全盲のイラストレーター ◆エム ナマエ◆ の超個人的十七文字ブログです
ボクは中途失明した画家。週に三度の人工透析で生かされています。なのに、今でも 画家で作家。ボクは思います。人生、何があっても大丈夫。
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Author:emunamae
いつも日記をつけてます。失明したら頭脳がノート。
だから、記憶力のトレーニングのためにも、前日の出来事を振り返り、コツコツ日記をつけてます。



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2012年1月16日〜22日
☆ この日記は、透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は、一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのガイドです。

0116・月・
 早寝効果で3時より活動開始。執筆に集中する。あまり器用ではないので、エンジンを温めるのに時間がかかる。けれども、温まれば、それは持続する。今の原稿についてはシフトチェンジがうまくいったので、しばらくは早朝の執筆がはかどりそうだ。
 今週は「お話出てこい」も「お話の旅」も再放送。けれども、我輩は猫である』の続きが楽しみ。優れた朗読家は作品理解を容易にしてくれる。
 デブネコのミミが月刊「ラジオ深夜便」のI記者を大歓迎。I記者、イラストレーションの出来よりも、ミミが気になって仕方のない様子。ミミに人気が集中しているので、アルルは面白くない。マッサージチェアで丸くなったまま、呼んでも動く気配もない。
 火星軌道投入に失敗したロシア火星探査機、フォボス・グルントが地球に落下してくる。大半は大気圏で燃え尽きるのだが、200キロに相当する燃え残りが落ちてくる。その時間と範囲がなかなか特定できない。日本にも落下する可能性があるので、ちょっとスリリングだったが、こっちの知らないうちにどこかの海に落ちていたらしい。隕石にしろ、人工衛星にせよ、それにぶつかって死んだ人のいないことは奇跡的。宝くじに当たっている人は、いくらでもいるというのに。
 いつもの透析はラジオを楽しみながら。大笑いなのが除染対策。除染ビジネスはゼネコンが独占するらしい。こういう結果になるのは、きっと、どこかにカラクリがあるのだろう。絶対安全を保証していた原子力村とゼネコンに対放射能スキルがあったとも思えないが、除染対策の膨大な予算が、またまた原子力村の住民たちの間で回されるのだ。原子力で儲かる向きは嬉しいのだろうが、放射能で避難しなければならない住民はたまらない。
 ミドリムシが話題になっている。正式にはユーグレナ。この地球では人類よりはるかに先輩。ミドリムシとあるが、虫ではない。植物と動物の双方の特性を有する微生物。将来有望な栄養食品である。ミドリムシクッキーには既に人気が集中しているらしいのだ。
 帰宅して時間を潰し、やっと藤沢修平の『海鳴り』の続きを聴くことができた。それまでの時間、「ラジオ深夜便」のナイトエッセイを楽しんだ。今週のテーマは「てずま」。手品のことであるが、大袈裟な道具を使わず、手さばきだけで見せる技である。江戸時代には大変に流行したらしいが、昔も今も、海外で人気があるらしい。芸人さんが語るので、話がうまく、今週が楽しみである。
▲ かじかんで縮んで遠き春よこい

0117・火・阪神淡路大震災から17年・
 5時半に起きてNHKラジオをつけると、神戸から追悼式の生中継をやっている。17年前のあの朝を思い出す。やはり早起きで、大震災の第一報を耳にしたのだが、未明のことで、詳しい情報が入ってこず、不安な時間を過ごしたものだった。
 TBSラジオに回すと、「おはよう一直線」のハッピー占いは最高レベル。何かいいこと、あるかもしれないと無駄な期待をしてしまう。
 キジバトポッポが解放され、窓辺の新聞紙の運動場で遊んでいる。乾いた新聞紙がリズミカルに鳴って、心地よい。
 NHKラジオアーカイブスは有吉佐和子さん。『恍惚の人』や『複合汚染』で知られる大作家だが、53歳とは早死にで惜しい。一日に2時間しか執筆できなかったというほど、原稿用紙の上で命を磨り減らしていたのだろう。田中康夫さんもおっしゃっていたが、知事の仕事より、原稿執筆の方がはるかに消耗するそうである。そういう自分も、お金をいただく原稿となれば、やはり緊張の度合いが違うのだ。
 遭難した豪華客船の乗客たち、次々に日本へ帰ってくる。そのインタビューを聞いて驚く。
「救命ボートに乗っていた半分以上が客船のクルーなんですよ」
 船長も船長なら、乗組員も乗組員。乗客の命より自分の命の方が大切なのだ。ううん、こういう国民性だからユーロが危うくなるのだろう。どうしても、そんな風に思えてしまう。
 今年もセンター試験が話題になっている。この試験、この時期でないとダメなのだろうか。ボクにも経験があるが、雪道を試験会場へ向かうのはつらい。風邪でもひいたら、不利なこと、この上もない。センター試験を遂行する側に緊張感や責任感が感じられない。大学当局も、毎年のように変わる試験方法に戸惑っているに違いない。フランスのバカロレアみたいな、もっと洗練されたシステムにするか、もしくは入試は各大学の裁量に委ねた方がいいような気がしてならない。
 建物入り口までビックリバンの藤澤監督が迎えにきてくださった。経堂の事務所で、これから牡蠣鍋パーティーがあるのだ。馬場民子さんの料理であるから楽しみ。驚いたのが源氏物語の山下智子さん。あのごつい牡蠣を器用にむいて、次々に生牡蠣を食べさせてくれた。映画『いのちの林檎』のタイトル文字を書いたボク。パンフレットをデザインしたマモさん。この5人で深夜まで愉快におしゃべり。ボクは立川談志師匠の真似で、パーティージョークを連発。みんなを笑わせるのではなく、笑われる。こころみ学園のタナノートンの赤ワインと馬場民子さん手作りのパエヤが秀逸で、ああ、おいしかった。
 帰宅したら日付が変わっていた。酔っ払って熟睡。でも、無意識でもきちんと着替えていたのには、自分で自分を褒めてあげたい。
▲ 生牡蠣やレモンとワイン新年会

0118・水・
 「おはよう一直線」のハッピー占いのラッキーレベルは最低。でも、生島アナウンサーは愉快。今朝も手元の原稿を明るく無責任に紹介する。
 遭難したイタリア豪華客船の脱走船長と沿岸警備隊の交信記録が公開された。両者ともイタリア人であるから、会話の内容からすれば、まともなイタリア人もいる、という証明にはなるだろう。それにしても、なんたる腰抜け船長。夢の豪華客船の旅ではあるが、今後の乗客の減少は免れないであろう。
 記録的な乾燥注意報の連続である。インフルエンザも流行している。ワクチン接種は済ませてあるとはいえ、手洗いとうがい、洗顔だけは忘れてはならない。
 福島あたりで、またまた地面が揺れている。あそこの原発、本当に大丈夫なのだろうか。内視鏡でのぞいている場合ではないような気がする。それにしても、東電社長の会見には驚いた。謝罪するところを開き直ってどうするのか。最悪の事態を想定しなかった責任は甚大ですぞ。
 日本の捕鯨活動を阻止し、逮捕された反捕鯨活動家たちにオーストラリア国内にも批判の声が高まっているとのニュースが届いた。以下はマキコ特派員からの配信記事の転載である。
 オーストラリア沖で調査捕鯨船団の監視船・第2昭南丸に乗り込んで拘束され、豪州側に引き渡された同国人活動家3人が16日、帰国した。3人のうち1人は別件で地元警察当局により拘束されたが、2人は帰宅を許された。 今回、3人の身柄を引き取るために要した燃料などの移送費用は数十万豪ドル(数千万円)。豪国内では活動家への批判の声が強く、移送費用を活動家本人に支払わせるべきだとの自己責任論がわき上がっている。 豪AAP通信などによると、今月8日、第2昭南丸に乗り込んだ豪州の環境団体「フォレスト・レスキュー」の活動家3人は16日、豪税関船で同国南西部アルバニーに到着。うち1人の男性活動家(44)は過去の違法行為による罰金が未払いだったため、帰港直後に拘束されたという。 「フォレスト」関係者は電話取材に対し「過去の団体の活動をめぐる罰金が未払いだったため逮捕された。罰金を支払えば釈放されると言われた」と話した。 ただ、今回の乗り込み行為をめぐっては、ギラード豪首相が「無責任だ」と指摘。調査捕鯨を批判する有力紙シドニー・モーニング・ヘラルドも、税金でまかなわれた移送費用について「彼らに結果責任を負わせるべきだ」と主張している。インターネット上でも「豪州のイメージを汚した」との声が寄せられているほか、乗り込みを支援した米反捕鯨団体、シー・シェパードにも責任を負わせるべきだとの批判が出ている。(佐々木正明)
 河馬は鯨偶蹄目(くじらぐうていもく)に属する。つまり、鯨と河馬は親戚なのである。鯨類を神聖化する白人たちはこの事実を知っているのだろうか。盲目的な反捕鯨活動にボクは批判的である。イルカやシャチ、ザトウクジラを魅力的な生き物であると認める。けれども、食材としての鯨をボクは高く評価もする。そもそも、欧米における捕鯨の歴史を、反捕鯨家たちは勉強したことがあるのだろうか。欧米の機械油を採取するだけで残りは打ち捨てる商業捕鯨と、日本の文化としての捕鯨を比較研究したことがあるのだろうか。ここは宗教観の違いもあるだろうが、反捕鯨の白人の脳味噌を、ボクは薄っぺらと笑ってあげたい。
 透析中の食事は右手一本でする。左の腕には透析のための注射針が2本、挿入されているからだ。もう26年も右手一本の食事をしてきているが、今夜は困った。チーズで固まったグラタンがフォークに刺さったまんま、どうにも抜けないのである。それを目撃したヘルパーの女性、Kさんがすぐに助け舟を出してくれた。盲目で片手。その状況で食事をする患者もいる。もう少し、料理の内容を考えていただけるとありがたい。
▲ ラジオでは東京砂漠流す朝

◇ バーチャル四国八十八カ所コース

 21番、太龍寺を夢想参拝、通過しました。 次は22番、平等寺。
 あと34,785歩です。 現在の歩数326,815歩。 1周目挑戦中!

0119・木・
 5時より活動開始。「おはよう一直線」のハッピー占いのラッキーレベルはスタンダード。これを確かめると一日が始まる。
 ラジオがついて、パソコンが立ち上がると条件反射のように、アルルが起きてきて、すぐにボクのベッドに跳び上がり、丸くなる。
 目覚めたらエンジン全開。すぐに執筆に集中できるようになった。先日のNHKラジオアーカイブスの有吉佐和子や、寺村輝夫先生がいつもおっしゃっていたように、原稿執筆に集中できるのは朝の2時間だけ。ボクの場合も同じで、原稿となると、同じパソコンに文字を打ち込むのでも磨り減る神経が違うので、2時間過ぎると、身も心もヘタヘタになる。
 マキコ特派員から驚くべき情報が配信されてきた。犬猫ホスピス。このような施設がたくさんできており、動物愛護団体が抗議をしているとのこと。当然であると思う。以下はそのホスピスの広告文句。犬猫を愛する人たちは、これを読んでどう受け取るのであろう。世の中には恐ろしいビジネスが存在する。
【あなたの大切な愛犬をお預かりいたします】
 老犬ホーム・老猫ホーム○▽□は、自然豊かな環境と広々とした犬舎・猫舎・ドッグランを備えた犬や猫たちが安心して暮らせる、ケアホームです。病人の介護や転勤・海外出張、住宅事情の変化などにより愛犬、愛猫と離れて暮らさなければならない場合の生涯お預かり・長期お預かりいたします。
 拝金主義の世の中、万事お金で解決できると思っていたら、とんでもない。悪魔のような連中が牙を研いで新しいビジネスを考える。リテラシーが必要なのは報道だけではないのだ。
 イーストマン・コダックが破産した。コダックファンのボクは寂しくて仕方がない。エム ナマエの作品ストックもすべてコダックのポジフィルムである。その昔、コダックフィルムの美しさに感動したことが懐かしくてたまらない。
 イタリアでは、脱走した船長に警告を与えた沿岸警備隊の隊長に人気が集中しているとか。こうなると、脱走船長の名前、スケッティーノも間が抜けて聞こえるから不思議である。さて、世界的な豪華客船ブームにも問題はあるらしい。あのタイタニック号が2千人、今回の豪華客船コスタ・コンコルディア号が4千人、中には6千人を収容する大型客船まであるというから、近年の豪華客船の大型化はすさまじい。故に安全対策も強化され、船体の強度や操船テクノロジーも格段に向上しているに違いない。けれども、技術が革新されればされるほど、技術過信となり、ヒューマンエラーの発生する可能性が大きくなる。10万トン級の豪華客船が年間10隻も建造されるとなると、乗組員教育も間に合わない。素人ばかりが乗った豪華客船は恐ろしい。
 朝から執筆に集中し、それに疲れると、気分転換に17文字原稿をまとめる。絵夢助人さんに送信したのは夕方になってから。
 「デイキャッチ」のコメンテイター、山田ゴローさんの発言にはいつも注目している。本日も面白いことをいっていた。ステルスコマーシャルである。最近話題のタベログのやらせは今に始まったことではないらしいのだ。昭和64年、天皇陛下崩御の際の自粛ムードと、その後のバブル崩壊で広告業界の苦戦が始まった。そうなれば、広告奪取合戦である。そこで現れたのがステルスコマーシャル。雑誌の中のサブリミナル効果とでもいおうか。記事の形をした広告、つまりやらせ記事である。そこで雑誌媒体は信頼を失い、コマーシャルでないところのネット関係に人々は情報を求めるようになった。けれどもやらせサイトが問題になった昨今、今こそ雑誌媒体の信頼復活の好機ではないのかと山田ゴロー氏は力説するのである。
 大相撲で大関がふたりも飛んだ。把瑠都(ばると)に稀勢の里(きせのさと)。全勝対2敗の勝負だったが、楽しみにしていただけに把瑠都(ばると)の変化は期待外れだった。結びの一番は横綱白鵬(はくほう)に大関日馬富士(はるまふじ)。今度は大関が飛んだ。ふたつの取り組みに要した時間がたったの2秒だったと聞いてあきれる。金を支払っての観客であるから、変化相撲に対する失望は当然であり、これでは大相撲人気の復活は期待できない。
 雪が降るかもしれないという。けれども、コボちゃんの帰宅が遅い。心配していたら、ちらほら何かが降っているといいながら、コボちゃんが転びもせずに帰ってきたので安心した。いよいよ、初雪となるらしい。
 今夜も早寝。遅い時間に電話が鳴っていたが、そのまま眠り続けている。夜中にふと目覚めると、ミミの声がする。どうやら、ボクの熟睡している間にキジバトポッポとのバトンタッチがあったらしい。
▲ 初雪や滑って転ぶ雪だるま

0120・金・
 早寝のおかげで3時から活動開始。夏でもないのに、この時間の原稿執筆に集中できるのは幸せ。これからも、なんとか寒さに打ち勝ちたい。
 いつもの時刻にラジオをつける。「おはよう一直線」のハッピー占い、運勢は最低レベル。けれども、気分は充実。原稿の先が見えてきたのだ。
 コボちゃんが起きてきて、第一声が
「雪が降ってる!」
 ちらりほらりの雪でなく、本格的に降っているらしいのだ。困った。本日は信濃町の慶応病院にいく予定なのだが、雪道での転倒だけは避けなくてはならない。
 NHKラジオ第二「お話の旅」はエコーとナルシス。ギリシャ神話を若山玄蔵が語っているのだが、ミスキャストのような気がしたのは脚本のつまらなさの影響かもしれない。効果音もチープだったような気がする。日本のどこか、霞のかかった里山の風景が見えてきてしまう。ギリシャの空気が再現されていないのだ。そんなことを考えて聴いているうちに、コボちゃんが受診の予約を変更してくれていた。
 大相撲、初場所は意外な展開。把瑠都(ばると)が全勝を維持して、白鵬(はくほう)が負け、千秋楽を前にして大関の把瑠都(ばると)の優勝が決まってしまったのだ。新大関の稀勢の里(きせのさと)の頑張りもあるので、今場所はまだまだ面白い。
 志木高の友人夫婦と今年最初の顔合わせ。昨年暮れに愛犬を失って、その寂しさが伝わってくる。愛犬を失うつらさは肉親の死に匹敵する。
 駐車場のクオリスに雪が積もっていた。コボちゃんがそれを手袋をした手で払い落とす。それにしても中途半端な積雪。もっと積もればアルルも雪遊びができたのである。
 いつもの透析。金曜の夜は東京FMがいい。18時からのピーター・バラカン。20時からの柳家喬太郎。このふたりの番組がいい。
 ピーター・バラカンの番組では昨年、上杉隆が勇気ある宣言をしていたが、今夜のゲストは吉田照美。「やるまん」の、あの吉田照美である。吉田照美さんと小俣雅子さんには本当にお世話になったが、あの当時、ボクが何度も「やるまん」に出演させてもらっていた頃の吉田照美さんはおチャラケたイメージで、シモネタの人、シモニタのネギではありません、であったのだが、今夜の彼は違う。まともなことを語っているのだ。聞けば、3.11をきっかけに、彼の内側で何かがシフトしたらしい。アーサー・ビナードや上杉隆氏ともつながっているらしく、ことに、今夜の彼が紹介していた詩人のアーサー・ビナード氏の言葉、テレビは民を安心させ、そこに定住させる、は真実を切り取っていると思った。我が家でも以前からテレビとは縁が遠かったが、チデジ化を垣根に、完全にテレビとは無縁になっているが、不便を感じたことは一度もない。大切な時間をテレビなんかに吸い取られてたまるものか。
 たまに聴くだけだった柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)のきんきら金曜日」、最近になって必ず聴くようにしている。喬太郎(きょうたろう)は落語だけでなく、インタビュアとしても傾聴すべきものがある。今夜のゲストは廃屋写真家。この人物も不思議に魅力的。喬太郎(きょうたろう)の巧みな問いかけや返答が廃屋写真家の口を滑らかにする。彼は幼児の頃から捨てられた物たちの写真を撮っている。それは彼が生まれた新宿に、廃線になった都電の線路があったせいだろう。ゴールデン街を横切るように延びていた廃線を、ボクもよく覚えている。忘れられない魅惑の風景であった。傷つくことを恐れ、孤独を恐れた幼年時代の廃屋写真家が打ち捨てられた物たちに魅かれるのは、忘れられた建物が、錆付いた線路が、誰も通る者のないトンネルや鉄橋が、打ち捨てられた機関車が、忘れ去られる恐怖を超越し、孤独を克服し、朽ちていく寂しさに耐えている姿であるという。
「アンチ・アンチエイジング」
 廃屋写真家はこれを提唱する。諸行無常。すべては移り変わるのだ。
 ボクも古い建築物や鉄道、廃墟に興味があり、若い頃は古い発電所や原爆ドームのような絵を描いたり、滅び行く蒸気機関車を夢中で追いかけていた時代があった。廃屋写真家の勧める廃道のポイントが、ボクの生まれた場所や暮らしていた場所のすぐ近所にあって、見たこともないくせに、それが具体的な映像となって浮かび上がってくるのには驚いた。ラジオはいい。いくらでも好きなようにイメージを膨らませることができるのだ。もしも目が見えたなら、この写真家の本、すぐに購入することだろう。
 今夜も早寝に徹する。このリズム、大切にしたい。
▲ 白い物降れば予報士出突っ張り

0121・土・大寒・
 5時より活動開始。予定の時刻まで執筆に集中する。頭脳が原稿執筆モードに入っているので、キーボードに指がかかれば、たちまち集中できるようになっている。
 ただし、NHKラジオ「当世キーワード」だけはチェックする。今朝、引っ掛かった言葉は「コンカツ女」。別名、「カスタネット娘」。高いカカトのサンダルで、コンクリートの道路や階段をコンコンカツカツ鳴らして歩く迷惑ギャルのことである。あれはやかましい。ボクなんか、耳がこだまして、メクラになってしまう。
 音声腕時計のアラームで頭を切り替え、パソコンから離脱する。8時からはNHKで「ラジオ文芸館」。ただし、今朝は再放送。記憶にある作品だったので、朝食をしながらのんびりと聞き流す。
 コボちゃんは大寒の日の冷たい雨の中を千葉まで出かけていく。仲良し5人組とランチの約束なのだ。
 久米宏の番組に「希望学」の研究者が登場するとあって、パソコンから離れ、傾聴する。東大の研究グループであるらしいのだが、絶望しなければ希望も見えない、というボクにとっては至極当然の話をしていた。それにしても久米宏さん、もう少し出演者に語らせてくださいよ。出演者を出しにして、己の勉強熱心をアピールしてどうすんのさ。
 最近は天気が悪く、やたらに寒いので散歩もせずに運動不測。パカパカ行進曲をBGMに筋力運動とストレッチ、室内徒歩で、せめてもの運動をするのである。ただ、サタデイ大人天国で笑いながらだと、筋肉が目覚めず、本当の運動にはならないらしい。ときどきは各部の筋肉に訴えかけ、「今、お前を鍛えてあげているんだよ」と声をかけてやらなければならない。
 どうも寒くていけない。こう寒いと、キーボードを叩く指もかじかんで勤労意欲も萎えてしまう。そういうタイミングで、コボちゃんが震えながら帰宅。外は氷雨が降っていて、尚更寒いのだ。
 ボクのリクエストにより、コボちゃんの買ってきてくれた新潟特産の牛肉弁当を肴に日本酒をやりながら、NHKラジオ「真打競演」を聴く。漫才の春風幸太福太(こうたふくた)は笑わせてくれたが、牧伸二(まきしんじ)の歌はマンネリでつまらない。この人、本当はもっと面白いのに、芸の出し惜しみはやめて。三遊亭歌武蔵(さんゆうていうたむさし)は8日の日曜日、TBSラジオ「爛漫寄席」で聴いたばかり。「真打競演」も「爛漫寄席」も、どちらもラジオには貴重な寄席番組なのだから、双方が歩み寄り、プログラムについて、もっと打ち合わせができないものかと思ってしまう。
 酔っ払ったので、すっかり寝る準備をしてから、22時25分からのラジオ第二「朗読の時間」再放送、『我輩は猫である』を聴く。ベッドで横になっているから、いつか熟睡してしまう。
▲ 大寒やここを過ぎればあと一歩

0122・日・
 3時より起きて原稿執筆に専念。オノマトペ、もしくはてにおはエンジンが温まっているので、たちまち集中できる。こうした時間を体験できることを幸せだと思う。
 6時になればパソコンから離脱して気分転換。文化放送では志の輔(しのすけ)ラジオ「落語でデート」が始まるからだ。今朝のデートのお相手は六代目モーニング娘のリーダー。志の輔(しのすけ)師匠、25歳のギャルの軽さに苦戦している。このギャル、落語よりもボケていて面白い。落語は三代目三遊亭金馬(さんゆうていきんば)師匠の『七の字』。一度も寄席で聴いたことのない根多(ねた)で、ボクの金馬CD全集にも収録されていない珍しい話。モームスの先代リーダー、火鉢がわからず、落語の中身も見えていなかった様子。無理もない。中学生のときから芸能界で活動しているのだ。でも、この明るさがあれば、どんな未来にも対応できるだろう。頑張れ、頑張れといったら、余計なお世話といわれるだろうな、やっぱり。
 6時半よりニッポン放送では藤沢周平傑作選。予告通り、暗い展開である。『木綿触れ』の背景にある封建時代の搾取の構造と人間模様が次第に明らかにされていく。
 NHKラジオ「音楽の泉」をBGMにして前日の日記をつけることにした。今朝はベルリオーズの幻想交響曲。魅惑的なタイトルなのに、どうして心が弾まないような旋律なのだろうと以前から不思議だったが、今朝の皆川先生の解説でわかった。これは主人公の作曲家が遭遇する悲劇的な物語がテーマなのである。
 9時半よりNHKラジオ第二で伝統の番組「上方演芸会」。この番組、原稿執筆に疲れた神経をリラックスさせるには最適の時間帯。気分を解放して笑いで神経をほぐしてやってから、しばらくベッドで横になる。するとアルルもベッドに跳び上がる。その丸くなった背中を抱いて眠るのである。
 日差がないので寒い。おまけに氷雨も降っている。けれども、暖かい部屋にいられる幸せ。それでも指がかじかむので、ポットから熱い湯をカップに注ぎ、それで手を暖めながらキーボードを叩くのである。
 大相撲は千秋楽。新大関稀勢の里(きせのさと)が琴欧洲(ことおうしゅう)を下し、琴奨菊(ことしょうぎく)も日馬富士(はるまふじ)を相手に勝ち越しを決め、横綱白鵬(はくほう)は把瑠都(ばると)の全勝優勝を阻止して横綱の意地を見せた。週末になれば満員御礼、今後の大相撲に期待である。
 この日曜日、ときどきラジオでリラックスしながら、仕事をぼちぼち進めることができてよかった。これで春がきてくれればいうことなし、なのだが。
 氷雨はやんだのだろうか。コボちゃんがアルルを連れて夜の散歩に出かけていった。ここ最近の悪天候である。晴れてくれないと、アルルもつまらない。
 20時よりTBSラジオでは「爛漫寄席」。十代目桂文治(かつらぶんじ)の特集である。この秋に十一代目を襲名する当代文治(ぶんじ)が先代の演じる『親子酒』を解説している。先代桂文治(かつらぶんじ)は、伸二(しんじ)時代によく新宿の世界堂をうろついていた。とてもチャーミングなお師匠で、目が合うと、あの大きな目玉でギロリと見つめられたものだった。おそらく、新宿末広亭の出番までの時間を潰しておられたのだろう。もちろん寄席で何度も拝聴した大好きな落語家だった。
 コボちゃんが特上和牛を使ってキノコたっぷりの肉豆腐を作ってくれた。それを肴にワインを飲みながら有線放送の落語チャンネルを楽しむ。コボちゃん、和牛があんまりに安売りされていて、農家が気の毒でたまらないという。不景気が原因なのか、放射能が影響しているのか、せっかくの牛肉を大切にできる世の中であって欲しいと思う。
 今夜も早寝。今、いちばん楽しいのは未明の執筆なのである。
▲ 今日もまた雨か雪かの天気予報


2012年1月9日〜15日
☆ この日記は、透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は、一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのガイドです。

0109・月・成人の日・
 5時より活動開始。音声腕時計のアラームでラジオをつけると、「おはよう一直線」は生島(いくしま)アナウンサー。やっぱり、この人の天然ボケがないと面白くない。けれども、その生島アナウンサーでも、今朝のハッピー占いの吉兆レベルはスタンダードと、あんまり面白くない。そもそも、ボクはこの無駄な連休が嫌いで、無茶苦茶に面白くないのである。成人の日。本当はこの休日、1月15日だったはず。それを無理矢理に月曜日へ引越しさせたのは旧政権の人気取りの愚策。 おかげで年中行事の伝統が滅茶苦茶にされてしまった。ボクの暮らしのリズムも壊された。
 NHKラジオ第二の「お話出てこい」は落語の『初天神』。内容が理解できなくても、落語のおかしみやリズムが幼児の心に届けばいい。ただし、この落語に不必要な効果音やBGMをつけるのは考え物。三味線などの音曲は別として、落語は聴いているだけで様々な、聞こえない音が聞こえてくるはずのもの。そこのイマジネーションが鍛えられなければ落語を聞かせる意味がない。
 NHKラジオ第二「朗読の時間」では今朝から10回連続で夏目漱石は『我輩は猫である』の続編、『くしゃみ先生のお正月』。明治38年、1905年発表の作品。朗読が名優の近石真介(ちかいししんすけ)であるから、これは猛烈に楽しみである。
 マキコ特派員がボクのため、今日も興味ある記事を配信してくれる。以下は記事からの転載である。
 神戸市須磨区の須磨海浜水族園で、サメの一種「シロワニ」がのど元にとげを刺したまま悠々と泳いでいる。同水族園によると、飼育担当者が5日に発見したが、3日たった8日も抜けておらず、気をもんでいる。 水族園によると“容疑者”は体幅約90センチ、大きな翼状のひれが特徴の「マダラトビエイ」。4日夜、同じ大水槽で暮らすシロワニとけんかし、しっぽの付け根にあるとげを刺したとみられる。 シロワニはアジやサバを食べて暮らす大型のサメ。エイのとげは護身用で、毒もあるが、効いたかどうかは不明だ。引き抜くと傷が広がる恐れがあり、同園は自然に抜けるのを待っている。 エイの右ひれにもかまれたような傷があり、全治約1カ月。抜けたとげは再び生えるという。広報担当の中山寛美さんは「自然界では通常、両者は出会わない。めったにないことで、元気があり余っていたのではないか」と話している。
 さて、これもマキコ特派員からの配信。テレビも新聞もネットも見ないボクだから、ラジオだけでは得られない情報は貴重である。
 京都府福知山市猪崎の市動物園で今月3日、ニホンザル26頭を飼育している「猿ケ島」(さるがしま)に花火が投げ込まれる被害があったことが分かった。けがをしたサルもおり、同園から相談を受けた京都府警福知山署は、不法侵入の疑いがあるとみて調べている。 同園などによると、閉園時間帯の3日午前6時15分ごろ、5人組の男が約15分にわたり、大量の花火を投げ込んでいる姿が防犯カメラに写っていた。サルが逃げ込んだ寝床に花火を投げ入れる場面もあった。 猿ケ島の中には、打ち上げ花火などの燃えかす約30本が落ちており、ニホンザルの雄1頭が顔面にやけどを負った。二本松俊邦園長は「サルが人間不信に陥っている。二度とこんなことをしないでほしい」と呼び掛けている。
 もしもボクが王様になれたなら、この犯人を逮捕して裸にし、その檻に花火を投げ込んであげたい。と思うボクも残酷なのかも。人はときとして、考えられないような残酷なことをする。
 タクシーを呼び、単独で透析質にたどり着く。休日で透析の時間が早いため、コボちゃんの帰宅が間に合わないのだ。病院ではエレベーターを使えない。この病院はバリアフリーではないのだ。階段を上がって透析質のフロアまでいくと、看護師さんがボクを発見し、ベッドまで誘導してくれた。
 休日は透析が早いだけでなく、夕食も供されない。透析の終わったボクはコボちゃんに吉野家の牛丼の特盛りをりおねだりする。そいつを口に運びながら、ラジオをつけて驚いた。「新話の泉」をやっているのだ。家元、立川談志のいない話の泉。家元を偲ぶ話の泉。メンバーの毒蝮三太夫、ミッキーカーチス、山藤章二、松尾たかし、嵐山孝三郎が次々と家元との出会いや思い出話を披露する。ボクは牛肉を咀嚼しながら、涙が止まらなくなっていた。メンバーの誰よりも、ボクは談志家元からいい思い出を与えられている。そう思えたからだ。出会いのとき、ミッキーカーチスは談志にハグされたといい、メンバーを羨望させていたが、ボクなどは何度ハグされたかわからない。45年前、18歳のとき、東横線で初めて会ったとき以外、立川談志はいつもボクをハグしてくれた。その数々の場面を目撃してきたコボちゃんも涙ぐんでいる。落語ファンのボクらにとって、不世出の落語家、立川談志から可愛がっていただいたことは、永遠の宝となっていくだろう。談志のいない新話の泉はつらい。でも、立川談志の思い出話はいくらでも聴いていたかった。
 24時半を過ぎても、「ラジオ深夜便」ではずっとミッドナイトトークをやっていて、いつまでも終わる気配がない。こっちは話の内容なんかどうでもよく、早く藤沢周平の『海鳴り』の朗読を聴きたいのだ。ところが、結局朗読の放送はなかった。むむむ。2週間も続きを聴けないとは、こいつは拷問だ。腹を立てながらベッドに潜ったら、いつまでも目が冴えて、眠れなかった。
▲ 憎まれてネタを残した弟子思い

0110・火・
 昨夜のことがあったので、朝寝坊。目覚めたら「スタンバイ」をやっている。「おはよう一直線」を逃したので、本日のボクのラッキーレベルは不明のまんま。
 コーヒータイムは立川談志の72歳の録音を聴きながら。晩年の家元の落語は自分には理解できないといいながら、コボちゃんは勤務に出かけていった。
 今朝のラジオタイム、「お話出てこい」は昨日の続きで、またまた落語。出し物は『粗忽の使者』(そこつのししゃ)。短い時間なので、ちょっと落語が勿体無い。「朗読の時間」は夏目漱石の続き。落語のCDをトレイに乗せたまま、夏目漱石に夢中になることは、談志師匠も許してくれると思う。何故って、夏目漱石も猛烈な落語ファンであったからだ。落語通であれば、漱石の小説が落語ネタで満ちていることにたちまち気づくのである。
 それでもやっぱり、昨夜の「新話の泉」の後遺症である。立川談志と一緒にいたくてたまらない。そこで、立川企画の松岡社長プロデュースの立川談志朗読『新撰組』の3枚組のCDを聴く。以前にも触れたが、司馬遼太郎の原作を、立川談志が自由自在に語っている。その小気味のいいこと。ボクは幕末の京都に遊びながら、おえかきデスクにしがみついた。立川談志の語りと下絵の作業。手と頭はバラバラに動いてくれるのでありがたい。
 気がついたら夜になっていた。空腹に任せて御節料理の残りをすべて平らげて、これで安心。食べ物を無駄にするのはつらい。本当は酒を飲みたかったが、煎茶でガマンする。本日はずっとおえかきデスクのワークだったので、これからパソコンデスクに向かうのだ。
 と思っていたら、「ラジオ深夜便」のミッドナイトトークは加山雄三。聞き手が違うからつまらんだろうと思っていたら、放送は録音で、お相手は須磨佳津江(すまかつえ)アナウンサー。となれば、傾聴。コボちゃんも夢中になって聴いている。自分の親について語るので、以前の繰り返しの内容もあったが、19歳のときの臨死体験には驚いた。加山雄三氏は、持ち前の科学的分析力で、臨死体験で目撃が報告される花園は窒素酔いであるとしていたが、そうであるのかもしれない。ただ、その蘇生のプロセスが母親の愛情によるものであった所は、科学では割り切れない何かがあるような気がしている。ねっからのファンであるから、ボクがそう思うのは仕方ないことだが、加山雄三という人、いくらでも奥行きのある人物で、次回が楽しみである。
 ミッドナイトトークが終わってからのパソコンワークだったので、就寝は2時を過ぎていた。
▲ 缶詰にされても熱狂ライブなり

0111・水・東日本大震災から10ヶ月・
 5時半より活動開始。今朝の「おはよう一直線」のハッピー占いはスタンダードレベル。
 パソコンに向かって、言葉の絵本アンコールテキストの最終チェックをする。繰り返し推敲してきたが、それでも気になる箇所が出てくる。パソコンに朗読させたり、自分で口にしてみたりして、一字一句について考察を加える。愛育社へテキストを送信したら、「お話の旅」の時刻になっていた。
 今朝のお話はロシア民話で『雪娘』。日本にもまるで同じ内容の民話があって、これは以前、「お話出てこい」でやっていた。雪でこしらえた娘である。夏になれば体調不良になるだろうし、焚き火(たきび)にあたれば蒸発もする。雪娘は雲になってしまいました、という悲しいような、当たり前のような、不思議な物語をBGMに、ひさびさの筋力運動をする。「朗読の時間」は引き続き、夏目漱石の『くしゃみ先生のお正月』。どんなにユーモラスに朗読しても、やはり夏目漱石、英語や漢語の教養に裏づけされた文学性に満ちているのである。うむむ。やはり明治の文豪はすさまじい。
 東日本大震災から10ヶ月である。各地で追悼の行事があったが、被災者のみんなはどうされているのだろう。いざというとき、自衛隊や警察、消防は働いてくれたが、国が働いたという実感があまりないのは残念無念。この国が成立しているのは、国民が真面目だからだ。個人が国を支えているからだ。
 北の国では、将軍様の追悼行事に参加しなかったり、参加しても涙を流さなかった人民に対して、最低半年間の強制労働という処罰が加えられている、という消息筋からの情報。また、世襲を批判した者は政治犯収容所に送られているとか。尊敬されない独裁者の寿命は長くないといわれるが、これら情報が真実であるとすれば、北の国が転覆するのも、そう遠いことではないのかもしれない。ただ、我々に伝えられる北の国情報のすべてが事実と違っていたらどうなのだろう。もしも三代目が賢人であったなら、この体制を利用して、理想郷を実現することも不可能ではないと思うのだが。賢者が独裁者になれば、理想は実現されるが、独裁者が賢者でいられる期間は長くはない。
 オウムの元幹部、平田容疑者と元看護婦の17年間の逃亡生活、いや、逃避行にいささかの興味がある。いかなる暮らしであったのだろう。ふたりを結びつけていたのは、信仰であったのか、それとも愛情であったのか。いずれにせよ、強い意志がなければ、17年間の逃亡生活は続かない。
 週末時計の針が1分間進んで、核戦争による人類破滅のときまで、あと5分となった。オバマ大統領のプラハ宣言のとき、針は1分間戻され、最後のときまで6分間とされていたのだが、あれから具体的な進展はなく、依然として発射可能な核ミサイルは2万発と、地球の運命は危うい。それが時計の進んだ理由であるらしい。核兵器のない世界を公言したオバマの下で、つい先日もスパコンによる核実験が実施されたばかりである。
 裁判のニュースが目立つ。謎の女の周辺で起きた男性たちの連続死。裁判員裁判に要する日数は100日間と負担は大きいが、もしも自分が裁判員に選ばれたらどうだろう。やっぱり裁判の中身の誘惑に勝てないような気がする。
 JR西日本の社長が無罪になった。この裁判、おかしなことだらけ。こんな大事件で責任者が無罪になるなら、司法なんて存在価値がない。法治国家が聞いてあきれる。
 霞ヶ関もマスコミも、どうにでも小沢一郎を有罪にしたくてたまらないらしい。この人、噂によれば人相がかなりよくないらしく、その悪人面を強調するような写真や映像ばかり世間に流されては、国民も、悪いのはあいつと思わされても仕方がない。けれども、政治家と一般人、ことに貧乏な弁護士と、小沢一郎の金銭感覚に乖離があったからとて、それで有罪になるのだったら、監獄は政治家で満員御礼となる。人間、法律のことばかり考えていると、馬鹿になるらしい。
 気になるニュースばかりの一日だったが、透析の時刻まで、ICボイスレコーダーやパソコン内部のメモを整理する。これをサボっていると、肝心なときにメモが役立たなくなってしまう。
 透析中はヘッドフォンによるFMが楽しみ。今夜の-Jam the World-は堤未果さんが担当。冒頭から、満月で地震が心配とか、福島市内の放射線量が増加しているとか、物騒なことをいっているが、彼女が根拠なき出鱈目をいうとも思えない。そう思っていたら、番組でとんでもないことを聞いてしまった。秘密保全法案を通貨させようという動きがあるらしいのだ。この法律ができれば、軍事、公安など、国家の安全に関する担当官僚が指定する国家機密を公務員が漏洩した場合、10年以下の懲役。もしくは、担当公務員に、機密に関する取材をした記者にも同罪を課する、というものである。9.11の後に、米国では愛国法が制定された。日本では3.11の後に秘密保全法が制定されようとしている。国民から事実を知る権利と自由を奪おうとする動きであるが、ボクは原発と放射能のことが気になって仕方がない。まぁ、もしも法案が通過すれば、こんな文章をネットに掲載しているボクも、懲役に課せられる可能性が出てくるわけだ。自民党も霞ヶ関の傀儡だった印象があるが、首相が野田佳彦(のだよしひこ)という男になってからは、官邸は霞ヶ関の犬小屋にされてしまった、という噂もある。これからは、これまで以上に、流れてくる情報には眉に唾をつけてから接したい。
 透析中、緊張してラジオに傾聴していたので、帰宅したら疲れた。酒も飲まず、まっすぐにベッドへ。布団をかぶったら、たちまち熟睡。名人、三笑亭可楽(さんしょうていからく)の落語を聴いている暇もない。
▲ 某国を笑えはしないJR

0112・木・
 5時半より活動開始。「おはよう一直線」の占いはスタンダードレベル。何で自分がこの占いを気にしているのか、理由がさっぱりわからない。不条理な話であるのだが、これを確かめないと一日が始まらないのだ。
 寒い。東京でも氷の張る朝である。我が家の犬や猫、鳩は暖かく暮らしているが、外の生き物たちはどうしているのだろう。いや、寒い思いをしているのは鳥獣だけではないのだ。
 「お話の旅」は新見南吉(にいみなんきち)の『歌時計』。歌時計とはオルゴールのこと。出演は森本レオで、さすがのうまさ。作品の雰囲気によっては、クサいくらいの演技の方が光ることもある。「朗読の時間」は夏目漱石の『我輩は猫である』の、くしゃみ先生のお正月。ボクの大好きな俳優さん、近石真介(ちかいししんすけ)の朗読が光っている。
 昨夜の堤未果(つつみみか)さんが心配していたように、満月と関係があるかどうかは不明だが、やっぱり地面が揺れた。10時40分、震源は茨城沖、深さは30キロ、マグニチュードは4.8。ポケットラジオをひっつかんで玄関に向かったくらいだから、それなりの揺れを感じたのである。
 昨日から頭痛がする。そういえば、昔はよく頭痛に悩まされ、バファリンのお世話になったものである。その原因は視力か肩凝りか。今の頭痛の原因はよくわからない。視力とは関係ないと思うが、全盲のイラストレーターは、意外に目を使うのかもしれない。あはは。コボちゃんが、寝れば治るといっているが、そんな気はしない。まぁ、ひどくならないことを祈っている。
 やはり今日はよく揺れる。12時20分、福島で震度4、マグニチュード5.8。満月と地震、どれくらい関係があるのか、どこかに化学的な統計データがあるはずである。惑星一直線とか、太陽と地球と月の関係とか、もしも関係があれば、地震学者はそれに関して、もっと発言しているはずなので、おそらく関係ないのだろう。
 猛烈な寒波到来と聞くが、パソコンルームの日当たりは抜群。日光はパソコンデスクのボクを温め、ベッドで長くなっているアルルにも届いている。アルル、引っくり返ってイビキをかいている。
 オウムの元幹部、平田容疑者をかくまっていた元看護師の行動が報告されている。それによると、ランチは近所の弁当屋から安価な「のりべん」などをふたり分購入して、1Kのマンションに戻り、一緒に食べていたという質素な暮らしが浮かび上がってきた。けれども、800万円の貯金があったともされているので、他の信者との関係など、まだわからないことばかり。
 よく知っている編集者から、おかしなメールが届く。ほとんどは文字化けと思われるアルファベットや記号の羅列で、意味のあるのは「クリックヒア」だけ。やばい。これをクリックしたら、とんでもないことになるのは明らか。彼女のパソコンは、某国あたりからの攻撃を受けたのであろう。最近、これに似た怪しいメールがときどき届く。案の定、彼女から謝罪と、直ちに問題のメールを削除するよう、BCC配信による連絡がきた。
 大相撲をBGMにおえかきデスクでイラストレーションの下絵制作。一度仕上げた下絵であったのだが、満足できない箇所があり、再度挑戦である。目が見えているときから、ボクは絵の下手糞なイラストレーターであった。盲目となっては、尚更に下手糞なイラストレーターとなっているに違いない。それを充分に認識してのイラストレーター稼業である。ただ、ひたすら願うのは、ボクのイラストレーションがソウルフルであること。絵に向かうソウルフルな姿勢が伝わってくれれば、それでいいのである。
 というわけで、気になっている箇所を何度も習作してから下絵にかかった。手ごたえはあった。あとはコボちゃんに確認してもらうだけである。
 頭痛に負けて、しばらく横になる。すると、不思議な夢を見る。ボクが美空ひばりと会話しているのだ。彼女、あの世でも歌い続け、美しい老女になっていた。でも、とてもお若く見えますよ、と伝えると、「あなたもよ」と優しくボクをハグしてくれた。不世出の天才ということで、きっと美空ひばりと立川談志がボクの中で合体したのだと思う。
 夜食で元気になり、未明までパソコンに向かう。やりたいことがいくらでもあるのだが、体力と時間がないのである。
▲ 日当たりを犬と分け合う窓辺かな

0113・金・
 おかしな夢を見ていた。ボクが国技館に出かけていくのである。国技館は体育館みたいな板張りで、真ん中に土俵がある。そこでは若い力士が弓取り式をやっている。終わると、パチパチとまばらな拍手。見ると、行司や呼び出ししかいない。そこで、ボクも弓取り式を終えた力士に、心をこめて拍手を送っているのである。稀勢の里(きせのさと)が頑張っているのに、初場所からガラガラの国技館。今でも大相撲の好きなボクは、心配でたまらないのである。
 5時半より活動開始。「おはよう一直線」の占いはスタンダードレベル。ううん、刺激的ではないなぁ。
 台所にいくと、ベランダへ通じる扉が風に鳴っている。雪の粒があたっているのではないかと、ヒヤリとする。雪だけは勘弁してもらいたい。
 2012年に人類が滅亡する、という噂がある。根拠はマヤ文明のマヤ暦。でも、ノストラダムスの大予言も当たらなかったし、某新興宗教の終末予言も当たらなかったし、今となっては、恐怖の大魔王もちっとも怖くはない。まあ、人類滅亡をちょっと信じてみたい気持ちを、恋人同士の連帯感の向上を目指すとか、口説くネタにするとか、楽しむ分には問題ないと思う。今年は金環日食もあるし、不思議な年になるのかもしれない。
 「お話の旅」と「朗読の時間」を楽しんだら、あとはパソコンに集中。頭痛も気にならなかった。
 「デイキャッチ」は宮台真司教授がコメンテイター。明日のセンター試験での試験官はご苦労なことである。さて、宮台教授が熱く語っているそのとき、臨時ニュースが入ってきた。中国国籍の脱獄犯逮捕。逃げ出してから54時間、800人の警官を動員しての逮捕劇であった。それにしても、まるでドラマのような展開に、心配するやら、あきれるやら、笑うやら。最近の警察、ちょっとどうかしていると思うのはボクだけではないだろう。楽をしたくて公務員になったりするから、油断が生じるのだ。人間、保証されると緊張感がなくなる。
 いつもの透析。眠ってしまうと血圧が低下するので、できるだけラジオに集中して眠くならないようにする。誰かがやたら「部分」という単語を羅列してしゃべっている。部分とは便利な言葉。困ったときの使い勝手がいい。ただし、部分ではなく、具体的な言葉を選ぶとなると、楽ではない。要するに、部分を多用するのは、ボキャブラリーが貧困な証拠と思って間違いない。ああ、これでボクは部分という言葉を使えなくなってしまった。
 毎日が寒くてたまらない。もしかして、いちばん安心していられるのは布団の中かもしれない。透析から帰宅すると、直ちに布団に潜りこむ。こうすれば、電気の節約にもなるでしょう。
▲ 踊り場で猫が出迎え寒の入り

0114・土・
 6時より活動開始。音声腕時計のアラームが鳴るまでパソコンに向かう。8時からはNHKラジオ文芸館の始まり。今朝は阿部陽子アナウンサーによる岡本かの子の「越年」の朗読。古き良きレトロな銀座を舞台に当時の勤労婦人を描く物語。勉強熱心な阿部陽子アナウンサーであるから、レトロな雰囲気を見事に再現していて、ボクなどは思わず、黒澤明監督の『素晴らしき日曜日』の背景となっていた日劇や日比谷公園を思い出していた。
 マキコ特派員から興味ある記事の配信があった。それによると、世界最小の脊椎動物が発見されたとのこと。2009年にパプアニューギニアで見つかった体長7.7ミリの新種の蛙がそれ。熱帯雨林の湿った落ち葉の上で暮らし、オタマジャクシのプロセスを経ないで、初めから蛙の形をしているとか。コオロギのような声で鳴き、ダニのような小さな生物を捕食しているという。まぁ、どんな可憐な声なのか、一度は聞いてみたい。
 次の配信も面白い。阿寒湖のマリモが渡り鳥などによって世界に広げられた、という話題。つまり、地球上220箇所で確認されているマリもは、すべて日本起源であることが判明したのだ。こんなことがわかるのもDNAの分析スキルのおかげ。シーラカンスからマリモまで、DNAでいろいろなことが見えてしまう。DNAが役に立つのは犯罪捜査だけではないのだ。
 サンルームでつぶやくように鳴いているキジバトポッポを聞きながら、パソコンデスクに向かっている。突然、インスピレーションの閃きがあった。これは考えているだけで面白い構想。果たしてボクの手に負えるかどうかは不安だが、トライしてみる価値はあるだろう。しばらくは、ひとり密かにドキドキワクワクを楽しめるかもしれない。
 午後、コボちゃんが猛烈に豪華な味噌ラーメンを作ってくれた。味の秘密は微塵切りのニンニクと生姜、それにたっぷりのきざみネギである。野菜の中心は、なんといっても韮。これに数種類のキノコと野菜が加わる。麺を捜すのに苦労するほどの具剤だから、たちまち満腹、眠くなる。同じ肉体にあって、同じDNAの保持者なのに、胃袋と脳味噌は常に血液の奪い合いをやっているのだ。
 20時からNHKラジオでは「真打競演」。漫才は昭和ノイルコイル。寅さん漫談は原一平(はらいっぺい)。お腹がすいても、はらいっぺい。落語は立川志らく(しらく)である。寅さん漫談を引き継いで、映画博士の志らくは、寅さんシリーズ48作のマドンナを第一作からすべて披露。それも、いきなりのアドリブであるから驚きである。さすが寅さんマニアを豪語するだけのことはある。以前、志らく「ピンの会」で、順番に寅さんシリーズを観ていくと、妹のサクラが次第に年老いていくのが見えて、「つらい!」といっていたのを思い出した。外題は『親子酒』であるが、古典落語の味を壊さず、志らく独特のオリジナリティーを加味していて、さすがは立川流と拍手する。
 夜食は磯辺焼き。ラジオ第二の「朗読の時間」再放送がBGM。名優、近石真介(ちかいししんすけ)の朗読で夏目漱石の『我輩は猫である』を、たっぷり1時間15分も楽しめるのだから贅沢なおかずである。
 気になるニュースが飛び込んできた。地中海で豪華クルーザーが座礁した、というのだ。最初、ちょいと洒落た地中海クルーズの事故と思っていたが、乗客と乗組員が合わせて4200名と聞いて驚愕。だったら、クルーザーといわないで、豪華客船といってもらいたい。となれば、当然タイタニック号の遭難を連想してしまう。日本人の乗客もあるらしいから、内向きの国内マスコミは大騒ぎするのだろう。
▲ 羽根布団かまくらにして寒の猫

◇ バーチャル四国八十八カ所コース
 20番、鶴林寺を夢想参拝、通過しました。 次は21番、太龍寺。
 あと16,628歩です。 現在の歩数307,572歩。 1周目挑戦中!

0115・日・
 4時より活動開始。昨日のインスピレーションを受けてパソコンに向かう。同時に懸案の原稿にも加筆。寒さでかじかんでいた脳味噌が、やっと温まってきた。
 音声腕時計のアラームでラジオをつける。すると、歌手の梓みちよさんが天皇陛下の御前で『こんにちは赤ちゃん』を歌った体験談を志の輔(しのすけ)に披露している。文化放送、志の輔(しのすけ)ラジオ「落語でデート」の今朝のお相手はデビュー50周年、ベテラン歌手の梓みちよさんなのだ。落語は六代目三遊亭圓生(さんゆうていえんしょう)師匠の『お七』(おしち)。大変珍しい落語で、ボクにとっては初めて聴くもの。この番組、放送局の垣根を越えて落語アーカイブスを公開するので、聞き逃すことができないのだ。
 6時半よりニッポン放送では藤沢周平傑作選。『木綿ぶれ』の「ぶれ」は「お触れ」の意味であることを知る。お上から、贅沢を禁じられた武士や庶民。けれども、それは決して昔の話ではなく、無駄遣いをしている役人のため、増税に苦しめられている現在の日本に通じる。昔から、役人はひとつも変わっていないのである。
 パソコンに向かっていたら、またまた音声腕時計のアラーム。NHKラジオ第二では伝統の番組、「上方演芸会」が始まるのだ。今朝はベテラン漫才コンビが2組。若手の挑む新しい笑いもいいが、オーソドックスな漫才がいちばん安心して楽しめる。時間をかけて鍛えられたボケとツッコミのタイミングが笑いのポイントとなっている。
 マキコ特派員からまたまた興味ある記事。ネット中毒がアルコール中毒や麻薬中毒と同じようなダメージを頭脳に与える、という研究報告である。特にゲーマーは要注意であるらしい。まあ、ゲームにしろネットサーフィンにせよ、酒や博打(ばくち)同様、飲み過ぎやり過ぎがよくないことは、普通の頭で考えれば明白なこと。必要なのはバランス感覚である。
 遭難したイタリアの豪華客船から、乗客ほったらかしで、真っ先に逃げ出した船長が逮捕された。船と一緒に沈んでいった日本海軍の艦長たちを見習えとはいわないが、せめて避難や救命の業務に専念すべき。この無責任さ加減がイタリア人、といってしまえばそれっきりだが。
 未明より執筆に専念したせいか、この日曜日は、どうしても睡魔に勝つことができない。集中力が低下して、根気が続かない。睡眠不足とは思わないが、無理もしたくない。
 そこで早めに布団に潜り込む。TBSラジオの「爛漫寄席」も、NHKラジオの「文化講演会」もボクの緊張感を導き出すことはできなかった。せめて、今朝と同じように、明日は未明から執筆に従事したい。
▲ 南向き背中暖め膝に猫




2012年1月2日〜8日
☆ この日記は、透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は、一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのガイドです。

0102・月・振り替え休日・
 5時半より活動開始。TBSラジオ「おはよう一直線」はピンチヒッターの登板だったが、サッコのハッピー占いはやっている。今朝の運勢レベルはスタンダード。今年最初の占いとしては悪くない。それよりも、心に訴えてくる歌がかかっている。ああ、最近ではJ-WaveなどのFMでよくかかっているマイア・ヒラサワじゃないかと思っていたら、やっぱりそうだった。この不思議な歌声、一度体験していただきたい。そのうちメジャーになったら、彼女の正体も明らかにされるだろう。
 8時になったら、箱根駅伝のスタート。毎年これを聴かないと、新年の気分になれない。
 「ながらラジオ」でパソコンに向かう。ながらだと、たいしたことはできない。やれたのは、2011年のスケジュール表を2012年に衣替えしたこと。ただ、これらはブログテキストのオリジナルなので、とりあえずは大切に扱っている。
 ボヤボヤしていたら、駅伝の往路はもうゴールの時間。東洋大学のチームが抜群の成績を記録したらしい。5区のランナー、キャプテンの柏原選手のコメントが泣かせる。
「自分が苦しいのは1時間だけ。被災者の苦しみはまだまだ続くのです」
 彼は福島は岩城の出身なのである。
 昨年も、今年になっても、やたら聞こえてくるのは
「元気をもらった」
というフレーズ。誰も彼も、やたらもらいたがっている。そいつはお行儀が悪いでしょう。もらう前に、まずは元気を差し上げなくては。
 斎戒沐浴していつもの神社へ。コボちゃんと結婚する以前からお参りしている神社である。ボクにとっての初詣の意味は、昨年のお礼参り。
「一年間、無事に命を与えていただきました」
と言上する。鈴を鳴らすのも、拍手(かしわで)を打つのも、言上する、つまり、言葉にして訴えるのも、すべて神様に聞いていただくため。だから、言上の最初に、自らの氏素性(うじすじょう)を名乗るのである。
 ワンちゃんを抱いてお参りをしている女性がいる。コボちゃんが
「アルルも連れてくればよかった」
といっている。その昔は、毎年必ず盲導犬アリーナもオスワリをしてお参りしたものだった。人が見れば、アルルも盲導犬に見えるに決まっているから、来年からはアルルと盲導犬ごっこをしながら参拝しようと決めた。
 神社から直接透析質へ。正月休みの透析も午後の早い時間から。時間は勿体無いが、「デイキャッチ」を透析ベッドで聴けるのはいい。透析のベッドでは、他に何もできないから、ラジオに集中できるのだ。特にFMはヘッドフォンだから音の分離がよく、思い切り音の世界に踏み入ることができて楽しい。
 今夜のJ-Waveはブループラネット特集。休みにかかるこの企画はいい。世界各地を訪れ、最高の録音スタッフが新鮮な音を集めてきては、ボクのイメージを膨らませてくれる。今夜はラオス特集。その「たしなみ」のある国民性というか、民族性に心を洗われる。昔は日本にも、こうした営みがあったのだと懐かしく思い返す。日本だけでなく、世界も、古きものに学ぶべきかもしれない。
 番組の出来はよかったが、レポーターに若干の難あり。自分の理解範囲でインタビューをまとめないでもらいたい。こっちは、もっと聞いてもらいたいことがあるのだ。と思いながら、自分がレポーターをやっていた番組を思い出して愕然とする。いや、オイラもインタビュアとして、インテリジェンスが足りなかったなぁ。
 帰宅して従兄弟(いとこ)の蕎麦や青木ファミリーからいただいた御節料理や、我が家の酒の肴みたいな正月料理で日本酒をやる。日本酒だと、アメリカ産の筋子でも、珍味を珍味として味わえて愉快。いい気分で酔っ払っていたら、藤沢修平の『海鳴り』の朗読を逃してしまった。ああ、これは新年から大失敗。
▲ 駅伝が浮かべて見せる富士の山
▲ 初詣指先だけを洗ってる

0103・火・
 朝寝坊で6時に起床。「おはよう一直線」のハッピー占いを聞き逃す。やっぱり生島(いくしま)アナウンサーでないと、ボクへの目覚まし効果がないのかもしれない。早く出てこいミスター・珍プレイ。
 「スタンバイ」もピンチヒッターで面白くない。森本タケローさんの、あの程好い(ほどよい)毒舌でないと、ニュースの価値も半減するような気がしてしまう。
 箱根駅伝の復路スタート。先頭の東洋大学が、2位以下をぐんぐんと引き離していく。10分遅れの繰り上げスタートが13大学もあると、走り出したら転ぶ選手もいるのではないかと心配になる。
 箱根駅伝をBGMに、昨年のクリスマスまでの日記をまとめ、17文字原稿に仕上げる。談志家元のお別れ会での画像データと一緒に絵夢助人(えむすけびと)さんへ送信する。
 箱根駅伝をBGMに今年最初のストレッチと筋力運動。20大学の選手の走りと比べたら、ボクの運動などオナラのようなもの。笑ってしまう。
 東洋大学が2位以下をますます引き離し、その差は10分に届きそう。気の毒なのが遅れた選手。さらに繰り上げられそうになり、こけつまろびつのタスキ渡しになっている。それでも繰上げスタートするグループが出てきてしまう。今年の駅伝はすさまじい。
 結局、東洋大学は記録を10分近くも縮める驚異的な速さでゴールイン。昨年の21秒の口惜しさが、この新記録を誕生させた。たまには人間、口惜しさや悲しさが必要なときもある。
 TBSラジオ「デイキャッチ」のサウンドキャッチのコーナー。新年はボックスセットの特集をやっている。本日はブルースの神様、レイチャールズ。そのボックスセットは、ポータブルのレコードプレイヤーを模している。箱を開くと、ターンテーブルとアームが現れるが、もちろんそれらは飾りで動きはしない。レイチャールズの歌声を聴いていたら、誰かに似ていると思った。それがエリッククラプトンであることに気がつく。いや、そうでない。クラプトンがレイチャールズの歌唱法を真似ていることに気がついたのだ。そこにエリッククラプトンのブルースシンガーとしての覚悟をボクは見たのである。
 「ラジオ深夜便」をBGMにコボちゃんと御節料理を肴に晩酌。「ラジオ深夜便」のアンカーは須磨佳津江さん。ゲストは宇宙飛行士で医師の向井千秋(むかいちあき)さん。彼女、慶應義塾の心臓血管外科だから、ボクの級友、四津良平教授の後輩にあたるのだな、とおかしなことに感動している。宇宙医学は予防医学という内容で、話はかなり面白い。ことに、無重力から地球に帰還したときの重力ショックの具体的体験談には納得。人間はたちまち環境に順応する生き物なのである。
 宇宙談義が終わったら、もう25時。子どもはもちろん、大人も眠る時間である。
▲ 二百人襷(たすき)つないでおめでとう

0104・水・
 お正月気分が抜けないのだろうか、睡眠中に音声腕時計のアラームを無意識で消してしまい、夢の続きを楽しんでしまった。結局、目覚めたのは7時半。猛烈なる朝寝坊である。
 缶コーヒーで目を覚まし、年賀状のためのハッピードラゴンの絵をかく。それをコボちゃんがスキャナーで取り込み、テキストと組み合わせて年賀状としてレイアウト。今年こそは年賀状を出すのだと張り切っている。看護師勤務に復帰したコボちゃん、仕事が多くて大変である。
 お雑煮を食べてから透析に出かける。まだ病院は正月休みということらしく、本日も午後の早い時間からのスタート。ボクは休みの透析が大嫌い。3時間早いだけで、まとまったデスクワークができないからだ。個人には、それぞれの事情がある。休みを休みとして使わない人、使えない人。休みの日に透析を3時間も早くスタートさせるということは、そのどちらのケースも犠牲にする。でも、仕方がない。病院の方針は個人の事情に優先するのだ。国民が国の主人公であり、生徒が学校の主人公であり、患者が病院の主人公であるというような理想は幻想、一度だって実現されたことはないのだ。
 とはいえ、透析中はラジオに集中できる。本日もニュースのあれこれに傾聴。ただし、あんまり愉快ではない。与党も野党も、グズグズしてばかり。解散総選挙などやっても、自民党が与党に返り咲く可能性など皆無に等しいのに、無駄な抵抗をしている。これでは何も決まらない。党利党略が国政の邪魔をするなら、国民投票の制度を確立して、脱原発などの重要課題に早急に決着をつけた方がよい。
 透析より帰宅したら、電話の子機が不調。あれこれ奮闘の結果、充電器に電気のきていないことが判明。あまりに電気製品が多く、コードもコンセントも複雑で、どれがどれだか、つまらんことでボクのようなダメ盲人は苦労してしまう。
 J-Waveの-Jam the World-、今夜は堤未果(つつみみか)さんの担当。-Break Through-で筑波大の村上名誉教授がGNAについてのレクチャーを展開する。この村上先生は、たとえばNHKラジオ第二の文化講演会などでそのお話を拝聴し、以前からボクが大変に尊敬している研究者である。人のDNAには、死後のプログラムまで用意されている、という内容のレクチャーは、確かヒトゲノムの解析以前から拝聴していたように記憶している。ヒトゲノムは32億対の遺伝子が存在するが、それが1グラムの一千億分の1に詰まっているというから驚きである。村上先生は、命の奇跡の発端には大いなる存在があると指摘しておられる。命の奇跡は、3億円の宝くじを100万回連続当選するよりも稀有な出来事であるらしい。これを考えたとき、どんな状況にあろうと、人は生きているだけで幸せであるといえるのかもしれない。これまで何度も拝聴した内容ではあったが、堤未果さんの番組への村上先生のご出演は嬉しい。
 年賀状のプリントアウトが進んでいる。明日は、これらの葉書に、1枚ずつ心をこめてサインをする。ボクはこうした単純作業が好きなのである。
 お恥ずかしい話であるが、今年が金環日食の年であることを知らなかった。ドリカムは20年も以前から、このことを歌にしているそうで、そのインテリジェンスに拍手したい。おぼろげではあるが、ボクは小学生時代、部分的な金環日食を目撃した記憶がある。日食という現象は実に不思議で感動的。当日が曇天でないことを祈りたい。
▲ 寿いで今日も飲めるぞほほいのほい

0105・木・
 5時半より活動開始。「おはよう一直線」はやっぱりピンチヒッターの登板だが、ハッピー占いは確認できた。吉兆レベルはスタンダード。まあまあの一日であればよし。まだ松の内だから、落ち着いてものを考えてみたい。
 お正月体制だから休んでいるとばかり思っていたNHKラジオ第二の「朗読の時間」が放送されていた。村上春樹特集ということらしい。有名な女優さんの朗読だが、これがヘタ。おかげで村上春樹の文章も魅力的には聞こえてこない。けれども、この15分間だけで村上春樹を判断しては申し訳ない。そもそも、村上春樹をまるで読んだことのないボクが悪いのかもしれない。いつか、この人の作品をじっくりと鑑賞する機会を作ってみたい。
 窓からの日差しを浴びてパソコンに向かっていると、ドアチャイム。M牛乳であるという。何の用事かと尋ねると、
「とにかく玄関から出てきて、話を聞いて欲しい」
という。おいおい、冗談じゃない。どこの馬の骨だか知らないが、M牛乳というだけで、玄関ドアを開くことはできないよ。なんせ、物騒な世の中なんだから。どんな若者かは知らないけれど、
「坊や、いったい何を教わってきたの?」
と、『プレイバックパート2』を歌ってみたくなる。ちなみに、M牛乳のMは森永ではありません、念のため。
 ラジオをBGMに、年賀状へサインをしていると、作家の真樹日佐夫(まきひさお)氏が亡くなっていたことを知らされる。少年マガジン連載『ワル』で知られた劇画の人気原作者で、『あしたのジョー』や『巨人の星』で知られる梶原一騎氏のご実弟でもある。空手家(からてか)としても知られ、豪快な人柄と認識されていたが、もしかしたら繊細で優しい人間ではなかったのかとボクは勝手に空想している。真樹さんによる原作の劇画をボクは好んで読んでいた。男のロマンスをくすぐる、そんなサービス精神の持ち主であったように思う。ご冥福をお祈りする。
 タベログのやらせが話題になっている。アホらしい。食い物屋なんて自分で選ぶもの。そもそも、店構えでおおよその見当はつく。入店すれば、匂いで店主の腕がわかる。それでも騙されて(だまされて)、まずいものを食わされれば、二度といかねばいい。失敗を重ねていい店を嗅ぎつける(かぎつける)能力を磨く。旨い料理を食べたかったら、それくらいの努力はするものだ。ケータイ端末で何でも手に入ると思ったら大間違い。けれども、そんなアホがいるから、悪徳業者は商売になるのである。需要と供給。世の中はうまくできているが、決して安全にはできていない。
 初競(はつせり)で大間のマグロが5千万円で落とされた。握り寿司にすると、一巻1万5千円になるという。誰がそんな高い寿司を食べるのかと思っていたら、実際の売値は大トロで400円。つまり、金儲けではなく、景気づけであるわけだ。これだけの宣伝効果があれば、マグロに5千万円は安価な広告費かもしれない。
 夕方、疲れて熟睡する。コボちゃんが帰宅していると、安心して裸になり、ゆっくりと眠れるのだ。目覚めてからは仕事の続き。NHKジャーナルが始まれば、それをBGMに年賀状へのサイン。「ラジオ深夜便」は御節料理の残りを食べながら。日本酒と筋子の相性が抜群なのである。
 25時、音質の劣化したカセットで宮沢賢治の『ポラーノの広場』を聴いている。作品と朗読がよければ、音質の劣化も気にならない。昔、あのショウケンが、曲がよければ、どんなボロなステレオでもかまわない、といっていたが、卓越した見識であると思う。
▲ めでたさも餅もそろそろ飽きてきた

0106・金・小寒・
 寒の入りである。5時半に目覚めると、寒い。やっぱりな、と思いながら反射的にエアコンの設定温度を上げてしまう。
 「おはよう一直線」のハッピー占いの運勢レベルは最高。本日はコミュニケーションがうまくいくそうである。本当かなぁ?なんてったって、3連休直前だから、世間には、まだ動く気配がありません。
 緊張感のないまま、パソコンでルーティーンワーク。ブログの17文字原稿も仕上げる。ひとつ、送信可能な完成原稿があるのだが、思い直して再度推敲することを決意。本になったら、手直しはできないのである。
 考えれば考えるほど、原子力村に腹が立つ。その無責任ぶりはどうだ。処理方法も処分場所もないまま、核廃棄物を垂れ流しながら原発を回している。そのあげくがメルトダウン。放射能を撒き散らし、人々は故郷を追われ、暮らしも環境も破壊された。けれども、原子力村の人間どもは、何の責任も負わされてはいない。いずれ国が支払う賠償金は、すべて国民の懐から出ていく。原子力村で既得権を貪り食う(むさぼりくう)連中は、処理方法がないという点では、核廃棄物や放射能と同じくらい始末が悪い。
 寒いけれど、日差は暖かい。窓辺のマッサージチェアではアルルとキジバトポッポが太陽で暖かくなっている。イヌとハト。このふたり、一緒に暮らしながら、何を考えているのだろうか。
 いつもの透析。最近はFMの音を楽しんでいることが多い。タムラパンって面白いとか、柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)は体重制限をした方がいいとか、-Jam the World-の選曲がいいとか、遺伝子に組み込まれている「死」のプログラム、アポトーシスという概念をコボちゃんが知っているとしたら、それは医療業界では一般的な認識かもしれないなとか、あれこれぼんやりと考えている。ときどきはAMに回して、ニュースはどこも同じ原稿を、それぞれの放送局が流していて不気味だなと考えたりもする。まあ、くだらないことを考えられるのも、安心して透析を受けていられるから。ときどき、透析での事故のニュースが報道されると、自分たちの無事が当たり前でないことに気がつき、思わず透析質のスタッフへの感謝で心が満たされる。
 帰宅して、暖かい部屋で赤ワインを飲みながら、コボちゃんに郵便物を読んでもらう。何でもない毎日の暮らし。平凡な当たり前が、いちばん当たり前でないのだと、しみじみと思う。
▲ 日溜りで暖かくなれ老いた猫

◇ バーチャル四国八十八カ所コース
 18番、恩山寺を夢想参拝、通過しました。 次は19番、立江寺。 あと8,957歩です。
 現在の歩数264,443歩。 1周目挑戦中!

0107・土・
 6時より活動開始。NHKラジオ文芸館は「焙煎工房」(ばいせんこうぼう)のコーヒーを楽しみながら。今朝はアキカワテツヤの小説『花丼』(はなどん)。作品の背景となっている不況は、おそらくは今のもの。だから、これも最近書かれたものであると思う。現在のこの不況、普通の人々の暮らしの、ありとあらゆる方面へ、考えられるすべての角度から影を落としている。
 独身で55歳の食堂経営者にも、この不況は情け容赦なく襲い掛かる。パートの人妻も、菊の花農家の兄貴も、不況の嵐の中にいる。いつ、誰が首を吊ってもおかしくはない。そんな日々の中で、主人公は入水(じゅすい)寸前の男を救出する。男のため、主人公は兄貴が無断で送ってくる菊の花で、丼飯(どんぶりめし)を作ってやる。夢中で花の丼飯(どんぶりめし)を食べる男。彼は看板職人であった。数日して、食堂に客が入ってくる。「花丼」(はなどん)をくれ、という。驚いた主人公が外をのぞいて見ると、入り口に
「生きていけます。花丼を食べたから」
と書かれた見事な看板が立ててあった。そこへ今度は女の客。
「花丼ですか?」
と尋ねると、
「カツドンをください」
という。食堂経営者の主人公は、その当たり前の注文に苦笑しながら、カツドンにも菊の花を散らしてみようと考えるのだった。
 今、不況の構造は誰の目にも明らかだ。それでも個人は、自分の努力で、これを打開しようと励んでいる。そんな個人の胸の中、この小説は、小さな花を咲かせる読後感を与えてくれた。
 午前中はパソコンに集中。疲れれば、睡魔と闘わず、素直に仲良くする。そうすれば、15分の仮眠でも、元気は回復する。
 年賀状にサインをしながらTBSラジオを聴いている。久米宏の「ラジオなんですけど」では昨年の人気プログラムをリクエスト順に流している。ボクも楽しんだのが、リスナーの出演するラジオドラマ。日本だけでなく、世界各地のリスナーが同時に電話でドラマ出演をするのである。これは愉快だった。パカパカ行進曲も昨年のベストテンを放送。年賀状にサインの終わってしまったボクは、月刊「ラジオ深夜便」のイラストレーションの習作をしながら聴いている。サインと「おえかき」で肩が凝ったので、マッサージチェアに移動して、今度は思い切り笑う。中でも秀逸のエピソードはヤモリのヤー君の話題。これには笑いが止まらなかった。土曜日の午後のTBSラジオは、「おえかき」のBGMとしては最高である。
 東京FMのサタデイウェイティングバー『アバンティ』では竜の特集。十二支で唯一、空想上の生き物、竜。ところが、昔の中国で、竜は実在の生き物だった、という話題や、タツノオトシゴのお産は男の仕事で、それも難産である、といった内容は、いつか薀蓄話として、このサイトで披露したい。「おえかき」の仕事は、ラジオによる情報収集が可能なので愉快。
 22時25分からラジオ第二で朗読の時間再放送。最初は興味が涌かなくて昨年聞き逃した随想の朗読である。古美術に関する記述を、月刊「ラジオ深夜便」のイラストレーションの下絵を仕上げながら傾聴していると、これが面白い。天平の時代から、世の中が守り、大切に残されてきた仏教美術。それに比べたら、自分の仕事の、なんたる平凡で矮小なこと。でも、これが自分に与えられた仕事なのである。
 コンセントレーションして疲れた。今夜の睡眠導入剤は落語。名人可楽(からく)の語りはリズミカルで歯切れが良く、心地のいい音楽のようにたちまちボクを夢の世界へ連れていってくれた。
▲ 不景気の風邪が吹いてる寒の入り

0108・日・
 6時からは文化放送、志の輔(しのすけ)ラジオ「落語でデート」なのだが、音声腕時計のアラームで目が覚めないくらいに熟睡をしていたらしい。朝寝坊で肝心の落語は途中からで、外題は『初天神』であるのだが、演者が誰だか、わからない。結局、デートのお相手の正体も不明のまま、ニッポン放送へ回す。
 よかった。ニッポン放送での藤沢周平傑作選は健在だった。やっぱり先週は特別番組だったのだ。これで安心、ゆっくり傾聴。新年だから新しい小説で『木綿ぶれ』というタイトル。あまりハッピーな結末ではないらしいのだが、とりあえず来週を楽しみにしておく。
 冷温停止状態とやらのフクシマ原発で心配していた事態になっているらしい。汚染水処理の循環装置の配管に氷点下の低温によるトラブルが発生しているらしいのだ。寒くなれば、水道管だって凍結する。ましてや、ビニールホースでつないだだけの臨時の配管である。凍結だけでなく、夏の高温でもホースは劣化する。東電は汚染水は循環しているから凍結はないと考えているらしいが、ビニールホースでは心配にならざるを得ない。いずれにせよ、この冷温停止状態の綱渡りは、いつまで続くのだろう。
 午後になって、今年初めての豪徳寺への散歩。途中、コボちゃんにヤモリのヤー君の話をすると、大受け。歩きながらケラケラと笑っている。すると、アルルは不機嫌。
「人間にしかわからない話なんか、やめてよ。あたしは面白くない!」
とばかり、リードをグイグイ引っ張っていく。
 豪徳寺の駅前花壇は日陰になっているし、目の前の人形焼きの店は煙のように消えてしまったし、寒さが身にしみる風景となっている。アルルにおやつをあげたら、すぐにUターン。帰り道は午後でも日当たりがよく、暖かいのだ。
 ユリの木公園を、ユニークな鳴き声のカラスがいく。初詣のとき、ワタリガラスの鳴き声を耳にしたが、それとも違う鳴き方。もしかしたら、新しいカラスの友だちができるのかもしれない。
 お正月であるから、カラスたちも食べ物には贅沢になっている。正月早々のゴミ袋があちこちで荒されていたらしい。大きなパンをくわえて飛ぶカラス。それを横取りするカラス。そのスキに、野良猫が肉の塊を失敬する。都会の生き物たちは、人間の暮らしをよく観察しているのだ。
 夕食はシンプルな油揚げとネギのうどん。ただし、蕎麦打ち名人の従兄弟のこねたうどんであるから、美味。シンプルに作れば作るほど、うどんの仕上がりの良さが伝わってくる。
 20時よりTBSラジオでは「爛漫寄席」。ナイツはますます漫才の腕を上げている。なんでかフラメンコも笑わせてくれる。三遊亭歌武蔵(うたむさし)の落語は、もと力士だけに真面目な出来。この人、三遊亭というより、柳家の匂いがするのが不思議。この真面目さは、圓歌の弟子として不似合いのような気がしてならない。誰に稽古をつけてもらったのだろう。
 顔を洗って寝るつもりが、某絵本作家から電話。ついつい長話になり、睡眠時間が足りなくなるのが心配。そこで健康のためと、適当なところで話を区切る。お互い、もう若くはないのである。あはは。
▲ 初春(はつはる)やお節つまんで飛ぶ烏

◇ バーチャル四国八十八カ所コース

 19番、立江寺を夢想参拝、通過しました。 次は20番、鶴林寺。
 あと30,335歩です。 現在の歩数274,265歩。 1周目挑戦中!


■ 2011年12月26日〜2012年1月1日
☆ この日記は、透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は、一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのガイドです。

1226・月・
 5時半より活動開始。「おはよう一直線」の運勢占い、吉兆レベルは最低。人間関係がうまくいかないそうである。うん。ちょっと当たっているかもしれない。本日は低空飛行に徹しよう。
 どうも、いけない。運勢占いの影響ではないだろうが、頭がスッキリしない。脳細胞のエンジンのかかりが悪いのだ。
 月曜日には、落語家の柳家一琴師匠のメルマガが届く。今週はサンタの話題。一琴師匠のご家庭では、ご長男が弟のためにサンタ役をしているそうで、美しい兄弟愛。とはいえ、弟もサンタの正体には気づいてはいるらしい。でも、黙っていれば、来年もプレゼントがもらえるのだ。噺家(はなしか)の師匠の頭のいい文章にはかなわないので、一琴師匠にご許可をいただき、以下にメルマガの記事を転載する。
 皆さんは何歳までサンタクロースを信じていましたか。自分はいつまで信じてただろう・・・学校でませた友達がばらすんですよね。
「お前まだ信じてるのかよー」
って。今年うちの長男はサンタクロースからのプレゼントを廃止しました。もっとも高校生なので、もう何年も前からサンタがいないことは知っていたでしょうが、せめて義務教育が終わるまで・・・と、去年まではプレゼントを渡していたのですが、不経済なんですよね。親からのプレゼントとサンタさんからのプレゼントを2つ渡さなくちゃいけないので。今年から長男はサンタ役になりました。次男のプレゼントを枕元にそーっと置く役です。小学5年生の次男だってとっくに知っているでしょうが、「サンタはいない」と言ってしまうとプレゼントが半分になってしまうので、あえて騙されているようです。親と子どもの駆け引きを楽しめるのもあと数年ですね。
 以上が一琴師匠のメルマガからの拝借である。落語の勉強をしたい方に、このメルマガは最高。柳家一琴師匠のサイトへは、エム ナマエ公式ウェブサイトから飛ぶことができますので、よろしくどうぞ。
 九電の全原発が停止した。国内の原子炉54基のうち、稼働中は、北海道電力の泊(とまり)原発3号機や中国電力の島根原発2号機など、計6基となった。いずれ、定期検査ですべての原発が停止する。なのに、電力はうまくいっているではないか。なんだ、原発はなくてもよかったんだ。考えてみれば、日本の夜が無駄に明るくなったのは原発以後のこと。このままで、原発はなくしてしまえ。多少、世の中が暗くなっても、不安のない明るい暮らしの方がよいに決まっている。
 寒い。でも、窓からの日差しがあるので、暖房の必要がない。で、もしも日差がなければ、大型犬のアルルを抱いて寝れば暖かい。とにかく、無駄な電気を使わないようにして、原発にだけは頼りたくない。
 原発事故調査委員会の中間報告が提出された。おお、東電のなんたる無責任。原子力官僚のなんたる無能さ。そして、政府の混乱。誰も正確な状況や情報を把握していない。そのくせ、スピーディーなどの放射能汚染情報は、国民のパニックを理由に隠匿した。悲しいことだが、そもそもこの国に、原発をコントロールすることが無理だったような気がしてならない。東電で、本当に原子力のことを知っている人間がどれくらいいたのだろう。せめて、すべての廃炉が終わるまでは、原子力関係者に信頼できる専門家であっていただきたい。でもなぁ、あんまし信用できないなぁ。
 透析より帰宅してホットウィスキーをちびりちびり。NHK「ラジオ深夜便」、藤沢周平の小説『海鳴り』の朗読が始まるのを待つ。主人公のピンチである。ラジオ朗読ならではのこの長編小説の楽しみ方、あっていいと思う。
 12月26日の夜は、イーハトーブの駅からベーリングいきの夜行列車が出発する。一年中聴いている宮沢賢治の『氷河鼠の毛皮』の朗読。軽井沢朗読館の青木裕子館長による秀逸の朗読は、毎晩でも飽きることがない。ことに今夜は、その夜である。寒さを味わいながら、心はベーリング海峡に飛んでいくのである。
▲ 放射能去年はなかった年の暮れ

◇ バーチャル四国八十八カ所コース 15番、国分寺を夢想参拝、通過しました。
 次は16番、観音寺。 現在の歩数217,172歩。 1周目挑戦中!

1227・火・
 5時半に目覚め、TBSラジオ「おはよう一直線」をかける。運勢占いの吉兆レベルに傾聴していたのだが、9月生まれだけ聞き逃す。一瞬でも、違うことを考えると、こういう結果になることがある。
 久しぶりにネット検索をかける。TBSラジオ60周年に触発されて、とあるラジオドラマのことを調べたくなったのだ。『ロケット太郎』は、ボクの怪しい記憶によるとTBSラジオの前進、ラジオ東京のドラマだったと思う。フランキー堺が主人公で、ひとりの男がロケットに変身して大活躍するという破天荒な物語なのだが、子どもの記憶なので、設定のディーテイルがまるで不明。ラジオドラマだから、勝手にロケットになった人間を空想していたのだが、それでは納得できない。そこで調べたら、ラジオドラマのことは不明なまま。ただし、昭和31年に漫画家の桑田次郎による『ロケット太郎』という漫画のあったことを発見。ラジオドラマはこれが原作であったと推測される。どうも主人公はムー大陸の滅びた超人の子孫であるらしいのだ。テレビでスーパーマンを見る前の話であるから、幼いボクがロケットの形をした人間を考えたのは無理のない話かもしれない。それに当時は少年雑誌で、ロケットスーツを着て活躍する少年の絵物語もあったから、イメージとして影響は受けていたのかもしれない。鉄腕アトムに憧れたのも、それよりもずっと後のことであった。
 パクリ新幹線の事故の記憶も生々しいのに、某国が、今度は自足500キロの新型車両を公開した。とはいえ、パクリ新幹線と同じく、日本の新幹線の技術をベースにしたマネシゴンベ。それはそれとして、自足500キロの走行速度といえば、リニアモーターカーの範疇である。そんなん、一般の線路で可能なことであろうか。もしも可能だとしたら、とっくに日本やドイツが開発しているに違いない。それが危険だからリニアモーターという磁気浮遊の形式を採用したのであって、某国の鉄道、ますます心配になってきた。とにかく、無事を祈りたい。
 原発事故調査検証委員会の中間報告について考えた。どうも菅直人前首相のせいにしておけば万事収まり画いいとの暗黙の了解などは存在しないと思いたいが、当時の内情と、外部からの調査には乖離があるような気がしてならない。菅直人が現場を混乱させたとの誤解を与える記述だが、そもそも現場の原発技術者にも、東電本社にも、破壊的事故に対応するマニュアルが存在しなかったのだから、現場は初めから混沌としていたのである。破壊的事態の対応マニュアル不在の原因は安全神話に他ならない。ただし、ここでのポイントは犯人探しではなく、原因追及であって、その意味でも菅直人攻撃は的外れであると指摘したい。いずれにせよ、菅直人は脱原発を宣言した。これはドジョウではなく、鵺の正体を現した野田佳彦(のだよしひこ)には真似のできない英断であるのだ。
 エム ナマエ公式ウェブサイト恒例の新年の挨拶と、サイトへのウェルカムメッセージを収録する。撮影者は絵夢助人(えむすけびと)さん。年が明ければ、エム ナマエ公式ウェブサイトからYOUTUBEに飛んで見ることができるとか。まあ、かなり恥ずかしいパフォーマンスではあるが、いつかみたいに耳を動かすような馬鹿げた真似だけはしていないので、安心してご覧いただけると思う。
  これも恒例、ボランティアの在宅秘書、絵夢助人(えむすけびと)さんとの寿矢(としや)での忘年会。一年間、今年もお世話になりました。
 帰宅したら、TBSラジオでは立川談志特別番組、第三夜をやっていた。間に合うように帰宅したのだが、途中からで残念。談志の『らくだ』を、ボクは恥ずかしいことに、まだ聴いてはいなかったのだ。志の輔(しのすけ)の『らくだ』の中で演じていた左甚五郎の蛙というのは、談志師匠の型と知り、やっぱりと納得。志の輔(しのすけ)の古典落語からは、立川談志の匂いがプンプンと香ってくるのである。
 食べ過ぎ、飲み過ぎでダウン。きっと明日は二日酔い。
▲ もういくつ寝ると東京静かなり

◇ バーチャル四国八十八カ所コース
 16番、観音寺を夢想参拝、通過しました。 次は17番、井戸寺。
 現在の歩数220,930歩。 1周目挑戦中!

1228・水・
 5時半より活動開始。「おはよう一直線」の9月生まれの吉兆レベルは最高段階。まあ、当てになるといいのだが…。
 ゆうべ食べ過ぎて飲み過ぎたので、本日はできるだけ胃袋を空っぽにして、パソコンに集中する。ブログ原稿を仕上げ、愛育社からの言葉の絵本アンコールのテキストの推敲作業に没頭した。
 北の国では、将軍様がお隠れになり、国民は嘘泣きの刑で本当に泣かされている。なにしろ、日に2度も弔問所を訪れ、1時間ずつ泣かなくてはならないのだから、涙が枯れ果てるのも納得できるのである。いろいろと問題はあるが、やっぱり日本人でよかった。
 日本人でよかったといえば、北の国の後継者も日本を悪く思ってはいないようだ。この後継者、関係者の間では不評だが、それはこの若き後継者が北の国の独裁制について、批判的であるからではなかろうか。実際、このような証言があるので、ここに引用させていただく。
 将軍様の専属料理人として後継者と接してきたF氏は(周囲とは)違う彼の顔を目にしている。
「日本は世界一の電気製品がズラリと並んでいてすごい。自国に帰れば何もない。技術も産業も劣る」
 00年8月、地方から平壌に戻る将軍様の専用列車内で深夜、2人きりになると、真剣な顔で初めて自国の現状を心配する言葉を口にした。他人名義の旅券で来日し、東京ディズニーランドに行っていたことが分かっているが、東京・秋葉原の電気街も訪れ、日本との差を目の当たりにしたようだ。
 もしかしたら、この広い世界をのぞいたことのある若き指導者、北の国の未来に光を投じるかもしれないと期待することはできないだろうか。
 いつもの透析はラジオ三昧(ざんまい)。21時からはTBSラジオで立川談志特別番組がある。それまではFMラジオを楽しむ。NHKの「とことんジョンレノンが好きだから」は今夜が最終回。リスナーからのメールとリクエストが中心だったが、ポールのジョンへのオマージュ、1990年のライブでのジョンレノンメドレーが流されて、これは感動だった。『ストロベリーフィールズ』から『ヘルプ』、そして「平和を我らに」は、さすがはポールで、統一された構成になっている。ことに、最後の聴衆と一体となっての合唱は落涙ものだった。この特集で最も嬉しかったのは、ジョンとポールの友情が修復されていたことを確認できたことである。
 -Jam the World-は堤未果(つつみみか)さんが本領を発揮して、国際問題に切り込んでいる。元外務省の役人にインタビュー、「アラブの春」の本質を暴露している。ここに学ぶことは、ニュースの表面に触っただけで、世界を理解したつもりになってはならない、という真実である。イラクにおけるフセインもそうであったが、リビアにおけるカダフィーも、実は民間から支持されていたことをボクらは知らされていない。ボクらに流される情報は、すべて欧米寄りであることを疑い、まずは眉に唾をつけてから耳に入れなくてはならない。さて、アメリカは、いかなる手段であの巨大な某国を民主化していくつもりなのだろう。ただ、イランもイラクも、そしてエジプトもリビアもアメリカの望む民主国家にはならなかった。たったひとつの成功例は、この日本の民主化だけであるのだが、それも本当は中途半端に終わっている。やっぱね、国には、それぞれの事情がありますから。
 -Jam the World-ロハストークのゲスト、某医学系大学の副学長が面白いことをいっていた。両棲類のカエルは冷血動物。といっても、周囲の環境に順応できるので、お湯に入れてやれば、体温も上がる。本人は環境順応の達人だから、お湯が温かくなっても、まるで気にならない。そうして、気持ちよく温まっていたら、知らないうちに茹で蛙(ゆでがえる)になっていた、ということがあるとか。今の日本人、直ちに健康に害はないといわれ、放射能に順応しているうちに、放射能でユデガエルにならないよう、注意した方がいい。
 両棲類の話題で思い出したのが、本日の画期的なニュース。両棲類の大先輩、シーラカンスのゲノム解読が完成したのだ。以下はその記事の転載。
 「生きた化石」と呼ばれる古代魚シーラカンスは、哺乳(ほにゅう)類や爬虫(はちゅう)類などの陸上動物と同じタイプの遺伝子を持ち、魚類が陸上動物に進化する途中に位置していることが27日、分かった。東京工業大の岡田典弘教授と国立遺伝学研究所などの共同研究チームがゲノム(全遺伝情報)解読で明らかにした。 平成19年にアフリカのタンザニア沖で雌のシーラカンスが捕獲された際、体内で見つかった稚魚のゲノムを解読。普通の魚類にはなく、哺乳類や爬虫類などの陸上動物が持つタイプの遺伝子を多く持っていることが分かった。ゲノムのサイズはヒトに匹敵する約27億塩基対もあった。 遺伝子配列の比較から進化の過程を推測した結果、シーラカンスと陸上動物は一緒に魚類から分かれたことが判明。その後、シーラカンスだけが陸とは無縁の道をたどった。 シーラカンスは、ひれの根元に手足のような太い骨があり、陸上動物との関連性が指摘されていた。 遺伝研の藤山秋佐夫教授(ゲノム科学)は「魚類と分かれたときに働いた遺伝子を調べれば、陸上進出に関係する遺伝子が見えてくるだろう」と話している。
 補足にはならないだろうが、陸上動物の直接の先祖はシーラカンスではなく、肺魚(はいぎょ)であるという学説が有力であるが、この記述からも、それが正しいことが理解できる。つまり、シーラカンスは海に残るという道を選んだのである。
 21時になったので、TBSラジオに回す。立川談志(たてかわだんし)特別番組第四夜である。出し物は1980年TBSラジオスタジオでの収録で『権兵衛狸』(ごんべえだぬき)。1981年収録『富久』(とみきゅう)。談志師匠のこの『富久』(とみきゅう)、これまで聴いたどの『富久』よりも印象的だった。解説のホリケンも語っていたが、火事の描写がすさまじい。『鼠穴』(ねずみあな)で、蔵が焼け落ちる描写が卓越しているのだが、どうやら談志師匠も火事が好きで、よく見物をしていたらしい。このリアリティーだけは、どんな落語家もかなわないと思う。
 帰宅して安心。本日もまだ疲れが抜けていない。だから早寝。安眠できることは幸せなことと感謝する。
▲ 家族連れ下りホームの年の暮れ

1229・木・
 5時半より活動開始。「おはよう一直線」の9月生まれの吉兆レベルはスタンダード。まぁ、普通の一日であればよい。
 午前中のラジオはパーソナリティーがピンチヒッターだったり、最近の再放送ばかり。NHKラジオ第二の「朗読の時間」はボクの趣味とは異なる作品で、脳細胞が目覚めない。そこでパソコンに向かい、1年間を振り返る。今年もよくぞ、生きてこられました。皆様、ありがとうございます。
 パソコンに向かいながら、ぼんやりとラジオを耳にしていたら、誰の言葉だろう、
「一年間の感じ方は、365日を年齢で割った日数」
といっている。なるほど、うなずけるやり方である。生まれたとき、1年間は365日。5歳になれば、70日。10歳になれば、36日ということになる。60歳を超えたボクにとって、1年間はたったの6日間になってしまうが、振り返れば、つい先週、大晦日をやったばかりのような気もしている。今年も早いですね、てな話題になったら、この計算方法を伝えよう。納得してもらえるかもしれない。
 それにしても、あと3日で2011年が終わってしまう。誰にとっても忘れられない一年間。これだけは間違いないだろう。
 またまたぼんやりとラジオに耳を傾けていたら、誰かがいっている。
「平家、海軍、海外派」
 どれも、外国向けでカッコはいいが、国内では通用しない。貴族趣味の平家は源氏に打倒された。確かに、海軍は英国式でカッコはよかったが、陸軍に押し切られて真珠湾を攻撃させられた。海外派遣の奥様は、帰国してからの子どもの進学のことばかり心配している。いつだって、日本人は内向きなのだ。輸出にせよ、日本は韓国に負けている。ケータイはガラパゴス。要するに、日本は国内だけで完結できる人口と財力があるということだ。足りないのは資源であるが、鎖国以前はどうだったのだろう。2012年は、そのあたりをじっくりと考えてみたい。
 菅直人バッシングの渦の中、脱原発宣言を支持する少数意見を聞いた。そのことをケンちゃんにメールすると、たちまちケータイが鳴る。年末年始を海外でゆっくりしているかと思ったら、まだ業務は終わっていないとのこと。とにかくこの1年間をお疲れ様。そのうち菅直人の半径5メートルにいたひとりとして、彼が発言する日も遠くないと思う。列島が揺れている間、官邸で何が起こっていたのか、本当のことを知りたいと思っている人間は少なくない。
 今夜も言葉の絵本アンコールの推敲をする。修正箇所は少なくなってきているが、文字数の少ないテキストになればなるほど、文字の重要性は増してくる。
 ラジオは年末モードで、どこも面白くない。立川談志(たてかわだんし)特集も、今夜はない。まあ、皆さん年末年始でお休みになるのだから仕方がない。そこでまたまた早寝をする。酒も飲まず、空想だけがボクを眠りに誘って(いざなって)くれる。
▲ このドアに明日はかかる松飾り

◇ バーチャル四国八十八カ所コース
 17番、井戸寺を夢想参拝、通過しました。 次は18番、恩山寺。
 あと35,428歩です。 現在の歩数228,972歩。 1周目挑戦中!

1230・金・
 朝寝坊をして、6時に起床。「おはよう一直線」の運勢占いを逃す。生活に影響はないが、なんとなくリズムが狂う。毎日が同じであることは、意外と大切なポイントである。
 午前中は執筆に集中。来年3月の刊行を目指して、言葉の絵本アンコールの1冊目のテキストを仕上げている。一度仕上げた原稿であるが、東日本大震災のショックで、自ら出版を中断した。12ヶ月の遅延が無駄にならないよう、慎重に綴ったつもりである。
 ラジオではリスナーからのメールを紹介している。嫁さんがアラシのDVDに夢中で、大掃除にならない、という内容だが、テレビだから夢中になれるのだろう。アラシだろうが、AKBだろうが、ラジオの世界では彼らに何の魅力も感じない。
 午前中に、今年のお礼状にサインをして、それぞれの封筒に挿入する絵を仕上げる。以前からボールペンでドローイングしたものが準備してあったのだが、お礼状の数が思ったよりも多くなってしまい、絵が足りなくなってしまったのだ。急いでいたので、本日のドローイングは鉛筆で。ユニホルダーのHBが大活躍である。こういうときの無心の「おえかき」は楽しい。
 ランチに、コボちゃんが買ってきたばかり、寿矢(としや)の、まだ暖かい玉子焼きと、幼馴染のついてくれた餅を食べる。顔の見える食べ物は旨くて安心だ。
 年末年始の透析は3時から。「デイキャッチ」も透析質のベッドで聴く。本日のニュースランキングのトップは世田谷事件から11年。世間の注目がある限り、犯人は逃さない。最近になって、未解決の殺人事件が次々に解決されている。技術や情熱の問題もあるが、時効撤廃の効果が大きいと思う。
 東京FMのピーター・バラカンの番組を聴いていたら、上杉隆(うえすぎたかし)氏がゲストスピーカー。ジャーナリスト休業宣言をした彼、来年からどうするのだろうと思っていたら、福島県民となり、政府とマスコミの大罪を明らかにしていくという爆弾宣言をした。野田佳彦(のだよしひこ)の事故原発冷温停止状態や収束宣言の嘘には許せない気持ちでいっぱいだったが、事故当時の国民に対する嘘は、その後に、国民から国への信頼を失わせた最大の原因となった。上杉隆(うえすぎたかし)氏は、その具体的な証拠をベースに、この国の後進性に警告を与えたいのではなかろうか。まぁ、ボクの聞きかじりよりは、来年からの上杉隆氏の発言に注目していただきたい。政府もマスコミも、年明けから気分一新を名目に、年内の原発事故収束イメージを定着させるつもりであろうが、そうは問屋がおろさない。2011年、フクシマの出来事を、我々は忘れない。日本人、ボクも含め、以前ほどの愚民ではありませんぞ。おほほほほ。
 TBSラジオでは「レコード大賞」をやっている。どうせ結果はわかっているが、それでも熱唱する歌手がいて、ついつい聴いてしまう。やっぱり年末、お祭りは悪くない。
 透析質からの帰り道、コボちゃんはお正月の買い物の続き。理想的なロースハムが見つからないというのだ。高崎ハムがいいか、日本ハムがいいか、伊藤ハムがいいか。悩んだ末に、いちばん高価なハムに決定。なんたって、ホワイトロースが最高なのだ。
 コボちゃん、今年のお正月食品売り場は、なんとなく寂しいという。それが2011年を象徴しているのかもしれない。ことに、海産物が安くないのは、確実に放射能が関係していると思える。
 帰宅して、ドア飾りも決まり、これで一夜飾り(いちやかざり)にならずに済んだ。コボちゃんと吉野家(よしのや)の牛肉をつまみに、赤ワインで乾杯。BGMは「レコード大賞」。結果は案の定、AKBを取り巻く泣き笑い。
 この年末に、NHKラジオでは季節外れの怪談特集をやっている。タレントによる経験談や、ドラマごっこも悪くはないが、なんてったって、リスナーからの恐怖の体験談がいちばん面白い。本物の幽霊体験のあるボクからいわせると、そのほとんどは霊的現象とはいえず、ただの夢だったりする。金縛りを超常現象と誤解している向きに、霊的現象の本質は語れない。ただし、金縛りなどの夢ともいえないようなリアルな夢は、真相が明らかにされない限り、それが現実と思い込むのも無理はない。ボクもある年齢まで、布団の中から自分の目で見た化け物たちを、本物と信じていた時期もあったのだ。いつかまた改めて解説してみたいが、幽霊の本物と偽者の見分け方は簡単。それは、そのときの自分が恐怖に襲われていたか否(いな)かである。本物の霊魂は、訴える事情があって現れる。その訴えている相手を怖がらせては目的を達成することはできないのである。私はここにいます。それを伝えるためには、相手を怖がらせてはならない。ボクの出会った霊魂や幽霊たちは、みんなボクを怖がらせはしなかった。むしろ、興味を持たせてくれたのである。とはいえ、その正体を知った後は、全身の鳥肌が立つのであるが。そうした具体例については、いつかまた、このブログで公開していきたい。番組のフィナーレとして、あの稲川ジュンジ先生の恐怖体験談が始まった。以前、聞いたことのある内容であったが、この人の語りは本当に怖い。内容を知っているボクに覚悟はあるが、それのないコボちゃんは、まともに怖がっている。稲川先生は、恐怖談がご商売だから、営業妨害はしたくないが、内容の真偽は別として、その分析は不可能ではない。ただし、それをしては、世の中から楽しみが少しずつ消えていってしまうのだ。といって、もちろんその体験を否定するものでもない。この自分も、間違いなく霊魂たちと遭遇してきているのだから。
 と、こういうことを書いていると、周囲の空気が変わり、霊的な震動が加わってくるのがわかる。ここは、塩梅が必要なポイント。霊魂を売名などに利用すると、ロクなことはないのである。
 雪女の怪談の恐怖で気が遠くなったわけではない。赤ワインの酔いで気持ちよくなり、眠気に勝てなくなってきただけである。「ラジオ深夜便」でも面白いインタビューが続いていたが、たまらずベッドに潜りこむ。アルルを抱いて眠れば、明日はボクの体臭も犬のものになっている。わんわん。
▲ ロースハム求めて走れ年の暮れ

1231・土・大晦日(おおつもごり)・
 「おはよう一直線」の運勢占いもないし、思い切りの朝寝坊。8時になったので、NHKラジオをつけるが、ラジオ文芸館も大晦日の特別番組になっている。ああ、つまらない。ボクは日常がいちばん好き。と、ガッカリしたまま、また布団に潜りこむ。ええい、おおつもごりはサボルにかぎる。
 でも、コボちゃんは年の暮れで忙しく働いている。アルルも、それにくっついて動いている。羽根布団にくるまってサボっているのはボクとデブネコのミミだけらしい。
 活動開始してからの執筆は言葉の絵本アンコールの原稿と構成の加筆修正。前書きの推敲。本当は年内に出ていたはずの一冊であるが、おおつもごりに仕上げることができて、ボクはそれなりに満足である。今年はそういう1年間であったのだ。
 本年最後のマキコ特派員からの配信である。愉快といっては不謹慎かもしれないが、聖職者同士、それも同じ宗教間の大喧嘩なので、記事そのまんまを転載させていただく。おそらく、近親憎悪に似た感情、もしくは積もりに積もった憤懣が一気に爆発したものであると思う。聖職者が二手に分かれ、モップ振り回しての大乱闘は、想像しただけで、笑っちゃいけないけど、笑える。
 キリスト生誕の地で司祭100人が大乱闘。ギリシア正教会とアルメニア正教会の司祭約100人が乱闘となり、警察が介入する騒ぎとなった(AP) イエス・キリスト生誕の地とされるヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ベツレヘムにある聖誕教会で28日、ギリシア正教会とアルメニア正教会の司祭約100人が乱闘となり、警察が介入する騒ぎとなった。AP通信が伝えた。 司祭たちは1月7日の正教会のクリスマスを前に、教会内のそれぞれの敷地を清掃。相手の敷地に侵入したことで口論となり、ほうきを振り回してのけんかに発展したという。大けがをした人はいなかった。(SANKEI EXPRESS)
 午後になって、コボちゃんとアルルとで、本年最後の豪徳寺への散歩。駅前花壇は日陰になっていて、アルルにおやつをあげただけで、腰掛けて休みはしない。すぐに新しいスーパーへ移動。コボちゃんは、品薄で見つけられなかった筋子を求めて店内へ。ボクはアルルを盲導犬みたいに引き連れて日向に立っていると、アルルを盲導犬と思い込んだ人から声がかかる。と、ボクの名前を呼ぶ人。透析質のS看護師だった。赤ちゃんは、今日も元気に笑っている。
 コボちゃんが戻ってきて、筋子はあるが、アメリカ産だけど、それでいいかと聞いてくる。もちろん、それでいい。川を遡れば鮭。海で釣られればサーモン。そのどちらの子どもも筋子なのである。だから、塩漬けにすれば、味は同じなのである。
 従兄弟(いとこ)のカッちゃんから打ちたての新蕎麦が届く。従兄弟の蕎麦屋「山泉」(さんせん)は東京屈指の蕎麦を食べさせることで知られている。その多忙の中、毎年のように年越し蕎麦を届けてくれるのだ。毎年のことだから、コボちゃんも、この蕎麦を茹でる(ゆでる)腕前はもう充分に上がっている。沸騰しているお湯にさっと蕎麦をくぐらせると、出来上がり。最高級の鰹節を贅沢に使った山泉特製のつゆで、蕎麦をたぐると、脳細胞が蕎麦の香りに包まれる。うまい。本物の蕎麦というものは、独特のぬめりのあるもの。この醍醐味は、十割蕎麦でないと味わえない。以下に、2009年のこのサイトにおける「山泉」関連の記事を転載しておくので、皆さんにぜひ、ボクの従兄弟の蕎麦を味わっていただきたい。
 従兄弟、荒川勝弥(あらかわかつや)の蕎麦はすべてが手作り。鍛えられた腕で回す石臼から粉にされた国産の蕎麦粉(そばこ)だけで蕎麦切りを作るのだ。この蕎麦、香りだけでなく、独特のぬめりがあり、これぞ本物の蕎麦であることを勝弥氏から教わったことがある。勝弥(かつや)氏は目の前で蕎麦掻(そばがき)を作ってくれた。ボクはそれまで蕎麦掻(そばがき)というものをまるで誤解していた。これは想像を絶する美味さで、蕎麦という穀類が優れた食材であることを教えてくれる。考えてもみてください。あのクレープだって蕎麦で作るのですから。店は国分寺にあるので、ぜひネット検索をして、食べにいっていただきたい。
 山泉(さんせん)の電話は
0423の27の7400
である。
 おおつもごりのパソコンデスクで今年最後のルーティーンワーク。コボちゃんはお正月料理のあれこれを準備している。昨年はかけなかった紅白歌合戦、今は背後のミニコンポでかかっている。今年の興味は、この番組の中で、どれだけ原発事故と放射能に関する発言があるかどうか。紅白のテーマは「明日」であることは伝わってくる。ただ、ボクらには忘れてはならない、放射能という突きつけられた現実があるのだ。
 幼馴染と長電話となってしまい、しばらく紅白に傾聴できない時間帯があったので、この間については不明だが、ボクの知る限り、紅白での原発事故に関する発言は皆無であった。
 新年をシャンパンの乾杯で迎える。キジバトポッポはサンルームの鳥篭で。アルルとミミは、ストーブのまん前で。お婆ちゃん猫のナンナンは、306号室で、それぞれの新年を迎えた。犬にせよ、猫にせよ、キジバトにせよ、それぞれの事情があるので、家族全員集合というわけにはいかないのだ。とにかく、無事に新年を迎えられてよかった。神様、皆様、ありがとうございます。
 日付が変わったので、年賀メールをBCC配信してからベッドに潜りこみ、新しい年を抱きしめて眠りに就く。去っていった一年間、君のことは忘れない。
▲ 生かされておおつもごりに手を合わす

■2012年
◆1月・睦月・
0101・日・元旦・

忘れるな 2011 抱きしめろ 2012

No More HIROSHIMA
No More FUKUSHIMA

永田町や霞ヶ関の大人たちは忘れても
子どもたちは放射能を忘れることができない。
だから、私たちも、忘れはしない。

辰年のドラがゴンと鳴り、未来が今となりました。
昨年も、お世話になったり、助けられたり。
2012年
今年もよろしくお願いいたします。
2012年 元旦 ドラゴンゴンのエム ナマエ

 5時58分、音声腕時計のアラームが鳴って飛び起きる。6時より文化放送では志の輔(しのすけ)ラジオ「落語でデート」がいつも通りに始まった。元旦のデートのお相手は池波志之(いけなみしの)さん。先代の金原亭馬生(きんげんていばしょう)の娘さんで、古今亭志ん生(ここんていしんしょう)のお孫さんで、古今亭志ん朝(ここんていしんちょう)の姪ごさんである。志之さん、志の輔(しのすけ)の口調が、おじさんにあたる古今亭志ん朝を思わせるところがあるといわれ、有頂天。志の輔、東京に出てきて落語研究会で活動していた当時の目標は古今亭志ん朝であったらしい。志ん朝の口調は江戸弁のお手本のようにもいわれているので、影響を受けた落語家は少なくない。ただし、志ん朝の口調には、ボクは気になる所があって、あれが本物の江戸弁かといわれると、素直に同調できない自分がいる。そうはいうが、もちろん古今亭志ん朝は最も好きな噺家のおひとりであるが。ただ、談志師匠に影響を受けているボクとしては、志の輔落語から感じられるのは、やはり立川談志の空気なのである。今朝の落語はゲストのおじさん、三代目の古今亭志ん朝(しんちょう)の『幾代餅』(いくよもち)。吉原(よしわら)を舞台にした恋物語である。志之さんのお話が愉快なので、今朝は志の輔ラジオ、最後まで聴いてしまった。
 ニッポン放送ではみやけゆうじがしゃべっている。もしかしたら、今年で藤澤周平傑作選は終わってしまったのかもしれない。だとしたら、ガッカリ。それとも、今朝だけ元旦特別番組であるのなら、嬉しい。
 みやけゆうじの番組では、池袋サンシャインから初日の出を待つ人々へのインタビューを流している。いつもと同じ日の出を、元旦だけ「初日の出」として仰ぐのは馬鹿馬鹿しいような、めでたいような、人間の不思議な心理。暦なんてのは約束事で、元旦と決められたから、その朝の日の出が特別に見えるだけの話なのだ。とはいえ、その昔は、初日の出クルーズといって、大島へ向かう海の上で初日の出を拝んだこともある。あの朝の三原山山頂での乗馬はいい思い出となっている。
 慶應義塾のシーズンスポーツで乗馬を習ったボクは、単独で火口周辺を馬に乗って周遊したのだ。あのときの馬はアラブ種で、よくいうことを聞いてくれたが、最後の数キロだけ、飼い主が懐かしくなったのだろう、猛然と走り出したのにはたまげた。ボクの数少ない全力疾走の乗馬体験である。
 毎年、元旦から仕事をしている。コボちゃんも元旦から勤務。医療従事者の彼女にも、正月は関係ない。
 14時28分、椅子が揺れている。きたな、と思い、立ち上がりながらポケットラジオをつける。すぐに大きな揺れがきたが、緊急地震速報はラジオから聞こえてこない。玄関へ移動すると、アルルは既にスタンバイ。リードを見せると、尻尾を振っている。東日本大震災以来、アルルは地震に強い犬になったのだ。ラジオではサッカーを流していたが、すぐに地震速報が、震源は鳥島付近、深さ370キロ、マグニチュード7.0と伝えた。これだけ震源が深いと、津波の心配もないのだろう。
 青木カメラマンとヒロコママが、青木のお母上手作りのお正月料理を運んできてくださった。長年、檀家さんたちに供するお料理を作ってきた腕前である。ありがたく拝受して感謝。今年も、昨年同様に、青木ファミリーにはお世話になりっぱなしのような気がする。
 寒いので、布団をかぶっていたら、突然として保田義孝(やすだよしたか)と江島仁(えじまひとし)というお名前を思い出す。このおふたり、黒くて細い線の巧みなドローイングと、美しいパステル彩色の画家さん。保田氏は蒸気機関車の第一人者。江島氏は人物がの第一人者とボクは考えている。ことに保田氏は最高の画家であった。ロットリングタイプのペンによるドローイングはボクの得意とした技法だが、最初にボクが影響を受けたのは村上勉氏のイラストレーション。絵のうまくない自分にとって、保田さんや江島さんの真似をすることは不可能であった。このおふたり、今はどうしておられるのだろう。おふたりとも「童美連」(どうびれん)のメンバーだった。ときどき、この「童美連」の画家さんについて、思い出せることを記述していきたい。ボクが尊敬し、憧れていた画家さんたちについて、今年は少しずつでも書いていくつもりである。
 帰宅したコボちゃんが、幼馴染の餡子でお汁粉を作って食べている。ボクは彼の御餅で磯辺焼き。
 今朝の東京は曇天で、美しい初日の出は拝めなかったらしいのだが、成田空港から初日の出フライトで、空の上から初日の出を拝んだ人々がいるらしい。まあ、どれだけ曇っていても、雲の上からだったら、初日の出も確実、というわけだ。でもなあ、空の上からでは、お日様に申し訳ないような気もする。
 ボクの年賀メールの配信に、元旦であるにも関わらず、丁寧な返信が次々に届いている。新しい1年への情熱が感じられて幸せな気分である。その気分に乾杯しながら、青木のお母上の手料理をいただく。そのあまりのおいしさに驚愕。おかげで、いい正月になった。
▲ 雲の上飛んで見下ろす初日の出



2011年12月19日〜25日
☆ この日記は、透析患者が病人ではなく、機械が腎臓の仕事をしてくれる以外は、一般の人と何ら変わらなく暮らしていることを知っていただくためのものでもあります。また、漢字や熟語、固有名詞には振り仮名がしてありますが、漢字の難易度とは関係がありません。これらの振り仮名は視覚障害者のための音声モニターを容易にするためのガイドです。

1219・月・
 5時に目覚め、活動開始。「おはよう一直線」の運勢レベルは最低。さて、どんな一日になることやら。
 J-Waveの-Tokyo Morning Radio-でバイオライトの話題。生体発光による照明である。メタンガスをエネルギーに緑色に発光するバクテリアが存在する。これを利用して新しい照明システムが考えられている。視界が緑色に染まってしまうマイナス点もありそうだが、エコロジー的には理想的な明かりである。技術革新で、早く原発のない世界を実現させたい。
 「お話出てこい」はロボットのサンタクロースが活躍する物語。新しいような古いような、おかしな話。聴きながら、いつの時代でも、童話はこうでなくっちゃ、と思う。これはいつの録音なのだろう。カシイクニコおばさんのおしゃべりだから、古いことだけは間違いない。
 しばらくパソコンに集中。気分転換にラジオをつけると、スタジオに緊張が走っている。金正日(きむじょんうぃる)死亡。その第一報が飛び込んできた。
 昨夜のアルル、ウンチが出なかった。それが気になる。ときどきアルルの様子をうかがい、粗相(そそう)のないよう、気配りをしてやる。けれどもアルル、ボクのベッドに仰向けになり、気持ちよさそうに眠っている。
 気温は低いのだが、冬の日差しが部屋の奥まで差し込んで暖かい。ありがたいことに、日中は暖房の必要がないのである。
 いつもの透析。ラジオは北の国の出来事を伝えること、しきり。さあ、飛んでくるのはロドンかテポドンか、それともカツドンかテンドンか。とにかく、戦争だけはないように願いたい。
 22時からのNHKジャーナルに傾聴。北の国のあの有名な女性アナウンサーが、将軍様の逝去を伝える口調を真似て、番組内の同時通訳の女性も泣き真似をして通訳をしている。これにはコボちゃんと大笑いをした。NHK、真面目なのか、それともおちょくっているのか。まあ、真似られている方も、真似ている方も、どちらもクサい演技である。
 ホットウィスキーを飲みながら「ラジオ深夜便」のナイトエッセイを聴いていたら、地震速報。なんだか、いつでも揺れているような錯覚に陥ってしまう。
 またまた藤沢修平作品『海鳴り』の朗読である。もう1週間が過ぎてしまったかと、コボちゃんと一緒にあきれる。展開はボクらが予想した通り。それでも新たなピンチが訪れる。さっさと原作を読んでしまえばいいものを、そんなことをしたら、週に一度の楽しみが消えてしまう。平和に1週間が過ぎていく。この幸せを大切にしたい。
▲ 暖房は奥まで届く日の光

1220・火・
 朝寝坊。「おはよう一直線」の運勢占いを逃して、気持ちが悪い。一日のリズムというものは、意外とつまらないことに左右される。
 TBSラジオ「スタンバイ」の森本さんのピンチヒッターは中村尚人(なかむらひさと)デスク。この大役に応えられるのは、この人だけかもしれない。
 ラジオタイムをパスしておえかきデスクにしがみつく。ずっとお蔵入りをさせていたモンブランのボールペンを引っ張り出し、試しがきをすると、インクがこすれない。時間が経過したせいだろうか、あれほどこすれて汚れたインクが、紙になじんでいる。ボクの場合、描いた線を左手の人差し指で確認しながらの制作なので、通常の使用では問題にならないインクの特性でも、ボクには使えないことがあるのだ。でも、インクがOKならば、やはりドローイングはボールペンの方がいい。そこで、数年ぶりにモンブランのボールペンに活躍の場を与えてやったのだ。
 ボールペンによるドローイングが気持ちよく、お礼状に添える絵を次々に描いていく。こうなると夢中。BGMは有線放送の落語チャンネル。こういう時間がいちばん楽しい。
 TBSラジオ、ゆうゆうワイドの大沢悠里(おおさわゆうり)さんが検査入院のため、お休みしていて、ピンチヒッターのアナウンサーが時間を埋めているのだが、残念ながら、つまらない。やはり、大沢悠里(おおさわゆうり)は偉大なのだ。それにしても、今週のTBSラジオ、代役が多いなぁ。
 風は冷たいが、日差しは暖かい。午後は久しぶりの散歩。世田谷線の踏切を越えると、山下駅前商店街の名物ラーメン屋「満来」にテレビカメラが入っている。今時、200円のラーメンである。話題にならない方が不思議。でもなあ、あんまり満員にはなってもらいたくない。商店街、ネパールカレーのいい香りがしていた。
 ランチは水沢うどんに掻き揚げをのっけた天麩羅うどん。ネギをたっぷりと散らして、これが旨かった。
 H氏が、相棒とおふたりで打ち合わせにいらっしゃる。H氏はボクが最も信頼している児童図書編集者のおひとり。けれども、彼は落語研究の第一民社でもある。実は、明日の立川流の会では、ご一緒することになっている。しばらく、立川談志と落語や話芸について、熱く語り合う。
 このおふたりに来年、面白い本を書かせていただくことになりそうだ。ボクの言葉のセンスを認めてくださる編集者のおられることは心強い。
 NHKFM「とことんジョンレノンが好きだから」ではボクの知らなかったエピソードが伝えられている。1974年、アメリカではジョンとポールが再会、一緒にセッションをしていた。また、ジョンはビートルズの再結成を示唆する発言もしている。その頃、我々ビートルズマニアは、第二期ビートルズの出現を心待ちにしていた時代だった。1974年当時を振り返りながら、次々にかかる当時のジョンのアルバムに耳を傾けた。
 NHKジャーナルをBGMにおえかきデスクに向かう。ボールペンによるドローイングが気持ちよいのだ。けれども、コボちゃんに呼ばれてダイニングテーブルに向かう。半額セールの握り寿司をつまみにシャルドネの白ワインを飲む。「ラジオ深夜便」からは須磨佳津江(すまかつえ)アンカーの美しい声が流れていた。
▲ 庭先をけたたましくも冬の鳥

1221・水・
 5時より活動開始。「おはよう一直線」の吉兆レベルはスタンタード。そいつを確認してからパソコンに向かい、本日のルーティーンワークを片付ける。
 NHKラジオ第二「お話の旅」は着替えをしながら。あまんきみこ先生の『キツネのお客様』は、中村メイ子(めいこ)の語りで、再放送の再放送なのに、またまた泣かされてしまう。ヒヨコとアヒルとウサギを、七色の声の中村メイ子(めいこ)さんが見事に演じ分けていて、聞き惚れてしまう。考えてみれば、ボクは幼児の頃から、この人の語りで育ったのであるから、感動するのは当然かもしれない。あまんきみこ先生と中村メイ子(めいこ)さんのコラボ、とてもいい。
 ホテルニューオータニの玄関でカメラの放列を浴びる。コボちゃんが
「アタシたちなんか撮っても仕方ないのに」
というから、
「違うよ。今、ボクらの隣で、クルマから降りた人を撮ったんだよ」
と笑う。
 11時受付。11時半、開会。落語、立川流による家元、立川談志とのお別れ会。会場入り口には家元の遺影と高座。そして、真っ白な菊の花を献花して、合掌。家元のご冥福を真心よりいのる。ボクは言葉にして
「ありがとうございました」
とお伝えした。
 報道によると、来客は千人を超えたらしい。目の前にはタケシ、左隣ではツルベー、ボクの背後では海老名のお母さんが、娘さんのヤスハさんと、周囲の人たちと歓談している。落語通としては、会話の中身が気になって仕方がない。コボちゃんもキョロキョロとして、すっかりミーハーになっている。デイブスペクターはピンクのネクタイで、ボクは安心。ボクもかなりなカジュアルファッションで参加したからだ。コボちゃんが和田アキ子を目撃。立川談志高座50周年記念パーティーで見たときより小さくなったといっているが、どうだろう。きっとデリケートなお人柄に違いない。まあ、有名人でないのはボクらだけ。周囲はやたら華やいでいた。
 開会と同時に列席者全員で黙祷。このとき、ボクは初めて泣いた。立川談志師匠のご逝去のリアリティーが生々しく迫ってきて、涙が止まらなくなってきた。
 弔辞は石原慎太郎。 以前、ネット配信された原稿の内容と、ほぼ同じものであったが、立川談志に関してだけ、ボクは石原慎太郎という人物をちょっと見直した。本人に叱られるかもしれないが、そのときの記事の一部を転載する。
 談志についてはいろいろな人が、この今になれば天才、名人として称(たた)えその死を惜しんでいるが、生前彼ほど誤解と顰蹙(ひんしゅく)を買った男もいまい。その訳は社会の常識からすれば極めて当然のものでもあった。世間の顰蹙の理由には、話の調子に乗り過ぎての余計なお喋(しゃべ)りへの反発、例えば「緑の小母(おば)さんには美人はいない」などと、いわずもがなのものもあったが、他の大方は世間体を踏まえた馴(な)れ合いの美徳への皮肉であって、「落語とは人間の業(ごう)の肯定だ」と断じていた彼からすれば、当然のことだった。 この私は彼とある共通項をかまえた今思えばかなり奇妙な友達だった。会う度に憎まれ口を交わし反発し合い、それが互いの活力となって無言の友情を育む間柄だ。勝手な時に電話してきたり、現れたり、特に体を壊してからは「あんたに石炭を焚(た)かれると妙に元気が出るからな」と対談の企画を持ち込んで悪口のいい合いだった。そんな彼が声の出ぬ半ばの骸(むくろ)になってから私だけが最後の会話を交わしたのだ。家で死にたいという彼の言葉を受け病院から家に戻っての三日目に敢(あ)えて電話をし、私が一方的に話すからと秘書に受話器を彼の耳元に近付けさせ、私一人が喋った。それもいつもの調子で、「やい談志、お前もいよいよくたばりそうだな。言い返そうとしてももう駄目だろう。しかしそれが君らしい天命なんだぞ。死んだ後も喋りたいお前に、天が、もういい、今からもう何も話さずにゆっくり休めといってくれてるんだよ−」とこちらからただただ一方的な会話だったが、次第に彼がそれに答えるぜいぜいとした荒い息づかいが伝わってきた。そして私はその言葉にならぬ彼の声の意味を全て理解し聞き取っていたと思う。あれは無頼な名人の談志の最後の告白であり捨て台詞(ぜりふ)だったと思う。 晩年彼はよく、「古典古典というがね、古典をやってると俺の話の中で主人公が勝手に動きだしてもう俺のいう事をきかなくなっちまうんだよ。『芝浜』の落ちでもそうだ、もう酒は飲まねえじゃなしに、よしそれなら一本つけろってね」 彼はそれをイリュージョンだなどといったが、彼の反逆のエネルギーの昇華に他なるまい。古典落語などというものは、歌舞伎と同様完成されつくした様式だから誰がやってもほどほどのものには聞こえるに違いない。しかし彼ほどの者になるとそれが我慢ならなかったのだろう。      
 石原都知事の最後の言葉は
「死んでも元気でいてくれ。いずれまた会おう、談志師匠」
というようなものだった。このラストの部分はラジオやテレビで報道されたから、皆さんご存知であろう。弔辞の途中、「おまえさん」と呼んでいたのを、最後に談志師匠と呼びかけたのが印象的で、胸がつまった。
 立川流を代表しての、イラストレーター山藤章二氏の挨拶は、談志はピカソだったという内容。破壊の前提は完成されたデッサン。我々凡人は、ひたすら天才の軌跡を追いかけるだけなのである。
 昨日、我が家で打ち合わせをしたばかりのH氏がボクらを見つけて声をかけてくれる。同僚のA氏もかなりな落語マニアで、しばらくは落語トークをする。
 H編集者に、矢野誠一先生を紹介していただく。つい先週の木曜日まで、毎週楽しみに拝聴していたカルチャーラジオ「落語の楽しみ」の講師の先生である。ミーハーなボクは感激して興奮する。
 2007年の高座で、これまでで最高といわれた談志家元の『芝浜』が会場のスクリーンに透写された。談志の『芝浜』を聴かないと年が明けないといわれた名高座である。H氏と並び、「談志師匠の亡くなった年の暮れに、この会場で談志最高といわれた『芝浜』を聴いている、この感慨無量」と、ふたり並んで涙を流しながら拝聴した。山藤章二先生のおっしゃる通り、これからも立川談志はボクらの心の中で生き続けることを実感していた。
 会場に、日野テルマサのトランペットで、ホギー・カーマイケル作曲『スターダスト』が高らかに流れた。もしかして、これまで聴いたどの『スターダスト』よりも心に残る演奏だったかもしれない。会場からは既に半分近い客が消えている。この帰ってしまった人々、惜しいことをしたと思う。
 最後に、親友の毒蝮三太夫さんが三本締め(さんぼんじめ)の音戸をとる。本来はめでたい席での通例である。しかし、この会は落語立川流の新たなる船出の会でもあるのだ。蝮(まむし)さんは
「生き返ってこないように」
と前置きをして発声、全員で三本締め(さんぼんじめ)の手拍子をとった。
 以前お会いしたことのある芸人の松本ヒロさんとご挨拶。お弟子さんでは同じオバQアパートに住んでいたことのある談四楼師匠にご挨拶。最後に、立川企画の社長、談志家元のご実弟、松岡社長に立川流の今後の隆盛を祈念していることをお伝えした。
 それにしても、不思議でならないことがある。この会への通知、誰が送ってくれたのだろう。芸能界の重鎮が集うこの会のメンバーに、どうしてボクが選ばれたのだろう。もっと不思議なことがある。帰りに持たされた紙袋の中身に、落語『天災』のCDが入っていたことだ。ボクが立川談志の『天災』で、失明地獄で救われたこと。談志家元がボクを談志の家来に任命したこと。それらは、談志家元しか知らないはずなのだ。ボクはずっと、談志家元の優しくて悪戯っぽい笑顔が、すぐ隣で笑っているような気がしてならなかった。談志師匠、今でも泣きたいくらい好きです。
 四谷の駅ビルのカウンターレストランで、立ち続けていた疲れと、緊張による空腹を満たし、帰宅。いつものように透析質に向かった。
 夜中、白ワインを片手に、会場でいただいた談志の落語CDに傾聴する。『やかん』と『天災』。家元72歳の録音である。独りで、家元のかすれ声に耳を傾けているこの夜を、ボクは生涯忘れないだろう。談志師匠、本当にありがとうございました。
▲ 芝浜の鐘を四谷で聴いている

1222・木・冬至・
 本日は冬至。明日から太陽が戻ってくるぞ、と思うと嬉しい。この喜びがクリスマスの祭りへと変容したのだ。これからは日の出の時刻が次第に早くなっていく。考えただけでワクワクする。
 冬至に合わせたわけではない。朝寝坊は昨日の疲れ。今朝の「おはよう一直線」の吉兆レベルは不明。おお、なんたる不思議。気にもしない吉兆レベルを、毎朝チェックしているボクって、いったいどういうやつなのだ。
 いつものラジオタイムをパスして、午前中から立川談志の落語CDを聴いている。しばらくはこの『やかん』と『天災』にはまりそうだ。
 毎日マキコ特派員からの記事配信がある。ネット音痴のボクのため、ボクの興味を示しそうな記事や出来事、アンケート結果などを送信してくださるのだ。ひとつ、とても興味ある記事があったので、まんまを転載させていただく。担当の矢板記者に感謝する。
 北京春秋 謎の北朝鮮記者2011.12.21 03:13?[北朝鮮] 北朝鮮の金正日総書記の死去が発表された19日午後、中国外務省の定例記者会見の会場で、朝鮮中央通信の記者の姿を見かけた。会場の端の方に座っていてうなだれ、目を真っ赤にしていた。大きなショックを受けた様子が伝わってきた。 背が高くやせ細った40代の彼を3年ほど前から、会見場や現場などで見かけるようになった。いつも黙っていて取材相手に質問するところを見たことはなかった。一度、名刺を差し出したが、丁重な言葉で断り、受け取らなかった。2年前の秋、江蘇省の農村への取材ツアーで一緒になった。ある夜、かなり酔った彼は宴会場のカラオケで中国の流行歌を次々と熱唱。あまりのうまさに驚いた。そのときも数人の親しい中国人記者としか話さず、私たち外国人記者との接触は避けていた。 この日の会見では、金総書記に関する質問が集中したが、彼は終始うつむき、手を挙げようとしなかった。対照的だったのが韓国人記者たちだ。報道官に「金総書記の業績と罪悪、どちらが大きいと考えるのか」などと執拗(しつよう)に迫った。会見終了後、中国人記者たちが彼のところに行き、握手したり、肩をたたいたりして慰めの言葉をかけていた。立ち上がって丁寧に謝意を表する彼の姿は、ジャーナリストよりも、北朝鮮の外交官のようだった。(矢板明夫)
 福島原発廃炉工程(こうてい)について、超ウルトラ極楽蜻蛉(ごくらくとんぼ)的にお気楽な展望が関係者から示されている。本気だとしたら、正気とは思えないし、嘘としたら、あまりに稚拙だ。この狭い国土に、あまりに不吉で不似合いな絵柄ではあるが、福島の海岸線に、巨大な石の棺を並べる。最も確実な方法はこれしかないような気がしてならない。日本人の英知や優秀性を信じてはいる。それでも、原子力というドラゴンの調教は、日本人だけではなく、人類の手にあまるのだ。
 日差がないので、かなり寒い。こういうとき、家で仕事のできる幸せに感謝する。終日、おえかきデスクに向かっていたら、音声腕時計のアラーム。もう18時になってしまった。「とことんジョンレノンが好きだから」が始まるので、NHKFMをつける。
 今夜は解散後のジョンとポールの友情について語っている。このふたり、ダコタアパートでテレビを見ていたら、パーソナリティーが
「ここにビートルズがやってきて3曲歌ってくれたら3000ドルのギャラを支払う」
と放送。それを聴いたジョン、ポールに
「今からいこうぜ」
というが、ポールにその気がなかった。もしも実現していたら、とんでもない騒ぎになっていたことだろう。ジョンとポールの友情は修復されていたのだ。そのことを知って、ちょっと幸せな気分になった。
 曲はビートルズ時代のロックンロールが中心。やはりビートルズの黄金時代はロックンロールなのだ。
 21時よりTBSラジオでは「爛漫寄席」の特別番組で立川談志特集をやっている。外題は『二人旅』(ににんたび)と『よかちょろ』。元気はつらつの談志家元である。この勢いと口調を超える落語家は、二度と現れないであろうことを実感させる高座であった。このときのTBSラジオスタジオにいた聴衆を羨ましいと思う。
 昨日の疲れだと思う。ベッドでアルルを抱いて、安価な行火(あんか)にしていたら、いつの間にか眠っている。最近はボクのベッドなんだか、アルルのベッドなんだか、よくわからなくなってきている。おそらく、最近のボクは犬の匂いがしていると思う。
▲ 枯れ枝で団子となれや雀の子

1223・金・天皇誕生日・
 5時半より活動開始。「おはよう一直線」の吉兆レベルはスタンダード。でも、生きていられるだけで幸せなのである。本日からTBSラジオは開局60周年の記念番組が目白押し。小さい頃からのTBSラジオマニアとしてはたまらない。
 疲れが蓄積しているせいか、集中力に欠如している。休日透析でいつもとリズムが違うのも原因となり、中途半端な一日となる。
 タクシーを呼ぶ。親切な運転手さんであることを祈りながら建物玄関におりていく。
 無口だが、親切な運転手さんでよかった。病院の裏口、自動ドアの内側までエスコートしてくれる。そこからは白杖さえあれば、階段つたいで透析質にたどり着ける。フロアに到着したら、ME(メディカルエンジニア)のK技師が透析質までエスコート、スリッパの履き替え(はきかえ)も手伝ってくれた。
 透析のベッドで、いつものTBSラジオを聴く。「デイキャッチ」は60年前の12月23日の出来事のニュースランキング。サンフランシスコ講和条約締結や、朝鮮戦争休戦交渉、55年体制の前段階など、この時期の日本は緊張の連続であった。その状況を社会学者の宮台教授が解説。今、63歳のボクは、当時3歳。寄席のことは覚えていても、世相の記憶は皆無である。
 サンヨー電気の看板が撤去された。パナソニックに吸収されたのである。つい先日、コボちゃんが、サンヨーブランドの乾電池を投げ売り価格で大量に購入してきた理由はこれである。
 18時からは角田光代(かくたみつよ)原作のラジオドラマ『それもまた小さな光』が始まった。明日の後半を聴くことができないので、つもりはなかったのだが、やはり聴いてしまう。角田光代の作品は、人の心をたちまちに呑み込んでしまう。配役もいいし、自然な演技である。ただし、効果音がとってつけたよう。ボーイフレンドの街のレストランが、ビアホールのような高い天井に響く喧騒で満ちている。たったひとりで経営している街のレストランの音ではないのである。この不自然さには失望した。ここがNHKラジオとの相違点。センスがないのか、音源ストックがないのか。もっと耳のいいスタッフがいれば、出来上がりも変わってくるかもしれない。
 帰りのクオリスのカーラジオから映画『エデンの東』のサウンドトラックが流れてきた。この曲を毎晩のように耳にしていた少年時代を思い出し、よくぞここまで生きてきたと、しみじみと感慨にふけった。
 帰宅してからも、TBSラジオの映画60年の歴史を振り返る特別番組をかけている。出演者のそれぞれの知識が、それぞれに中途半端なので、このスタジオにボクがいたら、様々な方向からアドバイスができたのにと残念に思う。
 コボちゃんとアルルとデブネコのミミとイヴイヴのディナー。トリの丸焼きを食べるので、キジバトポッポは見えない場所の鳥篭へ。
 真冬のベランダで冷やしておいたシャンパンのコルクを抜くのはボクの役目。細かい泡立ちのいい酒である。ボクとコボちゃんでローストチキン。ボクとコボちゃんとアルルとで、クリスマスケーキ。デブネコのミミは、チキンの骨の匂いをかいで、叱られた。鶏の骨は、犬や猫が食べたら、針のように刺さるので危険なのである。
 毎年お世話になっているチャイムつきのクリスマスツリーのイルミネーションが、今年も活躍。イラストレーターの石原均さんのトナカイとサンタの立体イラストレーションも飾ってある。形見分けのとき、ボクはこの作品を選んだ。12月は彼の命日でもあるのだ。
 25時までパカパカ行進曲の特別番組をやっていた。こんな夜に、宮川賢(みやかわまさる)のアホなしゃべりを耳にするとは思っていなかった。なのに、酔っ払って最後まで聴いているオイラはもっとアホ。
▲ 安かれと祈る東北クリスマス

◇ バーチャル四国八十八カ所コース
 13番、大日寺を夢想参拝、通過しました。 次は14番、常楽寺。
 現在の歩数207,469歩。 1周目挑戦中!

1224・土・クリスマスイヴ・
 6時より活動開始。ゆうべ遅くまでクリスマスイヴイヴを豪華にやったので、食欲はなし。本日がクライマックスのアドベントカレンダーのチョコレートでブラックコーヒーをゆっくりと味わう。
 午前8時からのNHK「ラジオ文芸館」は再放送。『罪な夫婦』は居酒屋経営者の夫婦と、客席の、別れた夫によりを戻そうと近づいてくる元女房の心理の交錯を描いた小説。雨の情景が効果的に使われているのだが、NHKラジオのスタッフによる効果音がいい。このあたり、昨夜のTBSラジオのラジオドラマとは出来が違う。ラジオリスナーは耳がいい。制作スタッフも、同じくらいの繊細さで背景音に気配りをしていただきたい。
 着替えをしながらワイシャツの胸にポケットラジオを忍ばせ、イヤフォンでTBSラジオを聴く。角田光代(かくたみつよ)原作、ラジオドラマ『それもまた小さな光』の昨夜の続きである。そこへコボちゃんが遅れて帰宅。アルルのトイレと御飯など、外出の支度をしている。
 豪徳寺へと歩きながら、ボクはイヤフォンでラジオドラマを聴いている。さっきまで、電話がかかってきたり、メール交換をしながらのラジオドラマではあるが、ボクは分身の術で、きっちりとドラマを把握していた。けれども、急ぎ足で歩きながら聴いているので、昨夜ほど細かいことが気にならない。どちらかというと、予測していた通りの展開に安堵している。クリスマスイヴである。やっぱりハッピーエンドがいい。昨夜は1時間半の放送だったが、今夜は1時間の放送。豪徳寺駅前のジングルベルを聞く頃には、ドラマは終わっていた。ああ、最後まで聴けてよかった。
 遅刻して絵門組のクリスマスイヴ忘年会に合流。豪徳寺のいつもの店、イタリアン居酒屋「フィレンツェ」では、ビールの乾杯だけで、皆さんボクらを待っていてくださった。
 亡くなった女優、絵門ゆう子さんの夫のケンちゃん、元マネージャーの秋山さん、元税理士の望月さん、絵本『ウサギのユック』のイラストレーター、山中翔之郎氏、そして軽井沢朗読館の青木裕子館長とボクら夫婦である。
 秋山さんが豪華なローストチキンを巧みにさばいている間、ボクは談志家元からいただいたネタで、機関銃ジョーク。そのどれもが受けるので、ついつい調子に乗ってしまう。けれども、考えてみれば、立川談志のジョークは、それほどに出来がよいのだ。
 隣の席では、若いカップルがクリスマスイヴの夜を楽しんでいるのに、こちらのテーブルでは大笑い。迷惑な大人たちである。
 イラストレーターの山中翔之郎(しょうしろう)さんは猫を描かせたら天下一品で、生き物が大好き。ときどきはボクの17文字ブログも読んでくれている。ネコとポッポの関係を気にしてくれているので、もっとキジバトポッポ情報を書きこんで欲しいとのこと。ポッポの記述がないと、ネコのお弁当になってしまったのではないかと心配になるらしいのだ。
 日食マニアの望月税理士がハンガリーから仕込んできたトカイワインで仕上げ。お洒落なデザートワインだった。
 昨年は空っぽにしたワインが6リットルだったのに、今年はたったの3リットル。その原因は、みんな無理ができなくなってきているから。あはは。
 帰宅したらバタンキュー。酔っ払いにはサンタのおじさんはやってはこない。
▲ 遅刻してジングルベルの急ぎ足

1225・日・
 二日酔いだが、音声腕時計のアラームの通りに目覚める。ベッドから手を伸ばしてリモコンを操作して、6時からの文化放送、志の輔(しのすけ)ラジオ「落語でデート」を聴く。今朝のお相手は高校生演歌歌手の花蓮(かれん)さん。彼女、本物の女子高生だが、志の輔と対等におしゃべりをしている。けれども、さすがは志の輔(しのすけ)、次々に突っ込みを入れる。まあ、堂々たる17歳。この明るさと意欲で、芸能界を生き抜いてもらいたいと祈らずにはおられない。落語は五代目春風亭柳朝(しゅんぷうていりゅうちょう)の『かけとり』。花蓮(かれん)ちゃんは末広亭(すえひろてい)の高座で落語を演じたことがあるらしいのだが、それにしては的外れのコメントでおかしい。番組の終わりでは彼女の歌を流していたが、実力はありそう。何か、機会があれば、ぜひ応援したいと思う。
 ニッポン放送では24時間チャリティーミュージックソンをやっていて、藤沢周平傑作選の朗読はかからない。まあ、それで花蓮(かれん)ちゃんの歌を聴くことができたわけだが。
 二日酔いで頭がグラグラしている。疲れもあるのだろう。志の輔ラジオを聴くのがやっと。パソコンに向かう意欲はあるのだが、根気が続かない。結局、睡魔に負けて、ベッドに舞い戻る。上方演芸会の時間になっても、起きることはできなかった。
 昼過ぎ、空腹には勝てず、なんとかテーブルについて、チキンの残りを食べる。コボちゃんは風邪でダウン。マッサージチェアで日向ぼっこをしている。ラジオでは高校生の駅伝をやっていた。熊本の高校生が頑張って走っている。どうも、最近のボクは熊本を応援したがっている。結局、彼らはケニア留学生の助っ人なしで、第三位と好成績を残した。
 胃袋がふさがると、またまた睡魔が襲ってくる。この日曜日は、睡魔とは闘わないことにして、頭から布団をかぶり、ベッドと合体する。
 夜も遅くなると、寒くて眠っていられない。暖かいものなら、何でも胃袋に入れてやりたくなる。でも、入れればたちまち眠くなる。ああ、なんたる怠け者のクリスマス。神様、罪深き私を、どうかお許しください。
 寝る前、今夜も談志家元の落語を拝聴。家元自薦のCDである。中身が濃厚なので、毎晩でも飽きることはない。でも、自分の肉体や精神が、次第に談志家元に侵食されていくのがよくわかり、ちょっとおののいている。そういえば、昨夜のジョークを連発していたボクには、談志家元が乗り移っていた。
 本日は、いくら寝ても疲れがとれない。となれば、早寝をするしかない。そのうち、ボクという人間はベッドの付属品に成り下がるに違いない。
▲ これからはお正月ですクリスマス




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