彼女がドーバー海峡を泳いで渡った、その10年前、ボクは同じフォークストンから世界最大のホバークラフトに乗船してドーバー海峡を渡っている。大貫さんの場合はスウィムといい、ボクの場合はフライトという。最低の乗り心地で、嘔吐をガマンしながらの数十分間だった。あれなら泳いで渡った方がどれだけ楽しかったかわからない。嘘です。

 今日で7月も終わりだけれど、6月のうちに梅雨が明けちゃって、7月いっぱいが気の早い真夏で、今年の7月はやけに長かった。子どもたちも夏休みが始まる前から夏休みの気分で、もう宿題を済ませてしまったお利口さんもいるとかいないとか。で、この暑い夏に心配されるのが水不足。ここはひとつ、台風に活躍してもらうしかないのかな。自然というやつは、どこかできっとバランスをとるのです。

▲ 太らない人気デザート欠き氷


◆ 8月・葉月・
0801・水・水の日・花火の日・

 今日は水の日です。水の大切さを広く理解してもらおうと1977年、おせっかいな政府が定めたもの。今日から1週間は水の週間ということで全国で様々なイベントが行われるとのこと。今年は梅雨が極端に短く、本日からの8月は当然のこととして水不足が懸念される。やってください、やってください、どんどんやってください。みんなで節水いたしましょう。水がなくなったら、みんなミイラになってしまいます。

 毎月一日恒例、全国の日の出日の入りの時刻です。札幌の日の出は4時25分、日の入りは18時57分。仙台の日の出は4時38分、日の入りは18時47分。東京の日の出は4時49分、日の入りは18時46分。大阪の日の出は5時8分、日の入りは19時1分。福岡の日の出は5時30分、日の入りは19時19分。

 数日ブリの猛暑日である。窓を閉め切りカーテンも閉め切り、朝からエアコンのフル回転。2台のうちの1台ですけれど。窓の彼方からミーンミン。蝉たちが頑張っている。この暑さだもん。いつまで頑張れるか。そう思ったら、ひろみという女の子みたいな男のアイドル歌手の歌が耳の底から聞こえてきた。
「♪ 君たち男の子、ミンミン」
うん、そうなんです。鳴いてる蝉たちは、みんな男の子なんです。
「♪ 蝉たち男の子、ミンミン」

 こんな暑い日だからラジオから犬のワンタッチ運動の話題が聞えてくる。こんな暑い日は夕方になってもアスファルトの温度はなかなか下がらない。油断して愛犬に散歩なんかさせてしまうと肉球(にくきゅう)が火傷するおそれがある。というわけで飼い主はお散歩の前にワンタッチ、自分のお手手の甲でワンタッチ、地面にちょいとワンタッチ、ワンちゃんのためにワンタッチ、ということなのです。それでも熱くて危険なときは、どうか当社のペットシューズをよろしく、という落ちまでついているのですが。あの犬の靴ってやつ、ボクも高校時代に愛犬のマルチーズに履かせてやったんだけど、ボクの犬は嫌がりましたね。外に出たら、座ったっきり動きませんでしたね。最近のワンちゃんの靴って、どうなんでしょう。高い分だけ、あれこれ工夫してあるんでしょうね、きっと。

▲ こんがりと犬も焼けますアスファルト


0802・木・

 1970年、昭和45年の今日、東京に歩行者天国がお目見えした。銀座、新宿、池袋、浅草。NHKマイ朝ラジオ情報によると、この日の人出は予想を上回る78万5千人にのぼったとか。で、ボクもそのひとりだったのです。渋谷に暮らしていた当時のボクは前年の最初の個展をきっかけに学生イラストレーターになったばかりで、すべての出来事に対して好奇心満々だったのだ。すぐさま新宿に飛んでった。伊勢丹と三越に挟まれた車道の真ん中から見上げた空の、何たる広さよ。いつもだったら自動車たちが我が物顔で走り回るアスファルト道路に、どこから湧いて出たのか、店が出て人が出て飲んで食べて踊ったり歌ったり。まるで別世界。これはブームになりましたね。この夏はプロの学生イラストレーターとしての始動期で、大阪万博に通った夏休みでもあり、あれこれ記憶も濃厚です。

 早朝、これから暑くなるぞという空気の中、窓の外を左から右へと蝉がつぶやきながら飛んでいく。恋の相手を求めているのか、それともおいしい樹液を捜しているのか。せっかくの夏である。元気を出して、思い切りの蝉時雨を聞かせてくださいな。

 今日は岐阜県多治見で40度超え。昨日は韓国でも40度超えを記録したとか。気象庁によると今年の7月は異常気象だったそうである。別に気象庁にいってもらわなくてもそうだろうとは思うけど。都内で熱中症で死亡の96人は前の年の4倍とは恐怖の数字である。とうとう暑さが天災になりつつあるのだ。

▲ おいちょっと昼寝じゃないぞ死んでるぞ


0803・金・

 2009年、平成21年の今日、初めての裁判員裁判が東京地方裁判所で開始された。面接と抽選で選ばれた6人の裁判員が3人の裁判官とともに4日間の審議に当たり、殺人事件の被告の男に懲役15年の判決を下したという。もしも自分が裁判員に選ばれたらどうしよう。この制度が始まって以来、そのことをずっと考え続けている。犯罪事実の判定も含めて、ひとりの人間の命や運命を左右することなど、とても自分にはできそうもない。素直にそう考えるのである。

 今日も日本列島を暑さが蹂躙している。名古屋市で最高気温40度を記録。名古屋でも40度を超えるのは初めてのことらしい。ここ軽井沢は32度。朝に東京を出発して、道中、NHKラジオの夏休み子ども科学電話相談室をBGMに走り続け、いつものスーパーの駐車場にたどり着いたところである。
 コボちゃんがクルマを動かしているとボクの膝の上でキョロキョロしているネコのミミコを発見した観光客らしき親子が笑って観ている。と、コボちゃんがいっている。後部座席にはブラックラブ。助手席にはトラネコ。動物好きには嬉しい風景かもしれない。

 今日のアルルは機嫌がいい。普段は愛想が悪いのに、今日のアルルは頻りにボクの手をなめたりしている。抗癌剤治療に慣れてくれたのかもしれない。けれど、ドッグフードの食事が終わったのに、頑固に水を飲まないでいる。このアルルの作戦が成功。クルマが鬼押し出しを過ぎ、プリンスランドに近づくと後部座席でアルルが立ち上がり、しきりに周囲を見回す。わかっているのだ。そこでコボちゃんがクルマを止め、いつもの売店でソフトクリームを買ってくる。水飲み拒否でアルルは大好物のソフトクリームにありついたのである。でもね、アルル。観光地のソフトクリームは高いんだよ。

 スタジオクラスター北軽井沢支部に到着すると、ミミコが山の中に飛び出した。ここ、あたしよく知ってるの。そういいたいのかもしれない。真っ直ぐにスタジオへ直行してコボちゃんが扉を開けるのを待っている。
 中へ入ったコボちゃんが可哀想な蝙蝠を発見。閉じ込められて外へ出られなくなってしまったのだろう。去年の夏、引っ越しをしてきた蝙蝠かどうかはわからない。小さな隙間さえあれば、蝙蝠は出入り自由なはずなのに、どうしたのだろう。拾い上げると大きな耳をしていたという。コボちゃん、早速穴を掘って埋めてあげました。

 夜はコボちゃんと一緒に音声映画「スターウォーズ」エピソード4「新しい希望」を楽しむ。ボクのラップトップパソコンには100本を超える音声映画のストックがあって、映像のないことをガマンしさえすれば黒沢明であろうとスタジオジブリであろうとハリポタシリーズであろうと、何でも楽しめるのだ。この音声映画鑑賞は北軽井沢でのボクとコボちゃんとの楽しみのひとつになっている。

▲ 蝙蝠や鍵をかけられご臨終


 0804・土・

 NHKマイ朝ラジオ情報によると1944年、昭和19年の今日、太平洋戦争で学童疎開が始められた。第一陣として東京の子どもたち198人が上野駅から専用列車で群馬県へ向かったそうである。修学旅行や林間学校なら枕投げなどの楽しみもあっただろうが、強制疎開でそんなことしたらぶん殴られる。嫌な時代です。ここ北軽井沢も群馬県だけど、強制疎開でなくてよかったと、心の底から思うのです。

 早朝からキーボードを叩いている。愛育社から「ひみつのブルブル」の出版が決まったので、その推敲である。毎日新聞での連載が2009年だったので、いろいろと忘れていて、改めて楽しんでいる。自分で書いたのに面白いと腹を抱えたりしている。横で聞いているコボちゃんも笑って楽しんでいる。改めて手を入れたい箇所があるにはあるのだが、ここは初心を大切にしたい。今回の出版はコボちゃんの勧めで決めたもの。肺癌になってしまったアルル。抗癌剤治療で頑張っているけれど、アルルが元気でいてくれるうちに本という形にしたいというコボちゃんの気持ちである。この作品、アルルとデブネコミミコがモデルなのである。

 山の透析室に向かう途中のこと、滝の水が枯れていた。おそらく初めてのことだと思う。こんなに乾いた北軽井沢方面はボクとコボちゃんには初めての経験なのである。今年の夏は水不足にならないのだろうか。心配になってしまう。西日本豪雨であんまり水をばら撒き過ぎて、あとは水不足。天然自然の神様よ、もう少しバランスよくやってはくれませんかね。

 透析中は音声映画「八つ墓村」を観るのだけれど、あんまり凄惨なストーリー展開なので、どんどん血圧が上がっていく。作品の選択を間違えたよな。渥美清の主演だからって、油断したのがいけなかったよな。

 どこかでヒグラシが鳴いている。透析室へのお迎えにはアルルも参加。アウトバックの後部座席で待機してる。夕方で少しは涼しくなっているのだ。おまけに途中のプリンスランドで、アルルはいつものソフトクリーム。しっかりと楽しんでいるのだ。で、ボクは透析終了後の缶コーヒー。ひとり留守番のトラネコミミコには何のご褒美もないのです
 ステーキで赤ワインをやっていると、アルルが足元に救いを求めてやってくる。しきりに窓の外を気にしてる。耳を澄ますと遠くで破裂音。パチンパチンとピストルの撃ち合いみたいな音がする。夜も遅いのに花火をやっているのだ。北軽井沢でアルルが嫌いなものは雷と花火。毎年のこの時期、どこかの別荘に、花火フリークの連中がやってきて、NASAでもJAXAでもないのにやたらロケット花火を打ち上げる。ロケット花火なら昼間にしてくれよな。

 昨夜の続きで今夜も音声映画「スターウォーズ」をコボちゃんと鑑賞。エピソード4の「新しい希望」に次いで、エピソード5「帝国の逆襲」である。映像がなくてもステレオサウンドと音声解説だけでコボちゃんも充分に楽しんでいる。サピエ図書館に感謝である。

▲ 真夜中にやめてくれよな馬鹿花火


0805・日・下弦・

 1962年の今日、マリリンモンローの死亡が伝わった。自宅のベッドで亡くなっているのが発見され、睡眠薬による自殺説や他殺説など、世界中の関心を集めた。当時の大統領、ケネディーとの関係も噂され、そんな本も出版されて話題になったような気がする。魅力いっぱいの、最後まで話題の尽きない女性だった。

 朝の散歩でコボちゃんとアルルが蛇と蛙の死闘の跡を発見。蛇と蛙の死体が50センチ離れて落ちていたというのだ。蛇のお腹は破れ、蛙の頭は潰れている。コボちゃんは蛙を食べようとした蛇が蛙の反撃を受け、共倒れになったのだと分析。わはは。春の山陰本線でSLを撮影中、沿線の田んぼで蛇に睨まれて動けなくなってる蛙を目撃したことはあるけれど、蛙にそんな反撃能力があるとはとても思えない。虫ならいざ知らず、人間にせよ蛇にせよ、蛙に噛みつかれたなんて話、聞いたことないもんね。どこかのおせっかいな人間が蛙を救おうとして蛇を踏みつけたんだと思う、というのがボクの分析。さて、どっちが正しいか、どうか判定してください。

 いよいよ第100回高校野球開幕である。始球式が松井秀樹だということで、開幕式からラジオをつけている。それにしても大袈裟な始球式。その球を運ぶため、わざわざヘリコプターなんか飛ばしてる。まあね、100回だもんね。1915年に始まって、2018年に100回だもんね。計算の合わないところは戦争がいけなかったんだもんね。だから高校野球は平和のシンボルとされてるんだもんね。それにしても高野連のおっさんたち、挨拶が長すぎる。いくら熱中症予防を声高く叫んでも、それじゃ逆効果だもんね。それよりも、同じことの繰り返しの無駄な挨拶をやめればいいのだ。馬鹿なおっさんたちに付き合わされる高校球児が気の毒です。

 第三試合に慶應義塾が出場するぞ。応援するぞ。そういうことでエネルギーを確保しといた。試合が始まれば塾歌(じゅっか)の斉唱。思い切り声を張り上げて、北軽井沢の高原に響き渡れとばかりに歌い出す。春の選抜以来、この夏も塾歌を歌えることの誇らしさ。みんな野球部員のおかげです。さぁ、慶應義塾VS新潟中越高校。どんな試合になるでしょう。
 NHKの担当アナウンサーがちょっとおかしなおっさんで、やたら力が入っていて笑えるのだ。中越の投手が青信号と赤信号が明滅するみたいに繰り返しの投手交換をすれば、
「山田きましたきました。山本きますきます」
と大真面目にアナウンスする。中越のふたりのピッチャー、山田と山本で、これまたややこしい。
 さて、慶應義塾。投げるは生井(なまい)投手。生江(なまえ)じゃありません。どうしても生江と聞こえちゃうんだけど、春の選抜と同じピッチャーなんだもんね。そう。生井君、春のリベンジで頑張ってきたんだもんね。フレー、フレー!
 実況中継の合間から聞こえてくる「若き血」に合わせて、オイラも歌う「若き血」。これまた北軽井沢に響き渡れとばかりに声を張り上げる。甲子園の応援軍団に対抗して、オイラは北軽井沢の単独応援団。独りなのに応援団。コボちゃんとアルルは散歩に出ていってしまったのだ。
 それにしても手に汗握る熱戦でした。シーソーゲームにランニングホームラン。いよいよ9回裏のツーアウト、ランナーがふたり出て慶應義塾の攻撃です。これで点が入らなければ延長戦。外ではヒグラシが鳴いているのに、オイラは立ち上がって「若き血」を熱唱する。そして当たっている1番バッター宮尾選手のバッターボックス。
「撃ちました、打ちました!」
 それから先はおっさんアナウンサーのわけのわからん絶叫で聴取困難聞き取り不可能。ただ、サヨナラの文言だけが耳に届く。そうだ。勝ったのだ。サヨナラで勝ったのだ。そして今日二度目の塾歌を声高らかに歌えたのです。よかった、よかった。でも疲れた。

 夜になっても熱さが続き、キーボードのフィンガータッチもベタベタする。それもそのはず、甲子園の熱戦に影響されたのか、日本全国、今年最高の猛暑の記録。これから先も危険な猛暑が継続するとラジオが警告する。ここ北軽井沢でも初めて経験する暑さなのです。

▲ 甲子園空から球が降ってくる




2018年7月23日~29日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0723・月・大暑・

 今朝からNHKラジオでは夏休み子ども電話相談室が始まった。世の中は夏休みである。そして列島は猛暑である。そこで気になるのが水遊びによる事故。油断すると海や川はすぐに牙をむく。ボクも若い頃は何度か命の危険を感じたことがある。九十九里の海で引き潮に持っていかれそうになり、浜に向かって必死に泳いだこともある。引き潮の強さに恐怖を感じた最初の体験である。裏磐梯は小野川湖でシュノーケルによる潜水遊びをしているとき、ボートの下に潜り込んだら水圧でゴートの下に吸い寄せられて焦ったり、底の水のあまりの冷たさに全身が緊張したり、自分の肺活量を過信してシュノーケルで死にそうになったこともあった。毎年この季節、ニュースで水の事故を聞く度に他人事とは思えないのである。

 暦では大暑。世の中も大暑。落語家に大切なのはよいしょ。先人の知恵に敬礼。ということで山の中の透析室も熱かった。透析の終わった患者さんから次々に退出して、エアコンの効き目が復活しても、それでも暑かった。スタジオに戻ってラジオをつけたら東京の練馬駅前で温度計を見ながら、
「42度を超えてます」
とレポーターが金切り声を発している。通行人にマイクを向けて感想を求めれば、「暑いです」
と、それ以外の答えが返ってくるはずもない。練馬駅あたりは特別猛暑地帯であるらしい。
 埼玉熊谷で41度を記録。これまでの最高気温である。その昔、地球の軌道が狂い、太陽に接近して気温が上昇して人々がクルマで寒い地方に避難する途中、ギラギラと燃える太陽を見上げる、というようなシーンをテレビドラマ、トワイライトゾーン「世にも不思議な物語」で見たことがあるのだが、温暖化途上にあるこの地球も、とうとうトワイライトゾーンの世界に突入しつつあるらしい。

 帰り道、カッちゃんの店でランチをする。今日も千客万来。親子連れがあれこれ注文してるのが聞えます。鴨汁蕎麦が人気です。ボクとコボちゃんの注文は大好物の天ざるとなりました。大きな海老天と様々な野菜天たち。カッちゃんの栽培によるものもあり、新鮮で美味。ことにズッキーニとマイタケは最高。野菜天だけ別注文で食べたいくらい。そして冷たい水でしゃきっと上がった手打ち蕎麦。これは旨いです。そしていつもカッちゃんは一夜漬けのキャベツを山ほど供してくれるのです。仕上げは蕎麦湯。満腹になったタイミングでカッちゃんの書き入れ時も終了。あとはおしゃべり。ボクのラジオを聴いていただいたそうで、それで茶飲み話に花が咲きました。

▲ 蜩や今日の暑さもこれまでか


0724・火・地蔵盆・

 1927年、昭和2年の今日、芥川龍之介が東京田端の自宅で睡眠薬自殺で自らの命を絶った。35歳だった。これを聞くとボクのような凡人は勿体ないと思う。ボクは34歳で失明を宣告された画家である。画家としてその時点で命を絶たれている。芥川は狂気により35歳で作家としての路を絶たれた。ボクは失明により34歳で画家の道を絶たれた。でも、ボクはしつこいのだ。お前は画家としてアウトだよ、といわれても、そんなことないもん。なんとかするもん。とジタバタしているうちにこんな人生になってしまった。目が見えなくてもボクはボク。誰があきらめてもボクはあきらめない。もがいているうちに見えない文字で文章を綴り、見えない絵でイラストレーターに復活すれば、お声はかかるし道は広がる。泥をかけられて捨てられても、それでも拾う人が現れて、そして人生はますます面白くなる。もしも失明で命を絶っていれば、こんな展開はあり得なかった。孔雀のように絢爛豪華な羽を広げ、人々を魅了してから身を翻して舞台から消えるような天災人生はボクには許されない。ただひたすらドロガメの路を歩むだけなのだ。それでも生きていることは面白いもん。

 コボちゃんが大掃除を始めてしまった。高原の乾いた空気に背中を押され、スタジオクラスター北軽井沢支部をピッカピカに磨いている。いつ終わるかもわからない。猫のミミコを抱いて昼寝をしてても、パチパチとパソコンを叩いていてもまだ終わらない。結局、スタジオのドアに鍵をかけて、東京へスタートしたのはヒグラシも寝静まった頃となり、東京でボクらがゆっくりできるのは明日のことになるのだろう。

▲ 木陰にて猫と昼寝のハンモック


0725・水・

 2000年、平成12年の今日、エールフランスの超音速旅客機コンコルドが墜落した。離陸直後に火災を起こしたもので乗客乗員、地上にいた人など、合わせて113人が死亡した。この事故が切っ掛けとなり、3年後にコンコルドの運行は打ちきりとなってしまう。残念なことである。といっても、別に乗りたかったわけでもない。この超音速旅客機で旅した経験のある人から聞いたところ、座席は狭いし、窓は小さいし、ただ速いというだけで、旅の魅力には欠けるらしいのだ。ただ、とにかくカッこいい。飛んでいる姿が実にカッこいい。ロンドンのヒースロー空港に向かっている二階建てバスの二階から見上げた空に、着陸途上にあったコンコルドを発見したことがある。細長い先端を、まるで巨大な怪鳥のクチバシのように下方に下げ、地上の餌を狙うように空中に静止している。正に生きたマシーンである。金属の生き物である。人類が神との約束を破って誕生させた工学的な鳥なのである。その姿が二度とこの空に現れることがないのだと思うと、たとえボクに観られないとはいえ、本当に残念なのである。もっと大切に飛ばせてもらいたかったな。

 TBSラジオ「スタンバイ」の日本全国8時ですのコーナーで、お天気おじさんの森田正道(もりたまさみち)君が、今年の暑さについて、少し真面目にしゃべってる。
人間は100メートルを10秒で走れるか、という100メートル10秒の壁に挑戦し続けた時代があって、なかなか破ることが叶わなかった。ところが誰かひとり、10秒の壁を破った途端、次から次へと破られるようになる。と話を展開する。ボクも以前、ニューエイジサイエンス関連の書物で読んだことがあるのだが、その昔、グリセリン結晶化の壁を突破できず、長く科学者たちの苦労の時代があったという。ところがとある科学者が実験室に結晶化を期待されたグリセリンの容器を並べておいたところ、未知の偶然で、その中のひとつの容器内部で奇跡が発生し、グリセリンの結晶化が始まった。するとたちまち、連鎖的にすべての容器で結晶化が始まった、というのである。試しにそのひとつの容器を別の実験室に移動させると、その実験室でも、それまで結晶化を拒んでいたグリセリンたちが一斉に結晶化を始めたというのである。まるで物質同士がお互いの振る舞いから学習するごとくに、である。やがてこの現象を形態形成場理論という理屈で説明しようとするグループが登場する。百一匹目の猿も同じ理屈。とある猿集団に食べ物を洗って食べる百一匹目の猿が登場すると、世界のあちらこちらで同時多発的に食べ物を洗って食べる猿たちが現れる、というのである。まさかお天気に同じ理屈が通用するとも思えないが、お天道様にも学習能力があるのかもしれない。
 森田君は、これまでは国内の最高気温の壁は40度だったのが、一度超えたら、あっという間に41度。東京都内の39度の壁も、今後は軽々と越えられてしまうだろうと予言している。これら話題は北の丸での計測データによるもので、ここは大手町よりは涼しいはず。もしも今年も大手町での計測だったら、いったい何度になったのだろうと森田君は首をかしげる。雨の特別警報があるのなら・暑さの特別警報があってもいいんじゃないのかと、これが森田君の提案である。最近の暑さは災害であり、実際に熱中症で亡くなる人は年間千人に達するという。大雨よりも警戒を要する事態であるかもしれないのだ。この東京の暑さはオリンピックと関連付けられ海外で話題となっている。もしかして今度のオリンピック、遠慮した方がよろしいのではないかしらね。冗談でなく。

▲ 夕涼みベランダ煙草流れくる


0726・木・

 ネット環境に戻って張り切っている。朝の5時前から起き出して、昨夜から冷房漬けの身体に、夏の冷気を吹きこんでやろうと窓を開けたら蝉時雨。遊歩道の頭の上から落ちてくる。北軽井沢でヒグラシたちとほっこらしてたら東京はすっかりアブラゼミやミンミンゼミに征服されていたのだ。

 一仕事してラジオで気分転換。「おはよう一直線」で生島ひろしが7月からのラッキー占いを始めた途端、ちょっと余計なことを考えていた隙に9月を聞き逃した。これ、よくやります。古希を目前にしたエム ナマエ。コンセントレーション能力が著しく低下しているのです。

 朝9時のニュースのタイミングでオウム事件の残りの死刑囚6人が死刑に処せられたという事実が伝えられた。これで13人である。短期間に13人の死刑執行は国家によるジェノサイド、大量殺りくではないかとの国際的な批判も報じられた。印象として国家権力による見せしめの感じがする死刑執行であるが、そんなに急ぐ必要がどこにあったのだろう。まるで麻原彰晃の霊力を恐れるみたいで気持ちが悪い。
 一部の新聞によると、アベちゃんのいうなりで、死刑執行に気軽にハンコを押す上川ちゃんが法務大臣である間にやっちゃえ、やっちゃえ、ということらしい。上川ちゃんみたいにやたら死刑執行にハンコを押したがる法務大臣も、そうはおられないらしいのだ。
 真面目な話をすれば、ボクはこの死刑執行に反対である。麻原彰晃以外、今回の死刑囚は全員オウムの被害者であるともいえるのだ。国家はこの死刑執行により歴史の証言者をこの世から抹殺してしまったのである。曲解すれば、国家権力はオウム事件の国家的不始末に早く蓋をしたかったのだと思う。そして、そういう悪巧みに安倍内閣は適役なのである。ボクは見たことがないのでまこと無責任な発言になってしまうが、麻原彰晃と安倍晋三をふたり並べて、どっちが本当の悪人に見えるかとアンケートをとれば、そりゃ安倍晋三に軍配が上がること間違いなし。将来、安倍晋三が企てる海外での紛争で、失われるだろう自衛隊員の命の数を考えれば、当然の結果かもしれない。

 同じマンション、ベルギー人のニコラにブルドッグの赤ちゃんがやってきた。3か月の赤ちゃんブルドッグである。散歩中のコボちゃんとアルルに見せたくて抱えて連れてきた。まだ赤ちゃんだから、あっという間の会見である。とはいえ本物のブルドッグ。フレンチブルドッグでもハレンチブルドッグでもない、正真正銘のブルドッグ。抱いて連れてきたのだけれど、お兄ちゃんのフレブル、11キロのレオポルド君と、あんまり変わらない体重8キロの赤ちゃんブルドッグ。さて、大きくなったらどれだけになることだろう。このブルドッグは女の子で、名前をシャーロットちゃんという。ちなみに、ベルギーの王様がレオポルド、王妃がシャーロット。ベルギー人のニコラがそういうのだから本当なんだと思います。

▲ エアコンの窓を開けば蝉時雨


0727・金・

 1976年、昭和51年の今日、総理大臣だった田中角栄がロッキード事件で逮捕された。飛行機会社から大量にピーナッツを注文したから、というのが理由だが、嘘です、本当の理由はアメリカに歯向かったから。ハム買ったから、ではない。ピーナッツを買ったから、でもない。アメリカはいつだってナンバーワン。アメリカファーストはトランプの専売特許ではないのです。長く総理大臣の椅子に座っていたいなら、とにかくアメリカの言いなりでなくてはダメ。黙ってポチしてなさい。安倍晋三を見ればわかるでしょ。

 今日は金曜日。カルチャーラジオのテーマは科学。そこで「宇宙エレベーターが切り開く人類の未来」の第8回に傾聴する。スタンリーキューブリックの「2001年宇宙の旅」で活躍していたイオンエンジンのような優れた推進機関がまだ実現せず、悲しいことに宇宙へのアクセスが酸素と水素の化合による爆発エネルギーでしか可能でない現在、この宇宙エレベーターが実現すればどれだけ可能性が開かれるだろう。宇宙までロケットでぶっ飛んでいたのが、新幹線に乗るような気軽さで出かけていけるのだ。洋上の赤道基地から地球の静止衛星軌道上の宇宙ステーションへ、寝台車で旅するようなゆったりとした気分で誰でも旅ができるのだ。宇宙ステーションまで物資を運んで、そこで惑星間宇宙船を組み立てても面白い。エレベーターひとつで夢が広がるじゃありませんか。

 今頃コボちゃんは豪徳寺の行列のできる獣医さん、やさしい並木先生にアルルを診てもらっている頃。そしてボクはいつもの透析。今夜は音声映画、三谷幸喜監督作品「ザ・マジックアワー」をエンジョイしてる。これで何度目になるだろう。三谷幸喜の脚本がいいのだ。セットの街並みがいいのだ。映画にまつわる人々の情熱がいいのだ。この映画、市川昆監督最後の出演映画でもある。もちろん役者もいい。売れない役者に佐藤浩市。そのマネージャーに小日向文世(こひなたふみよ)。インチキ監督に妻夫木聡。ジャングのボスに西田敏行。ボスの愛人のダンサーに深津絵里。ボクはこの映画で、これまで大嫌いだった西田敏行を見直し、三谷幸喜作品に限っては彼を高く評価するようになってしまった。また、この映画で小日向文世(こひなたふみよ)という俳優さんの魅力に気づき、すっかりファンになってしまった。往年のミュージックスター、柳沢真一の渋い演技もいい。この映画、古い映画好きのハートのくすぐりどころ、満載で、観れば観るほど蟻地獄なのです。

 涼しい。だから窓を開けて横になってる。無論、エアコンは消してある。涼しいのだ。台風が接近しているというのに雨もなければ風もない。おまけに空気もカラリとしている。なんだ、この台風。いつものように西の方から時計回りでなく、東から逆回転でやってくる。どんなことになるのか、予想するのに過去の経験が役に立たないという。そんなわけで、この困った君の台風12号の迫りくる気配を感じながら、夜明けを迎えようとしているのだ。

▲ 一つ目が暑さ蹴飛ばしやってくる


0728・土・満月・皆既月食・

 1914年、大正3年の今日、第一次世界大戦が勃発した。皇太子を暗殺されたオーストリアがセルビアに宣戦布告、世界中の関係国が両陣営に別れ、歴史上初めての世界規模の戦争へと発展した。この戦争の反省でできたのがジュネーブの国際連盟。もう戦争はやめようね、ということになったのに、1941年には第二次世界大戦がまた始められる。そして懲りない人間たちがまたまた懲りずに国連を組織するのである。けれども世界平和のためのこの国連、最近になってトランプがお金を払わないので現金が足りなくなり、運営困難となっている。馬鹿がひとつ治まると、またまた馬鹿が勃興する。そして21世紀もまた馬鹿の世紀になりつつある。トランプが核ミサイルの発射ボタンを抱えて歩き回っていると思うと、背中のゾクゾクが止まらなくなる。

 本日は満月です。皆既月食です。おまけに火星接近で、その皆既月食真っ盛りの赤黒いお月様に並んで、光度を増した火星が、オイラが火星でございマースと元気に挨拶してくれるはずが、ヘソ曲りで意地悪な台風12号が、みんなオジャンにしてくれたのです。隅田川の花火大会もボクと田辺ファミリーのカラオケ大会も、みんなオジャンにしてくれたのです。

 ヘソ曲がりの台風である。ラジオは強い台風、強い台風と警戒を呼び掛けるが一向に雨も風もやってこない。強いけれどもチビ。もしかして、そういうことかもしれない。これからコボちゃんは東京スバルへ車検に出していたアウトバックを受け取りにいくことになっている。代車のチンケな軽自動車で取りにいくことになっている。皮肉なことに、出かけるタイミングになって強い雨が落ちてきた。
「いってきます」
 コボちゃんが飛び出していく。窓を開くと遊歩道から海の匂いが流れてくる。今まで気がつかなかったが、外は台風が運んできた海の空気で満たされていたのだ。で、そのまま窓を開いたきり、台風を聞いている。バラバラと音をたてて落ちる雨の音を聞いている。強くなったり弱くなったり、まるで喘いでいるような風の音を聞いている。外の台風と話をしているのだ。強くてチビな一つ目渦巻き小僧と仲良くしていたら、いつかあたりは夢の世界。ボクの仕事部屋にナチスドイツの兵隊たちがやってきて、腰のルガーを引き抜くと、バン、バン、バン。9ミリパラベラムを撃ちまくる。バンバン、バン。夢の世界の一瞬は永遠でと流れ、バタン。玄関ドアが勢いよく開いてコボちゃんが帰ってきた。
「ただいま!」
 何事もなく帰ってきたコボちゃん、よかったね。このヘソ曲がりの意地悪台風、ボクとコボちゃんには何も悪さをしてくれなくて助かった。

▲ 南風海の香りの遊歩道


0729・日・

 1978年、昭和53年の今日、東京両国の川開きが17年ぶりに復活した。隅田川における江戸庶民の夕涼み解禁イベントが、交通量の増加や建築物の密集化を理由に中断されていたのを、隅田川花火大会と名前を改め復活させたのである。ボクはこの日の翌日、開港されたばかりの成田から欧州へ旅立つことになっていたが、どうしてもこの川開きの復活に立ち会いたくて、当時の最愛の妻を強引に誘って両国へ出かけていった。ところが既に周辺は大変な人出で、川開きの現場までが長蛇の列。警察の命令通りに動くのだが、これがいっかな前に進まない。そうこうしているうちに、彼方から爆発音が聞こえてくる。連続的に聞こえてくる。この長蛇の列を待つことなく、花火業者は次々に点火して花火を打ち上げていく。けれどもここは密集地。尺玉みたいな、そんなどでかい花火を打ち上げられるはずがない。腕を少しでも動かせば隣の知らない人の汗だくの腕に触りそうな人間缶詰状態で、首を巡らせても見えるのはビルの群れ。そのビルの壁に、花火の閃光らしきものが反射する。結局、両国の駅に戻るまで、ただの一発も花火を目撃することなく、ひたすら汗だくの夏の夜であったのだ。で、それ以来、ボクは花火大会が嫌いになった。それからずいぶん挑戦したが、ただの一度も花火大会で楽しんだことがない。真下に場所を確保すれば、音はでかいし、燃えカスは落ちてくるし、目なんかあけてられない。花火大会が楽しいのは現場に到着するまで。それは計画してるときがいちばん楽しい、旅の経験とどこか共通しているのかもしれない。

 未明から起き出して窓を開ける。もう台風はどこにもいない。不安にさせるだけさせといて、本人は、一つ目小僧なんだから本人と呼ばせていただくのだが、そのご本人は最初の上陸作戦とはえらく違うコースで日本列島上陸を遂行しつつあるらしいのだ。おいこら、12号、あんまり西日本を苛めると、承知しないぞ。

 お昼になって日曜最大のラジオイベント、NHK喉自慢を聴こうと思ったら高校野球の東京地区の決勝戦。ちょいといい試合をやってくれてるけど、ボクはガッカリ。仕方ない、夏休みだ。ここしばらくはずっと高校野球に付き合わなくてはならないのだ。子ども電話相談室もあきらめなくてはならないのだ。はい。100回目ということで、いい試合を期待してます。

 夕方の散歩から戻ったコボちゃん、ニコラの赤ちゃんブルドッグ、シャーロットの心臓い穴があいてるのがわかったとしょげている。ペットショップで交換なんかしようものなら、処分されてしまうに決まってる。一度結ばれた絆である。お金の問題ではないのだ。頼りになるのは近所の獣医さん。ペットショップとグルになってる拝金主義の獣医なんか、信用できるもんか。そういうコボちゃん、夜になって豪徳寺の行列のできる獣医さん、並木先生の貴重なお時間をいただいて、アルルの抗癌剤治療について、細かく相談をさせていただいている。この先生のおかげで日本動物高度医療センターに紹介いただいたのだが、近所にこんな先生がいてくださると、愛犬家も愛猫家も安心して暮らしていけるのだ。ということで、そのお電話をいただいて、ボクからも心からの感謝をお伝えさせていただきました。

 一日遅れで開催された両国川開き、正式には隅田川花火大会の現場である。夜のニュースで女性グループがインタビューを受けている。
「延期のおかげでメンバーが減っちゃったわ」
 賑やかに答えている。このおばさんたちは警察の交通規制にも悩まされず、花火大会を楽しんだのだろう。人が集まるイベントでは、おばさんのように、自らエネルギーを放射してないと、雰囲気に敗けちゃうんだよね。おばさんの爆発力は尺玉にも負けてません。

▲ おばさんの熱に敗けてる川開き


2018年7月16日~22日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0716・月・海の日・閻魔参り・藪入り・お盆の送り火・

 7月16日は駅弁記念日だとミス「おはよう一直線」の檀れいさんがいっている。宇都宮駅で竹の皮に包まれたおにぎりと沢庵を販売したのが駅弁の始まりだといっている。果たして海苔は巻いてあったのだろうか。巻いてないと指に御飯粒がついて面倒臭いよね。でも、海苔は高級品だから、となると高くなってしまうよね。どうだったんだろう。ちょっと気になるよね。

 1945年、昭和20年の今日、米国ニューメキシコ州アラモゴードでアメリカが世界で初めての核実験をやらかした。そしてこの年の8月、広島と長崎にその原子爆弾を落っことした。砂漠の砂の上でなく、人間の頭の上で爆発させたのだ。砂漠での核実験でも危険の要素は数え切れなくあるのに、人の暮らしの上での核実験は言語道断歩道橋、許せない。広島長崎への原爆投下で、アメリカ軍はどれだけの人体実験の資料を獲得したことだろう。広島長崎への原爆投下はソ連への威嚇行為であると同時に放射能に関する人体実験だったのだ。白人社会にとって有色人種の命は限りなく軽い。レイシストのトランプが鼻息を荒くしているこの時代、これは覚えておいた方がいいだろう。

 1972年、昭和47年の今日、大相撲名古屋場所でハワイ出身の高見山が初優勝を遂げた。外国人力士による初めての優勝である。ボクは高見山という力士が好きだったので、とても嬉しかったはずなのにまるで記憶にないということは、ボクが日本にいなかった、ということになる。このとき、ボクはバックパッカーとしてヒッチハイクをしながらロンドンからネス湖を目指していたのです。本気でネッシーに会えると思って旅を続けていたのです。純粋で純情だったのです。いくらハンサムな高見山でもネッシーとは勝負になりません

 目覚めたら5時のニュースをやっている。ワールドカップでフランスが優勝したことを知る。前評判の通りです。それにしてもベルギーの3位はよかったね。ベルギーにとって日本戦が刺激になったといってるらしいが、同じマンションのベルギー人、ニコラも喜んでいることだろう。ニコラは犬仲間で、飼い犬のフレブル、フレンチブルドッグでハレンチブルドッグではありません、のレオポルド君とアルルは大の仲良しなのです。で、ボクもベルギーの首都ブリュッセルを幾度か訪れたとき、有名な小便小僧のあまりの小ささに驚いたり、にわか恋人との別れの食事をするタイミングだったりで、ベルギーにはいろいろな思い出があり、とても好きな国なのです。ちなみにニコラはフランスエリアのベルギー人。ときどきボクもインチキフランス語を使わせてもらいます。通じるのが不思議です。

 列島酷暑である。そしてアンハッピーマンデイである。ハッピーマンデイをいいことに病院は月曜日の透析を休日扱いにして採血検査をパスしたり、勤務体制を休日扱いにして経費節減に情熱を燃やす。おかげで午後の早い時間から透析室に入室を迫られ、患者の苦労が倍増する。単独行動ができないボクのため、コボちゃんは勤務先から飛んできて、昼休みを犠牲にしてボクを病院に連れていく。こういうとき、勤務先が歩いて3分、ということだけがありがたい。

▲ 木陰から日傘開いて歩き出す


0717・火・

 1971年、昭和4年の今日、登山家の今井通子さんが女性では世界で初めてアルプスの三大北壁を征服した。マッターホルン、アイガーに続き、グランドジョラスの登頂に成功したのである。実はボク、その翌年の1972年、スイスはアイガー北壁を望むグリンデルワルドの美しいホテルのレストランで今井通子さんとお茶を飲んだことがある。そのとき偶然一緒に旅をしていた看護師さんが登山マニアで、今井さんに声をおかけしたところ、それじゃお茶しながらおしゃべりしましょうよ、というとになったのである。この年の欧州放浪はは不思議な旅で、同じ日に乗った登山列車の車内で詩人で絵本作家の岸田衿子さん、この方、岸田今日子さんのお姉さんで、いきなり親しくなって、その後も長くお付き合い、いただくことになったりした。同じくスイス、チューリッヒでは大学マンガクラブの同輩、ローマはトレビの泉で高校剣道部の先輩、パリのシャンゼリゼでは高校の同級生、同じくシャンゼリゼのカフェではベルリンフィルのメンバーにシャンパンで誕生日を祝ってもらう、というように素敵な偶然と出会いが次々に発生する不思議な旅だったのである。本当は思い出せばもっともっと列挙できるのですが、このくらいでやめておきます。1972年の夏はボクの人生の大きな夏休みだったのです。

 TBSラジオ「おはよう一直線」情報によると本日は東京の日だそうです。慶応4年の今日、江戸が東京と改名されたことを記念する日です。当初、「東京」をどう発音するかが話題となり、素直にとうきょうと読む人もいれば、いやとうけいだと主張する向きもいたらしいのですが、さすがトンキンと読むトンチンカンはいなかった、ということです。普通に考えれば、東の京都という意味でとうきょうでいいのでしょう。

 デイキャッチ、荒川狂鶏、あんたそんなに偉いのか。自分の名前がついた番組だからといって、そんなに偉そうでいいと思っているのか。国会担当の沢田記者を沢田君、沢田君と呼ぶのはおやめなさいな。かなり聞きづらい。以前、国会担当が国会王子の異名をとるTBS政治部の武田一顯(たけだかずあき)記者だった頃はそんな言い方してなかったよね。裁判芸人の阿蘇山大噴火氏を阿蘇山君と呼んでいたことも不愉快だった。けれども相手によってはやけに卑屈になったりして、荒川狂鶏という人物、とってもチンケな人柄なのに、TBSでどうしてそんな力を保持しているのだろう。彼がTBSに登場した頃から不思議でならないのです。

 夕方からコボちゃんと猛暑のお出かけである。親しくさせてもらっている田辺さんとその息子たち、といってもアラサーの子どもたち、田辺兄弟と経堂駅での待ち合せ。おしゃべりと楽しい食事に誘われたのである。選ばれた店はオリジナル中華レストラン、経堂西通り商店街、「彩雲瑞」(さいうんすい)。以前よりもはるかにおいしくなっていて、感動。ここ、お勧めです。前はまずかったのに、おいしくなった、おいしくなったと騒いでいたら、コボちゃんに叱られた。どうもボクは口が軽くていけません。でも、本当においしかったのです。

▲ 乾杯のビールみるみるみんな汗


0718・水・

 1970年、昭和45年の今日、日本で初めての光化学スモッグの発生が東京都杉並区で確認された。高校のグラウンドで運動をしていた生徒たちが突然目の痛みや頭痛を訴えて病院に運ばれたもので、これが光化学スモッグと判定されたわけだ。幸いなことにボクは光化学スモッグを実感したことがないのだが、当時はよっぽど東京の大気の状態が悪かったのだろう。この時代、ボクは渋谷の代々木オリンピック公園を見下ろすコンクリートの社宅に暮らしていて、当時は学生イラストレーターになったばかりで、忙しくてあまり外出してなかったのがよかったのかもしれない。光化学スモッグとかPM2.5とか、もしくはサリンとかお化けとか、目に見えなくて包まれたらアウト、てな代物はあまりゾッとしません。お化けはゾッとしますけど。

 夏休みのよき思い出のひとつが高校3年生の美術部、夏休みの合宿で榛名山を訪れたことである。ユースホステルで過ごしたのだが、そこで合宿をしていた群馬医大のクラシックギター部の素敵なお姉さん、藤井H子さんと知り合って文通をしたり、影響を受けてギターを覚えたり、人形劇団プークの山根宏章さんという天才役者さんと知り合って、やがては人形劇団ポポロのお手伝いをさせていただくようになったり、人生登り始めの素敵なハプニングの発信地である。この榛名山の中腹にあるのが伊香保温泉。この伊香保ってどんな意味があるのだろうと思っていたらNHKマイ朝ラジオでご当地の人が解説していた。伊香保の語源はアイヌ語のイカホップで、たぎるお湯という意味であるらしい。江戸はアイヌ語の平らな所、富士はアイヌ語の高い所を示す言葉だと聞いたことがあるけど、もしかしたら記憶違いかもしれない。いずれにせよ日本列島はアイヌの暮す土地で、それをボクらヤマト民族が奪ったのである。

 京都で40度まであと少しとか岐阜で38度を超えたとか、暑さについての恐怖の話題があれこれ伝えられているけど、そんな暑さの中で電気が止まったとか、エアコンが壊れたとかになったらどうしよう。この酷暑列島で熱中症で命を奪われる人の数が鰻登りとなっている。冬は凍死、夏は熱中症。そしてちょうどいい春と秋はどんどん短くなっていく。快適と便利さを引き換えにして地球はどんどん暮らしにくくなっていく。

 お天気おじさんの森田正道(もりたまさみち)君が、この暑さを千年猛暑と呼ぼうと提案している。この猛暑、平安鎌倉以来の暑さであるというのだ。古い樹木の年輪調査によると、歴史上その頃がいちばん暑かったというのだ。けど、もっと古い樹木を調べればそれ以上暑い時代のこともわかるはずなんだけど、そんなに古い樹木、どこにもないもんね。森田君によると今夜はスーパー熱帯夜になるらしい。このままどんどん暑さがエスカレートすれば猛暑日なんて言葉では間に合わなくなり、酷暑日とか獄暑日とか、新しい基準が生まれるかもしれない。この地球、もう我々の知っている地球ではなくなりつつある。

▲ この頃は暑さ以外の話なし


0719・木・

 1980年の今日、モスクワオリンピックが開幕された。社会主義圏最初の開催だったがソ連によるアフガニスタン侵攻にアメリカがボイコットを宣言、日本も同調した。これにより多数のアスリートが出場をあきらめなければならない事態となった。アメリカに右へ倣えは安倍政権だけの得意技ではないのだ。

 ここは日本動物高度医療センターの四階のいつもの待合室。ボクとコボちゃんはアルルの診察が終わるのを待っている。アルルは獣医の高木先生にリードで導かれ、うきうきと歩いていった。先生を心から信頼しているのだ。
 さっきから小さな音でテレビがかかっている。いい年をしたおじさんおばさんが井戸端会議をやっている。馬鹿みたい。ひからびたオレンジを無理矢理ジューサーに突っ込んで、なけなしの果汁を搾り取り、それを悪い水でどんどん希釈するような、そんな議論をやっている。つまらん事件ばかりなのである。この暑さだもん。人間だって事件を起こすような気力を奪われている。元気なのは天然自然、暑さだけ。

▲ 氷水飲むよりいっそかぶりたい


0720・金・上弦・

 1969年の今日、アメリカのアポロ11号が人類史上初めて月面着陸に成功した。猿から進化した人類の代表として初めて月面に降り立ったアームストロング船長は、これは人間の小さな一歩に過ぎないが、人類にとっては大きな飛躍である、と地球にメッセージした。この年はボクの最初の個展「空」を開催した年。ボクは学生で高校時代の美術部の相棒、吉川清君の家に泊まっていて、アポロが月面を離れる瞬間の月面からの生中継を一緒にウォッチした記憶がある。もちろんこの生中継はリモートコントロールによるものである。撮影者を月面に置き去りにしたわけではない。でも、わかっていても心配したよね。

 ここは北軽井沢。暑さを避けての北軽井沢である。アルル静養のための北軽井沢である。で、もちろん猫のミミコも一緒である。自発的に朝の散歩に出たミミコ、ときどき声を上げてクラスター北軽井沢スタジオで朝寝坊をしてるボクに、お前もこいと呼んでいる。やがて太陽が高く昇ればウグイスがいい声で鳴き始める。それに対抗してミンミンゼミも勢いよく声を上げる。やけにでかい声である。あれ、本当に声って呼んでいいのかしらね。

 午後になるとラジオが雷雲の発する電波を捕えてガリガリとつぶやくようになる。そのうち遠雷が聞えてきて本物の雷雲が近づいてくる。冷たい風が吹いて涼しくなるのはありがたいが、雷が近くに落ちればアルルはパニック。数年前のように家から逃げ出して行方不明になるかもしれない。そこでコボちゃんが風通しのために開けておいた一階の扉を閉めて歩く。大きな別荘スタジオはありがたいが、こういうときが苦労なのだ。やがてヒグラシが鳴きはじめ、もう雷の心配がなくなってありがたい。

 夜10時、ニュースを聴こうとNHKラジオをつけたら安倍晋三が記者会見なんかやっている。声を聞きたくないので直ちに消してしまう。確か今日は国会最後の日。賭博法案か何か、また強行採決をやらかして、言い訳をしているのだろう。この人、いつも言い訳ばかりしている。ラジオを消してしまったのでパソコンの中の音声映画「ルドルフといっぱいあってな」をコボちゃんと一緒に観る。このアニメーション、以前から北軽井沢スタジオでコボちゃんと一緒に楽しみたかったのである。コボちゃん、この映画、とても喜んでくれて、ああ、よかった。

▲ ぶつぶつと雷予報ラジオかな


0721・土・土用の入り・土用の丑・

 2011年の今日、最後のスペースシャトル、アトランティス号がフロリダ州のケネディー宇宙センターに着陸した。それまで日本人7人を含む各国の宇宙飛行士350人が乗り組み、世界の宇宙開発を先導してきたスペースシャトルが、その30年の歴史を閉じたのである。ああ、勿体ない。お金がかかり過ぎたのかなぁ。惜しいなぁ。ジャンボジェットが開発当時のスペースシャトルを背中に乗せて、親子亀スタイルで空を飛んでいたのが懐かしい。最初の打ち上げのときはボクも目が見えていて、ずいぶん興奮したのを覚えている。プラモデルも作ったよな。絵本にも登場してもらったな。失明してからも描かせてもらったな。そのフォルム、今もしっかりと頭に刻まれているのです。スペースシャトル君、いつも連れて歩きたいよな、とっても可愛くて素敵な形です。

 群馬県伊勢崎で38度を超えたと聞こえてきた。そこがどれくらい遠いのか知らないけれど、同じ群馬県のここ北軽井沢でも殺人的な猛暑となっている。そして午後から温泉街の草津に近い、とはいえやはり同じ群馬県の山の透析室で透析を受け手いた。とにかくこんな暑いの初めて。冷房がまるで効いてない感じ。仕方ないからダイアライザーから戻す血液の温度を下げてもらった。もう、それしかないのである。
 いつもだったら北軽井沢は涼しい。朝と夜はもちろん、いつも涼しい。夏なのにストーブが必要なほど涼しい。ま、そういうのを寒い、というんだけどね。でも今年の北軽井沢、朝夕以外はただただ暑く、そのこと以外、何も考えられなくなる。涼しいのは夕方からのヒグラシの声だけ。ヒグラシさん、ありがとう。
 で、土用の丑の日ということで、ヒグラシの声と鰻の蒲焼を肴に一杯やってたら、いきなりコボちゃんが蝉の話題。ヒグラシさんだかどうだかはわからないのだけれども、木から落ちて倒れていた蝉さんをコボちゃんが発見。もしかしたら熱中症かと思い、樹液を吸ってもらおうと木の幹にすがらせてあげようとしたら、オシッコをかけられて飛んでいった。というのである。
「セミって本当にオシッコをかけるのね!」
 そういって感動するコボちゃんだったけど、オシッコは黄色かったといっている。

▲ この猛暑鰻食っても間に合わぬ


0722・日・

 午後3時半、上方演芸会を聴こうとNHKラジオをつけると大相撲が始まっていた。本日は千秋楽で、いつもより早いのだった。御嶽海の優勝が決まっていて、あまり熱い取り組みは期待できないのに客席は異様な熱気に包まれている。それもそのはず。千秋楽の今日の名古屋は39.5度と文字通り殺人的な暑さに見舞われているのだ。冷房が効かなくなったらもう大変。取り組みも観客も熱くならない方が見の為なのである。そんな愛知県体育館には申し訳ないけれど、ここ北軽井沢高原ではヒグラシが鳴き始め、別荘村に涼しさを送ってくれている。今年は山が乾いているせいかヒグラシもミンミンゼミもやけに声が美しい。

「あんた、ここで何をしてんの。あんたのおうちは外でしょう!」
 コボちゃんが話しかけているのはカマドウマの赤ちゃん。このカマドウマ、大きく成長するとちっとも可愛くない。コオロギみたいに美しい声で鳴くわけでもなく、でかい図体でただ無駄に餌を消費している。何を食べているかは知らないけれど。というわけでこのカマドウマのベイビー、コボちゃんが蜘蛛さんたちにしてあげてるのと同じようにティッシュのパラシュートに包まれて、やんわりと窓の外へ放り出されたのである。

 最近、きむらゆういちとのご縁で知り合いにさせていただいた直木賞作家の辻村深月さんの作品にはまっている。今夜も「冷たい校舎の時は止まる」のラスト部分をコボちゃんと一緒に聴いている。この作品、上中下の全3巻の大長編。その下巻のラスト部分だけでコボちゃんはすっかり魅了させられてしまったのだ。見上げた筆力である。そしてこの作品、辻村深月さんのデビュー作、24歳の筆である。サピエ図書館のプレクストークによる音訳図書の再生だと、このように同じ本を同時に楽しむことができるのだ。でもこれって、厳密にいうと著作権違反なんだけどね。目の見えるコボちゃんはサピエ図書館の恩恵に与ってはならないのです。

▲ カマドウマまたつかまってさようなら

2018年7月9日~15日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0709・月・

 1955年の今日、核戦争の危機に軽傷を鳴らすラッセルアインシュタイン宣言が発表された。哲学者のバートランドラッセルや天才物理学者のアインシュタイン、そして日本の湯川秀樹博士ら、世界的頭脳たちが核兵器の廃絶と紛争の平和的解決を呼びかけたものであるが、1955年といえば広島長崎に原爆が投下されてから10年、被害の大きさに自らの責任を痛感したアインシュタインら科学者たちが宣言をした気持ちは理解できるけど、この運動がそれ以後、大きく発展したとはあんまり聞いてない。現在、この地球に無数の核爆弾が起爆の命令を心待ちにして眠っている事実を考えると、たちまちこの椅子の座り心地が悪くなる。おまけにトランプのようなマッドプレジデントが核ミサイルの発射ボタンを持ち歩いていると考えると、ますます気分は絶望的になってくる。そしてこの結果が民主主義の結果だと思うと、責任をアインシュタインだけに押し付けることはできないのである。

 レッドサラマンダーって知ってますか。赤い山椒魚というとあまり強そうではないけれど、西洋の火の妖精と思えばカッコいい。この全国で1台だけの全地形対応車「レッドサラマンダー」が今回の大水害の被災者救援のために出動したらしいのだ。安倍晋三がその嘘つきの口で防災対策を今更ながらにペラペラとしゃべくるより、トランプお勧めのオスプレイを買いまくるより、この災害日本に必要なのはレッドサラマンダー。全天候型全地形型緊救援車両なのである。この響き、サンダーバード、国際救助隊みたいで頼もしいじゃありませんか。おまけに1台1億円とは安い買い物だと思います。オスプレイ1機で何台購入できるのでしょう。けれどこのレッドサラマンダー、日本にたった1台だけ。アベちゃんって、お金の使い方がとっても下手糞ね。ま、仕方ありません。お金持ちのお坊ちゃまですから。早く辞めてもらった方が国民のためだと思うんですがね。

 ぶったまげの上川法務大臣。死刑執行にゴーサインのハンコを押したその晩に衆議院会館で宴会の女将を演じていたのです。この宴、赤坂衆議院議員宿舎で開催された「赤坂自民亭」のことをいう。この未曾有の豪雨に気象庁が特別警戒を連発しているというのに大臣たちが馬鹿騒ぎを演じているのだ。気象庁と官邸の間には電話も電報も通じないのか。安倍政権の誰もケータイもスマフォも持っていないのか。それにしても安倍政権とはどこまで倫理観に乏しい集団なんだろう。権力を握ってしまえば後は野となれ山となれ。弱い人たちのことなんか、知ったこっちゃないんです。

▲ 押しかける悪魔のような雲の群れ


0710・火・

 本日は7月10日で納豆の日であるらしい。考えるにこれは茨城県水戸市の誰かが言い出したことに違いない。水戸納豆、確かに美味である。けれども納豆といえば乾燥納豆も甘納豆も、どれもおいしい。ことによく掻き回し、大量のネギと辛子を加えた納豆はおいしい。タマゴかけ御飯をちょっとだけ残しておいて、それにのっけて食べると尚おいしい。

 1997年、平成9年の今日、鹿児島県出水市針原川で大規模な土石流が発生した。梅雨末期の記録的豪雨によるもので21人が死亡した。現在も西日本方面で線上降水帯が大暴れをしているが、梅雨明け前後のこの時期、自分の居住エリアと水はけの関係を事前に把握して、いざというときの逃げ道を考えておいた方がいいだろう。地球温暖化で異常気象が常態化している昨今は特にそうである。実はボクの暮らしている窓の外の遊歩道の下は暗渠になっていて、地下へ逃げられなかった雨水が集中する可能性がある。今回の洪水被害を考えると、三階といえどもアグラをかいているわけにはいかないのである。

 タイの洞窟から閉じ込められていたサッカー少年のうち、4人が救助され、残るはあと5人と思っていたら、夜9時のニュースで全員救出が報じられ、安堵する。よかったよかった、本当によかった。西の方面からの豪雨被害ばかり耳にしているので、この知らせが尚更ありがたかった。救助に活躍したプロのフロッグマンたちに心からのリスペクトを送りたい。ありがとうございました。

▲ 窓の外どこかで花火する匂い


0711・水・

 NHKマイ朝ラジオによると今日は世界人口デイだそうです。1987年、昭和62年の今日、世界の人口が50億人を超えたとされたことで1989年、国連人口基金が制定した、ということです。この人口という言葉、どうして口なんでしょう。それは人間が食べる生き物だからです。食べる口を数えるとつまり人口になるということらしいのです。ま、食べない生き物というのは存在しないんですけどね。

 1966年、昭和41年の今日、広島原爆ドームの永久保存が決定した。風化に夜倒壊の懸念があったため広島市議会が決議したもので、その後日本全国からの募金が集まり、補強工事が行われ、1996年、平成7年に世界文化遺産に登録された、ということです。学生時代、東横線の終点、渋谷駅の階段を降りていくと目の前で原爆ドーム保護の募金をやっているではありませんか。原爆の直撃に耐えて立ち続けてきた原爆ドームには、これからも頑張って踏ん張っていてもらいたいと熱望していた貧乏学生のボクは、なけなしのお金を寄付したのです。そして初めて広島の地を踏んだとき、見上げた原爆ドームの各所に散見する接着剤の跡に、あのどれかにボクの寄付も貢献しているのだなと思い、胸を熱くしたのであります。やだね、貧乏人は。

 お昼になって皆さんに今回の視覚障害ナビラジオ出演のお知らせメールをBCC配信させていただく。いつものお邪魔虫メールである。迷惑なことだと思うけど、できれば聴いていただきたいのです。すいません。

 週刊新潮で読んだ渡部潤一、国立天文台副台長提供の話題です。この先生、会津若松の生まれだそうで、親しみを感じてます。ボクは東京の生まれで育ちなんですけれど、ルーツは会津若松で、会津の血液が体内をドクンドクンと流れ回っているのです。もちろん緑じゃありません。真っ赤です。
 さて、本題です。2017年10月にハワイの天文台が発見した太陽系外からやってきた飛行物体の話題です。この小天体、最初は彗星と思われたのがその軌道が閉鎖されたものでなく、オープンであるらしいのです。ということは太陽系外からやってきた、ということで、これは前代未聞のことらしいのです。国際天文学連合はこの天体のために星間空間の天体というカテゴリーを初めて作り、この天体を最初の登録天体にしたのだそうです。そして驚くべきことにこの天体、長さ400メートル、幅40メートルという葉巻みたいな形状をしているのです。宇宙船にすれば理想の形をしているのです。こんな自然天体は初めてらしいのです。これまで目撃されたとする葉巻型UFOや宇宙戦艦ヤマトとかスタートレックの宇宙船エンタープライズ号みたいじゃないですか。この葉巻型は宇宙を旅するのに理想的な形状で、宇宙塵との衝突を避けるのにはもってこいなのです。さてさて、これは宇宙人の乗り物と思いたいところが、気になるのがこの天体、8時間に一回ほど、ゆっくりと回転していること。これだと理想的宇宙船スタイルでも危険を回避するリスクは下がりません。ただ、映画「2010年宇宙の旅」では宇宙船ディスカバリー号も木星衛星軌道上で静かに回転していましたよね。あれはどういう理屈で回転していたんでしょう。あんまり覚えていません。あのディスカバリー号は廃棄されてから10年の宇宙船という設定でしたから、今回の天体も既に廃棄された宇宙船かもしれないのです。早速、知的宇宙生命体からの信号をキャッチしようとしているグループが使用可能な電波望遠鏡を駆使してこの天体からの信号が出ていないかを観測しました。けれども残念なことに信号は検知されなかったのです。さてこの天体、現在は太陽系から猛スピードで離脱しているとのこと。その正体が気になりますが、もしも誰か乗っているなら、挨拶ぐらいしてもらいたいですよね。別にお土産なんか要求しませんから。

▲ 新潮の星の話題にときめきて


0712・木・

 いつものように5時に目覚めるとNHKはマイ朝ラジオをやってないで、代わりにワールドカップ準決勝の中継を流してる。リズムが狂う。おまけにパソコンはアップデートでなかなか使えず、またまた調子狂う。仕方ないからラジオに耳を傾けていたらクロアチアがイングランドに勝っちゃった。これで日曜日にフランスと決勝戦をやるわけだ。だけど日曜日はオイラもラジオに出るんだよね。世間様からは問題にされてないけどね。とほほ。

 1925年、大正14年の今日、NHK、当時の東京放送局がラジオの本放送を開始した。坪内逍遥原作のラジオドラマ「桐一葉」(きりひとは)や音楽番組「民謡の夕べ」などの記念番組が編成された。考えればこの年はボクの父親の生まれる前の年。ラジオの歴史と父親の生涯が重なるわけだ。こういう具体的な物差しがあると歴史はとても身近になるのです。

 トランプがNATOにいちゃもんをつけているらしい。きっと北大西洋条約機構のアメリカ以外のメンバー、顔をしかめているだろな。Gセブンの欧州の国々を中学生とすると、小学生の安倍晋三と幼稚園児のトランプの扱いにさぞや苦慮していることだろう。ま、トランプがあんまり駄々を捏ねるようなら、そこは安倍晋三に子守りをさせるつもりなんだと思う。トランプは世界の鼻つまみ。そう思っていないのはトランプタワーの住人だけかもしれない。困ったもんである。ところでトランプからツイッターを取り上げる方法はないものだろうか。いつかあの人のツイートが原因で取り返しのつかないことが起きるのではないかと、実は生きた心地がしないのである。

 気がつくと遊歩道で蝉が鳴いている。今年初めてのことである。それを伝えるとコボちゃんはとっくに空蝉を発見したり、羽化し損なった瀕死の蝉を葉っぱの上に避難させてやったりしてるらしい。そうしないと蝉はたちまちカラスか蟻の餌食となるのだ。さて、この空蝉だけど、これってクチクラという物質で構成されてるってご存知ですか。クチクラというと面食らうけど、キューティクルというと納得できるでしょ。このクチクラ成分のおかげで生物は海から陸地へと進出できたらしいのです。

▲ 軽々と素足で歩くスニーカー


0713・金・新月・お盆の迎え火・日本標準時制定記念日・

 今日は13日の金曜日である。ホラー映画のファンじゃないし、キリストはリスペクトしても信者でないボクに13日の金曜日はちっとも怖くないけど、熱波渦巻く金曜日はこわいです。ことに暑さが苦手のアルルにはつらいです。だから朝から冷房を入れてます。早く涼しい北軽井沢で仕事したいです。アルルもそれを心待ちにしています。

 いよいよ今度の日曜日がワールドカップの決勝戦と聞いているが、1930年の今日、初めてのサッカーワールドカップが南米、ウルグアイで開幕された。出場はわずか13か国。優勝は開催国のウルグアイだったという。最初はずいぶんせこかったけど、それが88年も過ぎると、小さな杉の子が堂々とした杉の木に成長するみたいにワールドカップも見事に育ったのです。今やこの日本でも国内時差で善男善女がフラフラになってます。

 窓をひらくと熱気と同時に蝉時雨に襲われる。だけど幸せ。これが冬だったら寒くて窓も開けられないし、お風呂場にも入れない。寒がりのボクにとって、どんなに暑い夏でも、冬に比べれば天国なのです。

 月刊ラジオ深夜便連載エッセイ「しじまのおもちゃ箱」の第一稿の送信完了。モチーフは怪獣と恐竜。だけど、書きたいネタがあり過ぎて、頭がこんがらがって苦労した。プランがどんどん前のめりになるだけで、筆がなかなか進まない。好き過ぎることって、かえって邪魔になるのです。でも書けると嬉しいのです。そしてなんとか書けたのです。万歳。

▲ アテンション飛び出す子ども夏の午後


0714・土・検疫記念日・ペリー上陸記念日・

 本日はパリ祭である。正確にいうとフランス革命記念日である。1789年の今日、フランス民衆がバスティーユの牢獄を解放した日である。パリ祭との呼び方はルネクレマンの映画からきているらしいのだが、お恥ずかしいことにボクはその映画を観ていないのだ。ボクにとっての映画はゴジラとかモスラとか地球防衛軍とかの、円谷英二監督の特撮映画のことで、あとはあんまりよく知らないのです。

 1865年の今日、イギリスの登山家エドワードウィンパーらがヨーロッパアルプスのマッターホルンを征服、世界で初めての登頂に成功している。1972年の夏、スイスはヴィスプという田舎の駅に下車したボクはホテル探しに苦労していた。気ままな旅で、夜も遅くに到着してしまったのである。そんなボクを見つけてくれたドイツ語しか通じない農家のお母さんは、ボクの手を引いて立派な建物に連れていく。ホテルかと尋ねると、
「ヤアヤア!」
とドイツ語でイエスという。で、泊まってみたらユースホステル。満室状態にいきなり現れた若き日本人に親切なペアレントは廊下にエキストラマットレスをセットしてくれる。やっと横になれたと安堵していると、金髪美少女が潜り込んでくる。心も踊る危ない夜が明けると、ボクは登山鉄道でヴィスプの町を後にする。途中から景色の中の自動車が消えているのを発見。内燃機関が禁止されていて、動いているのは電気自動車か馬車だけなのである。そして終点がツェルマット。目的の土地である。ここから見上げれば聳え立つマッターホルン。人を寄せ付けないその険しさ。けれども憧れのマッターホルン。小学五年生のときにディズニーランドの記録映画でそのミニチュアを目にした瞬間から憧れ続けてきたその本物なのである。よくぞあんな山を登ったもんだと思う。ボクなんか、写真を撮るだけで胸がドキドキする。登ったりしたら、こんな心臓、破裂するに決まってる。と、長い話でした。

 1945年、昭和20年の今日、東北北海道がアメリカ軍機による大規模な空襲に見舞われた。二日間続いた空襲では青函連絡船が攻撃され、12隻が壊滅的な被害を受けたという。情けないな、日本軍。許せないな、日本軍。市民を運ぶ船を敵の攻撃から守れないくらいなら、最初からそんな戦争、やるなよ。今だってアベちゃん、威勢のいいことばっか、いってるけど、どうせ敵なんか攻めてきやしないと思ってるんじゃないの。もしも中国が攻めてきたら、自衛隊はどこまでやれるんだろう。おそらくやれないと思うな。なんせ人数が違うからね。それよりは外交。力を使うより、頭を使ってね。アベちゃんには無理かもしれないけど。

 1977年、昭和52年の今日、日本最初の静止気象衛星ひまわり1号が打ち上げられた。そのときボクは何をしていたかというと、ケニア旅行の準備中で東君平さんや和歌山静子さんたちと黄熱病の予防注射なんかを受けていた。ボクはミーティングの最中、おしゃべりのし過ぎで、ツアーの団長、寺山輝夫先生にえらく叱られた。寺山先生、お元気で威勢がよかったな。ボクは寺山先生に声をかけられ、小学館に金を出させてケニアいきが実現したのだった。今頃、君平さんも寺山先生も雲の上で何をされているのだろう。もしかしたら静止気象衛星たちと地球を眺めているのかな。それにしては今度の大雨、防げなかったね。

 今日は猛暑日になるという予報だったがその通り、今年最初の猛暑日である。しっかりとした猛暑日である。昨夜からの冷房はコボちゃんとアルルとの散歩で一度はオフしたが、部屋を閉め切っておいて正解。コボちゃんの帰宅と同時に冷房を生き返らせたおかげで今日は終日涼しく過ごせた。ミミコはゴキゲンで丸くなっているし、ボクも楽しく連載エッセイ「しじまのおもちゃ箱」の推敲を完成できた。今月は怪獣と恐竜の話。文字の上でゴジラとキングコングを対決させたのである。

 今回の大水害、平成30年7月豪雨と命名されたらしい。わざわざ7月と断るのは平成30年のこれからも同じような豪雨があると思っているのかもしれない。
 久米宏の「ラジオなんですけど」に電話出演していた岡山のビジネスマン、今回の水害は人災であると断言する。防ぐつもりなら防げた水害を予算の都合で治水工事を怠った結果だというのだ。これと同じ意見を京都大学の教授が語っていたのを思い出す。NHKや民放は広島や岡山の水害地域でのボランティアを熱心に取材する。土埃と猛暑の中で奉仕する人々の見上げた心意気に最敬礼の気分である。なのに安倍首相が股関節を悪くしたとかで明日からの広島や岡山の被災地の視察をパスするそうである。本当かしらね。これが首相専用機にふんぞり返ったり、来賓として歓迎されたり、国民の税金をばら撒いたり、アメリカの武器を購入したりする外交のお仕事だったら腰が抜けていても断らないんじゃないかしら。この人のいうことすること、どれも嘘に思えます。こういうのを日本では昔から自業自得というのです。

 エアコンプレッサーで同僚の服の上から尻の穴に空気を注入して殺してしまった馬鹿者がいる。肺臓破裂である。本人は悪ふざけといっているが、人を殺しておいて悪戯では済まされない。機械を扱う専門家に悪ふざけは許されない。クルマの運転でも加工機械の操作でもふざけたら人死にが出る。どうやらこの世界、安倍晋三やトランプのおかげで常識が希薄になっているらしい。コモンセンスが死にかけているらしい。さぁ、みんな仲良く目覚めましょう。自分ファーストでない、みんなのためのちゃんとした選挙をやりましょう。お尻の穴とあんまり関係ないけどね。

▲ この夏も嘘ばっかりのお約束


0715・日・お盆・

 1888年、明治21年の今日、磐梯山が爆発的噴火をして、470人以上が死亡、裏側の地形が大きく変貌した。飛散した岩石や土砂が流れていた川をせき止め、多数の湖沼を形成したのである。この地形を裏磐梯と呼び、現在は優れた観光地となっている。これがボクの父親の育った土地であり、1977年から2005年までペンション絵夢の運営されていた土地であり、ボクの少年時代の心象風景であり、失明後のデビュー作「UFOリンゴと宇宙ネコ」の舞台なのである。

 目覚めて冷蔵庫のオロナミンCを取ろうとアコーデオンカーテンを引いたらキッチンは蒸し風呂で無条件反射の猛暑日の予感。予報では36度となっている。あああ、またまたエアコンに働いてもらわないと。オールナイトで働いてもらわないと。

 NHKマイ朝ラジオ、今朝の童謡は仲良しの歌姫、おおたか静流(しずる)さんの「浜辺の歌」。朝から静流(しずる)さんの澄んだ歌声が仕事部屋に響き渡り、ボクは冷たいオロナミンCを飲みながら幸せ。爽やかさ倍増なのである。

 志の輔ラジオ「落語でデート」に世田谷のベランダのプランターで野菜作りをしているという自称ベジタブルアナウンサーの女性が出演。落語でデートだからお相手は女性と決まっているのだが、このベジタブルアナウンサーがバリ島のライステラスの話をしている。志の輔が棚田をライステラスとはお洒落だというと、アナウンサーはこの棚田、千年も続いている歴史ある棚田だという。最近はこの棚田の治水設備を使って小規模発電が行われていて、富山市がそのサポートをしているという。そこで戸山出身の志の輔師匠が喜ぶのである。

 ダメだなぁ。ちょっと怪我したり負けたりするとたちまち休場するなんて。この名古屋場所、三横綱と新大関がお休みしてる。頑張ってるのが関脇御嶽海と平幕の遠藤。このふたりがお客を引っ張っている。でなきゃ、そうそう満員御礼は続かないのではないかな。おまけに愛知県体育館の冷房が不調で会場内には氷柱(ひょうちゅう)が登場、たくさんの扇風機が風邪を送ってる。まるで冷房のなかった時代みたい。それでも足りないお客は団扇を使ってるけど、この団扇、軍配の形をしているというからサービス満点。どうか熱中症で倒れないでいただきたい。アルルの生まれ故郷のことを悪くいうわけではないけれど、名古屋のお客はやかましい。アナウンサーの声は聞こえないし物言いの解説もかき消されて、どちらが勝ったのか、それとも取り直しなのか、さっぱりわからない。おまけに手拍子と指笛。沖縄のお祭りじゃないんだから指笛はいらないと思います。

 夜7時半、音声腕時計のアラームの命令でリモコンを操作すると、ボクがラジオでしゃべってた。番組名は「視覚障害ナビ・ラジオ」、『先輩×後輩 ナビラジ交友録』という企画で、若い視覚障害アーティスト、川渕大成さんとの対談である。
 川渕大成(かわぶちたいせい)さんは今年24歳。高校1年生だった2011年、原因不明の病気により、わずか1週間で急激に視力が低下、重度の弱視、色覚異常、中心暗点、砂嵐症候群になりました。しかし、幼いころから好きだった絵が前進する力を与えてくれたということです。細い線が見えないため、木炭を使って太い線を描いたり、クレヨンの色の並びを工夫したりして、温もりある表現を追求している、ということです。 
 現在は筑波技術大学で鍼灸を学びながら、創作活動にあたっています。故郷の富山県で、毎年小さな個展を開いているそうです。去年の二科展で準入選したという優秀な青年と、ふたりで濃密な時間を共有したのです。
 スタジオで聞くよりもラジオで聴く川渕さんはより賢く美声であった。それよりも、自分の声が蒸し暑く、恥ずかしいことったら。穴があったら飛び込みます。それにしても見事な編集で、ボクの無駄なおしゃべりが少しはマシに思えました。さすが遠田恵子さん。今夜のナビゲーターです。
 放送終了後、川渕さんと電話でおしゃべり。そしてメールも拝受して、彼のブログを拝読、愉快な夜となりました。感謝です。

▲ どことなくラジオの声が蒸し暑い



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