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全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2018年8月27日~9月2日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0827・月・

 今月で60代ともオサラバです。60代のエム ナマエはあと数日の命を残すのみ。さて、70代のエム ナマエの目の前に広がる地平線とは、いかなる世界でありましょうか。ヨダレをたらたらと流しながらステゴサウルスを追いかけてティラノサウルスが走り回るシダの茂ったサバンナでしょうか。ま、あんまり不毛でなけりゃ、どんな世界も歓迎ですけど。

 何たる時代錯誤、無教養。桜島をバックに自民党総裁選挙に立候補表明をしたという安倍晋三、バッカじゃなかろか。おまけに薩長同盟を旗印にしたとか。どう考えても正気の沙汰ではありません。この人の体内では明治政府の好戦的な遺伝子が暴れまくっているのです。明治150年の年に酔いしれているのです。でも、その歴史観、あまりに頭、悪過ぎるのではありませんか。薩摩と長州の文化だけが日本ではないのです。でも、その歴史観と文化観で日本列島を一色にしようとしたところが明治政府の決定的な誤りで、だから日本は戦争大好き国家になってしまったのではありませんか。その方法論を復活させ、おまけに明治憲法まで復活させようとは、ちと歴史の反省が足りなさ過ぎるのではありませんか。

 星新一のショートショートに夢中になっていると報告したばかりだけど、実はそれと並行して米国作家、H.F.セイントの「透明人間の告白」にもはまっている。この作品、椎名誠先生がご著書「蚤のジャンプと銀河系」の中で熱烈にお勧めしているもので、それではとサピエ図書館からダウンロードしたもの。467ページという大作で星新一のショートショートに甘やかされた脳味噌としてはかなりなエネルギーと根気を要するロングロングなのである。導入部が緩慢で、なかなか物語世界に夢中になれなかったのが、主人公が透明人間になってからがスリリングで「透明人間の告白」というよりは「透明人間サバイバル」とか「透明人間として生きるには」という印象の小説となっている。で、ここにきて面白くてたまらなくなっていて、ちょっと星新一先制にはご遠慮いただいているわけだ。

 月曜日は透析だけど、機械が回り始めてからずっと「透明人間の告白」の世界に耽溺していた。オリジンの肉野菜炒め弁当の味もわからないくらい溺れていた。このまま透析終了まで同じ状態が続くかと思っていたら、いきなり激しい爆発音が轟いたかと思ったら東京大空襲みたいに連続的な落雷が始まった。それも至近距離に連続して落ちてくるのだ。後で聞いた話だと、1秒に2発の頻度で落雷したという。酷暑の夏に苛められ続けた21世紀東京都民のルサンチマンの爆発みたいな雷鳴が果てることなく押し寄せてきたのである。ボクに見えているわけではないけれど、このピシャッという雷鳴は稲光と同時に轟いているのだと思う。透析機械に落雷したらオイラも感電、一巻の終わり。まさか、そんなことがあるはずはないのだけれど、思わず緊張してしまう。病院が停電しても透析続行は困難となり、透析スタッフにも緊張が走る。それから雷の急降下爆撃は半時間も継続して、これでもかと患者とスタッフの肝を充分に冷やしてくれてから、おもむろに去っていった。迎えにきたコボちゃんによれば、我が家での雷のいちばんの被害者はアルル。コボちゃんにしがみついて震えっ放し。そのお尻にひっついてたミミコは雷に脅えていたわけでなく、ただみんなが集まっているから集まっただけのことであるらしい。窓の外を覗けば、世界が真っ白になるほどの豪雨で、気象庁によれば世田谷は時間110ミリの降水だったという。ま、堅牢な作りの病院のおかげでボクは安心して「透明人間の告白」世界で遊んでいましたけれど。

▲ 愛犬の苦手雷尻に猫


0828・火・

 1953年というとオイラが5歳の年だけど、この年、昭和28年の今日、日本で最初の民間テレビ局、日本テレビが本放送を開始した。我が家にテレビが導入されるのはその4年後だったと思う。当時のテレビ放送はフルタイムではなく、ときどきお休みタイムが挿入されて、こっちはテレビが見たくて見たくてたまらなくて、動いていれば何でもよくて、放送の最後の最後のお別れ映像までしっかりと凝視してる。日本テレビの場合は番組終了のサインとして、画面に白い鳩が現れて美しく舞飛ぶ影絵のようなアニメーションが流れるのだが、ボクはこの映像がたまらなく好きで、画面が砂嵐に変わってしまうまでしっかりと眺めていた。テレビ黎明期の忘れられない美しい映像のひとつである。

 TBSラジオの気象予報士さんによれば、本日は気象予報士の日であるとか。1994年のこの日、最初の気象予報士国家試験が行われて、それを記念したものらしい。ボクの仲良し、今は亡き女優、絵門ゆう子さんのご主人、三門のケンちゃんもその狭き門、三門さんだから狭き門、わはは、その狭き門にチャレンジして、今は立派な気象予報士さんになられている。職業にするしないは別にして、とにかくカッコいいのである。
 で、その三門さんではなく、TBSラジオの気象予報士さんによると秋雨前線が接近しているらしい。今日も暑いといえば暑いのだが、その暑さもこれまでとは勢が違い、朝からエアコンを切り、部屋の隅の扇風機の弱の風で快適に過ごしている。もちろん窓は全開。もう蝉の声からも勢が失われている。耳を澄ますと遠くで法師蝉。夏休みの宿題を早くやってしまえとオーシンツクツク、オーイオイと鳴いている。親切のような、余計なお世話のような法師蝉なのである。

 NHKラジオ第2「朗読の時間」は月曜日から夏目漱石の「草枕」。目で読んでいるときは難しい漢字だらけの小説で、ちっとも馴染めなかったのに、失明前の年、FMNHKの草野大悟(くさのだいご)さんの語る「草枕」がリズムもよく、心に染みこんできて、たちまち夢中にさせられた。その後、日本点字図書館の点字独習プログラムで初めて点字で読んだ小説も「草枕」。ますますご縁を感じて購入したCDブックが日下武(くさかたけし)の朗読で「草枕」。これは繰り返し再生して、まるで子守唄のように聴いていた。サピエ図書館の音訳図書の「草枕」も難解な言語を解説してくれて、これも貴重な体験だった。今回の押切英希(おしきりひでき)さんの朗読も役者ならではの朗読で、これまた別の「草枕」世界を見せてくれるに違いない。

▲ 宿題や親も気になる法師蝉


0829・水・

 午前3時50分。早起きをしてエム ナマエ出演、ラジオ深夜便、明日への言葉「色と言葉とゆめぞうと」を聴く。アンカーの須磨佳津江さんの紹介があって番組が始まる。収録では緊張して、何をしゃべったかはあまり覚えてなかったけど、遠田アナウンサーの巧みなリードで、何とか役目を果たすことができたみたい。滑舌にほとんど自信がなかったのだが、何をいってるかは聞き取れたので、すれすれで合格のハンコを押してやりたいと思った。番組が終わってからの、エムさんはビートルズの歌がとてもお上手との須磨佳津江さんのコメントが嬉しかった。須磨さんとはやなせたかし先生とのご縁で、長年のお付き合いなのである。この偶然を心からありがたいと思う。いつも思うのは、この世界はいろいろな色の縦糸と横糸で構成された豪華絢爛、美しきタペストリーだということなのです。

 NHK「マイあさラジオ」情報によると1926年、大正15年の今日、陸上の人見絹枝(ひとみきぬえ)選手がスウェーデンで開かれた第2回国際女子競技大会で個人総合優勝を果たしたという。走り幅跳びでの世界記録を初めとして各種目で好成績を残したというのである。関東大震災から3年目のことである。天災なのか、環境なのか、どんな育ち方をしたかは知らないが、できる人は最初からできてしまうのです。いや、もしかしたらスゴイ努力の結果かもしれないけど。

 一昨日の夜は記憶に残る凄まじい雷だったけど、TBSラジオ「スタンバイ」、お天気おじさんの森田君によれば、東京の月曜日の落雷は1万8千発、一説によれば2万発に及んだという。夜の8時代は10分間で1200回、1秒で2回の落雷だったというから驚きである。雨もすさまじく、1時間120ミリを記録したらしい。今年の夏はすべてが記録破り。最高気温が40度超えも当たり前になってしまい、8月に発生した台風も9個を数えてしまった。となると、今度はどんな冬になるのだろう。寒さが苦手なボクにはこの暑さの反動がまた恐怖である。

 病院がエアコンを故障したままに放置して熱中症で患者を次々に死亡させた。警察は殺人の疑いで捜査を開始したというが、仕方がないのかもしれない。院長は暑いのが好きな患者もいたといって責任を回避しようとしているが、高齢者は暑さ寒さに鈍感になることくらい医療関係者の常識であるはず。コボちゃんは真夏でも寒いとセーターを着ている高齢者を説得して、その過剰な衣類を脱がしている。いや、積極的に剥ぎ取るという。そのまま放置しておけば熱中症で倒れる可能性のあるのを医療責任者として放置しておくわけにはいかないのである。真っ赤な顔をして寒いと訴えられても、そのまま信じて死なせるわけにはいかないのである。

▲ 夏の朝ラジオの自分照れ臭い


0830・木・

 どうも筆が進まない。頭が回らない。おそらく夏バテなんだと思う。今年の夏は猛暑で酷暑で6月から梅雨明けだったから、バテバテの夏バテは仕方ないのかもしれない。

 ニコラとみどりさんの愛犬、ピットブルの子犬、シャーロットちゃんの心臓がよくないといわれ、手術の必要があるかもしれないといわれ、そんな小さな心臓にメスが入るのかと痛々しく思っていたら、シャーロットちゃんの急激な成長に心臓が追いついていなかっただけなのだと判明し、みんなで安堵している。そうなのだ。フレブルのお兄ちゃん、レオパルド君をとっくに追い抜いて、ぐんぐん成長するシャーロットちゃん。これからもどんどん大きくなって、立派なブルドッグになってくださいな。

 H.F.セイントの「透明人間の告白」を再び読み始める。もう一度、じっくりと透明人間の世界に耽溺したかったのだ。この透明人間、周囲の環境とまるごと透明になってしまうという設定。その状態が失明当時の自分に共通するところがあって、とても共感してしまうのだ。また、この主人公を研究材料として確保しようとするFBIだかCIAだかの国家機関のエージェントたちが透明になってしまった建築物を捜査する状態も見えない世界で活動する盲人の姿によく似ている。つまり、全盲のボクにとって、この世界は透明なのと同じこと。読んでいると、主人公と自分がいつか同化していて、とても小説世界の出来事とは思えなくなってしまうのだ。透明人間になってしまうという、この主人公のあり得ない架空の運命を、作者はリアルに描き出すことに限りなく成功しているのである。近年、この作品の評価が上昇していることにも納得させられている。みんなに読んでもらいたいし、ボク自身、しばらくは繰り返し読むことになりそうである。

▲ 秋めいてまた繰り返し読んでいる


0831・金・

 1994年、平成6年の今日、第二次世界大戦以後、半世紀に渡って東ドイツに駐留していたロシア軍、旧ソ連軍の最後の部隊がベルリンから撤退した。その1週間後にはアメリカ軍も撤退を完了、東西両陣営が冷戦構造を解消したのである。で、喜んでいいはずなのにこの世界、ちっとも平和になってないんです。口実を見つけては戦争を繰り返しているんです。結局、人類は争いからなかなか卒業できないのです。

 つい先日、軟式野球の公式ボールが以前より重くなり、これからの軟式野球は面白いぞ、というニュースを聞いたばかりだけど、2014年の今日、全国高校軟式野球で岐阜県の中京高校が4日間続いていた広島県の崇徳高校との準決勝を延長50回で制した、という出来事があった。そればかりでなく、その2時間後に始まった決勝戦でも勝利を収め、2年ぶり、7回目の優勝を果たしたという。自分が知らないだけで高校野球のドラマは甲子園ばかりではないのである。

 平成最後、8月最後の雷が鳴っている。それはエム ナマエの60代最後の日の雷でもある。平成最後であろうと人類最後であろうと、雷が鳴り響けばアルルは迷惑、ボクの仕事部屋に駆け込んできて、足元でひたすら震えているのである。

▲ 庭にでて下手な縦笛夏休み


◆ 9月・長月・
0901・土・二百十日・関東大震災記念日・防災の日・エム ナマエ古希の誕生日・

 1923年、大正12年の今日、関東大震災が発生した。相模湾を震源とするマグニチュード7.9の大地震である。東京神奈川を中心に家屋の全壊が13万棟、焼失家屋が45万棟、死者行方不明者が14万人以上の大惨事となる。みんな逃げ出して誰もいない酒屋で一杯ひっかけた、というエピソードを落語家の古今亭志ん生師匠がネタとして語っているのを聴いたことがあるが、誰にとっても忘れられない日であるのだ。ボクの祖母はボクが小さい頃からこの日のことを繰り返し語って聞かせてきた。御昼どきに発生したこの地震、祖母も奉公先の炊事場でこの地震に遭遇、壊滅した家屋から命からがら逃げ出したという。おかけで関東大震災の恐怖はボクの心にも深く焼き付けられていて、この年齢になってもその恐怖は増大する一方である。ボクの祖母は次の震災が発生するまで70年と信じていたが、国家もそれを警告したいのだろう。1960年にはこの9月1日を防災の日と定めている。幸いなことにまだ起きてはいないのだが、まだ起きてないということは、発声する確率が一方的に増大しつつある、ということなのである。

 1983年、昭和58年の今日、ニューヨークからソウルに向かっていた大韓航空機がサハリン沖でソ連軍の戦闘機に撃墜され、28人の日本人を含む乗客乗員269人全員が死亡した。このニュース、ボクは失明と闘う入院生活で耳にすることになる。待合室の大型テレビに駆けつけ、詳しく知ろうと画面に注目していたら、入院中のおばさま軍団が横から手を伸ばしてきてチャンネルを変えてしまった。おばさんたちは戦争になるかもしれない一大事よりも、連続テレビ小説「おしんの方が大切だったのだ。そしてもちろん、おばさんたちにボクが勝てるはずもなかったのである。そして仕方なく見せられたこのテレビドラマが意外に面白く、それから夢中になってしまうのである。おそろしや、テレビ小説。

 9月になった。エム ナマエが70歳になった。あと5年しか生きられないと東大のお医者からいわれて32年、それなのに古希を迎えて感謝と幸せの70歳の誕生日である。プレゼントが届いてシャンパンが届いてお菓子が届いてメールが届いて電話がかかってきて、エム ナマエの誕生日なんかを覚えていてくださる方々がまだまだいらして、感涙にむせぶ9月の最初の日なのである。セプテンバーなのである。そして一気に空気が変わった。秋になったのである。気分だけじゃない。本当に季節が変わったのである。空気が変わったのである。
 ステーキとシャンパンでコボちゃんとアルルと猫のミミコに祝ってもらい、酩酊し、猫のミミコを抱いて眠るときも、羽根布団が欲しくなる夜となったのである。

 毎月1日の恒例、全国の日の出日の入りの時刻である。札幌の日の出は4時58分、日の入りは18時10分。仙台の日の出は5時5分、日の入りは18時7分。東京の日の出は5時13分、日の入りは18時9分。大阪の日の出は5時31分、日の入りは18時25分。福岡の日の出は5時52分、日の入りは18時45分。ということである。

▲ おかげさま今もありますこの命


0902・日・宝くじの日・

 1985年、昭和60年の今日、1912年に沈没した豪華客船タイタニック号の船体を発見したとフランスの国立海洋科学研究所が発表した。カナダのニューファウンドランド島の沖合600キロ、深さ4千メートルの海底に残骸が横たわっていたのを見つけられたのである。で、その影響だと思うけど、映画「タイタニック」では沈没した船体をロボット潜水艇が捜索する場面から始まったように記憶している。けれどもボクにとってのタイタニック沈没は、やはり宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の、あの悲しい場面を連想するのである。作者と事件が時代を共有しているせいだろう、その悲劇がリアルに伝わってくるのである。

 台風21号がやってくる。この台風、かなりヤバい。図体は小さいけれど、とても威勢がいいらしいのだ。現在925ヘクトパスカルだそうで、これがどれだけ勢力を維持したまま日本列島に突っ込んでくるのか、かなり心配である。それにしても今年は台風がやたら多い。酷暑で水害で台風の当たり年。これすべて、地球温暖化の影響。人類の欲望の結果のような気がします。地球の平均気温が上昇すれば水の惑星のホメオスターシスとして、その過剰となった熱エネルギーを海水が吸収する。すると当然、海水温が上昇する。結果として大量の水蒸気が発生して上昇気流が湧き上がり、台風へと進化するのである。そして明らかなのは台風の数だけ、台風の大きさだけ、地球温暖化の進んでいることを示しているのである。それでもトランプはまだ地球温暖化がフェイクニュースだと言い張るのでしょうか。こういう困った人には早々に権力の座から退いてもらいましょうよね。

 映画「いのちの林檎」の映像作家、藤澤勇夫監督の奥様、馬場民子さんがオイラの古希のお祝いで手作りアイスクリームを持参してくれて、みんなでおいしくいただいた。たとえば赤毛のアンが感激しながら食べたような、たとえば江戸の将軍様が試食なさったような、たとえば古き良き銀座の資生堂のフルーツパーラーを連想するような、そんな伝統的な手作りアイスクリームだと思う。馬場さんを玄関でお迎えしたアルルとミミコも、ちょっぴりお相伴。けど、猫のミミコはアルルと違って、冷たい食べ物はあんまり得意じゃないみたいで、おそるおそる舐めてました。

 この時期にしては珍しく、エム ナマエ公式ウェブサイトに今年のカレンダーの注文をいくつもいただいたそうである。ホームページ管理人の絵夢助人さんは、ラジオ深夜便出演の反響とおっしゃる。ありがたいことである。

▲ 一つ目が背中丸めてやってくる




2018年8月20日~26日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0820・月・

 1960年、昭和35年の今日、宇宙空間を旅した哺乳動物が初めて地球に生還した。2頭の犬などを搭載したソ連の人工衛星を地球を17周させた後、地上に無事帰還させたもので、これでそれ以前、ソ連がライカ犬を宇宙で見殺しにした悪評判を払拭できたかどうかはわからない。生き物を宇宙に飛ばした実績だけを強調したくて、その命のアフターケアをしなかったソ連は自国の後進性をアピールしてしまったわけだが、評判を取り戻すのはなかなか楽ではないんだよね。とにかくライカ犬のことではみんな怒っていたのです。ぷんぷん。

 1988年、昭和63年の今日、イランイラク戦争、いわゆるイライラ戦争の停戦が実施された。死傷者100万人、8年に及んだ長期消耗戦が集結したのである。長い戦争だったと思う。実は開戦のその日、ボクは砂漠の近代都市、ダッカの空港で足止めを食らっていたのである。ケニアからタンザニア経由、パキスタンへ向かう途中、トランジットで降りた空港でいきなり戦争が始まったと伝えられたのだ。砂漠の真ん中の近代的な空港のカウンターバーで、ちょっと癖のあるビールをちびりちびりとやりながら、今か今かと出発を待っていたのである。外は砂漠。もしも足止めが長引いたらアウト。何も状況がわからないまま不安な時間を過ごしたのである。なんせ航空会社がパキスタンエアウェイ。かろうじて英語がわかる程度のスタッフしかいないのだ。いや、ちゃうちゃう。オイラの英語が危ないのだ。で、結局離陸がOKされ、ボクらの飛行機は無事カラチに到着、数日間を過ごしてから北京へ飛び立つのである。そしてその頃にはイライラ戦争のことなんか、すっかり忘れていたよね。

 北軽井沢の蝉たちが鳴き始めた。ヒグラシでも法師ゼミでもなく、普通のミンミンゼミが鳴き始めた。おかげで夏らしい気分になっている。19号と20号の連続台風、まだ北軽井沢には影響しないでいる。それにしても台風まで安倍政権みたいに金魚のうんこじゃしょうがないなぁ。

 夏の高校野球準決勝で金足農業が勝利した。出場校唯一の公立農業高校である。口の減らない連中は金が足りない農業高校と悪口をいうが、農業高校のどこが悪い。オイラなんか農業高校と聞いてずっと応援してきたんだぞ。慶應義塾志木高という慶應義塾唯一の元農業高校を卒業したボクとしては、そりゃ応援しなきゃならんでしょう。いよいよ明日は決勝戦。白川の関を超えて優勝旗をどうか東北に持ち帰ってね。と、会津がルーツのボクは心から声援するのです。明日も勝利を祈ってます。

 気持ちよくシャワーを浴びていたらお湯がどんどん水煮なる。こりゃやばい。コボちゃんを呼んでチェックしてもらう。プロパンガスのボンベが空っぽになってしまったのかもしれないのだ。そうはならないと聞いていたのに、そうなってしまったのだ。ガス会社の人が飛んできて、切り替えがうまくいってなかったと説明される。その間、ボクは下着なしのGパントレーナー姿で脱衣場でプレクストークを聴いている。コボちゃんが退屈だろうと持ってきてくれたのだ。それにしてもお湯が出るってありがたいよね。

 遠くでロケット花火の音がする。考えてみればまだ夏休み。小学生か大学生か、それとも小学生みたいな大学生かどうかはよくわからないけど、まだ花火で遊びたい年齢なんだよね。でもアルルが可哀想。遠くの花火を気にしてます。

▲ 昼寝から犬飛び起きる遠花火


0821・火・

 2013年、平成25年の今日、ヤンキー図のイチローが日米通算4千本安打を達成。このときイチローはどんなコメントをしたっけ。覚えてないんだよね。あの人、人を喜ばせるのが苦手なのか、サービスコメントはあんまりしなかったような気がしてる。で、イチローさんは鈴木一郎時代はほとんど目立たなかったんだけど、高校野球のときはどうだったっけ。これも覚えていないのです。というか、まるで知らないのです。で、今日は夏の高校野球の決勝戦。噂によると史上初、観客動員百万人を突破するとかしないとか。100回記念大会で100万人。で、ボクは群馬の山の中の透析室から金足農業を応援してます。建物が鉄筋コンクリートじゃないので電波がよく届いてくれるのです。でもなぁ、結果はかなり面白くなかったよね。だって相手はプロだもん。

 昨日からアルルの食欲がなくなってる。コボちゃんは抗癌剤の副作用だと青くなってる。けどね、どんなに健康なワンちゃんだって、毎日ソフトクリームやアイスクリーム、200グラムのステーキを食べさせられたらお腹をこわすと思います。その証拠に夜になったら食欲回復、またまたモリモリ食べてます。よかったね、アルル。

▲ 決勝戦今日で超えたぞ百万人


0822・水・

 1981年、昭和56年の今日、台北空港を飛び立った台湾の旅客機が墜落して乗客乗員110人全員が死亡した。その中に作家の向田邦子さんもおられてテレビドラマファンや文学ファンに衝撃が走った。あれから数十年、やっとこのボクにも向田邦子さんの存在価値が少しは理解できるようになって書物や舞台で彼女のすごさをイヤというほど味わっているのです。世の中、すごい人ばかり。でも、そういう人も死んでしまうのです。ある日突然だったり、気がついたりだったり、いつか死んでしまうのです。そして特に最近、そうした人の生き死にがとても気になるのです。

 こないだは家の中に迷いこんだオニヤンマを助けてあげていたけれど、北軽井沢のコボちゃんは虫出し大作戦に忙しい。蜘蛛さん、蟻さん、カマドウマ。
「家の中にいたら死んじゃうよ」
と声をかけながら、ティッシュにくるんで窓から下へ落下させる。ティッシュのパラシュート、というわけである。このティッシュ、散歩に出たときコボちゃんが回収するんだけど、虫たちはまた努力して家の中に戻ってくるような気がする。たとえ家の中でも、虫たちはコボちゃんの知らない方法で力強く生き抜いているのです。きっとね。

 東京へ戻るまで、広い北軽井沢のスタジオを隅から隅まで掃除してコボちゃんはオーバーワークで低血糖。突然、気持ちが悪いと運転席でうずくまる。困った。甘いジュースも缶コーヒーも手元にない。とりあえずチョコレート。で、コボちゃん、しばらくして落ち着きを取り戻す。山で遭難したときの頼りがチョコレート。無駄に甘くてカロリーがあるわけではないのです。

 ハンドル操作をしながらコボちゃんが見上げると、月の横に赤い星があるという。大接近から時間は経過しているけれど、火星はまだそこいらをうろついているらしい。ま、ご近所と惑星レベルじゃ比較にならないから、ボクの感覚は物差しにはなりませんけど。

 信頼関係にある犬や猫は素晴らしい。広大なサービスエリアのパーキング、大型トラックのエンジンの唸りの真っ只中、クルマの窓を開放していても落ち着いている猫のミミコ。助手席と運転席の真ん中で伏せをして周囲をキョロキョロと見まわしている。念のためミミコのリードは手首に巻いてしっかりとホールドはしているものの、落ち着いた猫はありがたい。この地球で暮らす以上、同じ哺乳類同士、信頼関係を維持することが大切なんだと思う。とはいえ、育てておいて食べてしまう、というような残酷なことも人間はやっているけど。環境を見渡せば、そりゃ、食べればおいしい生き物だらけ。土地が変われば犬も食べます、猫も食べます。あなおそろしや。

▲ 秋の猫唸るエンジン子守唄


0823・木・処暑・

 NHK「マイあさラジオ」情報によると2015年、平成27年の今日、ブルートレイン最後の列車、北斗星が引退したという。1958年、昭和33年から運行されてきた青い客車の寝台特急として長く親しまれ、鉄道ファンのみならず、みんなの憧れの対象だったブルートレインはその半世紀以上の歴史に幕を閉じたのである。高田馬場から内幸町の鉄筋コンクリートの社宅に引っ越して、その4階のベランダから目の下の東海道本線を眺めていると、運河いいと青い色のスマートな「あさかぜ号」を目にすることがあった。最後尾には展望室。そしてきっと、あのどこかには食堂車。ああ、いつかあの青い列車に乗ってみたい。その夢がかなうのはずっと大人になってからだけど、ブルーの車体は憧れの的だったのだ。でも、調べてみたら「あさかぜ号」はブルートレインには分類されないと知ってショック。ボクは中途半端な鉄道ファンなのだ。

 本日は処暑ということで暑さも今日までということらしいが、本当にそうなってくれるかしらね。もう暑いのは充分に堪能させていただきましたから。

 吉野家の牛皿を肴に500ミリリットルの缶ビールをグビリグビリ。今日と明日との連続透析なのでそんなこともできるのだ。それにしても蒸し暑い。台風接近で蒸し暑い。19号と20号のアベック台風は20号が熱帯低気圧に格下げになったと思ったら、ひとつ年寄りのはずの19号がまだ台風として頑張っていて、朝鮮半島あたりをうろついているとか。今年はハリケーンがこちら側にやってきて台風として数えられたり、台風関係も地球温暖化の影響でやたらややこしくなってるみたいです。

▲ 遠慮して啼いてくれんか秋の虫


0824・金・

 1968年、昭和43年というとボクが大学2年生になる年で、生まれて初めて飛行機に乗ったり、京都や広島にいったりできた年だけど、その年の今日、フランスが南太平洋の海底で初めての水爆実験をやらかした。アメリカ、ソ連、イギリス、中国に次いでの5番目の水爆保有国になったんだけど、そんなもんにならんでもいいのにね。原爆でも充分なのに、水爆まで保有しようとしたのである。それにしても自分の国土が狭いからといって、お魚さんやクジラさんたちが泳ぎ回る南野海で水爆を破裂させるなんて、海洋学者のクストーさんはどうして黙っていたのかしらね。多様性かどうかは知らないけれど、フランスも不思議な国です。

 高校野球が終わってしまい、せっかくの夏休みも寂しくなってしまったけれど、今度は子ども科学電話相談室が始まった。日本全国の可愛い子どもや、可愛くない子どもの声を耳にするのは幸せな気分です。やっぱり夏休みは楽しくて、いつまでも続いて欲しい気がします。

 石破茂ちゃんが頑張っている。この人、敬虔なクリスチャンで、とある街の教会に呼ばれてお話をさせていただいたとき、毎週日曜日に必ず顔をお見せになる好人物であると、教会関係者にとても評判が高かったので、それ以来、ちょっと見直している。映画「新ゴジラ」の評論なんかもしちゃって、ゴジラファン、自衛隊ファン、軍事マニアということでもシンパシーを感じている。自民党議員でなければもっと好きになれるかもしれない。で、その石破茂ちゃんが安倍晋三の対抗馬としてファイティングポーズをとっているのである。その正直と公正というスローガンが笑える。石破茂が笑えるんじゃなくて、安倍晋三が笑える。でも、対抗馬の売り物が正直でも公正でも、安倍晋三は蛙のつらにしょんべんなんだと思う。ウソツキしんちゃんは勝てばよいので、勝ってからのことは何も考えてはいないのである。あの人はお空のおじいちゃんにただ褒めてもらえれば、あとはどうでもいいのである。だからそこで、頑張れ石破茂と声を挙げたい。心から応援しちゃうもんね。少なくとも彼が総理になれば、滑舌が悪くて意味不明の演説を聞かなくてもいいようになるのだから。

 ネットロアという言葉を耳にする。インターネットによる都市伝説というような意味だろうが、これはTBSラジオのセッション22で荻上チキちゃが口にしていたもの。今夜は柳田国男の「遠野物語」がメインテーマで、フォークロアと対比させるために使用した単語なんだと思う。このネットロア、ネット伝承だから民間伝承よりははるかに伝播するスピードに優れている。どんどん話もでかくなるだろうし、尾ひれがつくだろうな。バリエーションも増加するし、話しも面白くなるだろうな。で、話しが面白くなると事実よりも力を持つようになるんだよな。だからフェイクニュースがコワイのです。

▲ 秋鯖を猫にとられしお弁当


0825・土・

 1958年、昭和33年の今日、チキンラーメンという名称で日本最初のインスタントラーメンが発売された。それまでは店や屋台でしか食べられなかったラーメンが丼に乾燥麺の塊を放り込み、上からお湯を注いで蓋をして3分間待つだけで食べられたのだから画期的であった。見せや屋台ではなく、自分の家でラーメンが食べたくなったら我が家では祖母が近所の製麺工場から麺の玉を購入し、肉屋でトリガラと豚の挽肉を購入し、トリガラでスープをとり、挽肉を醤油で煮てその煮汁を「かえし」にしてラーメンを完成させる。豚挽肉はチャーシューみたいにラーメンのトッピングにする。ネギや生姜がアクセントに使われていたような気がするが、祖母のラーメンは、祖母は「しなそば」と呼んでいたが、この特製ラーメンはどこにもないくらいおいしかった。新宿のコマ劇場裏に台湾ラーメンの店があって、そこのラーメンが祖母のラーメンによく似ていて、元気な頃はよく食べにいった。今でも台湾ラーメンという看板に遭遇すると食べてみたくなる。
 さて、チキンラーメンの話である。袋入りで価格は確か35円。街のラーメン屋の価格とほぼ同じだったと思う。発売と同時に人気沸騰だったから、なかなか手に入らなかった。我が家ではどうして入手したのだろう。もしかしたら誰かがどこかで並んだかもしれない。さて、お湯を注いで3分間。丼の蓋が見つからなくて、いい加減な皿を上に乗せて蓋にしたっけ。で、3分間。ドキドキしながらスープを味見。ワクワクしながら麺をすする。で、正直いってガッカリしたなぁ、もう。祖母のラーメンと比べたら可哀想だけど、戦艦ヤマトと手漕ぎボート、B29とアカトンボほどの開きがあったな。袋から出したばかりで、乾いたまんまの麺をかじって、このままがおいしいねといったのは父親だったかボクだったか。というのが昭和33年の我が家のチキンラーメン風景だった。でもこのチキンラーメンの風味、現在のカップヌードルに生かされてます。カップヌードルを食べるとき、チキンラーメンを思い出すのです。ちなみにこの昭和33年は当時の皇太子陛下、今上天皇ご婚約とか、東京タワー完成の元気な年でもあって、懐かしくて胃袋がでんぐり返しをしそうです。

 目覚めて窓を全開にする。遊歩道から夏の気配が襲いかかってくる。今日も猛暑日になるらしい。けれどアルルの居住エリアはクーラーに守られていて、いつも27度に保たれている。そうしておくと、電気代はそんなにかからないらしいのだ。

 とある人物からおいしい蜜豆をいただいた。夏の蜜豆は最高である。けれどフルーツはというと、缶詰ミカンがふたつ入っているだけ。ボクはフルーツ蜜豆が好きなのだ。そこでコボちゃんに缶詰のミックスフルーツを開けてもらい、その蜜豆のトッピングとして豪華にぶちまけてもらう。今日の都心の最高気温は35.6度と聞こえてきた。フルーツも蜜豆もよく冷えていて、外気温で過ごしたボクの喉には快感でした。ああ、馬かった、牛まけた。

 ヨーロッパも猛暑であるらしい。ベルリン近郊では森林火災が発生して地面に埋まったままの第二次世界大戦中の不発弾が誘発しているとか。そのため消防作業がはかどらず、ヘリコプターが上空からおそるおそる消火作業を続けているらしい。それじゃいつまで経っても火事は消せないよね。でもね、相手が爆弾じゃ喧嘩にはなりません。東京郊外にもB29は無駄に爆弾を落としていった。麦畑の真ん中のおばあちゃんちの隣には1トン爆弾のでかい穴があって、ゴミの投棄場にされていた。東京郊外に地下鉄の少ない理由はこのアメリカ爆撃機が残していった不発弾のためらしい。アメリカの兵隊さんも税金の無駄遣いが好きだったみたいです。

▲ 今年こそ秋刀魚大漁たのんます


0826・日・満月・

 日曜日の早朝のお楽しみはNHKマイ朝ラジオの「生き物いろいろ」。今朝はカービン具作家による鳥のお話。北海道の野鳥はウミガラス、別名オロロン鳥の話題である。北のペンギンと呼ばれるように、ペンギンみたいに黒いボディーに白いアクセントのずんぐりとしたスタイルであるらしい。そしてペンギンのように泳ぎが得意でおまけに空も飛べるという優秀な種族。オロロンと鳴くのでオロロン鳥と呼ばれるらしいのだが、個体数の減少が原因かどうかは知らないが、その録音は聴かせてもらえなかった。繁殖方法が稚拙なためなのか、天敵に卵や雛を奪われ易く、北海道では絶滅寸前とか。シマフクロウとかウミガラスとか、北海道には守ってもらいたい魅力的な鳥たちがあちらこちらにいるのです。

 1972年、昭和47年の今日、ミュンヘンオリンピックが開幕した。この大会で忘れられないのが男子バレーボールと男子体操団体の金メダル。時間差攻撃とか月面宙返りとか、あれこれ衝撃でした。けど、それらを知るのは秋も深まってからのこと。当時のボクはヨーロッパをウロウロしていて、オリンピックの旗で飾られたミュンヘンでは、あの有名なホフブロイハウスでビールを飲んだり、メインストリートのレストランで慶應義塾の後輩ギャルと豪華な食事を楽しんだりしていたのです。あまりに人がいないので、これはオリンピックがとっくの昔に終わってしまったせいなんだと、訳知り顔で彼女に説明したりして、実は今朝までそう思いこんでいたのだが、このNHK「マイあさラジオ」情報でボクがミュンヘンあたりをうろついていたのは、オリンピック開幕のかなり前であったことを初めて知ったのである。ああ、恥ずかしい。スイスのルツェルンからオーストリアのウィーンに向かうヨーロッパ特急、TEE「ウィンナーワルツ」の車内で知り合った日本人グループでウィーンの街を楽しんだ。駅を降りたところで知り合った不思議なカメラマンのお兄さんが親切に愛車フォルクスワーゲンの大型バンでウィーンの街を案舞してくれて、学生ホステルに泊まったり、プラーター遊園地で蚤のサーカスを観たりして、ウィーンの街を楽しんだのである。その中に理知的な女の子がいて、それが慶應義塾の後輩で、実はボクも当時は慶應義塾の現役学生だったのだが、その彼女と意気投合してオーストリアのとある田舎駅で、そのグループからふたりだけで脱出、もっと山の中に分け入っていったのである。山頂の鉱山町でヒトラーそっくりのオジサンを目撃したり、生まれて初めて食べたズッキーニのサラダを巨大胡瓜と間違えたり、愉快な体験をしたのである。実はこの鉱山町で働くアプト式蒸気機関車の撮影がボクの目的で、彼女に付き合ってもらったのだ。やがて山を下りると、彼女が東京へ戻るためのベルギー空港への旅の途中でミュンヘンに立ち寄ったのである。お別れがベルギーのブリュッセル。これ、以前にも書いたことがあるかもしれない。ブリュッセルで食べたランプステーキがおいしかったな。でもちろん、ボクは最初から最後まで紳士でしたよ。当時はちゃんとした婚約者もいましたしね。

 ここ最近、星新一を集中的に読んでいる。連続的に読んでいる。次々に読んでいる。爆発的に読んでいる。偏執狂的に読んでいる。モノマニアックに読んでいると言い換えてもいい。とにかく朝から晩まで読んでいるのだ。星新一を読み始めたのは中学生だったか、高校生だったか。小松左京を知る頃には読んでいたんだと思う。電車の中で読んだり、旅の途中で読んだり、この人生を通じて楽しませてもらっている。サピエ図書館のお世話になるようになってから、こんなに夢中になって読んでいるのは今回が初めてだと思う。とはいえ、面白かったり面白くなかったり。長い星新一のショートショート作家としての歴史の中で生み出され続けてきた千を超える作品群であるから、いろいろあって当然なのだ。楽しんで書かれたもの。苦しんで生み出されたもの。マンネリズムの沼から浮かび上がったもの。締切に脅迫されて捏造されたもの。ただただ枚数をかせいだ挙句の結果として誕生したもの。千を超える作品群には光るアイディアもあれば光らないアイディアだってあるだろう。それでも星新一はアイディアを出し続けてきた成功者なのである。ボクだって50年間締切と闘ってきたけれど、成功者の地平線との距離は永遠に縮まりそうもないのである。

 東京都心は36度。今日も猛暑と闘ってきた。人も生き物もグッタリである。猫のミミコはボクの枕をベッドにして長々と伸びて寝ている。さっきまではアルルもボクのベッドで丸くなっていたから、ふたり仲良く寝ていたのだ。で、ボクはアルルがいなくなったのを確認して横になる。とはいえ、枕をミミコに占拠されているので頭蓋骨は枕の片隅に乗せるだけ。ま、熟睡はできましたけど。

▲ この秋は残暑酷暑と蝉も啼き

2018年8月13日~19日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0813・月・

 1927年、昭和2年の今日、日本で初めてのスポーツ実況中継がラジオで放送された。甲子園球場で開かれた第13回全国中等学校野球大会、現在の夏の高校野球の試合を中継したもので、当時から夏の高校野球は人気があったんです。そう考えると野球はやっぱり日本の国民的スポーツなんだよね。サッカーも嫌いじゃないけど、失明してからはあまり楽しんでません。

 1986年というとボクが完全失明した年だけど、この年の今日、日本のH1ロケットの1号機の打ち上げに成功している。国産技術で初めて開発した液体燃料、液体水素と液体酸素の化学反応によるエンジンを搭載したもので、ペンシルロケットに始まった日本の固体燃料ロケット開発から考えると画期的なもの。日本のロケット開発を注視してきたボクとしては誇らしい気分だったが、失明のため、液体燃料から発生する霧をまとった国産ロケットの勇姿を自分の目で確認できないことを心から残念に思ったのを覚えている。あれ以来、H型ロケットは大活躍。ヒマワリとかコウノトリとかハヤブサとか、ずいぶんいろいろと打ち上げてきましたよね。

 午後3時、雷鳴とともに豪雨。雷はまるで急降下爆撃をするように落ちてくる。建物が振動するほどの落雷である。弱虫アルルは当然のこと、鈍感な猫のミミコまでボクの膝に跳び上がって脅えている。ラジオはガリガリといいっぱなし。雷はゴロゴロ止まらない。アルルの震えも止まらない。上空に冷たい空気がやってきて、あああ、とうとうアルルの嫌いな季節が始まってしまったのだ。

▲ 急降下爆撃みたい稲光


0814・火・

 1945年、昭和20年の今日、日本がポツダム宣言の受諾を決定する。あめりか、イギリス、中国が日本に無条件降伏を求めたもので御前会議で受諾が決まる。それ以前から昭和天皇は全面幸福を意図していたのが、軍部が握りつぶしてきたという説もある。早くそうしていたら東京大空襲も沖縄も広島も長崎もなかったのである。馬鹿が国の中枢にいると死ななくていい人々が死んでいく。えげつなさが売り物のトランプとか、嘘つきの安倍晋三が権力を握っている今のアメリカや日本がそうならないことを心からいのるしかない。

 とうとうツクツクボウシが鳴き始めた。そろそろ夏が終わるぞ、と鳴き始めた。小学生や中学生がこれを聞くと、オーシンツクツク、オイオーイ、早く宿題やってしまえ、と聞こえるらしい。そういえばボクもそう聞いていたような気がする。法師蝉さん、焦らせる名人です。ヒグラシさんたちとはえらい違いです。

▲ 法師蝉夏を追い出しなさんなよ


0815・水・月遅れお盆・全国戦没者追悼式・敗戦記念日・

 本日は平成最後の敗戦記念日である。国は終戦の日と呼ばせたいらしいが、そうはいくもんか。日本は立派に負けたのだ。73年前の今日の正午、昭和天皇がラジオでポツダム宣言の受諾を宣告したのだ。言葉が難し過ぎて、直ちに理解できた人がどれだけいたかは心許ないが、日本が戦争に敗けたんだということは、その事実を伝える陛下の雰囲気で充分に国民は理解したんだと思う。そういうことで73年前の今日の正午、昭和天皇がラジオを通じてポツダム宣言の受諾と敗戦を国民に認めたのである。

 NHK「マイあさラジオ」情報によると1946年、昭和21年、敗戦の翌年の今日、戦時中中止されていた全国中等学校優勝野球大会、現在の夏の高校野球が再開された。甲子園球場がGHQ、連合国軍総司令部に接収されていたため、西宮球場で開催された。地方大会には前例をしのぐ745校が参加した。そうだよ。みんな待っていたんだよ。そしてそれ以来、高校野球は平和のシンボルとして礼賛されてるんだよ。

 1995年、平成7年の今日、当時の村山富一総理大臣が戦後50年の敗戦の日に、いわゆる村山談話を発表。過去の植民地支配と侵略に対し痛切な反省を表明したのである。あの頃の自民党は社会党のおかげで権力の座にしがみついていたもんだから、何も文句をいわなかったけど、鼻息の荒い安倍晋三は何か文句あるかとばかり、決して謝らないもんね。戦争を始めて何が悪かったかとばかり、おじいちゃんの味方をしてるもんね。

 お昼を前にラジオの前に立つ。平成は明治維新以来、戦争のなかった初めての時代である。ラジオに合わせて小さく君が代を歌うと、平成最後の全国戦没者追悼式が開始された。そして正午の黙祷。今後二度と戦争の惨禍が繰り返されることのないようにとの平成天皇陛下としての最後のお言葉がある。その深い反省のお言葉は目の前の、就任以来一切、加害者責任について触れることのない安倍晋三に向けたものであることは間違いないと思う。

 突如として漫画「ロボット三等兵」を思い出す。前谷惟光(まえたにこれみつ)という漫画家のことも思い出す。この漫画、「いせや」の山下君ちの隣の本屋で発見した。小学生低学年だったから戦後間もない時代の漫画である。丁寧なペン画で、作者の真面目な気質が感じられて、その分身みたいな真面目な鉄のロボットが二等兵以下の三等兵という架空の兵隊の位で働く物語である。本屋でこれを見つけたボクは母親にねだるのだが、母親はどうしても買ってはくれない。戦争を忌避しているのか、それとも礼賛しているのかはボクにはよく理解できなかった。父親も母親も徹底的な軍事教育に育てられたのである。結局、この本はこつこつとお小遣いを貯めてボクが買った、ような気がしてる。同じ作者の「火星の八ちゃん」という漫画もあったが、中学生になると田川水泡のファンになったボクは「蛸の八ちゃん」のオマージュみたいな気もしたが、この漫画も嫌いではなかったな。敗戦の日に突如として思い出した漫画の話である。

▲ 平成のこれが最後の敗戦の日


0816・木・

 いつの間にかいなくなっていたのの「いつの間にか」を作っているのは大人たち。そういうのはTBSラジオデイキャッチ水曜日の近藤勝重コメンテイターであるが、山口県でいつの間にか行方不明になっていた2歳の男の子が無事発見、保護された。保護したのは大分県からやってきた78歳の男性。ご家族から事情を聞いて30分で見つけてしまった。150人の警察官が3日間かかって発見できなかったものを、たったの30分間である。このボランティアのご老人、経験豊富で、過去も2歳の女の子を発見した実績がある。聞けば幼い子どもは上野方へ隠れる癖があるそうで、結局男の子は家から数百メートルの裏山にいたのだ。それにしても無事でよかった。よっぽど家族と砂浜にいくのが嫌だったのだろう。水が嫌いか、それとも熱い砂浜が気に入らなくて、何かのトラウマがあったんだとボクは勝手に想像している。

 集中して月刊ラジオ深夜便「しじまのおもちゃ箱」を2か月分仕上げる。たった千文字にあれこれ書き込みたくて、これまで仕上げられないでいたのだ。おばあちゃんの話である。ボクの根源的な記憶の話である。あまりに熱が入り過ぎての空回りであったのだ。書きたいから書けるわけでもなく、書きたくないから書けないわけでもないのである。

▲ 海パンの幼児見つける裏の山


0817・金・

 北軽井沢への出発は5時半ということになった。下に降りていったらフレンチブルドッグのレオ君と妹のシャーロットちゃんを連れたベルギー人のニコラと鉢合わせ。シャーロットちゃんはピットブルの子犬で既にフレンチブルのレオ君よりも大きくなっている。歯の生え始めで痒くて仕方がなくて、やたらカミカミする。早速、二の腕に噛みつかれた。デッカイ口で噛みつかれた。細かい歯で噛みつかれた。けれどGジャンを着ていたので、ちっとも痛くはない。そう。今朝は涼しいのだ。秋風みたいな北風に吹かれて、大きな枯葉が、カラカラと音をたててアスファルトを転がっていく。涼しくなってくれるのは悪くないけど、ちょっと寂しい気分です。ということで、ニコラたちにいってきますをしてから北軽井沢へ出発。そして北軽井沢はもっと涼しかったのです。

 大阪富田林の留置場からの逃走犯、どうやら警察よりもはるかに上手(うわて)らしく、 まだまだつかまらない。この逃走犯、ふくらはぎに米俵(こめだわら)の刺青をしているとか。そしてその米俵にウサギが片足をかけて打ち出の子図地を振っているとか。ずいぶんいい趣味をしてるけど、頼んでも見せてはくれないだろな。

 北海道では初雪が観測されたという。おいおい、涼しいと思ったら早速雪の話題かよ。最近は暑くなるのも早いけど、寒くなるのも早いんだよな。

 夜、アルルにオーストラリアのステーキ肉を焼いて食べさせ、その塩気のない肉に山葵醤油をつけてボクに御相伴をさせたコボちゃんがいきなり寒いといい出して、ストーブに点火した。こうなれば日本酒が飲みたくなる。そこでボクらはメバチマグロの刺身で長野特産吟醸酒。いい気分になっちゃった。途端にコボちゃんは眠くなり、満腹のアルルの横でうとうとする。今日はお疲れ様でした。

▲ 駐車場外車ばかりの軽井沢


0818・土・上弦・

 1969年の秋はボクの最初の個展でボクは学生だったが、この年の今日、夏の全国高校野球の決勝で初めて再試合が決行された。青森県の三沢高校と愛媛の松山商業は延長18回、0対0で勝負がつかず、翌日の再試合となった。結局、松山商業が4対2で勝利、4回目の優勝を果たしたのだが、この試合はよく覚えている。どちらを応援していたわけでもないが、手に汗握る名勝負だった。この頃から東北勢の優勝が悲願だったんだよね。今年はどうなるかね。高校野球とか素人喉自慢とか、若い頃は夢中になれないと思っていたのが、振り返ると結構楽しんでいたことを思い出す。はい。ボクはひたすら凡人であり続けているのです。

 1986年はボクが失明した年なんだけど、この年の今日、子どもの本・世界大会が東京で開催された。国際児童図書評議会、IBBYの日本支部、JBBYが主催したもので、IBBYの加盟国が2年に一度開かれるもので、アジアでの開催は初めてだった。これを推進したのが慶應義塾図書館情報学部の教授で児童文学者、恩師渡辺茂男先生で、実はボクもある時期、このJBBYの理事だったことがある。でも、ボクはやがて失明を宣告され、すべての場面から消えていくのであり、全盲となってこのニュースを聞いたときは祝いたいような口惜しいような、実に複雑な心境だったのです。

 イタリアジェノバの高速道路の崩壊事故が気になります。40人が亡くなって、まだ行方不明者がおられるとか。この高速道路は1960年代の建築で老朽化が懸念されていたらしい。となると東京の首都高速も1964年の東京オリンピックを目指して建設したもので、もしも直下型の地震がくれば、間違いなくアウトです。

 朝のうちにカレンダーの下絵をいくつか仕上げることができた。「しじまのおもちゃ箱」のイラストレーションの下絵も完成。今回は3か月分で、テーマはおばあちゃんと西武新宿線、交通博物館、そしてプラネタリウムということになっている。そして午後は透析のため、群馬の山の中のクリニックに出かけていくのである。蝉が鳴いていたのである。

▲ いく夏のやけのやんぱち蝉の声


0819・日・

 1980年、昭和55年の今日、東京の新宿駅西口で停車中の路線バスが放火された。火を点けた新聞紙が投げこまれ、ガソリンがまかれたもの。乗客ら6人が死亡、14人が負傷した。いわゆる新宿バス放火事件である。当時のボクはパキスタン経由でケニアを訪れる準備中だったが、あまりに衝撃的な事件だったので鮮明に覚えている。過酷なほどの暑さ故の凶行だったのか、人が信じられなくなったり、安心して街が歩けなくなる事件だった。今年の暑さも異常だけど、こんな事件が起こらないことを心から祈るばかりである。

 高校球児はお休みもらってとっても静かな甲子園。お昼はNHKの素人喉自慢も復活してBGMをしてくれる。というわけで本日は2019年度カレンダー制作に徹底的に専念してる。5年前からのデータを繰り返しチェックしてるので今年はあんまりアイディアに苦労しないで済んでいる。といっても、わざとマンネリにしてるところもあるのです。例えば2月とか4月とか6月とか。ことに6月のカタツムリの紫陽花団地は譲れないのです。と、ボクは頑張っているのに、横目で見ているコボちゃんは、またカエルの絵、とため息をついてます。どうしてもアルルを描いてもらいたいといってます。で、来年のカレンダーにはキャプテンアルルが登場することになりそうです。

▲ 窓開けて逃げていきますオニヤンマ

2018年8月6日~12日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0806・月・広島平和記念日・

 二度寝をしてしまう。高原にいるせいか、猫のミミコもリラックスして、寝よう寝ようと誘ってくる。ボクもついつい眠くなる。寝なくていいのに眠くなる。そこで9時まで寝てしまう。今日は広島平和記念日で、ラジオでは8時15分の平和の鐘の中継があったはずなのに、しっかりと寝てしまう。で、ボクが起き出すまでは猫のミミコもしっかりと狸寝入りを決めているのです。

 目覚めると外でアマガエルが鳴いている。北軽井沢で耳にする今年最初のアマガエルである。天気がいいのにアマガエル。カラっとしてるのにアマガエル。もしかしたら、これは雨の知らせなのだろうか。

 第100回効果というのだろうか、どの高校も力の入った熱戦ばかり。聞き流すつもりがついつい夢中になってしまう。どっちが勝っても関係ないのに、いつの間にかどちらかを応援したりしている。けれどこの高校野球、おえかきのBGMとしては最高なんです。エンジン始動のつもりで始めたカレンダーの下絵制作だったが、かなりエンジンは温まってきましたよ。おかげで7月の下絵「お化け屋敷で納涼パーティー」にコボちゃんからのOKが出たのです。

 夕方になると高校野球中継に雷様のブツブツいう独り言が混じり出す。雷雲発生である。アルルには遠い雷鳴が聞こえているのだろう。ソワソワとボクの脚元ににじり寄ってくる。そして夕立。同時にアマガエルたちが一斉に歌い出す。降ったぞ降ったぞ、と歌い出す。そうか、そうか。朝の君たちの予報は当たりだったのだね。

▲ 天然の気象予報士アマガエル


◇ バーチャル『奥の細道』コース
ありがとうございます。敦賀に到着、無事に通過しました。
次は色の浜です。あと、150,984歩です。またまた長旅になります。

現在の歩数、3,613,016歩。三度目の徘徊です。
もうよれよれです。


0807・火・立秋・

 さすが立秋である。今朝は東京でも21度と聞こえてきたが、ここ北軽井沢も朝から涼しい。昨日までの夏らしさが掻き消えて、今朝は秋の涼しさである。そうなのだ。この異常気象の今年の夏も、過去のデータの集積である伝統的な暦には従わざるを得ないのだ。

 高校野球を聴こうと思い、ラジオをつけたら早口な女子アナの声。チャンネルを間違えたかと思うけど、背景音はブラスバンドの応援。間違いない。これ、NHKラジオなのだ。高校野球なのだ。けどね、けどね、女子アナの高校野球中継がなかなか馴染めなくてすぐにラジオを消しちゃった。ごめん。このアナウンサー、とても頑張っているのです。よく訓練もされているのです。気遣いもあって、県名や学校名など、知りたくてもなかなか触れてくれない情報なんかも親切に挿入してくれていて、とても優秀なのです。でもごめん。あんまり精一杯なので、聴いていて疲れてしまうのです。解説者だって、どこで口を挟んでいいのか、戸惑ってるみたいです。男女機会均等のNHKの方針はよく理解できるけど、過去にTBSラジオが成功しなかったみたいに、女子アナのスポーツ中継は、定着するまでにはまだまだ時間がかかると思います。優秀なんだけど、落ち着いて聴いていられないのです。

 アルルの和牛ステーキのご相伴をしているうちに、猫のミミコがすっかり和牛の味を覚えてしまった。でも、さすがは猫である。犬よりははるかにグルメなのだ。アルルが喜んで食べるアメリカンステーキやニュージーランドビーフは、ちょいと口をつけただけで残してしまう。ところが驚いたことにコボちゃんが買ってきた群馬豚は喜んで食べる。つまり、群馬豚は猫のミミコも認めるスーパープロダクトなのだ。

 津川雅彦さんの訃報が届く。78歳だったという。この4月に奥様の朝丘雪路さんが亡くなられたばかりで、もしかしたら彼女が連れていったのかもしれない。仲の良いご夫妻というイメージだったけど、その通りの結末となったわけだ。お兄さんの長門裕之さんと南田洋子さんご夫妻も仲良しで、奥さんを追いかけるように亡くなられたけど、さすがご兄弟である。実は長門裕之さんと南田洋子ご夫妻とはずっとご近所で、南田さんが経営されていたアクセサリーショップ「ペリ」はボクの大のお気に入りで、よく買い物をさせてもらった。長年暮らした小田急経堂アパートの玄関横がその店で、南田洋子さんがその輝くような笑顔で迎えてくださったこともある。あれこれ噂されてるみたいだけど、津川雅彦さんと長門裕之さんは仲良し兄弟で、お宅を訪れる津川さんのお姿がときどき目撃されていたようである。いい役者さんだと思うけど、ボクは「グランパ」というおもちゃ屋を経営する津川さんが特に好きだった。ご冥福をお祈りする。

 南の海から台風13号が接近中。東京直撃かもしれない。明後日の午後にラジオ収録なので、東京には早く戻っておいた方がいいかもしれない。というわけで明日の予定を書き換える。

 予想に反して今夜の北軽井沢はちいとばかり寒かった。いや、かなり寒かった。夜、アルルがボクとコボちゃんのベッドの間に潜り込んでくる。といっても、そこは床の上。で、仕方がない。コボちゃんが起き出してそのフローリングにバスタオルを並べてやる。明日の出発が早くなったとはいえ、早々にアルルの布団をクルマに積み込んだのがいけなかったのだ。ごめんね、アルル。

▲ 蜩の声が名優惜しんでる


0808・水・算盤の日・

 高校野球が始まった途端に解説者のら抜き言葉が気になって仕方がなくなる。皆さん高学歴者ばかりなのに圧倒的にら抜き言葉が目立つということは、ある時期からの国語教育がかなり杜撰になっていて、その手抜き国語教育がら抜き言葉を養成してしまったのかもしれない。手抜きがら抜きを育てたのだ。最近は野球関係者ばかりでなく、言葉のお手本であってもらいたいNHKラジオでもら抜き言葉が氾濫している。さすが、アナウンサーのら抜き言葉には気がつかないが、相手役はら抜き言葉の連発。ほとんどダムの決壊状態である。放送前の打ち合わせで、ら抜き言葉はご遠慮くださいくらい、いっていいんじゃないのかしら。でないと、本当に日本語は滅茶苦茶になってしまいます。言葉に敏感な人なら、自分の放している日本語が、ら抜き言葉によって辻褄が合わなくなってることに、話している最中に気がついて、慌てたりしていて笑います。ま、ら抜き言葉の氾濫のおかげで、正しい日本語を使うオーディナリーパーソンがずば抜けて利口に聞こえてしまうのが愉快ではありますけれど。

 台風13号との競争である。どっちが早く東京に行き付くか。そのデスマッチである。ウサギとカメの競走と同じように、予測の難しい競走である。途中、パラパラだったりシトシトだったり、雨の強さが目まぐるしく変わり、その度に自動ワイパーのスピードも変わる。けれども四輪駆動のアウトバックはしっかりとハイウェイをホールドして走ってくれました。雨風がひどくなる前に我が家に到着。コボちゃんは役所へ走り、用事を済ませ、犬猫クリニックへアルルを連れていって採血を済ます。本日のコボちゃんはほとんどスーパーウーマンといえるでしょう。

▲ 台風の奴を都で迎え撃つ


0809・木・長崎原爆の日・

 本日は長崎原爆の日である。午前11時2分、NHKラジオから流れる鐘の音に合わせ、起立して黙祷。73年前に運命を閉ざされた無数の魂たちに想いを馳せる。平成最後の原爆の日に、長崎を世界最後の原爆の地でありますようにと、心からの願いを捧げた。

 ボクが生まれる前の年、1947年は昭和22年の今日、水泳の古橋廣之進(ふるはしひろのしん)選手が400メートル自由形で世界記録を出した。焼け跡の焼け野原の日本に勇気を与える輝かしい記録は、日本が馬鹿な戦争を仕掛けたおかげで国際水泳連盟から除名されていて、公認記録とは認められなかった。けれども古橋選手、その後も数々の好記録を樹立、圧倒的な強さを誇り、「フジヤマのトビウオ」と讃えられた。というわけで、小さい頃のボクは水泳ニッポンに夢中だった。中でも憧れたのが1939年生まれ、昨年逝去された山中毅(やまなかつよし)選手。真似をして、畳で足をばたつかせ、クロールの形をしたこともあった。ボクはまだ泳げなかったのだ。父親に連れられ、代々木の水泳競技場で山中選手を観戦したこともある。山中選手がオリンピックで4個の銀メダルに輝いたことは嬉しかったが、やっぱり金メダルを獲得してもらいたかったと今も残念でならない。

 NHKの遠田ディレクターにも、絵夢助人(えむすけびと)さんにも、自分は希代の晴れ男で、台風まで進路を譲ってくれるのだと大風呂敷を広げた手前、晴れてくれなかったら土下座しなきゃと覚悟してたら朝になって見事に晴れてくれた。約束の時間に絵夢助人(えむすけびと)さんが愛車のベンツでボクを拾ってくださり、渋谷の放送センターへ直行。絵夢助人さん、駐車場のガードマンに、
「あのぅ、ラジオ深夜便です」
と慣れた口調で挨拶。ガードマンさんも、はいはいどうぞ、てな感じで誘導してくださる。
 入り口を入るとお腹にゆめぞうを抱きかかえ、背中のリュックからゆめぞうが顔を出してるスタイルの遠田ディレクターが迎えてくださった。ゆめぞうはくりくり目玉の緑のフクロウ。ラジオ深夜便の番組キャラクター。ボクのデザインとはいえ、やたら目立つのである。エレベーターに乗り込み、廊下をいくと、みんなが振り返る。中には以前、ボクと仕事をしたという方も声をかけてくださる。
 スタジオの手前で月刊ラジオ深夜便の四釜記者が声をかけてくださる。絵夢助人さんを紹介してスタジオ入り。ふたりは金魚鉢で、ボクと遠田さんはスタジオに着席。いよいよ収録である。で、この先はどうぞラジオ深夜便の放送をお楽しみください。

 放送日は8月29日の水曜日、午前4時代「明日へのことば」。4時のニュースが終わるとラジオ深夜便のアンカーが番組紹介をしてくださり、それから「明日へのことば」が始まります。よろしくお願いいたします。

 放送センターからの帰り道、道路の曲がりくねった感じがどこか懐かしくて、絵夢助人さんに尋ねてみたら、やっぱりそうだった。左に小田急線、真下に環七。このあたり、オートバイで飛んで歩くのが好きだったのです。絵夢助人さん、本日もお付き合い、まことにありがとうございました。

▲ 秋立ちていつかの路をたどってる


0810・金・

 1950年、昭和25年の今日、警察予備隊が設置された。NHK「マイあさラジオ」情報によると、13日後には最初に応募したおよそ7千人が入隊したそうだけど、とても国を守れる勢力とはなり得ない。警察予備隊はその4年後の1954年に自衛隊に昇格、国の防衛任務を任されるようになっていく。そしてである、まるでそれに合わせるようにゴジラが東京湾に姿を現し、東京に上陸しようとする。海岸に高圧電線を張り巡らしても効果なし。そこで出来立てほやほやの自衛隊は米軍払い下げのパットン戦車で砲撃し、F86Fセイバージェット戦闘機のロケット弾で迎え撃つ。それ以来ゴジラは自衛隊のよきライバルであり、よきパートナーとして圧倒的優位さで自衛隊の広報責任を担っていく。東宝映画が生み出した怪獣ゴジラはその誕生以来、ずっと国の防衛に貢献してきたのである。

 沖縄県の翁長知事の突然の死去である。67歳。心残りがあるだろう。彼を惜しむ声が四方八方、津々浦々、全国各方面から聞こえてくる。けれど、ウソツキしんちゃんの言葉だけは信用できない。いくら悲しそうにしていても、残念そうに言葉をつないでも、ウソツキしんちゃんだけは信用できない。あの人だったら、鉄仮面のように顔のニュアンスひとつ変えずに嘘がつけるのだ。平気で黒を白といえるのだ。これで沖縄は俺の自由だ。そうほくそ笑んでるのがわかるから、よけい口惜しいのだ。クレヨンしんちゃんなら何をいっても許せるんだけどね。

 ネット環境にもどれたので早速サピエ図書館にアクセスして音訳図書の数冊をダウンロードする。その中には先月の天声人語も含まれていた。で、一気に読んだ。そして7月19日に俳優の常田富士男(ときたふじお)さんが81歳で亡くなられていたことを知る。その日は日本動物高度医療センターにおけるアルルの治療だったり、北軽井沢への移動だったり、情報収集にぬかりがあったのだ。テレビ番組「まんが日本昔ばなし」で長年、語り手を務めておられたことはあまりに有名で、
「おったそうじゃぁ」
と、誰でも物真似がしたくなるほど常田富士男さんの語りは耳の底にこびりついてる。ボクも大好きだった。黒沢明の「赤ひげ」で三船敏郎にボコボコにされるヤクザの役をやってる頃から好きだった。巨泉前武(きょせんまえたけ)の「ゲバゲバ90分」で、いちばん好きだったのは藤村俊二さんと常田富士男さんだった。看板の巨泉前武(きょせんまえたけ)よりも、
「あっと驚くタメゴロー」
のハナ肇(ハナはじめ)よりもずっとずっと好きだった。そんな大好きな人たちだから、近くにいればすぐにわかる。おいしいレストランでは目で挨拶して笑い合い、酒場では言葉を交わした。でも、これは目が見えていた頃の話で、失明してからはそうはいかない。嬉しかったのは常田富士男さんに全盲イラストレーターのボクが書き下ろしたミュージカル童話を演じていただいたこと。朗読して歌ってくださったのだ。おまけに各地で演じてくださったのだ。おかげで幾度もお話ができて幸せだった。酒場でのことは覚えていてくださらなかったけれども。優しい人柄だった。誠実な人柄だった。そして大好きな大好きな俳優さんだった。心からご冥福をお祈りする。

▲ ラブコールだけど素知らぬ法師蝉


0811・土・※山の日・新月・

 今日は山の日です。山に親しむ機会を得て山の恩恵に感謝する日として一昨年の2016年に国がほとんど勝手に国の祝日に定めたのです。湯気の立ってる記念日なのです。けど、おそらくは海の日のアゲインストとして、山関係者へのサービスなんだろうと思います。けれど、本日のTBSラジオ、久米宏の「ラジオなんですけど」に投稿された未確認情報によると、とある山岳地帯の県が、
「八は山の形をしてっから、おらとこは山の日を8月8日に決めたずら」
といえば、別の県が、
「うんにゃ、11月11日はずらりと木が並んで立ってるみたいだべ。んだから、うちんとこは山の日は11月11日ということにすべえや」
 とふたつの山の日があることで国は困ってしまって、その両県の顔を立てて、国の山の日を8月11日にしたんだそうです。本当のような嘘のような、初めて聞いた話です。嘘か本当か、誰か調べてみてください。

 サピエ図書館のおかげで毎週必ず週刊朝日を読ませていただいてます。いくつか大好きな随筆があって、必ず拝読しています。その中のひとつが内館牧子さんの連載エッセイ「暖簾に肘鉄」。その昔、内館さんはチャリティー協会の画集で、ボクのイラストレーションに文章を寄せてくださり、それ以来、直接間接でお世話になっているのです。ボクのニューヨークいきを触発してくださったのも内館さんの文化講演会でした。そして驚いたことに、今週のエッセイで、内館牧子さんとボクの長年の友人、谷口俊彦さんがフリーライター時代の仲間であったことを知ったのです。谷口さんとは目が見えていた頃からのお付き合い。イラストレーションでNHKサービスセンターのお仕事をさせてもらってました。そのご縁が今も続いているのです。つい先日、その谷口さんがNHKから離れるということで、これまでのことを自費出版なさり、ボクもそのご本をいただきましたし、内館さんもお読みになりました。その文章があまりに素敵なので「暖簾に肘鉄」で内館さんが内容紹介をされていたのです。羨ましいなぁ、内館さん、すぐに読むことができて。でもおかげで本の内容が少しだけわかりました。谷口さん、本当に素敵な人物でアイディアと理念の宝庫みたいなお人柄。ボクは本気でいつかNHK会長になっていただきたいと思っていました。でも納得です。内館牧子さんのこの回の文章で、彼の人格の素晴らしさの秘密がほんのちょっと理解できました。またまた今日は、友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ になりましたとさ。

 今日は臨時透析です。いつもより早い時間の透析です。コボちゃんの自転車にくっついて、駐車場にたどり着けば、どこかの高見でチョンワガラスが鳴いてます。うわお、久しぶり。元気でよかった、チョンワガラス。本当に長いお付き合いです。そして、どのカラスも面白いけど、チョンワガラスほど個性的なやつはいないのです。どうか餌に恵まれ、虜にならず、いつまでも健康で長生きしてください。お願いだからね。

 いつもより早めの帰宅である。今夜はペルセウス流星群の見頃らしい。本当は13日の昼間が沢山落ちてくるらしいのだが、昼間じゃ流れ星は見えないもんね。高校3年生の夏休み、地学の自由研究に流星群をテーマに選び、友人の藤平君の千葉のお宅の庭を借りて、一晩中夜空を見上げていたことがあった。波の音や灯台の明かりが回ってくるような海岸近くで、天の川がくっきり見えた。そして落ちてきたきた流星群。開放写真に写った人工衛星までカウントしちゃって、落第点をもらったけれど、いい思い出になっています。その後、親友の二島君と群馬の山の中で強行した流星観測は見事に失敗しましたけれど。あのときはクマが出るとおどかされて、それで落ち着かなかったのです。

▲ ぱらぱらと落ちてきそうなペルセウス


0812・日・君が代記念日・

 NHKマイあさラジオで坂本九の「上を向いて歩こう」がかかっている。そう、今日は8月12日。33年前に九ちゃんが日航ジャンボ機事故で虹の橋を渡った日であるのだ。1985年の今日の夕焼けの、あの美しくて不吉な赤をボクは生涯忘れないだろう。行方不明のジャンボ機がいる。それを聞いた瞬間から空の色が気になって仕方なかったのだ。
 当時のボクは失明直前で、毎日喫茶店に通って国際版ゴジラの脚本を書いていた。映画関係者の友人からの依頼であり、絵筆を文筆に持ち替えるための訓練でもある。そしてボクの巨大ゴジラは伊豆方面に上陸しようとしていた。そして日航ジャンボ機も同じようなコースをたどり、群馬県の山中に墜落するのである。国内の航空機事故では最も多い、乗客乗員520人が死亡する。やがてボクはその中に坂本九氏がおられたことを知り、愕然とするのである。九ちゃんにボクの絵を買ってもらったことは以前にも書いたことがあったと思うけど、ボクは小学生の頃から坂本九の大ファンだった。翌日、ボクはほとんど見えなくなっている目を潤ませて、恵比寿の街をうろつきながら「上を向いてあるこう」を口遊んで(くちずさんで)いたのである。

 さて、高校野球である。本日の第四試合は慶應義塾VS高知商業。慶應義塾の生井(なまい)投手にとっては強敵打線である。で、始まった途端に点を取られ、こりゃアカンと思ったら、その裏が慶應義塾の猛攻で、撃つわ打つわ、きた球をどれもひっぱたき、次々と塁に出る。あっという間に逆転し、こりゃいけるかもしれんと大声で「若き血」を歌う。ラジオの中の慶應義塾応援団に合わせて歌う。けど、あいては高知商業。次々とホームベースで刺され、追加点を許してくれない。
 慶應義塾の応援曲はリンダもピンクレディーも出てこない。ひたすら慶應義塾のオリジナルだ。くそ。いくら相手に点を取られても、こっちは応援歌で勝ってやる。ぐやじい。
 試合が終わった。前の試合が長引いたため、ナイターになってしまって、7時のニュースに邪魔されて、全部が放送されなかったが、結局慶應義塾の敗北だった。最初は点の取り合いだった。ただ、慶應義塾にミスが目立った。このミスさえなければヒット数では慶應義塾が上回っていたのだ。敗けちゃったけど、慶應義塾の野球部員たち、本当にありがとう。おかげでこの夏はラジオに合わせて塾歌(じゅっか)も「若き血」も歌えたし、拍手もできたし、甲子園にいる気分でハラハラドキドキもできたのだ。

 独り応援団で、いや、独りだから団じゃなくって独り応援で頑張ったのに、慶應義塾が負けちゃって、気が抜けてる耳に懐かしい音が聞こえてくる。秋虫だ。遊歩道の草むらから上がってくる秋虫の声だ。クーラーで冷やされっ放しだったから、午後から窓を開放してあって、声はその窓から忍びこんでくる。甲子園では高校野球真っ盛りだけど、ここ世田谷でもいよいよ蝉と秋虫の季節応援合戦が始まったのだ。

▲ 涼しさは美しい秋虫のソロ


2018年7月30日~8月5日
☆人工透析を導入したとき、東大のドクターはボクの余命を5年と宣告したけれど、ボクはそれから31年も生きています。お医者は神様ではありませんので、もしも余命を宣告されたりしたら、どうかご自分の生きようとするエネルギーを、もっと信頼してあげてください。
 さて、この日誌は透析患者が病人ではなく、機械に腎臓の代わりをしてもらっているだけで、普段は一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、この日誌のほとんどはリアルな出来事ですが、ごくまれには嘘や冗談も書かれています。ただし、嘘は嘘らしく書かれてありますので、その判断のできないお子様たちは、どうか常識のある大人と一緒にご覧ください。また、難易度に関係なく、熟語や固有名詞などの漢字に振り仮名をしていることもありますが、これは視覚障碍者のための音声ガイドをサポートするためのもので、決して皆様がこの漢字を読めないと思っているわけではございませんので、その点はどうぞご理解ください。


0730・月・

 1971年、昭和46年の今日、岩手県雫石町の上空で全日空のジェット旅客機ボーイング727と訓練中の自衛隊ジェット戦闘機F86Fが空中衝突した。全日空機の乗客乗員162人全員が死亡、国内最大の航空機事故として大騒ぎとなって、当時大学生だったボクは大いに胸を痛めていた。というのは、この事故が大型旅客機を爆撃機に見立てた自衛隊のジェットファイターが過剰接近したために発生した事態であるとの噂が流れたからである。青山透子さんが昨年出版された「日航123便墜落の新事実」という書物に、1985年に群馬県の山中に墜落した日航ジャンボ機の後方を追尾する謎のファントム戦闘機について書いておられるが、まさかあの事件の真相が類似の出来事ではなかったのかという疑惑が浮かんでくる。本当にまさかとは思うけど。

 第100回高校野球、夏の甲子園に慶應義塾高校が北神奈川代表で出場することになりました。バンザイ。またまた母校のブラスバンドをバックに、慶應義塾の応援ができるのです。わが母校の塾歌、できるだけ聴かせてよね。でも、炎暑の甲子園です。どうか熱中症で倒れたりはしないでください。

 透析中は音声映画、美空ひばりの「花笠若衆」を観る。面白かった。楽しかった。ひばりちゃんって、何てお歌がお上手なんだろと、改めて感動してしまう。高田馬場時代、早稲田松竹で東映映画を数え切れないほど母親に見せられたが、ボクはひばりちゃんの映画がいちばん好きだった。それはミュージカル仕立てだったから。この映画は1958年制作で、この頃のボクは東映映画を卒業していて記憶にはないのだが、大河内傳次郎とか大川橋蔵(おおかわはしぞう)とか、古い時代劇映画ファンだったボクには懐かしい面々がひばりちゃんと共演していて、懐かしいこと甚だしい。

 透析からの帰り道、コボちゃんが夜空を見上げて不思議がってる。これまで見たこともないような赤い星が、お月様の隣ででっかい顔をしているというのだ。で、明日が火星大接近なのだ、ということを天文が大の苦手のコボちゃんに教えてあげる。月刊ラジオ深夜便の8月号エッセイ「しじまのおもちゃ箱」は仲良し三人組と火星大接近の話題だが、この記事も今月の火星大接近のタイミングで掲載したもの。実はこの原稿、いちばん最初に仕上げた原稿だったのです。火星大接近の話題となると、この酸っぱい記憶が戻ってくるのです。なんで酸っぱいかは月刊ラジオ深夜便8月号を読んでね。

▲ 夕涼み路地のラジオの馬鹿笑い


0731・火・

 1982年、昭和57年の今日、大貫映子(おおぬきてるこ)さんが日本人で初めてドーバー海峡を泳いで横断した。そのとき彼女は早稲田の大学3年生。英国のフォークストンから仏国のグリニッジ岬までの34キロを9時間半で泳ぎ切ったのである。大貫映子さんは1960年生まれで、コボちゃんと同い年。うん。となれば具体的にイメージできますなぁ。この人、カヌーで、3500キロのアマゾン川を45日間で下るという公認記録も保持している。すごいなぁ。彼女がドーバー海峡を泳いで渡った、その10年前、ボクは同じフォークストンから世界最大のホバークラフトに乗船してドーバー海峡を渡っている。大貫さんの場合はスウィムといい、ボクの場合はフライトという。最低の乗り心地で、嘔吐をガマンしながらの数十分間だった。あれなら泳いで渡った方がどれだけ楽しかったかわからない。嘘です。

 今日で7月も終わりだけれど、6月のうちに梅雨が明けちゃって、7月いっぱいが気の早い真夏で、今年の7月はやけに長かった。子どもたちも夏休みが始まる前から夏休みの気分で、もう宿題を済ませてしまったお利口さんもいるとかいないとか。で、この暑い夏に心配されるのが水不足。ここはひとつ、台風に活躍してもらうしかないのかな。自然というやつは、どこかできっとバランスをとるのです。

▲ 太らない人気デザート欠き氷


◆ 8月・葉月・
0801・水・水の日・花火の日・

 今日は水の日です。水の大切さを広く理解してもらおうと1977年、おせっかいな政府が定めたもの。今日から1週間は水の週間ということで全国で様々なイベントが行われるとのこと。今年は梅雨が極端に短く、本日からの8月は当然のこととして水不足が懸念される。やってください、やってください、どんどんやってください。みんなで節水いたしましょう。水がなくなったら、みんなミイラになってしまいます。

 毎月一日恒例、全国の日の出日の入りの時刻です。札幌の日の出は4時25分、日の入りは18時57分。仙台の日の出は4時38分、日の入りは18時47分。東京の日の出は4時49分、日の入りは18時46分。大阪の日の出は5時8分、日の入りは19時1分。福岡の日の出は5時30分、日の入りは19時19分。

 数日ブリの猛暑日である。窓を閉め切りカーテンも閉め切り、朝からエアコンのフル回転。2台のうちの1台ですけれど。窓の彼方からミーンミン。蝉たちが頑張っている。この暑さだもん。いつまで頑張れるか。そう思ったら、ひろみという女の子みたいな男のアイドル歌手の歌が耳の底から聞こえてきた。
「♪ 君たち男の子、ミンミン」
うん、そうなんです。鳴いてる蝉たちは、みんな男の子なんです。
「♪ 蝉たち男の子、ミンミン」

 こんな暑い日だからラジオから犬のワンタッチ運動の話題が聞えてくる。こんな暑い日は夕方になってもアスファルトの温度はなかなか下がらない。油断して愛犬に散歩なんかさせてしまうと肉球(にくきゅう)が火傷するおそれがある。というわけで飼い主はお散歩の前にワンタッチ、自分のお手手の甲でワンタッチ、地面にちょいとワンタッチ、ワンちゃんのためにワンタッチ、ということなのです。それでも熱くて危険なときは、どうか当社のペットシューズをよろしく、という落ちまでついているのですが。あの犬の靴ってやつ、ボクも高校時代に愛犬のマルチーズに履かせてやったんだけど、ボクの犬は嫌がりましたね。外に出たら、座ったっきり動きませんでしたね。最近のワンちゃんの靴って、どうなんでしょう。高い分だけ、あれこれ工夫してあるんでしょうね、きっと。

▲ こんがりと犬も焼けますアスファルト


0802・木・

 1970年、昭和45年の今日、東京に歩行者天国がお目見えした。銀座、新宿、池袋、浅草。NHKマイ朝ラジオ情報によると、この日の人出は予想を上回る78万5千人にのぼったとか。で、ボクもそのひとりだったのです。渋谷に暮らしていた当時のボクは前年の最初の個展をきっかけに学生イラストレーターになったばかりで、すべての出来事に対して好奇心満々だったのだ。すぐさま新宿に飛んでった。伊勢丹と三越に挟まれた車道の真ん中から見上げた空の、何たる広さよ。いつもだったら自動車たちが我が物顔で走り回るアスファルト道路に、どこから湧いて出たのか、店が出て人が出て飲んで食べて踊ったり歌ったり。まるで別世界。これはブームになりましたね。この夏はプロの学生イラストレーターとしての始動期で、大阪万博に通った夏休みでもあり、あれこれ記憶も濃厚です。

 早朝、これから暑くなるぞという空気の中、窓の外を左から右へと蝉がつぶやきながら飛んでいく。恋の相手を求めているのか、それともおいしい樹液を捜しているのか。せっかくの夏である。元気を出して、思い切りの蝉時雨を聞かせてくださいな。

 今日は岐阜県多治見で40度超え。昨日は韓国でも40度超えを記録したとか。気象庁によると今年の7月は異常気象だったそうである。別に気象庁にいってもらわなくてもそうだろうとは思うけど。都内で熱中症で死亡の96人は前の年の4倍とは恐怖の数字である。とうとう暑さが天災になりつつあるのだ。

▲ おいちょっと昼寝じゃないぞ死んでるぞ


0803・金・

 2009年、平成21年の今日、初めての裁判員裁判が東京地方裁判所で開始された。面接と抽選で選ばれた6人の裁判員が3人の裁判官とともに4日間の審議に当たり、殺人事件の被告の男に懲役15年の判決を下したという。もしも自分が裁判員に選ばれたらどうしよう。この制度が始まって以来、そのことをずっと考え続けている。犯罪事実の判定も含めて、ひとりの人間の命や運命を左右することなど、とても自分にはできそうもない。素直にそう考えるのである。

 今日も日本列島を暑さが蹂躙している。名古屋市で最高気温40度を記録。名古屋でも40度を超えるのは初めてのことらしい。ここ軽井沢は32度。朝に東京を出発して、道中、NHKラジオの夏休み子ども科学電話相談室をBGMに走り続け、いつものスーパーの駐車場にたどり着いたところである。
 コボちゃんがクルマを動かしているとボクの膝の上でキョロキョロしているネコのミミコを発見した観光客らしき親子が笑って観ている。と、コボちゃんがいっている。後部座席にはブラックラブ。助手席にはトラネコ。動物好きには嬉しい風景かもしれない。

 今日のアルルは機嫌がいい。普段は愛想が悪いのに、今日のアルルは頻りにボクの手をなめたりしている。抗癌剤治療に慣れてくれたのかもしれない。けれど、ドッグフードの食事が終わったのに、頑固に水を飲まないでいる。このアルルの作戦が成功。クルマが鬼押し出しを過ぎ、プリンスランドに近づくと後部座席でアルルが立ち上がり、しきりに周囲を見回す。わかっているのだ。そこでコボちゃんがクルマを止め、いつもの売店でソフトクリームを買ってくる。水飲み拒否でアルルは大好物のソフトクリームにありついたのである。でもね、アルル。観光地のソフトクリームは高いんだよ。

 スタジオクラスター北軽井沢支部に到着すると、ミミコが山の中に飛び出した。ここ、あたしよく知ってるの。そういいたいのかもしれない。真っ直ぐにスタジオへ直行してコボちゃんが扉を開けるのを待っている。
 中へ入ったコボちゃんが可哀想な蝙蝠を発見。閉じ込められて外へ出られなくなってしまったのだろう。去年の夏、引っ越しをしてきた蝙蝠かどうかはわからない。小さな隙間さえあれば、蝙蝠は出入り自由なはずなのに、どうしたのだろう。拾い上げると大きな耳をしていたという。コボちゃん、早速穴を掘って埋めてあげました。

 夜はコボちゃんと一緒に音声映画「スターウォーズ」エピソード4「新しい希望」を楽しむ。ボクのラップトップパソコンには100本を超える音声映画のストックがあって、映像のないことをガマンしさえすれば黒沢明であろうとスタジオジブリであろうとハリポタシリーズであろうと、何でも楽しめるのだ。この音声映画鑑賞は北軽井沢でのボクとコボちゃんとの楽しみのひとつになっている。

▲ 蝙蝠や鍵をかけられご臨終


 0804・土・

 NHKマイ朝ラジオ情報によると1944年、昭和19年の今日、太平洋戦争で学童疎開が始められた。第一陣として東京の子どもたち198人が上野駅から専用列車で群馬県へ向かったそうである。修学旅行や林間学校なら枕投げなどの楽しみもあっただろうが、強制疎開でそんなことしたらぶん殴られる。嫌な時代です。ここ北軽井沢も群馬県だけど、強制疎開でなくてよかったと、心の底から思うのです。

 早朝からキーボードを叩いている。愛育社から「ひみつのブルブル」の出版が決まったので、その推敲である。毎日新聞での連載が2009年だったので、いろいろと忘れていて、改めて楽しんでいる。自分で書いたのに面白いと腹を抱えたりしている。横で聞いているコボちゃんも笑って楽しんでいる。改めて手を入れたい箇所があるにはあるのだが、ここは初心を大切にしたい。今回の出版はコボちゃんの勧めで決めたもの。肺癌になってしまったアルル。抗癌剤治療で頑張っているけれど、アルルが元気でいてくれるうちに本という形にしたいというコボちゃんの気持ちである。この作品、アルルとデブネコミミコがモデルなのである。

 山の透析室に向かう途中のこと、滝の水が枯れていた。おそらく初めてのことだと思う。こんなに乾いた北軽井沢方面はボクとコボちゃんには初めての経験なのである。今年の夏は水不足にならないのだろうか。心配になってしまう。西日本豪雨であんまり水をばら撒き過ぎて、あとは水不足。天然自然の神様よ、もう少しバランスよくやってはくれませんかね。

 透析中は音声映画「八つ墓村」を観るのだけれど、あんまり凄惨なストーリー展開なので、どんどん血圧が上がっていく。作品の選択を間違えたよな。渥美清の主演だからって、油断したのがいけなかったよな。

 どこかでヒグラシが鳴いている。透析室へのお迎えにはアルルも参加。アウトバックの後部座席で待機してる。夕方で少しは涼しくなっているのだ。おまけに途中のプリンスランドで、アルルはいつものソフトクリーム。しっかりと楽しんでいるのだ。で、ボクは透析終了後の缶コーヒー。ひとり留守番のトラネコミミコには何のご褒美もないのです
 ステーキで赤ワインをやっていると、アルルが足元に救いを求めてやってくる。しきりに窓の外を気にしてる。耳を澄ますと遠くで破裂音。パチンパチンとピストルの撃ち合いみたいな音がする。夜も遅いのに花火をやっているのだ。北軽井沢でアルルが嫌いなものは雷と花火。毎年のこの時期、どこかの別荘に、花火フリークの連中がやってきて、NASAでもJAXAでもないのにやたらロケット花火を打ち上げる。ロケット花火なら昼間にしてくれよな。

 昨夜の続きで今夜も音声映画「スターウォーズ」をコボちゃんと鑑賞。エピソード4の「新しい希望」に次いで、エピソード5「帝国の逆襲」である。映像がなくてもステレオサウンドと音声解説だけでコボちゃんも充分に楽しんでいる。サピエ図書館に感謝である。

▲ 真夜中にやめてくれよな馬鹿花火


0805・日・下弦・

 1962年の今日、マリリンモンローの死亡が伝わった。自宅のベッドで亡くなっているのが発見され、睡眠薬による自殺説や他殺説など、世界中の関心を集めた。当時の大統領、ケネディーとの関係も噂され、そんな本も出版されて話題になったような気がする。魅力いっぱいの、最後まで話題の尽きない女性だった。

 朝の散歩でコボちゃんとアルルが蛇と蛙の死闘の跡を発見。蛇と蛙の死体が50センチ離れて落ちていたというのだ。蛇のお腹は破れ、蛙の頭は潰れている。コボちゃんは蛙を食べようとした蛇が蛙の反撃を受け、共倒れになったのだと分析。わはは。春の山陰本線でSLを撮影中、沿線の田んぼで蛇に睨まれて動けなくなってる蛙を目撃したことはあるけれど、蛙にそんな反撃能力があるとはとても思えない。虫ならいざ知らず、人間にせよ蛇にせよ、蛙に噛みつかれたなんて話、聞いたことないもんね。どこかのおせっかいな人間が蛙を救おうとして蛇を踏みつけたんだと思う、というのがボクの分析。さて、どっちが正しいか、どうか判定してください。

 いよいよ第100回高校野球開幕である。始球式が松井秀樹だということで、開幕式からラジオをつけている。それにしても大袈裟な始球式。その球を運ぶため、わざわざヘリコプターなんか飛ばしてる。まあね、100回だもんね。1915年に始まって、2018年に100回だもんね。計算の合わないところは戦争がいけなかったんだもんね。だから高校野球は平和のシンボルとされてるんだもんね。それにしても高野連のおっさんたち、挨拶が長すぎる。いくら熱中症予防を声高く叫んでも、それじゃ逆効果だもんね。それよりも、同じことの繰り返しの無駄な挨拶をやめればいいのだ。馬鹿なおっさんたちに付き合わされる高校球児が気の毒です。

 第三試合に慶應義塾が出場するぞ。応援するぞ。そういうことでエネルギーを確保しといた。試合が始まれば塾歌(じゅっか)の斉唱。思い切り声を張り上げて、北軽井沢の高原に響き渡れとばかりに歌い出す。春の選抜以来、この夏も塾歌を歌えることの誇らしさ。みんな野球部員のおかげです。さぁ、慶應義塾VS新潟中越高校。どんな試合になるでしょう。
 NHKの担当アナウンサーがちょっとおかしなおっさんで、やたら力が入っていて笑えるのだ。中越の投手が青信号と赤信号が明滅するみたいに繰り返しの投手交換をすれば、
「山田きましたきました。山本きますきます」
と大真面目にアナウンスする。中越のふたりのピッチャー、山田と山本で、これまたややこしい。
 さて、慶應義塾。投げるは生井(なまい)投手。生江(なまえ)じゃありません。どうしても生江と聞こえちゃうんだけど、春の選抜と同じピッチャーなんだもんね。そう。生井君、春のリベンジで頑張ってきたんだもんね。フレー、フレー!
 実況中継の合間から聞こえてくる「若き血」に合わせて、オイラも歌う「若き血」。これまた北軽井沢に響き渡れとばかりに声を張り上げる。甲子園の応援軍団に対抗して、オイラは北軽井沢の単独応援団。独りなのに応援団。コボちゃんとアルルは散歩に出ていってしまったのだ。
 それにしても手に汗握る熱戦でした。シーソーゲームにランニングホームラン。いよいよ9回裏のツーアウト、ランナーがふたり出て慶應義塾の攻撃です。これで点が入らなければ延長戦。外ではヒグラシが鳴いているのに、オイラは立ち上がって「若き血」を熱唱する。そして当たっている1番バッター宮尾選手のバッターボックス。
「撃ちました、打ちました!」
 それから先はおっさんアナウンサーのわけのわからん絶叫で聴取困難聞き取り不可能。ただ、サヨナラの文言だけが耳に届く。そうだ。勝ったのだ。サヨナラで勝ったのだ。そして今日二度目の塾歌を声高らかに歌えたのです。よかった、よかった。でも疲れた。

 夜になっても熱さが続き、キーボードのフィンガータッチもベタベタする。それもそのはず、甲子園の熱戦に影響されたのか、日本全国、今年最高の猛暑の記録。これから先も危険な猛暑が継続するとラジオが警告する。ここ北軽井沢でも初めて経験する暑さなのです。

▲ 甲子園空から球が降ってくる






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